釣りを活用したブルー・ツーリズムの可能性 ·...

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-59- 日本国際観光学会論文集(第21号)March,2014 《論 文》 1.はじめに 1-1 研究の背景 観光形態におけるマス・ツーリズムか らオルタネティブ・ツーリズム又はニ ューツーリズムへのパラダイムシフトに 従い、地域活性化のため地域独自の生活 様式を垣間見ることや、実際に体験する ことへの体制整備が地域観光の命題とな った。旅行者が、農村地域では農業体験、 沿海地域では漁業体験ができるように地 域における受け入れ体制の整備が進んで いる。農業の6次産業化が進む中でグ リーン・ツーリズムが注目されている。 一方、漁村におけるブルー・ツーリズム への関心は低い。少子高齢化の進行によ り、高齢者に馴染みやすい農業体験の ニーズは高いが、ダイビングやシーカヤ ックなどの海洋性レクリエーションを彷 彿させるブルー・ツーリズムの発展には 課題が多い。東ら(2007)は、 「(ブルー・ ツーリズムが)従来の海水浴を中心とし た海辺の観光産業から脱皮するほどの構 築には至っていない」との見解を示して いる。南ら(2007)は、ブルー・ツーリ ズムが進まない背景にジェットスキーや ダイビング、ヨットやボートセイリング などの海洋レジャー事業者と漁業関係者 との間において、水面利用や航行権に関 する軋轢が生じている事例が少なくない と指摘している。 1-2 研究の目的と手法 本研究では、ブルー・ツーリズムの堅 調な発展を目的として、ブルー・ツーリ ズムの現状と課題を整理した。更に釣り 人の消費と思想に着目をして、釣りを活 用したブルー・ツーリズムの可能性を考 察した。研究手法は主に先行研究や農林 水産省や水産庁発行の「食料・農業・農 村白書」、「水産白書」などの関連文献の 引用に加え、関係者からのヒアリングを もとに論を展開した。 先行研究には、先に引用した東ら (2007)の「日豪の海浜におけるレジャー 空間形成の比較文化-ブルー・ツーリズ ムの構築に向けて」がある。海岸を海水 浴や潮干狩りのためのレジャー空間と捉 え、日本と豪州の海岸レジャーの比較分 析をおこなっている。他では漁村の地域 活性に関する研究は多いが、釣りを活用 す る も の は 少 な い。筆 者(203a)は、 20年に福岡県宗像市大島に開設した海 洋体験施設「うみんぐ大島」における釣 りを活用した体験学習の事例を調査し、 釣りを活用した環境教育の可能性につい て研究報告をした。漁業が主産業の大島 の島民にとって、漁業資源の枯渇や環境 負荷の対処として釣りを否定すること は、漁業の仕事離れや、魚を食べること への抗を育むことにつながるといった意 見があり、釣りを活用した環境教育や自 然学習を実践するには釣り関係業界の取 組に加えて、地元住民の理解と協力が重 要であることを明らかにした。また、 「釣 りを活用した教育旅行の考察」(203b) では、教育プログラムの一環として職業 体験や自然観察を伴った教育旅行におい て釣りを活用することで、離島や港街の 地域活性化の可能性について報告をし た。 「釣人の環境保全に係る思想と消費に 関する研究~消費社会の地方志向が釣り に与える影響~」(203c)では釣り人の 思想と消費動向に着目し、現在の地方志 向やエコロジー志向に帰着することを論 じた。本研究の次章(第3章)にて引用 をした。釣りの地域活性については、 「海 釣り公園に関する地域活性の考察」 (203d)において集客が芳しい海釣り公 園と地域の経済効果について論じた。有 路(朝日新聞山形版、20)はアユ釣り の経済効果を報告している。 本研究の構成は次章(第2章)におい て観光の側面と漁業の側面からブルー・ ツーリズムの現状を整理し、課題を抽出 した。第3章では、前述のとおり「釣り 人の消費と思想」を筆者の先行研究 (203c)の引用により論述した。第4章 では、第2章の観光の変遷と漁業の側面 からブルー・ツーリズムの現状から導き 出された課題と第3章で論じた現在の釣 り人の消費と思考の融合による、ブルー・ Forsounddevelopmentofbluetourism,Iresearcheditscurrentsituationandissues.AsaresultIfoundoutthatbluetourism involvedgamefishingmadecooperationfromtheprofessionalfishermen.Thehighlevelofrepeatratioandconsumptionofgame fishingmaniacimpactedregionaleconomicrevitalization. キーワード:釣り、ブルー・ツーリズム、漁業体験 とも なり しん いち 早稲田大学大学院環境・エネルギー研究科 教授 早稲田大学大学院環境・エネルギー研究科 教授 釣りを活用したブルー・ツーリズムの可能性 ~釣り人の消費と思想に着目して~ すず かず ひろ 早稲田大学大学院環境・エネルギー研究科 博士後期課程 早稲田大学大学院環境・エネルギー研究科 博士後期課程

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Page 1: 釣りを活用したブルー・ツーリズムの可能性 · 釣りを活用した環境教育の可能性につい て研究報告をした。漁業が主産業の大島 の島民にとって、漁業資源の枯渇や環境

-59-

日本国際観光学会論文集(第21号)March,2014

《論 文》

1.はじめに

1-1 研究の背景

 観光形態におけるマス・ツーリズムか

らオルタネティブ・ツーリズム又はニ

ューツーリズムへのパラダイムシフトに

従い、地域活性化のため地域独自の生活

様式を垣間見ることや、実際に体験する

ことへの体制整備が地域観光の命題とな

った。旅行者が、農村地域では農業体験、

沿海地域では漁業体験ができるように地

域における受け入れ体制の整備が進んで

いる。農業の6次産業化が進む中でグ

リーン・ツーリズムが注目されている。

一方、漁村におけるブルー・ツーリズム

への関心は低い。少子高齢化の進行によ

り、高齢者に馴染みやすい農業体験の

ニーズは高いが、ダイビングやシーカヤ

ックなどの海洋性レクリエーションを彷

彿させるブルー・ツーリズムの発展には

課題が多い。東ら(2007)は、「(ブルー・

ツーリズムが)従来の海水浴を中心とし

た海辺の観光産業から脱皮するほどの構

築には至っていない」との見解を示して

いる。南ら(2007)は、ブルー・ツーリ

ズムが進まない背景にジェットスキーや

ダイビング、ヨットやボートセイリング

などの海洋レジャー事業者と漁業関係者

との間において、水面利用や航行権に関

する軋轢が生じている事例が少なくない

と指摘している。

1-2 研究の目的と手法

 本研究では、ブルー・ツーリズムの堅

調な発展を目的として、ブルー・ツーリ

ズムの現状と課題を整理した。更に釣り

人の消費と思想に着目をして、釣りを活

用したブルー・ツーリズムの可能性を考

察した。研究手法は主に先行研究や農林

水産省や水産庁発行の「食料・農業・農

村白書」、「水産白書」などの関連文献の

引用に加え、関係者からのヒアリングを

もとに論を展開した。

 先行研究には、先に引用した東ら

(2007)の「日豪の海浜におけるレジャー

空間形成の比較文化-ブルー・ツーリズ

ムの構築に向けて」がある。海岸を海水

浴や潮干狩りのためのレジャー空間と捉

え、日本と豪州の海岸レジャーの比較分

析をおこなっている。他では漁村の地域

活性に関する研究は多いが、釣りを活用

するものは少ない。筆者(20�3a)は、

20��年に福岡県宗像市大島に開設した海

洋体験施設「うみんぐ大島」における釣

りを活用した体験学習の事例を調査し、

釣りを活用した環境教育の可能性につい

て研究報告をした。漁業が主産業の大島

の島民にとって、漁業資源の枯渇や環境

負荷の対処として釣りを否定すること

は、漁業の仕事離れや、魚を食べること

への抗を育むことにつながるといった意

見があり、釣りを活用した環境教育や自

然学習を実践するには釣り関係業界の取

組に加えて、地元住民の理解と協力が重

要であることを明らかにした。また、「釣

りを活用した教育旅行の考察」(20�3b)

では、教育プログラムの一環として職業

体験や自然観察を伴った教育旅行におい

て釣りを活用することで、離島や港街の

地域活性化の可能性について報告をし

た。「釣人の環境保全に係る思想と消費に

関する研究~消費社会の地方志向が釣り

に与える影響~」(20�3c)では釣り人の

思想と消費動向に着目し、現在の地方志

向やエコロジー志向に帰着することを論

じた。本研究の次章(第3章)にて引用

をした。釣りの地域活性については、「海

釣 り 公 園 に 関 す る 地 域 活 性 の 考 察」

(20�3d)において集客が芳しい海釣り公

園と地域の経済効果について論じた。有

路(朝日新聞山形版、20��)はアユ釣り

の経済効果を報告している。

 本研究の構成は次章(第2章)におい

て観光の側面と漁業の側面からブルー・

ツーリズムの現状を整理し、課題を抽出

した。第3章では、前述のとおり「釣り

人の消費と思想」を筆者の先行研究

(20�3c)の引用により論述した。第4章

では、第2章の観光の変遷と漁業の側面

からブルー・ツーリズムの現状から導き

出された課題と第3章で論じた現在の釣

り人の消費と思考の融合による、ブルー・

For�sound�development�of�blue�tourism,�I�researched�its�current�situation�and�issues.�As�a�result�I�found�out�that�blue�tourism�

involved�game�fishing�made�cooperation�from�the�professional�fishermen.�The�high�level�of�repeat�ratio�and�consumption�of�game�

fishing�maniac�impacted�regional�economic�revitalization.

キーワード:釣り、ブルー・ツーリズム、漁業体験

友とも

成な り

 真し ん

一い ち 早稲田大学大学院環境・エネルギー研究科

教授早稲田大学大学院環境・エネルギー研究科教授

釣りを活用したブルー・ツーリズムの可能性~釣り人の消費と思想に着目して~

鈴すず

木き

 一か ず

寛ひ ろ 早稲田大学大学院環境・エネルギー研究科

博士後期課程早稲田大学大学院環境・エネルギー研究科博士後期課程

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日本国際観光学会論文集(第21号)March,2014

ツーリズムで釣りを活用することが地域

経済に寄与することとなり、ブルー・ツー

リズムの堅調な発展に収斂することを考

察した。

2.ブルー・ツーリズムの現状

2-1 観光形態の変遷

 大澤(20�0)は、従来型の観光振興手

法では目玉となる観光施設を建てたり、

イベントをやったりすることが一般的で

あったが、地域行政の財政緊縮化や他の

地域との差別化が図れなかったことによ

る集客の低減化などの理由により90年代

後半には行き詰まったことを論じてい

る。一方需要側である旅行者の動向は、

物見遊山を中心とした団体旅行から、旅

行者の嗜好が多様化することに従って個

人旅行を選択する傾向が強くなっていっ

た。世界的な観光の流れに沿って、マス・

ツーリズムからオルタネティブ・ツーリ

ズムへのパラダイムシフトに変遷をした

ことを論じる専門家は多い(長谷、�998)。

旅行者は、地域のありのままの姿を求め

るようになり、地方の観光行政は地域独

自の生活を垣間見ることができる体験型

観光や着地型旅行商品の造成、販売のた

めの政策変更を余儀なくされた。政府の

「観光立国推進基本計画」(閣議決定、

2007)では「ニューツーリズムの創出、

流通」という項目が日本の観光政策の重

要な柱として位置づけられている。同計

画のなかでは「グリーンツーリズム」、「エ

コツーリズム」、「ヘルスツーリズム」な

どをニューツーリズムの個別具体例とし

てあげており、ニューツーリズムと前述

のオルタネティブ・ツーリズムは同意語

である。

 漁村地域においては、国土交通省(旧

国土庁)と水産庁の共同で、海の資源を

活用した漁村滞在型余暇活動の推進を図

っている。漁村滞在型余暇活動を「ブ

ルー・ツーリズム」と定義をし、ブルー・

ツーリズムの啓発と魅力を周知すること

を目的に「ブルー・ツーリズム推進のた

めの手引書」(�999)、「ブルー・ツーリズ

ムの魅力」(�999)を発行、配布した。両

書においてブルー・ツーリズムを「島や

沿海部の漁村に滞在し、魅力的で充実し

た海辺での生活体験を通じて、心と体を

リフレッシュさせる余暇活動の総称」と

表している。農村での滞在型の余暇活動

を表わす「グリーン・ツーリズム」の同

類語として派出したものと考えられる。

 「ブルー・ツーリズムの魅力」のなかで

は、「釣り」を観光レクリエーション施設

など既存の余暇活動空間だけではなく、

漁業者の生活・生産の場において参加で

きる海洋レクリエーションの一つとして

位置づけている。

 少子高齢化や IT 機器の高度化により

若年層の海洋レクリエーションへの参加

が減少しているため、観光業界や受け入

れ側の地域では、環境教育や職業訓練を

目的とした教育旅行にブルー・ツーリズ

ム の 可 能 性 を 見 出 し て い る(鈴 木、

20�3b)。

2-2 漁業の多面的機能

 平成22年度�食料・農業・農村白書で

は、森林のもつ多面的機能を貨幣的評価

で表し、昨今の地球温暖化、生物多様性

の保全などの地球的規模の環境問題に呼

応している内容となっている。加えて農

村地域の6次産業化の成功事例として各

地域のグリーン・ツーリズムにおける取

組みを紹介している。

 一方、ブルー・ツーリズムの根源とな

る漁業における多面的機能には、「健全な

レクリエーションの場の提供、沿岸域の

環境保全、海難救助や防災への貢献、固

有の文化の継承」をあげている。「今日ま

でに構築された多数の地方の漁港や整備

された港湾施設は、国民の海へのアクセ

スを容易にし、海を景観として楽しむだ

けではなく、海上や海中でのレクリエー

ションへと国民を誘っている。海の生産

に依存する漁業家による沿岸海域の環境

と生態系保全の日常的な営みは、海の魅

力をさらに高め、より多くの国民を引き

付けている。そして、多くの人々の来訪

は、漁業家が漁村や海の環境改善にあた

る動機をさらに高め、それがまた行楽客

を呼ぶという、国民の交流に向上的な循

環を生み出す」と説明している。漁村で

の高齢化、人口減少を背景に就業者の定

着こそが多面的機能の拡大に寄与すると

謳っているが、具体的な経済活動や価値

の記述がない。農業、林業分野との構造

的な差異がある。

 農林水産省の統計資料「漁業コンセン

サス」の2003年と2008年で比較をすると、

漁業体験を実施している漁業協同組合数

では2003年が27�組合であったことに対

し、2008年では200組合に減少している。

一方で、漁業者が自営漁業の他に6次産

業化の取り組みとして水産加工業を行っ

ている個人経営体数は、2003年で�,603経

営体であったが2008年では2,�89経営体

と増加している。遊漁船業では、2003年

で5,2�2経営体であったが2008年では

5,982経営体に増加している。旅館・民宿

業では2003年で2,346経営体であったが

2008年では�,632経営体に減少した。

 平成22年度水産白書では、農林水産省

の調査(「食料・農業・農村及び水産資源

の持続的利用に関する意識・意向調査」

(20��))の結果、漁業者のうち6次産業

化の取組を既に行っていると回答した者

は�3%、今後積極的に取り組んでいきた

いと回答した者は�9%となっており、「取

り組みたいとは思うが、加工・販売まで

自ら行うのは難しい」と回答した者が45

%と最も多いと報告している。6次産業

化の取組を既に行っている者を対象とし

て取組の内容をみると、水産加工品の製

造・販売及び産地直売施設での直接販売

が全体の8割を占め、民宿・旅館の経営、

漁家レストランの経営、漁業・漁村体験

等の取組をあげた者は少数となってい

る。取組に向けたハードルを如何に下げ

るかが、6次産業化を推進するための課

題と結論づけている。

 高齢化が著しく進む漁業において新た

な取組を実施することは難しいが、水産

加工品の製造・販売及び産地直売施設で

の直接販売については漁業協同組合の婦

人部など女性の活躍が目立つ。また、青

森の大間産のクロマグロは大間で食すこ

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日本国際観光学会論文集(第21号)March,2014

とが不可能であったが、観光客誘致への

方針転換により、現在ではクロマグロを

食味することが大間観光の目玉となって

いる(観光庁、20�3)。地産地消と観光客

誘致を組み合わせた成功事例と言える。

 沖縄県東村で自営漁業の傍らで遊漁を

営む與那嶺浩氏は「年をとると、漁獲が

不安定で更に危険を伴う漁をするよりも

遊漁船で出船したほうが収入も安定し、

安全性も確保できる。最近の釣り人は小

さい魚や不必要な魚は放流してくれるの

で、水産資源が枯渇することもない」と

いう。與那嶺氏の遊漁船は全国区の釣り

関連のテレビ番組や雑誌に多数紹介され

ている。顧客は関東や近畿など本土から

の釣り人が多い。釣り人の多くは東村に

数件しかない宿泊施設に滞在するため地

域経済への影響も大きい。前述の統計で

は兼業で遊漁船を営む漁業者が増加して

いるが、高齢化が進むと與那嶺氏のよう

に遊漁船に重点をおく漁業者の増加が予

測できる。また地方の若い漁業者にとっ

ても、都市部からの釣り人との交流は地

域経済の活性化に加えて貴重な情報交換

の場となり有益である。

3 釣り人の消費と思想

3-1 釣り人の消費動向

 「(鮎の職漁師が)何十万もする竿や、

ほんの数メートルで何千円もする金属糸

を使ってはいられない。(一方、釣り人

は)楽しみ、ゲームであるから、逆に、

とんでもない金額を鮎につぎ込むことが

できる」という作家の夢枕獏(�994)の

文章が示すように、釣り人の消費は満足

の尺度に比例して、際限なく変動する可

能性がある。また、釣り人は他人よりも

遠くに行けば、釣れるという信念が強く、

移動への抵抗意識は低い。雪道走行を余

儀なくされるスキー・スノーボードの顧

客やプレーの時間に制約を受けるゴルフ

の顧客は移動距離や時間を短縮化する傾

向がある。一方、移動に対する抵抗意識

が低い釣り人は、長距離や悪路に対応で

きる自動車を購入する傾向が強い。移動

距離の長い釣り人は、交通費や宿泊費な

ど滞在に関する消費において地域経済の

活性化に寄与する。

 「レジャー白書」(20�3)では、釣り1

回あたりの費用(平均値)を約5,040円と

推計している。釣り経験の少ない層が多

い神奈川県の本牧海釣り施設の入場者1

日あたりの消費額約2,390円と推計されて

いる(日本釣用品工業会、200�)。餌や仕

掛けなど釣りに係る経費が低いことに加

え、首都圏からの利用者が多いため交通

費も低い。一方、京都府の遊魚船利用者

の1日あたりの費用は約22,300円(京都

府、20��)、山形県最上小国川のアユ釣り

の1回あたりの費用は約50,000円(朝日新

聞山形版、20��)とそれぞれ試算してお

り、本格派層の消費は高いことが伺える。

餌(まき餌や囮アユ含む)や仕掛けなど

釣りに係る経費が高いことに加え、交通

費や宿泊への消費が含まれている。

 表.1のとおり、釣り具の市場でみる

と、20�2年釣用品国内出荷金額(見込み)

の総額は��5,900百万円である(日本釣用

品工業会、20�3)。シーバス(スズキ)や

アオリイカなど海水に生息する魚類を対

象としたルアーフィッシング市場が最も

高い。2番目では磯・波止釣りが続いて

おり、�0年程前に釣り市場を独占してい

たバスフィッシングは3番目であった。

海水での市場が6割以上を占めている。

釣り道具の進化によりマグロやブリなど

の大型魚釣りが容易にできるようになっ

たことやタイやアジなどの海水の養殖魚

を対象とした釣り堀が全国で設置されて

いることから釣り業界の海水魚に対する

期待は高い。

3-2 戦後の釣り人の消費と思想

 消費社会の研究者三浦展(20�2)は、日

本の近代化が顕著となった20�2年日露戦

争勝利以降からの日本の消費社会を四段

階に区分をし、それぞれの消費の特徴を分

析した(表.2)。2005年リーマンショック

以後、現在を含め「第四の消費」とし、特

徴を「つながりをうみだす社会」、「地方志

向」、「環境問題への関心の高さ」などと論

じている。本項では、三浦の消費社会の四

段階における時代区分との釣り人の思想

について比較分析を行い、地方志向及び

エコロジー志向の現在における釣り人の

消費動向について考察を加えた。

 「第一の消費社会」(�92�年から�94�年)

は日露戦争勝利後から日中戦争までとし

ており、東京や大阪など大都市を中心に

近代化が進んだ。近代化を表す「モダン」

という言葉が流行をした。東京向島(墨

田区)で幼少期を過ごした評論家の森秀

人(�979)は、「銀座など現在の都心部の

どこでも釣りができた。日曜日は、竿先

が触れ合わんばかりの込みようであった

から、釣り人口は、今に劣らないほど多

かった」と記憶し、ほとんどの釣り人が

同じ原始的な仕掛けを使い、釣果は求め

てはいなかった、健全な釣場を釣り人自

らが維持していると書いている。

 「第二の消費」(�945年から�974年)は

戦後復興から高度成長期を経て、オイル

ショックまでとしている。大量消費時代

といわれており、マイホーム、マイカー

釣種 投げ釣り磯・波止

釣り船釣り

ルアー(海水魚)

渓流釣り アユ釣りヘラブナ

釣りルアー

(バス)ルアー

(マス類)フライ

フィッシングその他 合計

出荷金額 4,562 2�,280 �6,964 32,549 2,593 6,033 5,523 20,226 3,729 �,95� 490 ��5,900構成比 3.9% �8.4% �4.6% 28.�% 2.2% 5.2% 4.8% �7.5% 3.2% �.7% 0.4% �00.0%海水:淡水 海水:� 75,355 淡水(フライフィッシング、その他含む):� 40,545 ��5,900構成比 65.0% 35.0% �00.0%

(出所:社団法人日本釣用品工業会(20�3)の引用に筆者が加筆)

表.1 釣魚別釣用品国内出荷金額(2012年見込み)� 単位:百万円

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日本国際観光学会論文集(第21号)March,2014

や家電が普及をした。釣りでは、都市化

による釣場が減少する一方で、釣竿が竹

などの天然材料からグラスやカーボンな

どの化学繊維が台頭し、淡水では配合え

さを使うヘラブナ釣りやアユの友釣り、

海水ではオキアミ餌を使ったメジナ釣り

など専門志向が強まった。

 「第三の消費」(�975年から2004年)は

オイルショックからバブル経済、小泉改

革までとし、消費の特徴は「量から質へ」

の構造展開がはかられ、個性化、差別化、

多様化したが、格差社会の拡大が顕著と

なった。ニューツーリズムへの移行期と

重なる。�980年アニメ「釣りキチ三平」が

テレビ放映をされる。バスフィッシングや

カジキのトローリングなどレジャー色の

強い欧米型のゲームフィッシングスタイ

ルが流行した。�997年はレジャー白書の

推計により釣り人口が2,020千人となり、

統計を開始した�995年以降最多であった

(図 .1)。一方、釣り人による外来種放流

やマナーの悪さが社会問題化した。

 2005年リーマンショック以後、現在を

含め「第四の消費」とし、特徴を「つな

がりをうみだす社会」、「地方志向」、「環

境問題への関心の高さ」としている。一

方、環境問題に加えて、少子高齢化など

の構想的な要因も重なり、釣り人口が減

少傾向である。20�2年の釣り人口は8�0万

人まで減少した。三浦のいう「地方志向」、

「エコロジー志向」から、グリーン・ツー

リズムやエコ・ツーリズムへの高い関心

が伺える。釣りについて言えば、環境問

題やマナーに配慮した健全な釣り人が増

加し、地方における経済活性化が期待さ

れる。

3-3 釣りと観光

 釣り人口が減少しているなかで、釣り

業界や釣り客を期待する観光地域では新

規需要の獲得のために子供や高齢者、女

性への釣り体験を促進している。釣り具

メーカーのグローブライド社では、旅行

会社のクラブツーリズムやJTBと連携を

して、初心者を対象としたフィッシング

ツアーを企画し、釣りの講師派遣や釣り

道具の貸出を行っている。企画に携わる

グローブライド社の大川氏はツアーの目

三浦展「消費社会の四段階と消費の特徴」

時代区分第一の消費社会(�9�2~�94�)

第二の消費社会(�945~�974)

第三の消費社会(�975~2004)

第四の消費社会(2005~2034)

社会背景

日露戦争勝利後から日中戦争まで東京、大阪などの大都市中心中流の誕生

敗戦、復興高度経済成長期からオイルショックまで大量生産、大量消費全国的な一億総中流化

オイルショックから低成長、バブル、金融破綻、小泉改革まで格差の拡大

リーマンショック、2つの大震災、不況の長期化、雇用の不安定化などによる所得減少人口減少などによる消費市場の縮小

人口 人口増加 人口増加 人口微増 人口減少出生率 5 5→2 2→�.3~�.4 �.3~�.4

国民の価値観

national消費は私有主義だが全体としては国家重視

famiy消費は私有主義だが、家、会社重視

individual私有主義かつ個人主義

socialシェア志向エコロジー志向社会重視

消費の志向

洋風化大都市志向

大量消費大きいことはいいことだ大都市志向アメリカ志向

個性化多様化差別化ブランド志向大都市志向ヨーロッパ志向

ノンブランド志向シンプル志向カジュアル志向日本志向地方志向

消費のテーマ

文化的モダン 一家に一台マイカーマイホーム三種の神器3C

量から質へ一家に数台一人一台一人数台

つながり数人一台カーシェアシェアハウス

消費の担い手

山の手中流家庭モボ・モガ

核家族専業主義

単身者パラサイト・シングル

全世代のシングル化した個人

釣りに係る状況の変化

釣りに関わる背景

全国的に自然との共生(1次産業中心構造)

レジャー産業の繁栄経済のソフト化・サービス化

(1次産業の衰退)釣り道具:天然から人工

(釣竿の化学繊維化、配合えさの開発)

環境保全意識の向上 ・�外来生物法(2005)施行へ ・環境教育の法制度化

釣り業界のブッラクバス依存体質からの脱却教育旅行の漁業体験

釣りに対する

イメージ

・自然の戯れ・大衆の娯楽・水産業界就業への意識啓発

釣果の飛躍的拡大「待ち」から「攻め」へ

釣りのゲーム化 ・�ブッラクバスのルアーフ

ィッシング ・カジキのトローリング釣り人のマナーの低俗化

「自然の戯れ」への回帰世代、性別を超えた交流の場

(出展:三浦展(20�2)の引用に筆者が加筆)

表.2 三浦展の定める消費社会の四段階と消費の特徴と釣りに関する状況の変化

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日本国際観光学会論文集(第21号)March,2014

的を釣り未経験者が釣りの愛好家や常連

になってもらうことと話す。日本釣振興

会では、健全で安全な釣り場を確保する

ために青森港北防波堤などの立入禁止と

なっている��の防波堤の開放に向けて、

行政等に働きかけを行っている(20�3年

�2月現在)。防波堤の開放により海釣り公

園として運営している熱海港海釣り施設

は手ぶらの一般観光客が多い(鈴木、

20�3d)。

 釣り目的の来訪者が多い伊豆大島と神

津島の来訪者数をみると、伊豆大島では

�973年に83�,666人であったが、20�0年は

�84,�56人に、神津島では�985年に86,087

人であったが、20�0年は34,46�人にそれ

ぞれ減少しており(東京都、20�2)、釣り

人口の減少に比例をしている。20�2年の

東京市町自治調査会による東京島しょ地

域に関わる観光キーワードの傾向調査

(インターネット検索数)において「釣

り」が2,240,000件で最も多かったことを

報告している。伊豆大島や神津島などの

東京島しょ地域では依然として釣りが魅

力的な観光コンテンツであると考えられ

る。伊豆大島や神津島では、東海汽船や

観光協会による女性の初心者向けの釣り

ツアーが実施されている。また、沖縄や

伊豆などの海洋性リゾート地域の観光協

会では家族連れや学校向けの釣りの着地

型旅行商品を企画、造成し、ホームペー

ジ上で紹介している。釣り未経験者が気

軽に手ぶらで参加できる受け入れ環境整

備を進めている。

4.まとめ

 平成24年度水産白書のなかで釣りは漁

村に存在する地域資源のうち海洋性レク

リエーションに関するものとしてマリン

スポーツ全体や海水浴と並んで紹介され

ている。本格派層の釣り人は高い消費額

に加え、再訪頻度が高く(宮澤、�995)、

物見遊山で一過的に訪問する観光客に比

べて地域経済へ影響は大きい。今後はマ

ナーを重んじた地方志向、エコロジー志

向の自然回帰を求めた健全な釣り人が増

加することが期待される。一方で、安定

的な収入と異なる地域の旅行者との交流

が望まれる漁業関係者にとっても、遊漁

船への転化や港湾施設の開放などで釣り

人を受け入れやすい。依然として漁業者

と遊漁者或いは釣り人とのトラブルが絶

えない地域もあるが、観光形態の変遷と

地域活性を希求した受け入れ体制整備を

考慮した上で、地方公共団体の観光担当

部署による包括的な解決が考えられる。

 和歌山県串本町では「釣り」を中心と

した地域活性化策が始まっている。20�2

年より串本町商工会が町内の観光関係者

や町外の釣り関係事業者らを委員に委嘱

し「フィッシングタウン串本着地型観光

プロジェクト検討委員会」を発足させた。

委員が釣りと魚食を生かした地域活性化

事業の実現に向け、協議や先進地視察な

どを行っている。実験的な事業であるが、

釣りを活用したブルー・ツーリズムの先

行的事例として期待できる。

謝辞

 本研究のためにヒアリングに協力頂い

た公益財団法人日本釣振興会の専務理事

清宮栄一様、事務局長の高橋裕夫様、グ

ローブライド株式会社の大川雅治様、沖

縄県東村遼丸船長の與那嶺浩様には厚く

御礼を申し上げます。

引用・参照文献

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レジャー空間形成の比較文化-ブ

ルー・ツーリズムの構築に向けて」『流

通経済大学社会学部論叢�』2007

・�南賢二・中村徹他、「観光実務ハンドブ

ック」(丸善株式会社)2007

・�鈴木一寛、「釣りを活用した環境教育の

可能性~うみんぐ大島の取組の事例考

察~」『日本地理学会20�3年春季学術大

会論文集』20�3a

・�鈴木一寛・友成真一、「釣りを活用した

教育旅行の考察」『総合観光学会第25回

学術大会発表要旨』20�3b

・�鈴木一寛・友成真一、「釣人の環境保全

に係る思想と消費に関する研究~消費

社会の地方志向が釣りに与える影響

~」『地域活性学会第5回研究大会

(20�3年度・高崎)論文集』20�3c

・�鈴木一寛、「海釣り公園に関する地域活

性の考察」『地域活性研究�vol.4』20�3d

・�朝日新聞山形版、「最上小国川アユ効果

22 億 円 近 畿 大 試 算 釣 り 客 ら 調 査」

20��.�0.6

・�大澤健、「観光革命」(角川学芸出版)

20�0

・�長谷政弘、「観光学辞典」(同文舘出版)

�998

・�閣議決定、「観光立国推進基本計画」

2007

・�国土庁・水産庁、「ブルー・ツーリズム

推進のための手引書」�999

・�国土庁・水産庁、「ブルー・ツーリズム

の魅力」�999

・�農林水産省、「平成22年度�食料・農業・

農村白書」20�0

図.1 釣り人口の推移 

(出所:レジャー白書20�3)

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日本国際観光学会論文集(第21号)March,2014

・�農 林 水 産 省、「漁 業 コ ン セ ン サ ス」

2003/2008

・�水産庁、「平成22年度/平成24年度水産

白書」20�0/20�2

・�農林水産省、「食料・農業・農村及び水

産資源の持続的利用に関する意識・意

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・�観光庁、「地域観光イノベーションに係

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・�夢枕獏、「釣りにつられて」(福武文庫)

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・�公益財団法人日本生産性本部、「レジ

ャー白書20�3」20�3

・�社団法人日本釣用品工業会、「釣人によ

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調査報告書」200�

・�京都府農林水産技術センター・海洋セ

ンター、「季報第�02号」20��

・�社団法人日本釣用品工業会、「第�6回釣

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・�三浦展、「第四の消費」(朝日新書)20�2

・�森秀人、「私本釣魚大全」(角川選書)

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・�東京都、「平成22年度伊豆諸島・小笠原

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・�財団法人東京市町村自治調査会、「島し

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・�宮澤晴彦、「遊漁船業の課題-釣り人を

迎える立場」『釣りから学ぶ-自然と人

の関係-』(成山堂書店)�995

・�紀伊民報「釣り生かして町おこし~28

日から実験イベント~串本町古座の動

鳴気漁港」20�3.9.25

【本論文は所定の査読制度による審査を経たものである。】