電磁気学で使う数学:第6 - lecture.ecc.u-tokyo.ac.jpnkiyono/kiyono/17_7...第6 回 2...
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2017年度Aセメスター全学体験ゼミナール電磁気学で使う数学:第6回
11月 10日 清野和彦数理科学研究科棟 5階 524号室 (03-5465-7040)
http://lecture.ecc.u-tokyo.ac.jp/~nkiyono/index.html
前回の問題. (この問題はレポート問題ではありません。)
xyzを空間の右手正規直交座標系とし、ベクトル場 F⃗ のこの座標系での成分表示が
−zx2yzxy
であるとする。また、曲面 S を
S ={(x, y, z)
∣∣ z = x2y, 0 ≤ y ≤ x ≤ 1}で z軸が裏から表に向いているものとする。
∫SF⃗ • dS⃗ を計算せよ。
解答. 積分範囲 S は 2変数関数 x2y のグラフの一部分ですので、xと y をそのままパラメタにとりましょう。ただし、本文との関係が分かるようにするためにパラメタの文字は s, tにします。すなわち、曲面 S のパラメタ付け T (s, t) = (ξ(s, t), η(s, t), ζ(s, t))として
ξ(s, t) = s η(s, t) = t ζ(s, t) = s2t E = {(s, t) | 0 ≤ t ≤ s ≤ 1}
を取るということです。このパラメタ付けは Sの向きに適合しています。なぜなら、T (s, t)で sだけを動かすとほぼ x軸方向に動き、tだけを動かすとほぼ y軸方向に動くので、座標系 xyzが右手系であることから、ベクトル積 Ts(s, t)× Tt(s, t)はほぼ z軸と同じ向きを向いているからです。このパラメタ付けで面積分を計算すると、
∫S
F⃗ • dS⃗ =∫E
−ζ(s, t)ξ(s, t)2η(s, t)ζ(s, t)ξ(s, t)η(s, t)
• ηs(s, t)ζt(s, t)− ζs(s, t)ηt(s, t)ζs(s, t)ξt(s, t)− ξs(s, t)ζt(s, t)
ξs(s, t)ηt(s, t)− ηs(s, t)ξt(s, t)
dsdt
=
∫E
−s2t · s
2t · s2ts · t
• 0 · s
2 − 2st · 12st · 0− 1 · s2
1 · 1− 0 · 0
dsdt = ∫E
(2s4t2 − 2s4t2 + st
)dsdt
=
∫E
st dsdt =
∫ 10
s
(∫ s0
t dt
)ds =
∫ 10
s
[t2
2
]s0
ds =
∫ 10
s3
2ds =
[s4
8
]10
=1
8
となります。 □
1.8 場の積分のまとめ:積分形のマックスウェル方程式場の積分には三種類あることを学びました。
ベクトル場の線積分 ベクトル場の面積分 スカラー場の体積分
です。「スカラー場の線積分や面積分もあったじゃないか」と思うかも知れません。しかし、スカラー場の線積分や面積分の定義式が、曲線 C や曲面 S のパラメタ付けに由来するベクトル場の大きさ(|x′(t)|や |Ts(s, t)×Tt(s, t)|)しか使わなかったのに対して、ベクトル場の線積分や面積分の定義式では大きさのみならずそれらの向き(つまり x′(t)や Ts(s, t)× Tt(s, t)そのもの)まで使っ
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て定義されていることを見ても、線積分や面積分されるべきものはベクトル場であってスカラー場ではないということを感じてもらえるのではないかと思います。電磁気学で使うこれら三つの積分のイメージと定義式をまとめ、そのイメージで積分形のマックスウェル方程式を解釈してみましょう。とは言っても、マックスウェル方程式の物理的な面には踏み込みません。単に、マックスウェル方程式の四つの式に各積分のイメージを当てはめて日本語にしてみるだけです。
1.8.1 ベクトル場の線積分
ベクトル場 F⃗ と向き付けられた曲線 C が与えられたとき、正規直交座標系 xyzによって F⃗ が
F (x, y, z) =
F1(x, y, z)F2(x, y, z)F3(x, y, z)
と表され、また、x(t) = (ξ(t), η(t), ζ(t))(t0 ≤ t ≤ t1) が向きに適合した Cのパラメタ付けのとき、ベクトル場 F⃗ の C における線積分を∫
C
F⃗ • d⃗l =∫ t1t0
F (x(t)) • x′(t)dt
=
∫ t1t0
F1(ξ(t), η(t), ζ(t))ξ′(t)dt+
∫ t1t0
F2(ξ(t), η(t), ζ(t))η′(t)dt
+
∫ t1t0
F3(ξ(t), η(t), ζ(t))ζ′(t)dt
で定義しました。これは
C 上の各点における F⃗ の「C に沿った成分」を足し上げる
というようなイメージを持つ操作になっていました。例えば、F⃗ が力の場で、C がその力に作用されながら質点の動いた経路としたとき、線積分の値は F⃗ がその質点に対してした仕事です。
1.8.2 ベクトル場の面積分
ベクトル場 F⃗ と向き付けられた曲面 S が与えられたとき、右手系の正規直交座標系 xyzによって、F⃗ が
F (x, y, z) =
F1(x, y, z)F2(x, y, z)F3(x, y, z)
と表され、また、T (s, t) = (ξ(s, t), η(s, t), ζ(s, t))((s, t) ∈ E) が向きに適合した S のパラメタ付けのとき、ベクトル場 F⃗ の S における面積分を∫
S
F⃗ • dS⃗ =∫E
F (T (s, t)) • Ts(s, t)× Tt(s, t)dsdt
=
∫E
F1(ξ(s, t), η(s, t), ζ(s, t))(ηs(s, t)ζt(s, t)− ζs(s, t)ηt(s, t))dsdt
+
∫E
F2(ξ(s, t), η(s, t), ζ(s, t))(ζs(s, t)ξt(s, t)− ξs(s, t)ζt(s, t))dsdt
+
∫E
F3(ξ(s, t), η(s, t), ζ(s, t))(ξs(s, t)ηt(s, t)− ηs(s, t)ξt(s, t))dsdt
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で定義しました。これは
F⃗ に沿って流れているものが単位時間に S を裏から表に通過する量
というようなイメージを持つ値でした。
1.8.3 スカラー場の体積分
スカラー場 φと空間内の領域Dが与えられたとき、正規直交座標系 xyzによって φを表す 3変数関数を f(x, y, z)とすると、領域Dにおけるスカラー場 φの体積分とは、∫
D
φ dV =
∫D
f(x, y, z)dxdydz
と定義される値でした。ただし、右辺の積分はリーマン和の極限として定義される 3変数関数の重積分です。これは、まさに
D内の点における φの値の総和
といえる値でした。例えば、φが密度を表しているとき、体積分の値はDの質量です。
1.8.4 マックスウェル方程式(積分形)の「意味」
以上のイメージを積分形のマックスウェル方程式に当てはめて解釈してみましょう。ただし、全く形式的にイメージを適用するだけであって、物理としての意味や内容は説明も追求も一切しません。それらについては電磁気学の講義で学んで下さい。積分形のマックスウェル方程式 24 とは
ε0
∫∂D
E⃗ • dS⃗ =∫D
ρ dV (17)∫∂D
B⃗ • dS⃗ = 0 (18)∫∂S
E⃗ • d⃗l = −∫S
∂B⃗
∂t• dS⃗ (19)
1
µ0
∫∂S
B⃗ • d⃗l =∫S
(ε0∂E⃗
∂t+ J⃗
)• dS⃗ (20)
という四つの等式のことです。登場している場は「電場」E⃗、「磁束密度」B⃗、「電流密度」J⃗ という三つのベクトル場と、「電荷密度」ρという一つのスカラー場です。これらの場はすべて位置の他に時刻にも依存していることに気を付けて下さい。(19)と (20)に現れている tが時刻を意味します。だから、時刻は微分する変数としてしか使われず、積分はすべて
時刻を定数と見なして、このゼミで定義したように積分する
という操作を意味します。なお、ε0と µ0は定数です。ε0には「真空の誘電率」、µ0には「真空の透磁率」という名前が付いています。登場している「積分範囲」についても説明が必要です。まず、式 (17)と式 (18)の ∂Dは空間内の領域Dの表面で、Dに触れている側を裏に指定した向き付き曲面です。特に ∂Dは必ず縁のな
24ただし、真空中でのものです。
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い曲面になります。そのような曲面を閉曲面と言います。式 (18)にはDでの体積分が現れていないように見えます。しかし、実は式 (18)の右辺の 0は「あらゆる場所で 0」というスカラー場の体積分
∫D0 dV を意味する 0なのです。このように、式 (17)と式 (18)の右辺と左辺の積分領域は同
じように「中身と表面」という関係になっています。また、二つの式 (19)、(20)の左辺の ∂Sは右辺の曲面 S の縁です。だから ∂S は「何本かの交わらない閉曲線」しかあり得ません。なお、∂Sの向きは
S を表から見たとき、∂S は S を左に見ながら回る
というように決めます(図 30)。� �
S(見えている側が表)
図 30: S の向きと ∂S の向きの関係。� �以上の設定に前小節まででまとめた三つの積分のイメージを当てはめて言葉で解釈してみましょう。まず、式 (17)のガウスの法則です。任意の時刻 t0をひとつ決めます。すると、左辺の積分は「時刻 t0 における E⃗ が単位時間続いた」と仮定したとき E⃗ に沿って単位時間にDから出て行く「何か」の総量です。∂Dの裏表を「Dに触れている側が裏」と決めているので、「∂Dを裏から表に通り抜ける量」は「Dから出ていく量」と言い表すことができるからです。もちろん、Dに入って来るものはマイナスで換算します。一方、右辺は「時刻 t0 において D内にある電荷の総量」です。というわけで、式 (17)は、
各時刻において、E⃗ に乗ってDから出て行く「何か」の量の ε0 倍はD内の電荷の総量に等しい。
という意味を持つ式であることになります。式 (18)は形の上では式 (17)の右辺を「常に 0」に置き換えたものですので、その意味は
どのような領域Dをとっても、そこから B⃗に乗って出て行く「何か」の量はいつでも0である。
となります。次に、式 (19)のファラデーの法則です。左辺は「時刻 t0における E⃗の ∂Sに沿った成分の総和」といえる量で、E⃗ に沿って「何か」が流されていると考えると「時刻 t0 において E⃗ が ∂S に沿って「何か」を流そうとする働き」というようなものです。一方、右辺は面積分と時刻による微分を入れ替えて、 ∫
S
∂B⃗
∂t• dS⃗ = ∂
∂t
∫S
B⃗ • dS⃗
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として考えた方が分かりやすいでしょう。積分も微分もある種の極限ですので、この等式は「二種類の極限の入れ換え」をしていることにあたり、無条件では成り立ちません。しかし、ここでは都合の良さそうなことはすべて仮定しているので大丈夫です。信じることにしてください。すると、式 (19)の右辺(の符号を変えたもの)は、「S を貫いて B⃗ に沿って流れて行く「何か」の量の時刻 t0における変化率」となります。というわけで、式 (19)の意味は、(Sと ∂Sに然るべく向きを付けると)
各時刻において、E⃗が ∂Sに沿って「何か」を流そうとする働きと、B⃗に沿って流れて行く別の「何か」が S を通過する量の変化は打ち消し合う
ということだと言えるでしょう。最後は (20)のアンペール・マックスウェルの法則です。式 (19)のときと同様に、右辺を∫
S
(ε0∂E⃗
∂t+ J⃗
)• dS⃗ = ε0
∂
∂t
∫S
E⃗ • dS⃗ +∫S
J⃗ • dS⃗
と変形して考えた方がよいでしょう。すると、
B⃗が ∂Sに沿って「何か」を流そうとする働きを µ0で割った値は、E⃗に沿って流れて行く別の「何か」が Sを通過する量の変化の ε0倍と、J⃗ に沿って流れて行くさらに別の「何か」が S を通過する量の和に等しい。
という意味であることがわかります。以上、全く形式的に積分のイメージを積分形のマックスウェル方程式に当てはめてみました。繰り返し注意しますが、これらの等式がなぜ成り立つか、とか、E⃗ とか B⃗ とか「何か」とかは一体何なのか、とか「「何か」を流そうとする働き」とは何か、とかについては電磁気学の講義で学んで下さい。このゼミでは一切触れません。
2 場の微分と「微積分の基本定理」2.1 概要場の積分が三つあることに対応して場の微分も三種類あり、対応する積分と組んで「微積分の基本定理」に当たる重要な関係を作っています。この節では、この先の話の筋道を理解するために、微分の中身には触れずに枠組みだけお見せすることにします。
2.1.1 場の微分
皆さんが高校のときから親しんできた 1変数関数の微分とはどのようなものだったかというと、
関数 f(x)に対し、x = aを決めるごとに微係数 f ′(a)という数が決まり、aは何でもよかったので変数 xと見ることにして f ′(x)という導関数が決まる
というものでした。縮めていえば、微分とは「関数から関数を作る操作」です。ところで、我々は今関数ではなく場を扱っています。だから微分も「場から場を作る操作」になるべきでしょう。つまり、スカラー場かベクトル場を微分すると、それの導場とも言うべきスカラー場かベクトル場ができるわけです。電磁気学で必要とする微分は次の三つです。
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• スカラー場からベクトル場を作る操作 gradスカラー場 φに対してその導ベクトル場 gradφを勾配ベクトル場と呼びます。記号 gradは英語の gradient(グレイディエント 25)に由来します。
• ベクトル場からベクトル場を作る操作 rotベクトル場 F⃗ に対してその導ベクトル場 rot F⃗ を回転ベクトル場と呼びます。記号 rotは英語の rotation(ローテーション)に由来します。curl(カール)という記号を使う人もいます。
• ベクトル場からスカラー場を作る操作 divベクトル場 F⃗ に対してその導スカラー場 div F⃗ を発散スカラー場と呼びます。記号 divは英語の divergence(ダイバージェンス)に由来します。
スカラー場を微分するとスカラー場になる、という一番ありそうなものがないことに気を付けてください。
2.1.2 「微積分の基本定理」にあたる定理
上の三つの微分が具体的にどういうものかということの定義や説明はあとの節に譲ることにして、「微積分の基本定理」に当たる定理を紹介しましょう。一つ目は勾配ベクトル場と線積分の関係です。曲線 C の始点を P、終点を Qとしたとき、∫
C
gradφ • d⃗l = φ(Q)− φ(P )
が成り立ちます。この事実には特に名前はないようですが、式の見た目からして普通の微積分の基本定理 ∫ b
a
df
dx(x)dx = f(b)− f(a)
にそっくりですね。二つ目は回転ベクトル場と面積分です。曲面 Sの縁の作る曲線を ∂Sとします。(∂Sの向きは図
30のように決めます。)このとき、∫S
rot F⃗ • dS⃗ =∫∂S
F⃗ • d⃗l
が成り立ちます。これを「ストークスの定理」と呼びます。全然「微積分の基本定理」っぽく見えないと思うかもしれません。実は、本来の微積分の基本定理や勾配ベクトル場と線積分の関係において、f(b)− f(a)や φ(Q)− φ(P )を
閉区間や曲線の縁における積分
と考えるのです。つまり、
微分してから 1次元の物に沿って積分した値と、微分せずに縁で積分した値が一致する。
というように解釈するわけです。すると、ストークスの定理も、
微分してから 2次元の物に沿って積分した値と、微分せずに縁(1次元の物)に沿って積分した値が一致する。
25日本語としてはグラジエントと発音する人が多いようです。
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となっており、微積分の基本定理における積分範囲を両方とも 1次元高くした形になっていることが分かります。こうなると三番目も予想がつくでしょう。発散ベクトル場と体積分の関係です。領域 Dの表面を ∂Dとします。(∂DはDに接していない側を表とします。)すると、∫
D
div F⃗ dV =
∫∂D
F⃗ • dS⃗
が成り立ちます。これを「ガウスの発散定理」と呼びます。
2.1.3 この章の話の流れ
これから以上のことを説明して行くわけですが、簡単な方から話を進めたいので、
• 勾配ベクトル場の定義
• 勾配ベクトル場と線積分
• 発散スカラー場の定義
• 発散スカラー場とガウスの発散定理
• 回転ベクトル場の定義
• 回転ベクトル場とストークスの定理
の順に説明して行くことにします。
2.2 スカラー場の微分 : 勾配ベクトル場2.2.1 勾配ベクトル場とは何か
微係数とは、いわば関数の値の「変化率」のことでした。変数が一つしかない場合、「変化率」は
関数の値の変化変数の値の変化 の極限
として自然に受け入れられる概念です。しかし、定義域が空間、つまり関数としては 3変数の場合、「変数の値の変化」が数ではないので 1変数の場合の解釈をそのまま適用することができません。そこで、「変化率」を考えたい点 P を通る直線 lを取り、スカラー場 φの定義域を lに制限してしまいましょう。そうすれば、これはもはや 1変数関数ですので 1変数関数の微係数によって「変化率」を考えることができます。そして、P を通るあらゆる直線でこの「変化率」を考え、
その最大値を大きさとしそのときの直線 lの方向を向きとするベクトル
を、スカラー場 φの点 P における勾配ベクトルと呼ぶことにします。P はもちろん任意なので、点 P に勾配ベクトルを対応させるベクトル場である勾配ベクトル場ができるというわけです。スカラー場 φの勾配ベクトル場のことを gradφと書きます。点 P における勾配ベクトルのことは gradφ(P )とか gradP φと書きます。勾配ベクトル、すなわち「変化率が最大の方向」とは何であるかをもう少し具体的に考えてみましょう。
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想像するのは難しいかも知れませんが、例えば φが空間の点にそこでの気温を与える気温分布のスカラー場のとき、gradφ(P )は点 P からもっとも温度の上昇の大きい向きを向いており、このベクトルの長さに比例して気温の上昇の度合いも大きいということを意味します。わかりにくいですね。そういうときは次元を一つ下げて世界が「平面」であるとして考えてみましょう。定義域である平面を地図、スカラー場 φを高さを与える場としてみます。すると、点 P を一つ決めたとき、
φの定義域を P を通る地図上の直線 lに制限してできる l上のスカラー場の点 P での変化率
とは、
φのグラフという「地面の起伏」のような曲面の点 (P,φ(P ))における l方向の接線の傾き
です。だから、gradφ(P )というベクトルは、
点 (P,φ(P ))における曲面の接平面が一番大きく傾いている向きを向き、地図上で点 Pからその方向に 1(すなわち単位長さ)離れた場所で接平面がどれだけ高くなっているかを大きさに持つ
というベクトルだということになります。つまり、大雑把に言うと、「上り坂の向き」を向き「上り坂のきつさ」を大きさに持つベクトルが勾配ベクトルだというわけです。これで、勾配ベクトルの図形的な意味はわかって頂けたと思います。しかし、それ以外の方向の変化率と勾配ベクトルとの関係はどうなっているのでしょうか。変化率が最大の方向だけで良しとして、他の方向への変化率はわからなくても仕方がないと考えているのでしょうか。実は、勾配ベクトルだけですべての方向への変化率がわかってしまうのです。このことについては勾配ベクトルを座標で表す式を考えたあとで説明します。
2.2.2 勾配ベクトル場の定義式
以上の「言葉での説明」を、正規直交座標系を使って具体的に式で表してみましょう。スカラー場 φを表す 3変数関数を f(x, y, z)とします。点 P の座標を (a, b, c)とすると、P を通る直線 l上の点の成分はパラメタ tと適当な定数 p, q, rを使って xy
z
= ab
c
+ t pq
r
というようにベクトルで表示できます。このような式が出てくるたびにベクトルを成分で書くのは面倒なので、以下、
x =
xyz
a = ab
c
p = pq
r
というように、第 1成分の文字を太字にした記号で表すことにします。この記号を使うと、上の直線 lは
x = a+ tp
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となります。pを成分に持つ空間ベクトル p⃗は直線 lの方向ベクトル(の一つ)です。直線 lの方向ベクトル p⃗を定数( ̸= 0)倍しても直線 l自体は変わらずパラメタ tによる「目盛り」が変わります。つまり、直線 lは「t = 0の点が 0、t = 1の点が 1」というようにして自然に数直線になっているというわけです。「変化率」とは瞬間の変化を「変数が 1増えたときどれだけ増えるか」に置き換えた数値ですので、目盛りが違うと値が変わってしまいます。しかし、「変数が 1増える」の 1は、もちろん空間での長さが 1という意味ですので、方向ベクトル p⃗を単位ベクトルに取ることに約束しておけばよいでしょう。単位ベクトル p⃗を一つ決め、関数 f(x, y, z)の定義域を、点 P を通り p⃗を方向ベクトルとする直線 lに制限したものを gp⃗(t)としましょう。つまり、
gp⃗(t) = f(a+ tp, b+ tq, c+ tr)
です。t = 0のときが点 P に対応していますので、欲しい「変化率」は t = 0での gp⃗の微係数 gp⃗′(0)です。それを計算すると、「多変数関数の合成関数の微分公式(連鎖律)」により、
gp⃗′(0) =
∂f
∂x(a+ 0p, b+ 0q, c+ 0r)
d(a+ tp)
dt(0)
+∂f
∂y(a+ 0p, b+ 0q, c+ 0r)
d(b+ tq)
dt(0)
+∂f
∂z(a+ 0p, b+ 0q, c+ 0r)
d(c+ tr)
dt(0)
=∂f
∂x(a, b, c)p+
∂f
∂y(a, b, c)q +
∂f
∂z(a, b, c)r
となります。
注意 19. 多変数関数の合成関数の微分公式を、3変数関数に 1変数関数を合成する場合で関数に対する条件まで込めて書いておきましょう。
t0 で微分可能な三つの関数 ξ(t), η(t), ζ(t)と、(ξ(t0), η(t0), ζ(t0))で全微分可能な 3変数関数f(x, y, z)に対し、合成関数
gp⃗(t) = f(ξ(t), η(t), ζ(t))
は t = t0 で微分可能であり、
dgp⃗dt
(t0) =∂f
∂x(ξ(t0), η(t0), ζ(t0))
dξ
dt(t0)
+∂f
∂y(ξ(t0), η(t0), ζ(t0))
dη
dt(t0)
+∂f
∂z(ξ(t0), η(t0), ζ(t0))
dζ
dt(t0)
が成り立つ。ここでは「全微分可能」ということの定義は述べませんが、f(x, y, z)が C1 級(すなわち、三つの偏導関数fx(x, y, z), fy(x, y, z), fz(x, y, z)がすべて連続関数)ならば f(x, y, z)は自動的に全微分可能になります。このゼミでは微分に関して十分良い性質を持つものしか相手にしていないので、合成関数の微分公式の成り立つ条件は満たされていることになります。★
知りたいのは、p⃗を単位ベクトルのままぐるぐるといろいろな向きに動かしたときに、いつ gp⃗′(0)の値が最大になるかです。それを知るには、上の式がスカラー積によって
gp⃗′(0) =
fx(a, b, c)fy(a, b, c)fz(a, b, c)
• pq
r
(21)
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と書けることに気づけば分かります。p⃗の大きさは常に 1だし、
fx(a, b, c)fy(a, b, c)fz(a, b, c)
は p⃗とは無関係な定ベクトルですので、二つのベクトルのなす角が 0のときが最大です。つまり、
p =1√
(fx(a, b, c))2 + (fy(a, b, c))2 + (fz(a, b, c))2
fx(a, b, c)fy(a, b, c)fz(a, b, c)
(22)のとき gp⃗′(0)は最大になるわけです。そして、その最大値は fx(a, b, c)fy(a, b, c)
fz(a, b, c)
• 1√
(fx(a, b, c))2 + (fy(a, b, c))2 + (fz(a, b, c))2
fx(a, b, c)fy(a, b, c)fz(a, b, c)
=√(fx(a, b, c))2 + (fy(a, b, c))2 + (fz(a, b, c))2 (23)
です。我々が欲しかった勾配ベクトルは (22)を向きとし (23)を大きさとするベクトルです。それは (22)を (23)倍したベクトルですので、成分表示が fx(a, b, c)fy(a, b, c)
fz(a, b, c)
であるようなベクトルです。以上により、スカラー場 φの勾配ベクトル場 gradφとは、正規直交座標系 xyzを一つ決めたとき、その座標系によって φを表す関数を f(x, y, z)、gradφの成分表示を表す記号を grad f(x, y, z)とすると、
grad f(x, y, z) =
∂f∂x (x, y, z)∂f∂y (x, y, z)∂f∂z (x, y, z)
であることが分かりました。注意 20. ここで、よく使われる別な記号を紹介しておきます。それは
∇ =
∂∂x∂∂y∂∂z
というものです 26。ナブラと読みます。ベクトルのような顔をしていますが、ベクトルではありません。単なる記号の流用です 27。どういう「流用」が行われているかを説明しましょう。普通、ベクトル vとスカラー aを掛けるとき avと
いうようにスカラーを左に書きますが、スカラーを右に書いて vaとしても別に不都合はないでしょう。そこで、v の変わりに ∇を、aの変わりに関数 f を書いてみると、xyz が正規直交座標系なら
∇f =
∂∂x∂∂y∂∂z
f = ∂f∂x∂f
∂y∂f∂z
= grad f26物理ではベクトルも横に書くことが多いので、これも横に並べて書くのが普通ですが、ここではベクトルの成分を縦に並べたのにあわせて縦書きにしました。
27「ベクトル」という言葉の解釈にもよります。ここではベクトルといえば空間ベクトルを指しているわけですから その言葉遣いの下では ∇ はベクトルではないということです。ただし、二つの座標系 xyz と XY Z がどちらも正規直交座標系のとき、それぞれを使ってできる二つの ∇ は座標変換と同じ変換で移り合うので、正規直交座標系しか使わない場合には ∇ をベクトル扱いすることもできます。
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となるので、f の勾配ベクトル場を∇f と表したくなってくるというわけです。これだけだとあまりありがたみもありませんが、後で説明するベクトル場の二種類の微分についても同じような記法が使えるので、gradを使わず ∇を使う人が結構います。∇は自分の右にある関数を微分する記号ですので、∇f ̸= f∇です。ご注意下さい。なお、∇は座標系を一つ決めてから決まる「記号」ですので、座標系を決める前のスカラー場 φに対して
∇φと書くのは少しヘンです。しかし、意味はわかるので、座標系を決める前から gradφと書かずに ∇φと書く人も大勢います。この点にもご注意ください。また、座標系が正規直交でないときは ∇f は gradφの成分表示を与えません。∇f が gradφの成分表示
であるのは座標系が正規直交座標系のときだけです。このことにもくれぐれもご注意ください。★
レポート問題 1. 空間に固定された正規直交座標系 xyzによって関数
f(x, y, z) = x2 sin 2y sin 3z
で表されるスカラー場 φに対し、勾配ベクトル場 gradφを同じ座標系によって成分表示せよ。♪
2.2.3 gradφ(P )方向以外の変化率
スカラー場 φの点 P における任意の方向の変化率が gradφ(P )で表せることを説明しましょう。(実は、前小節の計算の中に現れているのです。)
p⃗を任意の単位ベクトルとしたとき、P における p⃗方向の φの変化率とは、P を通り p⃗を方向ベクトルとする直線 l(パラメタを tとします)に φの定義域を制限してできる l上のスカラー場のt = 0における微分の値でした。それは、まさに前小節の gp⃗′(0)のことです。そして gp⃗′(0)は前小節の式 (21)で成分によって表せていましたが、その式を成分ではなくベクトルで直接書くと
gradφ(P ) • p⃗
となっています。つまり、勾配ベクトル gradφとは、
単位ベクトルとのスカラー積がその単位ベクトルの向きへの変化率を与える
という、始めに考えていたより一般的な意味を持つベクトルだったのです。このことを、世界が平面である場合で、φが高さを表すスカラー場だという設定で考えてみましょう。(P,φ(P ))というグラフで表される起伏のある地面の上を走っている車を考えます。(地面から浮き上がらない範囲の速さで走っているとします。)平面に正規直交座標系 xy を入れ、この車の地図上での動きを表す関数を
(x, y) = (ξ(t), η(t))
としましょう。すると、この車の水平方向の速度ベクトル(の成分表示)は
x′(t) :=
(ξ′(t)
η′(t)
)となります。このとき、上向き方向の速度が
grad f(ξ(t), η(t)) • x′(t)
というように勾配ベクトル場とのスカラー積で表されるのです。説明しましょう。車の高さは g(t) := f(ξ(t), η(t))なので、これを t = t0 において微分して得られる値 g′(t0)が t = t0における車の高さ方向の速度です。計算すると、合成関数の微分公式により
g′(t0) =∂f
∂x(ξ(t0), η(t0))
dξ
dt(t0) +
∂f
∂y(ξ(t0), η(t0))
dη
dt(t0) = grad f(ξ(t), η(t)) • x′(t)
となって示せました。
-
第 6 回 12
2.3 勾配ベクトル場と線積分に関する「微積分の基本定理」2.3.1 「微積分の基本定理」
勾配ベクトル場を作る「微分」gradは、線積分と組み合わせると普通の 1変数関数における微積分の基本定理と全く同様の ∫
C
gradφ • d⃗l = φ(Q)− φ(P )
という関係が成り立ちます。ただし、C は点 P を始点とし点 Qを終点とする曲線です。証明は、合成関数の微分法を使って 1変数関数における微積分の基本定理に帰着するだけです。
証明. 空間に正規直交座標系を決め、それによって φを表す関数を f(x, y, z)とします。また、Cのパラメタ付け
x = ξ(t) y = η(t) z = ζ(t) t0 ≤ t ≤ t1
を一つ取ります。もちろん C の向きに適合したパラメタ付けを取るので、
点 P の座標が (ξ(t0), η(t0), ζ(t0))、点 Qの座標が (ξ(t1), η(t1), ζ(t1))
です。このパラメタ付けによって線積分を計算すると、
∫C
gradφ • d⃗l =∫ t1t0
fx(ξ(t), η(t), ζ(t))fy(ξ(t), η(t), ζ(t))fz(ξ(t), η(t), ζ(t))
• ξ
′(t)
η′(t)
ζ ′(t)
dt=
∫ t1t0
(∂f
∂x(ξ(t), η(t), ζ(t))
dξ
dt(t)
+∂f
∂y(ξ(t), η(t), ζ(t))
dη
dt(t)
+∂f
∂z(ξ(t), η(t), ζ(t))
dζ
dt(t)
)dt
となります。一方、g(t) = f(ξ(t), η(t), ζ(t))
と定義すると、合成関数の微分公式により、dg
dt(t) =
∂f
∂x(ξ(t), η(t), ζ(t))
dξ
dt(t)
+∂f
∂y(ξ(t), η(t), ζ(t))
dη
dt(t)
+∂f
∂z(ξ(t), η(t), ζ(t))
dζ
dt(t)
となって、最後の式で積分されている関数と一致しています。よって、1変数関数の微積分の基本定理により ∫
C
gradφ • d⃗l =∫ t1t0
dg
dt(t)dt = g(t1)− g(t0)
となります。ここで gを f に戻し、さらに f の値を元のスカラー場 φを使って書けば、
g(t1)− g(t0) = f(ξ(t1), η(t1), ζ(t1))− f(ξ(t0), η(t0), ζ(t0)) = φ(Q)− φ(P )
となります。これで示せました。 □
-
第 6 回 13
上の証明の方法は、いわば
曲線 C を(パラメタ付けを通じて)まっすぐにのばしてしまって 1変数関数の微積分の基本定理にする
ということです。だから、1変数関数の微積分の基本定理と何ら変わらない印象を持ってしまうかも知れません。もちろん、一面としてはそれで正しいのですが、1変数関数のときにはなかった面もあります。それは
始点 P と終点 Qを結ぶ曲線は無数にある
ということです。1変数関数の場合には、積分範囲の下端 aと上端 bを結ぶ「曲線」は閉区間 [a, b]しかありませんでした。しかし、スカラー場の定義域は空間(や平面)ですので、端点を決めただけではそれらを結ぶ曲線は一つに決まらないわけです。
にもかかわらず、勾配ベクトル場の線積分の値は端点だけで決まる
というわけなのです。とくに、始点と終点が一致している閉曲線では、勾配ベクトル場の線積分は必ず 0になります。
2.3.2 ポテンシャル
この特徴は、スカラー場の話というよりは微分されて出来上がったベクトル場の話と見た方が、以下で説明するように自然になります。1変数関数に「導関数」と「原始関数」という言葉があったように、場にも「勾配ベクトル場」と対になる名前を用意し、改めて上の性質を述べ直すとよさそうです。1変数関数においては、関数 f(x)が与えられたとき「微分して f(x)になる関数」のことを f(x)の原始関数と呼びました。それと同様に、ベクトル場 F⃗ が与えられたとき、「勾配ベクトル場が F⃗になるスカラー場」に名前を付けたいのですが、実は物理的な背景から符号を逆にして
gradφ = −F⃗ となるスカラー場 φをベクトル場 F⃗ のポテンシャルと呼ぶ
と定義します。なぜ符号を逆にするのかは次の小節で説明します。さて、ポテンシャルという言葉を使って「勾配ベクトル場の線積分が端点だけで決まる」という性質を述べ直すとどうなるでしょうか。それは、
ベクトル場 F⃗ がポテンシャルを持つならば、F⃗ の線積分の値は曲線によらず始点と終点だけで決まる
となります。閉曲線に限って言うなら、
ベクトル場 F⃗ がポテンシャルを持つならば、F⃗ の閉曲線に沿った線積分の値は必ず 0である。
となります。だから、例えば与えられたベクトル場をある閉曲線で線積分したら 0にならなかった、ということが起きた場合、そのベクトル場はポテンシャルを持たないわけです。以上は「ポテンシャルを持つ」ということを仮定した場合の話でした。では、逆は言えないのでしょうか? つまり、
-
第 6 回 14
ベクトル場 F⃗ の線積分の値が始点と終点のみで決まり 2点を結ぶ曲線によらないならば F⃗ はポテンシャルを持つ
とか、
ベクトル場 F⃗ の任意の閉曲線に沿った線積分がすべて 0ならば F⃗ はポテンシャルを持つ
といった性質は成り立たないのでしょうか? ありがたいことにこれらも成り立ちます。まず、上の主張が成り立つことを説明しましょう。どこでもいいから点 P0を一つ決めます。そして、スカラー場 φの点 P における値を
φ(P ) =
∫C
F⃗ • d⃗l
で決めます。ただし、C は P0を始点とし P を終点とする任意の曲線です。この曲線の取り方によらずに線積分の値が決まることが仮定でしたので、これでちゃんとスカラー場 φが定義されます。すると、
gradφ = F⃗
が成り立つのです。確認しましょう。
証明. 正規直交座標系 xyzを決め、それによって φを表す関数を f(x, y, z)、F⃗ の成分表示を
F (x, y, z) =
F1(x, y, z)F2(x, y, z)F3(x, y, z)
とします。示したいことは
∂f
∂x(x, y, z) = F1(x, y, z)
∂f
∂y(x, y, z) = F2(x, y, z)
∂f
∂z(x, y, z) = F3(x, y, z)
です。どれでも同じですので、一番目を示しましょう。
∂f
∂x(x, y, z) = lim
h→0
f(x+ h, y, z)− f(x, y, z)h
です。これを計算するために、(a, b, c)を座標に持つ点をQ、(a+h, b, c)を座標に持つ点をQh、Qと Qh をまっすぐ結ぶ線分を L、P0 と Qを結ぶ曲線を一つ選んで C とします。Lのパラメタ表示として (a+ s, b, c) 0 ≤ s ≤ hを選びましょう。すると、f(x, y, z)と φの定義より、
f(a+ h, b, c)− f(a, b, c) = φ(Qh)− φ(Q) =∫C+L
F⃗ • d⃗l −∫C
F⃗ • d⃗l
=
∫L
F⃗ • d⃗l =∫ h0
F1(a+ s, b, c)F2(a+ s, b, c)F3(a+ s, b, c)
• (a+ s)
′
(b)′
(c)′
ds
=
∫ h0
F1(a+ s, b, c)F2(a+ s, b, c)F3(a+ s, b, c)
• 10
0
ds = ∫ h0
F1(a+ s, b, c)ds
-
第 6 回 15
となります。よって、∂f
∂x(a, b, c) = lim
h→0
f(a+ h, b, c)− f(a, b, c)h
= limh→0
1
h
∫ h0
F1(a+ s, b, c)ds
= limh→0
∫ h0F1(a+ s, b, c)ds−
∫ 00F1(a+ s, b, c)ds
h
=d
dh
∫ h0
F1(a+ s, b, c)ds
∣∣∣∣∣h=0
= F1(a+ h, b, c)∣∣∣h=0
= F1(a, b, c)
となります。(後ろから 2番目の等号で、1変数関数の微積分の基本定理を使いました。)これで示せました。 □
以上により、F⃗ が「線積分の値が始点と終点だけで決まる」という性質を持つベクトル場なら、上のようにスカラー場 φを作ることで、−φが F⃗ のポテンシャルになります。二番目の主張に関しては、「閉曲線に沿った線積分の値が 0」という性質から「線積分の値が始点と終点だけで決まる」という性質を導ければ十分です。C1 と C2 をどちらも P を始点、Qを終点とする曲線とすると、C1 − C2 は P から出て P に戻る閉曲線になります。よって、
0 =
∫C1−C2
F⃗ • d⃗l =∫C1
F⃗ • d⃗l +∫−C2
F⃗ • d⃗l =∫C1
F⃗ • d⃗l −∫C2
F⃗ • d⃗l
となり、 ∫C1
F⃗ • d⃗l =∫C2
F⃗ • d⃗l
が結論されます。これは線積分の値が始点と終点だけで決まることを意味しています。なお、曲線をつなぐことやそれについての線積分の性質については第 3回のプリントを参照して下さい。
レポート問題 2. 空間に固定された正規直交座標系 xyzによって
F (x, y, z) =1(√
x2 + y2 + z2)3 xy
z
と表されるベクトル場 F⃗ のポテンシャルを求めよ。 ♪
レポート問題 3. 平面に正規直交座標系 xyを一つ決める。その座標系によって
F (x, y) =
(−yx
)
と表されるベクトル場 F⃗ は、定義域をどのような領域に選ぼうともポテンシャルを持たないことを示せ。 ♪
レポート問題 4. 平面に正規直交座標系 xyをひとつ決める。平面から原点を除いたところで定義されたベクトル場 F⃗ をその座標系による成分表示で
F (x, y) =1
x2 + y2
(−yx
)
と定義する。F⃗ は原点を含む領域ではポテンシャルを持たないことを示せ。 ♪
-
第 6 回 16
レポート問題 5. (1) 二つのスカラー場 φ と ψ の積 φψ の勾配ベクトル場 grad(φψ) を φ, ψ,gradφ, gradψ を使って表せ。(2) C を始点が P で終点が Q の曲線とすると、二つのスカラー場 φ と ψ に対し∫
C
φ gradψ • d⃗l = φ(Q)ψ(Q)− φ(P )ψ(P )−∫C
ψ gradφ • d⃗l
が成り立つことを示せ。 ♪
2.3.3 「微積分の基本定理」の意味
例によって世界を平面とし φが高さを表しているものとして、ポテンシャルと「gradに関する微積分の基本定理」を解釈してみましょう。まず、ポテンシャルを理解するために、この設定にさらに「重力」を加えてみましょう。どこでも同じ大きさを持つ重力が下向きに働いているとします。すると点 (P,φ(P ))に置かれた質点にはこの重力の他に接平面に垂直な抗力が働きます。地面にめり込まないようにしてくれている力です。重力と抗力の合力が質点に掛かる力ですが、それはもちろん接平面が一番大きく傾いている向きの反対向きを向いています。(重力が下向きだからです。)そして、合力の大きさは接平面の傾き具合に比例しています。高さを表すスカラー場 φは、この重力に関する位置エネルギーを与えるスカラー場とも解釈できます。そして、質点に掛かる力は最も効率よく位置エネルギーを小さくする向きを向くわけです。これがポテンシャルの定義にマイナスを付ける理由です。次に「gradに関する微積分の基本定理」の意味づけをしてみましょう。第 2.2.3小節と同様に、
(P,φ(P ))という起伏のある地面の上を走っている車を考えます。この車の地図上での動きを表す関数を
(x, y) = (ξ(t), η(t))
とすると、この車の水平方向の速度ベクトルは
x′(t) =
(ξ′(t)
η′(t)
)であり、垂直方向の速度が
grad f(ξ(t), η(t)) • x′(t)
で与えられるのでした。さて、上向き速度を積分すると実際に登った高さが出ます。車が時刻 t0から t1まで走ったとし、時刻 t0での地図上での地点を P、t1での地図上での地点をQとすると、上向き速度を時刻 t0から時刻 t1まで積分することによって、Qの高さ φ(Q)と P の高さ φ(P )の差になります。つまり、
φ(Q)− φ(P ) =∫ t1t0
grad f(ξ(t), η(t)) • x′(t)dt
です。ところが、この式の右辺は線積分の定義式そのものです。よって
φ(Q)− φ(P ) =∫C
gradφ • d⃗l
となるわけです。(C は車の走った地図上での経路です。)つまり、
どんな道で山登りをしようとも、地図上での始点と終点が同じなら登る高さも同じ
ということが、勾配ベクトル場の線積分は始点と終点だけで決まるということの意味なのです。
-
第 6 回 17
解答レポート問題 1の解答
xでの偏導関数を第 1成分、yでの偏導関数を第 2成分、zでの偏導関数を第 3成分とするベクトルを書けばよいだけです。 2x sin 2y sin 3z2x2 cos 2y sin 3z
3x2 sin 2y cos 3z
となります。 □
レポート問題 2の解答
求めたいポテンシャルを表す 3変数関数を f(x, y, z)とすると、f(x, y, z)が満たすべき条件は
∂f
∂x(x, y, z) = − x(√
x2 + y2 + z2)3 (24)
∂f
∂y(x, y, z) = − y(√
x2 + y2 + z2)3 (25)
∂f
∂z(x, y, z) = − z(√
x2 + y2 + z2)3 (26)
の三つです。(マイナスにご注意下さい。)まず、条件 (24)を満たす f(x, y, z)を求めてみましょう。xによる偏微分とは、yと zを定数だと思って xの 1変数関数として微分することでした。つまり、条件 (24)は、y = bと z = cを任意に選んで ψ(x) = f(x, b, c)と定義すると
ψ′(x) = − x(√x2 + b2 + c2
)3が成り立つ、という意味です。この式の両辺を xで不定積分すると、
ψ(x) = −∫
x(√x2 + b2 + c2
)3 dx = 1√x2 + b2 + c2 + Cとなります。(t = x2 + b2 + c2 と置換すれば計算できます。)C は積分定数、すなわち任意の実数ですが、今の計算は yと z を固定しておこなったわけですから、C は yと z を決めるごとに決まる実数、すなわち yと zの関数です。以上より、条件 (24)を満たす関数は
1√x2 + y2 + z2
+ g(y, z)
と表される関数です。同様にして、条件 (25)を満たす関数は
1√x2 + y2 + z2
+ h(x, z)
-
第 6 回 18
であり、条件 (26)を満たす関数は
1√x2 + y2 + z2
+ k(x, y)
であることがわかります。以上を言い換えると、条件 (24)を満たす関数は
1√x2 + y2 + z2
+「xによらない関数」
条件 (25)を満たす関数は
1√x2 + y2 + z2
+「yによらない関数」
条件 (26)を満たす関数は
1√x2 + y2 + z2
+「zによらない関数」
ということになります。よって、三つの条件を同時に満たす関数は1√
x2 + y2 + z2+「xにも yにも zにもよらない関数」
です。以上より、求めるポテンシャルは1√
x2 + y2 + z2+ C C ∈ R
という関数によって表されるスカラー場であることが分かりました。 □
レポート問題 3の解答
その 1 レポート問題 2の解答と同じように直接ポテンシャルを求めようとしてみましょう。求めるポテンシャルを表す関数を f(x, y)とすると、f(x, y)が満たすべき条件は
∂f
∂x(x, y) = y かつ ∂f
∂y(x, y) = −x
です。レポート問題 2の解答と同様に計算すると、第一の条件を満たす関数は
f(x, y) = xy + g(y)
であることがわかります。これが第二の条件も満たすためには、
∂f
∂y(x, y) = x+ g′(y) = −x
が成り立たなければなりません。ところが g′(y)は yのみの関数ですので、
x+ g′(y) = −x すなわち g′(y) = −2x
を満たす g(y)は存在しません。
-
第 6 回 19
以上より、問題のベクトル場 F⃗ がポテンシャルを持たないことがわかりました。(定義域に付いての考察を全くせずに示せたのですから、この証明は定義域がどのような領域であるかに係わらずに成立します。) □
その 2 「勾配ベクトル場に関する微積分の基本定理」を使って証明しましょう。平面内の領域Dを勝手にとり、そのDにおいて F⃗ がポテンシャルを持たないことを示します。
Dに含まれる小さな円 C をとります。C の中心の座標を (a, b)、半径を rとすると、C は、例えば
x = a+ r cos t y = b+ r sin t 0 ≤ t ≤ 2π
とパラメタ表示することができます。これを使って F⃗ の C 上での線積分を計算すると、∫C
F⃗ • d⃗l =∫ 2π0
(−b− r sin ta+ r cos t
)•
((a+ r cos t)′
(b+ r sin t)′
)dt
=
∫ 2π0
((b+ r sin t)r sin t+ (a+ r cos t)r cos t) dt
=
∫ 2π0
(ar cos t+ br sin t+ r2
)dt = 2πr2
となって 0になりません。もし F⃗ がポテンシャルを持つなら、任意の閉曲線に沿っての線積分は0にならなければならないのですから、線積分が 0にならない閉曲線があるということは、F⃗ がポテンシャルを持たないことを意味します。 □
レポート問題 4の解答
その 1 レポート問題 2の解答やレポート問題 3の解答その 1のように、直接ポテンシャルを計算しようとすると破綻する、ということを示しましょう。求めるポテンシャルを表す関数を f(x, y)とすると、f(x, y)の満たすべき条件は
∂f
∂x(x, y) =
y
x2 + y2(27)
∂f
∂y(x, y) = − x
x2 + y2(28)
です。レポート問題 2の解答やレポート問題 3の解答その 1のように条件 (27)を xで不定積分すると、y ̸= 0では
f(x, y) =
∫y
x2 + y2dx =
1
y
∫1(
xy
)2+ 1
dx
=1
y
∫1
t2 + 1ydt = Arctan t+ g(y) = Arctan
x
y+ g(y) (29)
となります。ただし、Arctanとは「定義域を (−π/2, π/2)に狭めた tan」の逆関数です。また、y = 0では条件 (27)は
∂f
∂x(x, 0) =
0
x2 + 0= 0
となりますので、xで不定積分すると、
f(x, 0) = C (x > 0) f(x, 0) = C ′ (x < 0)
-
第 6 回 20
となります。ただし、xと y は同時には 0にならないので、y = 0においては f(x, 0)の定義域はx > 0と x < 0の二つに分かれます。ですから C と C ′ は同じ値でなくてもかまいません。この f(x, y)を yで偏微分してもう一つの条件 (28)を満たすように g(y)と C と C ′ を選べるかを考えてみましょう。まず、y ̸= 0のところでは (29)を普通に yで偏微分して
∂f
∂y(x, y) =
1(xy
)2+ 1
(− xy2
)+ g′(y) = − x
x2 + y2+ g′(y)
となりますので、条件 (28)を満たすことは g′(y) = 0、すなわち
g(y) = C ′′ (y > 0) g(y) = C ′′′ (y < 0)
と同値です。y ̸= 0ですから g(y)の定義域は yの正負で二つに分かれており、それぞれにおいて定数関数であればよいので、C ′′ ̸= C ′′′ でもかまいません。次に y = 0における偏微分を考えるのですが、問題の条件として「F⃗ の定義域は原点を含む領域
(から原点を除いたところ)」となっていますので、この定義域は、y = 0(すなわち x軸)の正の部分も負の部分も含みます。まず x > 0かつ y = 0での条件 (28)を考えてみましょう。yで偏微分可能であるためには、f(x, y)は y の関数として連続でなければなりません。すなわち、x > 0のとき
limy→0
f(x, y) = f(x, 0) = C
が成り立たねばなりません。左辺の極限を計算してみると、
limy→+0
f(x, y) = limy→+0
Arctanx
y+ C ′′ =
π
2+ C ′′
および、lim
y→−0f(x, y) = lim
y→−0Arctan
x
y+ C ′′′ = −π
2+ C ′′′
となります。よって、f(x, y)が x > 0, y = 0で yについて連続であるための条件は
C =π
2+ C ′′ = −π
2+ C ′′′ (30)
であることがわかりました。同様の計算を x < 0ですると、x < 0,y = 0で f(x, y)が yについて連続であるための条件は
C ′ = −π2+ C ′′ =
π
2+ C ′′′ (31)
であることがわかります。ところが、条件式 (30)からは
C ′′′ = π + C ′′
が得られ、条件式 (31)からはC ′′′ = −π + C ′′
が得られてしまい、この二つを同時に満たす C ′′, C ′′′ は存在し得ません。以上により、原点を含む領域(から原点を除いたところ)では問題のベクトル場 F⃗ はポテンシャルを持たないことがわかりました。 □
-
第 6 回 21
その 2 レポート問題 3の解答その 2と同様の方法で解きましょう。原点を含む領域(から原点を除いたところ)は原点を中心とした円を含みます。その円を C とし、半径を rとして
x = r cos t y = r sin t 0 ≤ t ≤ 2π
とパラメタ付けして、C に沿った F⃗ の線積分を計算してみると、∫C
F⃗ • d⃗l =∫ 2π0
(− sin tr
cos tr
)•
((r cos t)′
(r sin t)′
)dt =
∫ 2π0
1dt = 2π
となって 0になりません。よって、問題のベクトル場 F⃗ はポテンシャルを持ちません。 □
注意 21. レポート問題 4の解答その 1とその 2を比較すると、その 2の方法の強力さが分かると思います。しかし、解答その 1の考察を注意深く見ると、定義域が原点を取り囲む閉曲線を含まないなら、問題のベ
クトル場がポテンシャルを持つことが分かります。例えば、定義域として平面全体から x軸の x ≤ 0の部分を除いたものとすると、
f(x, y) =
Arctanx
y+ C − π
2y > 0
C y = 0
Arctanx
y+ C +
π
2y < 0
がポテンシャルになっています。原点を囲む閉曲線を含まない領域に定義域を制限するとポテンシャルを持つということを解答その 2の方
針で示すのはとても大変そうです。なぜなら、「原点を囲まないすべての閉曲線について線積分が 0となる」ということを示さなければならないからです。だから、ここまで考えに入れると、必ずしも「微積分の基本定理」を使った方法の方がよりよいとは言えない気がするかも知れません。ところが、回転ベクトル場とそれに関する「微積分の基本定理」であるストークスの定理を使うと、このことも回転ベクトル場を計算するだけで分かってしまうのです。そこまで学んだあとであれば、やはりその 2の解法の方が強力であると言えることになります。以上のことについては回転ベクトル場とストークスの定理を説明したあとで改めて説明します。★
レポート問題 5の解答
(1) 正規直交座標系 xyz を一つ決め、それによってスカラー場 φ と ψ を表す関数をそれぞれf(x, y, z), g(x, y, z) とします。すると、スカラー場 φψ は (fg)(x, y, z) = f(x, y, z)g(x, y, z) で表されます。よって、積の微分法 28 により、勾配ベクトル場 grad(φψ) の成分表示は (fg)x(x, y, z)(fg)y(x, y, z)
(fg)z(x, y, z)
= fx(x, y, z)g(x, y, z) + f(x, y, z)gx(x, y, z)fy(x, y, z)g(x, y, z) + f(x, y, z)gy(x, y, z)
fz(x, y, z)g(x, y, z) + f(x, y, z)gz(x, y, z)
= g(x, y, z)
fx(x, y, z)fy(x, y, z)fz(x, y, z)
+ f(x, y, z) gx(x, y, z)gy(x, y, z)
gz(x, y, z)
となります。これは ψ gradφ+ φ gradψ の成分表示です。すなわち、
grad(φψ) = ψ gradφ+ φ gradψ
が求める表示です。 □28偏微分は事実上 1 変数関数の微分ですので、1 変数関数の積の微分法がそのまま成り立ちます。
-
第 6 回 22
(2) 勾配ベクトル場に関する微積分の基本定理をスカラー場の積 φψ に使うと∫C
grad(φψ) • d⃗l = φ(Q)ψ(Q)− φ(P )ψ(P )
となります。左辺の線積分に (1)の結果を代入すると∫C
(ψ gradφ+ φ gradψ) • d⃗l = φ(Q)ψ(Q)− φ(P )ψ(P )
が得られます。左辺の線積分を二つに分け第 1項の線積分を右辺に移項すると∫C
φ gradψ • d⃗l = φ(Q)ψ(Q)− φ(P )ψ(P )−∫C
ψ gradφ • d⃗l
となります。 □
(1)は 1変数関数における積の微分公式が、微分を grad に取り替えることでそのまま成り立つといっています。すなわち、(1)の結果は「grad に関する積の微分公式」です。また、(2)は gradに関する部分積分の公式と言えます。上の (2)の解答も、1変数関数における部分積分の公式の証明と全く同じです。