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2010年 6 14 東京工業大学 「科学技術社会論 I」講義資料(秋田県立大学 鶴田 俊) 技術開発と安全管理 2010年6月14日 鶴田 1.はじめに 高度経済成長に伴って産業災害が多発した時期に産業災害や交通災害対策の必要性が認識された。昭和 40 年 12 月 13 日に内閣総理大臣あてに日本学術会議会長から出された「産業安全衛生に関する諸研究の拡充強化 について」の勧告 1) に沿って、これらの研究を主要な分野とする研究機関は、順次拡充され、石油ショック後の 社会構造の変化に伴い組織改変を経てきている。この勧告の中で「...既知の対策が適切な形で実施されていな いことにもとづくとはいえ、産業災害の発生機構ならびに予防対策についての科学的研究の立ちおくれが重要 な原因となっていることは否定できない。したがって、これらの諸問題の科学的研究の拡充強化は、わが国の産 業の発展ならびに国民生活確保の上からとくに必要と考えられる...」と述べられている。 20 世紀の後半、日本は経済大国となり大規模な産業災害はあまり見られなくなった。ところが、21 世紀とな った 2003 年には、RDF 爆発火災、石油タンク全面火災、などの大規模災害が起こった。その後も日本科学技術を 動員して建設した原子力発電所が強い地震動により停止する事例が起きている。計画どおりに停止しているが 一般の方々が安心できたわけではなかった。 最近もメキシコ湾深海部における石油掘削中に爆発火災が発生し、流出原油を止めることができず周囲の環 境・産業に重大な被害を与えている。石油掘削自体は適法に行われていたようであるが、規制機関の責任追及 が様々な機関により行われている。これに加え、新規の深海部における石油掘削許可が厳しく見なおされ、漏洩 時の責任も重くすることが検討されている 2) 科学技術のもたらす新しい生活様式は、社会に影響を与える。望ましくない影響については、その大きさを評 価し、一定のリスクを超えない管理が望まれている。もし適切な管理ができなけれ、「...社会にがっ て いる科学技術に対する漠然とした安」 解消できない。 日本学術会議日本の展望員会「安全とリスク分科会」の提言 は、1)「安全の科学」の確立と振興、2) 先進技術の社会的影響評価」の制度化を挙げている。この提言指摘することは、上の流出原油事てもめられたこととじ内である。 流出原油事の責任をめり関係者間で責任転嫁なされる動があり、 国の社会のを深めたこ と、 口蹄疫問題の対中に例外措置め、 結果的には原則論で対すべきったとき社会はを経た。 機の中では、 るい情報しくなるが根拠のない情報ったときの社会のじる望はさくない。 冷戦後、規制和の動きが加したが 2008 年の地規模の経済機後、 政府に対し、より適切な市場基盤整備民の安全整備、地環境問題の対処等を通じて国民の福祉上さる国的な協調行動 める動きも見られる 技術開発は、社会的にいことであるとして、その害となる安全規制の和が要されてきた。ところが技 術開発は知の分野を対としている。もし、技術開発推進者が、その技術開発の結果にたいしてしくない理 東京工業大学グローバル COE プログラム エネルギー学理の多元的学術融合

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2010年 6月 14日 東京工業大学 「科学技術社会論 I」講義資料(秋田県立大学 鶴田 俊)

技術開発と安全管理

2010年6月14日

鶴田 俊

1.はじめに

高度経済成長に伴って産業災害が多発した時期に産業災害や交通災害対策の必要性が認識された。昭和 40

年 12月 13日に内閣総理大臣あてに日本学術会議会長から出された「産業安全衛生に関する諸研究の拡充強化

について」の勧告1)に沿って、これらの研究を主要な分野とする研究機関は、順次拡充され、石油ショック後の

社会構造の変化に伴い組織改変を経てきている。この勧告の中で「...既知の対策が適切な形で実施されていな

いことにもとづくとはいえ、産業災害の発生機構ならびに予防対策についての科学的研究の立ちおくれが重要

な原因となっていることは否定できない。したがって、これらの諸問題の科学的研究の拡充強化は、わが国の産

業の発展ならびに国民生活確保の上からとくに必要と考えられる...」と述べられている。

 20世紀の後半、日本は経済大国となり大規模な産業災害はあまり見られなくなった。ところが、21世紀とな

った2003年には、RDF爆発火災、石油タンク全面火災、などの大規模災害が起こった。その後も日本科学技術を

動員して建設した原子力発電所が強い地震動により停止する事例が起きている。計画どおりに停止しているが

一般の方々が安心できたわけではなかった。

 最近もメキシコ湾深海部における石油掘削中に爆発火災が発生し、流出原油を止めることができず周囲の環

境・産業に重大な被害を与えている。石油掘削自体は適法に行われていたようであるが、規制機関の責任追及

が様々な機関により行われている。これに加え、新規の深海部における石油掘削許可が厳しく見なおされ、漏洩

時の責任も重くすることが検討されている2)。

 科学技術のもたらす新しい生活様式は、社会に影響を与える。望ましくない影響については、その大きさを評

価し、一定のリスクを超えない管理が望まれている。もし適切な管理ができなければ、「...社会に広がっ て

いる科学技術に対する漠然とした不安」3)を解消できない。

日本学術会議日本の展望委員会「安全とリスク分科会」の提言4)は、1)「安全の科学」の確立と振興、2)

「先進技術の社会的影響評価」の制度化を挙げている。この提言の指摘することは、上記の流出原油事故に際し

ても求められたことと同じ内容である。

 流出原油事故の責任をめぐり関係者間で責任転嫁とみなされる言動があり、米国の社会の失望感を深めたこ

と、口蹄疫問題の対応中に例外措置を求め、結果的には原則論で対応すべきだったとき社会は失望感を経験し

た。危機の中では、明るい情報が欲しくなるが根拠のない情報に頼ったときの社会の感じる失望は小さくない。

 冷戦後、規制緩和の動きが加速したが2008年の地球規模の経済危機後、各国政府に対し、より適切な市場の

基盤整備、市民の安全網の整備、地球環境問題への対処等を通じて国民の福祉を向上させる国際的な協調行動

を求める動きも見られる5)。

技術開発は、社会的に良いことであるとして、その障害となる安全規制の緩和が要求されてきた。ところが技

術開発は未知の分野を対象としている。もし、技術開発推進者が、その技術開発の結果にたいして正しくない理

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解をもとに行動した場合、その責任は誰が負担するのか。また、その決定を支持し、財政的支援を行ったものは

どのような責任を負担すべきであろうか。深海底の石油流出事故を見ると米国は、財政的支援を行ったものも

含め全関係者にあらゆる責任負担を求めるように見える。

 いっぽうでは、新技術の開発が、国際競争を勝ち抜き経済回復をはかるために求められている。新技術が開発

された場合、利用できるから使用するのか。現実の社会では、既存の法律や慣習による制約を受けることになる

しばしば、既存の法律や慣習による制約は、過剰な規制であると見なされる。日本学術会議日本の展望委員会

「安全とリスク分科会」の提言4)を見ると高度な技術的な内容を含む新技術に関してその社会に対する影響を

評価することと社会に生じた好ましくない影響の責任を引き受けるべき人を特定することは難しいことがわ

かる。

 類似事故の発生防止を目的として事故内容をできる限り公開する努力1)が、原子力施設、高圧ガス、火薬、ガ

ス設備、電気設備、航空機、鉄道などの分野で行われている。限られた専門家による調査が、公正に行われないの

ではないかとの指摘も出されている。しかし、これらは、刑事的な責任追及よりは類似事故の発生防止を目的に

次の事故の起こる前に「想定されうる危険な因子」を指摘し、予防策を実施させることに重きを置いている。見

当違いの原因を挙げているとか、責任者を明確にしていないとの批評を受けている。

 サブプライムローン破綻問題のように現代社会では技術を駆使し、リスク分散を行い、その過程に多くの人

と組織が関与している。データ膨大な電子データを用い誰がどのように関与したかを明らかにすることは可能

かもしれない。しかし、その責任の割合認定を大多数の人が妥当と思うことは期待できない。事故や災害が起き

たときに責任者を見つけて処罰することよりも何が起き、どのような経過で事故や災害に至ったかを明らかに

し、類似の経過に至った段階で事故や災害になる前に事態の進展を阻止できることが重要である。事故や災害

に至る過程を理解できれば、その進行を観測し、顕在化する前に要因を除去できる。個別の事故を調査、解析し、

工学的な管理手法を少しずつ改善することが不可欠である。

 ここでは一般廃棄物から燃料を製造することを目的としたRDF発電所の爆発火災事例とその後の対策を

紹介する。

2.RDF発電所の爆発火災事例

RDFとは、家庭から出される一般廃棄物を原料に製造された燃料である。平成15年 8月19日に三重県多度

町RDF発電所で爆発火災が発生し、消防職員2名殉職、作業員1名が負傷している6)。

 爆発火災は、円筒形のRDF貯蔵槽で発生した。RDF貯蔵槽の半断面模式図を図1に示す。爆発火災発生時には、

RDFがコンクリート基礎部分上に高さ約 8mまで積みあがったと推定されている。爆発によって重量およそ 10

トンの屋根は、190m離れた丘の上まで吹き飛ばされた(図2)。コンクリート基礎部分にも、爆発時に応力が

作用し、損傷が生じた(図3)。

 貯蔵槽内で爆発が起こった場合、槽全体が膨らむ方向に応力が発生する。この貯蔵槽の場合も屋根と側板の

接合部、側板とコンクリート基礎部分の接合部に応力が作用し、損傷が生じている。

 側板に設けられた二箇所の開口部から平成15年 8月14日に発生した爆発事故でRDFが噴出した。その範囲

を図 4に示す。平成15年 8月19日の爆発火災ではこの開口から白煙が噴出した。

 RDF貯蔵槽底部は図5に示すような構造となっており、貯蔵槽内部と側板の開口部はつながっていた。

 以上の観察結果から貯蔵槽内部で圧力上昇がたびたび発生し、最終的は屋根の破壊に至る爆発が起きたと推

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定された。

 RDF貯蔵槽は、開口が少ない上に、通常の建築物と異なる構造であった。内部で爆発などの圧力上昇によりど

のような部分に大きな応力が作用するかを短時間で検討することは難しかった。

 爆発火災によって大きな応力と高温に曝された RDF 貯蔵槽がどの程度の強度を有しているか判断すること

もきわめて難しかった。周囲で消防職員が安全に活動できるような危険区域の設定が必要となった。そこで、地

元大学の工学系研究者と危険物保安技術協会に意見を求め、不確実な因子を考慮し、危険区域を設定した。

 図6に平成15年 8月21日夕方に再度発火したRDF貯蔵槽の赤外線カメラ画像を示す。貯蔵槽上部から高温

の気体が流れ出し、側板の温度が部分的に上昇している。8月19日から 8月21日昼までは、貯蔵槽上部から高

温気体が流れ出す現象は見られていなかったので、8月21日昼過ぎから火災が拡大したと考えられた。

 RDFは一般廃棄物を裁断、成型、乾燥し製造されている(図7)。成型時に添加剤が加えられることを除くと

そのほとんどは一般廃棄物由来である。このような物質を単に集積しただけで発熱したことは、RDF発電所事

業者とRDF化施設事業者にとって想定外の事態だった。

 RDF貯蔵槽には、周囲のRDF化施設で製造されたRDFがトラックやベルトコンベアによって搬入されていた。

悲劇的な爆発火災に至るまでRDF貯蔵槽では、RDFの発熱が継続して発生し、RDF発電所事業者とRDF化施設事

業者の努力にもかかわらず終息することはなかった。

 図8に示すような大量放水によって RDFの発熱を抑制しながら貯蔵槽内部の RDFを徐々に取り出した。RDF

を取り出す作業を行う前に貯蔵槽内部の温度状況を図9に示すような赤外線カメラ画像で確認した。図 10に

示すように貯蔵槽は、最終的に撤去された。

 RDF発電所爆発火災が起きたあと同様の事業が進められていた茨城県、石川県、岡山県、福岡県では、類似事

故発生に備え、警戒が強化された。そして、石川県と福岡県で発熱がRDFサイロ内で起こった。

 図11に石川北部 RDFセンター発電所 No.1RDF貯蔵サイロエスケープゾーン内 RDF発熱の赤外線カメラ画

像を示す。RDFは、保存条件によってはカビが生え、発熱することがこの写真からわかる。

 図 12に石川北部RDFセンター発電所で回収された炭化RDFの塊を示す。RDFに含まれる樹脂類が溶融固着し、

ペッレトが塊状となり流動性が著しく低下している。さらに発熱が継続すると発火、火災、爆発に至ることにな

る。図13、14に示すような大量の窒素注入により貯蔵槽内部の酸素濃度を低下させ、発熱をある程度制御で

きるようになった。

 三重県多度町RDF発電所爆発火災事故後、図 15に示すように搬入されるRDFを抜き取り検査し、受け入れ

基準と照らし合わせ、低品質 RDFを排除し、貯蔵設備内部の一酸化炭素濃度、二酸化炭素濃度、可燃性気体濃度、

酸素濃度、温度分布等を詳細に計測し、管理基準に合致しているか厳格に管理する対策が取られている。このよ

うな対策実施後、RDF火災爆発やRDF異常発熱は報告されていない。

3.RDF発火機構

 RDF貯蔵槽内での火災爆発に至る過程を検討するとRDFが、徐々に発熱し、その熱が外部に十分放熱で

きない状況となって発火したと考えられる。この現象は、熱着火理論で検討されている7)。図 16の状況での発

熱速度q1と放熱速度q2は、次式のように表すことができる。図16では、系内部と系外部は、それぞれ一定温

度と考えている。

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 図17に系外部温度T0の発熱速度q1と放熱速度q2への効果を示す。発熱速度q1は、温度の逆数の指数に

反比例し、図中に示すような右上がりの曲線となる。放熱速度q2は、系内外の温度差に比例するので、右上がり

の直線となる。そのため高温側では、発熱速度q1が放熱速度q2を上回る領域が存在する。また低温側でも、発

熱速度q1が放熱速度q2を上回る領域が存在する。中間の温度領域では、放熱速度q2が発熱速度q1を上回る

場合がある。系内部の温度を系外部と同じにした場合、放熱速度q2は零となるので系内部の温度は上昇、発熱

速度q1と放熱速度q2が増加し、発熱と放熱が釣り合う温度で安定となる。

 系外部温度が上昇するとやがてどの温度でも発熱速度q1が放熱速度q2を上回る。この条件では系内部の

温度は上昇を続ける熱着火の条件となる。限界条件となる系内部の温度の上限がT1cである。系内部温度がこ

の上限を超えてしまうと正の帰還が作用するので急速な温度上昇が起きる。

 図 18に活性化エネルギーの発熱速度への効果を示す。活性化エネルギーをわずかに減少させると熱着火の

条件を満たし、逆にわずかに増加させると熱着火の条件を満たさなくなる。

 発熱速度q1は、系内部の体積Vに比例し、放熱速度q2は、系の表面積Sに比例している。系の体積Vは、系

の代表長さLの三乗に比例し、系の表面積Sは、系の代表長さLの二乗に比例するので代表長さLが増大する

と発熱速度q1は放熱速度q2よりも急激に増加する。

 代表長さL小さい縮小プラントで得られた結果を実プラントにこの代表長さLの影響を考慮せずに適応す

ると熱着火の条件となるおそれがある。このような自己発熱する物質を大量に集積する場合には、このような

代表長さLの影響を十分に考慮する必要がある。小規模で取り扱った実績を大規模の貯蔵に適応できないこと

を理解する必要がある。

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4.発熱する物質の貯蔵と取り扱い

 現在、様々な再生資源化が行われているが、物質の発熱特性と貯蔵設備の放熱特性を正確に把握した上で徐々

に貯蔵規模を増加させ、物質の挙動が予測と一致するかを検証しない限り、ある日突然の異常発熱、発煙、発火、

爆発、火災に遭遇することになる。

 再生資源の製造管理と出荷時の品質管理を行い、貯蔵施設の維持管理と運転監視を継続しなければ再生資源

の安全な貯蔵や製造は実現しない。

 もし、熱発火の条件となった場合、系内部の温度を低下させても時間の経過と共に再び温度が上昇する。そこ

で系内部の温度を低下させ、熱伝達率hを増大させることができれば放熱速度を増加させ熱発火の条件を満た

さないようにすることができる。熱伝達率hを増加させる代わりに速度定数Bを小さくできれば同様に熱発火

の条件を満たさないようにすることができる。単純に系の代表長さLを縮小する作業を反復すれば必ず熱発火

の条件を満たさないようにすることができる。

 三重県多度町RDF発電所の爆発火災の場合には、RDFの温度を放水によって低下させ内部のRDFを取

り出すことによって熱発火の条件を満たさないようにすることによって消火したことになる。つまり、消火を

発火しない条件を満たした段階とすると、系の代表長さを縮小する作業によって始めて消火が達成されたこと

になる。この物理的な条件が満たされた段階で鎮火と判断された。

 RDF発電所事業者とRDF化施設事業者がRDF貯蔵槽の発熱を注水によって冷却していたが、(3.1)式

を見ると気温が上昇する状況下では発熱速度が増大し、注水速度を増加させなければ温度低下させることが難

しくなることがわかる。貯蔵槽にRDFを充填した時点で発火の条件は成立していたので気温上昇の影響を打

ち消すことが可能な注水速度を実現できなければいつか発火することも(3.1)式からわかる。

5.再生資源化施設の安全管理

 これまで述べたように新しい再生資源を実際に利用する前までに、再生資源の特性を把握し、再生資源化施

設で想定される危険な状況を洗い出し、安全な条件をひとつひとつ丹念に調べる必要がある8-11)。

 得られた再生資源の特性と施設の特性を考慮し、安全な操業可能な範囲、注意すべき操業範囲、緊急に対応が

必要な範囲と対応策を策定し、消防機関等との事前調整と連携実動訓練を完了することが望ましい。

 これを事前に行うには多大な労力が必要である。しかし、ひとたび災害が発生すると甚大な被害が広い範囲

におよぶ。対策を講ずるのであれば、明確な現象論で対策の有効性を確認する必要がある。その場しのぎの対策

は、被害を拡大させるおそれがある。

6.事前評価の問題

三重県、石川県、福岡県で問題となったRDFの原料は、家庭から出される一般廃棄物であり、感染性、毒

性、爆発性などを有する特別管理一般廃棄物ではない。火災予防条例準則を見ると「ぼろ及び紙くず」、「 わ

ら類」、「木材加工品及び木くず」、「合成樹脂類」は、一般廃棄物として多く含まれている。これらの物品 は

大量に貯蔵すると「石炭・木炭類」と同様な火災危険性がある。

日本で使用されている多くのRDFは、火災予防条例準則別表第8の可燃性固体類に含まれない燃焼熱

量34 kJ/g未満の燃料となるように製造し、使用することが計画されていた。そのため、RDFは、通常の

燃料とは異なり、消防法、高圧ガス保安法、核燃料物質、核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律、労働

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安全衛生法などにより安全に取り扱うための設備や手順が定められていなかった。

RDF長期貯蔵性に関して新エネルギー・産業技術総合開発機構は、平成 8年3月に三重県企業庁に委託

した”環境調和型エネルギーコミュニティー形成促進高効率廃棄物発電(一廃 RDF利用)事業化FS調査

「RDF発電所基本設計仕様等調査」”の中で公表している。高さ5m程度、最大直径2m程度のホッパー方

式と屋内山積方式の長期貯蔵実験を12ヶ月間行っている。貯蔵施設の環境対策および安全対策の項目の

中で1)ガス爆発性、2)腐食性、3)雨水対策、4)貯蔵性、5)防災対策が述べられている。防災対策

では、自然発火性がないと明確に記載されているが根拠は、明示されていない。しかしながら揮発分が5

5%から70%と高く着火点も230℃と低いことから、消火設備と同程度の設備を備えておくことが必要

であると記載されていた。貯蔵性について5m程度の高さであれば、厚密・固着、ばらけもほとんどなか

ったと述べている。ガス爆発性については、アンモニアと一酸化炭素は作業管理上換気対策が望ましいが

爆発が起きる濃度ではないと記述されている。

RDF爆発火災事故後に上記のFS調査を読むと環境調和型エネルギーの事業化の中で安全性をどの様に

考えるかは十分に検討されなかったと判断される。事故を予測し、安全性をFS調査で十分に検討するこ

とは難しいと思える。後から見ると安全性こそがこの技術を実用化できるかを決定した。

7.まとめ

 RDFを導入する段階で火災危険があると判断されない発熱量に管理し、貯蔵が計画された。ところが、蓄

熱発火現象は堆積層の空間的な代表値に強く依存していたため、模型実験は有効でなかった。一方、RDF施

設は経済性を追求する構造としたため、災害発生時に必要となる水源、作業空間が十分に得られなかった。

また、RDFは廃棄物なのか燃料なのかによって法的な取扱いが異なり、関係者の合意を得ることが難しく、

緊急時の輸送や処分について個別に協議する必要が生じた。

 法的規制を受ける物品の代替として法的規制を受けないような工夫を施された物品が供給される。し

かしながら類似品が法的規制を受ける根拠を理解した上でこれから供給する予定の物品の性状や取り扱

い方法を定めないで市場に供給することはリスクをいたずらに積み上げることになる。この様なリスク

が顕在化し、被害をもたらすと社会に深い失望感を与えることになる12)。

 リスク評価を行った場合であってもリスクが顕在化することをある程度の確率で認め、短期的には経

済的不利益でも、非常時用の資源を事前に割り当てることが望ましい。法的規制を受けている施設等の場

合には、一定の対応が法律を遵守することにより達成される。法的規制を受けない施設であっても社会や

市場に供給する時点で自主的に非常時用の資源を事前に割り当てるように自主保安が実現できることが

望ましい。

 新規技術を導入するときにしばしば長所が強調される。一方、新技術を導入・実現するために満たさな

ければならない条件を最終利用者に伝えることは、十分に行われていない。工学的な問題解決では、与え

られた条件下でのみ一定の機能を実現できる。この基本的な事実を基礎的な知識として国民に持たせる

ことが必要である。

 不確実なものが多い時代となり、確実なもの、リスクのないものが、希少であることから市場で求めら

れている。市場経済で運営される社会では、信用することは重要だが検証を怠らないことが重要である。

物理法則をはじめとする合理性の視点から技術を見る必要がある。

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       図1 RDF貯蔵槽半断面模式図

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図2 白煙を上げる貯蔵槽

      図3 損傷を受けたコンクリート基礎部分

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図4 飛散物の分布範囲

            図5 RDF貯蔵槽底部構造の概略

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          図6 RDF貯蔵槽の赤外線カメラ画像

   図7 RDF成型機

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  図8 放水による冷却作業

         

 図9 貯蔵槽内高温部

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       図10 RDF貯蔵槽跡地(平成16年6月)

図11 石川北部RDFセンター発電所

     No.1RDF貯蔵サイロエスケープゾーン内RDF発熱状況

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        図12 石川北部RDFセンター発電所で回収されたRDF

図13 大牟田リサイクル発電所窒素注入状況

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     図14 石川北部RDFセンター発電所窒素注入状況

    図15 搬入されたRDFの検査の様子(平成16年6月)

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2010年 6月 14日 東京工業大学 「科学技術社会論 I」講義資料(秋田県立大学 鶴田 俊)

           図16 熱着火理論

         図 17 外部温度の発熱速度と放熱速度への効果

東京工業大学グローバル COEプログラム エネルギー学理の多元的学術融合

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2010年 6月 14日 東京工業大学 「科学技術社会論 I」講義資料(秋田県立大学 鶴田 俊)

          図18 活性化エネルギーの発熱速度への効果

引用文献

1)日本学術会議会長、産業安全衛生に関する諸研究の拡充強化について(勧告):”庶発第1061号”、

(1965)

2)The White House:”Remarks by the President After Meeting with BP Oil Spill Commission Co-

Chairs(June 01,2010)”,(2010)

3)日本学術会議日本の展望委員会:”第 4期科学技術基本計画への日本学術会議の提言”、(2009)

4)日本学術会議日本の展望委員会「安全とリスク分科会」:”提言リスクに対応できる社会を目指して”、

(2010)

5)日本学術会議法学委員会「リスク社会と法」分科会:”報告「リスク社会」下の自由と規制-撤退は国家の宿

命か-”、(2009)

6)鶴田俊、尾川義雄:”三重県多度町RDF発電所爆発火災事故調査・消火活動支援報告”、消防研究所報

告 第 98号、pp.35‐44(2004).

7)平野敏右:”燃焼学”、海文堂、(1986).

8)鈴木健、鶴田俊、廖赤虹、尾川義雄、佐宗祐子、高黎静:”RDFの加熱実験について”、消防研究所報告

第 98号、pp.91‐96(2004).

9)鶴田俊:”RDFの熱発火に関する数値模擬計算”、消防研究所報告 第 99号、pp.1‐7(2005).

10)鈴木健:”RDF(ごみ固形化燃料)の熱分解特性に関する一資料”消防研究所報告 第 100 号 、

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2010年 6月 14日 東京工業大学 「科学技術社会論 I」講義資料(秋田県立大学 鶴田 俊)

pp.196‐205(2004).

11)尾川義雄:”廃棄物処理施設等における火災に関する文献紹介”、消防研究所報告 第 96号、pp.109‐

113(2004).

12)三重県企業庁:”RDF貯蔵槽爆発事故等に関する損害賠償請求訴訟”、(2010)

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