実質課税の原則における論理 高 木 克...

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381 298 実質課税の原則における論理 83 〈論 説〉 実質課税の原則における論理 高 木 克 己 はじめに 今日の経済社会では、納税者が自ら選択した法形式で取引が行われる。その 取引内容は多様であり、取引形態や所得の帰属について、必ずしも租税法が予 定している取引が行われるとは限らない。例えば、通常行われない法形式を採 用し租税を軽減する行為を採る場合や、所得について法的な帰属者と実質的な 帰属者が異なるような場合等が挙げられる。このような場合、課税庁が、その ままそれらの取引を認めるということは、納税者間に不公平感が生じ、租税制 度自体への不信感が生まれる。課税の公平という観点から認めるべきではない。 そこに実質課税の原則(実質主義)という考え方が必要とされるのである。 一般的には、この実質課税の原則は、租税法の解釈、適用や所得の帰属につ いて、租税負担の公平の見地から、法形式よりも経済的実質を重視して課税所 得を算定しようという考え方である。しかしながら、法人税法、所得税法等実 定法上明文化された規定は存在していない。現行の法人税法(第 11 条)と所得 税法(第 12 条)に、この実質課税の原則の一つの内容を構成する「実質所得者 課税の原則」として、所得の帰属の判定に関して規定しているのみである。租 税法上、解釈、適用の基本原則との位置づけがあるにもかかわらず、その定義、 内容、適用範囲等について、論者によって様々な見解がある。中でも、昭和 36

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Page 1: 実質課税の原則における論理 高 木 克 己repo.komazawa-u.ac.jp/opac/repository/all/30368/rke041...(381 ) 298 実質課税の原則における論理 83 〈論 説〉

(381 ) 298 実質課税の原則における論理 83

〈論 説〉

実質課税の原則における論理

高 木 克 己

はじめに

今日の経済社会では、納税者が自ら選択した法形式で取引が行われる。その

取引内容は多様であり、取引形態や所得の帰属について、必ずしも租税法が予

定している取引が行われるとは限らない。例えば、通常行われない法形式を採

用し租税を軽減する行為を採る場合や、所得について法的な帰属者と実質的な

帰属者が異なるような場合等が挙げられる。このような場合、課税庁が、その

ままそれらの取引を認めるということは、納税者間に不公平感が生じ、租税制

度自体への不信感が生まれる。課税の公平という観点から認めるべきではない。

そこに実質課税の原則(実質主義)という考え方が必要とされるのである。 一般的には、この実質課税の原則は、租税法の解釈、適用や所得の帰属につ

いて、租税負担の公平の見地から、法形式よりも経済的実質を重視して課税所

得を算定しようという考え方である。しかしながら、法人税法、所得税法等実

定法上明文化された規定は存在していない。現行の法人税法(第 11 条)と所得

税法(第 12 条)に、この実質課税の原則の一つの内容を構成する「実質所得者

課税の原則」として、所得の帰属の判定に関して規定しているのみである。租

税法上、解釈、適用の基本原則との位置づけがあるにもかかわらず、その定義、

内容、適用範囲等について、論者によって様々な見解がある。中でも、昭和 36

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84 駒大経営研究第 41 巻第 3・4 号 298 (382)

年 7 月、税制調査会答申「国税通則法の制定に関する答申」に関連して、実質

課税の原則が大きく議論になったことは、周知のとおりである。この原則の持

つ重要性、意味の深さを象徴している。

そこで、この実質課税の概念が、わが国の租税法上どのように形成されて来

たかを概観した上で、その意義、租税法律主義との関係、適用範囲等を検討す

ることによって、実質課税の原則の有用性の有無について明らかにしたいと考

える。

1.実質課税の論理の生成

戦前、わが国の所得税法に、その思考が現れたのは大正 11 年 4 月の改正にお

いて、信託財産から生ずる所得に対し、信託の利益として享受すべき受益者に

対して所得税を課することにした規定である(大正 11 年 4 月 18 日法律第 45

号)。すなわち、 「第 3 条ノ二 信託財産ニ付生スル所得ニ関シテハ其ノ所得ヲ信託ノ利益トシ

テ享受スヘキ受益者カ信託財産ヲ有スルモノト看做シテ所得税

ヲ賦課ス 」 この規定については、次のようにその趣旨が述べられている。信託財産は信

託法上受託者の所有に属するものであるが、その財産より生ずる所得は結局受

益者に帰属するものであるので、経済上の実質より見れば、受益者は直接その

財産を所有すると同一の利益を収めている。故に所得税を課する場合、受益者

が信託財産を所有するとみなして受益者に課税し、受託者及び委託者に課税し

ないことにしたと説明されている(1)。外形的な所有者ではなくて、実質的な利

益の享受者に対して課税することを税法上明文で始めて明らかにしたものであ

る。

また、その翌年、大正 12 年の税制改正において、同族会社の行為計算の否認

規定の創設(大正 12 年 3 月 27 日法律第 8 号)においても、実質課税の考え方

を見ることができる。すなわち、

「第 73 条ノ二 政府ハ法人ノ株主又ハ社員ノ一人及其ノ親族、使用人其ノ他特

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殊ノ関係アリト認ムル者ノ株式金額又ハ出資金額ノ合計カ其ノ法人ノ株

式金額又ハ出資金額ノ二分ノ一以上ニ相当スル法人ニ付テハ其ノ留保シ

タル所得中左ノ各号ノ一ニ該当スルモノニ限リ之ヲ株主又ハ社員ニ配当

シタルモノト看做スコトヲ得 ( 省 略 ) 第 73 条ノ三 前条ノ法人ト其ノ株主又ハ社員及其ノ親族、使用人其ノ他

特殊ノ関係アリト認ムル者トノ間ニ於ケル行為ニ付所得税逋脱ノ目的ア

リト認ムル場合ニ於テハ政府ハ其ノ行為ニ拘ラス其ノ認ムル所ニ依リ所

得金額ヲ計算スルコトヲ得 」

上述の所得税法第 73 条ノニの規定は、同族会社の定義を定めているが、留保

金額が一定限度を超える場合は、政府は、その超える部分の金額について株主

又は社員に配当したものとみなすとしている。すなわち、所得の帰属に関して

実質課税の考え方を採用しているとみることができる。また、同 73 条ノ三は、

同族会社の行為計算について、所得税の逋脱目的があると認められる場合は、

その行為にかかわらず、政府はその認める所により所得金額を計算することが

できると規定している。取引の法形式にとらわれないで、所得税の逋脱目的が

ある場合は、実質課税の見地から解釈適用しようとするものである。 一方、戦前の判例においても、例えば、行政裁判所判決(大正 14 年 12 月 22

日)では、所得税(第一種所得税)の課税にあたっては、不動産登記の形式が

仮登記であるか本登記であるかについて、申告があったと否とを問わず、実質

的に所得の帰属する者に課税すべきであるとしている(2)。また、行政裁判所判

決(昭和 7 年 1 月 30 日)では、所得税法上、株式配当金の帰属を定めるにあ

たっては、その名義によるべきでなく、その実質により決定すべきである旨の

判示がある(3)。当時、立法上、実質課税について独立した明文規定は存在しな

かったが、その考え方は、理念として機能していたと考えられる。 このような実質課税の考え方は、戦後の判例によっても引き継がれている。

例えば、福岡高判(昭和 34 年 3 月 31 日)では、次のように述べて、税法上に

早くから内在する基本的指導理念と解するのが相当であるとされる(4)。「大正 11

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86 駒大経営研究第 41 巻第 3・4 号 298 (384)

年法律第 45 号所得税法中改正法律は夙にその第 3 条の 2 第 1 項において、信

託財産に付生ずる所得に関しては其の所得を信託の利益として享受すべき受益

者が信託財産を有するものと看做して所得税を賦課すると規定し、外形的所有

名義に拘わりなく当該財産より生ずる所得の実質的享受者に課税する趣旨を明

文を以て宣明し、爾来数次の改正にも拘らず同一の立言形式を保持し現行所得

税法第 4 条第 1 項本文となるに至ったものであり、更に昭和 7 年 1 月 30 日の

判決以来屡次の行政裁判所判例が、所得税法上株式配当金の帰属を定めるに当

ってその名義によるべきではなくしてその実質により決定すべきものである旨

判示している事実に徴しても、亦その一端を窺うに十分である。」

その後、昭和 28 年税制改正において、「実質課税の原則」という見出しで、

以下のように旧法人税法に始めて、原則規定として立法化されている。旧所得

税においても同様である。

「第 7 条の 3 資産又は事業から生づる収益の法律上帰属するとみられる者

が単なる名義人であって、当該収益を享受せず、その者以外の

法人が当該収益を享受する場合においては、当該収益について

は、法人税は、その収益を享受する法人に対して、これを課す

るものとする。 」 この規定が創設された具体的な理由は、形式上は法人という形を作って実質

的には個人所得を取得するというケースが戦後非常に増えていったという背景

があったとされる。特に、昭和 24 年に中小企業等協同組合法が制定され、企業

組合という新しい形式の法人ができたことに起因しているようである。この企

業組合においては、本来は個人の事業所得であるものが給与所得になって有利

になるなどの問題が生じた(5)。直接的には、こうした状況に対する措置として

規定されたのである。ちなみに、当時の立法当局者によれば、「・・・最近会社、

組合等の看板を掲げてはいるがその実体は法人として事業を行っているのでは

なく、個人の事業であると認められるようなものが続出するに至ったので、こ

の際所得税法においても法人税法においてもそれぞれの実質に基いて課税する

旨の規定を設け、従来の方針を明らかにしたのである。即ち、資産又は事業か

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ら生じる収益の法律上帰属するとみられる者が単なる名義人であって、当該収

益を享受せず、その者以外の法人が当該収益を享受する場合においては、当該

収益を享受する法人に対してこれを課することとした。この規定は、あくまで

法人を仮装するものに対して発動する規定であって、一般の同族会社を否認し

て個人に課税しようという目的のために設けられた規定ではない。」(6)と述べて

いる。

当時、実質主義に対する考え方としては、一般的には、それを狭義に解して

所得の帰属に関してのみをいう場合とは捉えないで、広義に、帰属や税法上の

解釈にも適用される基本的な原理として捉えられていたようである。例えば、

「『実質課税の原則』という言葉は、狭義には、『真実の所得の帰属者に対して

課税する原則』という意味に解せられますが、これは正確には『実質所得者課

税の原則』と呼ばれるべきものであり、実質課税の原則という場合には、実質

所得者課税の原則のほかに、所得の発生、所得の額の計算についても実質によ

る、という原則をも包含する、と解すべきだと思います。」との見解がある(7)。

こうした考え方は、当時の所得税通達(昭 29 直所 1-42 通達 9)によっても確

認される。 「 所得税法第 3 条の 2(実質課税の原則)の規定は、所得の帰属又は種類等

につき名義又は形式とその実質とが異なる場合には、その名義又は形式にか

かわらず、実質にしたがって所得税を課するといういわゆる実質課税の原則

を資産又は事業から生ずる所得の帰属者について明らかにした宣言的規定で

あるから留意すること 」

同様に、当時の判例においても、実質課税の原則は、租税制度における最も

古くかつ重要な公平負担の原則の一面として、法律上の明文の有無にかかわら

ず、何人の承認をも受くべき基本的な条理であり、ただこれを一層明確にした、

いわば確認的な規定に過ぎず創設的な規定ではないとしている(8)。 この規定については、当時二つの解釈があったとされる(9)。第一は、旧法が

予定していた「実質課税の原則」というのは、租税帰属関係の判定の基準とな

る原則、つまり、実質所得者課税の原則にほかならず、旧法は実質課税の原則

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88 駒大経営研究第 41 巻第 3・4 号 298 (386)

を一般的には認めてないのであって、その一内容である実質所得者課税の原則

のみを認めているとする考え方である。第二は、これらの規定に「実質所得者

課税の原則」という見出しをつけずに「実質課税の原則」という見出しがつけ

られているのは、旧法が、これらの規定を定めることを通じて、実質課税の原

則を一般的に認めていることを示そうとしていることにほかならないとする見

解である。しかし、このいずれの解釈が妥当なものであるかは、議論のあると

ころであるが、当時の判例、課税当局関係者から見ると、第二の見解を採って

いたように思える。 昭和 28 年に創設されたこの規定の性格は、その内容をか

らすれば、所得の帰属について規定してると考えられるが、そのタイトルを「実

質課税の原則」とすることで、実質課税が租税法上の基本原則であることの確

認して、その一つの部面である所得の帰属について規定したものであるといえ

よう。しかし、この規定は、昭和 40 年の全文改正で、表題が、「実質所得者課

税の原則」に改められるわけであるが、何故当時そうしなかったのか、やはり、

そこには租税法の基本原理を上述の見解や判例等の解釈にみられるように、幅

広く課税関係における実質主義の考え方を認知させるという意図が課税当局に

あったのではないかと推量される。企業組合の租税回避に対応する規定ではあ

ったが、その意味するものは大きいと思われる。 その後、この実質課税の原則については、税制調査会第二次答申「国税通則

法の制定に関する答申」(昭和 36 年 7 月 5 日)(以下「答申」と呼ぶ)におい

て、大きな議論となっている。この「答申」の内容の一部である「実質課税の

原則等」については、結局立法化が見送られたわけであるが、当時、議論され

た内容は、実質課税の性格を象徴的に表しているとも言える。以下、「答申」の

内容に従って検討してみる。 「答申」によれば、国税通則法制定の趣旨について次のように述べられてい

る。すなわち、当時、所得税法を始め各税法は、それぞれ独立の税法として制

定され、課税実体に関する規定とこれに関する手続規定を中心として構成され

ていた。そこでは、租税に関する基本的な法律構成に関する規定が欠けている

し、また、各税に共通する事柄でありながら、規定の不備不統一ないし重複等

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がかなりあるので、税法の統一的な理解を困難にしたり、解釈上の疑義を生じ

る結果となっていると説明した上で、租税に関する通則事項と称すべきものに

ついては、これを統一的に整備規定とすることが必要であるとして、立法化を

図ったのである。その中の一つの例として、「税法と私法との関係その他税法の

解釈・適用に関する基本的なあり方について規定が不充分なため、解釈上疑義

を生じているものがあること。」を挙げている。これを受けて、以下のように述

べている。 「第二 実質課税の原則等 税法の解釈・適用に関しては。現行法においても従来からいわゆる実質課税

の原則の適用があるとされ、これに基づいた具体的な規定も各税法に部分的に

散見されるものであるが、国税通則法制定の機会において、各税を通ずる基本

的な課税の原則として次のようにこれを明らかにするものとする。」

以下、その内容を要約すれば次のようになる。 ① 実質課税の原則

税法の解釈及び課税要件事実の判断については、各税法の目的に従い、租

税負担の公平を図るよう、それらの経済的意義及び実質に即して行うものと

するという原則規定を設けるものとする。 ② 租税回避行為

税法においては、私法上許された形式を濫用することにより租税負担を不

当に回避し又は軽減することは許されるべきではないと考えられている。こ

のような租税回避行為を防止するためには、各税法において、できるだけ個

別的に明確な規定を設けるよう努めるものとするが、このような措置だけで

は不充分であると認められるので、実質課税の原則の一環として、租税回避

行為は課税上これを否認することができる旨の規定を国税通則法に設けるも

のとする。 ③ 行為計算の否認 (イ) 現在、法人税法等において、税負担を不当に減少させるような行為計算

を否認することができる規定が設けられているが、国税通則法においても、

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実質課税の原則規定に関連して、特殊関係者間等における行為計算の否認

に関する基本的な規定を設けるものとする。 (ロ) 現行法では、否認の対象となる行為計算の範囲ないし態様については規

定がなく、取扱上の基準が通達で示されているだけにとどまっている。現

行通達はおおむね妥当と認められるが、重要な事項であるので、具体的に

その態様を法令において明らかにするものとする。

④ 無効な法律行為、取り消しうべき法律行為等と課税との関係 従来から、課税の基因となるべき行為が無効なもの又は取り消しうべきも

のである場合においても、その行為に伴って経済的効果が生じているときは、

課税行うことを妨げないと解されているが、これを明らかにする規定を設け

るものとする。 従来から、課税の基因となるべき行為が法令による禁止その他公序良俗に

反する場合においても、課税を妨げないと解されているが、これを明らかに

する規定を設けるものとする。 以上のように、「実質課税の原則」についての原則規定を立法化するための答

申がなされたわけであるが、結論的には、様々な議論があり立法化は見送られ

て今日に至っている。その議論の内容を賛成論、反対論の立場から概観すると

次のようなものであった。

まず、反対論としては、日本税法学会「国税通則法制定に関する意見書」(昭

和 36 年 11 月 11 日)がある。すなわち、「実質課税の原則」の立法化について、

その内容は、課税立法の原則とは異なる税法の解釈に関する原則規定、ならび

に課税要件事実の判断に関する原則規定の制定に関する事項ではないかと、そ

の規定の性格を断じている。そして、反対の理由として、租税負担の公平、経

済的意義、実質というようないわゆる普遍条項を解釈要素とすることは、いか

なる具体的内容でもこれに盛ることができるようになり、恣意的課税を法的に

承認することとなる非民主主義的・権力主義的な規定であるから、絶対にこれ

を設けることに反対すると述べている。さらに、税法の解釈を税法の経済的意

義及び実質に即して行い、課税要件事実の判断を課税要件事実の経済的意義及

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び実質に即して行うとは、一体何を意味しているのか。漠然たる表現であるか

らなんびとにもその意味をたやすく把握することはできないとする(10)。ようす

るに、従来、実質課税の原則は、主として所得の帰属の問題として考えられて

いたことからすれば、「答申」は、所得の帰属についてのみに限らず、実質課税

の原則が、税法全般に関する一般的解釈原理として規定されようとしていると

ころに問題があり、実質課税の原則の拡張ということができるとしている(11)。

一方、賛成論としては、田中勝次郎教授は、日本税法学会の「意見書」に反

論して次のように述べている。実質主義を表明する以上は、国庫の利、不利に

拘わらず実質に基づいた解釈ならば、これをもって税法の解釈の基本とすべき

であるから、国庫の不利益となるべき実質主義も当然これを採用すべきである。

このようにすることによって、始めて実質主義の採用が意味をなすものとなる

としている。さらに、税法解釈上の原則規定を設けることについては、民商法

依存主義の脱却の観点から実質主義の採用は、当時の税法界の画期的方向転換

として歓迎する(12)。また、同様な意見として、規定のありなしによって事実は

それほど変わらないが、やはり処理の整一性、明確化という点からすれば一般

規定としてあるほうが望ましいという考え方がある(13)。 上述したように、「答申」で述べた実質課税の原則は、結局、成文化されなか

ったわけであるが、その理由は以下のようである(14)。すなわち、考え方として

は目新しいものではなく、むしろ現行法の底にある考え方を抽象的に表現した

ものといえるが、抽象的、一般的な表現が規定の解釈問題を生じる。そこに税

務当局者による拡大的、恣意的解釈を生む疑念が生じるので、わが国のように

判例法の積重ねの上に税務行政を進めてゆくという慣行の乏しいところでは、

この疑念はもっともであるということになった。わが国における当面のあり方

として、各税法で、必要に応じて個別的な規定を設けることはよいとして、い

わゆる原則的、一般的な規定のあり方はこれを避けることが、妥当な立法態度

であると考えられたようである。その他、当時の国会情勢からなかなか税務官

庁に強い権限を与えることができなかったようであるし、当時は、実質課税の

原則とか租税回避否認に関する規定の解釈論が、現在よりかなり課税庁側に有

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利に働いていたので、一般否認規定の必要性は乏しかった等の理由もその背景

にあるようである(15)。 前述したように、法人税法、所得税法には、すでに実質課税の原則について

の規定が存在している。これが各個別の税法に規定されていることと、各税共

通の手続等に関する事項を規定するという国税通則法に規定することの大きな

違いはあるのかという問題になる。沿革的に見れば、両税法に規定されている

「実質課税の原則」については、前述のように、広義に捉えられ帰属や解釈に

も適用されるとの認識が一般的であった。税務当局もその立場であった。本来、

昭和 28 年の規定に関する疑義について、例えば、規定にタイトルが「実質課税

の原則」となっているが、その内容は所得の帰属に関するものになっている等、

法的に明確にされないままとなっていた。そして、それらの規定が、課税庁有

利に働いていた。このような状況で、実質主義についての「抽象的、一般的な」

規定の提案となったのである。本来、両税法に規定されている実質課税の原則

について、その法的性格を明らかにすべきところを、共通事項との認識のまま

安易に、規定化しようとしたことに本質的な問題があったといえるであろう。

その後、昭和 40 年の全文改正において、法人税法上、見出しが「実質課税の

原則」から「実質所得者課税の原則」に変わって、次のように改正されている。 「第 11 条 資産又は事業から生ずる収益の法律上帰属するとみられる者が

単なる名義人であって、その収益を享受せず、その者以外の法人

がその収益を享受する場合には、その収益は、これを享受する法

人に帰属するものとして、この法律の規定を適用する。 」

同様に、所得税法 12 条においても改正されている。その内容は、法人税法を

同じである。この改正の趣旨は、昭和 28 年の「実質課税の原則」は、宣言的規

定として、一応明らかではあるが、押さえどころがなく、漠然とした点がある

ので、「単なる名義人」に課税するのではなく、「収益を享受する法人」に対し

て課税するということ、すなわち収益の実質的享受者に直接課税を行う趣旨を

明らかにしたものとされる(16)。この規定の意味するところは、第一に、「実質課

税の原則」を資産または事業等から生じる収益ないし所得の帰属の判定に関し

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て実現しようとした原則であること、第二に、所得の帰属者の判定を誤らしめ

て不当に租税負担の軽減を図る行為に対処し、租税負担の公平を確保すること

を目的として認められた原則であること、第三に、従来からわが国税法の領域

において条理として認められてきたものを成文法によって確認した原則である

ということ、等であるということができるかもしれない(17)。しかし、第三でい

うところの「条理として認められたものを成文法として確認した原則」と解す

るかどうかは、見解が別れると思われる。 また、これらの規定に、「実質所得者課税の原則」という見出しがついている

ことについては、規定の内容を的確に示しているものであって、現行法は、実

質所得者課税の原則そのもののみを限定的に認めているのであり、実質課税の

原則を広く一般的に認めているものではないという解釈と、たとえ見出しは「実

質所得者課税の原則」となっていても、実質所得者課税の原則そのものが、実

質課税の原則の一内容であるから、その基本において、実質課税の原則が広く

一般的に認められているいうことを示しているにほかならないという解釈とが

あるとされる(18)。沿革的に見ていくと、後者の解釈が妥当性を有すると考えら

れるが、前掲の条文解釈から、そうした考え方を見出しうるか問題の残るとこ

ろである。この点については後の詳述する。 以上みてきたように、当初は、税法の解釈原理としての実質課税の原則と捉

えられていたようである。昭和 28 年の税制改正において、その見出しは、「実

質課税の原則」であったが、その内容は、所得の帰属者を決めるというもので

あったので、ここで、一般的な解釈原理と捉えるか、所得の帰属についてのみ

の規定と考えるか、議論が別れてしまった。その後、昭和 36 年の税制調査会第

二次答申において、解釈原理として立法化を図ろうとしたが、課税当局は実現

することは出来ずに、昭和 40 年改正で、今度は、見出しを改めて、「実質所得

者課税の原則」とすることで、規定の内容と見出しを一致させたと言える。し

かし、解釈原理としての実質課税の原則の考え方は、立法上明文化はなされて

ないが、まさに実質上機能していると言えよう。

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2.一般的解釈原理としての実質課税の原則の論理

この実質課税の原則という考え方は、ドイツにおいて、1919 年に制定された

ライヒ租税基本法(Reichsabgabenordnung)第 4 条「租税の解釈にあたっては、

その目的、経済的意義及び諸事情の変遷を考慮しなければならない」にその萌芽

を見ることができる。その後、1934 年に、租税調整法(Sterueranpassungsgesetz)

第 1 条「(1)租税法は国家社会主義的世界観に従い解釈しなければならない。

(2)租税法の解釈にあっては、国民観、租税法の目的及び経済的意義並びに諸事情

の変遷を考慮しなけばならない。(3)要件事実の認定についても、前二項と同じで

ある。」という規定に引き継がれている。ちなみに、第一項は、終戦後、削除さ

れた(19)。先述したように、昭和 37 年の国税通則法制定の際に問題となって、結

局、明文化が見送られたが、参考にしたのが、経済的観察法と呼ばれる第二項の

規定であった。ちなみに、1977 年には、同法を受け継いだ西ドイツ基本法

(Abgabenordnung)は、同上規定を削除しているが、経済的観察方法の適用を

全く否定しているわけではないとされている(20)。

一般的には実質課税の原則と同義に捉えられているこの経済的観察法は、エ

ンノ・ベッカー(Enno Becker)によって主張されたものであるが、次のよう

にその意義が述べられている(21)。すなわち、税法の解釈の一つであり、要件事

実の認定方法の一つでもある。税法の解釈にあたっては、その規定が使用して

いる文言の概念形式にとらわれることなく、その文言によって表現されている

実質的な経済的意義を基準として決定すべく、また要件事実の認定にあたって

は、当事者の使用している外見的法形式にとらわれることなく、それによって

仮装されている事態の実質的経済的意義を基準として決定すべきであるという

ものである。また、その論拠は、税法は経済事象を課税要件として把握し、し

かもこれを既成の法形式で表現しているから、表現形式にとらわれていたので

は、租税立法者の意思に適合した税法の解釈適用をなしえないというのである。

ようするに、文言や外見の形式にとらわれず、租税法の実質的、経済的意義を

考慮にいれるべきであるとする。

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田中二郎博士は、この経済的観察法の必要性を高く評価しており、「・・・そ

の解釈に当たっては、租税法の目的に照らし、規定の実質的・経済的意義が考

慮されるべきは当然であって、いわゆる実質課税の原則のごときも、このよう

な基本的な考え方の一つの具体的な現れにすぎないといってよいであろう。」(22)

としている。さらに、解釈原理としての実質課税の原則について、「実定法上、

明文の規定によって明らかにされており(所得 12 条、法人 11 条)、ほかにも、

この趣旨の出た規定が少なくないが、実質課税の原則は、単に明文の規定の存

する場合にのみ妥当するものではなく、むしろ、それらの規定は、宣言的・確

認的規定の意味をもつに止まり、明文の定めの有無にかかわらず、解釈原理と

して、一般に妥当するものと考えなくてはならぬ。租税回避防止の見地から認

められる同族会社の行為又は計算の否認ごときも、これに関する定めは、解釈

原理の宣言的表現として理解されるべきである。」(23)と述べている。同様に、こ

の考え方の必要性を説く論説もある。すなわち、実質課税主義の原則を税法解

釈原理として一般的に普遍化することは、徴税当局者である税務官庁に恣意的

な否認権を与えることになりかねない。この点から立法形成にあたっては、あ

たうる限り個別的・具体的な明確は明文規定が必要なのは当然である。しかし、

租税法の解釈において徴税当局者による経済的観察法の名のもとになされるお

それのある恣意的展開を否定するあまり、経済的観察法を基調とし、経済的実

体に即応した課税の実現を理念とする租税法の形成のための論理の構築と開拓

を怠ってはならないとする(24)。 こうした考え方は、実質課税の原則規定の立法化は見送られた前述の国税通

則法の創設や昭和 40 年の税制改正後も依然として機能していたようである。例

えば、所有する不動産に関連して、その譲渡資産の譲渡の相手方を巡る争いに

ついて、神戸地判(昭和 45 年 7 月 7 日)では、「税法上においてその所得を判

定するについては、単に当事者によって選択された法律的形式だけでなく、そ

の経済的実質をも検討すべきであり、当事者によって選択された法律的形式が

経済的実質からみて通常採られるべき法律的形式とは一致しない異常のもので

あり、かつそのような法律的形式を選択したことにつき、これを正当化する特

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段の事情がないかぎり租税負担の公平の見地からして、当事者によって選択さ

れた法律的形式には拘束されないと解するのが相当であるところ・・・・」と

述べて、原告の採った法律的形式は租税回避行為の目的で法律的形式を濫用し

たものであると判示しており(25)、一般的な解釈により判断している。こうした

考え方には、主に租税法律主義の観点から多くの見解が存する。

3.実質課税の原則と租税法律主義

実質課税の原則の問題の底流は、租税法の基本原則として位置づけられる租

税法律主義と租税公平主義との関係性の中で捉えることができる。この租税公

平主義は、憲法 14 条にに由来するものであり、税負担を担税力という指標に基

づいて求めるもので、租税法の基本原則の一つである。その内容は、課税上、

同様の状況にあるものは同様に課税し、異なる状況にあるものは、公平の原則

に照らして、その状況に応じて異なる課税を行うというものである。 この原則についての今日的な意義ついては、次のように述べられている(26)。

すなわち、この原則は、税法の制定、制定された税法の個々の規定の解釈・適

用にあたって、国民の税負担が実質的に平等となるような要請し、それを保障

し、かつそれを実現する機能を有するものであると解されるから、かつては税

法の立法上の原則として重視されていたのが、今日では立法上の原則であると

同時に税法の解釈、適用上の原則としても重要な役割を演ずるようになり、そ

の両者の立場から今日的な意義が存するものと理解することができるとする。

この公平性を維持するための具体的な尺度が、納税者の担税力ということにな

る。この公平負担という見地からすれば、規定の有無にかかわらず、課税の対

象となる課税物件の実現及び帰属に関し、その形式又は名義に囚われることな

く、その経済的実質に着目し、現実の担税力を有するものと認められる者に対

して課税するという考え方(27)が生じてくるのである。すなわち、複雑多岐にわ

たる経済取引においては、契約自由の原則を持ち出すまでもなく、それぞれが

任意で選択した法形式を採用した場合、その契約者が必ずしも実質的な担税力

を持つとは限らない場合がある。このような場合、単に取引の法形式、当事者

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の名義等を基準として課税すると著しく税負担の公平感を損なう結果となる。

そこに、実質課税の原則の必要性がを求められるのである。換言すれば、実質

課税の原則は、公平負担の原則に要請された論理であるということができる。

しかしながら、この公平負担の原則について、その存在意義があったのは、国

民主権主義の原則に拠らず、お上が税を決定し、賦課する場合に租税行政官吏

に要請された職務命令規範としてのもので、それ以上には存しない。それは賦

課課税制度の残滓であると捉えるむきもある(28)。公平負担の原則に基づくもの

とはいえ、税法の規定を、その文言から離れて緩やかに解釈するという実質主

義の考え方は、租税法律主義の観点から多くの批判的見解がある。

租税法律主義とは、法律の根拠に基づくことなしには、国は租税を賦課・徴

収することはできず、国民は租税の納付の義務を負わないとするものであり、

今日、租税法上、租税公平主義と並ぶ基本原則である。憲法第 84 条「あらたに

租税を課し、又は現行の租税を変更するには、法律又は法律の定める条件によ

ることを必要とする。」と定めている。その内容は、課税要件法定主義、課税要

件明確主義を中心に、合法性の原則、手続保障の原則からなるものと解されて

いる(29)。課税要件法定主義とは、課税要件である納税義務者、課税物件、課税

物件の帰属、課税標準、税率等について、すべて法律で定めなければならない

とする原則である。租税立法において、課税要件、賦課・徴収に関する定めを

政令・省令等に委任することは許されるべきと解されるが、それは具体的・個

別的委任に限られ、一般的・白紙的委任は許されないと解すべきである。すな

わち、技術的・細目的事項に限定して個別的な委任立法が許されるということ

になる。課税要件明確主義は、法律において課税要件等を定める場合、一義的

で明確でなくてはならないとするもので、行政庁の自由裁量を認める規定を設

けることは許されないとするものである。合法性の原則は、課税要件が充足さ

れている限り、租税の減免・徴収猶予については、法的根拠が必要であるとい

うものである。これは、租税行政庁と納税者の間で、恣意的な課税を行わない

ためのものである。手続保障の原則は、租税の賦課・徴収は、公権力の行使で

あるから、適正な手続で行わなければならない。同様に、争証においても公正

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な手続で解決さなければならないとするものである。 この租税法律主義が要請される理由は、二つの部面から捉えられる。一つは、

その法律に定める租税収入が確保されるものとして課税権者に期待されるとい

うこと。他面は、その法律が定められるところを超えて課税されることはない

という納税者の財産権が保障されることである。さらに、一般的な法の基礎原

則としての予測可能性および法的安定性の機能によって租税法律主義の目的で

ある納税者の財産権の保障が達成される関係にあるといわれる(30)。今日、特に

後者の部面である納税者の財産権の保障という観点において、多様な経済的事

実や行為から、あらかじめどのような租税債務が生じるか明確されていること

が重要視され、租税法の予測可能性や法的安定性が、納税者側の論理として強

く意識されてきていると考えられる。 租税法律主義から実質課税の原則を批判したものに、次のような見解がある。

例えば、「実質主義による課税というものを法律の明文の規定のない場合にも肯

定するということは、かなり租税法律主義の原則からして危険を感じる」(31)と

か、「憲法で保障しておりますところの租税法律主義の否定、あるいは少なくと

も後退・譲歩、これなくしていわゆる税法におけるところの実質主義の全面的

肯定ということには問題がある」(32)等の見解がある。また、実質課税の原則を

一般的・抽象論的に強調することは、憲法の租税法律主義を形骸化・空洞化さ

せる危険性があることが指摘されなければならない。もし、租税法律主義とは

別に、実質課税の原則ないしは租税負担公平の原則が、所与の税法秩序のもと

において、税法解釈・適用の基本原理として持ち出すことが肯認されるならば、

そのときは税法はもはや法としての性格を消失し、単なる行政の手引き的存在

になってしまうとする(33)。 このような考え方は、納税者の租税に対する予測可能性や法的安定性という

観点から、個々人が選択した合法的な取引の法形式について、実質主義を根拠

に法律の明文なしに、その変更や引き直しを行う裁量権を課税行政庁に委ねる

ということは、裁量権の濫用の可能性もあり、租税法律主義の要請に反すると

いう見解である。

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実質課税の論理を巡る議論の根底には、上述したように、課税公平主義と租

税法律主義との関係をどのように解すればいいのかという問題となる。それぞ

れ対峙した関係であるのか、相互に有機的な関係にあるのか明らかにしたい。

この関係性を見る場合、大きく 4 つに分けて考えることができよう。すなわち、

第一は、すでに述べたように、沿革的にみて、実質課税の原則は、租税法に明

文化されているかどうかに拘わらず、判例にも現れているように、厳然たる解

釈・適用の論理であるとするもの。第二は、もっぱら租税法律主義の観点から、

実質課税の原則を否定するものである。租税法律主義は、納税義務の限界を税

法律をもって完結的に明確に定めることを要請し、納税義務者に不利益な税法

の規定の類推適用は禁止される。財政需要の充足、租税負担の公平、公共福祉

のいずれの文言も、税法の類推適用を正当づけるものではない。類推適用しな

ければ、租税負担の公平を期し得なくなるとしても税務行政は税法律の定める

限界を超えることは許されない(34)との見解に代表されるように、租税法律主義

を租税法の唯一の基本理念とする立場により、厳密に解することで、実質課税

の原則は、納税者にとって不利益に機能するものと位置づけている。第三は、

実質課税の原則を立法論上の原則と解すれば、租税法律主義と矛盾するもので

はないとする考え方である。すなわち、実定法上積極的にこれを否定する規定

はなく、むしろ部分的にはこの原則を認めている規定もあるし、判例法等では

是認されている経緯もある。立法論的には、実質課税の原則を成文法上の原則

として租税法律主義と矛盾しないような法体系を整えていくことが好ましいと

する(35)。同様な考え方としては、実質主義の本質は、法律の根拠をもたなけれ

ばできないというような絶対的なものではないが、指導理念として、その趣旨

の規定が設けられれば、より明確になり、租税法律主義の具体化が進展する。

これは課税上、法律事務としてではなくて行政事務として行われているために、

租税法規の解釈適用における原則的考慮として強調せられることになったもの

と考えられてよいとする(36)。第四は、公平負担の原則(実質課税の原則)は、

租税法律主義による租税法規の欠缺を補い、法の内容を補完する解釈原理とし

ての機能を有するものであり、矛盾するものではないという考え方である。立

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法者は万能ではないから、課税要件法の不備をこのような意味での公平負担の

原則で補完するする余地がある。従って、公平負担の原則を確保するために考

えられた実質課税の原則は、裁判例によっても分かるように基本的指導理念と

されたと捉えている。租税法律主義を租税正義実現のための形式的手段とし、

公平負担の原則を実質的手段として、両者の妥当な調和を図り租税法秩序を維

持し租税正義の実現を図ることが、正しい方解釈であるとする(37)。金子教授も

同様に両者の関係性について、「公平負担の要請をみたしつつ租税法律主義の要

請にも実質的には反しないような解決ははかられるべき」として、公平負担の

原則(実質課税の原則)から否認することを認めるにしても、その行使には厳

重な制限を課し、たとえば、利用された法律形式が異常であること。異常な法

律形式を用いた理由がもっぱら又は主として租税を回避することにあり、それ

以外に正当な理由が存在しないこと、等の二つの要件が満たされている場合に

限って否認することは、実質的には必ずしも租税法律主義の要請に反するとは

いえないとしている(38)。 上述のように、租税法の解釈・適用について、租税法律主義と実質課税の原

則をどのように考えるかについては、様々な見解が存する。租税法律主義から

みると、税務行政庁の恣意的解釈や恣意的課税への危惧が強調され、納税者の

財産権の保障が侵害されるという納税者側からの論理から、実質課税の原則が

批判される。一方、実質課税の原則は、沿革的にみても、税務行政庁側の論理

として発展・生成してきたように思われる。それは、租税法の法令の整備や租

税行政の整備が体系的に整えられていなかった時代の所産である。今日、租税

回避にかかる多くの個別規定が設けられて来ている状況からすると、両者の持

つ意義、機能を、一義的に捉えるのではなく、車の両輪の如く解することが必

要となるであろう。ただし、この実質課税の原則が、いかなる分野に作用する

かは、議論のあるところである。

4.実質所得者課税の原則

先述したように、昭和 40 年の全文改正において、法人税法第 11 条、所得税

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(399 ) 298 実質課税の原則における論理 101

法第 12 条に規定されているが、この規定の解釈については大きく二つの見解が

対立していると言ってよい。金子宏教授によると、文理解釈上、次のような見

解があるとしている(39)。すなわち、第一は、課税物件の法律上の帰属について、

その外観(形式)と実質とが相違している場合には、実質に即して帰属を決め

るべきであるという法律上の帰属に関する実質主義。通常、法的帰属説と呼ば

れる。第二は、法律上の帰属と経済上の帰属が相違する場合には、経済上の帰

属に即して課税物件の帰属を決定すべきことを一般的に定めていると解する立

場である。これは経済的帰属説と呼ばれている。法的帰属説をとった場合は、

担税力に適合した課税が多少ともゆがめられることになるし、また法律上の実

質に即して帰属を決めることは、かかる規定をまつまでもなく当然であるとの

批判もありえるとしている。他方、経済的帰属説は、納税者の立場からは法的

安定性が害されるという批判がありえようし、税務行政の見地からは、経済的

に帰属を決定してゆくことは法の運用上多くの困難が伴うという批判がありえ

ようとしている。もし仮に経済的帰属説をとるとした場合は、通達により解釈

規準をよほど事前に明確にしておかないかぎり、帰属の問題は甚だしい混乱に

なる。その意味では、これらの規定は、法律上の帰属に関する実質主義を採用

したものであり、法律上の帰属の判定に当たっては「収益の享受」を重視すべ

きことを明らかにした規定であると解するのが妥当であるとする。

また、この規定については、いわゆる法的安定性・法的予測可能性から経済

的帰属説はとりえないとする北野弘久教授の見解もある。すなわち、「一見、経

済上の帰属にみえるような場合であっても、通例、その背後にはなんらかの法

律関係があるはずである。その法律関係を追求し、それを基にして課税すれば

足りるわけである。したがって、このような場合には、別段、税法固有の実質

課税の原則をもちだす必要がない。かりに例外的に経済上の帰属によらざるを

えない場合があるとしても、所得税法 12 条等のごとき包括的な一般的な規定に

より法律上の帰属の否定を許容することは妥当でない。具体的な否認要件等を

規定した個別的な明文規定をもって対処すべきであろう。」(40)と述べられる。

両教授の述べるところは、法的帰属説を採ることは同じであるとみてよいが、

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北野教授は、租税法律主義の見地から、その問題点を指摘している。一方、判

例では、千葉地判(昭和 62 年 5 月 6 日)において、法第 11 条の解釈について、

「法人の所得の有無とその帰属を判定するについては、単に当事者によって選

択された法律的形式だけでなく、その経済的実質をも検討・吟味することは当

然であるが、当事者によって選択された法律的形式が経済的実質から見て通常

採られるべき法律的形式とは明らかに一致しないものであるなどの特段の事情

がない限り、当事者によって選択された法律的形式は原則として経済的実質を

も表現しているものという事実上の推定が働き、右の法律的形式と経済的実質

との不一致が明らかに立証された場合において初めて右の推定を覆し、右立証

された経済的実質に従って法人税法上の法律関係が確定されることになると解

するのが相当である。」(41)と述べている。ようするに、本件は、選択された法律

的形式が、経済的実質からみて本来採用され得ない法律的形式を採っている場

合に経済的実質に従って法律関係が確定すると述べている。換言すれば、通常、

多くの場合は、選択された法律形式は、その実質と法的形式は一致するもので

あるので、特殊・例外的は取引にのみ適用すべき規定であるとも解することが

できる。 すでにみたように、沿革的にいっても「実質所得者課税の原則」は、従来か

ら租税法上の基本原理として是認されていた原則をそのまま明文化した確認的

な規定であると捉えられるが、ただし、所得の帰属のみに限定して明文化され

たものである。所得は、経済的な概念であり、税法上担税力を現す指標である。

その多くは、当然ながら法律的な取引形式を密接に関連している。とすれば、

法律関係を離れて所得を把握することができないと考えるのが妥当であろう。

しかしながら、詐欺、賭博等違法な所得や通常採られるべき法律形式を採用し

ない異常な取引等については、法律関係だけでその帰属を判定することはでき

ない。このような場合に適用する基準として、この規定は機能すると捉えるの

が妥当ではなかろうか。その意味では、第一義的には、取引の法律関係を捉え

た上で判断して、その後実質的な経済的帰属が決定されることになると考える

のが妥当であろう。

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(401 ) 298 実質課税の原則における論理 103

5.租税回避行為の否認と実質課税の原則

この実質課税の原則の射程範囲については、先述したように、課税物件の帰

属についてのみ適用されるという考え方と解釈適用に関する租税法上の基本原

理であるとする立場に大きくは区別できよう。特に、後者の考え方は、租税法

律主義との関連で問題となることが多い。そこで、以下のような租税回避行為

について、本原則の適用可能性を検討してみたい。 租税回避行為とは、課税の軽減や免税を意図してなされた経済取引であるが、

私法上は、有効な法律行為であり、その効果も有効なものをいう。換言すれば、

本来、行われるであろう通常の取引によって生じる経済効果と同一の効果を、

租税負担の軽減目的のために通常用いられない法律行為で行うことである。こ

のような取引については、課税の公平の見地から、課税庁は、通常の法形式に

引き直して課税することになる。しかし、このような租税回避行為が行われた

場合、これを否認する一般規定は存在しない。前述したように、昭和 36 年の税

制調査会第二次答申で明文化がはかられたが見送られた。すでにみたように、

このような一般規定は存在しないが、個々の規定で対応しているのが現状であ

る。その一つに、同族会社の行為計算の否認(所得税法 157 条、法人税法 132条、相続税法 64 条)に関する規定がある。

この規定の意義は、税法上、少数の株主等によって支配されている同族会社

は、その同族関係者の税負担を不当に減少させるような行為や計算が行われる

場合が多い。そこで、税負担の公平を維持するために、通常では行われない行

為や計算を行った場合、正常な取引に引き直して更正、決定等を行う権限をそ

の課税庁に認めるというものである。この規定については、不自然、不合理な

取引は、必ずしも同族会社に限って行われるものではないので、非同族会社に

も準用されるものであり、課税の公平の見地から特に同族会社について例示的

に示した確認規定であるという考え方がある。一方で、この規定は、特に同族

会社に対してのみ認めたものであり、非同族会社には準用されないとする創設

規定と解する考え方がある(42)。

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確認規定であるとする考え方は次のようである。否認の対象となる行為計算

によって租税負担の軽減を図ることができるのは、単に同族会社に限らない。

現行の規定は多分に沿革的なものであって非同族会社について、このような規

定がないからといって、経済的合理性を無視した不自然な行為計算をとること

により法人税等を軽減・回避したような場合には、その行為計算の否認が許さ

れるべきであると考える(43)。同様に、このような考え方は、租税法に内在する

実質主義の一つの表れとして確認規定と解するのが相当であるとの見解もある

(44)。判例においても、同様の考え方が見受けられる。例えば、東京地判(昭和

40 年 12 月 15 日)は、「法人税法が同族会社につき行為計算の否認の規定をお

いたのは、同族会社においてはとくに租税回避行為が容易ひんぱんに行われる

ところから、同族会社に対する正当な課税を容易にするためにこれを設けたに

過ぎないものと解すべきであって、非同族会社についてはこの規定がないから

といって、前述のような、法人税法の基本目的より当然認められるべき否認が

許されないと解すべき理由はないと同時に、否認の規定の設けられている同族

会社についても、右目的から認められる範囲を越えて否認が許されると解する

ことは相当でない。」として、経済的、実質的見地を判断基準において当該行為

計算が経済人の行為として不合理、不自然のものかどうかを判定すべきである

としている(45)。

一方、同族会社の否認規定を創設規定であるとする考え方がある。清永教授

は、その理由を二つ挙げている。すなわち、第一は、その沿革からみて、従来

の規定では対処しえないような納税者の不当な行為を、新しい否認規定で処理

することができるようにしようというのが、大正 12 年の法改正の趣旨であり、

当時この新規定は創設的な規定であると説明されている。第二は、本規定が目

的とする租税回避の否認というのは、租税回避を除去するに必要な、課税要件

規定によるときとは異なる取扱いをすることであり、これはとりもなおさず従

来の課税要件規定にはない新たな課税要件を作りだすことを意味し、したがっ

て、租税法律主義の建前からして明文の規定が必要である。すなわち、同族会

社の否認規定によって従来と異なる課税要件規定が創出されることになるとす

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る(46)。また、次のような見解もある。すなわち、租税回避否認の立法措置につ

いては、租税法律主義の要請から、一般的・包括的な否認規定によらず、その

ような要件をみたす行為が否認の対象になるのか、その否認の結果がどのよう

な課税が行われるのかなど、個別的・具体的規定を設けるべきである。法人税

法 132 条等の同族会社の行為計算の否認規定は、あまりにも包括的・一般的で

あるので租税法律主義に違反し違憲であるとされる(47)。判例においても、同様

な趣旨の判決がある。東京地判(昭和 51 年 7 月 20 日)は、「法人税法 132 条

の同族会社の行為計算否認規定の趣旨は、同族関係者によって会社経営の支配

権が確立されている同族会社においては、法人税の負担を不当に減少させる目

的で、非同族会社では容易になし得ないような行為計算をするおそれがあるの

で、同族会社と非同族会社との課税負担の公平を期するために、同族会社であ

るが故に容易に選択することのできた課税負担を免れるような行為計算を否認

し、同じ経済的効果を発生するために通常採用されるであろうところの行為計

算に従ってその課税標準を計算し得る権限を徴税機関に認めたものであって、

同族会社に対してのみこのような行為計算の否認の規定を設けたことについて

は十分な合理性があるというべきである(48)。」 以上のように、同族会社の否認規定を一般的な租税回避行為を否認する法的

根拠としての実質主義の具体的表現とみて、確認規定であるという考え方と租

税回避行為を否認する個別規定の一つであるので、同族会社に対してのみ適用

されるべきであり、非同族会社にまで、その適用を拡張するのは租税法律主義

に反することになるので、本規定は創設規定であるとの考え方が学説及び判例

においても対峙している。今日、租税法律主義のもとで、法律の根拠なしに、

当事者の選択した法形式を通常用いられる法形式に引き直して、それに対応す

る課税要件が充足されたものとして取り扱う権限を租税行政庁に認めることは

困難である。したがって、法律の根拠がない限り租税回避行為の否認は認めら

れないと解することが一般的な考え方(49)といってよかろう。すなわち、同族会

社の否認規定は、創設的な規定と解することができる。本来的には、多くの論

者が言うように、このような租税回避の問題は、個別規定を立法化して対処す

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べきであろうが、しかし、経済取引が流動化・複雑化した今日において、あら

ゆる個別的・具体的取引に対して明文規定を設けることが可能なのか疑問が起

こる。立法府が機動的に対処するには限界があろう。また、税法の抜け道を探

し出して、私法上許されている形式を意図的に用い、租税回避を計る場合もあ

るわけである。税の負担の公平という観点から個別規定を設けることを座視す

るだけではすまない。租税法律主義の要請を満たしつつ、実質主義の論理を再

構築することが必要であると考える。 ところで、昭和 50 年代以降は、租税法律主義の優位性を示唆する判決の件数

が多くなったとされ、租税法律主義の下で容認される実質課税の原則とは、法

的実質主義であって、問題の取引が仮装でないにもかかわらず、真実に存在す

る法律関係から離れて経済的実質主義に基づく課税を行うことは認められない

という見方が学説上も支配的なものとなったと言われるが(50)、その後、従来の

租税回避否認の論理と異なる事実認定の問題から否認した判例をみられる。 例えば、大阪高判(平成 12 年 1 月 18 日)は、任意組合の利用による映画フ

ィルムリースを用いた租税回避の事案である(51)。事実の概要は次の通りである。

X 社は、平成元年 5 月に外資系投資銀行の勧誘によって、映画フィルム投資

のための投資組合(以下「本件組合」という)契約を締結した。その契約内容

は、組合員の出資金及び他の銀行からの借入金により、B 社(米国法人)から

映画フィルムを購入し映画配給会社である D 社との間で映画の賃貸・配給契約

を締結した。D 社が配給会社を使って全世界に配給することになっていた。こ

の映画フィルムは、ハリウッドの映画制作 C 社から B 社に譲渡されたものであ

る。また、本件組合と D 社との配給契約において、D 社はこの映画の管理、使

用収益及び処分について権利を行使できることになっているが、本件組合には、

本来であれば有しているべきこれらの諸権利について全く認められていなかっ

た。また、E 銀行からの借入金の返済は、D 社との保証契約に基づいていた。

そして、この借入金は、映画を購入することになる F 社が E 銀行に信託したも

のであり、循環金融の仕組みになっていた。

以上のような取引に基づいて、X 社は、平成元年度から平成 5 年度までの事

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業年度の法人税の確定申告書において、本件組合の出資割合に応じた器具備品

勘定を計上し、耐用年数 2 年として減価償却費を損金の額に算入した。また、

出資割合応じた銀行からの借入金の支払利息分を損金の額に算入した。これに

対して、Y 税務署長は、本件取引は、課税逃れ商品に典型的な循環金融の手法

が用いられているとして、減価償却費の損金算入は認められないとしている。

さらに、映画購入に際しての借入金の支払利息については、同額の受取利息の

計上漏れがあることを理由として益金に算入する更正処分をした。 本判決は、請求棄却となったが、その判旨は次のようである。まず、第一審

の大阪地判(平成 10 年 10 月 16 日)の原判決で述べている以下の認定説示を

支持している(52)。すなわち、本件取引は、その実質において X 社が本件組合を

通じ、F 社による本件映画の興行に対する融資を行ったものであって、X 社は、

本件取引により本件映画に関する所有権その他の権利を真実取得したものでは

なく、本件契約書上、単に X 社ら組合員の租税負担を回避する目的のもとに、

本件組合が本件映画の所有権を取得するという形式、文言が用いられたにすぎ

ないものと解するのが相当である。X 社が本件映画を減価償却資産に当たると

して、その減価償却費を損金の額に算入したことは相当ではないとしている。

また、借入金の支払利息については、支払利息に相当する金額を、受取利息と

して益金の額に算入すべきとしている。

さらに、以下のようにその理由を述べている点が注目される。「課税は、税法

上の行為によって現実に発生している経済効果に則してされるものであるから、

第一義的には私法の適用を受ける経済取引の存在を前提として行われるが、課

税の前提となる私法上の当事者の意志を、当事者の合意の単なる表面的・形式

的な意味によってではなく、経済実体を考慮した実質的な合意内容に従って認

定し、その真に意図している私法上の事実関係を前提として法律構成をして課

税要件への当てはめを行うべきである。したがって、課税庁が租税回避の否認

を行うためには、原則的には、法文中に租税回避の否認に関する規定が存する

必要があるが、仮に法文中に明文の規定が存しない場合であっても、租税回避

の目的としてされた行為に対しては、当事者が真に意図した私法上の法律構成

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による合意内容に基づいて課税が行われるべきである。」と述べている。すなわ

ち、事実認定・私法上の法律構成による否認という方法によって、真実の法律

関係に基づいて課税しようとする考え方であろう。

この私法上の法律構成による否認論とは、問題となる取引における租税回避

目的が格段に大きく、私法上選択可能な別の取引が存在し、この法形式と当事

者が選択した法形式とを比較した時に、前者が通常であると認められるなどの

事情が認められる場合には、当事者の選択した法形式が真実の法律関係とは異

なるとの推認が働き、この真実の法律関係に基づいた課税が行われるべきであ

るという考え方である(53)。そして、この否認の方法には、契約が不存在と認定

する場合、契約が虚偽表示により無効であると認定する場合、契約の法的性質

の決定により、当事者の選択した法形式を否定して、真実の契約関係を認定す

る場合等があるとされる(54)。

原判決が、「本件契約書上、単に X 社ら組合員の租税負担を回避する目的のも

とに、本件組合が本件映画の所有権を取得するという形式、文言が用いられた

にすぎないものと解するのが相当である。」と述べているように、契約書の形式、

文言について、その外観や形式に依拠することなく、その実態や実質によって

事実認定したものである。しかし、何が私法上の真実の法律関係であるのかの

認定は取引当事者の効果意志に即して、きわめて慎重に行われるべきであって、

仮にも真実の法律関係から離れて法律構成をしなおすようなことは許されない

と指摘される(55)。この意味で、「真に意図した法律関係」が租税回避であるのか

の判断基準が明確にされねばならないし、事実認定が課税の可否を決めること

になるのでその根拠の明確化、また、推認が働く場合の一定の基準が必要とな

ろう。また、「経済実体を考慮した実質的な合意内容に従って認定し、・・・」

と述べられるように、実質主義の思考は見られなくもない。この点については、

ある法形式が、本来予定する経済的効果とは異なる効果を得る目的で借用され

た場合、契約の解釈は、借用された方形式に拘束されない。その契約の解釈は

裁判所の判断に委ねられる法律問題であり、当事者の選択した法形式に拘束さ

れるものではないことから、実質課税に繋がる潜在性を秘めているという見解

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もある(56)。とはいえ、本件判決は、租税回避の意思に基づいた否認とはいえず、

契約内容の法的性質からの観点から判断されたものであると考えるのが相当で

あろう。

従来、租税回避行為の否認については、前述したように、昭和 40 年以前は、

主に実質課税の原則により否認されて来ていた。その後、租税法律主義に反す

るとして、この実質課税の論理、特に、経済的実質からの事実認定は、認めら

れないとするのが通説である。租税法律主義の重視して、こうした否認につい

ては、同族会社の行為計算の否認規定に代表される個別規定で対応して行く流

れがあったが、複雑な経済状況、経済取引の多様化に相応して、新たな租税回

避のスキームに対しすべて立法による対応は現実的ではない。その隙間を埋め

る法理論をして、「私法上の法律構成による否認」があると位置づけることがで

きよう。この法理論が、真実の法律関係に即して課税要件事実を認定するとい

う法的実質主義に化体した姿とは言えないまでも、その思考は底流にあると言

えよう。

おわりに

実質課税の原則は、租税法における各種法令や租税行政の整備が体系的に整

えられていなかった時代の所産といえるであろう。本原則は、課税公平主義に

支えられた租税法上の基本原則と位置づけられる。一方で、課税行政庁の裁量

権の拡充に繋がり、恣意的な解釈や課税に対する危惧された。特に、申告納税

制度における納税者の租税に対する予測可能性、法的安定性の観点から租税法

律主義重視の流れの中で、その法的意義は、否定されることが、判例において

も多くみられるようになったが、必ずしも、その思考を完全に否定していない

ように思われる。

実質課税の原則の本質は、公平な税の負担を実現することにあると考える。

具体的には実質的な担税力の把握によって、その公平性を維持することである。

すなわち、あらゆる経済取引について、その思考は作用するものでなければな

らない。一義的に、租税法律主義との対峙として捉えるのではなく、実質課税

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の原則について、その限界、機能等を再構築する必要があると考える。

注 (1) 大蔵省編纂『明治大正財政史』 経済往来社 昭和 32 年 1154 頁 (2) 行政裁判所判決 大正 14 年 12 月 22 日 行政裁判所判決録 36 輯 1131 頁 (3) 行政裁判所判決 昭和 7 年 1 月 30 日 行政裁判所判決録 43 輯 10 頁、同様に実

質課税を論拠にしたものとしては、株式配当の帰属を定めるに当たっては、その名

によるべきでなく、その実質によるべきである。行政裁判所判決(昭和 10 年 7 月 19

日)行政裁判所判決録 46 輯 608 頁 (4) 福岡高判 昭和 34 年 3 月 31 日 税資 39 号 84 頁 (5) 租税法研究会編『租税法総論』 有斐閣 昭和 33 年 66~69 頁 (6) 市丸吉左ェ門「改正法人税法解説」財政経済弘報 昭和 28 年 8 月 10 日 第 394 号 7

頁 (7) 林 大造『所得税の基本問題』税務経理協会 昭和 44 年 77 頁 (8) 広島高判 昭和 36 年 4 月 28 日 税資 42 号 507 頁、同様に、京都地判 昭和 30

年 7 月 19 日 税資 20 号 402 頁、山口地判 昭和 31 年 4 月 12 日 税資 23 号 221

頁、においても確認的規定であるとしている。 (9) 新井隆一『租税法の基礎理論』(第三版)日本評論社 2001 年 87~86 頁 (10) 日本税法学会「国税通則法制定関する意見書」税法学 Nov.1961 131 号 3~4 頁 (11) 清永敬次「国税通則法に関する答申について」税経通信 1962 年 VoL17 No.1 26 頁、須貝脩一「国税通則法の制定に関する答申」税法学 128 号 2 頁 (12) 田中勝次郎「国税通則法制定に関する学会の意見書について」・中川一郎「田中意見に

答う」 税法学 Nov.1961 131 号 20~27 頁 (13) 研究会「国税通則法をめぐって」 加藤一郎教授発言 ジュリスト 1962.6.1 No.

251 23 頁 (14) 志場喜徳郎、荒井勇、山下元利、茂串俊 共編『国税通則法精解』大蔵財務協会 昭

和 38 年 51~52 頁 (15) 品川芳宣「租税回避否認の法理と問題点」第 56 回租税研究大会記録所収 日本租

税研究協会 平成 17 年 3 月 7 頁 (16) 泉 美之松「所得の帰属に関する通則」税経通信 1967 年 3 月号 4 頁 (17) 吉良 実『実質課税論の展開』中央経済社 昭和 55 年 269 頁 (18) 新井隆一 前掲書 88 頁 (19) この間の事情については、柳 裕治「税法学方法論における『実質課税の原則』(1)」

商学論集 第 40 号 1985 年 5 月に詳しい。また、日本税法学会「国税通則法制定関す

る意見書」税法学 Nov.1961 131 号 3~4 頁も参照した。 (20) 松沢 智 『新版 租税実体法【補正第 2 版】』 中央経済社 平成 15 年 24~25

頁 (21) 中川 一郎編『税法学体系』三晃社 1975 年 77 頁

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(22) 田中 二郎 『租税法』(第三版) 有斐閣 平成 2 年 122 頁 (23) 田中 二郎 同上書 128 頁 (24) 富岡 幸雄 『税務会計原理』中央大学出版部 2003 年 634 頁 (25) 神戸地判 昭和 45 年 7 月 7 日 税資 60 号 13 頁 (26) 吉良 実 前掲書 10 頁、 同教授は、「平等」の概念を、「形式的租税平等主義」と

「実質的租税平等主義」とに分けて、それぞれ、租税平等主義の一面を現しているとし

ている。すなわち、前者は、具体的な諸々の事情とか条件を考慮しないで、外形的に平

等で、かつ統一ある税法の制定および解釈、適用を要請するものであるので、法治国家

の理念である法安定性・法予測可能性が保障されることになるが、その反面、法規範の

具体的妥当性が阻害される場合が往々にして存するとする。また、後者は、具体的な諸々

の事情とか条件を考慮に入れて実質的な平等を要請するものであるから、具体的な事情

とか条件に応じてその取扱いが多少異なることになり、その結果統一性を欠くことにな

り、法安定性・法予測性が多少阻害されることはあるが、その反面、法規範の具体的妥

当性は保障されるとする。(同上書 9 頁) (27) 田中 二郎 前掲書 89 頁 (28) 松沢 智 『租税法の基本原理』中央経済社 昭和 58 年 66 頁 (29) 租税法律主義の内容については、論者によってこれぞれ異なるが、本論では、金子

宏 『租税法 第 13 版』弘文堂 平成 20 年 68~74 頁に依拠している。 (30) 忠 佐市 『租税法要綱(第十版)』森山書店 昭和 59 年 15~16 頁 (31) 日本税法学会編 「創立 15 周年記念大会記録(2)」税法学 192 号 30 頁、新井隆一

教授発言 (32) 日本税法学会編 同上 31 頁、中川一郎教授発言 (33) 北野 弘久 『税法原論』青林書院 1984 年 102 頁 (34) 中川 一郎編 前掲書 91 頁 (35) 吉良 実 前掲書 21 頁 (36) 忠 佐市 『租税法要綱』森山書店 昭和 40 年 97~98 頁 (37) 松沢 智 前掲書 19~20 頁 (38) 金子 宏「Ⅷ 市民と租税」岩波講座 現代法8 加藤一郎編『現代法と市民』所収

岩波書店 1966 年 324 頁 (39) 金子 宏 同上書 320~321 頁 (40) 北野 弘久 前掲書 96 頁、また、同様の観点から、租税法の解釈適用原則は、いわ

ゆる憲法 84 条が規定する租税法律主義の原則を最高法原則として最終的に租税債権債

務関係は決定されなければならない。それゆえ、実質所得者課税の原則は、わが国の租

税実体法から永遠にその姿を消さなければならない運命にあるという意見もある。(齋藤

明『裁判にみる税法の解釈』中央経済社 平成 5 年 63~64 頁) (41) 千葉地判 昭和 62 年 5 月 6 日 税資 158 号 503 頁 (42) 松沢 智 前掲書 34 頁 (43) 田中 二郎 前掲書 180 頁 (44) 成松 洋一 『法人税セミナー【二訂版】』税務経理協会 平成 13 年 22 頁

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112 駒大経営研究第 41 巻第 3・4 号 298 (410)

(45) 東京地判 昭和 40 年 12 月 15 日 税資 41 号 1188 頁、同様な趣旨で、広島高判昭

和 43 年 3 月 27 日 税資 52 号 592 頁、東京地判 昭和 46 年 3 月 30 日 訟務月報 17巻 7 号 1166 頁

(46) 清永 敬次『租税回避の研究』ミネルバ書房 1995 年 414~415 頁 (47) 北野 弘久 前掲書 128 頁 (48) 東京地判 昭和 51 年 7 月 20 日 税資 89 号 307 頁、同様の趣旨で「同族会社の行

為計算の否認(法人税法 132 条、所得税法 157 条、相続税法 64 条)のほか一般的に租税回

避の否認を認める規定のないわが税法においては、租税法律主義の原則から右租税回避

行為を否認して、通常の取引行為を選択しこれに課税することは許されないところとい

うべきである。」(東京高判《昭和 47 年 4 月 25 日》税資 65 号 800 頁)などがある。 (49) 金子 宏 前掲書 112 頁 (50) 松田 直樹 『租税回避行為の解明』ぎょうせい 平成 21 年 18 頁 (51) 大阪高判 平成 12 年 1 月 18 日 訟務月報 47 巻 12 号 3767 頁 (52) 大阪地判 平成 10 年 10 月 16 日 訟務月報 45 巻 6 号 1153 頁、これについては、

藤谷武史「フィルムリースを用いた租税回避が契約解釈により否認された事案」租税

法研究 第 29 号 165~167 頁、品川芳宣「匿名組合を利用した映画フィルム・リース

に係る減価償却費等計上の可否」税研 Vol.14 NO.6 85 号 69~72 頁、渕 圭吾「フ

ィルムリースを用いた仮装行為と事実認定」ジュリスト 1999.10.15(NO.1165)130~134 頁、八ツ尾順一『租税回避の事例研究』清文社 平成 16 年 241~245 頁等の判例

評釈がある。 (53) 松田 直樹 前掲書 23 頁 (54) 今村 隆「租税回避行為の否認と契約解釈」税理 vol.42 No.14 209 頁 (55) 金子 宏 前掲書 114 頁 (56) 松田 直樹 前掲書 24 頁、また、大淵博義教授は、本判例について、事実認定の実

質主義の適用であるとする。すなわち、その契約内容から見れば、本件組合が売買によ

り映画を取得したという外形的に見合う経済的意義・実体を有していないこと、つまり、

外形の法形式と現実の経済的意義(実質)とが乖離しているということが、事実認定の

実質主義の適用による法律構成の否認の根拠であるとする。(大淵博義『法人税法解釈の

検証と実践的展開』 税務経理協会 平成 21 年 161 頁)