自動車の環境対応と熱・流体課題 · thermal science & engineering vol.15 no.2...

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Thermal Science & Engineering Vol.15 No.2 (2007) - 49 - [Review Lecture Paper] 自動車の環境対応と熱・流体課題 小林 信雄 池上 徹 Automobile Industrys Action on Environments and Relevant Thermal and Fluid Dynamics Nobuo KOBAYASHI and Tohru IKEGAMI Abstract To enhance the environmental performance of vehicles, CO2 emission should be reduced and the fuel efficiency should be improved. The fuel efficiency can be improved by reducing the aerodynamic drag of vehicles and improving the thermal efficiency of engines. Further improvement can be achieved by currently developed systems such as the hybrid vehicle (HV), which employs the internal combustion engine and the motor, and by the fuel cell vehicle, which does not require fossil fuel. However, HV and FCHV (Fuel Cell Hybrid Vehicle) have piles of concerns to be tackled such as thermal issues of new devices including the motor, the inverter, the battery and the fuel cell. This paper reviews the thermo-fluid dynamic approaches, which are indispensable to manage these concerns. Key Words: Automobile fuel consumption, Aerodynamic resistance, Hybrid vehicle, Fuel cell hybrid vehicle 1 はじめに 19 世紀に発明された自動車は 20 世紀に黎明期を 迎え,移動タイミングの自由度やドア TO ドアの利 便性から個人の移動手段として人々に広く受け入れ られ,供給燃料の安定確保,道路整備と相まって目 覚しい普及をみた.反面,大気汚染,交通事故,最 近では石油資源枯渇危機,CO2 増加による地球温暖 化等,負の遺産を生み出したことも否めない.持続 発展可能な社会を実現するには自動車の環境対応は 欠くことができない. 自動車が関わる環境問題には,地域・都市環境問 題である大気汚染,騒音,振動,悪臭,廃棄物等が あり,また地球規模では地球温暖化,酸性雨,資源 枯渇等があげられる. 本稿では,地球温暖化に焦点を当て,とりわけ自 動車の燃費向上技術の開発状況とその中の熱・流体 課題について簡単に紹介したい. 2 自動車の普及と自動車産業 自動車の歴史は 1886 年ドイツのカールベンツが 作った 3 輪自動車が祖と言われ,発明当時の動力と しては蒸気機関を用いていた.その後,意外な事に 電気モータを動力とする自動車,ガソリンを燃料と する内燃機関を動力とするガソリン自動車が開発さ れた. 1900 年当時はこれら 3 つの動力を持つ自動車がそ れぞれ走っていたが,それぞれに課題を抱えていた. 蒸気はボイラーに入れる軟水の供給設備が不足し, 電気は充電時間が長いにも関わらず走行距離が短く, ガソリンについてはエンジン始動性のため重いクラ ンクを回す必要があり,更に変速が難しい上,給油 体制も未整備であった. ガソリン自動車に幸運だったのは,当時照明のラ ンタンに灯油が使われたが,その精製過程の副産物 であるガソリンが,地方都市のドラッグストアで入 受付日: 2006 3 20 , 43 回日本伝熱シンポジウムより受付,担当エディター: 中山 顕 †トヨタ自動車() 471-8572 豊田市トヨタ町 1 ‡トヨタ自動車()1 車両技術部 471-8572 豊田市トヨタ町 1 © 2007 The Heat Transfer Society of Japan

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Thermal Science & Engineering Vol.15 No.2 (2007)

- 49 -

[Review Lecture Paper]

自動車の環境対応と熱・流体課題

小林 信雄† 池上 徹‡

Automobile Industry’s Action on Environments and Relevant Thermal and Fluid Dynamics

Nobuo KOBAYASHI† and Tohru IKEGAMI‡

Abstract To enhance the environmental performance of vehicles, CO2 emission should be reduced and the fuel efficiency

should be improved. The fuel efficiency can be improved by reducing the aerodynamic drag of vehicles and improving the thermal efficiency of engines. Further improvement can be achieved by currently developed systems such as the hybrid vehicle (HV), which employs the internal combustion engine and the motor, and by the fuel cell vehicle, which does not require fossil fuel. However, HV and FCHV (Fuel Cell Hybrid Vehicle) have piles of concerns to be tackled such as thermal issues of new devices including the motor, the inverter, the battery and the fuel cell. This paper reviews the thermo-fluid dynamic approaches, which are indispensable to manage these concerns.

Key Words: Automobile fuel consumption, Aerodynamic resistance, Hybrid vehicle,

Fuel cell hybrid vehicle

1 はじめに

19 世紀に発明された自動車は 20 世紀に黎明期を

迎え,移動タイミングの自由度やドア TO ドアの利

便性から個人の移動手段として人々に広く受け入れ

られ,供給燃料の安定確保,道路整備と相まって目

覚しい普及をみた.反面,大気汚染,交通事故,

近では石油資源枯渇危機,CO2 増加による地球温暖

化等,負の遺産を生み出したことも否めない.持続

発展可能な社会を実現するには自動車の環境対応は

欠くことができない. 自動車が関わる環境問題には,地域・都市環境問

題である大気汚染,騒音,振動,悪臭,廃棄物等が

あり,また地球規模では地球温暖化,酸性雨,資源

枯渇等があげられる. 本稿では,地球温暖化に焦点を当て,とりわけ自

動車の燃費向上技術の開発状況とその中の熱・流体

課題について簡単に紹介したい.

2 自動車の普及と自動車産業

自動車の歴史は 1886 年ドイツのカールベンツが

作った 3 輪自動車が祖と言われ,発明当時の動力と

しては蒸気機関を用いていた.その後,意外な事に

電気モータを動力とする自動車,ガソリンを燃料と

する内燃機関を動力とするガソリン自動車が開発さ

れた. 1900年当時はこれら 3つの動力を持つ自動車がそ

れぞれ走っていたが,それぞれに課題を抱えていた. 蒸気はボイラーに入れる軟水の供給設備が不足し,

電気は充電時間が長いにも関わらず走行距離が短く,

ガソリンについてはエンジン始動性のため重いクラ

ンクを回す必要があり,更に変速が難しい上,給油

体制も未整備であった. ガソリン自動車に幸運だったのは,当時照明のラ

ンタンに灯油が使われたが,その精製過程の副産物

であるガソリンが,地方都市のドラッグストアで入

受付日: 2006 年 3 月 20 日, 第 43 回日本伝熱シンポジウムより受付,担当エディター: 中山 顕 †トヨタ自動車(株) 471-8572 豊田市トヨタ町 1 ‡トヨタ自動車(株)第 1 車両技術部 471-8572 豊田市トヨタ町 1

© 2007 The Heat Transfer Society of Japan

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手できたことにあった.その後 1911 年に電動スター

タが発明され,ユーザは始動時のクランキングの重

労働から開放され,スイッチひとつでエンジン始動

が可能となり,次にトランスミッションのシンクロ

メッシュの発明により扱いやすさが各段に向上した.

更に,1914 年のガソリンエンジンである T 型フォー

ドのベルトコンベア方式による大量生産の開始に伴

い生産コストが劇的に下がった. こうして燃料が容易に入手できるインフラ,取扱

い易さ,低価格という普及 3 条件が整ったガソリン

自動車が,終に電気自動車や蒸気自動車から抜け出

し,20 世紀の主役に踊り出たのである. また,1913 年のリンカーンハイウェイ協会のアメ

リカ大陸横断道路構想に代表される自動車道路整備

も開始されたことで自動車は目覚しい普及となり,

地球上の保有自動車は 1900 年に 20 万台であったの

に対し,1950 年には 7000 万台,2000 年には 7.5 億

台となっている.先進国の普及率が 1 台/2 人である

ことを考えると今後BRICsを中心に更なる増加が予

測される(図 1)[1].

Fig. 1 The number of the world population and owned automobiles.

3 自動車と環境

地球温暖化については IPCC (Intergovernmental

Panel on Climate Change )の報告によれば,現状を放

置すると大気中の CO2濃度は急激に増大し,2100 年

レベルで約 6℃の気温上昇が予測されている.現在

では 2℃上昇により異常気象,砂漠化,食糧危機が

顕在化するとの予測がされており,それを防ぐには

大気中の CO2濃度を 450~550 ppm に安定化するこ

とが必要とされている(図 2). CO2 排出量低減は化石エネルギーから新エネルギ

ーへの転換や CO2の固定化技術の開発等多面的な対

応が必須である.また,原油生産量についても 2020

年以降減少する悲観的な予測もあり(図 3),エネル ギー需給から自動車も燃料多様化への対応は必須で

ある(図 4)[1].

Fig. 2 The curve of reduction of CO2 emission for the stabilization of CO2 concentration.

Fig. 3 Scenario of crude oil production.

Fig. 4 The expected amount of energy supply. 4 自動車の燃費規制

前節の地球温暖化防止,石油資源枯渇対応を背景

として各国で燃費規制の設定・強化が実施されてい

る(図 5).2005 年には自動車販売台数が急速に伸長

している中国においても,燃費規制が開始された.

日本の 2010 年燃費基準は 1995 年比で平均 22.8%の

燃費改善,欧州の自主協定である各自動車工業会平

均 CO2:140 g/km は 1995 年比で 25%(欧州自動車工

業会)の削減という厳しいレベルにある. 近では CARB(California Environmental Protection

Agency)によりカリフォルニア州の温暖化ガス排出

石炭

石油

非在来型石油天然ガス

非在来型天然ガス原子力水力

0

5,000

10,000

15,000

20,000

25,000

30,000

35,000

1900 1920 1940 1960 1980 2000 2020 2040 2060 2080 2100[年]

[石油換算百万トン]

再生可能エネルギー(水素転換分)

再生可能エネルギー(バイオ、風力、太陽光)

実績 推計

出典:日本エネルギー経済研究所

0

2

4

6

8

1 0

1 2

1 4

1 9 5 0 1 9 6 0 1 9 7 0 1 9 8 0 1 9 9 0 2 0 0 0 2 0 0 4 2 0 X 0

0

1 0

2 0

3 0

4 0

5 0

6 0

7 0

8 0

9 0

人口(億人)

保有台数(億台) 25億人

60億人

7.5億台

0.7億台

人口先進国

途上国

1台/40人

1台/8人

1台/数人

保有台数

Estimation by TOYOTA

注: 全世界の生産量:U.S. 生産量と USGS 海外生産量の合計

   仮定 :年2%の石油需要成長率

(year)

70

60

50

40

30

20

10

01900 1925 1950 1975 2000 2025 2050 2075 2100 2125

年間

バレ

ル数

=x1

0億

USGS の 終的回収の見積もり

可能性

95%50%5%

終的回収( 10億バーレル)

2,248(low)3,003(expected)3,896(high)

HistoryMeanLow (95%)High (5%)

202620262026

203720372037

20472047204770

60

50

40

30

20

10

01900 1925 1950 1975 2000 2025 2050 2075 2100 2125

年間

バレ

ル数

=x1

0億

USGS の 終的回収の見積もり

可能性

95%50%5%

終的回収( 10億バーレル)

2,248(low)3,003(expected)3,896(high)

HistoryMeanLow (95%)High (5%)

202620262026

203720372037

204720472047

(出典:米国鉱山局)

出典:IPCC 第 3 次評価報告書

 

CO2排出量(GTC)

750 ppm

550 ppm

201 5 40 65 90 2100199 0(年 )

101214

02468

101214

02468 650 ppm

450 ppm

CO2濃度2100年時点

© 2007 The Heat Transfer Society of Japan

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Thermal Science & Engineering Vol.15 No.2 (2007)

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規制(AB1493)が検討され,2009 年から規制を開

始し 2016 年にかけて段階的に規制値を強化するも

のである.乗用車・小型トラックの 2013 年での規制

値は欧州自主協定 140 g/kmより厳しいレベルとな

っている.カリフォルニア州以外でも米国東部州

を中心にこの規制を採択しようとする動きが出て

いる[2].

注:CAFE : Cooperate Average Fuel Economy 企業別平均燃費

Fig. 5 Trend of the regulation of fuel consumption with respect to the countries.

5 自動車の燃費性能構成因子

車両の燃費性能は定められた走行パターンで消

費される燃料(ガソリン・軽油)を示し,一般的に

は(走行距離/消費された燃料の体積)で表される. ガソリンの熱効率: eは,理論上 60%程度あるが,

現実には機関各部の摺動抵抗(フリクション),吸排

気損失,燃焼による損失があり,エンジン軸出力に

変換できなかったエネルギーは,熱・圧力となり大

部分が冷却水,排気ガスを通じ,外部に放出される. エンジン軸からでた出力は,補機にその一部を与

えた後,駆動系の伝達効率 t を経て,タイヤに駆動

力として伝達される. 車両走行時には,このタイヤ駆動力と走行抵抗力

とのバランスにより,加速・減速・定常走行が決定

される.定常走行時におけるエネルギーの流れを図

6 に,エネルギーバランス式を式(1),(2),(3)に

示す[2].

Fig. 6 Energy flow.

La: エンジン軸出力 Lh: 補機駆動損失

Lw: ホイールベアリング摺動損失 Rl: 空気抵抗

Lb: ブレーキ引き摺り損失 t : 駆動系伝達効率

r: タイヤ転がり抵抗係数 M: 車両質量

g: 重力加速度 Be: 燃料消費量 f: 燃料比重量

Hu: 燃料低位発熱量 e: エンジン発熱量

a: 空気密度 V: 車両速度

CD: 空気抵抗係数 A: 車両前面投影面積

6 燃費性能の向上技術

6.1 走行抵抗

走行抵抗は前出の式(1)の右項であるがシャシー

系部品の摩擦抵抗(ホイールベアリング転動抵抗,

ブレーキ引き摺り抵抗)低減とタイヤの転がり抵抗 の低減,質量低減と共に空気抵抗低減が必要となる. 一般的な乗用車において空気抵抗の走行抵抗へ

の寄与率は車速 60 km/h 程度を境にシャシー系部品

の転がり抵抗を上回り,200 km/h では走行抵抗の約

9 割を占め,空気抵抗を 10%低減すると国内 10・15燃費モード(乗用車・軽商用車燃費試験方法)では 1%弱,車速 120 km/h の高速巡航モードでは 5%の燃費

向上が期待できる(図 7).

Fig. 7 Influence on the vehicles of the drag coefficient. 空気抵抗低減のポイントは基本的には車両前部で

流れを剥離させず,後部では後流を収束させるよう

に形状を絞り込むのが良いとされているが,自動車

としてのパッケージやデザインとの成立性の課題が

あるため,様々な空力技術を部位に応じて使い分け,

改善を図っている.具体的にはルーフからトランク

0

200

400

600

800

1000

1200

1400

0 50 100 150 200 250

車速 (km/h)

走行

抵抗

(N

定地走行

CD=0.30A=2.11m2

M=1080kgRRC=0.010

空気抵抗

転がり抵抗60km/h

空力による燃費改善効果

0 1 2 3 4 5 6

国内モード

米国モード

欧州モード

定地(120km/h)

CD*A 10%当たりの燃費改善率 (%)0 1 2 3 4 5 6

国内モード

米国モード

欧州モード

定地(120km/h)

CD*A 10%当たりの燃費改善率 (%)D

0

200

400

600

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1400

0 50 100 150 200 250

車速 (km/h)

走行

抵抗

(N

定地走行

CD=0.30A=2.11m2

M=1080kgRRC=0.010

空気抵抗

転がり抵抗60km/h

空力による燃費改善効果

0 1 2 3 4 5 6

国内モード

米国モード

欧州モード

定地(120km/h)

CD*A 10%当たりの燃費改善率 (%)0 1 2 3 4 5 6

国内モード

米国モード

欧州モード

定地(120km/h)

CD*A 10%当たりの燃費改善率 (%)D

0 2 0 3 0 4 0 5 0 6 0 7 0 8 0 9 1 0

中 間 目 標

C A F E

1 1 ~ 1 5

2 0 0 5 年 燃 費 基 準

( テ ゙ィ ー セ ゙ル )( カ ゙ソ リ ン )

( 2 0 1 2 )

欧 州 自 工 会 (1 6 5 ~ 1 7 0 g /k m )日 本 自 工 会 (1 6 5 ~ 1 7 5 g /k m )

日 本

米 国

欧 州

中 国

2 0 1 0 年燃 費 基 準

1 4 0 g / k m 達 成

欧 州 自 工 会日 本 自 工 会韓 国 自 工 会

1 2 0 g / k m

乗 用 車 L D V   : 2 7 .5 m p g

2 0 0 5 年(第 1 段 階 )

2 0 0 8 年(第 2 段 階 )

韓 国 自 工 会 (1 6 5 ~ 1 7 0 g /k m )

P 2 0 10 年燃 費 基 準

小 型 トラ ッ ク L D V : 2 0 .7 m p g L D T 2 0 .7 → 2 2 .2 m p g規 制 強 化 L D T サ イ ス ゙ク ラ ス 規 制

加 州 C O 2 規 制( A B 1 4 93 )

A:車両前面投影面積   M:車両質量RRC:タイヤ転がり抵抗係数 (Ro lling Resistauce Coefficient)

【パワトレ効率向上】

【廃熱エネルギ ーの回収】

       【補機負荷の低減】         ・エアコン         ・ヒータ

         ・ オルタネータ:電気負荷

燃料100 %

走行動力( 16 %)

補機(9%)

内部摩擦

(10 %)冷却水エンジン

排気ガス

T/M

【走行抵抗の低減】  ・空気抵抗:CD

  ・車両質量

  ・転がり抵抗(2 %)(63 %)廃熱

(La-Lh)×ηt = Lw+Lb+(Rl+μr×M×g)×V ・・・(1)La = (Be×γf×Hu)×ηe ・・・(2)Rl = ρaV²×CD×A ・・・(3)2

1

(La-Lh)×ηt = Lw+Lb+(Rl+μr×M×g)×V ・・・(1)La = (Be×γf×Hu)×ηe ・・・(2)Rl = ρaV²×CD×A ・・・(3)2

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Thermal Science & Engineering Vol.15 No.2 (2007)

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にかけて圧力回復できるように形状を 適化,局所

での剥離を抑制するよう徹底したボデー表面のフラ

ッシュサーフェス化とエンジン冷却開口とラジエー

タ周りのダクト化による通気抵抗低減,タイヤ周り

の整流,徹底した床下流れの整流等(図 8)が行わ

れている[3].

Fig. 8 Points of Cd reduction.

6.2 エンジン熱効率

エンジンの熱効率を向上させるには,理論熱効率

を向上させ排気損失,冷却損失を低減すること,機

械効率を向上させ摩擦損失を低減,吸排気タイミン

グと吸排気システムの適正化によるポンピング損失

を低減させることが必要である. 排気・冷却損失を低減する方策としては,次のよ

うな手段がある. ・ノッキング改善による高圧縮比化 ・廃棄(熱・圧力)エネルギー回収 ここで排気圧力エネルギー回収の一手法としてタ

ーボ過給があり,ディーゼルエンジンでは一般化さ

れた技術である. 近では排気熱を回収し,エンジ

ンの暖機特性を向上させるデバイスも開発されてい

る(図 9). 摩擦損失を低減する方法としては次の手段がある.

・スペックの 適化(オフセットクランク等) ・摺動面の加工精度向上,表面処理変更

Fig .9 Exhaust Heat Recirculation System.

(Estima HV 2006 model)

6.3 駆動系効率

駆動系による燃費向上は,大きく以下の 2 点によ

り対応されている. (1)駆動系ユニットの損失低減 トランスミッションギアの噛合い損失の低減,ト

ランスミッションフルードの攪拌損失の低減,摺動

面の引き摺り損失低減等ハード側の改良と

AT(Automatic Transmission)のロックアップ領域拡大

による伝達効率向上と減速時ダウンシフトによるフ

ューエルカット領域拡大等の制御側対応も実施され

ている. (2)エンジン使用領域の 適化 効率的に燃費向上するためにエンジンの熱効率向

上を 大限引き出す方法として AT の多段化や

CVT(Continuously Variable Transmission)によりエン

ジン特性と協調させ,熱効率が も良い作動点にエ

ンジン回転数を制御する方法が取られている. 7 究極の環境対応車めざして

究極の環境対応車を目指すにあたり 3 節で述べた

ようにエネルギーの多様化に対応する必要がある.

そのためにはハイブリット技術は適していると言え

るだろう.

Fig. 10 Energy management for the hybrid vehicles.

図 10 にプリウスを例にとってハイブリット車の

燃費向上の原理を示す.まず,減速時のエネルギー

をモータの回生により電池に蓄えるとともに,その

回収したエネルギーを発進直後のエンジン効率が低

い時にはモータで走行するのに使用するとともに,

加速時はエンジンを補助することにより燃費の向上

を図るということがその原理である.また,走行時

に使用する電気エネルギーは減速エネルギーのみな

らず,エンジン効率の良好な作動条件において,発

フロントスパッツ

エンジンコンパートメント  吹き出し制御

リアスパッツ

バンパ流入防止

マフラー フェアリング

サスペンショ ン下カバー

整流インシュレータ

フラットフロア

 

フロアカバーエンジンアンダーカバー

+

エネ

ルギ

エンジンを

時間軸

減速

減速中、エンジン停止

外部電源ランプ

エアコンオーディオ

バッテリー

加速時など

エネルギー不足の場合に

エネルギーを供給

高効率域で運転

停車中は

エンジンも停止

一定のスピードで

余剰エネルギーを貯蔵

運動エネルギーを

回収して貯蔵

加速

VSV

Frヒータコア

Rrヒータコア

マフラ

触媒

エンジン

VSVバキューム路

アクチュエータ

チェックバルブ

Frヒータコア

Rrヒータコア

マフラ

流路切り替えバルブ

触媒

エンジン

制御弁

フロン トヒータコア

リヤヒータコア 

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電することにより蓄積させることもできる.ハイブ

リット車の燃費向上の原理は次のようにまとめら

れる. ・走行エネルギーの回収および再利用 ・エンジンの低効率域での電池(&モータ)の代

替利用 実際の走行パターンで 2 つの動力源がどのように

使われ,エネルギー回収しているかを図 11 に示す.

プリウスの例

エンジンor

orエンジン+モータ

モー ター走行エンジン

+モータ

エンジン停止+

回生ブレーキ

エンジン停止

エンジン停止+

モー ター走行

Fig. 11 Driving mode of the hybrid vehicles. さらに 2 代目プリウスにおいてはエアコン用コン

プレッサを従来のエンジン駆動式から電動モータ駆

動式とすることで冷房の要求によるエンジン始動を

なくし,エンジン停止時間を延ばし,燃費向上と快

適性の両立を実現している[4]. 8 新しいパワーソースの熱・流体課題

ハイブリッド技術により画期的な燃費向上=CO2

排出量削減を実現したが,そこにはたくさんの超え

るべき挑戦的課題が存在した.特にハイブリッド技

術は新しい電子デバイスやパワーソースを活用する

が,熱課題がついてまわった.代表的なものとして,

モータ,インバータ,バッテリーがあげられる.プ

リウスの冷却システムを図 12 に示す.

8.1 モータの熱課題

ハイブリッド車の電気モータは密閉型を使用し

ており,ロータ磁石の減磁防止,絶縁紙の耐熱性,

コイル被覆の耐熱性に配慮し,水冷を行なっている.

しかしながら,ステータから各部を冷却するには絶

縁紙自体,コイル巻線間の空間が熱抵抗となってし

まう(図 13).そこでモータギアの潤滑・冷却を行

っているオイルも活用し,冷却を行っている[5].

Fig. 12 Refrigeration system of the hybrid vehicles.

Fig. 13 Structure of the motor cooling. 8.2 インバータの熱課題

インバータの構成を図 14 に示す.インバータ素子

自体を冷却したいが,電気的な絶縁が必要なためモ

ータ同様,熱抵抗の大きい間で冷却をする必要があ

る.冷却性能を向上させるため,放熱板の材質類に

よる熱伝導率向上,伝熱面積の拡大,ヒートシンク

に設けられた冷却水経路の改良により課題を克服し

ている.

Fig. 14 Structure of the inverter cooling.

制御基盤

チップ ダイオード

放熱板(ベース)

ヒートシン ク(AL)

半田 シリコン グリス

制御基盤

チップ ダイオード

放熱板(ベース)

ヒートシン ク(AL)

半田 シリコン グリス

チップ

放熱板

ヒートシンク

R1

R2

R3

熱抵

抗 

℃/

R3

R2

R1

エンジンヘッド インバータ

熱抵

抗 

℃/

R3

R2

R1

エンジンヘッド インバータ

ゲル材が充填

絶縁基盤

HV冷却水の流れ

バッテリ冷却ファン

インバータ

HVラジエータ

モータ バッテリ

DCDCコンバータ

ポンプ

冷却風吸気

HV冷却水の流れ

バッテリ冷却ファン

インバータ

HVラジエータ

モータ バッテリ

DCDCコンバータ

ポンプ

冷却風吸気

エンジン

冷却方式冷却部位

エンジン系

HV系

バッテリ系

水冷

インバータ素子

水冷

強制空冷

DCDCコンバータ素子

モータコイル

バッテリ極板HV専用分

© 2007 The Heat Transfer Society of Japan

Page 6: 自動車の環境対応と熱・流体課題 · Thermal Science & Engineering Vol.15 No.2 (2007) - 49 - [Review Lecture Paper] 自動車の環境対応と熱・流体課題 小林

Thermal Science & Engineering Vol.15 No.2 (2007)

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8.3 バッテリーの熱課題

バッテリーはそれ自体の発熱量は 100~150 W 程

度であるが,寿命の観点から許容温度が低く,少な い温度差での冷却が要求される.実際のバッテリー

冷却システムを図 15 に示す.室内の空調された風を

活用してバッテリーを冷却しているが,冷却ファン

騒音等との両立が必要となっている[6]. Fig. 16 Diagram of heating characteristics with respect

to the FC and Engine.

Fig. 17 Cooling system of the FC.

8.4 FCHV の熱課題

燃料電池を活用したハイブリッド車は走行時の

CO2 排出が無いため都市環境負荷が非常に低いメリ

ットがある.燃料電池の発電効率は約 45~60%程度

で高出力時ほど効率は低下し,それ以外は発熱とな

るため水冷を行っている.低負荷ではその効率の良

さから冷却は問題とならないが,高出力が要求され

た場合,内燃機関を持つ従来の車両では排気側にエ

ネルギーを捨てる事ができるが,燃料電池車では全

て水冷却側に廃熱されるため,非常に冷却が厳しい

ものとなっている(図 16,17). 9 終わりに

地球の温暖化防止,持続的発展可能な社会を実現

するためには自動車の燃費向上は必須である.自動 車だけでは到底解決できる問題ではないが,他に先 駆けて積極的に対応していくべきことと考えている.

また,一人の人間としての立場からは人類が生み出

してきた様々な負の遺産に自ら対峙し,青い地球を

後世に継承していくためにできることは確実に実践

していくことも大切であろう. 参考文献

[1] 小吹, ハイブリッド車の現状と将来, 東京国際自動

車会議 ,セッション F2-1,(2005). [2] 高間, 西村, 伊藤, 車両の CO2 低減策, 自動車

技術, Vol.59, 20044169 (2004). [3] 炭谷, 前田, 一之瀬, 自動車と流体力学:車体周り流

れと空力特性, ながれ,23, 445-454 (2004). [4] 佐々木, ハイブリッド車とその構成部品, 自動車技

術, Vol.59, No.2, 20054127 (2005). [5] 畑ら, FF SUV 車用新ハイブリッドトランスミッショ

ンの開発, 2005自動車技術会学術講演会前刷集 , No.8-05, 20055046 (2005).

[6] 宿谷ら, エスティマ HV 用新型バッテリシステムの

開発 , SAE2002 World Congress, SP-1697, 2002-01- 1090.

Fig. 15 Structure of the battery coolimg.

FC 用ラジエータFC 用ラジエータFC 用ラジエータ

ΔT≒ 50℃

エンジン ラジエータ

温度

  

水温 前気温

エン ジン 冷却

ΔT≒ 10℃

バッテリ冷却

バッテリ 冷却風温度 温度

FC.ENG出力(kW)

冷却

水損失

熱量

(kW

)

エンジン

FC

FC

エンジン

 (V6 3.3L)

低速登坂 高速登坂

高速定常

FC.ENG出力(kW)

冷却

水損失

熱量

(kW

)

エンジン

FC

FC

エンジン

 (V6 3.3L)

低速登坂 高速登坂

高速定常

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