当院における腰椎分離症に対する運動療法の介入と再発例の検討 ·...

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— 50 — はじめに 腰椎分離症は,主に思春期にて生じる疾患の 1 つであり, その原因は,過激なスポーツ活動による下部腰椎椎弓の疲 労骨折であると言われている 1.合併症として,腰椎分離 すべり症が挙げられるが,特に両側偽関節例では,その発 症率が高くなるため,初期治療が重要である.当院では, 疼痛発生初期に,MRIにて椎弓部に高輝度が認められた 例では,ギプス固定により,積極的に骨癒合を目指してい る.さらに,経時的なCT による確認にて骨形成期に移行 したと思われた例では,再発予防を目的に運動療法を行っ ている.特に股関節周囲筋の柔軟性を重要視し,スポーツ 復帰の絶対条件としている.しかし,腰椎分離症を再発し て再来院された症例も存在する.今回,再発症例の股関節 柔軟性を調査し,再発との関わりについて検討した. 対象および方法 対象は,2010 1 月から 12 月までに当院を受診し,腰 椎分離症と診断された 169 例である.そのうち,一旦ス ポーツ復帰を果たしたが,再発して再来院した 8 例を対象 とし,股関節柔軟性の評価(以下股関節周囲筋tightness テスト)について検討した(表 1).評価を行った筋は, ハムストリングス,大殿筋,腸腰筋,大腿筋膜張筋,大腿 直筋である.評価方法として,ハムストリングスは,背臥 位にて straight-leg raising test(以下 SLR)を用い,45° 以下を強陽性(以下++),90°以下を陽性(以下+),90° 以上を陰性(以下)とした(図 1).大殿筋は,背臥位 にて股関節を 90°屈曲位とし,股関節の内転が45°未満 を++,中間位までを+,内転域があるものをとした(図 2).腸腰筋は,Thomasテストを用い,検査側の膝窩と床 との距離が 4 横指以上を++,2 横指以上を+,膝窩部が 床に接地している場合をとした.大腿筋膜張筋は股関節 屈筋であるため,短縮の評価は,できるだけ骨盤後傾位の 方がよい.したがって,従来のOber法を改変し,側臥位 にて反対側の股関節を最大屈曲位,骨盤後傾位を開始肢位 とし,股関節内転 0°未満を++,内転 0°から膝内側部が 床に接地する直前までを+,膝内側部が床と接地した状態 とした.大腿直筋の評価は大腿筋膜張筋と同様に,骨 盤後傾位の方が短縮は反映されやすい.したがって従来の 症例 性別 年齢 受傷高位 再発時受傷高位 スポーツ 17 両 L5 右 L5 テニス 14 右 L5 右 L5 野球 14 左 L5 右 L5 野球 13 両 L5 左 L5 相撲 14 左 L5 左 L5 テニス 12 両 L5 左 L5 テニス 15 左 L5 両 L5 陸上 16 右 L5 左 L5 サッカー 図 1.ハムストリングスの tightness テスト 背臥位にて straight-leg raising test(以下 SLR)を用い,45°以 下を強陽性(以下++),90°以下を陽性(以下+),90°以上を 陰性(以下−)とした. 表 1. スポーツ傷害(J. sports Injury)Vol. 17:50−52 2012 当院における腰椎分離症に対する運動療法の介入と再発例の検討 吉田整形外科病院 リハビリテーション科 太田憲一郎(PT)・中宿 伸哉(PT)・野村 奈史(PT)・三田村信吾(PT)・ 富川 直樹(PT)・宮ノ脇 翔(PT)                   吉田整形外科病院 整形外科 吉田  徹(MD)

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Page 1: 当院における腰椎分離症に対する運動療法の介入と再発例の検討 · 背臥位にてstraight-leg raising test(以下SLR)を用い,45°以 下を強陽性(以下++),90°以下を陽性(以下+),90°以上を

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はじめに

腰椎分離症は,主に思春期にて生じる疾患の1つであり,その原因は,過激なスポーツ活動による下部腰椎椎弓の疲労骨折であると言われている1).合併症として,腰椎分離すべり症が挙げられるが,特に両側偽関節例では,その発症率が高くなるため,初期治療が重要である.当院では,疼痛発生初期に,MRIにて椎弓部に高輝度が認められた例では,ギプス固定により,積極的に骨癒合を目指している.さらに,経時的なCTによる確認にて骨形成期に移行したと思われた例では,再発予防を目的に運動療法を行っている.特に股関節周囲筋の柔軟性を重要視し,スポーツ復帰の絶対条件としている.しかし,腰椎分離症を再発して再来院された症例も存在する.今回,再発症例の股関節柔軟性を調査し,再発との関わりについて検討した.

対象および方法

対象は,2010年1月から12月までに当院を受診し,腰椎分離症と診断された169例である.そのうち,一旦スポーツ復帰を果たしたが,再発して再来院した8例を対象とし,股関節柔軟性の評価(以下股関節周囲筋tightness テスト)について検討した(表1).評価を行った筋は, ハムストリングス,大殿筋,腸腰筋,大腿筋膜張筋,大腿直筋である.評価方法として,ハムストリングスは,背臥

位にてstraight-leg raising test(以下SLR)を用い,45°以下を強陽性(以下++),90°以下を陽性(以下+),90° 以上を陰性(以下−)とした(図1).大殿筋は,背臥位にて股関節を90°屈曲位とし,股関節の内転が− 45°未満を++,中間位までを+,内転域があるものを−とした(図2).腸腰筋は,Thomasテストを用い,検査側の膝窩と床との距離が4横指以上を++,2横指以上を+,膝窩部が床に接地している場合を−とした.大腿筋膜張筋は股関節屈筋であるため,短縮の評価は,できるだけ骨盤後傾位の方がよい.したがって,従来のOber法を改変し,側臥位にて反対側の股関節を最大屈曲位,骨盤後傾位を開始肢位とし,股関節内転0°未満を++,内転0°から膝内側部が床に接地する直前までを+,膝内側部が床と接地した状態を−とした.大腿直筋の評価は大腿筋膜張筋と同様に,骨盤後傾位の方が短縮は反映されやすい.したがって従来の

症例 性別 年齢 受傷高位 再発時受傷高位 スポーツ

1 男 17 両 L5 右 L5 テニス

2 男 14 右 L5 右 L5 野球

3 男 14 左 L5 右 L5 野球

4 男 13 両 L5 左 L5 相撲

5 男 14 左 L5 左 L5 テニス

6 男 12 両 L5 左 L5 テニス

7 男 15 左 L5 両 L5 陸上

8 男 16 右 L5 左 L5 サッカー

図1.ハムストリングスのtightnessテスト背臥位にてstraight-leg raising test(以下SLR)を用い,45°以下を強陽性(以下++),90°以下を陽性(以下+),90°以上を陰性(以下−)とした.

表1.

スポーツ傷害(J. sports Injury)Vol. 17:50−52 2012

当院における腰椎分離症に対する運動療法の介入と再発例の検討

吉田整形外科病院 リハビリテーション科太田憲一郎(PT)・中宿 伸哉(PT)・野村 奈史(PT)・三田村信吾(PT)・富川 直樹(PT)・宮ノ脇 翔(PT)                  

吉田整形外科病院 整形外科吉田  徹(MD)

Page 2: 当院における腰椎分離症に対する運動療法の介入と再発例の検討 · 背臥位にてstraight-leg raising test(以下SLR)を用い,45°以 下を強陽性(以下++),90°以下を陽性(以下+),90°以上を

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Ely法を改変し,反対側の下肢をベッドから出した状態で,股関節を最大屈曲位,骨盤後傾位を開始肢位とし,膝関節屈曲角度が90°未満を++,90°から踵が殿部に接触する直前までを+,踵が殿部に接触した状態を−とした(図3).なお,これらの評価は,分離症初回発生後と再発後に,運動療法が処方された時点で行った.

結  果(表2)

初回発生時は,SLRが平均67. 14°であり,その他のテストの陽性率は,大殿筋75%,大腿筋膜張筋87. 5%,腸腰筋100%,大腿直筋87. 5%であった.全症例がすべてのテストを陰性化して,スポーツ復帰を果たした.

再発時は,SLRが平均74. 3°であり,その他のテストの陽性率は,大殿筋37. 5%,大腿筋膜張筋87. 5%,腸腰筋50%,大腿直筋75%であった(表2).

症例 各種股関節 tightness テスト(初回発生時 右 / 左 再発時 右 / 左)

ハムストリングス 大殿筋 大腿筋膜張筋 腸腰筋 大腿直筋

1 70/70 70/75 − / − + / + + / + + / + + / + + / + − / − − / −

2 70/70 70/65 + / + − / − + / + + / + + / + + / + − / − + / +

3 55/55 80/80 + / + − / − − / − − / − + / + − / − + / + + / +

4 70/70 90/80 + / + + / + + / + + / + + / + + / + + / + − / −

5 70/70 70/70 ++ / ++ − / − ++ / + + / + + / + − / − + / + + / +

6 70/70 75/80 − / − − / − + / + + / + + / + + / + + / + + / +

7 70/70 75/75 − / − − / − + / + + / + + / + − / − + / + + / +

8 65/65 75/75 − / − + / + + / + + / + + / + − / − + / + + / +

図2.大殿筋のtightnessテスト背臥位にて股関節を90°屈曲位とし,股関節の内転が−45°未満を++,中間位までを+,内転域があるものを−とした.

図3.股関節屈筋群のtightnessテスト腸腰筋:Thomasテストを用い,検査側の膝窩と床との距離が4横指以上を++,2横指以上を+,膝窩部が床に接地している場合を−とした.大腿筋膜張筋:側臥位にて反対側の股関節を最大屈曲位,骨盤後傾位を開始肢位とし,股関節内転0°未満を++,内転0°から膝内側部が床に接地する直前までを+,膝内側部が床と接地した状態を−とした.大腿直筋:反対側の下肢をベッドから出した状態で,股関節を最大屈曲位,骨盤後傾位を開始肢位とし,膝関節屈曲角度が90°未満を++,90°から踵が殿部に接触する直前までを+,踵が殿部に接触した状態を−とした.

表2.

Page 3: 当院における腰椎分離症に対する運動療法の介入と再発例の検討 · 背臥位にてstraight-leg raising test(以下SLR)を用い,45°以 下を強陽性(以下++),90°以下を陽性(以下+),90°以上を

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考  察

腰椎分離症の主たる発症原因は,思春期の過激なスポーツ活動による下部腰椎椎弓の疲労骨折である1).腰椎分離症での骨吸収期は運動中止後約1 ヶ月間であり,骨形成期に移行するまでの期間は分離部が最も損傷されやすい時期であるため,当院においてはその間,体幹ギプスや硬性装具を用いて外固定を行っている.その後,逆転期を経て骨形成期に移行した時期より,運動療法を開始する.運動療法では股関節周囲筋の柔軟性改善,体幹筋の筋力維持を行っている(図4).当院では,このような分離部の病理組織学的変化に基づいた保存療法により,良好な骨癒合率を得ている(表3)2).

腰椎分離症の発症要因の1つとして,股関節の柔軟性低下による,腰椎の代償動作が考えられる.田中ら3)は腰椎分離症と診断された60例の股関節の柔軟性を評価し,陽性率はそれぞれ,SLR 58%,大腿直筋短縮テスト67%,Thomasテスト88%,Oberテスト95%であり,これら股関節周囲筋の柔軟性低下が,思春期腰椎分離症発生の大きな要因であると報告している.股関節屈筋群の柔軟性低下は,ランニングの遊脚期初期などで,股関節伸展可動域制限を代償する形での骨盤過前傾,腰椎過前彎を惹起し,関節突起間部へのmechanical stressの集中や剪断力を生じさせる.また,野球におけるバッティングのフォロースルー期では,踏み込み脚側の円滑な股関節内旋運動が効率よい骨盤回旋運動を導く.大殿筋など外旋筋群の柔軟性低下が存在すると,骨盤回旋不足による代償的な体幹回旋により,腰椎の過回旋を惹起し,同様なstressを生じさせる4).

したがって,当院では,CTによる骨癒合の確認とともに,すべての股関節周囲筋tightnessテストが陰性化した時点でスポーツ復帰を許可している.しかし,今回検討した8例すべてにおいて,再発時には股関節の柔軟性が低下していた.その要因として,成長期児童では,骨に比較して筋・腱の発育・発達は緩やかなために,相対的に筋・腱は短縮し引き伸ばされ,常に緊張を受けやすいことが挙げら れる5).一方,大橋ら6)は,過度のスポーツ活動に伴う筋の柔軟性低下が若年スポーツ選手における腰痛の主要因の1つであり,個人の発育に応じた質・量の運動を行わせることが大切であるとしている.前述した腰部へのストレスを考慮すると,骨と筋,腱の発達度の相違や,過度なスポーツ活動に伴う筋疲労によって生じる股関節周囲筋の柔軟性低下は,スポーツ復帰を果たした後においても,定期的なメディカルチェックにより,確認を行う必要があると考える.また,選手自身に加え,選手の家族,選手の指導者に対しても柔軟性の重要性を説明し,日々,ストレッチを継続できる環境を作り上げることなどが重要であると考える.

分離症の予防,治療において,股関節の柔軟性の重要性を励行している報告は散見される3),7)が,分離症の発症要因であると述べている報告はほとんどない.本調査の今後の展望として,再分離しなかった症例の股関節の柔軟性も評価し,股関節の柔軟性の低下が再分離の条件に成りうるかどうかの検討を行っていきたい.

ま と め

当院における腰椎分離症に対するスポーツ復帰は,股関節周囲筋tightnessテストが全て陰性化することを条件の1つとしている.再発した8例全てにおいて,その柔軟性が低下しており,再分離との因果関係が示唆された.

参考文献

1)吉田徹・見松健太郎:腰椎分離症の病期と治療方針—思春期腰椎分離症を中心に—.MB Orthop 20(9):29−38,2007

2)吉田徹・見松健太郎:思春期脊椎分離症の保存療法.黒澤尚編.私のすすめる運動期疾患保存療法実践マニュアル.東京:全日本病院出版会;2007.Pp 283−291

3)田中幸彦・林典雄・ほか:成長期脊椎分離症の発生要因について.理学療法学31:407,2004

4)吉田徹・見松健太郎・ほか:脊椎分離症に対する対処法の基本原則.整・災外48:625−635,2005

5)宮下允正,小林寛伊・ほか:子供のスポーツ医学.南江堂,東京,1987.Pp 98−118

6)大橋浩太郎・山鹿眞紀夫・ほか:若年スポーツ選手の腰痛.Journal of Clinical Rehabilitation 7,1016−1019,1998

7)加藤真介・西良浩一・ほか:腰椎分離症とスポーツ.MB Orthop 20(9):64−68,2007

椎弓分離への勢い(骨吸収期)

固定

(体幹ギプスまたは脊椎装具)

安静

運動療法

骨癒合への勢い(骨形成期)

逆転期

スポーツ中止

調査対象 骨癒合率

片側分離 348例 97.1%

両側分離 294例 83.7%

片側偽関節 114例 52.6%

図4.当院における保存療法

表3.2)より引用