核輸送における輸送物の分子量と核膜孔通過時間の …...α2,0.04μg/μl...

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325 2.実験方法 本実験では,遺伝子操作により分子量の異なる輸送物 54kDa81kDa108kDa)を作製し,それを大腸菌で発 現させ,精製した輸送物を輸送因子と共に動物性細胞 HeLa cells)に導入することで,輸送物が核内へ輸送さ れる際の核膜孔通過時間を観察した。 2-1 遺伝子操作による分子量の異なる輸送物の作製 輸送物 54kDa は, GST Glutathione S - Transferasetag の下流に核内輸送を誘導する NLSNuclear Localization Sequence)と輸送物の挙動を追跡する為の GFPGreen Fluorescent Protein)を付加した GSTtag - NLS - GFP いう構造をしており,輸送物 81kDa は,これに RFP Red Fluorescent Protein)を付加した GSTtag - NLS - GFP - RFP,輸送物 108kDa は, さ ら に RFP を付加した GSTtag - NLS - GFP - 2 × RFP とした。 輸送物 54kDa の作製は,GFP に対して Fw Primer No1, 2 (表 1 )と Rv Primer No1 (表 1 )を使用して PCR 2 回) を行い(NLS 付加),制限酵素 BamHI XhoI を利用する 1.はじめに 真核細胞において,核質と細胞質は核膜という脂質二 重層で隔たれており,核膜には無数の核膜孔が存在して いる 123この核膜孔は複数の蛋白質から形成され,核内 外への物質輸送の場として重要な働きをしている 123核内輸送される物質としては,核内で機能する蛋白質な どが挙げられ,核外輸送される物質としては RNA や核 内での役割を終えた転写因子などが挙げられる 2。これ まで核膜孔や核輸送をターゲットとした研究が多くなさ れており,核輸送の大まかなメカニズムとそれに関わる 因子等も明らかにされてきた(図 1223。しかし,近 年になって新たな因子が同定されるなど,核膜孔,核輸 送の全体を把握できているとは言い難く,基本的な問題 の多くが未解決のままである。 我々は,核内輸送される輸送物の種類や大きさ等につ いて明らかにされていないことに注目し,輸送物の分子 量によって核膜孔通過時間に違いが表れるのかを調べ た。 Nuclear pore complexes (NPCs) on the nuclear envelope(NE) transports cargo, such as proteins and RNA into and out of nuclear. Factors and the mechanism involved in nuclear transport have been revealed by previous studies. However, it is not clear about the type and size of the cargo to transport. Thus, we tried to observe a substrate proteins having different molecular weight (54kDa, 81kDa, 108kDa), which are transported through NPCs in permeabilized cells by using a single-molecule fluorescent microscopy. In this study, we have revealed that the larger molecular weight protein had the longer the nuclear transport time. Keywords : nuclear transport, dwell time at nuclear pore, single-molecule imaging 核輸送における輸送物の分子量と核膜孔通過時間の関係 Takahiro KOBATAKE , Kento AKATSUKA , Miku NEMOTO and Shigeru CHAEN Accepted November 11, 2015日本大学文理学部自然科学研究所: 156-8550 東京都世田谷区桜上水3-25-40 The Institute of Natural Sciences, College of Humanities and Sciences, Nihon University 3-25-40 Sakurajousui, Setagaya-ku, Tokyo 156-8550, Japan 日本大学文理学部自然科学研究所研究紀要 No.51 2016pp.325 331 5 小畑 貴広 ・赤塚 拳斗 ・根本 美薫 ・茶圓 茂 Relation between the Molecular Weight Size of Cargo and the Nuclear Transport Time

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2.実験方法

本実験では,遺伝子操作により分子量の異なる輸送物

(54kDa,81kDa,108kDa)を作製し,それを大腸菌で発

現させ,精製した輸送物を輸送因子と共に動物性細胞

(HeLa cells)に導入することで,輸送物が核内へ輸送さ

れる際の核膜孔通過時間を観察した。

2-1 遺伝子操作による分子量の異なる輸送物の作製

輸送物54kDaは,GST(Glutathione S - Transferase)tag

の下流に核内輸送を誘導するNLS(Nuclear Localization

Sequence)と輸送物の挙動を追跡する為のGFP(Green

Fluorescent Protein)を付加したGSTtag - NLS - GFPと

いう構造をしており,輸送物81kDaは,これにRFP(Red

Fluorescent Protein)を付加したGSTtag - NLS - GFP -

RFP, 輸 送 物 108kDaは, さ ら にRFPを 付 加 し た

GSTtag - NLS - GFP - 2×RFPとした。

輸送物54kDaの作製は,GFPに対してFw Primer No1,

2(表 1)とRv Primer No1(表 1)を使用してPCR(2回)

を行い(NLS付加),制限酵素BamHIとXhoIを利用する

1.はじめに

真核細胞において,核質と細胞質は核膜という脂質二

重層で隔たれており,核膜には無数の核膜孔が存在して

いる 1,2,3)。この核膜孔は複数の蛋白質から形成され,核内

外への物質輸送の場として重要な働きをしている 1,2,3)。

核内輸送される物質としては,核内で機能する蛋白質な

どが挙げられ,核外輸送される物質としてはRNAや核

内での役割を終えた転写因子などが挙げられる 2)。これ

まで核膜孔や核輸送をターゲットとした研究が多くなさ

れており,核輸送の大まかなメカニズムとそれに関わる

因子等も明らかにされてきた(図1,2) 2,3)。しかし,近

年になって新たな因子が同定されるなど,核膜孔,核輸

送の全体を把握できているとは言い難く,基本的な問題

の多くが未解決のままである。

我々は,核内輸送される輸送物の種類や大きさ等につ

いて明らかにされていないことに注目し,輸送物の分子

量によって核膜孔通過時間に違いが表れるのかを調べ

た。

Nuclear pore complexes (NPCs) on the nuclear envelope(NE) transports cargo, such as proteins and RNA into and out of nuclear. Factors and the mechanism involved in nuclear transport have been revealed by previous studies. However, it is not clear about the type and size of the cargo to transport. Thus, we tried to observe a substrate proteins having different molecular weight (54kDa, 81kDa, 108kDa), which are transported through NPCs in permeabilized cells by using a single-molecule fluorescent microscopy. In this study, we have revealed that the larger molecular weight protein had the longer the nuclear transport time.

Keywords : nuclear transport, dwell time at nuclear pore, single-molecule imaging

核輸送における輸送物の分子量と核膜孔通過時間の関係

Takahiro KOBATAKE*, Kento AKATSUKA*, Miku NEMOTO*and Shigeru CHAEN*

(Accepted November 11, 2015)

* 日本大学文理学部自然科学研究所: 〒156-8550 東京都世田谷区桜上水3-25-40

* The Institute of Natural Sciences, College of Humanities and Sciences, Nihon University 3-25-40 Sakurajousui, Setagaya-ku, Tokyo 156-8550, Japan

日本大学文理学部自然科学研究所研究紀要

No.51 (2016) pp.325-331

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小畑 貴広*・赤塚 拳斗*・根本 美薫*・茶圓 茂*

Relation between the Molecular Weight Size of Cargo and the Nuclear Transport Time

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小畑 貴広・赤塚 拳斗・根本 美薫・茶圓 茂

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図 1 核輸送の機構について核内輸送(左)は,輸送物Cargoと核内輸送因子 Importinが細胞質で複合体を形成し,核膜孔を通過して核質へ輸送される.核外輸送(右)は,輸送物Cargoと核外輸送因子Exportinが核質で複合体を形成し,核膜孔を通過して細胞質へ輸送される.どちらもRan GTPとRan GDPのサイクルを利用することで輸送が行われている(3).

図 2 核内輸送における輸送物 -核内輸送因子複合体について核内輸送における輸送物 -核内輸送因子複合体は,輸送物Cargo,核内輸送因子 Importin α,Importin βの 3つから形成される.この Importin βは輸送因子として機能しており,Importin αはCargoと Importin βのアダプター因子として機能している.また,CargoにはNLS(Nuclear Localization Signal)と呼ばれる構造が組み込まれており,これを Importin αが認識をすることでアダプター因子としての役割を果たすことが可能となる 3).

さらに,Importin αには複数の種類が確認されており,さまざまな種によって異なるものの,いくつかのサブタイプに分類されている 3).

図 1

図 2

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核輸送における輸送物の分子量と核膜孔通過時間の関係

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10min,4℃で遠心分離し,上清を以下のようにTag精製

した。ColumnにGlutathion Resin(GenScript) 1ml(50%

slurry 2ml)を充填し,1×PBS Buffer 10ml(10×bed vol)

を流して平衡化した。そして遠心分離後の上清を流し込

んでGSTtag(蛋白質)を吸着させ,1×PBS Buffer(add

0.5mM PMSF(Sigma)) 10ml(10×bed vol)を流し込ん

で洗浄し,Elution Buffer(10mM Glutathion(GenScript),

50mM Tris-HCl(Wako),pH8.0) 3mlを流し込んでGSTtag

(蛋白質)を溶出させた。

GST Fusion Protein Purification Kit(GenScript)によ

る精製後,輸送物 3種の精製産物はそのまま,輸送因子

Importinα2の精製産物に対してはPreScission Protease

(GE Healthcare)を,輸送因子 Importinβ1の精製産物

に対してはThrombin(GE Healthcare)を利用すること

でGSTtagを切断し,その後,透析によってTransport

Buffer(20mM HEPES(DOJINDO),110mM Potassium

acetate(Sigma),2mM Magnesium acetate(Sigma),

5mM Sodium acetate(Wako),1mM EGTA(DOJINDO),

pH7.3)へ溶液交換した。最終精製産物は,液体窒素を

使用して瞬間冷凍後,-80℃で保存した。

2-3  細胞の培養と透過性処理

HeLa細 胞 は,H - DMEM base(Wako)に 10 % FBS

(PAA),1mM nonessential amino acids(Wako),1mM

Sodium Pyruvate(Wako),2mM L - glutamine(Wako),

100U/ml PenicillinG/100μg/ml Streptomycin(Wako)を

添加した培養液を使用し,CO2 incubater(5% CO2 ,37℃)

内で培養した。

HeLa細胞の透過性処理は,前日に継代した細胞を

Transport Bufferで洗浄し,Digitonin Buffer(40μg/ml

Digitonin (Sigma) in Transport Buffer)に晒して氷上で

2min処理した。その後,Transport Bufferで洗浄し,

Cytosol Buffer( 2mM DTT(Nacalai),1μg/ml Aprotinin

(Wako),Leupeptin(Sigma),Pepstatin(Sigma) in

Transport Buffer)に晒して氷上で10min処理した。最後に,

Assaysol Buffer(0.05μg/μ l Cargo,0.035μg/μ l Importin

α2,0.04μg/μ l Importinβ1,1mM ATP(Sigma),5mM

Creat ine Phosphate(Roche),20U/ml Creat in

Phosphokinase(Wako) in Transport Buffer)に晒して

30℃,10min処理した。

実際の観察において,Assaysol BufferのCargo,Importin

α2,β1の濃度やその添加するタイミングはその都度,微

調整した。また,本観察では滅菌処理したスライドガラ

ス(24×32mm,MATUNAMI)にクローニングリング

( 9mm,IWAKI)を真空グリースで固定したWellを使用

ことでpGEX6P - 2 Vectorへ挿入した。輸送物81kDaの

作製は,RFPに対してFw Primer No3(表 1)とRv

Primer No2(表 1)を使用してPCRを行い,制限酵素

KpnIとXhoIを利用することでCargo54kDa / pGEX6P - 2

Vectorへ挿入した。輸送物108kDaの作製は,RFPに対

してFw Primer No4(表 1)とRv Primer No3(表 1)を

使用してPCRを行い,制限酵素EcoRIとXhoIを利用す

ることでCargo81kDa / pGEX6P - 2 Vectorへ挿入した。 

GSTtagとNLSの間にはGSSGという配列が,NLSと

GFP,GFPとRFP,RFPとRFPの間にはSGGSという配

列がリンカーとして組み込んである。また,各輸送物の

観察は,全てGFPの蛍光を追跡することで行っており,

輸送物81kDaおよび108kDaへGFPを付加せずにRFPを

付加しているのは,輸送物 1つ当たりのGFPの数によっ

て蛍光強度および蛍光持続時間に差が出ないようにする

ためである。

2-2 各蛋白質(輸送物,輸送因子)の精製

振盪培養した大腸菌を3,000g,10min,4℃で遠心分離

し,上清を破棄して,沈殿物を1×PBS Buffer(137mM

NaCl(Wako),2.68mM KCl(Wako),8.1mM Na2HPO4

(Nacalai),1.47mM KH2PO4(Nacalai)) 3mlで溶解した。

そして再度3,000g,10min,4℃で遠心分離し,上清を破

棄して,沈殿物を-80℃で1h凍結した。その後,沈殿物

を1×PBS Buffer(add 0.5mM PMSF(Sigma)) 3mlで溶

解し,Sonicater(iuchi)を使用して大腸菌を粘性がなく

なるまで超音波破砕した。破砕した菌液を12,000g,

分子量の異なる輸送物を作製するのに使用したPrimerの一覧.輸送物54kDaの作製では,Fw Primer No1とRv Primer No1のセットで 1回目のPCRを行い,その精製産物に対してFw Primer No2とRv Primer No1のセットで 2回目のPCRを行った.輸送物 81kDaの作製では,Fw Primer No3とRv Primer No2のセットでPCRを行った.輸送物108kDaの作製では,Fw Primer No4とRv Primer No3のセットでPCRを行った.

表 1 Primer一覧[Fw Primer]

No1. 5’ - cgcaaggtgtccggaggaagcgtgagcaagggcgag-3’

No2. 5’ - atcgggatcctccggacccaagaagaagcgcaaggtgtccgga-3’

No3. 5’ - atcgggtacctccggaggaagcgtgagcaagggcgag-3’

No4. 5’ - atcggaattctccggaggaagcgtgagcaagggcgag-3’

[Rv Primer]

No1. 5’ - cgatctcgagctatccggaggtacccttgtacagctcgtc-3’

No2. 5’ - cgatctcgagctatccggagaattcggcgccggtggagtg-3’

No3. 5’ - cgatctcgagctatccggatctagaggcgccggtggagtg-3’

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小畑 貴広・赤塚 拳斗・根本 美薫・茶圓 茂

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PUS),蛍光ミラーユニットU-MNIBA3(OLYMPUS),

CCDカメラ iXon(Andor),励起光源SUWTECH LDC-

1500(473nm,PHOTOP SUWTECH)を使用し,イメー

ジング方法として斜光照明 4)を利用した(図 3)。HeLa

細胞は,付着性細胞のためガラス基板に接着している

が,核は細胞質に浮いている。そのためガラス基板表面

ではなく,さらにその上の層を励起する必要があり,か

つコントラストをよくするために斜光照明を利用した。

して観察を行った。これを使用することにより,市販の

Wellよりも底面積を小さくすることができ,少量の細胞

数を調節しやすく,使用するBuffer量を減らすことが可

能となった。

2-4 斜光照明による観察

GFP(輸送物)の蛍光追跡は,蛍光顕微鏡 IX71

(OLYMPUS),対物レンズUAPON150×OTIRF (OLYM

図 4

図 3

図 3 観察系と斜光照明について顕微鏡と光学系の関係図(右)と斜光照明の図(左).細胞質に浮いている核での現象を追跡する

ために斜光照明を利用している.

図 4 核内輸送の1分子追跡の具体例核膜孔と相互作用している輸送物(GFP)の1分子写真(上部12枚)とその1分子輝点における蛍光強度(縦軸)と時間(横軸)の関係.上部12枚の左端における破線は核膜部分を,ROIは核膜孔部分を表しており,各時間(Frame)における核膜孔部分(ROI部分)の蛍光強度をグラフ化している.

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核輸送における輸送物の分子量と核膜孔通過時間の関係

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実際に取得される映像としては,細胞質を自由に移動

するGFP(輸送物-輸送因子複合体)が核膜上にトラッ

プされ,その後核質へと消えていく様子が確認できた。

輸送物(-輸送因子複合体)は細胞質から核質へ核膜孔を

通過して輸送されるが,核膜孔と相互作用している間は

輸送物(-輸送因子複合体)が核膜孔にトラップ( 3次元

について動かない)されるため,その蛍光を追跡するこ

とができた。しかし,核膜孔との相互作用が終わり核質

への輸送が完了すると,輸送物は自由に移動する( 3次

元について動く)ことができるため,その蛍光は一気に

追跡することができなくなった。この蛍光を追跡できる

時間を核膜孔通過時間とした(図 4)。

取得映像に対する解析は,輝点をサイズや強度,使用

アルゴリズム等により個別認識し,それを自動追跡する

輝点追跡ソフトウェアG-Count(G-Angstrom)を使用し

て行った。

3.実験結果および考察

3種類の輸送物と輸送因子(Importinα2,β1)をそれぞ

れ透過性細胞に導入したところ,3種類の輸送物全てが

核内輸送されることが確認できた(図 5)。また,それ

ぞれについて核内輸送される過程を1分子追跡(図 4)

することで,各輸送物における核膜孔通過時間を測定

(図6,7,8)したところ,輸送物の分子量が54kDaの場

合278 ± 131ms (N = 88),81kDaの場合407 ± 175ms

(N=89),108kaの場合471 ± 198ms (N=92)となった。

洗浄したガラス基板にGFPを付着させ,その蛍光持

続時間を1分子追跡により算出したところ,2384 ±

439ms (N = 86)という結果が得られた。このことによ

り,各輸送物における値は,GFPの蛍光持続時間による

影響を受けておらず,そのまま核膜孔通過時間としてよ

いと考えられる。

各輸送物の分子量と核膜孔通過時間についてまとめる

と(図 9),分子量が大きいほど核膜孔通過時間が長い

ことがわかった。これは分子量が大きいほど核膜孔に存

在するFGリピート構造を通過しにくくなり,結果とし

て核膜孔通過時間が長くなっているのではないかと考え

られる。今回の輸送物の立体構造は,FP(Fluorescent

Protein)を複数つなげた細長い構造となっており,輸送

物の立体構造の違いによっても核膜孔通過時間に差が見

られる可能性がある。また,今回の観察には輸送因子と

して Importinα2,β1を使用しているが,これら輸送因子

の種類によっても,輸送物 -輸送因子複合体の構造や核

膜孔との相互作用が変化し,核膜孔通過時間に差が見ら

れる可能性もある。

各輸送物における核膜孔通過時間のヒストグラム(図

6,7,8)を見ると,分布はoff-onの 1ステップ反応に見

られる単一指数関数型ではなく,山型をしている。これ

はoff 状態からon状態へ移行する際,間に何かしらのス

テップを必要とする場合に見られるもので(図10)5,6),

核膜孔輸送も 2ステップ以上の過程を経てから起こる現

象であることが推測される。

図 5 HeLa cellsにおける核内輸送の様子各輸送物を核内輸送させたHeLa細胞の明視野像(上段)と蛍光像(下段).蛍光像はGFPの蛍光を取得している.各輸送物の蛍光像を見ると,核内に輸送物(GFP)が蓄積しているため核全体が薄く光っていることがわかる.Controの蛍光像を見ると,核内輸送前の状態のため,核内に輸送物(GFP)が蓄積していないので核内が暗く抜けていることがわかる.

図 5

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小畑 貴広・赤塚 拳斗・根本 美薫・茶圓 茂

─ ─330( )10

図 6 分子量54kDaの輸送物における核膜孔通過時間のヒストグラム

分子量54kDaの輸送物について 1分子観察を行い,核膜孔通過時間について算出したヒストグラム.平均値 ± 標準偏差は8.4 ± 4.0Frame(278 ± 131ms, N = 88)という結果を得られた.

図 7 分子量81kDaの輸送物における核膜孔通過時間のヒストグラム

分子量81kDaの輸送物について 1分子観察を行い,核膜孔通過時間について算出したヒストグラム.平均値 ± 標準偏差は12.3 ± 5.3Frame(407 ± 175ms, N = 89)という結果を得られた.

図 8 分子量108kDaの輸送物における核膜孔通過時間のヒストグラム

分子量108kDaの輸送物について 1分子観察を行い,核膜孔通過時間について算出したヒストグラム.平均値 ± 標準偏差は14.3 ± 6.0Frame(471 ± 198ms, N = 92)という結果を得られた.

図9 核内輸送(核膜孔との相互作用)時間と分子量の関係核膜孔通過時間と各分子量(輸送物)の関係を表しており,

分子量が大きくなるほど核膜孔通過時間が長くなるという結

果を得られた.

図 6

図 7

図 8

図 9

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核輸送における輸送物の分子量と核膜孔通過時間の関係

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4.結 論

今回の結果から,輸送物(-輸送因子複合体)の分子量

は核内輸送へ影響を及ぼしており,分子量が大きいほど

核膜孔通過時間が長いことが明らかとなった。細胞や輸

送因子の種類,輸送物の立体構造等によって核膜孔通過

時間に変化が出ることが予想されるが,1つの目安とし

て,輸送物の分子量から核膜孔通過時間を,あるいは核

膜孔通過時間から輸送物の分子量を見積もるための方法

を示せた。

謝辞

本実験は,医薬基盤研究所の安原徳子博士の協力により行

うことができました。この場を借りてお礼を申し上げます。

Yangら 7)は,核膜孔通過時間が単一指数型のヒスト

グラムを報告している。彼らの輸送物はNLS-2×GFPを

基本構造として,Alexa555や6×Hisが付加されているの

に対し,我々の実験での輸送物はGST-NLS-GFPという

基本構造をしている。我々の実験で使用しているGTS

が比較的大きな分子であることやNLSが挿入されてい

る場所が異なること,FPを複数つなげた細長い構造な

ど,輸送物の違いがヒストグラムの型の違いに表れたと

考えられる。ヒストグラムの型が異なるということは,

核内輸送の過程が異なるということであり,このことか

ら輸送物の大きさや構造によって核膜孔輸送の過程その

ものに違いがある可能性も考えられる。

図10 ヒストグラムの形と反応ステップ数について1ステップでoff状態とon状態を繰り返す場合のヒストグラム(左)と 2ステップでoff状態からon状態へ移行する場合のヒストグラム(右)の例 5, 6).2ステップ以上であれば,関係式に変化はあるものの,ヒストグラムの形は 2ステップ(右)のものと同じになる 5, 6).

1) Uncovering Nuclear Pore Complexity with Innovation. Rebecca L. A dams and Susan R. Wente, NIH Public

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2) 核-細胞質間高分子輸送の構造生物学 松浦能行,生物物理,5(5),208-213, (2011). 3) 細胞分化を制御する核輸送因子 Importinα 安原徳子,米田悦啓,蛋白質 核酸 酵素,Vol.52, No5,

(2007). 4) Highly inclined thin illumination enables clear single-

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Sogawa, NATURE METHODS, VOL.5 NO.2, 159, (2008). 5) F1-ATPase Is a Highly Efficient Molecular Motor that

Rotates with Discrete 120°Steps. Ryohei Yasuda, Hiroyuki Noji, Kazuhiko Kinosita, Jr, and

Masasuke Yoshida, Cell, Vol.93, 1117-1124, (1998). 6) A Kinetic Mechanism for the Fast Movement of Chara

Myosin. Yuji Kimura, Nobutada Toyoshima, Noboru Hirakawa,

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Weidong Yang, Jef f Gelles, and Siegfried M. Musser, PNAS, vol.101, no.35, 12887-12892, (2004).

参考文献

図 10

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