中国における裁判制度の改革と課題 -...
TRANSCRIPT
�
中国における裁判制度の改革と課題―裁判独立と判決書を中心として―
樊 紀 偉
目 次
一 はじめに
二 中国における裁判のシステム
1 裁判所の種類と等級
2 各級裁判所の組織構造
三 中国における裁判の独立
1 裁判所とその外部関係
(1) 裁判所と人民代表大会(その常務委員会)
(2) 裁判所と政府
(3) 裁判所と上級裁判所
(4) 裁判所と共産党の組織
(5) メディアと社会世論の影響
2 裁判所の内部関係
(1) 裁判官(合議庭)と裁判委員会
(2) 裁判官と院長・副院長・庭長
小括
四 中国における判決書
1 判決書の仕組み(第一審民事判決書を例に)
2 判決書に関する若干問題
(1) 最高裁判所の「公報」に掲載された判決書の地位
(2) 判決書に関わる司法改革
小括
五 おわりに
(�458)
同志社法学 63巻2号�
一 はじめに
中国においては、裁判独立の原則が��54年の憲法に明文化されて以来、
裁判独立をめぐる論争が途切れていない(1)。特に、���0年代に入り、政府筋、
裁判所側(2)および法律学者を含む幅広い参加者が議論に参加し、司法改革と裁
判独立に関する議論が一層盛んになってきた。その後、�000年代から裁判
改革と裁判独立に関する論争は徐々に収まっているものの、各地方裁判所が
独自の改革策を打ち出し、裁判改革を模索している状況にある。
このようななか、各裁判所の改革措置を統一し、裁判改革を指導するため
に、最高裁判所は����年�0月に「裁判所五ヵ年改革綱要(����-�003)」(以
下「��綱要」という)を公表した。そこでは、「地方保護主義から生じる法
律適用の不統一」などを重要課題と位置付け、裁判所の組織改善と独立・公
正・公開・効率の良い裁判などを目標に、裁判改革の方針、目標および基本
的な内容が定められた。その後、�005年�0月に最高裁判所は「裁判所第二
次五ヵ年改革綱要(�004-�008)」を出し、裁判指導制度と法律統一適用メ
カニズム、裁判組織、司法人事管理制度および裁判所の内部監督と外部監督
などの裁判改革を打ち出した。こうした一連の改革措置にもかかわらず、「地
方保護主義」、「部門保護主義」および行政権力の司法権に対する干渉などの
問題は十分に解決されたとはいえない。
かかる背景の下で、�00�年3月に中国最高裁判所は再び裁判所の改革綱
要(「裁判所第三次五ヵ年改革綱要(�00�-�0�3)」)(以下「0�綱要」という)
を公表した。そこでは、①裁判所の職権構造と組織体系の改革、②再審制度
の改革、③裁判組織(裁判委員会)の改革、④上級裁判所と下級裁判所との
⑴ 中国における裁判独立をめぐる��50年代から��80年代初にかけての論争については、木間正道「中国の裁判制度と「裁判の独立」原則-法学論争から見たその特徴と問題点―」法律論業第7�巻第1号��-36頁(����年)参照。
⑵ 中国においては、裁判所は「人民法院」と呼ばれているが、理解しやすくするために、本稿では「裁判所」という用語を用いる。
(�457)
中国における裁判制度の改革と課題 3
関係の改革、⑤外部監督と制約(人民代表大会、検察院、メディアおよび社
会世論の監督)の体制の改革といった改革の具体的な内容が示されている。
これらは、いずれも裁判独立と緊密な関係をもっているものである。
「��綱要」公表以降、中国における裁判独立はどのような変化を遂げたで
あろうか。また、「0�綱要」の影響を受け、今後の裁判独立の行方はどうな
るであろうか。これらの問題を解明するためには、中国における裁判のシス
テム、裁判所と立法機関・政府・政党などとの関係および裁判所内部におけ
る裁判官と裁判委員会・院長・副院長・庭長との関係を検討する必要がある。
なお、中国において、これまで裁判の結論である判決書をめぐる改革が行
われてきたものの、判決書の判決理由の欠如、判決書の非公開性などにつき
問題点が指摘されている。特に、最近の中国においては、裁判事例研究が活
発になり、最高裁判所の『人民審判研究と指導』をはじめ、各地方裁判所も
「判例研究」に関する書籍を出版するようになった。そのため、判決書の非
公開性が問題となっている。この点については、「0�綱要」では、裁判の公
開の強化と整備が強調され、判決文書のインターネットにおける公表を検討・
実現することが明記されている。また、中国における判決書の現状はどのよ
うになっているのであろうか。判決書に関する改革の行方とともに、明らか
にしなければならない重要な課題と考えられる。
本稿では、このような問題を明らかにすることを目的に、「0�綱要」を中
心に裁判独立と裁判所に関する改革の行方を検討する。以下では、まず、二
において、中国における裁判システムの現状を紹介する。つづいて、三にお
いて、中国における裁判独立について、裁判所をめぐる外部関係および裁判
官をめぐる内部関係の視点から問題点を検討する。その後、四において、第
一審民事判決書を考察素材として、民事判決書の仕組みおよび特徴を明らか
にし、最後に、判決書をめぐる若干の問題を検討する。
(�456)
同志社法学 63巻2号4
二 中国における裁判のシステム
1 裁判所の種類と等級
中国においては、裁判権は裁判所に属し、「四級二審制」が採用されている。
「四級」の裁判所は、最高裁判所、高級裁判所、中級裁判所と基層裁判所を
指す。また、事件の当事者または特性に基づき、海事裁判所、鉄道運輸裁判
所および軍事裁判所(3)という専門裁判所も設けられている(図表1)。中国で
は「二審制」が採用され、第一審の判決・決定に不服のある当事者は、第二
審の裁判を求め、上訴することができる。第二審の判決に不服でも上訴はで
きない。すなわち、「二審制」は合計2回までの審理を受けることができる
制度をいう。第二審の裁判は終審裁判とされ、当事者が上訴することはでき
ない。例外として、最高裁判所が自ら審理する第一審裁判については上訴で
きず、この点で一審制となっている。
⑶ 海事裁判所は、海事、海商および水路運送関係の事件を審理する裁判所で、所在地の高級裁判所の指導を受ける中級裁判所である。鉄道運輸裁判所は、鉄道線路上または駅で発生した民事・刑事事件、鉄道従業員に関する民事・刑事事件、および鉄道運輸と直接的な関係がある商事事件に対し裁判権を有する。軍事裁判所は、現役軍人に関する刑事事件を審理する専門裁判所であるが、�00�年6月最高裁判所は「軍事裁判所が軍内民事事件の審理を試行する問題に対する復函」(照会に対する回答という形をとる司法解釈の形式の一つ)を公布し、軍事裁判所が、現役軍人・退職軍人幹部・軍人編制を有する職員または軍内法人の間の民事事件を審理できるようになった。
図表1 中国の裁判所の種類と等級
最高裁判所
解放軍軍事裁判所
大軍区軍事裁判所
軍級軍事裁判所
鉄道運輸中級裁判所
鉄道運輸裁判所
高級裁判所
海事裁判所中級裁判所
基層裁判所
(�455)
中国における裁判制度の改革と課題 5
このように、中国においては、原則として二審制という制度が採用されて
いるが、第二審の判決・決定に対し再審手続を開始することができる。再審
手続とは、裁判所または検察院がすでに法的効力の発生した判決・決定に事
実認定または法律の適用において明らかな誤りのあることを発見したとき、
一定の手続きを経て確定された事件の再審理を行うことをいう。この制度は、
裁判監督手続とも呼ばれている。裁判監督手続は、第二審の判決・決定に限
らず、効力の生じた第一審の判決・決定をも対象とする。また、裁判監督手
続の特徴について、以下のことが挙げられる。すなわち、①提起の手続きに
時間的制約はない。②手続きを提起する主体は判決・決定を下した裁判所・
同級検察院・上級裁判所に限られる。③審理の対象は第一審または第二審の
法的効力の生じた判決・決定である。④裁判監督審の判決・決定の効力は裁
判監督審の裁判段階によって決定される。すなわち、第一審の判決・決定に
対する裁判監督審の判決・決定は第一審のものとみなされ、第二審の判決・
決定に対する裁判監督審の判決・決定は第二審のものとみなされる。
中国の最高裁判機関は最高裁判所であり、各級地方裁判所および専門裁判
所の裁判活動は最高裁判所の監督を受けなければならない(憲法��7条、裁
判所組織法30条)。最高裁判所は、裁判監督権(4)と司法解釈権
(5)を有することに
よって、各級地方裁判所と専門裁判所を監督することができる。また、上級
裁判所は、下級裁判所に対する裁判監督権を有し(憲法��7条2項、裁判所
組織法�7条2項)、下級裁判所の裁判活動に対し監督を行う(裁判所組織法
�4条2項)。なお、下級裁判所は、上級裁判所から裁判活動に対する監督の
みならず、行政上の管理もある程度まで受けている(6)。
⑷ 中国「裁判所組織法」�4条2項により、最高裁判所は既に法的効力を生じた各級裁判所の判決および決定について、上級裁判所は既に法的効力を生じた下級裁判所の判決および決定について、確実な誤りがあることを発見した場合には、自ら更に裁判を行い、または下級裁判所に再審を命じる権限を有する。
⑸ 中国「裁判所組織法」33条により、最高裁判所は、裁判の過程で法律および法令をいかに具体的に運用すべきかの問題について解釈を行うことができる。
⑹ 季衛東『中国的裁判の構図』(有斐閣、�004年)84頁。
(�454)
同志社法学 63巻2号6
2 各級裁判所の組織構造
最高裁判所には、首席大裁判官である院長1名、副院長9名、裁判委員会
および立案庭(起訴の審査・受理に関する機構)・刑事審判庭・民事審判庭・
行政審判庭・審判監督庭という業務部門、研究室・政治部・外事局などの非
業務部門が設置されている。最高裁判所の院長は全国人民代表大会(以下「全
国人大」という)によって選出され(憲法6�条7号、裁判官法��条2項)、
副院長、裁判委員会メンバー、庭長(各審判庭の長官)および裁判官は院長
の申請により全国人大の常務委員会で任免される(憲法67条��号、裁判官
法��条2項)。院長・副院長・庭長などにより構成される最高裁判所の裁判
委員会は、①裁判の経験を総括すること、②重大な事件または複雑で疑義の
ある事件を討論・決定すること、③司法解釈草案を討論・決定すること、④
「最高裁判所公報」で掲載する司法解釈・判例を決定すること、⑤その他の
裁判に関する問題を討論することなどの権限を有する(最高裁判所裁判委員
会工作規則2条)。
各級地方裁判所では、院長1名・副院長若干名、裁判委員会および業務部
門(7)、研究室・政治部などの非業務部門が設置されている。地方各級裁判所の
院長は、同級の地方人民代表大会により選出される(憲法�0�条2項、裁判
官法��条3項)。副院長、裁判委員会メンバー、庭長および裁判官は院長の
申請により同級の地方人民代表大会常務委員会に任免される(裁判官法��条
3項)。また、各級裁判所には、裁判委員会も設置されている。裁判委員会は、
院長、副院長、各審判庭の庭長および研究室の主任で構成され、その権限は、
①裁判の経験を総括すること、②重大な事件または複雑で疑義のある事件を
討論すること、③その他の裁判活動に関する問題について討論することであ
る(裁判所組織法��条1項)。
⑺ 専門裁判所の場合には、設置される業務審判庭が異なる。たとえば、海事裁判所は海事審判庭と海商審判庭を設置している。鉄道運輸裁判所は刑事審判庭と民事審判庭を設置しているが、行政審判庭を設置していない。それに対し、軍事裁判所は刑事審判庭と民事審判庭(�00�年最高裁判所の復函から)を設置している。
(�453)
中国における裁判制度の改革と課題 7
三 中国における裁判の独立
中国においては、立法権は人民代表大会に、行政権は中央政府・地方政府
に、司法権は裁判所にある。このように、形式上は、立法権・行政権・司法
権という三権が分立されているが、実際には中国の政治体制は「三権分立」
とはいえない(8)。一方、中国の憲法��6条においては「裁判所は、法律の定め
により、独立して裁判権を行使し、行政機関、社会団体および個人による干
渉を受けない」と規定されており、この点で、憲法上、裁判所が裁判権を独
立的に行使することが認められている。また、中国の裁判所組織法4条にも、
憲法��6条と同じ内容で裁判権の独立が強調されている。そうした条文によ
り、中国における裁判は裁判所によって独立して行われるはずである。しか
しながら、中国においては、裁判所は、立法権を有する人民代表大会(その
常務委員会)、行政権を行使する政府、上級裁判所および共産党との関係から、
裁判権を行使するに当たって、上記の機関・組織の監督や指導を受けている。
また、中国裁判官法8条1項2号には、裁判官の権利として「法令により
事件を裁判する際に、行政機関、社会団体および個人の干渉を受けない」と
されているが、ここにいう「裁判官の権利」は「裁判官の独立」を意味する
のかが問題となる。加えて、独立して個々の事件の審理を行うはずの裁判官
が、裁判所の裁判委員会、裁判所の院長、副院長および庭長との間で、どの
ような関係があるのかも検討しなければならない。
以下では、中国における裁判独立に関する問題を解明するために、これら
の課題につき順次検討することにしたい。
⑻ 最高裁判所は全国人大とその常務委員会に対し責任を負い、活動を報告し、その監督を受けるとされているから、裁判権は立法権に従属するものだという主張がある。季・前掲注⑹7�頁参照。
(�45�)
同志社法学 63巻2号8
1 裁判所とその外部関係
図表2 裁判所の外部関係
(1) 裁判所と人民代表大会(その常務委員会)
日本においては、国会は法律を制定して裁判官を拘束し(日本憲法76条3
項)、また、非行などのあった裁判官は、国会議員からなる裁判官弾劾裁判
所が弾劾する(日本憲法64条)。一方、裁判所は、国会の制定した法律の憲
法適合性を審査する違憲立法審査権を有するため、立法権を抑制することが
できる。それに対し、中国においては、立法権は人民代表大会にあるが、裁
判所は国家権力機関でもある人民代表大会の指導と監督を受けなければなら
ない。
人民代表大会が裁判所に対して指導・監督を行う法律上の根拠は憲法に求
められる。すなわち、憲法では、裁判機関は同級の人民代表大会により選出
され、同級の人民代表大会に対し責任を負い、その監督を受けると規定され
ている(憲法3条2項)。また、全国人大は最高裁判所の院長を選挙・罷免
することができ(憲法6�条7号、憲法63条4号)、最高裁判所はその業務に
つき全国人大常務委員会の監督を受けなければならない(憲法67条6号)。
地方各級の人民代表大会は同級の裁判所の院長を選挙・罷免する権限を持ち
(憲法�0�条2項)、同級の裁判所の業務を監督することができる(憲法�04
条)。しかしながら、日本と異なり、裁判所は立法機関としての人民代表大
会の立法活動に対する制約の権限を付与されていない。
各級人民代表大会の同級裁判所に対する監督は、以下の方法で行われる。
①各級人民代表大会は同級の裁判所の院長を選挙・罷免し、その院長の申請
により同級人民代表大会の常務委員会が副院長・庭長・副庭長・裁判員を任
監督指導・監督 (憲法・組織法)
(憲法・組織法) 実情の影響
(法律上の根拠なし)指導 監督(憲法) (法律上の根拠なし)
人民代表大会
共 産 党
政 府
上 級 裁 判 所
メディア・社会世論
裁
判
所
(�45�)
中国における裁判制度の改革と課題 �
免することができる(裁判官法��条2項、3項)。②最高裁判所は全国人大
および全国人大常務委員会にその業務を報告し、地方各級裁判所は同級の人
民代表大会およびその常務委員会に裁判所の業務を報告しなければならない(9)
(裁判所組織法�7条1項)。③各級人民代表大会の常務委員会は同級の裁判所
に対し個別業務(個別事件)の報告を要求することができる(中国各級人民
代表大会常務委員会監督法8条1項〈以下「監督法」という〉)。その個別業
務(個別事件)の範囲については、①同級人民代表大会の常務委員会が法律
の執行を検査する際に発見した問題、②同級人民代表大会の代表が裁判所に
提出した建議・批判および意見の中で集中的に取り上げられた問題、③同級
人民代表大会の常務委員会のメンバーが提出し、集中的に取り上げた問題、
④同級人民代表大会の専門委員会または常務委員会工作機構が調査研究を行
う際に、発見した問題、⑤国民による陳情・投書のなかで集中的に取り上げ
られた問題、⑥全社会が関心を持っているその他の問題、と規定されている
(監督法9条1項)。
人民代表大会およびその常務委員会が裁判所の個別事件に対し監督を行う
ことについて、中国において賛成説と反対説が激しく対立している(�0)。人民代
表大会の個別事件に対する監督に賛成する立場は、①人民代表大会の監督が
公正な司法を確保するために必要な手段であること、②法律(憲法、裁判所
⑼ 裁判所の同級人民代表大会に対する報告は、毎年人民代表大会を開催する際に行われる。裁判所の報告の内容は、人民代表大会の同意を得なければならない。しかし、実際には、司法の腐敗、違法裁判などの不法行為の影響を受けて、裁判所に対する不満が生じ、地方裁判所の同級人民代表大会に対する報告が人民代表大会に認められなかった事例も報道されている。たとえば、�00�年2月の瀋陽市人民代表大会は、瀋陽市中級裁判所の�000年工作報告を認めなかった。この事件は中国国内ではなく海外の多くの学者の注目を集めていた(具体的な記事は http://news.china.com/zh_cn/domestic/�45/�00�08�0/�00764�5.html(最終訪問は�0��年7月��日。以下、ウェブ・サイトを引用する場合はすべてこれと同様))。また、�007年1月の湖南省衡陽市中級裁判所の報告は、同級人民代表大会の代表の過半数の同意を得られなかったので認可されなかった(http://news.china.com/zh_cn/domestic/�45/�0070��6/�3�03643.html)。
⑽ 鹿嶋瑛「中国における権力機関の裁判機関に対する監督のあり方-人民代表大会の裁判監督をめぐる論争を素材として-」法学研究論集第�5号9-�4頁(�006年)。
(�450)
同志社法学 63巻2号�0
組織法)上の根拠があることを理由とする。一方、反対の立場は、①人民代
表大会の監督が裁判の独立を侵害すること、②現存する法律監督制度(��)を侵犯
すること、③地方保護主義を招きやすいことなどを理由とする。実際には、
全国人大の代表・各級人民代表大会常務委員会が監督権を行使し、裁判所の
裁判に影響を与えた事例は少なくない(��)。
一方、裁判所側は、人民代表大会(常務委員会)の監督に服することを認
めながらも、監督の受け入れに関するシステムを健全化する必要性を強調し
ている。今後、人民代表大会およびその常務委員会の監督の手続きについて、
これを規範化・適法化する作業が進むものと思われる。
(2) 裁判所と政府
憲法��6条と裁判所組織法4条により、裁判権の行使は行政機関、社会団
体および個人による干渉を受けないとされている。すなわち、政府と裁判所
とは、人民代表大会と裁判所との関係のような指導・被指導、監督・被監督
という関係ではなく、裁判所が独立して裁判権を行使することになる。
しかしながら、中国においては、裁判所の裁判活動が裁判所所在地の政府
の影響を受けることは否定できない。その原因は、裁判所の院長・副院長の
人事が地方党委員会と政府の人事部門に支配されており(�3)、裁判所の院長・副
院長は裁判所のトップとして、裁判官任免の指名と職務等級の昇進の権限を
握っているからであると考えられている。また、もう1つの原因は、裁判所
⑾ 中国憲法���条により、検察院が国家の法律監督機関である。検察院の監督権の行使について、「人民検察院組織法」�7条により、地方各級検察院は、同級裁判所の第一審の判決および決定に誤りがあると認めた場合には、控訴を提起し、監督権を行使することができる。また、法的効力を生じた判決または決定について、同法�8条により、最高検察院は法的効力を生じた各級裁判所の判決および決定に対し、上級裁判所は法的効力の発生した下級の裁判所の判決・決定に対し、事実認定または法律の適用において明らかな誤りのあることを発見したとき、裁判監督手続によって控訴を提起し、監督権を行使することができる。
⑿ 蔡定剣「人大が裁判所を監督する事例〈4つ例〉」http://www.e-cpcs.org/newsinfo.asp?
Newsid=�647。⒀ 宋英輝=郭成偉編『当代司法体制研究』(中国政法大学出版社、�00�年)�36頁。
(�44�)
中国における裁判制度の改革と課題 ��
の財政が裁判所所在地の地方政府に大きく依存していることにある(�4)。その結
果、裁判所の裁判活動には党の地方委員会と地方政府の介入・干渉を完全に
排除するのは難しい(�5)。このような背景のもとで、異なる地域の当事者の事件
においては、地元の経済利益を守ろうとする地方政府が裁判所に指示して地
元の当事者に有利な裁判・執行の協力を求めるといった、地方保護主義(�6)とい
う問題(司法権の地方化)が深刻化している。
中国の学界において、「司法権の地方化」を改革しなければならないこと
は強く認識されている(�7)。司法に対する行政干渉の問題を解決するために、多
くの法律学者は、裁判官の任免・昇進・奨励等が上級裁判所または最高裁判
所において法定の基準により行われるべきこと、さらに独立の裁判所財政予
算または最高裁判所に管理される地方各級裁判所の財政が必要であると主張
している(�8)。
一方、「司法権の地方化」の問題を解決するために、最高裁判所は「��綱要」
の中に幾つの改革措置を設けていた(��)。たとえば、行政権からの影響と干渉を
排除するために、最高裁判所・高級裁判所および中級裁判所の裁判官の選抜・
募集には、原則として下級裁判所から業務経験のある裁判官を選んで採用す
るシステムが要求されている。また、裁判所の財政につき、現行の行政経費
⒁ 中国においては、専門裁判所を除き地方各級裁判所が当事者から納められた訴訟費は、地方財政に納められており、その一部が日常経費として当該裁判所に返される。また、中国における地方各級裁判所の裁判官の収入は全て地方財政から支出される。
⒂ 龍宗智=李常青「司法独立と制限を受ける司法」法学���8年第��期第38頁。⒃ 張衛平=胡夏氷「司法改革導論」張衛平ほか編『司法改革-分析と展開-』(法律出版社、
�003年)�77頁以下。⒄ 賀衛方「司法改革の難題と出口」南方週末�008年9月�8日第E3�版面。⒅ 斉樹潔「わが国司法体制改革の回顧と見通し」毛沢東邓小平理論研究�00�年第4期第50頁、
何海軍=朱益倪「司法公正の現実の意義とその実現方式」中国人民法院網 http://www.
chinacourt.org/html/article/�0080�/30/�855��.shtml。⒆ 最高裁判所の����年改革綱要の改革措置について、①下級裁判所の院長などの管理職の人
事、②地域間または審級間の裁判官の人事交流、③院長の赴任地の制限、などが挙げられている。金光旭「中国における司法改革の動向―人民法院の改革を中心に」ジュリスト��88号第�34頁(�005年)参照。
(�448)
同志社法学 63巻2号��
保障制度を改革し「責任の明確化、分類による負担、収支分離、全額保障」
を実現する財政体制の確立を目指している。しかし、これまでの様子を見る
限り、その改革の実効性を認めることはできない。
(3) 裁判所と上級裁判所
憲法��7条2項により、最高裁判所は、地方各級裁判所および専門裁判所
の裁判活動を監督し、上級裁判所は下級裁判所の裁判活動を監督するとされ
ている。また、上級裁判所は、既に法的効力を生じた下級裁判所の判決およ
び決定に対し(最高裁判所の場合には各級裁判所の出した判決および決定に
対し)、確実な誤りがあることを発見した場合、自ら更に裁判を行うこと、
または下級裁判所に再審を命じることができる(裁判所組織法�4条2項)。
したがって、ここにいう下級裁判所の裁判活動に対する監督は、事前ではな
く、事後的な監督となる。すなわち、下級裁判所の裁判が既に終わり、判決
または決定は法的効力が生じた後で、上級裁判所の監督活動は始動するもの
となっている。
上級裁判所が下級裁判所に対して裁判監督権、すなわち、直ちに下級裁判
所の判決と決定を変更する権限を持っているから、上・下級裁判所の間には
ある程度の従属関係が存在しているといえる。このような監督権と行政的組
織管理の影響を受けて、上級裁判所が下級裁判所の裁判活動に対し裁判活動
の指導を行っている(�0)。すなわち、下級裁判所は複雑で難しい事件の審判にあ
たって、上級裁判所の意向・指示を事前に求め、その意向・指示に従って事
件の審理を行う。とくに、下級裁判所の伺い立て(請示)に対する最高裁判
所の返答意見(批復・答復)は、司法解釈の種類の一つとして、各級裁判所
に対し、普遍的な拘束力を有している。
なお、上級裁判所の下級裁判所に対する業績評定にも、裁判所の同所裁判
官の審理業務に対する業績評定にも、上訴事件数における差戻し判決と破棄
⒇ 季・前掲注⑹84頁。
(�447)
中国における裁判制度の改革と課題 �3
自判の比率が一つの評価基準として含まれている。その結果、上訴事件の差
戻しと破棄自判の比率を下げるために、下級裁判所の上級裁判所に対する伺
い立て、および下級裁判所裁判官の上級裁判所裁判官に対する伺い立てとい
う慣行が存在する。
こうした個別事件に関わる上級裁判所への伺い立ての慣行を廃止すべきと
いう声が高まっている(��)。他方、最高裁判所は、上級裁判所の下級裁判所に対
する監督を規範化・強化すべきだと強調している。最高裁判所の「0�綱要」
においては、上・下級裁判所の関係について、「上級裁判所と下級裁判所の
関係を改革・整備する。上級裁判所の下級裁判所に対する業務指導や監督体
制を強化・整備し、上級裁判所が下級裁判所に対して行う司法業務管理、司
法人事管理、司法行政管理などの範囲や手続きについて明確化し、円滑な組
織体系を構築する。差し戻し再審制度を規範化し、差し戻し再審の条件を明
確化し、差し戻し再審案件についての意思疎通や協調のための体制を確立す
る。下級裁判所の上級裁判所への指示の要請および報告に関する制度を規範
化する」と述べている。この点で、今後上級裁判所の下級裁判所に対する業
務指導を一層強化・規範化するという姿勢が明らかである。
(4) 裁判所と共産党の組織
前述のように、中国では、憲法において、裁判所が独立して裁判権を行使
し、行政機関、社会団体および個人による干渉を受けないとされているが、
他方で、同法の序言においては、中国の政治体制が中国共産党指導を受ける
多党合作制度であり、共産党の指導を堅持しなければならないとされている。
そのため、裁判所の裁判活動は共産党の指導を受けるか否かについて解明さ
れなければならない。
� 賀衛方「司法改革中の上下級裁判所の関係」法学���8年第9期44頁、王威「個別事件の伺い立ての原因は司法行政化にある」中国改革報�006年5月��日第1版、陳瑞華ほか「司法高端シンポジュウム第2期―中国裁判所制度の問題と改革難題」〔陳瑞華発言〕(�0�0年)http://justice.fyfz.cn/art/7�6488.htm。
(�446)
同志社法学 63巻2号�4
共産党規約の総則によれば、党の指導は主に政治指導、思想指導と組織指
導であり、党は司法機関が積極的かつ独立的に業務を行うことを保証する。
また、共産党内部は民主集中制を実行し、個人党員が組織に服従し、下級組
織が上級組織に服従する(中国共産党規約�0条1項)。多くの法律学者は、
中国における裁判権の独立は、英米における裁判権の独立と同じではなく、
党の指導を認めるのが原則であると主張している(��)。また、法律は、党の方針・
政策の条文化したものであり、法律に従うことは党の指導にも従うことにな
るので、裁判権の独立と党の指導とは統一的なもので、矛盾することはない
と説いている(�3)。「0�綱要」においては、最高裁判所は、裁判所司法体制と業
務機構に対する司法改革が党の指導を堅持することは原則であると強調して
いる。党の裁判所に対する指導は、具体的な個別事件の審理に対する指導で
はなく、方針・政策・組織上の指導に留まるものであり、司法権の独立には
干渉しないと主張されている(�4)。
なお、各級裁判所に設置されている党組織が、所在地の地方党委員会の指
導を受けなければならないことから、地方の利益に重大な影響を持つ事件を
審理する際には、地方の党委員会と政法委員会が利益を調整するために裁判
所の党組織に指示するという地方保護主義問題を生じることが指摘されてい
る(�5)。
今後、党の指導を如何に改善するのかは、司法改革を進める上でもっとも
重要な課題といえる。
� 裁判権の独立が党の指導と矛盾していない根拠として、党の十五大報告と十七大報告との中に打ち出した「(党は)司法機関が独立して裁判権を行使することを保証する」ことが挙げられた。夏錦文「当代中国の司法改革:成就、問題と出口」中国法学�0�0年第1期��-�3頁。
� 袁英「裁判権の独立行使は新憲法が裁判所に授けた光栄な職責」中国法学会編『憲法論文選』(法律出版社、��83年)�48頁。
� 夏・前掲注(��)��-�3頁。� 葉陵陵「中国の地方保護主義と司法の独立」熊法83号�00頁(���5年)。
(�445)
中国における裁判制度の改革と課題 �5
(5) メディアと社会世論の影響
現代社会は「情報化時代」であり、新聞、テレビまたはインターネットに
より、大量な情報を容易に入手できるようになった。公共性をもったメディ
アは情報提供者であるだけではなく、法的側面に関する透明性の確保に必要
な条件を満たすための主要な手段でもある。この点で、メディアは、法律の
公正な執行がなされることに責任をもたなければならない(�6)。この視点からみ
ると、不公正な裁判を防止・是正するために、メディアと公衆からの監視は
不可欠だといえるだろう。しかしながら、不正な報道や歪曲報道がなされる
ことがあるので、公衆(社会世論)からの圧力は、一定の限界を有するもの
にならざるを得ない。
憲法��6条と裁判所組織法4条により、裁判権の行使は行政機関、社会団
体および個人による干渉を受けないとされている。裁判所の裁判活動はメ
ディアと社会世論に干渉・影響されてはならないことは当然である。しかし
ながら、近年、インターネットを介して個別事件の審理に対するメディアと
社会世論の影響と干渉という問題は深刻になっている。例えば、�003年の
� 渡辺武達訳、デニス・マクウェール『メディア・アカウンタビリティと公表行為の自由』(論創社、�00�年)8頁。
� 広州で働いている孫志剛は、�003年3月�7日の夜、インターネットカフェに出かけて途中警察に遭い、「居民身分証」を携帯しなかったため、交番まで連行された。3日間の後の3月�0日に、孫志剛は心臓発作で広州市のある収容人員救治站(広州市に設けた収容された人員のための救急所)で死亡した。�003年4月�5日の「南方都市報」(南方都市新聞)、同年4月�6日の「北京青年報」(北京青年新聞)などの新聞は、孫志剛の死、および彼の家族がその死因を究明する行動について詳細に報道した。�003年5月中旬、政府は孫志剛の家族に対し国家賠償を払ったとともに、孫志剛事件に関連した加害者や汚職官員も法律によって処罰された。
� (株式会社)三鹿集団が生産した粉ミルクの中にメラミンを含んでいたため、�008年9月�3日中国各地で三鹿集団の粉ミルクを使用した乳幼児に腎臓結石が多発していることが新華社をはじめ多くのメディアに報道された。また、全国各地の被害者が賠償を求め、加害者の責任を追及する声が高まった。同年9月�7日に三鹿集団の代表取締役が逮捕された。同年��月3�日に石家中級裁判所が三鹿集団の代表取締役を含む高級管理者などに対し裁判をはじめ、�00�年1月��日裁判所が判決書を出した。短期間において、全国に影響した三鹿事件を審理し、判決書を出したことは、天地を覆い隠すようなメディア報道と高まる社会世論の影響をうけたためといえるだろう。
(�444)
同志社法学 63巻2号�6
孫志剛事件(�7)、�008年の三鹿集団の粉ミルク事件
(�8)、�008年の孫偉銘事件
(��)およ
び�00�年の鄧玉嬌事件(30)などがある。
「0�綱要」では、最高裁判所はメディアと社会世論からの監視に関して、
監督システムを規範化することを要求している。また、裁判所が社会世論を
重視する姿勢も「0�綱要」の中で明らかにしている。具体的には、民衆生活
の司法に関する重要問題を適切に解決するために、裁判所のネットワークに
よる民意の発表および民意の調査制度、公衆がインターネットを通じて直接
裁判所に意見あるいは提案を提出できる制度、世論や世情を収集できる制度
の整備を行うことが改革内容の一つとして要求されている。
� �008年��月�4日午後、父母を成都駅に送った孫偉銘は自動車(ビュイック)を運転し戻る途中、交差点で前の車に衝突し逃走した。その後、孫偉銘はスピードをオーバーし追い越し禁止のセンターラインを越えて、正面から走ってきた4台の車にぶつかり4人を死亡させ1人に重傷を負わせた。警察の検査により、孫偉銘の血液中のアルコール濃度が高く、飲酒運転と認定された。事件直後の加害者の態度に不満をいだく死亡者の家族が加害者を厳格に処罰する死刑を要求した。また、この交通事件がテレビや新聞などのメディアに報道され、かつインターネットで転載された。加害者を厳格に裁くべき声が高まっていた。�00�年7月�3日、成都市中級裁判所の一審は、孫偉銘の行為が危険な方法で社会の公共安全に危害を及ぼしたとして死刑の判決を言い渡した。本件は、飲酒運転の加害者に死刑を言い渡した事件として、より幅広い注目を集め、民衆のみならず、法学者の中にも一審の死刑が適切か否かについて激しい議論がされていた。同年9月8日四川省高級裁判所は一審の死刑を廃棄し無期懲役の判決を下した。被害者の感情と社会世論が一審の死刑判決を下したことに一定の影響を及ぼしたことは否定できないだろう。
� �00�年5月�0日の夜、湖北省巴東県野三関鎮招商局の鄧貴大・黄徳智など3人は雄風ホテルの娯楽施設に行った。その施設のある部屋に黄徳智が洗濯をしている鄧玉嬌をみた。彼女に「特殊な服務」を強要した。騒ぐ声を聞いた鄧貴大が部屋に入り札束で鄧玉嬌の頭をひっぱたき、逃げ切ろうとする彼女をソファーに押し倒したという。揉み合ったすえに、鄧玉嬌が果物ナイフで鄧貴大と黄徳智を刺した。結果、鄧貴大が頭部と胸の致命傷で死亡した。同月��日警察は故意殺人で鄧玉嬌を逮捕した。6月5日検察院が故意傷害罪で彼女を起訴した。6月�6日巴東県裁判所は公開で審理し、判決書を下した。その判決は、鄧玉嬌の行為は過剰防衛であり、故意傷害罪と認めているが、自首という実情があり、監察医の鑑定により同氏が精神障害を患い、限定責任能力者であるので、処罰を免除すると判断している。鄧玉嬌が逮捕されたあと、インターネットと新聞メディアがこの事件について大量な報道をし、全国的に論争が引き起こされた。彼女の行為は正当防衛であり、無罪であるはずだという声が高まっていた。鄧玉嬌を釈放するという結果はメディアと社会世論の影響を受けていないとはいえないだろう。
(�443)
中国における裁判制度の改革と課題 �7
なお、メディアの裁判所に対する監視を規範するために、�00�年��月8
日最高裁判所は「裁判所がメディアや世論の監視を受けることに関する若干
規定」を公布し、裁判所がメディアの監視を受けることを強調する一方で、
①国家安全と社会公共利益を害する場合、あるいは、国家秘密または企業秘
密を漏らす場合、②審理中の事件に対し事実と合わない報道または悪意を
もって偏った報道をし、司法権威を損害し、かつ公正な審理に影響する場合、
③侮辱・誹謗により、裁判官の名誉を損害する場合、または当事者の名誉権
などの人格権を損害し、訴訟参加者のプライバシーと安全を侵す場合、④当
事者側の頼みを受け、事実を歪曲し、裁判活動に干渉し、かつ重大な影響を
及ぼす場合、⑤その他の司法権威に対し重大な損害を及ぼし、司法の公正に
影響する場合、メディア側が法律違反の責任を負わなければならないと強調
している。
中国では、司法腐敗を防ぐために、報道により裁判公正を確保する姿勢を
明らかにした。他方、メディアの裁判独立に対する不正な影響を減少するた
めに、前述のように、不正・違法な報道についての責任が明文で規定されて
いる。しかしながら、報道が事件に対する正当的な監視であるか、あるいは
不正な影響または干渉であるか、正確な判断を出すのは難しい。
2 裁判所の内部関係
図表3 裁判所の内部関係
①業務指導・監督
②行政上の管理・業務の監督 ③行政上の管理・業務の監督
裁判委員会
庭長 合議庭・一般の裁判官院長・副院長
(1) 裁判官(合議庭)と裁判委員会
中国裁判所組織法により、裁判所が事件を審理する際には合議庭制度(3�)が採
用される(裁判所組織法�0条1項)。合議庭では事件を評議する際に多数決
(�44�)
同志社法学 63巻2号�8
の原則が採用されているが、重大な事件または疑義のある事件につき、合議
庭が決定することが困難であると認めた場合(3�)、裁判委員会の討論にかけられ、
合議庭は裁判委員会の決定に基づいて判決を作成する。
ところが、実務では、合議庭のメンバーとしての裁判官が、責任を回避す
るために、疑義のない事件についても裁判委員会の討論・決定を請求するこ
とがある。これは、裁判委員会制度の趣旨に反するものである。また、審理
に参加しなかった裁判委員会のメンバーが合議庭の報告により判断を出すこ
とは、裁判のプロセスが不透明になり、裁判の公開の原則にも違反すると指
摘されている(33)。
裁判委員会制度を廃止すべきかどうかについて、中国の学界においては賛
成と反対の意見があるが、廃止すべきという説が支配的である(34)。その理由は、
①現行の裁判委員会制度が訴訟法上の直接主義の原則に反すること、②裁判
委員会のメンバーである院長や各裁判庭の庭長は、事件を担当する裁判官よ
� 中国における合議庭とは、裁判官から構成され事件の審理を行う裁判組織である。第一審であるか控訴審であるかによって合議庭の構成は異なる。第一審の場合、合議庭は裁判官または裁判官と人民陪審員(日本の場合には、裁判員と呼ばれている)から構成されるが、控訴審の場合、合議庭は裁判官のみにより構成される(裁判所組織法�0条2項)。また、合議庭の人数について、刑事訴訟法�47条には、「基層裁判所および中級裁判所は、第一審事件を裁判する場合、裁判官3名、または裁判官および人民陪審員3名が合議庭を構成する。ただし、基層裁判所が簡易手続きを適用する事件については、裁判官1名が単独で裁判をすることができる。高級裁判所および最高裁判所は、第一審事件を裁判する場合、裁判官3名から7名が、または裁判官および人民陪審員3名から7名が合議庭を構成する。控訴審では裁判官3名から5名が合議庭を構成する」と規定されている。行政訴訟の合議庭の人数は3人以上の奇数である(行政訴訟法46条)。それに対して、民事訴訟法には合議庭の人数に関する規定は設けられていないが、奇数だけ要求されている(民事訴訟法40条1項、4�条1項)。
� 裁判委員会の討論・決定の事件の範囲について、刑事訴訟法には、「疑義があり、複雑かつ困難な事件について、合議庭が決定を行うことが困難であると認めた場合、当該事件を院長に送付し、裁判委員会で討論・決定する。合議庭は裁判委員会の決定を執行しなければならない」と明文で規定されている(刑事訴訟法�4�条)。裁判委員会の重大な刑事事件に対する決定権が明らかにされたのである。一方、民事事件または行政事件にはそのような条文がないが、実務上、裁判委員会の重大な事件に対する結論は合議庭の結論として用いられる。
� 賀衛方『司法の理念と制度』(中国政法大学出版社、���8年)���頁。� 金・前掲注⒆第�30頁。
(�44�)
中国における裁判制度の改革と課題 ��
り知識または経験が豊富であるとはいえないこと、③訴訟手続の適正に反し、
裁判の公開原則にも反すること、④裁判官の裁判上の地位とその司法行政上
の地位とを混同していること、などにある(35)。裁判委員会制度の存続を支持す
る見解は、①基層裁判所の裁判水準と統一性を向上させること、②司法腐敗
の防止に役立つことなどの理由を挙げている(36)。
一方、裁判所側は、裁判委員会制度を堅持すべきと主張している。すなわ
ち、「0�綱要」において、「裁判組織の改革・整備について、裁判委員会が討
論する事件の範囲およびその手続きを整備し、裁判委員会の職責と管理業務
を規範化する」という改革策が打ち出されている。今後、裁判委員会制度に
対する改革は、その職責の範囲および規範化をめぐり行われることになる。
また、合議庭の機能を強化するために、�0�0年1月1日に最高裁判所が「合
議庭の職責を一層強化することに関する若干の規定」(以下「合議庭の規定」
という)を公布した。その「合議庭の規定」7条2項は、「(裁判委員会の)
事件に対する意見は、参考のみであり、合議庭が法律に基づいて判決を下す
ことに影響してはならない」と規定し、合議庭を構成する裁判官の独立性を
重視する姿勢が明らかになった。
(2) 裁判官と院長・副院長・庭長
各級裁判所内部では、院長・庭長を枢軸として、極めて集権的な司法行政
の有機体が形成されている(37)。院長は、裁判所のトップとして、裁判所の司法
行政管理、人事管理および審理業務管理などに対し、極めて強力な権限を有
する。その主要な権限は、①副院長・庭長・副庭長・裁判官の人事指名権、
②裁判委員会組織権、③裁判長(裁判の中心メンバー)を指定する権限、④
判事補を任免する権限、⑤裁判監督権、⑥裁判官の回避・差押え・勾留・執
行中止などに関する批准権、⑦裁判官等級昇進の決定主導権、⑧重大訴訟事
� 金・前掲注⒆第�30-�3�頁。� 蘇力「基層裁判所の裁判委員会」『北大法律評論』第1巻第2輯344-347頁(���8年)。� 季・前掲注⑹85頁。
(�440)
同志社法学 63巻2号�0
件の担当者を直接に決定する権限、⑨法定の審理期間の延長に関する決定権、
⑩司法行政と審理業務の全般にわたって指示・決定・監督を行う権限などで
ある(38)。副院長は院長を補助し、院長の権限の一部を有する。庭長の権限につ
いては、明文で規定されている合議庭の裁判長の指名権(裁判所組織法�0条
4項)のほかに、実務上、院長からの授権に基づく事件許認可権、本審判庭
の管理と司法行政に対する監督権、庭務会議の主宰権、裁判官の回避の決定
権、判決書の審査署名権および専門的業務内容に関する指導権なども含まれ
る。院長・副院長・庭長と裁判官との間には、実際上の管理・被管理および
監督・被監督という関係が形成されている。その結果、裁判官が事件を審理
する際に一番重視することは、法令の規定ではなく、上司としての庭長・副
院長・院長の意見であるということになる(3�)。
また、行政管理関係以外には、事件の判決に対する院長・庭長などの事前
的な審査も存在している。すなわち、合議庭または単独裁判官が判決を決定
する前に、判決の内容を院長・庭長などが審査したうえで、承認する必要が
ある。��8�年最高裁判所に公布された「最高裁判所の事件審査・承認に関
する規則」には、院長・副院長の審査・承認に関する定めが詳しく規定され
ている。しかしながら、その規定は最高裁判所が自ら審理する刑事事件に対
し、内部のみで適用されるものであることに注意が必要である。院長・庭長
などの審査制度は、法律上定められている制度ではなく、実務の慣行として
用いられている(40)。そのため、①法律上の根拠がないこと、②合議庭制度と衝
突すること、③民主集中制度に違反すること、④裁判の独立を害すること、
� 季・前掲注⑹86-88頁。� 王申「司法行政化管理と裁判官独立審判」法学�0�0年第6期第37頁。� 実際には、多くの地方裁判所は、院長・庭長の審査に関する内部規則を定め、院長・庭長
の判決書に対する事前的な審査を規範する。たとえば、�007年新疆石河子市裁判所の「事件の管理の強化に関する若干規則」石河子市裁判所ホームページ http://sfy.shz.gov.cn/
news_view.asp?newsid=6��、また、�0�0年天津市大港区裁判所の「事件審査承認の規則」大港区裁判所ホームページ http://tjdgfy.chinacourt.org/public/detail.php?id=433。
� 劉茂春「裁判所の院長・庭長による事件審査制度を取消す曲折」郭道晖ほか編『中国当代法学争論集』(湖南人民出版社、���8年)�5�頁。
(�43�)
中国における裁判制度の改革と課題 ��
⑤公開裁判原則に反することなどの問題が指摘され、審査制度を廃止すべき
との見解が述べられている(4�)。
小括
中国における裁判の独立は、裁判所の独立を意味する。それは、共産党の
指導下で、人民代表大会の監督と政府の影響を受けるものである。さらに、
裁判委員会制度が存在し、また院長・庭長による審査が実際に行われている
ことから、裁判官が裁判を行う際に、法律以外の要素に左右されるおそれが
ある。最高裁判所の「0�綱要」において、党の指導の堅持、人民代表大会の
監督、上級裁判所の業務指導と監督および裁判委員会の業務管理などが、
�00�年から�0�3年までの裁判所改革の主要任務の一環として強調されてい
る。その中に、裁判委員会の職責と管理業務に対する改革と整備、上・下級
裁判所の関係の改革と整備、人民代表大会および党の組織による制約・監督
に関するシステムの改革と整備などが行われる見込みである。それらは、裁
判所の公正的な裁判を保障し、不当的な干渉行為を防止するために、裁判所
に対する監督を規範化するものだと考えられている。また、合議庭制度の整
備および合議庭と裁判長(合議庭の主幹判事)の職責の強化などの改革が、
裁判の独立を保障するためには不可欠である。今後、これらの点で、中国の
司法改革の行方が注目・期待されている。
また、多くの事件審理について、テレビの生放送や中継放送が行われてい
る。このことは、裁判審理の透明性と裁判の公正さを高める一方で、メディ
アの不正な影響を受ける可能性がある。また、テレビ報道を端緒とする社会
世論が裁判の審理に影響するおそれがないといえない。最高裁判所の「0�綱
要」には法廷の生放送や中継放送についての規範化が要求されているが、ど
のような対策をとってメディアの報道と社会世論の裁判に対する影響を減少
し、裁判の独立を保障するかが、今後解決すべき課題であろう。
(�438)
同志社法学 63巻2号��
四 中国における判決書
1 判決書の仕組み(第一審民事判決書を例に)
中国における判決書は、事件によって、刑事判決書、民事判決書と行政判
決書に分かれている。判決書には、一定の事項を記載しなければならない。
以下には、民事判決書を例に、その仕組みを明らかにする。中国民事訴訟
法�38条には、民事判決書には記載しなければならない事項について規定さ
れている。すなわち、①事件の性質、訴訟上の請求および係争に係る事実、
②判決に認定された事実、その理由および法律根拠、③判決結果と訴訟費用
の負担、④上訴期間と上訴する裁判所である(民事訴訟法�38条1項)。また、
民事判決書には、裁判官と書記官が署名し、裁判所の印鑑が押されなければ
ならない(民事訴訟法�38条2項)。
����年6月に、中国の最高裁判所は「裁判所の訴訟文書の書式(試行)」(以
下「試行」という)を公布し、刑事裁判書、民事裁判書および行政裁判書の
書式を統一した。「試行」によれば、第一審民事裁判書は、①首部(最初の
部分)、②事実、③理由、④主文、⑤尾部(最後の部分)により構成される。
各部分は下記の図表4のように記されている。
図表4 第一審民事事件の判決書(出所:最高裁判所「裁判所の訴訟文書の書式(試行)」)
○○○人民法院民事判決書
〔×××年〕○民初字第×号 原告X性別・生年月日・住所 代理人A ○○弁護士事務所弁護士(弁護士の場合) 被告Y性別・生年月日・住所 代理人B ○○弁護士事務所弁護士(弁護士の場合)
原告Xと被告Y(事件名)一案、本院は本件を受理した後、法に基づき合議庭を組織し、公開審理を行った(裁判官一人で審理する場合、「法に基づき裁判官××が公開審理を行った」)。原告Yとその代理人Aおよび被告Yとその代理人Bは本件の審理に参加した。本件の審理はすでに終結した。
(首部)
( 当事者の情報、事件の性質、当事者の参加状況、独任審判あるいは合議庭審判などの情報)
(�437)
中国における裁判制度の改革と課題 �3
図表4の中国における第一審民事判決書の書式をみると、以下の特徴が伺
える。
①当事者の後には、事件の性質、当事者の参加状況、独任審判なのかある
いは合議庭審判なのかなどの情報が記載されている。
②原告の主張、被告の反論がそれぞれ記述されている。
③主文の前に、適用した法令の名称および適用条文が示されなければなら
ない。
④判決書の主文が最後に置かれる。
⑤主文の後には事件の担当裁判官の氏名や書記官の氏名が記載されなけれ
ばならない。
⑥裁判官の氏名と書記官の氏名との間に、判決書言渡し日が記載される。
原告Xは以下のとおり主張した:…… 被告Yは以下のとおり反論した:…… 審理を経て、以下の事実を明らかにした:…… 上述の事実は、××××などの証拠を有し、証拠調べを経て、証拠として採用する。
(事実)
本院は以下のとおり認定した:…… (理由)
以上のことから、(法令何条何号)の規定に基づき、以下のとおり判決する: …… 訴訟費用○○元は、○元を被告Yの負担とし、○元を原告Xの負担とする。
(主文)
本判決に不服がある場合、本判決書を送達した日から十五日以内に、本院に上訴状を提出し、相手の当事者の人数に基づき副本を提出し、××省××市中級人民法院に上訴する。
裁 判 長 ×× 裁 判 官 ×× 代理裁判官 ×× ×年×月×日
書 記 官 ××
(尾部)
(�436)
同志社法学 63巻2号�4
2 判決書に関する若干問題
(1) 最高裁判所の「公報」に掲載された判決書の地位
�000年中国最高裁判所が「裁判文書の公表を管理する規則」を制定し、
同年から裁判文書を選択的に公開すると決定した。そこでは、「人民法院報」
と最高裁判所の「公報」により、典型的な意義があり、一定の指導の役割を
果たせる事件の裁判文書を不定期的に公布することとされた(4�)。「公報」で公
表された事件の裁判文書は、各級裁判所が審理した事件から重要な参考およ
びモデルとしての作用を有するものとして選び出されたものである。
最高裁判所の「公報」に掲載された裁判書は、参考として各級裁判所の裁
判を指導することができるが、判決書の主文の根拠として判決書の中に引用
してはならず、法的拘束力を持たない。
(2) 判決書に関わる司法改革
����年後、判決書の書式が統一されたものの、判決書に関する深刻な問
題が出てきた。それは、判決書の重要な部分である「理由」に充分な説得力
がなく、簡単すぎるというものである。この問題を改善するために、「��綱要」
において、「裁判文書の改革の歩みを速め、裁判文書の品質を高める」こと
が求められていた。そのような裁判書改革の重点は、争議がある証拠に対す
る論証と分析を強めることにより、判決書の説得力を増強することにあった。
その後、判決書改革をめぐり、各地方裁判所は様々な措策を採った。例え
ば、�00�年広州海事裁判所と�00�年上海市第二中級裁判所は合議庭各裁判
官の異なる意見を判決書に書き込むというやり方を採用した。その後の�005
年北京第一中級裁判所の民事裁判書の中にも、合議庭の各裁判官の異なる意
見が書き込まれた(43)。また、情理を尽くして敗訴側を説得するために、民事判
� 最高裁判所の「公報」で裁判文書を公布するのは、��80年代中期から始まったのである。これは、各級裁判所が関連の事件を審理する際に指導として関連の事件の裁判の規範を企図したのである。
� 人民網ホームページ http://legal.people.com.cn/GB/4�73�/35��583.html。
(�435)
中国における裁判制度の改革と課題 �5
決書の最後に一言も付け加えられた。その目指すところは、敗訴側が判決に
納得し、上訴しないことであろう。地方裁判所によっては、判決書の最後に、
適用条文を付けて、一層の説得力向上を目指すものもあった。
こうした判決書に関する様々な改革措置のきっかけは、「��綱要」であっ
た。もっとも、判決書の改革については、地方各裁判所が自主的に改革措置
を導入した点に特徴が見られる。
インターネットの普及とともに、多くの裁判所がホームページで新たな判
決書を公表している。例えば、�008年に河南省高級裁判所は同所のすべて
の判決書を�008年末までネット上で公開し、所属する中級裁判所のすべて
の判決書を�00�年6月までネット上で公表しなければならないという政策
を打ち出している(44)。
最高裁判所の「0�綱要」には、裁判公正の強化の一環として、判決書を含
む裁判文書の論理性を高め、裁判文書のネット上での公表についての制度を
研究・確立するという方針が打ち出されている。こうした方針に応じて、
�0�0年8月に河南省高級裁判所は「ネット上で公表する裁判文書の管理実
施細則」を公布し、ネット上で公表する裁判文書の範囲、公表の流れなどを
定めている(45)。
小括
裁判の結論である判決書は、裁判の結果を直接に伝えるだけではなく、裁
判が公正になされたか否かも反映するものである。したがって、判決書の主
� 人民網ホームページでのニュース記事「河南省高級裁判所:判決書が全てネット上で公表」http://politics.people.com.cn/GB/�456�/866386�.html。
� ネット上で公表する裁判文書の範囲について、河南省高級裁判所の「ネット上で公表する裁判文書の管理実施細則」第3条により、第一審、第二審および再審の全ての判決書がネット上で公表しなければならないとしている。例外として、国家秘密・プライバシー・商業秘密、未成年者の犯罪にかかわる不公開審理の事件、死刑事件、国家賠償事件、調和または訴訟を取り下げる事件に関する裁判文書(第5条)に関して、当事者の片方または双方がネット上で公表しないという要請をしたうえで、厳格な審査・許可を経た裁判文書(第6条)につきネット上で不公開とすることができる。
(�434)
同志社法学 63巻2号�6
文の公正さを理解できるような詳しい理屈が説かれなければならない。しか
しながら、長年にわたり、中国の判決書は証拠認定の理由を欠いたり、判決
の形成過程がみえなかったり、当事者に対する説得力が弱かった(46)。
このような背景のもとで、����年には最高裁判所は「試行」を制定・公
表し、判決書の書式の統一と判決書の公正性を求めている。また、「��綱要」
には、裁判文書の質量を高め、裁判文書の改革を進めるとされた。これは、
争いのある証拠の分析・認定を行い、説得力のある判決書を増加させること
に主眼があった。その後、判決書の主文の説得力を強化するために、上述し
たような判決書に関する改革策が地方裁判所により打ち出されてきた。また、
最高裁判所の「公報」による典型的な判決書の公表をはじめ、地方裁判所に
編集される「判例研究」により多くの典型的な判決書も判例研究の対象とし
て研究されている。裁判文書に対する監督を強化し、裁判の公正さを保障す
るために、最高裁判所の「0�綱要」では判決書のネット上での公表が要求さ
れている。今後の判決書の改革は判決書の公表をめぐるものになるであろう。
判決書の公表を進めた場合でも、すべての判決書の公表がなされるべきで
あるかどうかについて検討の余地がある。判決書の全てが公表されない場合
には、公表される判決書はどのような基準で選ばれるのかが問題である。
五 おわりに
中国においては、���0年代から市場経済への移行とともに、経済改革が
加速され、経済が急速に発展している。しかし、これとともに、社会の利益
矛盾・衝突が激しくなっている(47)。その反映として、裁判所の受理した事件の
件数が急増している(48)。裁判所は裁判権を活用し、社会の矛盾・衝突を解決す
べきであるが、裁判の公正さを疑問視する社会的批判が高まっており、裁判
の役割への期待を実現するのが困難となっている。したがって、裁判の公正
� 小林昌之「中国の裁判所改革―「人民法院五年改革綱要」の課題と目標―」アジ研ワールド・トレンド77号6頁(�00�年)。
� 金・前掲注⒆第�35頁。
(�433)
中国における裁判制度の改革と課題 �7
を保障するために、裁判独立が重視されるべきではないかと考える。
裁判独立の最終目的は裁判の公正性を確保することにある。しかしながら、
裁判の公正性を保障するためには、裁判の独立だけではなく、法律の整備、
裁判官の知識と素質の向上が不可欠である。中国においては、裁判所が裁判
権を独立に行使するとされているが、現実的には、独立であるべき裁判所の
裁判権は人民代表大会(その常務委員会)、上級裁判所の監督を受けなけれ
ばならない。行政権が強力であるため、財政や裁判所人事権を同級政府に依
存する裁判所は行政権からある程度の影響を受けざるを得ない。また、メ
ディアと社会世論の監督権が裁判所に認知されている一方で、メディアと社
会世論の裁判に対する影響と干渉が現実的に存在している。裁判に対するメ
ディアと社会世論の不当な影響と干渉を判断することは難しいであろう。メ
ディアと社会世論の裁判に対する不当な影響と干渉を減少するには、メディ
アの職業素質と公衆の素養を引き上げることだけではなく、裁判活動の公正
性と公開性が強化されなければならない。
この点で、裁判活動の公開の一環として、判決書の公表も必要である。判
決書の公表という形で、裁判活動に対し事後的な監督を行い、裁判独立に対
する保障のみならず、裁判活動の規範と公正さを促進することができる。し
かしながら、「��綱要」を公布してから��年を経て、判決書についての研究
が増えているものの、判決書の公表については問題が残されている。最高裁
判所の「0�綱要」により、裁判の公開と判決書の公表を強化するという決意
が固められているが、ネットで公表される判決書の範囲と公表の手続きは依
然として注目すべき課題である。
� 中国全国各級裁判所の終局処理事件(執行事件を含む)および受理した事件の件数(万件)年度
件数 �003 �004 �005 �006 �008 �00� �0�0
終局処理事件 568.8 787.3 7�4 8�0.5 �83.� �054 ��00
受理した事件 �07� ��37 ��70
出所:中国の最高裁判所院長の「最高裁判所工作報告」(�004年度・�005年度・�006年度・�007年度・�00�年度・�0�0年度・�0��年度)により筆者作成
(�43�)
同志社法学 63巻2号�8
附:本稿に関連する法律条文
中華人民共和国憲法
序言 中国の諸民族人民は、引続き中国共産党の指導の下に、……わが国を富強、
民主的かつ文明的な社会主義国家に建設する。
中国共産党指導の下における多党合作および政治協商制度は長期にわたっ
て存在し、発展するであろう。
第3条③ 国家の行政機関、裁判機関および検察機関は人民代表大会により選出
され、人民代表大会に対し責任を負い、その監督を受ける。
第6�条 全国人民代表大会は、次に掲げる権限を行使する。
七 最高裁判所の院長を選挙すること、
第63条 全国人民代表大会は、次の各号に掲げる者を罷免する権限を有する。
四 最高裁判所の院長、
第67条 全国人民代表大会常務委員会は、次に掲げる権限を行使する。
六 国務院、中央軍事委員会、最高裁判所および最高検察院の工作を監督
すること、
十 一 最高裁判所の院長の申請により、最高裁判所の副院長、裁判官、裁
判委員会メンバーおよび軍事裁判所の院長を任免すること、
第�0�条② 県級以上の人民代表大会は、同級の裁判所の院長および同級の検察
院の院長を選任・罷免する権限を有する。……
第�04条 県級以上の地方各級人民代表大会常務委員会は、その行政区域の各分
野の活動の重要事項を討議決定し、同級の政府、裁判所および検察院の
活動を監督し、……法律の定める権限に基づいて国家機関の職員の任免
(本稿は、神戸大学「法整備支援の影響評価研究会」で発表した論文を加筆・
修正したものである。神戸大学金子由芳教授をはじめ、研究会の方々より、
有益なコメントを頂戴した。また、同志社大学川口恭弘教授には、貴重な示
唆をいただいた。この場を借りて感謝申し上げる。)
(�43�)
中国における裁判制度の改革と課題 ��
を決定する。……
第��6条 裁判所は、法律の定めるところにより、独立して裁判権を行使し、行
政機関、社会団体および個人による干渉を受けない。
第��7条① 最高裁判所は、最高の裁判機関である。
② 最高裁判所は、地方各級裁判所および専門裁判所の裁判活動を監督
し、また、上級裁判所は下級裁判所の裁判活動を監督する。
中華人民共和国裁判所組織法
第4条 裁判所は、法律の定めるところにより、独立して裁判権を行使し、行政
機関、社会団体および個人による干渉を受けない。
第�0条 ① 裁判所の事件裁判は、合議制度を実行する。
② 裁判所の1審の裁判は、裁判官が合議庭を組成し、または裁判官およ
び人民陪審員が合議庭を組成して行う。簡易な民事事件、軽微な刑事事
件および法律に定められる事件は、1人の裁判官で裁判を行うことがで
きる。
③ 裁判所の上訴および控訴事件の裁判は、裁判官により合議庭を組成し
て行う。
④ 合議庭には、院長または庭長の指定により裁判官1人が裁判長を担任
させる。院長または庭長が事件の裁判に参加する場合には、自ら裁判長
を担任する。
第��条① 各級裁判所は、裁判所委員会を設け、民主集中制を実行する。裁判委
員会の任務は、裁判の経験を総括し、重大な事件または疑義のある事件
およびその他の裁判活動に関する問題を討議することにある。
② 地方各級裁判所裁判委員会のメンバーは、院長の申請により、同級の
人民代表大会常務委員会が任命する。最高裁判所裁判委員会のメンバー
は、最高裁判所院長の申請により、全国人民代表大会常務委員会が任免
する。
第�4条① 各級裁判所院長は、すでに法的効力を生じた当該裁判所の判決および
決定について、事実認定または法律適用の上で、確実な誤りがあること
を発見した場合には、裁判委員会に提出して処理しなければならない。
(�430)
同志社法学 63巻2号30
② 最高裁判所は既に法的効力を生じた各級裁判所の判決および決定につ
いて、上級裁判所は既に法的効力を生じた下級裁判所の判決および決定
について、確実な誤りがあることを発見した場合には、自ら更に裁判を
行い、または下級裁判所に再審を命じる権限を有する。
第�7条① 最高裁判所は全国人民代表大会および全国人民代表大会常務委員会
にその業務を報告し、地方各級裁判所は同級の人民代表大会およびそ
の常務委員会にその業務を報告しなければならない。
② 下級裁判所の裁判活動は上級裁判所の監督を受ける。
第30条① 最高裁判所は、国家の最高裁判機関である。
② 最高裁判所は、地方各級裁判所および専門裁判所の裁判活動を監督す
る。
中華人民共和国裁判官法
第8条 裁判官は、次に掲げる権利を有する。
一 裁判官の職責の履行において有するべき職権および業務条件、
二 法により事件を裁判する際には、行政機関、社会団体および個人の干
渉を受けないこと、
三 法定事由によらないで、または法定手続を経ないで、解職、降職、免
職または処分を受けないこと、
四 労働報酬を取得し、保険および福利を享受すること、
五 人身、財産および住所の安全につき法律による保護を受けること、
六 研修に参加すること、
七 不服申立てまたは告訴を提出すること、
八 退職すること。
第��条② 最高裁判所の院長は、全国人民代表大会が選出・罷免する。副院長・
裁判委員会のメンバー・庭長・副庭長および裁判官は、最高裁判所の
院長が全国人民代表大会常務委員会に任免を申請する。
③ 地方各級人民代表大会は同級の裁判所の院長を選挙・罷免し、その院
長の申請によりその常務委員会副院長・庭長・副庭長・裁判員を任免す
ることができる。
(�4��)
中国における裁判制度の改革と課題 3�
⑥ 裁判所の助理裁判官(判事補)は当所の院長が任免する。
中華人民共和国各級人民代表大会常務委員会監督法
第8条① 各級人民代表大会常務委員会は毎年、改革発展安定の大局と公衆の利
益に関わり、社会に関心される重大な問題につき、計画的に同級政府・
裁判所・検察院の特定工作の報告の聴取と審議を手配する。
第9条① 人民代表大会常務委員会が同級政府・裁判所・検察院の特定工作報告
を聴取・審議する議題は、次のルートで反映した問題により確定される。
一 同級人民代表大会の常務委員会が法律の執行を検査する際に発見した
問題、
二 同級人民代表大会の代表が裁判所に提出した建議・批判および意見の
中で集中的に取り上げられた問題、
三 同級人民代表大会の常務委員会のメンバーが提出し、集中的に取り上
げた問題、
四 同級人民代表大会の専門委員会または常務委員会工作機構が調査研究
を行う際に、発見した問題、
五 国民による陳情・投書のなかで集中的に取り上げられた問題、
六 全社会が関心を持っているその他の問題。
中華人民共和国民事訴訟法
第�38条① 判決書には、次に掲げる事項を記載しなければならない。
一 事件の性質、訴訟上の請求および係争に係る事実、
二 判決に認定された事実、その理由および法律根拠、
三 判決結果と訴訟費用の負担、
四 上訴期間と上訴する裁判所。
② 判決書には、裁判官および書記官が署名し、裁判所の印章を押捺する。
(�4�8)