集中豪雨は地球温暖化でどうなる - 筑波総研株式会社18 筑波経済月報 189...

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筑波経済月報 20179 月号 18 略 歴 気象研究所気象衛星観測システム研究部室長、 ()気象業務支援センター教育部担当、(国立)都宮大学講師、()テレビ朝日アスク講師、理 学博士(東北大学) 集中豪雨は地球温暖化でどうなる つくばのシニア人材紹介コーナー 科学の街「つくば」からサイエンス・インフォメーション (協力:つくば市OB人材活動支援デスク) 1.積乱雲と異常気象 悪天候・気象災害をもたらす大気現象として は、温帯低気圧、前線、台風、寒冷渦などがあり ます。これらの中で特に、短時間でゲリラ的な集 中豪雨をもたらす現象は、大気の不安定によって 発達する積乱雲によって発生します。 ここでは、近年話題なっている地球温暖化がい かにこのような気象災害発生に関わってくるかに ついて要約して解説します。 2.異常気象とは 異常気象に対する社会の関心は年々高まってお り、その発生頻度も増加しているのではないかと 懸念されています。異常気象には 2 つの解釈があ ります。1 つは、「ある場所(地域)において 30 年 間に 1 回以下の頻度で発生する現象」と定義、も う1つの解釈は、「風雨、風雪、暴風など社会生 活に支障を及ぼす大気現象」 (気象庁)と定義され ています。 ここではこれら異常気象(顕著現象)の中で、 その規模は小さいが激しい対流を伴う発達した積 乱雲による現象に絞って解説します。 3.大気の(鉛直)不安定による強い降水現象 積乱雲が発生するためには、空気が上昇する必 要があります。大気の(鉛直)不安定とは、ある 空気を下方から持ち上げた場合にその空気塊が、 周囲の空気より気温が高いと、軽いことになり浮 力を得て上昇、このような場合を不安定、周囲の 空気より気温が低いと、重いために元の高度に戻 る場合を安定と呼びます。 具体的な現象としては、上層に寒気が入ると不 安定、下層に暖気が入ると不安定になり、簡単に 言えば、下層と上層の気温差が大きいほど不安定 な状態といえます。 不安定には、①地表面の日射加熱による場合な どのように、直ちに上昇が起きる場合(絶対不安 定)、②何らかの要因(下層空気の収束など)で 空気が上昇して不安定が顕在化する場合(潜在的 な不安定)があります。②の場合は不安定な状態 が蓄積・強化されて、一気に対流活動が活発化し 積乱雲が急速に発達することがあります。さらに、 注目すべきことは、大気の不安定は気温だけでな く水蒸気量が影響します。 潜在的な不安定の 1 つに「対流不安定」があり ます。ある空気の層を持ち上げた場合に、層の下 方が湿潤だと、水蒸気が飽和するためその際に水 蒸気が水滴(氷晶)に変わるときに出す熱で気温 低下が小さく(気温に空気塊が含む水蒸気の潜熱 を加味した温度を相当温度という)、一方、層の 上方が乾燥していると下方より気温低下が大きい ため、持ち上った空気層では下方と上方の気温差 が大きくなり、不安定が顕在化し対流が発生する ことになり、このような空気の層を対流不安定な と呼びます。つまり、同じような気温の状態で あっても下層が湿っていることで対流が活発化し て、激しい降雨現象が発生することがあります。 2013年5月6日につくば市で発生した竜巻で は、前日も地上気温と高度約5,500mの気温の差 が同じく45℃と非常に不安定な状態でしたが、 下層の水蒸気量が前日の約 2 倍あった当日にだけ 竜巻が発生しました。 4.地球温暖化で集中豪雨は増す 今や地球温暖化が進行していることは、疑う余 地がない状況です。地球温暖化(地上からおよそ 気象予報士、元水戸地方気象台長 一 木 明 紀

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Page 1: 集中豪雨は地球温暖化でどうなる - 筑波総研株式会社18 筑波経済月報 189 年˙ 月号 略 歴 気象研究所気象衛星観測システム研究部室長、

筑波経済月報 2017年9月号18

略 歴気象研究所気象衛星観測システム研究部室長、(財)気象業務支援センター教育部担当、(国立)宇都宮大学講師、(株)テレビ朝日アスク講師、理学博士(東北大学)

集中豪雨は地球温暖化でどうなる

▶▶▶つくばのシニア人材紹介コーナー

    科学の街「つくば」からサイエンス・インフォメーション (協力:つくば市OB人材活動支援デスク)

1.積乱雲と異常気象悪天候・気象災害をもたらす大気現象としては、温帯低気圧、前線、台風、寒冷渦などがあります。これらの中で特に、短時間でゲリラ的な集中豪雨をもたらす現象は、大気の不安定によって発達する積乱雲によって発生します。ここでは、近年話題なっている地球温暖化がいかにこのような気象災害発生に関わってくるかについて要約して解説します。

2.異常気象とは異常気象に対する社会の関心は年々高まっており、その発生頻度も増加しているのではないかと懸念されています。異常気象には2つの解釈があります。1つは、「ある場所(地域)において30年間に1回以下の頻度で発生する現象」と定義、もう1つの解釈は、「風雨、風雪、暴風など社会生活に支障を及ぼす大気現象」(気象庁)と定義されています。ここではこれら異常気象(顕著現象)の中で、その規模は小さいが激しい対流を伴う発達した積乱雲による現象に絞って解説します。

3.大気の(鉛直)不安定による強い降水現象積乱雲が発生するためには、空気が上昇する必要があります。大気の(鉛直)不安定とは、ある空気を下方から持ち上げた場合にその空気塊が、周囲の空気より気温が高いと、軽いことになり浮力を得て上昇、このような場合を不安定、周囲の空気より気温が低いと、重いために元の高度に戻る場合を安定と呼びます。具体的な現象としては、上層に寒気が入ると不安定、下層に暖気が入ると不安定になり、簡単に

言えば、下層と上層の気温差が大きいほど不安定な状態といえます。不安定には、①地表面の日射加熱による場合な

どのように、直ちに上昇が起きる場合(絶対不安定)、②何らかの要因(下層空気の収束など)で空気が上昇して不安定が顕在化する場合(潜在的な不安定)があります。②の場合は不安定な状態が蓄積・強化されて、一気に対流活動が活発化し積乱雲が急速に発達することがあります。さらに、注目すべきことは、大気の不安定は気温だけでなく水蒸気量が影響します。潜在的な不安定の1つに「対流不安定」があります。ある空気の層を持ち上げた場合に、層の下方が湿潤だと、水蒸気が飽和するためその際に水蒸気が水滴(氷晶)に変わるときに出す熱で気温低下が小さく(気温に空気塊が含む水蒸気の潜熱を加味した温度を相当温度という)、一方、層の上方が乾燥していると下方より気温低下が大きいため、持ち上った空気層では下方と上方の気温差が大きくなり、不安定が顕在化し対流が発生することになり、このような空気の層を対流不安定な層と呼びます。つまり、同じような気温の状態であっても下層が湿っていることで対流が活発化して、激しい降雨現象が発生することがあります。2013年5月6日につくば市で発生した竜巻で

は、前日も地上気温と高度約5,500mの気温の差が同じく45℃と非常に不安定な状態でしたが、下層の水蒸気量が前日の約2倍あった当日にだけ竜巻が発生しました。

4.地球温暖化で集中豪雨は増す今や地球温暖化が進行していることは、疑う余

地がない状況です。地球温暖化(地上からおよそ

気象予報士、元水戸地方気象台長

一 木 明 紀

Page 2: 集中豪雨は地球温暖化でどうなる - 筑波総研株式会社18 筑波経済月報 189 年˙ 月号 略 歴 気象研究所気象衛星観測システム研究部室長、

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■この「つくばのシニア人材紹介コーナー」は、つくば市が2008年度から推進している「つくば市OB人材活動支援事業」に登録されている研究者・教育者の方々より寄稿を受けて作成しています。現役を一旦引退されてもいつまでも社会発展の牽引力となってご活躍をされている方々の研究実績や業務経験の一端をご紹介させていただくものです。

2m高の地上気温の変動で判断)は、地球大気の対流圏界面(対流圏と成層圏の境界)における放射エネルギーの収支が崩れる場合に生じます。対流圏における二酸化炭素などの温室効果気体の増加は、太陽放射は通過させるが、地表面・海面・雲頂などから効率よく上方へ放出される波長領域の赤外放射を吸収し、そこから上下に再放射することで、対流圏界面より上方に出る放射を減少させ、対流圏を温暖化させています(成層圏は対流圏からの赤外放射が減少するので寒冷化)。

世界の地球温暖化の現状の一例を図1に挙げました。これによると、2000~2010年付近に一時気温上昇が停滞する時期がありましたが、2010年代に入り、やはり上昇傾向に転じて温暖化の傾向は明瞭化しています。なお、温暖化が災害の発生につながる短時間強雨の頻度・強度を増加させることに、未だ疑問を持っている専門家もいますので、短時間強雨が増すメカニズムについて簡略に解説します。①二酸化炭素などの温室効果気体による温暖化は、大気、地表・海面等の放射特性から大気の最下層(地表・海面に接する層)から昇温。②海面の昇温による大気最下層への熱と水蒸気の供給増。③前述の①と②で大気下層部が昇温し不安定が強化。④昇温で大気に含まれる最大の水蒸気量(飽和水蒸気圧:バケツの大きさ)が増す。⑤大気下層の水蒸気量の増加によって昇温と同じく大気の潜在的な不安定が強化。⑥潜在的な不安定が蓄積・強化された状態で上昇流が起きると、蓄積された不安定が一気に顕在化し積乱雲などの対流活動が活発化し、温暖化以前より短時間での強い

降水が発生します。台風においても、②に挙げたように、海面水温

の昇温によって海面からの熱と水蒸気の供給が増すことでより巨大な台風の発生につながります。温暖化によって不安定が強化されても不安定な

状態はその都度、対流によって解消されるという観点から、温暖化によって短時間強雨は強化されないと主張している地球温暖化の専門家もいますが、それは理解不足でしょう。前述のように、個々の積乱雲の発達において、地球の温暖化は一時的に解消される不安定をも強化しており、その際に発生する短時間降水の強度とその頻度を増大させるからです。観測事実の一例としてアメダスが観測した短時間強雨の発生回数は図2の通りです。

同図から判断できるように、観測事実からも強い雨の発生頻度は増加傾向にあります。なお、地球の気候変化は、太陽を焦点の1つとする地球の楕円軌道や地軸の傾きの変動、地球誕生以来の太陽活動の変動などの天文的な要因、大規模な火山噴火、隕石の落下、植生の変化等々の影響もあり、時間スケールを考慮して議論する必要があります。しかし、少なくともここ数百年の変動は、人間

活動が産業革命以降に排出した温室効果気体が地球温暖化の主な要因と解釈すべきです。最後に、集中豪雨などの災害を発生させる代表

的な環境場として、発達した低気圧および付随する前線、温度構造が真逆で共に発達した積乱雲を伴う台風(中心に温暖核があり下層は発達した低気圧、上層は弱い高気圧)と、寒冷渦(対流圏全体が寒気で上層は強い低気圧、下層は不明瞭な低気圧)や梅雨前線などの現象があります。

■図1 世界の年平均気温偏差の経年変化(1898~2015年)、(気象庁HP)黒線は各年の値、青線は各年の値の5 年移動平均、直線は長期変化傾向。偏差は1981~2010年30年平均との差(気象庁HP)

■図2 アメダスで見た短時間強雨(1時間降水量50mm)以上の発生回数の長期変化(気象庁HP)

0.5

0.0

-0.5

-1.0

1981-2010年平均からの差(℃)

1890 1900 1910 1920 1930 1940 1950 1960 1970 1980 1990 2000 2010 2020

トレンド=0.71(℃/100年)

気象庁

世界の年平均気温偏差

220

500

400

300

200

100

0

169145

156140

230

186

110

157

103

188

251

190

295

256

156 158177

244

275

356331

206

173182193 194

238254

275

169

209

282

237237

207

112131

94

225

1975 1980 1985 1990 1995 2000年

1000地点あたりの発生回数

2005 2010 2015

10年あたり19.9回増加、1976年から2015年のデータを使用

[アメダス]1時間降水量50mm以上の年間発生回数

サイエンス・インフォメーション