鉄道車両の振動制御装置 アクティブサスペンション...鉄道車両業 号...

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1. はじめに 当社は,国内の鉄道車両の台車製造におい て高いシェアを持っている。そのシェアを維 持しつつ、さらなる向上を狙って、様々な研 究開発を行い、従来の台車に新たな機能を加 えた実用化を達成してきている。車体の左右 の揺れを抑えて乗り心地を向上させるアク ティブサスペンション、曲線通過時の走行速 度を向上して時分短縮と乗り心地を向上さ 鉄道車両の振動制御装置 アクティブサスペンション 37 鉄道車両工業 471 号 2014.7 せる車体傾斜制御装置、特定の曲線のレール 頭頂面に特殊な摩擦調整剤を噴射する潤滑制 御装置、曲線通過時の車輪フランジの摩耗や 横圧低減に寄与する操舵機能付き台車、営業 運転しながら脱線係数を連続的に測定できる PQ モニタリング台車などが,その例である。 本報においては、 表1 に示すこれまで800 両近くにも及ぶ実用化を達成した振動制御装 置アクティブサスペンションについて報告する。 新製品と新技術 新製品と新技術 新日鐵住金株式会社 交通産機品事業部 製鋼所 鉄道台車製造部 第一台車設計室 後藤 表1 アクティブサスペンションの全導入事例 2. 開発の経緯 1988年から従来のパッシブな台車に対し て、電子制御技術を利用して新たな付加価値 を生み出す研究開発に着手した。その中で、 すでに自動車などで研究開発が進んでいたア クティブサスペンションに着目し、鉄道車両 の乗り心地への関与が大きい左右方向のアク ティブサスペンションの開発に取り組んだ。

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Page 1: 鉄道車両の振動制御装置 アクティブサスペンション...鉄道車両業 号 車窓側に上下振動加速度、元空気タンク圧力 と、11個のセンサを要するシステムであった。

鉄道車両工業 471 号 2014.7

1.はじめに 当社は,国内の鉄道車両の台車製造におい

て高いシェアを持っている。そのシェアを維

持しつつ、さらなる向上を狙って、様々な研

究開発を行い、従来の台車に新たな機能を加

えた実用化を達成してきている。車体の左右

の揺れを抑えて乗り心地を向上させるアク

ティブサスペンション、曲線通過時の走行速

度を向上して時分短縮と乗り心地を向上さ

鉄道車両の振動制御装置アクティブサスペンション

37 鉄道車両工業 471 号 2014.7

せる車体傾斜制御装置、特定の曲線のレール

頭頂面に特殊な摩擦調整剤を噴射する潤滑制

御装置、曲線通過時の車輪フランジの摩耗や

横圧低減に寄与する操舵機能付き台車、営業

運転しながら脱線係数を連続的に測定できる

PQモニタリング台車などが,その例である。

 本報においては、表1に示すこれまで800

両近くにも及ぶ実用化を達成した振動制御装

置アクティブサスペンションについて報告する。

新製品と新技術新製品と新技術

新日鐵住金株式会社交通産機品事業部 製鋼所

鉄道台車製造部第一台車設計室

後藤 修

表 1 アクティブサスペンションの全導入事例

2.開発の経緯 1988年から従来のパッシブな台車に対し

て、電子制御技術を利用して新たな付加価値

を生み出す研究開発に着手した。その中で、

すでに自動車などで研究開発が進んでいたア

クティブサスペンションに着目し、鉄道車両

の乗り心地への関与が大きい左右方向のアク

ティブサスペンションの開発に取り組んだ。

Page 2: 鉄道車両の振動制御装置 アクティブサスペンション...鉄道車両業 号 車窓側に上下振動加速度、元空気タンク圧力 と、11個のセンサを要するシステムであった。

鉄道車両工業 471 号 2014.7 38

 本装置の現実味のある検証として、鉄道事

業者殿の実軌道を走行する前に社内で効果を

評価し、さらに各種フェイル状態の影響を確

認するため、開発当時から実物大モデルの設

備(図1 以降、一車両モデル試験機と称す)

を導入していた.この実物で評価が可能な点

は、当社の強みであると考える。

3.アクティブサスペンションの概要 左右方向のアクティブサスペンションの概

要を図2をもとに説明する。まず、車体と台

車間に左右動ダンパが艤装されている高さ位

置にアクチュエータを追加設置する。さらに

制御対象である車体の揺れを計測するために

加速度センサを設置する。そこで、その車体

の振動加速度を入力とし、アクチュエータへ

の指令値を出力とする制御器を車体に艤装す

る。

 制御の手法としては、鉄道車両の左右系の

振動伝達特性が比較的線形なモデルであり、

乗り心地の評価が周波数に依存するため、H

∞制御理論を適用している。

 そこで、制御対象の周波数特性に応じて、

制御器のデータを設計するため、制御用のア

クチュエータを用いて周波数をスイープさせ

ながら車体を加振して、同定を行う。図3に

示すのが、例えば一車両モデル試験機をヨー

イング方向に加振した場合のアクチュエータ

への指令値から車体ヨーイング加速度までの

周波数特性であり、丸印の試験結果と運動方

程式に基づいた実線が良く一致する。

 最後に、制御器のデータをH∞制御理論で

いう重み関数を調整しながら設計する。ただ

し、良い乗り心地を実現するためには、単一

の制御データではなく、走行状況に応じて制

御データを、明かり区間とトンネル区間、低

速区間と高速区間、先頭号車と最後尾号車、

直線と曲線などで切り替えている。

4.開発のコンセプト(空圧) 開発当初は、アクチュエータに使用するエ

ネルギ源は、鉄道車両として受け入れやすく、

扱いやすい既存の空圧とした。

 次に、測定できる状態量はすべて測定する

という考えで、図4に示す初代の空圧アクチュ

エータでは、シリンダストローク、シリンダ

のロッド側・ヘッド側圧力、さらに車体に関

しては、各台車中心上に左右振動加速度、各

新製品と新技術

図 1 一車両モデル試験機

車体

空気ばね

台車

アクチュエータ

上下加速度センサ

左右加速度センサ

制御器

制御信号

各加速度

左右動ダンパ

図 2 アクティブサスペンションの概要図

図 3一車両モデル試験機のヨーイング特性

Page 3: 鉄道車両の振動制御装置 アクティブサスペンション...鉄道車両業 号 車窓側に上下振動加速度、元空気タンク圧力 と、11個のセンサを要するシステムであった。

鉄道車両工業 471 号 2014.7

車窓側に上下振動加速度、元空気タンク圧力

と、11個のセンサを要するシステムであった。

 開発から13年後の2001年、世界で初め

ての実用化したときには、アクチュエータか

らセンサは一切無くなり、制御弁も当初は

給気弁2個と排気弁2個であったものが圧力

サーボ弁1個に削減した。

 さらに約10年後には、アクチュエータの

最大出力よりも応答性を重視して、空圧シリ

ンダの内径を100mmから80mmまで小型

化を行い、現在の形に至る(図 5)。

 また、社内試験、現車試験を通して、車体

の加速度センサについても、上下加速度セン

サを設置せずとも、左右加速度センサだけで

左右動+ローリングの運動を観測、制御でき

ることがわかった。そこで、現在は左右加速

度センサ2個のシステムもある。

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 以上よりシステムの構成は、試験開発時か

ら量産へ進む過程でスリム化することが重要

である。

5.開発のコンセプト(電動) 鉄道車両の高速化の要求が高まる中では、

アクティブサスペンション以外に、全号車に車

体傾斜制御装置の搭載が必要になる。このと

き、両装置のエネルギ源をどうするかという課

題が発生する。例えば、車体傾斜装置に空気

源を使用すると、たとえ一部の号車にだけアク

ティブサスペンションを搭載するにも、空圧式

アクチュエータでは空気源が不足する。どちら

かがエネルギ源を変更する必要がある。そこ

で、求められるアクチュエータとしての応答性

から、車体傾斜制御装置は空気源を使用し、

アクティブサスペンションは電動化に市場は動

いた1)2)。

 一方1998年にボールねじを用いた電動式

アクチュエータを使用した車体傾斜制御装置

の試験を実施したが、耐久性の課題が残って

いた3)。それから数年後、当社は、LSM (Linear

synchronous motor)方式のアクチュエータ

も評価した上で(図6)、欧州の車体傾斜制御

図4 初代空圧式アクチュエータ

図5 最新空圧式アクチュエータ(全長520mm)

図 6 一車両モデル試験機へのLSM艤装

図 7 電動式アクチュエータ(全長971mm)

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鉄道車両工業 471 号 2014.7 40

装置で使用されている、ボールねじよりも耐

久性に優れたローラねじを用いた電動式アク

チュエータに着眼が移り、量産化初代の電動

アクチュエータが完成させた4)(図7)。今後、

空圧式のブラッシュアップと同じように、ス

リム化していく。

6.一車両モデル試験機での評価技術 冒頭にも述べたが、一車両モデル試験機は

開発に大いに貢献している。現在、一車両モ

デル試験機の動特性の逆モデルから、現車で

測定した車体振動加速度波形を精度よく再現

することができている(図8)。これは、実体

のないPC上の数値シミュレーションでも同

様である。この技術により制御方式の違いに

よる性能差、実際にアクティブサスペンショ

ンを採用した際の期待効果が評価できる。例

えば図9に示すように、空圧式で6dB程度

乗り心地レベルを低下するところ、電動式で

10dB程度低下させることができる。特に応

答性の違いから59秒付近のポイント通過の

ような単発の振動にも対応できていることが

わかる。

7.おわりに 今回、このアクティブサスペンションの開

発から実用化・普及までの20年以上の長き

に渡る過程に対して、新技術開発財団から第

46回市村産業賞「貢献賞」を受賞し、当社

の交通産機品事業として初めての快挙となっ

た。ここに、今日までの普及にご支援頂きま

した鉄道事業者殿、外注メーカ殿、ほかの皆

さまに感謝の意を表す。

 今後も、低メンテの空圧、応答性の良い電

動と両者の長所短所を見極めながらさらなる

普及、開発を進める。

参考文献

1)牧野、ほか:電動リニアアクチュエータを用

 いた鉄道車両用動揺防止制御装置の開発、

 日本機械学会第13回鉄道技術連合シンポ

 ジウム、No06-52,pp.519-522(2006)

2)岩波、ほか:電磁アクチュエータを用いた鉄

 道車両用アクティブサスペンションの開発、

 日本機械学会第13回鉄道技術連合シンポ

 ジウム、No06-52,pp.523-524(2006)

3)針山、ほか:電動式車体傾斜制御装置の開

 発、日本機械学会第6回鉄道技術連合シン

 ポジウム、pp.157-158(1999)

4)後藤:鉄道車両向け電動機械式動揺防止制

 御装置の開発、新日鐵住金技報、No.395,

 pp.48-55(2013)

新製品と新技術

図 8 実測値(上)と再現値(下)の振動波形

図 9 制御時(空圧:中、電動:下)の振動波形