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高齢者の在宅医療における薬剤管理の重要性と 生活の質に関する検討 研究報告書 申請者: 高瀬義昌 医療法人社団至高会 理事長・院長 大田区下丸子 1-16-6 提出年月日: 2010 年 8 月 31 日

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高齢者の在宅医療における薬剤管理の重要性と 生活の質に関する検討

研究報告書

申請者: 高瀬義昌 医療法人社団至高会 理事長・院長

大田区下丸子 1-16-6 提出年月日: 2010 年 8 月 31 日

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高齢者の在宅医療における薬剤管理の重要性と生活の質に関する検討 研究報告書

申請責任者 医療法人社団至高会たかせクリニック 理事長・院長 高瀬義昌

共同研究者 東京大学大学院薬学系研究科 特任助教 五十嵐中

共同研究者 東京大学大学院薬学系研究科 助教 草間真紀子

共同研究者 明治薬科大学薬学部 教授 赤沢学

1. 研究の背景と目的

在宅医療を受ける高齢者は、複数の慢性疾患を持つことが多い。そして、それぞれの

症状に対し薬が処方され、結果として多くのくすりを併用することになる。多剤併用は、

特に視覚や聴覚の機能低下や認知症をもつ高齢者では、飲み忘れや飲み間違いなどを引き

起こしやすい。飲み忘れや飲み間違いは、期待する治療効果が得られないだけでなく、副

作用の発生にもつながる。そのため、症状が安定している高齢者では、出来るだけ服用す

る薬の数を減らし、持続的に使う薬を定期的に見直すことが重要とされる。また、在宅医

療の薬剤費用は、高額なものを除いては定額払い(包括払い)となっているため、医療経

済の観点からも「ムダ」を省いた薬の適正使用が望まれている。

しかし、すでに他の病院で治療を受けていた高齢者が在宅医療へ移行した場合などは、

他の医師が処方した薬を変更したり中止したりすることは容易ではない。また、安定して

いた症状が薬を中止することで悪化するのではという懸念もあり、どの薬をどのように減

らすべきか判断が難しい場合も多い。更に、「くすりを減らす」ことについて患者や家族の

理解が得られないこともある。「不十分な治療」との誤解を受けて、他の医師の治療を受け

たり、医師に相談せずに一般薬やサプリメントなどを服用してしまうこともありうる。主

治医の介在しない形でくすりを服用することは、それが処方薬であれ一般薬であれサプリ

メントであれ、重複投与や「飲み合わせ」の危険性を高めることとなる。そのため、在宅

医療において、高齢者の安全性、経済性、生活の質を考慮した上で、処方薬、一般薬、サ

プリメントを含めた処方薬の薬剤管理を行うことが非常に重要となってくる。

そこで本研究では、在宅医療クリニックを受診した認知症の高齢者を対象に、日常的に

服用している薬に関する使用実態調査を行い、高齢者に不適切と思われる処方や重複投

与・相互作用など問題となる可能性が高い組み合わせがないかの確認を行う。さらに、同

様の調査を継続的に行うことにより、服用している薬の内容に変化があるか、また、薬物

治療によって患者のみならず介助者の生活の質がどのように変化したかの調査を探索的に

3

実施する。本研究で得られた知見は、在宅医療における薬剤管理の重要性を再確認すると

共に、高齢者の視点に立って薬の適正使用を推進するためのエビデンスの基礎となる。

2. 研究の計画・方法

2.1 研究対象者

本研究の対象者は、医療法人至高会たかせクリニックにて在宅医療を開始した 65 歳以

上の高齢者とした。ただし、クリニック受診者のみでは十分な症例数が確保できなかった

ため、東京都大田区の認知症対応型共同生活介護施設・「グループホーム・ハート」の入所

者で、申請者の高瀬が担当している入所者について、同様の調査を行った。

2.2 調査方法

医師・精神保健福祉士・薬剤師が在宅医療訪問時に、あらかじめ定められた調査票に基

づいて患者並びに介護者(家族)から直接聞き取りを行った。グループホームの調査にお

いては、担当の従事者に、介護者の視点からの記入を依頼して実施した。調査時期は、在

宅医療開始時、3 ヶ月後、6 ヶ月後の計 3 回を予定した。現段階では、開始時と 3 ヶ月後

の2点を比較した解析を実施している。

調査内容は以下の通りである。

1) 患者の日常生活活動度ならびに認知機能

在宅診療の開始時に、患者の日常生活活動度と認知機能とを、I-ADL(Instrumental Activity

of Daily Living,手段的日常生活動作)スケール日本語版ならびに MMSE(Mini-Mental State

Examination, 認知機能検査)日本語版を用いて評価した。

2) 薬剤使用状況として、過去 1 週間に服用したすべての薬に関する情報(処方薬、一般薬、

サプリメントなどすべて含む)、服用状況や服用理由などについて、毎回確認した。また薬

剤の使用に関しては、高齢者に関して注意を要する薬剤のリスト (Beers criteria 日本版[1])

を用いて、使用状況に関する評価を実施した。

3) 患者・介助者の生活の質 (QOL)評価

患者・介助者の双方について、認知症に特異的な QOL 尺度である QOL-AD (Quality of

Life-Alzheimer’s Disease) と、疾患に依存しない generic 尺度で、日本人のデータによる

バリデーションがなされている EQ-5D (EuroQol-5D)の二つの質問票を用いて評価を行っ

た。

QOL-AD は 13 項目について 4 段階、EQ-5D は 5 項目について 3 段階で評価する。QOL-AD

は各項目の点数 (1-4 点)を単純合計する。EQ-5D は、評価結果を換算表を用いて 0 から 1

の効用値 (utility score)に変換する。いずれも、点数が高いほど QOL が高くなる。

この際には、1) 患者から評価した患者の QOL スコア 2)介助者から評価した患者の QOL

スコア 3) 介助者から評価した介助者自身の QOL スコアの 3 点を評価した。

4) 精神障害の程度と、介助者の介護負担

4

精神障害の程度および介助者の介護負担については、NPI(Neuropsychiatric Inventry)

スケール日本語版を用いて評価した。NPI は妄想・幻覚・興奮・抑うつ・不安・多幸・無

為無関心・脱抑制・易刺激・異常行動の 10 項目からなり、患者の精神症状と各項目につ

いての介護者の負担度評価に有用な尺度である。NPI は、点数が高いほど精神症状や介護

負担が高いことを示す。

さらに介助者の介護負担については、Zarit 介護負担尺度日本語版 (Zarit Burden Interview,

J-ZBI) スケールを併用して調査した。J-ZBI は 22 項目 4 段階からなる質問票で、総得点と

後述する下位尺度により、介護負担感の程度を評価した。

2-3. 解析方法

1) 薬剤使用状況について

使用した服用薬は処方薬および OTC・サプリメントに分類して、記述的な分析を行った。

さらに、処方薬を精神神経系の薬剤とそれ以外の薬剤に分類した上で、用法及び用量のデ

ータから一日あたりの薬価を算出した。

2) その他の指標について

I-ADL・QOL-AD・EQ-5D・NPI・J-ZBI の各指標について、在宅医療開始時(すなわち、

直前の医療機関で治療されていた状態をあらわす)と開始後の比較を行った。

データの集計及び解析は、PASW Statistics ver.18 (SPSS 社)を使用した。

2-4. 倫理面への配慮

本調査研究は、医療法人至高会「ヒトを対象とする研究に関する倫理審査委員会」の承

認を得た上で、疫学研究の倫理指針に準拠して実施した。

3. 調査研究成果

調査期間中、24 名の患者 (男性 19 名・女性 5 名、MMSE スコア:9.8±7.45 (Mean±SD)

から、治療開始前(実際のデータ収集は開始直後)ならびに開始 3 ヶ月後のデータを得た。

以下、このデータに関する解析結果を示す。

3-1. 患者の日常生活活動度

I-ADL スコアにより、日常生活活動度を評価した。22 名から有効回答を得た。治療開始

前の平均スコアは 3.09、開始 3 ヶ月後は 2.72 で、有意差はなかった。結果を表 1 に示す。

3-2. 薬剤使用状況

薬剤の個数と用法用量から計算した 1 日薬価に関し、精神神経系の薬剤とそれ以外に層

別化して解析を行った。価格については、保険薬事典 (2010)のデータを使用した。以下、

平均±SD の値を示す。なお OTC やサプリメントの使用はのべ 3 剤と、非常に少なかった。

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そのため解析ではこれらの薬剤は「精神神経系以外の薬剤」に組み込み、独立の解析は実

施しなかった。

1) 薬剤の個数

全合計では、治療開始前が 7.25±3.02 種、開始 3 ヶ月後が 7.85±2.60 種と 0.60 種増

加したものの、有意差はなかった(p=0.299)。精神神経系・その他の薬剤についても、開

始前後で有意差はなかった。

精神神経系薬剤については、治療開始前が 2.20±2.17 種、開始 3 ヶ月後が 2.25±1.41

種であった(p=0.915)。

その他の薬剤については、治療開始前が 5.05±2.87 種、開始 3 ヶ月後が 5.60±2.43

種であった(p=0.293)。

結果をまとめて表 2 に示した。

2) 1 日薬価

全合計・精神神経系薬剤・その他薬剤それぞれにつき、1 日用量から薬価を計算した。1

日薬価については、医療費支払者の立場をとり、保険自己負担割合にかかわらず薬価の数

値をそのまま算入している。

全合計では、治療開始前が 601±328 円、開始 3 ヶ月後が 696±390 円と 95 円増加

したものの、有意差はなかった(p=0.090)。精神神経系・その他の薬剤についても、開始

前後で有意差はなかった。

精神神経系薬剤については、治療開始前が 301±308 円、開始 3 ヶ月後が 356±287

円であった(p=0.206)。

その他の薬剤については、治療開始前が 299±180 円、開始 3 ヶ月後が 340±168 円

であった(p=0.299)。

結果をまとめて表 3 に示した。

3)薬効分類

調査期間中に処方されたのべ 443 剤について、薬効分類別の集計を行った。

精神神経系薬剤(のべ 123 剤)では、抗てんかん薬 28 剤・認知症治療薬 28 剤・抗う

つ薬 17 剤・催眠/鎮静薬 17 剤の順に多く処方されていた。

その他の薬剤 (のべ 320 剤)については、降圧薬 58 剤・胃潰瘍治療薬 40 剤・骨粗鬆症

治療薬 31 剤・抗血栓薬 27 剤・下剤 22 剤の順に多く処方されていた。

結果を、図 1-1 と図 1-2 に示した。

4)Beers 基準との対応

日本版 Beers 基準に記載のある処方例が、精神神経系で 3 剤 6 例 (フルニトラゼパム・

オランザピン・ミルナシプラン)、その他の薬剤で 3 剤 5 例 (プロプラノロール・ファモチ

ジン・ベラパミル)存在した。Beers 基準におけるコメントと併せて、表 4 に示した。

3-3. 患者と介助者の生活の質

1) EQ-5D

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EQ-5D スケールは、疾患を問わず汎用的に利用できる generic な QOL 尺度である。5

問について 3 レベルで解答し、換算表を用いて 0 から 1 の効用値 (utility score) を算出す

る。算出した効用値は、0 が死亡・1 が完全な健康 (perfect health) に対応しており、効用

値での重み付けによって質調整生存年数 (Quality-adjusted life years: QALY) の算出が可

能になる。以下の結果は、平均±SD で示す。

a) 患者から評価した患者の EQ-5D スコア

10 人の患者について、治療開始前および開始後の EQ-5D スコアを得た。開始前が 0.79

±0.19, 開始後が 0.85±0.16 と、効用値ベースで 0.06 改善したものの、有意ではなかっ

た (p=0.167)。

b) 介助者から評価した患者の EQ-5D スコア

21 人の患者について、治療開始前および開始後の EQ-5D スコアを得た。開始前が 0.52

±0.24, 開始後が 0.60±0.21 と、効用値ベースで 0.08 改善したものの、有意ではなかっ

た (p=0.248)。

治療開始前の患者の EQ-5D スコアに関し、20 人の患者で患者自身の評価 (0.72)と介助

者の評価 (0.52) の双方のデータが得られた。評価者の違いによって、効用値は有意に変動

した (p<0.01)。

a)および b)の結果をまとめて表 5 に示した。

c) 介助者から評価した介助者自身の EQ-5D スコア

介助者 22 名について、治療開始前および開始後の EQ-5D スコアを得た。開始前が 0.70

±0.21, 開始後が 0.75±0.20 で、効用値ベースで 0.05 の改善をみた (p<0.05)。

c)の結果をまとめて表 6 に示した。

2) QOL-AD

QOL-AD は、13 項目について 1-4 の 4 段階で評価するスケール(52 点満点)で、QOL が

高いほど点数は高くなる。19 人の患者について、治療開始前および開始後の QOL-AD ス

コアを介助者の評価により得た。開始前が 24.3±6.2、開始後が 27.3±5.99 と、3.1 点の

改善をみた (p<0.05).

結果をまとめて表 7 に示した。

3-4. 精神障害の程度と、介護負担

1) NPI

NPI 尺度は、妄想・幻覚・興奮・抑うつ・不安・多幸・無為無関心・脱抑制・易刺激・

異常行動の 10 下位項目からなり、患者の精神障害の程度と介護負担を個別に評価できる

指標である。点数が高いほど、精神障害あるいは負担度合いが大きいことを示す。

a)患者の精神障害の程度

10 項目全てについて、開始後に改善をみた。このうち妄想・幻覚・抑うつ・不安の 4

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項目については、統計的に有意な差があった。

結果をまとめて表 8 と図 2 に示した。

b)介護者の負担の程度

10 項目全てにつき、開始後に改善をみた。このうち、幻覚・抑うつ・不安・易刺激の

4 項目については、統計的に有意な差があった。

結果をまとめて表 9 と図 3 に示した。

2)J-ZBI (Zarit)

J-ZBI は 22 項目 4 段階からなる質問票で、介護負担感の程度を評価する指標である。

ZBI は、介護そのものから生じる負担感を示す Personal Strain と、介護により今までのよ

うな生活が送れなくなったことに起因する負担感を示す Role Strain の 2 つの下位尺度を

もつ[2]。いずれも、点数が高いほど負担が大きいことを示す。結果は、平均±SD で示し

た。

Zarit 総得点は開始前で 31.7±20.6、開始後で 25.7±17.9 となり、6.0 点低下したが、

差は有意ではなかった (p=0.08)。

Personal Strain は開始前で 18.3±10.7、開始後で 15.0±10.45 となり、3.3 点低下し

た。この差は統計的に有意であった (p=0.042)。

Role Strain は開始前で 31.7±20.6、開始後で 25.7±17.9 となり、6.0 点低下したが、

差は有意ではなかった (p=0.08)。

結果をまとめて表 10 に示した。

4. 考察

本研究の目標は、高齢者の在宅医療における薬物治療の潜在的な問題を把握し、どのよ

うな薬物管理が必要か、また、患者の医療の質を保ち、安全かつ効率的な在宅医療を提供

するにはどうすればいいのかに関するエビデンスを提供することである。そのために種種

の指標を用いて、探索的な評価を実施した。

実際の在宅診療の場においてデータを得ることは、所要時間や患者・患家の負担など、

種種のハードルを伴う。このような中で、単一の在宅医療使節において症例数をある程度

確保し、なおかつ多種多様な健康アウトカムについて探索的な評価を実施したことは、医

療の質を保ちつつ効率的な在宅医療を提供できる可能性を提示できた面で、意義深いもの

と考える。

まず薬剤使用実態においては、対象患者が高齢者ということもあり、精神神経系 2 種類・

その他 5 種類で合計 7 種類、1 日薬価で見た場合は平均 600-700 円と多くの処方薬を使

8

用している実態が明らかになった。なおかつその半分程度を精神神経系以外の薬剤が占め

ている。このことは、認知症のみに焦点を当てた治療では十分な患者ケアが達成できない

ことを示しているといえる。

共同研究者の赤沢らが広島県下の薬局で行った高齢者の薬剤使用実態調査 (N=546)では、

1 人当たりの平均処方薬数は 5.2 剤であった[3]。多剤併用の傾向はこの先行研究と合致す

る一方、先行研究では半数以上の高齢者が OTC やサプリメントを使用しており、今回の調

査対象者 (サプリメント使用者はゼロ、OTC が 3 名のみ)は使用割合が低くなっている。グ

ループホーム入所者が対象に入ったこともその一因であろう。処方薬の闇雲な OTC・サプ

リメントへの転換は、却って相互作用その他の危険を高める。しかし十分な情報提供を行

った上で OTC やサプリメントを併用することは、保険医療財政の面からみても有用である。

先行研究においては、薬剤使用の実態調査に加え、薬局において OTC やサプリメントを

含めた服用薬チェックを実施し、9 割以上の参加者からポジティブなコメントを得ている。

単なる費用削減ではなく、質を保ちつつ効率的な医療を提供する観点から、患者と密接な

意思疎通が可能な在宅医療において、適切な情報提供をした上でのセルフメディケーショ

ンの浸透は、今後非常に重要な「武器」になると考える。

今回の研究では、患者と介助者双方の QOL を評価し、なおかつ患者については患者自

身と介助者自身の双方から評価を行った。

結果として、患者の QOL スコアに関しては、患者からの評価と介助者からの評価で 0.19

(0.52 vs. 0.72) の差が生じた。認知症の特性とも言える患者自身の病識の薄さが主因と思

われる。疾病負担を正確に推計するためには、介助者の立場からみた患者の QOL 評価が

必須であろう。

介助者自身についても QOL スコアは低下しており (0.70)、在宅診療の開始によって有

意な改善をみた。共同研究者の五十嵐らが行った過去の研究(2008)[4][5]では、大学病院

で診療中の関節リウマチの患者(N=5000)の QOL スコアは平均 0.79、慢性閉塞性肺疾患

(COPD) 患者の重症者(ステージ 3 以上,N-22)の QOL スコアが平均 0.68 であった。これら

のデータと比較すると、認知症が患者のみならず、介助者にとっても大きな負担になって

いることが明らかである。八森らの研究 (2009)でも、認知症医療において本人のみならず

介助者の QOL が改善されることが示されており、本研究により在宅医療の現場において

も同じ効果が得られることが実証された。

認知症の周辺症状 (BPSD)は、中心症状よりも介助者へ与える負担は大きい。BPSD の指

標となる NPI スケールで改善が見られたことは、疾病負担を減らす観点からは大きな意義

があると考える。

介助者の QOL および介護負担が改善し、患者の精神障害が緩和された一方で、一人一

日あたりの薬剤費は精神神経系で55円・それ以外の薬剤で40円、合計95円増加した (696

9

円 vs600 円)。費用負担が増大していることは、一見効率的でないようにも見える。しか

し、医療経済性もしくは医療の効率性を評価する際に、医療コストのみ、なおかつ介入自

体のコストのみに着目するのは誤りである。介入のコストだけでなく、介入によってもた

らされる将来のコスト削減を評価に組み込む必要がある。さらに、コスト面のみならず、

健康アウトカムの改善も考慮してはじめて、正しい意味での医療の効率性評価が可能にな

る。すなわち、コストが増大しても、それに見合った量の健康アウトカムの改善があれば、

医療経済的にも妥当とされる。QOL だけに着目すると、3 ヶ月間で 0.05 のスコア改善が

達成され、その期間でのコスト増分は 95 円×90 日=約 9000 円となる。医療経済評価に

おいては、QOL で重み付けした 1 年 (質調整生存年, QALY) をものさしにした際に、1QALY

あたりのコスト増分が 5-600 万円程度までであれば「妥当」とされる。3 ヶ月で 0.05 の

スコア改善は、0.25×0.05×0.5=0.00625QALY に相当する。9000 円の追加投資で

0.00625QALY の改善が見られることは、1QALY あたりに換算すると 9000÷

0.00625=144 万円/1QALY となり、十分妥当な範囲に収まっている。もちろん介助者の

QOL 改善と、3ヶ月間の薬剤費上昇のみを考慮するのは十分な解析ではなく、長期のアウ

トカムデータやコストデータ(他の医療費の変動や、介護のコスト・介助者の労働損失な

ど)の推計をしてはじめて適切な評価が可能になる。医療経済の側面からも、今後さらな

る定量的な分析の実施が重要になろう。

今回の研究には、いくつかの限界がある。まず研究期間が非常に短期間に限られたこと

である。そのため、とくに健康アウトカムについて、探索的にさまざまな指標を用いて解

析を実施することとなった。このことは、調査に多くの時間を要することとなり、特に患

者・患家への負担も大きかった。今後広汎に実施する際には、今回得られた結果を反映し、

最適なアウトカム指標を設定した上で、対照群をおいた前向きの研究を実施することが、

エビデンスの構築の上では不可欠であろう。

またコスト面については、先述の通り薬剤費の評価のみにとどまった。認知症のコスト

は薬剤費だけではなく、通常の保険医療費・介護費用・介助者の労働損失など、多種多様

の負担が生じる。医療費支払者のみならず社会全体を見据えた疾病評価のためには、これ

らのコストを包括的に評価する分析が今後必要になってこよう。

本研究は、在宅医療を提供している 1 つの医療機関によるパイロット研究である。調

査方法や得られた検討結果を基に、今後はより多くの医療機関の研究参加を求め、在宅医

療を受けている高齢者の実情をより反映した研究へと発展させていく予定である。また、

在宅医療には医師だけでなく、薬剤師、看護師、介護師など様々な分野の専門家がチーム

を組んで、患者のニースにあったサービスを提供していく必要がある。本研究を通じて得

られた成果は、それぞれの専門知識を生かしながら薬物治療を見直すための手順書作りや

その成果を確認するための評価方法を確立していくことにより、多くの高齢者が満足した

10

在宅医療を受けられるようなシステム作りに役立てたいと考えている。

文献

[1] 今井博久,Mark H. Beers,Donna M. Ficks,他.高齢患者における不適切な薬剤処方

の基準─ Beers Criteria の日本版の開発.日本医師会雑誌 2008; 137 (1): 84-91.

[2] 上村さと美, 秋山 純和. Zarit 介護負担尺度日本語版(J-ZBI)を用いた家族介護者の介

護負担感評価. 理学療法科学 2007; 22 (1): 61-5.

[3] Akazawa M, Nomura K, Igarashi A, Kusama M. Medication reviews by community

pharmacists in Japan. ISPOR 4th Asia-Pacific Conference, 5-7 September, 2010,

Phuket, Thailand[発表予定].

[4] Igarashi A, Makita H, Fukuda T, Akazawa M, Kato Y, Tsutani K, Nishimura M. EQ-5D

based QOL assessment in patients with Chronic Obstructive Pulmonary Diseases

(COPD) in Japan. ISPOR 14th Annual International Meeting, Orlando, USA,May 19

2009.

[5] Igarashi A, Hoshi D, Orihara S, Yamanaka H, Tsutani K, et al. Major determinants of

euroqol (EQ-5D) with rheumatoid arthritis based on a large japanese cohort IORRA.

ISPOR 11th Annual European Congress, Athens, Greece. 8 Nov. 2008. Value in Health

2008; 11(6): 218.

研究を終えて

広汎な探索的研究であり、データ収集/解析に困難をともなうことも多かったが、効率

的な在宅医療を提供することの基礎となるエビデンスづくりをクリニックレベルで実施し

たことの意義は大きい。今後、医療経済的な視点を加えた、さらなる研究を実施していき

たい。

謝辞

調査に協力して頂いた、グループホーム・ハートの皆様に心より感謝いたします。

本研究は、公益財団法人 在宅医療助成 勇美記念財団の助成によりなされた。

11

表 1 I-ADL スコア (日常生活活動度、N=22)

基本統計量

平均値 N 標準偏差 平均値の標準誤差

ADL 治療前 3.0909 22 3.02228 0.64435 ADL 治療後 2.7273 22 1.6671 0.35543

検定結果 (paired-t)

平均値 標準偏差 平均値の標準誤差 t 値 有意確率 (両側)

0.36364 3.28844 0.7011 0.519 0.609

表 2 薬剤の個数

基本統計量 平均値 N 標準偏差 平均値の標準誤差 精神神経系1回目 2.20 20 2.17 0.485 精神神経系2回目 2.25 20 1.41 0.315 それ以外 1 回目 5.05 20 2.87 0.643 それ以外 2 回目 5.60 20 2.44 0.545 合計 1 回目 7.25 20 3.02 0.676 合計 2 回目 7.85 20 2.60 0.582

検定結果 (paired t)

平均値 標準偏差 標準誤差 95%CI 下限 95%CI 上

限 t 値 有意確率 (両側)

精神神経系 0.05 2.06 0.46 -0.92 1.02 0.11 0.92

それ以外 0.55 2.30 0.51 -0.53 1.01 1.07 0.30.

合計 0.60 2.48 0.55 -0.56 1.76 1.08 0.20

表 3 薬剤の価格 (1 日薬価)

基本統計量 平均値 N 標準偏差 平均値の標準誤差 精神神経系1回目 356.01 20 287.32 64.25 精神神経系2回目 301.78 20 308.45 68.97 それ以外 1 回目 340.12 20 168.38 37.65 それ以外 2 回目 299.20 20 179.87 40.22 合計 1 回目 696.13 20 390.17 87.25 合計 2 回目 600.94 20 328.73 73.51

12

検定結果 (paired t)

平均値 標準偏差 標準誤差 95%CI 下限 95%CI 上

限 t 値 有意確率 (両側)

精神神経系 54.24 185.28 41.43 -32.48 140.95 1.31 0.21 それ以外 40.92 171.47 38.34 -39.33 121.17 1.07 0.30 合計 95.20 241.61 54.03 -17.88 208.27 1.76 0.09

表 4 日本版 Beers 基準に記載のある処方例

0 5

10 15 20 25 30

図1-1 薬効分類別処方数(精神神経系) 

0 10 20 30 40 50 60 70

図1-2 薬効分類別処方数 (その他の薬剤,上位10種) 

13

開始前 開始後 Beers コメント フルニトラゼパム 3 高齢者に対して半減期長く、長期にわたって鎮静作用示す オランザピン 2 血糖上昇、プロラクチン増加など ミルナシプラン 1 男性高齢者に尿閉の危険性 プロプラノロール 1 安全性の高い代替薬あり ファモチジン 1 1 せん妄のおそれ ベラパミル 1 1 安全性の高い代替薬あり

表 5 患者の EQ-5D スコア

患者自身の EQ-5D スコア・基本統計量 平均値 N 標準偏差 標準誤差 介助者の評価 1 回目 0.52 21 0.24 0.05 介助者の評価 2 回目 0.60 21 0.21 0.05 患者の評価 1 回目 0.79 10 0.19 0.06 患者の評価 2 回目 0.86 10 0.16 0.05 介助者の評価 1 回目 0.52 20 0.25 0.06 患者の評価 1 回目 0.72 20 0.26 0.06

検定結果 (paired t)

平均値 標準偏差

標準誤差

95%CI 下限

95%CI 上限 t 値

有意確率

(両側) 患者からの評価 -0.07 0.14 0.05 -0.17 0.03 -1.50 0.17 介助者からの評価 -0.08 0.31 0.07 -0.22 0.06 -1.19 0.25

評価者間 -0.19 0.26 0.06 -0.32 -0.07 -3.33 0.00

表 6 介助者の EQ-5D スコア

介助者の EQ-5D スコア・基本統計量

平均値 N 標準偏

差 標準誤

差 介助者の評価 1 回目 0.70 22 0.21 0.04 介助者の評価 2 回目 0.75 22 0.20 0.04

検定結果 (paired t)

平均値 標準偏差 標準誤差 95%CI 下限 95%CI 上

限 t 値 有意確率 (両側) 介助者の評価 -0.05 0.12 0.03 -0.11 0.00 -2.13 0.045

14

表 7 患者の QOL-AD スコア

患者の QOL-AD スコア・基本統計量

平均値 N 標準偏

差 標準誤

差 介助者の評価 1 回目 24.3 22 6.20 1.42 介助者の評価 2 回目 27.4 22 5.99 1.37

検定結果 (paired t)

平均値 標準偏差 標準誤差 95%CI 下限 95%CI 上

限 t 値 有意確率 (両側) 介助者からの評価 -3.11 6.42 1.47 -6.20 -0.01 -2.106 0.050

表 8 NPI スコア (患者の精神障害)

NPI 精神障害・基本統計量

平均値 N 標準偏差 標準誤差 00 妄想 3.33 21 3.77 0.82 00 妄想 after 0.86 21 1.59 0.35 01 幻覚 2.45 22 3.66 0.78 01 幻覚 after 0.50 22 1.06 0.23 02 興奮 2.73 22 3.81 0.81 02 興奮 after 1.32 22 2.19 0.47 03 抑鬱 2.38 21 3.51 0.77 03 抑鬱 after 0.57 21 0.98 0.21 04 不安 2.00 20 2.71 0.61 04 不安 after 0.35 20 0.81 0.18 05 多幸 0.45 20 2.01 0.45 05 多幸 after 0.00 20 0.00 0.00 06 無為無関心 2.05 22 3.36 0.72 06 無為無関心 after 0.86 22 1.55 0.33 07 脱抑制 1.45 22 1.95 0.42 07 脱抑制 after 0.86 22 1.58 0.34 08 易刺激 2.48 21 3.37 0.74 08 易刺激 after 1.14 21 1.93 0.42 09 異常 2.18 22 3.98 0.85 09 異常 after 1.45 22 3.00 0.64

15

検定結果 (paired t)

平均値 標準偏差 標準誤差 95%CI 下限 95%CI 上

限 t 値 有意確率 (両側) 00 妄想* 2.48 4.41 0.96 0.47 4.48 2.57 0.02 01 幻覚* 1.96 3.53 0.75 0.39 3.52 2.60 0.02 02 興奮 1.41 3.84 0.82 -0.29 3.11 1.72 0.10 03 抑鬱* 1.81 3.44 0.75 0.24 3.38 2.41 0.03 04 不安* 1.65 2.58 0.58 0.44 2.86 2.86 0.01 05 多幸 0.45 2.01 0.45 -0.49 1.39 1.00 0.33 06 無為無関心 1.18 3.62 0.77 -0.42 2.79 1.53 0.14 07 脱抑制 0.59 1.62 0.35 -0.13 1.31 1.71 0.10 08 易刺激 1.33 3.84 0.84 -0.41 3.08 1.59 0.13 09 異常 0.73 3.45 0.74 -0.80 2.26 0.99 0.33

0.00 0.50 1.00 1.50 2.00 2.50 3.00 3.50 4.00 4.50

図2 NPIスコア (精神障害, n=22) 

1回目

2回目

16

表 9 NPI スコア (介護負担) NPI 介護負担・基本統計量

平均値 N 標準偏差 標準誤差 00 妄想 0.41 22 1.05 0.23 00 妄想 after 0.05 22 0.21 0.05 01 幻覚 1.09 22 1.41 0.30 01 幻覚 after 0.41 22 0.85 0.18 02 興奮 1.32 22 1.96 0.42 02 興奮 after 0.45 22 0.80 0.17 03 抑鬱 1.05 22 1.40 0.30 03 抑鬱 after 0.41 22 0.67 0.14 04 不安 1.14 22 1.32 0.28 04 不安 after 0.23 22 0.53 0.11 05 多幸 0.14 22 0.64 0.14 05 多幸 after 0.00 22 0.00 0.00 06 無為無関心 1.14 22 2.46 0.52 06 無為無関心 after 0.59 22 1.87 0.40 07 脱抑制 0.68 22 0.95 0.20 07 脱抑制 after 0.41 22 0.85 0.18 08 易刺激 1.23 22 1.66 0.35 08 易刺激 after 0.36 22 0.79 0.17 09 異常 0.77 22 1.41 0.30 09 異常 after 0.41 22 0.85 0.18

検定結果 (paired t)

平均値 標準偏差 標準誤差 95%CI 下限

95%CI 上限 t 値 有意確率 (両側)

00 妄想 0.36 1.09 0.23 -0.12 0.85 1.56 0.13 01 幻覚 0.68 1.25 0.27 0.13 1.24 2.56 0.02 02 興奮 0.86 2.08 0.44 -0.06 1.79 1.95 0.07 03 抑鬱 0.64 1.40 0.30 0.02 1.26 2.13 0.05 04 不安 0.91 1.31 0.28 0.33 1.49 3.27 0.00 05 多幸 0.14 0.64 0.14 -0.15 0.42 1.00 0.33 06 無為無関心 0.55 1.79 0.38 -0.25 1.34 1.43 0.17 07 脱抑制 0.27 0.63 0.14 -0.01 0.55 2.03 0.06 08 易刺激 0.86 1.81 0.39 0.06 1.67 2.24 0.04 09 異常 0.36 1.47 0.31 -0.29 1.01 1.16 0.26

17

表 10 Zarit スコア

Zarit スコア・基本統計量 平均値 N 標準偏差 標準誤差 Zarit 総合 1 回目 31.70 23 20.58 4.29 Zarit 総合 2 回目 25.65 23 17.94 3.74 Zarit-Personal1 回目 18.30 23 10.75 2.24 Zarit-Personal2 回目 14.96 23 10.45 2.18 Zarit-Role1 回目 6.65 23 6.42 1.34 Zarit-Role2 回目 4.83 23 4.86 1.01

検定結果 (paired t)

平均値 標準偏差 標準誤差

95%CI 下限

95%CI 上限 t 値

有意確率 (両側)

Zarit 総合 6.04 15.82 3.30 -0.80 12.88 1.83 0.08 Zarit-Personal 3.35 7.42 1.55 0.14 6.56 2.16 0.04 Zarit-Role 1.83 5.94 1.24 -0.74 4.40 1.47 0.16

0 0.2 0.4 0.6 0.8

1 1.2 1.4 1.6 1.8

2

図3 NPIスコア (負担度, n=22) 

1回目

2回目