膵胆道周囲のリンパ網・神経叢解剖-画像診断医の立場から-...日獨医報...
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日獨医報 第58巻 第1号 2013
12�(12�)
はじめに
膵臓は腹部大動脈のすぐ前面を左右に走行し、腹腔動
脈、上腸間膜動脈の二つの大きな動脈の間に位置してい
る。膵臓のリンパは腹腔動脈と上腸間膜動脈の周囲リン
パ節へ集結し、左腎静脈の高さに位置する大動脈周囲リ
ンパ節に流入する。また、腹腔動脈と上腸間膜動脈の周
囲には豊富な神経叢が存在するため、膵臓由来の病変
(主に膵癌)はリンパ網のみならず、膵周囲神経叢にも容
易に進展しやすい解剖学的特徴を有する1-3)。リンパ網・
神経叢は微細構造であるがため、従来の画像診断による
評価は困難であったが、近年急速な普及を遂げたMulti-
detector row CT(MDCT)は空間分解能、時間分解能に極
めて優れ、その1mm-sliceかつ多断面再構成画像により、
リンパ網・神経叢の正常と病的状態が少しずつ解明され
つつある。
本稿では、膵周囲リンパ網および膵胆道周囲神経叢の
解剖を、現在まで得られているMDCT所見の知見を交
えながら概説する。
膵周囲リンパ網
膵周囲リンパ網に関する報告例は少ないものの、Deki
and Satoにより、詳細な解剖学的検討がなされている1-3)。
膵周囲リンパ網(リンパ節とリンパ管から構成)は複雑な
ネットワークを形成しており、これらは四つの主経路(膵
頭部前面、膵頭部後面、膵体尾部、傍大動脈周囲)(図1)
に分類される。
トピックス2
膵胆道周囲のリンパ網・神経叢解剖-画像診断医の立場から-
Sma
Cea SmaPv
Sma
Cea Cea
SmaLrv
図1 膵周囲の正常リンパ網とリンパ流のシェーマA 膵頭部前面
B 膵頭部後面
C 膵体尾部
D 傍大動脈周囲
(文献4)より引用)
A B
C D
Cea:腹腔動脈,Sma:上腸間膜動脈,Pv:門脈,Lrv:左腎静脈
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①膵頭部前面:膵十二指腸アーケードに沿って認められ
ることが多い。上部リンパ網は胃十二指腸動脈から総肝
動脈に沿って、また中部・下部リンパ網は上腸間膜動脈
に沿って走行し、腹腔動脈および上腸間膜動脈の右側に
位置するリンパ節に集結する。
②膵頭部後面:上部・中部・下部リンパ網が存在し、い
ずれも腹腔動脈および上腸間膜動脈の右側に位置するリ
ンパ節に集結する。
③膵体尾部:脾動脈ならびに下膵動脈に沿った二つの主
経路が存在する。上部は脾動脈に沿った経路、下部に関
しては体部で下膵動脈に沿った経路、尾部で脾動脈に
沿った経路が主流であり、腹腔動脈および上腸間膜動脈
の左側に位置するリンパ節に集結する。
④傍大動脈周囲:腹腔動脈および上腸間膜動脈の両側に
位置するリンパ節は大動脈周囲リンパ節に向かい、大動
脈の上下、左右で密に連絡している。最終的に、左腎静
脈の上下に接した大動脈周囲リンパ節に流入する。
われわれの施設で行った1mm-sliceの造影MDCTによ
る正常例の検討では、リンパ節は結節状構造として、リ
ンパ管はリンパ節間を連結する微細な線状構造として高
頻度に描出された(図2)。特に大動脈周囲リンパ節の上
部・下部を結んだ頭尾側方向のリンパ管は100%の検出
率であり、再構成冠状断像でより明瞭に描出された。膵
体尾部周囲のリンパ管描出能は大動脈周囲と比べ低かっ
たものの、腹腔動脈・上腸間膜動脈周囲リンパ管で51〜
90%、膵頭部周囲リンパ管で27〜77%の検出率であっ
た4)。
膵癌はリンパ網への浸潤傾向が強く、膵周囲リンパ網
への癌浸潤は病期や予後に影響する。Kayaharaらは99
症例の膵癌手術例で、膵頭部癌の76%、膵体尾部癌の
83%にリンパ節転移を認めたと報告している5)。また、
Gebhardtらは、2cm以下の膵癌ではリンパ節転移41%、
リンパ管浸潤86%、4.1〜6cm径の膵癌ではリンパ管浸
潤100%であり、さらにリンパ節転移を認めない症例の
64%にリンパ管浸潤を認めたと報告している6)。Notoら
は上腸間膜静脈への浸潤を伴う膵頭部癌全例(6症例)で、
上腸間膜動脈周囲リンパ節への転移と連続するリンパ
管内に多数の腫瘍塞栓を認めたと報告している7)。した
がって、膵癌の画像診断による術前評価では、リンパ節
転移のみならずリンパ管浸潤の有無にも注意を払うこと
が治療方針の決定に重要となる。
前述した1mm-sliceの造影MDCTでは膵癌のリンパ網
浸潤は、肥厚したリンパ網が“網目状”、“管状”、“軟部
組織腫瘤状”として認められる。膵癌の経過観察中に、
“網目状”が“軟部組織腫瘤状”へと構造が変化する症例
も多々見受けられる。“管状”、“軟部組織腫瘤状”は高頻
度にリンパ網浸潤を反映しているが、“網目状”のCT所
見は炎症や浮腫においてもみられることがあり、診断の
際、留意する必要がある4)。リンパ流の側面からは、膵
図2 膵周囲の正常リンパ網A 造影CT軸位像
B 造影CT冠状断再構成像
リンパ節は結節状構造(矢印)として,リンパ管はリンパ節間を連ねる微細な線状構造(矢頭)として描出されている.
A B
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周囲リンパ網は最終的に左腎静脈の上下に接した大動脈
周囲リンパ節に注ぐため、左腎静脈レベルの大動脈周囲
リンパ網の異常に最も着目すべきである。大動脈周囲リ
ンパ節転移は術後再発率や生存率に影響を及ぼすとの報
告8-10)があり、同領域のリンパ網浸潤は所属リンパ節浸
潤に留まらず、すでにsystemicに浸潤している可能性が
考慮される。
課題としては、膵周囲にはリンパ網のみならず神経叢
も多く存在するため、これらを網羅した正常画像解剖を
今後確立して行く必要があり、このことが膵癌の正確な
病期診断に直結するものと思われる。また、膵周囲と膵
臓内のリンパ網には交通性があり、癌浸潤の重要なルー
トであると予想され、MRIなどと合わせた膵内リンパ網
の解明が望まれる。
膵周囲神経叢
膵癌は膵内から膵外神経叢に沿って膵外に進展し、発
見時はすでに進行癌であることがほとんどである。膵
周囲には膵頭神経叢(Ⅰ部、Ⅱ部)、上腸間膜動脈神経
叢、総肝動脈神経叢、肝十二指腸間膜内神経叢、脾動脈
神経叢、腹腔神経叢など多数の膵外神経叢11、12)が存在
し、互いに線維性組織により結合している(図3)。腹腔
動脈を取り囲むように腹腔神経叢と腹腔神経節が存在す
る。腹腔神経節からは交感神経、副交感神経が分配され
る。膵頭前面への神経は腹腔神経叢から膵十二指腸アー
ケードに沿って認められ、後面は膵頭神経叢から直接派
出し、膵体・尾部では脾動脈に沿って分布する3)。これ
らのうち、特に両側腹腔神経節から上腸間膜動脈神経叢
を経て鉤状突起の左縁に連なる膵頭神経叢第Ⅱ部が、膵
癌の術後再発や予後に深く関与するため、臨床上、最も
重要な神経叢として位置づけられる13)。
正常な膵頭神経叢第Ⅱ部は、1mm-sliceの造影MDCT
では時に線状構造として認められることがあるが、通
常、同定は困難である。これまで膵頭神経叢第Ⅱ部への
癌浸潤のCT評価としては、同領域における“縞状”、“帯
状”、“腫瘤状構造”の存在が診断基準14、15)として用いら
れてきたが、Mochizukiら16)は膵頭部癌患者の病理組織
切片を術前MDCT画像と一致させることで、詳細な膵
頭部神経叢への癌浸潤所見を検討している。膵頭部の内
側後部の脂肪濃度の上昇を“腫瘤・索状”、“粗網状”、“微
細網状・線状”、“結節状”の4型に分類し、“腫瘤・索状”、
“粗網状”の所見を癌浸潤陽性の診断基準とした場合、
94.6%の正診率が得られたと報告している(図4)。また、
下膵十二指腸動静脈が膵頭神経叢第Ⅱ部の近傍を走行し
ており、これらの動静脈に狭窄や閉塞,あるいは周囲脂
肪織の索状変化を認めた場合、同神経叢への癌浸潤を疑
う必要がある14)。
以上述べてきた膵周囲の正常画像解剖の基礎知識は、
膵癌などの悪性腫瘍や膵炎の波及を正確に診断する上
で、必要不可欠であると思われる。
胆道周囲神経叢
肝外胆管癌は胆管癌全体の20〜40%を占め、外科的
切除が最も有用な治療法となる17、18)。肝外胆管癌患者
で、神経叢浸潤、リンパ節転移および血管浸潤について
予後との関係を調査した過去の報告では、神経叢浸潤
が予後に対する最も重要なリスクファクターに位置づ
けられている。神経叢浸潤症例の5年生存率は13〜30%
であり、非浸潤例の46〜71%と比較して有意に低く、
術後再発がその主原因となっている19、20)。このことか
ら、術前に肝外胆管癌の神経叢浸潤を正確に画像診断
右腹腔神経節
左腹腔神経節
上腸間膜神経叢
上腸間膜動脈
膵頭神経叢第Ⅰ部
膵頭神経叢第Ⅱ部
図3 膵頭部周囲神経叢のシェーマ膵頭神経叢第Ⅰ部:右腹腔神経節から鉤状突起の左縁に連なる膵頭神経叢.膵頭神経叢第Ⅱ部:上腸間膜動脈神経叢から鉤状突起の左縁に連なる膵頭神経叢(矢頭).
(文献12)より引用改変)
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することが、術式を決定する上で重要となる。過去の
報告によると、肝外胆管周囲の神経叢は右側の腹腔神
経節と連続しており、posterior hepatic plexusesと呼称
される21-23)。同神経叢には二つのルートが存在し、上・
中部胆管から門脈本幹の背側を走行し腹腔神経節へと
連続するルート(posterior hepatic plexus-1)と、下部胆
管(膵内胆管)から膵頭部背側の膵実質を介して腹腔神
経節へ連続するルート(posterior hepatic plexus-2)とが
ある(図5)。胆管癌症例でposterior hepatic plexusesへ
の浸潤に関して画像的に評価した報告例はなく、われ
われの施設では肝外胆管癌手術例43例を対象に、術前
に施行された1mm-sliceの造影MDCTによる評価を行い
病理像と対比した24)。画像評価には、ダイナミック造
影CT門脈相における横断像と冠状断像を用いた。診
断基準は、胆管癌病巣と連続し、かつposterior hepatic
plexus-1およびposterior hepatic plexus-2の走行に沿っ
て脂肪濃度の上昇(網状、索状構造または腫瘤形成)を
認めた場合、“同神経叢浸潤陽性”と判断した。その結
果、正診率は横断像で82%、冠状断像(図6)で95%と、
冠状断像でより良好な正診率が得られた。胆管癌術前
のMDCT(特に冠状断像)において、posterior hepatic
plexuses浸潤陽性のCT所見を認めた場合には、これら
N上腸間膜動脈
図4 膵頭部癌,膵頭神経叢第Ⅱ部浸潤症例A 術前MDCT横断像:膵頭部の腫瘍部(矢印)から上腸間膜動脈根部へと連続する索状構造(矢頭)を認め,膵頭神経叢第Ⅱ部への癌浸潤が疑われた.膵頭十二指腸切除術および同神経叢の郭清術が施行された.B 切除病理標本強拡大像(HE染色):膵頭神経叢第Ⅱ部の神経周囲腔に腫瘍浸潤(矢頭)を認めた.
A B
腹腔動脈
上腸間膜動脈
門脈
上部~中部胆管
腹腔動脈
上腸間膜動脈
門脈
下部胆管
図5 正常例の冠状断像におけるposteriorhepaticplexusesのルートA Posteriorhepaticplexus-1:上・中部胆管から門脈本幹の背側を走行し腹腔神経節へと連続するルート.B Posteriorhepaticplexus-2:下部胆管から膵頭部背側の膵実質を介して腹腔神経節へ連続するルート.
A B
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神経叢の郭清術を積極的に行う必要があり、予後の改
善に寄与するものと思われる。
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腹腔動脈
上腸間膜動脈
門脈
腹腔動脈
上腸間膜動脈
門脈
図6 中〜下部胆管癌,posteriorhepaticplexus-1浸潤症例A 術前MDCT冠状断像:中部胆管の腫瘍部(矢印)から連続してposterior hepatic plexus-1のルートに沿った網状,索状構造を認め(矢頭),同神経叢浸潤が疑われる.B 術後8ヵ月の経過観察のMDCT冠状断像:膵頭十二指腸切除術が行われたが,腹腔動脈右側から門脈背側のposterior hepatic plexus-1のルートに沿った再発(矢頭)が出現した.
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