韓国の成長モデルと日韓経済関係の変化...1997...

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1 商学論集 第 83 巻第 2 号  2014 9 論 文 韓国の成長モデルと日韓経済関係の変化 ── 日韓関係悪化の経済的背景 ── 佐 野 孝 治 I 冷え込む日韓関係 来年の 2015 年には,韓国の植民地支配からの解放 70 周年,日韓国交回復 50 周年を迎える。し かし現在,歴史問題や領土問題をめぐり,日韓関係は史上最悪水準にあるといえる。 2003 年の「冬のソナタ」ブーム以降,「韓流」はドラマや K - POP だけでなく,観光,ファッショ ン,ショッピングなど関連分野へ拡大しつつあった。日韓の相互往来者数も増加し,訪韓日本人は 1975 年の 36 万人から,1988 年のソウルオリンピック時に 112 万人になり,2012 年には過去最多 352 万人に達した。他方,訪日韓国人数も,1965 1.7 万人から 1997 年に 101 万人を突破し, 2012 年には 204 万人に達した(図 1 参照)。また 2009 年以降,世界金融危機からの韓国経済の V 字型回復やサムスンや現代自動車などの財閥系企業の好調な業績に注目が集まり,「韓国に学べ」 という主張が政界,財界,マスコミ等で一斉になされてきた 1 しかし 2012 8 10 日に,李明博前大統領が,竹島(韓国名「独島」)に上陸し,さらに 8 14 日「(天皇が)韓国を訪問したければ,心から謝罪をするならばよいと考える」と発言したこと を契機として,日韓関係は暗転した。 内閣府の「外交に関する世論調査」では,「韓国に親しみを感じる」比率は,2011 年の 62.2% ら,2013 年には 40.7% に急落した(図 2 参照)。同様に「日韓関係を良好だと思う」比率は,ピー クである 2009 年の 66.5% から 2013 年には 21.1% に急落した。反韓・「嫌韓」 2 デモが増加し,2009 年の 30 件から,2012 301 件,2013 19 月では 243 件に増加した 3 。そのスローガンも「竹島 返還要求」から,人種差別的なヘイトスピーチ(「憎悪表現」)に過激化している。2002 年のサッカー ワールドカップ共催,「韓流」,日韓の往来者数の増加などにより,1996 年から徐々に改善してき た日韓関係は一挙に振出しに戻った感がある。 一方,韓国の峨山政策研究院の世論調査(2014 3 月実施)では,日韓関係について,「悪い」 1 竹中平蔵[2010]「いまこそ李明博の政治主導の経済政策に学べ」『Voice6 月,金美徳[2012]『なぜ韓国 企業は世界で勝てるのか』PHP,小林英夫・金英善[2012]『現代がトヨタを越えるとき』筑摩書房などが あげられる。詳しくは,佐野孝治[2011]「世界金融危機以降における韓国経済の V 字型回復と二極化」『商 学論集』80 1),参照。 2 インターネット上では 2002 年のワールドカップ共催のころから,嫌韓的発言が広がり,2005 年には,山野 車輪[2005]『マンガ嫌韓流』晋遊舎がベストセラーとなった。 3 『中央日報』2013 10 31 日。

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    佐野 : 韓国の成長モデルと日韓経済関係の変化商学論集 第 83巻第 2号  2014年 9月

    【 論 文 】

    韓国の成長モデルと日韓経済関係の変化── 日韓関係悪化の経済的背景 ──

    佐 野 孝 治

    I 冷え込む日韓関係

    来年の 2015年には,韓国の植民地支配からの解放 70周年,日韓国交回復 50周年を迎える。しかし現在,歴史問題や領土問題をめぐり,日韓関係は史上最悪水準にあるといえる。

    2003年の「冬のソナタ」ブーム以降,「韓流」はドラマや K-POPだけでなく,観光,ファッション,ショッピングなど関連分野へ拡大しつつあった。日韓の相互往来者数も増加し,訪韓日本人は1975年の 36万人から,1988年のソウルオリンピック時に 112万人になり,2012年には過去最多の 352万人に達した。他方,訪日韓国人数も,1965年 1.7万人から 1997年に 101万人を突破し,2012年には 204万人に達した(図 1参照)。また 2009年以降,世界金融危機からの韓国経済の V字型回復やサムスンや現代自動車などの財閥系企業の好調な業績に注目が集まり,「韓国に学べ」という主張が政界,財界,マスコミ等で一斉になされてきた1。しかし 2012年 8月 10日に,李明博前大統領が,竹島(韓国名「独島」)に上陸し,さらに 8月

    14日「(天皇が)韓国を訪問したければ,心から謝罪をするならばよいと考える」と発言したことを契機として,日韓関係は暗転した。内閣府の「外交に関する世論調査」では,「韓国に親しみを感じる」比率は,2011年の 62.2%か

    ら,2013年には 40.7%に急落した(図 2参照)。同様に「日韓関係を良好だと思う」比率は,ピークである 2009年の 66.5%から 2013年には 21.1%に急落した。反韓・「嫌韓」2デモが増加し,2009年の 30件から,2012年 301件,2013年 1~9月では 243件に増加した3。そのスローガンも「竹島返還要求」から,人種差別的なヘイトスピーチ(「憎悪表現」)に過激化している。2002年のサッカーワールドカップ共催,「韓流」,日韓の往来者数の増加などにより,1996年から徐々に改善してきた日韓関係は一挙に振出しに戻った感がある。一方,韓国の峨山政策研究院の世論調査(2014年 3月実施)では,日韓関係について,「悪い」

    1 竹中平蔵[2010]「いまこそ李明博の政治主導の経済政策に学べ」『Voice』6月,金美徳[2012]『なぜ韓国企業は世界で勝てるのか』PHP,小林英夫・金英善[2012]『現代がトヨタを越えるとき』筑摩書房などがあげられる。詳しくは,佐野孝治[2011]「世界金融危機以降における韓国経済の V字型回復と二極化」『商学論集』80(1),参照。

    2 インターネット上では 2002年のワールドカップ共催のころから,嫌韓的発言が広がり,2005年には,山野車輪[2005]『マンガ嫌韓流』晋遊舎がベストセラーとなった。

    3 『中央日報』2013年 10月 31日。

  • 商  学  論  集 第 83巻第 2号

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    が 80.3%,日本の国家好感度は 10点満点で 2.27点(米国 5.79点,中国 4.82点,北朝鮮 2.71点)と低い。日韓関係は協力相手(18.9%)ではなく,競争相手(74.1%)と捉えられている。これは韓中関係が競争相手(31.9%)よりは,協力相手(59.1%)と捉えられているのとは対照的である4。

    4 峨山政策研究院「報道資料」2014年 3月 5日(http://asaninst.org)参照。

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    出所:日本政府観光局提供データおよび韓国観光公社、Korea、Monthly St s cs of Tourism 各年版より作成。

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    図 1 日韓の往来者数出所 : 日本政府観光局提供データおよび韓国観光公社,Korea,Monthly Statistics of Tourism各年版

    より作成。

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    図 2 日本における韓国に対する親近感の変化出所 : 内閣府[2013]「外交に関する世論調査」

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    佐野 : 韓国の成長モデルと日韓経済関係の変化

    2,3年前まで,「韓国やサムソンに学べ」と主張していた雑誌も,一転,「『反日』韓国の精神構造」(『中央公論』2014年 3月号),「誰も書かない日韓関係」(『エコノミスト』2014年 2月 4日)など,一斉に韓国に批判的な特集を組んでいる5。筆者は,これまでの研究で,1960年代半ば以降,韓国が国際政治経済環境や歴史的条件を積極的に活用することで,「国民経済志向の輸出主導型成長モデル」を形成してきたこと,そして 1997年のアジア通貨危機を画期として,「グローバル化志向の輸出主導型成長モデル」に転換したことを明らかにした。この成長モデルは,グローバリゼーションに対する強靭性の一面を持っているが,他方で, ① グローバリゼーションに対する脆弱性,② 内需の長期的停滞と成長率の鈍化,③ トリックルダウン(浸透)効果の弱化,④ 低賃金周辺労働者層の増加,⑤ 韓国社会の二極化,⑥ 財閥系企業の独占体制による歪みなど,多くの問題を抱えている。したがって安易に「韓国モデル」を採用すべきではないと述べた6。しかし,近年の日韓関係の悪化,韓国バッシングに対しては懸念を持っている。冷静に歴史問題

    や外交問題に対処するうえでも,この背景にある日韓経済関係の歴史と現状,そして課題について,明らかにすることが重要である。日韓経済関係に関する先行研究としては,評論的記事を除けば非常に少ない。学術図書としては,

    小此木政夫・河英善編[2012]『日韓新時代と経済協力』と 1910年の日韓併合から 70年代までを対象とした永野慎一郎[2008]『相互依存の日韓経済関係』があるのみである。論文としては,日本総研の向山英彦氏や深川由紀子氏による一連の研究があるが,近年の日韓経済関係に限定されている7。その他,個別的なテーマとして,日韓 FTAに関する研究(金亨昊[2009],朴昶建[2008],金都亨[2007])や日韓貿易(水野順子編[2011],任千錫[2008a, b],鄭承衍[2005])などがある。韓国では,日韓経済関係を対象とした研究は,研究関心が日本から中国や FTA交渉国にシフト

    したため,金ドヒョン[2008]『韓日構造改革と新経済協力』,サコンモク・シンヒョンス他[2013]『韓日産業協力のパラダイム変化と課題』などがある程度で多くない。日韓 FTAに関する研究(オドンユン・イフンベ[2008],チェセギュン[2004],クォンヨンミン[2001])と対日貿易赤字に関する研究(イウガン[2012],オドンユン編著[2010]など)が中心である。日韓両国において,FTAなどに研究対象が細分化されたことにより,日韓経済関係を歴史的か

    つ総合的に考察した研究は非常に少ない。また韓国の成長モデルとの関連で日韓関係を分析した研究は皆無である。したがって,本稿では韓国の成長モデルの変化と関連させながら,貿易,投資,技術などの面から日韓経済関係の歴史と現状について考察する8。

    5 その中でも嫌韓的視点の代表的論者として,評論家の三橋貴明氏を挙げることができる。三橋貴明[2013]『いよいよ,韓国経済が崩壊するこれだけの理由』ワック,三橋貴明[2012]『グローバル経済に殺される韓国 打ち勝つ日本』徳間書店など。他方で,『ジェトロセンサー』(756)の「特集 新時代の日韓経済関係 : 共存を模索する」など理性的な特集もある。

    6 佐野孝治[2013]「グローバリゼーションと韓国の輸出主導型成長モデル」『歴史と経済』(219),参照。 7 向山英彦[2014]「日韓関係が揺らぐなかで懸念される経済関係への影響」(『RIM環太平洋ビジネス情報』

    14(52),向山英彦[2012]「グローバル化のなかで強まる日韓経済関係」『Rim : 環太平洋ビジネス情報』12(44)。深川由紀子[2013]「新政権下における日韓経済関係の展望」『世界平和研究』39(3)など参照。

    8 本稿は,佐野孝治[2014]「日韓経済関係の歴史・現状と課題─韓国の視点から見た経済関係─」『経済』(226)

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    また本稿では,1965年以降の日韓経済関係を大きく二つに時期区分する9。第一に,1965年から1997年は,韓国が日本へのキャッチアップをめざし日本的な「国民経済」を志向していた時期であり,日韓経済関係は対等ではなく,垂直的な関係であった。第二に,1997年のアジア通貨危機以降,韓国がグローバリゼーションに対応するため,「日本モデル」からの離脱を図るとともに,構造改革を進めていった時期である。韓国において日本のプレゼンスが低下するのに対比して,中国のプレゼンスが高まるとともに,日韓経済関係はそれまでの垂直的な関係から,「水平的」な関係,ライバル関係へと転換しつつある。この時期区分は,先述の成長モデルの変化と密接に対応している。なおグローバリゼーションの下で,貿易,投資,人的交流のネットワークの緊密化と深化が進ん

    でおり,日本と韓国といった二国間関係を超えた分析が必要であるが,日韓関係の悪化の経済的背景を抽出するためにも,本稿ではあえて二国間に対象を限定して考察する。

    II 日本をモデルとする「国民経済志向の輸出主導型成長モデル」と垂直的日韓経済関係

    (1) 日本をモデルとする「国民経済志向の輸出主導型成長モデル」

    1965年から 1997年における韓国の成長モデルは,「政府主導の下,資本,技術,資本財・中間財を日本・米国に依存し,良質かつ低廉な労働力を基礎に労働集約製品を組み立て,最終製品を米国市場に輸出する」という「国民経済志向の輸出主導型成長モデル」と規定できる10。国内市場が狭隘な韓国は,朴正熙大統領の下で,自立的な「国民経済」を志向し,重化学工業化を推進した。その際,モデルとしたのは日本である。日本の経済・社会制度だけでなく,技術,製品,ノウハウなどをベンチマークし,「複製戦略」11を採用した。

    (2) 日本の韓国に対する賠償・経済協力

    この時期の日韓経済関係は,経済格差が大きく垂直的関係といってよい。1965年の経済規模(名目 GDP)は,日本 910億ドル(世界 5位)に対し,韓国 30億ドル(43位)と 3%に過ぎず,フィリピンやバングラディシュよりも下回っていた。一人当たりで見ても,日本 934ドルに対し,韓国は 106ドルと約 10分の 1であった(図 3参照)。

    1965年 6月に日韓基本条約,請求権・経済協力協定が締結され,日本は韓国に対して無償 3億ドル,政府借款 2億ドルを供与し,浦項製鉄(POSCO),京釜高速道路,昭陽江ダムなどが建設さ

    に,大幅に図表等を入れ,加筆修正したものである。 9 1910年日韓併合からの植民地支配,1945年の解放から国交回復までの日韓経済関係は紙幅の関係から割愛する。

    10 佐野孝治[1992]「韓国経済へのベトナム戦争の影響」『三田学会雑誌』84(4)及び佐野孝治[2013]「グローバリゼーションと韓国の輸出主導型成長モデル」『歴史と経済』(219),参照。

    11 松本厚治[2001]「韓国の経済発展と『日本モデル』」松本厚治・服部民夫編著『韓国経済の解剖』文眞堂,参照。

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    佐野 : 韓国の成長モデルと日韓経済関係の変化

    れた12。日本から韓国への賠償・経済協力は,1965年から 1998年までの累計で,贈与 11.5億ドル(無償資金協力 2.3億ドル,技術協力 9.1億ドル),円借款 36億ドルにのぼり,主にインフラ建設,産業育成に利用された13。

    (3) 垂直的な日韓貿易関係

    韓国の対日輸出は,1965年には,4,131万ドルであったが,1990年には 126億ドルに増加した。日本のシェアは同期間に 25.5%から 19.4%へと若干低下したものの依然として大きい(図 4参照)。また米国のシェアは同期間に 35.2%,36.6%と高水準を維持している14。

    1965年の対日輸出の内訳は,魚介類などの食料品 1,544万ドル(37.4%),鉄鉱石などの原材料 1,839万ドル(44.5%),無煙炭など鉱物性燃料 266万ドル(6.4%)と一次産品が大部分を占めている15。1990年でも,第 1位に衣類(18.6%),第 5位に履物(3.4%)と労働集約的製品がライクインしている16。他方,対日輸入は,1965年の 1.8億ドルから,1990年には 186億ドルへと拡大した。輸入に占める日本のシェアは,同期間に 37.8%から 26.6%へと若干低下したものの,依然として大きい。

    12 日韓交渉については,太田修[2003]『日韓交渉─請求権問題の研究』クレイン,高崎宗司[1996]『検証 日韓会談』岩波新書などを参照。

    13 外務省[1999]『政府開発援助(ODA)白書 1999年版』48~53ページ。韓国の経済成長に伴い,無償資金協力は,1978年に終了した。その後,韓国は 1987年に対外経済協力基金(EDCF),1991年に韓国国際協力団(KOICA)を発足させ,援助供与国に転換した。

    14 韓国貿易協会データベース(http://www.kita.net)より計算。15 通商産業省[1967]『通商白書 1967年版』295ページ。16 MITI 3桁基準。韓国貿易協会データベース(http://www.kita.net)より計算。

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    出所: IMF, World Economic Outlook Database,April 2014,およびUN data(h p://data.un.org)により作成。

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    日本の1人当たり名目GDP(右軸) 韓国の1人当たり名目GDP(右軸)

    図 3 日本と韓国の名目 GDPおよび 1人当たり名目 GDPの推移出所 : IMF, World Economic Outlook Database, April 2014,および UN data(http://data.un.org)により

    作成。

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    品目別では,1965年で化学肥料など化学製品 5,138万ドル(28.5%),機械機器 4,898万ドル(27.2%),繊維製品 3,645万ドル(20.2%)と工業製品が大部分である。1990年でも,半導体(10.7%),鉄鋼板(5%),繊維および化学機械(4.5%)など中間財・資本財が中心である17。日本の貿易に占める韓国のシェアを見てみると,韓国のシェア(1965年)は輸出の 2%,輸入の

    0.5%と極めて小さかった18。その後,韓国の経済成長に伴い,1990年では輸出の 6%(3位),輸入の 5%(5位)を占め,重要な貿易相手になりつつある19。この時期は,「組立型工業化」であり,資本財・中間財を日本・米国から輸入し,労働集約製品を組み立て,最終製品を米国に輸出する米国・韓国・日本のトライアングル構造であった。そのため韓国の対日貿易赤字は 1965年 1.3億ドルから 1990年 59億ドルへと増加し,慢性的・構造的な赤字であり,「鵜飼い経済」20とも揶揄された。この対日貿易赤字は,韓国において,政治問題となり,日韓摩擦の主要因となってきた。そのため,1978年には事実上の対日輸入規制である「輸入先多角化品目制度」が導入され,乗用車,カラーテレビ,工作機械などが指定された。また 1992年の日韓首脳会談で,「日韓貿易不均衡是正等のための具体的実践計画」を合意し,韓国の産業技術力の強化・向上を図った。

    17 同上。18 通商産業省[1967]『通商白書 1967年版』270~273ページより計算。19 財務省「財務省貿易統計」(http://www.customs.go.jp/toukei/info/)より計算。20 韓国が鵜で日本が鵜飼いという比喩。小室直樹[1985]『韓国の悲劇』光文社。2009年 11月 15日の『朝鮮日報』でも「鵜飼い経済の亡霊」というコラムが書かれている。

    図 4 日韓貿易の推移と韓国の対日・対中輸出入のシェア 注 : 通関ベース。出所 : 韓国貿易協会データベースより作成。

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    佐野 : 韓国の成長モデルと日韓経済関係の変化

    日韓両国の貿易収支と経常収支を見ると(図 5参照),1980年代以降,日本は輸出を伸ばし,貿易黒字を拡大させ,経常収支も一貫して黒字であった。1994年,日本は 1,441億ドルの貿易黒字(経常黒字 1,306億ドル)を記録したが,韓国は 35億ドルの貿易赤字(35億ドルの経常赤字)であり,「輸出主導型成長モデル」と言いながらも,両国には大きな開きがあった。

    (4) 一方的な日韓の直接投資関係

    1970年の日本の韓国への直接投資(申告ベース)は,シェアでは 28.1%と米国に次ぎ,第 2位の投資国であったが,2,100万ドルと低水準であった。その後 1973年の変動相場制移行に伴う円高,1985年のプラザ合意以降の円高,1988年のソウルオリンピックの時期に,投資件数,投資額は増加し,1990年には 2.4億ドル(日本のシェア 29.3%)であった。ただし,労働争議や日韓関係の悪化などもあり,それほど高水準とはいえない。他方,韓国の対日直接投資は極めて低調で,1990年においても 700万ドルに過ぎず,韓国の対外投資に占める日本のシェアは 1%にも満たない(図6参照)。

    (5) 日米に依存した技術導入

    韓国の経済成長と産業の高度化に不可欠だった技術は,日本と米国に依存していた。日・米・欧の企業にとって,当時の韓国はライバルと目されておらず標準化された技術に関しては技術移転が進んだ。1973年に 1,150万ドルであった技術輸入は,1990年には 10.9億ドルに達した。1962年から 1990年までに韓国が導入した技術件数は 6,944件であり,国別では日本が 50.1%,米国 26.3%

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    出所:経常収支は IMF, World Economic Outlook Database,April 2014、貿易収支はOECD,Sta s cs、韓国銀行,Economic St s cs Systemなどより作成。

    日本の経常収支

    韓国の経常収支

    日本の貿易収支

    韓国の貿易収支

    図 5 日本と韓国の経常収支と貿易収支の推移出所 : 経常収支は IMF, World Economic Outlook Database, April 2014,貿易収支は OECD,Statistics,

    韓国銀行,Economic Statistics Systemなどより作成。

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    である。技術輸入総額 49.3億ドルのうち,米国 46.5%,日本 31.2%を占めていた(表 1参照)。分野別では,機械 26.2%,電気・電子 25.3%,精油・化学 16%などが 3分の 2を占めている21。

    21 韓国産業技術振興協会[各年]『産業技術主要統計要覧』。

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    (%)(100万ドル)

    注:日本の対韓直接投資は申告ベース。韓国の対日直接投資は実行ベース。出所:産業通商資源部および韓国輸出入銀行データベースより作成。

    図6 日韓の直接投資の推移(フロー)

    日本の対韓直接投資

    韓国の対日直接投資

    韓国の対内投資に占める日本のシェア(右軸)

    韓国の対外投資に占める日本のシェア(右軸)

    図 6 日韓の直接投資の推移(フロー) 注 : 日本の対韓直接投資は申告ベース。韓国の対日直接投資は実行ベース。出所 : 産業通商資源部および韓国輸出入銀行データベースより作成。

    表 1 韓国の国別技術貿易の推移(単位 : 100万ドル,%)

    1962~90累計 2001 2005 2010 2011 2012

    金額 構成比 金額 構成比 金額 構成比 金額 構成比 金額 構成比 金額 構成比

    技術輸出総額 - - 619 100 1,625 100 3,345 100 4,032 100 5,311 100

    対米輸出 - - 197 31.8 285 17.5 1,496 44.7 921 22.8 986 18.6

    対日輸出 - - 32 5.2 63 3.9 46 1.4 198 4.9 389 7.3

    対中輸出 - - 11 1.8 719 44.2 1,445 43.2 1,445 35.8 1,998 37.6

    技術輸入総額 4,925 100 2,643 100 4,524 100 10,234 100 9,900 100 11,052 100

    対米輸入 2,291 46.5 1,484 56.1 2,733 60.4 5,873 57.4 5,391 54.5 6,527 59.1

    対日輸入 1,539 31.2 392 14.8 584 12.9 1,257 12.3 1,243 12.6 1,148 10.4

    対中輸入 - - 6 0.2 16 0.4 71 0.7 218 2.2 226 2.0

    技術貿易収支 -4,925 - -2,024 - -2,900 - -6,889 - -5,868 - -5,741 -

    対米収支 -2,291 - -1,287 - -2,448 - -4,377 - -4,470 - -5,540 -

    対日収支 -1,538 - -360 - -521 - -1,211 - -1,045 - -758 -

    対中収支 - - 5 - 703 - 1,374 - 1,227 - 1,772 -

    出所 : 韓国産業技術振興協会『産業技術主要統計要覧』および未来創造科学部『技術貿易統計調査報告書』より作成。

  • 9― ―

    佐野 : 韓国の成長モデルと日韓経済関係の変化

    例えば浦項製鉄(POSCO)は,対日請求権資金と八幡製鉄,富士製鉄,日本鋼管の全面的技術協力を得ることができ,1973年に第一期工事が完成した。浦項製鉄が支払ったロイヤリティは 2,100 万ドルである。また現代自動車は「国産化計画」の下で三菱自動車と技術提携し,1976年にポニーを生産した。

    (6) 冷戦体制,経済格差の下での日韓の国民意識

    冷戦体制の中で,安全保障上,米韓日の連携が不可欠であり,加えて,経済,政治,外交力において,日本に及ばなかった韓国は,歴史問題や「反日」感情を一定程度抑え,「知日」,「克日」路線をとっていた。「嫌いだが,日本に学び,いつかは追いつき,追い越す」ことが当時の国民意識であった。他方,日本も,冷戦体制の中で,基本的価値と利益を共有している国と韓国を位置づけ,米国・日本・韓国の連携によって東アジア地域の安定を図ろうとしていた。また「経済大国」として,一定の経済・技術協力,譲歩を行っていた。

    III 「グローバル化志向の輸出主導型成長モデル」と「水平的」日韓経済関係

    (1) 「グローバル化志向の輸出主導型成長モデル」への転換

    1997年のアジア通貨危機以降,金大中政権は,不良債権の処理,財閥の統廃合,コーポレート・ガバナンスの改善,諸制度のグローバル・スタンダード化,公企業の民営化,規制緩和,労働市場の柔軟化などの市場原理主義的な構造改革を推進した22。その結果,約 2年で韓国経済は V字型回復をとげ,「IMFの優等生」と称された。その後も,盧武鉉政権,李明博政権下において構造改革が長期間・強力に実行される過程で,韓国政府や企業はそれまでの「日本モデル」からの離脱を図るとともに,日本に先駆けてグローバル・スタンダードを採用した。さらに国民の意識も急速にグローバル化,市場原理主義化している。この過程で,一国レベルの国民経済を志向するのではなく,グローバル化を志向する成長モデルへの転換がなされた。グローバル化志向の輸出主導型成長モデルは「財閥主体で,グローバル調達をし,日本からは高

    付加価値・核心的な資本財・中間財を輸入し,完成品・中間財を中国・新興国,米国,EU,日本等に輸出する」という成長モデルである23。

    (2) 日本経済の停滞と韓国経済の成長によるキャッチアップ

    日本経済の停滞と韓国経済の経済成長により,日韓経済関係は垂直的関係から水平的関係へと変化しつつある。日本の GDP成長率は 1981年~1990年平均 4.4%から 2001年~2010年平均 0.8%に低下しているのに対し,韓国も低下傾向にあるとはいえ,同期間に,8.6%,4.5%と経済成長を持続させている。発展段階の違いはあるが,資本投入,労働投入,TFP(全要素生産性)の寄与度

    22 佐野孝治[1999]「韓国の経済危機と財閥改革」『商学論集』68(2),高安雄一[2005]『韓国の構造改革』NTT出版,高龍秀[2009]『韓国の企業・金融改革』東洋経済新報社,参照。

    23 佐野孝治[2013]「グローバリゼーションと韓国の輸出主導型成長モデル」『歴史と経済』(219),参照。

  • 商  学  論  集 第 83巻第 2号

    10― ―

    についても,韓国は日本を上回っている(図 7参照)。2013年には日本の名目 GDP 4兆 9,020億ドル(世界 3位)に対し,韓国は 1兆 2,220億ドル(世

    界 15位)で,日本の 25%である。一人当たりでは,日本の 3万 8,491ドル(世界 24位)に対し,韓国は 2万 4,329ドル(33位)で,63%にまで近づいている(図 3参照)。物価水準を考慮した購買力平価基準では,日本の 3万 6,899ドル(22位)に対し,韓国 3万 3,189ドル(27位)とさらに近づく24。また最近では,日本と韓国の経常収支,貿易収支の逆転に注目が集まっている。2000年代以降,日本の貿易黒字は縮小傾向にあるが,それを所得収支の黒字が補い,2007年に 2,021億ドルの経常黒字を記録した。他方韓国は 1997年のアジア通貨危機以降,貿易収支,経常収支は黒字基調になったものの日本との格差は大きかった。ところが 2011年の東日本大震災以降の原油,液化天然ガスの輸入増加などにより,日本の貿易収支は赤字に転落し,2013年にはアベノミクス効果の円安により,輸入物価が上昇し 1,112億ドルの貿易赤字を記録した。その結果,経常収支は 343億ドルと1984年の 350億ドルを下回った。これに対し韓国は 806億ドルの貿易黒字,707億ドルの経常黒字を記録し,初の日韓逆転となった(図 5参照)。

    (3)日韓貿易の重要性の低下─韓国の貿易における日本のシェアの低下

    韓国の対日輸出は,1990年の 126億ドルから 2011年には過去最大の 397億ドルに達した。2011年は,東日本大震災のため生産設備の被害やサプライチェーンが寸断されたことや円高・ウォン安により,前年比 40.8%で増加した。その後,円安・ウォン高と先述の日韓関係の悪化により,

    24 IMF [2014] World Economic Outlook Database, April.

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    1981-1990 日本 1981-1990 韓国 1991-2000 日本 1991-2000 韓国 2001-2010 日本 2001-2010 韓国

    (%)

    出所:内閣府[2014]『労働力人口、資本蓄積と今後の経済成長について」、シンソクハ[2012]「韓国の潜在成長率展望および下落要因分析」韓国開発研究院より作成。

    資本投入寄与度 TFP(全要素生産性)寄与度 労働投入寄与度 GDP成長率

    図 7 日本と韓国における GDP成長率と寄与度出所 : 内閣府[2014]『労働力人口,資本蓄積と今後の経済成長について」,シンソクハ[2012]「韓

    国の潜在成長率展望および下落要因分析」韓国開発研究院より作成。

  • 11― ―

    佐野 : 韓国の成長モデルと日韓経済関係の変化

    2013年には 347億ドルに減少した。輸出額は増加したものの,日本のシェアは,1990年 19.4%から 2013年には 6.2%にまで低下している(図 4参照)。また米国のシェアも同様 36.6%から 11.1%に低下している。これと対照的に,中国のシェアは,2001年には日本を抜き,第 2位の輸出先となった。2003年以降は米国を抜き第 1位の輸出先であり,2013年には,26.1%と日米両国合計の 1.5倍に相当する。韓国の対日輸出の主要品目を見てみると,1990年以降,どの年代でも,半導体,鉄鋼板,石油製品が入っている。2000年でも,第 5位に衣類(5%)がライクインしているが,産業構造の高度化に伴って,2013年には,石油製品(21.8%),無線通信機器(6.2%),半導体(5.8%),鉄鋼板(5.1%)など素材関連品目が上位にある(表 2参照)。特に,石油製品は 2011年に東日本大震災の影響で,ガソリン,ナフサ,ジェット燃料油,灯油などを中心に前年の 2.4倍に増加し,その後もほぼ同様の水準を輸出している。さらにこれまで,世界的にシェアを伸ばしているサムスン,LGなども日本でのシェアは極めて低かったが,無線通信機器(スマートフォン)を中心に日本市場を開拓しつつある。他方,対日輸入は,1990年の 186億ドルから拡大傾向にあり,2011年には 683億ドルに達した。その後,若干減少し,2013年は 600億ドルである。品目別では 1990年以降,半導体が不動の 1位を占めており,鉄鋼板,プラスチック製品,半導体製造装置など資本財,中間財がほとんどである。韓国の輸入に占める日本のシェアは,1990年 26.6%から 2013年には 11.6%へと低下している。

    他方,中国のシェアは 1990年の 3.2%から,2007年には日本を抜き,2013年には 16.1%と拡大を続けている。一方,日本の貿易に占める韓国のシェアは,1990年から 2013年にかけて,輸出は,6.0%から 7.9%

    表 2 日韓貿易における主要品目構成の推移(単位 : %,100万ドル)

    1990年 1995年 2000年 2013年

    品目 構成比 品目 構成比 品目 構成比 品目名 金額 構成比

    対日輸出

    1 衣類 18.6 半導体 16.6 石油製品 17.8 石油製品 8,465 21.8

    2 半導体 9.6 衣類 10.4 半導体 15.5 無線通信機器 2,395 6.2

    3 鉄鋼板 7.5 鉄鋼板 8.0 コンピュータ 11.5 半導体 2,246 5.8

    4 石油製品 3.7 石油製品 5.2 衣類 5.0 鉄鋼版 1,989 5.1

    5 履物 3.4 映像機器 2.9 鉄鋼板 4.8 金・銀・白金 1,058 2.7

    対日輸入

    1 半導体 10.7 半導体 9.3 半導体 13.5 半導体 5,111 7.9

    2 鉄鋼板 5.0 その他機械類 6.5 鉄鋼板 5.8 鉄鋼版 3,658 5.7

    3 繊維および化学機械 4.5 鉄鋼板 4.7半導体製造装置 4.9

    プラスチック製品 3,264 5.1

    4 原動機およびポンプ 3.5計測制御分析器 4.4 その他機械類 4.3 基礎油分 2,289 3.6

    5 その他機械類 3.4 繊維および化学機械 3.1 コンピュータ 3.1合金鉄・銑鉄・スクラップ 2,184 3.4

     注 : MTI3桁基準で上位 5品目。出所 : 韓国貿易協会データベースより作成。

  • 商  学  論  集 第 83巻第 2号

    12― ―

    へと増加傾向にあり,米国(18.5%),中国(18.1%)に次いで第 3位である。輸入は,5%(5位)から 4.3%(6位)へと若干減少しているものの,重要な貿易相手国である25。

    2000年以降においても,韓国の対日貿易収支は慢性的・構造的に赤字であり,1990年 59億ドルから 2010年 361億ドルと増加を続けている。2011年までは最大の貿易赤字国であったが,近年は減少傾向にあり,2013年は 254億ドルである。現在はサウジアラビアに次ぐ第 2位の貿易赤字国である。しかし,グローバリゼーションが進む中,最適地からの中間財調達が競争力の源泉であり,韓国の輸出拡大と日本からの中間財・資本財輸入は連動している。また製品のライフサイクルが短くなっている中,開発コストやスピードを考えると,地理的に近接した日本から輸出に必要な資本財,部品・素材を低コストで輸入することは,韓国企業の輸出競争力に有利に働いているといえる。したがって二国間の貿易収支のみではなく,グローバルな視点から日韓関係をとらえる必要がある。

    (4) 付加価値ベースでみた日韓貿易,日韓の産業構造

    OECDとWTOによって 2013年に公表された付加価値貿易統計26を見ると,韓国の対日貿易赤字は,総額ベースで 1995年の 100億ドルから 2009年に 212億ドルに倍増しているが,付加価値ベースでは 67億ドルから 64億ドルにむしろ減少している(図 8参照)。これは日本の中間財が加工されて,完成品が他国に輸出されていることを意味している。輸出総額に占める国内付加価値の割合は,1995年から 2009年にかけて,韓国は 76%から 59%

    25 財務省「財務省貿易統計」(http://www.customs.go.jp/toukei/info/)より計算。26 国際産業連関表により,中間財などの付加価値の二重計算を排除し,推計した統計。

    図 8 付加価値ベースでみた日韓貿易の推移出所 : OECD-WTO, Trade in Value Added (TiVA), May 2013より作成。

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    1995 2000 2005 2009

    (億ドル)

    出所:OECD-WTO ,Trade in Value Added (TiVA) , May 2013より作成。

    対日輸出(総額ベース) 対日輸出(付加価値ベース)対日輸入(総額ベース) 対日輸出(付加価値ベース)貿易収支(韓国側・総額ベース) 貿易収支(韓国側・付加価値ベース)日本の輸出総額に占める国内付加価値の割合(右軸) 韓国の輸出総額に占める国内付加価値の割合(右軸)

  • 13― ―

    佐野 : 韓国の成長モデルと日韓経済関係の変化

    に低下し,OECD平均の 75%に比べ低水準であり,輸出の拡大,経済成長に伴い輸入を誘発する産業構造である。これに対し日本は 93%から 85%に低下したとはいえ,世界 6位の水準である。業種別(2008年)では,化学(日本 68%,韓国 35%),金属(日本 76%,韓国 52%),一般機械(日本 86%,韓国 67%),電気機械(日本 79%,韓国 55%)と,日本の国内内付加価値率が高い27。

    (5) 中間財供給基地としての韓国

    これまで日本はアジア地域において,最大の中間財・資本財供給基地であったが,現在は韓国がその一翼を担い,日本に対しても中間財輸出を拡大させてきている。現在,日韓の貿易は,半導体,鉄鋼板28など主要輸出品目が重なっており,1990年のように対日輸出は衣類,履物といった労働集約的製品,対日輸入は半導体という垂直的分業関係ではなくなっている。韓国政府は,産業構造を高度化させ,慢性的な対日貿易赤字を改善するため,2001年に「部品素材特別法」を制定し,素材・部品産業の育成を図ってきた。素材・部品産業の輸出額は,2001年の 620億ドルから 2013年 2,631億ドルに増加し,輸出総額の 47%を占める。素材・部品貿易の黒字も同期間に 27億ドルから 976億ドルに増加した。対日輸入依存度は 2001年の 28.1%から 2014年第一四半期には 18.1%に低下し,逆に,中国は 27.9%と増加傾向にある29。

    (6) 世界市場における日本と韓国の競合

    2013年では日本と韓国の 100大輸出品目のうち,55品目が重複し,輸出競合度は 2006年の 0.484

    27 OECD-WTO [2013] Trade in Value Added (TiVA), May.28 たとえば,熱延鋼板を日本から輸入し,冷延鋼板を日本に輸出している。29 ウォンドンジン[2011]「部品素材産業の未来」『科学と技術』3月,産業通商部[2014]「素材部品輸出入動向」4月。

    表 3 日韓の主要輸出品の世界輸出に占めるシェアの推移(単位 : %)

    1995 2000 2005 2011

    日本 韓国 日本 韓国 日本 韓国 日本 韓国

    自動車(HS87) 18.0 2.1 16.1 2.8 13.8 4.1 11.9 5.4

    鉄鋼(HS72) 11.8 3.8 10.7 4.9 8.9 4.7 9.4 6.1

    精密機器(HS90) 19.4 1.1 17.7 1.0 11.5 3.8 9.1 7.3

    一般機械(HS84) 15.2 1.8 11.5 3.4 8.8 2.8 8.5 3.1

    ゴム(HS40) 11.8 3.2 11.1 3.6 8.7 3.8 6.8 4.2

    電気機械(HS85) 17.2 6.0 12.8 4.9 9.1 6.0 6.5 5.9

    有機化学品(HS29) 10.1 2.4 8.0 3.3 6.8 4.0 6.2 5.7

    プラスチック(HS39) 6.3 3.3 6.0 3.9 5.4 4.4 6.0 5.5

    総計 9.5 2.7 7.8 2.9 5.9 2.9 5.0 3.5

     注 : HS 2桁分類で 2011年日本の輸出上位 8品目。出所 : 経済産業省『通商白書 2013』26ページ,289ページの表を加工。

  • 商  学  論  集 第 83巻第 2号

    14― ―

    から 0.501に上昇した。特に自動車は 0.707と高い水準である30。主要品目の世界輸出に占める日韓のシェアをみても,1995年から 2011年にかけて,自動車(18%→ 11.9%),鉄鋼(11.8→ 9.4%),精密機械(19.4%→ 9.1%)など日本のシェアが低下しているのに対し,韓国のシェアは自動車(2.1%→ 5.4%),鉄鋼(3.8→ 6.1%),精密機械(1.1%→ 7.3%)など上昇し,差は縮まりつつある(表3参照)。特に,近年成長が目覚ましい新興国の輸入に占めるシェア(2012年)も,インドでは,4位韓国

    (6%),5位日本(6%),ブラジルでは,5位韓国(5%),6位日本(5%)と後塵を拝している。中国でも,1位日本(17%),2位韓国(15%)と競合している。さらに日本の得意分野である中間財(2010年)でも,電気機械ではブラジル,インド,ロシアで韓国のシェアが大きく,輸送用機械でもインド,ロシア,トルコで韓国のシェアが大きい31。

    (7) 依然として非対称的な日韓直接投資関係

    日本の韓国への直接投資は,1995年でも 4.3億ドルであったが,アジア通貨危機以降のウォン安,株安,経営が悪化した合弁相手の持ち分買取りなどを背景に 1999年と 2000年に激増した。その後,いったん鎮静化したのち,2004年以降増加傾向にある。2012年には過去最高の 45.4億ドル(564件)を記録した(図 6参照)。業種別では,化学(20.3%),電気・電子(10.7%),ビジネスサービス(29.5%),金融・保険(9.6%)の比重が大きい。しかし翌 2013年には一転,26.9億ドル(447件)と前年比40.8%減少した。産業通商資源部によれば 1962年から 2013年までの累計額(申告ベース)は 355億ドル(シェア 17.4%)で,米国の 533億ドル(シェア 26.2%)に次ぐ第 2位である。日本企業の対韓投資の動機は,JETROの百本和弘氏の整理32によれば,① 韓国企業向け需要の獲得(東レ,アドバンテスト,日本電気硝子,東京応化工業などの部品・素材,装置メーカー),② 韓国の消費市場の獲得(あきんどスシロー,モスフードサービスなど外食チェーン),③ コスト削減(ソフトバンク・テレコム), ④ 技術確保,中国向け生産拠点確保(東芝,JX日鉱日石エネルギー)など多様である。在韓日系企業 225社の業績を見ると,2013年の営業利益見込みが黒字と回答した企業は 73.8%

    を占め,在アジア・オセアニア企業 4,514社平均の 64.6%を超え,第 3位であり,相対的に良好である。企業規模別でも。大企業 73.4%,中小企業の 75%が黒字と回答している。貿易を行っている日系企業の 58.1%は FTA・EPAを利用しており,インドネシアの 60.6%に次いで高い比率である。経営上の問題点として,競合相手の台頭 62.7%,従業員の賃金上昇 57.8%,現地通貨の対円為替レートの変動 48.9%などを挙げている33。他方,韓国の対日直接投資(実行ベース)は依然として低調である。2013年には前年比 53.3%

    増で過去最高 6.9億ドルを記録したが,日本の対韓投資の 4分の 1である(図 6参照)。また韓国の対外投資に占める日本のシェアは 2.9%と低水準であり,第 12位の投資先である。1968年から

    30 韓国貿易協会[2014]『韓日貿易競合度分析』3月。31 経済産業省[2013]『通商白書 2013』105ページ。32 百本和弘[2013]「深化する日韓の貿易・直接投資関係」『アジ研ワールド・トレンド』(213),15~17ページ。33 日本貿易振興機構海外調査部[2013]「在アジア・オセアニア日系企業実態調査(2013年度調査)」12月。

  • 15― ―

    佐野 : 韓国の成長モデルと日韓経済関係の変化

    2012年の累計でみても,申告件数 4,299件,投資金額 38.2億ドルと日本の対韓投資の 1割程度である。業種別では,製造業のシェアが 17.7%と小さく,卸・小売業 25.4%,出版・映像・放送通信・情報サービス業などサービス業が中心となっている34。日本銀行の統計では対日直接投資残高に占める韓国のシェアは,2012年末で 1.4%(2,461億円)と低く,第 11位である35。

    (8) 技術貿易における日本のシェアの低下と依然として存在する技術格差

    韓国の技術貿易を見てみると,1990年までの米日に対する技術依存関係から,日本のシェアだけが小さくなっている。技術輸入は 2001年 26.4億ドルから 2012年 110.5億ドルに増加しているが,対日輸入は,14.8%から 10.4%にシェアを減らしている。1990年までの累計 31.2%に比べると 3分の 1であり,代わって米国が 46.5%から 59.1%にシェアを伸ばしている。また注目されるのは,完全な技術輸入国であった韓国が,技術力の高まりに伴って,技術を輸出している点であり,2001年の 6.2億ドルから,2012年には 53億ドルへと増加させている。輸出先は,中国(37.6%),米国(18.6%),日本(7.3%)となっている。技術貿易収支は,依然として赤字であり,対米赤字 57.4億ドル,対日赤字 7.6億ドルとなっているが,対中黒字は 17.7億ドルであり,対日赤字をファイナンスできる規模である(表 1参照)。日韓の技術力を見てみると,2012年の特許出願件数は,世界知的所有権機関(WIPO)によれば,

    2位の日本 4万 3,660件(世界シェア 22.5%)には及ばないが,韓国は 5位 1万 2,386件(6%)である。企業別ではパナソニックが首位,サムスン電子(13位),LG(15位)となっており36,韓国が着実に技術力をつけてきていることがわかる。しかし韓国科学技術評価院(KISTEP)による科学技術の国際比較調査(2010年)では,世界トップの細目技術数は 369の細目中,米が 279と圧倒的で,次いで欧州 56,日本 33であり,韓国は 1つ(情報・電子・通信分野)に過ぎない。評価値を重みづけ平均した数値では,米国を 100とすると情報・電子・通信分野(日本 92,欧州 92.3,韓国 84.4,中国 70.8),機械・製造・工程分野(欧州 95.1,日本 95.8,韓国 78.8,中国 63.5) と韓国の技術水準は米・欧・日に比べて低水準である。他方,科学技術振興機構(CRDS)の調査(2011年)でも,分類や評価方法は異なるものの,結果はほぼ一致している37。

    (9) 国際競争力ランキングからみた日韓比較

    次に世界経済フォーラム(WEF)と国際経営開発研究所(IMD)の国際競争力ランキングを取り挙げて,日本と韓国を比較する。まず,世界経済フォーラム(WEF)の国際競争力ランキングは,競争力を「国の生産性のレベルを決定する諸要素」と定義している。148ヶ国中,日本は 2004年,

    34 韓国輸出入銀行[各年]「対外直接投資統計」より計算。35 日本銀行「国際収支統計」より計算。36 WIPO [2014] “Who filed the most pct patent applications in 2013 ?”.37 科学技術振興機構研究開発戦略センター[2011]『韓国及び日本の専門家による科学技術国際比較の対比』,

    7~8ページ,19~23ページ。

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    2007年,2013年にかけて,7位,8位,9位と上位を維持しているのに対し,韓国は 2004年 29位から 2007年へ 11位に上昇したものの,2013年には 25位に低下し,変動が激しい38。項目別にみると,制度(日本 17位,韓国 74位),インフラ(9位,11位),マクロ経済環境(127位,9位),健康と初等教育(10位,18位),高等教育と訓練(21位,19位),財市場の効率性(16位,33位),労働市場の効率性(23位,78位),金融市場の発展(23位,81位),技術面の下地(19位,22位),市場規模(4位,12位),ビジネスの洗練度(1位,24位),イノベーション(5位,17位)となっている39。日本は政府債務残高や政府予算収支などマクロ経済環境の順位がきわめて低いが,その他の項目では韓国を上回っている。韓国は,特に制度,労働市場の効率性,金融市場の発展の順位が低い(図 9参照)。他方,競争力を「企業の力を保つ環境を創出・維持する力」と定義する国際経営開発研究所(IMD)

    の国際競争力ランキングでは,60ヶ国中,日本は 1997年の 17位から 2013年には 24位へ低下し,韓国は 30位から 22位に上昇している40。分野別では,経済状況(日本 25位,韓国 20位),政府の効率性(45位,20位),ビジネスの効率性(21位,34位),ビジネスインフラ(10位,19位),日韓逆転の主要因は,日本の政府の効率性と経済状況の順位が低いためである。ちなみにWEF(1位スイス,2位シンガポール,3位フィンランド)など IMD(1位米国,2位スイス,3位香港)など競争力ランキングでは「小国」が上位に来る傾向があり,日韓両国とも上位にはライクインしていない。

    38 WEF [2004, 2007, 2013] The Global Competitiveness Report,参照。39 韓国科学技術企画評価院[2014]『世界経済フォーラム(WEF)の世界経済報告書 2013-2014分析』。40 IMDウェブサイト(http://www.imd.org/news/World-Competitiveness-2013.cfm)参照。

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    健康と初等教育

    高等教育と訓練

    財市場の効率性

    労働市場の効率性金融市場の発展

    技術面の下地

    市場規模

    ビジネスの洗練度

    イノベーション

    総合日本 韓国

    出所:WEF[2013]The Global Competitiveness Report、2013-14 、より作成。

    図 9 国際競争力ランキングからみた日韓比較(2013年)(単位 : 位)出所 : WEF [2013] The Global Competitiveness Report, 2013-14,より作成。

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    佐野 : 韓国の成長モデルと日韓経済関係の変化

    IV 「未来志向の日韓関係」は構築可能か

    (1) 日韓経済関係の変化と日韓両国民の意識の変化

    グローバリゼーションが進む下で韓国の対日依存度が低下し,逆に中国依存度が上昇している。また日韓経済関係はそれまでの垂直的な関係から,「水平的」な関係,競合関係へと転換しつつある。2012年 8月の「国際社会での日本の影響力も以前とは違う」という李明博前大統領の発言に見られるように,日本を軽視し,中国重視の姿勢を明確にしている。韓国では,依然の「知日」「克日」ではなく,日本を利用するという意味の「用日」が使われはじめている41。さらに経済的自信と中国との連携を背景に,「正しい歴史認識」を日本に突き付けている。他方,日本では,韓国を「自由・民主主義等の基本的価値と東アジア地域の平和と繁栄の確保等の利益を共有している重要な隣国」42と位置づけてはいるが,次第にライバルとして認識するようになってきている43。また韓国・在日韓国人に対する反感が高まり,「嫌韓」現象が広がりを見せている。

    (2) 深刻化する歴史・領土問題

    2013年に安倍晋三首相と朴槿恵大統領に政権交代後も,両者の歴史認識・政治信条は対極にあり,日韓関係は悪化の一途をたどっている。朴大統領は,2013年 3月 1日の独立運動記念日において,歴代政権と異なり「未来志向」という言葉を一切使わず,「加害者と被害者という歴史的立場は千年の歴史がながれても変わることはない」,「日本が私たちのパートナーとなり,21世紀の東アジアの時代をともに導いていくためには,歴史を正しく直視して責任を負う姿勢を持たねばならない」と演説した。他方,安倍首相は靖国神社に参拝し,日本軍「慰安婦」に関する河野洋平官房長官談話の作成過

    程を検証するなど,韓国に対して強い姿勢を崩していない。このため日韓首脳会談は,2012年 5月以降,開催されていなかったが,ようやく 2014年 3月 25日に,オバマ大統領の仲介で日米韓首脳会談が開催された。この会談で日米韓の 3ヶ国が一層緊密に連携していくことの重要性が確認されたが,日韓関係の改善にはつながっていない。これとは対照的に,習近平主席と朴槿恵大統領の中韓首脳会談は,すでに 5回開催されている。日本と韓国の間の歴史・領土問題は,竹島問題,日本軍「慰安婦」問題,朝鮮半島出身の「旧民

    間人徴用工」をめぐる裁判,日本海呼称問題,靖国神社参拝問題,教科書問題,仏像盗難事件など山積みであり,解決の見通しが立っていない。特に朝鮮半島出身の「旧民間人徴用工」をめぐる裁判は日韓関係を決定的に悪化させる危険性がある。「旧民間人徴用工」の裁判において 2012年 5月に大法院(最高裁)が,個人請求権は日韓請求権協定では消滅していないと判決して以降,2007年 7月にはソウル高等裁判所と釜山高等裁判所において元徴用工に賠償を命じる判決が相次いでいる。新日鉄住金と三菱重工は再上告を行い,日本の経団連など経済 3団体が解決を求める異例の声

    41 社説「政府,『用日』の世論に耳を傾けるべき」『中央日報』2014年 1月 9日。42 外務省[2014]「最近の日韓関係」3月。43 『ザ・日韓対決完全決着 100番勝負』宝島社,2014年など数多く出版されている。

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    明を出した。韓国政府も,徴用工の賠償問題は「解決済み」という立場であるが,大法院で確定すれば,日韓請求権協定が根底から揺らぎ,徴用被害者は 22万人,関与企業は約 300社と大規模なため44,広範囲に訴訟が広がる可能性がある。さらに 2015年には日韓国交回復 50周年を迎えるため,日韓基本条約見直し論が起きてくる可能性が高い。

    2013年 5月に公表された言論 NPOと東アジア研究院の日韓共同世論調査によると,日韓関係の発展を妨げる要因として,日韓ともに共通しているのが,「竹島・独島問題」で日本 83.7%,韓国94.6%である。日本の 2位は「韓国国民の反日感情」55.1%,3位が「韓国の歴史認識と歴史教育」33.8%である。他方,韓国の 2位は「日本の歴史認識と歴史教育」61.1%,3位は「日本の政治家の反韓感情を扇動する発言」31.1%であり,日韓ともに相手国に非があると考えている45。「未来志向の日韓関係」の構築のためには「歴史認識」のすり合わせが必要であるが,対極的な両国首脳と国民世論の下では困難な状況にあると言える。

    (3) 日韓 EPA(経済連携協定)は可能か

    2000年代に入って韓国政府は貿易投資環境を整備し,一層のグローバル化を図るため,積極的に FTAを推進している。これまで 2004年のチリをはじめ,ASEAN,インド,EU,米国,豪州,カナダなど 12ヶ国・地域と FTAを締結した(発効済 9,署名済 3)。これは世界市場の約 60%に相当する。また中国,ベトナム,日中韓など 6ヶ国・地域とは交渉中,日本,メキシコ,GCCとは交渉再開に向けて調整中である46。さらに 2013年 11月 29日には環太平洋経済連携協定(TPP)への参加に対する関心を表明している47。日韓 EPA(経済連携協定)交渉は 2003年 12月に交渉が開始されたが,わずか 10ヶ月で中断した。日本の農水産物市場を高水準(90%)で開放するという韓国の要求に日本側が応じなかったことが表向きの理由だが,対日貿易赤字の拡大可能性に対して,韓国の企業,労働組合,国民が反対したことによる。その後,2008年と 2011年の日韓首脳会談以降,交渉再開に向け実務協議が断続的に進められていたが,日韓関係の悪化などにより,両国において日韓 EPA締結の優先順位が低くなっている。日中韓 FTA交渉については,2012年 11月に ASEAN関連首脳会議の際,交渉の開始が宣言された。成立すれば世界の GDPの 2割,貿易額の 17.5%を占める。貿易自由化による実質 GDP押し挙げ効果は,日韓EPAの日本 0.13%,韓国 1.42%に比べ,日中韓FTAでは日本 0.74%,中国 2.27%,韓国 4.53%と推計される48。2014年 3月までに,4回会合が開催されたが,今のところ大きな成果は挙げていない。

    44 『日本経済新聞』2013年 11月 7日。45 言論 NPO・東アジア研究院[2013]『第 1回日韓共同世論調査 日韓世論比較分析結果』5月。また「経済摩擦」を要因に挙げているのは日本では 9.3%(7位)に対し,韓国では 19.0%(5位)と比較的高い。

    46 FTA強国 KOREA ウェブサイト(http://www.fta.go.kr/)参照。47 韓国は TPP参加候補国 12ヶ国のうち,すでに韓国は 10ヶ国と FTAを締結・交渉しており,事実上の日韓

    FTAになる可能性がある。48 川崎研一[2011]「EPAの優先順位 : 経済効果の大きい貿易相手は?」(http://www.rieti.go.jp/jp/columns/

    a01_0318.html)参照。ちなみに TPPの実質 GDP押し挙げ効果は,日本 0.54%,中国マイナス 0.30%,韓国マイナス 0.33%と推計されている。

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    佐野 : 韓国の成長モデルと日韓経済関係の変化

    他方,韓中 FTA交渉は 2012年 5月に開始され,翌年 9月には,第 1段階交渉が妥結した。貿易品目数 90%,輸入額 85%の自由化(関税撤廃)率に合意し,最長 20年間の関税撤廃猶予期間を設けるという内容である49。さらに 2014年 7月の中韓首脳会談では,FTA交渉を年内に妥結するため,交渉を加速させることが合意された。

    (4) 日韓通貨スワップ協定の延長停止と韓国の対応

    韓国 1997年と 2008年に外資流出をきっかけとする金融危機に襲われた。そのセーフティネットが「通貨スワップ協定」50であり,日韓の金融協力の象徴でもあった。しかし 2012年 8月以降,日韓関係の悪化を受けて,韓国の要請がない限り延長しないという方針で,2012年 10月末に 570億ドル,2013年 7月に 30億ドルの期限延長を行わなかった51。これに対して韓国銀行は,2013年 6月に中国と 3,600億元(64兆ウォン,約 600億ドル)の 3年間延長を合意したほか,インドネシア(100億ドル),UAE(54億ドル),マレーシア(47億ドル),豪州(45億ドル)など協定を結んで,速やかに対策を講じている。したがって日韓通貨スワップ協定は,日本にとって有効な外交上の交渉材料とはならなかった。

    (5) 「未来志向の日韓関係」に向けて

    以上述べてきたように日韓関係は,歴史・領土問題といった負の遺産に加え,日韓 FTA,通貨スワップ協定などの経済連携においても停滞している。韓中関係が,歴史認識で協調し,経済関係でも連携を深めているのとは対照的である。本稿で考察したように,日韓関係の悪化の経済的背景には,1997年のアジア通貨危機以降の韓国の成長モデルの転換がある。韓国は,日本をモデルとする「国民経済志向の輸出主導型成長モデル」から「グローバル化志向の輸出主導型成長モデル」へと転換し,企業だけでなく,国民の意識も大きく変化しつつある。その意味で,韓国の中国重視もグローバル戦略,新興国市場戦略の一環である。日韓といった二国間関係を超えて,緊密化し,深化する貿易・投資・人の移動のグローバルネッ

    トワークの中で,過度なナショナリズムは「アナクロ」(時代錯誤)であるといえる。また短期的,中期的な視点だけでなく,長期的視点での日韓協力が必要である。不確実性が多く,参考程度であるが,PwCの長期経済予測によれば,2050年の世界経済地図は大きく変化する。各国の GDP(購買力平価)は,1位中国(53.9兆ドル),2位米国(38兆ドル),3位インド(34.7兆ドル),5位日本(8.1兆ドル),17位(韓国 3.5兆ドル)となり,日韓両国とも相対的に小国になると予想されている52。人口に関しても,日韓両国とも,少子・高齢化が進む中で減少すると予想されている。日本の労

    働力人口は,合計特殊出生率や女性・高齢者の労働参加率が改善しないと仮定した場合,1998年

    49 FTA強国 KOREA ウェブサイト(http://www.fta.go.kr/)参照。50 通貨スワップ協定とは「各国の中央銀行が互いに協定を結び,自国の通貨危機の際に自国通貨の預入と引き換えに予め定めた一定のレートで協定相手国の通貨を融通してもらえることを定めた協定」のこと。

    51 現在は 100億ドルである。財務省「二国間通貨スワップ」(http://www.mof.go.jp)。52 PwC UK [2013] World in 2050。PwCは世界の四大会計事務所の一つ。

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    の 6,793万人をピークに,2060年には 3,795万人に減少し,高齢化率は 39.9%に達すると推計されている。同様に,韓国でも,労働力人口は,2013年の 2,887万人から,2060年には 2,137万人に減少し,高齢化率は日本を超える 40.1%になると推計されている(図 10参照)。今後中国などに比べて,相対的に小国となる日本と韓国が,経済的,外交的影響力を発揮し,ア

    ジアにおける持続的な発展と公正な社会を構築していくためにも,民主主義や市民社会など共通の価値観を有する補完的なコー・リーダー(Co-leader)として,協力していく意義は大きい。環境・エネルギー,人権,開発,貧困削減などグローバルな課題や少子・高齢化,格差問題など共通の課題について,着実に協力を進めていくことで,実質的な経済連携関係を築いていけると考える。最後に,コリアリサーチが 2014年 3月 15日に韓国で実施した世論調査では,「韓日両国が互い

    に助け合い,協力し合う関係に発展していくべきだと思うか」という質問に,88.3%が「そう思う」と答え,「韓日の政治外交的な対立と,経済・文化・民間交流は分けて考えるべきだと思うか」との問いには,78%が「そう思う」と回答しており53,ナショナリズムを超えて,和解できる希望は残されていると考える。

    参考文献

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    53 『朝日新聞デジタル』2014年 5月 9日(http://www.asahi.com/)。

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    出所:日本は、内閣府[2014]『労働力人口、資本蓄積と今後の経済成長について」、厚生労働省雇用政策研究会[2014]「労働力需給推計」、内閣府[2014]『高齢社会白書』、韓国は、統計庁[2014]『経済活動人口調査』、シンソクハ[2012]「韓国の潜在成長率展望および下落要因分析」韓国開発研究院、統計庁[2013]「高齢者統計」などより作成。

    日本の労働力人口 韓国の労働力人口 日本の高齢化率(右軸) 韓国の高齢化率(右軸)

    図 10 日本と韓国における労働力人口と高齢化率の推計出所 : 日本は,内閣府[2014]『労働力人口,資本蓄積と今後の経済成長について」,厚生労働省雇用政策

    研究会[2014]「労働力需給推計」,内閣府[2014]『高齢社会白書』,韓国は,統計庁[2014]『経済活動人口調査』,シンソクハ[2012]「韓国の潜在成長率展望および下落要因分析」韓国開発研究院,統計庁[2013]「高齢者統計」などより作成。

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    佐野 : 韓国の成長モデルと日韓経済関係の変化

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