専門職としてのソーシャルワーク再考...天理大学社会福祉学研究室紀要第16...

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天理大学社会福祉学研究室紀要第 16 2014 専門職としてのソーシャルワーク再考 ソーシャルワーク倫理に基づ、く意思決定とそのプロセスについて 天理大学南彩子 KeyWords ソーシャルワーク価値倫理,倫理的ジレンマ,意思決定プロセス I. はじめに これまでに筆者は,ソーシャルワークの専門職性 についての研究成果を『ソーシャルワーク専門職性 自己評価』(南・武田 2004 )として纏めた.それか 10年を経過した今,再びソーシャルワークの原 点に立ち返ってソーシヤノレワークの専門的視点とは 何かを再考するとき,ソーシャルワーカーとしてな すべき行動や自身の責務をきちんと理解してクライ エントに向き合う姿勢をもち,クライエントにとっ て何が大事で,何が必要で,どこに向かつて援助し ようとしているのか常に意識化した振る舞いができ ることであると考える.言い換えれば,ソーシャル ワーク倫理が自身のなかに内在化され,ソーシャル ワーク固有の役割・機能の認識ができて,その実践 のプロセスでクライエント自身の自律や意思決定を 支えていることである 1 ).専門職性の構成要素のな かでもとりわけ基底に位置するのが「倫理性」であ るという点はいつの時代も揺るぎないものである. 本稿では,倫理に基づく理性的で専門的な判断に基 づく意思決定とそのプロセスについて述べてみたい. ここでなぜ「倫理性」に焦点を当てるのかというと, ソーシャルワーカーという援助専門職が「価値を担 う活動」(value-riddenactivity)(Butrym,1978:xi) であり,それこそがソーシャルワークの専門的視点 の要であり,すべての援助のゴールや,クライエン トの思いを支える一瞬一瞬のソーシャルワーカーの 姿勢や立ち居振る舞いや態度もそこから導き出され るものであると考えるからである. また,専問職性が高い職業であればあるほど,相 手の生活や人生や生命に甚大なる影響を及ぼすほど の重大な判断が求められる.ソーシャルワーク専門 職においても然りである.昨今の社会的状況下では とくに,専門職にとって判断じ難いほど煩墳な問題 や状況が存在し,それはいつ起こってもおかしくは ない時代である.その時々で最善の判断を下すため には,多くの専門知識を総動員してクライエントが 何にどう困っているのかを統合的アセスメントする 力量が求められる.それに基づき問題解決に到達し やすい幾多の方法のなかから,本人や家族の意向を 聴きながら最善と思われる案を選びとれるよう,ま たクライエントが他者に強要されることなく自分自 身で自由に選びとり判断を下せるプロセスを支援す る.それに沿うように多職種との連携や協働のうえ で,交渉や調整を漸進させるスキルも備えていなけ ればならない.すなわち価値と知識の上に積み重ね られたスキルは,含有された一連の行為であること がわかる. 言うまでもなく専門職の援助プロセスは,一つひ とつの判断の根拠になるべき専門職の価値や倫理の うえに立ったものでなければならない.また後々そ の方法が最善で、あったと説明責任が果たせるような リスクマネジメントの際の懲証としての記録も必要 である.その際のツールとして機能するのが「倫理 綱領Jである.クライエントは,一つだけの問題を 抱えもつ人ではなく,人によっては長く複雑なライ フヒストリーをもち,その好む方法は百人百様で一 人ひとりの事情は異なり,定型化した援助方法や解 決方法が定まっているわけではない.同じ問題状況 に遭遇しでも,各々の感じ方や受けとめ方,希望や 意向,また物事に対する見方や考え方は異なるだろ う.したがって個々の状況に当て骸めて最善の道筋 を考える応用力がものを言う. 対象者からのニーズに応える方法が比較的明瞭で、, 対処方法を瞬時に駆使できて,方向性の計画立案が 行い易い職種は,職務が単純化され易いという点で マニュアル化対応が可能である.しかしソーシヤル ワークとは,各種情報をパソコンに入力し,情報検 -3-

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Page 1: 専門職としてのソーシャルワーク再考...天理大学社会福祉学研究室紀要第16 号 2014年 専門職としてのソーシャルワーク再考 ソーシャルワーク倫理に基づ、く意思決定とそのプロセスについて

天理大学社会福祉学研究室紀要第 16号 2014年

専門職としてのソーシャルワーク再考

ソーシャルワーク倫理に基づ、く意思決定とそのプロセスについて

天理大学南彩子

Key Words ソーシャルワーク価値倫理,倫理的ジレンマ,意思決定プロセス

I. はじめに

これまでに筆者は,ソーシャルワークの専門職性

についての研究成果を『ソーシャルワーク専門職性

自己評価』(南・武田 2004)として纏めた.それか

ら 10年を経過した今,再びソーシャルワークの原

点に立ち返ってソーシヤノレワークの専門的視点とは

何かを再考するとき,ソーシャルワーカーとしてな

すべき行動や自身の責務をきちんと理解してクライ

エントに向き合う姿勢をもち,クライエントにとっ

て何が大事で,何が必要で,どこに向かつて援助し

ようとしているのか常に意識化した振る舞いができ

ることであると考える.言い換えれば,ソーシャル

ワーク倫理が自身のなかに内在化され,ソーシャル

ワーク固有の役割・機能の認識ができて,その実践

のプロセスでクライエント自身の自律や意思決定を

支えていることである 1).専門職性の構成要素のな

かでもとりわけ基底に位置するのが「倫理性」であ

るという点はいつの時代も揺るぎないものである.

本稿では,倫理に基づく理性的で専門的な判断に基

づく意思決定とそのプロセスについて述べてみたい.

ここでなぜ「倫理性」に焦点を当てるのかというと,

ソーシャルワーカーという援助専門職が「価値を担

う活動」(value-riddenactivity) (Butrym,1978:xi)

であり,それこそがソーシャルワークの専門的視点

の要であり,すべての援助のゴールや,クライエン

トの思いを支える一瞬一瞬のソーシャルワーカーの

姿勢や立ち居振る舞いや態度もそこから導き出され

るものであると考えるからである.

また,専問職性が高い職業であればあるほど,相

手の生活や人生や生命に甚大なる影響を及ぼすほど

の重大な判断が求められる.ソーシャルワーク専門

職においても然りである.昨今の社会的状況下では

とくに,専門職にとって判断じ難いほど煩墳な問題

や状況が存在し,それはいつ起こってもおかしくは

ない時代である.その時々で最善の判断を下すため

には,多くの専門知識を総動員してクライエントが

何にどう困っているのかを統合的アセスメントする

力量が求められる.それに基づき問題解決に到達し

やすい幾多の方法のなかから,本人や家族の意向を

聴きながら最善と思われる案を選びとれるよう,ま

たクライエントが他者に強要されることなく自分自

身で自由に選びとり判断を下せるプロセスを支援す

る.それに沿うように多職種との連携や協働のうえ

で,交渉や調整を漸進させるスキルも備えていなけ

ればならない.すなわち価値と知識の上に積み重ね

られたスキルは,含有された一連の行為であること

がわかる.

言うまでもなく専門職の援助プロセスは,一つひ

とつの判断の根拠になるべき専門職の価値や倫理の

うえに立ったものでなければならない.また後々そ

の方法が最善で、あったと説明責任が果たせるような

リスクマネジメントの際の懲証としての記録も必要

である.その際のツールとして機能するのが「倫理

綱領Jである.クライエントは,一つだけの問題を

抱えもつ人ではなく,人によっては長く複雑なライ

フヒストリーをもち,その好む方法は百人百様で一

人ひとりの事情は異なり,定型化した援助方法や解

決方法が定まっているわけではない.同じ問題状況

に遭遇しでも,各々の感じ方や受けとめ方,希望や

意向,また物事に対する見方や考え方は異なるだろ

う.したがって個々の状況に当て骸めて最善の道筋

を考える応用力がものを言う.

対象者からのニーズに応える方法が比較的明瞭で、,

対処方法を瞬時に駆使できて,方向性の計画立案が

行い易い職種は,職務が単純化され易いという点で

マニュアル化対応が可能である.しかしソーシヤル

ワークとは,各種情報をパソコンに入力し,情報検

-3-

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索を行うことによって短時間に問題解決できるよう

な仕事ではない.解決策とその手順は,ソーシヤノレ

ワーカーと個々に事情の異なるクライエント(や家

族および周囲の関係者や組織や集団)との時間をか

けた目的を伴う意図的会話を行ってみて初めて導き

出せるものであり,時間を費やさねばならない.求

められるのは信頼関係のなかで相手の心の琴線に触

れるような洞察力に裏づけられた応答を瞬時に発す

ることのできる能力.それに加えて専門的視点から

の判断力. Timms N とWatsonD(1978=1988:168)

が述べるように「ソーシヤノレワーカーは,方針や決

定をどのように実行するかを決める際に,価値判断

を下さなければならなしリのであり,その判断には

根拠が必要である.それは手間暇かけたソーシャル

ワーカーとクライエントとの協働プロセスのなかで

全うできるものであり,安易にマニュアル化,単純

化されるような誰にでもなし得る仕事になってしま

ってはならないとも思う.

単純化できないということは,現代社会において

は人間の抱える困難の幅が広がったことやライフヒ

ストリーにも影響されて,生活様態が一律ではない

ため,一口に職務内容を説明しかねるということで

ある.専門的実践を行うソーシヤノレワーカーは,そ

の何気なくみえる行動の端々に,ソーシャルワーク

の価値を内在化して振る舞うことのできる人である.

そうした人が,クライエントの前に立ち現われて,

ともに歩んでくれるところに独自の専門性が存在す

る.だからこそ生まれる信頼関係のなかでクライエ

ントとソーシャルワーカーとは,さまざまな或いは

相対立する選択肢のなかからクライエント自身の意

思決定を尊重できるように,揺れ動く思いを共有し

ながら支え続ける.倫理綱領にもあるように,ソー

シャルワーカーはあらゆるクライエントの人間とし

ての尊厳を守り,社会的不正義と闘うよう貢献し,

クライエントの利益を最優先に考え,専門的力量を

クライエントのために使おうとする.ソーシャルワ

ーカーは,自分自身が価値を担うのである.そのこ

とを Brown,B.S.は「おそらく哲学者を除いて,それ

自身価値と深く関わる職は,ソーシャルワークの専

門家以外には な い J と描出している

(Brown, 1992:18).本稿の目的は,ソーシヤルワー

ク倫理に基づく意思決定とそのプロセスとはどのよ

うなものであるかについて明らかにすることである.

-4-

IT. ソーシャルワークにおける倫理的原則と優

先順位

『ソーシヤルワーカー論研究』を著した清水隆員lj

(2012 : 20・27)は,専門職論の立場から社会福祉

従事者について「…個々のワーカーの職務上の行動

を規制する倫理コードに従って行動する専門的職業

人」のことであるとし,「倫理コード」をもっという

点で価値志向的であるところに専門性を見て取って

いる.さらに,先述したようなソーシャルワーカー

という存在の不確かさが,倫理綱領によって補完さ

れるとしている.

倫理とは,「価値が行動化されたもの」(Leη,1979)

である.ソーシャルワークにおける倫理とは,「ソー

シャルワークの価値を運用すること」であり,より

具体的には「職務を遂行する上で時に相対立する権

利と直面したとき,正しい判断を下し,倫理的行動

をとれるよう助けるためのもの」(Leη,1976=1983

:114)である.ソーシャルワークの価値を具体化して

いく際の行為の基準を明文化したものが倫理綱領で

ある.ソーシヤルワーカーが倫理綱領に従うという

ことは,「理性的判断の立場から,その行為をチェッ

クすることを意味する」(清水 2012:26)とされてい

る.わが国におけるソーシヤルワーカーの倫理綱領

は, IFSWによって採択された「ソーシャルワーク

の定義J(1982)を拠り所とし,「ソーシヤルワーカ

ーの倫理綱領Jを 2000年に採択し,綱領遵守を誓

約することによって職業的アイデンティティの形成

を図っている.その前提となる定義は以下のとおり

である(IFSW,2000=2001)2).

ソーシャルワーク専門職は,人間の福利(ウェルビー

イング)の推進を目指して,社会の変革を進め,人間関

係における問題解決を図り,人々のエンパワメントと解

放を促していく.ソーシヤルワークは人間の行動と社会

システムに関する理論を利用して,人びとがその環境と

相互に影響し合う接点に介入する.人権と社会正義の原

理は,ソーシヤルワークの拠り所とする基盤である.

ここにはソーシャルワーク専門職の専門性の内容

が凝縮されている.目指すべきはあらゆる人々の幸

せ(福利)であり,これに手が届きそうにない場合

には社会の変革を進める.人間のもつ可能性や力を

最大限に引き出し,言葉にできない思いをもっ人々

の真実の声に近づいて実体化できるようサポートす

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天理大学社会福祉学研究室紀要第 16号 2014年

る.人々の問題状況をあらゆる理論を用いて説明で

きるようにアセスメントする.そして人と環境の接

点である社会関係に立ち入って調整を行う.その際,

あらゆる人々のもつ尊厳を大事にし,不平等や不公

正な事態に陥らぬようソーシャルワークの価値を自

己のなかに内面化して行動する.これらは抽象的で

倫理的な理念を含みもち,迷いや葛藤を含む状況で

指針となり,意思決定の根拠となるものである.こ

のような精神をより具体的に行動指針として明文化

したものが倫理綱領である.わが国において 2005

年に採択された「社会福祉士の倫理綱領」の冒頭に

記されている“価値と原則”の部分には,人間の尊厳,

社会正義,貢献,誠実,専門的力量の 5項目が謡わ

れている.それに次いで,“倫理基準”(利用者に対

する倫理責任,実践現場における倫理責任,社会に

対する倫理責任,専門職としての倫理責任)につい

て明示されている.さらに,実践のなかでし1かに行

動化されるかの指針ともなるべき“行動規範”が続き,

専門職はこれを常に意識作用の内に志向的に存在さ

せ,倫理に基づく言動がとれるような訓練を業務の

なかで行動化させることが求められる.しかし,あ

る問題に対して解決する手立てとしてこの倫理を用

いよ,というように単純に当て巌められるものでは

なく,あくまでも内在化すべき「規範」として機能

する.

しかしながら, ReamerF. Gが述べるように,ソー

シャルワーカーが専門職業の義務と価値の衝突に出

会い,どちらかを優先して決めなければならないよ

うな場合に「倫理上のジレンマ(ethicaldilemma) J

が生ずる場合がある(Reamer,1999=2001:60・62).

ここで,“ethicald辻emma”とは, SocialWork

Dictionary,5thed.(Barker,ed.2003:147)によれば,「2

つあるいはそれ以上の倫理的な価値が適用できるよ

うにみえる状況でありながら,それらが相対立して

おり,最善の選択を迫られる状況J(筆者訳)のこと

をいう.では,その際どうすればよいのか.社会福祉

士の行動規範の「実践現場における倫理責任」の 3・2

には「社会福祉士は,実践現場で倫理上のジレンマ

が生じた場合,倫理綱領に照らして公正性と一貫性

をもってサービス提供を行うように努めなければな

らないJと記されている.

そこで,倫理的ジレンマを解消するための枠組み

や,そのジレンマの構造を理解し倫理的に納得のい

く意思決定に到達するための手順などを示す順序だ

った方法がいくつか提示されてくる.ジレンマを解

決するにあたって,まず指針とするべきものは,そ

の専門職業団体がもっている倫理綱領である. しか

し,さまざまな背景事情を抱える多様な生活問題解

決には,倫理綱領のなかに示されているいくつかの

倫理がぶつかりあっていたり,時には優先順位を決

めかねたり判断に迷う場合がある.そこで,ジレン

マ解決のためのガイドラインや,倫理的意思決定の

ためのステップなどが明示されてくる.とくに欧米

においては, 1980年代から盛んに提示されるように

なった(Reamer1999=2001:87).有名なものでは

Reamer,F,G.によるもの(Reamer,1999=2001:101)

とDolgoff,R./Harrington,D./Loewenberg,F.,乱1.によ

るガイドラインがあるー

ここでは, Dolgoff,R./Harrington,D./Loewen・

berg,F

示す.これは何回か改訂されているが, 2012年に改

訂された最新版(第 9版)に示されているものを提

示したい.

①まず倫理綱領が適用できる

かどうか吟味し,ソーシヤル

ワーカーの個人的価値より

も倫理綱領を優先させる.

②1つあるいは複数の倫理綱領が

適用できる場合

③倫理綱領を適用しがたい特殊な | I EPSを適用する

問題があったり,倫理基準の間で |

葛藤が生じる場合 ’

図 1. 倫理的ルールのスクリーン(ERS:EthicalRules Screen)

(Dolgoff,R., Harrington, D. &Loewenberg,F,M.(2012)Ethical Decisions for Social Work Practice.

9th ed. 79頁の図 4・3.EthicalRules Screen(ERS)を基に南が作成).

-5一

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ソーシヤルワーカーは 倫理上のジレンマに出会

ったら,まず ERS(EthicalRules Screen)を適用す

る(図 1).すなわち,①倫理綱領が適用できるかど

うか吟味し,ソーシャルワーカーの個人的価値より

も倫理綱領を優先させる.②1つあるいは複数の倫

理綱領が適用できる場合はそれに従う.③倫理綱領

を適用しがたい特殊な問題があり,倫理基準の間で

葛藤が生じる場合には, EPSを適用する,というも

のである.そこで出てくる EPS とは, Ethical

Principles Screenの略語であり, ERSに拠りがた

い場合に頼りにするものである.スクリーンとは,

選別し,絞り込み,ジレンマ解消に向けて探求する

ことを意味する.EPSは,倫理上のジレンマを解決

(Pio;e~t曾ofLife)

社会正義

(Social Justice)

自己決定,自律,自由

(Self Detぽ mination,Autonomy, and Freedom)

危害を最小限にとどめる

(Least Harm)

生活の質の尊重(Qualityof Life)

プライパシーと秘密保持

(Privacy and Con直dentiality)

真実性と情報開示(Truthfulnessand ・Full Disclosure)

する手段としての倫理上の原則を優先順位にしたが

って記述したものである.以下の図 2において,原

則 1は原則 2に優先L,原則 3は原則 4に優先する

ものと考える.しかし,ここでもつぎの点に注意し

ておかなければならない.つまりこうしてまとめら

れたものは倫理的ジレンマを解決する鍵となる一つ

の指針ではあるが,何を優先すべきかの意思決定や

判断のプロセスは 2つの対立する価値の間で単純に

3よりも 1の方が上位というように画一的に当て飯

めて解決してし1けるというものではないということ

である.それに関する例証は, Dolgoff,R.らの第 4

章〈“Guidelinesfor ・Ethical Decision-Making :The

Decision -Making Process and Toolsア)に詳しい.

←倫理的原則 1

←倫理的原則 2

←倫理的原則 3

←倫理的原則 4

←倫理的原則 5

←倫理的原則 6

←倫理的原則 7

図 2.’倫理的原則のスクリーン(E-PS : ・Ethical Principles Screen)

(出典: Dolgoff,.R.,Harrington,D.&Loewenber.g,F,.M. (2012)Ethical Decisions for .Social Work

Practice. 9thed.80頁の図 4・4.Ethica1 ・Prine叩lesScre~rn ( EPS)を基に南が一部加筆修正).

この三角形の図において 上部に行くほど従うべ

き原則の優先性が高いとされている.ここに述べら

れる 7 つの倫理的原則の内容につ いて

Dolgoff,R. ,Harrington,D.ら(2012:so・82)を基に下

記にまとめる.旧版のものとの変更点は,「平等と不

平等」は「社会正義]としづ文言に変わり,「自律・

自由」は「自己決定・自律・自由」となったことで

-6ー

ある.

原則 1の生命の保護は,すべての人々にとって当

て巌まるものであり,他のどのような権利や義務よ

りも優先すべきものである.生きる権利はあらゆる

人々にとってもっとも基本的な権利であり,これが

損なわれればどのような権利も享受することができ

ない.原則 2の社会正義の原則は,不平等や権利の

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天理大学社会福祉学研究室紀要第 16号 2014年

侵害を認めないことである.すべての人々は平等に

扱われるべきであり,公平 ・公正さを尊重するとい

うものである.原則 3の自己決定,自律性,自由尊

重の原則は,その人自身の自己決定,自律,そして

抑圧や拘束されない自由を最大限に尊重するという

ものである.原則 4の危害を最小限度にとどめる原

則とは,危害を引き起こすような可能性と直面した

場合に,危害を被る可能性を最小限度に止めるよう

に努力すべきであるというものである.原則 5の生

活の質とは,ソーシヤノレワーカーはクライエントの

生活の質の向上を促進するような選択肢を選考すべ

きであり,ソーシヤルワーカーはクライエントのウ

エノレピーイングの促進に第一義的責任をもっという

ものである.原則 6のプライパシーと秘密保持の権

利は,ソーシヤノレワーカーはあらゆる人々のプライ

パシーと秘密保持の権利を護るような解決を行うべ

きであるというものである.しかし,暴力や危害を

与えられるような状況では制限される場合もあるこ

と等も付記されている.原則 7の関連情報を開示し,

真実を話すことは,ソーシャルワーカーはクライエ

ントや他者に対して,場合によっては関連情報を開

示したり真実を話すことを許されるべきだとするも

のである.しかしd情報開示に際する慎重な配慮等を

思料する必要性についても演述されている.したが

って,これら 7つの原則は,参照すべき重大な指針

ではあるが,杓子定規に画一的に使用されるのでは

なく,その時々の状況によって何が優先され,何が

制限され,何を尊重すべきか個別に判断されること

も必要だと説示されている.今後の課題と Lて,実

践現場においては倫理的ジレンマを含む実例の蓄積

と検証が必要である.また教育養成機関においては

『援助専門家のための倫理問題ワークブック 』

(Corey,ら 2003=2004)や Dolgoffらの本(2012)に

附録として添付されている例題を用いるなどして,

模擬的事例によって倫理原則の内容や葛藤状況につ

いて詳細に分析し,判断する訓練が求められる.そ

の際役に立つのは,倫理的意思決定のためのモデル

や枠組である.

E 倫理的ジレンマへの対処としての倫理的意

思決定モデル

倫理的ジレンマの解決は,単純にはいかない

(Reamer,2008:148).海外では 1900年代終わり頃

-7-

からジレンマを解消していくための一定の手続きや

プロセスについて,いくつかのステップを踏んでい

くこと,また各段階でソーシャルワーカーが問いか

けるべき内容が提唱されている.欧米の主要研究と

しては, Congress(1999),Corey,G.et.al.(2003),

Linzer{1999),Reamer(2001),Reamer(2006);Dolgoff

,R. ,Harrington,D. &Loewenberg,F,M.(2012)等があ

る.わが国では,看護の領域では, Fry,S.T.をはじめ

として倫理的意思決定のモデルが定式化されている.

ここでは Fry,S.T.の倫理的意思決定のモデル

(RESPECTモデ、ル)を提示するが,ソーシャルワ

ークにも応用可能であろう(Fry,2002=2005片田・山

本訳: p. 74より引用).

LR:課題や問題の道徳的側面を認識する(R-ecognize)

2. E:指針や評価原則を列挙する(Enumerate)

3. S:利害関係者と彼らが指針とする原則を特定する

(Speci命)

4.P:多様な代替行為を計画する(Plot)

5. E:原則や利害関係者の観点、から代替案を評価する

(Evaluate)

6. C:適切に利害関係者に相談したり参加してもらっ

たりする(Consult)

7. T:意思決定の根拠を利害関係者に告げる -(Tell)

ここで使用されているモデルは,価値特性によっ

て他のモデルと併用されたり単一で使われたりし,

状況依存性がある(Fη,2002=2005:74)ため,この

モデルにはさらに 4つの課題が含まれるとされてい

る. 4つの課題とは,①価値の対立の背景にある事

情は何か?,②状況に含まれている価値の重要性は

何か?,③関係する人それぞれにとって対立の意味

するものは何か?,④何をすべきか?にひとつひと

つ応えていくことである(FrぁS.T.2002=2005:75).

すなわち,倫理的なジレンマや葛藤への対処もま

た,ソーシヤノレワーカーとクライエントとの間で,

話し合うプロセスのなかで解決の方向性が見えてく

る.

ソーシャルワークの領域でも,倫理的意思決定の

質の向上のために一連の段階を踏むことが推奨され

ている(Reamer1999=2001:107・130).倫理的意思

決定モデルは,近年いくつか提示されているが,ま

ずプロトタイプともいえる Reamer,F,G.によるソー

シャルワーカーの倫理的意思決定のプロセスを提示

する(Reamer,1999).

Page 6: 専門職としてのソーシャルワーク再考...天理大学社会福祉学研究室紀要第16 号 2014年 専門職としてのソーシャルワーク再考 ソーシャルワーク倫理に基づ、く意思決定とそのプロセスについて

1 衝突するソーシャルワークの価値と義務を含む倫理

的問題を特定化する

2 倫理的意思決定によって影響を受けそうな個人,グ

ノレープ,組織を特定化する.

3 すべての実行可能な行動の筋道や参加者を,潜在的

な益とリスクと共に試験的に特定化する

4 適切と考えられる各々の行動の筋道に対する賛成と

反対の理由を入念に検証する.

A 倫理的な理論3 原則,方針(例として,義務

論的および目的論的功利主義的な視点とそれ

らに基づく倫理的方針).

B 倫理綱領と法的原則.

C ソーシャルワークの実践理論と原則.

D 個人的な価値観,特に自分自身のものと葛藤

をおこす価値観.

5 同僚や適切な専門家に相談するとと(たとえば,機

関のスタッフ,スーパーパイザー,機関の運営者,

弁護士,倫理学者).

6 意思決定を行い意思決定のプロセスを文書化する.

7 決定された内容をモニタリングし,評価し,文書化

する.

つぎに, Corey;Corey,andCallanan(2003)による

倫理的ディレンマの解決のための 8つのステップを

提示する(筆者訳) 4).

1 可能な限り多面的視点から状況に関する情報を収集

するととによって,問題あるいはジレンマを特定化

する.

2 そこに含まれる潜在的問題を特定化し,核となる原

則が何かを特定化する.

3 関連する倫理綱領を検討する.

4 適用されるべき法規を検討する.

5 同僚やスーパーパイザー,法律の専門家に相談する.

6 その行動を実行した結果どのようなことが起こるか

考慮する.

7 さまざまな選択肢を実行した場合の帰結点を吟味す

る.

8 持っている情報に照らして他の選択肢を選んだ場合

の影響を評価し,どのような行動をとるかの方向性

を決定する.

わが国のソーシャルワーク領域では,)||村(2002)

が倫理的ディレンマの解決法について「倫理的ディ

-8一

レンマ解決のための 10のステップ」としてまとめ

ている.このステップに基づいて話し合っていく.

10のステップとは,以下のとおりである(川村

2002:69・71).

ステップ 1 ディレンマの状況を把握する(情報の収

集と分析)

ステップ2 人や組織の役割・利害関係・価値観・判

断基準・意思決定能力を把握する

ステップ 3 関係する倫理原則・基準をあげ3 適応状

況を考える

ステップ4 価値・倫理のぶつかり合い(デ、イレンマ

の構造)を考える

ステップ 5 優先されるべき価値と倫理を考える

ステップ6 法的,時間的,社会資源的制限や限界を

考える

ステップ7 専門家,同僚,スーパーパイザーからの

情報,助言を得る

ステップ8 選択肢を示し,根拠,結果予測,リスク

を考える

ステップ9 選択肢の決定と最終チェックを行い,実

行する

・決定した選択肢

口法的な制限に合致しているか?

ロF艮られた時間, 資源のなかで効率のよいもの

カ瓦?

口だ、れが意思決定に参加しているか?

ロ本人の意思が十分に尊重されているか?

ロ考えられるなかで,最善のものか?

・行動

いつ?

だれが?

何から開始する?

予想される障害物?

ステップ 10 結果を観察し,同時に,ディレンマ解

消のため社会へ働きかける

このフローに従ってディレンマ解消に取り組んで

いくというプロセスは,「与えられた資源や制限のな

かで,またクライエントの意思決定を尊重しながら

も,優先順位を決め,関係する人々のリスクを最小

限に抑え,選択肢を考え,最善の専門的判断をして

いくこと」であると述べられている(川村 2002:69).

このような手順や流れは,専門的判断をしていくう

えで欠かせない.なお,小山・菅原(2003:52・53)は,

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天理大学社会福祉学研究室紀要第 16号 2014年

川村の 10のステップに基づき,担当事例を再構成

し分析を行っている.事例分析をとおして「必ず立

ち現れるであろう倫理的なジレンマを解消すべく動

く行為がソーシャルワークアセスメントと介入であ

る」とアセスメントにおける実践視点を専門性の射

程に入れている(小山・菅原 2003:43),

IV. 考察

ここまで倫理的原則とその優先順位に関するガイ

ドラインについて見てきた.ここで強調しておきた

いのは,ガイドラインとはあくまでも標準的な枠組

みであり,画一的に当て巌まらない例は現実にはい

くらも起こり得るということである.そのため,つ

ぎに倫理原則の間にジレンマが見られる場合の倫理

的意思決定モデ、ルについて見てきた.そして,一例

一例個別に検討しつつ,価値倫理の葛藤が見られる

場合には状況に応じて何が最優先されるべきか,ま

たその根拠についてソーシャルワーカーは論理的説

明ができることが大事である.

一つの例をあげて考察してみたい.星野(2012)

が取り上げている例の最初の部分を敷街して吟味す

る.提示部分を抜粋する.「たとえば末期のがんで,

家族に自分のための介護で迷惑をかけたくないと思

っている方がし1たとします.そして自分は死んだほ

うがよいと考えて,食事を拒否しました.これは本

人なりに考えた末での自己決定といえます.家族は

懸命に生きてほしいと説得しでも,本人は聞き入れ

ません.このときどうすればよいのか,ワーカーは

悩みます.倫理綱領には自己決定の尊重とは書いて

ありますが,その自己決定が利用者の生命にかかわ

るような場合はどうすればよいのか,という例外に

ついては書かれていません」と述べ,倫理のジレン

マが見られることを示唆している(以上,星野

2012:196 : 4~7行自による).星野はこれ以上の詳

細描写や説明をすることなく,読者個々の考究に委

ねている.

この例を基に考えてみる.ここでは「自己決定の

尊重j と「生命の保護Jという 2つの価値観の聞に

葛藤がみられる.先に示した Dolgoff,R.,/

Harrington,D江..1oewenberg,F

「生命の保護」(倫理的原員リ 1)は「自己決定の尊重」

(倫理的原則 3)に優先することになる.一応この

指針を念頭に置く.しかし,「生命の保護の尊重Jを

第一義に考えて家族の希望通りにクライエントを説

得して食事を強要するという手順を単純に当て蔽め

るのは,倫理的意思決定のプロセスを放免している.

ソーシャルワーカーに与えられているのは,し1かよ

うにも話し合うことのできる相手の存在である.

命の期限と向き合う援助を行う場合に求められる

のは,目の前にいる相手とじっくりと関わってみる

ことである.病状や症状の変化と共に本人と家族の

揺れ動く気持ちをしっかりと感じて受けとめ,その

時々の思いや言語表現の背後にあるものを理解する.

そのうえで,食事を拒否するという選択をした場合

に,どのような結果になるか,それは本人と家族の

望む方向なのかどうかを,一つひとつ吟味して,複

数の人々の思いを整理していくことが大事である.

本人が食事を拒否する背景には,単に家族に心配を

かけたくないというだけに止まらず,これまでの関

係性のなかで生じた轄鞍した因果関係の仕儀が隠さ

れていることもあり得る.一般には一時でも長く家

族と時を共にしたいのが命の終鷲に這った者の情感

ではないだろうか.しかし特別な事情が存在するこ

ともあり得る.食事を拒否するという自己決定を優

先した場合に,病態は継時的に如何に変化すると予

測されるのか医療関係者の意見を聞くことも必要だ

ろう.さらにそのような決断の帰結として予測され

る事態に家族の心慮はいかばかりのものかを評価す

ることも必要だろう.それらを患者家族を取り巻く

チーム全体で総合的にアセスメントした結果を本人

と家族に提示して意思疎通をはかり,受けとめ聴き

入れながら,揺れ動く価値葛藤の間で程よいバラン

スを保ちつつ,優先すべき価値は何かを明らかにし,

最善の意思決定に向かうプロセスを共同進行してい

くことになる.どのような意思決定を望むかは人そ

れぞれである.辿り着いた結果を支持するよう温か

くモニタリングすることがつぎの課題である.

相互に相反する考え方や価値観がぶつかり合うと

き,その問題状況に関わっている人々がそれぞれど

のように考え,何を望み,そのためどのような代替

案が考えられるのかについて整理,分析していくプ

ロセスは,クライエントや家族の尊厳性を守りなが

ら最善の意思決定を目指して,それぞれが立たされ

ている状況の十分な理解のうえにクライエントの望

む意思決定を支えるプロセスであると言ってもよい.

このような問題状況の整理に丁寧に付き合い,感情

面で共感しサポートしながら,価値の葛藤に目を向

けて,優先すべき価値とその根拠を明確にもちつつ

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最善の倫理的意思決定を支えていくのがソーシャル

ワーカーの専門性であろう.

ジレンマ解決のための考え方の枠組みは,ソーシ

ヤルワーカーという専門職が、倫理的なジレンマに

陥って判断に迷うときに,急いで答えを出すのでは

なく,関係者の考え方を聴き,明確化しながら一定

の手順を踏む際のフレームワークとして機能するこ

とに資する.順序立てて思考を巡らせる手順を踏む

癖をつけ,その中核となる倫理に根差した専門性を

磨く訓練にもなる. しかしフレームワークに沿わな

い事例も起こり得る.最終的に,そのことの手順が

妥当なもので、あったのかどうかが間われるときに,

その時々で、優先すべき価値原則を選び、取った判断の

プロセスが文書化されていて論理的に説明ができる

こと.また必要に応じてスーパービジョンやコンサ

ルテーションを受け,組織や機関に倫理委員会等が

設置されている場合にはそこでの議を経るなどして,

それが最善の判断かどうか検証することも必要だろ

う.価値葛藤の場面が今後ますます増えるであろう

と予測される現在,ジレンマにきちんと向き合うこ

とは,苦情や訴訟への対応やリスクマネジメントの

立場からも,求められるだろう.そのためには,枠

組みの提示に留まらず,多くのジレンマに対処する

意思決定プロセスとその後のモニタリングの状況迄

詳細に検討された結果まで記述されている事例集の

蓄積が,今後の課題であるといえよう.

V. おわりに

絶対に正しい決定というものが最初からあるわけ

ではない.しかし 自の前にいるクライエントとは

いくらも話し合えるチャンスと,変化の可能性が存

在する.そこでソーシャルワーカーは,クライエン

トの真意をはかりつつ,ともに迷い,ジレンマや葛

藤にぶつかりながら,今置かれている状況を正しく

アセスメントすることによって双方が理解し合い,

クライエントがより望む方向での対処法を導き出し,

援助を進めようと考える.専門性を身につけたら正

しい判断がいつも行えるのではなく,専門職価値に

基づきながら多角的に考え,本人と関係者と組織等

との轄鞍した意向がある場合にはいかに折り合いが

つけられるかを探索するプロセスを共有しながら,

そのときどきの事情を抱えたクライエントにとって

の最善だと思える判断を行うということになるので

はないだろうか.「人事を尽くして天命を待つ」とい

うのは,その結果に責任をもつことをある意味放棄

している.ソーシャルワーカーは 人事を尽くして

倫理的意思決定をクライエントの参加と協働のもと

に行い,その結果をしっかりと見届ける.つまり,

その後のプロセスにおいてもクライエントの人生に

伴走し,モニタリング(見守り)を行う.

それがうまくし1かなかった場合には,もう一度ア

セスメントに立ち返りやり直す.何度でもやり直せ

る,そういった柔軟な思考もソーシャルワーカーに

は求められる.そのためには,倫理的判断の指針や

意思決定モデ、ルに精通する訓練によって,倫理に基

づく視点で考える必要性に気づかねばならない.つ

まり常に倫理綱領や倫理的意思決定のプロセスを意

識することである.ソーシャルワークにおける価

値・倫理研究の先駆者の一人である Reamer,F,G.は,

実践の考究をとおして,ソーシャルワークの哲学的

基盤や倫理的ジレンマに対時し,倫理研究を進化発

展させたうえで,後年はスーパービジョンや倫理コ

ンサルテーションや倫理教育といった領域で多くの

業績を残している.大学教育においても,社会福祉

士養成段階で、の実習スーパービジョンや省察的学習

をとおして言語化を勧奨しながらの倫理に軸足を置

いた教育は,将来のソーシヤルワーク専門職を育成

するうえで,鍵概念の一つのように思える.

ソーシャルワーカーが実践現場で、倫理上のジレン

マに悩む局面は多々あろう.専門職(プロフェッシ

ョナル)とは,クライエントの利益のために自身の

高い専門性を発揮する職業であり,クライエントを

保護するための行動基準である倫理コードによって,

クライエントから専門職として認められる(星野ほ

か 2012=198)のである.そのために守り行うべき道

として公言したことをソーシヤノレワーク専門職とし

てクライエントの前でいかに具体化できるかである.

専門的自律性をもっソーシャルワーク専門職にと

って,自らの行為を律するのもまた自らの倫理性で

ある.専門職間で律し合うことも求められよう.そ

して専門職ならではの研ぎ澄まされた「倫理的感性」

を磨くことこそが,ソーシャルワーク実践の基盤で

あり,し\かに value四basedpracticeを違和感なく表

出できるかを自らに聞い続けなければならない.倫

理的感性をクライエントやクライエントを取り巻く

社会状況に向け続けるとき,ジレンマの生ずる状況

を未然に察知し,解きほぐしていくプロセス,また

克服しうる方向性というのも見えてくるように思わ

-10一

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天理大学社会福祉学研究室紀要第 16号 2014年

れる.

謝辞本稿は,武田教授のご退任の記念になればという

思いで執筆致しました.ソーシャルワーク実践/

教育/研究の先達として常に儀範を示して頂きま

したことに対し,深く感謝申し上げます.

1)ここではミクロな立場でのソーシャルワークを念

頭に置いて考えている点で限定的である.

2)2000年 7月 27日モントリオールにおける国際ソ

ーシヤルワーカ一連盟総会において採択, 日本語

訳は日本ソーシャルワーカー協会,日本社会福祉

士会,日本医療社会事業協会で構成するIFSW日

本国調整団体が 2001年 1月 26日に決定した定訳

である.

3)社会福祉士の倫理綱領は,「ソーシャルワーカーの

倫理綱領」を改訂し、 2005年 6月 3日に開催され

た社団法人日本社会福祉士会第 10回通常総会で

採択されたものである.

4)Hepworth,D.H., Rooney,R.H.,Rooney,G,D.et.al.

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