ため池整備における耐震対策について2016/07/06  ·...

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ため池整備における耐震対策について ~西ノ谷池耐震対策設計業務~ 株式会社 共和コンサルタント 小野祐樹 1.はじめに 本業務は、静岡県浜松市浜北区尾野地内に位置する『西ノ谷池』が耐震診断により、耐震 性能を満足していないため、堤体及びその付帯施設などの設計計画を行ったものである。 西ノ谷池は平成25年度に地質調査業務及び耐震性点検業務を行い堤体の危険性が報告さ れており、平成26年度に基本設計が行われた。 基本設計では耐震対策として一般的な(堤体押え盛土)工法にて計画を行ったが仮設費(工 事用道路)の土の確保や経済性について課題があり、堤体の耐震対策を含めた再検討が必要 であった。 また西ノ谷池はへらぶな釣りで有名な池であり、週末ともなると県内外から“へら師”が 集まるため、工事期間中のへらぶなの保護等も検討課題の一つでもある。 西ノ谷池 全景

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Page 1: ため池整備における耐震対策について2016/07/06  · 西ノ谷池の概要としては、堤体形式 傾斜コア型、堤高7.4m、堤頂長77.9m、流域面積 101.0ha、総貯水量64,800m3、満水面積2.78haとなっている。

ため池整備における耐震対策について

~西ノ谷池耐震対策設計業務~

株式会社 共和コンサルタント 小野祐樹

1.はじめに

本業務は、静岡県浜松市浜北区尾野地内に位置する『西ノ谷池』が耐震診断により、耐震

性能を満足していないため、堤体及びその付帯施設などの設計計画を行ったものである。

西ノ谷池は平成25年度に地質調査業務及び耐震性点検業務を行い堤体の危険性が報告さ

れており、平成26年度に基本設計が行われた。

基本設計では耐震対策として一般的な(堤体押え盛土)工法にて計画を行ったが仮設費(工

事用道路)の土の確保や経済性について課題があり、堤体の耐震対策を含めた再検討が必要

であった。

また西ノ谷池はへらぶな釣りで有名な池であり、週末ともなると県内外から“へら師”が

集まるため、工事期間中のへらぶなの保護等も検討課題の一つでもある。

西ノ谷池 全景

Page 2: ため池整備における耐震対策について2016/07/06  · 西ノ谷池の概要としては、堤体形式 傾斜コア型、堤高7.4m、堤頂長77.9m、流域面積 101.0ha、総貯水量64,800m3、満水面積2.78haとなっている。

2.現地状況

西ノ谷池の創築は江戸時代以前とされており、以来地域の水不足を解消する為、準用河川

有隣川を堰き止めて造られた谷池である。また、平成元年に洪水吐けに調整施設を設け雨水

貯留池として改修が行われた。

西ノ谷池の概要としては、堤体形式 傾斜コア型、堤高 7.4m、堤頂長 77.9m、流域面積

101.0ha、総貯水量 64,800m3、満水面積 2.78ha となっている。

地質調査は堤頂部と下流法面部の2本行われており、下流法面部においては Ag 層で液状化

の恐れが報告されている。

へらぶな釣りの大会も年間数回行われており、左岸側には専用の釣り台も設けられている。

左岸側釣台設置状況

西ノ谷池概要

Page 3: ため池整備における耐震対策について2016/07/06  · 西ノ谷池の概要としては、堤体形式 傾斜コア型、堤高7.4m、堤頂長77.9m、流域面積 101.0ha、総貯水量64,800m3、満水面積2.78haとなっている。

3.耐震設計計画

3.1 重要度区分

西ノ谷池の重要度区分は、堤高 7.4m、総貯水量 64,800m3、下流域には人家及び国道もあ

るため被災による影響が大きい施設である。

よって重要度区分は下記より、A種と判断する。

※静岡県においては『ため

池耐震点検・調査の留意

点 P18』の基本方針より、

①堤高 10m以上

②貯留量 10 万m3以上

③堤体または堤体基礎が

砂質土のもの

(①又は②かつ③の場

合に AA 種としている)

3.2 耐震性能の設定

耐震性能の設定は、重要度区分ごとにレベル1及びレベル2地震動に対して下記の通り耐

震性能を保持する事とされている。

本池の重要度区分はA種であるため、レベル1地震動に対する照査手法により健全性を損

なわない計画が要求される。

Page 4: ため池整備における耐震対策について2016/07/06  · 西ノ谷池の概要としては、堤体形式 傾斜コア型、堤高7.4m、堤頂長77.9m、流域面積 101.0ha、総貯水量64,800m3、満水面積2.78haとなっている。

耐震性能は「健全性をそこなわないこと」を目標に、

①堤体にすべり破壊が生じないこと。

②堤体に残留変形が生じないこと等、堤体に構造的な損傷が生じないこと。

上記の耐震性能を照査する事とし、耐震設計の計算は静的解析法として震度法を用いる。

なお、震度法の設計震度は強震帯地域として kh=0.15 とする。

4.堤体耐震対策工法

4.1 基本設計仮設計画に対する課題

基本設計の上流側堤体工事における仮設計画の課題は、本工事概算直接工事費が約 280 万

程度に対し、仮設計画概算直接工事費は約 900 万程度とバランスが悪い点である。

仮設道路の距離が 265mと長い事や、盛土量が約 1,580m3 と非常に多い点がコストが嵩む

原因となっていた。

よって、詳細設計時にてVE検討会を開催し、仮設道路の延長や築造工法等を見直し機能

性は現状以上で、コストを下げ価値を高めるよう検討を行った。

Page 5: ため池整備における耐震対策について2016/07/06  · 西ノ谷池の概要としては、堤体形式 傾斜コア型、堤高7.4m、堤頂長77.9m、流域面積 101.0ha、総貯水量64,800m3、満水面積2.78haとなっている。

4.2 VE検討会(基本代替案の検討)

基本設計の原案に対し、基本代替案として下記の5案を作成し検討を行う。

第1案 仮設道路及び押え盛土を堆積土による固化処理土とする案

第2案 仮設道路は固化処理土、押え盛土は購入土とする案

第3案 押え盛土の代替案として大型ふとんかごとする案

第4案 進入路を変更し仮設道路及び押え盛土を固化処理土とする案

第5案 進入路を変更し押え盛土を購入土とする案

(第3,4,5案は上流側コンクリートブロック張護岸を取壊し池内に進入する)

上記各案に対し機能性に重み付けをし、詳細評価を行う。

機能性と経済性の評価値より価値を算出し、第4案は原案に対し価値が 2.20 倍、第5案は

2.19 倍となるため各案をそれぞれ本命案、副次案として提案した。

そして第4案と第5案との統合案を作成し、さらに検討を行い詳細設計に反映させる。

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VE検討会詳細評価表

4.3 基本代替案の統合案(対策工法)

本池の上流側耐震対策工法はVE検討会や総合的な比較検討の結果、押え盛土工法を採用

した。

第4案と第5案との統合案として下記の通りとし、仮設道路及び押え盛土下層部を固化処

理土、押え盛土上層部を購入土として計画を行う。

実際にコストも約半分に下がり、価値(V値)も約 2.4 倍となりVE検討会を行った効果

が詳細設計に反映できた。

またいろいろな意見交換を行い非常に有意義な検討会であった。

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4.4 安定計算

照査手法は円形すべり面スライス法により安定計算を行い、安全率 1.2 以上を確保する事

とする。

ただし堤体の一部が液状化する若しくは間隙水圧の上昇による強度低下が発生する可能性

がある場合は、液状化の判定を行い間隙水圧の上昇算定法により、同じ計算モデルを用いて

安定計算を実施する。

すべり破壊を検討するケースは、以下の7ケース及び間隙水圧を考慮した安定計算の8ケ

ースにおいて検討を行う。

上記8ケース全てにおいて、押え盛土工法における安全率 1.2 以上を確保している。

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下記検討ケースは条件が厳しい上流のケースを代表的に添付したものである。

現況断面 CASE.3 上流側 常時満水位 安全率 1.184 NG

計画断面 CASE.3 上流側 常時満水位 安全率 1.215 OK

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5.へらぶな保護対策

へらぶなとはゲンゴロウブナの別名であり、コイ目

コイ科コイ亜科フナ属の淡水魚である。成長は早く、

生後 3年で体長が 30cm ほどになり、大きなものでは

60cm 以上に達する個体も見られる。

本来は琵琶湖の固有種であるが、現在では人為放流

によって日本全国に分布しており各地の「へらぶな会」

などにより全国に放流されている。

本池においても浜北へら鮒釣連合会などが主催とな

り、除草作業、釣り大会も催され多くの参加者が集う

ため池となっている。 Wikipedia より

通常ため池整備の上流側改修工事は池内の水を全て抜き、ドライ施工が行われる。

西ノ谷池は農業用のため池ではあるが養殖したへらぶなを放流しており、上流側堤体の工

事を行うと必然的にへらぶなの生息域がなくなり死滅してしまう恐れがある。

従って、工事期間中池内のへらぶなを保護するよう仮設プールの検討を行った。

池上流に大型土のう等で仮設道を築造し隣接地に超ロングアームバックホウにて掘削を行

い仮設プールを設置する。

仮設プールの水は有隣川の流入水にて常に新鮮な水が確保でき、余剰水はポンプで排水す

る。

池内のへらぶなの生息数は不明であり、すべての個体は保護できないが出来る限り保護し

たいと考える。

へらぶな保護

仮設プール

容量450m3

仮設工標準断面図

超ロングアームバックホウ

掘削

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6.おわりに

今回の業務を終えて今までとは違った検討が多数あり、自分自身にとって大変貴重な経験

となった。

今後静岡県内にはまだまだ整備が必要なため池等が多く残っていると思われます。

今回の耐震対策工法は押え盛土工法でしたが、今後様々な工法による対策も考えられるた

め、今の技術に満足せずさらに知識を深めて行きたいと思います。

また、今後の他部門の設計業務においても今回の業務経験によって得た知識を活かすとと

もにさらなる技術力の研鑽に努めていきたいと思っております。

後に本業務において多大なご指導を賜り、また本事例発表についてもご理解頂きました

西武農林事務所湖北事業課の皆様に深く感謝申し上げます。