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銀行企業価値研究会報告書 ~ 多様なステークホルダーを視野に入れた 銀行の企業価値の把握に向けて ~ 2011 12 銀行企業価値研究会

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銀行企業価値研究会報告書

~ 多様なステークホルダーを視野に入れた銀行の企業価値の把握に向けて ~

2011 年 12 月

銀行企業価値研究会

1

目 次

エグゼクティブ・サマリー ................................................................................ 2

第Ⅰ部 総 論 .................................................................................................. 3

1.問題意識................................................................................................... 4

2.企業価値に基づく銀行経営のフレームワーク ......................................... 7

第Ⅱ部 各 論 .................................................................................................. 9

3.定量的な評価からのアプローチ ............................................................. 10(1)銀行企業価値の評価手法.................................................................................... 10

(2)企業価値算出モデルの内部管理への活用 ...........................................................11

(3)経営管理情報とリスク管理情報の融合.............................................................. 12

(4)銀行における経済価値評価の活用 ..................................................................... 13

4.定性的な評価からのアプローチ ............................................................. 16(1)ビジネスモデルの定性的な評価......................................................................... 16

(2)KPI 設定の考え方と方法論................................................................................ 17

(3)戦略との関係・ステークホルダーとの関係に基づく KPI の整理 .................... 18

(4)知的資産経営と KPI........................................................................................... 20

5.銀行の公器的側面 .................................................................................. 21(1)公器性にかかる定義 ........................................................................................... 21

(2)公器性を勘案した銀行企業価値の算定方法 ...................................................... 23

(3)ビジネスモデルにおける公器性の位置づけ ...................................................... 24

6.ステークホルダーとのコミュニケーション ........................................... 25(1)ステークホルダーによる価値評価の違い .......................................................... 25

(2)ステークホルダーの違いを踏まえたコミュニケーション................................. 25

(3)統合的なコミュニケーションの枠組み.............................................................. 26

7.金融行政................................................................................................. 28

研究会メンバー ................................................................................................ 29

開催日程 ........................................................................................................... 31

2

エグゼクティブ・サマリー

銀行にかかる制約条件や期待が強まる中にあって、銀行の進むべき方向性、

取るべき施策を明確かつ説得的に打ち出していくためには、銀行の企業価値

をより明確にしたうえで、各戦略・施策が企業価値に与える影響を把握する

とともに、それらについてステークホルダーとの間で的確に対話を行ってい

くことが重要と考えられる。

企業価値は、一般的には株主価値として捉えられるが、銀行は、株主以外に

も、預金者、債務者、地域経済など幅広いステークホルダーに対して価値を

提供している。銀行の価値は、ステークホルダーの立場によって異なり得る

ため、銀行としてもその違いを意識しながら、経営を行っていく必要がある。

銀行企業価値を捉えるにあたっては、①企業価値評価、金融工学などの定量

的分析を高度化させていくアプローチ(定量的アプローチ)と、②銀行のブ

ランド価値などに影響を与える定性的な要素について、重要業績評価指標

(KPI)などを設定・管理するかたちで捉えていくアプローチ(定性的アプ

ローチ)がある。現時点において、両者を明示的にリンクさせることは難し

いが、中長期的には、「全てのステークホルダーを視野に入れた銀行の企業

価値」という評価軸の下で、両者を紐づけながら管理していく取組みの構築

が期待される。

「従来に比べて、銀行に公共性・社会性(いわゆる「公器性」)がより強く

求められるようになってきており、それが銀行の株主価値向上にとって重石

となっている面がある」といった指摘がある。この点についても、どのステ

ークホルダーに対して、いつ、どのような価値を提供することを意図してい

るのか、また、複数のステークホルダーへの価値提供をどうバランスさせる

ことになるのか、明確に整理しておく必要がある。そのうえで、様々なステ

ークホルダーとのコミュニケーションを通じて、各々への価値提供をより高

める方向へ戦略・施策を転換していくことが期待される。

3

第Ⅰ部 総 論

4

1.問題意識

ここ数年、国際的な銀行規制・監督の議論をみても、また、国内における金

融円滑化法や東日本大震災への対応をみても、銀行が持つ社会性、公共性に関

する期待が高まる一方、その結果として、銀行経営の自由度が失われてきてい

るように見える。社会性や公共性を含む各種の期待を受け止めつつも、銀行経

営の自由度を高め、多様な経営戦略に基づく健全な競争のある経営環境を生み

出すためには、銀行内部で分析・議論を行い、また、各種のステークホルダー

との間でコミュニケーションを深めるための有効なフレームワークが必要と考

えられる。

A銀行B銀行

C銀行

銀行経営

?期待

期待

期待 期待銀行経営

健全性の強化

収益力の強化

地域経済への貢献

消費者や顧客の保護

期待 期待

期待

期待

(出所)事務局資料(研究会第1回)

近年、銀行に課されている制限や負担は、短期的には収益を押し下げるよう

なアクションを求めるものが多いが、短期的収益がマイナス要因であっても、

中長期的にみて収益やその安定性を改善させ、企業価値を高めるものであれば、

銀行経営として前向きに評価することも可能となる。

5

・ ・ ・

・ ・ ・

企業価値

アクションの追加

年度

年度

2011 2012 2013 2014 2015 2016

2011 2012 2013 2014 2015 2016

現在

現在

事業キャッシュフローの割引現在価値

売却可能資産等

(出所)事務局資料(研究会第1回)

こうした点について、銀行内部で分析・議論を行い、また、各種ステークホ

ルダーと対話を行うためのフレームワークとして、「銀行の企業価値」という観

点から、銀行経営を分析・検討する意義が高まっていると考えられる。例えば、

ステークホルダーとの対話の結果として、銀行の企業価値の成長や安定性を経

営目標として位置付けた場合には、短期的な期間収益の変動に過度にとらわれ

ることなく、企業価値を中長期的に安定成長させるという視点に立った経営が

重要になってくると考えられる。

・ ・ ・

年度2011 2012 2013 2014 2015

・ ・ ・

年度2011 2012 2013 2014 2015

・ ・ ・

年度2011 2012 2013 2014 2015

・ ・ ・

年度2011 2012 2013 2014 2015

期間収益 企業価値企業価値の成長率や安定性よりも、期間収益の安定性を重視する経営

期間収益の安定性よりも、企業価値の成長や安定性を重視する経営

(出所)事務局資料(研究会第1回)

6

また、銀行の企業価値を捉えるにあたり、銀行の公共性、社会性が株主価値

に寄与している部分や、他のステークホルダーの価値として寄与している部分

についても意識する必要があると考えられる。

株主から見た企業価値

株式時価総額

事業価値売却可能資産

の価値有利子負債

の価値= + -

マーケットベースの企業価値

ファンダメンタルな企業価値

企業価値≠

金融資産・負債

無形資産

有形資産

・貸出金・預金・有価証券

・店舗・設備等

・コア預金に係る無形資産・事業性貸出に係る無形資産・継続的な役務取引に係る無形資産

ブランド将来の成長期待

乖離の要因 営利事業としての価値

公器事業の株主価値寄与

(出所)事務局資料(研究会第1回)

なお、本報告書では、銀行が、決済機能、金融仲介機能、信用創造機能など

の公共性や社会性を伴ったサービスのうち、私企業としての経済合理性を超え

て提供している部分を、銀行の「公器性」と表現する。そのうえで、銀行のビ

ジネスモデルを特徴付けるものとして、その「公器性」の企業価値への影響を

検討した。

7

2.企業価値に基づく銀行経営のフレームワーク

1.で述べた問題意識の下、有識者および銀行の役員・実務統括者から成る研

究会メンバーが集まり、5回の会合を持った。議論を通じて、銀行企業価値お

よびそれに基づく経営、さらにはそれらに関するステークホルダーとのコミュ

ニケーションについて、大きなフレームワークと主要な論点について整理を行

った。

フレームワークの構成イメージは、下図のとおり。

銀行企業価値および

それに基づく経営

③公器性

①定量面からのアプローチ

②定性面からのアプローチ

預金者 債権者

○○な投資家 □□な投資家

取引先企業監督当局 格付機関

・ ・ ・ 地域住民

ステークホルダー

銀 行

④コミュニケーション

(出所)事務局資料(研究会第3回)

上図の主たる構成要素(①~④)について簡単に位置づけを説明すると、以

下のとおり。

①定量面からのアプローチ

企業価値評価、エコノミックキャピタル(経済資本)計測といった従来から

8

存在するファイナンス理論とその応用技法を活用して、銀行の企業価値をよ

り適切に捉えるための工夫を施すアプローチ

②定性面からのアプローチ

従来から行われてきている定性的な経営管理について、戦略と結果、それら

を繋ぐ中間目標としての KPI(重要業績評価指標)を適切に設定することに

より、銀行企業価値への寄与をより意識した管理を行うアプローチ

③公器性の評価

「従来に比べて、銀行に公共性・社会性がより強く求められるようになって

きており、それが銀行の企業価値向上にとって重石となっている面がある」

といった点について、銀行の企業価値評価の一部として、可能な限り具体

的・定量的な分析・整理を試みる

④ステークホルダーとのコミュニケーション

多様なステークホルダー(株主、預金者、債権者、取引先企業・個人、格付

機関、監督当局、地域住民など)がそれぞれ異なる観点で銀行の価値を評価

している点も踏まえつつ、上述③の公器性の要素も含め、銀行企業価値やそ

れに基づく経営に関するコミュニケーションの拡充について検討

こうしたフレームワークに基づき、銀行企業価値の検討を行うことの意義に

ついては、研究会におけるコンセンサスが得られたところである。

第Ⅱ部では、上記①~④にかかる各論として、本研究会における議論・検討

を通じて得られた示唆等を整理する。なお、各論の詳細については、さまざま

な見解があるところであり、したがってここでの各論は本研究会の中での議論

の内容紹介という位置づけにある。

9

第Ⅱ部 各 論

10

3.定量的な評価からのアプローチ

(1)銀行企業価値の評価手法

企業価値は、一般的には株主価値として捉えられる。ただし、株式市場にお

ける評価(株価)と企業価値評価手法に基づく理論上の価値は、一時的には乖

離し得る。企業価値を重視する経営とは、長期的収益性と成長性の向上により、

企業の理論上の価値を高める経営であり、短期的な株価上昇を目指す経営とは

異なる。したがって、企業価値重視の経営を目指すにあたっては、企業価値評

価手法により自社の理論上の価値を意識することが重要となる。

M&A(企業の合併・買収)における企業価値評価にあたっては、様々な手法

が組み合わされるが、主要な手法のひとつにエクイティ DCF 法がある。エクイ

ティ DCF 法は、株主に配分されるフリーキャッシュフローから株主価値を算出

する方法であり、配当割引モデルと類似した考え方である。銀行が自身の企業

価値評価を行う場合、①銀行自身はキャッシュフローを事業別などに要因分解

して分析し得ること、②事業やそれに伴う資本構成が時間経過とともに変化し

得るため、銀行全体のキャッシュフローを一括して扱うアプローチが馴染まな

いこと、などから、株主価値を直接求めるエクイティ DCF 法が望ましいと考え

られる。

(出所)鈴木委員資料(研究会第3回)

11

ただし、エクイティ DCF 法によって、株主価値の評価はできるが、その価

値の源泉は必ずしも明確にはならない。企業価値の分析を経営管理に活用して

いく観点からは、キャッシュフローを事業等に要因分解したうえで、資金利鞘

(スプレッド)の源泉がどの業務・取引(預金・貸金・運用など)にどれだけ

あるのかを捉えることが重要となってくる。(研究会第3回鈴木委員資料参照)。

ファンダメンタル・バリュエーションモデルによって、企業価値を①清算価

値、②預金の超過収益力、③貸金の超過収益力、に分解するアプローチも、同

様の考え方に基づくものである。(研究会第2回多良委員資料参照)

(出所)多良委員資料(研究会第2回)

(2)企業価値算出モデルの内部管理への活用

企業価値算出モデルを内部管理へ活用する上での理想像は、①株主の期待収

益を満たす収益計画を策定し、②収益計画達成のためにテイクすべきリスク量

を測定し、③期待収益とリスク量を各部門に配分することで、企業価値・収益・

リスクを整合的に、かつ、トップダウンの経営目標とボトムアップでの積み上

12

げを整合的に管理することである。しかし、現実の経営計画は、資産の積上げ

にスプレッドを乗じた期間収益の議論が中心となりがちである。資産種別ごと

の会計処理の相違の存在や、ボトムアップで積み上げた期間収益と企業価値変

動として捉えたリスク量がリンクしないことなど、理想の実現には課題も多い。

期間収益を基礎としたパフォーマンス指標は、短期の視点になりがちである

が、超過収益獲得のためには成長戦略を伴った中期的な視点が必要である。中

長期的な評価のための将来予測は容易ではないが、フォワードルッキングな分

析を通じて、プライシングやコスト、リスク等の価値算定の変数を、外部環境

や戦略をベースに議論していくことも重要と考えられる。価値やリスクの定量

的評価においては、一定の主観的評価が必ず内包されるものであるため、客観

性や妥当性を過度に追い求めるよりも、組織的に議論を尽くし納得できるもの

とするプロセスが重要である。(研究会第2回多良委員資料参照)

(出所)多良委員資料(研究会第2回)

(3)経営管理情報とリスク管理情報の融合

銀行経営のための主要な情報として、①事業規模(残高等)や期間収益など

13

の現行財務会計をベースとする経営管理情報と、②経済資本(エコノミックキ

ャピタル)管理などの経済価値評価をベースとするリスク管理情報、が存在す

る。経営管理情報とリスク管理情報を整合的に把握し、活用していくことは、

銀行経営における重要なテーマである。そのためには、まず、経営管理情報と

リスク管理情報を経済価値に基づいて整合的に捉えていくことが必要になる。

ただし、経済価値ベースの評価に基づくリスク調整後収益性指標(RAPM:

Risk-Adjusted Performance Measures)を業績評価に使用した場合でも、事後

的に観察される高いパフォーマンスが実力によるものなのか幸運によるものな

のかについて、単年ベースでは判断が難しい。RAPM を含めた各種指標の時系

列推移の分析やビジネスモデルに照らした評価など、期間収益の「質」を精査

していくことで、その収益が銀行のフランチャイズバリュー、すなわち将来取

引から得られると期待される価値に裏付けられた持続可能性のあるものである

か、確認することが考えられる。

(出所)坂本委員資料(研究会第4回)

(4)銀行における経済価値評価の活用

定量的なアプローチの高度化の方向性としては、まず、①バランスシート上

14

の資産・負債(既存取引)の「経済価値」を適切に把握したうえで、これを②

将来取引から得られると期待される価値(フランチャイズバリュー)、さらに

③社会の公器としての役割の影響に拡張して捉えていくことが考えられる。

(出所)森本委員資料(研究会第2回)

経済価値ベースで捉えた「企業価値」は、資産と負債の差額として把握可能

である。その上で、経済価値の将来変動が確定的に捉えられないことを「リス

ク」、時間の経過とともに資産と負債の価値が変動し、リスクテイクの成果が

顕在化することを「損益」として評価することが可能である。こうした考え方

に立てば、2時点間に生じる損益は、①保有資産・負債の価値変動(リスクテ

イクからの利益)と、②商品・サービスの提供による利鞘の獲得、という2つ

の価値向上の源泉に分けて考えることができる。これは、保険会社のエンベデ

ィッド・バリューと共通する考え方である。

銀行においても、住宅ローンや預金のように契約上あるいは実質的な満期が

長い資産・負債は、経済価値と簿価に一定の乖離が生じている可能性がある。

こうした資産・負債を中心に、まずは、既存取引の経済価値を捉えてみるとこ

ろから始めることが考えられる。(研究会第2回 森本委員資料参照)

15

(出所)森本委員資料(研究会第2回)

現時点のバランスシートに基づく既存取引の経済価値を算出するとともに、

将来のバランスシートの経済価値を経営計画に織り込むことで、リスクテイク

の対価としての損益と、新規に獲得すべき利鞘が明確となる。その評価の対象

期間を長くしていくことで、既存顧客・新規顧客から将来得られるであろう価

値(いわゆるフランチャイズ・バリューの要素)まで含めた価値評価へと拡張

していくことが考えられる。

経済価値把握の評価期間を長くしていくことにより、有価証券や住宅ローン

の金利リスクの問題に関して、フォワードルッキングな視点での分析が可能と

なると考えられる。その場合、将来シナリオに応じた経営者行動をどのように

取り込むかといった観点も必要となる。顧客との関係においても、金利シナリ

オに応じた顧客行動の影響や、少子高齢化のような社会構造、顧客構造の変化

がより重要となる。

16

4.定性的な評価からのアプローチ

(1)ビジネスモデルの定性的な評価

企業価値の「定性的な評価」は、数量や金額、特に財務情報に注目した定量

的評価との対比において、企業の質的な側面に着目するものである。定量面で

の企業価値の把握が、主に財務面でのパフォーマンス(アウトプット)で測ら

れるのに対して、定性的な評価は企業のビジネスモデルそのものを把握する観

点から重要である。過去の収益実績をベースに将来収益を見積もる場合であっ

ても、過去に計上された収益が、経営ビジョンやリスクアペタイト、それらに

基づくビジネスモデルと整合しており、中長期的に持続可能であることを確認

することが、中長期的な企業価値の把握の観点から重要と考えられる。

(出所)事務局資料(研究会第4回)

格付けの観点からみた銀行の分析において、(政府サポート要因を除く)銀

行評価の構成要素のうち、定性面がより強く反映される項目の例として、下表

が挙げられる。例えば、銀行の事業の安定性、事業の集中度・多様性、経営陣・

企業戦略等の評価においては、定性的な評価がより強く反映される。公器性を

含めた銀行の定性要因は、これらを含む銀行の事業ポジションにも影響を与え

17

ている。そうした影響は、短期的には定量的な把握が困難であっても、中長期

的には財務的なデータにも反映されてくるものと考えられる。

(出所)吉澤委員からの発表に基づき事務局作成

(2)KPI 設定の考え方と方法論

キャッシュフローに現れない定性的な要素を評価する際のツールとして、重

要業績評価手法(KPI)が挙げられる。短期的にキャッシュフローに現れない

取組みであっても、その進捗度を把握するための指標が設定できれば一定程度

客観的な評価が可能である。こうした意味で、収益の源泉としての無形の価値

を「見える化」していくことは、実務的な難しさはあるものの、必要なことで

あると考えられる。

18

(出所)事務局資料(研究会第4回)

(3)戦略との関係・ステークホルダーとの関係に基づく KPI の整理

定量的な評価としての財務上のリターンは、主に株主の視点に立った戦略目

標であるのに対して、定性的な評価は株主以外のステークホルダーにとっての

視点として重要である。企業の戦略目標において、株主以外のステークホルダ

ーにとっての銀行の価値に関連する KPI を特定できれば、持続的な企業価値

の向上に向けた包括的な経営目標を設定できることになると考えられる。こう

した観点から、現在の戦略・経営計画において、株主以外のステークホルダー

にとっての銀行の価値をどのように捉えており、それに対応した KPI をどの

ように設定しているのかを再整理することが考えられる。

19

(出所)事務局資料(研究会第4回)

企業価値の定性面での評価を戦略に反映させる観点からは、ステークホルダ

ーとの関係において、KPI を整理していくことが必要である。

①顧客との関係

銀行業務を通じて顧客が満足する価値を継続して提供することが、銀行の将

来の収益につながるという考え方は、多くの銀行のビジネスモデルのあり方に

共通していると考えられる。顧客との関係は、過去の継続的取引の積み重ねに

よって存在するものであり、定性的評価においては顧客との関係を時系列的に

分析していくことが必要である。

顧客との取引履歴が顧客との関係を反映するものであれば、取引データに基

づく KPI の設定が可能である。個別の施策の有効性を評価する観点から、銀

行全体レベル・個別顧客レベルにおいて、どのような KPI を重視していくべ

きかを検討することが考えられる。預金シェアや家計メイン口座比率のような

全般的な KPI のほか、顧客のカテゴリーごとに固有の KPI を考慮することも

有用と思われる。

20

②社会との関係

銀行の存続にとって、地域社会は代替不可能な価値の源泉であるが、その評

価は顧客との価値以上に難しい。例えば顧客企業の再生を通じた雇用の維持に

関する指標、地域における決済・金融インフラとしてのネットワーク(公金取

扱い件数や来店客延べ人数など)といった、社会との関係における銀行の価値

に関連する KPI について、公器性に関する議論も踏まえて検討していくこと

が考えられる。

(4)知的資産経営と KPI

銀行の企業価値を把握するにあたっては、財務諸表に計上される資産の

みならず、知的資産の要素が重要となる。戦略やステークホルダーとの関

係に基づいて KPI を整理することを通じて、自社のビジネスモデルを支え

る知的資産の要素が何であるかを把握していくことも重要と考えられる。

有形固定資産

企業価値

B/S上の資産 知的資産

ビジネスモデル

有形固定資産

企業価値

B/S上の資産 知的資産

ビジネスモデル

事業ポートフォリオ財務

パフォーマンス非財務パフォーマンス

法人顧客

政府・自治体

個人顧客

市場取引

金融資産有形資産等

関係資産 組織資産 人的資産

事業ポートフォリオ財務

パフォーマンス非財務パフォーマンス

法人顧客

政府・自治体

個人顧客

市場取引

金融資産有形資産等

関係資産 組織資産 人的資産

KPI財務指標

(出所)坂本委員資料(研究会第4回)および日本政策投資銀行資料を元に事務局作成

21

5.銀行の公器的側面

(1)公器性にかかる定義

銀行の公器性を「銀行の機能・活動のうち、政府と同様の公共的機能を提供

している要素」として考えると、市場原理に基づく経済活動に政府が関与する

基準として「市場の失敗」の切り口から考えた「行政関与の在り方に関する基

準」(行政改革委員会、1996 年)が参考になる。

(出所)翁委員資料(研究会第4回)

行政改革委員会においては、政府が関与すべき「市場の失敗」を、公共財的

性格を持つサービスの提供、外部性、市場の不完全性、独占力、自然独占、公

平性の確保の6つの観点で整理している。

銀行(中でも地方銀行)が提供している公共的機能については、上記基準の

中でも「公共財の提供」、「外部性」、「公平性の確保」という3つの基準を軸に

整理することができる。(第4回研究会 翁委員資料参照)

22

①「公共財の提供」の基準

公共財は原則として民間による供給が可能であるが、需要者の受ける便益

に比較して料金徴収費用が高く、料金徴収が合理的でない場合、政府が供

給することができると考えられる。民間主体である銀行は、必ずしも需要

者の受ける受益と負担が見合った水準でないにもかかわらず、公共財の提

供を求められている場合がある。

銀行は預金を扱っていることにより、決済システムという公共財的サービ

スを提供している。しかし、一部では、地方自治体や地域住民との関係に

おいて、受益に見合う料金設定となっていない可能性がある。また、公共

財的サービスを提供しているがゆえに、監督当局によるルールと監視のコ

ストを負担しており、その一方で危機時におけるセーフティネットの便益

を享受している。

こうした観点から、銀行の企業価値評価にあたっては、失っている私的利

益、規制負担コストとセーフティネットの便益を勘案する必要がある(た

だし、コストが預金者に帰着している可能性もある)。

②「外部性」の基準

本来であれば、市場で取引されず、価格付けができないが、それによって

発生している資源配分のロスがきわめて大きい、または、社会的便益が社

会的費用を上回るときに、「公器」としての銀行の関与が求められる場合

がある。

例えば、金融円滑化法への対応により、本来得られるべき金利を得られな

い状況となっているが、その結果、地域経済の安定に寄与しているのであ

れば、私的利益を犠牲に社会的厚生を向上させているといえる。

③「公平性の確保」の基準

ユニバーサルサービスは地域間の所得再分配の効果を持つ施策の一例で

あるが、これについては民間による供給が原則とされている。政府が関与

する場合には可能な限り補助を外部化することとなっているが、銀行が提

供する金融面のユニバーサルサービスについては、政府による補助等は存

在しない。

ユニバーサルサービスとして人口減少地における決済機能を提供してい

る場合、社会的便益のために私的利益を犠牲としている可能性がある。

23

(2)公器性を勘案した銀行企業価値の算定方法

銀行全体でみると、あるいは預金・貸付・為替などの業務単位でみても、公

共的機能をどこにどれだけのコストをかけて提供しているのかを把握するこ

とは難しい。

業務分野や顧客セグメントに区切ったうえで、上記(1)における整理に基

づき、どういう業務でどういう経済主体に対してどういったかたちでコストを

かけて公共的機能を提供しているのか、算定することが考えられる。

また、これらの公共的機能の提供については、顧客におけるブランド価値向

上や地域経済の発展などを通じて、中長期的にみて将来どれくらいの銀行収益

をもたらすと期待されるのか、明確化することが望ましい。中長期的な収益寄

与が相応に大きい公器事業と、そうした寄与が見込めない公器事業とでは、経

営上の位置づけやステークホルダーに対する説明も大きく異なってくるもの

と考えられる。

定量的分析のイメージ

銀行全体

都市部預金者A様

町村部預金者B様

業務全体 預金業務 貸付業務 為替業務 ・・・

収益

費用

中小企業取引先D社

円滑法対応に伴うリスケにより、価値のマイナス幅拡大

価値マイナスながら、ユニバーサルサービス(公器事業)として提供

住宅ローンの公器性ゆえに、本来得るべき利息を徴求していないことによるプラス幅縮小

顧客単位で価値がマイナスになっている場合、将来メリット等を見込めるのか、それとも、公器的サービスとしてコストを覚悟するのか、明確化すべき

各種付帯業務に加え、将来的な収益まで勘案していくのが理想的

・・・

・・・

・・・

・・・

決済システムの安定性のための追加コストにより、プラス幅縮小/マイナス幅拡大

・・・・・・

価値マイナスながら、ユニバーサルサービス(公器事業)として提供

業務単位で集約して見てしまうと、公器的コスト負担の所在や規模は見えにくい

(出所)事務局資料(研究会第4回)

24

(3)ビジネスモデルにおける公器性の位置づけ

銀行のビジネスモデルを特徴づける一つの要素が公器性であり、それは銀行

の機能を通じて市場の失敗を是正する、すなわち金融を通じて社会の効率性と

公平性の実現に貢献することと整理できる。そうした銀行の機能に対するステ

ークホルダーからの期待は、社会環境の変化とともに変わっていくと考えられ

る。

経営戦略やその実現に向けた具体的なビジネスモデルが、公器性として求め

られる要素も含め、各ステークホルダーの期待を適切なバランスで反映したも

のとなっているか、各ステークホルダーとの丁寧な対話を通じて確認していく

ことも重要である。

25

6.ステークホルダーとのコミュニケーション

(1)ステークホルダーによる価値評価の違い

銀行の株主価値は、株主に帰属するものであるが、株主にも様々な選好を持

った投資家がいる。また、銀行は、株主以外にも、多様なステークホルダー(預

金者、債権者、取引先企業・個人、地域住民など)に対して価値提供を行って

いる。銀行のアクションは、異なるステークホルダーに異なる価値を与えてい

ることを認識・把握しておくべきと考えられる。

例えば、銀行の発行債券などを保有する債権者の立場から銀行企業価値を見

ている主体として、格付機関が存在する。格付機関の主たる関心事項は、期日

における債権の全額弁済可能性であり、株主の関心事項とは異なってくる部分

がある。

(出所)吉澤委員資料(研究会第3回)

(2)ステークホルダーの違いを踏まえたコミュニケーション

上記(1)を踏まえると、公器的機能を含めた銀行の各種の取組みについて

も、どのステークホルダーに対して、いつ、どのような価値を提供することを

26

意図するものなのかを明確に整理したうえでコミュニケーションを図り、ステ

ークホルダーの期待をより明確に把握することが可能になると考えられる。

ステークホルダーとのコミュニケーション

今期(2011年度)の個々のアクションがそれぞれのステークホルダーに対して、今および将来にどのようなかたちで幾らの価値提供を行っているのか、明確にしたうえでコミュニケーションを行う

株主

預金者

債務者

地域住民

・・・

低稼働口座

公金収納サービス

○○な預金者

△△な債務者

円滑化法対応

・ ・ ・ 年度株主に提供される価値

○○な預金者に提供される価値 年度2011 2012 2013 20XX 20XX・ ・ ・

2011 2012 2013 20XX 20XX

・ ・ ・

年度・ ・ ・

株主に提供される価値

△△な債務者と地域住民に提供される価値

・ ・ ・

年度2011 2012 2013 20XX 20XX・ ・ ・

2011 2012 2013

・ ・ ・

年度・ ・ ・

株主に提供される価値

地域住民に提供される価値

・ ・ ・

年度2011 2012 2013 20XX 20XX・ ・ ・

2011 2012 2013

20XX 20XX

20XX 20XX

債務者企業および地域経済の維持・成長に伴う資金収益等

地公体とのリレーション維持に伴う資金収益等?

(出所)事務局資料(研究会第5回)

(3)統合的なコミュニケーションの枠組み

ステークホルダーとのコミュニケーションにあたっては、銀行から各ステー

クホルダーにもたらされる価値が軸となるが、将来的に提供される価値につい

ては、定量的な分析には限界がある。したがって、4章で述べた KPI を活用

した定性的な評価も組み合わせた統合的な分析を行ったうえで、その結果に基

づいて丁寧にコミュニケーションを取っていくことが重要と考えられる。

下記は、銀行のビジネスモデルに基づく、企業価値の源泉と貢献の分析の一

例である。これは、企業の価値が多様なリソース、リレーション、あるいは「資

本」(金融、製造、知的、人的、自然、社会資本)を源泉として生み出される

とともに、ビジネスモデルを通じて生み出された価値がそれらに貢献している

という、ビジネスモデルとステークホルダーの相互依存関係を表現したもので

ある(国際統合報告委員会のコンセプトに基づき事務局作成)。

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財務パフォーマンスとともに、定性的な要素によるステークホルダーへの貢

献も合わせて分析することで、公器的な側面を含むビジネスモデルについて、

ステークホルダーに対してより的確に伝えていくことが可能になると考えら

れる。

価値の源泉財務パフォーマンス 非財務パフォーマンス

過去の実績の推移 今後の予想 過去の実績の推移 目標値2008 2009 2010 2011 2012 2013 2008 2009 2010

個人顧客 ・預金粗利益 80,000 75,000 75,000 ・預金シェア 42% 43% 44% 40%以上を維持・預り資産粗利益 8,000 10,000 12,000 ・顧客満足度 65.0 67.0 68.0 2年以内に80.0・住宅ローン粗利益 12,000 13,000 13,500 ・家計メイン口座比率・与信関連費用 1,000 1,100 1,100 ・クロスセル口座比率

・低稼働口座比率法人顧客 ・法人貸出部門粗利益 ・貸出金シェア

・法人預金粗利益 ・目標スプレッド達成比率・役務取引粗利益 ・経営支援完了件数・与信関連費用 ・ビジネスマッチング件数

・海外進出支援件数政府・自治体 ・自治体等貸出粗利益 ・指定金融機関指定自治体数

・公的預金粗利益 ・公金取扱い件数・役務取引粗利益 ・PPP、PFIへの関与件数

資金運用・ALM ・資金運用部門粗利益 ・デュレーション・ヘッジコスト ・アウトライヤー比率

ブランド ・広告費 ・ブランド認知度・マーケティング費 ・Webサイトアクセス数

・ダイレクトチャネル利用件数商品・サービスの革新 ・商品開発部門の人件費・経費 ・商品開発業務提携先数

・新成長部門等からの収益 ・新商品リリース件数・新成長部門取組み件数

人的資源 ・賃金給与 ・平均研修時間・教育研修支出 ・従業員満足度・福利厚生支出 ・女性登用比率

・従業員定着率店舗ネットワーク ・営業店人件費 ・来店客延べ人数

・営業店物件費 ・フロント人員配置割合・ATM関連費用 ・不採算店舗数

・不採算ATM数サプライチェーン ・アウトソース費用 ・システム共同利用提携先数

・システム費用 ・非正規雇用比率・非正規雇用コスト

気候・廃棄物・資源 ・環境関連商品からの収益 ・CO2排出量・エネルギー(電気・ガス)消費コスト ・紙廃棄量・環境コンプライアンスコスト ・リサイクル比率

・SRI(ESG)ファンドへの採用税金 ・所得に係る税金

・従業員に係る税金・消費税等

資本提供者 ・税引後当期純利益 ・株主還元率・普通配当金 ・個人株主比率・自社株購入金額・優先配当金・劣後ローン利息

地域社会・国際社会 ・金融規制対応コスト ・金融評定セルフアセスメント点数・社会貢献事業コスト ・地域イベント後援件数

・社会貢献事業参加件数

企業の貢献

(出所)事務局資料(研究会第4回)

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7.金融行政

銀行の企業価値経営への取組みは、金融行政のあり方にも影響を与え得る。

監督当局は、預金者、債務者など、金融サービスに関する幅広いステークホ

ルダーの代理人(エージェント)としての顔を持っている。規制・監督を通じ

た銀行への働き掛けは、銀行が行っている各ステークホルダーへの価値提供に

ついて、そのバランスが適切かチェックし、必要に応じて修正するための取組

みと解釈できる。

銀行自身がどのステークホルダーにどういう価値提供を目指しているのか、

ステークホルダー間のトレードオフをどうバランスさせようとしているのか、

より明確に示してステークホルダーと対話できれば、監督当局との意思疎通も

よりスムーズになると考えられる。

さらに、銀行側でこうした動きが進んでいくと、監督当局としても、規制・

監督を通じて銀行の価値提供に関するバランスの修正を促すにあたって、その

費用対効果を捉えやすくなると考えられる。例えば、預金者保護のためのある

施策が、銀行および株主に一定のコスト負担を求めることになる場合、預金者

に対してそれに見合うだけの価値が提供される施策なのか、銀行自身の分析内

容とも照らしながら検討できるようになると考えられる。

その結果として、代理人(エージェント)としての監督当局の行動が、さま

ざまなバイアスによって、ステークホルダーの期待とずれてしまう可能性(「監

督当局のエージェンシー問題」)を排除しやすくなり、経済全体にとって合理

的・効率的な金融行政を実現しやすくなると考えられる。

以 上

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研究会メンバー

(有識者)

神津 多可思 リコー経済社会研究所 主席研究員

翁 百合 株式会社日本総合研究所 理事

鈴木 一功 中央大学専門職大学院国際会計研究科 教授

吉澤 亮二 スタンダード&プアーズ・レーティングジャパン

株式会社 金融機関グループ 主席アナリスト

森本 祐司

(企画協力)

キャピタスコンサルティング株式会社

代表取締役

坂本 忠弘

(企画協力)

地域共創ネットワーク株式会社 代表取締役 兼

株式会社プライスウォーターハウスクーパース

総合研究所 客員研究員

(金融機関)

廉 了 三菱東京UFJ銀行 企画部経済調査室

上席調査役

多良 康彦 住友信託銀行 リスク統括部

リスク戦略推進チーム長

大久保 壽一 千葉銀行 取締役常務執行役員

坂本 秀雄 常陽銀行 常務取締役

中村 彰宏 静岡銀行 取締役常務執行役員

野田 正純 百五銀行 リスク統括部長

平田 泰弘 広島銀行 リスク統括部長

松山 澄寛 鹿児島銀行 専務取締役

望月 淳 横浜銀行 取締役執行役員

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(主催者代表)

五味 廣文 株式会社プライスウォーターハウスクーパース

総合研究所 理事長

(事務局)

佐々木 貴司 あらた監査法人 金融ビジネス担当執行役

大庫 直樹 プライスウォーターハウスクーパース株式会社

パートナー

村永 淳 あらた監査法人 総合金融サービス推進本部

金融調査室 主任研究員

木村 光崇 あらた監査法人 総合金融サービス推進本部

金融調査室 主任研究員

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開催日程

第1回(8月25日(木)): 趣旨説明、メンバー挨拶、進め方の確認

プレゼン①: キーノート・スピーチ(主催者)

プレゼン②: 論点提示:銀行企業価値を巡る環境変化(事務局)

第2回(9月28日(水)): 各種論点のディスカッション

プレゼン①: 銀行企業価値経営とリスク管理:理想と現実(多良委員)

プレゼン②: 経済価値ベース経営とは(森本委員)

第3回(10月26日(水)): 各種論点のディスカッション

プレゼン①: 銀行の価値評価手法:理論と実務(鈴木委員)

プレゼン②: 銀行格付け:分析の概要(吉澤委員)

第4回(11月22日(火)): 報告書骨子および各種論点のディスカッショ

プレゼン: 銀行を取り巻く環境と公共性(翁委員)

第5回(12月13日(火)): 報告書の取纏め内容にかかる認識共有

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<本報告書に係る照会先>

銀行企業価値研究会事務局 (あらた監査法人 総合金融サービス推進本部内)

メールアドレス [email protected]

電 話 03-5220-1650

村永 淳([email protected]

木村光崇([email protected]