中央銀行の独立性と通貨価値の安定 - osaka city...

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大阪市大『季刊経済研究』 VOl .17 , No.2 ,Sep.1994pp.3-31 中央銀行の独立性 と通貨価値の安定 〔要 旨〕 ISSN 0387-1789 170 行に急増 している世界の中央銀行は,その半分以上が創立後 まだ40 年足 らず で,世 代 格 差が大きく,先進諸国の中央銀行 と言えども,なお進化の過程にある.1980 年代末から中央銀 行の独立性 と金融政策の中立性を強化する横運が高まっている半面,逆に弱めようとする動 き も目立ち,民主主義社会において政府,議会,国民に節度を要請する機関 としての座標軸は固 まってほいない. 政府に対する中央銀行の法的な独立性を強める試みは,①金融政策の最終 目標 として通貨価 値の安定を最優先する態勢づ くり②中間 目標 としてのマネーサプライの信頼性低下を受けた裁 量主義への憤斜が,インフレ ・バイアスを伴 った政府の圧力への抵抗力を低下させる懸念が強 いこと③金融政策を為替政策に従属させたG7 型政策協調-の反省 と中央銀行の復権④ フロー トの長期化 とアンカー通貨欠落状況への対応- な どを動機 に してい る. 独立性強化の方策では, ドイツブンデスバ ンク,米 FRB ,ニュージーラン ド準備銀行,マ ース トリヒ ト条約 に よる欧州 中央銀行構想 の 4 行モデルが特徴的である. しか し,中央銀行の 独立性 と低インフレ率の間には,経験的,統計的関係は見出せるものの,直接的な因果関係が あるかどうかは定かでない.む しろ,反インフレの国民意識や中央銀行-の信頼性の高さなど 3 の要因が,その独立性 と低 インフレを もた らしている可能性が強い. 「総合判断」 とい う裁量主義的な金融政策の発動に国民的支持を確保するには,法制度上 の 中央銀行の地位強化だけではな く,①金融政策の最終 目標 と中央銀行の機能を可能な限 り放 り 込むこと②政策決定過程の速やかな公表や市魂調節の明確なシグナル発信など,中央銀行の透 明性を高める改革- が不可欠であると思われ る. I. 中央銀行制度の構造的脆弱性 1 .中央銀行は,国家の運営に不可欠な金融 システムの中相を預かる公的機関 として,その

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  • 大阪市大 『季刊経済研究』

    VOl.17,No.2,Sep.1994pp.3-31

    中央銀行の独立性と通貨価値の安定

    〔要 旨〕

    ISSN0387-1789

    田 尻 嗣 夫

    170行に急増している世界の中央銀行は,その半分以上が創立後まだ40年足らずで,世代格

    差が大きく,先進諸国の中央銀行と言えども,なお進化の過程にある.1980年代末から中央銀

    行の独立性と金融政策の中立性を強化する横運が高まっている半面,逆に弱めようとする動き

    も目立ち,民主主義社会において政府,議会,国民に節度を要請する機関としての座標軸は固

    まってほいない.

    政府に対する中央銀行の法的な独立性を強める試みは,①金融政策の最終目標として通貨価

    値の安定を最優先する態勢づ くり②中間目標としてのマネーサプライの信頼性低下を受けた裁

    量主義への憤斜が,インフレ・バイアスを伴った政府の圧力への抵抗力を低下させる懸念が強

    いこと③金融政策を為替政策に従属させたG7型政策協調-の反省と中央銀行の復権④フロー

    トの長期化とアンカー通貨欠落状況への対応- などを動機にしている.

    独立性強化の方策では, ドイツブンデスバンク,米FRB,ニュージーランド準備銀行,マ

    ース トリヒト条約による欧州中央銀行構想の4行モデルが特徴的である.しかし,中央銀行の

    独立性と低インフレ率の間には,経験的,統計的関係は見出せるものの,直接的な因果関係が

    あるかどうかは定かでない.むしろ,反インフレの国民意識や中央銀行-の信頼性の高さなど

    第 3の要因が,その独立性と低インフレをもたらしている可能性が強い.

    「総合判断」という裁量主義的な金融政策の発動に国民的支持を確保するには,法制度上の

    中央銀行の地位強化だけではなく,①金融政策の最終目標と中央銀行の機能を可能な限 り放 り

    込むこと②政策決定過程の速やかな公表や市魂調節の明確なシグナル発信など,中央銀行の透

    明性を高める改革- が不可欠であると思われる.

    I.中央銀行制度の構造的脆弱性

    1.中央銀行は,国家の運営に不可欠な金融システムの中相を預かる公的機関として,その

  • 4 季刊経済研究 第17巻 第 2号

    基本的な機能においては国際的な共通性を備えている.その半面,法的地位をはじめ,政府 ・

    議会との関係,金融機関としての機構,歴史などに関しては,各国の国家体制や経済社会環境

    の中で築き上げられた,極めて多様な個性も合わせ持っている組織体である.そして,中央銀

    行はその世界的な歴史においては,17世紀後半まで遡る長い歴史的経験と教訓を持っている機

    構にもかかわらず,いまだ金融政策の中間目標と最終日標のあ り方や,そのために金融調節手

    段を発動する判断基準,手続きなどを巡って試行錯誤を繰 り返し,政府 ・議会との関係もこれ

    が王道というべき確かな座標を確保できてほいない.

    それどころか,経済のグローバ リゼーションと経済の 「高位政治」化を背景に,国境線の内

    側を管理してきた各国中央銀行も,G7 (先進 7カ国蔵相 ・中央銀行総裁会議)が推し進める

    政策協調の輪に組み込まれている.日欧米という政治の三極構造が,経済 ・金融の構造と一体

    化するにつれて,伝統的な金融主権 ・通貨主権と,中央銀行の専管事項としての金融政策の概

    忠,運営手法は, 「対外調整」という大きな制約要因を抱え込むことになった.金融 ・資本市

    場の開放を迫る相互主義と保護主義の高まりも, 「金融の政治化」傾向を加速し,中央銀行の

    行動が国内的,対外的に 「政府の同盟者」であるかのような印象も生んでいる. 「マーケット

    の中の公僕」としての役割と, 「国家機関」としての役割の間で,各国中央銀行の行動指針は

    揺れている.

    このため,1980年代末から各国中央銀行の間で,財政赤字拡大と為替政策優先路線の政府か

    らは距離を置こうとする機運が高まる一方,中央銀行の独立性を法的に強化しようという動き

    が活発化してきた.本稿は,1980年代末から活発化してきた中央銀行の政府からの独立性を強

    化する各国の動きを概観し,次に,いわゆる中央銀行の独立性が 「通貨価値の安定」を達成す

    る有効な手段なのか,その効果と限界を見極め,さらに独立性を突き崩す可能性のある諸要因

    を究明することによって,中央銀行の制度的な改革の方途と使命達成の基盤を考える試論であ

    る.

    2 世代格差と態様の差が大きい中央銀行

    世界最古の中央銀行は,1656年に民間銀行として誕生したスウェーデン・リスクバンクで,

    1668年から国会の保障のもとに業務を運営することになった時点を境に中央銀行の機能を持っ

    たとされる.しかし,世界の中央銀行制度が整備されていく原型となったのは,1694年に創立

    されたイングランド銀行である.対仏戦争の費用を賄 うために,ウイリアム ・パターソンの提

    案をもとに120万ポンドの資金を資本金として集め,その全額を国家に貸し付ける代わ りに株

    式会社イングランド銀行を設立する国王の特許を得た.イングランド銀行は,資本金と同額ま

    で銀行券を発行したほか,国庫金の出納業務も行い 「政府の銀行」としての機能も持った.

    だが,1694年以降一般に通貨として流通しはじめたイングランド銀行の銀行券も,法貨とし

    て正式に認められたのは1833年からである.1844年7月のピール銀行法で,時のピール首相は

  • 中央銀行の独立性と通貨価値の安定 5

    イングランド銀行の特許状期限を延長するとともに,①他の発券銀行からイングランド銀行に

    銀行券発行権限を集中する⑧1400ポンドまでほ金属準備以外の保証準備による発行が認めるが,

    それを超える発行には金 ・銀鋳貨または地金金の準備を必要とする- との厳しい制限を打ち

    出した.これによって,金本位制の厳格なルールによる独占的な発券銀行制度が確立された.

    17世紀に中央銀行機能を持ったスウェーデンと英国は,世界の中央銀行史でも例外的な存在

    であ り,欧州諸国が通貨価値の安定と金融システムの整備を目指して,中央銀行を持ったのは,

    別表のように19世紀を得たねばならなかった (第 1表).

    第 1表 中 央 銀 行 の 歴 史

    中 央 銀 行 名 設 立 沿 革

    スウェーデン ・リクス/ミンク

    イングランド銀行

    フランス銀行

    フィンランド銀行

    オランダ銀行

    ノルウェー銀行

    デンマーク国立銀行

    ベルギー国立銀行

    日本銀行

    イタリア銀行

    スイス国立銀行

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    8

    8

    1日HHHUr=

    1668 民間銀行として国会の保障の下に運営

    1946 国有化

    1945 国有化

    1867 国会の保障と監督のもとで運営

    民間出資はない

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    1資出府政

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    1

    1

    1893 民有

    国有化

    国有化

    全額政府出資に

    半額政府出資に

    政府保有株式を皇室財産に編入 (資本所

    有は民有形式に)

    1942 55%政府出資に

    1936 全額金融機関出資

    1905 55%は州,州立銀行が出資

    オース トラリア連邦準備銀行 1911 無資本 1924 4千万ポンドを同国連邦銀行積立金から

    米国連邦備準制度

    オース トリア国民銀行

    払込資本金に

    1945 現行制度に

    1913 加盟銀行が全額出資

    1922 民有

    ニュージーランド準備銀行 1933 民有

    カナダ銀行 1934 民有

    インド準備銀行 1934 民有

    ドイツ・ブンデスバンク 1875 ライヒスバン

    ク民有

    1947 各州中央銀行

    州政府出資

    パキスタン国民銀行

    フィリピン中央銀行

    セイロン中央銀行

    1938 独喫合併,ライヒスパンクに吸収

    1945 旧制度を復活

    1955 半額政府出資に

    1936 民間保有株式を償却

    1936 -部政府出資に

    1938 全額政府出資

    1948 全株国有化

    1945 ライヒスパンク閉鎖

    1948 レンダー ・/ミンク

    州中央銀行が出資

    1957 ブンデスバンクに統一,全額連邦帰属に

    1948 51%以上を中央政府が出資,他は民間出資

    1948 為替本位基金から出資

    1949 通貨管理委員会出資

    症)日本銀行調査局 「各国の中央銀行制度」(昭和33年 5月)から抜粋,作成.出所)田尻嗣夫 「世界の中央銀行」.

  • 6 季刊経済研究 第17巻 第 2号

    セントラル ・バンキング誌の調査によれば,1900年までにスイスを除く欧州諸国で中央銀行

    が設立され,1930年には米国を含めて,世界の中央銀行の総数は35行に倍増した1). 米国は合

    衆国として独立後 1世紀半も中央銀行のない時代が続き,連邦準備制度が創設されたのは1913

    年になってからである.ただ, 「合衆国憲法制定 (1787年)後まもなく発足した 『第-合乗国

    銀行』(1791-1811年), 『第二合衆国銀行』 (1816-36年)は中央銀行的なものであったとされ

    る.当時,ヨーロッパ大陸では通常まだ 『発券銀行』と呼ばれた時代に,フランスの訪問者が

    この第二銀行の運営を特に 『中央銀行』 という表現で記録したとのことである」2).

    前出のセントラル ・バンカー託によれば,20世紀後半にかけては,英連邦諸国や韓国,ベ ト

    ナム,カンボジア,ラオスなどで続々設立され,1960年には世界の中央銀行総数は76行と,30

    年間に再び倍増している.この倍増ペースは,アフリカ,ラテン・アメリカ,太平洋地域での

    中央銀行設立ラッシュでその後も続き,1990年においてほ実に148行に増えている.さらに,

    東欧諸国や旧ソ連内の共和国でも中央銀行が次々誕生し,93年には170行と数えるまでに到っ

    ている3).

    つまり,世界の中央銀行の半分以上が,創立以来未だ40年を経過していないわけで,中央銀

    行は民主主義体制の下で社会的にもまだ完全に定着したとは言えないばか りか,国家的な組織

    体としてもまだ進化段階にあるのである.また,その裏返しでもある脆弱さを,先進諸国の中

    央銀行といえども構造的に併せ持っている,と言わざるを得ない.

    さらに,中央銀行が金融システムの中枢機能としての同一性を備えている一方で,その組織

    態様は極めて多様な,同一性と多様性が共存する機関であ り,発展性と脆弱性を併せ持った組

    織体である以上,中央銀行のあ り方や,政府からの独立性の望ましい度合い,あるいはその役

    割,各種の磯能への比重の置き方などを国際的に比較検討して一般原則を見出そうとしても,

    各国の政治体制や経済発展段階,経済社会の風土,歴史などの差異を考慮しなければ,現実性

    を持った理論にはなりえない,ということを意味している.

    Cargill(1989)は,中央銀行の独立性を一般的に論じるには,①独立性に関する議論は一国

    における異なる時代の相互間,あるいは同時代における異なる国の相互間の比較においてしか,

    意味を持たない②中央銀行の根拠法等により規定された中央銀行と政策との形式的な関係は,

    中央銀行の独立性の程度を必ず しも正しく表すものでない- との2つの留意点を指摘してい

    る1).

    1)"TheBankAmongitsPeers"centralBanking,vol.4,No.4,(Spring1994),pp・14・

    2)西川元彦著 「中央銀行一一セントラル・バンキングの歴史と理論」,東洋経済新報社,1984年,10ペ

    ー ジ.

    3)前掲書(1),p.14.

    4)Cargill,ThomasF.,Cent7・alBankIndependenceandRegulatoryRes♪onsabil2'ty:theBank

    ofJaZ)anandTheFede7・alReserve,SalmonBrothersCenterfortheStudyofFinancialln・

    Stitutions,Monograph,1989(森弥生,溝田みほ,山本和世共訳,日本銀行資料A373,pp.4-5).

  • 中央銀行の独立性と通貨価値の安定 7

    3 独立性を強める動きと弱める圧力

    80年代末から,中央銀行の政府からの独立性を法制上強化するため,中央銀行法改正の動き

    が,ニュージーランド(1989年改正),カナダ,メキシコ(1994年改正)など太平洋圏や,アイ

    ルランド(1989年改正),フランス (1993年改正),ベルギー (同),イタリア (1992年改正),

    スペイン (1994年改正),ポル トガル (1990年改正),英国 (法改正検討中)など欧州諸国や旧

    ソ連,東欧諸国などに広が りを見せている.その一方では,各国の中央銀行が短期,中長期の

    政策発動に当たって 「通貨価値の安定」を唯一の使命として貫 くことの政治的,社会的な難し

    さを体験しているのも現実である.

    政府からの独立性の度合いでは,世界最強の中央銀行のひとつと目される米FRBでさえ,

    FRBのエコノミス トである Akbar&How (1991)は,FRBの金融政策は,物価安定と

    いう唯一の最優先目標よりも,複合的な目標の下に推し進められ,将来も変わらないと結論づ

    けるとともに,1979-90年の間にFRBを再編成しようとする法案が,200も議会に提案された

    事実を紹介している5). また, Posen (1993) は, 「米国では,金融セクターの相対的な政

    治的,経済的弱きに伴って,ポール ・サーベイソス上院議員と-ソリー ・ゴソザレス下院議見

    その他によるFRBへの独立性に対する脅威が,過去数年間,著しく強まってきたのは決して

    偶然ではない.こうした脅威の衝撃は,インフレーション圧力に直面したFRBの今日の継続

    的な態度の緩さにも感じられる」との見方を示している6). 法制度で最高度に保障されたFR

    Bの独立性といえども,普段にそれを弱めようとする強い力が常に働いているわけである.

    べネズェラなどラテソ・アメリカ諸国で高まっていた各国中央銀行の独立性強化の機運は,

    経済危機,信用不安など危機に直面するに及んで,逆に金融政策の支配権を政府に引き戻され

    つつあり,南米では中央銀行の独立性が確保されているのはチリ1国,と言ってよい状況だ.

    また,アジアでは,パキスタンで中央銀行の独立性と総裁の権限を弱める政府提案が否決され

    たが,一方ではマレーシア中央銀行が為替先物取引の失敗で57億マレーシアドルの損失を出し

    た事件をきっかけに,総裁の更送に続いて,政府は蔵相らによる中央銀行の規制監督権限を強

    化する方針を打ち出すなど,中央銀行と政府の関係は世界各地で大きく揺れ動いている.

    歴史上,政治指導者が通貨価値を犠牲にして戦争遂行などの政治目的を強行し,その結果招

    来したインフレなど経済危機の責任を,中央銀行首脳に転嫁 した例は数多い.第2次世界大戦

    後も,景気拡大,完全雇用,社会福祉などの政策目標を掲げて,インフレ政策に中央銀行を巻

    き込んでしまう政権が依然跡を絶たない.2度の石油危機に襲われた70年代から,80年代半ば

    にかけても,アルゼンチン,ブラジル,フィリピンなど累積債務国を中心に中央銀行総裁が政

    5)CentralBanking,Vor.2,No.4,(Spr.1992)pp.10;Akta,AkbaandHoward,How,''political

    andInstitutionalIndependenceofUSMonetaryPolicy",BancaNazl'onaledelLavoroQuarterly

    Review,No.178,(Sep.1991).

    6)Posen,Adam,S.,̀̀whyCentralBankIndependenceDoseNotCauseLow ln且ation:There

    IsNoInstitutionalFixForPolitics",TheAmexBankReview(1993),pp.53.

  • 8 季刊経済研究 第17巻 第 2号

    府のインフレ政策に抗議 して辞任 した り,経済危機の責任を問われて詰め腹を切 らされるケー

    スが相次いだし7), 90年代に入 ってもべネズ-.ラ, トルコ,ザイールなど世界各地で中央銀行

    総裁の政治的な引責事件が起 きている.もともと, 「政府は権力を持ち,通貨はいかなる目的

    にも使えるとい う特性をもつ.そこには (政府 と中央銀行の)境界の交錯 と通貨の乱用を生む

    源がある」以上,中央銀行の独立性が法制度 と通貨安定の信念に燃える人間的な努力でいかに

    強化されようとも,選挙民の信託を時々刻々確認 しようのない中央銀行は,政治のパ ワーに基

    本的な脆弱さを持っていることを示唆しているようにも思われる.それは, 「中央銀行マンの

    役割は,パーティーが盛 り上がってきた時に,パンチ酒の鉢を持ち去 り,人々に限界を思い出

    せることにある」 (第2次世界大戦後の米FRBで,19年間も議長の座にあったW ・M・マー

    チン)中央銀行の構造的な脆弱性 とい うほかはない.

    ⅠⅠ.中央銀行は財政政策から独立 して,金融政策とインフレ率を決定できるか

    1 金融政策 と財政政策を分離する困難性

    金融政策は,マクロ経済政策のひとつであ り,通貨価値の安定を唯一の政策 目標 とする.そ

    れは,本質的に需要サイ ドに影響を与えるものであるが,同時にマクロ経済政策の一環 として

    広い意味の需給均衡に関係する政策でもある.このため,中央銀行が司るべき金融政策は,財

    政政策 との関係でどう位置づけられるかは,中央銀行の独立性を巡る論議に重要な意味をもっ

    てくる.

    中央銀行の独立性と責任を分折 した英 CEPR (TheCentreforEconomicPolicyRes・

    earch)の リポー トは,金融政策は物価安定を,財政政策は景気循環を緩和する, とい う公式

    的な政策割当ては,現実にはそれほど容易ではないとして次の3つの困難を挙げる8).

    第 1 財政政策は柔軟性を欠 くが,機動性のある金融政策だけが,短期的には実体経済に影響

    を与え うる局面が時々ある.

    第 2 マクロ経済政策の目標は必ずしも狭 く設定されていない.政府の債務と赤字が大きい と,

    財拡政大は信頼を強めるどころか,損なってしまう.緊縮財政は,減税や公共サービスの

    要求 と衝突する.

    従って, 「金融政策が,民主的プロセスから完全に自由であ り,政治的なコン トロールから

    自由であ りうるには,あまりにも重要であ り,マクロ経済政策に不可欠の部分であ り過ぎる」

    ため, 「金融政策 と財政政策の調和を図るために,それ らの政策決定 プロセスを統合する利益

    が生 じてくる」が,そ うした政策割当問題の解決は,金融政策の信頼性を損なってしまう, と

    7)田尻嗣夫著 「世界の中央銀行」,日本経済新聞社,1991年,40-42ページ.

    8)TheCentreforEconomicPoliryResearch,IndependentandAccountable・・A New Mandate

    foptheBankofEngland,1993,p.10.

  • 中央銀行の独立性と通貨価値の安定 9

    いう無視するにはあまりにも重大な第 3の困難が生じる, と指摘する.

    とすれば,中央銀行が独自に金融政策を決定した り,インフレ率を抑制する "独立的な政策

    展開"を期待 しにくく,財政政策との調和的な政策割当てが金融政策の信頼性を損なうリスク

    を冒すことになることを東知 しつつ,その道を歩むしか手は残されていないのだろうか.

    Cargill(1989) は金融政策と財政政策の関係を巡る諸研究を概観した論文の中で,金融政

    莱,即ちマネーサプライの伸び率は,政府予算と独立して決めることはできない,とする Sa-

    rgent& Wallace(1981) の見解9)を発展させた Miller(1983) の悲観的な見方10)を次の

    ように要約 している.それによると,

    ① 中央銀行は,政府の支払い不能を回避するために,永続的な財政赤字をファイナンスし

    なければならないであろ う.財政赤字 (利払いを含む)のファイナンスはマネーか国債に

    より行われ うるが,仮に通貨当局がマネーサプライの拡張による財政赤字のファイナンス

    を拒否した場合には,政府は国債発行に全面的に依存せざるを得ない.

    ② インフレは,マネーサプライの増加が安定的な場合でも,次の2つの理由のいずれかも

    しくは両者によって発生する.

    第 1は,財政のクラウディング ・アウト効果によって,経済の自然成長率がある一定の

    マネーサプライの成長経路と比べて低下する場合である.

    第2は,金融のイノベーションまたは国債の民間による貨幣化 (Privatemonetiza・

    tion)を通 じてである.

    しかし,こうした悲観論は, 「中央銀行が財政 と独立 して金融政策を決定 した り,インフレ

    率をコントロールする能力に関して悲観的な見方をしているのは,財政は外生的に決められる

    との仮定に基づいている」ためであるとする Parkin(1986)の反論11)を紹介.Parkinは,

    財政は外生的に決まるのではなく,中央銀行の独立性と,財政赤字のファイナンスに対する中

    央銀行の抵抗によって敏感に変化するものである,と積極的に中央銀行の枚能を評価する見解

    を打ち出すとともに,1955-83年の分折対象 とした実証研究では中央銀行の独立性の強 い国の

    財政赤字は,平均値より小さく安定的であったことを確認 している- ことを指摘している.

    この論争は,中央銀行の第一義的な政策 目標である 「通貨価値の安定」 と,中央銀行の独立

    性の度合いとの間に,どの程度直接的な因果関係があるのか,とい う大命題に繋がるものであ

    り,本稿の後半でさらに考えたい.だが,どちらの見解に与するにせよ,金融政策と財政政策

    9)前掲書(4),pp.10;Sargent,ThomasandNeilWallace`̀someUnpleasantMonetaristArith・

    metic''.QuarterlyReview,FederalReserveBankofMinneapolis(Fall,1981).

    10)前掲書(4),pp.10;Miller,Preston J.,"HigherDe丘citPoliciesLeadtoHigherln爪ation",QuarterlyReview,FederalReserveBankofMinneapolis(Winter,1983).

    ll)前掲書(4),pp.10;Parkin,Michael,`̀DomesticMonetary InslituionsandDePcit",In Ja-

    mesM.Buchana,CharlesK.Rowley,andRoveD.Tollison,(editors),NewYork,Basil~Black・

    welllnc.,1986.

  • 10 季刊経済研究 第17巻 第 2号

    の分離を阻む要因が上述の ように存在するからこそ,中央銀行の独立性とは何か,それを強化

    することでどのような効果を期待できるか,を追求する意義があるというべきであろう.

    2 中央銀行の独立性強化の動機,背景

    (1) スタグフレーションが 「通貨価値の安定」の重要性を認識させた

    中央銀行の独立性が各国で関心を集めることになった第 1の動機は,1970年代の ドル危棟 と

    2度の石油危機に伴って,世界的にインフレーションと不況が共存するスタグフレーションが,

    各国の政策当局のみならず,企業,家計を困難な状況に追い込んだことである.インフレーシ

    ョンの弊害が深刻化したことによって,財政政策と金融政策の運営当局の間に 「通貨価値の安

    定」こそ他の政策目標に比べて重要性が高い,ことが経験的に認識され始めたのである.

    イングランド銀行のペナン・リー副総裁は 「25年前まで遡れば,経済成長 とインフレーショ

    ンは トレー ドオフの関係にあると信じられていた.しかし,経済理論が経験 と洗練の中から,

    第 1図 長期的にはインフレ率と失業率の間し,明白な関係はみられない

    (1982-92年の OECD諸国の平均)

    10 20 30 40 50 60

    イ ン フ レ率 (% )

    出所)IMF,OECD,CEPR (1993)pp.7

  • 中央銀行の独立性と通貨価値の安定 ill

    それが間違いであ り,長期的な トレー ドオフの関係は全くないことを認めるようになった.フ

    ィリップス曲線は崩れ,いまや垂直になったので,金融政策に政府が裁量的な自由を保有して

    いくことには,極めて短期的な利益を除けば,大きな利益はな くなった」と述べ (第 1図参

    照),短期的な利益さえ極めて短期間になった原因は,「マーケットは,政策行動を直ちに結果

    を生じさせるようにな り,マーケットが一要因以上の影響を持つようになった」ことにあると

    指摘している12).

    ここにおいて,「『戦後ケインズ派経済学』の中央銀行を政府の統制下に置くべLという主張

    の2つの論拠- 政府による積極的介入が必要,金融政策 と物価安定との直接的関連 は小 さ

    い一二一は,マクロ経済理論が新古典派パラダイムへ移行することによって,いずれも崩れ去っ

    た」13)'ともいうべき大きな局面変化を迎えたわけである.

    「人々は,拡張的な金融政策がより高いインフレに導 くことを学んだため,景気刺激政策が

    着手されるや,より高い賃金を要求する,と言い出した.このため,金融政策は,その全てを

    物価安定に集中することができるようにな り,そうせねはならなくなった」のである.また,

    Cargill(1989) 紘, 「過去の積極主義者の政策経験や最近の経済理論の発展に照らしてみれ

    ば,金融政策によって達成できる目標の範歯は,依然に考えられていたよりほ狭まっている」

    との判断を示 している.さらに, 「物価の長期的安定が達成できない場合には,産出量の大幅

    な変動や,対外収支の激しい振れが生じて,開放的かつ競争的な金融システムへの移行が,断

    続的かつ混乱の多いものとなる」ため, 「物価の安定は,持続的な経済成長を達成するために

    金融政策が貢献できる残された政策目標のひとつとして認められ,金融政策の政治当局からの

    独立性は,物価安定を実現するための必要条件である」と主張している14).

    (2) 金融政策の中間目標としてマネーサプライの信頼性低下と裁量主義

    金融政策の中間目標としてほ,1960年代末まで 「金利」が使われたが,70年代の ドル危機,

    第 1次石油ショックの下で発生した世界インフレは,政策判断の拠 りどころとして 「金利」変

    動の意味を読み取れなくなった.例えば,金利の上昇が引き締め効果の浸透を示すものか,あ

    るいは人々の予想インフレ率が高まった結果,投機資金の需要が急増 して,金利を押し上げて

    いるので,引き締めを強化すべきなのか.それを判定するカギは,名目金利から人々の胸中に

    ある予想インフレ率を差し引いた実質金利にあるのだが,中央銀行には予想インフレ率を読み

    取ることはできない.

    このため,70年代半ばから金融政策の中間目標を, 「金利」から 「マネーサプライ」-転換

    12)RupertPennant・Rea,''Interview",CentralBank2'ng,Vol.4,No.4(Spr.,1994)pp.33.13)江口英一 「中央銀行の役割と在 り方- 金融政策の中立性と中央銀行の独立性- 」一橋大学経済研

    究所 『経済研究』42巻 3号,1991年7月,249ページ.

    14)前掲書(4),pp.1.

  • 12 季刊経済研究 第17巻 第 2号

    し,80年代半ばまでは先行指標 としての有効性が一応認められ,政治的圧力に対する客観的指

    標 としての効能に関しても一定の評価を得ていた.

    つま り,マネーサプライの目標値を一般にも公表することで,政策当局がインフレ抑制にコ

    ミットしたことを賃金交渉に反映させ,インフレ期待を減らすことを狙ったルール主義のひと

    つである.中央銀行に政策ルールを事前約束させることで,その手を縛ってしまうべきだとす

    る見解は,Kydland& Prescott(1977)15)や Barro& Cordon(1983)16)らによって強

    く主張され,域内固定相場制度であるERMの理論的根拠にもなった.

    ところが,80年代後半になると,伝統的な通貨指標が,支出変動の一貫 した予想手段 として

    は信頼性が低下,先行指標 としてほ無視ないし軽視する憤向が原著になった.

    その理由について,翁 (1993)は,

    ① 一般物価が,90年代初めまでの M2+CD の高い伸び率にもかかわらず,80年代後半以

    降は概ね安定的に推移するなど,M2+CD と実体経済関連指標 との関係は,欧米だけでなく,

    日本でも不安定化した.

    ② 安定的なマネーサプライの伸び率を保つという1970年代前半の伝統的マネタリス トの政

    策思想の内,(1)マネーの量は実質金利 と違って測定が容易である(2)マネーサプライと消費者物

    価,GNPデフレーターないし名目支出との関係が安定している(3)消費者物価等フローの財 ・

    サービスの物価安定のみで,中央銀行の政策達成度を測れる- とい う3つの前提の妥当性が,

    いずれ も疑問になってきた, と指摘 している17).

    この背景には,80年代から急展開をみせている金融自由化 と金融市場の統合化,通信回線 と

    コンピューターを結んだ電子決済の進歩等によって,資本市場,金融市場,商品市場の境や国

    境を超えて,裁定取引や投機取引が大規模かつ瞬間的に実行される時代になったこと,そして

    法人だけでなく,個人 レベルまで財テク志向が広がったこと,などが大きく影響 していること

    は言 うまでもない.

    このため,80年代後半からは,金融政策の中間 目標 として,なにを拠 りどころとするか,各

    国の通貨当局それぞれに試行錯誤が続いている.マネーサプライの定義を頻繁に変更 (フラン

    ス銀行) した り,マネーサプライの指標を Ml だけでなく,M2や M3 を重視 し,のち仁

    いずれ も事実上放棄した国 (米FRB)もあれば,中間目標の公式設定を放棄して,最終 目標

    である 「通貨価値の維持」, つまり3- 5年のインフレ抑制目標値を設定,公表 して,その履

    15)HouseofCommons,TreasuryandCivilServiceCommittee,FirstReport,TheRoleofThe

    BankofEngland,Appendix30,DiscussionPaperbyAndrew Wood,1933,pp.223;Kydland,

    F.& Prescott,`̀Rulesratherthandicretion:TheincosistencyofoptimalPlans",Jour)wlofPoliticalEco)wmy,1977,pp.473-492.

    16)前掲書胴,pp.223;Barro,R.∫.&CordonD.B・,"Rules,discretion andreputatinin amodelofmonetarypolicy",JournalofMonetaryEconomics,1983,pp101-121.

    17)翁邦雄著 「金融政策」,東洋経済新報社,1993年,159ページ.

  • 中央銀行の独立性と通貨価値の安定 13

    行を国民に事前約束する誘導型アプローチに転じた国 (カナダ銀行,ニュージーランド準備銀

    行)もある・この数年,主要国の中央銀行でも,米FRBは実質金利に着 目して実体経済の動

    向を総合的に勘案する姿勢を打ち出し, ドイツブンデスバンクはマネーサプライ目標値を堅持

    しつつも,そのオーバーシュー トには柔軟に対応するスタンスに転じている.また,日本銀行

    は 「マネーサプライの動向には注意を払ってきたが,マネーサプライの適正水準を事前に定め

    ることは難しく,その時々の金融経済情勢の中で,総合的に判断していく」 (三重野日本銀行

    総裁の国会答弁-1987年 5月)姿勢である.

    マネーサプライの伸び率を経済成長率に等 しくするいわゆるk%ルールという厳格なマネタ

    リズムからは距離があったとはいえ,マネーサプライの伸び率を安定的に保つという広義のル

    ール主義に基づ く金融政策の運営は,政治的な圧力に対して客観的な指標で抵抗できる利点が

    あった (第2図参照).それだけに,主要国の中央銀行は今後もマネーサプライを中間 目標 と

    して完全に放棄することはないとしても, 「総合判断」という裁量主義の政策運営を続けるこ

    とが,政府干渉への抵抗力を低下させ,かつ政治的な圧力に一段と曝される危険性を持ってい

    第 2図 長期的には通貨供給量とインフレ率の間に,密接な関係がみられる

    20 30 40

    〃 1の平均伸び率 (年率%)

    出所)IMF,CEPR(1993)pp.6

  • 14

    ることは否めない.

    季刊経済研究 第17巻 第 2号

    (3) G7型政策協調への反省と中央銀行の復権意識の高まり

    ドル高政策からドル軟着陸を狙った1985年9月のプラザ合意,そして ドル相場を緩やかな変

    動幅に収めることを目指した1987年2月のルーブル合意と,その後の政策協調を推進してきた

    G7体制は,金融政策を結果的に為替政策に従属させることになった.スイス国立銀行のマー

    カス ・ルッサー総裁 (当時)は, 「明らかに,このルーブル合意がその後の高インフレをもた

    らした.各国政府が為替レー トを特定のレベルで安定させようとした結果が,物価面での矛盾

    となって表れた」と述べている18).このことが,世界的なバブル経済を招来させ,資産インフ

    レと社会的不公正を激化,その反動としての世界不況を長期,かつ深刻化させたのだが,これ

    は90年代に入って各国中央銀行の間に厳しい反省を迫ることになった.

    80年代後半以降のいわゆるG7体制による政策協調には,次のような問題があったことを強

    調しておきたい.

    (9為替レー トの安定と景気持続を期待された財政政策や構造改革など総合的な調整よりも,

    短期的な市場介入や無理な金利操作に傾斜したこと.

    ②協調の中身は事実上,金融政策に偏重したため,それがかえって金融市場の波乱要因とな

    り,経済成長を阻害することになったこと.

    ③金融政策を極端に政治化し,市場介入や金利調整など国際協調のコス トは,米国よりも他

    のG7諸国により多 く負わせることになったこと.

    ④換言すれば,基礎収支の赤字で流出した ドル資金は,最終的にはニューヨーク市場での運

    用に戻ってくるという基軸通貨国の自動ファイナンス機能に寄 り掛かった米国は,財政 ・金融

    政策両面で,赤字国責任よりも黒字国に責任を取らせた結果,その枠組みに各国中央銀行を封

    じ込める形で,各国の 「通貨の番人」に不可欠な 「中央銀行の独立性」を損なったこと寸.

    1988年4月,前出のルッサー氏は,ベルン州商工会議所年次総会で講演し,「『中央銀行の独立性確保』の必要性については,これまで自明のことと受け止められてきた感があるが,ここ

    にきてヨーロッパや米国において,中央銀行を政府に従属させようとする圧力が増大してお り,

    改めてその意味が問われつつあるように思われる」と述べているのも,こうした中央銀行サイ

    ドの危機感の高まりを象徴している19).先進諸国の政策協調が,上述のような問題点をはらん

    でいる上,90年代に入って実質的に崩壊したのも当然であり,そこに中央銀行サイドの独立性

    に対する復権意識が強く働いていることは間違いなく,80年代末から中央銀行の独立性強化の

    動きが国際的に活発化したのは決して偶然ではない.

    18)藤井良宏 「欧州通貨統合」,日本経済新聞社,1991,pp.263.

    19)日本銀行金融研究所資料T-071.

  • 中央銀行の独立性と通貨価値の安定 15

    (4) 変動相場制度の長期化とアンカー通貨の欠落に対する補強策

    中央銀行の独立性を著しく損なったG7型政策協調は,結果的に世界の中央銀行の間にその

    反動ともいうべき独立性強化の動きを強めることになった,と言えよう.同時に,管理通貨制

    度と変動相場制度の長期化に伴って,固定相場制度の下で存在したような通貨安定のアンカー

    が欠落してしまった現状の中で,中央銀行とその現役やOBたち,いわゆる "通貨マフィア'

    が自分たちの手でどうにか安定を取 り戻さねば,という使命感を強めていることも,世界的な

    中央銀行の独立性強化の底流になっている.

    金本位制度では,金融政策と中央銀行はその独立性を半ば自動的に保障されていた.しかし,

    第 2次大戦後の,いわゆるブレトンウッズ体制は,国内的には管理通貨制度,外国政府には金

    為替本位制度という二重の顔を持った ドル本位制の欠陥から,70年代初頭に固定相場制度の崩

    壊を招いた.その後,管理通貨制度と全面的な変動相場制が長期化する中で,'通貨安定のアン

    カー役を引き受けねばならないはずの ドルの信頼性が長期低落懐向にあるため,為替変動はま

    すます大きくなっている.

    ポルカ-前FRB議長を代表とするブレトンウッズ改革委員会は,94年 7月6日,国際通貨

    システムの改善策を発表.その中で,日欧米がまず新たなマクロ政策協調の下に,経済実態の

    格差を縮小したあと,為替相場の乱高下を防ぐため 「柔軟性のある為替相場バンドへのコミッ

    トメント」としての目標相場圏制度を導入する2段階の国際通貨制度の改革を据言した20).普

    た,M.ジョンソン元FRB副議長は 「変動幅を持ったターゲットゾーン方式の導入だけでは,

    不十分だ.アンカーが必要だ.変動幅によって,各国通貨が安定しても,基軸通貨がないと,

    全体がそろって騰貴した り,下落するかもしれない.アンカーを持った国際通貨制度が必要な

    理由は,単に通貨を安定させるためだけではなく,マネーの流れを安定させるためでもある」

    とするが21),いずれも国際通貨制度の現状に対す中央銀行側の危機感の高まりを示している.

    こうした中で具体化したEMU (経済通貨同盟)の第3段階は,マース トリヒト条約に基づ

    いて遅くとも1999年初めまでに共通通貨と単一の金融政策を導入するが,これは人工通貨のE

    CUと,各国政府から切 り離した欧州中央銀行にアンカー役を委ねるものである.それに向け

    て,欧州中央銀行の一部を構成することになるEU諸国の各中央銀行の間でその独立性を強化

    する動きが活発化している.

    しかし,国際通貨制度全体としては,事実上の基軸通貨国である米国が,アンカー役として

    の信頼性を再び確保できるかどうか,その展望を欠いた通貨情勢の下で,主要国中央銀行は,

    為替相場の安定に向けて,これまで以上に政策協調と,自国の裁量的な金融政策に対する市場

    の信認を確保する努力,それに伴うコス ト負担を求められる.なによりも,赤字国が本来負担

    すべきコス トを,外交的力学で黒字国に転嫁し,各国政府がそれを中央銀行に押しつける構造

    を打破するためには,中央銀行の独立性強化が不可欠の取組みなのである.

  • 16 季刊経済研究 第17巻 第2号

    ⅠⅠⅠ.中央銀行の独立性を与えるべきか否か

    1 独立性を与えるべきだとの議論

    Mayer (1976) 紘,FRBを対象とした議論の中で,中央銀行と金融政策の独立性を強化

    すべきである,との各方面の主張を3つの論拠に整理している22).

    第 1には政治的決定は本来近視眼的で,インフレ的な金融政策は長期的には経済に悪影響を

    及ぼすにもかかわらず,短期的には利得をもたらすことを考慮すると,金融政策は政治的決定

    から独立すべきである.

    第2には,仮に通貨当局の独立性を弱めるとした場合,金融政策の責任を政府のどの部分が

    負 うかという問題が未解決で残される.

    第 3には,通貨当局が政府から独立していれば,政府の政策に 「外部の」中央銀行の意見を

    反映させることが可能になる.金融政策の責任を負っている中央銀行は国内外の経済活動に関

    して幅広い見識を有してお り,政府の政策決定に有効な意見を述べることができる.

    つまり,中央銀行に独立性を与えるべきだ,とする見解は,政府がより高いインフレ率に傾

    斜しがちである,との前提を置いているわけだ.なぜ,政府はそ うなのかについて, Alesina

    (1988)は, 政府は不況よりは高いインフレを望む経済的選挙区を代表しているからだ,とす

    る23).また,Barro& Cordon(1983)は,政府が自分の債務の価値をインフレ政策によっ

    て減価することを望むためである,と主張している24).

    Friedman(1992)も,インフレは①政府の紙幣発行が現金の保有に課税される隠されたイ

    ンフレーション税となる③インフレーションに対応しきれなかった結果,インフレーションが

    あからさまな所得税の増税となる可能性がある,あるいは所得税の課税区分を押し上げる可能

    性がある③インフレーションは膨大な赤字額の実質価値を引き下げる- という方法で,議会

    を経ずに政府に財源をもたらす誘惑に打ち勝ちがたいことを指摘 している25).

    中央銀行に強力な独立性を与えるメリットとしては,Mayerの3つの論点でも明らかなよ

    20)日本経済新聞,94年 7月7日付夕刊.

    21)日経金融新聞,94年6月27日付.

    22)前掲書(4),pp.5;Mayer,Thomas."StructureandOperationsoftheFederalReserveSystem.''

    InCompendium ofPapersPreparedfortheInstitutionsandtheNatlon'sEconomyStudy,

    CommitteeonBanking,CurrencyandHousing,94thCongress,Second Session,Washington,●

    D.C.,GPO 1976.

    23)前掲書(1凱 pp.223;Alesina,A.,Politicsand BisinessCycles in IndustrialDemocracies,

    EconomicPolicy8.

    24)同上書,p.223.

    25)Friedman,Milton,Money Misclu'ef,1992(斎藤精一郎訳 「貨幣の悪戯」,三田出版会,318ペー

    ジ).

  • 中央銀行の独立性と通貨価値の安定 17

    うに,最大の利点は,こうした政府と中央銀行に間にチェック・アンド・バランス機能が働 く

    結果,金融政策を長期的視点から運営することを可能にするうえ,財政政策に関しても,中央

    銀行が一定の財政節度を求める余地が生まれてくることであろう.

    江口 (1992)は,こうしたチェック・アンド・バランスの関係が望ましい,とする従来の議

    論に加えて,近年は中央銀行が政府,政治からの自主性,独立性を保つためには,中央銀行が

    政策運営に責任をとれる,厳密には Accountableなものであることが求められている,とし

    てカナダ,ニュージーランドの中央銀行の事例を挙げている26).

    次なるメリットは,中央銀行が不合理な政治の介入を排除する盾 として,換言すれば 「市場

    の中の公僕」 として,市場のメカニズムと現状を熟知する立場を維持することによって, 「銀

    行の銀行」,「政府の銀行」,「通貨の番人」として適切な資金調節を可能にする機動的な政策発

    動を期待できることである.

    さらに,その結果として,政治の介入や癒着を招きやすい民間金融機関も,経済合理性と市

    場の規律の下に正常な経営を志向する可能性が高まり,金融システム全体 としての安全性と国

    民的な信頼を確保することが期待できるだろう.

    2 中央銀行に独立性を与えるべきではない,とする論拠

    中央銀行の独立性を否定する見解も,通貨価値を守る方法論としての提案であるとの点では,

    独立性強化論と同じであることは言うまでもない.政府によって強制通用権を付与された通貨

    の独占発行権を中央銀行に与えている現行制度こそ,絶え間無いインフレの歴史を主因だ,と

    する Hayek(1976)は, 貨幣発行の自由化と,その帰結 として中央銀行の消滅を主張 して

    いる27).また,貨幣数量説の今日的な立場から通貨発行に厳しい政策ルールの適用を衷め る

    Friedman(1962)は, ①金融政策と担当する中央銀行と,財政政策 ・為替政策 ・債務管理を

    担当する財務省を分離してお くのは責任回避を招く②中央銀行の人間的な個性に過度に依存す

    ることはかえって不安定である③裁量的な政策を中央銀行に委ねると,通貨の量的コン トロー

    ルをする代わ りに,民間銀行界の求める信用政策を不当に重視してしまう- として,独立性

    を与えることに反対している28).その見解は現在も変わらず,近著 (1992)でも, 「貨幣はあ

    まりにも重大な問題であるから,中央銀行にすべてをまかせてほおけない」と,裁量権を振る

    う独立的な中央銀行よりも,むしろルールに依存的な中央銀行にすべきだと主張している29).

    26)江口英一 「通貨価値安定と中央銀行の政治からの独立について」一橋大学経済研究所 『経済研究』43

    巻第2号,1992年 4月,97-108ページ ;同,前掲書脚,246-260ページ.

    27)Hayek,F.A.,DenationalisationofMoney,InstituteofEconomicAffairs,1976(川口慎二訳

    「貨幣発行自由化論」,東洋経済新報社,1988年,149-150ページ).

    28)Friedman,Milton,`̀Shouldtherebeanindependentmonetaryauthority"inYeager,L B.

    (ed.)inSearchofaMonetaryConstitution(HarvardUniversityPress).

  • 18 季刊経済研究 第17巻 第 2号

    各種の論文を概観した前出の Mayerは, 中央銀行と金融政策の独立性を弱めるべきだと

    する論拠を,3つのタイプに分けている80).

    第 1には,通貨当局は経済に大きな影響力を保持しているので,金融政策の主たる責任は政

    府が負うとの考え方である.改新 ま,一般大衆の意見に敏感に対応し,一般大衆の信認投票を

    受けるべきである,との西欧社会の原則に,中央銀行が例外であることが許されるべきだろう

    か,とするグループの見解だ.

    第2は,金融政策の決定,実施が独立的で行われると,経済の社会的厚生関数に大きなウエ

    イ トを占める政府の政策と対立することになるかもしれない,という考え方である.

    第3には,通貨当局の独立性が,金融政策と政府の施策との協調を困難にすることである.

    中央銀行の独立性が弱ければ,政府として効率的であり,全体として政府の経済政策の効率も

    向上する,という主張である.

    こうした考え方は,現代の政治サイ ドにも根強い考え方なのである.マネタリズム路線で英

    国の慢性的なインフレ体質からの脱却を図ったサッチャー首相 (当時)は,1988年11月イング

    ランド銀行に金融政策の独立性を与えるとのナイジェル ・ローソン蔵相の提案を却下した.同

    蔵相の提案理由は①イングランド銀行が現在よりはるかに独立性を保っていた戦前においてほ,

    金融政策に一貫性があった②今世紀はじめから1930年代半ばまで,インフレ率が年率1.5%の

    ペースを維持していた- という点にあ り, 「金融政策は私が決め,イングランド銀行はそれ

    を実行するに過ぎない」 (同蔵相)現状に自ら危機感を強めたことにある81).

    一方,サッチャー首相や労働党は,呉越同舟で中央銀行の独立性を強めることに反対してき

    た.労働党は,第2次世界大戦直後誕生した労働党内閣時代に 「1946年イングランド銀行法」

    を成立させ,中央銀行の資本を国家が保有する特殊法人にした上に,大蔵省にイングランド銀

    行に対する指令権 (第4条)を与え,法律にはないが,公定歩合操作の権限を事実上蔵相に撞

    らせたのである.これは,労働党が1931年当時,金本位制度維持をめぐってイングランド銀行

    と対立,その維持に失敗した "苦い経験''があるためで,それが中央銀行の国有化に走らせた

    のである. 「国民生活と経済活動に重大な影響を持つ金利変更や為替政策を,選挙の洗礼を受

    けない人間の手に委ねるのは,民主主義の原則に照らして問題がある」との考え方である32).

    サッチャー首相は,1970年代後半にも表面化した中央銀行の独立強化構想に反対したことも

    含めて,その理由を回顧録で述べているが,それは4点に要約することができる33).

    ① イングランド銀行の独立性を強めるのは,蔵相の責任回避であ り,政府にインフレ等経

    29)前掲書脚,326-327ページ.

    30)前掲書(4),pp.6.

    31)前掲書(7),28ページ.

    32)前掲書(7),29-30ページ.

    33)ThatcherMargaret,"TheDowningStreetYears",1993 (邦訳 「サッチ ャー回顧録」石塚雅彦

    訳,日本経済新聞社,1993,下巻310-311ページ).

  • 中央銀行の独立性と通貨価値の安定 19

    済困難を自力解決する能力がないことを認めることになる.

    ② インフレ抑制は最終的には政治的問題であ り,その意思があれば,インフレは抑制できる.

    ③ 独立した中央銀行は,連邦国家でない英国には適さず,そ うした組織を運営する適格な

    素質のある人材がいるか疑わしい.

    ④ 実績のある組織を変更することは,内在する政治的な問題に対する一般的な解決策には

    ならない.

    なぜ,政治家は中央銀行に独立性を与えることこそ,イ ンフレに対する政権の暖味な姿勢を

    払拭することになり,政府の利益になることだとほ考えないのか.Andrew (1993)は,その

    理由について,そうすることはインフレバイアスを取 り除 く効果を持っているだけではなく,

    インフレ的な評判を持っている野党に対する与党の有利さもまた取 り除いてしまうからである,

    とする Milesi・Ferrett(1993)の論文を紹介している84).

    ⅠⅤ.独立した中央銀行のモデル

    中央銀行と金融政策を政府から独立させる特徴的な方策としては,大統領と議会からも守ら

    第 2蓑 中央銀行の独立性への選択的アプローチ

    出所)英CEPR,英下院大蔵公共サービス委員会の各報告書,その他から田尻作成.

    34)前掲書胸,pp.224.

  • 20 季刊経済研究 第17巻 第 2号

    第 3表 主要先進工業16カ国の政府および中央銀行に対す調査結果

    オーストラリア

    栄莱ススウ

    日イ

    ドフ

    国国

    -デ

    7

    .lリ

    ダ本

    'マ

    1・夏空銀行は金融面の主たる経済政策遂行者で ・・・・・・・・・・・・・。・・2・(i)墓釜雪雲讐 票譜 済目標を遂行する法的 ・ ・ ・ ・ ・

    伺中央銀行は国家的な経済厚生あるいは政府の政策を促進させる一般的な義務を有 して ●●● ●●●●いる

    3・(1)孟宗警甜 芝監 幣 某誌 言・fL警府の~ 。 ・ ・(p)中央銀行は法的義務を果たす上で,政府か

    ら概ね独立している● ●●

    4.中央銀行は政府の経済 目標に従わずに行動することがあった

    ●●5.中央銀行と政府の間で職員の移動がある ●●●●●●○●○ ●●6.中央銀行は議会に対 し直接的に説明する義務

    がある● ● ●●

    7.中央銀行の株式の100%を政府が保有している●●●●●●●●●出所)FAIR(1979,p.34)日銀金融研究所資料A373

    れている米FRBモデルをはじめ,憲法上の保障の下に一貫した反インフレ政策で成果を上げ

    てきた ドイツブンデスバンク・モデル,1989年に法改正,独自の強化策を講じたニュージーフ

    ソド準備銀行モデル,そして欧州通貨統合の中核として欧州中央銀行創設をめざすマース トリ

    ヒト条約 ・モデルの4モデルを兄い出すことができる.それぞれのモデルをどう評価すべきか,

    英下院大蔵公共サービス委員会の報告書から,その特徴と評価を要約する35). (第 2表,第 3

    義,第 4表参照)

    1 〔ドイツブンデスバンク ・モデル〕

    (1 ) 中央銀行の独立性のタイプとしてほ, 『-- ドライン ・モデル』 と呼ばれる.

    (∋ 中央銀行の目標は法律で定められ,その目標の追求に対する政府のいかなる干渉からも,

    法律によって守られている.

    ② ドイツブンデスバンクはその法律上の機能の履行に関して,連邦政府にも,連邦議会に

    対しても,公式には責任を負わない.

    (2) 1957年 ドイツブンデスバンク法は,ブンデスバンクに対して 「通貨を守る狙いをもって,

    35)HouseofCommons,TreasuryandCivilServiceCommitee,"TheRoleofTheBankof

    England'',Volume1,pp.xiv-Ⅹvii.

  • 中央銀行の独立性 と通貨価値の安定

    第4表 〔中央銀行の分類〕各国中央銀行と政府の関係

    BadeANDParkin(1985)に よる中央銀行の分類

    21

    荏)■政策面の分類

    ① 政府は最終的な責任を持つ政策当局であり,中央銀行の理事会に政府職員を参加させるとともに,すべての

    理事を任命する -・--オーストラリア

    ② 上記①と同じであるが,理事会に政府職員を参加させていない

    ---フランス,スウェーデン

    - ・- ・-ベルギー,カナダ,イタリア,オランダ

    ・・---英国

    ③ 中央銀行は最終的な責任を持つ政策当局であるが,理事会役員全員の任命を政府が行う

    ・---日本,米国

    ④ 中央銀行は最終的な責任を持つ政策当局であり,理事数名については政府から独立して任命される

    -・-・-ドイツ,スイス

    『予算面の分類

    ① 政府が予算を承認し,理事会役員の給与及び中央銀行の利益処分を決定する

    -・--日本

    ② 中央銀行が予算配分を決定する (政府に報告する).政府が役員給与及び利益処分を決定する・---オーストラリア

    -・・-・フランス,スウニ-デソ

    ・--・・米国

    ③ 中央銀行が予算及び役員給与を決定する.法令により利益処分を決定する

    ・・・・・・・・・ベルギI.カナダ,イタリア,オランダ

    ・・・・・・・・・ドイツ,スイス

    ⑥ 中央銀行が予算,役員給与および利益処分を決定する

    -・・-・英国

    出所)日銀金融研究所資料A373

    経済に供給される流通通貨 と信用の量を制限する」ことを求め,さらに 「中央銀行自身の業

    務執行に支障なくできる場合に限ってのみ,連邦政府の一般的経済政策を支持する」ことを

    求めている. 、

    (3) それゆえ, ドイツブンデスバンクに与えられた諸目標値は,対立 しあ うものであるかもし

    れず,かつ法律で定められた諸目標に対する明確なヒエラルキーであ り,物価安定は優先さ

    れると明確に述べている.

    (4) それにもかかわらず, ドイツブンデスバンクはその機能の履行に関して,議会にも,政府

  • 22 季刊経済研究 第17巻 第2号

    に対しても公式には責任をとる条文は存在せず,大幅な裁量の余地を享受している.この法

    律は,すべての政党,世論によって物価安定に与えられた高い優先度を反映している.

    2 〔米国FRB・モデル〕

    (1) 中央銀行の独立性に関しては 『ソフ トライソ型』と呼ばれ,FRBが政府の 「内部」でそ

    の独立性を維持している度合いが特徴的だ.

    (2) 連邦政府組織におけるFRBの不可欠性は,議会に対する定期的かつ頻繁な報告責任と,l

    議長とその他の理事,連銀理事 (複数)の任期が14年という長さが,彼らの仕事に対する政

    府の干渉からの明確な保護であるが,上院の承認の下に大統額によって任命されるという事

    実の両方によって確かなものとなっている.

    (3) 大統領と議会からのFRBの独立性は,

    ① 法律で認めた任期

    ② その主たる金融政策委員会である公開市場委員会 (FOMC)に, 地区連銀総裁を輪番

    で参加させること

    ③ 理事会メンバーは政策上の食い違いでは解任されず,けん疑 (cause)によってのみ解

    任され うること- によって保護されている.

    (4) FRBの目的は,適切な法律の下で, ドイツブンデスバンクのそれよりも,広範に定義さ

    れている.

    ① 特別の目的は,与えられていない.

    ② その代わ りに,理事会と FOMCには,「最大限の雇用と,安定的な物価,適度な長期

    金利という目標を効果的に実現するために,生産を増やす経済の長期的潜在力に釣 り合っ

    た通貨と信用の総計の長期的な伸びを維持する」ことを求めている.

    (5) 公共的責任の高さと,FRBの多くの諸手続きの公開性から見て,これら混成の諸目標は,

    物価安定の唯一の目標として追求する連銀の自由に対する現実の制約とみなされている.

    (6) 他の経済的目標の利益について,物価安定の追求を甘 くする政府や議会からの圧力に抵抗

    することにおいては,その多 くを,一度に多 くの目標を解釈することに関するFRBの決断,

    特に議長の決断に依存している.

    (7) 1970年代半ばにおける理事会の相対的な弱さは,その時代を特徴づけている相対的に高い

    インフレ率 と,通貨の伸びに対する相対的な抑制の緩さに対する説明として用いられている.

    米国制度の魅力は,中央銀行と政府の関係の透明性にある.なぜなら,FRBと財務省の

    それぞれの責任は明確で,その他の機関が追求している諸政策を公式に支持することは,そ

    れぞれの長にとって正常なことである.それゆえに,特定の政策 目標を実現するために求め

    られる行動については,公開の,高度の大衆的討議が存在する.

  • 中央銀行の独立性と通貨価値の安定 23

    3 〔ニュージーラン ド準備銀行 ・モデル〕

    (1) 1989年ニュージーラン ド準備銀行法は, 「金融政策で,物価の一般的な水準の安定を実現,

    維持する経済的目標に方向づけることを形成し,実行する」一般的責任を,中央銀行に与え

    ているが,政府の経済政策を支持することに関しては,いかなる追加的な目標にも言及 して

    いない.

    (2) しかし,同法は,大蔵大臣と準備銀行総裁に対 して,「同法に整合した精密な,合意された

    政策目標値」を設定し, 「それを遅滞無 く発表する」ことを求めている.1992年12月に行わ

    れた 「政策 目標値の合意」では,調整済消費者物価を年率 0から2%に抑える,としている.

    (3) ニュージーラン ドの制度は,独立性とは区別して, ニュージーラン ド準備銀行に 「OPE・

    RATIONALAUTONOMY」(運用上の自治権)を移管 したもの,と言われる.

    ① 政府は,評議会 (Council)によって設定された物価安定の法的な目標からの出発を承

    認し,あるいは求める権限を持つ.

    ② 議会は,政府と準備銀行の直接の交渉と合意の事項である 「政策 目標の合意」を発議し,

    承認することに関して,演 じる役割はなにも与えられていない.

    ③ 無視条項の運用は,政府が評議会を通 じて,即時の効果を伴って発動され うる.

    ④ 中央銀行の目標を変更するとの政府の決定は,大衆への完全な公開 (監視)の下になさ

    れねばならず,議会からの異議に従 うこともあ り得る.

    ⑤ 全体としてニュージーラン ドの制度は,金融政策の運営についての蔵相の最終的な責任

    を維持し,議会に対 して責任を取るのは中央銀行ではなく,蔵相である.

    ⑥ 中央銀行総裁は,定期的に議会と関連専門委員会に報告を行 うが,中央銀行総裁は蔵相

    に対して直接に責任を負 う.

    (4) ニュージーランド・モデルは,物価の非常な不安定によって特徴づけられた経済危機への

    対応として導入され,インフレをコン トロール下に収めることについての政府 と議会の新た

    な決意を明白な形で作ったものである.ニュージーラン ド経済は,英国に比べて通貨投機に

    対 して,非常に小さく,そ うした傾向からずっと少ない経済である.ニュージーラン ドの制

    度は,また非常に新 しく,これまでは不況期において運営されてきたものである.この制度

    が,必ず長続きするものであるとみなすのは,まだ早すぎる.

    4 〔マース トリヒト条約 ・モデル〕

    (1) 欧州中央銀行の要請は,各国政府と議会からのみ独立 した中央銀行-の道を開いた.それ

    らは,最終的には憲法上のものであるべきで,独立的で,欧州中銀の一部を構成 し,欧州中

    央銀行の集団的管理に従 うことになる.

    (2) もしドイツブンデスバ ンクに代表される-- ドライン型の独立性を採用することに反対が

    あるとすれば,それは中央銀行が各国政府あるいは議会によるいかなる種類の指令や無視か

  • 24 季刊経済研究 第17巻 第 2号

    ら法律上免疫であるべきだという特性にある.

    (3) 金融政策の決定の検討と策定のために,中央銀行に集団組織的な機構を作ることが望まし

    いことを含めて,他の特色は容易に受け入れやすいことが判明しよう.それらは,個人的な

    独立性を強化するために,中央銀行総裁と理事の保障された任期を長くすること,中央銀行

    を一つの機関として,その独立性あるいは自治権を認めることである.

    5 中央銀行モデルの評価 ・導入の留意点

    上記の4モデルは,中央銀行の制度論としてほ極めて独立性の高いものであるが,その実態

    的な評価と導入の可能性を検討するに当たっては,留保すべき問題点がある.

    その第 1は,特定の中央銀行が,金融政策の発動に際して現実に政府からどの程度の独立性

    を保持しているかは,制度上の比較検討だけでは判断できない ことである.Mayer(1976)

    らの諸研究の結果も,形式上と実態との格差が非常に大きいことを強調 してお り,Newton

    (1983)は 「FEDの伝統と因習によって操られてきた戦後のアメリカでは,中央銀行 自身 に

    よるマネーサプライの抑制第-の継続的なコミットメントはなかった」「"法令"と "人材"の

    二本柱で支えられているこの国で経済という肝心の分野において "人材"の柱が弱かったこと

    紘,米国にとっての大きな痛手であった」と,FRBと金融政策の独立性に極めて強い疑問を

    提起している36).

    第2には,これら海外モデルと同様の措置を,自国の中央銀行と金融政策の制度にどこまで

    導入,適用できるかどうかは,一般的には判断できないことである.各国の憲法をはじめ法体

    系や,通貨 ・金融制度,経済の発展段階,国際金融市場と国内金融市場の関係,民族性などさ

    まざまの特徴的な要因の上に,これらのモデルも進化してきたのであって,多くの経験的教訓

    を持っているとはいえ,あくまでも普遍的な原則を示すものではないことである.

    第3には,中央銀行の独立性を確保するには,これらモデルにみられるような制度上の保障

    措置が各国の特性に適合させた形で工夫されるべきであることである.中央銀行首脳の個人的

    な資質,努力や,政権 ・政府側の認識に依存した形での慣行,あるいは単なる実態的な独立性

    だけでは,金融政策の安定性も,中央銀行の責任意識も,ひいては国民の信頼も確保しえない

    であろう.

    Ⅴ.中央銀行の形式的独立性はインフレ率と因果関係があるか

    1 統計的な関係と因果関係

    36)Newton,Maxwell,THE FED:InsidetheFederalReserve,ikesecretpowercenterthat

    controlsAmericaneconomy,NewYork,TimesBooks(佐藤栄二訳,「米国中央銀行,TheFED」,

    東洋経済新報社,207ページ).

  • 中央銀行の独立性と通貨価値の安定 25

    中央銀行が政府から独立している度合いと,インフレ抑制などマクロ経済の成功度合いの間

    に,なんらかの関係を見出そ うとする学術的研究は,近年かな り前進している.Cargill(1989)

    は,Fair(1979),Skanland(1984),Parkin(1986),Banaian,LaneyandWillett(1983),

    MasciandroandTabellini(1988) らの実証的な研究を総括して,共通の結論を次のように

    導き出している37).

    (1) インフレ率が中央銀行の独立性とマクロ経済パフォーマンスとの関係を示す重要な指標で

    あり,特に中央銀行の独立性と財政赤字の関係をみると,この点に関して独立性の弱い中央

    銀行は,インフレを招きやすい債向を示 している. (第 3図,第4図参照)

    (2) 財政赤字の規模および予想可能性は,中央銀行の独立性との間に統計的関係があるように

    見える.Fair(1979) と Skanland(1984)を除いて,中央銀行の独立性が高いほど,イ

    ンフレ率が低く,財政赤字も小さくなる,との結論が得られている.

    このような結論は,Wood(1991)も,Bade& Parkin(1980),Sargent(1985),Burde・

    kin&Laney(1988)らの研究から引き出してお り,中央銀行の独立性とインフレ率の経験的

    な関係が,統計的に認められている38).

    この関係について,中央銀行の独立性が高ければ,①インフレ抑制への国民的な信頼が高ま

    第 3図 経済成長率と中央銀行の独立性に関係は認められない

    7

    平均実質経済成長率

    (GNP年率%)

    6

    5

    4

    3 ■NZ

    ■JAP

    ■SPA.ITAIAUS/NO打CAN

    ■FRA

    ■BEL■SWE

    ■UK

    ■NET■DEN

    ■USA

    ■GER

    ■SWI

    0.5 1 1.5 2 2.5 3 3.5 4 4.5

    中央銀行 の独 立指 数

    出所)AlesinaandSummers(1993),CEPR (1993)pp.17

    37)前掲書(4),pp.8-14.

    38)前掲書(1軌 pp.226.

  • 季刊経済研究 第17巻 第2号

    第4図 中央発行の独立性とインフレ率には統計的な関係は認められる

    ■SPA

    平均

    ンフレ率

    (年

    %)

    ■ITA

    ■UK.AUS .DEN・FRA/NOR/SWE

    ■JAP

    tCAN←BEL 'NET ■USA

    l l

    ■SWI■GER

    I l

    0.5 1 1.5 2 2.5 3 3.5 4 4.5

    中央銀 行 の独 立 指数

    出所)AlesinaandSummers(1993),CEPR(1993)pp.16

    る②政府,中央銀行ともインフレ回避政策を最優先する③財政支出に節度を求めることができ

    る- ため,と理解されてきた.しかし,現象論的には,この2つの間に関係があるように見

    えても,中央銀行の独立性がインフレを抑制するという直接的な因果関係は認められるのだろ

    うか.

    Wood(1991)は,統計的な関係の存在は認めつつも,中央銀行の地位とインフレのパフォ

    ーマンスの間に直接的な因果関係を示す統計的根拠は全くない,とする.そして,

    ①インフレ期待は,金融政策の実行における政治的な関与の度合いを制限することで低めら

    れるかもしれない.

    ②中央銀行が,インフレのコントロールに集中するほどに,インフレ期待は低くなりそうだ

    が,その潜在的コス トは高くなる- との考え方を示している39).

    因果関係を否定した Wood の結論は,Alesina& Summers(1990)辛,Grillietal

    (1991)らの研究成果とも一致している.また,先進17カ国について,戦後の経済パフォーマ

    ンスと中央銀行の独立性の関係を調べた Posen (1993)は, 「両者の間組関係は統計的には

    認められるが,中央銀行の独立性がインフレ抑制の重要な起因と信じうる証拠はなにも見つけ

    ることはできない」として,両者の因果関係は 「錯覚」であると断定した上で,両者を関係づ

    ける原因を他に求められねばならない,とする.

    39)前掲書(15), pp.229.

  • 中央銀行の独立性と通貨価値の安定 27

    その起因として,彼の論文を要約すれば,

    (1) 中央銀行が強力な反インフレ政策を実行できるのは,中央銀行を守ることに政治的な利

    益の連帯がある時に限られる.その連帯は,金融仲介機能をインフレで阻害される金融界に

    よってもたらされる.

    (2) 中央銀行の独立性とインフレ率に関係があるとすれば,それはインフレにもっとも反対

    する金融部門を持っている国,同時に,中央銀行が独立であることをもっとも強く望み,そ

    れを損なう政治的な動きく阻止する動機が働く.つまり,インフレ率に対する各国の寛容さ

    の違いが,それぞれの国の金融システムの差を反映している.

    (3) 銀行 ・証券分離制度の国よりも融資業務に重要性を持つユニバーサル ・バンク制度の方

    が,また中央銀行の民間銀行に対する規制監督権限を弱めることが,それぞれ,金融界の連

    帯と中央銀行への支持を促進しやすい- というユニークな結論を導いている40).

    これに対 して,Barr (1993) は金融仲介検閲が常に,どこでもインフレに反対する動機

    を持つかについては留保 しつつも,因果関係を中央銀行の独立性以外に求めることには賛同

    する.中央銀行の反インフレ政策がもっとも機能するのは① ドイツのように,歴史的経験の

    中から国民が集団的な良心を保有している場合②その国が資本,貿易の国際的交流に開放さ

    れている場合③中央銀行が為替レー トにひとつの見識を持っている場合一一であるとして,

    それらの点に因果関係を求めている41).

    つまり,それぞれの国家の国民的特性,歴史の経験などが基盤となっている大衆の選好や,

    国家の市場開放度が,低いインフレ率と,中央銀行の独立性の両方の源になっているのでは

    ないか,との考え方は,ひとつの有力な推論として成立 しよう.また,Posen らのように,

    国民的合意といった広範にして把鐘の困難な,不安定な要因でなく,金融界という特定の集

    団の志向に,低インフレと中央銀行の独立性の基盤を見出す考え方もあろう.

    後者の場合には,その基盤となる集団に対する対応を誤らなければ,あるいはその集団の

    コンセンサスづくりに努めれば,中央銀行の独立性がより強固に機能し,低インフレも実現

    しやすい,という道筋は見えてくる.しかし,前者のように,歴史の中で学び取られた国民

    的合意が,中央銀行の独立性と低インフレの前提条件であるならば,単なる中央銀行の法的

    地位の強化だけでは,金融政策の中立性も,低インフレも短期間にその実効性を確保するこ

    とは難しく,歴史の年輪を待つしかない,ということにもな りかねない.

    2 中央銀行の独立性と金融政策の中立性を支援する方策

    諸研究の成果から確かなことは,独立的な中央銀行を持った国々は,平均して,政府依存型

    の中央銀行を持つ国々よりも,低いインフレ率を実現している,との統計的な関係が存在する,

    40)前掲書(6),pp.40-65.

    41)Barr,Raymond,前掲書(6),pp.55.

  • 28 季刊経済研究 第17巻 第 2号

    ということにとどまる.従って,中央銀行の法的地位を強化する最近の動きが,生産や雇用の

    ロスを伴わない無痛のインフレ対策として,議会主導型の国民的な選択である,とすれば,辛

    がて大きな落胆と反動を招く恐れもないではない.

    しかし,政府に対する中央銀行の法的地位を強化することの目的である中央銀行の実質的な

    な独立と,金融政策の中立性を一層確保するために,それを効果的に支援する方策はあるし,

    まだまだ開発されねばならない大きな課題なのである.以下はその試案である.

    第 1には,中央銀行と金融政策の最終目標を通貨価値の維持安定に限定することである.

    最終目標が広範かつ包括的であるほどに,政府の関与を助長し,かつ中央銀行とその政策の

    パフォーマンスを測定することが困難になる.そのことは,結果的に中央銀行の責任とAccou・

    ntability を不明確にしてしまうだろう.近年,中央銀行法の改正に動いたフランス,ニュー

    ジーランド,チリ,メキシコ,ベネズエラの中央銀行や,欧州中央銀行が,物価安定を最優先

    の使命とすることを法的に明確にしたのほ,金融政策を通貨安定以外の目的に利用できるので

    ほ,との考え方が招いた1970-80年代の失敗を教訓とするものであろう.

    同様に,金融政策を為替相場対策に使 うことにも慎重でなければなるまい.イングランド銀

    行の独立性強化に関する英 CEPR の報告書は①短期金利の設定は,中央銀行が物価安定を実

    現するために行使しうる主たる金融政策手段である②同時に,短期金利の設定は,固定相場制

    皮,変動相場制度と問わず,為替相場に影響を与える主要な金融政策手段でもある③しかし,

    中央銀行はただひとつの短期金利体系を持ちうるだけなので,2つの独立した目的のために,

    それを用いることはできない- ことを強調している42).

    また,中央銀行から銀行監督権限を分離することも検討されるべきであろう (第5表)・銀

    行監督の権限を持つ中央銀行は,同時に銀行の経営破綻と預金の喪失にも責任を負 うことにな

    るため,物価安定を損なう危険を冒してでも,銀行の破綻救済に繋がるであろう流動性の供給

    と低金利へ傾斜せざるをえないことは,90年代の主要国中央銀行スタンスでも明らかなことで

    ある.とりわけ,大手の銀行危機に対しては "TooBig,ToFail症候群"に中央銀行と金

    融政策を巻き込むことになるうえ,金融政策への政府介入を招来する糸口になる.これに対し,

    米FRBは分離論に強硬に抵抗したことは記憶に新しく,イングランド銀行も 「中央銀行は,

    銀行システムの健全性を確保することにおいて,第-順位の利益を持つ.そ うでなければ,金

    融政策の遂行は阻害され,不能になる」と反論するが,銀行経営の健全性は,中央銀行自身の

    手でなければ確保され得ない,という論拠は明確ではないのである.

    第2には,金融政策の中間目標の設定と,それをガイ ドラインとする政策決定過程の透明性

    を高めることである.

    金融政策の 「手段」と最終的な 「政策目標」をつなぐ指標としての 「中間目標」については,

    70年代後半から中間目標にされた 『マネーサプライ』も,金融自由化や資産インフレの中で,

    42)前掲書(8),pp.34.

  • 中央銀行の独立性と通貨価値の安定

    第5蓑 中央銀行の機能の国際比較

    29

    出所)THEECONOMIST1993.8.28から作成

    実体経済指標に対する先行性と速報性,コン トローラビリティの面に問題が表面化,伝統的な

    通貨指標は中間目標としては後退を余儀無くされている.にもかかわらず,マネーサプライの

    目標値を設けたルールに基づいて, 「あまりに機械的に政策を運営すると,通貨の需要実勢に

    意図せざる歪みが生じ,インフレを引き起こした り,逆にデフレとな りかねない」43).

    事実,1979年に政権の座に就いたサッチャー保守党内閣がマネタリズム政策で,80年代前半

    にインフレ率の引き下げに成功していたのに,80年代後半になってインフレを再燃させてしま

    ったのほ,通貨需要がますます不安定化する中でのルール主義的な金融政策の限界を示 してい

    るように思われる. 「中央銀行は,貨幣数量説を否定しては意味を失 う.全面肯定してⅩ%ル

    ールを認めても,また存在理由がなくなるから,付き合い方は難しい」44).

    だが, 「マネーサプライの代替指標として満足できるものはない. (中略)より実践的な手

    法は,マネーサプライを含む広範囲の指標をモニターして処方隻を修正することである」 (ド

    ラロジエール ・フランス国立銀行総裁-当時)45) との 『総合判断』方式が,実質金利を重視す

    43)重原久美春 「物価安定政策には中央銀行の信認維持が必要」, 日本経済新聞,1991年11月14日朝刊.

    44)香西泰 「日本銀行の中立性を高める法」週刊東洋経済,1992年 5月9日.

  • 30 季刊経済研究 第17巻 第2号

    る米国,日本,フランスなどで現実的な方策として採用されている.一方,カナダ,ニュージ

    ーランドのように中間目標を排して,最終日的であるインフレ率の抑制目標値を中央銀行が公

    約する2段階アプローチもあるが, 「中央銀行は,インフレを招く国内および海外要因のすべ

    てについて責任をとれる立場にはなく,非現実的」 (同)46) との批判は避けがたい.なにを拠

    りどころとして金融政策を運営すべきか,理論的に信頼しうる指標を見出せない現段階では,

    『総合判断』しかあるまい.

    しかし, 『総合判断』は, 『金利』や 『マネーサプライ』のように,客観的な数値による広

    義のルールとは違って,裁量的政策判断であるため,インフレバイアスを伴った政治的圧力が

    かか りやすい.従って, 「なんら行政的権限を持たずに政策を運営する日本銀行にとってほ,

    国民の通貨価値安定-の願いと日本銀行に対する常日頃からの信頼なくしてほ,厳しい政策を

    実行することはできない」 (前川日本銀行総裁-当時,1982年)47) というべきである.

    つまり,中央銀行の独立性,金融政策の中立性は,国民の中央銀行に対する信頼の上に初め

    て成立するものであるから,その信頼を勝ち取る日常的な方策としては,中央銀行の政策決定

    過程をできるだけ早く詳しく公開し,政策判断から実行に至るまでの透明性を高めることが重

    要になってくるわけである.

    透明性の確保は,政府などからの不当な圧力に対する防御になるだけでなく,独立した中央

    銀行の裁量主義的な政策運営が,中央銀行自身の独善と官僚主義に陥ることを回避するために

    も重要なことである.英大蔵省が94年4月,蔵相とイングランド銀行総裁の月例協議の議事録

    を6週間後に公表することに踏み切ったことや,米FRBが93年11月,FOMC(連邦公開市場

    委員会)の詳細な議事録を会議から5年後に公開することを決めたのも,その方向への第 1歩

    である.

    それ以上に評価されるべきは,FRBが94年2月から金融引き締めに転じた後,FF金利の

    引き上げに際して毎回議長声明を発し,最初の2回は FOMC での政策決定後の公表であっ

    たのに,3回目は FOMC とは関係なく引き締め公表に踏み切ったことである.金融政策の

    操作手段の中でも,市場金利の調節に際して,その意図を市場に明確,かつ正確に認識させよ

    うという狙いと,中央銀行の独立性,金融政策の中立性を強く印象づけることを目指した日常

    的なレベルでの試み,とみられる.

    市場金利の調節についてなお沈黙を守る日本銀行などの伝統的な中央銀行のスタイルは修正

    を必要としてお り,政策決定過程の議論とその結論に関する政策意図の明確な表明は,中央銀

    行に対する国民の信認,信頼を醸成していく上で不可欠な方策であろう.

    45)deLarosie're,Jacques,̀ H̀ow hasMonetaryPolicyinauencedtheFrenchEconomy?'',inCentralBanking,Vol.2,No.4(Spr.1992),pp.17.

    46)同上

    47)前掲書(17),212ページ.

  • 中央銀行の独立性と通貨価値の安定 31

    その意味で,日本銀行も政策委員会の議事録を公表することによって,議論の経過をより早

    く国民が知 りうるように改善すべきであり,市場金利の調節に際してもその政策姿勢を正確に

    市場に認識させるためにもう一段の工夫を期待したい.

    (東京国際大学)

    参 考 文 献

    1)鐘ケ江 毅 「日本�