食事摂取量が十分な褥瘡患者に対して日本病態栄養学会誌19(2):307-311,...
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日本病態栄養学会誌19(2):307-311, 2016
症例報告
食事摂取量が十分な褥瘡患者に対してアバンドTMとブイ・クレスTMの併用が 早期治癒促進に有用であった一例
松永典子1)8)、樋口則英1)2)8)、里 加代子1)8)、稲岡奈津子1)8)、
前山美和3)8)、田島純子4)8)、泉野浩生5)8)、川崎英一6)7)8)
1)
長崎大学病院薬剤部7)
長崎みなとメディカルセンター市民病院薬剤部3)
長崎大学病院栄養管理室4J長崎大学病院看護部
5)
りんくう総合医療センター・6)
新古賀病院糖尿病センター7長崎大学病院生活習慣病予防診療部8)
長崎大学病院栄養サポートチーム
大阪府泉州救命救急センター
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要旨:症例は60歳、女性。身長144.3cm、体重46.3 kg、
BMl 22.2 kg/m2。統合失調症を基礎疾患に持つ患者で、水道
水を多量に飲水し水中毒による意識障害で入院となった。意識
障害時の転倒による左上腕骨骨折と背部t仙骨部に褥瘡を認め、
褥瘡改善目的でNSTへ紹介となった。介入開始時における褥
瘡の重症度はDESIGN-RR・スコアで、背部21点、仙骨部15
点であった。入院後は全粥食(1600kcal、蛋白70 g)を全
量摂取していたため、推定エネルギー必要量(1691kcal)を
ほぼ満たしていると考えられたが、褥瘡早期治癒を目的として
アバンドTM 1袋/日とブイ・クレスTM 1本/日の追力ロ投与を開
始した。その結果、DESIGN-RR 21点であった背部褥瘡は
NST紹介から48日後に治癒し、 DESIGN-Re 32点まで増悪
した仙骨部褥瘡は62日後に治癒した。一般的にDESIGN-RR
19点以上の褥瘡では治癒までに3ヵ月以上を要するとされて
いる。本症例は、重度の褥瘡を有する患者の褥瘡早期治癒にお
けるアバンドTM、ブイ・クレス下Mの有用性を示唆する1例であ
る。
〒852-8501
長崎県長崎市坂本1丁目7番1号
長崎大学病院薬剤部
松永典子
TEL:095-819-7248
FAX:095-819-7251
E-mail:matunaga-hhp@umin.net
受付日:平成26年6月20日
採択日:平成28年1月4日
Key Words:褥瘡、栄養補助食品、 DESIGN-RLRl
はじめに
褥瘡発症の要因としては、圧迫、皮膚局所の問題の
他に、低栄養など全身状態の不良に関係する。褥瘡患
者は傷だけでなく、滲出液があることで全身的侵襲を
受けていると考えられ、褥瘡患者の多くは栄養学的リ
スクを有している。褥瘡の治癒過程は、出血凝固期→
炎症期→増殖期→成熟期と移り変わり、炎症期から増
殖期に速やかに移行させる治療を行うことが重要であ
る1}。また、褥瘡の治癒過程には、多くの栄養素が関
与しており、炎症期での蛋白質の欠乏は炎症を遷延化
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症例報告食事摂取量が十分な褥瘡患者に対する栄養補助食品
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(a)第1病日 DESIGN-Ri’
(b)第19病日.DESIGN-RH
(c)第30病日:DESIGN-R’
(d)第43病日 DESIGN-R”
(e)第53病日.DESIGN-R択
15点
23点
32点
7点
5点
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(e)
図1 仙骨部褥瘡の変化
(c)
し、炭水化物の欠乏は白血球機能を低下させる。その
他、増殖期での蛋白質や亜鉛の欠乏は線維芽細胞の機
能を低下させ、銅やビタミンA・Cの欠乏により、コ
ラーゲン合成機能の低下が起こる。また、成熟期のカ
ルシウム不足は、コラーゲンの架橋結合不全、ビタミ
ンA不足はコラーゲンの再構築不全、亜鉛やビタミン
Aの不足は上皮形成不全を起こす2)。そこで、褥瘡を
有する患者では1日の必要栄養量として30~35kcal/kg/日のエネルギー、1.2~1.5 g/kg/日の蛋白質
摂取を目標とし、それに加えアルギニン、ビタミンC、
亜鉛などを強化した栄養補助食品を付加することが推
奨されている3)。
今回、背部・仙骨部に併発した褥瘡を合併し十分な
食事摂取量のあった患者に対して、条件付必須アミノ
酸であり、コラーゲンや蛋白質の合成に関与するアル
ギニンやグルタミン、蛋白質の合成を促進し体蛋白質
の分解を抑制するロイシン代謝物のβ一ヒドロキシーβ
酪酸(HMB)を組み合わせたアバンドTM 4)と微量元
素やビタミンを強化したブイ・クレスTM 5)の併用が褥
瘡の早期治癒に有用であった症例を経験したので報告
する。
症例
60歳、女性。身長144.3cm、体重46.3 kg、 BMI
22.2kg/m2。
現病歴として統合失調症にて近医で治療中であった。
今回、水道水を多量に飲水し、水中毒による意識障害
をきたし当院へ入院となった。意識障害時の転倒によ
る左上腕骨骨折があり、背部・仙骨部に褥瘡を認めて
いた。入院時のRapid turnover proteinは、トランス
フェリン123.3mg/dL、トランスサイレチン(TTR)
14mg/dL、レチノール結合蛋白(RBP)1.5 mg/dL
とすべて低値であり、第10病日に褥瘡改善目的にて
NST紹介となった。入院時の褥瘡のDESIGN-R9’ス
コアは、背部21点、仙骨部は15点であった(図1、2)。
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日本病態栄養学会誌19(2).307-311,2016
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図2 背部褥瘡の変化
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(a)第1病日 DESIGN-RH 21点
(b)第19病日 DESIGN-R”13点
(c)第30病日 DESIGN-R’‘20点
(d)第43病日 DESIGN-R’‘11点
(e)第53病日 DESIGN-RH 5点
必要エネルギーは、Harris-Benedictの式で算出し
た基礎エネルギー1084kcalに活動係ISt 1.2(ベッド
上安静)、ストレス係数1.3(左上腕骨骨折、褥瘡)を
乗じて1691kcalとした。入院後は全粥食(1600
kcal、蛋白70 g)を全量摂取しており、必要エネルギー
をほぼ満たしていると考えられたが、病院の普通食で
は亜鉛やアルギニンなどの充足率は不十分であると考
えられた。複数の褥瘡を併発し、骨折の手術も控えて
いたためアバンドTM 1袋(79 kcal、 L一グルタミン
7g、 L一アルギニン7g、カルシウムHMB 1.5 g)/日及
びブイ・クレスTM I本(80 kcal、ビタミンC500
mg、レチノール当量550μg、亜鉛12 mg)/日の両製
剤の補充を提案したが、統合失調症を有する患者で
あったことから、患者から2剤同時に開始する事を拒
否された。手術を控えており、炎症期となることが予
想される為、蛋白質の投与が優先されると判断し、ア
バンドTMから開始することとした。その結果、第11
病日から第45病日までアバンドTM 1袋/日、次に第
24病日から第60病日までブイ・クレスTM 1本/日を
追加投与した。
第16病日に左上腕骨人工骨頭置換術を施行し一時
的なCRPの上昇を認めたが、食事摂取量は減少する
ことなく、第31病日にアルブミン3.5g/dLまで改善
し、体重も6kg増加していた(図3)。仙骨部の褥瘡
は第25病日に黄色壊死組織の付着を認め、デブリー
ドマンを施行したところポケット形成が確認され、褥
瘡は増悪していた(DESIGN-R⑱スコア32点)。しかし、
その後は同じ栄養療法を継続し洗浄とスルファジアジ
ン銀クリームの塗布を続けたところ、NST介入開始
から62日目(第71病日)に治癒が確認された(図1)。
背部の褥瘡においても、入院30日目に壊死組織が付
着し、デブリードマンを施行後、ややDESIGN-R ”)ス
コアは上昇したが、仙骨部より浅い褥瘡であったため
NST紹介後48日目(第57病日)に治癒した(図2)。
特に、アバンドTM及びブイクレスTMを併用している
期間に、急激な肉芽組織の増殖がみられ、Gスコアの
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症例報告食事摂取量が十分な褥瘡患者に対する栄養補助食品
全粥食1600kcal蛋白70g/日(第5病日~)
アパンドTM 1袋/日(第11病日~第45病日) 〈一一一一一一一一一一一一一一一一一一一〉 ブイクレスTM 1本/日(第24病日~第60病日) <・一・・一・・一・・一・・一・・一
体重(kg)第3病日44.6→→→→→→→第30病日49.2→→→→第51病日50.6トランスサイレチン(mg/dL)第3病日14→→→→第31病日27→→→→第46病日28
+φ:一 一 3° i
籠一 ;:1年1:
琶2・ {・背部
‖・・ +仙骨部 0
{▲ /\
六 一一
臼竜、乙♪ぐ゜ ● 一 一 1
Q≦∠Y
14710131619222528313437404346 入院経過後日数
図3 入院中の臨床検査値とDESIGN-R’”スコアの経過
ば コ ノ リ
トnK(擬窯撒盈)0
<)一仙骨部
●一背部
1471013161922252831343740434649 入院後日数
図4 G(肉芽組織)スコアの推移
低下が認められた(図4)。また、アミノ酸を多く含
有しているアバンドTMを35日間服用したが、その間
の尿素窒素上昇は認められなかった(図3)。
考察
NSTに紹介される褥瘡患者は一般的に、食事摂取
量が十分ではないために、食事以外の栄養剤やその他
の栄養投与方法を検討し、必要栄養量を投与すること
が主たる目標となる。しかし、本症例は食事が十分に
摂取できている患者であり、一般的にはNST紹介に
されないケースであるが、多発褥瘡と骨折の手術を控
えていることから、主治医の判断でNST紹介となった。
NSTで栄養評価を行い、創傷治癒を強化するための
栄養素の補充を重点的に検討した。術後の炎症期を迎
えるため、まずは第11病日からアルギニンやグルタ
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日本病態栄養学会誌19(2):307-311,2016
ミンなどのアミノ酸を補充し、筋肉や組織の再生を促
し、過剰な炎症を抑え、コラーゲン合成に働くアバン
ドTMを追加した。その後、第24病口から増殖期に必
要なビタミン・ミネラルを含有したブイクレスTMを
開始し、創傷治癒過程に合わせて適切な栄養素の投与
が施行でき、結果として良好な肉芽組織の増殖が認め
られたと考える。また、本症例は栄養療法と同時に第
16病日よりリハビリ訓練を実施し離床を促していた。
褥瘡チームの介入もあり、適切な除圧や創の処置も行
われていた。その結果、DESIGN-R’R’i 32点まで上昇し
た仙骨部褥瘡はNST紹介から62日後に、 DESIGN-R’R・,
21点であった背部褥瘡はNST紹介から48日後に治
癒した。褥瘡治癒においてDESIGN-R⑧合計点が9点
以下であれば1ヵ月未満、18点以下であれば3ヵ月
未満が治癒の目安となるという報告6)と比較しても、
本症例は早期に治癒したと考えられ、アバンドTM、ブ
イ・クレスTMの褥瘡早期治癒への有用性を示唆する1
例と考えられた。しかし、本論文は1例の症例報告で
あり、今後多くの症例について検討すべきである。
本症例の問題点のひとつとしては、経過中に体重が
6kg増加し、最終的にはBMI 24.4 kg/m2と25は超
えなかったものの肥満に近い状態となったことである。
原因としては、一つは褥瘡改善や術後の経過に伴って
必要エネルギーが徐々に変化していたにも拘わらず、
総投与エネルギー量を一・定にしていたため、エネル
ギー過剰となり体重が増加した可能性が考えられる。
また、他の要因として第8病日より統合失調症の治療
として開始された非定型抗精神病薬であるオランザピ
ン5mg/日がhistamine-1(H1)、 serotonin-2C(5-
HT2C)、 dopamine-2(D2)受容体遮断や、高leptin
血症を誘発し、食欲増進を介して体重増加を起こした
可能性も考えられる7)。NST介入開始後は、頻回なア
セスメントによる必要エネルギー量、薬剤の影響によ
る変化も総合的に判断し個人の栄養状態を随時評価し
ていく必要性を再認識した。
食事摂取量が十分な患者では、ほぼすべての栄養素
の必要量が満たされていると判断され、NSTの介入
までは至らないことが多い。しかし、必要とされる栄
養素の種類と量は患者ごとの病態によって異なるため、
食事摂取が良好であっても病態改善のための必要量を
充足できていない栄養素が潜在する場合も考えられる。
今回、主治医の積極的なNSTへの紹介により、比較
的早期に褥瘡治癒に導くことができたものと考えられ
た。患者個別の適切な栄養療法のためには、医師の病
態判断に基づき、医師のみならず他の医療職種による
積極的な介入も必要と考える。
謝辞
本症例の経過に対し貴重な意見を頂いた、形成外科
教授 田中克己先生(長崎大学病院褥瘡対策委員長)
に深謝いたします。
利益相反:申告すべきものなし。
●文献1)田中芳明,石井信二,浅桐公男:各論エビデンスに基づく病態別
経腸栄養療法~病態別経腸栄養剤の選び方と使い方~.褥瘡,静 脈経腸栄養27:703-711, 2012
2)美濃良夫:褥瘡管理と栄養管理医学のあゆみ218(5):543-548,
20063)日本静脈経腸栄養学会(編):静脈経腸栄養ガイドラインー第3
版照林社,東京,2013,pp.352-3574)Williams, J. Z. Abumrad, N, Barbul, A.:Effect of a specialized
amino acid mixture on human collagen deposition. Ann Surg 236 (3) :369-374,2002
5)山本千勢中川明彦,北山明日香ほか:ビタミン微量栄養素補給
飲料・ブイクレスを摂取した場合における短期的効果の有用性.
日本褥瘡学会誌14(3):447,2012
6)古江増隆真田弘美,立花隆夫ほか:第3期学術教育委員会報告 一DESIGN-R合計点の褥瘡治癒に対する予測妥当性.日本褥瘡学 会誌12(2):141-147,2010
7)内藤 宏,織田直久,伊藤光泰ほか:非定型抗精神病薬による肥
満,耐糖能障害と糖尿病性ケトアシドーシス.臨床精神医学32 (5):489-499,2003
311
03070308030903100311