中国語を母語とする日本語学習者の同形語と 機能動 …...― ―...

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― ― 研究論集委員会 受付日 20174 21承認日 20175 22― ― 国際日本学研究論集 6 2017. 9 中国語を母語とする日本語学習者の同形語と 機能動詞の連語形式の習得に関する研究 The Study of the Acquisition of Collocations Containing Japanese-Chinese Lexical Homographs and Japanese Light- verbs by Chinese learners of Japanese 博士前期課程 国際日本学専攻 2015年度入学 HUANG congcong 【論文要旨】 日本語の語種の一つである漢語の中には,日本語でも中国語でも使われている同形語が多い。そ のうち,同形同義語は,日中両言語で意味が同じであるため,中国語を母語とする日本語学習者に とって習得が易しいと言われている。反対に,日中で意味に微妙なずれのある同形異義語は習得が 困難で,誤用が多いと指摘されている。 これまでの同形語の研究成果においても,中国語と日本語の意味の異同に基づく誤用の分析は行 われてきた。しかし,研究の対象になっているのは同形語のみで,同形語がどのような動詞と共起 するのかという用法の習得については,まだ十分に研究が行われていない。 そこで,本研究では中国語を母語とする日本語学習者を対象に,同形同義語と共起する機能動詞 がどの程度習得されているのか,また,習得が不十分な場合,どのような誤用が認められるか,そ れは中国語の影響に基づくのか,それ以外の要因もあるのかを検討するべく,調査を行った。その 結果,日本語習熟度が上がるにつれて,おおむね,習得が進んでいることが示された。また,誤用 は大きく三つに大別されたが,日本語習熟度が上がっても,日本語の産出において,中国語の知識 を過剰に転用している誤用は減少しにくいことが示された。 【キーワード】 同形語 機能動詞 機能動詞結合 正の転移 過剰転用

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研究論集委員会 受付日 2017年 4 月21日 承認日 2017年 5 月22日

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国際日本学研究論集

第 6 号 2017. 9

中国語を母語とする日本語学習者の同形語と

機能動詞の連語形式の習得に関する研究

The Study of the Acquisition of Collocations Containing

Japanese-Chinese Lexical Homographs and Japanese Light-

verbs by Chinese learners of Japanese

博士前期課程 国際日本学専攻 2015年度入学

黄   叢 叢

HUANG congcong

【論文要旨】

日本語の語種の一つである漢語の中には,日本語でも中国語でも使われている同形語が多い。そ

のうち,同形同義語は,日中両言語で意味が同じであるため,中国語を母語とする日本語学習者に

とって習得が易しいと言われている。反対に,日中で意味に微妙なずれのある同形異義語は習得が

困難で,誤用が多いと指摘されている。

これまでの同形語の研究成果においても,中国語と日本語の意味の異同に基づく誤用の分析は行

われてきた。しかし,研究の対象になっているのは同形語のみで,同形語がどのような動詞と共起

するのかという用法の習得については,まだ十分に研究が行われていない。

そこで,本研究では中国語を母語とする日本語学習者を対象に,同形同義語と共起する機能動詞

がどの程度習得されているのか,また,習得が不十分な場合,どのような誤用が認められるか,そ

れは中国語の影響に基づくのか,それ以外の要因もあるのかを検討するべく,調査を行った。その

結果,日本語習熟度が上がるにつれて,おおむね,習得が進んでいることが示された。また,誤用

は大きく三つに大別されたが,日本語習熟度が上がっても,日本語の産出において,中国語の知識

を過剰に転用している誤用は減少しにくいことが示された。

【キーワード】 同形語 機能動詞 機能動詞結合 正の転移 過剰転用

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. はじめに

日本語の語種には,和語,漢語,外来語,及び混種語がある。その中で,漢語の占める割合は 5

割以上だと言われている。さらに,漢語の中には,日本語でも中国語でも使われている同形語が多

い。例えば,「経済」と『  』である(混同を避けるために,日本語には「 」を,中国語には

『 』を付す)。同形語には,二言語間で意味がほぼ同じ同形同義語のほか,「暗算」と『暗算』の

ように意味が全く異なるものもある。中国語の『暗算』は,〈陰謀を企む〉という意味であり,日

本語の「暗算」に相当する中国語は『心算』である。このような意味の異なる同形語は中国語の知

識が利用できないため,あるいは,中国語の知識が干渉するため,中国語を母語とする日本語学習

者にとって習得が難しい。そのため,これまでの同形語に関する習得研究を見てみると,意味の異

なる同形語の習得過程で,どのような誤用が起こっているかを分析する研究が少なくない。その一

方で,同形語の中では,二言語間で意味が同じ同形同義語が全体の三分の二を占めており,中国語

を母語とする日本語学習者には習得が容易なため,習得研究の対象になることはあまりない。

しかしながら,谷部(2002)の指摘にあるように,名詞の同形同義語については,どのような

動詞と共起するかに関する知識,特に,和語動詞との共起に関する知識が非常に重要である。ま

た,三國・小森(2008)は,論文抄録コーパスから抽出された共起表現を分析したところ,論文

において主要な命題を表す語には漢語名詞が多用されるが,その漢語名詞と共起しやすいのは,

「取る」,「行う」,などの,初中級レベルの基本的で意味範囲の広い和語動詞であるため,初中級レ

ベルで学ぶこのような和語動詞について,上級レベルでもその意味用法を学ぶ必要があると述べて

いる。さらに,和語動詞の習得の難しさについては,小森(2014)でも実証されている。小森

(2014)は,「*財産を壊す」,「*水泳が進む」のように,中国語の影響が推測される誤用があり,

中国語を母語とする日本語学習者は,和語動詞にも中国語の知識を転用しようとしていることを示

唆している。また,和語動詞の一種である機能動詞の習得について検討した岡嶋(2014)による

と,中国語を母語とする日本語学習者が,非漢字圏日本語学習者に比べて,機能動詞を多用するも

のの,誤用が多く産出される傾向があるという。

このように,日本語学習者の和語動詞,特に,機能動詞の習得の難しさについては,さまざまな

示唆があるものの,研究がまだ不十分である。そこで,本研究では,和語動詞の中の機能動詞に焦

点を当て,同形同義語と機能動詞による連語形式を,中国語を母語とする日本語学習者がどの程度

習得しているか,それは日本語習熟度とどのような関係があるか,さらに,機能動詞が十分に習得

されていない場合,産出においてはどのような誤用が起こるか,その誤用には中国語の知識がどの

ように影響するのかについて,検討する。

本研究によって,中国語を母語とする日本語学習者に和語の習得の重要性を示すことにつながる

であろう。また,和語動詞を指導する際の,教育上の示唆を提供できると考える。

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. 先行研究

. 同形語に関する先行研究

同形語のこれまでの研究成果を概観した研究として,小森(2015)がある。本節では,小森

(2015)の研究成果を紹介することによって,同形語の知見を概観する。

まず,小森(2015)によると,「日中対照研究の分野で行われてきた同形語研究は,日本語と中

国語の意味を比較し,その異同を分析したものと,用法を比較し,その異同を分析したものがある

(p.200)」という。この二つのタイプの研究成果のうち,前者,すなわち,日本語と中国語の意味

の異同を比較し,同形語を分類した分類研究の方は数が多いということである。この多数の分類研

究の中で も代表的な知見は,やはり,文化庁(1978,1983)であろう。多くの習得研究におい

ても,この成果が参照されており(例えば,陳,2003加藤,2005小森・三國・徐・近藤,

2012小森・三國・徐,2016),この知見が同形語研究の先駆けとして重要な成果であったと言え

る。

文化庁(1978)は,約2,000語の漢語を対象に,日本語と中国語の関係に基づき漢語を四つに分

類した成果であり,同形語だけを対象とした成果ではない。その四つとは,日中両言語で意味が同

じ,または極めて近いものを S 語(Same の略),意味が一部重なって両者にズレのあるものを O

語(Overlapping の略),意味の全く違うものを D 語(DiŠerent の略)とし,中国語には存在しな

い,日本語独自の漢語を N 語(Nothing の略)とした。このうち,S 語,O 語,D 語の三種類が同

形語と呼ばれるものである。なお,文化庁(1978)の後に発表された文化庁(1983)も,この四

分類を採用しているが,O 語については,SD 語と名称を変えている。O 語が S 語の側面と D 語の

側面の両方を持っているためである。ただし,小森(2015201)によると,SD 語という用語は

その後ほとんど定着しておらず,O 語と称されることが多いという。

次に,同形語の意味だけでなく,品詞,用法,その相違点を分析する対照研究を紹介する。小森

(2015)にあるように,意味の面からの研究に比べて,用法を比較した研究は数が少なく,また規

模も小さいが,中国人日本語学習者の誤用を検討する上で,参考になる知見もある。

まず,石・王(1983)は,品詞のズレに焦点を当てて,中国人日本語学習者20名を対象に,中

国の小説およびその和訳本から抽出した日中同形語107語に対して,日本語と中国語のそれぞれの

品詞性を分析した。その結果,中国語では形容詞,日本語では自動詞である同形語(例緊張)が

19語,中国語では副詞で,日本語では自動詞(例安心)であるのが13語,中国語では形容詞,

他動詞で,日本語では形容動詞(例明確)であるのが 5 語,中国語では自他動詞または他動詞

で,日本語では自動詞(例発展)であるのが20語,中国語では他動詞で,日本語では自動詞二

格(例違反)であるのが28語,中国語では他動詞で,日本語では名詞(例関心)であるのが 9

語,中国語では名詞,日本語では動詞(例挫折)であるのが10語, 後に,その他(例留学)

が 3 語であった。その中で,誤用の数が多かったのは,中国語では他動詞で,日本語では自動詞

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二格という種類である。例えば,「*人民政府の政策を違反している。」のような,自他動詞のズレ

による助詞の間違いを生じやすいということがわかった。

また,誤用に焦点を当てた成果としては,高(2010)と河住(2005)がある。そのうち,河住

(2005)は,中国人日本語学習者を対象にし,中国人日本語学習者の作文コーパスから誤用を含む

文1,028例を採集し,品詞の使い方,名詞と動詞の共起の問題,助数詞,接辞,省略方法,語種な

どの基準に基づき,中国人学習者による漢字語彙使用の誤用を分類,分析した。その結果,中国語

の漢字語彙をそのまま使用したことによる誤用が多く生じていることがわかった。河住(2005)

は,この背景として中国における日本語教育では,漢字指導があまり重要視されていないという現

状があるため,漢字語彙指導の位置付けを見直す必要があると指摘している。

後に,対照研究を踏まえて行われた習得研究を紹介する。習得研究には,主に,加藤

(2005),陳(2003),小森・三國・徐・近藤(2012)などがある。

加藤(2005)は,豪州の中国人日本語学習者を対象に,四種類の漢語(S 語,O 語,D 語,N

語)を含む文の正誤判断テストを実施した。調査では,O 語と D 語の日本語独自義の習得,およ

び N 語の習得,を明らかにするために,正用文を作成し,O 語と D 語の中国語独自義を正しく抑

制できるかどうかを検証するため,誤用文を作った。調査の結果,正用文は,日本語習熟度が上が

るにつれて,D 語と N 語の正答率も高くなっており,日本語習熟度に比例して,習得が進んでい

くことが示された。一方,誤用文についても同じ傾向がみられ,日本語習熟度が高くなるにつれ

て,中国語独自義を日本語への転移が減少していることが明らかになった。しかし,O 語について

は,上位群でも正答率が全般的に低く,誤った判断をしている語が多かった。このことから,D

語や N 語に比べて,O 語は習得が難しいということが明らかになった。

陳(2003)は,台湾の中国語を母語とする日本語学習者を調査対象者にし,S 語,O 語,D 語,

N 語の四つのタイプを単体で表示し,日本語の意味に相応しい中国語訳(繁体字)を一つ選ぶと

いう方法で,習得を分析した。その結果,O 語と D 語は,日本語義ではなく中国語義を表した選

択肢を選択する割合が高く,日本語の独自義はあまり習得されていないということが分かった。一

方,全体を見ると,N 語の習得は徐々に進んでいることが示された。すなわち,N 語は中国語を

母語とする日本語学習者にとっては比較的容易に習得できるということである。一方,O 語と D

語は母語の影響を受けて,習得が難しいということが明らかにされている。

一方,S 語は日本語と中国語とで意味が同じであるため,研究の対象となることがほとんどなか

ったが,小森・三國・徐・近藤(2012)は,S 語の中に中国語と同じ共起語が取れるものと取れ

ないものがあることから,中国人学習者の S 語とその共起語の連語形式の習得について検討し

た。その結果,中国語と同じ漢語で言える連語(例えば,「伝統を保持する」),および漢語に対応

する和語で言える連語(例えば,「伝統を保つ」)については,日本語習熟度に関わらず,正答率が

高かった。このことから,正の転移によって判断できる場合には日本語の知識が無関係であること

が明らかになった。一方,中国語と同じ漢語で言えない連語(例えば,「*家庭を建設する」)と,

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当該和語で言えない連語(例えば,「*家庭を建てる」)の場合には,日本語習熟度に比例して,正

答率が高くなっていることがわかった。このことから,中国語と同じ漢語で言える連語の場合に

は,母語の知識が援用できるため,日本語の知識は関わらないが,日本語独自の連語形式について

は日本語の知識がなければ,正しく判断ができないということが明らかになった。また,小森・玉

岡・斎藤・宮岡(2014)は,中国語を母語とする日本語学習者を対象に,日本語の漢字語の習得

に対する母語の影響を検討した。その結果,日本語習熟度に比例して,日中同形語の日本語独自

義,および日本語独自の N 語の習得は進むものの,中国語独自義の過剰な転移を抑制するのは,

依然として容易でないことが確認された。

. 名詞と共起する機能動詞に関する研究

機能動詞の習得に焦点を当てた研究は,その数が極めて少なく,管見の限りでは,谷部

(2002),岡嶋(2012,2014)の研究成果しかない。

谷部(2002)は,2000年の一年間の朝日新聞のデータベースを対象に,漢語を抽出し,その文

体,用法,共起の観点から分析した。その結果,サ変動詞になり得る「連絡」,「調査」,「指示」な

どの漢語であっても,新聞では,「連絡を取る」,「調査を受ける」,「指示を受ける」という形で使

用されているという。さらに,「する」または「する」の活用形で言い換えられる場合と言い換え

られない場合があるため,名詞の漢語は,どのような動詞,特に和語動詞と共起できるのかに関す

る知識が非常に重要であると指摘している。

岡嶋(2012)は,「影響を与える」と「影響する」を対象に,コーパスを用いて分析し,両者の

意味や用法上の違いを検討した。その結果,相互に言い換え可能な場合も多いが,影響を与える側

が主体である場合には,「影響を与える」であり,「影響する」は言えないこと,また,文脈から影

響の結果について検討したところ,「影響する」の方が「影響を与える」より悪い結果になる事態

を説明する際に用いられやすいことなどが明らかになった。

また,岡嶋(2014)は,作文コーパスを使い,漢字を用いる中国人学習者と母語で漢字を使わ

ない非漢字圏学習者の機能動詞結合の使用状況を分析した。その結果,中国人学習者は非漢字圏学

習者より数多くの機能動詞結合を使用していることがわかった。それと同時に,正用も多いが誤用

も多いことも示された。ただし,作文では,学習者は自信がない機能動詞結合の産出を回避する可

能性があるため,機能動詞結合の習得を観察するためには,機能動詞結合を強制的に産出させる課

題を用いた調査が必要である。

. 操作的定義

本章では,本研究の研究対象を明確にするために,同形語,機能動詞,機能動詞結合の三つの用

語について,先行研究の定義を踏まえながら,本研究における操作的な定義を示しておく。

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. 同形語

同形語は漢語の一部であり,漢語は字音語を指すことが多い。そのため,一般的には,日本語と

中国語とで同じ漢字(ただし,字体は考慮しない)二字の組み合わせによる音読みの漢語を同形語

と呼ぶことが多い(文化庁1978,1983大河内1992)。本研究でも,同形語を「日本語と中国語の

両方の言語に存在する音読みの漢字二字熟語」と定義することとする。

. 機能動詞

日本で機能動詞を明確に定義したのは村木(1991)であろう。村木(1991203)によると,機

能動詞とは,「実質的な意味を名詞にあずけて,みずからはもっぱら文法的な機能をはたす動詞」

である。例えば,「さそう」と「さそいをかける」,「連絡する」と「連絡をとる」のように同義性

を失わずに交替できる場合,「かける」,「とる」は機能動詞だと定義される。なお,村木(1991)

では,「連絡する」が「連絡をする」と交替できる場合には,後者のヲ格をとるスル動詞も機能動

詞に分類されている。

本研究では,村木(1991)の研究を踏まえて,「ヲ格をとるスル動詞を除いて,実質的な意味は

共起する名詞に依存し,みずからはもっぱら文法的な機能を果たす動詞」を機能動詞と定義する。

なお,ヲ格をとるスル動詞を対象外とするのは,中国語を母語とする日本語学習者にとってこれら

が比較的習得しやすいためである。

. 機能動詞結合

村木(1991)は,機能動詞と名詞とのむすびつきを機能動詞結合と呼んでいるが,機能動詞の

習得研究は,その多くがこの定義に従っている。例えば,谷部(2002)は,「連絡がある」,「努力

をはらう」のような機能動詞と名詞との結びつきを機能動詞結合として,新聞コーパスに見られる

機能動詞結合を分析している。

また,岡嶋(2012)も村木(1991)に基づきながら,動作・状態・現象を示す名詞を事態性名

詞と呼び,その事態性名詞と結びつき,文法的な機能を果たす動詞を機能動詞と明確に定義し,そ

の事態性名詞と機能動詞が結びついたものを機能動詞結合と呼んでいる。その例として,岡嶋

(2012)では,「散歩をする」,「迷惑をかける」,「煙が立つ」などが挙げられている。

本研究でも,村木(1991)に従い,「機能動詞と名詞との結びつき」を機能動詞結合と定義する

こととする。

. 研究課題

先行研究を概観すると,S 語の用法に関する研究がまだ不十分である。また,機能動詞結合の習

得研究はまだ数が少なく,さらに,S 語の名詞と機能動詞の結合に関する研究は,管見の限り,ま

だ行われていない。そこで,本研究では,同形語の S 語の名詞と機能動詞との結合について「中

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国語を母語とする日本語学習者は,日本語習熟度が上がるにつれて,機能動詞結合の習得も進むの

か,また,習得が不十分な場合,どのような誤用を起こすのか」という課題を立て,検討すること

とする。

. 調査概要

. 調査対象者

調査は,2016年 3 月に中国の常州市内の大学において実施した。調査対象者は,当該大学の日

本語科に在籍する,および前年度に卒業した,中国人日本語学習者71名(男性 9 名,女性62名)

である。調査時点では,調査対象者の平均学習歴は 3 年 4 ヶ月であった。また,日本語能力試験 1

級の合格者は25名であった。

. 手続き

調査は二日間に分けて行われた。一日目に,まず,筆者が調査の手順を日本語で説明した後,調

査対象者にフェースシートに記入してもらった。その後,S 語の同形語と共起する機能動詞の習得

状況を測定するテスト(以下,機能動詞結合テスト)を行った(所要時間45分)。

二日目は,学習者の日本語習熟度を測定する SPOT ver.2 テスト(以下,日本語習熟度テスト)

を実施した(所要時間 7 分)。テストが終了した後に,調査対象者に参加の謝礼を配布した。

. 日本語習熟度テスト

SPOT(Simple Performance-Oriented Test)は筑波大学によって開発された日本語習熟度テス

トで,運用力まで含めた総合的な日本語能力のおおよそのレベルを短時間で測定できるテストであ

る(小林,2014)。能力差が比較的大きい集団を 2~4 段階程度の能力別グループに分ける際に,

特に有効だとされている。

SPOT にはテストの形態によって,複数のバージョンがあるが,今回は紙版で,難易度の高い

SPOT Ver.2 を使用することとした。使用に際しては,筑波大学に使用許諾を得た。SPOT Ver.2

は満点が65点であるが,おおよその目安として,22~40点の学習者は初級学習者,41~58点は中

級学習者,59~65点は上級学習者と判定される。本研究でも,この基準に基づいて,調査対象者

の日本語習熟度を弁別することとする。

. 調査用紙の作成

.. 調査対象表現

本研究では,S 語の同形語で名詞の用法があるもの(例えば,「生活」)について,それと結びつ

く機能動詞(例えば,「(生活を)送る」)が習得できているかどうかを検討する。S 語は機能動詞

のヲ格名詞となる語で,「S 語+を/に+機能動詞」が本研究の対象表現である。よって,調査対象

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語として,S 語の同形語と,それと共起する機能動詞の抽出が必要となる。以下で,その抽出の手

順を述べる。

... 同形語と機能動詞結合の抽出方法

S 語の同形語については,朴・熊・玉岡(2014)の研究成果である『同形二字漢字語の品詞性

に関する日韓中データベース』を母集団語群とし,ここから抽出することとした。このデータベー

スには(旧)日本語能力試験の出題基準の 4~2 級の漢字二字熟語2,060語がピックアップされ,

それぞれの語について,語彙特性が記されている。記載されている語彙特性は,よみ,品詞(5 種

類の国語辞書の情報を採録),新聞コーパスに基づく使用頻度,(旧)日本語能力試験の級,文化庁

(1978)での S 語,O 語,D 語,N 語の判定,張(1987)での S 語,O 語,D 語,N 語の判定な

どである。さらに,当該漢字二字熟語が中国語や韓国語にもあるかどうか(ただし,韓国語の場合

はハングル表記),ある場合には,それぞれ品詞は何であるかも掲載されている。このデータベー

スを見ると,日本語,中国語,韓国語で共通して使用される語がどれであるかがわかるが,日中同

形語は全部で1,509語であった。このデータベースを基に,本研究では,以下の手順によって,S

語のヲ格名詞と機能動詞の結合を抽出した。

手順 1まず,ヲ格名詞を抽出するために,文化庁(1978),または張(1987)で S 語と判定され

た語を拾い出した。

手順 2次に,品詞性を統制するために,日本語は,3 種類以上の辞書で名詞と動詞の両方の用法

があることが確認されている S 語を抽出した。そのうち,中国語では名詞または動詞の S

語を絞り込んだ。その結果,163語が抽出された。

手順 3手順 2 までで絞り込まれた S 語では,まだ数が多いため,村木(1991)で機能動詞結合

として取り上げられている形式に含まれている S 語に絞った。その結果,抽出された S

語は87語になった。

しかし,ここまでの手順を経ても,S 語の数が多いため,次の手順として,機能動詞との組み合

わせも考慮に入れて,さらに絞り込むこととした。具体的には,以下の通りである。

手順 4手順 3 までで抽出された87語と結びつく機能動詞のうち,村木(1991)で機能動詞とし

て取り上げられているもののみを抽出することとした。

手順 5その結果,同じ S 語に複数の機能動詞が結びつく場合があることが分かった。そこで,機

能動詞結合としての結合強度の強いものを抽出するために,国立国語研究所の NLB

(NINJAL-LWP for BCCWJ)を用いて,コロケーションの使用頻度と MI スコアの情報

を確認した。MI スコアとは,情報理論から生まれた相互情報量のことで,ある語が共起

相手の語の情報をどの程度持っているかを示す指標であるとされており(石川,2005),

任意の語が与えられたときに,どの程度,その共起語が予測できるか,を示す。一般に,

MI スコアが 2 以上になると有意な組み合わせであるとされる。

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手順 6手順 5 で確認した機能動詞結合を,使用頻度の降順で並べ,使用頻度が高い方から抽出す

ることとし,使用頻度が100以上の結合だけ抽出することにした。その結果,18ペアが抽

出された。しかし,18ペアでは調査対象語として数が少ないので,結合の使用頻度の基準

を60まで下げることとした。その結果,36ペアが抽出された。ただし,この中に,これま

で筆者が学習者として習得が難しいと思っていたペアが含まれていなかったため,筆者の

判断でさらに四つのペアを加えることとした。まず,「批判を浴びる」は,使用頻度が58

で,60に極めて近いので,抽出することにした。また,「反対にあう」と「抵抗にあう」

は同じ「あう」という機能動詞による結合であるが,「あう」が機能動詞として使われる

場合に共起する名詞があまり多くないため,これらも加えた。さらに,「尊敬を集める」

は「尊敬を受ける」と捉える中国人日本語学習者が多いため,「尊敬を集める」も加えた。

このようにして,40ペアの機能動詞結合を抽出した。その後,この40ペアについて予備調

査を実施したところ,上級レベルでも解答できないものや,同じ動詞が繰り返し出てくる

ペアを削除することとし, 終的には以下の30ペアとした。

会話を交わす 生活を送る 注意を払う 反対にあう 援助を受ける 感動を与える

期待をかける 期待を集める 決定を下す 攻撃をかける 攻撃を受ける 考慮に入れる

誤解を招く 修正を加える 信頼を得る 成功を収める 尊敬を集める 注目を集める

調整を図る 抵抗にあう 努力を重ねる 拍手を送る 拍手を浴びる 判断を下す

批判を浴びる 評価を得る 負担をかける 理解を得る 理解を深める 損害を被る

.. 例文の作成手順

機能動詞結合テストは,例文の中で機能動詞を書き入れる空所補充形式とすることで,機能動詞

の産出の知識を問うこととする。そこで,まずは例文を作成しなければならない。例文の作成に当

たっては,まずは BCCWJ を参考にし,どのような文脈で用いられるかを確認した。例えば,「生

活を送る」の場合,「生活を送」というキーワードで検索し,調査対象者にもある程度なじみのあ

る文脈を目視で確認し,文脈を規定していった。

また,文の難易度を統制するために,文脈の中で使われる語は,基本的に 4 級から 2 級までの

語にした。ただし,文脈上,1 級の語を使用した方が自然な文になる場合は,S 語を使用するよう

にした。なお,文の長さは,(旧)日本語能力試験の出題基準に基づいて,2045字程度とした。

また,文体は学習者に比較的なじみのある丁寧体(です・ます体)にした。 後に,ターゲットと

なる動詞部分を空所にした。例えば,「生活を送る」の場合は,「私は第一希望の大学に入って,毎

日とても充実した生活を( )います。」となった。

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― ―

表 日本語習熟度テストの結果(点満点)

M SD MIN MAX N

初級学習者 29 4.77 22 32 39

中級学習者 49 5.98 41 58 32

全 体 38 11.38 22 58 71

注M は平均,SD は標準偏差,MIN は 低点,MAX は 高点,N は人数を示す。

Levene の等分散性の検定を行ったところ,等分散性が確認できなかった(F(38., 31)=5.228, p>.05)。

― ―

. 調査結果

. テストの結果

.. 日本語習熟度テストの結果

日本語習熟度テストは 1 問につき 1 点で,71名の得点を求めたところ,平均が38点( 低22点,

高58点),標準偏差(以下,SD)が11.38となった。「5.3日本語習熟度テスト」で述べたように,

筑波大学の SPOT の得点基準に基づいて,71名を群分けしたところ,39名が初級に配置され,32

名が中級に配置された。なお,今回は上級に配置される者はいなかった。ただし,初級に配置され

た者のうち,36名は日本語能力試験 N2 に合格しており,中級に配置された者のうち,25名は N1

に合格している。日本語習熟度テストの得点は,表 1 の通りである。なお,初級学習者と中級学

習者の得点の差は統計的に有意だった「t(58.663)=-15.108, p<.001」。

.. 機能動詞結合テスト

... 採点基準

機能動詞結合テストは動詞を自由記述させる空所補充形式であったため,正答か誤答かの基準を

定める必要がある。基準の検討に際しては,まず,結合の強さを表す指標(頻度や MI スコア)を

確認した。例えば,「生活を送る」の場合,「送る」を期待していたが,「生活を楽しむ」という解

答もあった。「生活を楽しむ」は,使用頻度が96,MI スコアが7.42と,指標が高かった。しかし,

数値上,成立する表現形式であっても,文脈に合わない可能性もある。

そこで,数値上は成立する形式については,日本語母語話者に文脈との親和性を自然さという観

点から判断してもらうことにした。具体的には,日本語母語話者 3 名(調査対象者と同年代の大

学四年生)に,以下のように示し,文脈に合う結合を複数回答可で選んでもらい,2 名以上が選ん

だ動詞を正解とした。

私は第一希望の大学に入って,毎日とても充実した生活を( )います。

◯送って ◯楽しんで ◯過ごして ◯行って

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― ―

表 機能動詞結合の正解

S 語 目標動詞 それ以外で正解としたもの

会話 交わす ―

生活 送る ―

注意 払う ―

反対 あう ―

援助 受ける ―

感動 与える ―

期待 かける 寄せる

期待 集める 受ける

決定 下す ―

攻撃 かける 仕掛ける・加える・行う

攻撃 受ける ―

考慮 入れる ―

誤解 招く 生む

修正 加える ―

信頼 得る ―

S 語 目標動詞 それ以外で正解としたもの

成功 収める ―

尊敬 集める 得る

注目 集める 浴びる

調整 図る 加える・重ねる

抵抗 あう ―

努力 重ねる 続ける

拍手 送る ―

拍手 浴びる 受ける・いただく

判断 下す ―

批判 浴びる 受ける

評価 得る 受ける

負担 かける ―

理解 得る ―

理解 深める ―

損害 被る 受ける・負う

注―は目標動詞以外で正解にした動詞がないことを表す。

― ―

これにより,結合そのものは自然だが,文脈に合わないもの(例えば,「生活を支える」)は誤答

として処理することとなった。このようにして決めた各機能動詞結合の正解は,以下の通りである

(表 2)。

さらに,本研究が日本語学習者の機能動詞結合の習得に関する研究であることを考慮し,今回

は,結合が正しければ,動詞の活用や表記に誤りがあっても,正解として処理することとした。た

だし,助詞や自他動詞などの文法的な誤り(例えば,「*生活を過ぎる」)は,意味のズレが生じる

場合もあるため,不正解とした。

... 機能動詞結合テストの採点結果

以上の基準に基づき,1 問 1 点で採点し(30点満点),71名の正答数得点を求めたところ,平均

は7.44点,標準偏差は4.43点であった(表 3)。

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― ―

表 各群の機能動詞結合テストの結果(点満点)

M SD 得点範囲 N

初級学習者 5.23 2.55 0~11 39

中級学習者 10.13 4.75 2~20 32

全 体 7.44 4.43 0~20 71

注M は平均,SD は標準偏差,N は人数を示す。

Levene の等分散性の検定を行ったところ,等分散性が確認できなかった(F(38., 31)=12.948, p>.05)。

― ―

初級学習者と中級学習者における得点の差が統計的に有意であるかどうかを確認するために,t

検定を行ったところ,5水準で有意であった[t(45.224)=-5.165, p<.001]。中級学習者の方

が初級学習者よりも,機能動詞結合の習得が進んでいると言えよう。ただし,中級学習者も30点

満点中の10.13点しか取れておらず,正答率は高くない。今回の中級学習者は半数以上が N1 合格

者であることを考えると,中国人日本語学習者にとって,機能動詞結合の習得は容易でないと考え

られる。

. 誤用分析の検討

.. 分析方法

誤用の分析にあたって,まず,動詞の活用などの文法的な誤用以外の誤用をリストアップし,そ

れぞれの誤用について,調査対象者の書いた中国語訳に基づいて,中国語の影響により起こった

と考えられる誤用,日本語の能力が不十分であることにより起こったと考えられる誤用,および

その他,に大きく三つに分けた。その後,この三つの分類を詳細に,また,客観的に分析するた

めに,調査対象者にフォローアップ・インタビューを実施し,誤用の理由を聞き取った。その上

で,誤用分析の分類基準を確定し,誤用分析を進めることとした。

フォローアップ・インタビューは,2016年 9 月に実施した。既に大学を卒業している調査対象

者もいたため全員に実施することができなかった。そこで,初級学習者,中級学習者10名ずつ,

合計20名に実施した。インタビューの形式は,個別の直接面談による半構造化形式である。

インタビューでは, 初に,漢語動詞と和語動詞の概念とその違いを知っていたか,解答に漢語

動詞を書いていた場合,漢語動詞の概念を知っていても,教示を見ていないために,漢語動詞を産

出したのか,それとも,漢語動詞の概念を知っており,教示も見たが,和語動詞が思いつかず,や

むを得ず漢語動詞を産出したのか,尋ねた。その後,一つ一つのテスト項目について,正解か不正

解かに関わらず,なぜその動詞を書いたのか,理由を聞いた。不正解だけでなく,正解についても

質問したのは,例えば,「信頼を得る」と書いている場合,中国語では『取得』は『信 』と共起

できるが,「得る」と書けば,正解であるが,「取る」と書くと,誤用になってしまうため,なぜ

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「得る」と書いて正解できたのか,その理由も明らかにする必要があるからである。「信頼を得る」

という結合がすでに習得できていて,正解した可能性もあるが,中国語の知識を転用することによ

り,偶然正解しただけであって,実はよく知らなかった,という可能性もないとは言えないからで

ある。

.. 誤用分析の結果

本節では,大別した中国語の影響により起こったと考えられる誤用,日本語の能力が不十分

であることにより起こったと考えられる誤用,およびその他,のそれぞれにどのような誤用があ

ったか,一つずつ見ていく。なお,「6.1.2.1採点基準」で述べたように,ここで言う「誤用」とは,

本研究の採点基準により不正解としたもののことで,共起関係は成立するが,文脈にそぐわないも

のも含まれる。

... 中国語の影響により起こったと考えられる誤用

まず,中国語の影響によると考えられる誤用を紹介する。本研究では,調査対象者に日本語の下

に中国語で訳を書いてもらい,どのような意味だと思って,その動詞を書いたのかも記述してもら

った。従って,調査対象者の書いた中国語訳を見ることで,中国語の影響の有無を検討することが

できる。

また,フォローアップ・インタビューでも,中国語の知識を援用した否か,どのように考えて,

その動詞を解答したのか,を聞き取っている。インタビューで聞き取ったところ,誤用のプロセス

は,大きく二つのパターンに分かれることがわかった。一つ目は,パターン◯日本語の S 語ヲ格

名詞を見て,その語と共起できる中国語を想起し,想起された中国語を日本語に訳すというプロセ

スである。もう一つは,このプロセスで処理できない場合に,パターン◯S 語ヲ格名詞の類義語,

あるいは,同じ場面やトピックで使われる関連語を想起してから,◯で処理するというプロセスで

ある。次節以降で,それぞれのプロセスの詳細とその例を示す。

.... パターン◯

このパターンは,以下のように,日本語の S 語ヲ格名詞を見て,その語と共起できる中国語を

想起し,想起された中国語を日本語に訳すというプロセスである。

パターン◯

S 語ヲ格名詞 ⇒ S 語ヲ格名詞と共起できる中国語(中) ⇒ 日本語に訳す

このプロセスに当てはまる誤用を集計したところ,このタイプの誤用は,以下の三つに下位分類

できることがわかった。なお,それぞれのタイプがどのような誤用であるかについて,次節以降で

個別に検討する。

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― ―

表 中国語の動詞から単漢字を選んだことによる誤用(一部抜粋)

S 語ヲ格名詞

中国語での共起関係

使用頻度(中) 誤 用

初級誤答者

中級誤答者 合計

生活 着生活 1870

生活を過ごす 21 12 34

生活を過ぎる 1 0 1

享受生活 976 生活を享ける 2 0 2

成功取得成功 6806 成功を取る 25 9 34

 到成功 129 成功を達する 0 2 2

信 

取得信  28 信頼を取る 17 8 25

受到信  71 信頼を受ける 6 3 9

博得信  10 信頼を博す 0 1 1

培 信  1 信頼を養う 1 0 1

建立信  90 信頼を建てる 1 0 1

尊敬

受到尊敬 364 尊敬を受ける 18 11 29

取得尊敬 7 尊敬を取る 3 0 3

 得尊敬 272 尊敬を値する 0 1 1

注目

引起注目 199 注目を引く 13 8 21

受到注目 52 注目を受ける 8 1 9

吸引注目 27 注目を吸う 1 0 1

得到注目 4 注目を得る 0 1 1

 整

 行 整 5365

調整を進める 1 0 1

調整を進む 1 1 2

調整を行う 4 13 17

作出 整 621 調整を作る 12 4 16

考  整 142 調整を考える 0 1 1

 施 整 410 調整を施す 0 1 1

― ―

S 語ヲ格名詞と結合する中国語の動詞から漢字の一部を転用したことによる誤用

S 語ヲ格名詞と結合する中国語の二字漢語動詞をそのまま産出したことによる誤用

S 語ヲ格名詞と結合する中国語の動詞を日本語に翻訳する際に起こった誤用

..... S 語ヲ格名詞と結合する中国語の動詞から漢字の一部を転用したことによる誤用

S 語ヲ格名詞と結合する中国語の動詞から漢字の一部を転用したことによる誤用に分類される

のは,「*成功を取る」,「*生活を過ごす」,などである(表 4 に一部抜粋)。S 語ヲ格名詞「成功」

は,中国語では『取得成功』のように,『取得』という動詞と共起できる。そこで,『取得』の『取』

を使った日本語の和語動詞「取る」を使って,「*成功を取る」と記述したということである。な

お,中国語での共起の有無や可否については,北京大学中国言語学研究中心のコーパス『CCL  

料 』(CCLCenter for Chinese Linguistics)で確認した(以下,他の分析においても同様)。

ここに分類される誤用は,初級学習者では362,中級学習者では199,合計561あり,集計の結

果,中国語の影響による誤用の半分以上を占めていることがわかった。ただし,初級学習者,中級

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学習者の一人当たりの平均誤答数は9.28,6.22と,その差が大きいことから,初級学習者に特徴的

な誤用であると推測される。

..... S 語ヲ格名詞と結合する中国語の二字漢語動詞をそのまま産出したことによる誤用

S 語ヲ格名詞と結合する中国語の二字漢語動詞をそのまま産出したことによる誤用に分類され

る誤用には,「*期待を投入する」(←『投入期待』),「*理解を増加する」(←『 加理解』),「*

成功を獲得する」(←『 得成功』),「*調整を進行する」(←『 行 整』)などがある。なお,今

回の調査では和語動詞を記述するように教示したが,このように漢語動詞を産出した者がいたた

め,このことをフォローアップ・インタビューで確認したところ,漢語動詞と和語動詞の概念を混

同していた者は20人中 1 人のみで,残りの19人は,漢語動詞を書いてはいけないとわかっていた

が,和語動詞が頭に浮かばなかったので,漢語動詞を書いてしまった,ということであった。この

種の誤用は,初級学習者は20,中級学習者は16と,数も少なく,初級学習者,中級学習者それぞ

れの一人当たりの平均誤答数も0.51,0.50で,ほぼ同じである。

..... S 語ヲ格名詞と結合する中国語の動詞を日本語に翻訳する際に起こった誤用

S 語ヲ格名詞と結合する中国語の動詞を日本語に翻訳する際に起こった誤用には,中国語では

S 語ヲ格名詞と共起できる中国語の漢語動詞があるが,その中国語を日本語に翻訳しようと思った

が,正しく翻訳できなかった(例◯),あるいは,語単体としては正しく翻訳できたものの,日本

語では共起関係が成立しないために起こった誤用(例◯)が含まれる。なお,語単体の翻訳が正し

いか否かは,『a江小 D』(バージョン2.6.3)という Web 辞典で確認した。『a江小 D』は

Hujiang Education & Technology (Shanghai) Corporation Limited が開発したアプリであるが,こ

れを用いたのは,調査対象者の所属する大学で非常によく使用されているためである。

例◯に分類されるものとしては,「*生活を生きる」,「*反対にぶつかる」などがある。中国語

では,S 語ヲ格名詞『生活』と共起できる動詞に『 着』があるが,『 着』(日本語では「過ごし

ている」,「送っている」に相当)を日本語に翻訳しようと思ったが,正しく翻訳できなかったため,

「生活」の「生」を使った「生きる」という動詞を産出したと考えられる。

また,例◯としては,「*成功をもらう」,「*会話を話す」などが挙げられる。中国語では,『成

功』と共起できる漢語『取得』がある。『取得』は「もらう」,「獲得する」,「取る」,「収める」な

ど,複数の日本語と対応するが, もよく用いられるのは「もらう」であるので,「*成功をもら

う」と記述したと考えられる。

このに分類される誤用を見ると,例◯のタイプは,初級学習者は31であるのに対して,中級

学習者は 6 と,数が少ない。中級学習者になると,中国語を日本語に正確に翻訳することができ

るようになっているためであろう。ただし,例◯のタイプの誤用数は,初級学習者は139,中級学

習者も115で,両学習者ともに数が多い。つまり,中級学習者は正確な翻訳相当語はわかっていて

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も,それがどの語と共起できるのか,できないのか,に関する知識が不十分であるため,中級レベ

ルになっても,このような誤用を起こすと考えられる。

.... パターン◯

パターン◯は,パターン◯の思考過程で処理できない場合,例えば,S 語ヲ格名詞と共起する中

国語がない場合に用いられる。このような場合は,S 語ヲ格名詞の類義語,または同じ場面やトピ

ックで使われる関連語を想起してから,パターン◯で処理していくということであった。

パターン◯

S 語ヲ格名詞 ⇒ 類義語・関連語(中) ⇒ 類義語または関連語と共起する中国語(中)

⇒ 日本語に訳す

パターン◯は数が少ないため,下位分類は難しい。そこで,パターン◯は,以降,と呼ぶこと

とする。

S 語ヲ格名詞の類義語や関連語の連想によって起こった誤用

ここに分類される誤用には,S 語ヲ格名詞の類義語(中)または同じ場面やトピックで使用され

る関連語(中)と共起する漢語(中)があり,それをそのまま産出した誤用(例◯),またはその

中に含まれる漢字一字を使った和語動詞を産出して起こった誤用(例◯),あるいは,それを正し

く日本語に訳すことができなかったために起こった誤用(例◯)がある。

まず,例◯としては,「*拍手を獲得する」,「*拍手を感謝する」などが挙げられる。中国語で

は『拍手』と共起できる動詞がない。さらに,今回の調査用紙の文脈では,中国語の場合『拍手』

ではなく,『掌声』が使われる。また,中国語では,『掌声』の方が『拍手』よりよく使われる語で

ある(CCL によると,『拍手』の使用頻度は1318,『掌声』の使用頻度は7822)。そのため,『拍手』

の関連語『掌声』を想起し,中国語には『掌声』と共起できる動詞『 得』があるため,『 得』

をそのまま日本語の動詞「獲得」にして,誤用になったと考えられる。つまり,例◯は,「拍手」

≒『掌声』 →『掌声』+『 得』→『拍手』+『 得』→『 得拍手』→「*拍手を獲得する」

という思考のパターンであろう。

次に,例◯としては,「*拍手を収める」,「*感動を触る」などが挙げられる。中国語では,『拍

手』の関連語の『掌声』と共起できる動詞『收 』があり,『收 』の中から『收』を選び,その

漢字から日本語の和語動詞にしたため,誤用が起きたと考えられる。つまり,例◯の思考過程は,

「拍手」≒『掌声』→『掌声』+『收 』→『拍手』+『收 』→『收 拍手』→「*拍手を収め

る」であろう。

さらに,例◯として,「*拍手を沸く」,「*修正を助ける」などが挙げられる。『拍手』の関連語

の『掌声』と共起できる動詞の一つに『 起』があるが,『 起』(日本語では「鳴り響く」に相当)

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の日本語相当語が思いつかず,あるいは,習得できておらず,「沸く」という語で代用しようとし

たのであろう。(「沸く」の場合,自動詞であることも習得できていないため,助詞の誤用も起こっ

ている。)つまり,例◯は「拍手」≒『掌声』 →『掌声』+『 起』→『拍手』+『 起』→『 

起拍手』→「*拍手を沸く」という思考過程であろう。

この種の誤用は,初級学習者の誤答数は66で,中級学習者の誤答数は51である。初級学習者と

中級学習者それぞれの一人当たりの平均誤答数は1.69,1.59であり,ほとんど差がない。

... 日本語の影響による誤用

本節では,日本語の能力が不十分であることにより起こったと考えられる誤用を紹介する。調査

対象者の解答を見ると,母語の影響を意識的に避けようとした結果,目標言語である日本語の影響

により,誤用が起こっている場合もあった。ここに分類される誤用には,下のような四種類があっ

た。

S 語ヲ格名詞と類似した意味を表わす動詞を用いたことによる誤用

習得したコロケーションから和語動詞を借用することによる誤用

自他動詞の混同,品詞の間違い,助詞の間違いに関する誤用

文脈に合わないことから判定された誤用

まず,一つ目は,S 語ヲ格名詞と類似した意味を表わす動詞を用いたことによる誤用は,S 語

ヲ格名詞の動詞の類義語(日),または同じ場面やトピックで使用される関連語(日)を和語動詞

にして,産出した誤用である。機能動詞結合の機能動詞は文法的な働きをしており,語彙的意味が

希薄であるため,結合全体の意味の主要な部分はヲ格名詞に委ねられる。また,S 語は「スル」を

付加して動詞として使えるものが少なくない。そこで,S 語ヲ格名詞を動詞化し,その動詞の類義

語や関連語の和語動詞を想起するという誤用が生じている。例えば,「生活」は,「スル」を付加す

ると,「生活する」と動詞として使えるが,「生活する」と同義的に使える動詞には,初級レベルで

学ぶ「暮らす」がある。そこで,「生活を( )」について「*生活を暮らす」という解答を行っ

たと考えられる。ここに分類されるものには,「*注意を注目する」,「*修正を書き直す」などが

ある。

この誤用の総数は,初級学習者は52,中級学習者は21,合計73である。日本語の影響による誤

用の中で,この種類が半分以上を占めている。フォローアップ・インタビューでも,意味が重複し

ていることがわかっていても,S 語ヲ格名詞と関連する動詞を産出してしまったという回答が得ら

れた。なお,初級学習者,中級学習者それぞれの一人当たりの平均誤答数は1.33,0.66と,数は少

ないが,初級学習者は中級学習者の約倍以上である。このことから,初級学習者は,結合の主要な

意味を担うヲ格名詞の意味に基づいて,解答しようとする傾向があることがわかる。

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二つ目は,習得したコロケーションから和語動詞を借用することによる誤用である。すでに習

得したコロケーションから動詞を借用し,そのまま産出したと考えられる。例えば,「*抵抗に買

う」という誤用を産出したのは,学習者がすでに「恨みを買う」を習得しており,「恨み」≒「抵

抗」と考えたためだという(ただし,助詞の誤りもある)。このほかには,「*会話を乗る」,「*注

意を配る」などがある。この誤用は,初級学習者は12,中級学習者は11で,ほとんど差がない。

三つ目は,自他動詞の混同,品詞の間違い,助詞の間違いに関する誤用である。まず,自他動

詞の混同による誤用には,「*考慮に入る」,「*決定を下る」などがある。この種の誤用は,初級

学習者は 8 で,中級学習者は 7 で,大きな差はない。日本語習熟度が高くなっても,自他動詞の

習得が進んでいないと言えるだろう。また,品詞の間違いもあった。動詞を産出せずに,他の品詞

の語,特に,形容詞を産出してしまうことが多い。例えば,「*感動を優秀だ」,「*攻撃を劇烈だ」

などである。ただし,この種類の誤用は,初級学習者は 6 あったが,中級学習者にはなかった。

日本語習熟度が高くなると,動詞と形容詞の区別がつくようになると言えよう。

さらに,助詞の間違いによる誤用(「を」と「に」)もある。例として,「*考慮に払う」があげ

られる。フォローアップ・インタビューの結果により,「考慮+払う」は正しく習得できていたが,

助詞が正しく習得できていなかった。この種類の誤用は非常に少なく,中級学習者に 1 つあった

のみである。

四つ目は,コロケーションとしては正しいが,本調査の文脈には合わないため,誤用と判定さ

れたものである。この誤用は,初級学習者は 9 であるのに対して,中級学習者は15である。日本

語習熟度が高くなると,コロケーションの習得は進むが,用法を十分に習得していないと,このよ

うな誤用が起こってしまうということであろう。

... その他

後に,上記には分類できなかった誤用が,初級学習者は62,中級学習者は79あった。例え

ば,「*反対に達する」,「*決定を取る」,「*拍手を取る」などである。今回は,その他として分

類したが,なぜこのような誤用が起こったのか,他に分類方法がないかについては,今後の課題と

したい。

. 考 察

本研究の研究課題は「中国語を母語とする日本語学習者は,日本語習熟度が上がるにつれて,機

能動詞結合の習得も進むのか,また,習得が不十分な場合,どのような誤用を起こすのか」であっ

た。そこで,まず,日本語習熟度と機能動詞結合の習得の関係について総合的な考察を行う。続い

て,誤用の傾向について整理する。

まず,今回の調査対象のうち,27の結合で中級学習者は初級学習者より正答率が高かった。こ

のことから,中国語を母語とする日本語学習者は,日本語習熟度が高くなると,機能動詞結合の習

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得がおおむね進んでいると言えよう。ただし,中級学習者と初級学習者とで,正答率の差が統計的

に有意であるかどうかを,カイ二乗検定(独立性の検定)で確認したところ,有意だったのは,

「生活を送る」(x2=5.618, df=1, p<.05),「注意を払う」(x2=18.701, df=1, p<.001),「注目を

集める」(x2=14.260, df=1, p<.001),「成功を収める」(x2=7.905, df=1, p<.05),「考慮に入れ

る」(x2=8.245, df=1, p<.05),「誤解を招く」(x2=13.352, df=1, p<.001),「批判を浴びる」

(x2=4.766, df=1, p<.05)の 7 つであることがわかった。

では,この 7 つが習熟度に比例して習得されるのはなぜだろうか。それは,動詞の意味用法の

多様性と関わると考えられる。これらの動詞を見てみると,「送る」,「払う」,「集める」,「収める」,

「入れる」,「招く」,「浴びる」など,初級段階で学習されるものが多い。(旧)日本語能力試験の出

題級を確認してみると,4 級や 3 級の語である(但し,「収める」は 2 級)。しかし,これらの動詞

は,初級の段階では,「手紙を送る」,「シャワーを浴びる」,「ポケットに入れる」などの具体的な

名詞との共起表現の中で学習することが多い。そのため,初級学習者は,これらの動詞が抽象的な

概念を表す名詞と共起するということまでは,習得されていなかったのではないかと考えられる。

ところが,日本語習熟度が高くなると,これらの初級動詞が,抽象的な名詞とも共起するというこ

とを習得するようになると推測される。例えば,「生活を送る」の「送る」は,初級の段階では,

「手紙を送る」,「荷物を送る」など,〈物などを,先方に届くようにする〉という意味で学習するこ

とが多いが,日本語習熟度が高くなると,「送る」が「生活」のような抽出的な意味を表す名詞と

共起するということも習得するようになる。つまり,日本語習熟度が上がるにつれて,これらの動

詞の多様な意味用法を徐々に習得し,抽象的な名詞との共起も理解できるようになると考えられる。

また,使用頻度も習得と関わると考えられる。上記の結合の使用頻度を再度確認したところ

(( )内が使用頻度),「生活を送る」(996),「注意を払う」(487),「注目を集める」(447),「考

慮に入れる」(310),「成功を収める」(310),「誤解を招く」(115),「批判を浴びる」(58)で,本

研究の調査対象表現の中で,使用頻度が高いものが多かった。つまり,使用頻度の高いものほど,

習得されやすいということが示唆される。

以上のことから,機能動詞結合の習得には,初級で学ぶ動詞の多様な意味用法の習得が関わると

いうこと,さらに,結合自体の使用頻度が習得を左右する一因であるということ,が示唆される。

次に,日本語習熟度が高くなっても,機能動詞結合が進んでいない,つまり,初級学習者と中級

学習者とで,差がない,または,初級学習者が中級学習者より上回っているのは,わずかに 3 ペ

ア(「調整を図る」,「努力を続ける」,「評価を得る」)であった。このうち,「調整を図る」は全体

の正答率が4.23であり,初級学習者だけでなく中級学習者にとっても習得が極めて困難であっ

た。よって,初級学習者と中級学習者の差は誤差の範囲だと言えよう。また,「努力を続ける」も

初級学習者の正答率が25.64,中級学習者の正答率が21.88で,中級学習者の方が低いとは言

え,その差はわずかである。一方,「評価を得る」は,初級学習者の正答率が43.59であったのに,

中級学習者は37.56であった。このことについて,フォローアップ・インタビューで聞き取った

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表 中国語の影響によると考えられる誤用

分 類 初級学習者 中級学習者 合計

S 語ヲ格名詞と結合する中国語の動詞から漢字の一部を転用したことによる誤用 362 199 561

S 語ヲ格名詞と結合する中国語の二字漢語動詞をそのまま産出したことによる誤用 20 16 36

S 語ヲ格名詞と結合する中国語の動詞を日本語に翻訳する際に起こった誤用 170 121 291

S 語ヲ格名詞の類語や関連語の連想によって起こった誤用 66 51 117

合 計 618 387 1005

表 日本語能力が不十分であることによると考えられる誤用

分 類 初級学習者 中級学習者 合計

S 語ヲ格名詞と類似した意味を表わす動詞を用いたことによる誤用 52 21 73

習得したコロケーションから和語動詞を借用することによる誤用 12 11 23

自他動詞の混同,品詞の間違い,助詞の間違いに関する誤用 14 8 15

文脈に合わないことから判定された誤用 9 15 24

合 計 87 55 142

表 その他の誤用

その他 初級学習者 中級学習者 合計

62 79 141

― ―

ところ,文脈から考えて,「評価を( )」の意味は「評価される」という意味であることは正し

く理解していたようである。しかし,今回の調査では「する」を書いてはいけなかったため,「さ

れる」の働きをする和語動詞「受ける」が思いついたようだ。また,中国語では『評価』と共起で

きる動詞『受到』があり,前項漢字の『受』を選び,日本語の和語動詞として「受ける」を記述し,

正解できた,ということである。これは母語の正の転移である。このように考えると,「評価を受

ける」という表現を知っていたから,正しい動詞を産出したとは言いにくい。そのため,初級学習

者は中級学習者より母語の影響を受けやすく,母語の正の転移で,初級学習者の正答者数が中級学

習者より多かった。よって,仮に「受ける」と正しく書けていたとしても,その結果から,機能動

詞結合の習得ができていると言ってよいか,慎重に検討する必要があろう。

次に,誤用分析の結果について,考察する。全体像を把握するために,各群の誤用の数を分類別

にまとめた(表 5,表 6,表 7)。

全体的には,その他の誤用を除き,日本語習熟度が上がるにつれて,誤用が減っていくという傾

向である。さらに,誤用の下位分類を見れば,その中には,日本語習熟度と強い相関関係がある分

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類もあれば,日本語習熟度と全く関係がない分類もある。

まず,日本語習熟度とは無関係な誤用を見てみると,表 6 の日本語の影響による誤用の中の,

日本語の中から関連表現を借用し,産出した誤用,は言語習熟度とは関わらなかった。これは,

すでに習得したコロケーションから,動詞を借用して,そのまま産出したことによる誤用である

が,習得したコロケーションの知識を活用し,まだ習得していない表現にもその知識を転用しよう

とする,一種の学習ストラテジーとも言えよう。さらに,その他に分類された自他動詞の混同によ

る誤用も,初級学習者と中級学習者であまり差がなかった。「*考慮に入る」,「*決定を下る」な

ど,自他動詞の区別は,日本語習熟度が高くなっても,習得が不十分で,化石化が起こっている可

能性も推測される。

一方,日本語習熟度と強い相関関係がある誤用は,表 5 の中国語の影響による誤用のS 語ヲ格

名詞と結合する中国語の動詞から漢字の一部を転用したことによる誤用,である。初級学習者の誤

用が中級学習者の二倍ほどで,日本語習熟度が高くなると,減少していく傾向にあるということで

ある。この誤用は,中国語の影響による誤用の中で も多く,561で,中国語の影響による誤用全

体の1,005の半分強(55.82)を占めている。機能動詞は和語動詞であり,日本語古来の動詞であ

るにもかかわらず,中国語の知識を転用し,それによって誤用が起きているということである。こ

の結果は,小森(2014),小森・三國・徐(2016),小森・三國・徐・近藤(2012)の結果とも符

合している。ただし,本研究では,習熟度が高くなると,この誤用が減少するということから,中

級学習者になると,和語に中国語の知識を転用できないということを,少しずつ理解するようにな

っているのではないか,とも考えられる。

なお,興味深いことに,この和語動詞の誤用の中で,中国語の前項漢字と後項漢字のいずれをよ

り多く選ぶかと言うと,前項漢字が76.64で圧倒的に多い。これは,中国語の語構成にかかわる

と考えられる。これは,前項漢字は動作を表す動詞で,後項漢字は結果補語となる場合が少なくな

いためだと考えられる。なお,中国語の補語には結果補語,方向補語,可能補語,様態補語,程度

補語などがあるが,本研究の誤用と直接関係があるのは,結果補語である。結果補語とは動詞の後

に置かれ,動詞が表す動作や行為の結果を表す語である。例えば,『写完作 』は「宿題を書いて,

そして,書き終わった」という意味である。『写完』のうち,動作を表すのは前項漢字『写』で,

後項漢字の『完』は実質的な意味を持たず,前項漢字の動作の結果,すなわち,動作が完了してい

る,ということのみを表している。結果補語には,『完』のほかに,『到』もよく使われるが,結果

補語『到』が含まれる中国語の影響による誤用が多く(例えば,『受到反 』から「*反対に受け

る」,『感到感 』から「*感動を感じる」,『得到批判』から「*批判を得る」など),その総頻度

は121であった。中国語母語話者は,結果補語には実質的な意味がないことを,意識的にせよ,無

意識的にせよ,理解しているため,和語動詞の産出においても,後項漢字の『到』ではなく,前項

漢字を使おうとしたのではないかと考えられる。

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. おわりに

本研究では,中国語を母語とする日本語学習者を対象に,S 語と結合する機能動詞の習得につい

て,検討した。機能動詞は文法的な働きをし,意味が希薄であり,意味の透明性が低い。そのた

め,一般に,日本語学習者にとっては,習得が難しいと考えられている。しかし,機能動詞結合テ

ストの結果を見ると,習得が難しいながらも,日本語習熟度が上がるにつれて,得点も高くなって

おり,緩やかに習得が進んでいることが示された。ただし,誤用分析の結果から,中国人日本語学

習者は,日本語の産出において,中国語の知識を過剰に転用していることも明らかになった。機能

動詞は和語動詞であるにも関わらず,その和語動詞にも中国語の影響が強く表れていた。また,中

国語の知識を転用する際,中国語の前項漢字の動詞を使おうとする傾向があることもわかった。た

だし,日本語習熟度が高くなると,その傾向が弱くなることも示唆される。

このように,本研究によって,中国語を母語とする日本語学習者の機能動詞結合の習得の一端を

明らかにすることができた。しかしながら,課題も残されている。まず,今回は,他の言語を母語

とする日本語学習者には調査を実施していない。そのため,本研究の結果が中国語を母語とする日

本語学習者だけに特有の傾向なのかは,断言できない。今後,他の母語とする日本語学習者も対象

者にして,明らかにする必要がある。また,中国語の語構成の知識が日本語の習得や産出のストラ

テジーに影響を及ぼしている可能性が示唆されたが,どのような中国語の知識がどのような場合に

強く影響するのかについては,さらなる検討が必要であろう。これについても,今後取り組んでい

きたい。

参考文献

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