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技術士 2010.7 Information Technology Series 都市ごみ焼却プラントの制御が目指すもの Directions of Process Control for Municipal Waste Incineration Plant 二階堂 久和 Nikaido Hisakazu 東京において最初のごみ焼却施設の操業が開始されたのは 1924 年のことである。以後,プラント制御技 術の著しい進展は施設の運転の効率化,省人化,安全性の向上に大きく貢献し,制御の目標も社会環境の変 化とともに大きく変貌してきた。今後も一般廃棄物の地域内中間処理を継続するためには,市街地での清掃 工場の運営は不可避であり,安定した工場運営とその可視化こそがプラント制御の重要目標である。 The first waste incineration plant in Tokyo went into operation in 1924. Since the, the progress of plant control technology has brought about the improvement of efficiency, labor-saving and safety. The aim of process control has been transformed by the change of the social environment. Operation of waste incineration plant in urban area is inevitable to continue the intermediate treatment of municipal waste. Stable plant operation and its visualization are the most important goal. キーワード:ごみ焼却プラント,プロセス制御,制御の目標,DCS,PLC 情報技術(IT)シリーズ はじめに 東京で初めての本格的ごみ焼却施設が誕生して から約 90 年を経た。この間の技術の進展は現在 の安全で安定的な清掃工場の運営を可能としてい る。 本稿では,ごみ焼却プラント建設上の主たる目 標の変遷に着目し,プラント制御技術の発展の歴 史と今後の課題について述べる。 1 ごみ焼却プラント設置目的と 制御技術の変遷 1.1 戦前…ごみの衛生的処理は緊急課題 東京初の本格的ごみ焼却施設として大崎塵芥焼 却場が完成したのは,震災の翌年,1924年(大 正13年)のことである。1929年(昭和4年) には東京市営の大規模な深川塵芥処理工場が完成 し,焼却によるごみの本格的な衛生的処理が開始 された。設備の操作は手動,人力作業が主体で あった。また,設備として大型電動ファンや荷揚 げ装置が設けられていた。 1.2 戦後…可燃ごみの全量焼却を目指して 1960年頃までには千歳,大崎,日暮里,石 神井,板橋,多摩川,足立,葛飾などの日中のみ 稼動するバッチ炉式の大型清掃工場が 23 区内に 次々と完成した。機械化や電気操作方式の積極的 導入を図り,可燃ごみの全量焼却達成をひたすら 目指した。東京 23 区内の可燃ごみの全量中間処 写真 1 深川塵芥処理工場(1934 年) 写真 2 人力による灰のかき出し作業

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Page 1: 都市ごみ焼却プラントの制御が目指すものhome.m02.itscom.net/westside/08-11.pdf · 東京で初めての本格的ごみ焼却施設が誕生して から約90年を経た。この間の技術の進展は現在

技術士 2010.7

Information Technology Series

都市ごみ焼却プラントの制御が目指すものDirections of Process Control for Municipal Waste Incineration Plant

二階堂 久和Nikaido Hisakazu

東京において最初のごみ焼却施設の操業が開始されたのは1924年のことである。以後,プラント制御技術の著しい進展は施設の運転の効率化,省人化,安全性の向上に大きく貢献し,制御の目標も社会環境の変化とともに大きく変貌してきた。今後も一般廃棄物の地域内中間処理を継続するためには,市街地での清掃工場の運営は不可避であり,安定した工場運営とその可視化こそがプラント制御の重要目標である。

The first waste incineration plant in Tokyo went into operation in 1924. Since the, the progress of plant control technology has brought about the improvement of efficiency, labor-saving and safety. The aim of process control has been transformed by the change of the social environment. Operation of waste incineration plant in urban area is inevitable to continue the intermediate treatment of municipal waste. Stable plant operation and its visualization are the most important goal.

キーワード:ごみ焼却プラント,プロセス制御,制御の目標,DCS,PLC

情報技術(IT)シリーズ

はじめに

東京で初めての本格的ごみ焼却施設が誕生してから約90年を経た。この間の技術の進展は現在の安全で安定的な清掃工場の運営を可能としている。

本稿では,ごみ焼却プラント建設上の主たる目標の変遷に着目し,プラント制御技術の発展の歴史と今後の課題について述べる。

1 �ごみ焼却プラント設置目的と�制御技術の変遷

1.1 戦前…ごみの衛生的処理は緊急課題東京初の本格的ごみ焼却施設として大崎塵芥焼

却場が完成したのは,震災の翌年,1924年(大

正13年)のことである。1929年(昭和4年)には東京市営の大規模な深川塵芥処理工場が完成し,焼却によるごみの本格的な衛生的処理が開始された。設備の操作は手動,人力作業が主体であった。また,設備として大型電動ファンや荷揚げ装置が設けられていた。

1.2 戦後…可燃ごみの全量焼却を目指して1960年頃までには千歳,大崎,日暮里,石

神井,板橋,多摩川,足立,葛飾などの日中のみ稼動するバッチ炉式の大型清掃工場が23区内に次々と完成した。機械化や電気操作方式の積極的導入を図り,可燃ごみの全量焼却達成をひたすら目指した。東京23区内の可燃ごみの全量中間処写真1 深川塵芥処理工場(1934年)

写真2 人力による灰のかき出し作業

Page 2: 都市ごみ焼却プラントの制御が目指すものhome.m02.itscom.net/westside/08-11.pdf · 東京で初めての本格的ごみ焼却施設が誕生して から約90年を経た。この間の技術の進展は現在

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理が達成されたのは,大崎塵芥焼却場稼動開始から実に73年後の1997年(平成9年)である。

一方でこの時代では,煙突等からは黒煙や悪臭が放たれることも多かった。

1.3 1960年以降…機械化の推進と公害防止1966年(昭和41年)に,当時では東洋最大

の連続機械式の江戸川清掃工場が完成し,リレーによるシーケンスや機械式のコントローラーが導入された。工場内の要所には操作盤が設置され,ランプ表示や電流計による監視や機器の簡易な制御が可能となった。1970年頃には電気式集塵機などの公害防止装置が設置されるようになり,清掃工場の焼却炉は焼却プラントへと大型化,複雑化の道を歩むこととなった。

1.4���1970年以降…省人化を目指した中央制御室集中監視制御方式の時代

大型ごみ焼却プラントの24時間連続運転により焼却量を増すためには,工場内に複数の拠点を設け,多くの人員を交替で配置しなければならなかった。このため,工場内の1カ所から少ない人員で集中監視制御が行えるように,積極的に中央制御室方式が採用された。また,1975年頃からは排ガス中のばいじんや塩化水素を低減する設備や排水処理設備を設けた新鋭工場が相次いで本格稼動に至った。DDC(直接デジタル制御)などの最新技術も一部導入され,中央制御室の大型パネ

ルには数多くの表示装置,計器や記録計が設置され,効率的な監視制御が可能となった。しかし,パネルの裏側には数千本のアナログ信号配線が集中することとなり,施工や保守管理に多大な労力を要していた。

1982年には計画から完成までに15年を要した杉並清掃工場が稼動を開始した。当時はZ80やPC8001などのマイコンブームの時代であった。清掃工場にも革新的であった小型コンピュータによるACC(自動燃焼制御)装置が導入された。それまでは燃焼制御は複雑すぎて熟練した運転員の勘と経験に依るしかなかったが,ACCと運転員との協調により半自動運転が実現したことは特筆すべき事項である。

1.5 �2000年前後…安定した燃焼と公害防止の実現(DCS,デジタル化,省配線)

1999年にダイオキシン類対策特別措置法が施行され,正確な燃焼温度制御が求められるよう

写真3 旧多摩川清掃工場(1962年) 写真4 旧葛飾清掃工場(1976年)

写真5 杉並清掃工場(1982年)

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になった。また,積極的に焼却エネルギーによる発電と電力事業者への売電を行うようになり,清掃工場の運転は,より高度で複雑なシステムを安定的に運転することが求められるようになっていった。23区内の清掃工場は次々にダイオキシン類対策に対応した工場へと建て替えられた。既存の工場でも大規模な設備更新が実施された。プロセス制御システムにおいても,コンピュータ技術の進展に伴い,工場全体のシステムを10から100程度の制御ループずつに分けて複数のMPU

(マイクロプロセシングユニット)で分散的に制御するDCS(分散型制御システム)が一般的な仕様となっていった。当初は現場機器やセンサーをつなぐ各社特有の信号伝送バスやフィールドバスとワークステーション等をつなぐ時間確定伝送方式の制御用LANとの2層構造中心のDCSであった。やがて,運転員とのインターフェースを改善

するため,あるいは統計管理や高度な制御等を実現するためにTCP/IPベースの汎用LANが上部層に設けられた3層構造のDCSが標準的なシステムとなった。

現在では中央制御室から大型グラフィックパネルは姿を消し,信号配線の多くは銅線からファイバーケーブルに置き代わり,運転員は画面から操作を行うなど中央制御室の様相は変貌している。

1.6 現在…質の高い全自動化を目指して21世紀になってから建て替えやプラント更新

が完了した清掃工場では,省エネや発電効率の向上を目的としたボイラ蒸気の高温高圧化を図っている。また,徹底した少人数による運転が可能となるように設計されている。さらに,今まで課題の多かった自動燃焼制御や焼却プラントの立上げや停止プロセスの自動化,省力化も前進した。清掃工場の連続プロセス制御は,温度や圧力,流量,水位情報等を用いて定常プロセスの安定制御を実現することが目的であるが,実際には物理的あるいは化学的に複雑なプロセスであるために制御変数が相互に干渉し自動化が難しい。例えば1980年代では,窒素酸化物の発生を防ぐために低酸素での燃焼を目指すと一酸化炭素の発生を誘発するといった関係が随所に発生した。最近では高性能な公害防止機器の導入や制御システムへのPLC(プログラマブル・ロジック・コントローラ)の採用等により柔軟で高度な制御が可能になってきている。最新の清掃工場ではシーケンス制御だけではなくループ制御やギャップ付プロセス制御なども可能な高機能PLCが多く使用されるようになっている。また,一部の工場ではエキスパートシステムやニューラルネットワークなどのAI(人工知能)機能の部分導入も始まっている。

2 �これからの課題…周辺住民の安全,�安心こそが究極の目標

清掃工場に対する住民の感覚は一般の工場プラントに対するものよりも鋭敏である。環境基準を単に達成するだけでは住民の理解や十分な安心写真6 葛飾清掃工場(2006年)

図1 焼却プラント・システム構成例

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の確実な対処やプラント停止ルールの確実な履行とホームページ等(写真8)による速やかな報告など,住民との円滑なインターフェースの実現が今後の工場システム構築上の最重要目標である。

<引用・参考文献>1) 東京都清掃局:東京都清掃事業百年史,東京都環

境整備公社,20002) 東京都清掃局:清掃事業のあゆみ,東京環境保全

協会,19773) 東京二十三区清掃一部事務組合ホームページ http://www.union.tokyo23-seisou.lg.jp/

二階堂 久和(にかいどう ひさかず)

技術士(情報工学/衛生工学/     総合技術監理部門)

東京二十三区清掃一部事務組合 大田清掃工場長労働衛生コンサルタントe-mail:[email protected]

感の醸成は望めない。環境基準をはるかに,かつ常時,連続的に下回り,そのことが確実に住民に対して可視化されていることが必要である。例えば,屋外表示盤(写真7)やWebでの時間ごとの各種運転情報のリアルタイム公表,異状発生時

表1 ごみ焼却プラント監視制御システムの変遷

年代 プラント設計上の主たる目標 プラント制御方式の動向 情報システムコンピュータ技術などの動向 ユーザーインターフェース

戦前 ごみの衛生的処理 単純焼却炉 掛け声 手作業

1950 焼却量の最大化円滑な立上,停止操作 バッチ炉 遠隔電源操作,構内電話 遠隔スイッチ

1960 焼却量の最大化半自動連続燃焼 プロセス制御 リレーシーケンス 電気盤

1970 公害防止,構内監視制御の集中化,効率化

デジタル直接制御,DDC ミニコン パネル,遠隔監視制御

1980 自動連続燃焼,省人化 分散型制御DCS ネットワーク化自動燃焼制御の登場,マイコン グラフィックパネル

1990 安定した焼却,公害防止,ダイオキシン類対策 プロセスデータ処理 PLC,Windows

ワークステーション パネル+CRT

2000 安定稼動,省エネ AI支援機能 PC+PLC,フィールドバス,Web化,汎用PC,垂直的統合 LCD(パネルレス)

2010以降

住民への安心感の付与,運転情報の可視化

データ融合・連携,リモート監視

データベースWebアプリケーション

小型高機能化,モバイル化

Webリアルタイム表示

写真9 市街地に立地する最新の清掃工場(葛飾清掃工場)

写真7 運転情報のリアルタイム表示例

写真8 ホームページによる情報の可視化