外傷性胸部大動脈損傷の検討 - jsvs大内 浩1 福田 幾夫1 河野 元嗣2 中村...

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大内 浩1 福田 幾夫1 河野 元嗣2 中村 勝利l 松崎 寛二1 外傷性胸部大動脈損傷の検討 旨:10例の外傷性大動脈損傷を経験した.男9女1例で,年齢は16~72,平均 38コ歳,受傷機転はすべて交通外傷であった.これらの,病態,診断,治療に関して検討 した.受傷から来院までは15~130分で,来院時状態は, DOA 3,ショック3,頻脈3,正 常1例で,9例は多発外傷であった.大動脈損傷部位は峡部9例,下行大動脈中部縦裂傷1 例であった.胸部単純X線では縦隔陰影拡大9,血胸8,気管右方偏位6,多発肋骨骨折2 例を認めた.造影CTを8例に施行し,大動脈からの造影剤漏出を5,仮性動脈瘤I,縦隔 血腫のみ1,血胸のみ1例であった.血管造影は5例で行い,仮性動脈瘤4,大動脈辺縁不 整1例を認めた. DoA2例,CT室およびICUで心停止した各1例はその場で開胸処置したが心拍は再開 しなかった.手術は6例((5例は緊急)に施行し,術式は直接縫合2,人工血管置換4例 であった.補助手段は単純遮断3,部分体外循環2,左心バイパスI例であった.合併損傷 に対する処置は,内腸骨動脈塞栓術を1,結腸切除,肝縫合1,小腸切除Iであった.手術 成績は6例中5例は退院し,1例は骨盤骨折による後腹膜出血のため失った.単純遮断1例 で術後不全対麻庫となった.胸部大動脈損傷の診療は胸部X線を診断の手掛かりとし,造 影CTにより合併損傷を評価し,活動性出血部位により治療選択順位を決定し,補助手段 は,予想される手技,遮断時間を考慮し,さらに合併損傷の出血制御状況により決定すべ きと考える.(日血外会誌3 : 347-354, 1994) 索引用語:外傷性胸部大動脈損傷,多発外傷,治療選択順位 はじめに 近年,救命救急センターの増設に伴い外傷性胸部大 動脈損傷を経験する機会も増加傾向にある.外傷性大 動脈損傷に対する診療の問題点は,迅速な対応,多大 な外力が引きおこす多発外傷における治療選択順位の 筑波メディカルセンター病院心臓血管外科 (Tel: 0298-51-35 H) 救命救急部 〒305 つくば市天久保1-3-1 受付:1993年9月21日 受理:1994年1月16日 決定,そして手術に際しての補動手段の選択である. 本論文では救命救急センターを併設する当院開設以来 8年間の経験をもとにこれら問題点に対する現段階で のわれわれの方針を中心に検討を加えた. 対象と方法 1985年1月当院開院以来1993年5月までの8年間 に10例の外傷性胸部大動脈損傷を経験した.内訳は男 9女I例で,年齢は16~72(平均38.7)歳であり,受 傷状況は乗用車運転中2人,乗用車助手席4人,バイ ク運転中2人,歩行中2人(対乗用車1,対バイク1) 15

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  • 大内 浩1   福田 幾夫1   河野 元嗣2

        中村 勝利l   松崎 寛二1

    外傷性胸部大動脈損傷の検討

    要  旨:10例の外傷性大動脈損傷を経験した.男9女1例で,年齢は16~72,平均

    38コ歳,受傷機転はすべて交通外傷であった.これらの,病態,診断,治療に関して検討

    した.受傷から来院までは15~130分で,来院時状態は, DOA 3,ショック3,頻脈3,正

    常1例で,9例は多発外傷であった.大動脈損傷部位は峡部9例,下行大動脈中部縦裂傷1

    例であった.胸部単純X線では縦隔陰影拡大9,血胸8,気管右方偏位6,多発肋骨骨折2

    例を認めた.造影CTを8例に施行し,大動脈からの造影剤漏出を5,仮性動脈瘤I,縦隔

    血腫のみ1,血胸のみ1例であった.血管造影は5例で行い,仮性動脈瘤4,大動脈辺縁不

    整1例を認めた.

     DoA2例,CT室およびICUで心停止した各1例はその場で開胸処置したが心拍は再開

    しなかった.手術は6例((5例は緊急)に施行し,術式は直接縫合2,人工血管置換4例

    であった.補助手段は単純遮断3,部分体外循環2,左心バイパスI例であった.合併損傷

    に対する処置は,内腸骨動脈塞栓術を1,結腸切除,肝縫合1,小腸切除Iであった.手術

    成績は6例中5例は退院し,1例は骨盤骨折による後腹膜出血のため失った.単純遮断1例

    で術後不全対麻庫となった.胸部大動脈損傷の診療は胸部X線を診断の手掛かりとし,造

    影CTにより合併損傷を評価し,活動性出血部位により治療選択順位を決定し,補助手段

    は,予想される手技,遮断時間を考慮し,さらに合併損傷の出血制御状況により決定すべ

    きと考える.(日血外会誌3 : 347-354, 1994)

    索引用語:外傷性胸部大動脈損傷,多発外傷,治療選択順位

    はじめに

     近年,救命救急センターの増設に伴い外傷性胸部大

    動脈損傷を経験する機会も増加傾向にある.外傷性大

    動脈損傷に対する診療の問題点は,迅速な対応,多大

    な外力が引きおこす多発外傷における治療選択順位の

    筑波メディカルセンター病院心臓血管外科

    (Tel: 0298-51-35 H)

    2 同 救命救急部

    〒305 つくば市天久保1-3-1

    受付:1993年9月21日

    受理:1994年1月16日

    決定,そして手術に際しての補動手段の選択である.

    本論文では救命救急センターを併設する当院開設以来

    8年間の経験をもとにこれら問題点に対する現段階で

    のわれわれの方針を中心に検討を加えた.

             対象と方法

     1985年1月当院開院以来1993年5月までの8年間

    に10例の外傷性胸部大動脈損傷を経験した.内訳は男

    9女I例で,年齢は16~72(平均38.7)歳であり,受

    傷状況は乗用車運転中2人,乗用車助手席4人,バイ

    ク運転中2人,歩行中2人(対乗用車1,対バイク1)

    15

  • 348

    症例

    1 {N   m

    4 5 6 7 8 9 10

    症例

    2 3 4 5 6 7 8 9 10

    年齢 性

    女男男

    722449

    0 0 2 7 9 8 /○

    rs   ≪r>   <n   ro   ・^   ・II- -

     受傷機序

     乗用車助手

     バイク運転

    歩行者(対車)

    男  乗用車助手

    男  乗用車運転

    男歩行者(対バイク)

    男  乗用車助手

    男  乗用車運転

    男  乗用車助手

    男  バイク運転

       表1 外ヽ傷性胸部大動脈損傷の病態

    受傷から来院 来院時状態 意識状態 血胸

      不明    DOA   意識喪失 有

      75分   DOA(蘇生)意識喪失 有

      20分    DOA   意識喪失 有

    44分

    30分

    30分

    20分

    130分

    15分

    115分

    ショック

     正常

    ショック

     頻脈

     頻脈

     頻脈

    ショック

    意識混濁

     正常

    意識混濁

     正常

     正常

     正常

    意識混濁

    表2 胸部大動脈損傷の画像所見

            胸部単純X線

    縦隔陰影拡大,血胸

    縦隔陰影拡大,気管右方偏位,血胸

    縦隔陰影拡大,気管右方偏位,血胸

    縦隔陰影拡大,多発肋骨骨折,血気胸

    気管右方偏位

    縦隔陰影拡大,気管右方偏位

    縦隔陰影拡大,多発肋骨骨折,

    縦隔陰影拡大,気管右方偏位,

    縦隔陰影拡大,血胸

    血胸

    下行大動脈不鮮明

    縦隔陰影拡大,気管右方偏位,血胸

    ですべて事故により多大な外力が胸郭に加わった結果

    の損傷であった.これらの病態,診断,治療および治

    療成績に関して検討した.

              結  果

     1.病 態(表1)

     受傷から来院までは15~130 (平均45)分で,来院

    時状態は,来院時心肺停止(DOA)3,出血性ショック

    3,頻脈3,正常1(慢性期例)例であった.胸部大動

    脈単独損傷はI例のみで,他の9例は多発外傷であっ

    た.大動脈損傷に関連した身体所見としては胸骨後部

    痛I例,上下肢の血圧差I例を認めた.合併損傷は,

    脳挫傷2例,下顎骨折1例,横隔膜破裂1例,胸郭動

    揺十肺挫傷1例,肝挫傷3例,腎損傷1例,四肢骨折

    5例,骨盤骨折1例,中結腸動脈断裂十空腸穿孔1例,

    小腸開膜損傷l例,順髄損傷l例であった.来院時血

    有有無有無有有

    CT

    日血外会誌 3巻3号

          合併損傷

    左横隔膜破裂

    脳挫傷,下腿骨折

    脳挫傷,肝挫傷,骨盤骨折,上下肢

    骨折

    多発肋骨骨折

    頚髄損傷

    肝腎挫傷,骨盤骨折,下腿骨折

    肺挫傷,多発肋骨骨折,下顎骨折

    肝挫傷,結腸動脈断裂,空腸穿孔

    腸間膜損傷,膝蓋骨骨折,下肢熱傷

         DOA :来院時心肺停止

    施行せず

    造影剤漏出,縦隔血腫

    造影剤漏出,縦隔血腫

    造影剤漏出

    仮性動脈瘤

    造影剤漏出,縦隔血腫

    血胸のみ

    縦隔血腫

    造影剤漏出,縦隔血腫

    造影剤漏出,縦隔血腫

       血管造影

       施行せず

       施行せず

       施行せず

       施行せず

      仮性動脈瘤

      仮性動脈瘤

      施行せず

    下行大動脈辺縁不整

      仮性動脈瘤

      仮性動脈瘤

    胸を8例に認めた.大動脈損傷部位は峡部9例(全周

    性断裂4, 2/3周1,1/2周3,長軸方向2cm 1),下行

    大動脈中部縦裂傷1例であった.来院時の意識喪失を

    脳挫傷2例を含むDOAの3例に認め,出血性ショッ

    クの3例は意識混濁が認められた.

     2.診 断(表2)

     胸部単純X線像では慢性例I例を除き背臥位前後

    像で撮影され10cm以上の縦隔陰影拡大を9例に認め

    た.血胸は8例で認められ,うち,多発肋骨骨折2例,

    気胸1例を合併していた.気管の右方偏位を6例に認

    め,下行大動脈の不鮮明化をI例に認めた.造影CTを

    DOAで蘇生した1例を含め8例に施行し,大動脈か

    らの造影剤漏出を伴う縦隔血腫を5例,縦隔血腫のみ

    を1例,縦隔血腫を伴わない仮性動脈瘤を1例,血胸

    のみ1例を認めた.血行動態の安定している症例は診

    断および術式確定のための血管造影を行い,最終的に

    16

  • 1994年6月 大内ほか:外傷性胸部大動脈損傷

    表3 胸部大動脈損傷に対する治療

    349

    症例受傷から手術処置場所大動脈損傷部位  手術術式  補助手段 遮断時間合併損傷に対する  術後合併症 転帰

                                          処置

    17

    つ1 3 4 ’う 6 7 8 07

    10

     不明

     75分

     2時間

    3.5時間

    3ヵ月

    2.5時間

     10日

    4時間

    9時間

    4時間

    救急室

    CT室

    救急室

     ICU

    手術室

    手術室

    手術室

    手術室

    手術室

    峡部全周

    峡部2/3周

    峡部全周

    峡部縦2cm   直接縫合  単純遮断

    峡部1/2周   人工血管置換左心バイパス

    峡部l/2周   人工血管置換単純遮断

    下行中央縦4mm直接縫合  単純遮断

    峡部I/2周   直接縫合  単純遮断

    峡部全周    人工血管置換部分体外循環

    手術室 峡部全周

    15分

    80分

    60分

    30分

    51分

    195分

    内腸骨動脈塞栓術 後腹膜出血

    肋骨切除

    結腸切除,肝縫合

    人工血管置換部分体外循環 129分 小腸切除, ORIF,

                     植皮

    5例に施行し,仮性動脈瘤を4例,大動脈の辺縁不整を

    I例に認め,全症例が手術となった.

     3.治 療(表3)

     DOAの2例は救急室にて,また,CT施行中および

    手術待機中ICUにて心停止した各I例はその場で開

    胸処置したが,4例とも心拍は再開しなかった.いずれ

    も死因は大動脈破裂に起因する出血性ショックであっ

    た.症例4は,胸部X線上の血気胸に目を奪われ縦隔

    の拡大を見逃していた.CTを施行したが,造影剤注入

    が不十分で,大動脈損傷の評価ができず迅速な対処が

    できなかった.初診時の胸部X線の重要さを痛感させ

    られた症例であった.

     手術室での手術は6例に施行した(症例5~10).胸

    郭動揺に対し気管内挿管し人工呼吸管理中肋骨骨折断

    端が大動脈を損傷し突然の出血性ショックとなった1

    例1)(症例7)を含め緊急手術を5例に施行し,受傷か

    ら手術までの時間は4~9(平均5)時間,来院から手

    術までの時間は2~9(平均4)時間であった.病例5は

    受傷3ヵ月後仮性動脈瘤の増大にて待期手術となった.

    補助手段は,単純遮断が3例,部分体外循環が2例,

    遠心ポンプによる左心バイパスがl例であった.単純

    遮断群はすべて重篤な合併損傷を有しヘパリン使用を

    回避せざるをえない症例であった.部分体外循環は大

    腿静脈脱血,大腿動脈送血で行ったが,これらは他部

    位の損傷が確実に修復された例(症例10)および胸部

    大動脈単独損傷例(病例9)であった.左心バイパスは

    慢性期手術例で用い,左房脱血,大腿動脈送血として

    死死死死生死生

    不全対麻癖  生

    創感染,   生

    一過性高血圧

    一過性高血圧 生

    ORIF: open reposition and internal fixation

    自己血回収装置を併用した.

     手術法は人工血管置換が4例,損傷部直接縫合が2

    例であった.人工血管は径18mmから22mm(平均

    20mm)で,材質はwoven dacron が2例,ゼラチンコ

    ーティングknitted dacron (GelsealR) 1例,コラーゲ

    ン処理woven dacron (HemashieldR) 1例を用いた.

    人工血管置換を要した4例は内膜の全周性断裂が2例,

    1/2周強の大動脈短軸方向の断裂が2例で,直接縫合

    を施行した2例は内膜の長軸方向の損傷が1例,1/2

    周弱の短軸方向の損傷が1例であった.大動脈遮断時

    間は30~195分(平均91分)であったが,術式別にみ

    ると人工血管置換は平均116分,直接縫合は平均42分

    であった.また,体外循環時間は87~201分(平均146

    分)であった.大動脈損傷修復に先駆けて合併損傷に

    対し処置を行ったものは2例で,骨盤骨折に対し経動

    脈的内腸骨動脈塞栓術を施行したもの1例,小腸間膜

    損傷に対し小腸切除吻合術施行したものが1例であっ

    た.大動脈修復後に引き続き結腸切除,空腸痙造設お

    よび肝縫合を施行したものが1例,待期的に骨折の観

    血的整復固定術,および体表熱傷に対する植皮術を施

    行したものがI例であった.症例8は大動脈修復後も

    腹腔内出血により血行動態の改善がみられず,合併損

    傷の修復を先行させるべきであったと反省させられた.

     4.手術成績

     6例の(手術室における)手術中5例は退院したが,

    1例は骨盤骨折に引き続く後腹膜出血のため術後1日

    に死亡した.単純遮断で遮断時間が51分となった症例

  • 350

    8は不全対麻揮となった.原因としては大動脈遮断中

    および大動脈修復後の腹腔内出血による低血圧に起因

    する脊髄虚血が考えられた.左後側開胸部のMRSA

    による創感染を1例(症例9)に認めたが,デプリード

    マンのみで治癒した.また,5例の長期生存中2例(症

    例9, 10)が術後一過性の高血圧を呈したが,レニンー

    アンギオテンシン系は正常であり,それぞれ退院時に

    は正常血圧に復した.

              考  察

     近年,救命救急センターの増設,および救急医療体

    制の充実とともに,外傷性大動脈損傷を経験する機会

    が増してきた2.3)アメリカ合衆国では年間少なくとも

    5,000人が外傷性胸部大動脈破裂のため死亡してい

    る4)とされ,また, Parmleyら5)は胸部外傷死の剖件

    l,】74例中296例(25%)に,Greendyke6)は交通事故死

    の16%に胸部大動脈破裂が認められたとしている.わ

    が国では,東京都監察医務院の報告7)によると,胸部外

    傷死の11~26%に大動脈破裂がみられたという.

     外傷性大動脈損傷の発生機序は種々の説明がなされ

    ているが4・5),胸郭に多大な外力が加わった結果(1)

    弓部分枝で固定された弓部大動脈および下行大動脈間

    に生ずるズリ応力,(2)突き上げによる弓部大命およ

    び峡部小塚の過進展, (3)心臓偏位により生ずる回旋

    力,などが生じ,動脈管靭帯によって固定された峡部

    大動脈内膜に最大の力が加わり,大動脈内膜の断裂が

    発生すると考えられる.大動脈損傷の発生部位は,80

    ~90%以上が峡部であり,ついで上行大動脈,弓部大動

    脈の順とされるが,上行大動脈に関しては,落下によ

    る受傷に多いとされる4).

     病態は,内膜に発生した亀裂が大動脈全層に及ぶ場

    合,ほとんどすべてが即死するが,亀裂が外膜に及ぼ

    ず,しかも壁側胸膜および大動脈周囲の縦隔組織が保

    たれている場合は,仮性動脈瘤を形成することになる.

    この,仮性動脈瘤は徐々に拡大し,24時間以内に50%

    が破裂するとされる. Parmleyら5)は,外傷性大動脈損

    傷の自然歴を集計し,発症から30分以内に87%が死

    亡し,残りの生存例についても,6時間以内に22%, 24

    時間以内に33%, I週間以内に64%, 2週間以内に78%

    が死亡すると報告しており,ここに,大動脈損傷に対

    する迅速な診断,治療の重要性が裏づけられる.

     胸部大動脈損傷の病態のもう1つの側面は,合併す

    18

                   日血外会誌 3巻3号

    る多臓器損傷である.大動脈損傷を引きおこす多大な

    外力は当然のことながら種々の損傷をもたらし,報告

    例では,70~80%以上の重篤な合併損傷を認め,われわ

    れの経験でも90%に何らかの合併損傷を有した.来院

    時のショック状態がどの損傷によるのかを見極めるこ

    とは,その後の治療方針に大きくかかわり,予後にも

    直接影響することとなる.

     臨床像であるが,胸部大動脈損傷そのものに特徴的

    な所見は少なく,また,合併損傷による修飾も加わる

    ため通常捉えにくくなる.一般には,胸骨後部痛,上

    下肢の血圧差,上肢の高血圧,肩甲骨下部の収縮期雑

    音などがあげられているが,われわれの経験では,胸

    骨後部痛を1例(症例9),上下肢の血圧差を】例(症

    例10)で認めたのみであった.

     胸部大動脈損傷の診断は,多大な外力が胸郭に加わ

    ったという状況のもとに胸部単純X線から進めるこ

    とになる.来院時の患者の状態は不安定であり,通常

    は背臥位前後像で撮影される.この場合,X線源から

    の距離,角度,患者の深吸気の有無などにより画像は

    不良なものとなるが,これら条件では上縦隔陰影はむ

    しろ過大評価されやすいので上縦隔陰影拡大を見逃す

    ことは少ないようである.

     Masshら8)はX線における大動脈損傷を示唆する

    所見として,1.上縦隔陰影が8cm以上,2.気管右方偏

    位,3.大動脈陰影の不鮮明化,4.左肺内側縁の不鮮明

    化,5.大動脈左肺動脈間のX線透亮部分の消失,6.左

    主気管支の下降,をあげている.われわれの症例では,

    上縦隔陰影拡大90%,気管右方偏位60%,大動脈陰影不

    鮮明化10%であり,前二者を重要視している.

     胸部単純X線で大動脈損傷を疑った場合,次にどの

    検査を施行すべきか,という点に関しては,大きく,

    CTと血管造影との意見に大別されるようである.そ

    の,適否を検討するにはそれぞれの施設の特徴を考慮

    すべきであるが,CTが広く普及している本邦にあっ

    ては血管造影を重要視している合衆国の意見9・1°)とは

    異なってしかるべきと思われる.特に,合併損傷を迅

    速に評価する意味でも,われわれは,まずCTを施行す

    る方針としている11)造影CTにおいて大動脈からの

    造影剤漏出,仮性動脈瘤形成が認められれば確定診断

    となるが,大動脈壁の不鮮明化,縦隔血腫などの存在

    も大動脈損傷を強く疑わせる所見である.ただし, CT

    の意義については, Millerら12)は偽陰性が7.4%あっ

  • 1994年6月 大内ほか:外傷性胸部大動脈損傷

    多大な外力、減速外傷

    胸部単純X線上縦隔陰影拡大

           -

    救急室開胸(ERT)1

       ↓

    急速輪液/ に反応 ぺ十

    こよる造影剤漏出

    同時にCTでの全身評価血行動態安定→血管造影

    合併損傷の評価=治療選択順位の決定

    胸腔ドレナージ     /

    腹腔穿刺、診断的腹腔洗浄(DPL)

    へ活動性胸腔内出血          `活動性他臓器出血   \     / 経動脈的塞栓療法(骨盤骨折、腎損傷など)

          大動脈手術         腹腔内臓器修復、頭蓋内出血手術

    /単独損傷  ↓

      \

       合併損傷

       /へ

    修復可能  修復不能または不+分(=ヘパリン使用禁忌)

    /  /

    ;1   

    外シャント法部分体外循環

    左心バイパス

    左心バイパス(ヘパリンコーティング回路)

    単純遮断(30分以内に修復可能な場合)

    図1 外傷性胸部大動脈損傷に対する診療方針

    たとして,CTのみでは見逃しのあることを警告して

    いる.われわれは,同時に,頭部,腹部を撮影して合

    併損傷の有無を迅速に診断し治療選択順位の決定を行

    っている.

     胸腔内に活動性出血がなく血行動態の不良な例では,

    腹腔内臓器損傷や高度骨盤骨折などによる出血性ショ

    ックが疑われる.このような場合,われわれは血管造

    影を施行し造影剤のextravasationの認められた部位

    に経動脈的塞栓術(TAE : Transarterial embolizaiion)

    を直ちに行い血行動態の改善を図ることにしている.

    特に,腎損傷,骨盤骨折でのTAEの有効例を経験して

    おり13)これらは手術に先行して試みる方針としてい

    る.また,血管造影は,CTで確定診断のつかなかった

    例や,血行動態の安定している場合に行っている.文

    献的には胸部X線上の縦隔拡大症例における血管造

    影陽性率は10~20%とされ,CTをスクリーニングと

    しても55%の感受性と報告されているが12)われわれ

    も同様の印象をもっている. Akinsら9)は,頭蓋内出

    血,骨盤骨折,高度体表熱傷合併例では,血行動態が

    安定していれば,降圧療法を48時間行ったのちに手術

    を施行する方針を推奨しているが,現段階では破裂を

    予知することは不可能と考えており,いったん大動脈

    損傷の診断が確定したら緊急手術を行う方針としてい

    る.

    19

    351

     治療においては3つの問題点がある.1つは,多発外

    傷における治療選択順位の決定,2つめは大動脈手術

    時の循環補助手段の決定,そして3つめは術式の決定

    である.現在の外傷性大動脈損傷に対するわれわれの

    診療方針を図1に示した.

     まず,重要なことは活動性出血部を診断することで

    ある.来院時の状態によっては胸部単純写真のみで

    ERT (Emergency room thoracotomy)が必要となる.

    急速輸液により一応の血行動態の改善をみたら,胸腔

    ドレナージ,腹腔穿刺(場合によっては診断的腹腔洗

    浄:DPL)で活動性出血部位を診断する.この場合,

    骨盤骨折,腎損傷に対しては血管造影時にTAEを施

    行する.腹腔穿刺陽性,あるいはDPL強陽性で胸腔内

    に活動性出血がなければまず開腹により腹腔内処置を

    行ってから大動脈手術を行う. Kirshら14)は,開腹手術

    中に6例中5例で大動脈が破裂したとして,開腹より

    も大動脈手術を先行させるぺきと述べているが

    Bormanls),Hartfk)rd16〉,Turneyら17)は開腹を先行さ

    せることは大動脈破裂の危険を増さないと述べている.

    われわれも,胸腔内に活動性出血のない限り,後者の

    意見をとっている.頭蓋内合併症については, Richard-

    sonは緊急開頭を要するものはl%と少なかったと述

    べており18),われわれも判断に迷う症例を経験してい

    ないため確固とした方針はもっていないが,神経学的

  • 352

    に明らかなものであれば頭部の治療を優先するべきと

    考えている.

     胸部大動脈損傷の手術においては,まず麻酔管理に

    ついては,ダプルルーメンチューブを用いて気管内挿

    管し,大動脈操作中は左肺を虚脱させ,良好な視野を

    得,大動脈遮断中の下肢血圧モニターのための圧ライ

    ンを確保することにしている.体位は右側臥位で通常

    の後側方第4肋間開胸により大動脈にアプローチし,

    視野不良の場合は第3肋骨を後方で部分切除する.遮

    断のための大動脈剥離は可及的に用手的に行い,遮断

    部位は通常左総頚動脈と左鎖骨下動脈の間としている.

    これは大動脈損傷は左鎖骨下動脈末梢の遮断では手術

    操作が困難なことが多いためである,循環補助手段は

    大きく(1)単純遮断(いわゆるclamp and repair),

    (2)外シャント法, (3)左心バイパス, (4)部分体外

    循環法,などが用いられ,それぞれ長短所がある.

     (1)はヘパリン化を要さないが,遮断時間に制限があ

    る.Applebaum19),vasco20〉, Anntunesら21)は単純遮

    断の方が成績がよいと報告し, Katzら23)は39分以上

    の単純遮断で有意に術後対麻犀が増加するとし30分

    以上ではシャントをおくべきとし, Turneyら17)は,単

    純遮断を推奨しているが60分を越える場合は外シャ

    ントを使用すぺきとしている.

     Cowleyら22'はシャント使用に対麻揮予防効果はな

    かったと報告し, Mattoxら24)も,部分体外循環と単純

    遮断では死亡率,対麻蝉発生に有意差はなかったとし

    ている.一方,Pate2s)は部分体外循環を推奨してお

    り,合併損傷を先行して修復すればヘパリン投与によ

    る悪影響はないとしている.外シャント法に関しても,

    Merrillら26)は,血行動態の不安定な多発外傷では十分

    な血流の得られないことがあると述べ, Marvastiら27)

    は,左室脱血の外シャント法で有意に対麻埠発生が多

    かったと報告している.われわれも,外シャント法は

    十分な血流量が得られないことや視野不良が危惧され

    るため,スタンバイはしているが実際に使用した症例

    はまだない.近年,遠心ポンプによる左心バイパス法

    が胸部大動脈手術に用いられているが, Hessら28)は大

    動脈損傷におけるその良好な成績を報告している.

     このように,種々の方法で種々の成績が報告され,

    今のところ統一した見解は得られていないが,術後対

    麻犀発生については,術前術中血行動態,肋間動脈処

    理数,術前神経障害など多様な因子が関係しており循

    20

                   日血外会誌 3巻3号

    環補助手段のみに起因するものではないと思われる29)

     現在われわれの補助手段に対する考え方は,合併損

    傷の出血が制御されていない場合,1.短期間での直接

    縫合が可能なI/3周以下の内膜損傷でのみ単純遮断を

    選択する.2.遮断時間が30分を越える場合はヘパリ

    ンコーティングチューブでの外シャント法を用いる.

    3.最近はヘパリンコーティング遠心ポンプ回路が使

    用可能となり,より確実な下半身送血のため今後外傷

    例にも導入することを検討している.4.単独損傷例,

    あるいは合併損傷の出血の制御された例では部分体外

    循環を用い,確実な修復を心がけるようにしている.

    修復法は, 1/2周未満の内膜損傷であれば直接縫合を

    行い,それ以上であれば人工血管置換を施行している.

     術後合併症で胸部大動脈損傷に比較的特徴的なもの

    としては一過性高血圧があげられる. Kirshら14)は,術

    後約1/3の症例で認められたとしており, Lioyら3°)は

    峡部の神経性反射により高血圧が生ずることを実験的

    に報告している.われわれの経験でもこの高血圧はレ

    ニンーアンギオテンシン系が関与していないことから,

    同様の機序が考えられる.

             まとめ

     外傷性胸部大動脈損傷の診療には,診断,病態把握,

    多発外傷の評価,治療優先順位の決定,病態に応じた

    補助循環を迅速かつ正確に行う必要がある.治療成績

    の向上のためには,救急医療体制の整備はもとより,

    各施設に応じた診療のプロトコール作成が必要と思わ

    れた.

              文 献

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    21

  • 354 日血外会誌 3巻3号

    Abstract

    Surgical Treatment for Traumatic Injury of Thoracic Aorta

    Hiroshi Ohuchi1, Ikuo Fukuda1, Mototsugu Kohno2,

    Katsutoshi Nakamura1 and Kanji Matsuzaki1

    1 Department of Cardiovascular Surgery,Tsukuba Medical Center Hospital

    2 Division of Emergency Medicine, Tsukuba Medical Center Hospital

    Key words: Traumatic injury of the aorta,Therapeutic priority,Multiple trauma

    During an eight-year period, 10 patients with traumatic injury of the thoracic aorta were observed.

    Nine were male and one was female with a mean age of 38-year old (range 16~72). Three were DOA and

    nine had multiple injuries.Six initialsurvivors were operated upon. Three patients were treated with single

    aortic cross-clamp, two with femoro-femoral cardiopulmonary bypass, and one with leftheart bypass with

    centrifugal pump. There was one operative death due to subsequent retroperitoneal bleeding. One patient

    who underwent repair with single cross-clamp had postoperative paraparesis. We consider traumatic aortic

    injury with multiple trauma should be treated at the siteof active bleeding first.

    (Jpn. J. Vase. Surg., 3: 347-354, 1994)

    22

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