過去の出来事の想起が抑うつに及ぼす影響 - toyo...

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過去の出来事の想起が抑うつに及ぼす影響 はじめに 竹田 葉留美(千葉大学大学院融合科学研究科〉 原島雅之〈千葉大学地域観光創造センター) 近年、社会経済の大きな蛮化により、企業は事業の再構築や業務の効率化などを行い、その結果仕事は複雑・ ぼっている(日本労働組合総連合会, 2005) 。つまり現代社会において社会生活の中山をなす仕事場面において、 多くの人がストレスを抱えているのが現状である。 ストレスとは Selye(1936) により外界のあらゆる要求によってもたらされる身体の非特異的反応を表す概意と として異動や転職、結婚や引っ越レなどの環境の変化、事故や災害の体験(目撃)や身近な人の死、あるいは対 人関係などのライフイベントがあげられている(厚生笥働省, 2009) 。ストレッサーに直面し疋ときに、不安や緊 張、焦燥感、不眠傾向、食欲不振などのストレス反応が起こる。この初期の段階で適切なソーシャルサポートな どの緩衝要因が取り入れられるとストレス要因が軽減され、疾病までには至らないことが多い。しかしながら、 ストレッサーが持続的に加わることで、抑うつ感、無力感、集中力や判断力の値下などの反応が出現し、うつ病 などの疾病となるとされている (Hurrell & McLaney 1988) 現在、うつ痛や不安障害、あるいは適応障害などは社会的な問題となっている。ストレスが発症原因とされる 代表的な疾病としてあげられるのは、うつ病である。うつ病はこの 10 年で患者数は 2 倍以上に増加しており、ま た精神障害者約 300 万人のうち、ほほ 3 割の 100 万人がうつ病であると報告されている〈内閣府調査, 2007) ストレスと抑うっとの関連 ストレスについての研究については、古くは上述した Selye(1936) によるものであるが、 Selyeのストレス学説 は基本的に生理学的なストレスのメカニズムに焦点を当てており、山理学的要因についてはほとんど考慮されて いなかっ定。その後の研究において、ストレスが生起する過程において山理学的要因が重要であるという見地か ら、 Lazarus & Folkman(1984) は、ストレスを、「外的状況の特性や内的状態ではなく、環境の要求とその認知、お よびそれに苅する対処能力の認知との複雑な相E作用からもたらされる過程を指す」と定義レた。 L 担制s らは各 個人がさまざまな出来事や状況に直面し、刺激を受けるとその刺激に対レ 1 次評価と 2 次評価という 2 つの評価 プロセスが害在しているとした。この 1 次評価とは①無関係、②無害ー肯定、③ストレスフルの 3 種類のいずれ かの形をとり、この刺激はどういったものか、自分との関係や影響を判断する段階である。 2 次評価は、「ストレ スフル」と判定され疋刺激に苅して、その出来事や状況にどう対処すべきか、自分にどの選択肢があるかを判断 する段階であり、それに応じて対処(coping) の方法を講じることになる。対処を行った結果、再度対処の成否が評 価され、失敗であれば苅処の再選択、またはストレス反応が強まり、解決されれば成功体験として次回の刺激に 対する評価につながる。 しかし抑うつの特徴として、ネガティブなライフイベントを体験すると、それによって抑うつスキーマが活性 イじされ、その結果ネガティブな思考に陥るといわれる (Beck 1967) 。たとえば幼児期あるいは学童期に対人関係 での失敗を体験した人の揚合は、大人になり仕事揚面においての苅人関係の問題が、抑うつのスキーマを活性他 しやすくなり、ネガティブな認知・思考傾向をもちやすくなる。そのだめ対人関係でのストレッサーが発生レた ときに、 1 次評価、 2 次評価でポジィティブな評価にアクセスし難くなり、コーピングが講じられないことから 抑うつに至ると考えられている。 過去の出来事の想起一感情ネットワークモデルー 39

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Page 1: 過去の出来事の想起が抑うつに及ぼす影響 - Toyo University個人にとって負担を引き起こすストレッサーに直面すると、これまでの経験や記憶に基づいて、その負担の大

過去の出来事の想起が抑うつに及ぼす影響

はじめに

小口孝司〈立教大学現代I~\理学部〉

竹田 葉留美(千葉大学大学院融合科学研究科〉

原島雅之〈千葉大学地域観光創造センター)

近年、社会経済の大きな蛮化により、企業は事業の再構築や業務の効率化などを行い、その結果仕事は複雑・

高度化し、 I~\皇への負担が増加している。ある調査では、仕事にストレスを感じていると答えた人は 77.5%にの

ぼっている(日本労働組合総連合会, 2005)。つまり現代社会において社会生活の中山をなす仕事場面において、

多くの人がストレスを抱えているのが現状である。

ストレスとは Selye(1936)により外界のあらゆる要求によってもたらされる身体の非特異的反応を表す概意と

して提唱され、現在ではI~\皐疾患に関連するものとして扱われている。ストレスは、ストレスの原因となるスト

レッサーとストレス反応とのプロセスのなかで起こる現象である。ストレッサーとなりうるI~\理社会的ストレス

として異動や転職、結婚や引っ越レなどの環境の変化、事故や災害の体験(目撃)や身近な人の死、あるいは対

人関係などのライフイベントがあげられている(厚生笥働省, 2009)。ストレッサーに直面し疋ときに、不安や緊

張、焦燥感、不眠傾向、食欲不振などのストレス反応が起こる。この初期の段階で適切なソーシャルサポートな

どの緩衝要因が取り入れられるとストレス要因が軽減され、疾病までには至らないことが多い。しかしながら、

ストレッサーが持続的に加わることで、抑うつ感、無力感、集中力や判断力の値下などの反応が出現し、うつ病

などの疾病となるとされている (Hurrell& McLaney, 1988)。

現在、うつ痛や不安障害、あるいは適応障害などは社会的な問題となっている。ストレスが発症原因とされる

代表的な疾病としてあげられるのは、うつ病である。うつ病はこの 10年で患者数は2倍以上に増加しており、ま

た精神障害者約 300万人のうち、ほほ3割の 100万人がうつ病であると報告されている〈内閣府調査, 2007)。

ストレスと抑うっとの関連

ストレスについての研究については、古くは上述した Selye(1936)によるものであるが、 Selyeのストレス学説

は基本的に生理学的なストレスのメカニズムに焦点を当てており、山理学的要因についてはほとんど考慮されて

いなかっ定。その後の研究において、ストレスが生起する過程において山理学的要因が重要であるという見地か

ら、 Lazarus& Folkman(1984)は、ストレスを、「外的状況の特性や内的状態ではなく、環境の要求とその認知、お

よびそれに苅する対処能力の認知との複雑な相E作用からもたらされる過程を指す」と定義レた。 L担制sらは各

個人がさまざまな出来事や状況に直面し、刺激を受けるとその刺激に対レ1次評価と2次評価という2つの評価

プロセスが害在しているとした。この1次評価とは①無関係、②無害ー肯定、③ストレスフルの3種類のいずれ

かの形をとり、この刺激はどういったものか、自分との関係や影響を判断する段階である。 2次評価は、「ストレ

スフル」と判定され疋刺激に苅して、その出来事や状況にどう対処すべきか、自分にどの選択肢があるかを判断

する段階であり、それに応じて対処(coping)の方法を講じることになる。対処を行った結果、再度対処の成否が評

価され、失敗であれば苅処の再選択、またはストレス反応が強まり、解決されれば成功体験として次回の刺激に

対する評価につながる。

しかし抑うつの特徴として、ネガティブなライフイベントを体験すると、それによって抑うつスキーマが活性

イじされ、その結果ネガティブな思考に陥るといわれる (Beck,1967)。たとえば幼児期あるいは学童期に対人関係

での失敗を体験した人の揚合は、大人になり仕事揚面においての苅人関係の問題が、抑うつのスキーマを活性他

しやすくなり、ネガティブな認知・思考傾向をもちやすくなる。そのだめ対人関係でのストレッサーが発生レた

ときに、 1次評価、 2次評価でポジィティブな評価にアクセスし難くなり、コーピングが講じられないことから

抑うつに至ると考えられている。

過去の出来事の想起一感情ネットワークモデルー

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Page 2: 過去の出来事の想起が抑うつに及ぼす影響 - Toyo University個人にとって負担を引き起こすストレッサーに直面すると、これまでの経験や記憶に基づいて、その負担の大

個人にとって負担を引き起こすストレッサーに直面すると、これまでの経験や記憶に基づいて、その負担の大

きさや困難性、苦痛の程度などが認知、評価される。

この認知、評価の基準となるのが、個人が人生において経験した出来事(工ピソード〉の記憶(Conway,1990)

であり、また日常生活の中で経験レた個人的に意味のある出来事に関する記憶(神谷, 2002)である、つまり自

伝的記憶(autobiographicalmemory)によるものである。自伝的記憶は様々な感情や懐かしさを伴った記憶であり、

一般的なエピソード記憶よりも、自己に深く関与する記憶であると考えられている(Brewer,1986)。しかし自伝的

記憶は、個人の経験した出来事の記憶である以上、懐かしさなどのポジティブな感情と、辛い、苦しい出来事な

どのネガティブな感情を伴う記憶であろう。

日常生活のなかで、思い出そうとする意図がないにもかかわらず、過去の個人的経験を思い出すことがレばし

ばある。このような意図を伴わないで山に浮かんでくる自伝的記憶を不随意記憶と哩ぷ。不随意記憶は、想起者

に過去の自分白書や自分と関連のある他者を再認識させる出来事が多いことが明らかにされている。たとえば

Salovey & Singer(l989)の研究によると、比較的最近の自伝的記憶では気分一致効果は生じるが、子ども時代の記

憶では生じないと説明されている。これらの研究から、不随意記憶は、環境内にある手がかりから自動的に検索

され、想起者にそのときの社会的・物理的環境との相E作用を促すと考えられる(Conway,2005 ; Mace, 2005)。

またポジティブ気分では肯定的な情報を、ネガティブ気分では否定的な情報を選択的に処理する傾向があるこ

とが指摘され、気分一致効果(mood-congruenteffect)として研究されてき疋(Blaney,1986 ; Bower, 1981)。気分一致

刻果は、 Bower(1981,1991)が呈示した感情ネットワークモデル(emotion-networktheory)で説明されることが多い。

感情ネットワークモデルは、記憶表象内に感情のノード(node)を仮定し、感情的な出来事と感情ノードが連結し

ているネットワークを想定するものである。ある感情状態になった際に、類似した感情ノードが活性化レ、それ

に連なる感情と一致した出来事や経験が想起されやすくなるという「感情プライミング(affectivepriming)Jのプ

ロセスが働くという〈北村, 2008)。つまりポジティブ気分時には判断対象についてのポジティブな思考や反応が

活性化され、ネガティブ気分時では対象についてのネガティブな思考や反応が活性化されやすいので、判断が感

情価に引きすられバイアスを受けだ評価がなされやすいという(lsen,1987 ; Isen, Shalker, Clark & Ka中, 1978)。ま

た Bower(l981)は、感情ブライミングモデルを想定しているが、このモデルによると、その時点での感情状態に

マッチする評価的性質をもっt情報へのアクセスピリティが高まり、それらが選択的に想起されるとしている。

以上のことから、仕事上のストレスから抑うつ状態に陥っている人は、ネガティブな出来事が起き疋現状から、

比較的最近の過去の失敗や挫折などのネガティブな出来事の想起にアクセスしやすくなり、抑うつ状態を促進し

やすくなっているのではないかと予測される。

これまでの研究では、抑うつ状態に陥るプロセスとして認知と感情の方向性や記憶へのアクセスビリティにつ

いての検討はなされている。しかしながら、過去の出来事を想起することにより、身体的・山理的にどのような

蛮化をもたらすのか、また直接的に抑うつ状態に影響しているのかについては検討がなされていなし1。

そこで本研究では、日常的にストレス状況下に置かれている人疋ちの抑うつ状態と過去の出来事の想起との関

連に注目する。日常生活における失敗や辛い経験がストレッサーとなり、過去の出来事の想起がストレスフルな

状態から抑うつ状態に至るまでの認知的評価に過去の出来事の想起が関連していると予測する。それゆえ本研究

では、過去の出来事の想起が、ストレス、抑うつ状態に及ぼす影響を検討することを目的とする。

方法

調査対象

首都圏在住の 20代・ 30代・ 40代・ 50代の男女各 100名、合計 800名を苅象に Webによる調査を行つだ。期

間は 2009年2月 20日'"""'2009年2月24日に実施した。

調査内容

調査票は、個人属性(年齢・性別・就労経験の有無・職業・職歴)の他、ストレス、過去の出来事、抑うつ状

態から構成された。

(1 )ストレス

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対象者のストレス状態を測定するために、 ①ストレスの育無、 ②ストレス変化、 ③皐体的・ I~\理的ストレス変

化の方向、 ④ストレスの内容の4項目を設定した。①ストレスの有無では現在ストレスフルな状態にあるか、 ②

ストレス蛮化では、過去の出来事を想起することによりストレス蛮化があるか、について「全くない・ lJから「非

常にある・ 7J までの 7 件法で回答を求めた。 また③皐体的・ I~\理的ストレス変化の方向では、過去の出来事を想

起することによるストレスの蛮化は易体的なものか、あるいは山理的なちのなのか、 ④ストレスの内容では、現

在のストレスの内容についての自由記述による回答を求めた。

(2)過去の出来事

苅象者の過去の出来事の測定のために①過去の出来事の想起の有無、 ②想起頻度、 ③類似、 ④想起の内容の4

項目を設定した。①ではストレス状態にある時に過去の出来事を想起することがあるか、 ②ではその頻度につい

て、「全くなしりから「非常にあるJまでの 7件法で回答を求めた。③では現在のストレス状態と想起する内容が類

似しているか、について「全く似ていなしりから「非常に似ている」までの 7件法で回答を求めた。④について

は、過去の出来事の内容について自由記述による回答を求めた。

(3)抑うつ状態 (CES-D)

対象者の抑うつ状態を測定するために、 Centerfor Epidemiological Self-Depression Scale (CES-D ;日本語版 20項

目 ;畠・鹿野 ・北本立・浅井, 1985)を使用した。CES-Dは、米国の国立精神保健研究所でうつ病のスクリー二ン

グのために一般健常者向けに開発された抑うつ尺度である。質問項目は「うつ気分J7項目、「皐体症状J7項目、

「対人関係J2項目、「ポジティブ感情J4項目の合計 20項目で構成されている。各項目を 4件法で回苔する。

Radolff( 1977)に基づき、合計得点は 0点から 60点にわたり、得点が高いほど抑うつ傾向が高いことを示す。先

行研究との比較のため,本研究での CES-D得点の力ットオフ値を 16点とした。16点以上が気分障害群、 15点

以下は正常苅象群とした。

結果

ストレスと抑うつ状態

「ここ最近、どのくらいストレスを感じていますか」という質問項目に苅して、「やや感じている」と回答しだ

人数が 247人と最も多く、次いで「感じている」が 157人と続き、「とても感じている」と回答した 125人を合計

すると 529人と約 66%の人がストレスを感じているという結果となっだ(Figure1.)。

(N = 800) とても感じてい

15.6覧

感じている.19.6出

やや感じている,30.9首

どちらともいえない,8.8首

Figure 1. 最近のストレスの程度

また CES-Dによる抑うつ状態の結果については、全体で 28.4%の人が抑うつ状態であり、男性 24.3%、女性 32.5%

と女性の方が気分障害群に該当する人が多いことが示された(Table1.)。

Table 1. CES一DIこよる抑うつ状態の結果

気分障害群 正常対象群

人数 % 人数 %

男性 97 24.3 303 75.8 女性 130 32.5 270 67.5 合計 227 28.4 573 71.6

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過去の想起に閲する回答の分布

「嫌なことや辛いことがあった時、過去の事を思い出すことはどれくらいあるか」という質問項目について、

「たまにはある」と回答した人類が449人と最も多く、次いで「しばしばある」が 144人と続いていた。このこ

とから、多くの人がストレス状況において過去の出来事を想起した経験があることが分かる。つまり全体の約 3

人に l人は、ストレス状況下において過去の出来事を思い出す傾向があり、「たまにはある」という回答を加える

と、 90%以上の人が過去の出来事を思い出すことがあった(Figu閃 2.)

(N = 800) かなりある.6.9% 全くない, 8.6%

しばしばある, 18.0見

Figure 2.ストレス状況下における過去の出来事の想起体験の育無

次に、「想起した過去の出来事はあなたによって良いことか悪いことか」という質問項目に対する回答の結果で

は「非常に悪い」が 230人と最も多<、「悪い」が 225人と続き、約 60%の人が想起しだ過去の出来事は悪い出

来事であったと回答した (Figure3.)。しかしながら「とても良いJi良い」と答えた人も 15%ほど醇在レた。

(N = 731) とても良い,4.8%

どちらともいえなし、 23.5%

非常に悪い,31.5%

悪い.30.8%

Figure 3.ストレス状況下で想起した過去の出来事の良悪

また「その過去の出来事は、「あなたにとって好きなことか嫌いなことか」についての質問への回苔の結果に

ついても、「非常に嫌い」が 293人と最も多く、「嫌い」が 206人と続き、約 70%の人が想起した過去の出来事は

嫌いな出来事だとしている(Figure4.)。同じ事象であるのにもかかわらず¥悪いことだとする人の割合に比べて、

嫌いだとする人の割合が高いことは興味深し1。

(N = 731) とても好き,3.8%

好き,7.9%

どちらともいえなし、 20.0%

嫌い,28.2%

42

非常に嫌い,40.1%

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Figure 4. ストレス状況下で想起レた過去の出来事の好悪

分析使用変数闇の相関係数

ストレス得点、過去の出来事の想起の程度、抑うつ得点との閣の相関係数を Table2.に示す。ここからストレス、

過去の出来事の想起、抑うつ状態が正の相関関係にあることが示されている。

Table 2.ストレス,過去の出来事の想起.抑うつ得点の相関係数

ストレス 想起 抑うつ得点

ストレス ー .39 柿 .43 紳

想起 一 .44 特

C合計

神 pく.01

ストレス、過去の出来事の想起、抑うつ状態の関連

ストレスと過去の出来事の想起が、現在の抑うつ状態にどのような影響を与えているかを確認する。

ますストレスを感じているかの項目に対レ、「全く感じていなし)Jと「感じていなし'Jと回答した人数力t非常に

少なかったため、この2群を合わせて1群としだ。その上で、ストレス(感じていなし1、あまり感じていない、

どちらともいえない、やや感じている、感じている、とても感じている〉の6水準、過去の出来事の想起(全く

ない、たまにある、しばしばある、よくある、かなりある〉の5水準を独立変数、抑うつ得点を従属変数とする

2要因の分敵分析を行った CFigure5)。その結果は、過去の出来事の想起とストレスに交E作用はみられなかっ

た[F(20,770)=1.09, n.s.]。さらにストレスの主刻果ち有意ではなかった [F(5,770)=.79,nふ]。しかし過去の出来事

の想起の主効果については有意であった[尺4,770)=29.11, Pく.001]。過去の出来事の想起についての多重比較を行

ったところ、かなりある〉よくある〉しばしばある〉たまにある>全くない、の順であった。

ストレスを感じる程度にかかわらす、過去の出来事の想起と抑うつ得点とが正比例の関係が見られ疋ことは興

昧深い。つまり、ストレスの自己報告よりも過去の出来事の想起の万が、抑うつ傾向を反映している可能性があ

るからである。抑うつあるいはストレスの指標として、社会的望ましさが介在しにくいと考えられる。それゆえ

想起の程度を尋ねることでストレス状態や抑うつ傾向を正確に把握できるかもしれない。

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ストレスーーー 2感じていない

25-1 2 ID 一一 3あまり感じてい

6 ない

5

ーー...4などいちらともいえ

20 -1 一一・ 5るやや感じてい

t:/I"'..I-17

つ抑

7 ー--6感じている

d号、¥. /~γg 3 一一一 7とても感じてい

'コ 15

得点

10

5

全くない たまにはあしばしばある よくある かなりあるる

想起

Figure 5.抑うつ得点に対するストレスと過去の出来事の想起の平均値の差

次にストレスと抑うつ状態の聞に、過去の出来事の想起が媒介しているかを検討するために媒介分析を行った。

ますストレスを独立変数、抑うつ得点を従属変数とする単回帰分析を行つ疋結果、有意なストレスの影響力t確認

された(ぷ=.43,p<.01)。次に過去の出来事の想起を独立変数に加えて重回帰分析を行つだ結果、過去の出来事の

想起は有意な影響を持っており (β=.32,Pく.001)ストレスの抑うつ得点への影響は有意に減少した〈β=.31,

pく.001; Sobel test z=6.19,p<.001)。以上の結果から、想起が媒介していることが確認された(Figure6.)。

ラン/想起

~.32'Ü (.43糾)

.31帥*

Figure 6.想起による抑うつ状態への媒介効果

註)カッコ内はストレスかける抑うつ得点の単回帰分析結果

考察

以上の結果から、ストレスが高く、過去の出来事の想起が多い人ほど、抑うつ得点が高いことが確認された。

またストレス、過去の出来事、抑うつ状態については、ストレスは過去の出来事の想起を媒介して、抑うつ状態

をもたらすことが認められた。

約 70%の人がストレスを感じており、 90%の人が過去の出来事を想起している。またその過去の出来事につい

ては、 60%の人が悪いことであり、 70%が嫌いなこととしている。つまりストレスフルである不快な感情状態に

なった時に、類似した感情ノードが活性化し、それに連なる感情と一致した出来事や経験が想起されやすくなる

という、感情プライミングが活性化される司能性があることが示された。つまり日常生活におけるストレスフル

な状態から抑うつ状態に至るまでの聞に過去の出来事の想起が関連していることは示された。しかしながら、認

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知的評価にどのような影響を及ぼしているかについては解明されていない。

ストレスフルな状況の中で、誰ちが抑うつ状態に至る訳ではない。同じ条件下で快/不快、健康/抑うつ状態に

反応が個人間で変動が見られるのは、直面する出来事や状況をどのように解釈・評価するかによるものであろう。

つまりストレスの2次評価から対処にいだるプロセスの中で、過去の出来事を想起するという行為が影響してい

る司能性が考えられる。

抑うつの本質は認知の障害であり、感情の障害はそこから二次的に生じてくるとされた(Beck,1976)。抑うつ状

態になりやすい人は、ちとちと認知構造としての抑うつスキーマを持っており、これが抑うつへの脆弱性とされ

ている(Beck,1976)。この脆弱性を保持している人の抑うつに陥るプロセスとして、様々なライフイベントなどを

経験した時に、ネガティブな自己スキーマが活性化され、ネガティブな思考として自動的に意識に浮かぶこと(自

動思考〉で抑うつに陥ると考えられた。

この Beckのスキーマ仮説を、 Teasdaleは脆弱性と認知と感情の方向性を否定的に修正し、抑うつ的処理活性仮

説(di能 rentialactivation hypothesis; Teasdale, 1983, 1985, 1988)を呈示した。 Teasdaleによれば、感情と認知の双方向

性を唱え、どちらが先に生じるかについては考え難いという。抑うつ状態になりやすい人は、潜在的に抑うつ的

処理活性パタンを持っているが、それは抑うつ気分の時に限り活性化されるものとしだ。抑うつ状態になると、

抑うつ的な認知処理のパタンが活性化される。この認知処理のパタンを持つことが抑うつへの脆弱性となるとし

た。

ストレス(ライフイベント)が生じ、抑うつ気分になると、脆弱性〈認知パタン〉が活性化され、ネガティブ

な内容の記憶だけが思い出されやすくなり、また体験がネガティブに偏って解釈されるようになる。この現象を

説明する疋めに、前述した Bower(1981,1991)が呈示した感情ネットワークモデルが用いられている。このライフ

イベントと認知パタンはEいにフィードパックしあって強化し、抑うつを持続させる。

今後の課題とレて、過去の出来事を多く想起し、抑うつ得点が高い人は、過去の出来事と認知的評価パタンが

Eいにフィードパックする相E増強サイクルが抑うつ的処理を活性化し、抑うつ状態に至るというプロセスを確

認していく必要がある。またネガティブな状況のなかで、ネガティブな過去の出来事の想起をするのではなく、

ポジティブな出来事の想起を操作的に行うことにより、コーピングとレての機能を果疋す司能性ち考えられるだ

め、こうレた点ち検討していくことが求められるであろう。ストレスと過去の出来事の状況やその時の感情の類

似性や具体的な過去の出来事の想起内容、普段の行動や思考のパタンなどを調査する必要があり、過去の出来事

を想起することが認知的評価にどのような影響を与えているのかを検討していく必要がある。

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謝辞

本研究を実施するにあたり、東洋大学 21世紀ヒューマン・インタラクション・リサーチ・センターから朗成

を賜りました。記して深く感謝いだレます。

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