1c10 気相コバルトクラスター負イオンによる二酸化炭素の活...

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1C10 気相コバルトクラスター負イオンによる二酸化炭素の活性化 (東大院理 1 , 京大 ESICB 2 ) ○栁町章麿 1 , 小安喜一郎 1,2 , 佃達哉 1,2 Activation of carbon dioxide by cobalt cluster anions in the gas phase (The Univ. of Tokyo 1 , ESICB, Kyoto Univ. 2 ) Akimaro Yanagimachi 1 , Kiichirou Koyasu 1,2 , and Tatsuya Tsukuda 1,2 【序】代表的な温室効果ガスである二酸化炭素(CO 2 )の排出を抑え、さらには有用 な物質へと変換していくことは、持続可能な社会を築く上で克服すべき課題である。 しかし、 CO 2 は化学的に極めて安定であるため、これを他の物質へと変換するために は触媒的な活性化が必要である。CO 2 の活性化方法の例として、Lewis 塩基による CO 2 の炭素への求核付加反応[1]、電極反応[2]や光触媒[3]による還元などが知られて いるが、さらに高効率・高選択的な触媒の開発が求められている。 我々は、金属クラスターがサイズ特異的な幾何・電子構造に起因する新しい触媒機 能を発現することに着目し、金属クラスターによる CO 2 の活性化を検討している。 触媒を合理的に開発するためには、クラスターを構成する元素・サイズ(原子数)や クラスターの電荷状態が、 CO 2 との反応に与える影響を理解することが不可欠である。 そこで本研究では、気相中に孤立したコバルトクラスター負イオン(Co n )を取り上 げ、CO 2 との反応過程を実験と理論計算を併用して調べた。 【実験】本研究では、レーザー蒸発クラスター源、反応セル、Wiley-McLaren 型飛行 時間型質量分析計、磁気ボトル型光電子分光計からなる自作装置を用いた[4]。高圧の ヘリウム中でレーザー蒸発法により生成した Co n を反応セルに導入し、CO 2 と反応 させた。その後、反応生成物を飛行時間型質量分析計により帰属した。 n = 5 – 9 のサ イズについて Co n および反応生成物である Co n CO 2 の光電子スペクトルを Nd:YAG レーザーの第三高調波を脱離光として 用いて測定した。また、生成物として Co 7 CO 2 を取りあげ、その幾何構造、電 荷状態を DFT 計算(B3LYP/LanL2DZ Co, 6-311++G*C,O)レベル)に よって調べた。基底状態の Co 7 16 [5]であることから、 Co 7 CO 2 のスピン 多重度として 13, 15, 17 重項について 検討した。 【結果と考察】Co n CO 2 の反応前後 の典型的な質量スペクトルを図 1 に示 す。CO 2 との反応によって n 7 1. Co n CO 2 の(a)反応前および(b反応 後の質量スペクトル.

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  • 1C10 気相コバルトクラスター負イオンによる二酸化炭素の活性化

    (東大院理 1, 京大 ESICB2) ○栁町章麿 1, 小安喜一郎 1,2, 佃達哉 1,2 Activation of carbon dioxide by cobalt cluster anions in the gas phase

    (The Univ. of Tokyo1, ESICB, Kyoto Univ. 2)

    ○Akimaro Yanagimachi1, Kiichirou Koyasu1,2, and Tatsuya Tsukuda1,2

    【序】代表的な温室効果ガスである二酸化炭素(CO2)の排出を抑え、さらには有用な物質へと変換していくことは、持続可能な社会を築く上で克服すべき課題である。しかし、CO2は化学的に極めて安定であるため、これを他の物質へと変換するためには触媒的な活性化が必要である。CO2 の活性化方法の例として、Lewis 塩基によるCO2 の炭素への求核付加反応[1]、電極反応[2]や光触媒[3]による還元などが知られているが、さらに高効率・高選択的な触媒の開発が求められている。 我々は、金属クラスターがサイズ特異的な幾何・電子構造に起因する新しい触媒機能を発現することに着目し、金属クラスターによる CO2 の活性化を検討している。触媒を合理的に開発するためには、クラスターを構成する元素・サイズ(原子数)やクラスターの電荷状態が、CO2との反応に与える影響を理解することが不可欠である。そこで本研究では、気相中に孤立したコバルトクラスター負イオン(Con–)を取り上げ、CO2との反応過程を実験と理論計算を併用して調べた。 【実験】本研究では、レーザー蒸発クラスター源、反応セル、Wiley-McLaren型飛行時間型質量分析計、磁気ボトル型光電子分光計からなる自作装置を用いた[4]。高圧のヘリウム中でレーザー蒸発法により生成した Con–を反応セルに導入し、CO2 と反応させた。その後、反応生成物を飛行時間型質量分析計により帰属した。n = 5 – 9のサイズについて Con–および反応生成物である ConCO2–の光電子スペクトルを Nd:YAGレーザーの第三高調波を脱離光として用いて測定した。また、生成物としてCo7CO2–を取りあげ、その幾何構造、電荷状態を DFT 計算(B3LYP/LanL2DZ(Co), 6-311++G*(C,O)レベル)によって調べた。基底状態の Co7が 16重項[5]であることから、Co7CO2–のスピン多重度として 13, 15, 17 重項について検討した。 【結果と考察】Con–と CO2の反応前後の典型的な質量スペクトルを図 1 に示す。CO2 との反応によって n ≥ 7 で

    図 1. Con– と CO2の(a)反応前および(b) 反応後の質量スペクトル.

  • ConCO2–の生成が観測された。そこで、式(1)の反応が進行したと考え、この反応が擬一次反応であると仮定し、反応前後の Con–のピーク強度から式(2)に従って、相対反応速度定数を見積もった。

    Con– + CO2 → ConCO2– (1) (2)

    得られた結果を、図 2にプロットした。反応性は サイズとともに増加し、n = 9, 11付近で極大となることがわかった。 反応が観測された最小サイズの Co7–とその生成物 Co7CO2–の光電子スペクトルを、図3(a)に示す。Co7–で見られた低束縛エネルギー側のピーク強度がCO2の吸着に伴って減少した。同様の傾向が n = 5 – 9のすべてのサイズで見られた。この結果は Con–から CO2への電子移動、それに伴う CO2の活性化を示唆している。 そこで DFT計算により、Co7CO2–におけるCO2の吸着構造を調べ、活性化機構について考察した。検討したスピン多重度の範囲では17 重項状態がエネルギー的に最安定だった。図 3(b)に構造最適化によって得られた17重項の Co7CO2–の構造を示す。Mulliken 電子密度解析から、Co7–から吸着した CO2へ 0.65 の電荷移動が起こることが明らかになった。また、CO2の吸着後も、Co7–の構造は大きく変化しなかったのに対して、CO2では C-O 結合長が 1 割程度伸長し、O-C-O 結合角が 180°から 129°に屈曲した。吸着後の CO2の構造的な特徴は 13, 15重項についてもほぼ同様に見られた。これらの特徴は Con–が電子移動によって CO2を触媒的に活性化する可能性を示している[6]。 【参考文献】 [1] Sakakura, T. et al. Chem. Rev. 2007, 107, 2365. [2] Hawecker, J. et al. Helv. Chim. Acta 1986, 69, 1990. [3] Sato, S. et al. Angew. Chem., Int. Ed. 2010, 49, 5101. [4] Watanabe, T.; Tsukuda, T. J. Phys. Chem. C 2013, 117, 6664. [5] Rodríguez-López, J.L. et al. Phys. Rev. B 2003, 67, 174413. [6] Knurr, B. J.; Weber, J. M. J. A. Chem. Soc. 2012, 134, 18804.

    図 3.(a) Co7–および Co7CO2–の光電子スペクトル. (b) 17 重項の Co7CO2–の最適化構造. 丸括弧内に Mulliken 電荷を示した. また、吸着していない CO2 の構造情報を角括弧内に示した.

    図 2. Con–と CO2の相対反応速度定数.

  • 1C1C1C1C11111111

    魔法数クラスターAl 23–の新規構造モデル: 面共有双二十面体型構造

    (東大院理

    1, 京大 ESICB2) ○小安 喜一郎 1,2,佃 達哉 1,2

    A new structure model for magic cluster Al23–: face-sharing bi-icosahedral motif

    (The Univ. of Tokyo1, ESICB, Kyoto Univ.2) ○Kiichirou Koyasu1,2 and Tatsuya Tsukuda1,2

    【序】

    金属クラスターでは,ジェリウム模型から予測される離散化した超原子軌道(SAO: 1S, 1P,

    1D, 2S, 1F,…)が形成される。これまで,一価金属であるNaや Au,三価金属の Al クラスタ

    ーにおいて,各 SAOの閉殻(総価電子数 N* = 8, 18, 20, 40, 70,…)によって安定サイズの

    起源が説明されてきた。例えば気相実験において,O2 に対する Al 13–および Al 23

    –の相対反

    応速度定数は他のサイズと比較して非常に小さい[1]。この結果は,それぞれ N* = 40 と 70

    の電子殻閉殻を満たし,特に前者は対称性の高い正二十面体(Ih)構造であることから,電

    子的にも幾何的にも安定であるためと説明されている。

    一方,電子求引性のチオール配位子を用いて価電子数を制御し,Au135+

    (N* = 8)が化学

    的に合成されている。Au135+

    は電子殻閉殻,Ih 構造をもつ安定な超原子であることから,

    Au135+

    をユニットとして Ih 構造の一部を共有する「超原子分子」が報告されている[2]。例え

    ば,[Au25(SR)5(PPh3)10Cl2]2+

    は Ih の頂点を共有した Au25 コア[3],Au38(SC2H4Ph)18は Ih の

    面を共有した双二十面体 Au23 コア[4]をもつことが単結晶 X 線構造解析から決定され,後

    者については Au23 コアの軌道と F2 の分子軌道の計算結果を比較して,超原子分子とみな

    せることが提唱されている[5]。

    以上のような Au23コアに対する超原子分子の取り扱いに着想を得て,本研究では魔法数

    クラスターAl 23–が Al13 をユニットとする双二十面体構造をもつ可能性を,DFT 計算によって

    検討した。その結果,双二十面体構造の Al 23–の分子軌道を,二十面体型 Al13 の SAO と比

    較することで,Al 23–が超原子分子とみなせることを見出した。

    【計算方法】

    本研究では,双二十面体型,および面心立方型構造の Al 23–について,Gaussian09プロ

    グラムを用い B3LYP/6-311++G**レベルで構造最適化を行った。振動数解析を行い,得ら

    れた構造が安定であることを確認

    した。また,構造最適化した双二

    十面体 Al 23–では Al 13 ユニットが

    D3d対称性であったため,D3d対称

    性の Al 13–について SAO を計算し,

    Al 23–の MO と比較して,超原子の

    結合様式について検討した。

    1

    2

    3

    ∆E / eV 0.00 0.05 0.97

    VDE / eV 3.16 3.28 3.17

    図 1 最適化された Al23–の構造,∆E,VDE.

  • 【結果と考察】

    異性体 1–3について最適化された構造,

    相対エネルギー(∆E),垂直脱離エネルギ

    ー(VDE)を図1に示す。異性体3を形成す

    る Al 13–ユニットは D3d対称性であり,共有す

    る面の 3 つの平均 Al–Al 結合長(3.44 Å)

    は,Al 13–の平均 Al–Al 結合長(2.82 Å)と比

    較して伸長していることがわかった。

    また 1,2 より 3 の方が約 1 eV不安定で

    あるが,VDE はほぼ同じ値が得られた。従

    って,気相中で 3 が生成していると考えても

    VDE の実験値(3.57 eV[6])を矛盾なく説

    明できる。

    図 2 にエネルギー準位図を示す。異性

    体 1,2 は球対称に近い形状であり,どちら

    も電子構造は超原子に対して想定される分

    布と近い結果であった。一方,3 のエネルギ

    ー準位図は 1,2 とは異なり,電子構造が超原子とは異なることが示唆された。

    そこで,Al 13–(D3d)の SAO の形状に基づいて,Al 23

    –内の二十面体どうしの結合様式を検

    討した(図 3)。低エネルギーの軌道では,Al 13–の 1S,1P軌道から Σ,Πなどの軌道が形成さ

    れる様子が観測された。一方,高エネルギーの軌道は形状が複雑であったが,Al 23–の 145,

    146番軌道は Al13–の 1F軌道(図 3,82および 83番 SAO)から,142番軌道は Al 13

    –の 2Pz

    軌道(図 3,84番 SAO)から形成されるこ

    とがわかった。これらの結合性軌道は,

    対応する反結合性軌道が占有されてお

    らず,結合次数 3 に相当する。開殻電子

    構造の Al 134+をユニットとして,形式的な

    結合スキームは,以下のように記述でき

    る。

    Al 23– (70 e) = 2 ×Al134

    + (35 e) – 3Al3+.

    すなわち双二十面体型 Al 23–は,開殻超

    原子 Al 134+がファセット(3 原子)を共有し

    て結合した超原子分子とみなせる。

    【引用文献】

    [1] Leuchtner, R. E. et al. J. Chem. Phys., 1989, 91, 2753. [2] Nishigaki, J. et al. Chem. Rec.

    in press (DOI: 10.1002/tcr.201402011). [3] Shichibu, Y. et al. J. Phys. Chem. C 2007, 111,

    7845. [4] Qian, H. et al. J. Am. Chem. Soc. 2010, 132, 8280. [5] Cheng, L. et al. Nanoscale

    2012, 5, 1475. [6] Akola, J. et al. Phys. Rev. B 2000, 62, 13216.

    1S

    1P

    1D

    2S

    1F2P

    1G2D

    1H

    3S

    Ene

    rgy

    / eV

    154151

    135

    150

    134131

    127

    123

    130128

    122120

    119118

    117

    116

    –12

    –10

    –8

    –6

    –4

    –2

    0156155

    21 3

    図 2 異性体 1–3 の SAO のエネルギー準位図.

    実線は占有軌道,破線は非占有軌道を示す.

    82

    (b)

    Ene

    rgy

    / eV

    83

    84

    –2.5

    –3.0

    (HOMO)149

    147

    145

    144

    143

    142

    141

    150

    148

    146

    142

    145

    146

    (a)

    図 3(a)Al23–(異性体 3)の SAO のエネルギー準位

    図と(b)Al13–の SAO の結合性相互作用.

  • 1C12

    金クラスターの微細化による Au–Au 結合のソフト化

    (東大院理 1, 京大 ESICB2, 東理大院総合化学 3) ○山添誠司 1,2, 髙野慎二郎 1,

    藏重亘 3, 根岸雄一 3, 佃達哉 1,2

    Softening of Au–Au bonds in gold clusters by size reduction

    (The Univ. of Tokyo1, ESICB, Kyoto Univ.2, Tokyo Univ. of Sci.3) ○Seiji Yamazoe1,2,

    Shinjiro Takano1, Wataru Kurashige3, Yuichi Negishi3, Tatsuya Tsukuda1,2

    【序】近年,化学組成が厳密に規定された有機配位子保護金クラスターの合成が数多

    く報告されている.これらの金クラスターが示す特異的な光学特性・電子構造を理解

    する上で,幾何構造を明らかにすることは重要である.金クラスターの構造は単結晶

    X 線回折によって決定されるが,単結晶の作製が困難ため,その構造が明らかになっ

    た例は数例のみである.最近,非晶質材料の局所構造を元素選択的に解析できる X 線

    吸収微細構造(XAFS)解析を用いて,嵩高い官能基を持つチオール[1]やアルキン配

    位子[2]と金クラスターの界面構造を明らかにした.しかし,クラスター内の Au 原子

    の熱振動の効果[3]によって,金コア自体の幾何構造を XAFS により定量的に解析し

    た例はこれまでに報告されていない.本研究では,Au-L3 殻 XAFS を極低温で測定す

    ることにより Au 原子の熱振動の影響を抑制することで,はじめて金クラスターの幾

    何構造の定量的解析が可能になったこと,熱振動解析によりクラスターサイズが小さ

    くなるにつれ Au–Au 結合がソフト化することを示す結果を得たので報告する.

    【実験】Au25(SR)18,Au38(SR)24及び Au144(SR)60(R = C2H4Ph)は既報に従って合成し,

    紫外可視吸収(UV-Vis)分光法,エレクトロスプ

    レーイオン化(ESI)質量分析法により評価した.

    Au-L3 殻 XAFS は,SPring-8 BL01B1 において

    Si(311)の二結晶分光器を用いて透過法により測

    定した.サンプルの温度調節はクライオスタット

    を用いて行った.解析には REX2000 Ver. 2.5.9

    (Rigaku) を 用 い た . ま た , Au25(SR)18[4] と

    Au38(SR)24[5]については単結晶 X 線構造解析で得

    られている構造を,Au144(SR)60 については密度汎

    関数(DFT)法により予測された構造[6]を用いて

    FEFF8[7]により広域 X 線吸収微細構造(EXAFS)ス

    ペクトルを予測し,測定結果と比較した.

    【結果と考察】単結晶 X 線構造解析[4]によって決

    定された Au25(SR)18 の構造を Fig. 1 に示す.正二

    十面体構造の Au13 コアの表面に-SR-(Au-SR)2-が

    配位した構造をもっており,金は 3 種類のサイト

    (AuC,AuS,AuO)を占めている.この Au25(SR)18の Au-L3 殻 EXAFS を測定したところ,測定温度

    を下げることで Au-L3 殻 EXAFS の振動強度が劇

    的に増大した.Fig. 2 に 300 K(EXAFS 解析範囲

    Fig. 1 Structures of Au25(SR)18 and

    Au144(SR)60(R groups were omitted for

    simplicity)[4,6].

  • 3 ≤ k ≤ 16 Å-1)及び 8 K(EXAFS 解析範囲 3 ≤ k ≤ 21

    Å-1)で測定した Au-L3 殻 EXAFS をフーリエ変換

    (FT)したスペクトルを示す.低温で測定することで

    Au–S 結合(1.6-2.0 Å)と第 1 近接の Au–Au 結合

    (2.3-3.0 Å)の明瞭なピークに加え,第 2 近接の

    Au–Au 結合(4.5-5.0 Å)の観察にはじめて成功し

    た.次に Fig. 1 の構造から配位子を除いた Au25S18構造を用いて Au-L3 殻 FT-EXAFS をシミュレーシ

    ョンした(Fig. 2).実験結果は,シミュレーショ

    ンの結果で 3.0-3.5 Å に見られる AuO–AuS結合のピ

    ークを除き,Au–S 結合,第 1,2 近接 Au–Au 結合

    の長さと配位数をほぼ再現した.AuO–AuS結合が 8

    K でも実験で観測されなかったことは,この結合の

    熱振動を抑制できていないためであると考えられ

    る.次に,1.6 ≤ r ≤ 3.1 Å に対してカーブフィッテ

    ィングしたところ,Au–S 結合及び長さの異なる 2

    種類の Au–Au 結合に対する構造パラメータが得ら

    れた.これらは Fig. 1 の Au–S 結合及び Au13 コア

    の構造を反映していることがわかった.Au38(SR)24 についても Au25(SR)18 と同様の結

    果が得られたことから,低温 XAFS 測定からチオラート保護金クラスターの Au–S 結

    合及びクラスターコアのAu–Au結合に関する定量的情報が得られることを見出した.

    次に,単結晶構造解析の報告例のない Au144(SR)60 を低温 XAFS 測定により解析し

    た.Fig. 2 に 8 K で測定した Au144(SR)60の Au-L3殻 FT-EXAFS(EXAFS 解析範囲 3 ≤

    k ≤ 21 Å-1)を示す.Au–S 結合(1.6-2.0 Å),第 1 近接 Au–Au 結合(2.3-3.0 Å)及び

    第 2 近接 Au–Au 結合(3.6-4.0 Å)が観察され,これらは DFT 計算で得られた構造(Fig.

    1 [6])を基にシミュレーションした FT-EXAFS(Fig. 2)と良く一致した.しかし,Fig.

    1 に示す AuO–AuS結合(Au144(SR)60の Au114コア表面の AuSと-SR-Au-SR-の AuOの結

    合)に帰属される 3.0–3.5 Å のピークは 8 K で測定した FT-EXAFS には見られなかっ

    た.次に 1.6 ≤ r ≤ 3.1 Å をカーブフィッティングしたところ,得られた構造パラメー

    タは Au–S 結合と Au114 コアから見積もられる 2 種類の Au–Au 結合とほぼ一致した.

    以上の結果は、DFT 計算で予測された Au144(SR)60の構造の妥当性を支持している.

    最後に各金クラスターの Au–S 結合及び2種類の長さの異なる Au–Au 結合につい

    て熱振動の大きさを表すデバイワラーファクター(DW)の温度依存性を調べた.DW

    の温度依存性を解析した結果,2 種類の Au–Au 結合は結合力が異なること,また,ク

    ラスターサイズが小さくなるにつれ,結合がソフト化することを見出した.

    【参考文献】

    [1] Nishigaki, J. et al. J. Am. Chem. Soc. 2012, 134, 14295.

    [2] Maity, P. et al. J. Am. Chem. Soc. B 2013, 135, 9450.

    [3] MacDonald, M.A. et al. J. Phys. Chem. C 2011, 115, 15282.

    [4] Heaven, M.W. et al. J. Am. Chem. Soc. 2008, 130, 3754.

    [5] Qian, H. et al. J. Am. Chem. Soc. 2010, 132, 8280.

    [6] Lopez-Acevedo, O. et al. J. Phys. Chem. C Lett. 2009, 113, 5035.

    [7] Ankudinov, A.L. et al. Phys. Rev. B. 1998, 58, 7565.

    Fig. 2 Au-L3 edge FT-EXAFS measured

    at each temperature and simulated FT-

    EXAFS of Au25(SR)18 and Au144(SR)60.

  • 1C13 超原子 Al13と PVPの相互作用:安定性と反応性に対する電子移動の効果

    (東大院理 1,京大 ESICB2) ◯渡辺智美 1,2,小安喜一郎 1,2,佃達哉 1,2

    Effect of Charge Transfer from PVP on Stability and Reactivity of Al13 superatom

    (The Univ. of Tokyo1, ESICB, Kyoto Univ.2) ◯Tomomi Watanabe1,2, Kiichirou Koyasu1,2, and Tatsuya Tsukuda1,2

    【序】数個から数百個程度の金属原子で構成される金属クラスターは機能物質の構成単位として

    注目され,有機配位子や高分子で保護された金属クラスターが数多く合成されている。有機配位

    子や高分子は,金属クラスターを凝集から立体的に保護するだけでなく,電子のやりとり

    を通じて金属クラスターの価電子総数 n*を調整することで電子的に安定化している。特に,Na, Au, Al などの金属クラスターについては,n* = 8, 18, 20, 34, 40, …となるとき電子的に閉殻となり,特異的な安定性を示すことが知られている [1]。例えば,Al50Cp*12 (Cp* = pentamethylcyclopentadienyl)[2]において Cp*は Al コアから価電子を引き抜くことで n*を138 に調整し,Al コアの電子構造を閉殻化している[3]。一方,Al13–は正二十面体構造という幾何的な閉殻構造に加え,40 個の価電子によりその超原子軌道も閉殻であり,気相で非常に安定な魔法数クラスターである[4]。中性の Al13は電子的閉殻より 1 電子不足した構造をしており,外部から 1 電子供与すれば Al13を安定化できる可能性がある。ここで,高分子であるポリビニルピロリドン (PVP) は,カルボニル基の酸素を介して Au クラスターに電子を供与することが実験的・理論的に知られており[5,6],Al クラスターにおいても電子供与性の保護基として機能することが期待できる。そこで,本研究では中性の Al13に対する PVP からの電子供与の効果を計算化学の手法で調べた。 【計算手法】PVP のモデルとして,N–エチル–2–ピロリドン (EP) を用いた。密度汎関数法 B3LYP/6-31G(d)を用いて,会合体 Al13(EP)n,および Al13–(EP)n (n = 0–4) の構造最適化計算を行った。各最適化構造について,振動数解析によって安定構造であることを確認

    した。さらに Al13(EP)nと Al13(EP)n–1のエネルギー差から EP の逐次的な結合エネルギー (BE)を,Al13(EP)nの Mulliken電荷解析から EPとの相互作用による Al13コアの Mulliken電荷の変化量 (ΔQ) を求めた。 【結果と考察】Al13–については正二十面体構造が最安定構造として得られ,電子配置は

    (1S)2(1P)6(1D)10(2S)2(1F)14(2P)6であった。一方,Al13は二十面体が歪んだ構造をしており,1F軌道の電子が 1 つ欠損した電子配置をもっていた。Al13(EP)1の最適化構造を表 1 に示す。二十面体構造の Al13コアに対して,EP がカルボニル基の酸素を介して配位した構造 1 と,静電的に相互作用した構造 2 が得られた。各安定構造における BE とΔQ を表 1 に示す。BE を比較すると,1 が 2 よりも圧倒的に安定であることがわかる。また,構造 1 ではAl13コアの負電荷量が 0.36 e増加したのに対

    表 1. Al13(EP)1の最適化構造,BE とΔQ. 1 2

    構造

    BE / eV 1.11 0.01

    ΔQ –0.36 –0.02

  • して,2 ではほとんど変化していない。これらの結果は,EP が,開殻電子構造の Al13 に対してもカルボニル酸素を介して電子供与性の配位子として働いていることを示

    している。構造 1 における EP と Al13の相互作用に対する知見を得るため分子軌道を調べたところ,(1) Al13の超原子軌道 1S, 1P, 1D と EP の分子軌道から構築された結合性軌道と反結合性軌道がともに占有されていること,

    (2) 結合性軌道形成による安定化エネルギーのほうが反結合性軌道形成による不安定化エネルギーより大きいこ

    とがわかった。特に,1S と 1D 由来の軌道は 1P由来の軌道より EPのカルボニル酸素のπ軌道との軌道の重

    なりが大きく (図 1),対応する結合性軌道の安定化エネルギーも大きか

    った。一方,構造 2 の BE については,EP の双極子モーメント(3.71 D)と Al13 の誘起双極子モーメントとの相互作用が支配的であると考えられ

    る。 Al13(EP)2 と Al13(EP)3 の構造異性体のうちそれぞれ最も安定であった

    構造 3 , 4 を表 2 に示す。Al13(EP)1の場合と同様に,EP のカルボニル酸素を介して Alコアへ電子移動を伴う構造が最も安定であることがわかっ

    た。構造 4 ではΔQ がほぼ–1 e と見積もられ,Al13 が電子的に閉殻となった こ と を 示 唆 し て い る 。 一 方 ,

    Al13(EP)4については 4 つの EP が全てカルボニル酸素を介して化学吸着

    した構造 5 よりも,Al13に化学吸着した 3 つのうち 1 つの EP に対してもう 1つの EPが静電的に相互作用した構造 6 のほうがわずかながら安定であることがわかった (表 3)。また,閉殻電子構造をもつ Al13–と EP との BE は 0.23 eV であり,構造 1 の BE (1.11 eV)を大きく下回った。これらの結果から,Al13(EP)3の Al13が EP からの電子供与によって電子的に閉殻となり,Al13(EP)4において EP の結合様式の変換が起こるものと結論した。講演では,さらに Al13(EP)nと酸素分子との反応性を紹介し,EP から の電子移動が Al13の化学的な安定性に及ぼす影響についても議論する。 [1] Knight, W. D. et al., Phys. Rev. Lett. 1984, 52, 2141. [2] Vollet, J. et al., Angew. Chem. Int. Ed. 2004, 43, 3186. [3] Walter, M. et al., Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A. 2008, 105, 9157. [4] Leuchtner, R. E. et al., J. Chem. Phys. 1991 , 94, 1093. [5] Tsunoyama, H. et al., J. Am. Chem. Soc. 2009 , 131, 7086. [6] Okumura, M. et al., Chem. Phys. Lett. 2008 , 459, 133.

    (a)

    (b)

    図 1. 構造 1 の(a) 1S, (b) 1Dに由来する結合性軌道の形.

    表 2. Al13(EP)2,Al13(EP)3の最安定構造,BE とΔQ. 3 4

    構造

    BE / eV 0.68 0.50

    ΔQ –0.63 –0.92

    表 3. Al13(EP)4の最適化構造,BE とΔQ.

    5 6

    構造

    BE / eV 0.35 0.38

    ΔQ –1.16 –0.96

  • 1C14

    カルコゲナート保護金 25量体クラスターの界面構造 (東理大理 1)・東大院理 2)・東理大院総合化学 3)・分子研 4))

    〇藏重亘 1)・山添誠司 2)・山口柾樹 3)・西戸圭祐 3)・信定克幸 4)・佃達哉 2)・根岸雄一 1, 3)

    Interfacial structure of chalcogenate-protected Au25 clusters

    (Faculty of Science, Tokyo University of Science 1), The University of Tokyo 2), Graduate

    School of Chemical Science and Technology, Tokyo University of Science 3),

    Institute for Molecular Science 4))

    〇Wataru Kurashige 1), Seiji Yamazoe 2), Masaki Yamaguchi 3), Keisuke Nishido 3),

    Katsuyuki Nobusada 4), Tatsuya Tsukuda 2), Yuichi Negishi 1, 3)

    【序】現在、金原子と有機配位子から構成され、中でもチオラート(RS)によって保護された金 25 量体クラ

    スター(Au25(SR)18)は、盛んに研究が行われている金クラスターの一つである。Au25(SR)18 については、

    溶液中での劣化や過酷条件化でのエッチングに対して高い安定性を有し、さらにフォトルミネッセンスや

    光学活性、磁性などバルクの金では見られない非常に興味深い物性を発現させる。幾何構造について

    も深い理解が得られてきており、正 20面体 Au13コアの界面にて、6つの[-S-Au-S-Au-S-]オリゴ

    マーが形成されていることが単結晶X線構造解析により明らかにされている 1, 2)。Au25(SR)18が特異的な

    安定性を示す要因の一つとして、こうしたユニークな界面構造を有するためと考えられている。そのため、

    金 25量体クラスターの界面構造について研究を行うことは、金 25量対クラスターの安定性や物性、更に

    は金原子と有機配位子の相互作用についての理解も可能にする。これらは、金クラスターの安定化の起

    源や、物性発現メカニズムの解明に繋がる研究と考えられる。本研究では、金 25 量体クラスターの界面

    構造が、配位子の違いによりどのように変化するかを明らかにするために、配位子をチオラートから他の

    有機分子(セレノラート(RSe)およびテルロラート(RTe))に変換してクラスターの合成を行った。

    【実験】(ⅰ)セレノラート保護金クラスターの合成に

    ついてはまず、AuCl4-を相間移動分子によりトルエ

    ン相に移動させ、NaBH4を加えた後、配位子である

    (C8H17Se)2 と反応させることで様々な大きさの

    Au:SeR の混合物を得た。調製溶液を真空乾燥さ

    せた後、これにアセトンを加え最小のクラスター(1)

    を抽出した。1 をエレクトロスプレーイオン化(ESI)

    質量分析、紫外可視吸収分光、X 線吸収分光など

    により評価した。(ⅱ)テルロラート保護金クラスター

    の合成には配位子交換反応を用いた。前駆体とな

    る[Au25(SC8H17)18]-をジクロロメタン溶液中に溶解

    させ、クラスターに対して 1.5倍、4.5倍、6.5倍、7.0

    倍のジフェニルジテルリド((TePh)2)を加えて室温で

    撹拌した。こうして得られたクラスター(2(1.5 倍)、3

    (4.5 倍)、4(6.5 倍)、5(7.0 倍))の化学組成を ESI

    質量分析により評価し、界面構造について X 線吸

    収分光により評価した。

    【結果と考察】

    (ⅰ)セレノラート保護金クラスター

    図 1に 1の負イオンモードの ESI質量スペクトルを

    示す。質量スペクトル中には[Au25(SeC8H17)18]-に

    帰属されるピークのみが観測され、同位体分布は

    [Au25(SeC8H17)18]-について計算されるそれとよく

    一致した。このことは、抽出されたクラスターは

    図 1. 1の ESI質量スペクトル.

    図 2. (a)Au L3殻 XANESスペクトルと (b)(a)の拡大図.

  • [Au25(SeC8H17)18]-の化学組成を有していることを示している。こうして単離したクラスターの幾何構造に

    ついて様々な評価を行ったところ、[Au25(SR)18]-と同様の幾何構造を有していることが分かった 3)。次に、

    [Au25(SeC8H17)18]-の界面での結合様式について調べるために、クラスターの Au L3殻 XANES スペクト

    ルを測定した。図 2に、[Au25(SeC8H17)18]-と比較のための[Au25(SC8H17)18]-およびAu foilのXANESス

    ペクトルと吸収端直後の吸収ピークを示す。[Au25(SC8H17)18]-は Au foilに比べて、11917 eVのピーク強

    度が増加している。このことは、[Au25(SC8H17)18]-においては、Au foil と比べて 5d軌道の電子密度が減

    少していることを示している。Au-S間では、両元素間の電気陰性度の差に起因して、Au 5d軌道から S

    3d軌道へと電荷移動が生じる。それゆえ、[Au25(SC8H17)18]-の Au 5d軌道の電子密度は Au foilのそれ

    よりも小さくなる。一方、[Au25(SeC8H17)18]-の吸収端直後の吸収ピークは、Au foil のそれと同程度の強

    度にて観測された。このことは、[Au25(SeC8H17)18]-においては、Au 5d 軌道から Se 4d 軌道への電荷移

    動が殆ど生じていないことを示している。Au原子と Se原子の間では、電気陰性度に殆ど差が無いため、

    [Au25(SeC8H17)18]-においては Au-Se間にて殆ど電荷移動が生じないものと解釈される。以上の結果よ

    り、配位子にセレノラートを用いると、チオラートを用いた場合よりも Au-配位子間での電荷移動が減少

    することが明らかになった 3), 4)。私たちは一世代サイズの大きな金 38 量体クラスター(Au38(SeR)24)につ

    いても XANES スペクトルを測定したところ、金 25量体クラスターと同様の結果が得られた 5)。

    (ⅱ)テルロラート保護金クラスター

    図 3に 2-5の負イオンモードの ESI質量スペクトルを

    示す。質量スペクトル中には 2-5の全てのサンプルに

    おいて、[Au25(TePh)n(SC8H17)18−n]-(n = 0−18)に帰属

    されるピークのみが観測された。このことは、配位子交

    換反応によ り 、 TePh を複数個配位子に含む

    [Au25(TePh)n(SC8H17)18−n]-(n = 1−18)が高純度で合

    成されたことを示している。また、これらのクラスターに

    ついても、[Au25(SeC8H17)18]-、[Au25(SR)18]-と金原子

    数および配位子数が等しいことから、同様の幾何構造

    を有していると考えられる。一方で、テルロラートによっ

    て保護された金ナノ粒子は、界面で酸化物(Te-O)を

    形成しやすいことが報告されている 6)。大変興味深い

    ことに、今回合成したクラスターについては界面にて、

    酸化物(Te-O)を形成していないことが Te K 殻

    EXAFS の測定から明らかになった。図 4 に、3、4 およ

    び比較のための TeO2 のフーリエ変換後の Te K 殻

    EXAFSスペクトルを示す。3および 4のスペクトル中に

    は、Te-O に帰属される位置(1.0-1.5 Å)にピークは

    観測されなかった。このことは、合成したクラスターが

    確かに、界面で酸化物を形成しておらず、未酸化のク

    ラスターであるということを強く示唆している。また、これ

    ら未酸化のテルロラート保護金クラスターを対象に研

    究を行うことで、テルロラートを配位子に用いると、クラ

    スターのHOMO-LUMOギャップが[Au25(SeC8H17)18]-や[Au25(SR)18]-のそれよりも減少することも明らかと

    なった 7)。

    [1] R. Jin et al., J. Am. Chem. Soc., 2008, 130, 5883. [2] R. W. Murray et al., J. Am. Chem. Soc., 2008, 130,

    3754. [3] Y. Negishi, W. Kurashige et al., Langmuir, 2011, 27, 12289. [4] W. Kurashige, K. Nobusada, Y.

    Negishi et al., J. Phys. Chem. Lett., 2012, 3, 2649. [5] W. Kurashige, S. Yamazoe, T. Tsukuda, Y. Negishi et

    al., J. Phys. Chem. Lett., 2013, 4, 3181. [6] Y. Y. Tong et al., Langmuir, 2008, 24, 7048. [7] W. Kurashige,

    S. Yamazoe, K. Nobusada, T. Tsukuda, Y. Negishi et al., J. Phys. Chem. Lett., 2014, 5, 2072.

    図 3. 2-5の ESI質量スペクトル.

    図 4. Te K殻 FT-EXAFS スペクトル.

  • 1C15

    活性部位の原子レベル厳密組成制御に基づく水分解光触媒の高活性化

    (東理大院総合化学)〇根岸雄一, 松浦良樹, 富澤亮太, 御纒真実子, 梶野しほり, 照井琢王, 石井大樹, 高山大鑑, 岩瀬顕秀, 工藤昭彦

    Activation of water-splitting photocatalysts by controlling the chemical composition of co-catalysts

    (Tokyo Univ. of Science)〇Yuichi Negishi, Yoshiki Matsuura, Ryota Tomizawa, Mamiko Omatoi, Shihori Kajino, Takumi Terui, Daiki Ishii, Tomoaki Takayama, Akihde Iwase,

    Akihiko Kudo

    【序】水素は燃やしても水になるだけであるため、エネルギー・環境問題が深刻になっている今日、クリー

    ンなエネルギーとして注目されている。こうした中、半導体光触媒により、無尽蔵に存在する水と太陽光か

    ら水素を作り出す水分解反応が、クリーンな水素製造手段として注目を集めている。このような光触媒材

    料は多くの場合、半導体光触媒と、光触媒反応を促進させる役割を果たしている助触媒と呼ばれるナノス

    ケールの微粒子から構成される。こうした助触媒粒子の粒径微小化は、光触媒活性を向上させることが報

    告されている 1)。助触媒粒子は多くの場合、光電着法や含浸法などにより担持されるが、これらの方法では光触媒上にて粒子を成長させるため、粒径を厳密に制御し、微小なナノ粒子を単分散で担持させるこ

    とは困難である。一方、粒径制御されたナノ粒子を液相還元法により合成し、それらを光触媒上に吸着さ

    せたうえで配位子を除去すれば、光触媒上に粒径の制御されたナノ粒子を、単分散で担持させることが

    可能である 1)。液相還元法にて合成されるナノ粒子・クラスターの中でも、チオラート(RS)保護金クラスター(Aun(SR)m)は、1 nm 程度の粒径で、原子レベルの精密さにより合成することが可能である。こうしたAun(SR)mクラスターを前駆体に用いれば、微小なクラスターを単分散で光触媒上に担持でき、それによる光触媒活性の向上が見込まれる。また、Aun(SR)m クラスターについては、様々なサイズ(粒径)のクラスターを合成でき、さらに、一部の金属を異種元素にて置換することも可能である。これらのクラスターを前駆

    体に用いれば、助触媒粒子のサイズや化学組成が光触媒活性に与える影響を明らかにすることができ、

    それにより、高活性光触媒創製に対する新たな設計指針が得られると期待される。本研究では、様々な

    サイズのチオラート保護金クラスターや異種元素をドープしたクラスターを前駆体に用いて、微小クラスタ

    ーを水分解光触媒上に担持させるとともに、その光触媒活性への影響について調べた。

    【実験】本実験で助触媒として用いた、(ⅰ)グルタチオン保護金 25量体クラスター(Au25(SG)18)2)、(ⅱ)その他のサイズのグルタチオン保護金クラスター(Au10(SG)10-Au39(SG)24) 3)、および(ⅲ)異原子ドープクラスター(Au24Pd(SR)18 4)、Au25-nAgn(SR)18 5)、Au25-nCun(SR)18 6))は既報の方法により合成した。次に、それぞれのクラスターと光触媒であるBaLa4Ti4O15を溶液中で撹拌することで、クラスターを光触媒上に吸着させた。その後、焼成処理を行うことでクラスターから配位子を除去し、光触媒上に担持さ

    せた。最後にそれぞれの光触媒の水分解光触媒活性を測定した。 【結果と考察】 (ⅰ)Au25クラスター担持水分解光触媒の光触媒活性 7) 図 1に、0.1 wt%の担持量で作製された光触媒の、気体発生量の時間依存性を示す。水素と酸素の総

    発生量は時間の経過とともに連続的に増加し、このことは水分解光触媒反応が進行していることを示して

    いる。また、発生した気体の体積比率は水素:酸素 = 2:1 であり、化学量論比と一致していた。光電着法にて金ナノ粒子を担持した場合には、担持量が 0.5 wt%付近の時に最も高い光触媒活性を示す。今回調製した光触媒は、光電着法で作成した光触媒よりも 2.6 倍高い光触媒活性を示した(図 1)。これは、

  • Au25(SG)18を前駆体に用いると、光電着法の場合よりも 2.6 倍高い活性を示す光触媒を創製できることを示している。 (ⅱ)前駆体として用いる金クラスターの安定性が光触媒活性に与える効果の解明 様々なサイズの金クラスターを助触媒の前駆体

    に用いて光触媒を作製し、その水分解光触媒活性

    を測定したところ、用いる金クラスターの違いが、光

    触媒活性に影響を与えることが明らかになった。図

    2(a)にそれぞれの光触媒活性のプロット図を示す。Au22、Au29および Au33を前駆体に用いた際に、活性の著しい減少が観測された。過去の研究より、こ

    れらのクラスターは溶液中で容易に劣化を起こして

    しまう、不安定種であることが明らかにされている 3)。そのため、こうした活性の減少はクラスターの安

    定性が影響していると考えられる。実際、拡散反射

    スペクトルからもそのことを強く示唆する結果が得ら

    れた。図 2(b)に、焼成担持後のクラスターの拡散反射スペクトルを示す。不安定種である Au22、Au29および Au33 を前駆体に用いた場合には、520 nm付近に金のプラズモン吸収が観測されたのに対し、

    その他のクラスター(安定種)については、プラズモ

    ン吸収は観測されなかった。このことは、焼成担持

    の段階で、不安定種については凝集が容易に進

    行してしまうことを示している。以上の結果より、光

    触媒活性には前駆体として用いるクラスターの安

    定性が影響することが明らかになった。 (ⅲ)助触媒への異原子ドープが光触媒活性

    に与える効果の解明 Au24Pd(SR)18 、 Au25-nAgn(SR)18 、

    Au25-nCun(SR)18を前駆体に用いて調製した光触媒の光触媒活性を測定したところ、ドープする元素の

    違いにより活性値が変化することが明らかになった。

    図 3 に活性値の一覧を示す。Pd をドープした場合に最も高い光触媒活性を示したのに対し、Ag やCu をドープした場合については、従来法よりも活性が低いことが分かった。今回助触媒に用いたクラ

    スターは、ドープする元素の違いにより電子構造が

    大きく変化する 4-6)。こうしたクラスターの電子構造の違いが、光触媒活性に影響を与えた一つの要

    因と考えられる。 [1] T. Teranishi and K. Domen et al., Nanoscale, 2009, 1, 106. [2] Y. Negishi, K. Nobusada, T. Tsukuda, J. Am. Chem. Soc., 2005, 127, 5261. [3] Y. Shichibu, Y. Negishi, T. Tsukuda et al., J. Am. Chem. Soc., 2005, 127, 13464. [4] Y. Negishi et al., Phys. Chem. Chem. Phys., 2010, 12, 6219. [5] Y. Negishi et al., Chem. Commun., 2010, 46, 4713. [6] Y. Negishi, K. Nobusada et al., J. Phys. Chem. Lett., 2012, 3, 2209. [7] Y. Negishi, A. Kudo et al., Nanoscale, 2013, 5, 7188.

    図 3. 助触媒の異原子ドープ効果.

    図 2. 助触媒のサイズ依存性.

    図 1. 活性値の比較.

  • 1C16 面心立方構造の量子サイズ金クラスター:

    精密合成と近赤外吸収バンドの観測

    (東大院理 1, 京大 ESICB2) ○高野慎二郎 1, 山添誠司 1,2, 小安喜一郎 1,2, 佃達哉 1,2

    Quantum-sized gold cluster with fcc structure: Synthesis and observation of near IR absorption band

    (The Univ. of Tokyo1, ESICB, Kyoto Univ.2)

    ○Shinjiro Takano1, Seiji Yamazoe1,2, Kiichirou Koyasu1,2, Tatsuya Tsukuda1,2

    【序】金属原子が数個から百個程度集まってできた金属クラスターは、サイズに依存

    した特異な光学特性や触媒活性を示すことから、基礎学術及び応用の両面から注目を

    集めている。特に、チオラート配位子によって保護された金クラスターは、原子・分

    子レベルで組成が規定された安定化合物として合成が可能であり、近年活発に研究さ

    れている[1]。更に単結晶 X 線構造解析によって、これらの金コアが正二十面体や十面体などバルクでは見られない5回対称性の構造を持つことが明らかにされている。

    本研究では、金イオン前駆体の還元速度を抑えることで金原子の集積過程を制御し、

    新しい原子配列を持つ金クラスターの合成に取り組んだ。その結果、これまでほとん

    ど報告例のない面心立方構造のコアをもつ金クラスターの合成に成功した。このクラ

    スターの電子構造を調べたところ、近赤外領域に強い吸収帯をもつことが分かった。 【実験】金クラスターの合成スキームは以下の通りである。前駆体である塩化金酸水

    溶液に 4-(2-メルカプトエチル)安息香酸(4-MEBA)のエタノール溶液を加えることで、金イオンを 3 価から 1 価へ還元するとともに金(I)-チオラート錯体を系中で生成させた。この分散液の pHを水酸化ナトリウム水溶液により 12以上に調節した後に、水素化ホウ素ナトリウム水溶液を加えると、緩やかに還元が進行し、溶液の色が徐々に茶

    色へと変化した。72時間後にエタノールを加えて遠心分離し、固体として回収後、洗浄を行い粗生成物を得た。この粗生成物をゲル濾過クロマトグラフィーにより精製し、

    保持時間が最も短い(サイズの最も大きい)緑色の成分を分画し、クラスター(1)を得た。 クラスター1の構造は、紫外可視近赤外(UV-vis-NIR)吸収分光、赤外(IR)分光、熱重量分析(TG)、透過型電子顕微鏡(TEM)観察、エレクトロスプレーイオン化-質量分析(ESI-MS)、粉末 X線回折(XRD)により評価した。 【結果と考察】1の負イオンモードで測定した ESI-MSスペクトルを図 1に示す。配位子 4-MEBA が脱プロトン化することで負電荷を有するクラスターが観測された。

    不純物由来の弱いピークが見られるもの

    の、単一種からなる多価のピーク群が強く

    観測された。この多価イオンの系列から、

    1の主成分の分子量を求めたところ、およ

    図 1. 1のESI-MSスペクトル(負イオンモード). 図中の数字はそれぞれ-n価体のピークに対応.

  • そ 22.85 kDa であった。金と配位子の質量差が 16 Da 程度しかなく、分子量からAux(4-MEBA)y の組成を一義的に決定することが困難であった。そこで、熱重量分析法によって金の含有量を見積もったところ、64.9 %であった。この結果から、1の主成分として、(x, y) = (73, 47), (74, 46), (75, 45), (76, 44), (76, 43), (77, 42)の組成が候補となった。現在さらに精度を上げた質量分析を進めているが、1は既知の安定クラスターAu64(SR)32やAu102(SR)44などと比べて、チオールの比率が明らかに大きい。これは、1 が Aux(SR)yに一般的にみられる金-チオラート鎖が表面を保護する様式よりもむしろ、金コアに直接チオラートが配位した保護様式をもつ可能性を示唆している。TEMから求められた 1の平均粒径は 1.7 ± 0.2 nmであり、この構造モデルと矛盾しない。 1の粉末XRDパターンを図 2に示した。比較のために、正二十面体の Au13およびAu114 を コ ア と す る Au25(SR)18 とAu144(SR)60[2]の回折パターンを、バルクの反射位置とともに示した。s = 4.2 nm-1付近の最強反射を比較すると、Au25(SR)18 とAu144(SR)60では対称的な形状であるが、 1ではバルクの(111)面反射に対応するピークに加えて、s = 4.6 nm-1付近にもピークが観測された。これらの比較から、1は 5回対称の構造よりはむしろ、バルクと同様の

    面心立方構造の原子配列を有する可能性

    が高いと結論した。この仮定に基づくと、

    1の s = 4.6 nm-1のピークはバルクの(200)面に帰属され、1の金コアが大きく歪んでいることが示唆された。 図 3 に 1 の薄膜状態での UV-vis-NIR スペクトルを示す。590、680 nm付近に吸収ピークが、また 400 nm 付近に肩構造が存在し、1 の電子構造が離散化していることがわかる。これに加えて、1350 nm (~0.92 eV)付近を中心とする強い吸収ピーク及び2300 nm (~0.54 eV)付近にブロードな吸収帯が観測された。1 の金原子数(Au~75)を考慮すると、2300 nm付近の弱い吸収が 1のHOMO-LUMO 間の遷移に相当すると考えられる。一方近赤外領域の強い吸収帯の例

    としては、極細金ナノロッド(直径 1.6 nm; 長さ約 20 nm)の表面プラズモン共鳴[3]が知られているが、1で観測された 1350 nmの吸収ピークはその特異な電子状態間の電子遷移によるものと考えられる。 【参考文献】 [1] Maity, P.; Xie, S.; Yamauchi, M.; Tsukuda, T. Nanoscale 2012, 4, 4027. [2] Qian, H.; Jin, R. Chem. Mater. 2011, 23, 2209. [3] Takahata, R.; Yamazoe, S.; Koyasu, K.; Tsukuda, T. J. Am. Chem. Soc. 2014, 136, 8489.

    図 2. (a) Au25(SR)18(b) Au144(SR)60の粉末 XRDパターン. (c) 1の XRDパターン. (d) バルク金のシミュレーション (ICSD-53763).

    図 3. 1の UV-vis-NIRスペクトル. (図中写真) 1の分散液.

  • Geometric and Electronic Structures of Shape-Regulated Novel Gold Cluster Family

    (Hokkaido Univ.) ○Yukatsu Shichibu, Mingzhe Zhang, Katsuaki Konishi

    1C17

    Figure 1. [core+exo] motif of gold clusters. Exo Au atoms are attached to tetrahedron-based cores.

    Figure 2. Skeletal structures of Aun clusters (n = 6, 7, 8, 11; 1 - 4). Exo Au atoms are marked by blue circles.

  • [1] T. Tsukuda, Bull. Chem. Soc. Jpn. 2012, 85, 151. [2] K. P. Hall, D. M. P. Mingos, Prog. Inorg. Chem.

    1984, 32, 237. [3] Y. Shichibu, K. Konishi, Small 2010, 6, 1216. [4] Y. Shichibu, K. Suzuki, K. Konishi,

    Nanoscale 2012, 4, 4125. [5] Y. Shichibu et al., submitted. [6] Y. Shichibu, K. Konishi, Inorg. Chem.

    2013, 52, 6570. [7] N. Kobayashi, Y. Kamei, Y. Shichibu, K. Konishi, J. Am. Chem. Soc. 2013, 135, 16078.

    [8] Y. Shichibu, Y. Kamei, K. Konishi, Chem. Commun. 2012, 48, 7559. [9] Y. Kamei, Y. Shichibu, K.

    Konishi, Angew. Chem. Int. Ed. 2011, 50, 7442. [10] (ONLY X-ray Structure) J. W. A. van der Velden, J. J.

    Bour, J. J. Steggerda, P. T. Beurskens, M. Roseboom, J. H. Noordik, Inorg. Chem. 1982, 21, 4321.

    Figure 3. Absorption spectra and appearance of 1 - 4. Table 1. Absorption data of 1 - 4.

    Figure 4. Kohn-Sham (KS) orbital energy level diagram, HOMO and LUMO of [Au6(H2P(CH2)3PH2)4]2+. Each KS orbital energy is relative to the HOMO energy. The arrow in the diagram indicates the HOMO-LUMO transition.

    Cluster Lowest-energy absorption band

    Wavelength (nm) Energy (eV)

    1 587 2.11

    2 556 2.23

    3 508 2.44

    4 663 1.87

  • 図 1.X線吸収測定装置の概略図。⾚はクラスターイオンの⾶⾏経路、⻘は X 線ビームを表す。

    1C18 X線吸収分光による酸化セリウムクラスターの電⼦状態分析

    (コンポン研究所 1,九⼤院理 2,豊⽥⼯⼤ 3) ○早川 鉄⼀郎 1,荒川 雅 2,猿楽 峻 2,安東 航太 2,⾶⽥ 健⼀朗 2,伊藤 智憲 2, 江頭 和宏 1,寺嵜 亨 2, 3

    Electronic-Structure Analysis of Cerium Oxide Clusters by X-ray Absorption Spectroscopy

    (Genesis Res. Inst., Inc.1, Kyushu Univ.2, Toyota Tech. Inst.3) ○T. Hayakawa1, M. Arakawa2, S. Sarugaku2, K. Ando2, K. Tobita2, T. Ito2, K. Egashira1, A. Terasaki2, 3

    酸化セリウムは酸素吸蔵・放出特性を持つことで知られ、⾃動⾞⽤排ガス浄化触媒の担体などに利⽤されている。バルク酸化セリウムの研究で、酸素の吸蔵・放出がセリウムの荷電状態変化を伴って起きることが明らかにされている。反応の微視的な研究に基づいてこの酸素貯蔵性能を理解・制御する⽬的で、我々は反応サイトのモデル系としてサイズ選別酸化セリウムクラスターに着⽬し、X線吸収分光測定を適⽤してクラスター内の各元素の荷電状態を計測する研究を進めている。本研究ではサイズ選別酸化セリウムクラスターのX線吸収分光測定を⾏い、吸収端のエネルギーシフトなどからクラスターを構成する各元素の価数を調べた。 試料密度が極めて希薄な気相クラスターに対して断⾯積の⼩さい内殻吸収を測定するため、信号強度は微弱である。本実験では、(1)クラスター試料をイオントラップに蓄積してX線を⻑時間照射し、さらに(2)解離イオン収量法でX線吸収を⾼感度に検出することで測定を可能にした。実験装置を図 1 に⽰す。酸化セリウムクラスターイオンはマグネトロンスパッタ法で⽣成、四重極質量フィルターでサイズ選別し、線形四重極RFイオントラップに蓄積してX線を照射した。約1秒間の照射後、トラップからイオンを引き出して、X線吸収により発⽣した解離イオンを⾶⾏時間型質量分析計により分析した。解離イオン収量のX線エネルギー依存性を測定し、スペクトルを得た。本実験ではこの装置を KEKにあるシンクロトロン放射光施設 Photon Factory に持ち込み、実験ステーション BL-7A に接続して測定を⾏った。

  • ⽣成したクラスターの質量スペクトルから、Ce2O3+および Ce2O5+

    が安定種として⽣成していることが分かり、これらのクラスターに対して、セリウム M 吸収端近傍でX線吸収分光測定を⾏った。X線吸収(901 eV)による解離⽣成物の⾶⾏時間スペクトルを図2に⽰す。解離イオンとして CeO+、Ce+、Ce2+、Ce3+などが観測された。なお Ar+

    はバックグラウンドガスのイオン化で⽣じたものである。これらの解離イオン収量の総和(全イオン収量)をX線エネルギーに対してプロットし、X線吸収スペクトルを得た。 図3に Ce2O3+および Ce2O5+のセリウム M 吸収端領域におけるX線吸収スペクトルを⽰す。セリウム M5 および M4 に対応するピークが⾒られたこれらスペクトルについて、Ce2O3+と Ce2O5+との間に次のような差異が⾒られる。

    ・ピークエネルギーのシフト (Ce2O5+が⾼エネルギーにシフト) ・ピーク強度⽐の変化 (Ce2O5+で M4/M5 が増⼤) ・サテライトピークの有無 (図中⽮印のように Ce2O5+で出現)

    このような差異がセリウムの荷電状態と対応していることはバルクの研究からよく知られている。すなわち、これらX線吸収スペクトルから、Ce2O3+中のセリウム原⼦が Ce(III)に近い荷電状態であるのに対し、Ce2O5+では Ce(IV)に近いことが結論できる。 講演では Ce3On+の結果も⽰し、クラスターサイズ(組成)依存性についても検討を加える。さらに酸素吸収端での測定結果も⽰して、セリウム原⼦、酸素原⼦双⽅の電⼦状態について考察する。

    図2.X 線(901 eV)吸収による Ce2O5+の解離スペクトル

    20 30 40 500

    50

    100

    Flight Time / µs

    Coun

    ts

    CeO+Ce+

    Ce2+

    Ce3+

    Ar+

    O2+

    O+

    図3.Ce2O3+、Ce

    2O

    5

    +のX線吸収スペクトル

    870 880 890 900 910 9200

    5

    Tota

    l Ion

    Yie

    ld

    Photon Energy [eV]

    Ce2O3+

    Ce2O5+

    [10−

    11 c

    ts/p

    hoto

    n]

    M5

    M4

  • 1C19 酸素・水共存環境でのアルミニウムクラスターの反応:

    ボーキサイト組成クラスターの生成

    (九大院理)○荒川雅, 小原佳, 寺嵜亨

    Formation of bauxite-composition clusters from aluminum cluster cations exposed to O2 and H2O

    (Kyushu University) ○Masashi Arakawa, Kei Kohara, and Akira Terasaki

    【序】生命の材料ともなる有機分子は、惑星形成の初期段階である星間雲や原始惑星系

    で形成されたと考えられている。特に、原始惑星系には鉱物粒子が存在し、その表面を

    反応場とする触媒反応が有機物生成の有力な説となっている。しかしながら、系の複雑

    さなどの理由から、原子惑星系での化学反応過程の理解は進んでいない。そこで、鉱物

    表面のモデルとしてクラスターを取り上げ、気相反応実験により鉱物表面での反応の素

    過程を解明し、有機分子の生成機構に迫ることを目指している。その第一段階として、

    鉱物組成を持つクラスターの生成実験に取り組んだ。まず、地球表層に豊富に存在し、

    宇宙空間でも比較的存在度の高いアルミニウムに着目した。 アルミニウムは、大気中で水・酸素と反応して速やかに不動態を形成するなど反応性

    の高い金属である。我々はこれまでに、特定のサイズのアルミニウムクラスター正イオ

    ン(AlN+)が水一分子と反応して AlNO+と H2を生成することを報告した[1]。一方で、大気下のような水と酸素の共存下では O2と H2Oによる酸化が競合的に起こり、特異的な化合物 Al2O6H7+ が生成することを見出した[2]。この化合物は、天然環境でのアルミニウムの存在形態である水和アルミナ鉱物の組成と類似している。そこで本研究では、AlN+ と酸素もしくは水との反応を段階的に追跡して反応過程を探究し、大気下でのアルミニウ

    ムの酸化、水和反応について考察した。 【実験】 マグネトロンスパッタ法で真空槽中に AlN+(N = 1−14)を生成し、四重極質量選別器でサイズ選別した後、反応セルに導いた。反応セルには酸素と水を含む Heガスを定常的に導入した。AlN+が反応セルを約 200 µs で通過する間に酸素および水分子との反応で生成したイオン種を第 2 の四重極質量分析計で同定し、サイズ毎に反応生成物とその収量を測定した。さらに、得られた反応生成物の構造情報を得るために、これら生成

    物に対して Arガスによる衝突誘起解離実験を行い、解離イオン種を分析した。また、これら一連の反応を段階的に追跡した。具体的には、最終生成物に至る過程での各反応中

    間体をクラスターイオン源で生成し、O2もしくは H2Oのどちらか一方との反応を観測して反応経路を同定した。 【結果と考察】 反応生成物の質量スペクトルを図 1に示す。N = 1を除く全てのサイズで質量数 157, 175の生成物が観測された。Al+では観測されないことから、これらの生成物は、AlN+(N ≥ 3)が解離して生じた Al2+を経由して生成したと推測される。O2及び H2O

  • の分圧を調整して Al2+との反応を観測すると、反応中間体(Al2O+, Al2O3+, Al2O4H3+, Al2O5H5+)が観測され、質量数 157, 175の生成物が、それぞれ Al2O6H7+, Al2O7H9+であると同定された。これらの生成物の化学組成(Al2O3(H2O)nH+)は、H+を除くとベーマイト(Al2O3(H2O)1)、ダイスポア(Al2O3(H2O)1)、ギブサイト(Al2O3(H2O)3)などの水和アルミナの組成と類似している。水和アルミナは天然環境でのアルミニウムの存在形

    態であり、これらを主体とした鉱石はボーキサイトとし

    て知られている。 次いで、水和アルミナクラスターの構造情報を得るた

    めに、不活性な Ar ガスを反応セルに導入し、Ar 分子との衝突で生じる解離物を分析した。その結果、157, 175 amu の水和アルミナクラスターには、それぞれ 2 個、3個 の 分 子 状 の 水 分 子 が 含 ま れ 、 Al2O4H3(H2O)2+, Al2O4H3(H2O)3+として存在していることが分かった。 さらに、これら水和アルミナクラスターの生成過程を、

    Al2+が H2O および O2と逐次的に反応するとの仮説の下、反応中間体と O2もしくは H2O との反応を段階的に行って追跡した。図 2(a)に Al2+と O2との反応生成物の質量スペクトル、図 2(b)に Al2+と H2Oとの反応生成物の質量スペクトルを示す。O2との反応では、エッチング反応により生じた Al+のみが観測されるが、H2O との反応ではAl2O+の生成が観測された。従って、Al2+と H2Oとの反応による Al2O+の生成が、水和アルミナクラスター生成の初期過程であることが分かった。次に、

    Al2O+とO2もしくはH2Oとの反応をそれぞれ観測した結果、Al2O+と酸素との反応により、アルミナ組成のクラスター、Al2O3+が生成することが示された。さらに、Al2O3+と水分子の反応で多段階の水酸化、水和が起こり、水和アルミナクラスターが生成する

    ことが見出された。以上のことから、天然環境で

    ベーマイト、ダイスポア、ギブサイトなどの水和ア

    ルミナ鉱物が生成する過程において、酸素・水共存

    下でのアルミナ(Al2O3)形成と、引き続く水との反応が一連のプロセスであると推論した。 References: [1] M. Arakawa, K. Kohara, T. Ito, and A. Terasaki, Eur. Phys. J. D 67, 80 (2013). [2] 小原佳, 荒川雅, 寺嵜亨, 第 7回分子科学討論会 2013京都, 2P34.

    図 1. AlN+と水・酸素混合気体との反応による生成物の質量スペクトル.

    Al2+

    Al+ (a)$Al2+$$+$$O2

    Al2+Al2O+

    (b)$Al2+$$+$$H2O

    Al+

    Al(H

    2O)+

    Al(H

    2O) 2+

    図 2. Al2+と酸素(a), Al2+と水(b)との反応による生成物の質量スペクトル.