変容する教育メディアの実態 -...

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1 変容する教育メディアの実態 1 部では,教育メディアの実態を学校と家庭の両面から概観する。 まず,当研究所の宇治橋がメディア環境の変容を整理する。現状を見たうえで,1950 年代以後 の教育メディアの変遷を追いながら,特に NHK の学校放送番組がインターネットで利用できるデ ジタルコンテンツとして展開していった例を中心に見ていく。 家庭での子どもとメディアの関わりはどうなっているのか。ベネッセ教育総合研究所の中垣眞紀 氏と土屋利恵子氏は,日常の子どものメディア利用や家庭学習の中でのメディア利用について,同 研究所の最新の調査を基に分析をしている。 学校教育でのメディア活用は放送教育・視聴覚教育という形で,ラジオ放送や教育映画の時代か ら長い伝統があるが,特にデジタル化に伴って,どのような活用が行われるようになっているのか。 木原俊行氏は学校でのデジタルメディア利用について,その変遷を 5 段階に整理した上で,今後の 方向性を示している。 変化のスピードがますます早くなっている教育メディアの現状を,具体的なデータを基に分析す る。 1 多様化する教育メディアの現状 ………………………………… 宇治橋祐之NHK 放送文化研究所) 2 家庭での子どもとメディアの関わり──家庭のメディア環境とメディアを用いた家庭学習について …………………………………………………… 中垣眞紀,土屋利恵子(ベネッセ教育総合研究所) 3 学校におけるデジタルメディア利用の変遷 ……………………………… 木原俊行(大阪教育大学)

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Page 1: 変容する教育メディアの実態 - NHKる教師のメディア利用〜2013年度「NHK小学校教師のメディア利用に 関する調査」から」(共著『放送研究と調査』2014年6月号)

第1部

変容する教育メディアの実態

第 1部では,教育メディアの実態を学校と家庭の両面から概観する。まず,当研究所の宇治橋がメディア環境の変容を整理する。現状を見たうえで,1950年代以後

の教育メディアの変遷を追いながら,特に NHKの学校放送番組がインターネットで利用できるデジタルコンテンツとして展開していった例を中心に見ていく。家庭での子どもとメディアの関わりはどうなっているのか。ベネッセ教育総合研究所の中垣眞紀

氏と土屋利恵子氏は,日常の子どものメディア利用や家庭学習の中でのメディア利用について,同研究所の最新の調査を基に分析をしている。学校教育でのメディア活用は放送教育・視聴覚教育という形で,ラジオ放送や教育映画の時代か

ら長い伝統があるが,特にデジタル化に伴って,どのような活用が行われるようになっているのか。木原俊行氏は学校でのデジタルメディア利用について,その変遷を 5段階に整理した上で,今後の方向性を示している。変化のスピードがますます早くなっている教育メディアの現状を,具体的なデータを基に分析す

る。◉

1 多様化する教育メディアの現状 ………………………………… 宇治橋祐之(NHK放送文化研究所)

2 家庭での子どもとメディアの関わり──家庭のメディア環境とメディアを用いた家庭学習について

…………………………………………………… 中垣眞紀,土屋利恵子(ベネッセ教育総合研究所)

3 学校におけるデジタルメディア利用の変遷 ……………………………… 木原俊行(大阪教育大学)

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Studies of Broadcasting and Media

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Studies of Broadcasting and Media

多様化する教育メディアの現状─放送メディアの拡張と深化から─

宇治橋祐之(NHK放送文化研究所)

1 はじめに──多様化する学習環境(1)メディア環境の現在(2)学校のメディア環境(3)学校へのメディア普及の背景

2 教育メディアを変遷から読み解く(1)教育メディアの変遷史(2)教育メディアの新たな潮流

3 NHK 学校放送の展開(1)学校放送番組の設計(2)学習環境の変容とデジタル教材開発

4 多様化する教育メディアの今後

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宇治橋祐之(うじはし・ゆうじ)

NHK放送文化研究所メディア研究部主任研究員1964年東京生まれ。1989年NHK入局,学校放送番組を中心に教育ジャーナル番組など,教育番組全般とデジタルコンテンツ等を制作。2013 年より現職。日本教育メディア学会理事。専門:教育メディア,教育工学主な著書・論文:『教室にやってきた未来』(分担執筆,NHK 出版,1993),『メディアリテラシー・ワークショップ―情報社会を学ぶ・遊ぶ・表現する』(分担執筆,東京大学出版会,2009),「メディア変革期にみる教師のメディア利用〜 2013 年度「NHK小学校教師のメディア利用に関する調査」から」(共著『放送研究と調査』2014 年 6 月号) 他

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多様化する教育メディアの現状

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1 はじめに──多様化する学習環境

人が学ぶ環境は年々多様化している。その背景の 1つに,さまざまな教育メディアが登場していることがある。本稿では,多様化する学習環境を「学校」を中心に,「家庭」そして「社会」という枠組みの中で整理する。また,学習者である子どもたちや教授者である教師に利用される教育メディアを,ハードウェアなどの「メディア機器」とソフトウェアなどの「メディア教材」として分類,教育をめぐる状況や社会の動きの中でどのように広がっていったのかという変遷を見ていく。特に多様化の一例として,ラジオやテレビという放送メディアが,デジタルコンテンツを含む複合的なメディアとして拡張・深化していった過程を見る。

(1)メディア環境の現在

現在のメディア環境について,まずテレビ視聴の状況から見てみる。NHK放送文化研究所が 2014年 6月に行った全国個人視聴率調査(1)によると,全国の 7歳以上の男女の,地上波と衛星波をあわせたテレビの 1日の視聴時間(週平均)は 3時間 43分。この 10年間で見ると,それほど大きな変化はなく,他のメディアより圧倒的に利用時間が長い。ただし,年代別に見てみると,30代以下の若年層での視聴時間が減ってきている。国民全体における高齢者の割合が増えているため,長時間視聴が維持されているといえる。新しいメディアの利用はどうであろうか。総務省が 2013年 11〜 12月に行った,全国の 13歳から 69歳を対象とした調査(2)によると,スマートフォンは 52.8%,フィーチャーフォン(音声通話以外の機能をもつ携帯電話)51.0%,タブレット 15.4%の利用者がおり,特にスマートフォンとタブレットの利用が伸びている。スマートフォン,フィーチャーホン,タブレットは持ち運びが容易で,移動中にインターネットに接続しての利用も多い。こうしたメディア機器を利

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用して,個人がさまざまなコンテンツを利用できるようになったのが,近年の最大の特徴だ。同じ総務省の調査によると,利用しているコンテンツは,ソーシャルメディア(LINE,Google+,Facebook,Twitter等)をはじめ,ニュースサイトや動画共有サービス(YouTube,ニコニコ動画等)などである。これまで新聞,雑誌,テレビ,ラジオなどで得ていた情報を,個人としては,こうしたモバイル端末から得るようになってきているといえる。子どもたちの家庭でのメディア環境はどうであろうか。詳しい分析は第 1

部 2の中垣・土屋論文にあるので,ここでは概況だけを示す。2012年 8月に NHK放送文化研究所が行った「中学生・高校生の生活と意識調査」(3)では,中高生の「自分専用のもの」の所有率を調べている(図 1)。2002年と 2012年を比較してみると,選択肢に挙げた 5つの中では,パソコン,携帯電話,部屋,ゲーム機の所有率が増加,テレビの所有率は減少している。テレビが減少しているのは,携帯電話やパソコンでもテレビが見られるようになったことに加え,そもそも 1家庭あたりのテレビの台数が減少していることが反映していると考えられる。携帯電話についてみると,高校生のほぼ

出典:NHK放送文化研究所「中学生・高校生の生活と意識調査2012」(2012年8〜9月実施)

図 1 中学生,高校生の「自分専用のもの」の所有率

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全員が所有し,同調査によると通話だけでなく,メールや情報検索,動画視聴,プロフやブログ,ソーシャルメディアなどを日常的に利用していることも明らかになっている。リビングではテレビを家族と一緒に見て,自分の部屋では携帯電話やパソコンで友達とつながったり,オンラインゲームをしたりする姿が伺える。

2〜 6歳の幼児のテレビ視聴と録画番組・DVDの利用状況については,2014年 6月の NHK放送文化研究所の調査(4)によると,リアルタイムのテレビ視聴時間が減少し,録画番組や DVDの再生時間が増えていることが分かる。また,幼児が,録画番組や市販 DVD,インターネット動画などを見るときに多く利用する機器(複数回答)を見ると,「DVD,ブルーレイディスクプレイヤー」(61.9%),「デジタル録画機のハードディスク(HDD)」(48.4%),「録画機能付きテレビ」(30.1%),「携帯電話・スマートフォン」(18.4%),「タブレット端末」(13.2%),「パソコン」(12.6%)であった。2013年と比べると,タブレット端末が 7.6%から 13.2%へと増加しているのが注目される。幼児から高校生までを見ても,子どもたちの身の回りにあるメディアが増えてきており,情報を得たいときに手に入れたり,自分専用のメディア機器から見ることができたりするなど,多様化が進んでいるといえる。

(2)学校のメディア環境

では教育の場である学校ではどんなメディア機器が利用されているのだろうか。全国の小学校教師を対象として 2013年度に NHK放送文化研究所が行った調査(5)によると,「担任しているクラスの授業で利用したメディア機器」は表 1に示すとおりである。「デジタルカメラ・デジタルビデオカメラ」,「パソコン」については約 9割,「テレビ受像機」,「録画再生機」については約 8割,「実物投影機」,「プロジェクター」については約 7割の教師が授業で利用している。また,ハードウェアではないが,インターネットについては約 8割の利用があった。利用頻度を見てみると,「月に 1〜 3回程度以上」

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の頻度で使っている比率が高いメディア機器は,「デジタルカメラ・デジタルビデオカメラ」(62%),「パソコン」(59%),「テレビ受像機」(42%)の順となる。電子黒板の利用は 43%,タブレット端末の利用は 12%で,調査時点では

普及しているとはいえないが,同じ調査で,今後授業で利用したいメディアについて調べた結果では,電子黒板(59%),タブレット端末(54%)が上位 2項目を占めており,今後の利用意向は高いと考えられる。整理すると,現状は図 2に示すような,「教師が提示する大画面」を中心

表 1 担任しているクラスの授業で利用したメディア機器(複数回答:%)* 100% =調査対象の全小学校教師(2795名)

利用あり 月に 1~ 3回程度以上の利用デジタルカメラ・デジタルビデオカメラ 90 62

パソコン 88 59

インターネット 83 49

テレビ受像機 77 42

録画再生機 77 26

実物投影機(OHC,教材提示装置,書画カメラなど) 73 36

プロジェクター 69 20

電子黒板 43 19

タブレット端末 12 5

出典 :NHK放送文化研究所「小学校教師のメディア利用に関する調査」(2013年実施)

図 2 大画面を提示する教師 図 3 1 人 1 台のタブレット端末で 学習する子ども達

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とした授業ができる環境がだんだんと整ってきており,将来的には図 3のような,「教師が提示する大画面」としての電子黒板等と,「子どもたちが操作する小画面」としての 1人 1台のタブレット端末等を組み合わせた姿がイメージされていると考えられる。では,「教師が提示する大画面」にはどのようなメディア教材が映されているのであろうか。表 2に示した 9種類のメディア教材で,利用の多かったのは,「市販のビデオ教材や DVD教材」(51%),「指導者用のデジタル教科書」(50%),「NHK学校放送番組」(46%)である。また,「『NHK学校放送番組』と『NHKデジタル教材』(インターネットで利用できる NHKコンテンツ,詳しくは後述)のいずれかでも利用」(同調査では「NHK学校放送利用」と定義)とした教師は 55%であった。なお,選択肢で示したメディア教材のどれか 1つでも授業で利用した教師は 91%である。利用頻度を見てみると,「月に 1〜 3回程度以上」の頻度で使っている比

率が高いメディア教材は,「指導者用のデジタル教科書」(30%),「NHK学校放送番組」(26%),「『NHKデジタル教材』以外のインターネット上のコ

表 2 担任しているクラスの授業で利用したメディア教材(複数回答:%)* 100% =調査対象の全小学校教師(2795名)

利用あり 月に 1~ 3回程度以上の利用市販のビデオ教材や DVD教材 51 14

指導者用のデジタル教科書 50 30

NHK学校放送番組 46 26「NHKデジタル教材」以外のインターネット上のコンテンツや動画・静止画 44 21

あなたや他の先生が作成した教材 43 15

NHKデジタル教材 38 20

「指導者用のデジタル教科書」以外のパソコン用教材 27 12

「NHK学校放送番組」以外の NHKの放送番組 13 2

NHK以外の放送番組 12 2

(参考)NHK学校放送利用 55 34

出典 :NHK放送文化研究所「小学校教師のメディア利用に関する調査」(2013年実施)

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ンテンツや動画・静止画」(21%)の順となる。

(3)学校へのメディア普及の背景

このように,学校にさまざまなメディア機器が導入され,メディア教材が利用されている背景としては,テクノロジーの発達により,さまざまな機器や教材が次々に登場していることがある。あわせて,現行の学習指導要領の理念の中心となっている,子どもたちの「生きる力」の育成のために,文部科学省が「教育の情報化」を推進しており,環境整備のための予算化や効果検証,普及のための実践事例の整理などを行っていることが挙げられるであろう。本書でもいくつかの論文で用いられている,「教育の情報化」という言葉は 1999年 12月に内閣が打ち出したミレニアム・プロジェクトのトップに掲げられ,現在に至る。当初は全ての公立小中高等学校等がインターネットに接続できることや,授業で教員および生徒がコンピューターを活用できる環境を整備することが挙げられたが,現時点では「教育の情報化」が目指すものとして,次の 3点に整理されている。

①情報教育〜子どもたちの情報活用能力(情報活用の実践力,情報の科学的な理解,情報社会に参画する態度)の育成②教科指導における情報通信技術の活用〜情報通信技術を効果的に活用した,分かりやすく深まる授業の実現等③校務の情報化〜教職員が情報通信技術を活用した情報共有により決め細やかな指導を行うことや,校務の負担軽減等

『教育の情報化ビジョン』文部科学省(平成 23年 4月)より

『教育の情報化ビジョン』では,知識基盤社会を迎え,グローバル化が求められる中,21世紀を生きる子どもたちに求められる力として,「生きる力」とあわせて「情報活用能力」を挙げ,これらの考え方は OECD(経済協力開

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発機構)や欧州委員会が提唱するキーコンピテンシー等と認識を共有しているものとしている。これらの考え方の背景にある知識基盤社会での教育のあり方については,第 3部 1の苫野論文や第 3部 2の益川論文に詳しいので割愛するが,こうした教育の実現のために後述するデジタル教科書の配備や,1人 1台の情報端末による学習が推進されているのである。

2 教育メディアを変遷から読み解く

さまざまなメディアを日常的に利用できるようになってきた現代は,学習という観点から捉えると,学習環境が多様化し,その中で選択できる教育メディアが増えた時代といえる。ここでは主として,1950年代以後のメディア機器とメディア教材の広がりを整理するとともに,以後の論文でもたびたび扱われる新たな潮流について概説することで,教育メディアを俯瞰的に整理したい。なお,教育メディアについて,教育学の観点から見た歴史については,第 2部 1小柳論文に詳しい。

(1)教育メディアの変遷史

1950年代以後の代表的な教育メディアの変遷を図 4にまとめてみた。年代の右側は学校でも家庭でも利用されたメディアで,「メディア機器(太字)×メディア教材(斜字体)」として表している。年代の左側は主として学校だけで利用されたメディア機器である。図を見ると,ほぼ 10年ごとに新しいメディアが登場していることが分かる。ただし,新しいメディアはそれまでのものと完全に入れ替わるわけではなく,選択肢が増える形で併存していることが重要である。

NHK放送文化研究所では 1950年以来,継続的・定期的に「学校放送利用状況調査」を実施してきたが,そのデータを基に,以下,10年単位でその時代ごとに登場した教育メディアを見ていく(6)。なお,1980年代以後の,

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学校におけるデジタルメディア活用の歴史については第 1部 3木原論文で丁寧に解説されているので参照されたい。まず,1950年代までを見てみる。代表的な教育メディアとしては,ラジオや写真,レコード,教育用映画が挙げられる。視聴覚教育,放送教育の研究も盛んになり始め,日本の研究者に大きな影響を与えたものとしてエドガー・デールの「経験の円錐」(7)がある(図 5)。デールは多様な教育メディアを活用することによって,図に示した円錐の上昇方向(具体から抽象へ)と,下降方向(抽象から具体へ)の両方向への往復が活発に行われることで,教育的に豊かな経験となるとした。

1960年代から 70年代はテレビの時代といえるであろう。教室ごとのテレビ設置が進むとともに,テレビ学校放送番組も放送時間を増やしていった。

1975年には小学校の全国平均で 1教室 1台のテレビが配置となり,教室

図 4 代表的な教育メディアの変遷

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に常設のテレビを利用できることとなった。また,NHKのテレビ学校放送利用率も小学校で 9割を越えるようになった。放送教育研究も進み,番組を放送時間に生で丸ごと,そしてシリーズを継続して視聴することで,思考過程や探究の過程が追体験でき,視聴能力が身につくという「ナマ,丸ごと,継続」という放送教育観が広がっていったのもこの時代である。子ども向けの教育テレビは学校で見られるだけでなく,家庭でも,朝や夕方の幼児向け番組として見られたり,夏休みなどの長期休暇に見られたりしていた。この時代に学校で利用が広がったメディア機器としては OHP(オーバーヘッドプロジェクター)も重要である。スクリーンに OHPシートの内容を

出典:西本三十二『デールの視聴覚教育』(1957)日本放送教育協会 , p35

図 5 経験の円錐(cone of experience)

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投影するものであるが,OHPシートを教師が自作できること,ポイントになる部分を直接指示することで子どもたちの視線を集めることができることなど,放送教材にはない特性があった。

1980年代は録画再生機が普及した時代といえる。それまではテレビで学校放送番組を利用する場合,授業時間にあわせて番組を視聴することや,そもそも学校のカリキュラムに放送のカリキュラムをあわせることが必要であった。また,授業前に番組内容を検討したいという教師の要望には応えることができなかった。それが,VTRに録画することでこうしたニーズを実現できるようになったのである。録画再生機が登場すると,一般家庭よりも学校への普及が進んでいったのは注目に値する。特に専科の教員が複数のクラスの授業を担当する中学校や高校では,放送番組のナマ利用は難しかったが,録画が可能になったことにより利用が増加していった。また VTRをストックしておいて,必要に応じてその年度だけでなく複数年度にまたがって視聴するなど,アーカイブとしての活用も生まれてきた。さらに,1980年代後半になると市販のビデオ教材の利用も増えてくる。選択できるメディア教材が大きく広がったのである。

1990年代はパソコンの時代といえるであろう。パソコンは 1980年代から高等学校,中学校,小学校の順に普及,中学校と高等学校では 1994年度に,小学校では 1998年度にほぼ 100%の学校に普及した。当初のパソコンではテキストしか扱えなかったが,1990年代半ばからは,文字情報とあわせて音声,画像も扱え,CD-ROMや DVDに対応したいわゆるマルチメディアパソコンとして進化していった。教師自身がプログラミングして教材を作成したり,市販の教育用ソフトウェアや,「エデュテインメント」という概念のもと,教育用ゲームが学校や家庭に導入されたりしたのもこの時期である(ゲームについての詳細は第 3部 4の藤本論文を参照)。

2000年代に入ると,学校にあるパソコンがインターネットに接続されるようになる。2002年にはほぼすべての小学校,中学校,高等学校でインターネット接続が実現した。この背景には,1999年 12月に出されたミレニアム・

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プロジェクト「教育の情報化」でインターネット接続について国の目標が示されたことが大きく関係している。この時期にはプロジェクターや実物投影機(教材提示装置や書画カメラと呼ばれることもある)も少しずつ教室に取り入れられていった。プロジェクターはコンピューター画面を投映するものとして,実物投影機はシートを映していた OHPが進化したものと考えられるが,印刷物だけでなく立体物も拡大投影できるものとして,利用されるようになった。また学校だけでなく,家庭でも広く使われるものであるが,デジタルカメラも授業で利用されるようになってくる。デジタルカメラで教材として撮影した画像や動画を,プロジェクターや,アナログテレビに代わって教室に入ってきたデジタルテレビなどで簡単に映せるようになり,提示できるメディアの選択肢がさらに広がった。

2010年代になると,電子黒板の普及が始まる。電子黒板はパソコンやDVDなどの映像を表示するだけでなく,タッチパネルとして教師や子どもたちが操作をしたり,拡大したり,画面上に書き込みを行ったりすることができ,さらに画面の保存機能をもつものが多い。『教育の情報化ビジョン』で,電子黒板と後述するデジタル教科書の普及が掲げられたこともあり,学校への導入が進められている。以上この 60年ほどの教育メディアの変遷を,学校を中心に見てきた。テ

レビ,録画再生機,パソコン,インターネットへの接続と新たなメディアが加わるたびに選択できるメディアの種類が増えたことと,近年になるほど,新しいテクノロジーのもとに開発された機器の登場するペースが速くなり,学習環境の多様化に拍車がかかっているといえる。

(2)教育メディアの新たな潮流

これまでの歴史を踏まえたうえで,今後の教育メディアの動向を見るときに重要なポイントを取り上げるとすると,メディア機器としてのタブレット端末,メディア教材としてのデジタル教科書,そして,メディアを使った学

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習の仕組みとしてのMOOCsと反転授業になるであろう。いずれも,学校教育の中だけでなく,家庭教育にも関わるものであるのが重要である。まずはタブレット端末から見ていく。前述のように,2013年時点で,小学校教師の授業でのタブレット端末利用は 12%,児童の利用は 2%である。しかし,高等学校では佐賀県やいくつかの私立高校が,小中学校では東京都荒川区や佐賀県武雄市など 30以上の自治体で,グループに 1台や 1人 1台など,導入形態は異なるが,タブレット端末の利用が始まっている。タブレット端末は一斉学習で利用されることもあるが,個別学習での利用も多い。例えば国語の漢字練習や算数の計算練習では,子どもたちが自分のペースで学習を進められ,教師が学習履歴を確認しながら指導ができる効果があるという。また,理科や社会でお互いの考えを提示しあったり,体育や音楽などの実技教科では,その場で撮影した映像を再生して振り返りをしたり,総合学習でグループでの作品づくりをしたりなど,協働的な学習にも利用されるようになっている。タブレット端末は,単体だとカメラ機能や事前にインストールされたアプリケーションしか使えないが,ネット環境があれば,電子黒板等に各自の画像などを転送したり,クラウドなどに保存されたデータを参照したりすることもできる。また,いわゆる BYOD(Bring Your Own Device)として購入されたものであれば,家庭に持ち帰って学習をすることも可能だ。子ども向け玩具を販売している会社からは,子どもが操作しやすく,保護者がコンテンツや利用時間の制限ができるタブレット端末が発売されたり,子ども向け教育アプリケーションは,無料のものも含め多くの教材会社から提供されている。タブレット端末は幼児でも操作が容易にできることと持ち運びができることという特徴があるため,いつでもどこでも,学ぼうと思えば学べる環境が実現する可能性を大きく広げるものと考えられる。次にデジタル教科書を見ていく。デジタル教科書は学校で教師が電子黒板等の大画面に提示して利用することを考えてつくられた「指導者用のデジタ

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ル教科書」と,学習者がパソコンやタブレット端末等で操作する「学習者用のデジタル教科書」の 2種類があると定義されている。2014年の時点では,教科書という名前はついているが,検定を経た教科書ではなく,「デジタル教科書」という名前の教材という位置づけである。そのため,教科書のように無償配布ではなく,通常自治体での購入となる。また,「指導者用のデジタル教科書」は既に各教科で販売されているが,「学習者用のデジタル教科書」は高等学校用のみであり,小中学校用については 2015年度からの提供が予定されている。教育メディアとしてデジタル教科書を見た場合,これまで紙というメディアだった教科書が,文字情報だけでなく,音声や映像などのマルチメディアを扱えるデジタルメディアになったことの意味は大きい。今までは教科書と視聴覚教材は一線を画するメディアであったが,今後はその境目がなくなってくるのである。技術的な課題や権利的な課題はあるが,辞書,資料集,テレビ番組,CDや DVDなど,別々のメディアとして扱われていた教材を一元的に扱える可能性が広がってきたといえる。最後に新しい学習の仕組みとして注目を集めている MOOCsを見る。

MOOCsは,Massive Open Online Coursesの略称で,大規模オンライン公開講座という意味である。2012年にアメリカで,Cousera,Udacity,edXという 3つのサービスがスタートしたのが契機となっている。日本では,2013年に東京大学が Cousera,京都大学が edXに参加した。しかし,元々がアメリカ発のサービスで,英語での講義となるため,フランス,スペイン,中国ではそれぞれの言語で独自のものが立ち上がった。日本でも,一般社団法人日本オープンオンライン教育推進協議会(略称 JMOOC)が 2013年に設立され,2014年 4月から「gacco」「OpenLearning, Japan」「OUJ

MOOC」の 3つの配信プラットフォームでのサービスを開始している。こうした講座がこれまでの教育サービスと異なるのは,基本的には無償で受講できること(有償で認定証を発行するものもある),そして数週間程度で学べる「学習コース」として,段階的に学習を進められることである。

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例えば JMOOCでは,1週間を基本的な学習の単位とし,その週に見るべき 10分程度の講義動画が 5本から 10本公開される。受講者は動画を視聴し,確認のための小テストに答えていく。最後に課題が提示されるので,提出期限内に提出する。「1ヶ月コース」であれば,これを 4週繰り返し,最後に出される総合課題を提出して完了。週ごとの課題と総合課題の全体評価が修了条件を満たせば修了証がもらえるという仕組みだ。

MOOCsは高等教育が中心だが,初等中等教育向けの教育ウェブサービスとして,Khan Academy(カーンアカデミー)も広く世界で利用されている。同様なサービスは,個人で容易に映像制作が可能となり,YouTubeなどを利用して手軽に動画を公開できる環境が整ったことで,広がりつつある。こうしたサービスは,基本的には家庭などで学習者が視聴することを前提に制作されたものであるが,学校の授業と連携させる事例も出てきている。例えばアメリカのサンノゼ州立大学では,学生がMOOCsの映像を事前に見てくることとして,授業では実物を扱ったり,対面でしかできないグループ活動などをしたりすることで,単位取得を完了する学生数が増加したという。このような授業形態は反転授業(Flipped Classroom)と呼ばれ,一般に「説明型の講義など基本的な学習を宿題として授業前に行い,個別指導やプロジェクト学習など知識の定着や応用力の育成に必要な学習を授業中に行う教育方法」とされている(8)。授業前に視聴する動画は,教師が自作する場合もあるが,これまで述べてきた教育ウェブサービスを利用することもある(反転授業については,第 2部 2の稲垣論文に具体的な事例が紹介されている)。今後の教育メディアの動向として,タブレット端末,デジタル教科書,

MOOCsおよび反転授業を見てきた。学習者が 1人 1台の端末をもつようになり,そこに,デジタル教科書をはじめとするさまざまなメディア教材があり,それを学校でも家庭でも利用できることになると,学校の授業のあり方も変わってくるであろうし,そもそも,学校に在籍している間だけが学ぶ時期であるという考え方も変わってくるのではないだろうか。

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3 NHK学校放送の展開

ここまで,教育メディアの現状と変遷,そして今後の動向を見てきた。ここからは,ラジオ,テレビの時代から教育メディアとして大きな位置を占めてきて,さらにインターネットで利用できるデジタルコンテンツも展開している,NHK学校放送番組・デジタル教材について,主としてメディアの送り手の立場で見ていく。なお,学校放送番組等を利用した授業実践については,第 1部 3の木原論文を参照されたい。

(1)学校放送番組の設計

表 2(19ページ)に記したように NHK放送文化研究所の調査によると,小学校教師の NHK学校放送利用率(2013年度の利用)は 55%である。これは,他のメディア教材と比較しても利用が多いと考えられる。行政機関でもなく,教科書出版社や教材制作会社でもない NHKで,どのように学校放送番組が制作されているのであろうか。まず放送法から見てみる。放送法は,放送番組を「教養番組,教育番組,

報道番組,娯楽番組」と区分し,教育番組を「学校教育又は社会教育のための放送番組」と定義している。そして,教育番組については下記のように記している。

基幹放送事業者は,国内基幹放送等の教育番組の編集及び放送に当たっては,その放送の対象とする者が明確で,内容がその者に有益適切であり,組織的かつ継続的であるようにするとともに,その放送の計画及び内容をあらかじめ公衆が知ることができるようにしなければならない。この場合において,当該番組が学校向けのものであるときは,その内容が学校教育に関する法令の定める教育課程の基準に準拠するようにしなければならない。            (放送法 第百六条 2)

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教育番組が他の番組と異なる特徴として,「対象が明確」ということが挙げられる。この場合の対象には 3〜 4歳というような年齢層や,小学校 5年生などの学年だけでなく,物理を学ぼうとしている高校生やビジネス英語を学ぼうとする社会人という意味での対象も含まれる。そうした対象者に「有益適切」な内容を提供することが求められているのである。さらに,対象者が計画的に学習できるように,「継続的」に放送することや事前に内容を示すことが求められている。長年,出版物として告知されてきたが,現在はインターネットで放送計画を示すものも多い。教育の現場で「教育課程」という言葉で表される具体的な教育計画と同様なものであるといえる。さらに教育番組の中でも,学校の授業で教師と児童・生徒が利用することを考えて制作される学校放送番組について,放送法に基づく番組基準として,NHKでは下記を示している。

第 3項 学校放送番組 1 学校教育の基本方針に基づいて実施し,放送でなくては与えられない学習効果をあげるようにつとめる。

 2 各学年の生徒の学習態度や心身の発達段階に応ずるように配慮する。

 3 教師の学習指導法などの改善・向上に寄与するようにつとめる。

(日本放送協会 国内番組基準 第 2章各種放送番組の基準から)

1点目は,音声や映像という放送の特性を活かすということ,2点目は,放送法にもある「対象を明確にすること」とあわせて,扱う内容だけでなく,表現や表記などに留意することを表していると考えられる。3点目は,学校放送番組に独特のもので,他の教育番組が「放送番組と学習者」という関係で成り立つのに対して,学校放送番組は「放送番組と教師と子ども」が関わるので,学習者である子どもに役立つ内容を放送するだけでなく,教授者である教師の学習指導法についても取り扱うものと捉えられる。

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図 6は番組の視聴の姿を模式的に示したものである。家庭で,テレビ番組を見る場合,個人か少人数で,何かをしながら(例えばタブレットやスマートフォンを操作しながら),受動的に視聴していることが多い。それに対して,教室で授業としてテレビ番組を見る場合は,目的をもって,集団で時間と場を共有して視聴しているので,そこが大きく異なる。そこで見る(見せる)番組は,教師が授業設計に基づき選択しているのである。視聴している時には,教師も子どもたちもテレビ番組から影響を受ける点では変わらないが,視聴前後に教師が問いかけて子どもが答えたり,子ども同士が話し合う時間を持ったり,何らかの能動的な活動を組み合わせることで,番組で提示された内容を理解していく授業設計につながるという点で家庭での視聴と異なる。もちろん個人で能動的に選択視聴をしている場合もあるが,集団で目的実現のために視聴していることとは異なるであろう。さて,こうした学校放送番組はどのような過程を経て制作されるのかを

図 6 家庭でのテレビ視聴と学校でのテレビ視聴

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図 7に示す。まず,社会状況や具体的な反響,放送文化研究所で実施する調査などを基に方向性を検討・立案する「教育放送企画検討会議」を開催する。参加者は全国各地の教師・保育士,教育メディアを専門とする学識経験者,教育行政関係者等である。その方針を受けて,それぞれの番組ごとに,内容を具体化して,年間放送計画を作成する「学校放送番組委員会」を開催する。参加者は番組の対象となる学校種の教師と,その番組で扱う分野の専門家や学識経験者等である。こうして,その時々の社会情勢や教育現場のニーズに応える形で番組は制作されている。その一方で教育課程の基準に準拠はするものの,取り上げるテーマや内容は,NHKの判断で提供している。したがって,映像の特性を活かせる理科や社会科などの教科番組を中心に制作したり,総合的な学習や小学校英語などの新しい教科・領域に対応する番組を先行して放送したり,

出典:「NHK for School利用ガイド 2014」

図 7 学校放送番組編成計画,制作の流れ

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いじめや防災,情報モラルなど喫緊の課題に対応したジャーナルな番組を速やかに放送したりできるところが,他の教育メディアとの大きな違いである。

(2)学習環境の変容とデジタル教材開発

「教育の情報化」の時代を迎え,教室で利用できるメディア機器がテレビに加えて,パソコンなど次々と増える中,NHKの番組はどう変容していったのかを次に見ていく。学校へインターネットに接続されたパソコンが広がることを見据えて,

NHK学校放送番組も 1996年から番組ホームページを公開した。当初は高学年向け環境教育番組『たったひとつの地球』だけであったが,少しずつ番組数を増やしていった。また放送番組の展開の 1つとして,子どもたちの疑問に短く編集した映像を使って回答する番組を 1994年から始め,のちにクリップと呼ばれる動画集を制作していった。こうした流れの集大成として,2000年度から 6か年計画で NHKデジタル教材の開発が始まった。その方向性は,「放送を使った 1対マスの教育」に加え,「デジタル教材による 1対 1の教育」によって,個々の子どもたちの興味関心にも対応した教材を創り出すことであった。それは,強いストーリー性で動機づけをし,直接体験することが難しいことを間接体験させ,それを教室で共有するという放送教育の方法論と,マルチメディアを使って個々の子どもたちが自由に探索していく構成主義の方法論の最適な組み合わせを考えることでもあった(9)。この背景には,2002年の学習指導要領改訂で「生きる力」の育成が打ち出され,新しく設立された「総合的な学習の時間」では問題解決学習が重視される中,個人が自ら調べる学習のためのメディア教材が必要とされてきたことがある。こうして 2001年度から公開されたのが NHKデジタル教材である。2011年度からは「NHK for School」という,学校放送番組や NHKデジタル教材だけでなくさまざまなイベントやサービスも含むポータルサイトとして名称が統一されているが,デジタル教材として提供しているサービス

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の基本構造はかわっていない。NHKデジタル教材の特徴は各番組のウェブサイトに用意された 4種類の

コンテンツである(図 8)。 1「ばんぐみ動画」:放送後の番組のあらすじ観覧とストリーミング視聴,

シーンごとや時間指定をした再生や字幕をつけることも可能 2「クリップ」:番組に関連した 1-2分程度の短い動画 3「きょうざい」:子ども向けの番組に関連する資料や教材集と,学習内

容に即したゲームやクイズなど 4「先生向け」:番組を利用した授業案や,授業案に基づいたワークシー

トなどこれらのコンテンツはそれぞれメタデータをもち,キーワードだけでなく,学習指導要領の項目や,理科と社会科は教科書の単元から,自由に検索できるようになっている。

出典:NHK for School(www.nhk.or.jp/school)図 8 NHK デジタル教材のウェブサイト構成

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学習環境の変容にあわせて番組と連動したデジタルコンテンツを提供するだけでなく,番組の形式や内容も変化している。これまでの学校放送番組は小学校向けで 15分,中学・高校向けで 20分が主流であったが,まず中学・高校向けの番組の 10分化が 1990年代半ばから始まり,小学校向け番組も2010年代から順次 10分となっている。これは教室のメディア環境が多様化し,さまざまなメディア教材を選択できる中,より短いものが求められる傾向と,デジタル教材の提供が始まったことで,放送番組だけですべてを完結する必要がなくなったためである。さらに番組の形式も変化している。たとえば小学校向け理科番組のシリーズには,強いストーリー性はあまりもたせず,短いクリップを組み合わせることで構成して,必要な部分だけを視聴することが容易なセグメント型と呼ばれる番組がある。また,放送教育の伝統的な考え方にもあるが,放送ですべて完結するのでなく,番組の最後に疑問を残すオープンエンドの番組も近年,数多く登場している(10)。また,学年・教科に対応した番組を 1つに限定せず,過去に放送したものを再放送して,インターネットでも提供するアーカイブとしての活用も理科番組などで始まっている。さらに NHK全体のアーカイブへの取り組みの中で,NHKデジタルアーカイブス教育利用コンテンツがウェブサイトで公開されている(11)。

1935年にラジオで学校放送が全国向けに放送されてから 80年,1953年にテレビ学校放送が始まってから 60年以上たつが,改めて教育メディアとして NHKを見るとき,時代の要請に合わせながら,拡張・深化して,多種・多様なメディア教材の提供を進めているということがいえる。

4 多様化する教育メディアの今後

ここまで,多様化する学習環境の現状と,そこに至るまでの教育メディアの変遷,特に放送番組が拡張・深化していく過程を中心に見てきた。ここで

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は本論で述べたことを基に,今後に向けたいくつかの視点を提示したい。まず,メディアの統合がさらに進むということがいえるであろう。これまでは紙の教科書,視聴覚教材としての OHP,放送教材としてのテレビ番組は,メディア機器としてもメディア教材としても別のものであった。しかし,マルチメディアパソコン以後,現在のタブレット端末に至るまで,1つのメディア機器で複数のメディア教材を扱えるようになる方向は変わらない。この方向はより進むと考えられる。次に,こうした統合の動きの延長として,誰もが,1人 1台のメディア機器をもち,どこからでもメディア教材にアクセスできることで,学校教育と家庭教育の統合ないし,新たな役割分担が生まれてくる可能性が高い。MOOCsなどを個人で受講することが日常的になった場合,集団で学習する環境としての学校の意味は改めて問い直されるであろう。そして,メディアと人とのかかわり方そのものも問い直されるであろう。メディアとのかかわり方,メディア・リテラシー教育については,第 2部 3

の中橋論文が,社会学の立場で見るヴァーチャルなものとの関わり方については第 3部 3の鈴木論文に詳しいが,だれでも,いつでも,どこでも,メディアを選択できる時代ならではのメディアとの関わり方を,ますます考えなければならなくなるであろう。教育とメディアの今後についてはまだまだ課題が多いが,期待できる成果も大きい。さまざまな分野・領域の研究者による研究が今後さらに必要であると考える。

【注 釈】

(1)調査の結果と分析については,「テレビ・ラジオ視聴の現況~ 2014年 6月全国個人視聴率調査から~」NHK放送文化研究所(編)『放送研究と調査』2014年 9月号 pp58-69を参照のこと。

(2)『平成 25年度情報通信メディアの利用時間と情報行動に関する調査報告書』(平成 26年 9月 総務省情報通信政策研究所)

(3)調査の結果と分析については,NHK放送文化研究所編『NHK中学生・高校生の生活と意識調査 2012 失われた 20年が生んだ ”幸せ ” な 10代』(2013 NHK出版)を参照のこと。

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(4)調査の結果と分析については,「幼児のテレビ視聴と録画番組・DVDの利用状況~ 2014年 6月『幼児視聴率調査』から~」NHK放送文化研究所(編)『放送研究と調査』2014年 10月号 pp62-75を参照のこと。

(5)調査の結果と分析については,「メディア変革期にみる教師のメディア利用~ 2013年度『NHK小学校教師のメディア利用に関する調査』から~」NHK放送文化研究所(編)『放送研究と調査』2014年 6月号 pp48-71を参照のこと。

(6)以後の年代ごとの記述については,小平さち子(2014)「調査 60年にみる NHK学校教育向けサービス利用の変容と今後の展望~『学校放送利用状況調査』を中心に」NHK放送文化研究所(編)『NHK放送文化研究所年報 2014』pp91-169を参照のこと。

(7)エドガー・デールについては,巻末の教育メディア人名抄録を参照のこと。(8)反転授業と反転学習については東京大学大学院情報学環・反転学習社会連携講座のウェブサイトに詳しい。http://flit.iii.u-tokyo.ac.jp

(9)デジタル教材の開発については,菊江賢治,宇治橋祐之(2012)「NHKデジタル教材の登場」教育放送研究会(編) 『教育放送 75年の軌跡』pp176-187に詳しい。

(10)科学の考え方を学ぶ『考えるカラス』(2013~,小中高校向け理科)や,いじめについて考える『いじめをノックアウト』(2013~,小 3~ 6・中学校向け特別活動)などが,オープンエンドの代表的な番組である。

(11)NHKデジタルアーカイブス教育利用コンテンツは下記ウェブサイトを参照のこと http://www.nhk.or.jp/archives/digital/education/

【参考文献】

赤堀侃司(2014)『タブレットは紙に勝てるのか タブレット時代の教育』ジャムハウス堀江固功 浅野孝夫 編(1998)『教育メディアの原理と方法』日本放送教育協会教育放送研究会(2012)『教育放送 75年の軌跡』日本放送教育協会日本放送協会(1960)『学校放送 25年の歩み』日本放送教育協会西本三十二(1957)『デールの視聴覚教育』日本放送教育協会山内祐平(2010)『デジタル教材の教育学』東京大学出版会全国放送教育研究会連盟・日本放送教育学会(1986)『放送教育 50年―その歩みと展望』日本放送教育協会