胃瘻栄養でも なぜ重症の誤嚥性肺炎に なるのか ·...

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胃瘻栄養でも なぜ重症の誤嚥性肺炎に なるのか ~胃電図検査から分かったこと~ 小林 顕 小玉 敏央* 鎌形 博文** 高橋 圭太** 井上 浩*** 医療法人正和会 介護老人保健施設 ほのぼの苑 * 医療法人正和会理事長 ** 秋田大学工学資源学部 電気電子工学科 知能情報通信工学講座 *** 秋田大学副学長

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Page 1: 胃瘻栄養でも なぜ重症の誤嚥性肺炎に なるのか · 胃瘻栄養の方の嘔吐や誤嚥性肺炎の原 因である胃食道逆流に、下部食道括約筋 の弛緩以外に、胃の動きの異常が関係し

胃瘻栄養でもなぜ重症の誤嚥性肺炎に

なるのか

~胃電図検査から分かったこと~

小林顕 小玉敏央* 鎌形博文** 高橋圭太** 井上浩***

医療法人正和会 介護老人保健施設 ほのぼの苑* 医療法人正和会理事長** 秋田大学工学資源学部 電気電子工学科 知能情報通信工学講座*** 秋田大学副学長

Page 2: 胃瘻栄養でも なぜ重症の誤嚥性肺炎に なるのか · 胃瘻栄養の方の嘔吐や誤嚥性肺炎の原 因である胃食道逆流に、下部食道括約筋 の弛緩以外に、胃の動きの異常が関係し

胃瘻造設後の肺炎の原因

1. 喀出力の低下のため痰が肺に貯留

2. 嚥下機能障害による唾液等の気管内侵入

3. 胃食道逆流により、胃内に貯留した流動食や胃液が食道を逆流し、咽頭で気道内に流入

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肺炎の発症

下部食道括約筋の弛緩下部食道括約筋の弛緩

胃瘻チューブ

流動食

胃食道逆流

流動食の気道内流入

胃瘻栄養の方の胃食道逆流と肺炎

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目的

胃瘻栄養の方の嘔吐や誤嚥性肺炎の原因である胃食道逆流に、下部食道括約筋の弛緩以外に、胃の動きの異常が関係しているという仮説を立てた。

この仮説を検証するための第一歩として、胃電計を使って、胃瘻栄養の方の流動食の注入時の胃の電気活動を調べ、胃の蠕動運動に異常が無いかどうか解析した。

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方法と対象

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胃の運動

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胃の電気活動

周波数: 3サイクル/分のゆっくりした波伝播: 遠心性

発生源: カハール間質細胞(?)

噴門

幽門

大弯

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胃電図検査とは

胃の蠕動運動に関連して胃壁に発生する電気信号を腹壁表面に付けた電極でひろって、フーリエ変換により解析する検査

胃の蠕動による電気活動以外の電気信号はフィルターなどの情報処理で取り除いている

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調査対象(6名)

老健施設ほのぼの苑に入所中の胃瘻栄養の方 6名

年齢:76±10才(男3名、女3名)疾患多発性脳梗塞+脳血管性認知症: 3名

アルツハイマー型認知症: 1名

多系統萎縮症: 1名

無酸素脳症: 1名

ADL介護度に関しては介護度5が 5名、介護度4が 1名

寝たきり:5名/リハビリ実施時のみ歩行:1名

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実際の計測

流動食注入と胃電図計測

頭部をやや挙上した仰臥位

流動食注入前約30分前から、注入中、および注入後60分後までの連続した胃電波形を測定した。

胃瘻からは各人がいつも注入している量の流動食と水を混合して(流動食+水=500~600 ml)、各人のいつもの注入速度で注入した。

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胃電図の解析で着目したこと

流動食注入に胃が反応するか否か(流動食注入により胃の蠕動運動を示す電気活動が出現するか否か)

流動食の注入開始から胃の反応を示す波形が出現するまでの時間差

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結果

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健常成人の胃電波形

ほとんどの人で食後30分以内の摂食後早期に胃電波形の変化が観測されており、反応しない例や反応遅延例は少ない。

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胃瘻栄養の方6名の胃電図結果

流動食反応群

(Responsive Group:R群)・・・3名(内訳)

正常反応 ・・・・・ 2名

遅延反応 ・・・・・ 1名

流動食非反応群

(Non-Responsive group:NR群)・・・3名

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胃電図結果(胃瘻栄養)流動食反応群(Responsive Group:R群)

(正常反応) 2名

(遅延反応) 1名

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胃電図結果(胃瘻栄養)

流動食非反応群(Non-responsive Group:NR群)3名

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胃の反応と胃食道逆流による肺炎との関連

頻回に嘔吐や嘔吐に続く肺炎を起こす方は3名で、すべて女性であった。この3名女性の胃電図所見は、流動食に反応しなかった方1名、正常に反応した方1名、反応が遅延した方1名であった。このうちレントゲン所見などから明らかに胃食道逆流による肺炎を繰り返す女性は流動食への反応が遅延した方で、無酸素脳症の58歳の女性であった。男性3名は流動食に反応しない方2名、正常に反応した方1名であったが、胃食道逆流による肺炎を繰り返す方はおられなかった。

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考察

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胃瘻栄養の方で流動食に対する胃の反応がどうして悪いのか?

①食物が食道を通過する刺激が無い

②食物が液体で、しかも少しずつゆっくり注入される

③重篤な合併症、高齢であること

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蠕動良好 蠕動不良

胃食道逆流

排出順調 排出不良

流動食が溜まる

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今回の調査結果から考えた胃食道逆流の予防策

流動食が胃内に長く溜まる可能性を想定し

①流動食注入中や注入後しばらくは、むやみに体位交換したり、刺激したりしない。

②流動食の注入は十分な程度の頭部挙上をして行い、注入終了後もしばらく続ける。

③場合によっては、一回の注入量を減らし、その分、注入回数を増やす。

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結論

われわれは、胃電図検査によって、胃瘻栄養の方では流動食注入による生理的な胃蠕動運動の亢進がみられない方や遅れる方がおられることを示した。

この知見が、胃食道逆流やこれによる肺炎の発症に関連していると考えた。

胃瘻栄養の方の流動食注入に際しては、胃運動の不全に留意した注入法をとるべきと考えた。

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謝辞この研究に協力してくださった、介護老人保健施設ほのぼの苑の入所者の皆様と職員に感謝します。