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ホール における 大学大学院 086091 2010 1

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Page 1: 量子ホール系における熱電効果...1.1.2 2次元電子系の磁場中における電気伝導[1] 磁場中の電気伝導の測定には、通常図1.3 のようなHall bar

修士論文

量子ホール系における熱電効果

東京大学大学院理学系研究科物理学専攻

086091 藤田 和博

指導教員 家 泰弘 教授

2010年 1月

Page 2: 量子ホール系における熱電効果...1.1.2 2次元電子系の磁場中における電気伝導[1] 磁場中の電気伝導の測定には、通常図1.3 のようなHall bar

 

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概 要

本研究は、二次元電子系に微細加工を施すことで実現されるメゾスコピック系において、電子が低温・磁場中で示す熱電効果における拡散の寄与を実験的に調べることを目的としている。本研究では量子ホール系における熱電効果についての実験的研究を行った。通常サイズのホールバーの片側に直接大きな電流を流すことにより格子系を加熱せずに電子温度にのみ勾配をつくることにより、フォノンドラッグの寄与を排除して電子自体の拡散の効果のみを観測することができることを、測定している電圧が加熱電流の向きに依らないこと、観測している信号が非局所抵抗ではないことから検証した。低磁場において、抵抗率を同時に測定しネルンスト電圧との関係を調べ、一般化したMottの関係式に対して実験的に検証した。量子ホール領域では、ネルンスト電圧を観測し、電流を流すことによって加熱している部位の充填率を変化させたときのネルンスト電圧の変化について考察した。

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目 次

第 1章 序論 1

1.1 研究背景 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 1

1.1.1 半導体中の 2次元電子系 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 1

1.1.2 2次元電子系の磁場中における電気伝導 [1] . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 3

1.1.3 弱磁場での伝導 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 3

1.1.4 強磁場における伝導 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 4

1.1.5 整数量子ホール効果 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 7

1.1.6 量子ホール系における熱電輸送現象 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 8

1.1.7 一般化したMottの関係式 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 9

1.2 研究の目的 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 13

第 2章 試料作製と実験手法 14

2.1 試料の作製 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 14

2.1.1 基板# 1を用いた試料作製 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 16

2.1.2 基板# 2を用いた試料作製 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 17

2.2 実験手法 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 18

2.2.1 測定装置 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 18

2.2.2 測定系 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 18

第 3章 量子ホール系における熱電効果 19

3.1 温度差の効果が見えていることの確認 1 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 19

3.2 一般化したMottの関係式 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 25

3.3 本章のまとめ . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 28

第 4章 量子ホール領域における熱電効果 29

4.1 温度差の効果が見えていることの確認 2 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 29

4.2 量子ホール領域におけるネルンスト電圧の充填率依存性 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 35

4.3 本章のまとめ . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 41

第 5章 低磁場下におけるネルンスト係数 42

5.1 温度差の効果が見えていることの確認 3 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 42

5.2 量子ホール系における一般化したMottの関係式 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 46

5.3 本章のまとめ . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 50

第 6章 総括 51

付 録A 一般化したMottの関係式 53

i

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第1章 序論

分子線エピタキシー法の開発によって不純物の極めて少ない半導体 2次元電子系が作製されるようになっ

た。2次元電子系は、平均自由行程が数ミクロンから数ミリに及ぶようなクリーンな系であるため、既存の物

理理論の検証や新しい量子現象の発現を目指して多くの研究がなされてきた。2次元電子系に垂直な磁場をか

けたときに、整数量子ホール効果や分数量子ホール効果が観測されることは特に有名である。この量子ホール

効果は理論的にも興味深く、物性物理学に新しい概念を生み出した。また、近年の微細加工技術の発達により、

2次元電子系をさらにサブミクロンスケールからナノスケールにまで加工することができるようになった。サ

イズを小さくしていくことで、量子論的な効果が顕著に現われてくることが期待される。2次元電子系を 1次

元に閉じ込める量子細線、0次元に閉じ込める量子ドット等がその代表例であり、現在も研究が盛んに行われ

ている。

本研究では、特に 2次元電子系における熱電効果について注目した。そして、量子ホール系における電子自

体の拡散による熱電効果についての実験的研究を行った。現在、当分野での実験はほとんど行われておらず世

界的にも数少ない。

本論文は以下のように構成されている。第 1章 (本章)では、まず研究の背景として、熱電効果において、こ

れまでの研究の流れといくつかの実験を紹介し、それを踏まえて本研究の目的を述べる。第 2章では測定試料

の作製と測定方法について述べる。第 3章では量子ホール系における低磁場での輸送現象、第 4章では量子ホー

ル領域における熱電効果の充填率依存性について述べる。第 5章では、量子ホール系におけるMott relation

を考察する。最後に第 6章で全体のまとめを行う。

1.1 研究背景

1.1.1 半導体中の 2次元電子系

本研究で使用した半導体2次元電子系 (2DEG)がどのように実現されるかを簡単に説明する。半導体 2次元

電子系は分子線エピタキシー (MBE)と呼ばれる結晶成長技術によって実現される。この結晶技術によって、

GaAs/AlGaAsという格子定数が近い異種半導体のヘテロ接合を単原子層程度の厚さの制度で作成できるよう

になった (図 1.1)。この構造の界面では、GaAsとAlGaAsのバンドギャップの違いから図 1.2(a)にあるように

エネルギーバンドが不連続になっている。ここで、AlGaAs層にドナー不純物となる Siを変調ドープすること

により、Si から放出された電子がスペーサー層を超えてGaAs層へ移動する。この時、ドープ層に残ってイオ

ン化している Siの作る電場により、放出された電子は GaAs/AlGaAs界面の三角ポテンシャルに閉じ込めら

れる (図 1.2(b))。このため、電子は z軸方向に閉じ込められ界面に沿って 2次元電子系が実現される。また、

この時 2DEGの主な散乱体はイオン化した Siであるが、スペーサーを挟むことで 2次元界面から適度な距離

に保っているので、不純物散乱の影響が極めて少なくなり、高移動度で理想的な 2次元電子系ができている。

1

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GaAs

Substrate

spacer AlGaAs

Si-doped n-AlGaAs

cap layer n-GaAs

2 DEG

5 nm

40 nm

15 nm

800 nm

図 1.1: GaAs/AlGaAsのヘテロ構造。

e-

+ + ++ +

-

- - - - - -

n-AlGaAs AlGaAs GaAs

Z

E

EF

E

Z

2DEG

(a)

(b)

図 1.2: エネルギーバンドの模式図。(a)GaAs と Al-

GaAsのバンドギャップ。(b)三角ポテンシャルと 2次

元電子系の実現。

2

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1.1.2 2次元電子系の磁場中における電気伝導 [1]

磁場中の電気伝導の測定には、通常図 1.3のような Hall bar試料を用いる。試料幅をW 、電圧端子間の距

離を Lとすると、対角抵抗率 ρxx とホール抵抗率 ρxy は、

ρxx =VxxI

W

L, ρxy =

VxyI

(1.1)

により与えられる。

L

WI

Vxx

Vxy

B

図 1.3: 磁場中の電気伝導を測定するための、通常の Hall bar概念図

1.1.3 弱磁場での伝導

ここで、弱磁場のかかった Hall Barの伝導を考える。試料の不純物の効果を、半古典的に扱った Drudeモ

デルによると、運動方程式は

m∗(d

dt+

1

τ

)v = −e (E+ v ×B) (1.2)

で与えられる。ここで、m∗は電子の有効質量 (GaAs中でm∗ = 0.067me)、τ は散乱時間である。この式 (1.2)

を解いた結果から、抵抗率

ρxx =1

neeµ(1.3)

ρxy =B

nee(1.4)

が得られる。ここで、ne は電子密度、µは移動度で µ = eτ/m∗ となっている。これより、抵抗率の測定から

2次元電子系基板の特性を示す物理量である、電子密度 ne と移動度 µを求めることが出来る。

上で求めた電子密度及び移動度から他の重要な物理量を導く方法を以下に挙げる。

• フェルミエネルギー

EF =h2kF

2

2m∗ ; kF =√2πne (1.5)

• 緩和時間 τ

τ =m∗

eµ (1.6)

• 平均自由行程 ℓ

ℓ = vF τ =h√2πne

eµ (1.7)

3

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1.1.4 強磁場における伝導

Landau量子化

量子力学的に磁場中の電子の運動を考える。磁場中の2次元電子のハミルトニアンは

H =1

2m∗ (p− eA)2

(1.8)

である。このハミルトニアンの固有エネルギーは

E = hωc

(N +

1

2

)(N = 0, 1, 2, · · · ) (1.9)

という離散順位 (Landau準位)になる。ここで、ωc = eB/m∗はサイクロトロン角振動数、N は Landau指数

という。磁場中では図 1.4の左図のように、ゼロ磁場のときの連続状態密度が離散的な Landau準位に縮退す

る。さらに、電子スピンによる Zeemanエネルギーも考慮すると、式 1.9は

E = hωc

(N +

1

2

)+ g∗µBB · S (1.10)

となり、図 1.4の右図のようにさらに分裂する。ここで、g∗はg因子で、GaAs中では g∗ = −0.44 である。ま

た、µB はボーア磁子である。

Landau量子化の特徴としては

1. 各 Landau準位には単位面積当たり nϕ = eB/hの縮重度がある。また、磁束量子 ϕ0 = h/eを用いて、

nϕ = B/ϕ0と表せることから、「各 Landau準位において、1電子状態は磁束量子1本毎に1つある」と

解釈できる。

2. Landau指数N の運動は、古典でいう半径√2N + 1lB のサイクロトロン円運動に対応する。lB =

√heB

は磁気長という長さである。

3.   Landau準位の占有率 ν は ν = ne/nϕ と表される。このことから、1/ν は電子一つ当たりの磁束量子

の本数とみなすことができる。

E

D(E)

EF

E

D(E)

EF

cwh

Bg Bm*

図 1.4: Landau準位のみを考えた場合 (左)と Zeemanエネルギーを考慮したとき (右)の状態密度

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一様電場中の運動

次に、磁場 B が z 軸方向に、電場 E が x 軸方向に一様にかかった場合を考える。Landau ゲージ A =

(0, Bx, 0)を用いた場合、ハミルトニアンは

H =1

2me[p2x + (py − eBx)2]− eEx (1.11)

となる。Landauゲージではy方向の運動量が保存するので、波動関数を

φ(r) =1√Lexp(ikyy)ψ(x) (1.12)

とおくと、ψ(x)のシュレディンガー方程式1

2mep2x +

meω2c

2(x−X)2

ψ(x) =

EX + eEX − me

2

(E

B

)2ψ(x) (1.13)

が得られる。ここで、中心座標 X = −kylB + eEmel4

h2 を導入し、整理した。式 1.13の左辺は調和振動子のハ

ミルトニアンなので、固有エネルギーは

EX =

(N +

1

2

)hωc − eEX +

me

2

(E

B

)2

(1.14)

となる。この固有状態は、平均速度が (vx, vy) = (0,−E/B)となることから、エネルギーの第一項はサイクロ

トロン運動のエネルギー、第二項は電場による静電エネルギー、第三項は速さE/Bの運動エネルギーと解釈で

きる。これは、直観的には図 1.5の様に、等ポテンシャル線に沿って、サイクロトロン運動しながら速さ E/B

で運動していると考えられ、サイクロトロン運動の量子化以外は古典力学と同じである。

B

x

y

vy

E

図 1.5: 一様電場がかかった場合の電子の運動の直観的な描像

5

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不純物による局在とエッジ状態

ここでは、強磁場中における電子の局在と、エッジ状態につて直感的に議論する。磁場が強くなると、サイ

クロトロン運動による波動関数の広がりのスケール lB(∝ B−1/2)は小さくなるので、磁場が十分強ければ不純

物による空間変化の特徴的な長さより小さくなる。lB のスケールでみると不純物ポテンシャルは一様な電場と

みなせるので、電子はポテンシャルの等高線に沿った運動をすると考えられる。すると、不純物のつくるポテ

ンシャルの山や谷では等高線は閉曲線となり、電子の波動関数はこの閉曲線に沿った局在状態を形成する。ま

た、ポテンシャルの山と谷の中間では等ポテンシャル線が閉曲線とならない状態が存在し、非局在状態となる。

以上の議論から、状態密度は図 1.6の様に、Landau準位の中心付近の非常に狭い範囲で非局在状態となり、そ

の他の大部分では局在状態が実現すると考えられる。Landau準位の広がりは不純物によって縮退が解けたこ

とによるものである。

試料の端は電子に対する束縛ポテンシャルを形成する。不純物と同様に束縛ポテンシャルの勾配が電場に相当

するので、電子は試料端に沿って運動することになる。この電子の運動は古典的には図 1.7の (b)のような、サ

イクロトロン運動が試料端で反射されることによるスキッピング軌道と考えられる。このような試料端に沿っ

た運動する状態をエッジ状態という。よって、強磁場中では図 1.7の (a)のようにバルクは局在状態を形成し、

試料端ではエッジ状態を形成していると考えられる。

E

D(E)ÇÝóÔ

ñÇÝóÔ

図 1.6: 不純物により縮退がとけて広がった Landau

準位と局在・非局在領域

B

(a) (b)

Edge state

Localized state

図 1.7: 強磁場における電子状態 (a)バルクは不純物に

束縛されて局在状態となり、試料端では端に沿った運動

をするエッジ状態が形成される。(b)エッジ状態の古典

的な解釈

 

6

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1.1.5 整数量子ホール効果

強磁場中の2次元電子系の振る舞いとして整数量子ホール効果というものがある。この現象は次のような性

質をもつ。

1.  ホール抵抗は磁場を変化させても値の変わらない領域 (プラトー領域)が存在し、その領域では対角抵

抗はほぼゼロとなる。

2.  プラトー領域のホール抵抗は、正確に h/e2 の整数分の一になる

この整数量子ホール効果を測定したものが図 1.8である。

フェルミ面が図 1.6の局在領域にある場合、バルクの電子は局在状態なので伝導には寄与せずに、エッジ状態

の電子が伝導に寄与する。エッジ状態が流す電流はエッジ電流という。このエッジ電流は無散逸に流れる電流

なので、理想的な1次元導体とみなすことが出来る。Landau-Buttiker公式 [3]を用いて理想的な1次元導体

の伝導は計算出来て、抵抗率は ρxx = 0, ρxy = (1/i)(h/e2) となる。i は伝導に寄与できるエッジ状態の数

で、占有率と同値である。よって、フェルミ面が局在領域にある限り、対角抵抗はゼロを示し、ホール抵抗は

ρxy = (1/i)(h/e2)のプラトーを形成する。以上が簡単なエッジ描像による整数ホール効果の説明である。

図 1.8: 整数量子ホール効果 [2]

7

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1.1.6 量子ホール系における熱電輸送現象

熱電効果

熱電効果とは温度勾配により電圧が生じる効果である。二次元電子系において、温度勾配に対して垂直方向

に磁場をかけることにより、電圧は温度勾配に対して平行方向(ゼーベック効果:Sxx)および垂直方向(ネ

ルンスト効果:Syx)に生じる [4] [5] [6] [7] [8] [9]。これらの効果には電子自体が拡散して熱流を運ぶ拡散機構

とフォノンが熱流を運び電子-フォノン散乱により電圧を生じるフォノンドラッグ機構の2種の異なる機構から

の寄与がある。 

温度勾配を作るとき通常は外部のヒーターにより加熱を行う。このために、電子系だけでなく格子系も加熱

してしまうことになる。よって、電子の拡散とフォノンドラッグの両方の寄与を観測している [6]。ヒーターで

温度勾配をつける通常の実験では、熱流の大半はフォノンにより運ばれる。そのため通常の手法を用いた実験

では電子拡散による効果よりも2桁ほど大きいフォノンドラッグの効果を主として観測していることになる。

これに対して、2次元電子系の一端に直接大きな電流を流すことにより格子系を加熱せずに電子温度にのみ

勾配をつけると、拡散の効果のみを抽出することができると考えられる。これを実現するために、数μm角の

マイクロホールバーを使った実験もある [10]。電流加熱法を行った時、電子-格子相互作用が弱いため電子系は

格子系との平衡状態から外れる。一方電子間散乱により、電流が流れている部位の電子系は格子温度とは異な

る電子温度で記述されるような準平衡状態になる。このように、電子だけが加熱される状況を実現することに

よって、拡散の寄与を分離して測定することが可能となる。

ここで熱電係数を一般的な式で求める。電場 E と温度勾配∇T がある場合、電流密度 J と熱流 U は

J = σE− ϵ∇T (1.15)

U = πE− λ∇T (1.16)

である。ここで、σ は伝導率テンソル、ϵは熱電気テンソル、π はペルチェテンソル、λは熱伝導率テンソル

を表す。磁場 B は z 方向に平行である。試料は xy 平面において等方であるため、σxx = σyy, σxy = −σyx,ϵxx = ϵyy, ϵxy = −ϵyx である。熱伝導率はフォノンによって決まっており、λxx = λyy, λxy = −λyx ≈ 0 であ

る。電流密度がゼロの条件の下で熱電効果は

E = S∇T (1.17)

S = ρϵ (1.18)

である。実験条件である Uy = 0,∇Ty = 0を考えると熱電係数は

Sxx = Ex/∇Tx = ρxxϵxx − ρyxϵyx (1.19)

Syx = Ey/∇Tx = ρyxϵxx + ρxxϵyx (1.20)

である。

low high

xxS

yxS

TD

図 1.9: 外部ヒーター加熱法と直接電流加熱法の模式図。

8

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1.1.7 一般化したMottの関係式

初めに、ボルツマン方程式から熱電係数を求める。系の状態を表す分布関数 fk(r, t)に対して、Boltzmann

方程式は∂fk(r, t)

∂t scatt=∂fk(r, t)

∂t+ vk · ∂fk(r, t)

∂r+dk

dt· ∂fk(r, t)

∂k(1.21)

と表せる。ここで、運動方程式から kは

k =F

h=e

h(E+ vk ×B) (1.22)

である。磁場Bと電場 E、温度勾配∇T がある場合、フェルミ分布関数 fk(r, t)の平衡分布からのずれを

gk = fk − f0k (1.23)

とする。ここで、f0k は熱平衡分布である。ボルツマン方程式の左辺は、散乱項に対して緩和時間近似を用い

ると∂fk(r, t)

∂t scatt≃ −fk − f0k

τk= −gk

τk(1.24)

と表せる。この近似が許されるのは、散乱項はフェルミ分布関数が熱平衡状態からずれている時に、平衡状態

まで戻すと期待されるからである。フェルミ分布関数のずれ gk は、緩和時間近似を用いると、定常状態であ

る時間に依存しない解 ∂gk/∂t = 0として、

gk = (−∂f0k

∂εk)τkvk ·

[eE+ (εk − EF )

−∇TT

](1.25)

と求まる。

電流密度は

J =e

V

∑k

vkgk

=e

V

∑k

vk · (−∂f0k

∂εk)τkvk ·

[eE+ (εk − EF )

−∇TT

] (1.26)

となり、式 (1.15)と比較すると

σ =e2

V

∑k

τk(vkvk)

(−∂f

0k

∂εk

)(1.27)

ϵ =e

TV

∑k

τk(vkvk)(εk − EF )

(−∂f

0k

∂εk

)(1.28)

と求められる。

次に熱流を考える。熱力学第一法則から、体積一定の場合、エネルギー E と熱 Qの関係は

dE = dQ+ µdN (1.29)

である。この式を時間微分する。熱流 JQ はエネルギー流 JE を用いて

JQ = JE − µJ/e =1

V

∑k

(εk − EF )vkgk (1.30)

となり、式 (1.16)と比較すると

π =e

V

∑k

τk(vkvk)(εk − EF )

(−∂f

0k

∂εk

)(1.31)

9

Page 15: 量子ホール系における熱電効果...1.1.2 2次元電子系の磁場中における電気伝導[1] 磁場中の電気伝導の測定には、通常図1.3 のようなHall bar

λ =1

TV

∑k

τk(vkvk)(εk − EF )2

(−∂f

0k

∂εk

)(1.32)

と求められる。

ここで求めた係数と式 (1.19),式 (1.20)から一般化したMottの関係式である Sxx,Syx は

Sxx = −L0eTd

dεln√σ2xx + σ2

yx (1.33)

Syx = −L0eTd

dεarctan

σyxσxx

(1.34)

である (付録 A参照) [11]。

次にエネルギー微分の形を磁場微分に変える。磁場を固定してエネルギーを変えるのと、エネルギーを固定

して磁場を変えることを同等とみなす。すなわち、どちらもランダウ量子化された状態密度とフェルミエネル

ギーの相対的位置関係を変えることを意味すると解釈する。

EF

óÔ§x

EF

óÔ§x

EF

óÔ§x

BEF

図 1.10: ランダウ量子化された状態密度とフェルミエネルギーの相対的位置関係の模式図。

充填率は磁場、フェルミエネルギーを用いてそれぞれ

ν =neh

eB(1.35)

ν =2EF

hωc(1.36)

と表される。式 (1.35),式 (1.36)に対して前述の解釈を用いることによってエネルギーの微分が磁場の微分に

変形できる。d

dε= − B

EF· d

dB(1.37)

式 (1.33),式 (1.34)に対して 式 (1.37)の式変形を用いることによって、Sxx,Syx は

Sxx =L0eTB

EF· d

dBln√σ2xx + σ2

yx (1.38)

Syx =L0eTB

EF· d

dBarctan

σyxσxx

(1.39)

となる。

10

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外部ヒーター加熱法

ここではまず、多くの研究がされてきた外部ヒーター加熱法における熱電効果の実験 [6]について簡単にま

とめる。ヒーターを用いて試料の片側を加熱し温度勾配を作る。熱流はヒーターで加熱された部位から低温

部位へと流れていく。フォノンドラッグによる寄与を取り扱った理論から ϵgxx = 0が導かれている [13]。二次

元電子系 (GaAs/AlGaAs)の対角抵抗と Hall抵抗との間に ρxx ≪ ρyx という関係がある。式 (1.20)に対して

ϵgxx = 0,ρxx ≪ ρyx を用いるとネルンスト係数に対するフォノンドラッグによる寄与は

Sgyx ≈ 0 (1.40)

と求められる。ネルンスト係数に対して観測される寄与は電子自体の拡散による寄与と期待できる。ネルンス

ト係数を測定すると図 1.11のような振動成分が観測された [12]。低温、低磁場におけるネルンスト係数 Syxは

電子自体の拡散による寄与に対して、磁場に対して予測される依存性を示したが、振幅の大きさが予想よりも

約 2倍ほど大きい結果であった。抵抗振動の振幅に対しても理論と完全な一致を示さなかったので、ネルンス

ト係数の振幅に対する 2倍の違いは妥当な一致だと解釈された [12]。

図 1.11: 様々な温度での磁場関数のネルンスト係数 [12]。

式 (1.19)に対して ϵgxx = 0,ρxx ≪ ρyx を用いるとゼーベック係数に対するフォノンドラッグによる寄与は

Sgxx ≈ ρxyϵyx (1.41)

と求められる。ゼーベック効果に対する電子自体の拡散の寄与は理論と実験結果は一致せず、フォノンドラッ

グによる寄与だけを観測しているような結果になった。試料に対して完全に等方性であるわけではないフォノ

ンドラッグ成分が生じるために、ネルンスト係数に対してもフォノンドラッグによる寄与を観測していると考

えられた [6]。外部ヒーター加熱法を用いて温度勾配をつける通常の実験では、熱流の大半はフォノンドラック

により運ばれると解釈される。そのため実験では2桁ほど大きいフォノンドラッグの効果を主として観測して

いることになる。この外部ヒーター加熱法ではフォノンドラックの寄与と電子自体の拡散の寄与を分けること

ができない。

11

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電流加熱法

ここでは電流加熱法における熱電効果の実験 [10]について簡単にまとめる。図 1.12は実験で用いたマイク

ロホールバー(4µm× 8µm)の SEM写真である。2次元電子系の一端に直接大きな電流を流すことにより電

子温度にのみ温度勾配を作っている。電流加熱法を行った時、電子間散乱により、電流が流れている部位の電

子系は平衡状態になる。しかし、電子-格子相互作用が弱いため電子と格子は低温では平衡状態にならない。そ

のために、格子は加熱されずに、電子だけが加熱される状況が実現し、拡散の寄与の測定が可能となる。低温

部は格子温度(1.6 K)と同じであるとしている。熱流は加熱電流で加熱された部位から低温部位へと流れて

いく。

電子温度はジュール熱に依るので、電子温度差は加熱電流の二乗に対応する。図 1.13で示すように、加熱電

流が 12µAまでは妥当である。そこで、加熱電流で用いている周波数の二倍の周波数をロックインアンプで測

定することによって、電子の拡散による電圧を求める。

図 1.12: 測定した試料の SEM写真である。

図 1.13: 電子温度は加熱電流の関数である。内挿

の図は 10µAでの縦抵抗を示しており、シュブニ

コフ振動が抑えられているのが観測できる。

図 1.14は測定したネルンスト係数の振動成分を表している。ここで電子温度は 3.5 Kであるとしている。測

定したネルンスト係数は振動成分とバックグランドである振動していない成分がある。振動成分を解析するた

めに、測定したネルンスト係数からバックグラウンドを引くことによって振動成分を求めている。その観測し

たバックグラウンドは弱局在とランダウ量子化の中間の値(0.04 < B < 0.3T)における熱電効果の振る舞い

に一致している [15]。このバックグラウンドの原因はマイクロホールバーによるバリスティックの効果によっ

て生じている。

12

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図 1.14: バックグラウンドを引いた後のネルンスト係数。実線が測定値を示し、破線は理論値を表している。

内挿の図はバックグランドを差し引く前のネルンスト係数である。

1.2 研究の目的

以上を踏まえて以下に本研究の目的について述べる。

1. 量子ホール系における低磁場での輸送現象

(a) 通常サイズのホールバーを用い電流加熱法により温度差を作り、電子自体の拡散による寄与だけを

取り出す。

(b) ρxx,ρyx を同時に測定し Syx との関係を調べる。

(c) 測定部位の電子濃度を変化させた測定で、抵抗率 ρxx,ρyx のエネルギー微分を同時に測定し Syx と

の関係を調べる。

2. 量子ホール領域における熱電効果の充填率依存性

(a) 加熱電流を流している加熱部位の電子温度を制御するために、加熱部位に金属ゲートをのせ、それ

を用いることによって加熱部位の充填率を測定部位とは独立に制御する。

(b) 加熱部位の充填率を変化させたときのネルンスト係数を調べる。

13

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第2章 試料作製と実験手法

2.1 試料の作製

試料はGaAs/AlGaAsヘテロ構造界面に形成される 2次元電子系を微細加工して作製した。実験では 2種

類の 2次元電子基板を用いた。どちらも基板表面から約 60 nmの深さに 2次元電子気体が形成されている。基

板の設計図を以下に示す。

表 2.1: 使用した 2次元基板の構造。

構造 設計値

キャップ層 n-GaAs

膜厚 (A) 50

ドーピング濃度 (cm−3) 2.0× 1018

ドープ層 n-AlGaAs

膜厚 (A) 400

ドーピング濃度 (cm−3) 2.0× 1018

Al混晶比 0.265

スペーサー層 AlGaAs

膜厚 (A) 150

Al混晶比 0.265

GaAs

膜厚 (A) 8000

基板 GaAs 600 µm

表 2.2: それぞれの基板の 77 Kにおける特性

電子密度Ns (1015 m−2) 移動度 µ (m2/Vs)  平均自由行程 ℓ (µm)

基板 ♯1 4.35 0.0186 0.00202

基板 ♯2 4.62 0.0181 0.00203

14

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Ih

Te (high)

3

2

1

12

111098

7

456

Te (low)

Heat

i n g

Hall

barMain Hall bar

図 2.1: 試料の基本模式図。赤色の四角で囲まれた部分が加熱用ホールバーである。緑色の四角で囲まれた部

分が測定用ホールバーである。

W = 50 mm

50 mm

247 mm

L = 284 mm

3 mm

IhL1L2

Te (high)

3

2

1

12

111098

7

456

Te (low)

D1 D2

図 2.2: 測定した試料 1の模式図である。縦線部位は

オーミックコンタクトであり、希釈冷凍機温度 30 mK

まで冷えている。メインホールバー (1から 7)には電

圧測定端子 (4-6,8-10)がある。加熱用ホールバー (3か

ら 11)にはシュブニコフの測定用に用いる電圧測定端

子 (2,12)がついている。

図 2.3: 基板# 1を用いた試料 2の光学顕微鏡画像。

図 2.1は測定試料に対する基本の模式図である。赤色の四角で囲まれた部分が加熱用ホールバーを示し、緑

色の四角で囲まれた部分が測定用ホールバーを示す。作製した試料 1の模式図と光学顕微鏡画像は図 3.1,図 2.3

である。試料 1は加熱部位と測定部位に対してなにも加工を加えていない。

15

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W = 50 mm

50 mm

247 mm

L = 279 mm

3 mm

IhL1L2

Te (high)

3

2

1

13

12

111098

7

456

Te (low)

D

図 2.4: 基板# 1を用いた試料 2の模式図。メインホー

ルバー (7 から 13) には電圧測定端子 (4-6,8-10) があ

る。加熱用ホールバー (3から 11)にはシュブニコフの

測定用に用いる電圧測定端子 (2,12)がついている。灰

色の四角 (1)は加熱部位の抵抗を制御するための金属

ゲートである。

100 mm

2 mm

IhL1

Te (high)

3

2

1

12

11

107 8

45

6Te (low)

9

30 mm

W = 30 mm

L = 33 mm

図 2.5: 基板# 2を用いた試料 3の模式図。メインホー

ルバー (6から 12)には電圧測定端子 (4-5,7-8)がある。

加熱用ホールバー (3から 10)にはシュブニコフの測定

用に用いる電圧測定端子 (2,11)がついている。灰色の

四角 (1)は加熱部位の抵抗を制御するための金属ゲー

トである。灰色の四角 (9)は測定部位の抵抗を制御す

るための金属ゲートである。

作製した試料 2,試料 3の模式図は図 4.1·??である。試料 2は加熱部位にゲート電極をのせている。ゲート電

極に負の電圧を印加することにより加熱部位の充填率を測定部位とは独立に制御できる。試料 3は測定部位と

加熱部位にゲート電極をのせている。加熱部位のゲート電極に負の電圧を印加することにより加熱部位の充填

率を測定部位とは独立に制御できる。測定部位のゲート電極に負の電圧を印加することによって測定部位の電

子濃度を変化させた測定で、測定部位の抵抗率 ρxx, ρyx の変化量を測定できる。

本研究で使用した試料は以下の 2通りの工程で作製され、微細構造の形成には電子線リソグラフィー(EB)

を用いた。

2.1.1 基板# 1を用いた試料作製

1. 2次元電子系とのオーミックコンタクト

まず、2次元基板をトリクロロエチレン・アセトン・メタノールの順で 5分間ずつ超音波洗浄をし、試

料の汚れを落とした。基板を乾燥させてからレジスト(ZEP:アニソール= 3:1)をスピンコーターで基

板を毎分 4000回転の速さで 50秒間回転させることによりレジスト液を均一に塗布する。その後、ホッ

トプレートを用いて基板を 180度で 5分間加熱することによって、レジストを乾燥、密着させる。次に

電極、すなわち 2次元電子系とのコンタクトを取る部分を EBで描画することによって露光する。この

段階で、後から重ね描画で使用するマーカーも描いておく。描画パターンをOEBR1000レジスト用現像

液で 1分間現像し、露光した部分を取り除く。その後、イソプロピルアルコールで現像をとめる。AuGe

合金(Ge∼5 %)を∼ 90 nm,Niを∼10 nmイオンビームスパッタで真空蒸着する。余分な部分をリフト

オフによって取り除いた後、窒素雰囲気中で 430 で 5∼10分加熱し、Alloying(合金化)を行った。

2. ホールバーの作成

レジストを塗布し、EB描画、現像を行う。その後、ポストベークを 110度で 10分間し、エッチング液

(H3PO4 : H2O2 : H2O = 1 : 1 : 48)に浸して、ウェットエッチングにより深さ 50∼60 nmほど削る。こ

16

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うする事でエッチングによってその直下の 2次元電子を空乏化できる。また、これくらいの深さまで掘

ると直下の電子は完全にいなくなる事が経験的にわかっている。

3. ゲート電極及び金パッド作成

レジスト塗布の後パターンを描画、現像する。その後イオンスパッタにより Tiを∼10 nm、Auを∼60

nm真空蒸着する事により作成した。

4. 試料のマウント

以上のプロセスで作製した試料をチップキャリアにマウントする。その後、ボンダーを用いて、端子と

チップキャリアとの間を金線でつなぐ。

2.1.2 基板# 2を用いた試料作製

基板# 1を用いた試料作製とほぼ同じだが、レジストをより薄く塗布できるような工程にしている。ゲート

電極にアルミニウムを使用している。

1. 2次元電子系とのオーミックコンタクト

まず、2次元基板をトリクロロエチレン・アセトン・メタノールの順で 5分間ずつ超音波洗浄をし、試

料の汚れを落とした。基板を乾燥させてからレジスト(ZEP:アニソール= 3:2)をスピンコーターで基板

を毎分 5000回転の速さで 70秒間回転させることによりレジスト液を均一に塗布する。その後、ホット

プレートを用いて基板を 180度で 5分間加熱することによって、レジストを乾燥、密着させる。次に電

極、すなわち 2次元電子系とのコンタクトを取る部分を EBで描画することによって露光する。この段

階で、後から重ね描画で使用するマーカーも描いておく。描画パターンをOEBR1000レジスト用現像液

で 30秒間現像し、露光した部分を取り除く。その後、イソプロピルアルコールで現像をとめる。AuGe

合金(Ge∼5 %)を∼ 100 nm,Niを∼10 nmイオンビームスパッタで真空蒸着する。窒素雰囲気中で 430

で 5∼10分加熱し、Alloying(合金化)を行った。

2. ホールバーの作成

レジストを塗布し、EB描画、現像を行う。その後、ポストベークを 100度で 10分間し、エッチング

液 (H3PO4 : H2O2 : H2O = 1 : 1 : 48)に浸して、ウェットエッチングにより深さ 50∼60 nmほど削る。

3. 金パッド作成

レジスト塗布の後パターンを描画、現像する。その後イオンスパッタにより Tiを∼10 nm、Auを∼60

nm真空蒸着する事により作成した。

4. ゲート電極の作製

 レジスト塗布の後パターンを描画、現像する。その後高真空蒸着装置によりAlを∼70 nm真空蒸着す

る事により作成した。

5. 試料のマウント

以上のプロセスで作製した試料をチップキャリアにマウントする。その後、ボンダーを用いて、端子と

チップキャリアとの間を金線でつなぐ。

17

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2.2 実験手法

2.2.1 測定装置

実験は全てトップローディング型の希釈冷凍機 (図 2.6)を用いて行った。試料は混合器内に直接挿入される

試料ホルダーに取り付けられ、3He−4 He混合液に直接浸されるようになっている。最低到達温度は約 30 mK

であり、ヒーターによって温度調節が可能である。温度は試料と共に入れてある較正されたRuO温度計によっ

て決定した。磁場の印加には 15T超伝導マグネットを使用した。

1K pot

Still

Mixing chamber

SampleRuO2

RuO1

Injection

Recovery1K pot pump

Signal

Superconductingsolenoid

図 2.6: Top-Loading型希釈冷凍機の概略図。

R

Sample

lock-in ampdigital multi-meter

& computer

i

differential pre-amp

Shield Room

synchronize

図 2.7: 電気伝導測定の回路の模式図。Ri = 10 MΩはサンプル

より十分高抵抗である。

2.2.2 測定系

測定は全てシールドルーム内で行った。測定系は図 2.7に示す通りで、シールド内にはアナログ機器のみを

設置し、ローパスフィルターを通して外のデジタル計測器に入力し、そこからコンピューターに取り込んだ。

抵抗測定は交流周波数 13 Hzの定電流 1 ∼ 10 nAを試料にかけ、ホールバーでの 4端子測定によって試料

の対角抵抗 Rxx 及びホール抵抗 Rxy をロックイン測定した。熱電効果の測定は交流周波数 13 Hz の定電流

0.5 ∼ 500 nAをホールバーの片側に流すことによって電子温度にのみ勾配をつける。その時の、電子温度は

ジュール熱に依るので、電子温度差は加熱電流の二乗に比例する。そこで、加熱電流で用いている周波数の 2

倍の周波数をロックイン測定した。また、ソースメジャーユニットを用いてフロントゲートに電圧を印加し、

試料の電子濃度を制御した。ゲート電圧依存性にヒステリシスはなく、いずれのゲート電圧でも試料との間の

リーク電流は 40 pA以下であることを確認してある。

18

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第3章 量子ホール系における熱電効果

本章では、量子ホール系における低磁場領域での拡散からの寄与についての実験結果を述べる。まず、1T

程度以下の比較的低磁場では Syxに関しては拡散の寄与が測定できていることを確認する。具体的には、熱電

効果が温度勾配に依る事から、測定している電圧が加熱電流の向きに依らないことを確かめる。また、観測し

ている信号が非局所抵抗ではないことを確かめる。格子温度と等しい低温部の温度を加熱部位の温度付近まで

上げて温度勾配をなくすと信号が観測できなくなることから、温度差に依る効果であることを確かめる。また、

一般化されたMott の関係式を用いて通常の抵抗測定により求めた電気抵抗率より見積もった拡散の寄与とネ

ルンスト電圧の測定結果を比較する。測定は断りのない限り最低温 30 mKで行う。

3.1 温度差の効果が見えていることの確認1

W = 50 mm

50 mm

247 mm

L = 284 mm

3 mm

IhL1L2

Te (high)

3

2

1

12

111098

7

456

Te (low)

D1 D2

図 3.1: 測定した試料 1Aの模式図である。縦線部位はオーミックコンタクトであり、希釈冷凍機温度 30 mKま

で冷えている。メインホールバー (1から 7)には電圧測定端子 (4-6,8-10)がある。電圧測定端子用のオーミック

コンタクトも希釈冷凍機温度まで冷えると考えられるのでメインホールバーから距離を離し、端子幅も狭くし

ている。加熱用ホールバー (3から 11)にはシュブニコフの測定用に用いる電圧測定端子 (2,12)がついている。

図 3.1は測定に用いた通常サイズの抵抗測定用のホールバーの模式図である。ホールバーの一端である 3,11

に交流電流 (13Hz)を流すことにより電子系のみを加熱し、高温部位を作る。熱流は高温部位から低温部位で

あるコンタクト 7へと流れているとする。温度測定用の電圧測定端子 (2,12)を用いてシュブニコフドハース振

動(SdH振動)を観測し、SdH振動から高温部位の電子温度を見積もる。

19

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60

40

20

0

rxx (

Ω)

1.00.80.60.40.20.0

B (T)

10nA 50nA 100nA 200nA 500nA

図 3.2: 加熱電流を変化させたときのシュブニコフドハース振動の様子。

図 3.2は端子 3,11間に流す加熱電流を 10 nA, 50 nA, 100 nA, 200 nA, 500 nA にしたときの 4端子測定法

による電圧測定端子 (2,12)間の抵抗の SdH振動の様子である。加熱電流が 10 nAの場合、電流による電子温

度の上昇はなく、電子温度は希釈冷凍機温度と同じであると考える。ゼロ磁場での抵抗と求める磁場での抵抗

に対する SdH振動の振幅差は

∆R = 4R0X(T ) exp(−π/ωcτq) (3.1)

で与えられる [14]。ここで R0 はゼロ磁場での抵抗値である。ディングル関数X(T )は

X(T ) = (2π2kT/hωc)/ sinh(2π2kT/hωc) (3.2)

である。式(3.1)を変形すると∆R

X(T )= 4R0 exp(−π/ωcτq) (3.3)

と書き換えられる。式(3.3)の右辺は磁場を固定すれば定数である。磁場を固定して式(3.3)に対して加熱電

流が 10 nAの場合と用いる加熱電流を比較すると

∆ρ(I10nA) ·Tc sinh(Tmix/Tc)

Tmix= ∆ρ(I) · Tc sinh(T/Tc)

T 

となる。したがって、電子温度の関数として加熱電流に用いる SdHの振幅差は

∆ρ(I) = ∆ρ(I10nA) ·T sinh(Tmix/Tc)

Tmix sinh(T/Tc)(3.4)

と求められる。ここで Tmix は希釈冷凍機温度、Tc = hωc/2π2kである。図 3.3は縦軸を ∆ρ(I)、横軸を電子

温度にしたグラフである。縦軸である∆ρ(I)は式(3.4)に対して温度 T の値を代入して求めてる。図 3.3に対

して使用する加熱電流に対して固定した磁場の振幅差からその時の電子温度を求める。

20

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16

12

8

4

0

∆rxx (

Ω)

1086420Temperature(K)

図 3.3: SdH振幅と電子温度との関係。

それぞれの電子温度は以下に示す。

表 3.1: それぞれの加熱電流値における高温部位の電子温度

加熱電流 10 nA 50 nA 100 nA 200 nA 500 nA

電子温度 0.037 K 0.082 K 0.14 K 0.29 K 0.58 K

電子温度差は高温部位の電子温度から低温部位である希釈冷凍機温度を引いたものである。この後の実験に

対しては、メインホールバーにおける高温部位から低温部位への電子温度変化はリニアに変化していると仮定

する。

次に、加熱電流の向きへの依存性を見る。I+ では図 3.4の方向に加熱電流を流し、 I-は反対に図 3.5の方向

に加熱電流を流す。ここで取り上げるネルンスト電圧、非局所効果による電圧の測定結果は電圧測定端子 (4,10)

で測定したものであるが、他の電圧測定端子(5,9·6,8)でも同様の結果が得られている。

Ih

Vyx

Te (high)

3

2

1

12

111098

7

456

Te (low)

I+

図 3.4: 加熱電流を 3から 11に流した場合。

Ih

Vyx

Te (high)

3

2

1

12

111098

7

456

Te (low)

I-

図 3.5: 加熱電流を 11から 3に流した場合。

初めに、加熱電流と同じ周波数 (13Hz)の電圧をロックインアンプで測定することによって非局所効果によ

る電圧を調べる。非局所効果による電圧は磁場Bとバリスティック効果により、3から 11に流れている電子が

電圧測定端子側に入るために生じる電圧である。

21

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0.5

0.0

-0.5

Vyx(µ

V)

1.00.50.0-0.5-1.0

B (T)

I+ (200 nA) I- (200 nA)

図 3.6: 加熱電流の向き (I3,11, I11,3)を変えたときの非局所効果による電圧 V4,10。加熱電流として 200 nAを流

している。

図 3.6は加熱電流の向きを変えたときの非局所効果による電圧である。加熱電流の向きによって、非局所効

果による電圧の符号が反転している。これは加熱電流の向きを変えると電圧測定端子側に入り込む電流も変わ

るためと考えられる。

0.6

0.4

0.2

0.0

Vyx(µ

V)

1.00.80.60.40.20.0

B (T)

Terminal(4,10) Terminal(5,9) Terminal(6,8)

図 3.7: I+の場合の電圧測定端子を変えたときの非局

所効果による電圧。加熱電流として 200 nAを端子 3,11

に流している。

2.0

1.5

1.0

0.5

0.0

Vyx(µ

V)

1.00.80.60.40.20.0

B (T)

500 nA 200 nA 100 nA 50 nA

図 3.8: I+の場合の加熱電流値を変えたときの非局所

効果による電圧 V4,10。加熱電流を端子 3,11に流して

いる。各トレースにはオフセットを 0.1µV ずつつけて

いる。

次に、加熱電流値と電圧測定端子を変えたときの非局所効果による電圧に注目する。図 3.7は電圧測定端子

を変えたときの非局所効果による電圧の測定結果である。加熱部位から距離が遠くなるにつれて、非局所効果

による電圧は小さくなる。これは加熱部位から距離が遠くなることにより、磁場 Bとバリスティック効果の影

響により電圧測定端子側にたどり着く電子数が少なくなるためと考えられる。図 3.8は加熱電流値を変えたと

きの非局所効果による電圧の測定結果である。加熱電流が大きくなるにつれて、非局所効果による電圧も大き

くなる。これは電流値が大きくなることでキャリアである電子の数が増え、それに伴い電圧測定端子側に動く

電子の数が増加するためと考えられる。電流値に対して非局所効果による電圧はリニアの関係がある。

22

Page 28: 量子ホール系における熱電効果...1.1.2 2次元電子系の磁場中における電気伝導[1] 磁場中の電気伝導の測定には、通常図1.3 のようなHall bar

0.4

0.2

0.0

-0.2

Vyx(µ

V)

1.00.50.0-0.5-1.0

B (T)

I+ (200 nA) I- (200 nA)

図 3.9: 加熱電流の向き (I3,11, I11,3)を変えたときのネルンスト電圧 V4,10。加熱電流として 200 nAを流して

いる。

加熱電流の 2倍の周波数 (26Hz)の電圧をロックインアンプで測定することによって熱電効果による電圧を

調べる。図 3.9は加熱電流の向きを変えたときのネルンスト電圧である。非局所効果による電圧と異なり、加

熱電流の向きに依らず I+の時と I-の時の測定結果はほぼ一致している。電子温度がジュール熱に依るので、電

子温度差は加熱電流の二乗に対応する。その電子温度差による電位差は加熱電流の二乗に比例するために、ネ

ルンスト電圧は加熱電流の向きに依存しないと考えられる。

0.4

0.2

0.0

-0.2

Vyx(µ

V)

1.00.80.60.40.20.0

B (T)

Terminal(4,10) Terminal(5,9) Terminal(6,8)

図 3.10: I+の場合の電圧測定端子を変えたときのネル

ンスト電圧。加熱電流として 200 nAを端子 3,11に流

している。

4

3

2

1

0

Vyx(µ

V)

1.00.80.60.40.20.0

B (T)

500 nA 200 nA 100 nA 50 nA

図 3.11: I+の場合の加熱電流値を変えたときのネル

ンスト電圧 V4,10。加熱電流を端子 3,11に流している。

各トレースにはオフセットを 1µV ずつつけている。

次に、加熱電流値と電圧測定端子を変えたときのネルンスト電圧に注目する。図 3.10は電圧測定端子を変えた

ときのネルンスト電圧の測定結果である。加熱部位から距離が遠くなるにつれて、ネルンスト電圧は小さくな

る。これは加熱部位から距離が遠くなることで測定端子の温度が低くなるためと考えられる。図 3.11は電圧測

定端子を変えたときのネルンスト電圧の測定結果である。加熱電流が大きくなるにつれて、ネルンスト電圧も

大きくなる。これは電流値が大きくなることで高温部位の電子温度が高くなり電子温度差が大きくなるためと

考えられる。この 2つのことはMottの関係式の T と熱電係数の定義の∇T である

Syx =L0eTB

EF· d

dBarctan

σyxσxx

23

Page 29: 量子ホール系における熱電効果...1.1.2 2次元電子系の磁場中における電気伝導[1] 磁場中の電気伝導の測定には、通常図1.3 のようなHall bar

Eyx = Syx · ∇T

からの解釈と一致する結果である。ここで T は電圧を測定している端子の温度である。

-0.2

-0.1

0.0

0.1

0.2

Vyx(µ

V)

-1.0 -0.5 0.0 0.5 1.0

B (T)

0 mK 800 mK

図 3.12: 希釈冷凍機の温度を変化させたときのネルンスト電圧 V4,10。加熱電流として 200 nAを端子 3,11に

流している。

図 3.12は希釈冷凍機の温度を変化させたときのネルンスト電圧である。図 3.12から電子温度差が無くなる

と信号が観測されなくなることを確認できる。これは低温部が希釈冷凍機の温度である格子系の温度と等しい

と考えられるので、希釈冷凍機の温度を電流による加熱温度 290mKよりも高くすると Te(low)≈ Te(high)と

なり温度差がなくなる。そのために希釈冷凍機の温度である格子温度が 800mKの場合、温度差が無くなり信

号が観測されなくなると考えられる。このことは熱電係数の定義である

Eyx = Syx · ∇T

の∇T からの解釈と一致する結果である。これらのことから加熱電流に対しての 2倍の周波数成分は熱電効果による電圧であると考えられる。

24

Page 30: 量子ホール系における熱電効果...1.1.2 2次元電子系の磁場中における電気伝導[1] 磁場中の電気伝導の測定には、通常図1.3 のようなHall bar

3.2 一般化したMottの関係式

ここでは一般化したMottの関係式を用いて通常の抵抗測定により求めた電気抵抗率より見積もった拡散の

寄与とネルンスト電圧の測定結果を比較する。初めに一般化したMottの関係式について述べる。一般化した

Mottの関係式におけるネルンスト係数 Syx は

Syx =L0eTB

EF· d

dBarctan

σyxσxx

であるので、電気伝導率と電気抵抗率が逆テンソルであることを用いると

Syx =L0eTB

EF· d

dBarctan

ρyxρxx

(3.5)

と書き換えることができる。T は測定を行っている端子の温度である。

L1L2

3

2

1

12

111098

7

456

I

D2D1ryx

rxx

図 3.13: 抵抗測定をする場合の配置。

80

60

40

20

0

rxx (

Ω)

1.00.50.0-0.5-1.0

B (T)

rxx

図 3.14: 量子ホール系における低磁場での対角抵抗率

ρxx。

1500

1000

500

0

|ryx| (

Ω)

1.00.50.0-0.5-1.0

B (T)

|ryx|

図 3.15: 量子ホール系における低磁場でのHall抵抗率

|ρyx|。

同じ試料に対して温度勾配をつけずに電流を流して電気抵抗率を測定する。電流は 7から 1に対して流し、

対角抵抗率 ρxx を電圧端子 4,5を用い、Hall抵抗率 ρyx を電圧端子 4,10を用いて測定を行う。図 3.14は試料

1の対角抵抗率を表している。図 3.15は試料 1のHall抵抗率を表している。図 3.14の SdH振動から得られる

試料 1の電子密度と移動度は以下に示す。得られた温度、磁場、フェルミエネルギー、低効率を用いることで

Mottの関係式 からのネルンスト係数が計算できる。

25

Page 31: 量子ホール系における熱電効果...1.1.2 2次元電子系の磁場中における電気伝導[1] 磁場中の電気伝導の測定には、通常図1.3 のようなHall bar

表 3.2: 試料 1の電子密度と移動度

電子密度Ns (1015 m−2) 移動度 µ (m2/Vs) 

基板 ♯1 4 70

次にネルンスト電圧から求める熱電係数について述べる。熱電係数の定義よりネルンスト係数 Syx は

Syx =Eyx

∇T

Syx =Vyx∇Td

(3.6)

である。実験条件より、y方向には温度勾配は生じず x方向にのみ生じるので∇T = ∆T/Lである。

ここで、式(3.6)で用いる dについて考察する。ここで用いる dは電圧測定端子に対して、温度勾配がつい

ていなければ熱による電圧は端子を含まないメインホールバーにのみ生じるために D1、温度勾配がついてい

れば熱による電圧は端子を含むメインホールバーに生じるためにD2 であると考えられる。どちらを用いるの

がより適切なのかを一般化したMott relationとD1,D2を用いて電圧測定から求めたネルンスト係数を比較す

ることで検証する。

10

5

0

-5

Syx(µ

V/K

)(D

1)

1.00.80.60.40.20.0

B (T)

calculatedSyx measuredSyx

図 3.16: 測定端子 (4.10)に対おいて、一般化したMott

の関係式と D1 を用いて電圧測定から求めたネルンス

ト係数。加熱電流として 200 nAを端子 3,11に流して

いる。計算したトレースにはオフセットを 10µV つけ

ている。

3

2

1

0

Syx(µ

V/K

)(D

2)

1.00.80.60.40.20.0

B (T)

calculatedSyx measuredSyx

図 3.17: 測定端子 (4,10)において、一般化したMott

の関係式と D2 を用いて電圧測定から求めたネルンス

ト係数。加熱電流として 200 nAを端子 3,11に流して

いる。計算したトレースにはオフセットを 2µV つけて

いる。

図 3.16,図 3.17は、測定端子 (3,9)に対する一般化したMottの関係式と電圧測定から求めたネルンスト係数の

測定結果を比較したものである。加熱電流として 200 nAを流している。dに対してD2を用いたほうがよく一

致している。

26

Page 32: 量子ホール系における熱電効果...1.1.2 2次元電子系の磁場中における電気伝導[1] 磁場中の電気伝導の測定には、通常図1.3 のようなHall bar

W = 50 mm

50 mm

45 mm

L = 305 mm

5 mm

IhL1

Te (high)

3

2

10

1

97 8

45

6Te (low)

D3D4

図 3.18: 比較用に測定した試料 1Bの模式図である。メインホールバー (6から 10)についている電圧測定端子

(4,8)を用いてネルンスト電圧を測定する。加熱用ホールバー (3から 9)にはシュブニコフの測定用に用いる電

圧測定端子 (1,2)がついている。加熱電流として 200 nAを流している。

5

0

-5

Syx(µ

V/K

)(D

3)

1.00.80.60.40.20.0

B (T)

calculatedSyx measuredSyx

図 3.19: 測定端子 (4.8)に対おいて、一般化したMott

の関係式と D3 を用いて電圧測定から求めたネルンス

ト係数。加熱電流として 200 nAを端子 3,11に流して

いる。計算したトレースにはオフセットを 5µV つけて

いる。

2

0

Syx(µ

V/K

)(D

4)

1.00.80.60.40.20.0

B (T)

calculatedSyx measuredSyx

図 3.20: 測定端子 (4,8)において、一般化したMottの

関係式と D4 を用いて電圧測定から求めたネルンスト

係数。加熱電流として 200 nAを端子 3,11に流してい

る。計算したトレースにはオフセットを 2µV つけて

いる。

次に、試料 1Aと比べて電圧測定端子の長さが異なる試料 1Bに対しても同様の測定を行う。図 3.18は試料

# 1の模式図である。図 3.19,図 3.20は比較に用いた試料# 1に対する測定結果である。試料 1と同様に電圧

測定端子の長さまで含めた dを用いた方がよく一致している。これらのことから電圧測定端子に対しても温度

勾配がついているために d = D2 としなくてはいけないと解釈できる。したがって、式(3.6)で用いる dに対

しては電圧測定端子の長さを含んだD2 を用いるのが適切だと考えられる。

図 3.17,図 3.20に対して、低磁場では一致していないが、振動の形と振動の振幅はよく一致している。この

低磁場における不整合性は、磁場が小さい場合にはランダウ量子化が起こらず、磁場を固定してエネルギーを

変えるのと、エネルギーを固定しえ磁場を変えることを同等とみなすことができなくなるために生じると考え

27

Page 33: 量子ホール系における熱電効果...1.1.2 2次元電子系の磁場中における電気伝導[1] 磁場中の電気伝導の測定には、通常図1.3 のようなHall bar

られる。

3

2

1

0Syx(µ

V/K

)(T

erm

inal

5,9

)

1.00.80.60.40.20.0

B (T)

calculatedSyx measuredSyx

図 3.21: 測定端子 (5.9)に対する、一般化したMottの

関係式と電圧測定から求めたネルンスト係数。加熱電

流として 200 nAを端子 3,11に流している。計算した

トレースにはオフセットを 2µV つけている。

3

2

1

0

Syx(µ

V/K

)(T

erm

inal

4,1

0)

1.00.80.60.40.20.0

B (T)

calculatedSyx measuredSyx

図 3.22: 測定端子 (4,10)に対する、一般化したMott

の関係式と電圧測定から求めたネルンスト係数。加熱

電流として 200 nAを端子 3,11に流している。計算し

たトレースにはオフセットを 2µV つけている。

図 3.21,図 3.22は試料 1Aにおける電圧測定端子を変えたときのネルンスト係数の測定結果である。図 3.21,図

3.22を比較すると、高温部位から離れているほどネルンスト係数が一致しなくなる。これは温度変化のリニア

近似に対して、加熱部位から離れた場合はリニア近似が成り立たないために一致していないと考えられる。

3.3 本章のまとめ

量子ホール系における低磁場での電子自体の拡散による寄与について実験的に以下の事を見出した。

• 直接電流加熱法を用いることでフォノンドラッグによる寄与を生じさせずに、電子自体の拡散による寄与であるネルンスト電圧を直接観測した。通常サイズの抵抗測定用のホールバーを用いることによりバッ

クグラウンドをなしに、電子自体の拡散による寄与であるネルンスト電圧を観測した。

• 1T程度以下の比較的低磁場では、測定したネルンスト係数と同じ試料にて測定した電気抵抗率から一般

化したMottの関係式を用いて計算したネルンスト係数とがよく一致する事を明らかにした。

28

Page 34: 量子ホール系における熱電効果...1.1.2 2次元電子系の磁場中における電気伝導[1] 磁場中の電気伝導の測定には、通常図1.3 のようなHall bar

第4章 量子ホール領域における熱電効果

本章では、量子ホール領域における電子自体の拡散による寄与についての実験結果を述べる。初めに、加

熱部位に金属ゲートがある場合に対しても、1 T程度以下の比較的低磁場では Syxに関しては拡散の寄与が測

定できていることを確認する。具体的には、熱電効果が温度勾配に依る事から、測定している電圧が加熱電流

の向きに依らないことを確かめる。また、観測している信号が非局所抵抗ではないことを確かめる。一般化さ

れたMottの関係式を用いて通常の抵抗測定により求めた電気抵抗率より見積もった拡散の寄与とネルンスト

電圧の測定結果を確認する。

次に、電流加熱法により温められた加熱部位にある金属ゲートに負の電圧をかけることによって加熱部位の

充填率を測定部位とは独立に制御できることを確認する。加熱部位にある金属ゲートを用いて、加熱部位の充

填率を変化させたときのネルンスト電圧を調べる。測定は断りのない限り最低温 30 mKで行う。

4.1 温度差の効果が見えていることの確認2

W = 50 mm

50 mm

247 mm

L = 279 mm

3 mm

IhL1L2

Te (high)

3

2

1

13

12

111098

7

456

Te (low)

D

図 4.1: 測定した試料 2の模式図である。縦線部位はオーミックコンタクトであり、希釈冷凍機温度 30 mKま

で冷えている。メインホールバー (7から 13)には電圧測定端子 (4-6,8-10)がある。電圧測定端子用のオーミッ

クコンタクトも希釈冷凍機温度まで冷えると考えられるのでメインホールバーから距離を離し、端子幅も狭く

している。加熱用ホールバー (3から 11)にはシュブニコフの測定用に用いる電圧測定端子 (2,12)がついてい

る。灰色の四角 (1)は加熱部位の抵抗を制御するための金属ゲートである。

図 4.1は測定に用いた加熱部位に金属ゲートをのせたホールバーの模式図である。ホールバーの一端である

3,11に交流電流 (13Hz)を流すことにより電子系のみを加熱し、高温部位を作る。熱流は高温部位から低温部

29

Page 35: 量子ホール系における熱電効果...1.1.2 2次元電子系の磁場中における電気伝導[1] 磁場中の電気伝導の測定には、通常図1.3 のようなHall bar

位であるコンタクト 7へと流れているとする。温度測定用の電圧測定端子 (2,12)を用いてシュブニコフドハー

ス振動(SdH振動)を観測し、SdH振動から高温部位の電子温度を見積もる。

200

100

rxx (

Ω)

1.00.80.60.40.20.0

B (T)

10 nA 50 nA 100 nA 200 nA 500 nA

図 4.2: 加熱電流を変化させたときのシュブニコフドハース振動の様子。

図 4.2は端子 3,11に対して加熱電流を 10 nA, 50 nA, 100 nA, 200 nA, 500 nA にしたときの 4端子測定法に

よる電圧測定端子 (2,12)における SdH振動の様子である。加熱電流が 10 nAの場合、電流による電子温度の

上昇はなく、電子温度は希釈冷凍機温度と同じであると考える。試料 1と同様の方法でそれぞれの加熱電流に

対する電子温度を求める。ただし、図 4.1で示すように温度測定用の電圧測定端子 (2,12)に金属ゲートがのっ

ていないために、図 4.2にはバックグラウンドがあると考えられる。このために加熱部位での電子温度は正確

でない可能性がある。電子温度差は高温部位の電子温度から低温部位である希釈冷凍機温度を引いたものであ

る。この後の実験に対しては、メインホールバーにおける高温部位から低温部位への電子温度変化はリニアに

変化していると仮定する。それぞれの電子温度は以下に示す。

表 4.1: それぞれの加熱電流値における高温部位の電子温度

加熱電流 10 nA 50 nA 100 nA 200 nA 500 nA

電子温度 0.021 K 0.14 K 0.18 K 0.29 K 0.42 K

次に、加熱電流の向きへの依存性を見る。I+ では図 4.3の方向に加熱電流を流し、 I-は反対に図 4.4の方向

に加熱電流を流す。ここで取り上げるネルンスト電圧、非局所効果による電圧の測定結果は電圧測定端子 (4,10)

で測定したものであるが、他の電圧測定端子(5,9および 6,8)でも同様の結果が得られている。

30

Page 36: 量子ホール系における熱電効果...1.1.2 2次元電子系の磁場中における電気伝導[1] 磁場中の電気伝導の測定には、通常図1.3 のようなHall bar

Ih

Te (high)

3

2

1

13

12

111098

7

456

Te (low)Vyx

I+

図 4.3: 加熱電流を 3から 11に流した場合。

Ih

Te (high)

3

2

1

13

12

111098

7

456

Te (low)Vyx

I-

図 4.4: 加熱電流を 11から 3に流した場合。

-0.2

0.0

0.2

Vyx(µ

V)

1.00.50.0-0.5-1.0

B (T)

I+ (200 nA) I- (200 nA)

図 4.5: 加熱電流の向き (I3,11, I11,3)を変えたときの非局所効果による電圧 V4,10。加熱電流として 200 nAを流

している。

0.4

0.2

0.0

Vyx(µ

V)

1.00.80.60.40.20.0

B (T)

Terminal(4,10) Terminal(5,9)

図 4.6: I+の場合の電圧測定端子を変えたときの非局

所効果による電圧。加熱電流として 200 nAを端子 3,11

に流している。

1.5

1.0

0.5

0.0

Vyx(µ

V)

1.00.80.60.40.20.0

B (T)

500 nA 200 nA 100 nA 50 nA

図 4.7: I+の場合の加熱電流値を変えたときの非局所

効果による電圧 V4,10。加熱電流を端子 3,11に流して

いる。各トレースにはオフセットを 0.1µV ずつつけて

いる

初めに、加熱電流と同じ周波数 (13Hz)の電圧をロックインアンプで測定することによって非局所効果による

電圧を調べる。図 4.5は加熱電流の向きを変えたときの非局所効果による電圧である。加熱電流の向きによっ

て、非局所効果による電圧の符号が反転している。加熱電流値と電圧測定端子を変えたときの非局所効果によ

る電圧の結果を示す。図 4.6は電圧測定端子を変えたときの非局所効果による電圧の測定結果である。加熱部

位から距離が遠くなるにつれて、非局所効果による電圧は小さくなる。図 4.7は加熱電流値を変えたときの非

31

Page 37: 量子ホール系における熱電効果...1.1.2 2次元電子系の磁場中における電気伝導[1] 磁場中の電気伝導の測定には、通常図1.3 のようなHall bar

局所効果による電圧の測定結果である。加熱電流が大きくなるにつれて、非局所効果による電圧も大きくなる。

以上の結果は試料 1と同様であった。

-0.5

0.0Vyx(µ

V)

1.00.50.0-0.5-1.0

B (T)

I+ (200 nA) I- (200 nA)

図 4.8: 加熱電流の向き (I3,11, I11,3)を変えたときのネルンスト電圧 V4,10。加熱電流として 200 nAを流して

いる。

-0.5

0.0

Vyx(µ

V)

1.00.80.60.40.20.0

B (T)

Terminal(4,10) Terminal(5,9)

図 4.9: I+の場合の電圧測定端子を変えたときのネル

ンスト電圧。加熱電流として 200 nAを端子 (3,11)に

流している。

4

3

2

1

0

Vyx(µ

V)

1.00.80.60.40.20.0

B (T)

500 nA 200 nA 100 nA 50 nA

図 4.10: I+の場合の加熱電流値を変えたときのネル

ンスト電圧 V4,10。加熱電流を端子 3,11に流している。

各トレースにはオフセットを 1µV ずつつけている

次に、加熱電流の 2倍の周波数 (26Hz)の電圧をロックインアンプで測定することによって熱電効果による

電圧を調べる。図 4.8は加熱電流の向きを変えたときのネルンスト電圧である。非局所効果による電圧と異な

り、加熱電流の向きに依らず I+の時と I-の時の測定結果はほぼ一致している。次に、加熱電流値と電圧測定

端子を変えたときのネルンスト電圧の結果を示す。図 4.9は電圧測定端子を変えたときのネルンスト電圧の測

定結果である。加熱部位から距離が遠くなるにつれて、ネルンスト電圧は小さくなる。図 4.10は加熱電流を

変えたときのネルンスト電圧の測定結果である。加熱電流が大きくなるにつれて、ネルンスト電圧も大きくな

る。これらのことから試料 2に対しても、加熱電流に対しての 2倍の周波数成分は熱電効果による電圧である

と考えられる。

最後に、一般化したMottの関係式を用いて通常の抵抗測定により求めた電気抵抗率より見積もった拡散の

寄与とネルンスト電圧の測定結果を比較する。初めに、Mottの関係式である

Syx =L0eTB

EF· d

dBarctan

ρyxρxx

から熱電係数を求めるために電気抵抗率を測定する。

32

Page 38: 量子ホール系における熱電効果...1.1.2 2次元電子系の磁場中における電気伝導[1] 磁場中の電気伝導の測定には、通常図1.3 のようなHall bar

L1L2

Te (high)

3

2

1

13

12

111098

7

456

Te (low)

D ryx

rxx

I

図 4.11: 抵抗測定をする場合の配置。

80

60

40

20

0

rxx (

Ω)

1.00.50.0-0.5-1.0

B (T)

rxx

(Ω)

図 4.12: 量子ホール系における低磁場での対角抵抗率

ρxx。

1500

1000

500

0

|ryx| (

Ω)

1.00.50.0-0.5-1.0

B (T)

|ryx| (Ω)

図 4.13: 量子ホール系における低磁場でのHall抵抗率

|ρyx|。

同じ試料に対して温度勾配をつけずに電流を流して電気抵抗率を測定する。電流は 7から 1に対して流し、対

角抵抗率 ρxx を電圧端子 4,5を用い、Hall抵抗率 ρyx を電圧端子 4,10を用いて測定を行う。図 4.12は試料 1

の対角抵抗率を表している。図 4.13は試料 1の Hall抵抗率を表している。図 4.12の SdH振動から得られる

試料 2の電子密度と移動度は以下に示す。

表 4.2: 試料 1の電子密度と移動度

電子密度Ns (1015 m−2) 移動度 µ (m2/Vs) 

基板 ♯1 4 70

次にネルンスト電圧から求める熱電係数について述べる。熱電係数は

Syx =Vyx∇TD

から求める。

33

Page 39: 量子ホール系における熱電効果...1.1.2 2次元電子系の磁場中における電気伝導[1] 磁場中の電気伝導の測定には、通常図1.3 のようなHall bar

4

2

0Syx(µ

V/K

)

1.00.80.60.40.20.0

B (T)

calculatedSyx measuredSyx

図 4.14: 測定端子 (4,10)において、一般化したMottの関係式とDを用いて電圧測定から求めたネルンスト係

数。加熱電流として端子 3,11に 200 nAを流している。計算したトレースにはオフセットを 2µVつけている。

図 4.14は、測定端子 (4,10)に対する一般化したMottの関係式と電圧測定から求めたネルンスト係数の測定

結果を比較したものである。加熱電流として 200 nAを流している。低磁場では試料 1と同様な理由で一致し

ていない。0.7Tぐらいまでは振動の形と振動の振幅はよく一致しているが、それ以上の磁場では一致していな

い。この考察は後に詳しく述べるが、1 T 付近で一致していないのは加熱部位に金属ゲートをのせたために電

子温度が一様であるとみなせなくなったことが原因だと考えられる。

34

Page 40: 量子ホール系における熱電効果...1.1.2 2次元電子系の磁場中における電気伝導[1] 磁場中の電気伝導の測定には、通常図1.3 のようなHall bar

4.2 量子ホール領域におけるネルンスト電圧の充填率依存性

ここでは量子ホール領域における加熱部位と測定部位の充填率を変えた時のネルンスト電圧の充填率依存性

を調べる。

L1L2

3

2

1

12

111098

7

456

I

D2D1ryx

rxx

図 4.15: 試料 1における、加熱電流を 3から 11に流

した場合の模式図。

400

300

200

100

0

rxx (

Ω)

86420

B (T)

I = 200nA

図 4.16: 試料 1の高磁場における端子 2,12に対する対

角抵抗率 ρxx。

初めに量子ホール領域における問題点について述べる。量子ホール領域においては、図 4.16で示すように

加熱部位の抵抗も磁場に対して 0(量子ホール状態)から kΩ (量子ホール間遷移状態)まで変化する。サ

ンプルの加熱部位も量子ホール状態になるため、抵抗に従ってジュール熱が磁場に強く依存し、電子温度差Δ

Te も磁場 Bに依存するようになる。そこで、図 4.1で示すように加熱部位に金属ゲートをつけて、ゲート電

極に電圧をかけることによって加熱部位の充填率を測定部位とは独立に制御する。加熱部位の充填率を一定に

保つことによって、電子温度を一定に保つように試みた。

Ih

Te (high)

3

2

1

13

12

111098

7

456

Te (low)Vyx

I+rxx

図 4.17: 試料 2における、加熱電流を 3から 11に流

した場合の模式図。

3.5x1015

3.0

2.5

n (

m-2

)

-0.20 -0.15 -0.10 -0.05 0.00

Vgate(V)

carrier density

図 4.18: ゲート電圧変化に対するキャリア濃度。

ゲート電圧を変化させることによりキャリア濃度とネルンスト電圧が変わることを確認する。キャリア濃度

は図 4.17で示す ρxxの SdH振動から求める。図 4.18で示すようにゲート電圧が負に対して大きくなるにつれ

て、キャリア濃度が小さくなることが確認できる。図 4.19が示すようにゲート電圧が負に対して大きくなるほ

どネルンスト電圧が大きくなることが観測された。これはキャリア濃度が小さくなることによって、加熱部位

35

Page 41: 量子ホール系における熱電効果...1.1.2 2次元電子系の磁場中における電気伝導[1] 磁場中の電気伝導の測定には、通常図1.3 のようなHall bar

の抵抗も大きくなり電子温度差も大きくなるためと考えられる。以上のことから金属ゲートを用いることによ

り、測定部位とは独立に加熱部位の充填率を制御し、ネルンスト電圧を観測できることが確認できた。

-0.5

0.0

0.5

Vxy(µ

V)

1.00.80.60.40.20.0

B (T)

Vg = 0 V Vg = -0.2 V

I = 50 nA

図 4.19: 測定端子 (4,10)において、ゲート電圧を変化させたときのネルンスト電圧。加熱電流は端子 3,11に

対して 50 nAに固定している。

次に、ゲート電圧と磁場に対するネルンスト電圧に注目する。図 4.20の横軸は磁場を表し、縦軸はゲート

電圧を示し、加熱電流を 200 nAを流したときのネルンスト電圧をイメージプロットしたものである。シグナ

ルが出ているのは測定領域、加熱領域が共に量子ホール間遷移領域にあるときである。これは加熱部位が量子

ホール領域の場合、加熱部位が加熱されず温度勾配が生じないためにネルンスト電圧が生じず、測定部位が量

子ホール領域の場合、電圧差が生じないためである。図 4.21は加熱電流を 3,11に流して電圧測定端子 (2,12)

を用いて測定した抵抗率 ρxxのイメージプロットである。図 4.21の黒い線は加熱部位の充填率を一定にしたも

のであり、加熱部位の抵抗値が磁場に対して大きく変動しないと考えている。図 4.20における茶色の細い点線

は、加熱部位の充填率を一定にしたときのネルンスト電圧の線である。低磁場では図 4.22が示すように 1 T付

近に対してもネルンスト電圧の絶対値がほぼ同じ大きさで現れている。図 4.20から、約 1.8 T以上の高磁場で

は信号のが異なっている。約 1.8 Tでスピン分裂が起こっているが、アップスピン、ダウンスピンだけになっ

ても信号が正負に分かれているのでスピン分裂は信号パターンの変化に関係ないと考えられる。図 4.23が示す

ように高磁場領域において、磁場を一定にして、ゲート電圧を変化させると信号が正負に振動している。磁場

一定なので測定部位は変化することなく、ゲート電圧変化によって加熱部位のみが変化する。シグナルが正負

に振動するのはヒーターとして用いている加熱部位の変化を反映しているためと考えられる。

-0.20

-0.15

-0.10

-0.05

0.00

Vg(

V)

3.02.52.01.5

B (T)

1.0

0.0

-1.0

Vyx(µV)

図 4.20: 測定端子 (4.10)に対する、ネルンスト電圧の

イメージプロット。加熱電流として 3から 11の方向

に 200 nAを流している。茶色の細い点線は、加熱部

位の充填率を一定にしたときのネルンスト電圧の線で

ある。

-0.20

-0.15

-0.10

-0.05

0.00

Vga

te(V

)

32

B (T)

10x103

86420

rxx

(Ω)

図 4.21: 測定端子 (2,12) に対する、抵抗率 ρxx のイ

メージプロット。加熱電流として 3,11に 200 nAを流

している。黒い線は加熱部位の充填率を一定にした場

合のものである。

36

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-1.0

-0.5

0.0

0.5

Vyx

(µV

)

3.02.52.01.5

B (T)

νh = 3.5

図 4.22: 図 4.20における茶色の点線である、加熱部位

の充填率を一定にしたときのネルンスト電圧 V4,10。

2

0

-2

Vyx

(µV

)

-0.20 -0.15 -0.10 -0.05 0.00Vg(V)

B = 1.29 T B = 2.69 T

図 4.23: 図 4.20における黒の実線と緑の点線である、

磁場を一定にしゲート電圧を変化させた時のネルンス

ト電圧 V4,10。

高磁場領域における加熱電流の向きによる信号の変化を観測する。ゲート電極が無い試料 1の場合、高磁場

領域においても、図 4.24が示すように加熱電流の向きに依存しない。ゲート電極がある試料 2の場合、図 4.25

は加熱電流を I+の向きに流したときのネルンスト電圧のイメージプロットを示し、図 4.26は加熱電流を I-の

向きに流したときのネルンスト電圧のイメージプロットである。ゲート電極がある場合、低磁場領域に対する

ネルンスト電圧のパターンは加熱電流の向きに依存しないが、高磁場領域ではパターンが加熱電流の向きに依

存している。これは加熱用ホールバーの一部だけにゲート電極があるために、その部位の抵抗値とキャリア濃

度がゲート電極がない部位と比べて異なることにより加熱部位の電子温度分布が一様でないためと考えられる。

高磁場領域において、ネルンスト電圧の信号は I+と I−に対して符号が反転している。

2

1

0

-1

Vyx(µ

V)

43210

B (T)

I+ = 200 nAI- = 200 nA

図 4.24: 試料 1に対する、高磁場領域における測定端子 (4,10)を用いたネルンスト電圧。加熱電流として 200

nAを流している。各トレースにはオフセットを 1µVずつつけている。

37

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-0.20

-0.15

-0.10

-0.05

0.00

Vga

te(V

)

32

B (T)

1.51.00.50.0

-0.5-1.0

Vyx(µV)

図 4.25: 磁場がB+における、加熱電流を 3,11に流し

た場合のネルンスト電圧 V4,10。

-0.20

-0.15

-0.10

-0.05

0.00

Vga

te(V

)

32

B (T)

1.51.00.50.0

-0.5-1.0-1.5

Vyx(µV)

図 4.26: 磁場がB+における、加熱電流を 11,3に流し

た場合のネルンスト電圧 V4,10。

次に磁場の向きを変えたときのネルンスト電圧に注目する。磁場を B+,加熱電流を I+の向きにしたときの

ネルンスト電圧のイメージプロットである図 4.25と磁場を B-,加熱電流を I+の向きにたときのネルンスト電

圧のイメージプロットである図 4.28を比較する。ネルンスト電圧が磁場に対して反対称性を持つことを踏まえ

ると、低磁場領域に対するネルンスト電圧のパターンは磁場の向きに依存しないが、高磁場領域ではパターン

が磁場の向きに依存している。高磁場領域において、ネルンスト電圧は B+と B−に対して符号が反転する。

W = 50 mm

50 mm

247 mm

L = 279 mm

3 mm

IhL1L2

Te (high)

3

2

1

13

12

111098

7

456

Te (low)

D

B

図 4.27: 磁場 B-に対する試料 2の模式図。

-0.20

-0.15

-0.10

-0.05

0.00

Vga

te(V

)

-3-2

B (T)

-2.0

-1.0

0.0

1.0

Vyx(µV)

図 4.28: 磁場が B-,加熱電流を I+におけるネルンス

ト電圧 V4,10。

-0.20

-0.15

-0.10

-0.05

0.00

Vga

te(V

)

-3-2

B (T)

-1.0

0.0

1.0

Vyx(µV)

図 4.29: 磁場がB-,加熱電流を I-におけるネルンスト

電圧 V4,10。

38

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加熱電流と磁場の向きを変えたときのネルンスト電圧に注目する。磁場の向きをB-の向きにし、加熱電流を

I+の向きに流したときのネルンスト電圧のイメージプロットである図 4.28と磁場の向きをB-の向きにし、加

熱電流を I-の向きに流したときのネルンスト電圧のイメージプロットである図 4.29を比較する。電流と磁場

の向きを反転させた場合、高磁場領域において、ネルンスト電圧のと符号も一致し、ネルンスト電圧は磁場に

対して反対称性を満たす。

最後に加熱部位の充填率について注目する。図 4.25、図 4.26、図 4.28、図 4.29に対して、高磁場である 2

T≤ B では加熱部位の充填率が半整数を横切る時に、ネルンスト電圧の符号が反転することを観測できる。

以上が測定結果である。ここで、測定部位の温度勾配を考察する。初めに、加熱部位の温度分布を考える。

図 4.30、図 4.31、図 4.32、図 4.33は試料を簡略化した模式図である。加熱部位の線は電子の流れを示し、測

定部位の線は温度勾配の向きを示す。磁場が B+で加熱電流が I+の場合、化学ポテンシャルの大小と磁場から

加熱部位の温度分布は図 4.30のようになると予想する。B+で I-の場合、加熱電流の向きが逆になるので化学

ポテンシャルの大小の位置関係も逆になるために、加熱部位における温度分布は図 4.31のように B+,I+の場

合と逆になると考えられる。磁場の向きが B-で加熱電流が I+の場合、磁場の向きが逆になるので図 4.32で示

すように加熱部位の温度分布も B+と I+の場合と逆になる。B-で I-の場合、図 4.33で示すように B+と I+の

場合と同じ温度分布になる。これは加熱部位の充填率が半整数より大きい場合であるとする。

Te(low)

B+

I+

Te(high)

Ê

Ê

å

¬V-

V+

Te(low)

B+

I+

Te(high)

Ê

Ê

å

¬V-

V+

図 4.30: 磁場 B+,加熱電流 I+に対する試料 2の簡略

化した模式図。

I-

B+

Te(high)

Ê

Êå

¬V-

V+

Te(low)

I-

B+

Te(high)

Ê

Êå

¬V-

V+

Te(low)

図 4.31: 磁場 B+,加熱電流 I-に対する試料 2の簡略

化した模式図。

39

Page 45: 量子ホール系における熱電効果...1.1.2 2次元電子系の磁場中における電気伝導[1] 磁場中の電気伝導の測定には、通常図1.3 のようなHall bar

Te(low)

B-

I+

Te(high)

Ê

Ê

å

¬

V-

V+

図 4.32: 磁場 B-,加熱電流 I+に対する試料 2の簡略

化した模式図。

I-

B-

Te(high)

Ê

Êå

¬

V-

V+

Te(low)

図 4.33: 磁場B-,加熱電流 I-に対する試料 2の簡略化

した模式図。

加熱部位の充填率が半整数より小さい場合は温度分布が、大きい場合の逆になる。これはEttingshausen effect

によるものと考えられる。Ettingshausen effect に従って、大電流が量子ホール領域での電子温度分布を変え

ることは実験的 [16]、理論的 [17]に示されている。図 4.34の横軸は充填率を表し、縦軸は両端間の温度差で

ある。充填率が半整数を横切ると両端間の電子温度差が、プラスからマイナスまたはマイナスからプラスにな

り符号が反転する。これは加熱部位の充填率が半整数を横切ると、加熱部位の温度分布が両端間で変わること

を意味する。

図 4.34: 磁場 B-対する試料 2の模式図である [17]。横軸は充填率を表す。縦軸は両端間の温度差である。

磁場がB+,加熱電流が I+の時、図 4.30が示すように加熱部位の測定部位に近い側に高温部位があり通常の

温度勾配となる。磁場が B+,電流が I-の時、図 4.31が示すように加熱部位の低温部位が格子温度よりも低く

40

Page 46: 量子ホール系における熱電効果...1.1.2 2次元電子系の磁場中における電気伝導[1] 磁場中の電気伝導の測定には、通常図1.3 のようなHall bar

なり、測定部位の温度勾配が逆転している可能性がある。以上のように考えると測定結果を説明することがで

きる。

4.3 本章のまとめ

量子ホール領域における電子自体の拡散による寄与について実験的に以下の事を見出した。

• 0.7 T程度以下の比較的低磁場では、測定したネルンスト係数と同じ試料にて測定した電気抵抗率から一

般化したMottの関係式を用いて計算したネルンスト係数とがよく一致する事を明らかにした。

• 高磁場領域において、ネルンスト電圧の信号は I+と I−に対して符号が反転する。ネルンスト電圧の信号は B+と B−に対しても符号が反転する。加熱部位の充填率が半整数を横切る時にネルンスト電圧の符号は反転する。

41

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第5章 低磁場下におけるネルンスト係数

本章では、量子ホール系における電子自体の拡散による寄与についての実験結果を述べる。初めに、加熱

部位と測定部位に金属ゲートがある場合に対しても、1 T程度以下の比較的低磁場では Syxに関しては拡散の

寄与が測定できていることを確認する。具体的には、熱電効果が温度勾配に依る事から、測定している電圧が

加熱電流の向きに依らないことを確かめる。また、観測している信号が非局所抵抗ではないことを確かめる。

次に、一般化されたMottの関係式を用いて通常の抵抗測定により求めた電気抵抗率より見積もった拡散の

寄与とネルンスト電圧の測定結果を比較する。電子濃度を変化させた測定で、抵抗率 ρxx, ρyxのエネルギー微

分の測定を行うことで、一般化されたMottの関係式に対してエネルギー微分を用いて見積もった拡散の寄与

とネルンスト電圧の測定結果を比較する。測定は断りのない限り最低温 30 mKで行う。

5.1 温度差の効果が見えていることの確認3

100 mm

2 mm

IhL1

Te (high)

3

2

1

12

11

107 8

45

6Te (low)

9

30 mm

W = 30 mm

L = 33 mm

図 5.1: 測定した試料 3の模式図である。縦線部位はオーミックコンタクトであり、希釈冷凍機温度 30 mKま

で冷えている。メインホールバー (6から 12)には電圧測定端子 (4-5,7-8)がある。電圧測定端子用のオーミッ

クコンタクトも希釈冷凍機温度まで冷えると考えられるのでメインホールバーから距離を離し、端子幅も狭く

している。加熱用ホールバー (3から 10)にはシュブニコフの測定用に用いる電圧測定端子 (2,11)がついてい

る。灰色の四角 (1)は加熱部位の抵抗を制御するための金属ゲートである。灰色の四角 (9)は測定部位の抵抗

を制御するための金属ゲートである。

図 5.1は測定に用いた加熱部位と測定部位に金属ゲートをのせたホールバーの模式図である。ホールバーの

一端である 3,11に交流電流 (13Hz)を流すことにより電子系のみを加熱し、高温部位を作る。熱流は高温部位

42

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から低温部位であるコンタクト 6へと流れているとする。温度測定用の電圧測定端子 (2,10)を用いて SdH振

動を観測し、SdH振動から高温部位の電子温度を見積もる。

80

60

40

20

0

rxx (

Ω)

1.00.80.60.40.20.0

B (T)

10 nA 30 nA 70 nA 110 nA 150 nA

図 5.2: 加熱電流を変化させたときのシュブニコフドハース振動の様子。

図 5.2は端子 3,10に対して加熱電流を 10 nA, 30 nA, 70 nA, 110 nA, 150 nA にしたときの 4端子測定法に

よる電圧測定端子 (2,11)における SdH振動の様子である。加熱電流が 10 nAの場合、電流による電子温度の

上昇はなく、電子温度は希釈冷凍機温度と同じであると考える。試料 1と同様の方法でそれぞれの加熱電流に

対する電子温度を求める。電子温度差は高温部位の電子温度から低温部位である希釈冷凍機温度を引いたもの

である。この後の実験に対しては、メインホールバーにおける高温部位から低温部位への電子温度変化はリニ

アに変化していると仮定する。それぞれの電子温度は以下に示す。

表 5.1: それぞれの加熱電流値における高温部位の電子温度

加熱電流 10 nA 30 nA 70 nA 110 nA 150 nA

電子温度 0.011 K 0.17 K 0.22 K 0.35 K 0.45 K

次に、加熱電流の向きへの依存性を見る。I+ では図 5.3の方向に加熱電流を流し、 I-は反対に図 5.4の方向

に加熱電流を流す。ここで取り上げるネルンスト電圧、非局所効果による電圧の測定結果は電圧測定端子 (4,8)

で測定したものであるが、他の電圧測定端子(5,7)でも同様の結果が得られている。

Ih

Te (high)

3

2

1

12

11

107 8

45

6Te (low)

9

I+

Vyx

図 5.3: 加熱電流を 3から 10に流した場合。

Ih Te (high)

3

2

1

12

11

107 8

45

6Te (low)

9

Vyx

I-

図 5.4: 加熱電流を 10から 3に流した場合。

43

Page 49: 量子ホール系における熱電効果...1.1.2 2次元電子系の磁場中における電気伝導[1] 磁場中の電気伝導の測定には、通常図1.3 のようなHall bar

0.1

0.0

-0.1

Vyx(µ

V)

1.00.80.60.40.20.0

B (T)

I+ (200 nA) I- (200 nA)

図 5.5: 加熱電流の向き (I3,10, I10,3)を変えたときの非局所効果による電圧 V48。加熱電流として 30 nAを流し

ている。

0.10

0.05

0.00

-0.05

Vyx(µ

V)

1.00.80.60.40.20.0

B (T)

Terminal (4,8) Terminal (5,7)

図 5.6: I+の場合の電圧測定端子を変えたときの非局

所効果による電圧。加熱電流として 30 nAを端子 3,10

に流している。

0.8

0.6

0.4

0.2

0.0

Vyx(µ

V)

1.00.80.60.40.20.0

B (T)

150 nA 110 nA 70 nA 30 nA

図 5.7: I+の場合の加熱電流値を変えたときの非局所

効果による電圧 V48。加熱電流を端子 3,10に流してい

る。各トレースにはオフセットを 0.1µV ずつつけて

いる

初めに、加熱電流と同じ周波数 (13Hz)の電圧をロックインアンプで測定することによって非局所効果による

電圧を調べる。図 5.5は加熱電流の向きを変えたときの非局所効果による電圧である。加熱電流の向きによっ

て、非局所効果による電圧の符号が反転している。加熱電流値と電圧測定端子を変えたときの非局所効果によ

る電圧の結果を示す。図 5.6は電圧測定端子を変えたときの非局所効果による電圧の測定結果である。加熱部

位から距離が遠くなるにつれて、非局所効果による電圧は小さくなる。図 5.7は加熱電流値を変えたときの非

局所効果による電圧の測定結果である。加熱電流が大きくなるにつれて、非局所効果による電圧も大きくなる。

以上の結果は試料 1と同様であった。図 5.7から、70 nA以上の加熱電流を流すと非局所効果による電圧が大

きいと考えられるので、この後は断りがない限り加熱電流として 30 nAを流すとする。

44

Page 50: 量子ホール系における熱電効果...1.1.2 2次元電子系の磁場中における電気伝導[1] 磁場中の電気伝導の測定には、通常図1.3 のようなHall bar

0.1

0.0

-0.1

Vyx(µ

V)

1.00.80.60.40.20.0

B (T)

I+ (30 nA) I- (30 nA)

図 5.8: 加熱電流の向き (I3,10, I10,3)を変えたときのネルンスト電圧 V48。

0.1

0.0

-0.1

Vyx(µ

V)

1.00.80.60.40.20.0

B (T)

Terminal (4,8) Terminal (5,7)

図 5.9: I+の場合の電圧測定端子を変えたときのネル

ンスト電圧。加熱電流として 30 nAを端子 3,10に流

している。

4

2

0

Vyx(µ

V)

1.00.80.60.40.20.0

B (T)

150 nA 110 nA 70 nA 30 nA

図 5.10: I+の場合の加熱電流値を変えたときのネルン

スト電圧 V48。加熱電流を端子 3,10に流している。各

トレースにはオフセットを 1µV ずつつけている。

次に、加熱電流の 2倍の周波数 (26Hz)の電圧をロックインアンプで測定することによって熱電効果による

電圧を調べる。図 5.8は加熱電流の向きを変えたときのネルンスト電圧である。非局所効果による電圧と異な

り、加熱電流の向きに依らず I+の時と I-の時の測定結果はほぼ一致している。次に、加熱電流値と電圧測定端

子を変えたときのネルンスト電圧の結果を示す。図 5.9は電圧測定端子を変えたときのネルンスト電圧の測定

結果である。加熱部位から距離が遠くなるにつれて、ネルンスト電圧は小さくなる。図 5.10は電圧測定端子を

変えたときのネルンスト電圧の測定結果である。加熱電流が大きくなるにつれて、ネルンスト電圧も大きくな

る。これらのことから試料 3に対しても、加熱電流に対しての 2倍の周波数成分は熱電効果による電圧である

と考えられる。

45

Page 51: 量子ホール系における熱電効果...1.1.2 2次元電子系の磁場中における電気伝導[1] 磁場中の電気伝導の測定には、通常図1.3 のようなHall bar

5.2 量子ホール系における一般化したMottの関係式

初めに、一般化したMottnの関係式を用いて通常の抵抗測定により求めた電気抵抗率より見積もった拡散の

寄与とネルンスト電圧の測定結果を比較する。一般化したMottの関係式である

Syx =L0eTB

EF· d

dBarctan

ρyxρxx

から熱電係数を求めるために電気抵抗率を測定する。

3

2

1

12

11

107 8

45

6Te (low)

9

I

D

ryx

rxx

図 5.11: 抵抗測定をする場合の配置。

3.8x1015

3.6

3.4n (

m-2

)-0.04 -0.02 0.00

Vgate(V)

carrier density fit_carrier

図 5.12: ゲート電圧変化に対するキャリア濃度。黒線

はキャリア濃度とゲート電圧に対して直線でフィッティ

ングしたものである。

400

300

200

100

0

rxx (

Ω)

1.00.50.0-0.5-1.0

B (T)

rxx

(Ω)

図 5.13: 量子ホール系における低磁場での対角抵抗率

ρxx。

1500

1000

500

0

|ryx| (

Ω)

1.00.50.0-0.5-1.0

B (T)

|ryx| (Ω)

図 5.14: 量子ホール系における低磁場でのHall抵抗率

|ρyx|。

同じ試料に対して温度勾配をつけずに電流を流して電気抵抗率を測定する。電流は 6から 12に対して流し、対

角抵抗率 ρxxに対して電圧端子 4,5を用い、Hall抵抗率 ρyxに対して電圧端子 4,8を用いて測定を行う。図 5.13

は試料 3の対角抵抗率を表している。対角抵抗率は磁場に対して対称であるが、この測定では非対称である。

これは、試料の形によるものか、測定部位における電子濃度の不均一性によるものと考えられる。図 5.14は試

料 3の Hall抵抗率を表している。図 5.13の SdH振動から得られる試料 3の電子密度と移動度は以下に示す。

表 5.2: 試料 3の電子密度と移動度

電子密度Ns (1015 m−2) 移動度 µ (m2/Vs) 

基板 ♯1 3.8 60

46

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測定部位のゲート電圧を変化させることによりキャリア濃度が変わることを確認する。キャリア濃度は図 5.11

で示す ρxx の SdH振動から求める。図 5.12で示すようにゲート電圧が負に対して大きくなるにつれて、キャ

リア濃度が小さくなることが確認できる。ネルンスト電圧から求める熱電係数は

Syx =Vyx∇TD

から得られる。

0.4

0.2

0.0

Syx(µ

V/K

)

1.00.80.60.40.20.0

B (T)

calculatedSyx measuredSyx

図 5.15: 測定端子 (4,8)において、一般化したMottの関係式とDを用いて電圧測定から求めたネルンスト係

数。加熱電流として端子 3,10に対して 30 nAを流している。計算したトレースにはオフセットを 0.3µV つけ

ている。

図 5.15は、測定端子 (4,8)に対する一般化したMottの関係式と電圧測定から求めたネルンスト係数の測定

結果を比較したものである。加熱電流として 30 nAを流している。低磁場では試料 1と同様な理由で一致して

いない。振動の形は一致しているが、0.4 Tぐらいまで振動がきれいに求められない。これは ρxx がきれいに

観測できていないためと考えられる。

一般化されたMottの関係式に対してエネルギー微分を用いて見積もった拡散の寄与とネルンスト電圧の測

定結果を比較する。エネルギー微分を求める方法は、金属ゲート (9)に電圧をかけることにより電子濃度を変

化させた測定で、抵抗率 ρxx, ρyxのエネルギー微分の測定を行う。これは電子濃度変化がフェルミエネルギー

変化に対応することを利用している。ここでは直流電圧装置と交流電圧装置 の二つの装置でゲート電極に電圧

を印加する。一般化したMottの関係式である

Syx = −L0eT · ddϵ

arctanρyxρxx

を変形する。電子濃度変化がフェルミエネルギー変化に対応することを式で表すと

dne =m∗

πh2· dϵ (5.1)

である。測定部位のゲート電圧を変化させることによりキャリア濃度が変わることを用いると 式 (5.1)は

dϵ =απh2

m∗ · dVg (5.2)

と書ける。ここで図 5.12 において、電子濃度とゲート電圧に対してリニアにフィッティングした直線から

dne/dVg = α = 8.37× 1015(1/m2V ) を求めた。式 (5.2)を用いて一般化したMottの関係式を求めると

Syx = −L0eTm∗

απh2· d

dVgarctan

ρyxρxx

(5.3)

47

Page 53: 量子ホール系における熱電効果...1.1.2 2次元電子系の磁場中における電気伝導[1] 磁場中の電気伝導の測定には、通常図1.3 のようなHall bar

と書ける。

ここで行う電気抵抗率の測定は電流は 6から 12に対して流し、対角抵抗率 ρxx に対して電圧端子 4,5を用

い、Hall抵抗率 ρyx に対して電圧端子 4,8を用いて行う。式 (5.3)から熱電係数を求めるために、電子濃度を

変化させた測定で、抵抗率 ρxx, ρyx のエネルギー微分の測定を行う。初めに、ゲート電極 (9)に直流電圧装置

を用いて電圧を印加する。各電圧に対して、抵抗率 ρxx, ρyx を測定し arctan ρyx/ρxx を求める。図 5.16の横

軸は磁場を表し、縦軸はゲート電圧を示し、arctan ρyx/ρxx をイメージプロットしたものである。図 5.17は

arctan ρyx/ρxxをゲート電圧に対して数値微分したものをイメージプロットしたものである。黒い線はゲート

電圧を一定にした場合の d arctan(ρyx/ρxx)/dVg である。求めた d arctan(ρyx/ρxx)/dVg と式 (5.3)からネルン

スト係数である図 5.18が得られる。

-40x10-3

-20

0

Vga

te(V

)

0.80.60.40.2

B (T)

1.2

0.8

0.4

arctan (ryx/rxx)

図 5.16: 各電圧に対する、arctan ρyx/ρxx のイメージ

プロット。

-40x10-3

-20

0

Vga

te(V

)0.80.60.40.2

B (T)

-4

-2

0

2

4

d arctan (ryx/rxx) / d Vgate

図 5.17: arctan ρyx/ρxx をゲート電圧に対して微分し

たイメージプロット。

-0.1

0.0

0.1

Syx(µ

V)

1.00.80.60.40.2

B (T)

Syx_SMU

図 5.18: 直流電圧装置を用いてゲート電極に電圧をかけた場合の端子 4,8に対するネルンスト係数。

48

Page 54: 量子ホール系における熱電効果...1.1.2 2次元電子系の磁場中における電気伝導[1] 磁場中の電気伝導の測定には、通常図1.3 のようなHall bar

1.0

0.5

0.0

Syx(µ

V/K

)

1.00.80.60.40.20.0

B (T)

Syx_SMU calculatedSyx measuredSyx

図 5.19: 端子 4,8に対して、一般化したMottの関係式からとネルンスト電圧から求めたネルンスト係数。各

トレースにはオフセットを 0.5µV ずつつけている。

測定したネルンスト係数の振幅に注目する。一般化したMottの関係式を用いて求めたSyxSMU, calculateSyx

に対する振幅はほぼ一致している。

最後に、ゲート電極 (9)に交流電圧装置を用いて電圧を印加する。一般化したMottの関係式である

Syx = −L0eT · ddϵ

arctanρyxρxx

を変形する。ネルンスト係数は

Syx = − L0eT

ρ2xx + ρ2yx·(ρyx

∂ρxx∂ϵ

+ ρxx∂ρyx∂ϵ

)とかけるので、式 (5.2)を用いて一般化したMottの関係式を求めると

Syx = − L0eTm∗

απh2(ρ2xx + ρ2yx

) · (ρyx ∂ρxx∂Vg

+ ρxx∂ρyx∂Vg

)(5.4)

と書ける。ここで dVg は交流電圧装置の実効値の 2倍の電圧である。

ここで ∂ρxx/∂Vg の測定方法を述べる。電流 (52 Hz)を 6から 12に対して流し、対角抵抗率 ρxx に対して

電圧端子 8,7を用い、Hall抵抗率 ρyx に対して電圧端子 4,8を用いて測定を行う。対角抵抗率 ρxx に対して電

圧端子 8,7を用いているのは、磁場が正に対して電圧端子 4,5に比べて抵抗率が大きいからである。ゲート電

極 (9)には wave factoryを用いて実行値 0.004 V,周波数 13 Hz のゲート電圧を印加する。ゲート電圧を印加

された部位はゲート電圧による抵抗の変化量 dR/dV gに相当する成分 (13 Hz)が生じる。1つ目のロックイン

アンプを用いて、対角抵抗率 ρxx1を電圧端子 8,7、Hall抵抗率 ρyx1を電圧端子 4,8を用いて測定する。2つ目

のロックインアンプを用いて、ρxx1、Hall抵抗率 ρyx1から、ゲート電圧によって変化した抵抗値 dR/dV gに

相当する 13 Hz 成分の対角抵抗率 ρxx2、Hall抵抗率 ρyx2を取り出す。取り出した ρxx2,ρyx2と式 (5.4)から

ネルンスト係数である図 5.20が得られる。

49

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-2

0

2

Syx(µ

V/K

)

1.00.80.60.40.20.0

B (T)

Syx_WF

図 5.20: 交流電圧装置を用いてゲート電極に電圧をかけた場合の端子 4,8に対するネルンスト係数。

交流電圧装置を用いて求めたネルンスト係数に対して振動が観測でき始めるのは磁場が約 0.35 Tと、磁場

微分と直流電圧装置を用いて求めたネルンスト係数に比べて大きい。一般化したMottの関係式に対して使用

するのは抵抗率であるが、観測しているのは抵抗値である。ゲート電極がのっている測定部位の範囲が狭いた

めに、ゲート電圧による抵抗の変化量 dR/dV gに相当する抵抗値が小さいためと考えられる。に対する振幅は

一致するはずであるが、ここでは一致していない。これは式 (5.4)から、抵抗値の違いによるものと考えられ

る。測定方法ではなく試料に問題があると考えられる。

振幅の大きさとピーク位置と信号のパターンが同じことから、測定部位にゲート電圧を印加することによっ

て、電子濃度を変化させた測定で、抵抗率 ρxx, ρyxのエネルギー微分の測定を行うことで、一般化されたMott

の関係式に対してエネルギー微分を用いて見積もった拡散の寄与を求めることができると考えられる。

5.3 本章のまとめ

量子ホール系における電子自体の拡散による寄与である Mott の関係式について実験的に以下の事を見出

した。

• 低磁場において、測定部位にゲート電圧を印加することによって、電子濃度を変化させた測定で、抵抗率 ρxx, ρyx のエネルギー微分の測定を行うことができた。

• 抵抗率 ρxx, ρyx のエネルギー微分の測定から、ネルンスト係数と同じ形の信号パターンを得ることがで

きた。

50

Page 56: 量子ホール系における熱電効果...1.1.2 2次元電子系の磁場中における電気伝導[1] 磁場中の電気伝導の測定には、通常図1.3 のようなHall bar

第6章 総括

本研究は、量子ホール系における熱電効果についての実験的研究を行ったものである。最後に結論をまと

める。

低磁場下における熱電効果

通常サイズの抵抗測定用のホールバーに対して電流加熱法を用いることにより、電子自体の拡散による寄与

であるネルンスト電圧を観測した。

1 T程度以下の比較的低磁場では、測定したネルンスト係数と同じ試料にて測定した電気抵抗率から一般化

したMottの関係式を用いて計算したネルンスト係数とがよく一致することを明らかにした。

量子ホール領域における熱電効果の充填率依存性

高磁場領域において以下の測定結果が得られた。ネルンスト電圧の信号は 加熱電流の向きに対して符号が反

転する。ネルンスト電圧の信号は 磁場の向きに対しても符号が反転する。加熱部位の充填率が半整数を横切る

時にネルンスト電圧の符号は反転する。

Ettingshausen effect により、加熱部位に低温部位が生じ、その低温部位が格子温度よりも低くなり、測定部

位の温度勾配が逆転している可能性があると考えることにより測定結果を説明することができる。

低磁場下におけるネルンスト係数

低磁場において、測定部位にゲート電圧を印加することによって、電子濃度を変化させた測定で、抵抗率

ρxx, ρyx のエネルギー微分の測定を行うことができた。抵抗率 ρxx, ρyx のエネルギー微分の測定から、ネルン

スト係数と同じ信号パターンを得ることができた。

現状では低磁場においてもゼーベック係数を観測することができず、高磁場領域に関してはゼーベック係数,

ネルンスト係数の共に観測できていない。実験・理論共に更なる研究が必要だと思われる。

51

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謝辞

本研究を遂行し論文をまとめるにあたって多くの方々のお世話になりました。ここに感謝の意を表します。

家泰弘教授には、恵まれた研究環境を与えていただき、また適切な助言と親切丁寧なご指導を賜わりました。

深く敬意を表するとともに心から御礼申し上げます。

勝本信吾教授には、様々な局面で貴重な御助言を頂きました。心より御礼申し上げます。

遠藤彰博士には、試料の作成から解析方法に至る全てについて御指導を賜ったほか、研究生活のあらゆる面

でお世話になりました。心より感謝いたします。阿部英介博士には、多くの有益な議論を賜わりました。心よ

り御礼申し上げます。橋本義昭氏には、実験技術に関して多大なご協力を頂き、大変感謝しております。

研究室の卒業生である加藤雅紀博士と佐野浩孝博士、佐々木祐氏には研究指導をはじめ実験装置の使い方や

測定技術等多岐にわたって面倒を見ていただきました。心より御礼申し上げます。川村順子秘書には、研究生

活のあらゆる面でお世話になり、誠にありがとうございました。また、研究生活を共に過ごした大塚朋廣氏、

佐藤卓明氏、児玉高明氏、梶岡利之氏、天野裕昭氏、金善宇氏、には様々な議論や助言をしていただきました。

深く感謝いたします。

最後に、いつも励まし応援してくれた家族と友人に感謝いたします。

52

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付 録A 一般化したMottの関係式

ボルツマン方程式から求めた σ、ϵと熱電係数の定義式は

σ =e2

V

∑k

τk(vkvk)

(−∂f

0k

∂εk

)(A.1)

ϵ =e

TV

∑k

τk(vkvk)(εk − EF )

(−∂f

0k

∂εk

)(A.2)

Sxx = Ex/∇Tx = ρxxϵxx − ρyxϵyx (A.3)

Syx = Ey/∇Tx = ρyxϵxx + ρxxϵyx (A.4)

である。ϵに対して、σを用いると

ϵ =1

eT

∫ ∞

0

dϵσ(ϵ) (ϵ− EF )

(−∂f

0

∂ε

)(A.5)

と書ける。σに対して、低温であるという仮定からテイラー展開を二次までにすると

ϵ =1

eT

∫ ∞

0

(−∂f

0

∂ε

)(ϵ− EF )

(σ(ϵF ) +

(∂σ

∂ϵ

)ϵF

(ϵ− EF )

)

=1

eT

[σ(ϵF )

∫ ∞

0

(−∂f

0

∂ε

)(ϵ− EF ) +

(∂σ

∂ϵ

)ϵF

∫ ∞

0

(−∂f

0

∂ε

)(ϵ− EF )

2

] 

(A.6)

と書ける。(−∂f0

∂ε

)は ϵF のまわりで偶関数であるため、式 (A.6)の右辺の第一項はゼロとなる。ϵは

ϵ =1

eT

(∂σ

∂ϵ

)ϵF

∫ ∞

0

(−∂f

0

∂ε

)(ϵ− EF )

2(A.7)

と表せる。 ϵ−ϵFkBT = xとおくと

ϵ =1

eT

(∂σ

∂ϵ

)ϵF

k2BT2

∫ ∞

−ϵ/kBT

dx

(−∂f

0

∂x

)x2 (A.8)

と書ける。低温であるという仮定から、kBT ≪ ϵF であるため、−ϵF /kBT ≈ −∞と書け、ϵは

ϵ =1

eT

(∂σ

∂ϵ

)ϵF

k2BT2π

2

3

= −L0eT

(∂σ

∂ϵ

)ϵF

(A.9)

と書ける。

熱電係数の定義式式 (A.3),式 (A.4)と式 (A.9)から Sxx,Syx は

Sxx = ρxxϵxx + ρyxϵyx

=−L0eT

|σ|

[σxx

(∂σxx∂ϵ

)+ σyx

(∂σyx∂ϵ

)]= −L0eT

d

dϵln√σ2xx + σ2

yx

(A.10)

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Page 59: 量子ホール系における熱電効果...1.1.2 2次元電子系の磁場中における電気伝導[1] 磁場中の電気伝導の測定には、通常図1.3 のようなHall bar

Syx = ρyxϵxx + ρxxϵyx

=−L0eT

|σ|

[σxx

(∂σyx∂ϵ

)− σyx

(∂σxx∂ϵ

)]= −L0eT

d

dϵarctan

σyxσxx

(A.11)

と書ける。

54

Page 60: 量子ホール系における熱電効果...1.1.2 2次元電子系の磁場中における電気伝導[1] 磁場中の電気伝導の測定には、通常図1.3 のようなHall bar

参考文献

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