金属プローブを用いた深紫外共鳴ラマン散乱の増強...

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金属プローブを用いた深紫外共鳴ラマン散乱の増強 田口敦清,早澤紀彦,古澤健太郎,石飛秀和,河田聡 背景と目的 先端増強近接場ラマン分光法は,金属プローブ先端に誘起される局在増強電場を用いて物質のラ マン散乱を励起し,回折限界を超えるナノスケールの空間分解能で物質を分析,イメージングす る技術である.回折限界を超えるナノスケールの高空間分解能と,ラマン散乱光強度の増強を特 徴とし,カーボンナノチューブや歪みシリコンといった次世代ナノ材料のナノラマン分析に応用 されてきた.しかしながら,金属のプラズマ周波数を超える紫外域においては,金や銀といった 貴金属は単なる誘電体として振る舞い,プラズモンに起因する増強電場が失われてしまう.その ため,従来,先端増強近接場ラマン顕微鏡は,可視から近赤外の波長帯域で使うものとされてい きた.しかし,紫外・深紫外領域はバイオイメージング技術(蛋白質や核酸といった生体分子) や半導体デバイス評価技術,光加工・光修飾において今後ますます重要となる.本研究では,深 紫外にプラズマ周波数をもつアルミニウムをプローブ材料に用い,深紫外共鳴ラマン散乱の先端 増強を実証した. 成 果 金や銀のプラズモン共鳴周波数(局在モ ード:ε=-2)が波長 350nm や 500nm といっ た可視域に存在するのに対して,アルミニ ウムは,そのプラズマ周波数が深紫外域に あり[2],誘電率の虚部も比較的小さいこと から,紫外プラズモニック材料として有望で ある(図1).先端がアルミニウムのプローブ を作製するため,AFM 用シリコンカンチレ バープローブにアルミニウムを真空蒸着し た.蒸着膜厚は 25nm,蒸着速度 0.5Å/s と した.作製したアルミニウムプローブ先端の SEM 画像を図 2 に示す.プローブ先端に付着したアルミニウムは,大きさが 10-20nm の粒状構造を取っ ており,この構造にレーザー光が当たれば局在共鳴プラズモンが立つことが期待される. 深紫外共鳴ラマン散乱の増強効果を実証するためのサンプルとして,クリスタルバイオレット(CV)フィル ムを作製した.CV フィルムは厚みが一定で,測定位置に対するサンプル濃度のばらつきが無視できる. CV フィルムは 3mM の CV エタノール溶液 20µL を石英基盤上に滴下し自然乾燥させて作製した. ラマン励起光源は,波長 532nm のピコ秒パルスレーザー(~12ps, 76MHz, 2W)を BBO 結晶に緩やかに集光し得られた第二高調波 (波長 266nm,線幅~6cm-1)を用いた.励起レーザー光をビームエ クスパンダーでビーム径 15mm 程度まで広げた後,対物レンズ (NA0.25)を用いて石英基盤側からサンプルに集光した.ラマン散 乱光を同じ対物レンズで集光し,エッジフィルタを介して分光器に 導き,窒素冷却 CCD カメラでスペクトルを分光測定した.1 ピクセル あたりの理論分解能は 2.2cm-1 である.プローブ先端をサンプルに 接触させた場合と離した場合のラマン散乱光強度を比較し,アルミ 図1 金,銀,アルミニウムの誘電関数の比較. 図2 アルミニウムプロー 先端SEM 画像 221

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金属プローブを用いた深紫外共鳴ラマン散乱の増強

田口敦清,早澤紀彦,古澤健太郎,石飛秀和,河田聡

背景と目的

先端増強近接場ラマン分光法は,金属プローブ先端に誘起される局在増強電場を用いて物質のラ

マン散乱を励起し,回折限界を超えるナノスケールの空間分解能で物質を分析,イメージングす

る技術である.回折限界を超えるナノスケールの高空間分解能と,ラマン散乱光強度の増強を特

徴とし,カーボンナノチューブや歪みシリコンといった次世代ナノ材料のナノラマン分析に応用

されてきた.しかしながら,金属のプラズマ周波数を超える紫外域においては,金や銀といった

貴金属は単なる誘電体として振る舞い,プラズモンに起因する増強電場が失われてしまう.その

ため,従来,先端増強近接場ラマン顕微鏡は,可視から近赤外の波長帯域で使うものとされてい

きた.しかし,紫外・深紫外領域はバイオイメージング技術(蛋白質や核酸といった生体分子)

や半導体デバイス評価技術,光加工・光修飾において今後ますます重要となる.本研究では,深

紫外にプラズマ周波数をもつアルミニウムをプローブ材料に用い,深紫外共鳴ラマン散乱の先端

増強を実証した.

成 果

金や銀のプラズモン共鳴周波数(局在モ

ード:ε=-2)が波長 350nm や 500nm といっ

た可視域に存在するのに対して,アルミニ

ウムは,そのプラズマ周波数が深紫外域に

あり[2],誘電率の虚部も比較的小さいこと

から,紫外プラズモニック材料として有望で

ある(図1).先端がアルミニウムのプローブ

を作製するため,AFM 用シリコンカンチレ

バープローブにアルミニウムを真空蒸着し

た.蒸着膜厚は 25nm,蒸着速度 0.5Å/s と

した.作製したアルミニウムプローブ先端の

SEM 画像を図 2 に示す.プローブ先端に付着したアルミニウムは,大きさが 10-20nm の粒状構造を取っ

ており,この構造にレーザー光が当たれば局在共鳴プラズモンが立つことが期待される.

深紫外共鳴ラマン散乱の増強効果を実証するためのサンプルとして,クリスタルバイオレット(CV)フィル

ムを作製した.CV フィルムは厚みが一定で,測定位置に対するサンプル濃度のばらつきが無視できる.

CV フィルムは 3mM の CV エタノール溶液 20µL を石英基盤上に滴下し自然乾燥させて作製した.

ラマン励起光源は,波長 532nm のピコ秒パルスレーザー(~12ps,

76MHz, 2W)を BBO 結晶に緩やかに集光し得られた第二高調波

(波長 266nm,線幅~6cm-1)を用いた.励起レーザー光をビームエ

クスパンダーでビーム径 15mm 程度まで広げた後,対物レンズ

(NA0.25)を用いて石英基盤側からサンプルに集光した.ラマン散

乱光を同じ対物レンズで集光し,エッジフィルタを介して分光器に

導き,窒素冷却 CCD カメラでスペクトルを分光測定した.1 ピクセル

あたりの理論分解能は 2.2cm-1 である.プローブ先端をサンプルに

接触させた場合と離した場合のラマン散乱光強度を比較し,アルミ

図1 金,銀,アルミニウムの誘電関数の比較.

図2 アルミニウムプロー

ブ先端の SEM 画像

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ニウムプローブによる先端増強効果を確認した.励起光強度は 180µW,露光時間 60s で測定を行った.

図3(a)は,CVフィルムのラマン散乱光強度をプローブの有無で比較したものである.プローブがサンプ

ルに接触している時,1624cm-1 のモード(C–C 面内伸縮モード)が強く増強されていることが分かる.波

数 400–500cm-1 付近にみられるブロードな信号は,石英由来のラマン散乱信号である.石英のラマン信

号には増強効果が見られず,CV フィルムのラマン散乱のみが増強されていることから,ラマン増強効果

はプローブ先端に局在している.図3(a)中に CV エタノール溶液の吸収スペクトルを示す.よく知られる

可視域における吸収に加えて,深紫外領域にも電子共鳴による吸収があり,用いた励起波長 266nm に

対して共鳴ラマン効果が生じていることが分かる.

次に,先端増強深紫外共鳴ラマン散乱の生体分子分析への応用を考え,アデニンナノ結晶を試料に

選んだ.アデニンナノ結晶は,1µM のアデニンエタノール溶液 20µL を石英基板上に滴下し乾燥させて

作製した(大きさ~20nm).

アデニンナノ結晶に対する結果を図3(b)に示す.アデニン分子に対しても,やはりプローブが接触して

いるときにラマン散乱光の増強が認められた.図3(b)中にアデニンナノ結晶の吸収スペクトルを示した.

アデニンの電子共鳴は励起光源 266nm とほぼ一致しており,共鳴ラマン散乱が生じているものと考えら

れる.アデニンナノ結晶におけるこの結果は,生体に関連する分子の紫外共鳴ラマン散乱のプラズモニ

ック増強を,世界で初めて示した結果である.

参考文献

[1] A. Taguchi, N. Hayazawa K. Furusawa, H. Ishitobi, and S. Kawata, J. Raman Spectrosc.

(online published).

[2] E. D. Palik, Handbook of Optical Constants of Solids, Academic press (1991).

図3 深紫外先端増強共鳴ラマンスペクトル.(a) CV フィルム (b) アデニンナノ

結晶.

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