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道東・屈斜路湖で実施した高精度音響地層調査から判明した湖底地形・堆積構造 The high-resolution acoustic profiling for the sedimentation structure of Lake Kussharo, east Hokkaido. 内田康人・岡崎紀俊・山崎新太郎 ・高橋浩晃 ** Yasuhito Uchida, Noritoshi Okazaki, Shintaro Yamasaki and Hiroaki Takahashi Abstract The authors carried out the high-resolution acoustic profiling to clarify sedimentation structure in Lake Kussharo from 2014 through 2016. The purpose of this survey is to know the relationships between complicated lake topography and intra-plate earthquake that have occurred frequently around Lake Kussharo. We did not find any evidence of fault-related structure formed by the 1938 Kussharo earthquake in the lake sediments. The authors found large number of landslide debris and moving mound-like hills in two areas. One is the east of Wakoto peninsula Wakoto East area and the other is the area between the rim mountain of Kussharo caldera and Nakajima Islandcentral cone . The authors showed the typical characteristic of the lake bottom landslide from the acoustic images by the side scan sonar investigation on Wakoto East area. The landslide deposits is exposed or covered with thin layer, thus the idea that the landslide occurred by 1938 Kussharo Earthquake is feasible. The recorded side-scan sonar data in the west area of Nakajima shows landslides have occurred frequently in this area. キーワード:湖底地すべり,内陸型地震,音響調査,屈斜路カルデラ Key words : sublake landslides, intra-plate earthquakes, acoustic survey, Kussharo caldera 北海道東部,阿寒摩周国立公園の一部をなす屈斜路 湖は,周囲約 57 km ,面積は 79.5 km 2 で国内第 6 位の 大きさの湖である.湖内中央部に浮かぶ中島は,周囲 12 km,面積 5.7 km 2 ,最高点 355 m と,淡水湖内の島 としては国内最大であり,湖の南端部には,小島(オ ヤコツ溶岩円頂丘)と湖岸が砂州で繋がった陸繋島の 和琴半島が突出している.平均水深は約 28m と,カ ルデラ湖としては浅い部類に属するが,和琴半島の東 側に相当する湖の東南域の 2 ヶ所には,それぞれ水深 120 m,約 80m に及ぶ平坦に近い湖盆地形が存在し, その周辺は急傾斜地形となっている.それ以外の中島 を含む湖の大部分においては,水深 3050m 程度の 平坦面及び緩傾斜地形が広く分布する(国土地理院, 1971).地史的にみた屈斜路カルデラの形成は約 34 年前に遡ると考えられ(勝井・佐藤,1963),以降巨大 噴火を繰り返して約 4 万年前とみられる最後の活動ま でに,現在の屈斜路湖水域の約 2 倍の大きさ,26×20 km の範囲に低重力異常型カルデラが形成された(山 元ほか,2010).その後,中央部でアトサヌプリ火山 (硫黄山)の活動が開始し,多数の溶岩円頂丘の発達を 経て,現在見られるような半円状の湖および中島が形 成されたと考えられる(勝井ほか,1986). 屈斜路カルデラを含む弟子屈・阿寒地域は構造的な 不均質性が高い地域で,プレート運動による北西―南 東圧縮の歪み集中域に相当し,北海道の内陸でも特に 地震活動度の高い地域の一つである.本地域では,1938 5 29 日(M 6.1),1959 1 31 日(M 6.3, M6.1), 1967 11 4 日(M 6.5)など,1938 年以降約 80 年間に M6 クラスの地震が4 回も発生している.そのうち1938 年の屈斜路地震の際には湖の南東側の丸山付近で地表 に変位が生じ,家屋倒壊等の被害に加えて屈斜路湖内 では津波の発生がみられた(津屋,1938;田中館,1938 など).このとき地表に現れた左横ずれ変位に対して, 各種物理探査やトレンチ調査等が実施され,地震断層 の位置や形状が推定されている(大津ほか,2009 Ichihara et. al., 2009).このような地殻変動の規模や範 囲をより正確に把握し,今後の防災計画にも役立てる ためには,陸上のみならず屈斜路湖についての地学的 な知見も重要である. 屈斜路湖に関するこれまでの調査研究としては,生 北海道地質研究所報告,第89号,1‐11,2017 北見工業大学工学部社会環境工学科 ** 北海道大学大学院理学研究院附属地震火山研究観測センター

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道東・屈斜路湖で実施した高精度音響地層調査から判明した湖底地形・堆積構造

The high-resolution acoustic profiling for the sedimentation structure of Lake Kussharo,

east Hokkaido.

内田康人・岡崎紀俊・山崎新太郎*・高橋浩晃**

Yasuhito Uchida, Noritoshi Okazaki, Shintaro Yamasaki and Hiroaki Takahashi

Abstract

The authors carried out the high-resolution acoustic profiling to clarify sedimentation structure in Lake Kussharo from 2014

through 2016. The purpose of this survey is to know the relationships between complicated lake topography and intra-plate

earthquake that have occurred frequently around Lake Kussharo. We did not find any evidence of fault-related structure

formed by the 1938 Kussharo earthquake in the lake sediments. The authors found large number of landslide debris and

moving mound-like hills in two areas. One is the east of Wakoto peninsula(Wakoto East area)and the other is the areabetween the rim mountain of Kussharo caldera and Nakajima Island(central cone). The authors showed the typicalcharacteristic of the lake bottom landslide from the acoustic images by the side scan sonar investigation on Wakoto East area.

The landslide deposits is exposed or covered with thin layer, thus the idea that the landslide occurred by 1938 Kussharo

Earthquake is feasible. The recorded side-scan sonar data in the west area of Nakajima shows landslides have occurred

frequently in this area.

キーワード:湖底地すべり,内陸型地震,音響調査,屈斜路カルデラKey words : sublake landslides, intra-plate earthquakes, acoustic survey, Kussharo caldera

Ⅰ は じ め に

北海道東部,阿寒摩周国立公園の一部をなす屈斜路湖は,周囲約57km,面積は79.5km2で国内第6位の大きさの湖である.湖内中央部に浮かぶ中島は,周囲12km,面積5.7km2,最高点355mと,淡水湖内の島としては国内最大であり,湖の南端部には,小島(オヤコツ溶岩円頂丘)と湖岸が砂州で繋がった陸繋島の和琴半島が突出している.平均水深は約28mと,カルデラ湖としては浅い部類に属するが,和琴半島の東側に相当する湖の東南域の2ヶ所には,それぞれ水深約120m,約80mに及ぶ平坦に近い湖盆地形が存在し,その周辺は急傾斜地形となっている.それ以外の中島を含む湖の大部分においては,水深30~50m程度の平坦面及び緩傾斜地形が広く分布する(国土地理院,1971).地史的にみた屈斜路カルデラの形成は約34万年前に遡ると考えられ(勝井・佐藤,1963),以降巨大噴火を繰り返して約4万年前とみられる最後の活動までに,現在の屈斜路湖水域の約2倍の大きさ,26×20kmの範囲に低重力異常型カルデラが形成された(山元ほか,2010).その後,中央部でアトサヌプリ火山

(硫黄山)の活動が開始し,多数の溶岩円頂丘の発達を経て,現在見られるような半円状の湖および中島が形成されたと考えられる(勝井ほか,1986).屈斜路カルデラを含む弟子屈・阿寒地域は構造的な

不均質性が高い地域で,プレート運動による北西―南東圧縮の歪み集中域に相当し,北海道の内陸でも特に地震活動度の高い地域の一つである.本地域では,1938年5月29日(M6.1),1959年1月31日(M 6.3, M6.1),1967年11月4日(M 6.5)など,1938年以降約80年間にM6クラスの地震が4回も発生している.そのうち1938年の屈斜路地震の際には湖の南東側の丸山付近で地表に変位が生じ,家屋倒壊等の被害に加えて屈斜路湖内では津波の発生がみられた(津屋,1938;田中館,1938など).このとき地表に現れた左横ずれ変位に対して,各種物理探査やトレンチ調査等が実施され,地震断層の位置や形状が推定されている(大津ほか,2009;Ichihara et. al., 2009).このような地殻変動の規模や範囲をより正確に把握し,今後の防災計画にも役立てるためには,陸上のみならず屈斜路湖についての地学的な知見も重要である.屈斜路湖に関するこれまでの調査研究としては,生

北海道地質研究所報告,第89号,1‐11,2017

*北見工業大学工学部社会環境工学科**北海道大学大学院理学研究院附属地震火山研究観測センター

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息する生物の環境と密接に関係している湖水水質などの物理・化学的性状や,その時間的変化に関しては多数進められている.湖沼型としては,かつてはアメマス・ヒメマス等の魚類や底生生物の生息がみられたものの,1930年代頃からは湖水の酸性化が進み,pH5以下で生産力の小さな酸栄養湖となり生物の大半が死滅したとみられている(橋本,1989).その後,1980年代からは pHが上昇傾向に転じ,現在は中性化が進んで生物相の復活もみられる(田中ほか,2008).これに対して,屈斜路カルデラを含んだ大局的な地下構造に関しては,湖内をも含んだ多点の全磁力測定値からカルデラ形成機構を論じたもの(西田,1987)やMT法を用いた比抵抗構造の推定等(本多ほか,2011)があるが,湖底地形や堆積構造に関する既存資料は必ずしも多くなく,屈斜路湖の湖底地形や湖底下の堆積層内に,地表地震断層を示唆するような変動や変位が存在するかについても明確ではなかった.しかしながら屈斜路湖の湖沼図(国土地理院,1971)上には,湖成堆積物の堆積後に何らかの局所的な地形の変動があったことを示唆するような,小規模な等深線の屈曲地形が湖内の多くの場所に存在する.山崎・原口(2012)は,これらの特徴的な地形に注目し,精密湖底地形測量および浅部堆積構造調査から,中島の北東側や湖南部の和琴半島東方の湖底面において,滑落崖や地すべり移動体・流れ山堆積物の存在と1938年屈斜路地震との関連について論じている.一般的に湖沼は外海域よりも水面の上下変動や波浪の影響が少ないため,一旦形成された湖成堆積物の変動状況が,海域よりも良い条件で保存されている確率が高いと考えられる.したがって,湖底地形や堆積構造を高分解能で調べることで,過去の地震イベントの発生時期や間隔についての情報を得ることができる可能性がある.加えて最近では,海底・湖底斜面崩壊や地すべりによる津波の発生も,防災上の観点から研究テーマとして注目されている.以上のような経過を踏まえ,著者らは[屈斜路・弟

子屈地域での歪応力集中メカニズムの解明]課題の一環として2014年~2016年の3ヶ年にわたり,内陸型地震活動と湖底地形・堆積構造との関連を明らかにすることを目的とした音響調査を屈斜路湖において実施した.本論文ではこれらの調査のうち,主として1938年屈斜路地震断層に近い湖南部の和琴半島東部域と,中島の西部域の2ヶ所で得られた結果と考察に関して述べる.

Ⅱ 調 査 概 要

本課題では,音響調査としてパラメトリック方式によるシングルチャンネル高分解能地層探査装置(以下,SES2000と称す)を用いた音波探査と,サイドスキャンソナーを用いた湖底面音響画像調査を実施した.今

回の調査に使用した SES2000型(Innomar社製)は,従来のソノプローブ型地層探査装置等に比べて高分解能で湖底下の地層を判定することが可能である.パラメトリック方式では,100kHzの一次周波数とわずかに周波数の異なる音圧の超音波を同時に発信することにより,超音波が互いに干渉し合い発生する二次周波数(4~15kHz)を使用して地層探査を行うとともに,一次周波数による精密測深を同時に実施できる.さらに,二次周波数にはサイドローブがほとんど発生しないため,指向角(音圧半減域)が3.6°と狭く,トランスデューサー直下の対象をピンポイントで探査することを可能としている.サイドスキャンソナー(Edge Tech社製MP4200型)は100kHz~400kHzの周波数の音波を,調査船からケーブルで水中に曳航した発振体から船の進行方向の左右に広く発信し,湖底面で反射・散乱して戻ってきた音波を受信して,底質の違いや湖底面の起伏による反射強度の差異を濃淡として空中写真のように表現するものである.礫や粒度の粗い砂の分布域では音波の散乱強度が大きいため記録上では濃く(明るく)表現されるのに対し,細砂や泥などの細かい底質では反射・散乱強度が小さいため淡く(暗く)表現される.また,巨礫や凹凸の激しい岩盤域などでは,凸部により音波が遮られた部分が影となるため明部と暗部が交互に現れる縞模様のパターンで表現される.したがって,この音響画像の各パターンと地形データを比較検討することにより,湖底面の詳細な状況を把握できる.対象海域の水深や使用する音波の周波数によって違いはあるが,最大で調査船の左右に片舷400m程度までの範囲を調査することが可能である.調査は,屈斜路湖観光協会所属の観光船[さぎり号]

を用い,2014年9月上旬~2016年6月中旬にわたって延べ14日間実施した.調査測線全体を第1図に示す.調査対象域は,中島周辺においては小規模な等深線の屈曲地形がみられる島の北東域,西部域および南部域とし,湖の最深部を含む和琴半島の東部域および和琴半島西部域も対象とした.このうち中島西部域では,東西方向に15本と,それらを連結する形の測線を3本設けた.和琴半島東部域では,想定される1938年屈斜路地震断層の走向方向に直行する北東―南西方向に19本,そのほかに南北および東西方向に長短合計30本の測線を設置した.サイドスキャンソナーの記録レンジは片舷100mに設定したが,複雑な湖底地形を高分解能で記録するために,測線間隔は可能な限り50~100m程度に保ち,隣接する測線の記録を半分以上重複させるようにして実施した.調査船の位置決定はTrimble社製 DGPSを用いて行った.

Ⅲ 調 査 結 果

今回実施した SES2000探査では,条件の良い場所

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では最大で湖底面下10m程度までの明瞭な反射記録断面を得ることができた.和琴半島東部域および中島西部域で得られた SES2000反射記録断面とその解釈の代表的なものを調査対象域ごとに第2図―1~4に示し,以下に各断面における地形と堆積構造の特徴を述べる.(1)和琴半島東部域【NE-SW12測線】和琴半島東部域のほぼ中央付近を北東―南西方向に切る全長約1.8kmの測線.測線の南西側,水深40m付近から本測線の最深部の水深65mにかけて明瞭な成層堆積構造が確認される.測線中央やや北東寄りでは,等深線が北西側に張り出している半ドーム状の地形的高まりを横断して,水深50m付近には比高5m程度の段差地形がみられる.段差地形の直下においては堆積構造が不明瞭になるものの,この高まりの部分でも断続的ではあるが湖底面下に成層構造が確認できる(第2図―1).【NE-SW8測線】NE-SW12測線から約250m北西寄りで,水深約80mの湖盆地形を北東―南西方向に切る全長約1.6kmの測線.測線の南西側は水深70m程度まで急傾斜地形になっていて,内部構造はほとんど

確認できない.測線中央部付近の湖盆地形には凹凸が存在し,測線北東側は半ドーム状の地形的な高まりが張り出している末端付近に相当する.この高まりの部分には,湖底下数 m程度まで明瞭な成層構造が確認されるのに対して,湖盆地形の部分は内部構造が不明瞭となり堆積構造上も明確に区分される(第2図―2).(2)中島西部域【E-W1測線】中島と湖外輪山との間の水域を東西方向に切る全長約1.6kmの測線.測線両端付近はいずれも急傾斜地形となっているが,西の外輪山側の方がより傾斜が大きい.測線中央付近の湖底地形は概ね平坦であるが,西側の急斜面の直下に小規模な凹凸地形が点在している.湖底面下には最大10m程度までの堆積構造が判読でき,数枚の顕著な音響反射面が確認される(第2図―3).【E-W9測線】E-W1測線の約900m北側を東西方向に切る全長約1.3kmの測線.測線中央やや東寄りに顕著な凹凸地形がみられ,内部構造は不明瞭となる.凹凸地形の規模の大きいものは比高15mほどにまで達する.それ以外の部分の地形は平坦で,湖底下数m程度まで堆積構造が判読できる.測線西側(外輪山

第1図 屈斜路湖音響調査測線全体図Fig1. Location map of study areas and all survey lines.

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第2図―1 和琴半島東部域 NE-SW12測線反射記録断面図Fig2―1. Seismic sections of NE-SW12 line in the Wakoto East area.

第2図―2 和琴半島東部域 NE-SW8測線反射記録断面図Fig2―2. Seismic sections of NE-SW8 line in the Wakoto East area.

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側)の水深35~40m付近にみられる内部反射面は凹凸した形状を呈し,成層構造と明確に区別される(第2図―4).上記の2区域においては,サイドスキャンソナー調

査も実施し,明瞭な湖底面音響画像を得ることができた.和琴半島東部域の調査域中央部付近には,凹凸した地形を反映した明暗を伴う複雑な反射パターンが500

m四方程度の範囲にみられ,これは概ね湖盆地形の水深80m以深の範囲と重なることがわかった.また中島西部域においては,大小の波長の異なる明暗の縞模様に特徴づけられる反射パターンが,比較的暗く一様に表示される反射パターンによって,地域的にいくつかの範囲に分かれて分布している.このことから中島西部域の湖底地形は複雑であることが推定される.

第2図―3 中島西部域 E-W1測線反射記録断面図Fig2―3. Seismic sections of E-W1 line in the west area of Nakajima.

第2図―4 中島西部域 E-W9測線反射記録断面図Fig2―4. Seismic sections of E-W9 line in the west area of Nakajima.

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Ⅳ 考 察

Ⅳ.1 和琴半島東部域の湖底地形と堆積構造

第2図―1に示された NE-SW12測線の反射記録断面には,湖底面とほぼ並行した4~5枚の反射面が確認され,層状の堆積構造が明瞭で反射面に顕著な乱れ・変位等は認められなかった.また湖底面にも,半ドーム状の地形的高まりにみられる段差地形以外には,地

表地震断層の存在を示すような変位は確認されない.第3図―1および2に,NE-SW12測線と近傍の測線

の反射断面との比較や,段差地形およびその周辺の湖底面直下の最表層の堆積層について検討した結果を示す.第2図―1(NE-SW12測線反射断面)からは,湖底下10mを越える深部の堆積構造までは判読できないため,この段差地形の成因が深部の構造の変動に起因するものかどうかは判断が難しい.本測線の南東側に隣接する NE-SW13測線および北西側の NE-SW10測

第3図―1 和琴半島東部域の湖底に確認された段差状の構造 NE-SW13測線(左),NE-SW10測線(右)Fig3―1. Fault-like structure of the lake bottom of the Wakoto East area. Left : NE-SW13 line. Right : NE-SW10 line.

第3図―2 和琴半島東部域の反射記録断面にみられる表層の状況 NE-SW12測線(左),NE-SW13測線(右)Fig3―2. Distribution of surface layer on the seismic sections in the Wakoto East area. Left : NE-SW12 line. Right : NE-

SW13 line.

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線の反射断面においても,地形的な高まりの部分には,中央部が落ち込む複数の階段状のパターンが存在することから,この付近で湖底面の変形が連続している可能性もある.しかし,NE-SW13測線にみられる段差状の地形は,北東落ちの正断層状の形状を示しているのに対し,NE-SW10測線上のそれは南西側に向かって落ちる形状となり,変位の向きが逆方向であることから,一連の地震断層に起因する湖底面の変形とは考えにくい(第3図―1).また,正断層状に落ち込んだ部分には内部反射面が確認され,層構造を保ったままいくつかのブロックに分かれて落ち込んだ形態となっているほか,ほぼ同じ層厚(1m前後)を保った最表層の堆積物に覆われていることがわかった(第3図―2).これらの状況から判断すると,この部分においては岩脈の貫入などの地質イベントにより半ドーム状の地形的高まりが形成された際に,局地的に展張の場となり正断層による陥没地形が作られたものと考えられる.山崎ほか(2015)は本水域において,高精細ソナー(455

kHz)を用いた高密度の地形・底質調査を実施し,和琴半島東部域にて得られた高精度3D湖底地形から,和琴半島南方の湖底斜面上の地すべり滑落崖と長さ900mに及ぶ湖盆上の堆積域の存在を明らかにした.さらに,地すべり発生前の推定地形断面と現在の地形を比較し,イベント前後の水深の変化を考慮した津波数

値シミュレーションを行い,実際に観測された津波高を説明できることを示した.今回の SES2000探査の記録断面からも,滑落崖の存在を示す明瞭な地形はみられなかったものの,湖底地すべりの存在を示唆する反射面の様々な堆積パターンが確認された.湖盆地形のほぼ中央部を北東―南西に切る NE-SW7測線にみられる堆積パターン解釈断面を第4図に示す.(1)湖底斜面の比較的中~上部(水深40~50m付近)にみられる,成層構造がブロック状に分かれている部分.この部分は,ブロック内部に変形がほとんどみら

れないことから,表層堆積物が斜面下方にすべり形成したスライド堆積物に相当すると解釈できる.

(2)湖底斜面下部の,傾斜変換部付近(概ね水深70m以深)にみられる,やや大きい双曲線状の凹凸が重なった部分.この部分は,スランプによる変形した堆積物に相

当すると解釈できる.(3)湖盆上に広がる,表面は細かな双曲線状の凹凸をなし全体的にレンズ状の断面形態を示す流れ山状の部分.この部分は,地すべり移動体(主移動体)堆積物に

相当すると考えられる.高精細ソナーによる湖底地形データによれば,この

第4図 NE-SW7測線反射記録断面にみられる音響パターンの例Fig4. Example of the acoustic patterns on the seismic sections of NE-SW7 line in the Wakoto East area.

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第5図 和琴半島東部域で得られた湖底面音響画像図とその解釈Fig5. Sublacustrine acoustic image and interpretation map in the Wakoto East area.

第6図 中島西部域の E-W2測線の解釈断面図Fig6. Interpreted seismic section of E-W2 line in the west area of Nakajima.

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第7図 中島西部域の E-W1測線の解釈断面図Fig7. Interpreted seismic section of E-W1 line in the west area of Nakajima.

第8図 中島西部域で得られた湖底面音響画像図とその解釈Fig8. Sublacustrine acoustic image and interpretation map in the west area of Nakajima.

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湖底地すべり域の地形は鮮明で,岩塊とみられる部分も湖底に埋没していないとみられる(山崎ほか,2015).これを裏付けるように,SES2000探査反射断面記録でも,湖底地すべり域には他の区域を覆っている厚さ1m程度の薄い表層は確認できず,この地形変化が新しい時代に起こったものであることを示している.第5図に,和琴半島東部域で得られた湖底面音響画像図とその解釈を示す.湖盆地形上の明暗を伴う複雑な反射パターンは,概ね反射記録断面に流れ山状の凹凸した堆積パターンが確認される区域と重なっており,地すべり移動体堆積物が湖盆に平面的に拡がっていることを表している.これらの状況を総合して,1938年の屈斜路地震の際に発生した津波は,湖底地震断層の活動によるものではなく,湖底地すべりに伴う地形変化によって発生した可能性が高いと判断される.

Ⅳ.2 中島西部域の湖底地形と堆積構造

中島西部域を東西に切る E-W2測線の解釈断面を第6図に示す.記録中には,最上位の K-1面から K-6面まで層状をなした6枚の主な反射面が確認される.このうち最下位の K-6面は著しい凹凸を示すが他の5枚の反射面の形状は概ね平滑である.最も強い反射強度を示す K-5面は,測線西側の外輪山側の急傾斜面の部分を除いて,水深20mより深い部分の広い範囲にみられる.K-5面より上部の層状の堆積構造は,本測線中央やや西寄りの最深部(水深約48m)に向かって次第に層厚を減じ,K-1および K-2面は最深部付近ではほとんど確認できない.測線東側(中島側)の水深20m付近には,内部の成層構造を保ったままブロック状に分かれたスライド堆積物のパターンが明確に確認できる.水深30m以深の傾斜変換点付近には,やや大きめの双曲線状のスランプ堆積物に相当する堆積パターンが分布し,この部分では内部構造は明瞭でなくなる.それより深部にかけて再び成層構造となり,水深42m付近までの湖底面は細かな凹凸の双曲線で特徴づけられる流れ山状の形状を呈するが,それを越えてさらに最深部までは平坦な地形が広がる.こういった地形的・音響的な特徴は,他海域で確認された海底地すべり地域での音波探査反射断面(山本,1991など)にみられる特徴と同様である.第7図に,E-W2測線の約100m南に位置する E-W1

測線の解釈断面を示す.記録中にみられる K-1面からK-6面までの6枚の主な反射面の特徴は概ね E-W2測線のそれと同様になる.最深部より西側の外輪山側の湖底斜面の傾斜変換点付近にはやや大きめの双曲線状の堆積パターンが分布し,水深40m以深には,湖底面とその下層に分かれてそれぞれ凹凸した流れ山状の堆積パターンがみられることから,時代を異にした地すべりイベントの存在が示唆される.この地点での湖底地すべりイベントの発生時期を,各々の反射面との

関連から以下のように推定した.水深40m以深の湖底面にみられる流れ山状の堆積物の下部には,K-1~3までの3枚の反射面が確認されることから,地すべりイベントの発生は K-1面の形成以降となる.これに対して,下層中に見られる凹凸した堆積パターンは,K-3面より明らかに下位に位置することから,この面の形成以前に発生した別のイベントに因って形成されたと考えられる.また,第8図の湖底面音響画像図にみられる大小の波長の異なる明暗の縞模様の反射パターンは,反射記録断面上では湖底面に流れ山状の堆積パターンが分布する区域に相当し,それに対して比較的暗く表示される一様な反射パターンの部分は,反射記録断面上では成層構造をなす,乱れていない堆積層に相当する.流れ山状の堆積パターンが大きく5ヶ所に分割されることからも,時代は特定できないものの,複数の発生源による湖底地すべり移動体の存在が推定され,時代的・空間的に繰り返し地すべりイベントが発生していることを示している.今後,音響画像データを精査することでそれぞれのイベントの発生源や流動方向を解析でき,反射記録断面上の顕著な反射面を追跡することにより,時代の異なるイベントの時間的な前後関係を明らかにすることができる.さらに,柱状採泥等により湖底堆積物の堆積年代や堆積速度を求められれば,反射断面と比較して過去の地震とイベントとを対応づけられる可能性がある.

Ⅴ まとめ

2014年~2016年の3ヶ年にわたり,内陸型地震活動と湖底地形・堆積構造との関連を明らかにすることを目的とした音響調査を屈斜路湖において実施した.探査の結果,陸域断層の北西延長部に相当する湖底に地表地震断層は確認できず,湖底面にほぼ平行した縞状の堆積構造が明瞭で,内部に顕著な乱れ・変位等は認められなかった.その一方,和琴半島東側の湖底斜面から湖盆にかけては,滑落・移動により形成されたとみられる巨礫や岩体からなる流れ山状の堆積物が,数m程度の厚さで本来の湖底成層堆積物の上位に明瞭に区分され,サイドスキャンソナー調査による分布状況からも,湖底地すべりの典型的な特徴を示していることがわかった.津波シミュレーションの結果や堆積物の形状から,この湖底地すべりは1938年屈斜路地震の際に発生し,津波の原因となった可能性が高いと考えられる.さらに,湖内の他の地点(中島西側)での滑落崖地形の延長上で得られた反射記録断面には,過去の地すべりイベントによるとみられる乱された堆積層が湖底面下2~3m付近に存在し,その上位を成層堆積物が覆っている構造が明瞭に確認され,時間・空間的に複数の湖底地すべりイベントの存在が示唆される.各反射記録断面上にみられる連続性の良い強い反

10 北海道地質研究所報告,第89号,1‐11,2017

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射面を基準として,各イベントの発生時期および地震との関連を検討することが今後の課題となる.

謝 辞

本課題を実施するにあたり,現地調査には弟子屈町総務課情報防災係より多大なご協力をいただきました.また,屈斜路湖観光協会の森邦彦氏には調査時の船舶を出していただいたほか,様々な便宜をいただきました.記して感謝の意を表します.

文 献

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