技術展望 脱レアアースモータの研究動向...-6-...

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-6- 脱レアアースモータの研究動向 -永久磁石を用いた車載モータ- 技術展望 1.はじめに 燃費向上や安全性 ・ 快適性向上の目的で,自動車には多くのモータが搭載されている. これらのモータは小形・軽量・高効率が求められるので,PMSM(永久磁石同期モータ)方 式で,マグネットにレアアースを使ったものが多い. このレアアースの価格高騰や供給不安への対応案として,研究が進められてきた脱レア アースモータの研究動向についての調査結果を報告する. 2.レアアース価格の暴騰 図 1 に示す様に,2010 年 8 月頃まで安定していたレアアース価格が 2011 年 8 月には, 8倍以上の異常高値を記録した (1) このような状況下,日本ではNEDO(独立行政法人 新エネルギー・産業技術総合開発機 構)の支援を受けた,脱レアアース・省レアアースモータの研究が各大学や企業で盛んに行 われるようになった. 遠 藤 佳 宏 Yoshihiro ENDO 先進技術研究部 図1 レアアース価格の推移

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Page 1: 技術展望 脱レアアースモータの研究動向...-6- 脱レアアースモータの研究動向 脱レアアースモータの研究動向 -永久磁石を用いた車載モータ-

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脱レアアースモータの研究動向

脱レアアースモータの研究動向-永久磁石を用いた車載モータ-

技術展望

1.はじめに

燃費向上や安全性 ・ 快適性向上の目的で,自動車には多くのモータが搭載されている.これらのモータは小形 ・ 軽量 ・ 高効率が求められるので,PMSM(永久磁石同期モータ)方式で,マグネットにレアアースを使ったものが多い.

このレアアースの価格高騰や供給不安への対応案として,研究が進められてきた脱レアアースモータの研究動向についての調査結果を報告する.

2.レアアース価格の暴騰

図 1 に示す様に,2010年8月頃まで安定していたレアアース価格が 2011年8月には,8倍以上の異常高値を記録した(1).

このような状況下,日本では NEDO(独立行政法人 新エネルギー・ 産業技術総合開発機構)の支援を受けた,脱レアアース・省レアアースモータの研究が各大学や企業で盛んに行われるようになった.

遠 藤 佳 宏Yoshihiro ENDO

先進技術研究部

図 1 レアアース価格の推移

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ケーヒン技報 Vol.4 (2015)

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現時点(2015年6月)では,価格が下落してはいるが,2010年8月頃に対してはまだ高価であり,産出国の国策による供給停止・制限等が考えられるので,脱レアアースモータの研究が急務であることに変わりはない.

3.脱レアアースモータの研究動向

自動車用モータの脱レアアース化の取り組み事例として,マグネットを使用しない SRモータ,フェライトマグネットを使用するアキシャルギャップ型モータ,電磁石による界磁を用いるクローポール型モータの3種類の研究動向を以下に紹介する.

(1) マグネットを使用しない SRモータ脱レアアースモータとして,SRモータを選択した千葉らの研究のモータ概略を図 2 に

示す(2).SRモータの問題点として,①トルク密度が低い,②効率が悪い,③トルクリップル ・ ノ

イズ ・ 振動が大きい,④汎用インバータが使えない,ことが述べられている.また,目標値として,軸出力は 50kw 以上,最高効率は 95%以上,最大トルクは 400Nm 以上,と設定した.これが達成できれば,実用されている PMSM と同等性能となる.

第1次試作機の負荷試験では,軸出力が50 kw 強,最高効率が95.4%,最大トルクが340Nm,の結果を得ている.最大トルクのみが 15%不足したがそれ以外は目標値を達成している.

トルク目標の達成と更なる高効率化,鉄心材料コストダウンを目指し,第2次試作機を設計予定であるが,第1次試作機の結果より,SRモータでも PMSM に匹敵する性能が引き出せる可能性を見出せた.

(2)フェライトマグネットを使用するアキシャルギャップ型モータ脱レアアースモータとして,アキシャルギャップ型モータを選択した竹本らの研究の

モータ概略を図 3 に示す(3).モータの開発目標値として,体積は 8.92L 以下,最大トルクは 400Nm 以上,最高出力

は 50kW 以上,基底回転数は 1,200 rpm,を掲げている.一方レアアースマグネットに代

図 2 マグネットを使用しない SR モータの断面図および固定子と回転子の写真 図 3 アキシャルギャップモータの概略図

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脱レアアースモータの研究動向

えてフェライトマグネットを使用するモータの問題点として,マグネットトルクの大幅な減少が挙げられる.フェライト化により,残留磁束密度が 65%減少し,保持力が 64%減少するので,マグネットトルクが 87%減少する(トルクが 13%しか出せない)懸念がある.

上記課題を克服し,目標値を達成するために,①減少するマグネットトルクを補うこと,②不可逆減磁を回避すること,を達成するべく,アキシャルギャップ型+セグメント構造回転子というコンセプトが提案されている(図 3 参照).これを基に試作された1号機は,体積を 8.81L に抑えながら,最大トルクで 301Nm,最高出力で 51.5 kW,基底回転数が1,700rpm,の実負荷試験結果を得ている.開発目標値に対して最大トルクのみ目標値未達であるが,最大出力は達成している.フェライトマグネットでもモータ形状を工夫することでレアアースモータに迫る性能が引き出せる可能性を見出せた.

(3)電磁石による界磁を用いるクローポール型モータ脱レアアースモータとして,クローポールモータを選択した三菱電機株式会社における

開発事例のモータ構造を図 4 に示す(4). マグネットを使わずに界磁磁極を構成する一つの方法としてクローポール型モータを採

用し,界磁コイルを用いて磁界を作成する.従来ランデル構造を大型化する時の課題として,①回転子の磁気飽和,②回転子の強度

不足,③回転子形状の複雑さ,④回転子表面鉄損が大きい,が挙げられる.これらの課題を解決する手法として,A. 内部磁気飽和緩和用にフェライト磁石を装着(課題①の対応),B. クローポールを積層鉄心とし,リング状構造体で磁極を保持(課題②~④対応),を実施して対応を図った.

積層型クローポールモータの改良点は,①スロット幅拡大による漏れ磁束低減(磁気飽和対策),②極数対スロット数最適化(磁気飽和対策),③ロータ径 UP(総磁束量向上),④磁石幅最適化(磁気飽和対策+総磁束量向上),⑤ロータ磁極先端部形状最適化(漏れ磁束低減),が挙げられる.これら改良内容を反映した試作機の到達レベルは,最大トルクが100Nm,最高出力が 20kW であり目標を達成している.また,最高回転数は 6,000rpm の達成が見込まれており,JC08モード走行時の消費電力は,検証中である.

トルク・出力・回転数は達成できており(一部達成見込み),電磁石による界磁を用いるクローポール型モータでも PMSM に匹敵する性能が引き出せる可能性を見出せた.

図 4 積層型クローポールモータの回転子 図 5 従来のランデル構造ロータ

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ケーヒン技報 Vol.4 (2015)

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4.まとめ

以上,自動車用に研究が進められている3種類の脱レアアースモータ,(1)マグネットを使用しないSRモータ,(2)フェライトマグネットを使用するアキシャルギャップ型モータ,(3)電磁石による界磁を用いるクローポール型モータの研究動向を取り上げた.

これらは,現在主流のレアアースを使った PMSM に匹敵する性能をレアアースレスで達成できる可能性を見出せている.現時点の課題として,起動トルクや実用効率の不足が挙げられているので,これら課題の克服と生産性を含めたコスト低減努力が引き続き必要と考えられる.

レアアースの高騰を機に世界中で開発され一部で稼動を開始している鉱山からは軽希土(Nd など)が産出されているので,Nd に関しては価格が早期に低値安定することが推測される.(2014年8月時点で,100ドル/kg を切っておりこの価格レベルは価格高騰前の2010年7月~2011年1月レベルに戻っている.)

しかし,重希土(Dy など)は現生産国の鉱山以外には鉱脈が発見されておらず,現産出国一国依存が継続される見通しである.(Dy は 2014年8月時点で,500ドル/kg までは戻したが軽希土に比べると,依然高値安定状態である.)

これらのことから,今回取り上げた例はいずれもレアアースを一切使わないモータの研究例であるが,完全なレアアースレスでは技術的な課題が多いので,安定供給が期待できるレアアースとしては Nd だけを使ったモータの研究が必要と考えられ,既に開発がスタートしている.

脱 Dy 化に伴う課題として,高温環境下での保持力低下等が挙げられるが,これらに関しては既に,大学や企業で日夜研究が進められている.

近い将来,脱 Dy 化が当たり前に達成できるようになり,レアアースとして Nd のみで温度環境が厳しい車載要件を満足した高性能モータが広く一般に使われるようになることを切望する.

参考文献

(1) 「レアメタル・レアアース資源の現状と課題」,p2「レアアースの価格推移」,(社)電子情報技術産業協会(JEITA)(2011-11),(社)電子情報技術産業協会の許諾を得て転載

(2) 千葉明・竹野元貴・星伸一・竹本真紹・小笠原悟司:「自動車用スイッチドリラクタンスモータ開発について(一次試作機の 50kW 試験結果と考察)」,第 31 回モータ技術シンポジウム,B-1,pp.B1-1-3, 11(2011-7),(一社)日本能率協会の許諾を得て転載

(3) 竹本真紹:「フェライト磁石を用いたアキシャルギャップモータの開発状況」,第31回モータ技術シンポジウム,B-2, pp.B2-1-5, 9, 17(2011-7),(一社)日本能率協会の許諾を得て転載

(4) 井上正哉:「ハイブリッド自動車用クローポール型モータの開発状況」,第31回モータ技術シンポジウム,B-2, pp.B2-3-8~10(2011-7),(一社)日本能率協会の許諾を得て転載

この報告内容は,電気学会技術報告書第 1323 号として 2014 年 11 月に発行された『製品応用に適するモータとその制御技術』に掲載された論文の一部を(一社)電気学会の許諾を得て転載したものである.