吸音材が配置された自動車車内空間の減衰音響解析 ·...

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吸音材が配置された自動車車内空間の減衰音響解析 黒沢 良夫 1山口 誉夫 2笹島 3) Damped Acoustic Analysis for Automotive Cabin with Porous Media Yoshio Kurosawa Takao Yamaguchi Manabu Sasajima This paper deals with analysis for absorption characteristics of porous media in automotive cabin. Elements of porous media are modeled by 3D finite elements, which have complex density and complex volume elasticity. By expanding the solution of complex eigenvalue problem with small parameter, equations of motion are derived using first order of asymptotic components. Modal loss factors are derived in material loss factors, share of strain energy of each element to total strain energy, damping effect concerning hysteresis and share of kinetic energy of each element to total kinetic energy. KEY WORDS: vibration, noise, and ride comfort, acoustic material, finite element method(FEM) (B3) 1.は 近年,自動車の性能として車内快適性が重視され,設計構 想段階から車内静粛性が求められている.特に人間の耳に敏 感な 12kHz 前後の騒音は自動車車内音では高周波騒音とし て分類され,加速走行時のエンジン・トランスミッションか ら発生する騒音,タイヤパターンノイズや高速走行時での風 切り音等が音源である.これらの騒音は音源側の対策も進ん でいるが限界もあり,コスト・重量の効率も考慮すると車体 側での対策(遮音・吸音)が重要である.また,今後益々厳 しくなる燃費規制に対応するため車両の軽量化は必然であり, エプロントリム(荷室の縦壁のトリム:図 1 丸線)やドアト リム等の内装材が従来は通気性の無いポリプロピレン等の樹 脂であったが,通気性のある素材(固いフェルトやウレタン フォーム等)が用いられ始めた.これらの内装材は重量(樹 脂に比べて軽量であるかどうか)や強度・剛性の評価はされ ているが,吸音・遮音性能は十分に評価されていない.特に エプロントリムはエアベント(ドア開閉時や空調使用時の空 気の抜け口:図 1 四角線)からタイヤ騒音が車内に進入して 来る際の壁(あるいは通り道)となっており車内騒音に対す る寄与も大きく,吸音・遮音性能の評価・予測は重要である. 従来の研究では,無限平板を仮定した一次元モデルによる 音響性能予測手法 (1) (伝達マトリックス法による予測計算) *2012 10 11 日受理. 2012 10 4 日自動車技術会秋季 学術講演会において発表. 1) 帝京大学 (320-8551 栃木県宇都宮市豊郷台 1-1) 2) 群馬大学 (376-8515 群馬県桐生市天神町 1-5-1) 3) フォスター電機() (196-8550 東京都昭島市宮沢町 512 ) があるが,自動車のトリムやトリム裏空間は複雑な形状をし ており,計算精度が不十分である.また,この手法では吸音 率と遮音性能(透過損失)が別々に計算されるため,Total としての音響性能の評価が困難である. 自動車の室内やトリム裏の空間は閉空間をなし,走行中に 定在波が生じる.空間内に吸音材(多孔体)が配置されると 定在波(音響モード)の音響エネルギーが減衰する.音響モ ードの影響が大きい周波数域では SEA(統計的エネルギー解 析)は予測精度が悪く,また,閉空間で音の透過を含む解析 BEM (境界要素法)では不向きである.空間中に吸音材(減 衰要素)が配置された場合の音場の特性を明らかにするため には,有限要素法を用いた数値計算が有効である. 山口らは,複素実効密度と複素体積弾性率をパラメータと する吸音材(多孔体)の三次元有限要素を用いて,空間のモ ード減衰に対する各吸音要素の減衰寄与率からモード減衰を 求めた (2)(3) . この減衰寄与率は固有値問題の解を微小パラメ ータにより漸近展開し,微少量の 0 次,1次の係数から得ら れる.本手法は多孔体の骨格振動の影響が小さい(通気抵抗 が大きくない)材料で有効であり,多孔体を有限要素でモデ ル化したBiot (4) -Allardモデル (5) が周波数ごとに直接計算を行わ なければならないのに対し,①モード座標系を用いる本手法 は計算量が小さい,②騒音対策を検討する際に主要な音響モ ードや振動モードを直接確認出来る利点がある.また, Biot-Allardモデルでは計算に必要な材料パラメータを同定す るため大掛かりな計測装置が必要であるが,本研究では音響 管を用いた計測で材料パラメータを数分程度で同定可能とし た. なお,山口らの過去の研究 (2)(3) では,Utsuno(6) が同定し た材料パラメータ(実効密度と複素音速)と実験条件を用い *

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Page 1: 吸音材が配置された自動車車内空間の減衰音響解析 · 吸音材(多孔体)と見立て,自動車のエプロントリムまわ・ りを模擬した簡易モデルを作成し,計測と数値計算によりそ

吸音材が配置された自動車車内空間の減衰音響解析

黒沢 良夫1) 山口 誉夫2) 笹島 学3)

Damped Acoustic Analysis for Automotive Cabin with Porous Media

Yoshio Kurosawa Takao Yamaguchi Manabu Sasajima

This paper deals with analysis for absorption characteristics of porous media in automotive cabin. Elements of porous media are modeled by 3D finite elements, which have complex density and complex volume elasticity. By expanding the solution of complex eigenvalue problem with small parameter, equations of motion are derived

using first order of asymptotic components. Modal loss factors are derived in material loss factors, share of strain energy of each element to total strain energy, damping effect concerning hysteresis and share of kinetic energy of each element to total kinetic energy.

KEY WORDS: vibration, noise, and ride comfort, acoustic material, finite element method(FEM) (B3)

1.は じ め に

近年,自動車の性能として車内快適性が重視され,設計構

想段階から車内静粛性が求められている.特に人間の耳に敏

感な 1~2kHz 前後の騒音は自動車車内音では高周波騒音とし

て分類され,加速走行時のエンジン・トランスミッションか

ら発生する騒音,タイヤパターンノイズや高速走行時での風

切り音等が音源である.これらの騒音は音源側の対策も進ん

でいるが限界もあり,コスト・重量の効率も考慮すると車体

側での対策(遮音・吸音)が重要である.また,今後益々厳

しくなる燃費規制に対応するため車両の軽量化は必然であり,

エプロントリム(荷室の縦壁のトリム:図 1 丸線)やドアト

リム等の内装材が従来は通気性の無いポリプロピレン等の樹

脂であったが,通気性のある素材(固いフェルトやウレタン

フォーム等)が用いられ始めた.これらの内装材は重量(樹

脂に比べて軽量であるかどうか)や強度・剛性の評価はされ

ているが,吸音・遮音性能は十分に評価されていない.特に

エプロントリムはエアベント(ドア開閉時や空調使用時の空

気の抜け口:図 1 四角線)からタイヤ騒音が車内に進入して

来る際の壁(あるいは通り道)となっており車内騒音に対す

る寄与も大きく,吸音・遮音性能の評価・予測は重要である.

従来の研究では,無限平板を仮定した一次元モデルによる

音響性能予測手法(1)(伝達マトリックス法による予測計算)

*2012年 10月 11日受理.2012年 10月 4日自動車技術会秋季

学術講演会において発表.

1) 帝京大学 (320-8551 栃木県宇都宮市豊郷台 1-1) 2) 群馬大学 (376-8515 群馬県桐生市天神町 1-5-1)

3) フォスター電機(株) (196-8550 東京都昭島市宮沢町512番

地)

があるが,自動車のトリムやトリム裏空間は複雑な形状をし

ており,計算精度が不十分である.また,この手法では吸音

率と遮音性能(透過損失)が別々に計算されるため,Total

としての音響性能の評価が困難である.

自動車の室内やトリム裏の空間は閉空間をなし,走行中に

定在波が生じる.空間内に吸音材(多孔体)が配置されると

定在波(音響モード)の音響エネルギーが減衰する.音響モ

ードの影響が大きい周波数域では SEA(統計的エネルギー解

析)は予測精度が悪く,また,閉空間で音の透過を含む解析

は BEM(境界要素法)では不向きである.空間中に吸音材(減

衰要素)が配置された場合の音場の特性を明らかにするため

には,有限要素法を用いた数値計算が有効である.

山口らは,複素実効密度と複素体積弾性率をパラメータと

する吸音材(多孔体)の三次元有限要素を用いて,空間のモ

ード減衰に対する各吸音要素の減衰寄与率からモード減衰を

求めた(2)(3). この減衰寄与率は固有値問題の解を微小パラメ

ータにより漸近展開し,微少量の 0 次,1次の係数から得ら

れる.本手法は多孔体の骨格振動の影響が小さい(通気抵抗

が大きくない)材料で有効であり,多孔体を有限要素でモデ

ル化したBiot(4)-Allardモデル(5)が周波数ごとに直接計算を行わ

なければならないのに対し,①モード座標系を用いる本手法

は計算量が小さい,②騒音対策を検討する際に主要な音響モ

ードや振動モードを直接確認出来る利点がある.また,

Biot-Allardモデルでは計算に必要な材料パラメータを同定す

るため大掛かりな計測装置が必要であるが,本研究では音響

管を用いた計測で材料パラメータを数分程度で同定可能とし

た.

なお,山口らの過去の研究(2)(3)では,Utsunoら(6)が同定し

た材料パラメータ(実効密度と複素音速)と実験条件を用い

*

Page 2: 吸音材が配置された自動車車内空間の減衰音響解析 · 吸音材(多孔体)と見立て,自動車のエプロントリムまわ・ りを模擬した簡易モデルを作成し,計測と数値計算によりそ

て解析しているのに対し,本研究では著者が作成したテスト

ピースの計測と,音響管を用いたImproved two-cavity法(1)に

より求めた伝播常数・特性インピーダンスから材料パラメー

タ(複素密度,複素堆積弾性率)を同定し,これらの値を用

いて解析精度検証をしている.また,著者らの過去の論文で

は多孔体の骨格振動が無視できる繊維系の材料(具体的には

グラスウール)を用いているが,本研究では実際の自動車に

良く用いられている通気抵抗が大きくないウレタンフォーム

を対象としてその有用性を確認した.

通気性のあるトリムを車室空間とトリム裏の空間を仕切る

吸音材(多孔体)と見立て,自動車のエプロントリムまわ・

りを模擬した簡易モデルを作成し,計測と数値計算によりそ

の音響特性を解析した結果を報告する.

2.解析手法

2.1. 吸音材を有する 3次元閉音場の離散化

吸音材(多孔体)を含む 3 次元閉空間を有限要素で離散化

することを考える.今回は吸音材と気体(空気)が混在する

系であるので,均質場に対応するヘルムホルツの式を用いる

ことはできない.そのため,以下に示すアプローチを行う. 微小振幅で調和励振を受ける非粘性圧縮性完全流体の運動

方程式は次式となる(2)(3).

grad 2 Up ρω−=− (1)

また,連続の式は次式となる。

divUEp −= (2)

p:圧力, U :粒子変位ベクトル,ω:角周波数,ρ :

実効密度,E :体積弾性率である.

要素内の音圧 p と節点の音圧 ep との関係を,適当な内

挿関数 iN (i=1,2,3, …) を用いて以下のように近似する.

][ e

T pNp = (3)

ここで, ],,,[][ 321 NNNN T = , T は転置を表す.

式(1), (2), (3)より運動エネルギー,歪みエネルギー,ポテン

シャルエネルギーを求め,エネルギー最小原理を用いると次

式を得る.

)][]([ 22eeee upMK ωω −=− (4)

eee KK ]~)[/1(][ ρ= (5)

eee MEM ]~)[/1(][ = (6)

eu :e 番目の要素の節点粒子変位ベクトル, eK ][ :要

素剛性行列, eM ][ :要素質量行列である. eK ]~[ と eM ]~[ は

内挿関数とその導関数により構成される行列であり,その i

行 j列成分である eijM~ , eijK~ はそれぞれ次式となる.

dxdydzNNMe jieij ∫∫∫=~

(7)

∫∫∫ ∂∂∂∂+∂∂∂∂=e iiiieij yNyNxNxNK )/)(/()/)(/(~

dxdydzzNzN ii )/)(/( ∂∂∂∂+ (8)

多孔体内部の音場を考える場合,実効密度と体積弾性率を

複素数とする以下のモデルが提案され,検証されている(2)(3).

eIeRee jρρρρ +=⇒ ∗ (9)

eIeRee jEEEE +=⇒ * (10)

0eR sρ ρ= , eIRρω

= − , 0eR

EE =Ω

, 0eIE =

s:構造因子,Ω:多孔率, 0ρ :空気の密度, 0E :空気

の体積弾性率,R:多孔体の流れ抵抗である.実効密度の虚

部 eIρ は流れ抵抗に関連するパラメータである.また,体

積弾性率の虚部 eIE は,圧力 p と体積ひずみ divU の

関係のヒステリシスをあらわしている.

式(9)を式(5)へ代入し次式の要素剛性行列 eK ][ を得る. )1(][][ eeRe jKK η+= (11)

ただし

eeIeReReR KK ]~))[/((][ 22 ρρρ +=

eReIe ρρη /−= (12)

eRK ][ : eK ][ の実部である.

同様に式(10)を式(6)へ代入し,次式の要素質量行列 eM ][を得る.

)1(][][ eeRe jMM χ+= (13)

ただし

Fig.1 Apron trim and air vent of automobile

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2 uω−=

0)(

0)(

1

0)(

0)(

)(

][

][max

neR

ne

e

neR

nn

se

M

MS

φφ

φφ

Τ

=

Τ

∑=

eeIeReReR MEEEM ]~))[/((][ 22 += ,

eReIe EE /−=χ (14)

eRM ][ : eM ][ の実部である. 式 (4)〜(14)を対象とする場の全要素について重ね合わせる

ことにより次式の全系の離散化方程式を得る.

)( )1(][)1(][max

1

2e

e

eeeReeR pjMjK∑

=

+−+ χωη

(15)

式(15)中の eRK ][ と eRM ][ と ep は行列のサイズを

全系の自由度と同じになるように書き換えてある. u は

全系の節点粒子変位ベクトルである.式(15)は,複素係数

の連立一次方程式であり,ωと節点粒子変位 u を既知量

とし与え未知量である節点音圧 ep を求める.

2.2. モード損失係数の近似計算法(MSKE 法)

つぎに共鳴した条件を考え,式(15)の複素固有値問題は次式

となる.

(∑=

+−+max

1

)(2)( )1()()1(][e

e

ntot

neeR jjK ηωη

) 0)1(][ )( =+∗n

eeR jM φχ (16)

添字 )(n は n 次固有モードをあらわす.2)( )( nω :複素

固有値の実部, )( ∗nφ :複素固有モード, )(ntotη :モード損

失係数, maxe :要素数である.

材料減衰 eη と eχ ),...,3,2,1( maxee = に関して全要素

の中で最大のものを maxη とする.また,以下の量を定義し

導入する.

max/ηηβ eke = , 1≤keβ max/ηχβ ese = , 1≤seβ (17)

ここで 1max <<η と仮定し,微小量 maxηµ j= を

導入し,式(16)の解を漸近展開すると,

,... 2)(2

1)(

0)()( +++=

∗ nnnn φµφµφφ (18)

,...)()()()( 2)(4

42)(2

22)(0

2)( +++= nnnn ωµωµωω (19)

,...)(7

7)(5

5)(3

3)(1

)( ++++= nnnnntotj ηµηµηµµηη (20)

ただし, 1≤seβ および 1≤keβ であるので, 1max <<ηならば 1max <<seβη および 1max <<keβη が成立し ,

seµβ および keµβ も µ と同様に微小量となる.また ,

,...,, 2)(

1)(

0)( nnn φφφ は実固有モード, ,)( 2)(

0nω

2)(2 )( nω ,...は実固有値, ,...,, )(

5)(

3)(

1nnn ηηη は実数とする.

ついで式(18)から式(20)を式(16)に代入し, 0µ と1µ につ

いてまとめると次式を得る(2)(3). 0µ の係数:

[ ] ( )( ) [ ]( ) ( ) 00

max

1

20 =−∑

=

ne

eeR

neR MK φω (21)

1µ の係数:

[ ] ( ) ( )( ) [ ] ( )( ) [ ]( ) ( ) 01

20

201

ne

eeR

nkeeR

nneRse

mav

MMK φωµβωµηµβ∑=

−−

[ ] ( )( ) [ ]( ) ( ) ∑

=

=−+max

11

20 0

e

e

neR

neR MK φωµµ

式(21),式(22)を整理すると次式を得る.

)()()( n

sen

ken

tot ηηη −= (23)

∑=

=max

1

)()( )(e

e

nkee

nke Sηη , ∑

=

=max

1

)()( )(e

e

nsee

nse Sχη

0)(

0)(

1

0)(

0)(

)(

][

][max

neR

ne

e

neR

nn

ke

K

KS

φφ

φφ

Τ

=

Τ

∑=

式(23)から,モード損失係数)(n

totη は実効密度に関連する

材料減衰 eη と運動エネルギー分担率)(n

keS との積の全要素

にわたる和)(n

keη および体積弾性率に関連する材料減衰 eχと歪みエネルギー分担率

)(nseS との積の全要素にわたる和

)(nseη から近似計算できる.そのため本手法をMSKE法

(Modal Strain and Kinetic Energy Method)と呼ぶ(2)(3).式(23)

の中の固有モードは実数であり,減衰項を全て無視して得

られる式(21)を通常の実固有値問題として解くことで求め

られるので,式(15)を直接計算する場合や複素固有値問題

(式(16))にくらべ計算量を大幅に低減出来る(2) (3) (7) (8).

2.3. MSKE法を用いた減衰応答計算

実固有値解析から得られたモーダルパラメータと式(23)で算出したモード損失係数を用いた応答計算は,次式になる.

(22)

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AorCB PP=τ

( ) ( )[ ]∑

=

Τ

−+−=

max

1)(2)(2)(22)()(

0)(

0)(

nn

ken

sennn

nn

jjm

vp

ηωηωωω

φφ

(24)

p :音圧ベクトル, v :粒子加速度ベクトル,)(nm :

n 次のモード質量である.

3.実験結果と解析結果

3.1. テストピースと減音量について

図 2 に,本研究で用いた通気性のある自動車トリムとト

リム裏空間&車室空間を模擬した簡易モデル(テストピー

ス)を示す.厚さ 10mm のアクリル板を用いて箱形状を作

り,途中を仕切れるようにした.下側はアクリル板を固定

し,上側はアクリル板が上下に可動するようにし,上下の

アクリル板で挟まれた部分(図中灰色部分)に通気性のあ

る自動車トリム(今回は自動車に広く用いられる吸音用の

ウレタンフォーム)を配置し,大きさの異なる 2 つの閉空

間とした.本テストピースの特徴は,2 つの閉空間を仕切

るウレタンの大きさ(通気材料と樹脂材料の面積割合)を

変える事ができる点である.実際の自動車では,内装材の

大部分を材料置換する場合と一部分を置換する場合で,通

気材料に求められる音響性能(吸音と遮音のバランス等)

が変化する.通気材料の割合はデザインや他部品の取り付

け,強度等により決定されるため,面積割合ごとに最適な

通気材料の音響性能を検討可能とした.このテストピース

により基本的な音響性能の実験検証を行い,実際の自動車

開発では,著者らの開発した多孔体の有限要素法により複

雑・詳細形状の音響性能予測を行う.スピーカー(FOSTEX

製)による音響加振(自動車のタイヤ騒音を想定)を行い,

パイプ(自動車のエアベントダクトをモデル化)を通って

小さい方の閉空間に音が進入するようにした.パイプから

閉空間へ入り口付近に MicA,小さい方の閉空間の上面の中

央付近に MicB,大きい方の閉空間の上面の中央付近に

MicC をそれぞれ設置し,減音量 P∆ を次式より求めた.

20 1/P Log τ∆ = (25)

CBA PPP ,, :MicA,B,C の音圧である.以後 MicA~MicB

の減音量を Mic A-B(音源側であるトリム裏空間に対する

トリムの吸音性能に相当),MicA~MicC の減音量を Mic

A-C(音源~車室のトリムの遮音量に相当)と表記する.

3.2. テストピース計測結果 ウレタンフォームを 10mm,190mm配置した場合(図 3 参

照)の減音量の計測結果を示す.それぞれトリムの 2.7%,51%

が通気素材になった場合を想定している.図 4 の上のグラフ

がMic A-Bの計測結果である.最初のピーク周波数が,ウレタ

ンフォームが大きくなると高くなっているのが分かる(図中

丸線).これはヘルムホルツの共鳴であり,周波数は次式に

より計算出来る(9)(10).

)(2 απ +

=LVScf (26)

c:音速,S:ウレタンフォームの面積,V:閉空間の体積,

L:壁(アクリル板)の厚さ,α:開口端補正である.また,

Fig.2 Experimental setup of test piece

290mm

370mm

230mm

540mm

180mm

150mm

Mic A

Mic B

Mic C

Input

Urethane

Z

YX

390mm

230mm 540mm

180mm

10mm Urethane

Z

X

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Mic A-B

-50

-40

-30

-20

-10

0

10

20

30

0 300 600 900 1200 1500Frequency (Hz)

Noi

se re

duct

ion

ΔP (d

B)

10mmUF190mmUF

10mm と 190mm では異なるピーク(音響モード)がある.

Mic A-C ではウレタンフォームが大きくなると減音量が大

きくなっている(=遮音量が小さくなっている)のが分かる.

Mic A-C

-60-50-40-30-20-10

0102030

0 300 600 900 1200 1500Frequency (dB)

Noi

se re

duct

ion

ΔP (d

B)

10mmUF190mmUF

図 5 に仕切りの約半分(190mm)をウレタンフォームにし

た場合とウレタンフォームが無い場合の比較結果を示す.

mode:A はヘルムホルツ共鳴モードであり,ウレタンフォーム

中の内部空気の音速の低下により共振周波数が低下したと考

えられる.mode:B,mode:C については次節で考察する.

Mic A-B

-50

-40

-30

-20

-10

0

10

20

30

0 300 600 900 1200 1500Frequency (dB)

Noi

se re

duct

ion

ΔP (d

B)

190mmUF190mm

Mic A-C

-60-50-40-30-20-10

0102030

0 300 600 900 1200 1500Frequency (Hz)

Noi

se re

duct

ion

ΔP (d

B)

190mmUF190mm

3.3. 実験検証と解析結果

図 6 に今回の解析で用いたFE(有限要素)モデルを示す.

メッシュピッチは 10mmである.仕切りの大きさにより異

なるが,190mmの場合で約 91000 節点 84000 要素である.

図中の白い点はマイク位置を示す.濃い灰色の部分は空気

であり,25の値として実効密度の実部 eRρ =1.18kg/m3,減

衰 パ ラ メ ー タ eη = 0.001 , 体 積 弾 性 率 の 実 部

eRE =1.42×105N/m2,材料減衰 eχ =-0.001 を用いた.図中の

薄い灰色部分がウレタンフォームであるが,内部空気の材

料データは,Improved two-cavity法を用いて特性インピーダ

ンス *W ,伝播定数 *γ を同定(1)し,これらの値から複素密

度 *eρ ・複素体積弾性率 *

eE を以下の式を用いて求めた.

(27)

(28)

図 7 に特性インピーダンスの実部 rW と虚部 iW ,図 8に伝播定数(減衰定数と位相定数)を示す.今回用い

た音響管の管径により 120Hz 以下の周波数域ではう

まく同定できていないが,それより高周波域では同定

できている.また,図 9~図 12 に今回同定した実効密

度の実部,減衰パラメータ eη ,体積弾性率の実部 eRE ,材

Fig.5 Experimental results of with/without urethane foam

Fig.4 Experimental results of noise reduction level with urethane form

Fig.3 Experimental setup of test piece

190mm 10mm

mode:A

mode:A

mode:C

mode:C mode:B

mode:B

ωγρ

**

*

** W

cW

ee ==

( ) *

*2***

γωρ WcE eee ==

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料減衰 eχ を示す.減衰パラメータ eη は式(12)と式(27)より,

材料減衰 eχ は,式(14)と式(28)より同定した.どのデータ

も約 150Hz 以上では同定できている事がわかる.今回用い

たウレタンフォームは,今回の解析周波数域(1600Hz 以下)

では 4 つの材料データともほぼ一定の値であったため,解

析では以下の値を用いた.

実効密度の実部 eRρ =1.26kg/m3,減衰パラメータ eη = 0.583,

体積弾性率の実部 eRE =1.29×105N/m2,材料減衰 eχ =-0.132

-4

-2

0

2

4

6

8

10

0 200 400 600 800 1000 1200 1400 1600

Frequency (Hz)

Zc/ρ

c

WrWi

Fig. 7 Characteristic impedance

0

20

40

60

80

100

0 200 400 600 800 1000 1200 1400 1600Frequency (Hz)

rad/

m

attenuation const.phase const.

Fig. 8 Attenuation constants and phase constants

00.5

11.5

22.5

33.5

44.5

5

0 200 400 600 800 1000 1200 1400 1600Frequency (Hz)

kg/m

3

Fig.9 Effective density

00.20.40.60.8

11.21.41.61.8

2

0 200 400 600 800 1000 1200 1400 1600Frequency (Hz)

Fig.10 Damping parameter

0.E+00

1.E+05

2.E+05

3.E+05

4.E+05

5.E+05

0 200 400 600 800 1000 1200 1400 1600Frequency (Hz)

N/m

2

Fig. 11 Volume elasticity

0

0.1

0.2

0.3

0.4

0.5

0 200 400 600 800 1000 1200 1400 1600Frequency (Hz)

Fig. 12 Material damping

Mic A

Mic B

Mic C

Fig.6 FE model of test piece

Input

Urethane

Page 7: 吸音材が配置された自動車車内空間の減衰音響解析 · 吸音材(多孔体)と見立て,自動車のエプロントリムまわ・ りを模擬した簡易モデルを作成し,計測と数値計算によりそ

Mic A-B

-50

-40

-30

-20

-10

0

10

20

30

0 300 600 900 1200 1500Frequency (Hz)

Noi

se re

duct

ion

ΔP (d

B)

10mmUF30mmUF100mmUF190mmUF

Mic A-C

-70-60-50-40-30-20-10

0102030

0 300 600 900 1200 1500Frequency (dB)

Noi

se re

duct

ion

ΔP (d

B)

10mmUF30mmUF100mmUF190mmUF

Mic A-B

-50

-40

-30

-20

-10

0

10

20

30

0 300 600 900 1200 1500Frequency(Hz)

Noi

se re

duct

ion

ΔP (d

B)

190mmUF(Exp)190mmUF(Cal)

Mic A-C

-60-50-40-30-20-10

0102030

0 300 600 900 1200 1500Frequency (Hz)

Noi

se re

duct

ion

ΔP (d

B)

190mmUF(Exp)190mmUF(Cal)

図 13 に実験結果と解析結果の比較を示す.Mic A-B,Mic A-C とも波形に若干の違いはあるが,実験結果を良く再現で

きている.

次にウレタンフォームの効果について図 14 に仕切

りの約半分(190mm)をウレタンフォームにした場合の解析

結果(音響モードと運動エネルギー)を示す.mode:A

は前述の通りヘルムホルツ共鳴モードでウレタンフォーム

に運動エネルギーが集中しているのが分かる.mode:Bは車室側が x 方向(図 2 参照)の音響 1 次モードであ

り,車室側のみウレタンフォームの効果が現れている.

mode:C は両方の空間とも音響モードがあり,吸音・

遮音両方の効果が現れている.

次に,実験と同様にウレタンフォームの面積を変化させた

解析を行った.図 15に減音量の変化を示す.Mic A-B では面

積を増やす事で減衰(吸音)が大きくなっているのが分かる.

またウレタンフォームの面積が約半分(上図 190mmUF)に

なると音響モードが増えている.Mic A-C では約 27%(下図

100mmUF)以上になると遮音性能の変化は少なくなっている.

実際の自動車では,デザインや他性能との兼ね合いでトリム

の全てを材料置換する場合だけでなく一部分を置換する場合

も考えられる.そうした場合,トリムに求められる音響性能

(吸音と遮音のバランスなど)も変化するが,本計算手法に

より吸音・遮音の両方とも計算可能であることが確認できた.

以上により,本手法を用いてウレタンフォームの面積を変

化させた場合のトリムの音響性能評価・予測が可能であるこ

とを示した.

Fig.13 Comparison of experimental results and calculation results

Fig.15 Calculation results of noise reduction level with urethane form

Fig.14 Acoustic mode and kinetic energy

mode:A 158.6Hz

mode:B 354.6Hz

mode:C 1004.5Hz

mode kinetic energy

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4. ま と め

自動車のエプロントリムまわりを模擬したテストピース

を作成し,通気性のあるトリム(ウレタンフォーム)の面

積を変化させた場合の音源側(トリムの裏側の閉空間)の

吸音性能,車室側への遮音性能の変化を実験計測により確

認した.

FE モデルを作成し,音響減衰特性を計算した.ウレタン

フォームは内部空気を複素密度と複素体積弾性率でモデル

化し,空間のモード減衰に対する各吸音要素の減衰寄与率

からモード損失係数を求めた.また,実際の自動車で用い

られているウレタンフォームの材料パラメータを音響管を

用いた簡易的な計測で同定した.解析精度検証実験を行い,

十分な解析精度であることを確認した.また,ウレタンフ

ォームの有無で吸音性能・遮音性能に影響が大きい周波数

について,音響モードと運動エネルギー分布から現象を説

明でき,設計ツールとしての有用性を確認した.

今後は,多孔体の骨格振動の影響が無視できない(通気

抵抗の大きい)ウレタンフォームや積層材料について,解

析手法(計算プログラム)の改良,実験検証を行う予定で

ある.

参 考 文 献

(1) Utsuno H., Tanaka T., Fujikawa T.:Transfer Function

Method for Measuring Characteristic Impedance and

Propagation Constant of Porous Material, J. Acoust. Soc.

Am. Vol.86, No.2, p.637 (1989)

(2) 山口誉夫:多孔質材を充填した閉音場の減衰特性の解析

(モード減衰と減衰応答の高速計算法の提案),日本機械学

会論文集C編, Vol. 66, No. 648, p.2563-2569 (2000)

(3) 山口誉夫, 黒沢良夫, 松村修二:閉空間領域内に吸音体

を有する三次元音場の減衰特性の有限要素解析”, 日本機械

学会論文集C編, Vol. 68, No. 665, p.1-7 (2002)

(4) Biot M.A., Journal of the Acoustical Society of America,

Vol.28, No.2, p.168-178 (1995)

(5) J. F. Allard, Propagation of Sound in Porous Media,

Elsevier Applied Science, England, (1993)

(6) Utsuno H., Wu. T. W., Seybert, A. F. and Tanaka, T.,

AIAA J., 28-11, p.1870-1875 (1990).

(7) 山口誉夫, 津川純一,榎本秀喜,黒沢良夫:固有ベクト

ルを重み係数とした減衰寄与度を用いた三次元室内空間内へ

の吸音材の配置,日本機械学会論文集C編, Vol. 74, No. 747,

p.2648-2654 (2008)

(8) 黒沢良夫,山口誉夫, 松村修二:制振材・防音材が積層

された自動車パネルの振動減衰応答解析,日本機械学会論文

集C編, Vol. 77, No. 776, p.1191-1200 (2011)

(9) 丸山新一,呉小山:車室音場解析のための音響隙間要素

の開発,自動車技術会学術講演会前刷集 No.45-12,p.1-4

(2012)

(10) 伊庭周作,丸山新一,和田将行,赤松博道:高精度車室

内音場モデル作成のための大型トリム空気経路のモデル化技

術の開発,自動車技術会学術講演会前刷集 No.45-12,p.9-12

(2012)

(FEモデル作成に Hypermeshを使用)