多孔質材で構成したヘルムホルツ型吸音構造の吸音特性解析...

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多孔質材で構成したヘルムホルツ型吸音構造の吸音特性解析と住宅への応用 花田 泰紀 1. はじめに 近年,一般家庭にもシアタールームやリスニングルー ムが普及しつつある。リスニングルームのような小空 間では低音域におけるブーミングなどの音響障害が発 生しやすいため,それを防止するために低音域の吸音 が必要となる。多孔質型吸音材で低音域を吸音するに は大きな背後空気層を設ける必要があるため,小さな 部屋では空間を圧迫してしまう。またヘルムホルツ型 共鳴器を用いる場合は,単一共鳴器は狭帯域の周波数 でしか吸音効果がないため多種類の共鳴器を多数設置 しなければならず,小さな部屋では実用的ではない。 そこで本研究では,共鳴器と多孔質材を組み合わせ ることによってそれぞれの特徴を活かすことができれ ば低音域の吸音性能の優れた小型吸音構造が作れるの ではないかという考えから,多孔質材で構成したヘル ムホルツ型吸音構造の吸音特性について検討した。 リスニングルームなどの比較的小さな部屋に適 用することを想定して,吸音構造の大きさは,縦横 200 mm×200 mm,厚さ 150 mm とし,検討する吸音 性能の周波数は 631,600 Hz とした。 本研究では,多孔質材で構成したヘルムホルツ型共 鳴器について,共鳴器の構成要素である開口部の面積, 頸部の長さ,胴部の容積の 3 つを系統的に変化させて, 形状と吸音特性の関係について検討し,631,600 Hz における吸音率が向上できるかどうかを考察した。この ような多数の吸音構造の吸音特性を実験的に検討する ことは困難なため,時間領域差分法 (以下 FDTDM) 1) を用いた波動数値解析によって吸音構造の吸音特性を 解析した。 2. 多孔質材で構成したヘルムホルツ型吸音構造の吸音 特性の解析 2.1 解析方法 多孔質材を含む音場の波動伝搬は,波動方程式に毛 細管理論 2) を適用した連続の式と運動方程式で表され る。これらを有限差分近似することで差分スキームを 得ることができ 3) ,それを数値解析することによって, 音場の音圧と粒子速度を求めることができる。 2.2 解析手法の有効性の検討 2.1 で示した方法によって多孔質材で構成したヘル ムホルツ型吸音構造の吸音特性が解析できるかどう かを調べるために,-1 に示す 6 つ吸音構造につい て,計算値を測定値と比較した。材料は,密度 244896 kg/m 3 (以下 24K48K96K と表記) のグラスウー (GW) とした。 実測では,音響管 (B&K Type4206 の太管) を用いて 垂直入射吸音率を測定し,解析では,-1 に示すよう な音響管を模した音場を想定し,端部に-2 に示す吸 音構造を設置した場合について,“Source” の位置で平 面波を初期音圧として与えて “Reciever”(複数点) で得 られる音圧から吸音率を算出した。計算条件は,解析 周波数を考慮して,空間離散幅 1.25 mm,時間離散幅 0.002 ms とし,PML 吸収境界には Adaptive PML 4) を用いた。 -1 解析対象の吸音構造 -1 2. で用いた解析対象音場 (単位 [mm]) -2 2. で用いた吸音構造のモデル (単位 [mm]) 計算値と測定値の比較を-3 に示す。吸音率は,測 定値では 0.5 Hz ごと,計算値では 4 Hz ごとの値を 1/12 Oct. Band 幅で平均した値とした。-3 より,吸 音率は,絶対値は必ずしも一致していないが,形状の 変化と吸音特性の変化の傾向は概ね対応しており,ま た全般的に計算値は測定値より値が小さめの傾向にあ ることがわかる。すなわち,2.1 で示した解析方法に よって得られる吸音率は実際の値より小さめになるが, 形状や多孔質材を変化させたときの相対的な比較に用 いるには問題はないと思われる。そこで,2.1 で示し た解析手法を以下の検討に用いることとした。 3. 多孔質材で構成したヘルムホルツ型吸音構造の吸音 特性 3.1 共鳴周波数と吸音特性の関係 剛な材料で構成されるヘルムホルツ型共鳴器の共鳴 周波数 f 0 は次式で表され,吸音特性は共鳴周波数に鋭 いピークを持つ山型となる。 f 0 = c 2π r a Vl e (1) ここで,c は音速 [m/s]a は開口部の面積 [m 2 ]V 胴部の体積 [m 3 ]l e は頸部の実効長さ [m] である。ヘ ルムホルツ型共鳴器を多孔質材で構成した場合に吸音 57-1

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多孔質材で構成したヘルムホルツ型吸音構造の吸音特性解析と住宅への応用

花田 泰紀

1. はじめに近年,一般家庭にもシアタールームやリスニングルー

ムが普及しつつある。リスニングルームのような小空間では低音域におけるブーミングなどの音響障害が発生しやすいため,それを防止するために低音域の吸音が必要となる。多孔質型吸音材で低音域を吸音するには大きな背後空気層を設ける必要があるため,小さな部屋では空間を圧迫してしまう。またヘルムホルツ型共鳴器を用いる場合は,単一共鳴器は狭帯域の周波数でしか吸音効果がないため多種類の共鳴器を多数設置しなければならず,小さな部屋では実用的ではない。

そこで本研究では,共鳴器と多孔質材を組み合わせることによってそれぞれの特徴を活かすことができれば低音域の吸音性能の優れた小型吸音構造が作れるのではないかという考えから,多孔質材で構成したヘルムホルツ型吸音構造の吸音特性について検討した。

リスニングルームなどの比較的小さな部屋に適用することを想定して,吸音構造の大きさは,縦横200mm×200mm,厚さ 150mm とし,検討する吸音性能の周波数は 63~1,600Hzとした。

本研究では,多孔質材で構成したヘルムホルツ型共鳴器について,共鳴器の構成要素である開口部の面積,頸部の長さ,胴部の容積の 3つを系統的に変化させて,形状と吸音特性の関係について検討し,63~1,600Hzにおける吸音率が向上できるかどうかを考察した。このような多数の吸音構造の吸音特性を実験的に検討することは困難なため,時間領域差分法 (以下 FDTDM) 1)

を用いた波動数値解析によって吸音構造の吸音特性を解析した。

2. 多孔質材で構成したヘルムホルツ型吸音構造の吸音特性の解析2.1 解析方法

多孔質材を含む音場の波動伝搬は,波動方程式に毛細管理論 2) を適用した連続の式と運動方程式で表される。これらを有限差分近似することで差分スキームを得ることができ 3),それを数値解析することによって,音場の音圧と粒子速度を求めることができる。

2.2 解析手法の有効性の検討2.1で示した方法によって多孔質材で構成したヘル

ムホルツ型吸音構造の吸音特性が解析できるかどうかを調べるために,表-1 に示す 6 つ吸音構造について,計算値を測定値と比較した。材料は,密度 24,48,96 kg/m3(以下 24K,48K,96Kと表記)のグラスウール (GW)とした。

実測では,音響管 (B&K Type4206の太管)を用いて垂直入射吸音率を測定し,解析では,図-1に示すような音響管を模した音場を想定し,端部に図-2に示す吸音構造を設置した場合について,“Source”の位置で平面波を初期音圧として与えて “Reciever”(複数点)で得られる音圧から吸音率を算出した。計算条件は,解析周波数を考慮して,空間離散幅 1.25mm,時間離散幅0.002msとし,PML吸収境界には Adaptive PML 4)

を用いた。

表-1 解析対象の吸音構造

図-1 2.で用いた解析対象音場 (単位 [mm])

図-2 2.で用いた吸音構造のモデル (単位 [mm])

計算値と測定値の比較を図-3に示す。吸音率は,測定値では 0.5Hz ごと,計算値では 4Hz ごとの値を1/12Oct. Band幅で平均した値とした。図-3より,吸音率は,絶対値は必ずしも一致していないが,形状の変化と吸音特性の変化の傾向は概ね対応しており,また全般的に計算値は測定値より値が小さめの傾向にあることがわかる。すなわち,2.1で示した解析方法によって得られる吸音率は実際の値より小さめになるが,形状や多孔質材を変化させたときの相対的な比較に用いるには問題はないと思われる。そこで,2.1で示した解析手法を以下の検討に用いることとした。

3. 多孔質材で構成したヘルムホルツ型吸音構造の吸音特性3.1 共鳴周波数と吸音特性の関係

剛な材料で構成されるヘルムホルツ型共鳴器の共鳴周波数 f0 は次式で表され,吸音特性は共鳴周波数に鋭いピークを持つ山型となる。

f0 =c

ra

V le(1)

ここで,cは音速 [m/s],aは開口部の面積 [m2],V は胴部の体積 [m3],le は頸部の実効長さ [m]である。ヘルムホルツ型共鳴器を多孔質材で構成した場合に吸音

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図-3 計算値と測定値の比較

表-2 同一共鳴周波数の形状

特性がどのように変わるかをみるために,材料を剛とした場合に共鳴周波数が約 360Hz となる 3 つの形状(表-2)について解析した。なお,解析に用いた音場は図-4,図-5であり,計算条件は空間離散幅 2.5mm,時間離散幅 0.004msとした。

結果を図-6に示す。図より,360Hz付近ではいずれの形でもほぼ同じ吸音率となる (これは偶然であると思われる)が,360Hz以下では吸音率は吸音構造によって大きく変化し,また 360Hz以上でも吸音率の変化があることがわかる。これより,ヘルムホルツ型吸音構造を多孔質材で構成した場合には,剛な場合の同じ形状の共鳴周波数より低音域において吸音性能の向上が期待できそうである。

3.2 共鳴器の形状と吸音特性の関係形状と共鳴現象の関係を調べるため,ヘルムホルツ

共鳴器の構成要素である開口部,頸部,胴部を系統的に変化させたときの吸音率を求めた。検討した形状を表-3に示す。表の s,d,L1,L2 は図-5に示すヘルムホルツ共鳴器の各部の寸法を表している。ここで,s,L1,L2は 10mm刻み,dは 20mm刻みであり,多孔質材 (GW)は,共鳴の影響が現れやすい密度 48K,96Kとした。結果を図-7に示す。

形状 D(開口部の大きさ sを変化させた場合)の結果をみると,開口部が大きくなるほど吸音特性の山は大きく鋭くなり,山の位置は高周波数側に移ることがわかる。例えば 96Kの s=50と s=70を比較すると,吸音率が最大となる周波数は約 172Hzから約 216Hzへ

図-4 3.で用いた解析対象音場 (単位 [mm])

図-5 3.で用いた吸音構造のモデル (単位 [mm])

図-6 吸音特性の比較

表-3 検討したヘルムホルツ共鳴器型吸音構造

移っている。形状 F(頸部の長さ L1 を変化させた場合)の結果をみると,頸部が長くなるにつれて吸音特性の山は低周波数域に移り,中・高周波数域での性能が悪くなることがわかる。例えば 48Kの L1=10と L1=30を比較すると,吸音率が最大となる周波数は約 608Hzから約 500Hzへ移っている。開口部の大きさ,頸部の長さのいずれを変化させた場合も,吸音率は多孔質材の密度によって大きく変わり,密度 48Kよりも密度 96Kの方が山が鋭く,共鳴の影響が強く表れる。形状 E(胴部の大きさ dを変化させた場合),形状 G(胴部背後の吸音材の厚さ L2 を変化させた場合)の結果から,胴部の大きさと胴部背後の吸音材の厚さは吸音特性に与える影響が小さいことがわかる。

3.3 頸部だけに多孔質材を用いた場合の吸音特性前節より,胴部の大きさ (d)や胴部背後の吸音材の厚

さ (L2)を変化させても吸音特性はほとんど変わらないことがわかったので,胴部の多孔質材をなくした場合の吸音構造について,吸音特性に最も影響の大きい頸部の大きさ sだけを変化させたときの吸音性能を再計算した。対象とした形状は,d=200,L2=0,L1=50であり,対象とした密度は 32K,48K,96Kである。結果を図-8に示す。図より,開口部の大きさと吸音特性の

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形状D (sの変化) 形状 E (dの変化) 形状 F (L1 の変化) 形状G (L2 の変化)

図-7 形状による吸音率の変化 (上段:密度 48K,下段:密度 96K)

図-8 開口部の大きさ sによる吸音率の変化

関係は前節で得られたものとほぼ同様であるが,背後空気層を持った多孔質材に開口部を設けることによって,設けない場合 (s=0)よりも吸音率を改善できることがわかる。

開口部を設けた場合と設けない場合の吸音率の差に着目して図をみると,差が最大になる周波数 (fpeak)は開口部の大きさ sと関係があるように思われる。そこでそれらの関係を調べた (図-9)。いずれの密度の場合も系統的な傾向が見られたので,式 (2)で回帰分析を行った。結果を表-4に示す。式 (2)と表-4から,開口部を設けることによって吸音率の向上が最大となる周波数 (fpeak)を推定できる。

fpeak = fpeak0 + a√s (2)

図-8において,開口部を設けた (大きさ s)場合と開口部を設けない (s=0)場合の差を求めることで,開口部を設けることにより吸音率がどのように変化したかを把握できる。図-10より,密度 32K,48K,96Kのいずれに関しても,120mm以下の適切な大きさの開口部を設けることによって,全周波数域で吸音率が向上することがわかる。吸音率が向上する周波数範囲はどの密度のGWでもほぼ同じであるが,吸音率の向上は密度 96Kの場合が最も大きい。これは共鳴の効果によるものと思われる。

以上のように,ヘルムホルツ共鳴器を比較的高密度(32 kg/m3 以上)の多孔質材で構成することによって,低音域における吸音率を向上できることがわかった。

4. 住宅への応用日本建築学会の提示する標準住宅モデル 5) の居間を

対象として,3.3で示した吸音材を実際に住宅へ応用した場合について,幾何音響シミュレーションを用いて検討を行った。図面は紙面の都合上割愛する。

4.1 吸音材の選定リスニングルームを吸音するにあたり,部屋の平

均吸音率を 0.2 にすることを目標にする。ここで 3.3で求めた吸音構造を 600 個配置するとすると,吸音構造の組み合わせを 50 個単位で総当り的に探した結果,48K(s=30) を 200 個,96K(s=20) を 150 個,96K(s=30)を 250個用いれば平均吸音率が約 0.2になることがわかった (図-11)。

4.2 幾何音響シミュレーションによる検討音源点と受音点を図-12に,部屋の各部材の吸音率

と面積を表-5に示す。音線の到来方向を矢印で,音圧レベルを濃淡で表現したグラフが図-13である。ただし図の向きは図-12と同様である。図-13より吸音構造を配置していない場合と配置した場合で比較して,吸音構造を配置したことにより短辺方向のベクトルが減衰しており,低音域でのブーミングが低減できていると考えられる。

5. まとめ本研究では多孔質材で構成したヘルムホルツ共鳴器

の吸音特性について検討した。その結果,多孔質材に背後空気層を持たせて開口部を設けることで,開口部

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図-9 開口部の大きさ sと s=0との吸音率の差が最大となる周波数の関係

表-4 回帰係数

図-10 開口部を設けることによる吸音率の変化

表-5 各部材の吸音率と面積

を設けないときより吸音率を向上させることができることがわかった。吸音率の向上は,GWの場合は密度96Kで大きく,例えば 30mm×30mmの開口部を設けた場合は開口部を設けないときよりも 125Hzで吸音率が 0.4ほど向上する。また得られた吸音構造を住宅へ応用した場合,音響障害を低減できることがわかった。

本報では,ヘルムホルツ共鳴器の開口部の大きさに着目して検討を行ったが,頸部の長さも吸音特性に影響することがわかったので,今後は多孔質材の厚さ (頸部の長さ)を変えた場合についても検討していきたい。

参考文献

1) 坂本慎一, 橘秀樹: 差分法による 2 次元音場の過渡応答の数値

計算, 日本建築学会講演梗概集 D (環境工学), pp.1757-1758

(1994)

2) C.Zwikker, C.Kosten: Sound Absorbing Materials, Elsevier

Publishing Company, Amsteldam (1949)

3) H.Suzuki, A.Omotoy, K.Fujiwara: Treatment of boundary

conditions by finite difference time domain method, AST,

28, pp.16-26 (2007)

4) 坂本慎一: 音波の進行方向に適応した PML無反射境界, 日本音

響学会研究発表会講演論文集 (秋), pp.909-910 (2005)

5) 宇田川光弘: 標準問題の提案 住宅用標準問題,熱分科会第 15回

熱シンポジウム「伝熱解析の現状と課題」,日本建築学会環境工

学委員会,pp.23-33,(1985)

吸音構造の吸音率 室の平均吸音率

図-11 4.で用いた吸音構造の吸音率と室の平均吸音率

平面図 断面図

図-12 音源と受音点

吸音構造のない場合 吸音構造のある場合

図-13 反射音の分布 (音源から球面波を放射して90ms後, 125Hz)

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