exercise induced histone modification …...prevent colon cancer toshiharu natsume, toshinori...

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緒    言 日本においてがんによる死亡数は他の疾患を抑 えて第 1 位であり、現在も年々増加傾向にある。 そのなかでも大腸がんの発症率は、20世紀後半か ら急速に増加しており、死亡数と罹患数は男女と もに上位に位置している 5。以前から習慣的な運 動は、発がんリスクを下げることが知られており、 特に大腸がんの予防効果については多くの疫学研 究によって支持されている 9。この運動のがん抑 制効果には、マイオカイン産生によるアポトーシ スの誘導 1や免疫細胞の活性化 7などが関与して いることがこれまでの研究で明らかにされている。 ところで我々の生体には、アデニン・チミン・ グアニン・シトシンの二重螺旋構造からなる DNA 塩基配列の変化を伴わずに、生活環境や栄 養などの環境要因によって遺伝子発現量を増減さ せる後天的な遺伝子発現調節機構(エピジェネ ティクス)が備わっており、大腸組織におけるエ ピジェネティックな変化は、大腸がん発症に関与 する遺伝子発現に多大な影響を与えることがこれ までに明らかにされている 4。また、興味深いこ とに、運動は大腸組織のエピジェネティクスに影 響を及ぼす可能性が示唆されている。例えば、欧 米人を対象としたコホート研究では、身体活動量 が多い人は少ない人と比較するとエピジェネ ティック修飾の 1 つである DNACpG アイランド のメチル化が異なる可能性を示唆している(P = 0.068。また、我々は運動がエピジェネティクス 1 つであるヒストン修飾に及ぼす影響について これまでに検討しており、長期にわたる運動は大 腸組織においてヒストンのアセチル化を導くこと を見いだしている(データ未発表)。以上のこと から、運動はマイオカイン産生や免疫細胞活性化 だけでなく DNA 配列の変化を伴わない後天的な ゲノム修飾による遺伝子発現調節機構にも作用し て、大腸がんの発症抑制に関与している可能性が 考えられる。しかしながら、運動がエピジェネ ティックな遺伝子発現機構を介して大腸がん抑制 に寄与しているか否かついてはこれまで明らかに されていない。 本研究は運動が大腸がん誘発に伴うヒストン修 飾に及ぼす影響について分子レベルで解明するこ とを目的とする。 * 順天堂大学 COI プロジェクト室 COI Project Center, Juntendo University, Chiba, Japan. ** 順天堂大学スポーツ健康科学研究科 Graduate School of Health and Sports Science, Juntendo University, Chiba, Japan. 運動が大腸がんの発症を抑制するメカニズムを エピジェネティクスから紐解く 棗   寿 喜 吉 原 利 典 町 田 修 一 ** EXERCISE INDUCED HISTONE MODIFICATION PREVENT COLON CANCER Toshiharu Natsume, Toshinori Yoshihara, and Shuichi Machida Key words: epigenetics, acetylation, gene expression, physical activity, aberrant crypt foci. 34 回若手研究者のための健康科学研究助成成果報告書 2017 年度 pp.991042019.4

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Page 1: EXERCISE INDUCED HISTONE MODIFICATION …...PREVENT COLON CANCER Toshiharu Natsume, Toshinori Yoshihara, and Shuichi Machida Key words: epigenetics, acetylation, gene expression, physical

(PB) (99)

緒    言

 日本においてがんによる死亡数は他の疾患を抑えて第 1位であり、現在も年々増加傾向にある。そのなかでも大腸がんの発症率は、20世紀後半から急速に増加しており、死亡数と罹患数は男女ともに上位に位置している5)。以前から習慣的な運動は、発がんリスクを下げることが知られており、特に大腸がんの予防効果については多くの疫学研究によって支持されている9)。この運動のがん抑制効果には、マイオカイン産生によるアポトーシスの誘導1)や免疫細胞の活性化7)などが関与していることがこれまでの研究で明らかにされている。 ところで我々の生体には、アデニン・チミン・グアニン・シトシンの二重螺旋構造からなるDNA塩基配列の変化を伴わずに、生活環境や栄養などの環境要因によって遺伝子発現量を増減させる後天的な遺伝子発現調節機構(エピジェネティクス)が備わっており、大腸組織におけるエピジェネティックな変化は、大腸がん発症に関与する遺伝子発現に多大な影響を与えることがこれまでに明らかにされている4)。また、興味深いこ

とに、運動は大腸組織のエピジェネティクスに影響を及ぼす可能性が示唆されている。例えば、欧米人を対象としたコホート研究では、身体活動量が多い人は少ない人と比較するとエピジェネティック修飾の 1つである DNACpGアイランドのメチル化が異なる可能性を示唆している(P =

0.06)8)。また、我々は運動がエピジェネティクスの 1つであるヒストン修飾に及ぼす影響についてこれまでに検討しており、長期にわたる運動は大腸組織においてヒストンのアセチル化を導くことを見いだしている(データ未発表)。以上のことから、運動はマイオカイン産生や免疫細胞活性化だけでなく DNA配列の変化を伴わない後天的なゲノム修飾による遺伝子発現調節機構にも作用して、大腸がんの発症抑制に関与している可能性が考えられる。しかしながら、運動がエピジェネティックな遺伝子発現機構を介して大腸がん抑制に寄与しているか否かついてはこれまで明らかにされていない。 本研究は運動が大腸がん誘発に伴うヒストン修飾に及ぼす影響について分子レベルで解明することを目的とする。

* 順天堂大学 COIプロジェクト室 COI Project Center, Juntendo University, Chiba, Japan.** 順天堂大学スポーツ健康科学研究科 Graduate School of Health and Sports Science, Juntendo University, Chiba, Japan.

運動が大腸がんの発症を抑制するメカニズムを エピジェネティクスから紐解く

棗   寿 喜* 吉 原 利 典* 町 田 修 一**

EXERCISE INDUCED HISTONE MODIFICATION PREVENT COLON CANCER

Toshiharu Natsume, Toshinori Yoshihara, and Shuichi Machida

Key words: epigenetics, acetylation, gene expression, physical activity, aberrant crypt foci.

第 34回若手研究者のための健康科学研究助成成果報告書2017年度 pp.99~104(2019.4)

Page 2: EXERCISE INDUCED HISTONE MODIFICATION …...PREVENT COLON CANCER Toshiharu Natsume, Toshinori Yoshihara, and Shuichi Machida Key words: epigenetics, acetylation, gene expression, physical

(100)

方    法

A.実験動物および実験デザイン

  6週齢の雄性 A /Jマウス48匹を湿度55±5%、温度23±1℃、12時間の明暗サイクルを維持した環境下で飼育した。 1週間予備飼育した後、コントロール群(CON,n = 16)、アゾキシメタン(azoxymethane; AOM) 投与群 (AOM,n = 16)、アゾキシメタン投与+運動群(AOM/EX,n = 16)に体重が等しくなるように振り分けた。AOMおよび AOM /EX群には、 7週齢時と 8週齢時にそれぞれ AOM 10 mg/kg を腹腔内投与することによって大腸がんの前がん病変である aberrant crypt

foci(ACF)を誘発した。一方で、CON群には同量の生理食塩水を腹腔内投与した。また、AOM/EX群には 7週齢時の AOM投与後から、傾斜 0

度の動物用トレッドミルを使用して、走速度(15

~20 m/min)と走行時間(15~20分間)を漸増させることで、 1日 1回の走運動を週 3~ 4日の頻度で 6週間実施した。マウスは 6週間のトレッドミル走終了24時間後に麻酔下で屠殺した後に大腸組織および腓腹筋を摘出した。各群 8匹から摘出した大腸サンプルは ACF数をカウントするために使用した。また、各群の残り 8匹の大腸組織と腓腹筋は生化学的分析に使用した。なお、本研究は順天堂大学の動物実験委員会の承認を得て行われた(承認番号: H30-03)。

B.ACF 数のカウント

 摘出した大腸は正中線に沿って長軸方向に切開した後、10%中性緩衝ホルマリン溶液中に24時間浸すことによって固定した。その後、0.2%メチレンブルー溶液で染色し、光学顕微鏡を使用してACF数を計測した。

C.サンプル調整

 凍結した大腸組織は液体窒素下でパウダーにした。パウダーは、phosphatase inhibitor cocktail

(PhosSTOP 4906837, Roche)および protease inhib-

itor cocktail(Complete EDTA-free 18173580,

Roche) を 含 ん だ homogenate buffer(50 mM

HEPES pH 7.4, 4 mM EGTA, 10 mM EDTA, 50 mM

β-glycerophosphate, 25 mM NaF, 5 mM Na3VO4,

0.1% TrironX-100)中でビーズ式ホモジナイザー

(Microsmash, MS-100R, TOMY)を用いてホモジナイズした。ホモジネートを10000×g, 4℃で10

分間の遠心分離後に上清を回収した。得られた蛋白質の濃度は、BCA protein Assay Kit(Thermo

Fisher Scientific)を用いて測定し、濃度が 2 mg/

mlになるように SDS sample buffer(62.5 mM Tris-

HCl(pH 6.8), 2.3%(w/v) SDS, 30%(v/v)Glycerol,

0.05%(w/v)Bromophenol-blue, 5 %(v/v)2-Mercap-

toethanol)を用いて調節した。D.イムノブロッティング

 蛋白質の分析には SDS-PAGE法を用いた。サンプルは、各レーン当たり等量のサンプルを加え、分子量マーカーとともに150 Vで泳動した。ゲルは泳動終了後にミニトランスブロットセルを用いて100 Vで 1時間通電することによって PVDF膜に蛋白質を転写した。その後、 5 %(w/v)skim

milk / TTBS(40m M Tris-HCl(pH 7.5), 300 mM

NaCl, 0.1%(v/v)Tween 20)を用いて 1時間ブロッキング処理を行った。ブロッキング処理後、 4℃で一晩一次抗体と反応させた。一次抗体は、HDAC1( 1 : 3000, Cell Signaling)、HDAC2( 1 :

3000, Cell Signaling)、HDAC3( 1 : 3000, Cell Sig-

naling)、HDAC4( 1 : 3000, Cell Signaling)、HDAC5( 1 : 3000, Cell Signaling)、Acetylated His-

tone H3(Lys27)( 1 : 3000, Cell Signaling)、His-

tone H3( 1 : 3000, Cell Signaling)、β-actin( 1 :

3000, Santa Cruz Biotechnology)を使用した。一次抗体反応終了後、TTBSで10分× 3回洗浄し、室温で 1時間の二次抗体反応を行った。二次抗体はAnti-rabbitもしくはmouse IgG Peroxidase conjugate

( 1 : 10000, Cell Signaling)を使用した。二次抗体反応終了後、TTBS で10分× 3 回洗浄し、ECL

prime(GE Health Care)を用いて発光させた。E.遺伝子発現

 大腸サンプルにおける遺伝子(mRNA)発現の解析は、定量リアルタイム逆転写ポリメラーゼ転写反応(Real time Reverse Transcription-Polymerase

Chain reaction; RT-PCR)にて行った。Okamoto et

al.の方法に基づき、凍結されたマウスの大腸のパウダーから RNA を抽出した。抽出した RNA

サンプルは、Super Script Ⅳ VILOTM Master Mix

(Thermo Fisher Scientific)を用いて cDNAに逆転

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(100) (101)

写した。合成した cDNAは TaqMan Universal PCR

Master Mix II(Thermo Fisher Scientific)を用いてRT-PCRを行った。

F.クエン酸合成酵素(CS)活性

 走運動のトレーニング効果を確認するために、腓腹筋におけるクエン酸合成酵素活性を Srereの方法に従って解析した。酵素溶液に 1 mM DTNB、10 mM acetyl-CoA を含む0.1 M リン酸カリウムバッファーを加え、室温で30分間インキュベートした後、10 mMオキサロ酢酸を加えて反応を開始させた。反応開始 5分から分光光度計を用いて412 nmの吸光度の変化を測定した。

G.統計処理

 得られたデータは平均値 ± 標準偏差で示した。統計学的解析には一元配置の分散分析を行い、多重比較には Tukey法を使用した。有意水準は P <

0.05とした。

結    果

A.CS 活性

 図 1は腓腹筋における CS活性を示している。AOM /EX群における CS活性は CON群と比較して高値を示した(P < 0.05)。

B.ACF 数

 図 2 は各群における ACF 数を示している。AOM群の ACF数は CON群と比較して高値を示した(P < 0.001)。また、AOM /EX 群の ACF 数は CON群より高値を示したが(P < 0.05)、AOM

群と比較して低値を示した(P < 0.05)。C.iNOS mRNA 発現量

 図 3 は各群における iNOSの mRNA発現量を示している。AOM群における iNOS mRNA発現

図 1.腓腹筋におけるクエン酸合成酵素活性Fig.1.Citrate synthase activity of gastrocnemius muscle.

Values are presented as means ± SD. n = 8 each group. *P < 0.05 vs CON.

Citr

ate

synt

hase

act

ivity

(m

mol

/min

/mg )

CON AOM AOM/EX

0.5

0.4

0.3

0.2

0.1

0.0

図 2.各群における ACF数Fig.2.Number of ACF after control(CON), azoxymethane

injection(AOM)and azoxymethane with exercise(AOM/EX)group.

Values are presented as means ± SD. n = 8 each group. *P < 0.05 vs CON. ***P < 0.001 vs CON, †P < 0.05 vs AOM.

Num

ber o

f AC

F

CON AOM AOM/EX

20

15

10

5

0

図 3.各群における iNOS mRNA発現量Fig.3.mRNA expression of iNOS after control(CON), azoxy-

methane injection(AOM)and azoxymethane with exercise(AOM/EX)group.

The amount of mRNA is expressed as a ratio to GAPDH gene expression. Values are presented as means ± SD. n = 8 each group. *P < 0.05 vs CON, **P < 0.01 vs CON, †P < 0.05 vs AOM.

iNO

S m

RN

A e

xpre

ssio

n (fo

ld)

CON AOM AOM/EX

3

2

1

0

図 4.各群におけるヒストンH3リジン27番目のアセチル化Fig.4.Global level of histone 3(H3K27ac)modification after

control(CON), azoxymethane injection(AOM)and azoxy-methane with exercise(AOM/EX)group.

Values are presented as means ± SD. n = 8 each group. *P < 0.05 vs CON, †P < 0.05 vs AOM.

H3K

27ac

/ H

isto

ne 3

CON AOM AOM/EX

1.5

1.0

0.5

0.0

H3K27ac

Histone H3

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量は CON群と比較して高値を示した(P < 0.01)。また、AOM /EX群における iNOS mRNA発現量は CON群より高値を示したが(P < 0.05)、AOM

群と比較して低値を示した(P < 0.05)。D.H3K27ac 発現量

 図 4は各群におけるヒストン H3リジン27番目(ヒストン H3K27)のアセチル化の発現量を示している。AOM群におけるヒストン H3K27のアセチル化は CON群と比較して低値を示した(P <

0.05)。また、AOM /EX 群におけるヒストンH3K27のアセチル化は AOM群と比較して高値を示した(P < 0.05)。

E.HDAC 発現量

 図 5は各群におけるヒストン脱アセチル化酵素(HDAC) 1 - 5発現量を示している。HDAC1の発現量はいずれの群間でも違いは認められなかった。AOM群における HDAC2- 4発現量は、CON群よりも高値を示した(P < 0.05)。AOM 群およびAOM /EX群における HDAC5発現量は CON群より高値を示した(P < 0.001)。

考    察

 本研究は、運動が大腸がん誘発に伴うヒストン修飾に及ぼす影響について分子レベルで解明することを目的とした。

 その結果、運動は大腸がんの前がん病変であるACFの数を減少させ、iNOS mRNA発現量の増加を抑制した。また、大腸がん誘発剤である AOM

投与は大腸組織においてヒストンの脱アセチル化を引き起こす HDACの発現量の増加とヒストンH3K27の脱アセチル化を導いたが、運動は AOM

による HDAC発現量の増加を抑制し、ヒストンH3K27のアセチル化を維持した。以下に本研究で得られた結果について考察する。 運動のトレーニング効果を評価する指標として測定した CS活性は AOM /EX群において増加が認められた。運動の大腸がん抑制効果を評価した先行研究においても、1,2-ジメチルヒドラジン投与後に運動を行った条件では CS活性の増加を認めた3)。本研究で行った運動においても CS活性が向上したことを考慮すると、AOM /EX群に十分な生理学的負荷を与えることができたと考えられる。 本研究において、運動は大腸がんの前がん病変である ACF形成を抑制し、大腸がんの発症に関与する iNOS mRNA 発現量の増加を抑制した。iNOSは一酸化窒素(NO)を合成する酵素の一種であり、iNOS特異的なインヒビター投与は ACF

の形成を抑制することが知られている10)。また、iNOS発現量の増加は大腸がんの前がん病変であ

図 5.ブロット画像(A)および各群における HDAC1(B)、HDAC2(C)、HDAC3(D)、HDAC4(E)、HDAC5(F)発現量

Fig.5.Representative blots showing(A), expression of HDAC1(B), HDAC2(C), HDAC3(D), HDAC4(E), HDAC5(F)after control(CON), azoxymethane injection(AOM)and azoxymethane with exercise(AOM/EX)group.

Values are presented as means ± SD. n = 8 each group. *P < 0.05 vs CON, ***P < 0.001 vs CON.

HD

AC

3 / β

-act

in

HDAC1

HDAC1

HDAC1

HDAC1

HDAC1

1.5

1.0

0.5

0.0

1.5

1.0

0.5

0.0CON AOM AOM/EX CON AOM AOM/EX

CON AOM AOM/EXCON AOM AOM/EXCON AOM AOM/EX

1.5

1.0

0.5

0.0

2.0 5

4

3

2

1

0

1.5

1.0

0.5

0.0

β-actin

HD

AC

2 / β

-act

inH

DA

C5

/ β-a

ctin

HD

AC

1 / β

-act

inH

DA

C4

/ β-a

ctin

A B C

D E F

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(102) (103)

る ACF形成に際して、COX2など発がんにかかわる他の遺伝子発現に先立って生じるため、iNOS発現量の増加を抑制することは大腸がんの初期段階において重要である。これまで運動がiNOS発現量に及ぼす影響を検討した Aoi et al.の先行研究によると、Balb /c mice に AOM 投与を開始すると同時に走運動を 3日/週の頻度で 6週間実施したところ、ACF数と iNOS蛋白発現量がAOM投与後に運動したグループでは AOM投与のみ行ったグループと比較して抑制されたことを報告している2)。この結果は、大腸がん前がん病変である ACF数と iNOS mRNA発現量を抑制した本研究の結果を支持するものである。 我々の結果は、AOM群ではヒストン H3K27の脱アセチル化を引き起こしたが、運動を併用したAOM /EX群ではヒストン H3K27のアセチル化が保たれることを示した。Guo et al.は非ステロイド系抗炎症剤であるアスピリン投与が大腸がんモデルマウスの大腸組織においてグローバルなヒストン H3K27のアセチル化および iNOS プロモーター領域におけるヒストン H3K27のアセチル化を保つことによって iNOS mRNA発現を抑制することを明らかにしている4)。この報告からヒストン H3K27のアセチル化は iNOS発現の低下を導き、大腸がんの抑制に貢献していることが考えられる。本研究でもヒストン H3K27のアセチル化が運動によって維持されており、運動が大腸がんを抑制するメカニズムの 1つとしてヒストン H3K27のアセチル化が関与している可能性がある。エピジェネティクスの 1つであるヒストンのアセチル化および脱アセチル化は遺伝子発現を調節する核内の翻訳後修飾であることは現在よく知られており、それらはヒストンのアセチル化および脱アセチル化酵素であるヒストンアセチル基転移酵素(HAT)や HDACによって触媒される。我々の結果は運動が AOM投与によって生じる HDAC発現量の増加を抑制することを示しており、ヒストン H3K27のアセチル化は HDACsの発現量を抑制したことによって維持されたと推察される。興味深いことに HDACの活性化は大腸がんに限らず他のがん種でも確認されており、HDACの働きを抑制する HDAC阻害剤はがんの進展を抑制す

る6)。運動も同様に大腸組織の HDAC発現量を抑制することから HDAC抑制を介したヒストンのアセチル化維持が大腸がんの発症抑制に寄与している可能性が考えられる。しかしながら、運動が大腸組織において HDACの発現量を抑制する詳細なメカニズムについては明らかになっておらず今後の更なる研究の発展が望まれる。 最後に本研究の限界として、現時点では大腸組織におけるヒストン修飾の評価がヒストン修飾特異的な抗体を使用したウエスタンブロッティング法による評価のみであることが挙げられる。今後はグローバルなレベルでのヒストン修飾だけでなく、クロマチン免疫沈降法を活用した遺伝子プロモーター解析により、ヒストン修飾と遺伝子発現の関連性を詳細に評価する必要がある。

総    括

 本研究は、運動が大腸がん誘発に伴うヒストン修飾に及ぼす影響について分子レベルで解明することを目的とした。本研究の結果、大腸がん誘発剤である AOM投与後にヒストン H3K27の脱アセチル化が生じたが、運動はヒストン H3K27の脱アセチル化を抑制した。この背景には、運動が大腸組織において引き起こした HDAC発現量の抑制が一部貢献している可能性が考えられる。

謝    辞

 本研究に対して助成を賜りました公益財団法人明治安田厚生事業団に厚く御礼申し上げます。また、研究遂行にあたりご助言を賜りました順天堂大学スポーツ健康医科学研究所の福典之先生に深く感謝申し上げます。

参 考 文 献

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2)Aoi W, et al.(2010): Regular exercise reduces colon

tumorigenesis associated with suppression of iNOS. Biochem

Biophys Res Commun, 399, 14-19.

3)Fuku N, et al.(2007): Effect of running training on DMH-

induced abberant crypt foci in rat colon. Med Sci Sports

Exerc, 39, 70-74.

4)Guo Y, et al.(2016): The epigenetic effects of aspirin: the

modification of histone H3 lysine 27 acetylation in the

prevention of colon carcinogenesis in azoxymethane- and

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(104)

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5)平成 29 年人口動態統計月報年計(概数)の概況(2017):厚生労働省 .

6)Mariadason JM.(2008): HDACs and HDAC inhibitors in

colon cancer. Epigenetics, 3, 28-37.

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mor growth through epinephrine- and Il-6-dependent NK

cell mobilization and redistribution. Cell Metab, 23, 554-

562.

8)Simons CC, et al.(2014): Body size, physical activity,

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cancer. Cancer Epidemiol Biomarkers Prev, 23, 1852-

1862.

9)Slattery ML, et al.(2004): Physical activity and colorectal

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10)Takahashi M, et al.(2006): Suppressive effect of an induc-

ible nitric oxide inhibitor, ONO-1714, on AOM-induced

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