スキー狂化書 part5 rev3.1 2014 01 31 - biglobesnow_rabbit/ski/text files/text...2 1...

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Part 5 クロスオーバー 再考 Rev. 3. 1 本間 彰 著 クロスオーバーを伴わずスキー滑走を行うことは可能である。シュテムター ンやボーゲンがそれである。しかし、近代の優れた用具の性能を生かしてス キーを楽しむためにはクロスオーバーは必須である。クロスオーバー再考と 題してもう一度切り替えの局面運動を考えてみたい。いずれにせよクロスオ ーバーは最高であるが。 スキー狂化書

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Page 1: スキー狂化書 Part5 Rev3.1 2014 01 31 - BIGLOBEsnow_rabbit/ski/text files/Text...2 1 はじめに このpart 5ではこれまで説明してきた切り換えの運動局面におけるク

Part 5 クロスオーバー 再考

Rev. 3. 1

本間 彰 著

クロスオーバーを伴わずスキー滑走を行うことは可能である。シュテムター

ンやボーゲンがそれである。しかし、近代の優れた用具の性能を生かしてス

キーを楽しむためにはクロスオーバーは必須である。クロスオーバー再考と

題してもう一度切り替えの局面運動を考えてみたい。いずれにせよクロスオ

ーバーは 高であるが。

スキー狂化書

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-もくじ-

1 はじめに

2 脚の伸展によるクロスオーバー

3 重心移動によるクロスオーバー NG

4 脚の伸展と重心移動の複合運動によるクロスオーバー

5 脚の伸展及び重心移動の要素が無いクロスオーバー

6 脚の伸展運動の重要さ

7 おわりに

8 おれい

本テキスト内の写真及び文章の無断転載使用を禁止致します。

Using photographs and texts without permission is strictly prohibited. COPYRIGHT (C) 2009 Akira Homma.

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1 はじめに

この part 5 ではこれまで説明してきた切り換えの運動局面におけるク

ロスオーバーを 2 つの運動要素より構成されるものとして議論を試みる。

言葉の定義をできるだけ明快にし、運動とトレーニングのための理解を深

めることが目的である。 第一の運動要素は前のターンの終了時(山周り後半)に曲げられてい

た脚(次のターンの山脚)を“伸展する”運動と意識である。脚の伸展により

両スキーのエッジが開放され、同時にスキーヤーの重心は両スキーのセン

ターを超えて次のターンの内側に運ばれクロスオーバーが始まりエッジが

切り替わる。この脚の伸展の先行運動により導かれるクロスオーバーを単

に脚の伸展によるクロスオーバーとよぶことにする。 一般的に“谷周りで外スキーを踏む”あるいは“谷周りによる外足の捉

え”などと表現されている。簡単には外スキーを踏み込む動作である。 第二の運動要素はスキー板に蓄積された複合力を利用して行う積極的

な重心の先行移動により導かれるクロスオーバーである。次のターン内側、

斜面下方向へ主体的に重心を運ぶ運動と意識を示す。これによってスキー

ヤーとスキーの位置関係が入れ替わり、クロスオーバーが始まる。同時に

エッジが切り替わる。これを単に重心移動によるクロスオーバーとよぶこ

とにする。 一般的に“重心移動”“落下”などと表現される運動と運動意識を表した

概念である。簡単には積極的な重心の移動と考えて良いだろう。これまで

単にクロスオーバーと呼んできた運動と運動意識である。 脚の伸展運動の結果、重心がターン内側に移動してクロスオーバーに

至るか、直接ターン内側に重心を移動した運動の結果としてクロスオーバ

ーに至るかの大きな違いが両者の間にある。

クロスオーバーによる切り替えの運動局面はこれらの組み合わせによ

る複合運動として考えることができる。その組み合わせは以下である。 以下にこれらの 4 つのパターンを見てみよう。

運動要素 運動要素の組み合わせ 脚の伸展運動 有り 無し 有り 無し 重心の移動 無し 有り 有り 無し

表 1 クロスオーバーを構成する運動要素の構成パターン。

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2 脚の伸展によるクロスオーバー

切り換え時、次のターンの山足(外脚)の伸展による運動は安定したタ

ーンを行うための基本と考えられてきた。またこれによって強いエッジング

が生まれ、スキー板には大きな複合力が蓄積される。より質の高い重心移動

の先行によるクロスオーバーを可能とならしめる重要な運動要素といえる。

スキー狂化書 Part 2, 3 参照。 脚の伸展によるクロスオーバーの例を以下

の写真 1 に示す。

曲げられた脚の伸展(1-5 コマ)によりエッジが切り替わりターンの内

側へとスキーヤーの重心は移動し、クロスオーバーが行われる様子に着目。

ポールプランティング(ストックワーク)を行うことにより重心がスキー

板の上に戻ること(リセンタリング)を利用している。 強い脚の伸展運動によって雪面が捉えられているためターン後半スキ

ー板のたわみと捻れによる変形と雪面への彫込(彫込)は極めて大きい。(1-2コマ)スキー板が受ける雪面抗力の大きさを物語っている。

左、写真 2 にブーツを中心とした重心の軌跡

を描いてみた。(重心はスキーヤーの腹部にある

と仮定)意図的な動作が見られず、ターン内側へ

の自然な重心の移動が行われている様子が伺え

る。詳細はスキー狂化書 Part 4 を参照していただ

きたい。

写真 1 脚の伸展運動を意識したクロスオーバー。 山まわり後半で脚の伸展を行いエッ

ジの切り換えを行なっている。

写真 2 重心移動の軌跡

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3 重心移動によるクロスオーバー NG

つぎの写真 3 は脚の伸展運動が無く、重心移動の先行運動にのみ頼り

きったクロスオーバーの失敗例である。優れた性能のスキー板を用いると

単純な山周りによっても重心移動よるクロスオーバーに必要な複合力を

得ることが可能である。1-2 コマ目の目線は斜面下方向への運動意識が現

れたものでこのクロスオーバーの特徴の一つといえる。

後ろ寄りのポジショニングで早い段階から重心を内側へ運ぼうとした

が、タイミングが合わず内脚に乗ってしまいターンの外脚(山脚)が浮い

てしまった(3-4 コマ目)。山側の手を広げて内側への重心移動に対するバラ

ンスの保持しようとしている。更にポジションを後ろに移動し(3 コマ以降)

内スキーのエッジを立て、内脚でターンをリードしている。9-10 コマ目に

腰ハズレの NG ターンとなって悲しい終末を迎えている。 写真 4 に重心の軌跡を描いてみた。写真 2 と比較

して頂きたい。重心の先行移動によるクロスオー

バーによってもたらされる感覚のみを求めた結

果、不安定な滑りとなった。その特徴として上半

身の動きに不連続さが強く現れている。ただし重

心移動のクロスオーバーによって“非日常な感覚

を楽しめればそれで良い”というスキーヤーの考

えに異論はない!

写真 3 重心移動のみのクロスオーバー。結果は内足ター

ンに近いものとなっている。脚の伸展が無い(外脚が踏

めていない)ため斜面対応は限られる。

写真 4 重心移動の軌跡

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4 脚の伸展と重心移動の複合運動によるクロスオーバー

つぎは脚の伸展と重心移動の連動した複合運動より構成されるクロス

オーバーの例 1 である。安定性、俊敏な次のターン方向への切り替えなど

ハイレベルなクロスオーバーを実現するためにはこれらの連動した複合運

動が必須である。但し、レベルに伴い身体能力が要求される。 下の写真 5 はこれらの複合運動によるクロスオーバーである。重心移

動の軌跡と合わせてご覧頂きたい。重心の先行移動を伴わない写真 1 の例

と比較してスキーヤーとスキー板が入れ替わる様子の違いをご理解いた

だけるだろうか? 一秒間に 8 コマの割合で撮影している。短い時間の間における重心の

移動量は大きく滑らかである。

写真 5 脚の伸展と重心移動の複合運動によるクロスオーバーと重心移動の軌跡、例 1。

目線は常にターン内側を意識している。上:ハイポジションであるが脚部の緊張が感じられ

る。スキーヤーの年齢は 20 代である。

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写真 6 に脚の伸展と重心移動の複合運動によるクロスオーバーの別の例 2 を

載せる。中間姿勢を維持しゆったりとしたクロスオーバーにより大きな谷ま

わりを行なっている。

身体能力の衰えはあっても優れた用具の性能と雪質に対応する技術の

選択により、それなりにクロスオーバーの感覚を楽しむことが可能である。

4 コマ目で内足を開放し、外脚の伸展運動を確かなものとしている。スキー

ヤーの脚部に対する運動意識は常に谷脚から山脚へと圧を入れ替える交互

運動の連続した意識である。これによって春の悪雪を余裕をもって安全に

滑走することが可能となる。 写真 7 に重心移動の軌跡を載せる。写真 2、写真 5 に見られるような滑

らかな重心の移動がみられない。雪質の変化に影響を受けた可能性が高い

が詳細は不明である。 写真 7.重心移動の軌跡

写真 6.脚の伸展と重心移動の複合運動によるクロスオーバーの例 2:中間姿勢の切り替え。

4 コマ目で内足を開放し、脚の伸展運動を行なっている。

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5 脚の伸展及び重心移動の要素が無いクロスオーバー

後、写真 8 は脚の伸展の先行運動も重心の先行移動も伴わないクロ

スオーバーの例である。このクロスオーバーは既にスキー狂化書 Part 1 に

述べてある。スキー狂化書の目的とするクロスオーバーとは異なるが、今

日、多くの上級スキーヤーの滑りに見ることができる。認識を深める意味

で今一度考察してみたい。 写真 1 と比べてみる。4 から 5 コマ目でポジションを後ろに移動し、さ

らに重心をターン内側に運ぶことによりエッジの切り換え(雪面にフラッ

ト)を行なっているのがわかる。ターン内側への重心の移動はポールプラ

ンティングによって誘導している。(スキー狂化書 Part 4 参照)

写真 1 と同様に切り換えにおけるポ

ールプランティングの重要性が現れてい

る。この例も抜重動作を利用せずエッジ

の切り換えをおこなっていることに着目。 写真 9 に重心移動の軌跡を載せる。

ストレートに身体をターン内側に倒し滑

らかな重心の移動を行なっている。

写真 8. ポジションを後ろに移動し切り換えを行なっている。この例でもターン内側

への重心移動はポールプランティングによって誘導されている。

写真 9. 重心移動の軌跡

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写真 11. スキー運動の基本中の基

本となる外脚ターンの練習。

6 脚の伸展運動の重要さ

4 種類のクロスオーバーについて説明を試みた。ここでは安定した滑走

を可能とするためクロスオーバーに求められる要素を再度確認してみたい。 今日のすぐれたスキー板の性能によってひとたびターンが始動すると

スキー板には複合力が蓄積され、これによって重心の先行移動によるクロ

スオーバーが可能であることを例 3 で見た。しかし、脚の伸展を行うこと

ができる方向に重心移動が行われていない場合、 ①エッジングが遅れるため谷周り後半に外ス

キーの脚を絞りエッジングを求める運動が

現れる(写真 3、8-9 コマ)、 ②スキー板が先行し、腰が内側に残ったまま

フォールラインにむかう、(写真 10) ③斜面状況が不安定(春の雪など)な場合内

足をとられ転倒、膝の挫傷に繋がる、 等の可能性が高くなる。外足荷重はターンの

基本中の基本といわれる所以であろう。今一

度写真 11 に示した谷周りを外足一本で安定

に滑走できるか確認して見ては如何だろうか?

脚の伸展の先行運動によるクロスオーバ

ーの重要性は強調し過ぎるということは

ないだろう。写真 12 にこのクロスオーバ

ーの舵取り後半の滑りを載せる。コント

ラストを強調してある。春の重い雪に谷

周りから溝を刻んで滑走していることが

わかる。

クロスオーバーにより安定した切り換えを行

うためには脚の伸展を先行させた運動と重心の移

動を先行させた運動の自在な使い分けが必須とい

える。スキーの性能が 大限発揮され、スキーヤー

が得る非日常的な感覚もまたよりいっそう大きな

ものとなる。

写真 12. 脚の伸展運動の威

力の現れた滑り。二本のト

レースに注目!

写真 10 脚の伸展運動を伴わ

ないクロスオーバーの極端な

失敗例。

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7 おわりに

スキー狂化書 Part 5 では脚の伸展を先行させて行うクロスオーバー

と重心移動を先行させて行うクロスオーバーの 2 つの概念を用いて、これ

まで「山足の捉え」「山スキーを踏む」「重心を移動する」「落下運動を

行う」などの言葉によって錯綜して表現されがちな運動意識を整理するこ

とを試みた。 これら 2 つの複合運動として実際の滑走を例に 3 種類のクロスオーバ

ーを説明した。更に両者の運動・運動意識を伴わない滑りの例についても

説明を試みた。この切り替えについてはスキー狂化書 Part 1 で既に議論し

たが今一度、確認の目的で取り上げてみた。 Greg Gurshman も同様のロジックで切り換えの運動局面を考えてい

るようである。本稿で導入した脚の伸展と重心の移動に対応する運動に対

して extension と projection の 2 つの概念を用いクロスオーバーの説明

をおこなっている。レーシングテクニックの基礎としての議論展開である。

ハイレベルなレーシングの世界の議論と重なるところがあり興味が尽き

ない。詳細は下記のウェブサイト 1,2 に記載されているのでぜひご覧頂きたい。

後に抜重動作との関連について言及したい。クロスオーバーに必要

な脚の伸展や重心移動には上体の上下方向の動きが伴い、少なからず「抜

重動作」を誘発する。この要素を少なくして脚の伸展や重心移動のみでク

ロスオーバーを行うためには運動を(股関節や膝の関節からではなく)雪

面に近いところから起こすとよい。つまり、上体は下から持ち上げられた

結果の動きとなる。そこで必要となるのが常に足裏センサーで雪面を感じ

とることである。上体の動きによる抜重の要素を極力少なすることが可能

となる。 ただし、これによってスキーヤーに対する負担が大きくなることも事

実である。疲れを 小限にし、本稿で述べたクロスオーバーを軽快に楽し

もうとするならば“抜重の隠し味”もときには必要となる。切り替えの局

面において休憩時間を作るのである。目的によってさじ加減をすると良い

だろう。

1 http://www.youcanski.com/en/coaching/incline-to-win.htm 2 http://youcanski.com/en/coaching/inclination.htm

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8 おれい

スキー狂化書 Part 4, 5 と引き続き写真提供をして頂きました研究会の

メンバーにお礼申し上げます。 “スキー狂化書”この奇異なネーミングのテキストを Web に掲載して既

に 5 年が過ぎました。予想に反していろいろな方にご覧頂いているようで

す。直接訪ねて来られ、雪上でご一緒された方、そして現在クロスオーバ

ーに興味をもたれ、私たちのトレーニングへ参加されている方もおります。

嬉しい限りです。紙面をかりてお礼申し上げます。 今回もまた興味をもって読んで頂いた全ての方に心より感謝申し上げ

ます。ひとりでも多くのスキーヤーの皆様の楽しみの幅が広がりますよう、

心よりお祈り致します。 ありがとうございました。

初稿 2013 年 7 月 最終稿 2014 年 1 月

春の日差しを浴び、キロロスキー場東方向に位置する残雪

の朝里岳を仲間とともに。