情意領域の評価への危惧 - 文部科学省ホームページ...2017/12/15 ·...
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情意領域の評価への危惧情意に関わる部分,特に性向(ある状況において自ずと特定の思考や行動を取ってしまう傾向性や態度)や人間性といった価値規範に関わるものを評価することについては、個々人の性格やその人らしさまるごとを値踏みする全人評価につながることや、それによる価値や生き方の押しつけに陥ることが危惧される。
関心・意欲・態度の評価(評定)については、学習者が授業への積極性を表面的にアピールしたり、授業態度が悪いと成績が悪くなるといった具合に、教科の学びを深めることと結びつかず、情意の評価が独り歩きし、管理の道具として作用する事態も危惧される。
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情意領域の評価が教化 (価値の教え込み)に陥らないための条件①(ブルーム, B. S. 他 (梶田叡一, 渋谷憲一, 藤田恵璽訳)『教育評価法ハンドブック』第一法規, 1973年。)
道徳的価値の指導と評価は慎重であるべきだが,物事を鵜呑みにせずに批判的に思考しようとする態度などの認知的価値については,学校教育において指導と評価の対象となりうる。
情意を「評価」することと「評定」することとを区別して議論すべき。情意領域は,成績づけ(評定)としての総括的評価の対象とすべきではないが、形成的評価を行うことは必要である。
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評定に用いられないならば,授業やカリキュラムの最終的な成果を判断するカリキュラム評価としての総括的評価も有効である。
たとえば,学期の終了時にその教科が好きだと答える子どもたちの割合が大きく減っていたなら,それはカリキュラムの改善を促す情報となる。そして,そうしたカリキュラム評価に必要なのは,質問紙などによる集団の傾向を示すデータのみである。
c.f. PISA調査などの大規模学力調査における,学習の背景を問う質問紙調査の実施。
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情意領域の評価が教化 (価値の教え込み)に陥らないための条件②
情意領域の評価において考慮すべき点情意領域については,目標として追求することと、評価や評定の対象とすることとは区別して議論するべきである。そして、学力評価(学習者個人においてその形成を目指し個々人においてその有無を評価するもの)の対象というより,教育条件(教室や学校のシステム・共同体・文化)の質を問うカリキュラム評価の対象として位置付けることがもっと追求されてよい。
情意の中身を考える際には、学習を支える「入口の情意」(興味・関心・意欲など)と学習の結果生まれ学習を方向付ける「出口の情意」(知的態度、思考の習慣、科学的教養に裏付けられた倫理・価値観など)とを区別する必要がある。授業態度などの入口の情意は、授業の前提条件として、教材の工夫や教師の働きかけによって喚起するものであり、授業の目標として掲げ意識的に評価するものというよりは、授業過程で、学び手の表情や教室の空気から感じるものであり、授業の進め方を調整する手がかりとなるものだろう。これに対して、批判的に思考しようとする態度などの出口の情意は、授業での学習を通してこそ子どもの中に生じる価値ある変化であり、目標として掲げうるものである。 20
表.教育目標のレベル分け(出典:石井英真「学校文化をどう創るか」田中耕治編『カリキュラムをつくる教師の力量形成』教育開発研究所、2006年の表を加筆修正。)
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「目標(objectives)」 「ゴール(goals)」目標のレベル
授業・単元目標 教科・年間目標 学校教育目標
目標内容 知識・技能の習得
概念の意味理解
認知的・社会的スキルの育成
価値観・信念の形成態度・精神の習慣の形成
育成方法 各教科の本質的な内容に関する、子どもの素朴概念を把握し、その科学的概念への組み換えを目指して、教材や学習活動を工夫する。
思考する必然性のある課題に取り組ませ、内容や論点に対する認識を深めさせるとともに、その過程で課題を超えて繰り返す学習・探究の様式(学び方)を、中長期的に指導する。
子ども、教師などが、目指すべき価値や行動様式を共有し、日常的にそれを追求することにより、学校文化として浸透させる。
育ち具合の確かめ方
単元末に、ペーパーテストやノートの論述などをもとに、個々の子どもについて、教科内容の理解の深さと習得の有無を評価する。
単元や領域を超えて、類似のパフォーマンス課題を実施し、認知的・社会的スキルの洗練度を継続的に評価し、学期末や学年末といった区切りで評価する。
インフォーマルな評価と日々の自己調整。あるいは、一年か数年ごとのカリキュラム評価・学校評価の一環として、子どもや教師へのアンケートなどをもとに学校全体の傾向を把握する。
カリキュラムの構造
知識の有意味な使用と創造(使える)
知識の意味理解と洗練(わかる)
知識の獲得と定着
(知っている・できる)
教科内容(知識)のタイプ分け
見方・考え方
概念的知識(例)政治、経済、文化、原子、イオン、化学変化
事実的知識(例)歴史上の事件・年号、元素記号、化学式
技能(個別的スキル)(例)帯グラフの読み取り方、句読点の打ち方、接続詞の使い方
方略(複合的プロセス)(例)複数の統計資料から情報を読み取る方法、根拠を明らかにしながら論述する方法
めざす学力・学習の質
客観テスト(例)多肢選択問題、空所補充問題、組み合わせ問題、単純な実技テストなど
知識表象や思考プロセスの表現に基づく評価(例)描画法、概念地図法、感情曲線、簡単な論述問題や文章題など
真正の文脈における活動や作品に基づく評価(狭義のパフォーマンス評価)(例)情報過多の複雑な文章題、小論文、レポート、作品制作・発表、パフォーマンス課題とルーブリックなど
評価方法の選択
表現に基づく評価(広義のパフォーマンス評価)
方法論(例)社会的事象に関する意思決定の方法、説得力のある論説文を書く方法
内容知(knowing that)
方法知(knowing how)
知的態度、思考の習慣、市民としての倫理・価値観
教育内容や学習への興味・関心・意欲
単元横断的な熟達目標・水準判断評価
単元レベルの習得目標・項目点検評価
授業レベルの習得目標・項目点検評価
行為システム(課題の意識化・発見、異質な他者との対話・協働、社会関係(共同体)を民主的に組織化し再構成する力、個の確立、自律と自治)
認知システム
内容項目型カリキュラム
内容と能力(方法)のらせん型カリキュラム
メタ認知システム(自律的な課題設定、持続的な探究、自己評価、学び続ける力)
原理(例)社会の変化を説明する原理、原子論
図.学校で育てる能力の階層性(質的レベル)を捉える枠組み(出典:石井英真『今求められる学力と学びとは―コンピテンシー・ベースのカリキュラムの光と影』日本標準、2015年。)
学習者自身がつくる評価(例)日誌・日記、ポートフォリオなどに基づく自己評価・相互評価など
方向目標・体験目標
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資質・能力の要素(目標の柱)
能力・学習活動の階層レベル(カリキュラムの構造)
知識 スキル 情意(関心・意欲・態度・人格特性)
認知的スキル 社会的スキル
教科等の枠づけの中での学習
知識の獲得と定着(知っている・できる)
事実的知識、技能(個別的スキル)
記憶と再生、機械的実行と自動化 学び合い、知識の共同構
築
達成による自己効力感
知識の意味理解と洗練(わかる)
概念的知識、方略(複合的プロセス)
解釈、関連付け、構造化、比較・分類、帰納的・演繹的推論
内容の価値に即した内発的動機、教科への関心・意欲
知識の有意味な使用と創造(使える)
見方・考え方(原理と一般化、方法論)を軸とした領域固有の知識の複合体
知的問題解決、意思決定、仮説的推論を含む証明・実験・調査、知やモノの創発(批判的思考や創造的思考が深く関わる)
プロジェクトベースの対話(コミュニケーション)と協働
活動の社会的レリバンスに即した内発的動機、教科観・教科学習観(知的性向・態度)
学習の枠づけ自体を学習者たち
が決定・再構成する学習
自律的な課題設定と探究(メタ認知システム)
思想・見識、世界観と自己像
自律的な課題設定、持続的な探究、情報収集・処理、自己評価
自己の思い・生活意欲(切実性)に根差した内発的動機、志やキャリア意識の形成、
社会関係の自治的組織化と再構成(行為システム)
人と人との関わりや所属する共同体・文化についての意識、共同体の運営や自治に関する方法論
生活問題の解決、イベント・企画の立案、社会問題の解決への関与・参画
人間関係と交わり(チームワーク)、ルールと分業、リーダーシップとマネジメント、争いの処理・合意形成、学びの場や共同体の自主的組織化と再構成
社会的責任や倫理意識に根差した社会的動機、道徳的価値観・立場性の確立
学校で育成する資質・能力の要素の全体像を捉える枠組み(出典:石井英真『今求められる学力と学びとは―コンピテンシー・ベースのカリキュラムの光と影』日本標準、2015年。)
※太字部分は、それぞれの能力・学習活動のレベルにおいて、カリキュラムに明示され中心的に意識されるべき目標の要素。
※認知的・社会的スキルの中身については、学校ごとに具体化すべきであり、学習指導要領等で示す場合も参考資料とすべきだろう。情意領域については、評定の対象というより、形成的評価やカリキュラム評価の対象とすべきであろう。 23
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観点別評価の運用について:中教審答申で示された視点をふまえて①「学びに向かう力・人間性」には、「主体的に学習に取り組む態度」として観点別評価を通して評価できる部分と、感性や思いやり等の観点別評価や評定にはなじまず、個人内評価により個々人のよい点や可能性や変容について評価する部分がある。また、「主体的に学習に取り組む態度」については、挙手の回数やノートの取り方などで評価するのではなく、「子どもたちが自ら学習の目標を持ち、進め方を見直しながら学習を進め、その過程を評価して新たな学習につなげるといった、学習に関する自己調整を行いながら、粘り強く知識・技能を獲得したり思考・判断・表現しようとしたりしているかどうかという、意思的な側面」(61頁)によって評価するべき。
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観点別評価の運用について:中教審答申で示された視点をふまえて②観点別評価の「主体的な態度」の評価については、「出口の情意」としてそれを捉えていくことがまずは重要である。また、中教審答申で、「複数の観点を一体的に見取ることも考えられる」(62頁)とあるように、「主体的な態度」を単体で独立させて評価するよりは、「思考・判断・表現」とあわせて評価していくようにするのが妥当である。
「思考力・判断力・表現力」という場合、比較・関連づけや構造化など、特定の内容の習得・適用に関わる「わかる」レベルの思考力と、意思決定や問題解決など、文脈に応じて複数の知識・技能を総合する「使える」レベルの思考力との違いを意識することが有効だろう。
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先述の学力の三層構造をベースに考えるなら、たとえば、観点別評価は下記のように捉えることができる。すなわち、「知識・技能」の観点は、主に「知っている・できる」レベルと「わかる」レベル(特に概念の直観的理解)に対応するものとして、「思考・判断・表現」は、 「わかる」レベルの思考(概念理解の自
覚的説明など)も含みつつ、「使える」レベルの思考のうちペーパーテストでも測れる部分を軸にとらえる。そして、パフォーマンス課題等、ペーパーテスト以外の思考を試す課題については、「使える」レベルの学力を育む問いと答えの間の長い学習活動(思考のみならず、粘り強く考える意欲や根拠に基づいて考えようとする知的態度なども自ずと要求される)として設計し、「思考・判断・表現」と「主体的に学習に取り組む態度」の両方を評価する機会として位置づける。 27
観点別評価の運用について:中教審答申で示された視点をふまえて③
レベル 一般的定義 国語・社会・数学・理科における目標例レベル1:再生(Recall)
事実・情報・手続きの再生。
テキストの細かい記述を参照することで考えを支持する。出来事や地図、文書を再生または再認できる。測定のようなルーチン化された手続きを遂行する。事実や用語、特質を再生または再認する。
レベル2:スキル・概念(Skill/Concept)
情報や概念的知識、二つ以上の手 順 等 を 用 いる。
知らない単語の意味を特定するために、文脈の手がかりを用いる。特定の出来事の原因と結果を描く。ルーチン化されたいくつかのステップから成る問題を解決する。事実、用語、特質、変数間の関係を具体的に述べ、説明する。
レベル3:方略的思考(Strategic
Thinking)
推論、計画や手順 の 系 列 の 開発、いくらかの複雑性、一つ以上の可能な解答を要求する。
特定の話題を扱うために、複数の資料からの情報を要約する。変化が人々や場所にどのような影響を及ぼしたかを分析する。与えられた条件の下で、独自の問題を定式化する。
ある科学的問題について、リサーチ・クエスチョンを同定し、調査をデザインする。
レベル4:拡張された思考(Extended
Thinking)
調査が必要であり、問題の複合的な条件に関して思考したり、処理したりする時間が必要である。
様々なテキストを横断するような新たな見方について検討し、説明する。
ある状況・問題について調査する際に、その状況・問題を定義、記述し、代替案となる解決策を提示する。
問題を特定し、解決の道筋を決定し、問題を解決し、結果を報告するプロジェクトに取り組む。
生徒にとって目新しい複雑な実験で得られたデータに基づき、統制されたいくつかの変数間の根本的な関係を推論する。
ウェブ(N. L. Webb)の「知の深さ(Depth of Knowledge:DOK)」の4つのレベル(出典:http://www.wcer.wisc.edu/WAT/index.aspx(2014年2月28日確認)よりダウンロードしたワークショップ用資料の内容と、http://wat.wceruw.org/Tutorial/index.aspx(2014年2月28日確認)をもとに、筆者が図表化。)
28※「わかる」レベルと「使える」レベルの間の過渡的な段階としてのレベル3(ペーパーテストで評価可能なギリギリのライン)。
資質・能力の要素(目標の柱)
能力・学習活動の階層レベル(カリキュラムの構造)
知識 スキル 情意(関心・意欲・態度・人格特性)
認知的スキル 社会的スキル
教科等の枠づけの中での学習
知識の獲得と定着(知っている・できる)
事実的知識、技能(個別的スキル)
記憶と再生、機械的実行と自動化 学び合い、知識の共同
構築
達成による自己効力感
知識の意味理解と洗練(わかる)
概念的知識、方略(複合的プロセス)
解釈、関連付け、構造化、比較・分類、帰納的・演繹的推論
内容の価値に即した内発的動機、教科への関心・意欲
知識の有意味な使用と創造(使える)
見方・考え方(原理と一般化、方法論)を軸とした領域固有の知識の複合体
知的問題解決、意思決定、仮説的推論を含む証明・実験・調査、知やモノの創発(批判的思考や創造的思考が深く関わる)
プロジェクトベースの対話(コミュニケーション)と協働
活動の社会的レリバンスに即した内発的動機、教科観・教科学習観(知的性向・態度)
教科学習で育成する資質・能力の要素を捉える枠組み(出典:石井英真『今求められる学力と学びとは―コンピテンシー・ベースのカリキュラムの光と影』日本標準、2015年より抜粋。)
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知識・技能
思考・判断・表現 主体的に学習に取り組む態度
30出典:『高大接続システム改革会議「最終報告」』(2016年3月31日)
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パフォーマンス評価とは何か?
伝統的な評価方法の人工性や断片性に対する批判
=多肢選択などの客観テストは、現実世界と切り離された無味乾燥な文脈で、断片的な知識・技能を問うものである。交通法規や運転上の留意点をいくら知っていても、上手に運転できるかは実際に運転させてみないと分からないのと同じように、客観テストでは本物の学力は測れない。
豊かに考える授業をしていながら評価では知識・技能(見えやすい学力)しか問われない、というミスマッチを解消し、目標・指導・評価の一貫性を確立する必要性。
「パフォーマンス評価(performance assessment)」とは、思考する必然性のある場面で生み出される学習者の振る舞いや作品(パフォーマンス)を手がかりに、概念の意味理解や知識・技能の総合的な活用力を質的に評価する方法。 32