コロナ禍をチャンスととらえるために「コロナ後は地方の時代が来るのか?」最近...

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「コロナ後は地方の時代が来るのか?」最近 よく聞くフレーズである。今回のコロナ禍で空 間が見直され、地方の価値が上がったとの見方 がある。これからしばらく一極集中の是正の動 きが続くだろう。これが地方創生に寄与するに は、いくつかの課題を克服する必要がある。 経済がコロナ以前に戻るには 1~2年 過去、これほどまでに人との距離や大声が、 気になることはなかった。コロナは、我々の生 活に制約を掛け続けるばかりでなく、価値観ま でも大きく変えてしまった。 世界がコロナ問題から解放されるには、有効 な治療薬やワクチンが開発され、広く利用され るようになることで、感染の恐怖が社会から無 くなることしかない。しかし、専門家であって も、その時期を予想することは難しい。例え今 年中にワクチン開発が成功したとしても、世界 に広く普及し、世界中の人々が免疫を獲得する までには、最低でも1~2年が必要との見方が ある。この期間は、行動制限という我慢を強い られることを、覚悟せざるを得ないだろう。 [図表1]は、コロナ対策と経済活動との関 係を示したものである。コロナとの戦いは、大 きく3つのフェーズに分けられる。 コロナ禍をチャンスととらえるために 株式会社ニッセイ基礎研究所 経済研究部 研究理事 チーフエコノミスト  矢嶋 康次 Yasuhide Yajima 新潟県上越市出身 1992年3月 東京工業大学 卒業 1992年4月 日本生命保険相互会社 入社 1995年 株式会社ニッセイ基礎研究所へ 2017年から現職 【著書】 「非伝統的金融政策の経済分析 -資産価格からみた効果の検証-」 (共著、日本経済新聞出版社 2013年) プロフィール コロナ禍の収束時期を見通すことは難し いが、少なくとも1~2年、コロナ以前 の経済水準の回復は2022年以降になる と予想される。 コロナで我々の価値観や生活様式は大き く変わった。非接触・非対面の必需品や 娯楽の消費が増え、デジタル化も加速し ている。 東京一極集中の是正も進む可能性が出て きた。テレワークや在宅勤務の導入が進 み、若い世代を中心に地方移住や結婚へ の関心が高まっている。 リモートは、地方創生において大きな論 点となる。遠隔教育やリモートワークは 新たな潮流となるか。ただ、地方活性化 には、従来の取組みを完遂することも、 同様に重要だということを忘れてはいけ ない。 ホクギンMonthly 2020.9

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Page 1: コロナ禍をチャンスととらえるために「コロナ後は地方の時代が来るのか?」最近 よく聞くフレーズである。今回のコロナ禍で空 間が見直され、地方の価値が上がったとの見方

「コロナ後は地方の時代が来るのか?」最近

よく聞くフレーズである。今回のコロナ禍で空

間が見直され、地方の価値が上がったとの見方

がある。これからしばらく一極集中の是正の動

きが続くだろう。これが地方創生に寄与するに

は、いくつかの課題を克服する必要がある。

経済がコロナ以前に戻るには1~2年

過去、これほどまでに人との距離や大声が、

気になることはなかった。コロナは、我々の生

活に制約を掛け続けるばかりでなく、価値観ま

でも大きく変えてしまった。

世界がコロナ問題から解放されるには、有効

な治療薬やワクチンが開発され、広く利用され

るようになることで、感染の恐怖が社会から無

くなることしかない。しかし、専門家であって

も、その時期を予想することは難しい。例え今

年中にワクチン開発が成功したとしても、世界

に広く普及し、世界中の人々が免疫を獲得する

までには、最低でも1~2年が必要との見方が

ある。この期間は、行動制限という我慢を強い

られることを、覚悟せざるを得ないだろう。

[図表1]は、コロナ対策と経済活動との関

係を示したものである。コロナとの戦いは、大

きく3つのフェーズに分けられる。

コロナ禍をチャンスととらえるために

株式会社ニッセイ基礎研究所 経済研究部研究理事 チーフエコノミスト 矢嶋 康次

Yasuhide Yajima

新潟県上越市出身

1992年3月 東京工業大学 卒業1992年4月 日本生命保険相互会社 入社1995年 株式会社ニッセイ基礎研究所へ2017年から現職

【著書】「非伝統的金融政策の経済分析  -資産価格からみた効果の検証-」

(共著、日本経済新聞出版社 2013年)

プロフィール

■�コロナ禍の収束時期を見通すことは難しいが、少なくとも1~2年、コロナ以前の経済水準の回復は2022年以降になると予想される。

■�コロナで我々の価値観や生活様式は大きく変わった。非接触・非対面の必需品や娯楽の消費が増え、デジタル化も加速している。

■�東京一極集中の是正も進む可能性が出てきた。テレワークや在宅勤務の導入が進み、若い世代を中心に地方移住や結婚への関心が高まっている。

■�リモートは、地方創生において大きな論点となる。遠隔教育やリモートワークは新たな潮流となるか。ただ、地方活性化には、従来の取組みを完遂することも、同様に重要だということを忘れてはいけない。

ホクギンMonthly 2020.9

Page 2: コロナ禍をチャンスととらえるために「コロナ後は地方の時代が来るのか?」最近 よく聞くフレーズである。今回のコロナ禍で空 間が見直され、地方の価値が上がったとの見方

(資料)筆者作成

[図表1]新型コロナウイルスへの対応 早くとも2022年以降になると見ている。従っ

て、ここ数年、地域経済を潤してきたインバ

ウンド需要の低迷が、あと1~2年続くこと

を覚悟しなければならない[図表2]。また

「フェーズⅡ」に留まり続ける限り、首都圏と

の人の往来が制限される事態にも、備えておく

必要がある。大事な田植えの時期に人の往来が

制限されて、息子が地元に戻れないために田植

えができないなど、様々なことが起こり得る。

想像力を働かせて、不測の事態に対処すること

が求められる。

地方の自治体も地産地消の対策を急ぐ。地域

内または近隣地域が連携して、経済や業務を回

す取り組みが始まっている。ただ、悩ましいの

は、その対応をいつまで続けなければならない

のか、収束時期が全く見通せないことだろう。

(資料)日本政府観光局「訪日外客数」

(前年同月比、%)

13/1 14/1 15/1 16/1 17/1 18/1 19/1 20/6

806040200

-20-40-60-80-100

(年/月)

[図表2]訪日外国人数の推移

価値観や生活様式の不可逆な変化

経済に大きなマイナスを生むコロナは、強制

的に人々の行動様式や価値観を変えた。我々の

生活は今回の危機で一変し、対人を前提とした

社会システムは、あっと言う間に成立しなく

なってしまった。在宅勤務が増え、当たり前の

「フェーズⅠ」は、経済を完全に停止させてで

も防疫対策を優先する段階だ。日本で言えば、

4~5月の緊急事態宣言下の状況であり、海外

におけるロックダウンがこれに該当する。この

期間は自粛・休業が大規模に実施されるため、

企業活動はほぼ不可能だ。従来の景気低迷では、

自社の製品・サービスを安価に販売することで、

企業は需要を掘り起こすことができた。しかし、

コロナ禍の「フェーズⅠ」では、需要が自粛で

瞬間蒸発したため、企業の売上や収益が過去に

例がないほど大きく落ち込んでいる。宿泊業や

飲食サービス業などを中心とした多くの産業で、

9割を超える売上の減少が確認される。

次の「フェーズⅡ」では、感染防止と経済活

動の両立を目指す段階となる。感染防止の観点

から、企業や家計には行動制限が掛かり続け、

コロナ前の経済活動の水準に戻ることはない。

企業は感染防止対策などにコストが掛かるうえ、

低稼働率のもとで低収益を余儀なくされる。日

本を含む多くの国が、現状この局面にある。

最後の「フェーズⅢ」になると、完全な治療

薬やワクチンが開発され、社会が感染の恐怖か

ら解放されて、経済がコロナ以前の水準に戻る

可能性が出て来る。

当社では、日本が「フェーズⅢ」へと移行

し、コロナ以前の経済水準を回復する時期を、

政 府 民 間

フェーズⅠ感染防止 > 経済活動

外出自粛、休業要請× 売上ゼロ

フェーズⅡ(現在)

感染防止 = 経済活動クラスター対策、新しい生活様式

△ 低稼働

フェーズⅢ有効なワクチン開発

または治療法の確立

○ 正常化

PL問題

BS問題

ホクギンMonthly 2020.9

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年7月以来初めて、人口流出を意味する▲1,069

人となった[図表3]。人為的な政策では効果

の薄かった「東京一極集中の是正」が、コロナ

という自然の脅威によって強制的に進んだ形だ。

一般社団法人日本経済団体連合会(経団連)

が、4月の緊急事態宣言下で実施した調査結果

によると、この期間にテレワークや在宅勤務を

導入した企業は397社(97.8%)に及んだとい

う。そのうち、テレワークや在宅勤務を経験し

た従業員が8割以上となった企業は36.1%、8

割未満~7割以上は16.3%、7割未満~5割以

上は20.3%と、多くの従業員がコロナ禍でテレ

ワークを経験することとなった[図表4]。

また、内閣府の調査をみると、20歳代で地方

移住や結婚への関心が高まるなど、若い世代を

中心として意識変化が生じていることが分かる。

空間の価値が上がり地方が見直されている。こ

の流れは、地方創生にとってのチャンスだ。

ようにテレビ会議で打ち合わせが行われている。

コロナ禍で加速したデジタル化は、企業と消

費者との関係も変える。情報格差は縮まり、消

費者が今より大きな力を持つようになる。消費

者は商品を吟味したうえで購入の選択をし、

個々の考えをSNSなどで発信する。

上半期のヒット商品を見ると、感染防止対策

の商品サービスは、凄まじい売り上げを記録し

ている。外出自粛で「新・巣ごもり需要」が急

増している。出前サービスや家庭調理家電な

ど、自宅での消費が増えている。また運動不足

を解消できるゲーム機なども急増している。働

き方、消費の仕方が変わり、我々の暮らし方は

激変した。

コロナで東京一極集中の是正が起こり始める

危機への対応は、今まで変わらなかったこと

を変え始めてもいる。例えば、人口移動だ。

総務省が6月30日に公表した5月の住民基本

台帳人口移動報告によると、他道府県から東京

都への人口移動は、集計に外国人を加えた2013

▲5

0

5

10

15

20

25

30

35

40

45

2020年1月 2月 3月 4月 5月 6月

男性女性

(千人)

▲1,069人

(資料)総務省統計局「住民基本台帳人口移動報告」

[図表3]他道府県から東京都への転入超過数

(注)調査期間:2020年4月14日(火)~4月17日(金)(資料)経団連「緊急事態宣言の発令に伴う新型コロナウイルス感染症拡大防止策    各社の対応に関するフォローアップ調査」

導入している97.8%

近々導入予定1.0% 導入を検討中

0.5% 導入する予定はない0.7%

8割以上36.1%

7割未満~5割以上20.3%

設問1:貴社では緊急事態発令後の新型コロナウイルス感染症への    対応として、テレワークや在宅勤務を導入していますか。

設問2:現時点における貴社のテレワークや在宅での勤務者の    割合(全従業員に対する割合)をご記入ください。

8割未満~7割以上16.3%

5割未満27.3%

[図表4]テレワークや在宅ワークの導入状況

ホクギンMonthly 2020.9

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その空間の確保は、相対的に家賃の安い地域で

行われるだろう。

ただ、現在の動きは、東京圏に職を持ち、東

京圏から少し離れた自宅において作業するやり

方が主流だ。今後、本格的に地方創生を果たす

ためには、地方でも魅力ある仕事を作っていく

との目標は変わらない。この課題には、腰を据

えて着実に取り組んで行くしかない。

詰まるところ地方創生とは、地方の中核都市を

中心とした経済圏を1つの国と見做して、他の経

済圏との貿易を通じて独り立ちできるようにする

ことと言っても良い。「強い経済圏」を作ること

ができなければ、若者の安定した雇用はなく、若

者が定着することもない。地方も国と同じく、歳

出効率を高め、財政再建と経済成長を両輪で回

していくことが求められる。効率化については

「都市機能の集約化」、経済成長については「一

次産業と観光」がカギと言える。結局のところ、

やるべきことは、これまでと全く変わらない。

おわりに

世界、日本のあらゆることが、コロナで影響

を受けている。変化の多くは受動的にならざる

を得ないだろうが、事前に予見される変化を議

論しておくことで、受け身から能動的な対処へ

と変えていくことが重要だ。

空間が価値になるという見方が広がり、人の

流れが変わりつつあることは事実だ。しかし、

地方が従来から抱える問題は、何も変わっては

いない。ここに手を付けない限り、コロナ禍の

変化を活かすことはできないだろう。

(2020年8月17日寄稿)

空間が魅力となる今までにない前提

現在、安倍内閣の看板政策でもある地方創生

は第1期が終わり、その評価をもとに5か年計

画の第2期を始動する時期となった。そこにコ

ロナの感染拡大が重なり、計画の前提となる条

件は変化している。

これまでも空間が価値を持つとの発想は、多

くの人によって主張されてきたが、それが大きな

流れになることは無かった。また、東京一極集

中が少子化を加速し、地方の経済が衰退する根

源になっているとの主張も、以前から繰り返され

て来たものであるが、その動きは修正されるど

ころか、さらに深刻さを増してきた。しかし、コ

ロナ禍で人の流れは一気に変わり、価値観も大

きく変容している。本当に、凄まじい力だ。

コロナで加速したリモートは、地域経済の将

来を考えるうえで大きな論点となる。

今年、日本の大学の多くで、授業がオンライ

ンに切り替えられた。従来、地方大学には地理

的なハンデがあると言われてきたが、最早その

ハンデはない。こうなるとハード面の制約より

も、ソフト面で何が提供できるのかが重要にな

る。例えば、日本有数のプログラミング科目や

少人数の英語教育、多言語教育などで大学の特

色が出しやすい。地方大学は、このチャンスを

逃す手はないだろう。

また、働き手のリモートの動きも、地方に

とって絶好のチャンスとなる。リモートワーク

を望む従業員は、通勤のために生活コストの高

い東京都に住み続ける必要性がなくなり、生活

環境がより良い郊外、地方へ移住するようにな

るだろう。さらに、働き手はリモート会議を行

うため、自宅に一定程度の空間が必要になる。

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