カザフスタンの農業及び農業政策 - maff.go.jp1 はじめに...

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カザフスタンの農業及び農業政策 北海道大学スラブ研究センター教授 山村 理人 1 はじめに ··························································· 75 2 カザフスタン農業の概観 - 独立後の農業構造の変動 ····················· 76 1) 地理的・歴史的特徴 2) 農業生産の動向 3) 農業経営・生産組織の変化 3 貿易と国内市場 ····················································· 82 1) 穀物の輸出と国内消費 2) 加工製品輸出の増大 3) 食品の輸入依存率の上昇 4 農業政策の動向····················································· 86 1) 独立後のカザフスタンの農業政策の特徴 2) カザフスタン側の見解と政策力点の変化 3) 投入補助の強化とその背景 - 73 -

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Page 1: カザフスタンの農業及び農業政策 - maff.go.jp1 はじめに カザフスタンは、旧ソ連において、ロシア、ウクライナなどと共に、有力な農業生産国とし

カザフスタンの農業及び農業政策

北海道大学スラブ研究センター教授

山村 理人

1 はじめに ···························································75

2 カザフスタン農業の概観 - 独立後の農業構造の変動 ·····················76

1) 地理的・歴史的特徴

2) 農業生産の動向

3) 農業経営・生産組織の変化

3 貿易と国内市場 ·····················································82

1) 穀物の輸出と国内消費

2) 加工製品輸出の増大

3) 食品の輸入依存率の上昇

4 農業政策の動向·····················································86

1) 独立後のカザフスタンの農業政策の特徴

2) カザフスタン側の見解と政策力点の変化

3) 投入補助の強化とその背景

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Page 2: カザフスタンの農業及び農業政策 - maff.go.jp1 はじめに カザフスタンは、旧ソ連において、ロシア、ウクライナなどと共に、有力な農業生産国とし

5 カザフスタンのWTO加盟問題···········································89

1) 加盟交渉の状況

2) 市場アクセス問題

3) 国内助成の削減問題

4) 輸出補助

6 おわりに ···························································93

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Page 3: カザフスタンの農業及び農業政策 - maff.go.jp1 はじめに カザフスタンは、旧ソ連において、ロシア、ウクライナなどと共に、有力な農業生産国とし

1 はじめに

カザフスタンは、旧ソ連において、ロシア、ウクライナなどと共に、有力な農業生産国とし

ての地位を占めてきた。とりわけ、穀物については最盛期には最大で2600~2800万トン以上の

穀物を生産する大穀倉地帯として発展し、蛋白含有量の高い良質の食用小麦をロシアに供給す

る役割を演じてきた。また、中央アジアの食料基地として、ウズベキスタン、タジキスタン、

トゥルクメニスタンのための食料の生産・供給を行う役割を担っていた。

しかし、ソ連崩壊と共に、同国の農業は深刻な危機に直面し、農業生産は1990年代の10年間

で46%も減少し、旧ソ連時代からの農業企業(旧国営農場、集団農場)の多くが破産同然の経

営状態に陥った。農業生産を支えてきたインフラや下流・上流部門との連携は崩壊し、農村の

様々な社会施設は荒廃して住民の生活基盤が脅かされるようになった。

こうした危機的状況から脱するための変化が起き始めたのは1990年代末になってからである。

農業をとりまくマクロ経済環境の全般的な改善が見られるようになり、穀物など輸出分野を中

心とした農業生産や農産物加工部門への民間投資も増加した。石油産業をテコとした経済発展

による国庫収入増大に伴い農業への財政支出も再び増え始めた。こうしたことが追い風になっ

て、2000~2005年に農業生産は30%ほど増大した。国民所得の増大と共に農産物・食料に対す

る国内市場も変化しつつあり、一部の農産物・食料の輸入依存度が急速に高まった。 農業生

産の構造も大きく変化をとげており、個人専業経営のシェアが高まると共に、一方では旧社会

主義農場を穀物トレーダーなどの外部資本が次々と買収・統合して、巨大な直営農業体を形成

するという垂直インテグレーションのプロセスが進んだ。

このようにカザフスタンの農業は現在、大きな変化を遂げつつあるが、この復興期・転換期

は、カザフスタンのWTO加盟プロセスが本格化した時期と重なっており、同国の農業政策や今後

の農業発展の動向を考える上でWTO加盟問題は避けて通れないものとなっている。

本稿は、近年における生産構造、市場、政策の新たな動向を概観すると共にWTO加盟問題との

関連で、同国農業がどのような課題と展望を持っているのかを明らかにすることを目的として

いる。

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2 カザフスタン農業の概観 - 独立後の農業構造の変動

1) 地理的・歴史的特徴1

カザフスタンの国土の大半は砂漠、半乾燥地域、ステップに占められており、その大半は農

業に不向きであるか、あるいは草地を利用した牧畜のみが可能な地域となっている。農作物栽

培用の耕地として利用されているのは、総農地面積2億2千万ヘクタールのうち、2340万ヘクタ

ール(2006年)に過ぎない。

カザフスタン農牧業は地域的に3つに多く区分される。一つは北部4州よりなるステップ・森

林ステップ地域で、カザフスタンにおける穀物生産の7割がここに集中する。穀物生産地帯とし

て本格的に発展したのはソ連期の1950年代の「処女地開拓」の時代からで、1990万ヘクタール

にもおよぶ土地が新たに開墾され、ロシア、ウクライナなど旧ソ連の他地域からの移住者を大

量に動員して組織された大規模面積のソフホーズ(国営農場)を中心に穀物の生産が行われて

きた。

第二は、農作物の栽培に不向きな乾燥地帯が広がり、もっぱら草地を利用した畜産地帯とし

て発展した地域であり、これはカラガンダ州を中心とする中部から南部にかけての放牧を主体

とする畜産地帯と東カザフスタン州とする東部の畜産地帯に分けられる。

第三は、南部のシルダリア河流域地方などに広がる灌漑農業地帯であり、クジルオルダ、南

カザフスタン、ジャンプール、アルマティの4州よりなる。これらの地域には、カザフスタン

の潅漑地の7割が集中し、米や綿花、野菜・果樹や瓜類など北部ステップ地帯や中部乾燥地域

では見られない種類の農作物がつくられている。人口の6割以上がカザフスタン人で、ソ連時代

からロシア人など非カザフ系住民の人口比率が相対的に大きかった北部カザフスタンとは、そ

の面でも対照的な地域となっている。

以上のように、カザフスタン農業は地域的多様性が極めて顕著である。特に北部ステップ地

域の穀物農業地帯と南部の灌漑農業地域とでは農業に関わる歴史的背景が全く異なり、農作物

の種類はもちろんのこと、農法(天水にたよる北部の非灌漑農業と南部の灌漑農業)、生産組

1 カザフスタン農業の特徴と 1990 年代の改革に関する日本語文献としては、野部公一「体制移行期

のカザフスタン農業――農業改革を中心として――」『農業総合研究』第 54 巻第 1 号(2000 年 1月)、野部公一『CIS農業改革研究序説――旧ソ連における体制移行下の農業――』農文

協,2003 年、があげられる。

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Page 5: カザフスタンの農業及び農業政策 - maff.go.jp1 はじめに カザフスタンは、旧ソ連において、ロシア、ウクライナなどと共に、有力な農業生産国とし

織(北部が農業企業を中心とする大規模生産組織による生産であるのに対し、南部では個人経

営の要素がより強くなる)、労働力のあり方や村落の社会的構造などを含めて大きな相違があ

る。

2) 農業生産の動向

農業部門は現在ではカザフスタンのGDPの6.4%(2006年)を占めているに過ぎない。旧ソ連

時代末期においては国内総生産の3割程度を農業が占めていたと推計されているので、15年余り

の期間に経済に占める農業の見かけの上での重みは5分の1に低下したということになる。しか

し、総就業人口中に占める農業従事者の比率で見ると近年でも20~30%の水準を維持しており、

2 農村居住人口では全人口の4割以上に達している。すなわち、カザフスタンにおいては、農

業はその見かけ上の経済的地位の大きな後退にも関わらず、社会的重要性は、必ずしも失われ

ていない。

農業生産は、全ての生産物種類を集計した総量で見ると、1990年代にソ連時代の半分近くに

まで減少したが、2000年代の数年間でかなり回復し、現在ではソ連末期の7割前後の水準にまで

戻している。ソ連崩壊後の生産の低落の多くの部分は畜産業の壊滅的な落ち込みにより説明さ

れる。たとえば、肉生産量はソ連時代のピークには157万トン(1989年、屠体重)に達していた

が、2000年には62万トンと、4割以下の水準にまで減少した。牛乳生産量もソ連時代のピークが

1990年の560万トンだったのに対し、その後の7年間で333万トンにまで大きく減らした。2005

年のデータでは肉が76万トン、牛乳が475万トンとなっており、牛乳生産などは1990年代後半に

比べて生産の回復が顕著ではあるが、ソ連時代の水準にまでは届いていない。

2 公式統計では農業人口の正確な数値は明らかにされていない。農業のほかに林業と狩猟(漁

業を含まない)を合わせた就業人口で見ると 2005 年には 234 万人で、総就業人口 726 万人の

32.2%を占めている。

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表1 主要農畜産物の生産量(単位:千トン)

1990 1995 2000 2001 2002 2003 2004 2005

穀物(乾燥調整後重量) 28,488 9,506 11,565 15,897 15,960 14,777 12,374 13,800

(1)小麦 16,197 6,490 9,074 12,707 12,700 11,537 9,936 11,066

(2)大麦 8,500 2,208 1,664 2,244 2,298 2,154 1,387 1,545

(3)トウモロコシ 442 136 248.8 320.4 435 437 457 510

(4)米 579 184 214 199 199 273 275 310

ジャガイモ 2,324 1,720 1,693 2,185 2,268 2,308 2,260 2,521

肉(屠体重量) 1,560 985 623 655 673 693 737 762

牛乳 5,642 4,619 3,730 3,923 4,110 4,317 4,557 4,749

資料:カザフスタン共和国統計局

表2 作付面積 (単位:千ヘクタール)

1990 1995 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005

全作物 35,182 28,680 15,265 16,195 16,726 17,735 17,447 17,996 18,419

穀物 23,356 18,878 11,387 12,438 13,179 14,002 13,862 14,261 14,834

(1)小麦 14,070 12,552 8,411 10,113 10,827 11,709 11,350 11,928 12,639

(2)大麦 6,660 4,826 1,792 1,711 1,745 1,753 1,913 1,682 1,573

(3)米 125 95 72 78 71 68 84 81 86

綿花 120 110 141 152 185 171 200 224 204

砂糖ビート 44 41 19 23 20 20 22 23 19

油脂作物 384 448 350 408 632 665 667

じゃがいも 206 204 156 160 165 163 167 169 168

野菜 71 70 96 103 107 109 110 112 111

うり類 36 24 39 35 41 47 42 44 43

飼料作物 11,066 8,789 3,051 2,824 2,702 2,806 2,399 2,516 2,381

資料:カザフスタン共和国統計局

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一方、耕種部門の生産構造も独立後大きく変化したが、これも畜産の衰退と関連した動きが

大きな要因を占めていた。たとえば、ソビエト時代の1980年代後半に3500万ヘクタール以上あ

った総作付面積は、1990年代に半分以下に減少した(最も作付面積が少なくなったのは1999年

で1530万ヘクタール)が、減少分2000万ヘクタールのうち8割の1600万ヘクタールが、飼料用作

物の作付けの削減によるものであった。 2000年代になって農業生産が回復傾向が見られるよ

うになり、1999~2005年の間に315万ヘクタール作付面積が増大し、現在では作付面積は1800

~1900万ヘクタールとなっている。この作付面積増大はもっぱら小麦と向日葵などの油脂作物

によるものであり、それぞれ423万ヘクタール、28万ヘクタール増えている。

以上のような変化の結果、総作付面積の中で穀物の占める比率が顕著に増大した。ソビエ

ト時代の1990年には穀物の総作付面積に占める小麦の比率は60%であったが、2005年には85%

に達している。特に、穀物の中でも商品価値の高い小麦に作付けが集中するようになっており、

ソビエト時代には穀物作付けにおける小麦の比重は65%前後だったのに対し、現在では80%以

上に達する。

3) 農業経営・生産組織の変化

ソ連崩壊・カザフスタンの独立以後、カザフスタン農業は大きな構造的変化を被ってきた。

たとえば、カザフスタン北部の穀物地帯では、処女地開拓時代以来、農業向け資源は、ソフホ

ーズなどの社会主義農業企業が独占してきたが、体制転換後の私有化や土地改革などによって、

その保有構造が大きく変化した。

当初、移行経済諸国で一般的に見られるように、社会主義農業企業を継承した各種の農業生

産協同組合が、北カザフスタンでも支配的になるように見えたが、結局、それは一時的現象に

過ぎなった。1990年代半ばから、農業企業の資産が、経営指導者・幹部といった少数の農村エ

リートに集積していくという所有構造の大きな変化のプロセスが始まり、経営者が事実上のオ

ーナーとなって支配する有限会社などの会社農場が多くなっていった。旧ソフホーズ時代から

の巨大な農場組織が、支部農場レベルのサイズに分割される傾向も顕著になった。一また、土

地や資産の一部が個人にも配分されて「農民経営(フェルメル)」と呼ばれる個人経営が生れ

た。

農業構造の変化に大きな影響を与えたものとして指摘されるのは、農業企業をとりまく経済

条件の悪化、支払困難な債務を抱えた大量の赤字経営の発生、それらの赤字経営を破産させよ

うという政策が実行されたことである。カザフスタンのように、社会主義農場の継承法人がこ

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れほど多く「破産」の宣告を受け、その資産が実際に売却・処分された国は、移行経済諸国の

中でも多くは無い。

また、もう一つ重要な側面は、体制転換後の農地改革の独自性にある。ロシアやウクライナ

など旧ソ連の他地域と異なり、ソ連崩壊後も農地が国有のままで個人による私的所有が基本的

に認められないという状態が中央アジア諸国では続いたが、カザフスタンでは、農地の利用権

が、相続、売買、賃貸借の対象として比較的自由に取引されてきた。このユニークな土地関係

は、カザフスタンの農業構造を急速に変容させる上で重要なファクターとなった。

そして、農業構造の変化の中で重要と考えられるのは、穀物商社などの外部投資家による農

業企業の買収・支配が一部地域で活発に行われ、垂直インテグレーションが進んだことであっ

た。この現象が顕著となったのは、北部の穀物地域であり、南部でも稲作地域で同様の現象が

起きた。このプロセスは、1990年代後半に農業企業の経営状態が急速に悪化し、多くが破産状

態となって売却・譲渡の対象となったという状況と深く関連している。

以上のような改革と構造変化のもと、現在のカザフスタンの農業セクターでは以下のような

タイプの生産組織が並存して活動するようになっている。

(1)社会主義的農業企業の継承法人(会社農場と生産協同組合)

平均で数千ヘクタールの規模を持つ企業経営で、ソフホーズ、コルホーズ時代の資産と労

働力を引き継いでいる。こうした農業企業は垂直的インテグレーションのもとに外部資本に

支配され独立性を失っているものと、インテグレーションの対象とならずに独立性を維持し

ているものの2通りがある。2005年現在、このような農業企業が共和国全体で4900余り活動

を行っている。

(2)個人専業経営(「農民経営」)

社会主義体制崩壊後に現れた新しい専業的個人農業経営で、統計上および法律上のカテゴ

リーとして「農民経営」という名前で呼ばれている。その名前通り、多くの場合、経営主と

その家族員の労働力を中心とした農民家族の経営となっている。機械化された穀作中心の北

部の穀物地帯では平均で数百ヘクタールの規模があるが、南部では、数ヘクタール~数十ヘ

クタールの小規模・中規模面積の経営が中心である。2005年現在、15万7千の農民経営が全国

で活動している。

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(3)農村住民などによる副業的・半自給的個人経営

これは、社会主義時代には、「個人副業経営」または「住宅付属地経営」と呼ばれ、平均

で0.3ヘクタールほどの規模しかなかったが、ソ連崩壊後の農地改革による追加的土地分与の

結果、規模を2~4倍に拡大している。このような農村世帯の「個人副業経営」は全国で213

万ほど存在し、野菜などの労働集約的部門、酪農などの畜産部門で大きなシェアを占めるよ

うになっている。また、これとは別に、都市住民による平均数百平方メートル規模の市民菜

園が全国で280万ほど存在しているが、こちらは畜産には殆ど関わらず、じゃがいも、野菜・

果実の生産が中心となっている。

表3 主要農畜産物の経営種類別シェア(%)

1990 1995 2000 2001 2002 2003 2004 2005

穀物

農業企業 99.9 95.7 61.8 58.3 51.1 54.5 55.8 65.0

住民の副業経営 0.1 0.1 1.1 1.3 1.9 1.9 1.6 0.7

個人専業経営 0.0 4.2 37.0 40.4 47.0 43.6 42.6 34.3

じゃがいも

農業企業 46.4 14.3 4.2 4.0 3.1 3.3 3.4 2.8

住民の副業経営 53.6 84.5 84.5 83.8 84.5 82.7 79.5 81.8

個人専業経営 0.0 1.3 11.3 12.2 12.5 14.0 17.2 15.4

野菜

農業企業 65.6 29.9 6.0 6.4 3.8 3.5 3.6 3.2

住民の副業経営 34.4 64.3 71.8 67.4 68.5 66.2 64.9 65.6

個人専業経営 0.0 5.7 22.3 26.2 27.7 30.3 31.5 31.2

農業企業 66.0 35.2 6.5 6.2 6.4 6.5 6.8 7.2

住民の副業経営 33.3 62.7 87.2 88.8 88.7 87.9 87.1 85.9

個人専業経営 0.0 2.1 6.3 5.0 4.9 5.6 6.1 6.9

牛乳

農業企業 54.3 28.9 5.0 4.6 4.4 4.4 3.9 3.7

住民の副業経営 45.7 69.7 90.9 91.5 91.4 91.0 91.1 90.8

個人専業経営 0.0 1.4 4.2 3.9 4.1 4.6 5.0 5.4

資料:カザフスタン共和国統計局

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表3で見るように、カザフスタン独立後の15年間で、農業企業セクターと個人セクター(住

民の副業経営と個人専業経営)の生産シェアが大きく変化した。ソ連時代には、穀物、油脂作

物などの工芸作物は、農業企業セクターによってほぼ100%が生産されていた。また、もともと

個人セクターの強い野菜・じゃがいもといった分野や畜産においても、農業企業による生産が

半分以上のシェアを占めていた。しかし、ソ連解体後の1990年代になると、野菜、じゃがいも、

畜産といった分野から農業企業が次々と撤退するようになり、現在では、個人セクターが圧倒

的シェアを占めるようになった。特に畜産においては、生産の主力は、農村住民による極めて

零細な半自給的経営によって担われるようになり、専門的酪農経営、肉用家畜の専門経営は、

殆ど見られなくなった(唯一の例外は養鶏の分野のみで、ここでは工場型の企業経営が生産の

主力となっている)。

こうした生産の零細化・非専門化に伴い、生産効率の低下、供給の季節的不安定化、食品加

工向けの原料の品質劣化など、国内加工産業の競争力低下を招くような多くの問題が生じてい

る。

3 貿易と国内市場

1) 穀物の輸出と国内消費

カザフスタンは独立後も穀物供給国としてのソ連時代の遺産を引き継ぎ、穀物を重要な輸

出商品としてきた。気候条件次第の不安定な生産を反映して年毎の変動は大きいが、独立後

の穀物の輸出量(加工品を除く)は年間300~600万トンの範囲で推移してきた。主な輸出先

はロシアなど旧ソ連諸国が150~300万トンほどとなっており、残りを中東や地中海諸国(北

アフリカ、トルコ)など、カザフスタンが独立後に旧ソ連の市場以外の新たな販路として関

係をつくってきた国々に輸出している。穀物輸出の大半は食用小麦で、全体の90%を占める。

ロシアやウクライナなど、近年、穀物輸出国として台頭してきた国々も、輸出向けとの中

心となっているのは飼料用穀物であり、良質の食用小麦はむしろ不足気味なので、カザフス

タンからの輸入に頼り続けている。これらの国では、蛋白含有量の高いカザフスタンの小麦

(または小麦粉)は自国産の小麦粉とブレンドされ、パン用として消費されている。

カザフスタン国内における穀物消費量は、表4で見るように、畜産業の衰退を反映して、飼

料向け利用量および飼料穀物作付け削減の影響で種子向け利用量がソ連時代に比べ大きく減

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少している。2000年以降、これらに関しても回復傾向が見られるがソ連時代には遠く及ばな

い。食用としての消費量は安定していて大きな変化はない。近年、唯一顕著な増大を示して

いるのが食品加工向けの利用量であるが、その多くは輸出向けの小麦粉生産の増大分であり、

国内市場向けとは言えない。 したがって、近年におけるカザフスタン国内の穀物消費量は900

~1000万トンほどと考えることが出来、それを越える供給分(生産量と前年からの在庫)が

同国の穀物および穀物製品の輸出余力を形成する。国内消費は、停滞する国内畜産業が今後

目覚しい回復・成長を遂げないかぎり、大きく伸びないであろう。

一方、穀物生産の方は1990年代の危機的な状況を脱しており、今後、国外への販路が確保

され、投資が進めば、生産量を大きく伸ばす潜在力を持っている。

表4 穀物需給表 (単位:千トン)

1990 1995 2000 2001 2002 2003 2004 2005

期首在庫 7,062 11,260 8,731 7,249 11,856 14,073 11,895 10,841

生産 28,488 9,506 11,565 15,897 15,960 14,777 12,374 13,781

輸入 355 13 17 24 55 37 16 36

供給合計 35,905 20,779 20,313 23,170 27,871 28,887 24,285 24,658

飼料用 6,063 1,755 2,679 3,044 2,986 3,019 3,178 3,277

種子用 3,684 2,528 1,349 1,393 1,934 2,340 2,450 2,554

加工向け(食品用) 8,619 6,114 2,617 2,668 3,470 3,767 3,402 4,292

加工向け(非食品用) 200 100 160 268 315 376 422 425

個人消費 37 45 248 221 251 256 266 282

輸出 2,923 3,818 5,684 3,311 4,357 5,835 2,933 2,022

ロス 1,258 253 127 409 485 503 793 599

期末在庫 13,122 6,166 9,413 11,856 14,073 11,895 10,841 10,178

利用合計 35,905 20,778 20,313 23,170 27,871 27,990 24,285 23,630

注)輸出入量および飼料用の消費は穀物加工品を除く。 2003年と2005年は、総供給量と総利用

量との間に統計的な不整合がある。(資料:カザフスタン共和国統計局)

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Page 12: カザフスタンの農業及び農業政策 - maff.go.jp1 はじめに カザフスタンは、旧ソ連において、ロシア、ウクライナなどと共に、有力な農業生産国とし

2) 加工製品輸出の増大

1990年代にはカザフスタンの農産物・食糧輸出は穀物(小麦)に偏重する傾向が強められて

いたが、近年大きな変化が置きつつある。数年前までは農産物・食糧輸出の8割以上を穀物が占

めていたのに対し、この数年、そのシェアがかなり低下し、加工製品のシェアが大きく伸びて

いる。小麦に関しても、そのまま輸出するのではなく小麦粉の形で輸出する割合が大幅に増え

ている。

穀物を未加工のまま輸出する場合、輸送コストの負担が大きすぎて、競争力を確保するのが

難しいという問題が生ずる。カザフスタン穀物の輸出先がロシア一辺倒ではなく、より遠隔の

地域へと変わってきた現在、輸送コストの問題は一層深刻になっている。2005年よりロシアが

自国を経由して第三国に輸出される穀物の鉄道輸送に対して、輸送料金を大幅に引き上げてお

り、輸送コストの上昇は著しくなっている。黒海やバルト海の港湾に小麦を輸送するコストは

トンあたり40~50ドルであり、生産者価格の2分の1~3分の2にも達する。

以上のような背景もあり、2005年以来、小麦粉の輸出が急増している。1990年代末頃までは、

小麦粉の輸出は20万トンほどにとどまっていたが、2005年には100万トンを輸出し、小麦粉輸出

量では世界3位となった。 2006年には輸出量はさらに160万トンまでに増えたと報告されてい

る。

また、小麦粉以外の製品として、近年注目されているのが、EU向けのバイオエタノールであ

り、政府の支援のもと、北カザフスタン州で2つの最新のプラントが建設され生産を開始して

いる。また、それらのプラントでは副製品としてグルテンの生産も行われ、これも輸出向けと

なっている。

既に述べたように、カザフスタンは潜在的に現在よりも大きな輸出余力を抱えているのであ

り、そうしたポテンシャルが実現するためには、新たな販路・市場が必要となっている。その

鍵を握っているのが、今後も増大すると期待される種々の穀物製品の輸出であろう。

3) 食品の輸入依存率の上昇

以上、穀物の貿易と国内市場について見てきたが、次に穀物以外の農産物・食品に関して簡

単に触れたい。

すでに見てきたように、1990年代末から、カザフスタンにおけるマクロ経済環境が大きく

好転し、国民の所得水準も高まり、加工度の高い相対的に上質の食品に対する需要も伸び始め

た。それに伴い、1999年ごろから国内の食品産業の生産が活発化する傾向が見られるようにな

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Page 13: カザフスタンの農業及び農業政策 - maff.go.jp1 はじめに カザフスタンは、旧ソ連において、ロシア、ウクライナなどと共に、有力な農業生産国とし

っている。しかし、国内農産物を原料を利用した国産食品の競争力は概して弱く、畜産製品を

中心に輸入が急増しているのが現状である。

輸入依存度の大きい品目としては、ソーセージ類(20~30%)、鶏肉(60~70%)といっ

た肉製品、チーズ(40%)、バター (30~40%)、 コンデンスミルク・クリーム(80~85%)、

アイスクリーム(60%)といった乳製品があげられる。

競争力の弱さの原因となっているのは、カザフスタンの食品産業の体質と、食品産業に原料

を供給する農業生産者の問題の2つである。

カザフスタンはソ連時代には原料農産物供給基地として位置づけられていたせいもあって、

食品産業の発展がもともと十分でなかったが、1990年代の経済不況のもとで、農産物のうち、

食品加工に向けられる比率は非常に低くなった。牛乳、肉、穀物、油脂作物などの加工比率は

10~20%の水準に低迷していた。2000年代には、食品需要の増大に対応して加工比率も若干高

まっているが、以前として20~30%水準であり、先進国に比べると極端に低い状態である。ま

た、穀物製品、植物油、砂糖を除くと、食品加工産業の製造能力は国内の需要量を下回ってお

り、しかも、その稼働率は非常に低い水準にとどまっている。3

多くの工場がソビエト時代からの旧い機械(ロシア製など)を使い続けており、それらは

効率が悪く、エネルギー浪費的であり、加工コストの高騰と製品品質の低下という問題に悩ん

でいる。他産業に比べて収益性が非常に低く、食品産業全体の収益率が3%以下となっている(製

造業平均は20%を超える)。自己資金も乏しく、銀行からの融資の条件が非常に厳しいため設

備近代化のための資金調達も困難な状況となっている。4 とくに、包装設備は高価な輸入設備

に頼らざるを得ず、これに投資できない企業は輸入品などとの競争で困難な状況におかれてい

る。

3食品加工業界全体の製造能力と国内市場での消費量を比較すると、小麦粉・パン製造は 3.7 倍、

植物油は 1.8 倍、砂糖は 2.5 倍であるのに対し、肉は 49%、青果物加工は 27%に過ぎない。牛乳

加工は 95.3%で製造能力と国内需要の規模がほぼ一致するが、実際の稼働率が著しく低いため

に、国内需要を大幅に下回っている。稼働率は近年でのデータによると、植物油が 67.4%、穀物

加工が 40.6%、牛乳加工は 25%、肉は 15.8%となっている。 4 カザフスタンでは、銀行などの金融機関からの資金調達コストが非常に高い。金利は平均的に

は16~22%とされる。また、担保の要求度が大きい。融資額の150%以上を要求されることが多く、

それを満たすためには個人資産を担保とせざるを得ない。しかも、金融機関から長期融資を受け

るのは困難で、得られるのは短期資金のみである。以上のような環境において、食品産業などの

中小企業では、親戚・友人からの借り入れなどインフォーマルな資金調達の方法に頼らざるを得

なくなっている。

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Page 14: カザフスタンの農業及び農業政策 - maff.go.jp1 はじめに カザフスタンは、旧ソ連において、ロシア、ウクライナなどと共に、有力な農業生産国とし

また、輸入依存度が特に顕著な乳製品については、国産製品は原料乳の供給に大きな問題を

抱えている。既に見たように、現在では90%以上の牛乳が零細で半自給的な住民の副業的経営

で生産されており、国内乳業メーカーは、原料乳の多くをこれらの零細で分散的な生産に頼ら

ざるを得ない。そのため、農村地域の道路の悪さなどインフラ面での劣悪さもあいまって、原

料乳の品質低下、集乳コストの高さ、供給量の不安定性など様々な問題が生じており、国内乳

業メーカーの競争力の弱さの大きな原因となっている。

零細農家の中から近代的な設備を持った専業酪農経営が育つ見込みは現状では殆どない。

そのため、カザフスタン国内の大手の乳業メーカーは、より上質の原料確保が望める農業企業

の大規模酪農の復活に期待しており、零細農家に対するよりも高いプレミアム価格を支払おう

としているが、農業企業セクターの酪農の復活は遅々として進んでいないのが現状である。

4 農業政策の動向

1) 独立後のカザフスタンの農業政策の特徴

カザフスタンの農業政策に対しては、先進諸国など他の国と比較して極めてリベラルで保

護色が弱いとする評価が多い。

たとえば、世銀とカザフスタン政府からの委託を受けて農業政策について調査を行ったロシ

アの農業専門家セローワは、「カザフスタンは世界でも最もリベラルな農業政策を実施してき

た国である」、「カザフスタンの農業は1990年代末までの困難な時期を脱してから急速な回復

をとげているが、同国におけるこうしたリベラルな農業政策は、移行期における最も成功した

例を示すものである」と評価している。5 そこでは、1) 農業関連の国の支出の中でWTO基準に

よる「緑箱の政策」に分類されるものが88%に達する、2)農業政策の力点は市場の諸制度と農

村インフラの整備に置かれており、農産物市場に対する国のコントロールは最小限となってい

る、といった点が評価されている。

また、世銀の専門家による非公式の評価によると、補助金など所得移転部分の農業所得中

に占める比率は、カザフスタンでは8~10%ほどに過ぎず、OECD諸国平均の30%を大きく下回っ

ている。OECD方式による実質保護水準の推計によると作物分野では補助率はマイナス17%、畜

5 E.Serova. Agrifood Sector Competitiveness in Kazakh Republic (in Russian). 2003. (http://www.iet.ru/afe/projects/project-kazakh-t.pdf)

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産分野では31%のプラスという結果が出されており、農業全体としてみると保護水準はかなり

低いものにとどまっている。

このように、あらゆる尺度で見て、独立後のカザフスタンの農業政策が非常にリベラルで

保護水準の低いものであったことは明らかであろう。しかしながら、1990年代における農業政

策がリベラル一辺倒だったのと比較すると、1990年代末からの政策は、農業分野へのサポート

に大きく舵取りをしている点で違いがあり、以下では、それらの政策転換の背景と近年におけ

る農業支援政策の主要な点について検討してみることにしたい。

2) カザフスタン側の見解と政策力点の変化

現在のカザフスタン政府の政策担当者や専門家は、上に述べたようなポストソ連期の農業政

策が、先進諸国の農業政策に比べて過度にリベラルであり、それにより、不利な立場に置かれ

てしまっていると考えるようになっている。 カザフスタン側がWTO加盟国の中で農業分野にお

いてカザフスタンの競争相手となる国々(カナダ、オーストラリア、米国、EU諸国)と比べ、

支持水準が低く、不公平な立場に置かれているという不信感が彼らの間に広まっている。

カザフスタンにおける国内支持水準が、米国や欧州に比べて著しく低いことを示すために、

しばしば、耕地1ヘクタール当たりの補助額が引用される。たとえば、エシーモフ農業大臣の

次のような発言(2006年8月)がその典型である。

「穀物市場では、カザフスタンの競争相手になりそうなのはカナダだが、カナダでの耕地

1ヘクタール当たりの国による支持額は80ドルであり、『黄の政策』に分類される補助は農

業生産額の14%に達する。また、畜産物について競争相手になりそうなのはオーストラリア

だが、ここでは国による支持額は耕地1ヘクタール当たり27ドル、『黄の政策』に分類され

る補助は農業生産額の50%にもなる。ところが、カザフスタンの場合、1ヘクタール当たり

の国の農業支援額は13.5ドルであり、『黄の政策』の補助は農業生産額のわずか2.5%に過

ぎない。WTOの勧告によれば『黄の政策』の補助は農業生産額の5%以内に抑えるべきなのだ

が。」

現在、カザフスタン政府内では農業に対してより支援を強めるべきだという見方が支配的に

なっている。こうした変化は、1990年代末以降に起きたといえる。そして、実際に、1990年代

末以来、カザフスタンは農業向けの財政支出・補助金を急速に増やしてきた。2005年には農業

への補助金は800億テンゲ(6億1千万ドル)に達したが、これは農業GDPの13.5%であり、同じ

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旧ソ連諸国のロシア(10.5%)、ウクライナ(8.1%)よりもかなり高い水準である。

この数年における補助増大の中身を検討してみると、次のような特徴が指摘できるだろう。

・「緑の政策」の比率を増やしながら農業への財政支援を実現してきた。

・その一方で、投入財補助(金利支援を含む)に大きな力点が置かれている。

・補助金の配分の穀物分野への偏重。

副農業大臣Liliya Musinaの2005年10月のインタビュー記事によると、「緑の政策」に分類さ

れる支持額と「黄の政策」に分類される支持額の比率は70:30となっている。緑の政策が農業

への支出の7割を占めるという点は、WTO加盟問題に関する議会公聴会(2006年10月)での第一

副首相の演説の中にも見出される。すなわち、カザフスタンでは、国家支持のうちのなるべく

多くの部分を「緑の政策」の形にしようとする方向性がかなり明確になっているように思われ

る。

カザフスタンにおける農業への補助金の一つの特徴は、穀物分野偏重である。しかも、大規

模農業企業への支援を重視している。この数年の実績でみると、作物分野への財政支出と畜産

物の財政支出の比率は8:2~7:3程度となっている。ここで、注意しなければならないの

は、政府の補助金の多くが、穀物生産農場を傘下におく穀物トレーダーなどのアグリビジネス

の投資家に流れているということである。これらの垂直統合体のリーダーたちは、自らの政治

組織を通じて、政府や議会で活発なロビー活動を行っており、自分たちに有利な法律や支援プ

ログラムの制定に大きな影響力を行使している。

3) 投入補助の強化とその背景

投入財補助のうち短期的な資材購入(肥料、種子、農薬、農業用水)の合計は、国家食料プ

ログラム2003~2005によると、年間85億テンゲ。また、このほかに、カザフスタンは収穫期に

おける燃料輸出の停止措置を毎年実施して、収穫期における燃料費の低下を促す政策を行って

いる

また、投入財購入の際、銀行などの金融機関からの資金調達コストが非常に高いという問題

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Page 17: カザフスタンの農業及び農業政策 - maff.go.jp1 はじめに カザフスタンは、旧ソ連において、ロシア、ウクライナなどと共に、有力な農業生産国とし

があるが、これを解決するために、金利補助プログラムと、農業機械リース事業の国による支

援がこの数年実施されてきた。後者については、政府系リース会社の「カズアグロフィナンス」

が、期間7年、年利5%(2006年は年利4%)の優遇的な条件での農業機械リース事業をこの5

年やっており、センターは、農業経営者に対してリース制度利用のための支援を行っている。

この制度のメリットはインフレ率(年7~8%)よりも低い低金利と、7年という長期で、融

資を受けられるということのほかに、担保として購入した機械設備などをそのまま担保として

使える点にある(通常の銀行融資では担保額が融資額の150%ほどなので、融資を受けるのが困

難となっている)。借り手側にとってのこの制度の一番の問題は、機械の購入費用の15%を最

初に納入しなければならない点にある。総額に制限はなく、申請は全て受諾されるという。6

なお、「カズアグロファイナンス」による農業機械リース・プログラムは、市場を通じた機

械取得に比べ農業者に有利な条件が提供されているということで、ウルグアイ・ラウンド農業

合意のルールによる削減対象の国内支持策にカウントされる。ただし、カザフスタンが農業分

野に関して途上国扱いを受け、農業合意6条2項対象国となるなら、「投資補助」が削減対象か

らはずされることもある。

カザフスタンにおける農業機械更新プログラムは、農業生産者の保有機械の更新が長い間停

滞して、農業の国際競争力が低下する構造的要因の一つになっていることを背景としている。

そのような意味で、旧ソ連諸国の農業が置かれた特殊な過渡的要因を考慮して、これを一時的

な救済的措置として認めるべきとカザフスタン側が考えるのも無理のないところである。

特に、考慮すべきなのは、個人専業経営(「農民経営」)における機械更新が困難になって

いることである。機械更新が活発に行われているのはインテグレーター傘下の農業企業が中心

であり、個人経営の多くは1990年代初頭の機械をいまだに使い続けている例が多い。

5 カザフスタンのWTO加盟問題

1) 加盟交渉の状況

カザフスタンはロシアやウクライナなど他のCIS諸国よりやや遅れて、1996年1月に加盟申請

6 このほかに 2001 年ごろから、農村信用協同組合(Sel'skie kreditnye tovarishchestva) の制度

が導入されているが、これは農業企業や大規模農民経営向けとされている。

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を提出した。作業グループのメンバーは38カ国(EU、米国、カナダ、オーストラリア、日本、

ポーランド、ラトビア、ブルガリア、グルジア、スイス、トルコ、韓国、ブラジル、キューバ、

メキシコなど)だが、農業分野での主要な交渉相手となったのは米国、カナダ、EU、オースト

ラリア、ブラジルである。作業グループでの質疑応答と平行して、1998年の半ばから、市場ア

クセス拡大(関税削減)と農業の国内支持削減に関する二国間交渉をWTO加盟国と個別的に行い

始めた。

このように、カザフスタンはロシアやウクライナに比べて加盟申請は遅れたが、少なくとも

ロシアより先に加盟を実現しそうな状況とも言われる。理由はロシアなどに比べて交渉相手国

が少ないことにあり、またWTO加盟国側からの要求がロシアに対するものに比べ緩やかだという

評価もある。

作業グループでの質疑応答内容と、カザフスタン側のコミットメントを含む作業グループの

報告書はすでに2005年6月に提出されている。2006年10月までに、作業グループ39カ国のうち、

24カ国と二国間交渉を終了している。ただし、米国、カナダ、オーストラリア、EU、ブラジル

などカザフスタンに対して厳しい要求を行っている国々との交渉が残っており、特に市場アク

セスの問題で、交渉が続けられている。いずれにせよ、少なくとも2007年中に二国間交渉を全

て完了するだろうし、年度内にも加盟を実現する可能性もある。

ウルグライ・ラウンド農業合意においては、市場アクセス、国内支持水準、輸出補助金、衛

生植物検疫措置の4つが主要な問題であったが、カザフスタンのWTO加盟・農業交渉において焦

点になってきたのも、これらの問題であった。以下では、それらのうち、いくつかの主要な対

立点について、簡単に触れたい。

2) 市場アクセス問題

①関税削減

カザフスタン政府は1997年9月に関税に関する最初のオファーをWTOに提出した。農産物につ

いては、70%という関税上限を提案したが、作業グループ会合で、米国、カナダ、EUなどから

高すぎて交渉のたたき台とすることは出来ない反発を受けた。そして、翌年6月に、再び関税削

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減に関するオファーがカザフスタン側から提出。農産物については、上限の縛りが期首62%→

期末53%、工業製品については22%→13%、という内容だった。いずれも、カザフスタンにお

ける現状の関税平均水準(農産物が16%、工業製品5%)よりも、かなり高いものであった。

2001年には農産物関税削減に関するオファーがカザフスタンから提出された。農産物・食料

品については24グループ3千種類の品目が関税削減の対象とされた。しかし、その一方でカザフ

スタン側は、一連の「センセィティブな」品目(肉・肉製品、乳製品、穀物、穀物製品、砂糖・

菓子類、野菜・果物加工品、アルコール飲料など)について、輸入関税を現行水準よりも高い

レベルにしたいという立場を交渉で表明してきた。輸出競争力のある穀物まで「センセィティ

ブな」品目に含めているのは、カザフスタンの食料安全保障の要となる重要な農産物だからで

ある。

カザフスタンの農産物・食料に対する現行の輸入関税は著しく低い水準にある。1990年代前

半、国内の食料市場を充足させる目的で関税を引き下げたからである。しかし、これ以上、関

税を削減するようなことになると国内生産に大きな打撃となるという判断から、6年前に交渉を

始めたときに輸入関税については十分に高い指標から始めた。

現在のカザフスタン側のオファーは、出発点の関税水準が24.5%、期間末が16.9%となって

いる。現在の輸入関税 の算術平均は12.4%であるから、その差はだいぶ縮小された。EUは概

ね同意しているが、米国は期間末の関税水準が現行より低くなるように要求している。

②特別セーフガード(SSG)

農業合意では、WTO加盟国に対していわゆる"senstive"な商品グループについての「特別セー

フガード」(定められた品目について、ダンピングなどの理由など輸入が急増した場合にとら

れる輸入規制措置)を実施する権利を認めている。ロシアやカザフスタンなど旧ソ連の加盟申

請国は、SSGの権利を主張しているが、特に、カザフスタンは食料安全保障にとって重要と位置

づける9つの品目(家禽肉、バター、植物油、ソーセージ、砂糖など)についてSSGが実施でき

るような権利を認めるよう求めている。 しかし、WTO側は新規加盟国に対してはそのような権

利は認めないと反対している。SSGは「差別的な措置」であるという理由からである。

③関税割当(TRQ)

WTO加盟国は、ウルグアイ・ラウンド合意後、非関税障壁の関税化を実施する一方で、関税割

当制と特別セーフガードを実施するようになった。43の国で1425ものTRQが実施されている(割

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当分の関税率の平均は63%、非割当分の関税率の平均は128%)。しかし、関税割当はウルグア

イ・ラウンド後、批判の対象とされてきた。関税割当は、実際には、通常の輸入割当と全く大

差ない状況が生まれているからである。割当外の関税率が非常に高いので、多くの場合、関税

割当の範囲でしか輸入されない。

こうした状況もあり、WTO加盟国側は新規加盟国の関税割当を原則として認めない立場をとっ

ている(例外として、ブルガリア、ラトヴィア、中国にはこの権利が認められているが)。ロ

シアやカザフスタンなど旧ソ連諸国は、ブルガリア、ラトヴィア、中国の例にしたがって自国

にも関税割当の権利を与えるべきと主張している。このうち、カザフスタンは、鶏肉について、

関税割当を提案している。 カザフスタン国内の鶏肉業は、ブラジルと米国からの輸入鶏肉と

の競争に勝てないので、カザフスタン側は、鶏肉への輸入関税を高水準に保ちたいと主張して

いた。しかし、WTO加盟国側はこれに強く反対しており、妥協的な措置として、カザフスタン側

は関税割当制の実施を認めるよう提案してきたのである。 具体的には、割当枠10万トン、割

当枠内での輸入に対する関税が25%、枠外の輸入に対しては55%の関税という数字が提案され

ているが、この問題についての主な交渉相手である米国はこれを受け入れておらず、カザフス

タン側はさらなる譲歩をせまられている。

3) 国内助成の削減問題

ロシア、ウクライナの場合と同様に、カザフスタンの場合も、WTO加盟農業交渉においては、

国内助成総額(AMS)計算の基準期間の選択をめぐってカザフスタン側とWTO加盟国側の対立が続

いてきた。

カザフスタンが1996年1月に加盟申請を行ったとき、国内支持額計算の基準期間として申請

直前3年間の1994~1996年が選ばれた。この基準で計算すると、AMSは4億ドル余りとなる。 し

かし、その後、WTO加盟国側が基準期間変更の要求を出してきて、カザフスタン側は1996~1998

年を基準期間とする提案を行った。この新しい基準では、AMSは11億ドルと約3倍に増えた。

そして、現在、WTO加盟国側は再度の変更を求めているという。

しかし、AMSの計算は非常に手間がかかる作業であり、再変更するとなると、加盟交渉プロセ

スはさらに長引くことになる。EUはカザフスタン側の提案を支持、米国とカナダは明確には反

対をせず、オーストラリアは反対を表明している。

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4) 輸出補助

輸出補助金は、過剰となった農産物を輸出により処理するためにEUなどが行ってきたもので

あるが、「貿易を歪める」貿易制度の典型であり、WTOの理念にも反するはずのものである。ウ

ルグライ・ラウンドの多国間交渉では、その完全な撤廃の合意にはいたらず、農産物に対して

だけ例外的に認められることになった。しかし、農産物について輸出補助金を適用する権利を

持つ国の数が削減され、現在、WTO加盟の144ヵ国中25国しか、この権利を持たない。

ドーハ・ラウンドでは輸出補助をより広く定義し、それらの撤廃をめざす方向で交渉が行わ

れていることもあって、新規加盟申請国との交渉でも輸出補助金の問題は直接的な輸出補助金

だけでなく、間接的な形態(輸送費の補助や輸出品に対する優遇税制など)を含めて議論され

ている。 旧ソ連の加盟申請国の中で輸出補助の権利の留保を希望しているのは、ロシアと

カザフスタン (輸送費の補助)、ベラルーシ(輸出品に対する優遇税制)である。

特に、国土が広く、輸出向けの農産物の国内輸送コストの大きいカザフスタンでは、輸送費

の補助の形での間接的な輸出補助金の権利は保持しておきたいと考えられている。

このように、カザフスタン農業のおかれている現状を考えると、WTO側の求める基準や原則は

非常に厳しいものであり、加盟交渉の中で多くの対立点が生じ、交渉は難航してきた。しかし、

一方では、穀物、石油を初めとする資源や素材製品の有力な輸出国となっているカザフスタン

にとって自由な貿易体制の維持は経済にとっての死活問題であり、WTO加盟のメリットも大きい。

農業や食品産業にとってネガティブな影響が避けられないにせよ、結局のところ、これらの対

立点においてもカザフスタン側は譲歩を重ねてWTO加盟を実現していくことになるだろう。

6 おわりに

本論では、ソ連崩壊後の独立カザフスタンにおける農業生産や市場の変化と農業政策の新た

な展開について論じてきた。

農業政策の面について言えば、カザフスタン農政の特徴は、体制転換後の10年ほどは殆ど見

るべき農業政策というものを展開してこなかったということである。農地改革や国有農場、集

団農場の私有化など改革=構造政策は存在したが、産業としての政策、農村振興の政策は殆ど

欠如していたと言ってよい。本文中でも述べたように、カザフスタンは旧ソ連の中でも「最も

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リベラルな農業政策」を展開してきたという評価も見られる。

1990年代の構造不況のもとで財政的な余裕がないために農業向けの国の支出が最小限のもの

にとどまっていたということがその大きな理由の一つであった。また、この時期には、経済政

策におけるリベラルな言説が非常に強かったことも影響があった。

カザフスタンで「農業政策」と呼べるような国の政策が本格的に始められたのは、経済回復

がはじまり、財政状況が改善するようになった1990年代末からの数年のことである。石油産業

と中心とした急速な経済発展と国庫収入の増加を背景として、カザフスタンの農業政策は急速

に保護色を強めつつある。また、政府や議会において、かつてのようなリベラルな言説の影響

力は後退し、農業に対しては先進国と同様に適切な国のサポートが必要であるという考えが支

配的となっている。

農業部門は、ソ連崩壊後の長い不況期間に機械や設備が老朽化・陳腐化しており、早急に機

械・設備の更新をすることが必要となっている。これは、競争力がもともと弱く輸入依存度の

大きくなった分野のみならず、穀物のような輸出商品の分野でも緊急のものとなっている。

農業部門と食品加工部門を生き返らせ、近代化させて、競争力を高め、輸入依存率の上昇を

抑えるためには、国によるサポートが必要なことは明らかである。また、農村人口比率がロシ

アなどに比べて高いカザフスタンにおいては、政治的見地からも社会政策としての農村支援政

策がより強く求められている。

カザフスタンにおける農業政策の転換期とWTO加盟交渉が時期的に重なってしまったのは歴

史の皮肉である。カザフスタン政府が近年になって始めた農業近代化のための施策の多くはWTO

の原則に反するものとして、削減の対象となってしまっている。カザフスタンはこうしたジレ

ンマに直面しつつ、グローバリゼーションの制約条件に従いながら、旧ソ連内の有力農業国の

一つとして生き残っていく可能性を今後も追求していくことになろう。

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