タンパク質分解酵素「カテプシンv」がシミの原因となるメラニ … ·...

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1 平成 27 年 11 月 5 日 富士フイルム株式会社(社長:中嶋 成博)は、シミの原因となるメラニン色素を含む「メラノソーム」が表皮細胞 (ケラチノサイト) ※2 で分解される際に、タンパク質分解酵素「カテプシンV」が関与していることを発見しました。 カテプシンVは、細胞内の消化器官「ライソソーム」 ※3 に存在する酵素で、その量が減少すると、ケラチノサイト にメラノソームの蓄積が多くなり、ケラチノサイトの細胞分裂が抑制されてしまうことも確認しました。この結果は、 カテプシンVの増減がターンオーバーによるメラニンの排出に関与していることを示唆しています。また、当社は、 米ぬか脂質に含有される成分「オリザノール」に、カテプシンV産生促進作用とメラノソーム分解促進作用があるこ とを確認。さらに、本成分を世界最小クラス20nmサイズで安定にナノ分散した「ナノオリザノール」の開発に成功 しました。粒子径を小さくすることにより、皮膚への浸透性向上が期待できます。 当社は平成25年に、ケラチノサイト内でメラノソームが分解すること、さらに、その分解にはライソソームが関 与していることを明らかにしており、このメカニズムについて研究を進めてきました。今回新たに得られた研究成果 を、機能性化粧品の開発に応用していきます。なお、本研究の内容は、平成28年3月26日から29日まで開催され る「日本薬学会第136年会」で発表する予定です。 研究の成果 1. タンパク質分解酵素 カテプシンVが、メラノソームの分解に関与することを発見 タンパク質分解酵素「カテプシンV」がシミの原因となるメラニン色素を含む メラノソーム ※1 の分解に関与することを発見 米ぬか脂質に含有される「オリザノール」が、メラノソームの分解を促すことを確認 【図 1】 カテプシンV量増減によるケラチノサイトの比較 ■実験方法 通常のケラチノサイトと、RNA干渉 ※4 技術を用いてカテプシンV の量を減らしたケラチノサイトを作成。その後、それぞれにメラノ ソームを添加して培養。蛍光染色して蛍光顕微鏡でメラノソーム の量を観察した。 ■実験結果 通常のケラチノサイトと比べて、カテプシンVが少ないケラチノサ イトでは、メラノソームが多く蓄積されていることが観察できた。 ライソソーム内のさまざまな消化酵素の中で、「カテプ シンV」に着目。通常のケラチノサイトと比べて、カテプ シンVが少ないケラチノサイトでは、メラノソームが多く蓄 積されていることが観察できました(【図 1】参照)。この ことから、カテプシンVがメラノソームの分解に関与してい ることが明らかになりました。 通常のケラチノサイト(左)と比べてカテプシ ンVの量を減らしたケラチノサイト(右)では、メ ラノソーム(緑色の部分)の蓄積が多くなった。 緑色:メラノソーム(gp100) 青色:細胞核 赤色:ケラチノサイト <皮膚におけるメラノソームの産生・代謝過程(左)とメラノソーム分解の推定メカニズム(右)> ①指令:紫外線を浴びたケラチノサイトからメラニン産生を促す情報伝達物質が発生する ②産生:情報伝達物質による刺激によってメラノサイトがメラニン/メラノソームを産生する ③移動:メラニン色素を含むメラノソームがメラノサイトからケラチノサイトへ受け渡され、分解される(右図参照) ④排出:受け渡されたメラノソームはケラチノサイトのターンオーバーに伴って排出される

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Page 1: タンパク質分解酵素「カテプシンV」がシミの原因となるメラニ … · メラノソームと構造タンパク「gp100」とは メラノソームは、「gp100」と呼ばれるタンパク質が層状に重なり合って配列し、ラグビーボール状の形態をなす

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平成27年11月 5日

 富士フイルム株式会社(社長:中嶋 成博)は、シミの原因となるメラニン色素を含む「メラノソーム」が表皮細胞(ケラチノサイト)※2で分解される際に、タンパク質分解酵素「カテプシンV」が関与していることを発見しました。 カテプシンVは、細胞内の消化器官「ライソソーム」※3に存在する酵素で、その量が減少すると、ケラチノサイトにメラノソームの蓄積が多くなり、ケラチノサイトの細胞分裂が抑制されてしまうことも確認しました。この結果は、カテプシンVの増減がターンオーバーによるメラニンの排出に関与していることを示唆しています。また、当社は、米ぬか脂質に含有される成分「オリザノール」に、カテプシンV産生促進作用とメラノソーム分解促進作用があることを確認。さらに、本成分を世界最小クラス20nmサイズで安定にナノ分散した「ナノオリザノール」の開発に成功しました。粒子径を小さくすることにより、皮膚への浸透性向上が期待できます。 当社は平成25年に、ケラチノサイト内でメラノソームが分解すること、さらに、その分解にはライソソームが関与していることを明らかにしており、このメカニズムについて研究を進めてきました。今回新たに得られた研究成果を、機能性化粧品の開発に応用していきます。なお、本研究の内容は、平成28年3月26日から29日まで開催される「日本薬学会第136年会」で発表する予定です。

研究の成果1. タンパク質分解酵素 カテプシンVが、メラノソームの分解に関与することを発見

タンパク質分解酵素「カテプシンV」がシミの原因となるメラニン色素を含む                メラノソーム※1の分解に関与することを発見米ぬか脂質に含有される「オリザノール」が、メラノソームの分解を促すことを確認

【図1】 カテプシンV量増減によるケラチノサイトの比較■実験方法通常のケラチノサイトと、RNA干渉※4技術を用いてカテプシンVの量を減らしたケラチノサイトを作成。その後、それぞれにメラノソームを添加して培養。蛍光染色して蛍光顕微鏡でメラノソームの量を観察した。■実験結果通常のケラチノサイトと比べて、カテプシンVが少ないケラチノサイトでは、メラノソームが多く蓄積されていることが観察できた。

 ライソソーム内のさまざまな消化酵素の中で、「カテプシンV」に着目。通常のケラチノサイトと比べて、カテプシンVが少ないケラチノサイトでは、メラノソームが多く蓄積されていることが観察できました(【図1】参照)。このことから、カテプシンVがメラノソームの分解に関与していることが明らかになりました。

通常のケラチノサイト(左)と比べてカテプシンVの量を減らしたケラチノサイト(右)では、メラノソーム(緑色の部分)の蓄積が多くなった。

緑色:メラノソーム(gp100)青色:細胞核赤色:ケラチノサイト

<皮膚におけるメラノソームの産生・代謝過程(左)とメラノソーム分解の推定メカニズム(右)>

①指令: 紫外線を浴びたケラチノサイトからメラニン産生を促す情報伝達物質が発生する②産生: 情報伝達物質による刺激によってメラノサイトがメラニン/メラノソームを産生する③移動: メラニン色素を含むメラノソームがメラノサイトからケラチノサイトへ受け渡され、分解される(右図参照)④排出: 受け渡されたメラノソームはケラチノサイトのターンオーバーに伴って排出される

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2. カテプシンVの量が減少すると、ケラチノサイトの細胞分裂が抑制されることを確認

【図2】 メラノソームを取り込んだケラチノサイトの    細胞分裂に対するカテプシンVの影響

■実験方法通常のケラチノサイトと、RNA干渉技術を用いてカテプシンVの量を減らしたケラチノサイトを作成。その後、それぞれにメラノソームを添加して24時間培養。メラノソームを添加する前の細胞数を100%として相対値を示した。■実験結果通常のケラチノサイトでは、細胞数が増加した。カテプシンVが少ないケラチノサイトでは、細胞数が減少した。

 カテプシンVの量が少ないケラチノサイトにメラノソームを添加し、24時間培養したところ、細胞数が減少しました(【図2】参照)。 実際の肌のシミ部位においては、メラノソームが過剰に蓄積したケラチノサイトは増殖能が低下し、ターンオーバーによるメラニンの排出が滞ることが知られています。 本実験で確認されたケラチノサイトの細胞分裂の抑制は、カテプシンVの減少によって、メラノソームの分解が滞り、細胞内に蓄積したために生じたと考えられます。

3. 米ぬか脂質に含有される「オリザノール」の、カテプシンV産生促進作用とメラノソーム分解促進作用を確認

 上記1.と2.の実験結果より、シミ部位におけるメラノソームの分解には、カテプシンVの増加が重要であると考えられます。そこで、カテプシンVの増加に有用な成分の研究を進めたところ、米ぬか脂質に含有される成分「オリザノール」が、カテプシンVの産生(【図3】参照)を促進することが分かりました。また、オリザノールにメラノソームの分解を促進する作用があること(【図4】参照)も見出しました。

【図3】 オリザノールのカテプシンV産生促進作用

■実験方法ケラチノサイトに「オリザノール」を添加し培養。24時間後に細胞を回収しカテプシンVの産生量を調べた。オリザノールを添加しない場合のカテプシンV産生量を100%として相対値を示した。■実験結果オリザノールの添加量を増やすと、カテプシンVの産生量が増加した。

【図4】 オリザノールのメラノソーム分解促進作用

■実験方法メラノソームが蓄積したケラチノサイトにオリザノールを添加し培養。48時間後にメラノソーム構造タンパク「gp100」を蛍光染色し定量した。オリザノールを添加しない場合のgp100量を100%として相対値を示した。■実験結果オリザノールの添加量を増やすと、メラノソーム(gp100)の分解が促進された。

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4. 美白有用成分「オリザノール」を世界最小クラス20nmサイズで安定にナノ分散した「ナノオリザノール」を開発

 オリザノールには水にも油にも溶けにくく、凝集しやすい性質があります。そのため、従来の技術では、粒子径が大きいオリザノール分散液しか作ることができず、成分を肌の奥まで届けることは困難でした。当社は、オリザノールを独自技術で、世界最小クラス20nmサイズで安定にナノ分散した「ナノオリザノール」の開発に成功しました(【図5】参照)。粒子径が小さくなったことで、皮膚への浸透性向上が期待できます。

【図5】従来技術でナノ化したオリザノール分散液(左)と当社新開発のナノオリザノール(右)の透過型電子顕微鏡像

研究の背景 肌に強い紫外線が当たると、皮膚内でメラノソームが産生され、ケラチノサイトに蓄積されます。蓄積されたメラノソームは、ケラチノサイトのターンオーバーに伴って排出されます。しかし、ターンオーバーが正常に行われず、ケラチノサイトにメラノソームが過剰に蓄積すると、シミとなって現れます(【図6】参照)。これまでのシミ・美白に関する研究では、「メラニン産生を促進する因子」や「メラニン産生自体の抑制」などに関する報告が多く、メラノソームがケラチノサイトに受け渡されてからの蓄積や分解に関する過程について、詳しいことは明らかになっていませんでした。 メラノソームについて研究を進めてきた当社は、これまでに培養ケラチノサイトにおいてメラノソーム構造タンパク「gp100」が分解されること、さらにメラノソームが、ライソソームに取り込まれることを確認しています※5。今回は、メラノソームが分解される機構について検証するため、ライソソームが持つさまざまな消化酵素の中から、タンパク質分解酵素「カテプシンV」に着目。カテプシンVは、ケラチノサイトに受け渡されたメラノソーム周辺に存在することが報告されており、メラノソームの分解に関与するのではないかと考えました。

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1 m【図6】皮膚のシミ部位のケラチノサイトに    蓄積するメラノソームの電子顕微鏡像

※1: メラノサイト(色素細胞)内に存在する細胞小器官。シミの原因となるメラニン色素は、メラノソームに貯蔵されケラチノサイトへ移動する。※2: 皮膚を構成する細胞。角化細胞とも呼ばれ、何層にも重なった構造を示す。メラノサイトで生成したメラニン色素を取り込む性質がある。※3: 細胞内に存在する消化器官。内部に多様な消化酵素を持ち、異物を取り込み消化する。リソソームとも呼ばれる。※4: 細胞に二本鎖RNAを導入した場合、それと同じ配列をもつ遺伝子の発現(タンパク質の合成)を抑制する現象のこと。※5: 平成25年11月第73回日本化粧品技術者会研究討論会にて当社が報告しています。

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本件に関するお問い合わせは、下記にお願いいたします。<報道関係>富士フイルム株式会社 コーポレートコミュニケーション部 TEL 03-6271-2000<今回の研究に関するお問い合わせ>株式会社 富士フイルム ヘルスケア ラボラトリー ブランドマネージメント部 ®0120-186-833

メラノソームと構造タンパク「gp100」とは メラノソームは、「gp100」と呼ばれるタンパク質が層状に重なり合って配列し、ラグビーボール状の形態をなすことが知られています。メラノソームでは、構造タンパク「gp100」が骨組みとなり、そこにメラニン色素が沈着していきます(【図7】、【図8】参照)。実際のヒト皮膚のシミ部位では過剰に蓄積するメラノソームの様子が観察されています(【図6】参照)。

タンパク質分解酵素「カテプシンV」とは カテプシンは、細胞内、特にライソソーム内に広く存在するタンパク質分解酵素(プロテアーゼ)の総称で、活性部位や基質特異性の違いでA、B、C~と分類されています。カテプシンVは、電子顕微鏡による観察で、ケラチノサイトに受け渡されたメラノソーム周辺に存在することが報告されています。今回の研究の結果からカテプシンVは、メラノソームの分解に関与すると考えられます。

【図 7】メラノソームの形態模式図 【図 8】メラノソームの電子顕微鏡像