人体ダイナミクス特性計測機械システム 及び動作自動生成 ...1...

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システム開発 14-F―12 人体ダイナミクス特性計測機械システム 及び動作自動生成モデルの開発に 関するフィージビリティスタディ 報告書 ― 要旨 ― 平成15年6月 財団法人 機械システム振興協会 委託先 社団法人 人間生活工学研究センター

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  • システム開発

    14-F―12

    人体ダイナミクス特性計測機械システム

    及び動作自動生成モデルの開発に

    関するフィージビリティスタディ

    報告書

    ― 要旨 ―

    平成15年6月

    財団法人 機械システム振興協会

    委託先 社団法人 人間生活工学研究センター

  • この事業は競輪の補助金を受けて実施したものです。

  • わが国経済の安定成長への推進にあたり、機械情報産業をめぐる経済的、社会的諸条件は急速

    な変化を見せており、社会生活における環境、都市、防災、住宅、福祉、教育等、直面する問題

    の解決を図るためには技術開発力の強化に加えて、多様化、高度化する社会的ニーズに適応する

    機械情報システムの研究開発が必要であります。

    このような社会情勢の変化に対応するため、財団法人機械システム振興協会では、日本自転車

    振興会から機械工業振興資金の交付を受けて、経済産業省のご指導のもとにシステム技術開発調

    査研究事業、システム開発事業、新機械システム普及促進事業等を実施しております。

    このうち、システム技術開発調査研究事業及びシステム開発事業については、当協会に総合シ

    ステム調査開発委員会(委員長:放送大学教授 中島 尚正氏)を設置し、同委員会のご指導のも

    とに推進しております。

    本「人体ダイナミクス特性計測機械システム及び動作自動生成モデルの開発に関するフィージ

    ビリティスタディ」は、上記事業の一環として、当協会が社団法人人間生活工学研究センターに

    委託し、実施した成果をまとめたもので、関係諸分野の皆様方のお役に立てれば幸いであります。

    平成15年6月

    財団法人 機械システム振興協会

  • はじめに

    我が国の産業力強化の観点から、開発リードターム短縮化の重要性が指摘され、また高齢化が

    急速に進む中で、高齢者を含む生活者にフィットした製品の提供による質の高い生活が望まれて

    いる。このため、個人の人体特性に適合した製品設計のためのデジタルヒューマン開発に必

    要な、人体ダイナミクス特性を、精度良く、かつ簡便に計測するための機械システムを試作

    するとともに、動作自動生成デジタルヒューマン実用化の可能性を検討することが必要であ

    る。

    デジタルヒューマンは、現在、主として人体寸法を中心に開発されており、さまざまな体

    型の人間の合成ができることが利点となっているが、実際の人間はさまざまな動作をし、そ

    れに伴って操作力が発生したり、重心が不安定になって転倒したりする。このようなダイナ

    ミクスを模擬できるデジタルヒューマンは、ニーズは高いものの実用化されていない。

    人体ダイナミクス特性を生体から推定する方法としては、各個人について人体表面形状と

    医用断層画像を取得し、それを合理的に節に分割した上で、積分によって節ごとの重量や重

    心位置、慣性モーメントを計算するのが一般的である。しかし、実際の人間の関節は、デジ

    タルヒューマンのモデルのような剛体リンクではなく、どこで切断すれば、モデルに一致す

    るデータが得られるかは不明である。

    ここでは、従来の生体計測とは発想を異にする動力学的なアプローチで、個人の人体ダイ

    ナミクス特性を計測する方法を研究する。すなわち、最初から、デジタルヒューマンモデル

    を仮定して、そのモデルにおいて動力学的な拘束を満足するような、モデル体節の人体ダイ

    ナミクス特性を最適化する。また、そのための計測機械システムを試作し、さらにその計測

    結果を用いて動作自動生成モデルの試作も行う。本方法が確立されれば、個人の運動特性に

    適合する機械システムのデジタル設計による製品開発が可能となる。

    この結果、自動生成デジタルヒューマンが実現すれば、設計・開発段階での実験を大幅に

    減少することが可能となり、機械システムの開発リードタイムを大幅に減少する技術が確立

    される。また、高齢者をはじめとする生活者が満足度の高い製品を低価格で、かつ短期間の

    入手が可能になるとともに、産業競争力の強化が期待できる。

    平成15年6月

    社団法人 人間生活工学研究センター

  • はじめに

    目 次

    1.スタディの目的 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 1

    2.スタディの実施体制 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 3

    2.1 実施体制 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 3

    2.2 業務分担 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 3

    2.3 調査委員会 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 4

    2.3.1 総合システム調査開発委員会 ・・・・・・・・・・・・・ 4

    2.3.2 人体ダイナミクス特性計測機械システム検討委員会 ・・・ 5

    3.スタディの内容 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 6

    第1章 6軸反力計測フットウェアの試作開発 ・・・・・・・・・・・・ 8

    1.1 従来の研究と技術課題 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 8

    1.2 センサ基本構造とフットウェアの形状設計 ・・・・・・・・・ 10

    1.3 センサ部構造設計 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 15

    1.4 性能評価 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 17

    第2章 人体ダイナミクス特性データの計測 ・・・・・・・・・・・・・ 18

    2.1 従来の研究と技術課題 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 18

    2.2 姿勢計測・運動計測方法 ・・・・・・・・・・・・・・・・・ 20

    2.3 実験結果 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 21

    第3章 ダイナミクス特性計算最適化の検討 ・・・・・・・・・・・・・ 28

    3.1 従来の研究と技術課題 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 28

    3.2 シミュレーションによるパラメータ感度 ・・・・・・・・・・ 30

    3.3 推定方法と結果 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 31

    第4章 動作自動生成モデルの試作 ・・・・・・・・・・・・・・・・・ 33

    4.1 従来の研究と技術課題 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 33

    4.1.1 運動学的方法(Kinematic) ・・・・・・・・・・・・ 33

    4.1.2 運動力学的方法(Dynamic) ・・・・・・・・・・・・ 34

    4.1.3 筋骨格系モデル(Masculo-Skeletal System) ・・・・ 36

    4.1.4 本スタディのアプローチ ・・・・・・・・・・・・・・ 37

    4.2 動作自動生成モデルの概要 ・・・・・・・・・・・・・・・・ 40

    4.3 生成した動作例 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 44

    4.スタディの成果 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 51

    おわりに

  • 1

    1.スタディの目的

    本スタデイの目的は、個人の人体特性に適合した製品設計のためのデジタルヒュー

    マン開発に必要な、人体ダイナミクス特性を、精度良く、かつ、簡便に計測するため

    の機械システムを試作するとともに、製品開発の短縮化に資する動作自動生成デジタ

    ルヒューマン実用化の可能性を検討する。

    多くの機械システム(自動車、生産機械、家電など)は、人間が操作するものであ

    り、人間の体型や運動特性に適合するように設計されていなければならない。従来は、

    実際の機械システムを試作した上で、特定の被験者が操作して、そのときの人間特性

    データを計測・評価することにより、改良・製品化を進めることが一般的であったが、

    近年では、CAD上で設計した機械システムとコンピュータ上に合成した人間との整

    合性を、仮想空間内で事前評価する方法(デジタルヒューマン)が普及してきている。

    このようなデジタルヒューマンは、現在、主として人体寸法を中心に開発されており、

    さまざまな体型の人間を合成できることが利点となっている。ただし、実際の人間は、

    さまざまな動作をし、それに伴って、操作力が発生したり、重心が不安定になって転

    倒したりする。このようなダイナミクスを模擬できるデジタルヒューマンは、ニーズ

    は高いものの実用化されていない。

    一方、ロボットの分野では、人間型の体型と機構を有し、人間と同等の重量配分と

    サイズのヒューマノイドによる二足歩行が実現されている。実体のヒューマノイドで

    は、デジタルヒューマンのように体型を自在に変更することはできないが、運動生成

    という視点では、環境や自分自身との幾何学的干渉を避け、動力学的に安定する運動

    が合成できている。当然、これらの運動は、ロボットシミュレータと呼ばれる動力学

    シミュレータの中で検証されており、この段階においては、デジタルヒューマンと何

    ら変わりがない。しかしながら、ロボット分野で研究され、開発されてきた運動生成

    技術が、そのままデジタルヒューマンの運動生成技術として利用できるかというと、

    必ずしもそうではない。ヒューマノイドの動きは、ヒューマノイドの持つ(人間によ

    く似た)体型と構造のものが、ヒューマノイドの有するアクチュエータのパワー限界

    内で実現しうる軌道であり、人間らしい動きとは限らないからである。

    そこで、本スタディでは、実際の人間のダイナミクス特性を計測・分析し、それに

    応じて、人体運動を自動生成するモデルを開発することを目標とする。人体ダイナミ

    クス特性の計測においては、ヒューマノイドの運動との比較が容易になるように、足

    裏にかかる6軸反力を直接計測できる足底装着型の専用計測装置を開発する。その装

    置を用いて、歩行動作における人体ダイナミクス特性を計測し、現在のヒューマノイ

    ドとの比較を行う。また、合わせて、さまざまな姿勢での計測を行って、人体各部の

    質量・慣性モーメント・重心位置などを従来の生体計測とは異なる方法で推定しうる

    かの検討を行う。最終的には、これらの知見に基づいて、人体、ないしは、人体型の

    ロボットモデルの運動生成方法を改良し、より、人間に近い自然な運動を自動生成す

  • 2

    るモデルを試作する(図1-1)。

    図1-1 デジタルヒューマン概念図

    このような人体ダイナミクス特性計測装置を用いて、人体各部の質量・慣性モーメ

    ント・重心位置を推定する技術及びそれに基づく人体動作を自動生成する技術は、高

    齢者などの体力弱者の人体ダイナミクス特性に適合する機械システムのデジタル設計

    に繋がる基盤技術であり、今後の高齢社会対応の観点からも極めて重要である。

  • 3

    2.スタディの実施体制

    2.1 実施体制

    (財)機械システム振興協会内に「総合システム調査開発委員会」を設置し、(社)人間

    生活工学研究センターにおいては、主体的にフィージビリティスタディを実施し、実施方

    針、実施内容等については、独立行政法人産業技術総合研究所 デジタルヒューマン研究

    センターの指導を受けるとともに、「人体ダイナミクス特性計測機械システム検討委員会」

    を設置して、審議、確認を受け推進した。

    2.2 業務分担

    6軸反力計測フットウエア及び動作自動生成モデル試作品の評価・試験については、独

    立行政法人産業技術総合研究所 デジタルヒューマン研究センターに再委託を行う。

    財団法人機械システム振興協会

    社団法人人間生活工学研究センター

    [フィージビリティスタディの一部]

    産業技術総合研究所 デジタル

    ヒューマン研究センター

    総合システム調査開発委員会

    人体ダイナミクス特性計測機

    械システム検討委員会

    委託

    再委託

  • 4

    2.3 調査委員会

    2.3.1 総合システム調査開発委員会

    総合システム調査開発委員会は以下の委員で構成した。

    総合システム調査開発委員会委員名簿

    (順不同・敬称略)

    委員長 放送大学 中 島 尚 正

    教養学部

    教授

    委 員 政策研究大学院大学 藤 正 巌

    政策研究科

    教授

    委 員 東京工業大学 廣 田 薫

    大学院総合理工学研究科

    知能システム科学専攻

    教授

    委 員 東京大学大学院 藤 岡 健 彦

    工学系研究科

    助教授

    委 員 独立行政法人産業技術総合研究所 野 崎 武 敏

    つくば東事業所

    管理監

    委 員 独立行政法人産業技術総合研究所 太 田 公 廣

    つくば中央第2事業所

    管理監

  • 5

    2.3.2 人体ダイナミクス特性計測機械システム検討委員会

    人体ダイナミクス特性計測機械システム検討委員会は以下の委員で構成した。

    人体ダイナミクス特性計測機械システム検討委員会委員名簿

    (順不同・敬称略)

    委員長 独立行政法人産業技術総合研究所 持 丸 正 明

    デジタルヒューマン研究センター

    副センター長

    委 員 東京大学大学院 太 田 順

    工学系研究科 精密機械工学専攻

    助教授

    委 員 松下電器産業株式会社 R&D 企画室 大 成 直 子

    R&DD 推進グループ ユーザビリティ推進チーム

    主任

    委 員 独立行政法人産業技術総合研究所 加 賀 見 聡

    デジタルヒューマン研究センター

    主任研究員

    委 員 トヨタ自動車株式会社 第1開発センター 金 森 等

    第1車両実験部 第13実験室

    主査

    委 員 電気通信大学 下 条 誠

    電気通信学部知能機械工学科

    教授

    委 員 慶応義塾大学 中 村 俊 康

    医学部整形外科

    助手

  • 6

    3.スタディの内容

    人体ダイナミクス特性を生体から推定する方法としては、各個人について人体表面形状

    と医用断層画像を取得し、それを合理的に節に分割した上で、積分によって節ごとの重量

    や重心位置、慣性モーメントを計算するのが一般的である。しかし、実際の人間の関節は、

    デジタルヒューマンのモデルのような剛体リンクではなく、どこで切断すれば、モデルに

    一致するデータが得られるかは不明である。そこで、本スタディでは、最初から、デジタ

    ルヒューマンモデルを仮定して、そのモデルにおいて動力学的な拘束を満足するような、

    モデル体節の人体ダイナミクス特性を最適化する。この方法では、運動力学計算に必要な

    人体ダイナミクス特性を、実測した運動データそのものから計算するため、別種のデータ

    (形状計測や医用画像)から計算する方法に比べ、モデルとの合理性が高く、計算誤差が

    小さくなる。また、計測に使う装置も簡便になり、個別データの取得も可能となる(図3

    -0-1)。

    図3-0-1 フットウェア概念図

    具体的には以下の内容について実施する。

    (1) 6軸反力計測フットウェアの試作開発

    運動中の足裏にかかる6軸反力(3方向の反力と、3軸まわりのモーメント)をリアル

    タイムで計測可能な着装式の「6軸反力計測フットウェア」を試作開発する。薄型(目標

    200mm)、軽量(目標 500g)で、運動に支障を来さない靴底形状とする。

  • 7

    (2) 人体ダイナミクス特性データの計測

    試作した6軸反力計測フットウェアを足に装着した被験者による歩行実験を行い、運動

    計測装置による全身運動を計測することにより、人体を分割した節毎の変位・速度・加速

    度及び足裏の6軸反力データを計測する。

    (3) ダイナミクス特性計算最適化の検討

    各節の変位、速度、加速度と人体ダイナミクス特性データから計算される足裏の6軸反

    力と、実際に計測された6軸反力が一致するように、個人のダイナミクス特性データ(節

    ごとの質量、重心位置、慣性モーメント)を最適化計算する方法を確立する。

    (4) 動作自動生成モデルの試作

    これらの結果から、人体ダイナミクス特性に基づく、運動力学的な制約を考慮した、さ

    まざまな体型の動作や障害物を避ける動作等の動作生成を行う動作自動生成モデルの試作

    を行う(図3-0-2)。

    図3-0-2 動作自動生成概念図

  • 8

    第1章 6軸反力計測フットウェアの試作開発

    1.1 従来の研究と技術課題

    人体にかかる外界からの反力を計測する装置としては、床反力計と呼ばれる床面埋め込

    み型のロードセルが一般的である(窪田ほか, 1994)。床反力計は、3~4個のロードセル

    を、人体支持板の下に配置し、そのロードセルで検出された3軸方向の力から、床面に働

    く3分力と、モーメントの釣り合い位置(ZMP: Zero Moment Point、COP: Center Of

    Pressure)を計算する。原理的には、3軸まわりのモーメントを計算しうる。ただし、床

    反力計にはいくつかの欠点がある。第1には、床に固定されているという点である。さま

    ざまな姿勢や広範囲の運動について計測するには、数多くの床反力計を設置しなければな

    らない。第2は、左右足が別の床反力計に乗らなければならないという解析上の制約があ

    る点である。人間の両脚が接地しているとき、それぞれの足裏に働く反力が、別々に計測

    できないと、いわゆる閉ループ問題となり、力学解析ができなくなる。そのため、左右の

    足は、別々の床反力計に乗っていなければならない。歩行分析においては、そのような計

    測上の制約が大きな支障にはならないが、本研究のように、さまざまな姿勢での計測を行

    う場合には、この制約が大きな支障となる。第3は、固有振動数である。床面に敷設する

    大型床反力計は、その大きさ故、どうしても固有振動数が低くなりやすい。

    床側ではなく、足側に力センサを取り付ける方策もある。圧力分布センサを薄いシート

    状に実装し、それを足の裏と靴の中敷きの間に装着して足裏にかかる力を計測する装置が

    ある。センサとしては、力によって静電容量型、可変抵抗型、あるいは、ピエゾ方式など

    がある。それぞれ、計測解像度、直線性、ヒステリシス特性、耐久性、センサ厚さ、計測

    周波数に得失がある。一般に静電容量型は計測解像度・耐久性・計測周波数に優れる。可

    変抵抗式は、多くの場合センサ厚さを非常に薄くでき、耐久性に優れる。ピエゾ式は直線

    性とヒステリシス特性に優れ、計測周波数も高いが、静的計測に不向きである。これらの

    センサを用いれば、床反力計の設置位置や踏み分けに制約されることなく、ZMP 位置を計

    測できる。ただし、足裏接線方向の力を計測できないため、ZMP 位置は正確ではない。

    本研究では、足底に装着可能で、足裏にかかる3軸方向の力と、3軸まわりのモーメン

    トを計測し、ZMP 位置を正確に計算しうる「6軸反力計測フットウェア」を開発する。こ

    れは、剛性の高い金属で構成される、いわゆる「鉄ゲタ」のようなものであり、歪ゲージ

    式のセンサを用いる。装置自体は、圧力分布センサよりずっと厚く(一般的な圧力分布セ

    ンサ:1[mm]~5[mm]、本開発の6軸反力計測フットウェア:200[mm]以上)、重量も大

    きい(一般的な圧力分布センサ:100g、本開発の6軸反力計測フットウェア:500g)。ま

    た、圧力分布センサがフレキシブルであるのに対して、本開発の6軸反力計測フットウェ

    アには可撓性がない。これらの装置特性は、自然な歩行を計測する際に、装置が人体の運

    動に干渉しないために必要な要件であるが、本研究のように、人体ダイナミクス特性の導

    出を目的とする場合には、さほど重要な要件ではない。むしろ、足裏に垂直な方向の力だ

    けでなく、足裏にかかる6軸反力を正確に計測できる必要がある。とは言え、可能な限り、

  • 9

    履きやすく歩きやすい形状設計が望ましいことは言うまでもない。そこで、できる限り違

    和感なく運動できるフットウェア形状と、装置と足を固定するストラップ形状について、

    木製の装置モックアップを試作して、実験的に検証した。その後、得られた形状設計指針

    に基づいて、基本設計を行い、それを実装した。さらに、完成した6軸反力計測フットウ

    ェアの基本性能を検証した。

    【参考文献】

    ・窪田俊夫, 山崎信寿 (1994). 歩行分析データ活用マニュアル-床反力編-.⦆東京 ,⦆てらぺい

    あ.生命工学工業技術研究所 (1996), 設計のための人体寸法データ集, 東京, 日本出版サービス

  • 10

    1.2 センサ基本構造とフットウェアの形状設計

    本開発の6軸反力計測フットウェアに内蔵する6軸反力センサの基本構造を図3-1-

    1に示す。人体に反力を伝達する足底接地板に固定された起歪体と床面に力を伝達するベ

    ース部からなり、起歪体に生じる歪を、歪ゲージで検出する。起歪体とベース部は、球体

    で連結されており、3軸方向力の相互干渉が起きないような構造となっている。球体ジョ

    イントは3つ以上の箇所に配置され、それぞれのジョイントで検出した3軸方向力と、球

    体ジョイント中心の正確な位置情報から、3軸まわりのモーメントを計算しうる。また、

    モーメントの釣り合い点である ZMP 位置も計算できる(図3-1-1)。

    図3-1-1 センサ基本構造図

  • 11

    このセンサ構造と原理を踏まえ、6軸反力フットウェアの形状設計を行った。フットウ

    ェアを装着する被験者が、安定して運動できるためには、基本的に、足底接地板が、被験

    者の足のサイズより大きい必要がある。特に、本センサの構造上、球体ジョイント間距離

    をできるだけ大きくする方が、モーメントの計算精度を向上できる。一方、ジョイント間

    距離を大きくすると、それだけフットウェア自体が大型化し、自然な運動を妨げる。また、

    ジョイント間距離が大きくなれば、起歪体の剛性を保つために重量そのものも大きくなる。

    これも、自然な運動の妨げとなる。そこで、足底接地板は、球体ジョイント間距離が大き

    くとれる四角形形状で、日本人の足の 90 パーセンタイルをカバーする大きさとした。具

    体的には、日本人足長 90 パーセンタイルである 263.0[mm]と、足幅の 90 パーセンタイル

    である 103.9[mm]を参考(生命工学工業技術研究所, 1996)に、260[mm]×120[mm]とし

    た。

    ストラップは、市販のサンダルのストラップを流用した。前足部のみを固定するタイプ

    と、足首付近も合わせて固定するタイプの2通り考え得る。前足部のみで固定する場合、

    フットウェアが足から離れて前方に飛び出すことが予想されるが、本研究では、あまり激

    しい動きをするわけではないため、問題は少ない。これに対して、足首付近まで固定する

    タイプのものでは、ほとんど歩けないと考えられる。これは、足底接地板の剛性が高く、

    市販のスポーツサンダルのような可撓性がないためである。そこで、ストラップは前足部

    のみを固定するタイプを採用した。

    可撓性のないフットウェア(木製履物など)では、爪先部分と踵部分の傾斜が歩きやす

    さと大きく関係することが知られている。そこで、上記の足底接地板寸法とストラップを

    有し、爪先部分の傾斜角度が 90[度]、60[度]、45[度]の3つのモックアップを試作した(図

    3-1-2~図3-1-4)。

    図3-1-2 6軸モック側面図

  • 12

    図3-1-3 6軸ゲタ-モック 1

    図3-1-4 6軸ゲタ-モック2

    それぞれの、モックアップを実際に履いて、3名の被験者に歩行運動をさせ、歩きや

    すさを答えさせた。また、床面設置型の圧力分布計測装置(ドイツ・novel 社 e-med、

    図3-1-5)を使用して、フットウェア底面と床面の間に働く圧力分布を計測し、裸

    足の場合と比較した。

  • 13

    図3-1-5 床面設置型圧力分布計測装置(e-med)

    計測結果の例を図3-1-6、図3-1-7に示す。

    図3-1-6 フットウェア底面圧力分布(mock-emed)

  • 14

    図3-1-7 足裏圧力分布(裸足)(barefoor-emed)

    図中左側の白線は圧力分布計測装置で得られた ZMP 軌道、色分けは1歩行中期での最大圧力

    値を示している。右側のグラフは、上から足裏全体の中の最大圧力の時間変化、足裏全体にかか

    る力の時間変化、接地面積の時間変化である。なお、ここで得られている ZMP 軌道は、あくま

    でも床面に垂直な方向力のみから計算したものであり、厳密な ZMP ではない。健常歩行の場合、

    足裏全体にかかる力(鉛直方向床反力)の時間変化に二峰性が出るのが特徴である。踵が付いた

    直後に、一度、体重の 1.2 倍くらいまで加重し、その後、フットフラットと呼ばれるフェーズで、

    体重の 0.8 倍くらいまで減った後、爪先離地の直前に床面をけり出す力によって、再び、体重の

    1.2 倍程度まで加重する。このとき、ZMP 軌道は踵から第1指になめらかに抜けるような軌道を

    取る。図3-1-7(barefoor-emed)の結果も、その知見と良く一致している。一方、本開発

    のフットウェアモックアップのような剛性の高い履物を履くと、ZMP 軌道のなめらかさは失われ、

    履物後端のエッジで着床してからしばらく ZMP はそのエッジ上にとどまり、次に、中足部を素

    早く抜けて、履物前端のエッジに到達する。最後に、履物の第1指側に曲がって抜ける挙動を取

    ることがわかる(図3-1-6 mock-emed)。3つのモックアップで比較した結果、60[度]の角

    度を付けたモックアップでの ZMP 挙動が、もっとも裸足歩行に近く、また、このモックアップ

    でのみ、鉛直方向床反力に二峰性が認められた。被験者の答えた履きやすさのポイントも、60[度]

    の角度を付けたモックアップがもっとも高かった。以上のことから、前足部・踵部には床面に対

    して 60 度の傾斜を付けることとした。これにより、6軸反力フットウェアの基本外形設計が完

    了した。

  • 15

    1 . 3 センサ部構造設計

    並列支持機構を持つ6軸力センサの特徴は、 支持部を複数点配置することで力を分散させる及

    び各支持部は並進力のみを受けることによりモーメント荷重に強い機構とし、耐加重に比して軽

    量に構成できるというものである。またX,Y,Z 方向の並進力のみが測定されるため、6 軸力の

    計算が容易であり、複雑な校正式を求める必要がない。

    図3―1-9は今回のセンサの外観と内部の写真であるが、支持部の配置は従来型(図3-1

    -8)のもと同様である。支持部は4箇所あり長方形に広く分布させ、それぞれの点で計測され

    た3軸の並進力から6軸力を算出する。

    図3-1-8 従来センサ部構造

    図3-1-8は従来のセンサの支持部の構造を示したものである。支持部は起歪部であるベア

    リングの球からの力を2本の梁部が受ける構造となっている。梁部(beamA)はベアリングの球が穴

    の内側の面を押すことでy、z方向の並進力を受け、T 字型の梁部(beam B)はx 方向の並進力を受

    ける。モーメント力は起歪部が滑べることにより受けない機構となっている。

    次に、摩擦発生の具体的な例を述べる。図3-1-8のようにX方向の力を受けた時,梁部(beam

    B) はX 方向に歪む。この時仮に-Z 方向に一定の力がかかっているとすると、ベアリングは-Z 方

    向に押しつけられているため、梁部(beam A) の穴の下面と起歪部との間に摩擦力が生じる。梁部

    (beam A) には摩擦力の方向の力を検出する歪み部がないため、X 方向の力が実際より小さく検出

    される。

    支持部が独立した2本の梁部によって構成されるために起こる問題は次の2点がある。

    (1)2本の梁は独立に変形する。そのため起歪部が一方の梁部に力を与え、その梁の変形ととも

    に移動するとき、もう一方の相対的に動いていない梁の表面を滑べるという現象が生じ、摩

    擦が発生する。摩擦は,起歪部が摩擦の発生している面に押しつけられる力に比例して増大す

    る。

  • 16

    (2)発生した摩擦力は本来別の方向の力を検出する梁にかかるため、力が別の軸に干渉するか、

    もしくはその摩擦力は計測されない。これにより力が本来の値より小さく出てしまい、計測

    誤差の原因になる。また別の軸に力が干渉する原因となる。2本の梁部が相対的に動かない

    場合でも起歪部にかかる摩擦力は存在する。しかし動く場合に比べるとその値は小さいと思

    われる。また発生する摩擦力を正しい方向の検出部に検出させることができれば摩擦が発生

    しても測定誤差は減少すると思われる。

    図3-1-10に今回検討を行った梁部の図を示す。起歪部であるベアリングは凹型の穴には

    まる形で支持されており、面に対して垂直に力を加える、もしくは摩擦力により並進力を梁部に

    伝達する。梁部には並行平板の原理を利用した、各軸力に対応した歪み部があり他軸力を打ち消

    すようにブリッジが組まれている。これにより摩擦力も並進力として正しい歪み部に加えられ、

    他軸への干渉は避けられると考える。支持部を1本の梁とすることにより起歪部の梁に対する並

    進運動が生じない。モーメント力は起歪部が梁部の穴で回転することにより受けない仕組みとな

    る。

    図3-1-9 6軸センサ外観

    図3-1-10 6軸センサの梁構造

  • 17

    1 . 4 性能評価

    図3-1-11は、従来と今回開発したセンサにデジタルフォースゲージを用いてX方向に力を

    加えた時のグラフである。 左が従来のもので右が今回開発した梁部を持つセンサのものである。

    横軸はフォースゲージの値、縦は並進力の3成分である。摩擦を発生しうる加重がないため,正

    しい値が出力されるのが分かる。

    従来型センサ 今回開発センサ

    図3-1-11 3軸力実験結果(摩擦を生じる加重なし)

    図3-1-12は、まずセンサの上に約12Kgfのおもりを載せ、Z方向の加重を加えた状態でX

    方向にフォースゲージで約15Kgfまで加重を加え、X 加重を保った状態でセンサの上に載せたお

    もりを外し、その後X 加重を0Kgfにするという実験を行った結果である。グラフの見方は、図3

    -1-11と同じである。従来センサのグラフは、Xの並進力に摩擦による計測誤差があることが

    分かる。 またZ成分はおもりを外した後も、X加重により発生した摩擦により0Kgf まで戻らず、

    X 成分がなくなるにつれ0Kgfに戻っているのが確認された。 それに比べ今回開発したセンサの

    グラフより今回の改良によりどの成分も正確に値が出力されているのが分かる。

    従来型センサ 今回開発センサ

    図3-1-12 3軸力実験結果(摩擦を生じる加重有り)

  • 18

    第2章 人体ダイナミクス特性データの計測

    2.1 従来の研究と技術課題

    人体ダイナミクス特性として、一般的には、人体の運動と、人体が外部から受ける力、

    モーメントを同時に計測する。人体にかかる外界からの反力を計測する装置については、

    第1章において概説したので、ここでは、人体運動の計測装置について概説する。人体運

    動の計測装置には、さまざまな方式のものがある。ここでは、主流である3つの方式につ

    いて得失を述べる。

    (1) 光学式標点計測法

    人体の関節位置などにマーカを貼り、そのマーカの3次元位置をカメラで計測する方法

    である。計測精度は、理論的にはカメラの画素分解能と、カメラの光軸間角度で決まるが、

    実際には、その理論精度よりも優れた性能(3mの空間で数 mm の精度)のシステムが多

    い(Ehara, 1997)。これは、輝度情報やマーカの形状情報を使うことで、精度を向上して

    いるからである。計測周波数も高く、最近では、リアルタイムでマーカの3次元座標を計

    算し、それぞれのマーカがどの関節に取り付けられたものであるかを認識して、コンピュ

    ータの画面に表示できるシステムもある。システムが高額であること、カメラを使うため

    計測対象空間よりも、さらに大きな空間を必要とすること、カメラから隠れる部位の計測

    ができないことの3点を除けば、総合的にもっとも優れた運動計測方法であろう。マーカ

    の貼り方を工夫すれば、体節の6自由度を計測することも可能である。

    市販システムの多くは、反射式のマーカを使用する。マーカを自動的に追跡して3次元

    位置を計算するソフトウェア、個々のマーカがどの関節に付けられたものかを自動認識す

    るソフトウェアを具備している。最近は、有線式の時分割発光マーカを用いるシステムが

    出てきている。これは、反射マーカ方式が主流になる前に使われていた方式であるが、当

    時よりもカメラや画像処理が進んだため、より優れたシステムになっている。マーカが時

    分割発光するため、マーカの認識が確実で、多くのマーカを狭い範囲に貼り付けるような

    対象(手の動作計測など)には便利である。

    (2) 磁気センサ

    バーチャルリアリティなどの分野では、光学式標点計測法よりも、磁気センサを用いる

    運動計測法を使う場合が多い。この方式は、計測空間に傾斜した静磁場を発生させ、その

    静磁場中に置かれたセンサユニットの位置と姿勢の6自由度を計測するものである。1つ

    のセンサで6自由度の計測ができる点が特徴で、演算処理をほとんど必要としないため、

    リアルタイムの運動計測が可能である。光学式の計測システムに比べると、装置も低価格

    で、カメラの隠れの問題もない。問題は、同時に計測できるセンサの数が少ないことと( 16

    ~32 個)、計測対象空間の磁性体や誘電体の影響を受けやすいこと。特に、後者の問題は

    重要で、建物床下の鉄筋によって精度が大きく劣化することもある。実験の目的から計測

    空間内に金属が多い場合(自動車のモックアップ内での動作計測など)には、あまり適切

  • 19

    な計測方法とは言えない。

    (3) 超音波センサ・ジャイロセンサ・加速度計

    超音波発信器を人体に取り付け、空間に固定した受信機との距離関係から、人体の運動

    を計測する装置である。ジャイロセンサや加速度計と併用して、センサを取り付けた人体

    節の姿勢を検出するものが多い。検出した角速度を積分して角度変化を得ることになる。

    人間の動きは全般にはゆっくりしたものであるが、時として非常に速く動くときがある。

    通常のゆっくりした動きに対して感度を上げると、速い動きに追従できないことになり、

    その積分誤差が角度ずれ(ドリフト)として現れる。そこで、この角度ずれ(ドリフト)

    を保障するために加速度計を取り付けている。実際には、加速度を積分しているのではな

    く、重力方向の絶対的な方向を検出して、角度を補正している。そのため、水平面内の角

    度だけは、ドリフトが解決できないことがある。超音波を使っているため、カメラよりは

    遮蔽物に強い。ただし、遮蔽物が、発信器(人体に付ける方)の直上にあるときは難しい。

    本研究では、反力計測装置として金属製の6軸反力フットウェアを用いるため、磁性体

    の影響を受けやすい磁気センサ方式は不適である。計測対象は全身運動で、計測点数も多

    いことから、超音波センサやジャイロセンサでも不十分である。そこで、一般的に利用さ

    れている光学式標点計測法を利用することとした。

    【参考文献】

    ・Ehara, Y.,Fujimoto, H.,Miyazaki, S.,Mochimaru, M.,Tanaka, S. et. al(1997) Comparison

    of the performance of 3D camera systems II, Gait andPosture, 5, 251-255.

  • 20

    2.2 姿勢計測・運動計測方法

    本研究で利用した、運動計測システムの外観を図3-2-1、図3-2-2

    (motion_analysis)に示す。

    図3-2-1 motion_analysis 外観

    図3-2-2 motion analysis 近影

    デジタルヒューマン研究センター所有の Motion Analysis 社の運動計測システムは、10 台のカ

    メラから構成されている。3000[mm]×3000[mm]×1800[mm](H)程度の空間を計測可能で、この

    空間内での標点位置誤差は 2[mm]以下である。

  • 21

    2.3 実験結果

    人間の歩行におけるダイナミクス特性の計測結果及び同等の条件下で計測したヒューマノ

    イドロボットH7のダイナミクス特性計測結果を示す。

    図3-2-3 3軸床反力(左:人間、右:ロボット H7)

    図3-2-3は、6軸反力フットウェアで計測した床反力の3軸力波形である。横軸は時間で、

    単位は%。踵接地から、同側の踵接地までの1歩行周期を100%として正規化してある。縦軸

    の単位はNである。大きな変動を示しているのは上下方向の床反力で、踵接地直後に静時体重量

    の 1.5 倍程度のピーク力を示している。一方、踵接地のすぐ後には、床反力が減少し始め、フッ

    トフラットと呼ばれる足裏が床面に着いている時期には、静時体重量よりも小さな値となる。そ

    の後、蹴り出し動作に伴って、再び、上下床反力が増加を示し、蹴り出しとともにピークを迎え

    て、その後、蹴り出しにつれて減少し、遊脚中はゼロとなる。前後方向の床反力は、鋸歯状の波

    形であり、踵接地直後には、人体を後方に押し返す制動として働いている。その後、蹴り出しに

    向けて、今度は前方方向に押し出す力として働いていることが分かる。もう1つの波形は、左右

    方向の力であるが、一般的な歩行では大きな左右方向力は発生しない。これに対して、ヒューマ

    ノイドロボットの動きは、総体的には類似しているが、個々には異なる点が多く見られる。最大

    の相違は、上下方向床反力に2つのピーク(二峰性)が見られない点である。床に接地した後、

    上下方向に見かけ重量が増えることなく、静かに歩いている様子が分かる。

    FRF

    -200

    -100

    0

    100

    200

    300

    400

    500

    600

    700

    800

    1 8

    15 22 29 36 43 50 57 64 71 78 85 92 99

    選択範囲(100%)

    FRF

    -200

    -100

    0

    100

    200

    300

    400

    500

    600

    700

    800

    1 8

    15 22 29 36 43 50 57 64 71 78 85 92 99

    選択範囲(100%)

  • 22

    図3-2-4 矢状面内での重心移動(左:人間、右:ロボット H7)

    COP は床反力作用点(Center Of Pressure)であり、本スタディにおける ZMP(Zero

    Moment Point)と同義である。COG は床面内での重心位置(Center Of Gravity)である。

    横軸は歩行周期(%)で、縦軸は左右位置である。人間でもヒューマノイドでも、ZMP(COP)

    は歩行とともに、左右に振れている。ZMP は、かならず、足裏にあるため、歩隔(歩行中の

    左右の足幅)だけ左右動するのは当然である。興味深いのは COG の波形である。人間は、

    ZMP の左右動に比べ、COG の左右動が極めて小さいことが分かる。すなわち、モーメント

    の釣り合い点は、歩隔に合わせて左右に移動しても、重心をほとんど左右に揺らしていない

    ことになる。これに対して、ヒューマノイドでは、ZMP と同じように COG が左右に変動し

    ていること分かる(図3-2-4)。

    図3-2-5 矢状面内での重心移動(左:人間、右:ロボット H7)

    この原因に関連するのが、図に示した COG の上下動である。上下動は、6軸反力フットウェ

    アから直接計測できないため、運動計測装置で得られた人体ダイナミクス特性から、剛体リンク

    モデルを剛体特性を用いて計算したものである。人間とヒューマノイドの相違は、一目瞭然であ

    る。人間は 2cm 程度、重心を上下に動かしながら歩行しているのに対して、ヒューマノイドの生

    成動作では、重心が全く上下していない。人間は、重心の上下動が、図3-2-3の上下方向床

    反力とよく一致しているが、これは力学的に自明のことである。すなわち、重心の上下動は、上

    下方向の加速度を産み出し、それが床反力として作用するためである。また、ヒューマノイドの

    上下動がほとんど見られていないのも、当然の結果と言える。すなわち、本スタディ以前のヒュ

    C O P / C O G 左 右 方 向

    0

    0.2

    0.4

    0.6

    0.8

    0 20 40 60 80 100m

    C O G 上 下 方 向

    0.90

    0.92

    0.94

    0.96

    0.98

    1.00

    0 20 40 60 80 100

    C O P / C O G 左 右 方 向

    0

    0.2

    0.4

    0.6

    0.8

    0 20 40 60 80 100m

    C O G 上 下 方 向

    0.75

    0.77

    0.79

    0.81

    0.83

    0.85

    0 20 40 60 80 100

  • 23

    ーマノイド動作は、すべて、股関節部分の上下動が生じないと言う拘束を加えて、理想 ZMP 軌

    道を生成しうる全身運動を収束演算によって計算しているためである(図3-2-5)。ヒューマ

    ノイドの自動動作生成法については、4.3 章に詳述してあるので参照されたい。

    図3-2-6 股関節角の軌道(左:人間、右:ロボット H7)

    図3-2-7 膝関節角の軌道(左:人間、右:ロボット H7)

    H IP JO INT MOT ION

    -15

    -10

    -5

    0

    5

    10

    15

    20

    25

    30

    35

    0 20 40 60 80 100

    DEG

    KNEE JO INT MOT ION

    -10

    0

    10

    20

    30

    40

    50

    60

    70

    0 20 40 60 80 100

    DEG

    H IP JO INT MOT ION

    -15

    -10

    -5

    0

    5

    10

    15

    20

    25

    30

    35

    0 20 40 60 80 100

    DEG

    KNEE JO INT MOT ION

    -10

    0

    10

    20

    30

    40

    50

    60

    70

    0 20 40 60 80 100

    DEG

  • 24

    図3-2-8 足関節角の軌道(左:人間、右:ロボット H7)

    股関節、膝関節、足関節の関節角度変化を示した(図3-2-6~図3-2-8)。左右の

    グラフの縦軸のスケールは揃えてある。人間とヒューマノイドで、関節の可動範囲に大きな

    相違が見られるが、これは、人間の歩行速度(歩幅)とヒューマノイドの歩行速度の相違に

    起因する。ここでは、波形パターンに着目して観察されたい。膝関節角度パターンに大きな

    相違がある。人間の場合、踵接地後、しばらくして、いわゆる膝折れが生じている。これは、

    後述するモーメントとパワーの計算結果を見ると明らかであるように、モーメントとパワー

    の符号が逆転する eccentric な運動となっている。膝関節を伸展させようとするモーメント

    を発生させながら、実際には膝関節は屈曲している。すなわち、膝関節の屈曲によって、エ

    ネルギを吸収し、着地の衝撃を和らげているのである。これに対して、ヒューマノイドでは、

    このような関節挙動が見られない。これは、ヒューマノイドが、重心を上下させない動きで、

    そもそも、踵接地時の衝撃を小さくするように動作を生成していることによる。

    図3-2-9 股関節のモーメント(左:人間、右:ロボット H7)

    H I P J O I N T M O M E N T

    -40

    -30

    -20

    -10

    0

    10

    20

    30

    40

    50

    60

    0 20 40 60 80 100

    ANKLE JO INT MOT ION

    -20

    -15

    -10

    -5

    0

    5

    0 20 40 60 80 100

    DEG

    ANKLE JO INT MOT ION

    10

    15

    20

    25

    30

    35

    0 20 40 60 80 100

    DEG

    H I P J O I N T M O M E N T

    -40

    -30

    -20

    -10

    0

    10

    20

    30

    40

    50

    60

    0 20 40 60 80 100

  • 25

    図3-2-10 膝関節のモーメント(左:人間、右:ロボット H7)

    図3-2-11 足関節のモーメント(左:人間、右:ロボット H7)

    股関節、膝関節、足関節における関節モーメントの計算結果を示した(図3-2-9~図

    3-2-11)。関節モーメントは、剛体リンクモデルにおいて、全ての節の運動と、床面に

    働く6軸力、さらに、全ての節の剛体特性が明らかになれば、単純な力学方程式によってユ

    ニークに計算できる。モーメント波形の違いがもっとも顕著であるのは、股関節である。人

    間が、股関節と足関節に大きなモーメントを発生させながら、歩行しているのに対して、ヒ

    ューマノイドは主として膝関節を使い、補助的に足関節を使うものの、股関節をほとんど活

    用せずに歩行していることが分かる。

    K N E E J O I N T M O M E N T

    -20

    -10

    0

    10

    20

    30

    40

    50

    0 20 40 60 80 100

    A N K L E J O I N T M O M E N T

    -10

    0

    10

    20

    30

    40

    50

    60

    70

    80

    0 20 40 60 80 100

    K N E E J O I N T M O M E N T

    -10

    0

    10

    20

    30

    40

    50

    60

    0 20 40 60 80 100

    A N K L E J O I N T M O M E N T

    -10

    0

    10

    20

    30

    40

    50

    60

    70

    80

    0 20 40 60 80 100

  • 26

    図3-2-12 股関節パワー(左:人間、右:ロボット H7)

    図3-2-13 膝関節パワー(左:人間、右:ロボット H7)

    図3-2-14 足関節パワー(左:人間、右:ロボット H7)

    H I P P O W E R

    -300

    -200

    -100

    0

    100

    200

    300

    0 20 40 60 80 100

    K N E E P O W E R

    -300

    -200

    -100

    0

    100

    200

    300

    0 20 40 60 80 100

    A N K L E P O W E R

    -300

    -200

    -100

    0

    100

    200

    300

    0 20 40 60 80 100

    H I P P O W E R

    -15

    0 20 40 60 80 100

    K N E E P O W E R

    -15

    0 20 40 60 80 100

    A N K L E P O W E R

    -15

    0 20 40 60 80 100

  • 27

    股関節、膝関節、足関節における関節パワーの計算結果を示した(図3-2-12~図3-2

    -14)。関節パワーは、関節モーメントに関節角速度を乗ずることで計算できる(次元は仕事率

    となる)。正の関節パワーが発生しているときは、エネルギの発散が、負の関節パワーが発生して

    いるときは、エネルギの吸収が起こっている。股関節において、多少、パターンの相違が見られ

    るが、総体的に人間のパワーとヒューマノイドのパワーが人体ダイナミクス特性に大きな相違が

    見られるのに対して、パワーのパターンがよく一致していると言うことは、関節におけるエネル

    ギ発生と衝撃吸収の制御パターンがよく一致していると言うことになる。

  • 28

    第3章 ダイナミクス特性計算最適化の検討

    3.1. 従来の研究と技術課題

    人体ダイナミクス特性データから、人体を剛体リンクと見なしたときの、各節ごとの寸

    法、形状、質量、重心位置、慣性モーメントなどの剛体特性を最適化計算によって求める

    方法を検討する。生体からこれらのデータを実測することは、事実上不可能であるため、

    実測可能な計測量から、推定する方法論がいくつか提案されている。大きく3つのアプロ

    ーチがある。第1は、人体の形状特性から計算する方法、第2は体積から計算する方法、

    第3は重心位置と姿勢から計算する方法である。第1の方法については、Clauser や、

    Jensen ら の 方 法 ( Chandler, 1975; Clauser, 1963,1969; Jensen, 1989, 1993,

    Pearsall,1994)が知られている。基本的には、人体形状を幾何学的形状でモデル化し、内

    部の密度分布を均一と仮定して、重心位置と慣性モーメントを計算する方法である。2方

    向のシルエット画像から幾何学モデルを構成する方法や、より精密な3次元形状データを

    利用する方法、さらには、医用画像を併用して内部の密度分布を骨、筋肉、その他の組織

    の3種に分けて計算する方法などが提案されている。第2の方法については、Park らが、

    水置換法によって人体各部の体積を計算し、それに応じて、全身体質量を配分することで

    節ごとの質量を計算している(Park, 1999)。第3の方法は、人体の姿勢と重心位置を利

    用することで、より合理的に節ごとの重心位置を決定する方法である。岩崎らは、第1の

    方法と併用することで、解析に用いる剛体リンクモデルに合理的な節質量や重心位置を最

    適化している(岩崎, 1992)。

    第1の方法や、基本的に生体の構造を積分することで、人体節の剛体特性を推定すると

    いう方策である。人体のマクロな解剖学構造や、個々の組織の密度、表面形状などは個別

    に観測可能な量であり、もっとも合理的で一般的なアプローチである。しかし、厳密なモ

    デルを立てると、それが解析モデルと合致しなくなることに気づく。現在、一般的に利用

    されている運動計測システムによる逆動力学解析では、人体はピンジョイントで連結され

    た剛体リンクモデルとして表現されることになる。この場合、実際の人体のどの部分で切

    り分けているのか、どこに仮想的なピンジョイント関節があるのかの、解剖学的な対応は

    必ずしも明瞭ではない。むしろ、厳密な解剖学的対応を考えずに、マクロな機構としての

    剛体リンクモデル表現と考える方が合理的である。その場合、解剖学的観測量に基づく積

    分手法が、マクロな機構としての剛体リンクモデル表現と適合しなくなる。むしろ、解析

    に用いる剛体リンクモデルを積極的に利用して、その剛体リンク表現をしたときに、もっ

    とも誤差の小さい人体剛体特性の最適値を得る方が合理的であると言える。第3のアプロ

    ーチは、そのような発想による。解剖学的観測量だけでなく、力学的観測量を併用して、

    解析モデルにもっとも合理的な特性値を計算することになる。ただし、上記の岩崎の方法

    は、あくまでも静的な姿勢計測データと重心位置データの利用にとどまり、動力学的なデ

    ータを積極的に利用しているわけではない。

    本研究では、姿勢計測だけでなく、運動計測による動力学データを併用することで、重

    力項では現れにくい慣性項のパラメータである体節の慣性モーメントなどを、より精度良

  • 29

    く推定する。

    【参考文献】

    ・CHANDLER, R. F., CLAUSER, C. E., MCCONVILLE, J. T., REYNOLDS, H. M. and

    YOUNG, J. W. (1975), Investigation of inertial properties of thehuman body,

    ・CLAUSER, C. E. (1963), Moments of Inertia and Centers of Gravity of Living Human

    Body,

    ・CLAUSER, C. E., MCCONVILLE, J. T. and YOUNG, J. W. 1969, Weight, volume, and

    center of mass of segment of the human body,

    ・JENSEN, K. R. (1989), Changes in segment intertia proportions between 4 and 20

    years, Journal of Biomechanics, 22, 529-536.

    ・JENSEN, R. K. (1993), Human Morphology: Its Role in the Mechanics of Movement,

    Journal of Biomechanics, 26, 81-94.

    ・PEARSALL, D., J. and REID, J. G. (1994), The Study of Human Body Segment

    Parameters in Biomechanics, Sports Medicine, 18, 126-140.

    ・PARK, S. J., KIM, C.-B. and PARK, S. C. (1999), Anthropometric and Biomechanical

    Characteristics on Body Segments of Koreans, Applied Human Science, 18, 91-99.

    ・ 岩崎利昭, 山崎信寿. (1992), 体重心位置と体形モデルを用いた身体各節剛体的特性の推

    定手法, 第 13 回バイオメカニズム学術講演会, 13, 49-52.

  • 30

    3.2 シミュレーションによるパラメータ感度

    ヒト型の節分岐構造(中央に胴体節があり、頭部、左右上肢、左右下肢の5つに分岐す

    る構造)を持つ剛体リンクモデルにおいて、個々の節のダイナミクス特性データ(節の質

    量、重心位置、慣性モーメント、隣接する節との関節点位置ベクトル)が与えられ、個々

    の節の運動(節座標系の6自由度の時間変化)が計測されたとき、これらのデータに基づ

    いて、足部下面に働く床反力ベクトルとその作用点(ZMP)を計算するソフトウェアを開

    発した。さらに、このソフトウェアを用い、個々の節のダイナミクス特性データが変化し

    たとき、ZMP がどの程度変動するかをシミュレーションした。これは、本研究で推定する

    人体ダイナミクス特性の推定精度が、最終的な ZMP の推定精度にどの程度影響するかと

    いうパラメータ感度を調べるものである。パラメータ感度の高い特性データは、より慎重

    に精度良く同定する必要がある。この結果、胴体部分の質量を 10%変動させたとき、ZMP

    の軌跡が左右方向に最大約 10[mm]、前後方向に最大約 5[mm]変動した(図3-3-1)。

    図3-3-1 パラメータ感度

    ZMP 軌道における 10[mm]のずれは、歩行安定性を大きく乱すもので、これほどのずれ

    が生じると安定歩行ができない(ほぼ転倒する)ことが知られている。したがって、歩行

    安定性を評価できるような人体運動の生成のためには、胴体部分の人体ダイナミクス特性

    が重要であると言える。

  • 31

    3.3 推定方法と結果

    人体の運動は、第2章に示した運動計測装置を用いて計測した。生体内の関節点位置は、

    米国の Helen Hayes Hospital で開発された Helen Hayes Markerset(Kadaba, 1990)と

    呼ばれるマーカセット(図3-3-2)を使用した。

    図3-3-2 Helen Hayes Markerset

    静的に安定する(静止できる)さまざまな姿勢で、そのときの運動(姿勢)と、足裏に

    かかる6軸反力を同時計測した。6軸反力と運動の座標系を一致させるため、6軸反力フ

    ットウェア上に、別途、運動計測用のマーカを装着した。

    得られた6軸反力と関節中心データ、関節の角度データから、3軸方向の力の釣り合い

    式とモーメントの釣り合い式が、計測した姿勢の数だけ得られる。ここで、剛体リンクモ

    デルにおける各体節の重心位置と質量を未知数とし、異なる姿勢条件においても、各体節

    の重心位置(体節座標系)と質量は不変であるとして、式の誤差を最小にするような非線

    形最適化問題を解くことになる。姿勢が似通ったものばかりであると、いくら方程式の数

    が、未知数の数より多くても、事実上、従属な式ばかりになり、最適化がうまくいかない。

    そこで、本実験では、個々の体節を独立に動かしたり、できるだけ、四肢を拡げた姿勢を

    取ったりして、最適値を求めやすいよう配慮した。

    しかしながら、最適解によって得られた節質量は、3.1 で示した文献値と、平均で 20%

    以上の誤差を持っており、信頼性に足る結果には至らなかった。この最大の問題は、運動

    計測における関節中心位置の推定精度に起因するものと考えられる。今回の実験では、先

    に述べたとおり、Helen Hayes Markerset を用いて、体表面上のマーカ座標から、生体内

  • 32

    の関節点位置を推定した。このマーカセットは、バイオメカニクス分野で広く利用されて

    いるものであるが、その関節中心推定方法は、あくまでも欧米人の解剖学的データに基づ

    くものであり、日本人には適用しないという指摘がある(倉林, 2003)。この関節中心の推

    定誤差が、そのまま、質量の推定誤差として影響したものと考えうる。

    【参考文献】

    ・Kadaba, M. P.,Ramakrishnan, H. K.,Wootten, M. E. (1990) Measurement of Lower

    Extremity Kinematics During Level Walking, Journal of Orthopaedic Research, 8,

    383-392.

    ・倉林準, 持丸正明, 河内まき子 (2003) 股関節中心推定方法の比較・検討", バイオメカニ

    ズム学会誌, 27(1), 29-35.

  • 33

    第4章 動作自動生成モデルの試作

    4.1 従来の研究と技術課題

    デジタルヒューマンの運動を模擬・生成する研究は、コンピュータグラフィクス、バイ

    オメカニクス、ロボット工学、人間工学などの分野で行われている。それぞれ目的に応じ

    て方法論の得失も異なっている。ここでは、既存の研究方法を運動学的方法、運動力学的

    方法、筋骨格系モデルによる方法の3つに分けて整理する。

    4.1.1.運動学的方法(Kinematic) 人体を剛体リンクモデルとしたとき、人体の運動は関節角度によって記述できる。しか

    しながら、人体運動の場合の動作目的の多くは、末端の節の空間位置によって決まってい

    る。立つ、歩くなどでは足先が床に接地する必要があるし、ものを取るのであれば、手先

    がものに到達する必要がある。むしろ、関節角度は、この末端節の空間位置を実現するた

    めに決定されるものと考える方が自然である。代表的なものが逆運動学法(Inverse

    Kinematics)である。逆運動学法は、基本的に、リンク構造、リンク長と、時刻 t=t1 に

    おけるリンク両端の空間位置が与えられていて、そのときのすべてのリンクの姿勢を決定

    する問題である。多くの問題では、これに加えて、同一のリンク構造・リンク長のものが

    構成している「時刻 t=t0 でのすべてのリンクの姿勢(人間らしい姿勢)」が与えられてい

    る場合が多い。すなわち t=t0 での既知解をベースに、t=t1 でのリンク両端の空間位置を

    満足する解を求める問題に帰着する。逆運動学法の中でも、もっともシンプルな(市販ソ

    フトウェアで多用されている)方法は、屈曲平面を固定して、2リンク系の両端の位置を

    与えるものである(Phillips,1991)。たとえば、股関節の位置と足関節の位置を与え、大

    腿と下腿のリンク長を決めれば、膝関節の角度が一意に解が決まる。ただ、実際の問題で

    は、これだけの制約条件を定められない場合が多い。人体の関節や節構造は、そもそも冗

    長であり、多くの場合、末端節の空間位置を決めても、中間節の位置と姿勢が一意に決定

    できるわけではない。そこで、この冗長自由度を、自然な人間の姿勢に近づくように決定

    する研究がなされている。逆運動学法で、多く用いられるのが、疑似逆行列解を用いる方

    法である。決定すべき関節角度が未知数になり、リンク長などによって両端の空間位置が

    行列で記述でき、その逆行列を計算するものである。そのままではうまく解けない場合が

    多く、たとえば、関節角度の変化の2乗が最小になるというような制約を加えて解くこと

    が多い(Gleicher,1998; Lee,1999; Tak,2000; Bindiganavale,1998)。疑似逆行列解による

    逆運動学法では、人体関節の可動範囲や動力学的な実現性は保証されない。これらについ

    ては、別途考慮する必要がある(Monzani,2000; Koga,1994)。ただ、多くの場合、t=t0

    での姿勢を変形して t=t1 での姿勢を合成しているため、極端に不自然な姿勢にはならない。

    Motion Retargetting という方法があり、逆運動学法と混用されるケースがあるが、前

    者は目的を示したもので、後者は実現する方法を示したものであり、本質的に同義ではな

    い。Motion Retargetting とは、あるリンク構造用に作成された(あるいは測定された)

  • 34

    運動データを他のリンク構造や制約条件での運動に変換するための手法をさす。既知解が

    与えられていて、別の解を出す点では、逆運動学法に似ているが、既知解と求める解とで、

    リンク構造が異なる点が大きな相違である。わかりやすく言えば、背の低い人の運動デー

    タから、背の高い人の運動データを合成する方法と言うことになる(川地,2002)(図3-

    4-1Kawachi-walkSource、図3-4-2Kawachi-walkSynth)。

    図3-4-1 Kawachi-walkSource

    図3-4-2 Kawachi-walkSynth

    4.1.2.運動力学的方法(Dynamic) 運動学的方法は、あくまでも関節の角度(kinematics)を考慮するもので、その運動に

    おいて節にかかる慣性力や反力などの動力学(kinetics)を考慮しているわけではない。

    厳密に言えば、運動学的方法で合成した動作を、実世界で実際に実現しようとしても、実

  • 35

    現できない場合がありえる。そこで、動力学的なバランスが保てるように、運動データを

    変形する技術が研究されている。「Motion Balance Filter (Tak,2000)」や「Dynamic

    Filter(Yamane,2000)」と呼ばれるものである。前者は、運動中の ZMP(Zero Moment

    Point)の軌道を計算し、支持面から外れていればそれを移動するように姿勢を変形する方

    法(Tak,2000)で、後者はリンク結合を仮想的に閉ループと考えることで、リンク構造変

    化を統一的に扱い、動力学的な運動方程式を満足するように、運動データを修正する方法

    (Yamane,2000)である。他にも、動力学シミュレーションを利用して、PD 制御

    (Hodgins,1997)や MARC(Model Reference Adaptive Control)によって末端節の軌

    道が目標軌道に合致する(Kokkevis,1996)、あるいは、運動計測データに近い軌道になる

    ような運動を合成する方法( Zordan,1999)が提案されている。ロボット工学の分野でも、

    人間型のモデルに対して、動力学的拘束を満足する運動生成(軌道計画)の方法が提案さ

    れている。特に、ロボット応用では、自分自身の体や周辺の物体との幾何学的干渉(衝突)

    を避けることが重要であり、動力学的な拘束条件と、幾何学的な拘束条件を同時に満足す

    る動作を生成しなければならない。全身の姿勢を多自由度関節角度からなる多次元空間の

    ベクトルであるとして、初期姿勢と終端姿勢が与えられたとき、多次元超空間内の軌道を

    探索する問題として解く方法が提案されている。探索には、ランダム探索アルゴリズムを

    活用し、時々刻々の動的バランスを維持しながら、幾何学的干渉が生じない空間内を探索

    する(Kuffner,2001,2002)(図3-4-3)。

    図3-4-3 Kuffner,2001,2002

    これらの方法の多くは、既知情報として、リンク構造モデルのすべての体節の力学的パ

    ラメータ(質量、重心位置、慣性モーメントなど)が必要であり、さらに、末端節の空間

    軌道データを必要とするものが多い。すべての体節の運動(時系列の姿勢)データを使う

  • 36

    場合には、すでに合成すべき解(体節の運動)に近いものが得られていることになるが、

    実測データの誤差を取り除き、動力学的な拘束を満足する運動データに成形し直すという

    意味を持っている。また、動力学シミュレーションに基づく場合は、リンク構造が同一で

    あっても、体節の力学パラメータ(たとえば質量)が変化すれば、それに応じて、運動が

    変化することになる。

    4.1.3.筋骨格系モデル(Musculo-Skeletal System) 上記で紹介した方法は、基本的に、剛体リンクモデルのみから運動を合成している。一

    部、筋力に相当するような関節モーメントを考慮しているものもあるが、実際の筋力を模

    擬しているわけではない。人間の筋は、関節以上に冗長で、しかも、屈筋(関節を曲げよ

    うとする筋肉)と伸筋(関節を伸ばそうとする筋肉)が同時に働くようなことも多い。エ

    ネルギ的には、明らかに無駄であり、関節モーメントとしてはその差分しか評価できない

    が、人間はこのように筋肉を拮抗させることで、関節のスティフネスを調整している。こ

    のような人間らしいアクチュエータの挙動を考慮して運動を生成するには、剛体リンクモ

    デルだけでなく、筋骨格系モデルも用いる必要がある。筋骨格系モデルの利用の仕方には、

    大きく2通りあり得る。第1は、逆運動力学(Inverse Dynamics)に基づくもので、動力

    学シミュレータを用いて剛体リンクモデルで合成した運動の、関節モーメントを、関節に

    付着する筋群に分配する方法である。先に述べたように、関節回りの筋数は関節自由度に

    対して冗長であって、単純には筋張力を決定できない。そこで、生理学的に同期(一緒に

    動作する)ことが分かっている筋の同期関係を加えたり、筋力分配を筋の生理断面積に関

    係づける(たとえば筋応力の3乗に比例するなど)ことで筋張力を決定することが多い(長

    谷,1995)。この逆運動力学に基づく筋力計算を繰り返しながら、筋力が最小になる、ある

    いは、人体の持つ筋力限界で運動できるような運動に収斂させていくことで、運動を合成

    する方法が研究されている(Komura,1997)。第2は、順運動力学(Forward Dynamics)

    に基づくもので、本当に筋張力を働かせて、体を動かしてしまおうという方法である。PD

    制御を用いて、筋骨格系モデルの動力学シミュレーションを実現し、目標軌道を実現する

    ためのすべての節の運動を合成した研究がある。また、筋制御に神経振動子を用い、その

    神経振動子の制御パラメータ調整に遺伝的アルゴリズム( Genetic Algorithm)を使った方

    法(Hase,2002)や、同様の神経振動子ネットワークのパラメータ決定を、強化学習を用

    いて行った方法(Morimoto,2001)などがある。神経振動子を用いた運動合成では、目標

    軌道や初期運動データなどを与えることなく、運動を規定する基本的な基準(たとえばエ

    ネルギ消費を最小化するなど)を与えるだけで、自律的に運動を合成できる(図3-4-

    4、Hase)。その反面、パラメータの調整が煩雑で、周期的な運動しか発生できないと言

    う問題もある。ただし、銅谷らの研究による後者の方法では、歩行周期運動だけでなく、

    起き上がり運動の合成にも成功している。

  • 37

    図3-4-4 神経振動子を用いた運動合成

    4.1.4.本スタディのアプローチ 動作生成の3つのアプローチについて現状の技術動向を概説した。このうち、第1のアプ

    ローチは、人体のダイナミクスを全く考慮していないため、はじめに掲げた人

    体特性に即したデジタルヒューマンの動作生成という目的には合致しない。第

    3のアプローチは、詳細な人体特性(筋力や神経回路網まで)に応じた動作生

    成が可能である反面、それらの人体特性を個別に取得したり、統計的な数値を

    得る技術がなく、また、生成できる動作にも限りがある。以上のことから、本

    スタディでは、第2のアプローチを中心として、動作自動生成モデルを開発す

    ることとした。

  • 38

    【参考文献】

    ・Phillips, Cary B., Badler, N. I. (1991), Interactive Behaviors for Bipedal Articulated Figures,

    SIGGRAPH 91, 359-362.

    ・Gleicher, M. (1998), Retargetting Motion to New Characters, SIGGRAPH 98, 33-42.

    ・Lee, J., Shin, S. Y. (1999) A Hierarchical Approach to Interactive Motion Editing for

    Human-like Figures, SIGGRAPH 99, 39-48

    ・Tak, S., Ko, H-S. (2000), Example Guided Inverse Kinematics" In the Proceedings of the

    International Converence on Computer Graphics and Imaging (CGIM).

    ・Bindiganavale, R., Badler, N.I. (1998), Motion Abstraction and Mapping with Spatial

    Constraints" International Workshop on Modelling and Motion Capture Techniques for

    Virtual Environments (CAPTECH'98), 70-82.

    ・Monzani, J-S., Baerlocher, P., Boulic, R., Thalmann, D., (2000) Using an Intermediate

    Skeleton and Inverse Kinematics for Motion Retargeting, Eurographics 2000, Computer

    Graphics Forum, Vol.19, No.3, 11-19.

    ・Koga, Y., Kondo, K., Kuffner, J., Latombe, J-C. (1994) Planning Motions with Intentions",

    SIGGRAPH 94, 395-408.

    ・川地克明, 鈴木宏正 (2002) モーションデータベースによる実時間モーション合成手法, 日本バ

    ーチャルリアリティ学会論文誌, 7(4), 453-458,.

    ・Tak, S, Song, O-Y., Ko, H-S. (2000) Motion Balance Filtering, Eurographics 2000, Computer

    Graphics Forum, Vol.19, No.3, 437-446.

    ・Yamane, K., and Nakamura, Y. (2000), Dynamic Filter - Concept and Implementation of

    On-Line Motion Generator for Human Figures" Proceedings of the 2000 IEEE

    International Conference on Robotics & Automation, 688-695, San Francisco, CA.

    ・Hodgins, J.K., and Pollard, N.S. (1997) Adapting Simulated Behaviors For New Characters,

    SIGGRAPH '97 Proceedings, 153-162.

    ・ Kokkevis, E., Metaxas, D., and Badler, N.I., (1996) User-Controlled Physics-Based

    Animation for Articulated Figures, Proceedings of Computer Animation '96.

    ・Zordan, V.B., and Hodgins, J.K., (1999) Tracing and Modifying Upper-body Human Motion

    Data with Dynamic Simulation, Computer Animation and Simulation '99 (Proceedings of

    the Eurographics Workshop on Animation and Simulation '99).

    ・Kuffner, J.J., Nishiwaki, K, Kagami, S., Kuniyoshi, Y., Inaba, M., Inoue, H. (2002) Proc.

    IEEE Int'l Conf. on Robotics and Automation (ICRA'2002), Washington DC, 2265--2270.

    ・Kuffner, J.J., Nishiwaki, K., Kagami, S., Inaba, M., Inoue, H. (2001) Motion Planning for

    Humanoid Robots Under Obstacle and Dynamic Balance Constraints, Proc. of

    International Conference on Robotics and Automation (ICRA'01), 692--698.

    ・長谷和徳, 山崎信寿 (1995) 汎用3次元骨格モデルの開発" 日本機械学会論文誌, C-61(591),

    295-300.

    ・Komura, T., Shinagawa, Y., and Kunii, T.L. (1997) A Muscle-based Feed-forward Controller

  • 39

    of the Human Body, Computer Graphics Forum (Proceedings of Eurographics '97), Vol.16,

    No.3, 165-176.

    ・Hase, K., Yamazaki, N. (2002) Computer simulation study of human locomotion with a

    three-dimensional entire-body neuro-musculo-skeletal model. I. Acquisition of normal

    walking, JSME International Journal, Series C, 45-4, 1040-1050.

    ・Morimoto J., Doya K. (2001) Acquisition of stand-up behavior by a real robot using

    hierarchical reinforcement learning, Robotics and Autonomous Systems,⦆ 36,⦆ 37-51.

  • 40

    4.2 動作自動生成モデルの概要

    図3-4-5にヒューマノイドロボットH7と人間の歩行計測の様子を示す。H7は身長147cm、

    体重55kgであり,比較の対象とした人間は身長168cm、体重61kgであった。歩行は2枚のフォース

    プレートを両足で別々に踏みながら歩きぬける運動をVicon社製モーションキャプチャシステム

    のカメラ7台で計測し、その右足1サイクル(着地から立脚期を経て離陸し遊脚が終わるまで)

    分を床反力、COP、重心位置、関節角軌道、関節のモーメント、上体の姿勢などのデータとして整

    理した。マーカー位置の計測精度は約1mmである。

    (1)床反力

    床反力の3軸力を図3-4-6に示す。左がH7、右が人間のデータである。人間は着地の瞬

    間に体重の約1.2~1.4倍のZ方向反力が発生し、いったん体重の約0.6~0.7倍まで減った後に離

    陸の直前にほぼ体重程度の力が発生している。

    これに対して、H7ではほぼ体重と同程度の力が一貫して働いていると共に、床に平行な2軸

    の力は人間に比べて比較的小さく抑えられている。

    図3-4-5 ヒューマノイドH7と人間の歩行中のモーションキャプチ

  • 41

    (2)矢状面内での重心の移動

    図3-4-7に矢状面での重心の移動を示す。H7はほぼ一定の高さを保つように軌道計画さ

    れているのに対して、人間は着地の直後に重心が最下点となり、両足立脚期に床反力の増大に同

    期して重心を上に押しあげ、片足期にピークを迎えた後、再び次の両足立脚期に下に降りるとい

    う軌道を辿っている。

    (3)膝関節の軌道

    図3-4-8に膝の関節角軌道を示す。H7の場合には遊脚期の初期に足を持ち上げるために膝

    関節が大きく用いられている。人間の場合には着地と共に膝が一度伸びてから次に重心が降下す

    H7 右足 人間右足

    図3-4-6 3軸床反力

    H7 ロボット 人間

    図3-4-7 矢状面内での重心の移動

  • 42

    るのに伴って膝が曲がり、もう一度離陸期に伸びた後に遊脚期に大きく曲がるダブルニーアクシ

    ョンと呼ばれる運動を行っている。

    H7ロボット 人間

    図3-4-8 膝関節の軌道

    H7 ロボット 人間

    図3-4-9 股関節のモーメント

  • 43

    (4)考察

    得られたデータからロボットは設計上のパラメータを用いて、人間は各節の力学的パラメータ

    を回帰式により推定し、関節位置は人体上の特徴点から得られた値を用いて解析した。今回の実

    験により、遊脚を前に運ぶ動き及び重心の上下動の2点でロボットと人間とが大きく異なってい

    ることが観察された(図3-4-9)。

    ロボットは遊脚を膝の関節を用いて遊脚期に持ち上げて降ろしている(図3-4-8左)。し

    かし人間は前述の腰の上下動に伴って両足立脚期の最後に、次の立脚で重心を上に持ち上げると

    共に、次の遊脚の足首でモーメントを発生させ、前上方に蹴ることにより足を前に運んでいる(図

    3-4-10右)。併せて腰をロール角方向に最大2度程度回旋させることにより遊脚を持ち上

    げている現象が観察された。

    ロボットは重心を上下動させていないが、人間は数cm重心を上下させており(図3-4-7)、

    これが床反力にも現れている(図3-4-6右)。このような動作は、1)視覚や三半規管を担う

    頭部が動いてしまう、2)エネルギー的には無駄である、といった欠点がある。床反力の2つの

    ピークでは床面への摩擦が最大化されており、それぞれのピークが股関節ピッチ軸周りの筋肉が

    最も仕事をしている瞬間と一致する(着地時と離陸時には逆方向に最大力がかかる)ことから、

    特にヨー軸周りのモーメントを打ち消すのに役立っていると考えられる。

    【引用文献】

    ・ヒューマノイドロボットH7の歩行計測と人間の歩行との比較

    (産業技術総合研究所,CREST・JST)○加賀美聡、宮田なつき、倉林準、持丸正明、

    帝京大学 江原義弘、東京大学 西脇光一、井上博允

    H7 ロボット 人間

    図3-4-10 足首関節モーメント

  • 44

    4.3 生成した動作例

    (1)目標 ZMP 追従運動軌道の高�