カルニチンの臨床 - uminplaza.umin.ac.jp/j-jabs/35/35.281.pdf説する。Ⅱ....

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Ⅰ. はじめに カルニチンは古くから知られているビタミン 関連物質だが、最近、以下の3つのことから非 常に注目を浴びるようになってきている。 ピボキシル基をもつ抗生物質、バルブロン酸 などの抗けいれん剤の服用時の低フリーカルニ チン血症、乳児用特殊医療用調製粉乳(ミルク アレルギー用乳、乳糖不耐用乳、先天代謝異常 症用特殊ミルクなどを含む)、経腸栄養剤、経 静脈的栄養製剤使用時の低フリーカルニチン血 症が医原性低カルニチン血症として注目を集め ている。 最近、対象疾患を有機酸代謝異常や脂肪酸代 謝異常症などに広げた拡大新生児マススクリー ニングが全国的な広がりを見せている。この新 しいスクリーニングは血液濾紙中のアシルカル ニチン(脂肪酸とカルニチンがエステル結合し たもの)を、タンデムマススペクロメトリー (以後タンデムマスと略する)にて一斉分析す る方法で行われている。 三番目は、L-カルニチン製剤の適応拡大が昨 年なされた事である。これまでこの薬剤の適応 はメチルマロン酸血症とプロピオン酸血症の2 つのみであったが、カルニチン欠乏症の適応が 追加され投与可能な疾患が大きく広がった。 本総説においては上に述べたようなカルニチ ンの臨床面におけるいくつかの話題について解 生物試料分析 Vol. 35, No 4 (2012) 千葉県こども病院 小児救急総合診療科 〒266-0007 千葉市緑区辺田町579-1 Department of Pediatrics, Ciba Children's Hospital 579-1 Heta-machi, Midori-ku, Chiba 266-0007, Japan - 281 - カルニチンの臨床 高柳 正樹 Abnormalities of carnitine metabolism in human diseases Masaki Takayanagi Summary Recently many new diseases involving abnormalities of the carnitine metabolism have been reported. It is very important for every one in the medical field to understand the role carnitine plays in such pathological conditions. I focus especially on some iatrogenic diseases. 1. Hypofreecarnitinemia in drug intake (Sodium valproate, Antibiotics containing pivoxil). 2. Hypofreecarnitinemia in formulas for special medical purposes, enteral nutrient intake, and total parenteral nutrition therapy. Key words: Carnitine, Iatrogenic diseases, Formula for special medical purposes, Sodium valproate, Antibiotics containing pivoxil 〈特集:カルニチンの基礎と臨床〉

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Page 1: カルニチンの臨床 - UMINplaza.umin.ac.jp/j-jabs/35/35.281.pdf説する。Ⅱ. カルニチンの栄養学的、生理学的意味 カルニチンの栄養学的、生理的な基礎的な問

Ⅰ. はじめに

カルニチンは古くから知られているビタミン関連物質だが、最近、以下の3つのことから非常に注目を浴びるようになってきている。ピボキシル基をもつ抗生物質、バルブロン酸などの抗けいれん剤の服用時の低フリーカルニチン血症、乳児用特殊医療用調製粉乳(ミルクアレルギー用乳、乳糖不耐用乳、先天代謝異常症用特殊ミルクなどを含む)、経腸栄養剤、経静脈的栄養製剤使用時の低フリーカルニチン血症が医原性低カルニチン血症として注目を集めている。最近、対象疾患を有機酸代謝異常や脂肪酸代

謝異常症などに広げた拡大新生児マススクリーニングが全国的な広がりを見せている。この新しいスクリーニングは血液濾紙中のアシルカルニチン(脂肪酸とカルニチンがエステル結合したもの)を、タンデムマススペクロメトリー(以後タンデムマスと略する)にて一斉分析する方法で行われている。三番目は、L-カルニチン製剤の適応拡大が昨

年なされた事である。これまでこの薬剤の適応はメチルマロン酸血症とプロピオン酸血症の2つのみであったが、カルニチン欠乏症の適応が追加され投与可能な疾患が大きく広がった。本総説においては上に述べたようなカルニチンの臨床面におけるいくつかの話題について解

生物試料分析 Vol. 35, No 4 (2012)

千葉県こども病院 小児救急総合診療科〒266-0007 千葉市緑区辺田町579-1

Department of Pediatrics, Ciba Children's Hospital579-1 Heta-machi, Midori-ku, Chiba 266-0007, Japan

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カルニチンの臨床

高柳正樹

Abnormalities of carnitine metabolism in human diseases

Masaki Takayanagi

Summary Recently many new diseases involving abnormalities of the carnitine metabolism have

been reported. It is very important for every one in the medical field to understand the role carnitine

plays in such pathological conditions. I focus especially on some iatrogenic diseases. 1.

Hypofreecarnitinemia in drug intake (Sodium valproate, Antibiotics containing pivoxil). 2.

Hypofreecarnitinemia in formulas for special medical purposes, enteral nutrient intake, and total

parenteral nutrition therapy.

Key words: Carnitine, Iatrogenic diseases, Formula for special medical purposes, Sodium valproate,

Antibiotics containing pivoxil

〈特集:カルニチンの基礎と臨床〉

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説する。

Ⅱ. カルニチンの栄養学的、生理学的意味

カルニチンの栄養学的、生理的な基礎的な問題については、他稿にて詳しく述べられるので参照いただきたい。ここでは臨床に重要な意味を持つ側面のみを簡単に述べる。乳児のカルニチン合成能は成人の1/5程度とされ、必要量をほとんど合成能できない。さらに乳児期は脂肪利用率が高い時期なのでカルニチンは必須の栄養素と考えられている。また、乳児や小児は全身の筋肉量が少ないので保持しているカルニチン量は成人に比してはるかに少ない。特に、各種疾患で痩せている病児においては、カルニチン貯蔵量は極めて少ないと考えられる。カルニチンは以下の3つの理由から体内の代謝調節において重要な位置を占めるとされ、これらの生理的な機能の障害が疾病を発症さる。また、カルニチンを治療薬と用いるのもこのカルニチンの機能を期待して行われる。1. 長鎖脂肪酸のミトコンドリアへの輸送に必須である。2. ミトコンドリア内のCoA/acylCoAの比率を調整している。CoAとカルニチンの置換によりミトコンドリア内にフリーのCoAが生み出される。3. 細胞毒であるアシル化合物をカルニチンエステルとして細胞内より除去し尿中へ排泄する。

Ⅲ. カルニチンの測定法

これまでカルニチンに関する臨床的な問題があまり注目されなかった理由として、生体のカルニチン動態を検討するためのカルニチンの測定法が、ラジオアイソトープを用いるなど面倒なことや、カルニチン測定が保険収載されていないことなどがあげられるであろう。ことに情報量の多いアシルカルニチンプロフィール分析は、量の多い尿中アシルカルニチンにたいして本邦においても、質量分析法のSIMS(SecondaryIon Mass Spectrometry)やFAB(Fast AtomBombardment)などにより行われていたが非常

に煩雑であった。最近のタンデムマス(MS/MS)をはじめとする測定機器の発達と測定法の開発により、血中アシルカルニチンも容易に測定できるようになった。これによりこれまで困難であった脂肪酸酸化異常症の診断や病態の解析が飛躍的な進歩を遂げた。現在、臨床の場において血中カルニチン測定は酵素サイクリング法でのフリー、アシルカルニチン2分画測定と、タンデムマス(MS/MS)法によるフリー・アシルカルニチンプロフィールの一斉分析とが行われている。ラジオアイソトープによる測定法は放射性物質を使用するので現在臨床では用いられていない。尿中アシルカルニチンの分析はMS/MSによる血中アシルカルニチンの開発により、その臨床的意味を失った。

Ⅳ. カルニチンの正常値

血中カルニチンは年齢や採血時間などにより変動がみられ、正常値として報告されている値はかなりの幅が認められる。村上らは酵素サイクリング法で測定した年齢別の正常値を報告している1)。全年齢まとめた平均値はフリー47.8±12.9μmol/l、アシル5.8±4.9μmol/lとしている。図1に私が測定した約1,000例の血中カルニチンの値のヒストグラムを示した。測定方法は酵素サイクリング法で村上らの方法と同一である。測定対象は何らかの異常があるであろうと疑った症例であるが、平均値や標準偏差などは村上の報告の値と大きくは違わない。各種のアシルカルニチンの正常値については、タンデムマス法で測定した新生児の正常値は新生児スクリーニングに携わっている施設から報告されているが、新生児以外の各年齢についての正常値の報告は見られていない。血中フリーカルニチン値は20μmol/l以下または80μmol/l以上のときは明らかに異常と考えられる。血中アシルカルニチンは20μmol/l以上あれば明らかに異常である。

Ⅴ. カルニチンが異常を示す疾患、病態

カルニチンの生理的に一番重要な働きは長鎖脂肪酸をカルニチンサイクルを経由して、ミト

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コンドリアに引き込み脂肪酸β酸化系酵素に受け渡すことである。したがって、カルニチンサイクル異常症や脂肪酸β酸化経路の異常によりカルニチンは異常動態を示す。カルニチンは有機酸血症、脂肪酸酸化異常症やある種の薬物投与時などの特殊な病態下では、有害物質とエス

テル形成する事により一種のdetoxification作用を示すので、このときもカルニチンは異常を示すことが多い。カルニチン必要量の半分以上は食事より摂取するので極端な低栄養時、乳児用特殊医療用調製粉乳(ミルクアレルギー用乳、乳糖不耐用乳、先天代謝異常症用特殊ミルクな

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図1-1 血中フリーカルニチン値の分布の分布

図1-2 血中アシルカルニチン値の分布

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どを含む)、経腸栄養剤、経静脈的栄養製剤使用時などに低フリーカルニチン血症を示す。さらに、カルニチンは腎臓で排泄、再吸収されているのでファンコニ症候群などの腎尿細管障害のある時も異常を示す。また、血液透析時にはカルニチンは血中から除かれるので、血液透析患者に低フリーカルニチン血症は必発である。カルニチンは肝臓や筋肉に多く含まれているので肝不全など肝細胞が広汎かつ重篤に障害を受けた場合や横紋筋融解症ではフリー、アシルとも異常値を示す。表1にカルニチンが重要な働きをしている臨床的に良く知られている疾患や病態を示した。表2に実際の血中カルニチン測定値も示す。このように血中カルニチン2分画を測定するだけで、いろいろな疾患の診断や病態把握に多くの情報が得られる。しかし、タンデムマスによりアシルカルニチンプロフィール分析をすることにより、疾患によっては診断が確定できることもありうる。現在、カルニチンが関与している各種疾患、病態の診断や病態評価においてタンデムマス分析は必須のものと考えられる。図2に血中カルニチン測定を軸としたこれまで述べた各種疾患の鑑別の流れを示した。

生 物 試 料 分 析

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表2 カルニチンが異常を示す疾患、病態における血中カルニチン値(μmol/l)

表1 カルニチンが異常を示す疾患、病態

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Ⅵ. 長鎖脂肪酸のミトコンドリアへの移送障害

(カルニチンサイクル異常症:トランスポーター

欠損症、CPT1酵素欠損症、CPT2酵素欠損症、

CACT欠損症)

長鎖脂肪酸がエネルギーとして利用されるためには、ミトコンドリア内に輸送されることが必須である。カルニチンはこの長鎖脂肪酸はミトコンドリアへの輸送に深く関わっている。この機構については基礎編にて解説されていると

思われるので割愛する。この機構に関係する酵素は、Carnitine transporter(OCTN2)、Acy-CoAsynthetase、Carnitine palmitoyltransferase1(CPT1)Carnitine acylcarnitine translocase(CACT)Carnitine palmitoyltransferase2(CPT2)である。Acy-CoA synthetase以外のそれぞれの酵素の遺伝子異常による先天性の酵素欠損症が知られている。ことにCarnitine transporter(OCTN2)は原発性全身性カンルニチン欠損症の責任遺伝子としての同定と、症例の遺伝子変異解析が根津ら

生物試料分析 Vol. 35, No 4 (2012)

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図2 血中カルニチン値における診断の流れ高柳正樹:カルニチン代謝異常症:小児内科、41増刊号:p388、2009.より引用

表3 ミトコンドリア脂肪酸代謝異常症の主な臨床症状・所見

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日本人により初めて行われた2)。CPT2欠損症は日本人脂肪酸酸化異常症の中で、極長鎖アシルCoA水酸化酵素欠損症と並んで症例数の多い疾患である。これらの酵素欠損より長鎖脂肪酸はミトコンドリア内のβ酸化経路に供給されなくなり、脂肪酸β酸化経路が担っているエネルギー産生が著しく障害される。ことにエネルギーを大量に消費する臓器、筋肉、心筋、脳に重大な症状が出現する。エネルギー枯渇が起きることからブドウ糖の過剰な利用が起き、糖新生系などで十分に補えなければ低血糖が生じる。症状・所見としてはライ様症候群、心筋症、横紋筋融解症などの筋症状、低ケトン性低血糖、エネルギークライシスなどがキーワードである。脂肪酸のβ酸化障害による臨床症状・所見のまとめを表3に示す。著者らがCPT1欠損症、CPT2欠損症の本邦の

症例のまとめを報告している3), 4)ので是非参照ください。

Ⅶ. 先天性脂肪酸β酸化異常症、先天性有機酸

代謝異常症、さらに拡大新生児マススクリーニ

ング

先天性脂肪酸β酸化異常症、先天性有機酸代謝異常症においては、各種疾患特異的に体内に中間代謝産物が蓄積する。たとえばプロピオン酸血症ではPropionyl CoA、中鎖脂肪酸アシルCoA脱水素酵素欠損症(MCAD)ではOctanoylCoAを中心としたアシルCoAである。この蓄積した中間代謝産物はカルニチンとエステル結合してそれぞれPropionylcarnitine、Octanoylcarnitineを生じる。生体はこれら有害な中間代謝産物をカルニチンエステル化より細胞より引き抜き、尿中へ排泄させようとしている。つまりカルニチンはdetoxicationの役割を行っているのである。さらにこの血中に異常に蓄積したアシルカルニチンをタンデムマスにより検出することにより、これまで診断が難しかったこれら先天性β酸化異常症、先天性有機酸代謝異常症の診断が簡便に安価に行えるようになった。診断の一例としてMCAD症例のタンデムマス分析のマススペクトラムを図3に図示する。C8と書かれているピークが炭素数8の脂肪酸のアシルカルニチンすなわちOctanoylcarnitineである。この分析法を新生児マススクリーニングに応用し、先天性の有機酸代謝異常症や脂肪酸代謝異常症の早期診断そして早期治療をおこない、

生 物 試 料 分 析

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図3 中鎖脂肪酸アシルCoA脱水素酵素(MCAD)欠損症小林真之、熊谷雄介、藤本雅之 他ら:SISD様症状を呈したが、早期発見により後遺症なく救命可能であった中鎖アシルCoA脱水素酵素欠損症(MACAD)の1例. 特殊ミルク情報, 45: 7-9, 2009.より引用

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重篤な障害の予防を目指す事業が拡大新生児マススクリーニングである。表4に千葉県で行っている拡大新生児マススクリーニングの対象疾患を示す。もちろん従来から行われている6疾患については継続して行っている。

Ⅷ. 薬物服用による低カルニチン血症

1) バルブロン酸ナトリウムと低フリーカルニチン血症

バルブロン酸ナトリウム投与による低フリーカルニチン血症に惹起される高アンモニア血症の問題も、1986年にMatsudaら5)が報告して以来の古くて新しい問題になっている。バルブロン酸ナトリウムはフリーカルニチンと結合してvalpronylcarnitineとなり尿中へ排泄される。このためカルニチンの低下による脂肪酸のβ酸化障害が生じ、さらにエネルギー枯渇状態となりミトコンドリア機能が障害される。このミトコンドリア障害により高アンモニア血症が惹起され

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図4 バルブロン酸ナトリウムとカルニチン

表4 千葉県における拡大新生児マススクリーニング対象疾患下線疾患は第2次候補(今後の実施を検討している疾患)である。

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る。図4にvalpronylcarnitine生成を図示する。しかしHiroseら6)は健康な小児にバルブロン酸ナトリウムを投与しても低フリーカルニチン血症は引き起こされないと報告している。おそらくバルブロン酸ナトリウムが投与される患者は①抗けいれん剤多剤療法、②栄養不良(特殊ミルク、経腸栄養剤投与なども含む)、③抗生剤療法併用、④ファンコニー症候群などの併発症、⑤腎障害などの他の低カルニチン血症の危険因子を有することが多く、バルブロン酸ナトリウムを投与により低フリーカルニチン状態が増悪するのではと考えられている。

2) ピボキシル基を持つ抗生物質と低カルニチン血症2012年4月25日医薬品医療機器総合機構

(PMDA)によりピボキシル基を含有する抗生物質にょる低カルニチン血症による低血糖症状や痙攣(けいれん)を呈したなど38件の副作用が報告された7)。これに基づき各製薬会社がこれらピボキシル基を有する抗菌薬の使用上の注意事項を変更し医療機関に連絡を行っている。セフジトレンピボキシル、セフカペンピボキシル、セフテラムピボキシル、テビペネムピボキシル、ピブメシリナム塩酸塩などのピボキシル系抗生剤は、腸管吸収を良くするためのピボキシル基を有している。ピボキシル基は体内でピバリン酸になって、カルニチンと結合してピバロイルカルニチンとして尿中に排泄されるため、血清中のフリーカルニチン濃度が低下する。エネルギー枯渇のためブドウ糖の過剰な利用が

起き、糖新生系などで十分に補えなければ低血糖が生じる。このような抗生剤を長期投与され、低血糖などの症状を呈した患者さんがこれまで多く報告されている8), 9)。この低カルニチン血症を呈する病態はカルニチントランスポーター欠損症と区別が難しいことがあるので、慎重に診断を行うことが必要である。抗生剤をやめて低カルニチン血症が改善すれば抗菌剤の投与によるものと判定しやすいが、Nakajimaらの報告10)

によればピボキシル基を持つ抗生物質投与による低カルニチン血症は、正常値に復するのに3カ月以上かかるとされる。図5にピボキシル基を有する抗生剤とピバリン酸を図示する。

Ⅸ. 乳児用特殊医療用調製粉乳(ミルクアレル

ギー用乳、乳糖不耐用乳、先天代謝異常症用特

殊ミルクなどを含む)、経腸栄養剤、経静脈的

栄養製剤使用時の低カルニチン血症

近年、乳児用特殊医療用調製粉乳(ミルクアレルギー用乳、乳糖不耐用乳、先天代謝異常症用特殊ミルクなどを含む)や経腸栄養剤において、カルニチンやビオチンなどのビタミン関連物質やセレンや亜鉛、ヨウ素などの微量元素の含有量の不足が問題になっている。児玉らはこれらの含有量をCodexが推奨している含有量と比較して、一覧表として報告している11)。報告された一覧表を表5に示す。また、児玉らはこれらの栄養下におけるカルニチンを含めたこれら必須栄養素の欠乏について、詳細な報告をしている12)。

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図5 ピボキシル基抗生剤とピバリン酸

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小澤の報告によれば13)乳児用特殊医療用調製粉乳中にはその製造法の問題から、ビオチン、カルニチン、亜鉛、セレン、ヨウ素などの含有量が十分ではないとされている。測定したすべての特殊ミルク中には、一般乳に比べて1/4から1/3のカルニチンの含有量であったと報告している。アミノ酸乳(明治エレメンタールフォーミュラなど)は全くカルニチンが含まれず、長期に単独で使用すればカルニチン欠乏は必発である。エンシュアリキッド、エレンタール、エレンタールPをはじめ日本で使用されている多くの経腸栄養剤・濃厚栄養剤中にはカルニチンは全く含有されておらず、低カルニチン血症の発症を見た症例の報告がある。TPN(経静脈的栄養)製剤にはカルニチンの添加がなされておらず、長期に使用したときには低フリーカルニチン血症となることが知られている。欧米ではTPN施行症例における肝障害および脂肪製剤使用時にはカルニチンの測定と補充が推奨されている。

しかし本邦ではあまり注意がはらわれていない。田附らは12症例の中心静脈栄養施行症例を検討し、特に経口、経腸栄養の導入に難渋している症例では、カルニチンの低下が著明であると報告している14)。医中誌Webにてこれまで報告されている乳児用特殊医療用調製粉乳、経腸栄養剤、経静脈的栄養製剤投与時のカルニチン欠乏症の国内の報告例を収集し表6に示した12)。大浦は先天代謝異常症用特殊ミルクについて、含有されるビオチンとカルニチンの量を報告している15)。この調査でも多くの特殊ミルクのビオチンとカルニチンの含有量は推奨値を満たしていない。また大浦は先天代謝異常症用特殊ミルクは母乳などの自然タンパク摂取と併用して投与されることが基本であるので、これらビタミン関連物質や微量元素の欠乏は起きにくいのであろうと述べている。先天代謝異常症用特殊ミルクの使用は、ビタミン関連物質、微量元素欠乏に陥る一つのリスクファクターであるということを十分認識しておくことは重要と考えら

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表5 乳児特殊医療用調製粉乳および経腸栄養剤中の各種栄養素含有量表示値または分析値例( /100 kcal)

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れる。欧米ではカルニチンの補充が乳児用特殊医療用調製粉乳に認められている。今後欧米と同じ基準となるように各方面からの働きかけが必要であると考える。

Ⅹ. 代謝障害時にはカルニチンを中心に

細胞内では何が起きているのか?

先天性の有機酸代謝異常症や脂肪酸代謝異常症、さらには各種の臓器障害において生体にはいろいろな中間代謝産物が蓄積する。この生体に有害な中間代謝産物へのdetoxification作用によりフリーカルニチンが消費され、低カルニチン血症が生じる。この低カルニチン血症は一つには長鎖脂肪酸のミトコンドリアへの取り込みを障害し、エネルギークライシスを惹起する。二つ目には各種中間代謝産物に結合しているCoenzyme Aをカルニチンと置き換えてCoenzymeAをレスキューすることができなくなる。つまり生体内で利用できるCoenzyme Aが不足してい

る状態になる。これをCoenzyme A Sequestrationと呼び、この状態が有機酸代謝異常症や脂肪酸代謝異常症における症状発現に大きな役割を果たしている可能性がある16)。もちろんフリーのカルニチンがなければDetoxificationは行われなくなり、有毒な中間代謝産物は細胞内に蓄積し続けることになる。これらの細胞内の異常状態はミトコンドリアの機能障害を起こして、ミトコンドリアに局在している呼吸鎖によるエネルギー産生、尿素サイクルなどの機能低下を生じることになる。これまで述べてきた医原性の低フリーカルニチン血症においても、脂肪酸β酸化の障害を端緒に芋づる式に悪循環が起きて、最終的には重篤な障害を残すような病態が生じることが考えられる。

ⅩⅠ. 欠乏症の対応、予防

カルンチンが重要な役割を示す疾患における

生 物 試 料 分 析

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表7 カルニチントランスポーター欠損症およびピボキシル基抗生剤投与による低フリーカルニチン血症

表6 乳児特殊医療用調製粉乳、経腸栄養剤、TPNによる、低カルニチン血症

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治療法を概説する。症状、病態を作り出しているのは主に低フリーカルニチン血症であり、補正すべきは低フリーカルニチン血症である。現在カルニチンの補充療法については先天性有機酸異常症の一部以外ではカルニチンの補充療法についてはしっかりしたエビデンスに基づいた治療基準はない。血中のカルニチンがどのくらいに低下すれば脂肪酸代謝に影響が出るのかについてもきちんとした報告はない。山本らは特殊ミルクを飲んでいる乳児における検討で血中カルニチンが26.9μmol/lでは脂肪酸酸化能に大きな問題のないことを報告している17)。表7に自験例カルニチントランスポーター欠損症2例とピボキシル基抗生剤による低フリーカルニチン血症3例のまとめを示した。表6と合わせてみると、ほとんどの症例がフリーカルニチンが20μmol/l以下で発症している。私はフリーカルニチン20μmol/l以下がカルニチン補充の適応と考えている。カルニチンの経口投与によるLD50は19.2 g/kgときわめて高い。副作用としては嘔気、嘔吐、体臭、胃炎、痙攣などがあるが安全性は高い薬剤である。私はバルブロン酸ナトリウム投与時で高アンモニア血症があれば当然だが、高アンモニア血症は認められないときでも20μmol/l以下の低カルニチン血症の時には、基本的にはカルニチン投与を行うこととしている。ことに患者さんに低栄養、経管栄養、腎障害など他にカルニチン低下のファクターがあるときには投与が勧められる。バルブロン酸ナトリウム投与症例で普通の食事を摂取しているならば10 mg/kg/day程度でも良いと考える。ピボキシル基含有抗生剤投与時のカルニチン投与の適応については現在のところ明確な指針はない。ピボキシル基を含有しない抗生剤への変更は良い選択である。ピボキシル基含有抗生剤を長期に使用せざる得ないときには血中フリーカルニチンを測定して、低値ならばカルニチンの補充を行うべきである。低カルニチン血症を呈する投与期間としては1週間以内という短期のものも報告されているので7)、すべての投与患者の臨床症状に十分注意を払うべきである。ことにバルブロン酸ナトリウム投与症例、ミルクアレルギー用ミルク投与症例、低栄養の症例、

筋肉量の少ない症例へのこれら抗生物質の投与にはさらに十分な注意が必要である。全くカルニチンが含まれていない乳児用特殊医療用調製粉乳、経腸栄養剤を単独で長期に使用するときには、最初から同時にカルニチンを投与しておき、低カルニチン血症の発症を防ぐ事が望まれる。特にバルブロン酸ナトリウム投与症例、ピボキシル基含有抗生剤の同時投与症例はカルニチン投与を考慮すべきである。この時には欠乏状態を補充するだけなので20-30mg/kg/dayで十分である。この時にはビオチンの欠乏も起こりうるのでビオチンの補充も必須の対応である。エレンタール、エレンタールPは非常に多くの症例で単独で長期に使われているので十分な注意が必要である。長期に渡らないときでも低カルニチン血症発症の可能性があるので、各種ミトコンドリア脂肪酸酸化異常症の症状が認められた時には、血中カルニチンの検索と適切な治療が必要である。中心静脈栄養施行患者では長期にわたるときにはカルニチンの補充は必須事項である。短期であっても肝障害発症時および脂肪製剤使用時にはカルニチンの測定と補充を行うべきである。カルニチントランスポーター欠損症では100-

200 mg/kg/day以上が必要であり、有機酸血症などでは50-100(200) mg/kg/dayが必要である。

ⅩⅡ. まとめ

近年カルニチンに関する話題が、多く医療の現場で取り上げられるようになってきた。まだまだ一般医療者に十分なカルニチンの知識が広まっているとは考えられない。今後も不適切な薬剤投与や乳児用特殊医療用調製粉乳(ミルクアレルギー用乳、乳糖不耐用乳、先天代謝異常症用特殊ミルクなどを含む)、経腸栄養剤、経静脈的栄養製剤使用に対する知識不足から、多くの患者が危険にさらされることが予想される。先天性のカルニチンに関連する代謝疾患はもとより、これら医原性の低カルニチン血症に関する情報を多くの医療者が共有していくような運動がさらに必要であると考えられる。

文献1) 村上貴考, 杉本健郎, 西田直樹他: カルニチン測定

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キットによる血清、尿カルニチン血の検討. 小児内科, 41増刊号: 387-389, 1995.

2) Nezu J, Tamai I, Oku A, et al.: Primary systemiccarnitine deficiency is caused by mutations in a geneencoding sodium ion-dependent carnitine transporter.Nat Genet, 21: 91-4,1999.

3) 藤浪綾子, 高柳正樹, 山本重則 他: 本邦におけるCarnitine palmitoyltransferase I (CPT I)欠損症の臨床像について. 小児科臨床, 60: 2115-2120, 2007.

4) 高柳正樹, 山本重則, 小川恵美他: カルニチンパルミトイルトランスフェラーゼII酵素欠損症17家系20症例の臨床像について. 日本マス・スクリーニング学会誌, 18: 43-49, 2008.

5) Matsuda I, Ohtani Y, Ninomiya N: Renal handling ofcarnitine in children with carnitine deficiency andhyperammonemia associated with valproate therapy.J Pediatr, 109: 131-4, 1986.

6) Hirose S, Mitsudome A, Yasumoto S et al.: Valproatetherapy does not deplete carnitine levels in otherwisehealthy children.Pediatrics,101:E9,1998.

7) 医薬品医療機器総合機構: ピボキシル基を有する抗菌薬による小児等の重篤な低カルニチン血症と低血糖について. http:/www.info.pmda.go.jp/iyuki-info./fole/tekisei-pmda-08.pdf

8) 魚住加奈子, 制野勇介, 竹下佳弘他: ピボキシル基含有抗生物質の長期投与により低血糖を繰り返した1例. 日本小児救急医学会雑誌, 10: 265, 2011.

9) 浜平陽史: テビペネムピボキシルの長期内服による二次性カルニチン欠乏症の1例. 日本小児救急医学会雑誌, 10: 264, 2011.

10) Nakajima Y, Ito T, Maeda Y et al.: Detection of pival-oylcarnitine in pediatric patients with hypocarnitinemiaafter long-term administration of pivalate-containingantibiotics. Tohoku J Exp Med, 221: 309-13, 2010.

11) 日本小児科学会栄養委員会: 注意喚起: 特殊ミルク・経腸栄養剤等の使用中に起きるビタミン, 微量元素の欠乏に注意を!日本小児科学会誌, 116:巻頭ページ, 2012.

12) 児玉浩子, 清水俊明, 瀧谷公隆他: 特殊ミルク、経腸栄養剤使用時のピットフォール. 日本小児科学会誌, 116: 637-653, 2012.

13) 小澤和裕: おっと危ないここが落とし穴 小児適用ミルクの微量栄養素の問題. 日本小児栄養消化器肝臓学会雑誌, 19: 50-56, 2005.

14) 田附裕子, 曹 英樹, 上野豪久他: 中心静脈栄養施行患者におけるカルニチン補充の必要性の検討.静脈経腸栄養, 25: 210, 2010.

15) 大浦敏博: 先天代謝異常症用特殊ミルクの問題点.乳児用特殊ミルク等の栄養素含有適正化に関するワークショップ 日本小児科学会栄養委員会,http://www.jpeds.or.jp/saisin/saisin_120509.pdf 2011

16) Mitchell A et al: Coenzyme A sequestration, toxicity orredistribution (CASTOR): a unifying mechanism ininborn errors of metabolism. 日本先天代謝異常学会雑誌, 25: 47, 2009.

17) 山本重則, 高柳正樹, 大竹 明: 治療用特殊ミルク使用中の乳児のカルニチン欠乏についてー血しょう遊離カルニチン値測定および中性脂肪からのケトン体産成能による検討ー. 日本小児科学会雑誌,89: 2488-2494, 1985.

生 物 試 料 分 析

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