ナノスケールにおける高効率流動の分子動力学 -...

5
1 ナノスケールにおける高効率流動の分子動力学 カノン ジェームズ ** ,塩見 淳一郎 *** Molecular Dynamics of Highly Efficient Flow at the Nanoscale James CANNON and Junichiro SHIOMI 1.はじめに 近年の合成,加工,および計測技術の進歩に伴い,ナ ノ構造の設計・制御を通じてマクロスケールの課題の解 決を目指す研究が活発に行われている.それとともに, これまでのマクロスケールの工学に適用されてきた物理 法則が,ナノスケールでは通用しない場合が多いことが 広く認識されるようになって来ている.ナノスケールの 構造やその機能は生体などで自然に活用されており,決 して新しいものではないが,その機構を理解し工学的に 利用するところに,工学分野としての新しさや発展性が ある. 近年の研究により人工的に合成が可能となったナノ構 造の代表的な例として,カーボンナノチューブ 1-3) やグラ フェンが挙げられる 4) .熱流体工学分野においては,こ れらを用いて自己洗浄 5) ,選択的吸脱着 6,7) ,高効率沸騰 核生成 8) などの新しい機能が見出されている.特に,原 子レベルの分解能でナノ構造を可視化する技術の発展 9,10) によって界面構造の観察が可能になって来ており,界 面を用いた物性制御への期待が高まっている. 上述の例はナノテクノロジーの可能性の極一部を体現 したに過ぎず,その潜在能力を完全に活かすには更なる 技術の進歩が必要である.その中で,分子シミュレーシ ョンは実験を補う重要な役割を担うと考えられる.単に 実験結果の解釈を助けるだけでなく,現象の基礎を司る 物理を明らかにし,汎用性のある理論の構築することで, 新しい現象や機能の予測・設計に役立てる.特に,流動 を伴う非平衡現象に関しては,ピコ秒の時間スケールで 生じる過渡的な現象を追従することは実験では困難であ るため,分子動力学シミュレーションの有用性が高い. 本稿では,分子動力学シミュレーションを用いたナノ スケールにおける流動特性の研究例をいくつか紹介する. はじめに分子動力学シミュレーションの方法論や特徴を 簡単に概説した後に,可視化されるナノスケール特有の 流動特性と,それを利用した工学応用の可能性について 議論する. 2.分子動力学シミュレーション 分子動力学シミュレーションと一口に言っても様々な カテゴリーのものがある.例えば,計算対象が平衡系か 非平衡系かによって,シミュレーションのアルゴリズム や物性の計算手法が異なる.また,量子力学を考慮する か古典近似を適用するかによって支配方程式自体が異な る.精度を追及するには,カーパリネロ法 11) に代表され るような,電子状態計算に基づいて原子間力を求めなが ら分子動力学を解く,第一原理分子動力学法の適用が考 えられる.しかし,これらは計算負荷が大きく,計算規 模が通常 100 原子,100 ピコ秒程度に留まるため,化学 反応を含まない系においては,いたずらに第一原理解析 を行うのは得策でない.一方,古典計算で近似すること で,100 倍以上の原子数や時間の計算が可能となり,非 平衡の熱流動解析には,ナノスケールであっても専ら古 典分子動力学法が用いられる. 古典分子動力学(以下,分子動力学)シミュレーショ ンでは,経験的または非経験的なポテンシャル関数によ って記述される原子間力をもとに,ニュートンの運動方 程式を積分することで各原子の位相空間情報(位置およ び速度)の時系列を求める(図 1).さらに,得られた位 相空間情報から,温度,圧力,密度,比熱,自由エネル ギーなどの静的物性に加えて,拡散係数,熱伝導率,粘 性などの輸送物性を計算する方法が確立されている.こ れらの計算を,バルク物質を模擬した周期境界系に対し て行うことによって,実験で計測されるマクロスケール * 原稿受付 2013 2 月18 ** 東京大学大学院工学系研究科(113-8656 東京都文京区本郷 7-3-1, E- mail : [email protected]) *** 東京大学大学院工学系研究科(113-8656 東京都文京区本郷 7-3-1, E- mail : [email protected])

Upload: others

Post on 24-Mar-2020

2 views

Category:

Documents


0 download

TRANSCRIPT

1

ナノスケールにおける高効率流動の分子動力学*

カノン ジェームズ**,塩見 淳一郎***

Molecular Dynamics of Highly Efficient Flow at the Nanoscale

James CANNON and Junichiro SHIOMI

1.はじめに

近年の合成,加工,および計測技術の進歩に伴い,ナ

ノ構造の設計・制御を通じてマクロスケールの課題の解

決を目指す研究が活発に行われている.それとともに,

これまでのマクロスケールの工学に適用されてきた物理

法則が,ナノスケールでは通用しない場合が多いことが

広く認識されるようになって来ている.ナノスケールの

構造やその機能は生体などで自然に活用されており,決

して新しいものではないが,その機構を理解し工学的に

利用するところに,工学分野としての新しさや発展性が

ある.

近年の研究により人工的に合成が可能となったナノ構

造の代表的な例として,カーボンナノチューブ 1-3)やグラ

フェンが挙げられる 4).熱流体工学分野においては,こ

れらを用いて自己洗浄 5),選択的吸脱着 6,7),高効率沸騰

核生成 8)などの新しい機能が見出されている.特に,原

子レベルの分解能でナノ構造を可視化する技術の発展9,10)によって界面構造の観察が可能になって来ており,界

面を用いた物性制御への期待が高まっている.

上述の例はナノテクノロジーの可能性の極一部を体現

したに過ぎず,その潜在能力を完全に活かすには更なる

技術の進歩が必要である.その中で,分子シミュレーシ

ョンは実験を補う重要な役割を担うと考えられる.単に

実験結果の解釈を助けるだけでなく,現象の基礎を司る

物理を明らかにし,汎用性のある理論の構築することで,

新しい現象や機能の予測・設計に役立てる.特に,流動

を伴う非平衡現象に関しては,ピコ秒の時間スケールで

生じる過渡的な現象を追従することは実験では困難であ

るため,分子動力学シミュレーションの有用性が高い.

本稿では,分子動力学シミュレーションを用いたナノ

スケールにおける流動特性の研究例をいくつか紹介する.

はじめに分子動力学シミュレーションの方法論や特徴を

簡単に概説した後に,可視化されるナノスケール特有の

流動特性と,それを利用した工学応用の可能性について

議論する.

2.分子動力学シミュレーション

分子動力学シミュレーションと一口に言っても様々な

カテゴリーのものがある.例えば,計算対象が平衡系か

非平衡系かによって,シミュレーションのアルゴリズム

や物性の計算手法が異なる.また,量子力学を考慮する

か古典近似を適用するかによって支配方程式自体が異な

る.精度を追及するには,カーパリネロ法 11)に代表され

るような,電子状態計算に基づいて原子間力を求めなが

ら分子動力学を解く,第一原理分子動力学法の適用が考

えられる.しかし,これらは計算負荷が大きく,計算規

模が通常 100 原子,100 ピコ秒程度に留まるため,化学

反応を含まない系においては,いたずらに第一原理解析

を行うのは得策でない.一方,古典計算で近似すること

で,100 倍以上の原子数や時間の計算が可能となり,非

平衡の熱流動解析には,ナノスケールであっても専ら古

典分子動力学法が用いられる.

古典分子動力学(以下,分子動力学)シミュレーショ

ンでは,経験的または非経験的なポテンシャル関数によ

って記述される原子間力をもとに,ニュートンの運動方

程式を積分することで各原子の位相空間情報(位置およ

び速度)の時系列を求める(図 1).さらに,得られた位

相空間情報から,温度,圧力,密度,比熱,自由エネル

ギーなどの静的物性に加えて,拡散係数,熱伝導率,粘

性などの輸送物性を計算する方法が確立されている.こ

れらの計算を,バルク物質を模擬した周期境界系に対し

て行うことによって,実験で計測されるマクロスケール

* 原稿受付 2013 年 2 月18 日 ** 東京大学大学院工学系研究科(〒113-8656

東京都文京区本郷 7-3-1,

E- mail : [email protected])

*** 東京大学大学院工学系研究科(〒113-8656

東京都文京区本郷 7-3-1,

E- mail : [email protected])

2

の物性と直接比較することができる.

さらに大規模な計算が可能な手法として,モンテカル

ロ法も広く用いられている.いずれも,ポテンシャル関

数に基づくという意味において原理的には似ているが,

モンテカルロ法では,分子の挙動を決定論的でなく確率

論的に取り扱うために,得られる分子の挙動が物理的な

意味を持たない.一方,モンテカルロ法のメリットとし

ては,平衡状態への収束性が分子動力学よりも速いこと,

およびランダムに原子を挿入・抜去することによってグ

ランドカノニカル集団の実現が比較的容易であることが

挙げられる.

流動特性に強く影響する非結合相互作用としては,通

常,短距離のファンデルワールス力と長距離のクーロン

力が考えられる.代表的な作動流体である水は極性分子

であるため,それら 2 つ相互作用の和で表される.水は

最も基礎的な流体であるにも関わらず,そのポテンシャ

ル関数の開発は発展途上にあり,幅広い熱力学的状態や

物性を再現することは困難である.その理由の 1 つとし

て,実際には環境によって変動する電荷の分布を古典分

子動力学では普遍的に表現できないことが挙げられる.

そのため,研究の目的に応じて,特定の熱力学的物性を

ターゲットとした様々なモデルがこれまでに開発されて

来た.従って,殆どの場合,第一原理計算に基づいて非

経験的にパラメータを決定するのではなく,経験的にポ

テンシャル関数を決定する方法が取られている.

最も単純な水のモデルは正の定電荷 2 つと負の定電荷

1 つを各原子上に配置し,結合長および結合の為す角を

固定した3-siteのリジッドモデルである(図2).ここで,

それぞれパラメータはターゲットとする物性を再現する

ように経験的に調整される.3-siteモデルとしては,SPC,

SPC/E, TIP3P モデルなどが良く知られている.これら

のモデルは計算が容易である反面,実際の電荷分布を模

擬するには単純過ぎるため,原子から外れた位置に無質

量の電荷を配置したモデルも広く用いられている(図 2).

例えば,5-site モデルである TIP5P は,図 2 に示すよう

に電荷分布に自由度を持たすことで,水の密度や凝固点

を良く再現することで知られる 12).さらに,結合長や結

合角の変化を許すようなフレキシブルモデルも開発され

ており,例えば SPC/Fw モデルは拡散係数を非常に良く

再現することが示されている 13).一方で,それによって

生じる高周波数の分子振動を解像するためには,小さい

時間ステップが必要となり,計算負荷が増大することが

短所である.

分子動力学の歴史は長いが(最初の報告は Alder と

Wainwright14)),今日においても新しい計算法やアルゴリ

ズムが開発され続けている.また,近年の計算機の進歩

に伴い,応用範囲も広がっている.さらに,これらを実

装した汎用分子動力学ソフトウェアも多数公開されてお

り,専門家でなくても比較的高度な分子動力学シミュレ

ーションが手軽に行えるようになって来ている.例えば,

熱流体分野においては,LAMMPS (Large-scale Atomic

Molecular Massively Parallel Simulator)15), Gromacs

(Groningen Machine for Chemical Simulations) 16), NAMD17)

and DL_Poly18)などが,それぞれの短所や長所を踏まえて

適材適所で使用されている.特に LAMMPS プロジェク

トは C++でモジュラー化されていることから開発環境に

優れており,今後の発展が楽しみである.加えて,最近

では Graphical Processor Unit (GPU)計算機への実装や,超

並列性の実現などの技術も進歩しており,さらなる大規

模計算の実現が期待される.これによって,結合の形成

や消滅を取り扱える ReaxFF などの高度な多体効果を取

Fig. 2 Schematic of various water models with

charge-sites highlighted. The number of sites noted

in the figure correspond to the total number of

interaction sites, whether charge, Lennard Jones, or

both.

Fig.1 The principle of molecular dynamics simulations:

Atoms interact, resulting in changing positions and

trajectories with time. Here the interaction is indicated for

an ion with the hydrogen and oxygen atoms of two water

molecules. This force between the ion and the water

molecules will result in a change in velocity and position

with time.

3

り入れたポテンシャルの活用や,散逸粒子動力学

(Dissipative Particle Dynamics,DPD)計算や連続体計算

などのメゾスコピック手法とのマルチスケール連成など

も視野に入る 19).

3.ナノスケール空間における低摩擦流

水は極性分子であり,酸素原子と水素原子がそれぞれ

負と正の電荷を有する.酸素の負電荷と水素の正電荷に

よる分子間相互作用が水素結合であり,集団としての水

の構造や動力学に大きく影響する.平衡状態におけるポ

テンシャルエネルギーへの水素結合の寄与は大きく,液

相および固相(結晶)において 1 分子あたり平均 4 つの

水素結合を形成する.このように分子量あたりの水素結

合の数が比較的多いことが,水素結合を形成しない液体

と比較して高い融点や沸点をもたらしている.

ここで,管内流などの水が壁と接触して流れる系を考

える.水と壁原子の結合が水同士の結合と比較して弱い

場合,壁は撥水性を示す.特に,水と壁の結合が無視で

きるような系においては,壁面の速度スリップが大きく

なり,さらに管径がナノスケールの場合スリップが流れ

を支配する.その究極の例は,カーボンナノチューブ内

の流れであり,実験と分子動力学シミュレーションによ

って多くの研究が報告されている.

カーボンナノチューブは直径が 1 ナノメートル程度の

管内流を実現すると同時に,無電荷と見なせるグラファ

イト構造から構成されることで強い撥水性を示す.これ

により,チューブ内部で水を駆動した場合,界面での大

きな速度スリップによって,非常に低摩擦の輸送が実現

されることが示されている 20-22).その結果,連続流にお

いては流れがプラグ流になり 23),クラスタ流においては

クラスタが拡散的ではなく弾道的に輸送される 24).一方

で,電荷を有する官能基でカーボンナノチューブを修飾

すると,流束が大きく低減されることも報告されている25).

さて,このようなナノスケール流動は連続体力学でど

の程度記述できるのであろうか.最近の分子動力学シミ

ュレーションによると,ナノチューブ直径が 2 nm 以上

の場合は,ナノ空間での抑制によって粘性係数が変化す

る効果および壁面でのスリップ速度を考慮することによ

って,連続体力学によって記述できる.一方,直径が 2 nm

以下の場合は,水は空間抑制効果によって層構造を形成

し,連続体力学による予測よりも大幅に大きい流束が得

られることが示されている 26).これは,2-4 桁以上大き

い流束が得られるとした過去の実験結果と一致する 14).

なお,ナノチューブ径が小さい極限においては,水は図

3 に示すようなチェーン上の構造を取る.このように,

水の構造やその結果得られる流束はナノチューブの直径

に強く依存し,高密度化の秩序構造の形成によって流束

が上昇することが示されている 27).

以上のように,分子動力学解析と実験の両方において

カーボンナノチューブ内で低摩擦流が実現され得ること

が示されており,工学応用が提唱されている.その例と

して,淡水化を目的としたイオン分離膜への応用が挙げ

られる 28).イオン分離膜では,水和殻に覆われたイオン

よりも小さく,水分子よりも大きい細孔を有する半透膜

を用いることで,サイズによる分離を行う 29).しかし,

最適な分離を可能にするためには,何らかの方法で圧力

を印加して,水を半透膜から押し出さなければならない.

通常用いられるポリマー半透過膜においては圧力損失が

大きくなるため,非常に高圧(メガパスカル)を印加し

なければならないのが課題となっている.

そこで,低摩擦流を実現するカーボンナノチューブを

半透過膜として利用することで,従来技術を高効率化す

ることが期待されている.近年の合成技術の進歩により,

カーボンナノチューブを配向させながら膜状に合成でき

るようになっており 30,31),直径分布の制御,数密度の向

上,機械的安定性などの課題が克服されれば,高効率か

つ高選択性の分離膜技術へ発展する可能性がある.

4.ナノスケールでの流れの駆動

カーボンナノチューブやそれに類似したナノ構造を利

用することで,高効率の物質輸送を実現できる可能性が

ある一方で,流動を駆動する機構も考える必要がある.

ナノ細孔内の流動を駆動する技術の向上は,前述の淡水

化技術においては駆動に費やすコストの低減だけでなく,

分離機構の革新を通じたシステムの最適化にも繋がる.

その他にも,lab-on-a-chip などのように,マイクロ・ナ

ノスケールにおいて機械的な駆動部を用いずに流体を駆

動することが要求される応用は多い.また,燃料電池に

おいても,電解質膜を適切な水和状態に保つために,水

の分布を制御することは,システムを最適化する上で重

Fig. 3 Water molecules can form fast-moving chains

of molecules in carbon nanotubes, which may find

future use in energy-efficient applications such as

filtration.

4

要である 32-34) .

一般的に使われる駆動法として浸透がある.ナノスケ

ール細孔膜による浸透現象の基礎的かつ詳細な理解は,

分離効率の最適化や膜の設計に直結する.この点におい

ても分子動力学シミュレーションが有用であり,浸透に

よって生じる浸透圧が,どのような分子ケールの特性に

よって決定されているかを検証することができる.ここ

では,正浸透圧のイオン半径への依存性に関して得られ

た知見を紹介する.イオンの周りには水和殻が形成され

るが,水素結合はイオンと水の距離が小さくなるに従っ

て強くなるため,原子半径の小さいイオンの方が水を引

っ張る力が強くなる.一方で,強固な水和殻はイオンが

膜壁に接近するのを妨げるため,原子半径が大きいイオ

ンの方がより膜近傍から浸透に寄与することができる.

このように,イオン半径への依存性が異なる 2 つの効果

が競合するため,浸透圧が最大となる(水との相度作用

の強さと膜との位置関係が最適になる)イオン径が存在

する.

ナノ細孔内で流体を駆動する他の方法として,熱エネ

ルギーを利用することも提唱されている.カーボンナノ

チューブに沿って温度勾配を印加することで,内部の液

体を駆動できる可能性が分子動力学シミュレーションを

用いて示されている 35).これは熱泳動とは異なり,ナノ

スケール空間で構造化した水の安定性が温度に強く依存

すること起因する自由エネルギー勾配によって駆動され

ると考えられている.このような質量輸送方法は,水に

限らずフラーレンなどのより大きい分子にも適用されて

いる 36).また,熱エネルギーを利用した他の駆動法とし

て,カーボンナノチューブの熱振動によって外側に吸着

した液滴の輸送を制御できる可能性も示されている 37).

分子の極性を利用して流体を駆動する方法も考えられ

る.例えば,膜厚方向に電場を印加して電荷に依存した

外力を与えることでイオンを選択的に駆動する.このよ

うなアプローチは電気吸着脱イオン化(Capacitive

Deionization, CDI)による淡水化で特に有用であると期待

できる.この手法では,正サイクルではイオンは膜壁に

吸着し,逆サイクルでは脱着し取り出される 38,39).この

ようなアイディアの工学応用に発展には,使用するナノ

材料の構造,得られる吸脱着効率,膜内の輸送効率など

に関する基礎物性の評価が重要となり,今後も分子シミ

ュレーションを用いて解析を進める必要がある.

5.おわりに

以上のように,分子動力学シミュレーションはナノス

ケール熱流動の物理の基礎を理解する上で重要な役割を

果たしている.分子動力学シミュレーションは各原子の

軌道を求めることができるため,熱流動のような非平衡

現象を解析する上で特に有用である.これまでの解析に

よってカーボンナノチューブ内の水の流動に代表される

ようなナノスケール特有の流動現象が明らかになって来

ており,それを活用した分離膜などの開発が提唱されて

いる.一方で,応用開発のおける有用性をさらに高める

ためには,実験との時空間スケールのギャップを埋める

ことが課題になる.実験技術の進歩によって,以前では

考えられない程の微小スケールでの構造や物性評価が可

能になるに伴い,大規模分子動力学シミュレーションへ

の要求がこれまで以上に強くなっている.今後,超並列

やマルチスケール連成法の更なる発展によって,分子動

力学シミュレーションがより工学的に有用なツールとな

って行くことが期待される.

Fig. 4: Osmosis of water from a pure-water chamber (left) to a salt-water chamber (right)

through a short nanotube membrane. The bottom nanotube has been cut away to reveal the

1D chain of water molecules flowing through. Salt is represented by the point-particles in

the right-side chamber.

5

参 考 文 献

1) Iijima, S.: Helical microtubules of graphitic carbon, Nature, Vol.354,

No.6348 (1991) pp.56-58.

2) Cheung, C. L., Kurtz, A., Park, H., Lieber, C. M.: Diameter-controlled

synthesis of carbon nanotubes, J. Phys. Chem. B, Vol.106, No.10 (2002)

pp.2429-2433.

3) Singh, C., Shaffer, M. S., Windle, A. H.: Production of controlled

architectures of aligned carbon nanotubes by an injection chemical

vapour deposition method, Carbon, Vol.41 (2003) pp.359-368.

4) Geim, A. K., Novoselov, K. S.: The rise of graphene, Nature Mat., Vol.6,

No.3 (2007) pp.183-191.

5) Crick, C. R., Parkin, I. P.: Preparation and characterization of

super-hydrophobic surfaces, Chemistry - A European Journal, Vol.16,

No.12 (2010) pp.3568-3588.

6) Cannon, J. J., Vlugt, T. J. H., Dubbeldam, D., Maruyama, S., Shiomi J.:

Simulation Study on the Adsorption Properties of Linear Alkanes on

Closed Nanotube Bundles, J. Phys. Chem. B, Vol.116, No.32 (2012)

pp.9812-9819.

7) Li, J. R., Kuppler, R. J., Zhou, H. C.: Selective gas adsorption and

separation in metal-organic frameworks, Chem. Soc. Rev., Vol.38 (2009)

pp.1477-1504.

8) Li, C., Wang, Z., Wang, P. I., Peles, Y., Koratkar, N., Peterson, G. P.:

Nanostructured copper interfacers for enhanced boiling, Small, Vol.4,

No.8 (2008) pp.1084-1088.

9) Lee, Z., Meyer, J. C., Rose, H., Kaiser, U.: Optimum HRTEM image

contrast at 20 kV and 80 kV-Exemplified by graphene, Ultramicroscopy,

Vol.112, No.1 (2012) pp.39-46.

10) Bhatta, U. M., Ross, I. M., Sayle, T. X. T., Sayle, D. C., Parker, S. C.,

Reid, D., Seal, S., Kumar, A., Mobus, G.: Cationic Surface

Reconstructions on Cerium Oxide Nanocrystals: An

Aberration-Corrected HRTEM Study, Acs Nano, Vol.6, No.1 (2012)

pp.421-430.

11) Car, R. & Parrinello, M.: Unified approach for molecular-dynamics and

density-functional theory, Phys. Rev. Lett., Vol.55, No.22 (1985)

pp.2471-2474.

12) Fernandez, R. G., Abascal, J. L. F., Vega, C.: The melting point of ice I-h

for common water models calculated from direct coexistence of the

solid-liquid interface, J. Chem. Phys., Vol.124, No.14 (2006) pp.144506.

13) Y. Wu, H. L. Tepper and G. A. Voth, Flexible simple point-charge water

model with improved liquid state properties, J. Chem. Phys. Vol.124,

No.2 (2006) pp.024503.

14) Alder, B. J., Wainwright, T. E.: Phase transition for a hard sphere system,

J. Chem. Phys., Vol.27 (1957) pp.1208-9.

15) S. Plimpton, Fast parallel algorithms for short-range molecular dynamics,

J. Comp. Phys., Vol.117, No.1 (1995) pp.1-19.

16) van der Spoel, D., Lindahl, E., Hess, B., Groenhof, G., Mark, A. E.,

Berendsen, H. J. C.: GROMACS: Fast, flexible and free, J. Comp. Chem.,

Vol.26 (2005) pp.1701-1718.

17) Phillips, J. C., Braun, R., Wang, W., Gumbart, J., Tajkhorshid, E., Villa,

E., Chipot, C. Skeel, D. Kale, L., Schulten, K.: Scalable molecular

dynamics with NAMD, J. Comp. Chem., Vol.26, No.16 (2005),

pp.1781-1802.

18) Todorov, I. T., Smith, W., Trachenko, K., Dove, M.T., J.: DL_POLY_3:

new dimensions in molecular dynamics simulations via massive

parallelism, Mat. Chem., Vol.16 (2006) pp.1911-1918.

19) Mohamed, K. M., Mohamad, A. A.: A review of the development of

hybrid atomistic-continuum methods for dense fluids, Microfluidics

Nanofluidics, Vol.8 (2010) pp.283-302.

20) Holt, J. K., Park, H. G., Wang, Y. M., Stadermann, M., Artyukhin, A. B.,

Grigoropoulos, C. P., Noy, A., Bakajin, O.: Fast mass transport through

sub-2-nanometer carbon nanotubes, Science, Vol.312, No.5776 (2006)

pp.1034–1037.

21) Majumder, M., Chopra, N., Andrews, R., Hinds, B. J.: Nanoscale

hydrodynamics: Enhanced flow in carbon nanotubes, Nature, Vol.438,

No.7064 (2005) p.44.

22) Hummer, G., Rasaiah, J. C., Noworyta, J. P.: Water conduction through

the hydrophobic channel of a carbon nanotube, Nature, Vol. 414, No.

6860 (2001), pp.188–190.

23) Hanasaki, I., Nakatani, A.: Flow structure of water in carbon nanotubes:

Poiseuille type or plug-like?, J. Chem. Phys., Vol.124, No.14 (2006)

pp.144708.

24) Striolo, A.: The mechanism of water diffusion in narrow carbon

nanotubes, Nano Lett., Vol.6, No.4 (2006) pp.633–639.

25) Corry, B.: Water and ion transport through functionalised carbon

nanotubes: implications for desalination technology, Energy Environ.

Sci., Vol.4, No.3 (2011) pp.751–759.

26) Thomas, J. A., McGaughey, A. J. H.: Water flow in carbon nanotubes:

transition to subcontinuum transport, Phys. Rev. Lett., Vol.102, No.18

(2009) pp.184502.

27) Cannon, J., Hess, O.: Fundamental dynamics of flow through carbon

nanotube membranes, Microfluidics Nanofluidics, Vol.8, No.1 (2010)

pp.21–31.

28) Corry, B.: Designing carbon nanotube membranes for efficient water

desalination, J. Phys. Chem. B, Vol.112 (2008) pp.1427-1434.

29) Cannon, J., Kim, D., Maruyama, S., Shiomi, J.: Influence of ion size and

charge on osmosis, J. Phys. Chem. B, Vol.116, No.14 (2012)

pp.4206-4211.

30) Hinds B. J., Chopra N., Rantell T., Andrews R., Gavalas V., Bachas L.

G.: Aligned multiwalled carbon nanotube membranes, Science, Vol.303,

No.5654 (2004) pp.62-65.

31) Murakami, Y., Chiashi, S., Miyauchi, Y., Hu, M. H., Ogura, M., Okubo,

T., Maruyama, S.: Growth of vertically aligned single-walled carbon

nanotube films on quartz substrates and their optical anisotropy, Chem.

Phys. Lett., Vol. 385, No.3-4 (2004), pp.298-303.

32) Pivovar, B. S.: An overview of electro-osmosis in fuel cell polymer

electrolytes, Polymer, Vol.47, No.11 (2006) pp.4194–4202.

33) Karimi, G., Li, X.: Electroosmotic flow through polymer electrolyte

membranes in PEM fuel cells, J. Power Sources, Vol.140 (2005) pp.1–11.

34) Yan, L. M., Ji, X. B., Lu, W. C.: Molecular dynamics simulations of

electroosmosis in perfluorosulfonic acid polymer, J. Phys. Chem. B,

Vol.112 (2008), pp.5602–5610.

35) Shiomi, J., Maruyama, S.: Water transport inside a single-walled carbon

nanotube driven by a temperature gradient, Nanotech., Vol.20, No.5

(2009) pp.055708.

36) Rurali, R., Hernandez, E. R.: Thermally induced directed motion of

fullerene clusters encapsulated in carbon nanotubes, Chem. Phys. Lett.,

Vol.497, No.1-3 (2010) pp.62–65.

37) Russell, J. T., Wang, B. Y., Kral, P.: Nanodroplet transport on vibrated

nanotubes, J. Phys. Chem. Lett., Vol.3 (2012) pp.353–357.

38) Humplik, T., Lee, J., O’Hern, S. C., Fellman, B. A., Baig, M. A., Hassan,

S. F., Atieh, M. A., Rahman, F., Laoui, T., Karnik, R., Wang, E. N.:

Nanostructured materials for water desalination, Nanotech., Vol.22

(2011), pp.292001.

39) Anderson, M. A., Cudero, A. L., Palma, J.: Capacitive deionization as an

electrochemical means of saving energy and delivering clean water.

Comparison to present desalination practices: Will it compete?,

Electrochimica Acta, Vol.55, No.12 (2010) pp.3845–3856.