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イノベーションに おける「場」の本質 特別企画コンファレンス抄録 2016 גձ ௨૯ ݚFUJITSU RESEARCH INSTITUTE

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Page 1: イノベーションに おける「場」の本質 - Fujitsu · オープン・イノベーションは今や新しい 経営の基準の1つであり、「共創」という概念も重視さ

イノベーションにおける「場」の本質

特別企画コンファレンス抄録 2016

株式会社 富士通総研FUJITSU RESEARCH INSTITUTE

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2 3特別企画コンファレンス イノベーションにおける「場」の本質 特別企画コンファレンス イノベーションにおける「場」の本質

社会的・事業的価値を生み出すためのイノベーションの「場」の本質とは

株式会社富士通総研 代表取締役社長

本庄 滋明

昨今は健康、医療、環境、エネルギー、あるいは街づくりなど、様々な社会課題の解決に向けて、オープン・イノベーションといった社内外の共創活動が活発になっております。共創活動においては、多様で異質な知をつなぐ「場」が非常に重要な位置づけになります。

2016年5月、私はアムステルダムで開催された欧州委員会の「Open Innovation 2.0 Conference 2016」のコンファレンスに参加した際に、フューチャーセンターやリビングラボを見学する機会がありました。ヨーロッパではこうした活動が活発で、企業のみならず、大学、自治体、さらには市民も多数参加しており、知の連携の場が確実に立ち上がってきていることを感じました。

米国ではサンフランシスコを中心とした西海岸で、テクノロジーに特化したコワーキングスペースなどから、様々なスタートアップが生まれています。これも場を提供してイノベーションを加速させるうえで、同じ意味合いを持っているのでしょう。

日本でも最近では、企業を中心にイノベーションセンターを開設するところが増えております。しかし、単なる空間ではなく、異質な知がつながる場であることが重要です。そのためには、場の備える機能は何かについて考えなければなりません。そこで、本日のテーマをイノベーションにおける「場」の本質とし、基調講演、研究報告、パネル・ディスカッションを通じて、より議論を深めたいと思っております。皆さまのお役に立つコンファレンスになれば幸いです。

ごあいさつ

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2 3特別企画コンファレンス イノベーションにおける「場」の本質 特別企画コンファレンス イノベーションにおける「場」の本質

イノベーションにおける「場」の本質

2016年11月9日(水曜日) 13時30分~17時

経団連会館 2階 国際会議場

基調講演 P.4

 「個」が中心に動くネットワーク型社会経済多摩大学大学院 教授紺野 登 氏

研究報告 P.7

 日本におけるマルチステークホルダー参加型共創の普及に向けて ̶リビングラボの取り組みから̶

富士通総研 経済研究所 上席主任研究員 西尾 好司

パネルディスカッション P.10

 多様な人・組織との共創に向けて株式会社前川総合研究所 主任研究員 岩崎 嘉夫 氏

コクヨ株式会社 WORKSIGHT LAB. 主幹研究員 齋藤 敦子 氏 公益財団法人九州経済調査協会 調査研究部 主任研究員 南 伸太郎 氏

多摩大学大学院 教授 紺野 登 氏

富士通総研 経済研究所 上席主任研究員 西尾 好司

(講演者の所属は、コンファレンス当時のものです)

社会的・事業的価値を生み出すためのイノベーションの「場」の本質とは

パネリスト

モデレーター

コメンテーター

ごあいさつプログラム

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4 5特別企画コンファレンス イノベーションにおける「場」の本質 特別企画コンファレンス イノベーションにおける「場」の本質

私の研究対象の知識創造やイノベーションに不可欠なものに、それを支える「場」があります。1998年にはカリフォルニア・マネジメント・レビュー誌に一橋大学の野中郁次郎教授と場(ba)に関する共著論文を発表しましたが、今や場の重要性はイノベーションなどの領域では共通の認識となっています。また、従来は組織内の場の議論が多かったのですが、最近はオープン・イノベーションへの関心や、企業と個人の関係が大きく変わったことなどを受けて、場の概念を社会的に拡張していく必要性が出てきました。こうした研究の傍ら、私たちはフューチャー・センター・アライアンス・ジャパン(FCAJ)という組織をつくり、企業、省庁、地方自治体、大学等々とネットワークを組んで実践も行っています。今日はそこでの経験や研究をもとに、イノベーションと場の関係、参加型の場とそのデザインについてお話します。

イノベーションとは何か

東京大学の吉川洋先生の著『いまこそ、ケインズとシュンペーターに学べ』は、ケインズとシュンペーターという双璧を挙げて経済を語っています。我々はこれまで計画しながら現状を維持するケインズ型経済でやってきました。1980年代、90年代の世界経済は比較的安定し、それでうまくいきましたが、21世紀に入ると非常に不確実で複雑な世界となりました。モノをつくって市場に提供するやり方は終わり、イノベーションが経営の中核の問題になっています。その意味で、シュンペーターはこれからの経済の在り方を示したと言えます。イノベーションを生み出すのがトップの役割であることも、世界基準になっています。ただし、これ

は古くて新しいテーマで、井深大氏によるソニーの設立趣意書を見ると「真面目なる技術者の技能を、最高度に発揮せしむべき自由闊達にして愉快なる理想工場」というように場が出発点になっています。そこには、「オープンなパートナーシップ」、「ヒエラルキーではなくて自由な個人のネットワーク」といった言及も見られます。従来のイノベーションは「本業の傍らにやるもの」という捉え方でしたが、本業プラスのイノベーションという位置づけでは、本業の引力が強すぎて新しい試みが吸収されてしまいます。KPIも曖昧なため、多くが失敗に終わるように見えます。しかし、今は本業すら消滅の危機に陥る時代です。本業も含めたイノベーション経営に移行しなくてはなりません。アントレプレナーが時代や社会の変化を察し、問題、課題、障壁にチャレンジして、新しい状況や状態、知識の獲得、普及を行うのがシュンペーター的なイノベーションですが、その背後では、洞察と発見、それに基づく試行錯誤が不可欠です。イノベーションは技術革新ではありません。それは、新しい観点を生み出す活動であり、新奇な視点と新しい知識の創造がなければ、技術の活用もできません。企業のイノベーション経営ではこういった組織能力、知識創造を行う組織的な場が必要となっています。

イノベーションの場

では、場とは何か。知識は情報と異なり、常に我々の生きている状況や文脈に依存しながら生み出されたり、共有されたり、伝わったりします。場とは、知識創造を支える、共有された文脈です。固定した空間ではなく、ダイナミックなものです。現象学的

基調講演

「個」が中心に動くネットワーク型社会経済

多摩大学大学院 教授

紺野 登 氏

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4 5特別企画コンファレンス イノベーションにおける「場」の本質 特別企画コンファレンス イノベーションにおける「場」の本質

基調講演

に捉えると、人間は生きるうえで様々な経験をし、それらを通じて身の回りの空間に意味を与えていますが、その総体が場なのです。場は、単なる触媒や補助的要素ではなく、新たな知識の源泉であり、ハードな場所だけでなく、人間の意識や内面にまで関わるものです。

FCAJでは前身の研究会時代から、様々な研究や調査を行ってきました。たとえば、何らかの「文脈共有できる場がある」と答えた企業は1割強。場のない企業と対比すると、「組織の風通しがいい」、「新しいプロジェクトにチャレンジできる」など、イノベーションに積極的な傾向が見られました。顧客と知を共有する経験型の場、社内外での対話をする場、知見を形にするプロセスの場、新しい知を検証する検証型の場など、様々な場を綜合していける組織がイノベーションを生み出せる。数年前にすぐれた経営者が場をどう捉えているかを調査したところ、①社員の考え・個性や役割が相互につながり文脈を共有する場、②オープンな関係性を育む場、③組織的な制度やシステムという側面の場、④情報空間としての場、⑤事業を生み出す事業プラットフォームの場という5つの側面で捉えていることが明らかになりました。これらの要素でどのように場が機能するのでしょう。

「価値・文脈共有」が場づくりの第一歩となります。そこでオープンな関係性が育まれ、対話が始まる。次に組織的な制度やシステムが駆動されて新たな知が生み出される。さらに、情報空間を活用し、事業プラットフォームから利益が生み出される、といった、良い循環が生まれるのです。

参加型な場

社外を含めてこうした循環を広げ、イノベーションのために活用するには、参加的な場が大事になってきます。オープン・イノベーションは今や新しい経営の基準の1つであり、「共創」という概念も重視されてきました。共創という言葉が経営の世界で登場したのは

1992年。経済同友会企業白書に「人をつくる創造の経営」、「組織の共創を目指して」といった宣言文があります。日本企業のDNAの中にあったのです。共創は日本企業の強みだと思われていましたが、実はこれからもう一度共創への努力を行わなくてはなりません。

1980年から2006年までの日米欧の技術提携件数

の推移を見ると、バブルが終わる頃から、日本は技術提携件数が減り、逆に欧米では増えました。これは一つの事象ですが、私の仮説は、日本企業はバブル期を過ぎて内向きになってしまった。コンプライアンス制度などもあり、組織の内外でオープンなネットワークがつくりにくくなったのです。一方、米国企業は当時日本の成功を分析し、系列など企業ネットワークの重要性を学びました。そこから仮想的企業体(バーチャルエンタプライズ)などのコンセプトを生み出し、これがインターネットの力を借りてオープン・イノベーションへと発展していったのではないかと考えています。イノベーションにも質的な変化があります。企業が開発した技術や製品を顧客の側、あるいは社会、市場の側に送り出すサプライ・サイドのロジックから、最近は社会・顧客側のニーズをしっかりとつかんで、それにふさわしいエコシステムをつくるデマンド・サイドのロジックへと逆向きに変わってきました。したがって、80年代、90年代のサプライ・サイドのイノベーション理論はあまり使えないのです。オープン・イノベーションも、オープン・イノベーション2.0の時代などと言われ、社会的目的のもとに多様なパートナー、当事者が多様な相互関係の元手、市民・ユーザー主導で様々なビジネスモデルやエコシステムをデザインするという考え方になりつつあります。そうなると、顧客参加型の場が重要になってくるのです。社会も変化しています。企業や組織が何かモノをつくって売る工業社会から、消費者の意見を聞きながら生産する消費者の時代(情報社会)が到来。さらに、この関係が曖昧になり、相互依存型、共創型になっています。たとえば、民泊サービスのAirbnbは生活者が自分の資産を貸し出し、サービス生産活動に参加しています。生産者と需要者の関係が逆転しているのです。こうなると、場をうまくつくらないと、経済活動はできません。このようなシェア・エコノミーが機能するのは、個がデジタルテクノロジーによってエンパワーされているからです。ドラッカーは1993年に出された『Innovation and

Entrepreneurship』(イノベーションと事業家的資質)の最終章で、みんなが事業家的な資質を発揮する時代が来る。イノベーションと事業家精神が日常的・継続的なものになって、組織、経済、社会の中に埋め込まれていく。個人は生涯学習をしながら、イノベーション活動を行うような社会が来る、と述べています。

「個」が中心に動くネットワーク型社会経済

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6 7特別企画コンファレンス イノベーションにおける「場」の本質 特別企画コンファレンス イノベーションにおける「場」の本質

企業と社会と個人の関係が変わる中で、参画型のオープン・イノベーションは企業が「やらざるを得ない」活動になっているのです。

場のデザイン

知識創造は、企業と顧客の間、コミュニティや社会集団との間、などのインターフェイス(境界面)から起こります。そのため、バウンダリー・オブジェクト(境界と境界をつなぐ、融合する対象物や場所)をきちんと設計しておかないと、創発は起きません。参加型イノベーションでは、どれだけバウンダリー・オブジェクトをつくれるかが問われます。たとえばFCAJでは、様々な企業が、組織と組織、組織と顧客、組織と社会をつなぐ場を作っています。核となるフューチャーセンターでは、様々なプレイヤーが将来的仮説、シナリオ、プログラムをつくり、個々のプレイヤーがイノベーションセンターでプロトタイプをつくります。それを街に持ち出して共創し、リビングラボという場を見立てて社会実験を行うのです。こうした場の機能を企業のネットワークに持つことで、オープン・イノベーションに資することができるのではないかという仮説で活動しております。そうした活動の1つ、「官民フューチャーセンター」では、省庁内、省庁間、省庁と民間企業そして市民を結び付け、政策立案に活かそうとする実験を始めています。省庁では審議会方式が主流ですが、テーマごとの専門家が参加するため、他部門、他省庁との関連は少なくなる傾向があります。また、将来の受益者などと新たなアイデアを共創する場とはなっていません。これを補完する試みを行っています。より大きな目的を設定しつつ、外部の知を取り入れ、対話によって消費者やユーザー、パートナーなどと知識創造するとともに、全体観を持って長期的な視座での政策形成に資するような方法論、方式を考えようとしています。こういった場づくりのガイドラインとなるのが、私たちが「Wise Place」というガイドラインでまとめた7つのPです。何のために(Purpose)、何をインパクトの狙いとし(Performance)、どのような人が運営・参加し(People)、どのように促進展開していくのか(Promotion)。その上で、プロセス(Process)とプログラム(Program)をデザインし、それを支える場所(Place)を持つ必要があります。このうち最も重要なのは目的です。失敗したプロジェクトに共通するのは、大きな目的が明確ではなく、

目的と手段がフィットしていないことです。一方、成功しているプロジェクトには、究極には共通善を目指す大目的、個人や企業やパートナーの個別の目的、そして大きな目的に向けて個別目的を調整するための中目的あるいは駆動目標といった、目的群の階層が必ずあります。目的をどう使うかが場をうまく運営させるための1つの智慧なのです。目的志向の強い企業ほど、新しい技術の受容性、新製品開発に対する投資マインドが高まります。トップが率先して目的を提示できることが、イノベーションの大きな一歩です。これは、私たちが「目的工学(Purpose Engineering)」という言葉を編み出して強調してきたことです。イノベーションとは目的のことだ、と言ってもいいのです。目的が新たな試行錯誤を行う意志を生み出し、それが実践につながります。社会的に意義ある価値を形成するために、関係する個々の主体、個人や企業が、あるべき未来の実現を目指して協力せざるを得ないような善い目的を共有する。そしてコミュニティを形成し、必要な資源を持ち寄り、動態的に目的や手段・技術の体系を調整しながら、より高い価値を創造するためにマネジメントを行い、知識を綜合する。こうした思想と方法体系のコンセプトをフューチャーセンターでも活用したいと考えています。

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6 7特別企画コンファレンス イノベーションにおける「場」の本質 特別企画コンファレンス イノベーションにおける「場」の本質

日本におけるマルチステークホルダー参加型共創の普及に向けて̶リビングラボの取り組みから̶

富士通総研 経済研究所 上席主任研究員

西尾 好司

私は現在、企業、行政、大学、NPO、住民など、多種多様な関係者が参加する共創活動の日本での推進方策を明らかにする目的で研究を進めております。特に、ヨーロッパで10年前から盛んに行われ、現在は日本でも始まりつつある「リビングラボ」という活動の事例研究を行ってきました。

研究の概要

昨今、健康、医療、都市などの分野を中心に、いわゆるCSV(共通価値の創造)やシェアリングエコノミー(共有経済)が拡大していますが、こうした領域では本当につくるべき、あるいは、提供されるべき製品サービスが必ずしも明確になっていない部分があります。それから、企業1社だけでは解決できないことも多くなっています。また、ユーザー・イノベーション、クラウドソーシング、オープンソースなど個人やコミュニティによる知識創造活動が盛んになり、専門性を持つ人だけでなく、対象とする課題やコトに関心のある人、あるいは、共創、開発に協力したいという意識や意欲のある人の活用も必要になってきました。これらの背景を踏まえると、企業も自社の製品やサービスの価値の可能性を高めるために、エコシステムの構築や多種多様な関係者との共創をすることが、ますます必要になるのではないか。いわゆる社会的課題に限らず、より一般的な能力として必要になってくるのではないか、という問題意識を持つようになりました。そこで5年程前、当時盛んになりつつあった欧州のリビングラボを対象に現状調査を行うことにしました。スウェーデンやドイツのリビングラボを訪問し、実際にどのような活動を行い、どのような課題があるのかを調べ、研究レポートとして発表しました。現

在は、日本の状況について関係者にインタビューを実施しており、日欧の現状や課題を踏まえて、日本でリビングラボのような共創をどのように普及できるかを考えています。

海外のリビングラボ活動

リビングラボとは、欧州委員会(EU)の定義によると、「事業者(企業)、市民、行政のパートナーシップをベースとしてヒューマンセントリックで共創的な方法によって実際の生活、利用環境においてサービスや製品を開発していく活動」を指します。現在、EUあるいは加盟各国の支援によって、健康、医療、都市等の分野で実施され、約380のリビングラボがENoLL(European Network of Living Labs)という団体に登録されています。リビングラボの機能は大きく2つあります。1つはユーザーが製品あるいはサービスを実際に利用し、そこから利用行動の新しい洞察を獲得したり製品やサービスを評価する活動。もう1つは、サービスや製品の提供者や開発者と一緒に共創活動をすることです。いわゆる研究所のように新しい技術を生み出すことよりも、技術を実際に活用する、あるいはプロトタイプを進めて可能性を社会に問うことが狙いとなります。開発者と利用者が役割分担するのではなく、参加者であるユーザーや市民は利用者であると同時に、一緒につくる共創者でもあり、2つの機能を担うところが特徴となっています。リビングラボはもともとアメリカで、新技術の利用を観察するための概念としてウィリアム・ミッチェルらによって提唱されました。その後、90年代に北欧でこの言葉が用いられるようになりました。当時はICTでユビキタスという言葉が盛んに用いられてお

研究報告

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8 9特別企画コンファレンス イノベーションにおける「場」の本質 特別企画コンファレンス イノベーションにおける「場」の本質

割があります(図3)。リビングラボの活動の進め方について確立した方法はないのですが、通常は次のように進めます。まず、企業、行政、大学の中心的な役割を担うコアメンバーが集まってプロジェクトの方向性を決め、参加ユーザーを募集し選定します。さらに、参加ユーザーである市民を募集して選定。ユーザーと一緒に実際に対象とするサービスのアイデアや詳細を詰めながら、利用に関するコンテキストを理解するための情報も収集します。こうして実際にどのようなサービスを提供していくのかを詰めてから、ユーザーに実際にサービスを使ってもらいます。その後、実験中のユーザーの行動観察、利用のログ、ユーザー・インタビューやブレストなどを行い、利用後の認識の変化、行動分析を通じて、製品やサービスを評価し、改良点あるいは新しい企画を検討します。それを次のプロトタイプにするというプロセスを数回繰り返していくのです。

り、実際の利用環境での利用から洞察を得るべきではないかという考え方がありました。さらに、北欧で重視されていた共創のコンセプトも加わりました。こうしてフィンランドやスウェーデンでは実際に、国家プロジェクトとしてリビングラボが作られ、活動支援が進められていったのです。

2006年になると、EUがICT領域やイノベーション領域のプログラムとしてリビングラボを導入し、欧州各国にリビングラボの活動が広がりました。最近のEUのオープンイノベーション2.0でも、リビングラボは重要な政策ツールとして位置づけられています。リビングラボのプロジェクトは、医療、高齢者ケア、生活支援、エネルギーの効率化のベンチマーク、ショッピングモール、大学、スマートファクトリーなどいろいろな領域で行われています(図1)。たとえば、イタリアの大きな病院では、長期入院の子供の学習支援システムが導入されています。ドイツのフラウンホーファーでは高齢者向けの住まいで、生活アクティブ・アシステッド・リビング・テクノロジーが入っています。

リビングラボの活動状況

リビングラボの参加者の目的は、製品やサービスの開発、手法の使用や習得、ネットワークの獲得などですが、大企業の場合、それなりの市場規模が必要になるため、手法やネットワークに主眼が置かれています(図2)。リビングラボの活動主体は、行政、公的センター、大学などが3分の2程度です。参加するのは、製品やサービスの開発者、その利用者、リビングラボの手法の提供や開発を行う大学や研究機関、資金や場所を提供する行政や自治体などの支援者と、大きく4つの役

図1 Living Labの活動分野

図2 Living Labへの参加目的

図3 Living Labの参加者の役割

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8 9特別企画コンファレンス イノベーションにおける「場」の本質 特別企画コンファレンス イノベーションにおける「場」の本質

果が生まれることが多く、予測しにくい活動になることへの懸念があります。活動するための準備が大変であることにも不満が持たれています。リビングラボという活動は、ヨーロッパだから容易にできるという取り組みともいえず、日本とも共通の課題が多いと思います。

共創をめぐる論点

最後に、リビングラボから見た共創の課題を挙げます。まず、対話の場を構築し、対話から共創に展開する活動は、ヨーロッパでも非常に難しい部分です。日本でも活動が増えてきている現状を踏まえると、場がどういうものかを一度確認してみる必要があるのではないでしょうか。対話の場を構築するためには、市民や事業者など全参加者のモチベーションを維持する必要があります。対話の事前準備や集める際の目的設定をどのように行っていけばいいのか。集まった後で、どうすれば効果的なコミュニケーションができるのか。さらに、対話しているだけでは先に進まないので、本当に共創へとつなげていくにはどうしたらいいのか。実際に、参加者間で殻を破る対話を実現しなくてはいけないのですが、そのときの変化とはどういうものか。どうすれば変化を起こせるのか。そのときのリーダーシップは誰がどのように発揮するのか。このようなことも考えていく必要があります。さらに、企業が継続的にこうした活動を行っていくためにはどうすればいいか。異質な人や組織と暗黙知を共有して、新しい知識創造を実施するための企業戦略とはどういうものかも論点になるかと思います。こうした論点は次のパネルディスカッションでも取り上げたいと思っています。

研究報告日本におけるマルチステークホルダー参加型共創の普及に向けて

1回にかける時間はだいたい数カ月間です。長く時間をかけるよりは、なるべく早く利用してフィードバックを得ることが重視されています。

日本の事例

こうした取り組みは、日本でも生まれつつあります。本日事例として紹介する福岡市の「おたがいさまコミュニティ」と松本市の「松本ヘルスラボ」は、先進的に進められてきたプロジェクトです。 おたがいさまコミュニティでは、住民が当事者性をもって専門家と一緒に活動できるコミュニティをつくっており、事業者も巻き込んでいます。一般に、企業や行政が住民と一緒に活動する場合、住民サイドのモチベーションへの懸念が出てきますが、福岡の事例は住民や市民が前向きに取り組もうとする意識を涵養しており、そうした意識付けが可能であることを示しています。松本ヘルスラボは、「健康寿命延伸都市構想」を掲げる松本市における、住民の健康増進と市民との共創によるヘルスケア産業の創出と育成を狙ったプロジェクトです。市民が会員制の健康パスポートクラブに参加する形をとっており、松本ヘルスラボは共創の場、実証の場、専門家と相談する場を提供しています。日本におけるこうした取り組みの課題として、市民サイドがドロップアウトする場合があること、事業者サイドが、リビングラボを自社の製品評価の機会、ユーザーを評価対象と捉える傾向があることです。ただし、福岡の事例のように、市民のモチベーションを涵養することは可能です。共創を理解してリビングラボの活動を主導し活動しようとする企業も増えています。このような問題は日本に限られたものではなく、実はヨーロッパでも似たような状況が見られます(図4)。たとえば、リビングラボの意義はわかるものの、なかなか参加できないという声も聞かれます。先述したように、リビングラボの登録は380カ所にのぼりますが、実際に新しい洞察を獲得する活動や共創活動を継続している拠点は50カ所にすぎないという報告があります。ヨーロッパでもドロップアウトする人は多いようです。住民側のインセンティブとして、金銭的なものも必要ですが、どちらかというと参加する意識や課題解決に対する個人の関心など精神面が重要であり、これに応えることが非常に求められてきます。事業者側においても、当初目標としていなかった成

図4 欧州の課題:ユーザー・市民の参加の難しさ

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10 11特別企画コンファレンス イノベーションにおける「場」の本質 特別企画コンファレンス イノベーションにおける「場」の本質

モデレーター

コメンテーター

株式会社前川総合研究所 主任研究員 岩崎 嘉夫 氏

コクヨ株式会社 WORKSIGHT LAB. 主幹研究員 齋藤 敦子 氏

公益財団法人九州経済調査協会 調査研究部 主任研究員 南 伸太郎 氏

多摩大学大学院 教授 紺野 登 氏

富士通総研 経済研究所 上席主任研究員 西尾 好司

パネリスト

多様な人・組織との共創に向けて

パネリストのプレゼンテーション◆岩崎氏株式会社前川製作所の紹介前川製作所は大正13年に創業です。従業員は約

4,400名で大きくなりましたが、今なお小さな町工場の伝統や体質が残っています。原型文化として、1人1人がお互いをよく知り、優しさ、情があった。そして、1人が2役、3役もこなします。私は創業者から「正しいことは言うな。正しいことを言うのは相手をやっつける時だ。相手をやっつけてどうするのか」と言われました。ここからも弊社の雰囲気が少しわかっていただけるかと思います。前川には様々なコンセプトがあります。「すみ分け」を大切にし、競争相手に勝って市場を制覇する戦略はとらない。「自己」は「場」を通して自分の活き生かされている世界を感じる「自己と場と場所」。違ったもの同士を組み合わせる「すり合わせ」によって良い創造が始まる。「共同体」をずっと大切にしてきました。当社が造っているものは、産業用コンプレッサー(冷凍機)、ロボット技術(生産ラインの無人化)、食品の加工、エネルギーなどの機械・装置・設備等の生産財です。ニーズがあるものではなくお客さんと一緒につくっていくものとしています。たとえば鳥肉の脱骨機「トリダス」は開発に20年もかかりました。開発は難航し一度は中断したのですが、お客様に督促されて再開。技術者がお客様の現場に入って、職人に丁寧に手取り足取り教えてもらったほか、社内では製造、販売、技術が一体化するまで飲みニケーションを通して、逃げずにあきらめずに取り組んで、ようやく完成させました。

前川では個々人が得意技、経験、知識を持つ専門家であり、それを全部寄せ集めて、とことん話します。自分の殻を破って話すうちに「それだ。それでいこう!」というところに到達します。その時に活き生かされている場所が移動するということが起きます。前川用語でいう「跳ぶ」瞬間が来ます。「感覚知」も大切です。まず感じて、考え、本質を追求し、それをシナリオにする(言語化する)。みんなに呼びかけて、一緒に行動する。すなわち、「感じる身体」→「考える身体」→「呼びかける身体」→「実践する身体」を大事にしています。西洋近代の個人主義、科学主義、合理主義、主知主義は自他分離を生みます。私たちが考えなくてはならないのは、生かされている場所から、自分の在り方、考え方、動き方をもう1度見直すこと。私たちは頭でっかちで、すぐに理屈や知識でものを言いますが、素直になって暗黙知を見つめれば、無意識の世界からいろいろな知恵が浮かんでくるはずです。そうした「自然な共同体」を求めていきたいと思っています。

◆齋藤氏「イノベーションを実践する組織・場・しくみ」コクヨは2015年に創業110年を迎えました。お客様やパートナーと共創しながら進化を続け、現在は文房具やオフィス家具だけでなく、働き方を軸としたサービスや空間デザイン、運用サポートなども提供しています。私自身は現場でオフィスづくりやコンサルティングに従事してきましたが、経営視点で働く場を考える必要性を感じて研究開発に異動。未

パネルディスカッション

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10 11特別企画コンファレンス イノベーションにおける「場」の本質 特別企画コンファレンス イノベーションにおける「場」の本質

来の働き方に関する研究やイノベーションの場づくりから、実際の現場でのチェンジマネジメント、そして、次世代ワークプレイスとして、フューチャーセンターやコワーキングスペースなどの企画開発も行っています。昨今、オープンイノベーションと称してイノベーションセンターやイノベーション部門が乱立していますが、箱をつくって外部を呼び込みながら新商品をつくろうとしても、なかなかイノベーションは起こりません。逆に、社内の共創に力を入れる企業もありますが、内部だけでは部門間のセクショナリズムはなかなか崩せません。内から外から揺り動かし、360度アプローチから内外で共創の仕組みをつくっていく必要があるのです。その一例が、2015年にオープンしたダイキン工業のテクノロジー・イノベーションセンターです。同社は経営トップが強い危機意識を持つなかで、基幹事業のイノベーションを続けながら、次の事業の柱を創出しようと、この施設を開設しました。日本の多くのメーカーは1つの分野の技術が突き詰められ成熟しているため、技術者たちが外部の異なる分野・業種の未来のパートナーと出会うことでイノベーションを興していくことを目指しています。大きな建屋の中央にスキップ・フロアがあり、全フロアが一つの空間としてつながっています。3階にある「知の森」という外部共創スペースや6階の「フューチャーラボ」では、企業や大学のパートナーはもちろん、大学生なども交えてハッカソンなどのイベントやセッションが行われています。オープン8カ月で来訪者数は1万7,900人。1日平均100人以上が訪れています。外部の人を呼び込むだけではなく、オフィススペースも同じように共創をうながすような設えで、技術者が互いに必要な時に集まってコミュニケーションをとりながら仕事をするようになりました。目的に合った場づくりと内外の共創の仕組み、そして、主体性を引き出すことが場づくりの第一歩となります。また、オペレーション(PDCA)とイノベーション(試行錯誤)は、プロセスが全く違うということを理解しながら、どうマネジメントしていくか。特に表面的な成功失敗よりも、常に場を検証し進化し続けることが大切だと思います。

多様な人・組織との共創に向けてパネルディスカッション

◆南氏「おたがいさまコミュニティ」研究開発プロジェクト九州経済調査協会は地場の民間のシンクタンクです。コミュニティの活性化を中心課題とし、企業との協働という観点を加えながら手法の開発研究をしています。今日ご紹介するプロジェクトは産学官コンソーシアム「おたがいさまコミュニティ」です。住民、事業者、行政を結び付けてコミュニティをつくり、関係づくりと再活性化を目指しています。コミュニティづくりは、誰も問題に気づいていない多元的無知の段階、それに気づく段階、住民参加の段階、事業者が関わる参加拡大の段階、支援者と要支援者の区別なく相互の関係性ができる段階へと、5段階で発展します。つまり、何の関係性もないまま企業が入って参加拡大しようとしても、一足飛びにはいかないのです。そこで我々は各段階の橋渡し役として「地域コーディネーター」という人的資源を介入させます。地域資源やニーズの見える化、住民参加の動機づけ、活動の実施と参加者拡大、事業者との協働の事業立案など、段階ごとにツールも開発してきました。これまで3地域で実証を行いました。その1つの金山地域は、開発後40年を経て高齢化が進む集合住宅と戸建ての混合エリアです。地域コミュニティの結束が弱く、団地内で孤立死が発生していることを憂慮する高齢者有志がいましたが、活動に踏み切れずにいました。そこでコーディネーターが入ってワークショップを実施。出てきたアイデアを試し、住民中心の活動にしていく傍ら、事業者を引き合わせて、多世代が参加するコミュニティ・カフェを中心とした活動に発展しています。ワークショップで重視するのは、課題の発見ではなく、多世代の課題と地域資源の見える化です。課題と地域資源を組み合わせて、すぐに取り組める活動のアイデアをつくってトライする。その結果、様々な動機を持った事業者が参加し、主婦や子育て世代なども関わるようになりました。その後、新しい事業アイデアが生まれたり、別の場所でも同様の試みが始まるなど、有機的な広がりも見られます。 我々の取り組みでは、課題の解決よりも、取り組む姿勢を変えることを目指します。関係性ができれば、課題に応じて試行錯誤しながら協働し、地域の継続性が成り立つはずです。そのためにも、当事者意識を高めて専門家をうまく活用する関係に変えることが重要です。単に地域活性化だけではなく、企業にも役立つ事例を増やし発展させたいと思っています。

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12 13特別企画コンファレンス イノベーションにおける「場」の本質 特別企画コンファレンス イノベーションにおける「場」の本質

パネルディスカッション

◆論点1◆ 対話の場を構築するための準備

西尾:それでは議論を始めます。最初の論点についてご意見を伺いたいのですが、人を集めて共創につながる対話の場をつくる際に、企業にはどのような困難があり、どのような準備をされているでしょうか。齋藤:新しい場所に参加する社員は通常1~2割程度なので、場の目的や意義を理解してもらうことが大切です。最初の半年は人を集めることができても、そこから何も生まれないとみんな興味を失い、場は形骸化していきます。それを防ぎ、目に見える成果を生み出していくためには、良い問いを立てることが重要です。たとえば、コクヨが2008年から外部共創の場として運営している品川エコライブオフィスでは、「研究開発部門が抱える悩みはなにか」と、異業種の研究部門の方々を集めディスカッションを重ねたところ、研究者は研究棟にこもりがちで新しいアイデアや出会いが起きないという共通の悩みが出てきました。では、どうすればアイディアがどんどん生まれて、研究開発につながっていくのか。研究棟をオープンにし、アイデア出しから実験、プロトタイピングの製作まで、自由にできるような可動式家具のアイデアが出てきました。こうした場を持つことで、コクヨの研究開発のプロセスも変わりました。実際に製品化されましたが、顧客課題から生まれた商品なので、よい評価をいただいています。西尾:社内を巻き込むのも大変ですが、住民との活動では、また別の悩みがあるのではないでしょうか。南:地域コミュニティでは、世代やライフスタイルの違いがあり、住民や事業者が同じ場所に集まって直接話すのは難しいことです。そこで、コーディネーターが事前に関係者に取材し、困っていることや要望などを聞き出し、それを代弁する形で情報を開示するようにしています。また、どうしても参加が限定的になるので、事業者を紹介したり、活動継続中にも意識的に多様な人を集める仕掛けを用意します。西尾:前川製作所では、顧客とのコミュニケーションで留意していることはありますか。岩崎:対話は仲良くして話をするだけでなく、人と人の関係性の質を上げることが大切です。そのために大事なのは、他人が感じることを誘ってあげること。1人1人感じることは異質です。あなたの考えはどこから出てきたのか。それはどこと結びつくのか。私とどこが違うのか。どこが同じか。そうやって同質

齋藤 敦子 氏コクヨ株式会社 WORKSIGHT LAB. 主幹研究員

コクヨに入社後、ワークプレイスの設計および働き方のコンサルティング業務に従事。その後、同社の研究および新規事業開発部門にて、次世代の働き方と働く環境、主にイノベーションのための協業の場としてフューチャーセンター等の研究開発を行う。現在は研究と未来のワークプレイスのコンセプト開発、具体的プロジェクト支援にも携わる。社団法人フューチャーセンター・アライアンス・ジャパン 理事。

岩崎 嘉夫 氏株式会社前川総合研究所 主任研究員

1945年兵庫県生まれ。1969年早稲田大学法学部卒業。同年株式会社前川製作所入社。2003年株式会社前川製作所専務。2008年公益法人和敬塾専務理事。2015年株式会社前川総合研究所現職。前川製作所の歴史・文化・共同体の調査研究。

パネリスト

コメンテーター

モデレーター

紺野 登 氏多摩大学大学院 教授

多摩大学大学院教授、一般社団法人Future Center Alliance Japan (FCAJ)代表、一般社団法人 Japan Innovation Network代表。早稲田大学理工学部建築学科卒業、博士(経営情報学)。知識生態学をテーマに、リーダーシップ教育、組織変革、ワークプレイス・デザインなどにかかわる。著書に『ビジネスのためのデザイン思考』、『知識創造経営のプリンシプル』などがある。

西尾 好司富士通総研 経済研究所 上席主任研究員

1998年 株式会社富士通総研入社。研究分野は、イノベーション政策や技術経営。経済産業省産業構造審議会臨時委員、文部科学省科学技術・学術審議会専門委員、日本工業大学技術経営研究科教授を兼務。京都大学農学部、東北大学工学研究科修了(博士(工学))。著書は、『知的財産イノベーション研究の展望』(共著)、『競争力強化に向けた産学官連携』(共編著)、『特許流通ハンドブック』(共編著)など。

南 伸太郎 氏公益財団法人九州経済調査協会 調査研究部 主任研究員

1978年福岡県生まれ。2002年九州大学文学部社会学・地域福祉社会学専攻卒業。民間の都市計画コンサルティング会社を経て、2006年公益財団法人九州経済調査協会に入社。国の機関や自治体などの受託調査や会員向け機関紙の編集長などを担当。担当分野はコミュニティ活性化や地域包括ケアなど。2012年よりJST-RISTEX「コミュニティで創る新しい高齢社会のデザイン」領域の福岡プロジェクトのマネージャーを担当。

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12 13特別企画コンファレンス イノベーションにおける「場」の本質 特別企画コンファレンス イノベーションにおける「場」の本質

パネルディスカッション

化ではなく統合化し、新しい発見をしようと思って対話をしています。西尾:対話の質を上げるためには、どのような目的を設定すべきでしょうか。紺野:難しい質問ですが、お客、自分、社会という3つのアプローチがあります。まず、顧客や場への参加者の悩みや痛みを知り、体感や共感を通して、何をするのかを考える。第2に、現在から将来の社会や市場の中で自社や我々はどんな意味のある存在でありえるか、その中でできることは何か。最後に、それを超えて社会全体、共通善から見て善いことは何か、というように考えていけるのではないでしょうか。

◆論点2◆ 対話から共創につなげるリーダーシップ

西尾:対話から共創に移り、新しいものをつくっていくには、別の力が必要になります。その際に、誰がリーダーシップを担うのでしょうか。南:地域コミュニティの現場では、協創をリードする人は段階ごとに変わっていきます。最初のリードは地域コーディネーターという第三者が行います。その後、途中で変わるポイントがあり、具体的なコンセプトが出てくる辺りから、中核的な活動をしている人が全体を引っ張り始めます。トライする段階になると、実動を担う現場からリーダーが出てきます。多様なステークホルダーが関わってくるので、この

ようにリードする人が変わることについて、全体で合意されていることが大事です。齋藤:企業の場合は職階があるので、それとは少し異なるようです。以前は管理職がリーダーを務めていましたが、プロジェクトベースの仕事が増えているため、リーダーシップの重要性が問われています。たとえば、ゴアテックスで有名なゴア社にはナチュラルリーダーシップという考え方があります。やりたい人が手を挙げてプロジェクトの種を育てて、そこにみんながついてくれば、1つのプロジェクトになる。企業内で、個々人が持つアントレプレナーシップやリーダーシップを解放する文化や空気感をつくることが重要だと思います。紺野:調査では、イノベーションを起こす際に、トップマネジメントのコミットが大きな要因であることが明らかになっています。トップが皆が喜んで、新しいアイデアを生み出せるような場づくりをすること。これに加えて、現場でプレーする個々人もリーダーとなります。それから、彼らの個別の目的を大きな目的とつなげるのはミドルマネジャーの役割です。したがって企業では、トップとミドルマネジャーと現場リーダーが連動しなくてはなりません。岩崎:リーダー論には賛成ですが、管理組織の上層部の人たちがあれこれ命令するのは非常に問題です。前川では、○〇課長や〇〇部長といった肩書ではなく、

多様な人・組織との共創に向けて

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14 15特別企画コンファレンス イノベーションにおける「場」の本質 特別企画コンファレンス イノベーションにおける「場」の本質

昔から「さんづけ」で呼びます。定年もなく、動(20・30・40代)と静(50・60・70代)の融合を掲げています。シニアにもお尻を叩いてやらせようとするのではなく、自分があと5年、10年何をやりたいか。自分のエゴではなく、社会に通用し、みんなとも一緒にやっていけるものを、まわりに助けられながら考えやっていく。それが「動と静の融合」、シニアの活性化であり、本当の場をつくることだと思うのです。

◆論点3◆ 持続的な活動にするための必須要件

西尾:動と静というのは前川用語ですね。ご興味のある方は、前川正雄氏の著書『マエカワはなぜ「跳ぶ」のか』が参考になるかもしれません。権威やヒエラルキーで何かをするものではないということだと思いますが、一方で、経営サイドはこうした活動に対して結果を求めてくるはずです。どのくらいの期間で何を実現すれば、持続的な活動にできるのでしょうか。紺野:善い目的があっても、時間やお金など資源の限界がくれば活動は続かないので、プロジェクト運営のルールは必要です。通常のプロジェクト・マネジメントでは目標を決めて、資源や時間を限定し、期間がきたら終わりで得点評価しますが、目的志向型のプロジェクト・マネジメントは動態的で、資源は無限と考えます。自分たちでできなくても、パートナーの力を借りられる可能性があるからです。したがって、有限な時間の中で無限な資源をどう使うかという動態的なプロジェクト・マネジメントが必要になります。西尾:プロジェクトでは、どういう人を集めるかという問題も出てきます。前川製作所では、どのよう

に人々を巻き込んでいますか。岩崎:トリダスの例では、技術者が一生懸命になって悩んでいる姿を見て、若い人が手を挙げました。ただし、その前にみんなで仕掛けの雑談もしています。なんでも言える中で、まわりが「あなた、手を挙げろよ」と促したり、まわりが「今度はお前は降りろよ」と牽制したりするのです。

◆論点4◆ 場の本質とは何か

西尾:最後に、今日のメインテーマ「場の本質とは何か」について、それぞれの考えをお聞かせください。南:2点あります。1つは、実践と振り返りをなるべく早いサイクルで行うこと。特に、地域に入る際にはその重要性をすごく感じます。というのは、地域の方たちは仕事としてやっているのではないし、我々も彼らの活動に対して報奨金を出すこともできません。それなりに結果が見えて、皆の賛同が得られ、その先にもっとこうなればいいと考えていく。それを繰り返すことが、場を機能させるために必要です。もう1つは、なるべくドメスティックに語ること。たとえば、社会的に孤立をなくすのが重要だという一般論ではなく、困っている〇〇さんをどう助けられるのかと語ったほうが、具体的なステップにつながります。我々のプロジェクトは、企業の方にとっては体験の場として位置づけられます。こうした地域の場を活用しつつ、そこで得たものを社内のフューチャーセンターなどで取り込むというように、両輪で考えていけばいいのだと、今日の議論全般を通じて感じました。

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14 15特別企画コンファレンス イノベーションにおける「場」の本質 特別企画コンファレンス イノベーションにおける「場」の本質

パネルディスカッション

閉会ごあいさつ本日のテーマは「イノベーションにおける『場』の本質」というものでした。私自身も組織

をマネジメントする立場として、前川製作所がコンセプトとして掲げる「共同体」にある種の憧れを感じつつも、それを実現することの難しさを日々実感しております。「共同体」の対立概念として「機能体」と比較してみると、いくつかの違いがあります。たとえば、合意形成において、共同体では「すり合わせ」をしますが、機能体では勝ち負けを決める「ディベート」が行われます。人では「すみ分け」に対し「弱肉強食」。統治では「Manage(どうにかする)」に対して「Control(統制する)」といった具合です。共同体と機能体の間に優劣があるということではなく、自社の組織がどちら寄りかという

ポジショニングを考えてみることが大切です。そのうえで、バランスをとりながら、自社に適した場をつくり、運営し、活かしていかなければなりません。富士通総研では今後もいろいろなテーマで議論し、微力ながらも問題提起する場をつくっ

ていきたいと思っております。今後ともよろしくお願い致します。

富士通総研 取締役執行役員常務 経済研究所長

徳丸 嘉彦

齋藤:大企業の社員は没個性になりやすく、パーソナリティをいかに引き出すかが重要です。それから、施設としての場ではなく、本気で社会を会社の一部に取り込むこと。フューチャーセンターもそうですし、外部のパブリックセクターの人たちと一緒に場をつくってみることが、会社の中に社会を取り込むことになると思います。そして、共通に取り組めるテーマをどうつくるか。企業や自治体の場は、それぞれオープンだと言いながら自分たちの文脈の内でしか語れていないのが現状です。つながることで、よりダイナミックな場になるのに、それぞれが自分の言語でしか話せないと、いつまでも噛み合いません。それらをつなぐコミュニケーションやキュレーションなどの能力が必要です。共通善だと思える目的やテーマが見つかれば、内発的に主体性が発揮される瞬間が少しずつ見えてくると思います。岩崎:共同体をつくるときには、主観的な個は大事で、発想をするのも個です。しかし私もそうですが、個というものは傲慢で、自我が強く、なかなか厄介なため、共同体の場をつくるときには、個をもう一度見直さないといけません。西洋近代では、個の尊重、個の確立、主体的人権と、すべて自分中心で見ていきます。完全に自己否定はできなくとも、時々は「私」から離れるようにすれば、お互いにもっと優しく、関係性はもっとよくなると思います。そこにみんなと生かされている場所の世界が見えてきます。そういうことに力点を置いて場を考えてみてから、創造

に取り組んでいく。みなさんと一緒に共同体づくりを頑張っていきたいと思います。紺野:社内だけでなく、社外、共同体を含めたエコシステムという観点で、どのように場をつくり、創発が起こるようにするかが課題です。そういう場は知の源泉です。トップがそれを理解し、投資をしていくことが重要です。また、どんな場も単独では成立しません。どのようにネットワーク、あるいは回路をつくり、その集積度を高めるかにも焦点を置かなくてはなりません。企業が自社単独で場を創るのは難しいため、九州経済調査協会やフューチャー・センター・アライアンス・ジャパン(FCAJ)のような第三者機関や外部のイノベーション・アクセルレータを盛んに活用していくといいと思います。場の経営は日本企業に失われつつあるものです。まだ残っている企業もありますが、完全に消え去らないうちに、早く再構築する必要があると強く思っています。西尾:個人の思いや主観が必要ですが、それだけでは何もできず、サポートする組織の力が必要です。組織のマネジメントサイドがそれを正しく理解することによって、創発につながっていきます。ただし、自社だけでは限界があるので、社外をどう巻き込むか。今日のコンファレンスをきっかけに、皆さんとコミュニケーションしたり、ネットワークが創れればいいと思っております。本日はありがとうございました。

多様な人・組織との共創に向けて

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株式会社 富士通総研 経済研究所FUJITSU RESEARCH INSTITUTE

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