プラグマティズムと経営管理論repo.komazawa-u.ac.jp/opac/repository/all/33007/jke042...プラグマティズムと経営管理論...

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1 プラグマティズムと経営管理論 <論 説> プラグマティズムと経営管理論 中川 淳平 1. はじめに 1990 年代以降、多くの先進国企業では株主重視型の企業経営が推進され、 利益至上主義、株価最大化を目指した結果、多様なステイクホルダーの利害は、 株主の意向に沿うよう調整が図られていった。しかしながら、エンロン事件に 象徴される IT バブルの崩壊や、サブプライムローン問題に端を発する長期不 況に直面し、こうした発想に基づく企業経営も曲がり角を迎えつつある。 経営学の形成期は、自由競争と適者生存を柱とする功利主義的な発想に基 づく行動規範の下で株式会社制度が発達した、1920 年代の物質的な繁栄から、 大恐慌期にかけて人々の価値観が大きくゆらいだ時期であった。当時のアメリ カの思想界にあって、画一的な価値意識に基づく功利主義思想を批判し、行動 主体の有用性を重視するプラグマティズムの思想から、社会集団に参加する 人々がもつ多様な価値観を集団に反映させようとする発想が 1930 年代に登場 してくる。 本稿では、アメリカ経営管理論の形成期におけるプラグマティズム思想から の影響関係について検討する。これに関連する先行研究としては、フォレッ トの集団論がジェイムズ哲学の理解なくして把握できないとする論稿 (榎本 1983]) や、デューイの倫理思想とバーナード理論との近接的な関係を指摘す る論稿 (岩田 2000]・岩田 2001]) などがある。

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  • 1プラグマティズムと経営管理論

    <論 説>

    プラグマティズムと経営管理論

    中川 淳平

    1. はじめに

     1990年代以降、多くの先進国企業では株主重視型の企業経営が推進され、利益至上主義、株価最大化を目指した結果、多様なステイクホルダーの利害は、

    株主の意向に沿うよう調整が図られていった。しかしながら、エンロン事件に

    象徴される IT バブルの崩壊や、サブプライムローン問題に端を発する長期不

    況に直面し、こうした発想に基づく企業経営も曲がり角を迎えつつある。

     経営学の形成期は、自由競争と適者生存を柱とする功利主義的な発想に基

    づく行動規範の下で株式会社制度が発達した、1920年代の物質的な繁栄から、大恐慌期にかけて人々の価値観が大きくゆらいだ時期であった。当時のアメリ

    カの思想界にあって、画一的な価値意識に基づく功利主義思想を批判し、行動

    主体の有用性を重視するプラグマティズムの思想から、社会集団に参加する

    人々がもつ多様な価値観を集団に反映させようとする発想が 1930年代に登場してくる。

     本稿では、アメリカ経営管理論の形成期におけるプラグマティズム思想から

    の影響関係について検討する。これに関連する先行研究としては、フォレッ

    トの集団論がジェイムズ哲学の理解なくして把握できないとする論稿 (榎本

    [1983]) や、デューイの倫理思想とバーナード理論との近接的な関係を指摘する論稿 (岩田 [2000]・岩田 [2001]) などがある。

  • 2 駒澤大学経営学部研究紀要第 42号

     本稿においては、次章でパース (C.S.Pierce) ・ジェイムズ (W.James) から

    デューイ (J.Dewey) ・ミード (G.H.Mead) に至るプラグマティズム思想の潮流

    を要約する。第 3章では、ジェイムズ心理学からサイモン理論とフォレット理論への強い影響関係について指摘するとともに、サイモンの意思決定論では、

    有用性をもつ行動という、プラグマティズムの発想が、与えられたタスクを果

    たす目的に限定的に利用されていた点と、フォレットによる「状況の法則」の

    議論では、組織のメンバーの多様な価値観を統合する手法として、統合された

    状態を前提としていた点に、それぞれ利害対立の解決という現代的な要請に応

    えるには限界をもつことを指摘する。第4章では、多元的な価値をもつメンバー間の利害対立を克服するには、ロイヤリティを高める組織からの影響力を指摘

    するジェイムズ的な発想だけではなく、当該組織に対する自発的な参加意欲を

    高め、慣習をつくりかえていくデューイの発想、そして他者との関係のなかか

    らより高い次元の行動を目指すミードの観点を付加する必要があることを論ず

    る。最後に、多元的な価値形成を目指す現代的な問題意識に即した理論形成を

    図るには、プラグマティズムの影響を多分に受けた、アメリカ経営管理論の形

    成期に立ち返る必要があることを述べる。

    2.プラグマティズムの思想とその影響

     19世紀から 20世紀初頭にかけて、人間の認知能力の限界から生ずる問題解決の手法として提起されたプラグマティズムの思潮は、多元的な社会階層の存

    在や、人々の多様な思考習慣などから生じた利害対立の発生というアメリカ独

    特の問題を克服するうえで非常に有益であり、法学、経済学をはじめとして社

    会科学の発展にも大きな影響を与えていたが、直面する問題への解決策が求め

    られる経営管理論の進展にも多大な影響を及ぼしている。

    2.1 C.S. パース

     プラグマティズムの手法を最初に提示したパースは、問題解決の方法を、可

  • 3プラグマティズムと経営管理論

    謬的かつ蓋然的な「信念」の形成による、「疑念」 (doubt) の暫定的な解消の仕

    方に求めている。彼は信念の形成過程として、 (1) 「固執の方法」 (2) 「権威の方法」 (3) 「ア・プリオリの方法」 (4) 「科学の方法」の四つを挙げた。このうち、

    (1) は自己中心的な信念形成であるため、他者との軋轢を生じやすい点が指摘される。 (2) は共同体や国家といった社会レベルでの信念形成であるが、構成メンバーへの独善的な押しつけがなされることが示される。 (3) は伝統的な形而上学が主張する、理性的な判断による信念形成の方法であるが、パース

    はこの手法に与しない。既存の信念がぐらつき、疑念が生じた場合に、人間は、

    推論によって「仮説形成」 (abduction) を行い、他者との意見の一致を図る (4) によって曖昧な観念が明晰となり、そこに新たな信念が形成される一連の過程

    を真理への探求の手法とみなしている (Peirce[1931])。パースの仮説形成の論理は、認知能力の限界を持つ人間が、それでもなお真理を探究する本能を持

    ち、知識の拡大のための推論を行うプロセスを示しているのである。

     しかしながら、パースの学説は、当時一般にあまり知られておらず、プラグ

    マティズムの手法は主にジェイムズの学説を中心に広められていった。

    2.2 W. ジェイムズ

     ジェイムズは個体にとっての経験が特殊的である点を主張することによっ

    て、パースの仮説形成の議論をより実用的に解釈したところが特徴となってい

    る (James[1912])。彼の場合には、大陸合理論の一元論とイギリス経験論の多元論の古くからの対立を、調停者としてのプラグマティズム運動によって克

    服を試みる (James[1907])。一元論者は世界の「統一性」 (unity) を明らかにしようとし、多元論者は事物の「多様性」 (variety) を強調しているが、ジェイ

    ムズは、各認識主体の経験の多様性、特殊性から出発し、その統合を図ること

    を目指す、多元論的一元論を構築する。

     なお、ジェイムズのプラグマティズム哲学が、人間の行動に関するより実

    用的な議論となった背景には、彼が本来心理学者であったことにも起因して

    いる 1。イギリス経験論哲学の代表的存在であるロック (J.Locke) は、受動的、

  • 4 駒澤大学経営学部研究紀要第 42号

    静態的な心の状態を示したことから、構成主義心理学の流れを形成することと

    なったが、ジェイムズはこの伝統的な心理学を批判し、外界の認識と行動を結

    びつけるものとしての意識状態の推移を研究対象とした。

    2.3 J. デューイ

     ジェイムズの思想を、さらに「道具主義」 (instrumentalism) の理論として組

    み替えていったのは、デューイであった。ジェイムズの機能心理学では、外界

    の刺激と人間の反応行動を結合させる人間の持続的な意識状態を分析している

    が、刺激・観念・反応が心的要素として別々に取り扱われている。その結果、

    デューイは、ジェイムズ心理学が、社会状況を加味しない快苦の計算によって

    人間の行動を分析する、功利主義的な発想が残存していることを批判し、ジェ

    イムズが個別主体の意識内容の分析を重視したのに対して、社会生活との関わ

    りを重視した、社会心理学を構築していった。彼にあっては、人間の心が社会

    状況によって、いかに変容するかという実験的な探求方法がとられることとな

    り、行動主体の積極性、主体性がより強調されることとなった。

    2.4 G.H. ミード

     シカゴ大学でデューイと同僚であったミードは、人間の外的な行動のみを観

    察する、「刺激-反応」メカニズムに限定してきたワトソンをはじめとする行

    動主義心理学を批判し、人間行動の社会的な性格を重視した社会心理学を標榜

    する。

     環境からの刺激に対する人間独自の積極的な対応という観点として、ミード

    は、人間の自我には社会集団に備わる慣習を取得する、受動的な「客我」 (me)

    の側面と、その慣習を乗りこえ、積極的な意味を付与する、創発的な「主我」

    (I) の側面という二重性が備わっていると捉えた (Mead[1934])。人間は、所

    1 パースは、心理学的な説明を極力排除しようとする立場を、「プラグマティシズム」と呼んで、デューイやジェイムズとは異なる手法をとっていることを主張している。

    なお、詳細については、鶴見[1986]を参照のこと。

  • 5プラグマティズムと経営管理論

    属する社会集団から自分の果たすべき社会的な役割を認識し、慣習に働きかけ

    て新たなものを創出しようとする絶対的な能動性をもっているという独自の人

    間観を提示した。

     そして、プラグマティズムの思想運動で中心的な考察対象となっていた、人

    間行動の研究については、1950年代に入り、論理実証主義的な手法を多用した行動科学アプローチにとってかわられ、プラグマティズムとは異なる思考基

    盤に即した業績が残されていった。この結果、経営理論においてもプラグマティ

    ズムの発想から影響を受けることも次第に減少していった。

    3.ジェイムズと経営管理論

     アメリカ経営学のなかでフォレットの学説とサイモンの学説では、ジェイム

    ズの思想からの影響が強く見受けられる。フォレットの議論は、彼女の講義録

    をアーウィックらが編集し、その思想を広めたことから、伝統的な管理論の流

    れとして位置づけられることが多いが、バーナムやドラッカーなどと並ぶ制度

    学派の経営学説の一つにも位置づけられている (岩尾[1972])。ここでは、サイモンの意思決定論における心理学的な要素としてジェイムズとデューイから

    影響を受けているが、ジェイムズの見解に即した理論構築が行われていた点と、

    フォレットの経営管理論において、多様な利害関係者の対立の統合を理論化で

    きた背景にはジェイムズのプラグマティズム哲学の影響が不可欠であったこと

    を指摘し、テイラーの観点を継承しているとする伝統的なフォレット解釈に固

    執せず、より動態的な管理論として位置づけなおす視点を模索する。

    3.1 ジェイムズ心理学とサイモン意思決定論

     経営学、心理学などの分野で多くの業績を残したサイモンは、ジェイムズ心

    理学による習慣の概念からルーティンの役割が人間行動の重要な側面を持つと

    いう意思決定論を提示している。

     サイモンが満足化モデルを提唱し、より現実的な人間行動のモデルの構築を

  • 6 駒澤大学経営学部研究紀要第 42号

    試みた要因としては、心理学からの影響が大きかった。サイモンは行動主体の

    認知的な側面を重視する、トールマン (E.C.Tolman) の新行動主義心理学の実

    験的な手法に依拠している点は知られているが、ジェイムズ心理学をはじめと

    するプラグマティズムからの影響も受けている。

     ジェイムズは、行動主体における習慣の役割について、「われわれの運動を

    単純化し、これを正確にし、かつ疲労を減少させる」実用的な効果をもつと

    考え、その結果「習慣 (habit) はわれわれの動作を遂行するのに必要な意識的

    注意を減ずる」と述べている (James[1892]pp.128-129=訳 (上) 193-194ページ) 2。習慣化された一連の動作、A から G までを人間はその順序を特に意識す

    ることなく遂行するのは、最初の命令 V さえ意識的に行えば、運動 A を起こし、

    この結果得られた感覚 a が、反射的に運動 B を引き起こすといった連鎖反応

    が繰り返され、最後の結果 G’が得られるとしている (図参照)。

    2 上山[1968]は、ジェイムズのプラグマティズムが行動主体の有用性を重視する点で、ミル (J.S.Mill) の功利主義との接点を見出し、パースのプラグマティズムとの違いを明らかにしている。ミルの論理学は個別的、経験的な事実についての観察か

    ら一般的な因果法則を見出そうとする帰納的推理を探求するものであるが、ジェイ

    ムズは、唯名論の見地に立ったミル解釈を行うのに対し、パースの立場は科学者に

    よる仮説形成 (アブダクション) が普遍的な実在の理解への道標となりうると考え、実在論の見地からミルの立場を批判していた。

    図 習慣的な動作の順序(James[1892]Figure51)

  • 7プラグマティズムと経営管理論

     たとえば、朝に身支度をする際、人間は大抵決まった順序とってはいるが、

    その順序について即座に答えられる人は少数に留まるだろう。ここでジェイム

    ズは習慣化された動作には、もはや思考は必要とされず、感覚だけで事足りる

    点を指摘しているのである。

     そしてジェイムズは習慣の存在によって、行動主体が関心をもった事項に意

    識を集中できるメリットを強調している。

    「われわれの生活において最も著しい事実の一つは、われわれは各瞬間ご

    とにすべての感覚面から生ずる多数の印象によって取り囲まれているにも

    かかわらず、その非常に限られた部分にしか注意しないことである。われ

    われの受ける印象の総体が、決してわれわれの意識的経験の中に入ってく

    るものではない。」 (ibid.,p.192=訳 (上) 302ページ)

    「われわれの注意が目の前にある情景の少数の印象に絞られるように、こ

    れらの印象の再生においても同様の偏りがあって、ある項目が他のものよ

    りも強調される。最も有力な項目は、最も強くわれわれの興味に訴えるも

    のである」 (ibid.,p.230=訳 (下) 50ページ)

     ジェイムズ心理学のポイントは人間が有用であると感じたものを訓練によっ

    て習慣化していくプロセス、すなわち意識の有用性にあって、人間が他の動物

    とは異なり、有用性を持つ行動をとるべく、意識的に対象を選択できると理解

    されている。この点において、ジェイムズの議論は、動物実験から人間の行動

    原理を明らかにしようとする、当時主流であった行動主義心理学とは異なって

    いる。

     そして、意識的に対象を選別し、習慣化できる高い能力をもつ存在として、

    ジェイムズは専門家の存在を挙げている。

  • 8 駒澤大学経営学部研究紀要第 42号

    「商人は価格を、政治家は他の政治家の演説やその得票数を広範囲に覚え

    ていて外部者を驚かせるが、しかしそれは、彼らがこれらの事例に割く思

    考の量のことを考えれば容易に説明がつく。」

    (ibid.,p.257=訳 (下) 94ページ)

     専門家は、経験によって対象を弁別でき、いち早く状況を察知できる点で専

    門外の者とは異なっている。ある動作が有用であるか有害であるかを確認しつ

    つ、適切な行動をとることができる特殊な能力を持つ点で、専門家は人生の目

    的を持たない者とは異なり合理的な存在であるとジェイムズは捉えていたので

    ある。

     ところでサイモンは、ジェイムズ心理学から「習慣」「注意」といった概念

    を参考に、意思決定主体の心理的環境と合理的な選択のプロセスを示している。

     

    「実際の意思決定においては、[中略]原因と時間においてその決定にもっ

    とも密接に関連する要素のみが考慮されうる。いかなる所与の状況のなか

    でも、どんな要素が重要であり、どんな要素が重要でないかを発見すると

    いう問題は、関連しているものとして最終的に選び出された諸要素を支配

    している経験的法則についての知識と同様に、正しい選択にとってきわめ

    て重要である。」 (Simon [1947] p.95=訳 147ページ)

    「実際の行動においては、客観的に合理的な行動とは区別されるように、

    一定の方向に注意を向けさせる刺激によって決定は創始され、さらに、刺

    激に対する応答は、一部は熟慮されたものであるが、大部分は習慣的なも

    のである。」 (ibid.,p.102=訳 158ページ)

     サイモンは「制限された合理性」 (limits of rationality) の議論を展開するうえ

    で、個人の意思決定をめぐる環境は複雑であって、合理的な選択を行うために

    は注意の範囲を限定する必要があると考えた。ことに組織における意思決定に

  • 9プラグマティズムと経営管理論

    あたり、組織の側から選択肢を狭めることで、メンバーの意思決定環境を意図

    的にコントロールする必要があるとしている。彼の組織論では人間の意思決定

    の前提として、倫理的な価値判断を必要とする「価値前提」と、価値中立的な

    問題解決を行う「事実前提」に区分し、特に後者の意思決定プロセスについて

    検討していた。そして、組織が各メンバーに与える職務内容が何であるかに

    よって、意思決定に倫理的な要素が多く含まれるか否かが決まってくる (ibid.,

    chap.3)。一般に組織においては、下位に行くほど、上層部が立てた組織目的の手段としての意思決定という意味合いが強くなるため、一般従業員のレベル

    では、意思決定にあたり選択の範囲は大幅に限定され、「何を為すべきか」と

    いう価値次元の問題は考慮せずに済み、メンバーには与えられたタスクの遂行

    に必要な意思決定前提さえ与えておけば、合理的な行動が果たされることが想

    定されていた。

     ここで注意すべきは、ジェイムズ心理学が客観的な経験科学であって、人間

    の行動規範を探究する価値の問題については哲学の役割と位置づけられていた

    ことにある。サイモンの議論は事実次元と価値次元とに分別し、前者に分析を

    集中させている点でジェイムズの心理学から大きな知見を得ているが、ジェイ

    ムズの哲学からの影響を強く受けているのはフォレットの管理論であった。

    3.2 ジェイムズ哲学とフォレット管理論

     ジェイムズは、組織化に向けての人間の努力によって様々な社会組織が誕生

    したこと、そして諸組織が統合しようとする意味では世界は一であり、構成部

    分 (メンバー) が分離し、別の組織に加わることがあるという意味では世界は

    多でもあるといった独特の見地を示していた。

    「人間の努力というものは一日一日と世界を統合して行ってだんだんはっ

    きりと組織化することに向っている。こうして植民組織、郵便組織、領事

    組織、通商組織などができ上った。[中略]おのおのの組織は、それに属

    する部分をそれぞれ特殊な関係で縛っているのであるから、統合の一つの

  • 10 駒澤大学経営学部研究紀要第 42号

    型ないし度合いを表している。そして同じ部分が多くの別々の組織に加わ

    ることを妨げない。それはひとりの人がさまざまな職務を担当し、いろい

    ろなクラブに属して差しつかえないのと同じである。」

    (James [1907] p.67=訳 103ページ)

     ここでは、さまざまな組織が相互依存の関係にあって孤立した存在とはなら

    ず、個人の自由かつ有用性をもった行動をとるための制度として組織が捉えら

    れていたのである。この観点はフォレットが個々人の利害対立からの「統合」

    の概念を提示し、社会集団の積極的な役割を叙述してゆくうえで大いに参考に

    していた。

     彼女はジェイムズによる一元論と多元論の統合をめざすプラグマティズム運

    動を参考に、参加者間の利害対立の克服を試みている。まず、アメリカ建国以

    来の伝統である、個人主義的な発想をもつ人々は、相次ぐ水平統合による法人

    企業の巨大化を危惧しているが、それはコミュニティとは切り離された形で集

    団を理解しようとするからである。そこでフォレットは、社会を構成する各社

    会集団は、他の集団との関係のなかで分析することを主張し、個人は集団に従

    属する訳でもなければ、集団は個人のために存在するわけでもないという独特

    の見解を示している (Follett [1920])。 この結果、集団内においてメンバー間の権力闘争といった動きは消え去り、

    メンバーが各々の能力を高めるため、協力するようになる。利害対立を処理

    する方法として彼女は (1) 「抑圧」 (domination)、 (2) 「妥協」 (compromise)、 (3) 「統合」 (integration) の三つの方法を挙げ、 (1) は「一方の側が相手の側を制圧」することであり、容易ではあるが長続きしない方法であると捉え、 (2) は解決法として最も見受けられる方法であり、制度学派のコモンズ (J.R.Commons)

    による当事者間の「相互性」 (reciprocity) の議論はこれに該当すると理解する 3。

    しかし、彼女はコモンズの議論には与しない。この方法では、当事者が「何か

    を放棄することを意味する」ために、 (3) の方法が望ましいと考える。妥協の方法は当事者に不満を抱えたままとなるので、再び対立が生じやすい (Follett

  • 11プラグマティズムと経営管理論

    [1941]pp.31-32=訳 43-44ページ)4。そこで彼女は「統合」による建設的な方法によってコモンズの難点を克服しようと考えたのである。彼女は当事者が

    持つ欲求の相違を表出し、慎重に吟味を行うことで対立の克服を行うことがで

    きると考えていたのである。

     ここで問題となるのは、「統合」の方法が、どれだけ機能するのかというこ

    とにある。この点に関して、彼女は命令の発する側と受ける側の関係が「支

    配的権力」 (power over) から、ともに状況の法則に従うという、「共同的権力」

    (power with) へと移行し、各参加者は個々に権限を与えられると同時に組織の

    成果に対して共同で責任を負うこととなる。したがって、彼女の権限職能説に

    あってはコモンズが強調する発令者の「自制」 (forbearance) だけでなく、バー

    ナードやサイモンが重視する受令者の「同意」 (consent) の概念についても斥

    けており、もはや「管理 (management) と労働のあいだに絶対的にはっきりと

    した線が引けない」ことを主張している (ibid., p.88=訳 124-125ページ)。フォレットの統合理論は、利害対立からの克服についての、理想的な解決法を提示

    しているが、彼女の狙い通りに、権限関係そのものを超越することができるだ

    ろうか。

     経営管理論分野におけるフォレット理論は、テイラーの後継的な扱いと位置

    づけられることが多かった。その理由としては、管理者と作業員との間の協調

    の重要性を説いたテイラーの精神革命論の観点を、フォレットが多様な関係者

    3 コモンズは、取引当事者間の権利-義務関係における法的行為の三つの要素として、「履行」 (performance)、 「回避」 (avoidance)、 「自制」 (forbearance) をあげている。当事者間の権利と義務の相関関係に、交渉力の程度の差を考慮に入れると、当事者

    の意志について、量的な側面から検討する必要が生じてくる。そこで優位性を持つ

    当事者の意志に基づいて、履行の程度の調整を行う「自制」の要素を抽出している

    (Commons [1924] chap.4)。コモンズが「自制」の要素を抽出した大きな要因としては、自己の意志だけでは、立場の弱い相手方の自由な経済活動を阻害する可能性が生ず

    ると考えたからである。そこで、調停機関が「運営規則」を作成することにより、「作為」

    (完全なる「履行」)に制限を課する必要が生ずる。取引主体は「運営規則」の存在によっ

    て、安定した行動をとれるようになり、次第に取引が拡大してゆく。

    4 フォレットは、妥協の方法が抑圧の方法の一つであるというフロイト心理学派の見解に従っている (Follett [1919])。

  • 12 駒澤大学経営学部研究紀要第 42号

    の利害を調整する「統一化の原理」 (the principle of unifying) の確立に引きつけ

    たと解釈されてきたからであった。たしかにフォレットは人と人との協調のメ

    カニズムとして、各当事者の利害を表出しさえすれば統合が果たされると考え

    たのは、合意の一般原理の析出を目指すために、対立の統合状態を前提とした

    からであった。

     だが現代的な要請としては、なぜ利害対立が発生し、どのようにして解決を

    図るかといった、より動態的な解釈が必要とされるのではないだろうか。プラ

    グマティズム運動を提唱したジェイムズの観点においては、集団間の相互依存

    性や有用性をもった個人の行動原理が示されてはいるものの、集団における個

    人と個人との関係については等閑視されていたが、利害対立の調整にあたって

    は、他者との関係のなかからより高い次元の行動を目指す、デューイやミード

    の社会心理学的な観点を付加する必要がある点について章を改めて論ずる。

    4.デューイ=ミードにおける社会参加の方法

     そもそも政治学を志していたフォレットが、利害対立の問題を主題として経

    営管理論にシフトしていった大きな要因としては、政党やその支持団体におい

    て民主主義への手がかりが得られないことに失望しつつ、多くの人々の社会参

    加の場として企業体に期待をかけていたからであった。彼女は個々人の自由な

    活動は社会組織を通じて実現可能であると捉えており、多元的な利害関係者の

    共存の方法としてのアソシエーションの原理を探求していたのである。

     しかしながら、利害の異なる参加者のなかで、状況の法則に基づく相違点の

    確認という視点からは、企業体においても利害対立が容易に克服できるもので

    はない。そこで、集団が円滑に機能しうる行動メカニズムを構築するうえで、

    当該集団自体への自発的な参加プロセスを強調するデューイや、他のメンバー

    との関係性のなかで行動主体が社会的な役割を取得することを目指すミードの

    発想に注目することで、多元的な価値をもつメンバー間の利害対立を克服する

    論理を析出していく。

  • 13プラグマティズムと経営管理論

    4.1 デューイの社会心理学

     ジェイムズの個人主義的な心理学は、デューイやミードの社会心理学へと進

    展していった。前章で言及した通り、ジェイムズは客観性を重んじた心理学を

    標榜しており、「自由意志の問題は心理学的基盤に立っては解決できない」と

    考えた (James [1892] p.391= 訳 (下) 313ページ)。ジェイムズは有用性をもった行動にあたり、衝動や意志といった、主観的な側面を決して否定してはいな

    いが、科学的な心理学の構築にあたり、これを捨象することとした。ジェイム

    ズが人間の注意に関し、すべて神経の状態によって決定されているかのように

    論ずるのは、学問の客観性を保持するために人間の自由意志の働きがあるとし

    ても、学問的な立場からこれを棄却し、倫理学や哲学においてこの問題を扱う

    べきであると考えたのである。

     これに対しデューイの心理学では、この自由意志や衝動が有用性を持つ行動

    の契機として取り扱われている。事物の意識的な選択によって関心の高い対象

    を選択する人間独自の役割を指摘したジェイムズ心理学を継承しつつも、目的

    達成のための重要な要素として位置づけられている。

     デューイは、人間性の成長という自身の社会心理学の目的からは、伝統的な

    心理学が有用性をもたないことを指摘する。

    「心理学における正統的伝統は、個人を環境から孤立させた上に築かれた

    ものである。魂、精神、意識は、独立した、自己閉鎖的なものと考えられ

    てきた。」 (Dewey [1922] p.94=訳 100ページ)

     ここでは、刺激への感覚と反応行動は連続性をもって分析すべきであり、行

    動主体と外的環境とは切り離しえないと捉えられている。ジェイムズが行動主

    体の意識内容を分析したのに対して、デューイは個人の行動と社会生活との関

    わりを重視し、社会心理学の構築にあたり、事実次元だけでなく、価値次元の

    陳述も経験的に検証可能であると主張したのである。

     デューイは人間が環境に適応するための基礎的な要件として当該社会集団の

  • 14 駒澤大学経営学部研究紀要第 42号

    慣習 (custom) が存在し、これに従うことで個人の習慣が形成されると考えた。

    「慣習は、個人の活動の基準になっている。慣習は、個人の活動が自らを

    織り込まなければならない型である。このことは、かつてと同様に、現在

    でも真実である。しかし、慣習のもっている現在の可動性と混合作用のた

    めに、個人の前には、いまや極めて多様な型の慣習が提示されていて、個

    人は型の要素を選択し、再配列するにあたって、創意を発揮できるように

    なっている。」 (ibid.,p.75=訳 82ページ)

     個人は、慣習に従属するだけではなく、これを作りかえる「衝動」 (impulse)

    や「知性」 (intelligence) という性質を備えている。まず、既存の慣習によって

    統一性が保持されていた個人の習慣が、環境の変化に伴い、衝動が発現する。

    衝動の役割は、古い慣習を変化させるための触媒となり、これを一度解体させ

    ることにある。次に、環境への新たな対応として慣習を再形成する際に、人間

    は衝動の無秩序な解放を伴うのではなく、新たな方向付けを行う知性の働きに

    よって問題解決を行うものと想定されている。人間は幅広い適応能力を備え、

    新たな慣習を作り上げるのである。

     以上のデューイの見解に対し、サイモンは「早くから社会的行動における習

    慣の役割を強調していた」 (Simon [1947] p.99=訳 181ページ) と捉え、その知見を咀嚼しつつ、以下のように議論を展開している。

    「実際の意思決定においては、この種のもってまわった結果というものは、

    必然的に無視されなければならない。原因と時間においてその決定にもっ

    とも密接に関連する要素のみが考慮されうる。いかなる所与の状況のなか

    でも、どんな要素が重要であり、どんな要素が重要でないかを発見すると

    いう問題は、関連しているものとして最終的に選び出された諸要素を支配

    している経験的法則についての知識と同様に、正しい選択にとってきわめ

    て重要である」。 (ibid.,p.95=訳 147ページ)

  • 15プラグマティズムと経営管理論

    「習慣は目的思考的行動においてきわめて重要なタスクを遂行している。

    というのは、習慣は、同様の刺激や状況に対して適切な行為をもたらした

    決定を意識的に再考することなしに、同様の反応で対応することを可能に

    するからである。習慣は、決定を必要とする状況の新しい局面に注意を集

    中することを可能にする。フットボールのチャンピォンチーム、ボートチー

    ム、軍の大隊、あるいは消防隊をつくるためのトレーニングの大部分は、

    急速に変化する状況に対してただちに反応することを可能にする習慣的な

    反応をつくりあげることに費やされている。」 (ibid.,p.100=訳 154ページ)

     ここでのサイモンのデューイ解釈は、直面する問題を解決するための意思決

    定にあたり、複雑な要素から必要なものを選択するという、ジェイムズ心理学

    への評価と同次元の指摘にとどまっている。この次元からは、習慣の役割によっ

    て適切な情報処理が行える意思決定者としての専門家の役割が示されている。

     ただしデューイの心理学では、行動主体と環境との間の相互作用という観点

    も付加される。そこでは、人間は経験から学習する可塑性 (malleability) とい

    う能力を保持することによって不断の成長を遂げる存在であると捉えている。

     つまり、行動主体は当該社会の慣習からの影響を受けつつも、常に受動的で

    あるわけではなく、知性の働きによって従来の習慣を更新させて、環境を統御

    しようとする。すなわち、習慣は単なる反復的な行動を指しているのではない

    点に特徴がある。

     そして、人間は知性を備えているからといって、環境の変化に確実に適応で

    きるとは限らない。パース以来の伝統である、プラグマティズムの「可謬主義」

    (fallibilism) の立場をデューイは堅持している。人間の習慣は、試行錯誤を続

    けながら、より適応力を高めるものと考えられている。

     そして、再形成された個人の習慣は、当該社会の他者の習慣と調整されて、

    新たな社会慣習が形成される。デューイは「人間性が発達するのは、その諸要

    素が、共通の問題、すなわち、多くの男女が集団―家族、会社、政府、教会、

    学会など―を作る、その目的の決定に参加する場合に限られる」と主張したよ

  • 16 駒澤大学経営学部研究紀要第 42号

    うに (Dewey [1920] p.209=訳 181ページ)、個人の習慣や人格は社会集団のなかで発達するものと考えられている。

     以上の点からわかることは、サイモンは、意思決定論の形成にあたり、ジェ

    イムズとデューイのあいだの手法の違いには関心を持たず、もっぱらジェイム

    ズ的な観点から「習慣」や「注意」の概念を展開していたことにある。サイモ

    ンの問題意識では、組織から個々の行動主体に対して適切な情報が与えられ、

    当該組織との「一体化」 (identifi cation) がなされていれば、自己の価値基準を

    組織の価値基準に置き換えても高い忠誠心を確保しうるとされていた。このた

    め、デューイ独自の新たな慣習の形成といった視点に着目することはなかった

    のである。

     また、フォレットとの関連についていえば、デューイが道徳的観点を付加し

    た結果、行動主体が置かれた状況を理解し、社会制度のなかでその能力の解放

    がなされるという、積極的な行動の可能性が示されるようになる点で、他の社

    会組織とのつながりのなかで示されるにすぎなかったフォレットによる、「統

    合」の論理を補完する議論にもなりえている。彼女が長年模索していた、利害

    当事者間の共存の方法としての「アソシエーション」の原理は、各行動主体に

    よる当該組織への自発的な参加意欲からもたらされるのではないだろうか。

    4.2 G.H. ミードの社会心理学

     以上の通り、デューイによって集団に参加することで諸個人のもつ能力を活

    用するロジックが示された。しかしながら、諸個人間の協力関係をいかに構築

    するかという問題が残されている。それはデューイの議論が当該集団への積極

    的な参加のプロセスを指し示すものの、集団のなかの役割の問題について、う

    まく論証されていなかったからである。

     この点に関し、ミードの社会心理学では、集団への参加にあたり、この観点

    を他者の視点を備えた役割の取得に基づく、自我形成のプロセスとして理解し

    ていた。

     ミードは、人間の自我形成について、所属する社会集団への適応プロセスか

  • 17プラグマティズムと経営管理論

    ら捉えている。「社会心理学が特に関心を持つのは、社会集団が個々の成員の

    経験及び行為の決定にもつ影響である」というように、彼の意図するところは、

    「有機体個人と彼が所属する社会集団の関係の研究に関心を持つ心理学」にあ

    る (Mead [1934] p.1=訳 10ページ)。そして、ミードは人間の外的な行動のみを観察する、「刺激-反応」メカニズムに限定してきた行動主義心理学を批

    判し、新たに「個人の行為を社会集団の組織された行為によって説明しようと

    試みる」のである (ibid., p.7=訳16ページ)。したがってミードの社会心理学は、デューイと同じく、従来の心理学とは異なり、人間を孤立した存在としては捉

    えていない。

     それでは、環境からの刺激に対する人間独自の積極的な対応という観点を中

    心にミードの議論を検討してみよう。彼は、人間には「主我」 (I) と「客我」 (me)

    という二つの側面の自我があることを指摘した。「客我」の側面が与えられる

    ということは、社会集団における慣習を理解し、他のメンバーが自分をどのよ

    うに見ているかを感じ取る受動的な過程であり、これに対して、「主我」の側

    面が与えられるということは、集団内で自分が果たすべき役割を考え、能動的、

    創発的に集団に参加するプロセスを示している (ibid., chap.22-25)。 そして人間には「反省的知性」 (refl ective intelligence) が備わっている。個々

    人は、自らの行動について、直接的、受動的な無反省的行動ではなく、「現在

    の行動の未来の結果によって、または未来の行動によって、現在の行動をコン

    トロールする」ことができるのである (ibid., p.118=訳 149ページ)。 そしてミードは、高等動物がもつ感情表現についての議論が、人間のジェス

    チャーを通じた相互理解に関連性を持ち、そこから動物と人間との連続性を指

    摘するダーウィン進化論を考察した。人間においても高等動物と同様に、「ジェ

    スチャーは、感情を表現するという目的のために残存する」が、ミードはこの

    ジェスチャーこそが、人間どうしのコミュニケーションの手段となることに着

    目した (ibid., p.16=訳 27ページ)。 さらにミードは、ダーウィンの見解をより発展的に解釈し、動物と人間の非

    連続性についても指摘している。それは、人間が言語を用いることができ、こ

  • 18 駒澤大学経営学部研究紀要第 42号

    れをジェスチャーと組み合わせることができるという点にある。人間は、動物

    とは異なり、直接的な反応による感情表現ばかりでなく、状況に応じて、意識

    的にジェスチャーを用いたり、適切な言語を選択したりすることができる。人

    間は環境からの変化に際し、「言語コミュニケーションの機構」 (mechanism of

    language communication) を作り上げ、他者との相互作用によって対処できるの

    である (ibid., p133=訳 164ページ)。 以上の通り、ミードの社会心理学理論では、他の有機体との比較検討によっ

    て、人間の「反省的知性」に基づく意識的かつ主体的な人間の行動様式を提示

    していったわけである。

     この結果、組織における役割に対する考え方が変化してくる。サイモンの議

    論では「ひとたび習慣が形成されれば」ある刺激の存在によって、「より深い

    意識的な思考を働かすことなく、習慣的な行動 (habitual behavior) を起こさせる

    傾向がある」というように人間の習慣の特徴を捉えている (Simon [1947] p.89=訳 113ページ)。つまり、組織は個人のもつ習慣に見あった刺激を与え続けていれば、メンバーはタスクを達成し、役割が果たされると想定されていた。

     これに対して、ミードの観点ではこうした受動的な役割理解にとどまらず、

    環境の変動に応じて反省的な知性がはたらき、これに積極的に対応しうる自我

    の二重性を各メンバーが備えているものと想定されるので、サイモンの観点よ

    りも重要な役割が付与されている。

     そしてミードの議論では自身の考えを他者に伝えるうえで、適切な言語を選

    び取るコミュニケーションの重要性が認識されており、利害対立の克服には、

    状況の把握のみならず、メンバー間の相互理解が鍵となることを理解していた

    点でフォレットの「統合」概念に比べてより慎重な見解がとられていた。

     もちろんフォレットにおいても、社会集団間の利害対立の克服が容易に果た

    されないことに対する高い問題意識があり、その解決のヒントとして集団間の

    相互依存性を指摘したジェイムズのプラグマティズム思想に求めていたのだ

    が、ミードの見たとおり、集団内のメンバー間の関係性を考慮した理論形成が

    必要とされるだろう。

  • 19プラグマティズムと経営管理論

    5.おわりに

     以上、本稿においてはプラグマティズムとサイモンやフォレットの経営管理

    論との関係について、ジェイムズの個人主義的な見解に依拠していた点を明ら

    かにしてきた。プラグマティズムといえば、一般的に「実用主義」と訳される

    ように、苦痛を避け快楽を追求するという功利主義的な発想に近い解釈がなさ

    れることも少なくはなかった。

     たしかに論者によってはそうした視点は残存しているが、プラグマティズム

    の真の狙いは不確定性の高い将来に向けた人間の信念形成にあり、とりわけ

    デューイやミードの社会心理学では、社会集団のなかで他者との関係において

    将来に向けた行動のメカニズムを捉えていたのであって、多元的な価値を認め

    つつ、利害の一致を目指す現代的な経営理論の再構築にあたり必要な視座を提

    供していると考えられる。したがって、通俗的な理解とは異なり、プラグマティ

    ズムには他者との相互理解によって、当該集団の建設的な価値形成に向けた発

    想が備わっていたのである。

     だがミードの議論にも問題が残されており、行動主体が社会的な役割を獲得

    するうえで、権限関係の問題については決して自覚的ではなかったということ

    を指摘しておかなければならない。ミードが考察する「社会集団」はコミュニ

    ティ全般のことを指したり、特定の社会組織を指していたりしたため、非常に

    曖昧な概念になっているのである。したがって、ミードの観点を、企業をはじ

    めとする組織体の複雑な権限関係の下で適用するには、他の組織との関係や各

    メンバーの権限の源泉について、画定させていく必要があるだろう。

     本稿では、学問分野の細分化が起こる以前の、広範な学問領域に言及しつつ

    理論構築を図っていた 1920年代から 1930年代のアメリカの状況に立ち戻り、現代の企業制度に伴う問題をプラグマティズムの観点から捉え直そうとする試

    みであった。当時のアメリカは多くの移民の流入に伴う、価値観の対立の問題

    によって、既存の社会制度がぐらつき、その解決策が求められた時代であった。

  • 20 駒澤大学経営学部研究紀要第 42号

    現代企業社会をめぐる状況も、再び当時のアメリカと同様の問題が生じており、

    国家間・世代間などの価値の相違による利害対立を原因とする諸問題が発生し

    ている。

     論理実証主義に依拠する手法では、行動主体間の交渉、妥協、互恵性といっ

    た人間関係を分析する場合に、一対一の関係、あるいは利害の異なる集団対集

    団の関係といった、対称的な関係を中心に考察され、いずれかの利害が優先さ

    れる。一方、プラグマティズムからの流れを多分に受けた議論では、対立する

    当事者間のコンフリクトをより柔軟な解決を目指そうとする複合的なロジック

    を提示している。たとえば、株式会社組織において、多様な参加者の利害の解

    決にあたり、従来は財産所有権から解決を図る議論が一般的であったが、プラ

    グマティズムの発想を用いることにより、価値の形成を目指そうとする当事者

    間の関係性にまで分析を拡張しうる可能性を持っている。

     そこで、我々は再び多様な経済主体間の利害対立からの克服によって、組織

    体が進化するプロセスを把握しようとする、アメリカ経営管理論の形成期に立

    ち返りつつ、さらなる検討を深める必要があるといえるだろう。

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