ハイパーパラサイト 超寄生虫...

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はじめに 超寄生虫の話を進める前に、超寄生という概 念を明確にしたいと思います。まず、生物のな かには自分とは種類が異なる生物と密接に生活 する例があり、超寄生もその一つです。ではど のような例があるでしょうか。 寄生 (parasitism):寄生虫とは他人のテーブル で食事をする者、という意味です。寄生虫は一 生の間あるいはある限られた期間だけ他の生物 (これを宿主といいます)から必要な食べ物の 一部あるいはすべてを引き出している生物のこ とで、宿主の体のなかや外表面に、あるいは細 胞のなかに住んでいます。細胞内も含め、宿主 体内に寄生するもの、例えばサナダムシのよう にずっと魚や哺乳類などの消化管の中で生活す るものは、内部寄生虫といいます。一方、魚の 皮膚の上で生活するカリグスという小型の甲殻 類のように、外部環境と直接接する部分に寄生 するものを外部寄生虫といいます。カリグスは 交尾の相手を探すために別の魚まで泳いで移動 したり、孵化した幼生が水中を拡散するために 遊泳するとき以外は宿主の皮膚を離れません。 寄生虫は、一般に程度の差こそあれ、宿主に害 を与えています。 共生 (symbiosis):2 種類の生物が一緒に生活 することを指します。その密接な関係は生涯続 くこともあれば、一方が欠けると他方が生きら れない場合もあります。共生者の少なくとも マーク ・ フリーマン よみもの 超寄生虫 ~寄生虫に寄生する生物の話~ 一方が、一緒に生活することによって利益を得 ているのです。ふつうは一方が他方よりはるか に大きく、宿主とも呼ばれます。共生では共生 者が両方とも利益を受けるとは限りませんし、 どちらかに有害とも限りません。双方に利益が あり、栄養をお互いに完全に依存している場合 相利共生 (mutualism) といいます。そうした 例として、サンゴやクラゲとそれに共生する鞭 毛 虫 が 知 ら れ て い ま す。一 方、片利共生 (commensalism) という生活形態もあります。ラ テン語でテーブルを共用するという意味です。 小さいほうの共生者が、宿主の体内または外部 で栄養を獲得します。宿主にとって共生者は利 用できないか不要な存在で、宿主は共生者の存 在によって利益を得ることはないものの、有害 というわけでもないのです。例として、魚体上 で細菌を捕食する鞭毛虫や人間の腸管内で細菌 を栄養源としているアメーバがあげられます。 したがって、寄生は宿主にとって有害な共生関 係と定義することもできます。 表在 (epibiosis) と便乗 (phoresis):共生の一 形態ですが、2 種の生物が互いに栄養源として は依存せず、偶発的に共同生活をすることをい います。小さいほうの共生者は、大きいほうの 共生者の体表面で生活しています。小さい共生 者は、大きい共生者の上で居ながらにしていろ いろな環境に移動することができます。例とし て、小型の甲殻類に柄によって付着する繊毛虫 (有柄繊毛虫)は、甲殻類の移動に伴って水中の (訳 / 小川和夫) ハイパーパラサイト しゅくしゅ そうりきょうせい へんりきょうせい もうちゅう べん せんもうちゅう ゆうへいせんもうちゅう 館長

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はじめに

 超寄生虫の話を進める前に、超寄生という概

念を明確にしたいと思います。まず、生物のな

かには自分とは種類が異なる生物と密接に生活

する例があり、超寄生もその一つです。ではど

のような例があるでしょうか。

寄生 (parasitism):寄生虫とは他人のテーブル

で食事をする者、という意味です。寄生虫は一

生の間あるいはある限られた期間だけ他の生物

(これを宿主といいます)から必要な食べ物の

一部あるいはすべてを引き出している生物のこ

とで、宿主の体のなかや外表面に、あるいは細

胞のなかに住んでいます。細胞内も含め、宿主

体内に寄生するもの、例えばサナダムシのよう

にずっと魚や哺乳類などの消化管の中で生活す

るものは、内部寄生虫といいます。一方、魚の

皮膚の上で生活するカリグスという小型の甲殻

類のように、外部環境と直接接する部分に寄生

するものを外部寄生虫といいます。カリグスは

交尾の相手を探すために別の魚まで泳いで移動

したり、孵化した幼生が水中を拡散するために

遊泳するとき以外は宿主の皮膚を離れません。

寄生虫は、一般に程度の差こそあれ、宿主に害

を与えています。

共生 (symbiosis):2 種類の生物が一緒に生活

することを指します。その密接な関係は生涯続

くこともあれば、一方が欠けると他方が生きら

れない場合もあります。共生者の少なくとも

マーク ・ フリーマン

よみもの

超寄生虫  ~寄生虫に寄生する生物の話~

一方が、一緒に生活することによって利益を得

ているのです。ふつうは一方が他方よりはるか

に大きく、宿主とも呼ばれます。共生では共生

者が両方とも利益を受けるとは限りませんし、

どちらかに有害とも限りません。双方に利益が

あり、栄養をお互いに完全に依存している場合

は相利共生 (mutualism) といいます。そうした

例として、サンゴやクラゲとそれに共生する鞭

毛 虫 が 知 ら れ て い ま す。一 方、片 利 共 生

(commensalism) という生活形態もあります。ラ

テン語でテーブルを共用するという意味です。

小さいほうの共生者が、宿主の体内または外部

で栄養を獲得します。宿主にとって共生者は利

用できないか不要な存在で、宿主は共生者の存

在によって利益を得ることはないものの、有害

というわけでもないのです。例として、魚体上

で細菌を捕食する鞭毛虫や人間の腸管内で細菌

を栄養源としているアメーバがあげられます。

したがって、寄生は宿主にとって有害な共生関

係と定義することもできます。

表在 (epibiosis) と便乗 (phoresis):共生の一

形態ですが、2 種の生物が互いに栄養源として

は依存せず、偶発的に共同生活をすることをい

います。小さいほうの共生者は、大きいほうの

共生者の体表面で生活しています。小さい共生

者は、大きい共生者の上で居ながらにしていろ

いろな環境に移動することができます。例とし

て、小型の甲殻類に柄によって付着する繊毛虫

(有柄繊毛虫)は、甲殻類の移動に伴って水中の

(訳 / 小川和夫)

ハイパーパラサイト

しゅくしゅ

ひ  ふ

ふ  か

そうりきょうせい

へ ん り き ょ う せ いもうちゅう

べん

せんもうちゅう

ゆうへいせんもうちゅう

館長

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有機物を手に入れることができます。このよう

な繊毛虫は甲殻類だけを必要としているわけで

はなく、他の動物の表面でも生活できるのです

(図 1)。

 こ の よ う に 見 て く る と、超 寄 生 虫

(hyperparasite) とは、寄生虫の表面や内部で

生活する寄生虫と定義することができます。お

そらく、すべての海洋生物は内部寄生虫や外部

寄生虫の宿主となっているでしょう。したがっ

て、海洋で生活する寄生虫も何らかの寄生虫の

宿主になっていても不思議ではないのです。超

寄生は何らかの生物の寄生虫に寄生する現象で

す。ここでは、超寄生には、上で挙げた甲殻類

上の有柄繊毛虫のような偶発的な共生生物は含

めません。このような繊毛虫は、甲殻類をすみ

かとすることによって利益を得ていますが、甲

殻類から栄養を得ているわけではなく、非生物

に付着しても生活できるからです。

 2 種の生物の共生状態を上記のカテゴリーに

あてはめるのが困難な場合もあります。ここでは、

細菌やウイルスについては、病原体とみなし、

寄生者としては扱わないことにします。また、

淡水域や陸上生物にも興味ある超寄生の例は多

いですが、私は魚の病気を専門とする海洋研究

者として、単細胞生物、真菌、多細胞生物といっ

た真核生物を対象として、海洋における超寄生

現象の例を挙げていくことにします。ここで、

「ガリバー旅行記」の作者として知られるジョ

ナサン スウィフト(1667-1745)が1733年に作っ

た詩「ラプソディー(ある狂詩)」の一節をご

紹介しましょう。

 博物学者が一匹のノミを観察、    

 するとノミの上に小さなノミがたかり、

 小さなノミの上では、

 もっと小さなノミが血を吸っている

 こうして無限に続いていく

 この詩が暗示するように、超寄生は古くから

興味ある現象として考えられてきました。海洋

生物の超寄生が初めて報告されたのは 1830 年

代のことだといわれています。これまでに、超

寄生虫が別の生物に寄生されたという記録はな

いですが、超寄生生物については未知のことが

多いので、超寄生虫に寄生する生物が存在して

も何の不思議もありません。

 海洋における超寄生虫とそれらの宿主は多様

で、様々な海洋環境に広くみられます。宿主、

寄生虫、その超寄生虫は互いにまったく異なる

動物群であることもあれば、3 種とも分類学的

に近縁の動物から構成されていることもありま

す。こうした超寄生虫は非常に限られた宿主群

にのみみられることが多いのです。興味あるこ

とに、天然や養殖の魚の研究、あるいはそうし

た動物の寄生虫を研究する過程で新たな超寄生

現象が発見されることがしばしば起こります。

以下にいくつか例を挙げます。4

図 1 サケジラミの雄成虫に付着した繊毛虫

サケジラミは海洋生活のサケの皮膚に寄生する甲殻類の一種で、写真の虫体はスコットランドの養殖タイセイヨウサケから採集されたもの。腹面に無数の有柄繊毛虫エフェロータ Ephelota が着生している。この繊毛虫はサケジラミには無害。海洋のさまざまな物体の上でも生活できるので、「表在」の一例である。

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1.ウドネラ 

 -外部寄生虫の上で生活する超寄生虫-

 主な宿主は魚類、たとえばトラフグ

 寄生虫は寄生性の甲殻類

  シュードカリグス フグ Pseudocaligus fugu

  超寄生虫は単生類ウドネラ フグ Udonella fugu

 単生類(ウズムシ、吸虫、条虫と同じ扁形動

物の仲間)のウドネラは海洋生物のなかでも古

くから記録のある超寄生虫の一群です。もっと

も、初めて報告された 1835 年には、ヒルの一

種と考えられていました。それ以来、この奇妙

な寄生虫は北大西洋から南太平洋まで、世界中

の海の魚やサメに寄生する多くのカリグス類の

体表に見つかっています。

 単生類はふつう、固着盤上の鉤を使って魚の

外表面に寄生しています。しかし、ウドネラは

鉤を持たないという点で例外的な単生類なので

す。これは、寄生のための一種の適応的進化と

考えられています。すなわち、宿主の甲殻類が

硬いクチクラでおおわれているため鉤が役に立

たず、その上に寄生するために、鉤を失う代わ

りに固着盤が吸盤のように変化したのです(図2)。

 ウドネラは他の単生類と同様、魚と密接な関

係があり、魚に寄生するカリグス、シュードカ

リグス、チョウといった甲殻類からのみ見つ

かっていますが、自由生活性の甲殻類には見つ

かっていません。実際、ウドネラはみずからが

寄生している甲殻類よりも、その甲殻類が寄生

している魚に対して特異性が高いことが指摘さ

れています。多くの場合、寄生性甲殻類は宿主

の魚に特異性が高いことから、ウドネラとウド

ネラの宿主である甲殻類は、特定の魚の上で生

活するために、一緒に進化したとも考えられま

す。Udonella fugu とその宿主の Pseudocaligus fugu がトラフグ属のトラフグやクサフグなど数

種にだけ寄生するというのがその一例だといえ

るでしょう。

 ウドネラは当初、甲殻類から栄養を得ている

と考えられていましたが、今ではウドネラは甲

殻類の体の辺縁に着生して、そこから体を伸ば

し、魚から直接、皮膚の細胞や粘液を摂取して

いることがわかってきました(図 3 左)。事実、

魚の体表にはウドネラによる摂食の痕が認めら

れます(図 3 右)。魚から離した甲殻類の上で

はウドネラの成虫は 2 日しか生きられず、その

5

超寄生 ~寄生虫に寄生する生物の話~

図 3 養殖トラフグの皮膚に寄生する甲殻類シュードカリグス Pseudocaligus fugu の上で生活するウドネラ Udonella fugu。左はウドネラの超寄生を受けたシュードカリグスの雌成虫で、1 対の卵嚢を持つ(赤矢印)。黒矢印はウドネラの成虫と未熟虫、白矢印はウドネラの卵。右はトラフグの頭部に形成された患部で、内側の白い円はシュードカリグスがフグ表皮を摂食した跡で、その周囲にウドネラの摂食によってできた跡が小さい穴となって残っている(矢印)

図 2 Udonella fugu の鉄ヘマトキシリン染色標本。矢印は固着盤。

1mm 10mm

0.5mm

へんけいどう

ぶつ

かぎこちゃくばん

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間、産卵もしません。未熟のウドネラは成熟す

ることなく、弱って甲殻類から脱落してしまい

ました。それに対して、魚に寄生した状態の甲

殻類の上のウドネラは実験室でも長く維持でき

るのです。このことは、ウドネラが栄養源を魚

に依存していて、寄生している甲殻類からは栄

養を得ていないことを示唆しています。カリグ

スの仲間は魚の体表上を動き回っていますが、

皮膚組織を食べる間は移動せず、その間にウド

ネラも魚から摂餌すると考えられています。

 ウドネラは細い糸の付いた卵を産み、糸の先

端を宿主である甲殻類の表面に付着させます

(図 3 左)。孵化した幼生はすでに親と同じ形を

していて、ただちに甲殻類に着生します。一方、

他のほとんどの単生類では、卵から孵化した幼

生は繊毛を備えて遊泳し、新しい宿主に寄生し

ます。ウドネラの親が魚の体表上に見つかるこ

とはまずありません。彼らが移動するのは甲殻

類が魚体上で交尾をする時で、その際に別の甲

殻類に乗り移ります。ということは、ウドネラ

は甲殻類が宿主を変える際に、甲殻類とともに

別の魚に移動するわけで、孵化幼生は遊泳する

ための繊毛をもはや必要としない、ということ

になります。したがって、ウドネラがカリグス

類の体表からしか見つからないというのは驚く

にはあたらないのです。カリグス類の成虫は新

たな宿主を求めて自由に水中を移動することが

できます。現に、プランクトンネットによって

水中から採集されたカリグスにウドネラが着生

していたことも確認されています。寄生性甲殻

類には成虫になると遊泳力を失って、魚に体の

一部を差し込んで固着寄生するものもいます

が、そのような甲殻類からはウドネラは見つ

かっていません。ウドネラにとっては、新しい

魚に移動する機会がないため、宿主としての利

用価値がないからです。

 では、なぜウドネラが寄生性甲殻類を利用し

ていて、栄養を得ている魚の上に直接寄生しな

いのでしょうか。その理由として、甲殻類の上

で生活することによって、魚の免疫反応から逃

れているのではないかという説があります。ま

た、魚の間を移動するために甲殻類を「ヒッチ

ハイク」しているとみることもできます。ウド

ネラは着生している甲殻類には害を与えないと

されています。したがって、ウドネラは甲殻類

を移動と摂餌のためのプラットホームとして利

用する片利共生者と定義することもできるので

す。しかしながら、ウドネラは魚なしでは生き

られない身でありながら、みずからの生存を甲

殻類に依存しているので、このような奇妙な組

み合わせに適応した、外部寄生性の超寄生虫と

考えてもよいのではないのでしょうか。

2.リリオプシス  -タラバガニに「内部」 

 寄生する甲殻類の外部に超寄生する甲殻類-

主な宿主はタラバガニの一種、パタゴニア

 エゾイバラガニ    Paralomis granulosa 寄生虫は蔓脚類フクロムシの一種     

           Briarosaccus callosus 超寄生虫は等脚類のリリオプシス

   Liriopsis pygmaea

 この宿主‐寄生虫‐超寄生虫はすべて甲殻類

です。リリオプシスは等脚類に属する甲殻類で

す。等脚類は一般に7対の脚を持ち、陸棲種と

しては庭石の下にいるダンゴムシや海岸の岩場

にいるフナムシがこの仲間に入ります。しかし、

多くは水棲で、自由生活性のものと寄生性のも

のが知られています。寄生性の等脚類のなかに

は、フクロムシのような寄生性甲殻類を宿主に

するものもいます。リリオプシスもそうした仲

間の超寄生虫です。宿主も寄生虫も超寄生虫も

すべて甲殻類という、特異な組み合わせの例と

して注目されるものです。

 フクロムシは十脚類(エビやカニ)の寄生虫

として知られています(目黒寄生虫館の1階に

もイワガニ類に寄生したウンモンフクロムシが

展示されています)。フクロムシが属する蔓脚

類には、海岸でよく目にするフジツボやカメノ

テがあります。孵化幼生は浮遊生活の後、エビ6

つるあしるい

とうきゃくるい

じっきゃくるい

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やカニに着生すると、体内に侵入し、成長して

宿主の組織、器官に根のように伸長していきま

す。根状の寄生体はやがて後部が拡張して袋状

の構造物として宿主の体外に出てきます(図 4

左)。フクロムシは基本的には内部寄生虫です

が、一部が宿主の外部に出るので、表題を「内部」

寄生虫としました。リリオプシスはこの袋部分

に寄生しています(図 4 右)。リリオプシスの

体は球状の体主部とフクロムシに打ち込むため

の固着部から成っています(図 5 下)。球状体

の中で孵化した幼生は、脱皮してクリプトニク

スという幼生になります(図 5 上)。この時期

は自由生活性の等脚類とよく似た形態をしてい

ます。クリプトニクス幼生は、やがて体外に出

ていきます。その後についてはよくわかってい

ませんが、フクロムシに着生後、脱皮して図 5

下のような成虫に変態します。幼生の時に持っ

ていた付属肢はすべて失われています。リリオ

プシスの仲間にはエビの鰓室に外部寄生するエ

ビヤドリムシ科の等脚類の育房(仔虫を保育す

る袋)内に超寄生するものもあります。

 リリオプシスもフクロムシも宿主から栄養を

吸収し続ける結果、宿主は成熟できません(こ

れを寄生去勢といいます)。ここでは、フクロ

ムシはカニの成熟を妨げますが、みずからもリ

リオプシスによって成熟することができません。

フクロムシは宿主を去勢させる寄生虫であると

同時に、超寄生虫に去勢させられる宿主になっ

ているのです。

 

7

図 4 甲殻類同士の寄生と超寄生。左図の矢印はタラバガニの一種、パタゴニアエゾイバラガニの腹部から突出したフクロムシ Briarosaccus callosus の外部で、表紙画像のような鮮やかな赤色を呈する。右図の矢印はフクロムシに超寄生する 4 個体のリリオプシス Liriopsis pygmaea で、寄生を受けたフクロムシは去勢によってしぼんで、色褪せている。ジェイミー ワッツ氏の許可を得て掲載 (www.jamiewatts.co.uk)

図 5 リリオプシス Liriopsis pygmaea のクリプトニクス幼生(上)と成虫(下)Peresan and Roccatagliata (2005) を改変

超寄生 ~寄生虫に寄生する生物の話~

さいしつ

いくぼう こ む し

き せ い き ょ せ い

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3-1.超寄生の微胞子虫 (例 1)

主な宿主はトラフグ

寄生虫は粘液胞子虫

エンテロミクサム Enteromyxum fugu と

スフェロスポラ Sphaerospora fugu 超寄生虫は微胞子虫 2種(いずれも未同定)

 微胞子虫は顕微鏡でなければ見えないほど小

さい胞子を作り、宿主の細胞内に寄生していま

す(図 6)。宿主範囲は広く、ヒトを含むほぼす

べての動物群に寄生がみられるものです。微胞

子虫はまた、海洋生物の寄生虫に超寄生するも

のも知られています。こうした種は、内部寄生

性超寄生虫とも定義できます。多毛類に寄生す

る単細胞真核生物のグレガリナ、魚類に寄生す

る粘液胞子虫や鉤頭虫、カキやカニに寄生する

吸虫、二枚貝や魚類に寄生するカイアシ類(甲

殻類の一群)など、様々な寄生虫に超寄生する

微胞子虫が知られています。

 日本の養殖トラフグの腸管には、3 種の粘液

胞子虫(顕微鏡レベルの小型の胞子を作る多細

胞動物で、クラゲに近縁とされる)が寄生する

ことがあります。寄生を受けたトラフグは腸炎

を起こして痩せ、重度の場合は死ぬこともあり

ます(食用部分には寄生していないので、食品

としては安全です)。そのうちの 2 種の粘液胞

子虫はしばしば微胞子虫に超寄生されているの

です(図 7)。微胞子虫の宿主特異性は高く、2

種の粘液胞子虫はそれぞれ別種です。そしてこ

れらの微胞子虫の生活環は不明です。宿主とな

る粘液胞子虫の生活環も十分にはわかっていな

いので、微胞子虫がどのように感染するかは

まったくの謎なのです。微胞子虫はトラフグに

は感染しません。トラフグの腸管に寄生する粘

液胞子虫の、それも胞子形成前の発育期にしか

図 6 微胞子虫の胞子は内部にコイル状に巻いた管(極管という;矢印)を持つ。極管は胞子外に弾出して宿主細胞に刺さり、胞子原形質を細胞内に注入する。

図 7 左はトラフグの腸管上皮に付着している発育期の粘液胞子虫エンテロミクサム Enteromyxum fugu で、内部には無数の微胞子虫の胞子(白星印)が見える(電子顕微鏡写真)。右はトラフグ腸管組織のスタンプ染色標本で、無感染の E. fugu(黒星印を囲む円)と重度に微胞子虫の感染を受けた E. fugu(白星印を囲む円)を示す。

び ほ う し ち ゅ う

ねんえきほうしちゅう

こうとうちゅう

5 µ m

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見つかっていないのです。この超寄生虫が発見

されたときは、これを利用して粘液胞子虫を生

物学的にコントロールして、寄生を軽減できる

のではないかと期待されました。しかし、この

微胞子虫の寄生は宿主の粘液胞子虫の発育期

間、すなわち胞子形成前の分裂増殖の期間を長

引かせるだけで、結果として、トラフグの腸炎

をさらに悪化させることになってしまうと今で

は考えられています。

3-2.超寄生の微胞子虫 (例 2)

 主な宿主はタイセイヨウサケ

 寄生虫はサケジラミ Lepeophtheirus salmonis 超寄生虫は微胞子虫

    デスモゾーン Desmozoon lepeophtheirii

 サケジラミ Lepeophtheirus salmonis は北欧の

養殖タイセイヨウサケの皮膚に寄生する甲殻類

です(図 8 左)。欧米のサケ養殖に甚大な被害

を与える寄生虫として知られています(養殖法

が異なる日本では問題にはなりません)。サケ

ジラミはしばしば微胞子虫デスモゾーン

Desmozoon lepeophteirii の超寄生を受けていま

す。

 デスモゾーンはサケジラミに感染すると、外

表のクチクラの下で発育して、次第に広がって

サケジラミの全身が胞子で充満してしまいます

(図 8 中、右)。この微胞子虫の生活環にはサケ

とサケジラミの両方が宿主としてかかわってい

ると考えられていますが、まだ詳細はわかって

いません。サケジラミにどれくらいの害がある

かは必ずしも明確にはなっていませんが、感染

したサケジラミの生殖能力が著しく弱まること

から、デスモゾーンを使ってサケジラミの個体

群を減少させる、生物学的コントロールの手段

として使えないか、研究が進められているとこ

ろです。しかし、最近の研究で、デスモゾーン

はサケの鰓に炎症を引き起こすことが示唆され

ていて、結局、サケジラミ対策には使えないの

かもしれません。

9

超寄生 ~寄生虫に寄生する生物の話~

図 8 サケジラミ Lepeophtheirus salmonis の雌成虫。左は1対の卵嚢(矢印)を持った健康個体、中央と右はデスモゾーン Desmozoon lepeophtheirii が感染した個体で、感染部位ではクチクラの下が黒くパッチ状になっている。いずれの個体でも卵嚢のうちの一つ (矢印 )は卵の発育が止まっていて、孵化しないと思われる。

1mm 10mm2 µm

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おわりに

 超寄生というのは本当に魅力的な研究領域だ

と思います。現在、海洋の超寄生虫はそれほど

たくさん知られているわけではありません。こ

れは、超寄生虫がおよそ予想もつかない寄生の

仕方をする生物で、微胞子虫のような内部寄生

性超寄生虫の多くは顕微鏡を使わなければ確認

できないほど小さいためです。それゆえ、今後、

もっと多くの超寄生虫が発見されるはずです。

特に陸上に比べて研究が進んでいない海洋か

ら。超寄生が生物学として興味ある現象という

だけでなく、応用的な期待もあります。将来、

超寄生虫は産業動物に経済的損失を与える寄生

虫や人体の寄生虫に対して生物防除という形

で、薬に頼らず、特異性の高い治療法を提供す

る可能性を秘めているのです。

 寄生虫と宿主の共進化という現象は、医学寄

生虫の世界ではとても大切な研究テーマです。

宿主とともに進化するに伴って宿主に対する病

原性を失う「良い」寄生虫もあります。また一

方で、マラリアのように逆に病原性が高くなっ

てしまった「悪い」寄生虫もいます。宿主 - 寄

生虫という複雑な生物間の関係は、超寄生虫が

加わることによって、いわば三次元方程式のよ

うに込み入ってきます。

 超寄生虫(リリオプシス)にとって宿主(フ

クロムシ)が多いほど寄生するチャンスは増え

ますが、その結果、フクロムシは去勢されて数

が減ってしまい、結局リリオプシスは増え続け

ることができません。一方で、フクロムシが増

えすぎると、その宿主であるタラバガニが去勢

されて数が減ってしまいます。このように、寄

生と超寄生によって、3 種の生物はお互いに数

を調整し合って進化してきたと考えられます。

この関係は三つ巴というよりは、三すくみと

言ったほうが当たっているかもしれません。

 宿主を一次、寄生虫を二次、超寄生虫を三次

とすると、それらの間の方程式を解くことに

よって、一次の宿主に寄生することなしに、三

次の超寄生虫が二次の寄生虫をいかに発見する

のかという問題に解答を与えてくれるかもしれ

ません。

 甲殻類という同じ分類群(甲殻亜綱)のなか

だけで成立する、驚くべき超寄生の例(十脚類

- 蔓脚類 - 等脚類)を紹介しました。寄生性の

哺乳類というのは存在しませんが、哺乳類のな

かだけで宿主 - 寄生虫 - 超寄生虫という現象が

あると仮定してみてください。どのような世界

か、想像できますか?

マーク・フリーマン Mark A. Freeman

 1995 年、英国ウェールズ大学卒業(海洋生物

学)。2002 年、英国スターリング大学で、タイ

セイヨウサケのサケジラミに対する超寄生微胞

子虫による生物学的コントロールに関する研究

で博士の学位取得。2002-04 年、日本学術振興

会研究員(東京大学大学院農学生命科学研究科

魚病学研究室)としてトラフグに寄生する粘液

胞子虫に超寄生する微胞子虫を研究、2004-07

年、ロンドン王立協会研究員・コンサルタント

(英国スターリング大学養殖研究所)、2008 年か

らマラヤ大学生物学研究所(マレーシア)の講

師、准教授を経て、現在、マラヤ大学海洋・地

球科学研究所上級研究員として海洋生物の多様

性と進化生物学を研究。10

きょうしんか

どもえ