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Page 1: マントルダイナミクス - 東京大学eri-ndc.eri.u-tokyo.ac.jp/fukao/mantle.pdf第0章概説 0.1 プレートテクトニクスとマントル対流 プレートテクトニクスは、地震や火山、大陸移動や海洋底拡大など地球の諸現象を、地球表面を

マントルダイナミクス

東京大学地震研究所  深尾良夫

水曜日 13:00 ~ 14:00

Page 2: マントルダイナミクス - 東京大学eri-ndc.eri.u-tokyo.ac.jp/fukao/mantle.pdf第0章概説 0.1 プレートテクトニクスとマントル対流 プレートテクトニクスは、地震や火山、大陸移動や海洋底拡大など地球の諸現象を、地球表面を

目 次

第 0章 概説 3

0.1 プレートテクトニクスとマントル対流 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 30.2 マントルトモグラフィーとマントル対流 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 100.3 マントルはめぐる . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 16

第 1章 極移動とプレート運動 25

第 2章 水平質量異常によって駆動されるマントル流 48

第 3章 地震波トモグラフィーとマントル物質科学 60

第 4章 マントル対流とグローバル地球現象 91

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はじめに

地震波は一般に地下深くなるほどより早く伝わるようになる。これは直感的には、圧力が増加す

ると共に物質が圧縮されて硬くなるためと考えてよい。例えば、マントル最上部(モホ面)におい

てP波の速度は 8 km/s,S波の速度は 4.5 km/s の程度であるのに対して、マントル最下部(コア・マントル境界)ではそれぞれ 14 km/s, 7.5 km/s の程度にもなる。即ち、深さ 30kmから 2800kmまでの間に、地震波のスピードはほぼ 70%も増加する。これに対して同じ深さでは場所がどんなに離れていても、地震波のスピードはせいぜい数パーセント位しか変らない。これは、地球が基本

的には成層をなしていて、そこからの乱れはほんのわずかなものだということを意味している。

マントルが成層をなす主な理由は、マントル物質が長い時間スケールに対して「流体」として振

舞うからである。流体マントルの中では、水平方向に密度不均質が作られてもそれを解消しようと

する流れが発生し、結局は水平成層構造に近い状態が実現する。逆に言えば、マントル内の水平方

向のわずかな密度不均質を検出することにより、マントル内の流れ-対流-が推測できる可能性が

ある。このマントル対流の表層部分の動きがプレート運動に他ならない。講義では、地震波トモグ

ラフィーによって検出されたマントルのわずかな水平不均質構造からマントル対流をどのようにし

て推測するか、を議論する。以下、講義の流れを簡単に紹介しよう。

第 0 章は全体の流れを概観する章で数式は一切使っていない。大学院生向けというよりも教養向けの内容となっている。

第 1 章ではプレート運動について多少の議論を行う。現時点では、プレート運動とより深部のマントル対流とがどのようにカップルしているのかはよくわかっていない。講義ではそこまで立ち

入らず、自転軸に対して深部マントル全体が、あるいは深部マントルに対してプレート全体がどの

ような運動をしているかを議論する。

第 2 章では、マントル内の水平方向に密度の不均質があるとき、どのような流れが生ずるかを流体力学の考え方に従って議論する。この流れは地表に凸凹を作り出す一方で重力場を乱す。私達

にとって馴染みの深い地形や重力の分布が、マントル深部の流れをどのように反映しているかを考

えてみよう。もっとも地震波トモグラフィーから直接得られるのは、地震波(P波あるいはS波)

速度の水平不均質構造であって、密度の水平不均質構造ではない。

第 3 章では、どのようにすればマントルの速度分布を密度分布へと’換算’できるかを考える。読者はここで地球内部の雄大な流れを知るのに、実験室の微小なサンプルについての知識が如何に

重要かを知るだろう。地球表層のプレート運動はマントル対流の表層部分の流れを意味する。従っ

てプレートの運動と地震波速度分布から推定される対流とは互いに密接に関係している筈である。

またマントル対流は地球深部から宇宙空間への熱の輸送手段であるから、推定される対流とマント

ル熱流量の分布との間にも密接な関連がある筈である。

第 4 章ではこうした関連を調べた最近の研究を紹介し、併せてマントル内の物質循環とその地球史への影響について議論することにする。

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第0章 概説

0.1 プレートテクトニクスとマントル対流

プレートテクトニクスは、地震や火山、大陸移動や海洋底拡大など地球の諸現象を、地球表面を

覆う10枚強の剛体板の相対運動の結果として統一的に説明することに成功した。第 1 章で概観するように、プレートの割れ目である中央海嶺には、その隙間を埋めようとしてマントルから熱い

物質が湧き出し、海水で冷やされて固化してプレート物質へと変身する。一方、海溝からは古く

て重くなったプレート物質がマントルへ沈み込んでいく。即ち、海洋プレートは、中央海嶺で生ま

れ、剛体板のように地球表面を移動し、海溝で消滅する。図 1 はこのプロセスを模式的に示したもので(上田,1971)、プレートテクトニクスのエッセンスをよく伝えている。

図 1: プレートテクトニクス理論が生まれた直後に書かれた名著によるプレートテクトニクスの概念図.当時,プレート運動の繰り広げられる地球表層部を除いて地球深部の活動は不明で真っ白のままだった.(上田誠也,新しい地球観(岩波新書),岩波書店,1971.)

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一方、この図を見てすぐ頭に浮かぶ疑問がある。中央海嶺に湧き出してくる物質はどこから来る

のだろう?マントルに沈み込んだプレートがどこへ行くのだろう?この図ではプレートテクトニク

スの世界より深い部分は真っ白のままで、こうした疑問に何も答えていない。プレートテクトニク

スは、マントルの中に大規模な対流運動が起きていることの証であるが、深部の対流運動のパター

ンがどんなものなのか、何故そんなパターンが生まれるのか、プレート運動とどんな関わりがある

のか、そんな疑問にプレートテクトニクス理論は何も答えてくれない。ただマントル対流と関連し

て、プレートテクトニクス誕生の頃から確かだと思われていたことがあった。それは、プレートの

生まれる中央海嶺とマントル対流の上昇口とは一般には一致しないだろう、という推測である。

48-56Ma

0-10Ma

図 2: 現在のプレート運動と5千万年前のプレート運動の比較.本文に出てくるプレートは,(a)では太平洋プレート (PA),インド・オーストラリアプレート (IN),ユーラシアプレート(EU),北米プレート (NA),(b)では PA, EU, NAの他にインドプレート (IN),オーストラリアプレート (AU),ファラロンプレート (FA),クラプレート (KU).矢印はホットスポット系に対する各プレートの運動の方向と速度を表わす.Lithgow-Bertelloni, C.and M.A. Richards, Rev.Geophys.,36,27-78,1998.

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こうした推測は、プレートテクトニクスの創始者達の鋭い洞察によってなされたものであるが、

その証拠はプレート運動の歴史の中にも見出すことができる。図 2は、現在(過去1千万年間)のプレート運動と5千万年前(過去4千8百万年―5千6百万年)のプレート運動とを比べたもので

ある。図には、プレートの分布と共にプレート運動の方向と速度を示す矢印が書き込まれている。

プレート境界は、プレートとプレートが、➀ 離れ合う中央海嶺、➁ 近付き合う海溝、➂ ずれ合う

トランスフォーム断層、の3要素からなる。➀ の発散境界と ➁ の収束境界は図 1 のような地球断面図で表現できるが、➂ の横ずれ境界は図 2 のような地球表面図でないと表現できない(プレート境界と矢印とが平行な場所が横ずれ境界)。

図 2 によれば、現在の北米西海岸は、太平洋プレートと北米プレートとのトランスフォーム境界であるが、5千万年前には両プレートの間にファラロンプレートと呼ばれる海洋プレートが存在

していた。その頃、北米西海岸はファラロンプレートと北米プレートとの海溝境界であり、太平洋

プレートはファラロンプレートと中央海嶺によって接していたのである。しかし、時代と共にこの

中央海嶺は海溝境界に近付き、ついには海溝に飲み込まれてファラロンプレートは地表から姿を消

してしまった。また図 2によれば、現在のアリューシャン列島は、太平洋プレートと北米プレートとの海溝境界であるが、5千万年前には両プレートの間にクラプレートと呼ばれる海洋プレートが

存在していた。その頃、アリューシャン列島はクラプレートと北米プレートとの海溝境界であり、

クラプレートはその南で太平洋プレートと中央海嶺によって接していたのである。しかし、時代と

共にこの中央海嶺は海溝境界に近付き、ついには海溝に飲み込まれてクラプレートは地表から姿を

消してしまった。このように、中央海嶺は地球表面を容易に移動し、果ては海溝に飲み込まれてし

まうことすらある。このようなことは、中央海嶺がマントル対流の上昇口だとしたら到底起こり得

ない。マントル全体が関与する対流の湧き出し口が、沈み込み口に対して容易に移動したり飲み込

まれたりするとは考えられないからである。中央海嶺はプレートの単なる割れ目であり、マントル

対流の湧き出しとは直接の関係はないという認識が重要である。

図 3: ホットスポットの概念図

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地表を覆うプレートが全て互いに動き回るとすると、地表における万物は全て流転することにな

る。しかし万物が流転するプレート上にあって、地球深部に根ざした不動点をプレート上に刻み続

けている自然現象がある。それがホットスポットと呼ばれる孤立した火山活動である。イメージと

しては、地下深くから熱いマグマが上昇し、厚さ 100km程度のプレートを貫通して地表にマグマが溢れ出す現象と考えてよい。プレートはホットスポットマグマの上昇点に対して一般に移動して

いるから、プレートの上に作られた火山体もやがては上昇点から遠ざかりマグマの供給が途絶え

て死火山と化し、その一方で、マグマの上昇点に新たな火山が生まれることになる。33 ページに、ホットスポット火山のできる過程が漫画的に示されている。プレート運動を記述するとき、ホット

スポットをマントル深部の不動点として座標系を取ることが多いが、この座標系をホットスポット

系という。図 2 は、このホットスポット系でのプレート運動を表したものである。

図 4: ハワイホットスポットの作り出した火山列(ハワイ諸島と天皇海山列).数字は百万年を単位として島のできた年代を表わす.ホットスポットは年代ゼロの位置(ハワイ島)にある.矢印はホットスポット系に対する太平洋プレートの運動方向を示す.ハワイ諸島の並びの方向とよく一致していることに注意.ハワイ諸島と天皇海山列との屈曲は,4300万年前に太平洋プレートの運動の方向が大きく変化したことを物語る.7500万年前にもわずかながら運動方向が変化しているようだ.Duncan, R.A. and M.A. Richards, Rev.Geophys., 29, 31-50, 1991.

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Crough(1983)

Duncan and Richards (1991)

図 5: 世界のホットスポット分布.ホットスポットの分布がランダムでないことに注意.ホットスポットから延びている線はホットスポット火山列で,プレート運動の軌跡を表わす.この図には更に,図 6(b)においてジオイド異常が+20m以上の地域がハッチで示されている.ジオイドの正異常域とホットスポット集中域とはよく重なり合う.Crough, S.T.,Ann. Rev. Earth Planet. Sci., 11, 165-193, 1983.

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図 4は、ホットスポット火山列の代表であるハワイ諸島・天皇海山列の地図である(海山とは、海面上に顔を出していない島のこと)。図に書き込まれた 0, 43, 75という数字は、島のできた年代(単位は百万年)を意味している。年代 0は、ホットスポットマグマの上昇点で、活火山のハワイ島が位置する。年代 43の島は、ハワイ諸島と天皇海山列との会合点で、ハワイ島からここまでは西に行くにつれて年代は次第に古くなり、ここから天皇海山列に沿って北上するにつれて年代は

更に古くなっていく。火山列は、年代 43と 75の所で屈曲しているが、これは太平洋プレートが4300万年前と 7500万年前に方向転換を起こした証拠である。p4 図 2を見ると、現在、太平洋プレートは西進しているが、5000万年前には北上していたことがわかる。この北進から西進への突然の方向転換が、4300万年前に起きたのである。

ホットスポット火山としては、ハワイ島の他、イースター、ガラパゴス、サモア、アイスランド、

アゾレスなど海洋島の火山が有名であるが、イエローストーン(北米)、アッファー(アフリカ)

など大陸にもわずかながら存在する。図 5 に世界のホットスポット火山の分布を示す。ホットスポットから延びている線は、ホットスポット火山列を表す。同一プレート内のホットスポット火山

列は互いに平行し、プレートが剛体として運動していることがよくわかる。多くのホットスポット

は、中央太平洋から南太平洋にかけてと、大西洋からアフリカを横切ってインド洋にかけての2地

域に集中的に分布している。ホットスポット火山が集中しているということは、この2地域の地下

深部が異常に暖かいことを思わせる。図にはジオイドが正異常を示す地域も示されているが、ホッ

トスポット火山の集中域とジオイドの正異常域とがよく一致していることに気付く。さて、ジオイ

ドとは何だろう。

ジオイドとは平たく言えば海水面の凸凹を表す。海水面は月や太陽の潮汐によって変動するが、

それらを時間的にならした面はどこでも鉛直線に垂直となる。この面がジオイド面である。ジオイ

ド面は大雑把にみれば、自転の影響によって赤道方向にふくらんだ回転楕円体の形をしているが、

よく見ると回転楕円体面から多少ずれて凸凹している。凸を正のジオイド異常、凹を負のジオイド

異常という。ジオイド異常は地下の質量異常が原因で起こる。例えば、地下に異常に重いものがあ

ると、その引力によって海水が近くに引き寄せられて盛り上がる(正のジオイド異常)。逆に軽い

ものがあると周囲に海水を取られて海面は凹み、負のジオイド異常が生じる。

図 6(a) は、世界のジオイド異常分布図である。これからわかるように、ジオイド異常はたかだか 100mの程度のものである。図を見ると、西太平洋と南米に正の異常の目玉がある。これは、西太平洋の地下に沈み込んだ太平洋プレート、フィリピン海プレート、インドオーストラリアプレー

トのスラブ、及び南米の地下に沈み込んだナスカプレートのスラブが周囲よりも(冷たく)重い

せいである。スラブとは、プレートを地表に横たわる部分と島弧の下に沈み込んだ部分とに分け

たときの後者を指す言葉である(元々は丸太から板を切り出した残りの部分を意味する)。スラブ

がもたらす正のジオイド異常は、プレートテクトニクスのモデルによって見積もることが出来る。

図 6(b)は、こうして見積もったスラブの異常を差引いたジオイド分布で、沈み込んだスラブよりもっと深い所にある質量異常を表している。前に指摘したように、中央太平洋から南太平洋にかけ

てと、大西洋からアフリカを横切ってインド洋にかけてが、地球最大の正のジオイド異常域となっ

ている( p7 図 5 )。これら2地域が互いに対極の位置関係にあること、両者をわける地球のぐるり(環太平洋域)は負のジオイド異常域となっていること、に注意しよう。

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Hager et al. (1985)

Dziewonski (1984)

(a)

(b)

(c)

(d)

(e)

図 6: ジオイド異常分布と下部マントルの地震波速度異常分布.(a) 観測されたジオイド異常(20m 毎の等高線,ジオイド異常が負の部分にはハッチがかけられている),(b) 上記(a)から沈み込むスラブの影響を取り除いたジオイド異常(20m毎の等高線),(c)深さ2500kmの地震波(P波)速度異常(同じ深さでの平均の地震波速度と比べて何パーセント早いか遅いかを黒白の濃淡で表わす),(d)上記 (c)の地震波速度異常を密度異常に換算して計算したジオイド異常(20m毎の等高線),パターンは (b)と似ているが符合が逆で大きさもあわない,(e)上記 (c)の地震波速度異常を密度異常に換算した上で,密度異常に伴うマントル流があるとして計算したジオイド異常,符号や大きさも含めてパターンは (b)とよく合っている. Hager, B.H., R.W. Clayton, M.A. Richards, R.P. Comerand A.D. Dziewonski, Nature, 313, 14-, 1985. Dziewonski, A.D., J. Geophys. Res.,89, 5929-5952, 1984.

図 6 において、もし地下の重い・軽いが、低温による熱収縮・高温による熱膨張によって生じるとすると、正のジオイド異常を示す中央太平洋域とアフリカ域の地下深部は、異常に温度が低い

ことになる。一方、ホットスポット火山の分布からは、これら2地域で温度が高いと推測されてい

た。ただ、ホットスポット分布からの推測とジオイド分布からの推測との矛盾がより鮮明な形で浮

上したのは、地震波を使ってマントル全体の写真を撮ることができるようになってからのことであ

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る。そしてこの矛盾を解く努力が、マントル対流論の新たな発展を促すことになった。次節ではこ

の話をすることにしよう。

0.2 マントルトモグラフィーとマントル対流

地震波は一般に地下深くなるほどより早く伝わるようになる。これは直感的には、圧力が増加す

ると共に物質が圧縮されて硬くなるためと考えてよい。例えば、マントル最上部(モホ面)におい

てP波の速度は 8km/s, S波の速度は 4.5km/sの程度であるのに対して、マントル最下部(コア・マントル境界)ではそれぞれ 14km/s, 7.5km/sの程度にもなる。即ち、深さ 30kmから 2800kmまでの間に、地震波のスピードはほぼ 70%も増加する。これに対して同じ深さでは場所が例え1万キロ離れていても、地震波のスピードはせいぜい数%位しか変らない。これは、地球が基本的には

成層をなしていて、そこからの乱れはほんのわずかなものだということを意味している。地震波速

度の水平方向の乱れが地球全体で検出できるようになったのは 1980年以降のことである。

マントルが成層をなす主な理由は、固体であるマントル物質が長い時間スケールに対して「流

体」として振舞うからである。流体マントルの中では、水平方向に密度の不均質が生じてもそれを

解消しようとする流れが発生し、結局は水平成層構造に近い状態が実現する。地球内部の熱を地球

外に運び出す過程では絶えず密度の不均質が作り出され、それを解消しようとする流れとバランス

して、マントルの中に対流が起こる。このマントル対流の表層部分の動きがプレート運動に他なら

ない。

マントルが「流れる固体」であることを示す証拠は数多くあるが、ジオイドもその1つである。

前節に述べたように、ジオイド(平均海水面)は全体としては地球の自転によって赤道方向に膨れ

た回転楕円体の形をしている。この形が、固体である筈のマントルまで含めて地球が全部液体でで

きていると考えたときの膨れ方と同じなのである。これは、自転による遠心力のように長く働き続

ける力に対して、マントルが「流れる固体」として振舞うことを示している。一方、プレートと呼

ばれるマントルの表層部分は常に大気や海水で冷やされ、より深部のように容易には流れない。1

億年スケールの長い時間に対しても固体として振舞い、加わる力に対して強度で持ちこたえ、持ち

こたえられない場合は割れてしまう。こうしてできた「割れ目」がプレート境界に他ならない。

地震波のデータから地震波速度の水平方向のわずかな違いを検出する技術を地震波トモグラフィー

という。超音波やX線あるいはガンマ線などを用いて人体の断層写真を撮るのと同じ原理で地球

の断層写真を撮るのである(第 4 章参照)。図 6(c)は 1984 年にアメリカ・ハーバード大学のA.Dziewonskiによって撮られた深さ 2500km の写真である。最近の写真 (図 ?? 参照)と比べれば解像度も分解能も落ちるが、それでも下部マントルで場所によって地震波のスピードに 1-2%の違いがあることがわかる。平均より遅いのは中央太平洋から南太平洋にかけてと大西洋からアフリカ

を横切ってインド洋にかけての2地域で、逆に環太平洋のぐるりでは平均より速くなっている。地

震波速度が遅い2地域が、ジオイドの正異常域(図 6(b))とよく一致していることに注意しよう。

物質は一般に温度を上げると柔らかくなり、柔らかくなると地震波速度は低下する。だから図

6(c)は、2500kmの深さにおける温度の高低を間接的に示していると考えてよい。ごく大雑把には、地震波速度の 1-2%の低下は、温度の 100-200度の上昇に相当すると考えてよい。図 6(c) によれ

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ば、中央太平洋域とアフリカ域の下部マントルは周囲よりも高温ということになり、ホットスポッ

トの分布からの推測と合致する。けれどもこれは、ジオイド分布から推測した温度分布のパターン

とは全く逆である。以下に説明するように、この矛盾はマントルを「流れる固体」と考えて初めて

理解することが可能となる。

図 7: 最近の S波トモグラフィー.深さ 2050kmでの速度異常を示す.Su et al. (1994)

マントルが流れる固体だとして、同じ深さに温度の高い低いがあるとどんなことが起こるかを考

えてみよう。当然、高温域では物質が膨張して軽くなり上昇流が発生し、逆に低温域では収縮して

重くなり下降流が生じるだろう。今、ホットスポットの分布や地震波速度の分布から推測されるよ

うに、下部マントルは中央太平洋域とアフリカ域で高温、環太平洋域で低温だとすると、そこには

それぞれ上昇流、下降流が発生している筈である。図 8(a)が示すように、マントル上昇流は地表面を押し上げ、またコア・マントル境界を引っ張り上げようとする。一方、下降流は地表面を引き

下げ、コア・マントル境界を押し下げようとする。

地表面が押し上げられるということは、それまで大気あるいは海水だった領域が岩石で置き換え

られることを意味する。また、コア・マントル境界が引っ張り上げられるということは、それまで

マントル物質(岩石)だった領域がコア物質(液体鉄)で置き換えられることを意味する。何れの

場合も軽いものから重いものへの置き換えが起こることになる。つまり、マントル物質が流れる固

体だとすると、マントルは暖められたとき熱膨張で軽くなるだけではない。上昇流が生じ、それに

よって地表面やコア・マントル境界が変形して、軽い物資が重い物質で置換されるのである。ジオ

イド異常を計算するときは、これら軽くなる効果と重くなる効果の両方を考える必要がある。

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Richards and Hager (1984)

図 8: 密度不均質が引き起こす対流と対流に伴う境界面の変形.(a)のような1層対流の場合,負の密度異常域で上昇流が起こり地表もコア・マントル境界も膨らむ.(b)のような2層対流の場合,負の密度異常域において下部マントルでは上昇流,上部マントルでは下降流が起こり,地表は凹みコア・マントル境界は膨らむ.上部・下部マントル境界は条件によって膨らんだり凹んだりする.ジオイドを計算するときは密度異常の直接の効果と共に,対流が引き起こす境界面の凸凹による効果を考慮する必要がある.Richards, M.A.and B.H. Hager, J. Geophys. Res., 89, 5987-6002, 1984.

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そこで図 6(c) の地震波速度異常の分布から次のような手順でジオイド異常の分布を見積もってみよう。「地震波伝播の早い・遅い」→「温度の低い・高い」→「密度の高い・低い」→「マントル

下降流・上昇流」→「地表面やコア・マントル境界の凹・凸変形」。ここで得られた「密度の高い・

低い」から「ジオイドの正・負異常」が計算でき、また「境界面の凹・凸変形」から「ジオイドの

負・正異常」が計算できる。観測されたジオイドにはこれら両方の効果が含まれている筈である。

図 6(d)は密度異常の効果だけを考慮して計算したジオイド、図 6(e)は密度異常の効果と境界面変形の効果の両方を考慮して計算したジオイドである。計算されたジオイドは、(d)の場合も (e)の場合も観測されたジオイドのパターン(図 6(b))と似ているが、(d)と (e)では符号が正反対である。符号まで含めて観測を説明できるのは、マントルを流れる固体と考えたeの場合であり、これ

はマントルの中に対流が起きていることの何よりの証拠と考えられる。

図 6(b)と (e)では、観測と計算のジオイド分布が、パターンや符号だけでなく大きさまでもよく合っているが、このような一致を得るためには、上部マントルや下部マントルの粘性に関する知

識が必要である。粘性とは流体がどれだけ流れにくいかを示す指標であり、粘性の高い流体ほど粘

りを増して流れにくくなる。スカンジナビア半島やハドソン湾周辺には、マントルの粘性がどの程

度のものかを知るのに格好なデータが残されている。今から1万年程前、地球は氷河期にあり、上

記地域には厚く氷床が発達していた。氷床を載せた大陸部のプレートは重みで凹み、大陸に氷とし

て海水を取られた海洋域のプレートは荷重が減って浮き上っていた筈である。氷河期を脱すると氷

床は急激に消失し、凹んでいたプレートは元の形に戻ろうとして隆起し始めた。スカンジナビアや

ハドソン湾の海岸地域では、図 ??(a) の写真のように、今は隆起してしまった過去の海岸線が台地として残っていて、隆起の時間変化を追いかけることができる。図 9(b)は、こうしたデータから推定された過去の氷床の高さと海水準の時間変化と、それらに基づいて計算した海岸隆起の歴史

と実際のデータとを比較したものである。1万年前の海岸線が現在は 200m近くも高い所にあり、平均の隆起速度が年2 cmにもなることがわかる。

氷床はとうに消失したのに、海岸線が未だ隆起し続けているのは、マントルの粘性がきわめて

高いからである。氷床が無くなったとき、凹んでいたプレートはその弾性によって直ぐに元に戻ろ

うとする。しかし、その下のマントルは1万年のスケールでは流体として振舞い粘性によってゆっ

くり凹みを解消しようとするので、プレート変形の回復が遅れるのである。この回復遅れを測るこ

とによって、マントルの粘性を見積もることができる。見積った粘性は、溶けた溶岩の粘性よりも

15桁も高く、更に下部マントルに入ると数十倍も増加する。「流れる固体」とはいっても、マン

トルはきわめて流れにくいのである。図 9(b) の実線は、マントルの粘性がこのように高いものであるとして理論的に計算した海岸線隆起の歴史である。観測とよく合っているのが見て取れる。但

し、海岸線の高さを計算するとき、氷床消失 → 荷重減少 → 陸地隆起、という効果と、氷床消失

→ 海水増大 → 海水準上昇、という効果の2つが考慮されている。図 6(e) の計算ジオイドが観測ジオイドとよく合っているのも、下部マントルの粘性が上部マントルの粘性より 30倍高いと仮定したからであり、もし上部マントル・下部マントルの粘性が同じだとすると、これほどよい一致は

得られない。

これまでの議論で明らかになったマントル対流の最も基本的なパターンを図 10に示す。互いに対極にある中央太平洋域とアフリカ域の下で、マントルの底から巨大上昇流が湧きあがり、地表に

近付くと水平流となって周囲に広がり、両極からの水平流がぶつかり合う環太平洋域から垂れ幕の

ようにして下降していく。プレートテクトニクスの世界の下では、こんな雄大な対流が起きている

13

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ことに思いを馳せて欲しい。マントル上昇流は基本的には柱状であり、地球表面を線状に延々と連

なる中央海嶺とは明らかに異なる。一方、下降流は環太平洋に垂れ幕状に沈み込んでおり、プレー

トの沈み込み帯と一致する。次節で議論するように、マントル下降流の実体は沈み込むスラブその

ものと考えてよい。

Lambeck and Johnston (1998)

図 9: スカンジナビア半島の過去1万年の隆起の歴史.(a)氷床消失による海岸隆起.写真の場所はスウェーデンのEastern Gotland.ここでは今も年2mmの速度で上昇が続いている.(b)氷床の高さと海水準の歴史(左図:何れも推定値で現在をゼロとしている)及び海岸線隆起の歴史(右図:過去の海岸線が現在どの高さにあるかを示す).場所はスウェーデンのAngerman 川の河口.Turcotte, D.L. and G. Schubert, Geodynamics-Applicationof continuun physics to geological problems, John Willy & Sons, New York, 1982.Lambeck, K. and P. Johnston, The Earth’s Mantle: Composition, Structure andEvolution, (Jackson, I., ed.), Cambridge University Press, Cambridge, 1998.

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Busse (1983)

図 10: マントル対流の最も基本的なパターン.マントルの底から巨大上昇流が中央太平洋域とアフリカ域に向かって湧き上がり,環太平洋域から巨大下降流がコア・マントル境界に向かって沈み込む.Busse, F.H., Geophys. Res. Lett., 10, 285-288,1983.

15

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0.3 マントルはめぐる

 図 6(c)と図 10を比較したとき、中央太平洋の下とアフリカの下の地震波の低速度異常が柱状のマントル上昇流を意味し、環太平洋の高速度異常が垂れ幕状の下降流を意味していることは

前節で述べた。けれども図 6(c) は地球の断層写真としては最も初期のもので、図 7 のように最近ではずっと解像度の高い写真が撮られるようになった。また図 10はマントル対流の最も基本的なパターンを示しただけで、実態はもっとずっと複雑な筈だ。本節では最近の地球断層写真に基づい

て、できるだけマントル対流の実態に迫ってみよう。

図 11は最近の断層写真の一例で、トンガ海溝を横切って仏領ポリネシアのムルロア島付近を通過する断面を示す。中央太平洋域にあると推測されるマントル上昇流が、仏領ポリネシア直下のコ

ア・マントル境界から立ち上がる低速度異常として映し出されている。この低速度異常は弧を描い

て上昇し、上部マントルと下部マントルの境目付近で強度を増している。これは、マントル上昇流

が上部・下部マントル境界付近で滞留する傾向があることを示唆するものかもしれない。一方、同

じ断層写真に、環太平洋下にあると推測されるマントル下降流が、トンガ海溝から沈み込むスラブ

の高速度異常としてイメージされている。このスラブの高速度異常は海溝より海側では地表に沿う

プレートの高速度異常として連続し、太平洋プレートの沈み込み現象そのものが見えていることが

わかる。高速度異常域に見られる数多くの白丸は、沈み込むスラブの中で起こる深発地震の震源を

表す。沈み込むスラブは、深発地震の発生域(深さ 700km以浅)を越えて更に先まで伸びていることがわかる。但しスラブは下部マントル深くまで潜り込めず、上部・下部マントル境界の少し下

で水平に横たわってしまっている。ブレン (1963)は、深さ 400kmから 1000kmの範囲をマントル遷移層と呼んだが、ここでスラブが横たわる現象は、第 4 章で述べるように、トンガに限らず環太平洋で普通に見られることである。

何故、沈み込んだスラブが遷移層の中で横たわろうとするのだろうか? 0.2 節で述べたように、マントルの粘性は上部・下部マントル付近で 20倍から 30倍も増加する。そのため、スラブは下部マントルへの突入に対して抵抗を受けることは間違いない。しかし、それだけでは不充分である

ことも指摘されている。より重要なのは、上部マントルの主要鉱物である「かんらん石」(オリビ

ン)が深さ 700km付近で分解してしまうことである。「かんらん石」は緑色の透明な石で、その宝石名を「ペリドート」という。上部マントルは、宝石の敷き詰められた美しい世界なのだ。かんら

ん石は、深さ 400km付近の圧力でより高密度な構造に変化する(相転移)。更に深さ 700km付近に相当する圧力をかけると、もっと高密度な2つの鉱物に分解してしまう(相分解)。この、かん

らん石がかんらん石として存在できず分解してしまう深さをもって、マントルを上部と下部とに分

けるのが普通である(第 3 章)。この境界は地震が起きる・起きないの境目でもある。

厳密なことを言うと、かんらん石が相転移や相分解を起こす圧力(深さ)は温度(地温)によっ

て多少異なる。第 3 章で詳述するように、沈み込むスラブは周囲のマントルよりも冷たいため、深さ 400km付近では周囲よりも浅い場所で相転移を起こし、深さ 700km付近では周囲よりも深い場所で相分解を起こす。つまり、沈み込むスラブは、深さ 400km付近では周囲に先んじて重い物質に転移するのに対し、700km付近では周囲に遅れて重い物質に分解することになる。深さ 700kmで起きていることは、スラブの沈み込みにとっては大変困ったことである。ここでは周囲の方がス

ラブよりも重く、スラブは沈み込むどころか逆に浮き上がろうとする事態が生じるからである。か

んらん石の相分解は、マントル対流が上部・下部マントル境界を突き抜ける運動を妨げようとする

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働きをするのである(第 3 章)。

P+(PP-P)

図 11: 地震波(P波)トモグラフィーによる断面図(上図).断面はトンガ海溝を横切って仏領ポリネシアのムルロア島付近を通過する(下図).青は地震波が平均よりも早く伝わるところ,赤は平均より遅く伝わるところ.太平洋プレートがトンガ海溝から沈み込む様子と,マントル上昇流がコア・マントル境界から仏領ポリネシアに向かって湧き上がる様子が見て取れる.

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相分解がどのくらい対流のさまたげになるかは、相分解に伴ってどれだけ密度が増えるか、また

相分解の圧力(深さ)がどれだけ温度に敏感か、に依存する。かんらん石に関する相平衡実験とマ

ントル対流の数値実験の結果によれば、マントルの深さ 660 kmにおける相境界は、図 8(a) のように対流をそのまま通過させるわけではなく、かといって図 8(b) のように対流の通過を遮断するわけでもない。むしろ図 8(a) の1層対流と図 8(b) の2層対流の狭間に存在する独特な対流が起きている可能性が高い。その特徴は、① 普段は下降流・上昇流とも相分解層を余り突き抜けるこ

とができず2層対流に近い状態が実現、② その結果、下降流域では冷たく重い流体が相分解層の

上に溜まり、上昇流域では暖かく軽い流体が相転移層の下に溜まって、重力的に不安定な状態が進

行、③ そしてついに溜まっていた重いものが一気に落下し、軽いものは一気に浮上して短期間に

上下の物質が入れ替わり、④ その後はまた2層対流に近い状態が復活、⑤ 以後、このプロセスが

間欠的に繰り返されることである。このシナリオに従えば、スラブがマントル遷移層に横たわる傾

向があるのは、現在が ① あるいは ④ の状態にあるからだ、ということになる。

Grand et al. (1997)

B

図 12: 地震波(S波)トモグラフィーによる中米の断面図.すでに下部マントルに落下したスラブ(ファラロンプレート)が高速度異常として見られる.Grand et al. 1997

そうだとすると、既に下部マントルに落下してしまったスラブが地震波トモグラフィーで見つ

かってもいい筈である。事実、図 12 (中米海溝を横切る断層写真)には、マントル最下部まで届くようなスラブが映し出されている。このスラブは、今は地表から姿を消したファラロンプレート

( p4 図 2 )の残骸で、現在は地表のプレートとは独立に下部マントルを沈降しつつあると考え

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られている。もし、これが本当に重力不安定を起こして下部マントルに落下したスラブであるとす

ると、地球は ③ に相当する地学的事件を過去に経験したことになる。更にこうした事件が局所に

留まらずグローバルに一斉に起これば、地球規模のプレート運動にもその影響は現れる筈である。

Eocene Plate Reorganization

Ligthgow-Bertelloni and Richards (1998)

図 13: 過去のプレート運動の復元図(数字の単位は百万年. プレートの名前については p4 図2 を見よ. 5000万年前以前と 4000万年前以降とではプレート運動のパターンが大きく異なる. 5000 万年前から 4000 万年前にかけて起きたプレート運動の変化は「始新世プレート大再編」と呼ばれている. Lithgow-Bertelloni, C. and M.A. Richards, Rev.Geophys., 36, 27-78, 1998.

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地球規模でのプレート運動の非連続的変化として有名なのは、今から4千万年から5千万年前

に起きた「始新世プレート大再編」と呼ばれるイベントである。図 13 に、今から 5600万年から2500万年前までの(ホットスポット系における)プレート運動史を示す。0.1 節で触れたように、地球最大のプレートである太平洋プレートは、4300万年前に非連続的に、その運動方向を北向きから西向きに変化させている。しかしこの時代、非連続的に変化したのは太平洋プレートだけでは

ない。それまで独立なプレートだったインドプレートとオーストラリアプレートが合体して、イン

ド・オーストラリアプレートという単一のプレートになった。この合体に伴って、インドプレート

の運動速度は半減し、オーストラリアプレートの運動速度は急増した。それまで南北アメリカの下

に沈みこんでいたファラロンプレートが南北2つのファラロンプレートに分裂し、南ファラロンプ

レート(ナスカプレート)の南米プレートへの相対速度が半減した。こうしたプレート運動の変化

に伴って、それまでの沈み込み帯に代わって新しい沈み込み帯が生まれたり、長らく活動を停止し

ていたスラブが沈み込みを再開したりした。

この「始新世プレート大再編」と呼ばれる時代、地球の中ではその他にも不思議なことが起きて

いる。それは「極移動のヘアピンターン」と呼ばれている現象である。現在、磁極は北極(平均自

転軸)から 10ほどずれているが、これは磁極が北極に対してフラフラ運動しているためで、10万年から 100万年の範囲で平均すれば両者は一致する。平均自転軸の方向は角運動量の保存則により過去から現在を通じて宇宙空間に固定されているから、磁極の方向も時代によらず宇宙空間に

固定されていると考えてよい。過去の磁極は岩石の磁気を測ることによって求めることができる。

図 14 の丸印は、アフリカ大陸の岩石から求めた磁極の位置を時代毎にプロットしたものである。時代が古くなるにつれて磁極が、今の磁極からだんだん移動していっているのがわかる(極移動)。

もっとも実際に磁極がこれだけ動いたという訳ではない。アフリカプレートが磁極に対して遠ざ

かったり近付いたりするだけでも、見掛け上、極移動が生じるからである。アフリカプレートの

(ホットスポット系における)運動はよくわかっているので、この見掛けの極移動は計算すること

ができる。図 14の逆三角印はこうして計算した極移動の軌跡であるが、実測による極移動の軌跡(丸印)とは明らかに一致しない。この不一致は真の極移動と呼ばれ、ホットスポット系が自転軸

に対して移動していることを意味する。真の極移動は、丸印の軌跡から逆三角印の軌跡を差し引い

た残りの四角印の軌跡によって表わされ、1億1千万年前から4千万年前までの角距離 20の真の極移動に対して、4千万年前から現在までは逆方向に角距離 12の真の極移動が起きている。この4000万年前の事件は「真の極移動のヘアピンターン」と呼ばれ、マントル深部が全体として大きく運動方向を変化させたことを示唆している。

以上まとめると、今から 4000万年から 5000万年前、① プレート運動が地球規模で大再編を起

こし、② 再編に伴って新しい沈み込み帯が生まれたり、古い沈み込み帯が活動を再開し、③ それま

で沈み込んでいたスラブの多くが地表のプレートから切り離されて下部マントル中を落下し始め、

④ マントル深部が全体として地球の回転軸に対して大きく運動方向を変えているのである。これ

ら一連の現象は、遷移層に溜まっていたスラブの重力不安定的な落下がきっかけで起きたものかも

しれない。メカニズムはともかくとして、「始新世のプレート大再編」事件は、マントル対流が定

常的なものではなく時として非連続的に変化しうること(第 3 章)を示す良い例である。

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Duncan and Richards: HOT SPOT VOLCANISM

図 14: アフリカ大陸の岩石から求めた過去2億年の古地磁気極の位置.円の中心は現在の北極を表わす.三角印は実際の測定から得られた古地磁気極の軌跡(観測されたみかけの極移動).丸印はホットスポット系に対するアフリカプレートの運動によって生ずる理論的なみかけの極移動.四角印は観測されたみかけの極移動から理論的なみかけの極移動を差し引いた残りを表わす(真の極移動).それぞれの軌跡には 2000万年毎にドットが打ってあり,極移動の大体の移動速度がわかるようになっている.Duncan, R.A.and M.A. Richards, Rev. Geophys., 29, 31-50, 1991.

マントル対流が時として非連続的に変化する証拠は他にもある。上に述べたように、かんらん石

の相分解に伴う対流は時間的に著しい間欠性を示し、ときに上から下へあるいは下から上へ大量の

マントル物質が相境界を横切って運ばれる。特に上昇域の上部マントルには、このとき深部の熱い

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マントル物質が大量に運び込まれるので、間欠的に火山活動が地球規模で活発化することが予想さ

れる。実際、そうしたイベントの証拠が太平洋の海底には残されている。p7 図 5 が示すように、仏領ポリネシア及びその周辺には、ホットスポット火山が異常に多く分布する。また、同地域は南

太平洋海膨と呼ばれ、周囲と比べて海底が異常に盛り上がっていることで知られる。これらの異常

現象は、仏領ポリネシア地域を湧き出し口とするマントル上昇流(図 11 )がもたらす現象と考えられている。実は、このマントル上昇流の勢いが、1億年前には今よりずっと激しかった証拠があ

る。

図 15 の海底地形図を見ると、太平洋の海底の西半分は東半分と比べてはるかに地形が凸凹している。この凸凹地形は、海山と呼ばれる海底死火山や海台と呼ばれる海底火山台地が太平洋の西半

分に集中していることが原因である。こうした地形のかなりの部分はホットスポット海山列に属す

るものであるが、西太平洋にはそれでは説明できない大規模な海台・海丘がたくさんある。なかで

もニューギニアの西北西に位置するオントンジャバ海台は、面積的にオーストラリア大陸の四半分

を超えるとてつもなく巨大な火山台地である。オントンジャバ海台以外にもその東にマニシキ海

台、北には、マーカス・ウエーキ海山群とウエーキ・ネッカー海嶺、更にその北にはシャツキー海

丘など、西太平洋の海底は海台や海丘でボコボコになっていると言ってよい。これら海台や海丘が

生まれたのは、今から大体1億年前(8千万年から1億2千万年、シャツキー海丘が少し古く1億

4千万年頃)で、それぞれ生まれた場所から延々プレートに乗って現在の場所に辿りついたのであ

る。そこでそれぞれの誕生地を逆算すると、皆共通して今の仏領ポリネシアとその周辺地域に決

まる。この地域で1億年ほど前、今のホットスポット火山活動よりもはるかに大規模な火山活動が

あって、それが海底に大量の火山台地や火山島を作り出したことは間違いないと思われる。

図 15: 太平洋の海底地形.東半分の海底地形が比較的一様でスムーズなのに対し西半分は海山や海台でゴツゴツしている.

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1億年前というと白亜紀、恐竜の全盛期である。図 16は、この時代、火山活動が如何に活発だったかを示す。海洋地殻は中央海嶺のマグマ活動の結果であるが、その生産率がこの時代極大となっ

た。地下のマグマ活動である火成活動もピークを迎えた。(恐らく噴火活動によって)大気中の二

酸化炭素の量が極大になり、(恐らく温室効果によって)白亜紀の超温暖期と呼ばれる温暖な気候

が出現した。プレートの冷却率が鈍り、また温暖化によって氷床が消失し、そのため海水準が極大

に高くなった。この白亜紀における地球規模の火山活動と超温暖化が、仏領ポリネシア地域を目指

して上昇するマントル流の活性化によるもの、という説を提えたのはアメリカ・ロードランド大学

の R.Larson(1991)である。Larsonは、間欠的に勢いを増したときのマントル上昇流にスーパープルームという名を付けて、地球の歴史と環境変遷におけるスーパープルームの重要性を指摘した。

東京大学の丸山茂徳は、急激なマントル下降流もスーパープルームに含めて、10億年スケールの地球の進化・テクトニクスにおいてはスーパープルームこそが本質的な役割を果たすとする「プ

ルームテクトニクス」説を提唱している。詳細はともかく、上部・下部マントル境界がマントル対

流に大きな役割を果たし、その定常性と非定常性、2層対流性と1層対流性の間を微妙に調整して

いることは、ほぼ疑いないことと思える。

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海保 (1993)

図 16: 地球環境6億年の歴史.地球環境の指標である気温・海水準・大気中の二酸化炭素量・火成活動・海洋地殻生産率に,今から1億年前に共通して極大が見られる(白亜紀超温暖期). (海保邦夫,月刊地球,17, 482-489, 1995.)

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第1章 極移動とプレート運動

 あとで見るように、プレート運動はしばしば自転軸に依拠して議論される。この自転軸と地球

に固定された座標系との関係について少し考えてみよう。地球に外部からトルクから働かない限

り、全角運動量ベクトルは保存され、従ってその軸は宇宙空間中に固定されている。地球の自転軸

は長時間平均を取ればこの角運動量軸に一致していると考えてよい。質量重心を原点に取って、地

心距離を r, 緯度を φ, 経度を λとして重力ポテンシャルを表すと (Lambeck, 1980 ),

U(r, φ, λ) =GM

r

1 +

∞∑n=2

n∑m=0

(Re

r

)n

[Cnm cos(mλ) + Snm sin(mλ)]Pnm(sinφ)

(1.1)

ここで G は万有引力定数、M は地球の質量、Re は赤道半径、Cnm, Snm は degree n, order m

のストークス係数である。ストークス係数は次の式で定義される。Cnm

Snm

=

1MRe

n (2 − δm0)(n−m)!(n+m)!

∫M

r′nPnm(sinφ′)

cos(mλ′)sin(mλ′)

dM (1.2)

但し、(r′, φ′, λ′)は質量要素 dM の位置を示す。

ストークス係数の中で最も重要なのは C20 で、その大きさは 10−3 の程度である。他の係数は

たかだか C202 の程度であり、地球の形の球対称からのズレとしては、自転による赤道方向への膨

らみが他を圧していることがわかる。Degree-2 のストークス係数は、2階の慣性モーメントテンソルと次のように結ばれる:

C20 = −I33 −I11+I22

2

MRe2

C21 = − I13

MRe2

S21 = − I23

MRe2 (1.3)

C22 = −I11 − I22

4MRe2

S22 = − I12

2MRe2

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問題1 2階の慣性モーメントテンソルは以下のように定義される。これより上式 (1.3)を証明せよ。

Iik =∫

M

[xl

2δik − xixk

]dM (1.4)

I11 =∫ (

y2 + z2)dM

I22 =∫ (

z2 + x2)dM

I33 =∫ (

x2 + y2)dM

I12 = I21 =∫

(−xy) dM

I13 = I31 =∫

(−xz) dM

I23 = I32 =∫

(−yz) dM但し

z = r sinφ

x = r cosφ cosλ

y = r cosφ sin λ

また Pnmは anguler order n, azimuthal order mの Legendre の陪関数で

P20(x) =12

(3x2 − 1

)P21(x) = 3x

(1 − x2

) 12

P22(x) = 3(1 − x2

)である。

ここで、重力と人工衛星の軌道とから C20の大きさは

C20 = − (1082.63 ± 0.01) × 10−6 (1.5)

と求められている。一方、地球が静水圧平衡にあるとした場合の C20は

C20HE = − (1072.19 ± 0.45) × 10−6 (Jeffreys, 1963 )

−1073.65 × 10−6 (Gaputo, 1965 ) (1.6)

と見積もられている。従って、C20の静水圧平衡値からのズレは、

∆C20 = C20 − C20HE

= −10.35 × 10−6 for Jeffreys’ value

−8.98 × 10−6 for Gapto’s value (1.7)

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となる(但し潮汐の補正を加えた)。∆C20が自転軸に垂直な面で切ったとき円形の膨らみを表す

のに対し、C22, S22 は楕円形の膨らみを表す。後者の値は

C22 = (1.54 ± 0.04) × 10−6

S22 = (−8.84 ± 0.04) × 10−7 (1.8)

と得られている。

∆C20と C22, S22との大小を比較するためには (1.1)式の球面調和関数を fully normalize する必要がある( fully normalize された球面調和関数は、その2乗の球面積分値を全球面積で割った値が1に等しい)。Fully normalize された球面調和関数を用いた場合のストークス係数は、(1.7)と(1.8)の値をそれぞれ

√5 と

√512 で割ったものとなる。即ち、

∆C ′20 = −4.68 × 10−6 (Jeffreys)

or −4.02 × 10−6 (Gapto)

C ′22 = 2.39 × 10−6

S′22 = −1.37 × 10−6√

C ′22

2 + S′22

2 = 2.75 × 10−6 (1.9)

これからわかるように、∆C ′20はC ′

22, S′22よりもその絶対値が大きい。MacDonald (1966), McKenzie

(1966)は、この差が、現実の地球が静水圧平衡状態よりも余分に赤道方向に膨れていることを意味すると考え、この余分の膨れは、自転速度の変化に地球の応答がついていけないためと考えた。地球

の自転は月の潮汐力の影響で時代と共に遅くなっている。自転による膨らみは、この自転速度の変

化に直ぐに対応できずに、一昔前の静水圧平衡の形を保つための現象と考えたのである。McKenzie(1966)によれば、このような遅れを生じさせるには、上部マントルの粘性率 1022 − 1023Pa·s(この値は post-glacial upliftから推定されている)に対して、下部マントルの粘性率は、1027 Pa·sのオーダーでなければならないとした。即ち、下部マントルの粘性率は上部マントルの粘性率と比べ

て、4桁から5桁も大きいことが必要とされたのである。

しかし Goldreich and Toomre (1969)は、∆C ′20が C ′

22, S′22と比べて特に異常なわけではないこ

とを指摘した。実際、

∆C ′20 : C ′

22 : S′22 = −4.3 : 2.4 : −1.4

という比は、静水圧平衡からのズレが、軸対称というよりは典型的に triaxialであることを物語る。Goldreich and Toomre (1969)によれば、重要なのはこの triaxialな形状において、最大の非静水圧慣性モーメント軸が自転軸と一致している点である。Goldreich and Toomre (1969)は、この2つが何故一致するかを古典力学における断熱不変量の概念を用いて説明した。

地球は、第ゼロ近似では回転する剛体と見なせるが、地質学的時間スケールでは流動し、慣性

モーメントの各成分も時間と共にゆっくりと変化する。そこで地球を、回転する quasi-rigid bodyであると見なし、その(重心に対する)主慣性モーメントを、

I1(t) I2(t) I3(t)

27

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とする。ここで、主慣性モーメント軸 x1, x2, x3の回りの回転角速度と角運動量をそれぞれ

Ω1(t) Ω2(t) Ω3(t)

H1(t) H2(t) H3(t)

と置くと、角運動量は回転角速度と次のように結ばれている。

Hi(t) = Ii(t)Ωi(t) + hi(t)   ; i = 1, 2, 3 (1.10)

マントル物質は時間と共に主慣性モーメント軸(時間と共に変化)に対してゆっくり流動してい

るから、その運動に伴って角運動量が生ずる。この角運動量が hi(t)である。空間に固定された座標系で見れば、全角運動量H は不変であるが、地球と共に回転する主慣性モーメント軸系で見れ

ば、Hは

dHdt

= H×Ω (1.11)

なる方程式に従う。ここで H = |H |と置いて、

Ai(t) =Hi(t)H

αi(t) =hi(t)H

(1.12)

を定義すると、(1.10)式は

Ωi(t) = (Ai(t) − αi(t)) × H

Ii(t)(1.13)

と変形される。これを (1.11)式に代入すると、Aに関する方程式

dAdt

= A× [D(t) A− α(t)] (1.14)

が得られる。但し、D(t)は対角テンソルで

D(t)ij =(

H

Ii(t)

)ij

δij (1.15)

Aは主慣性モーメント軸に固定された単位球上の全角運動量ベクトル(自転軸の長時間平均に一致すると考えてよい)の軌跡ベクトルを表す。この軌跡ベクトルAを x3軸を極軸とする極座標

(θ, φ)で表すと

A3 = cos θ

A1 = sin θ cosφ (1.16)

A2 = sin θ sinφ

ここで、一般化座標 qと一般化運動量 pを

q = φ

p = H (1 − cos θ) (1.17)

と定義し、この qと pを用いて Aを表現し、その Aを用いて系のハミルトニアンを

H(q, p; t) = HA · D(t) (A − 2α(t))2

(1.18)

28

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と定義する。上式において、Aは qと pで表現されており、時間 tを露わに含むパラメタは D(t)と α(t)であることに注意。但し、剛体回転では αは常にゼロであり、D(t)は時間に不変な単位行列となる。ハミルトニアンを上のように定義すると、軌道ベクトルの運動は正準方程式:

dq

dt=

∂H

∂p

dp

dt= −∂H

∂q(1.19)

によって記述される。実際、(1.16)-(1.18)式を (1.19)式に代入することにより、軌道運動の方程式(1.14)を導くことができる。

問題2 ハミルトニアンが (1.18)式より下記のように表わされることに注意して上記を証明せよ。

H = H D11A1(A1 − 2α1) +D22A2(A2 − 2α2) +D33A3(A3 − 2α3)また∂H

∂p=

(∂H

∂A1

)(∂A1

∂p

)+

(∂H

∂A2

) (∂A2

∂p

)+

(∂H

∂A3

) (∂A3

∂p

)∂H

∂q=

(∂H

∂A1

)(∂A1

∂q

)+

(∂H

∂A2

) (∂A2

∂q

)

ここでハミルトニアン H(q, p; t)の時間変化は、

dH

dt=

∂H

∂t+∂H

∂q

dq

dt+∂H

∂p

dp

dt

であるが、正準方程式 (1.19)を考慮すると

dH

dt=

∂H

∂t(1.20)

となる。剛体回転の場合のように、H(q, p; t)が時間 tに露わに依存しない場合は上式右辺はゼロ

となる。即ち、H = E(const) であり、これはエネルギー保存則に他ならない。実際の地球では、ハミルトニアンは時間に依存するパラメタD(t)と α(t)とを含んでおり、エネルギーは保存されない。しかし、これらパラメタの時間変化は非常に緩やかなものであり、その時間スケールよりもは

るかに短い時間帯においては、これらパラメタは一定であり、H = E(const)とみなすことができる。このとき、与えられた Eに対して pは qの1価関数となり、(q, p)面上に閉曲線を描く。時間帯が変って Eの値が少し変ると、この閉曲線の形もまた変る。しかし古典力学の教える所によれ

ば、閉曲線内の面積:

J =∮p dq (1.21)

は、Eが変っても不変に留まる(断熱不変量)。

ここで pを qの関数と見る代わりに、(1.17)式に戻って θを φの関数と見なして、断熱不変量 J

を書き表すと、

J =∮p dq = H

∮(1 − cos θ)dφ = H

∮ ∫ θ

0

sin θ′dθ′dφ (1.22)

29

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となる (H = const)。ここで (θ, φ)は単位ベクトルA(t)の単位球面上の位置を示し、sin θdθdφは、その周りの微小面積 (微小立体角)を表す。今、短い時間帯を考え、Eを指定すると、A(t)の軌跡(θ, φ)は単位球面上で閉曲線を描く。(1.22)式は、時間帯が変わり(Eの値が変り)閉曲線の形が

変化しても、閉曲線内の面積(閉曲線を見こむ立体角) JH は不変に留まることを示す。即ち、ある

とき全角運動量ベクトル Aと最大主慣性モーメント軸 (x3 軸)とが一致していたとすると、その

後時間と共に慣性モーメントの分布が変化したとしても両者は一致し続けるのである。従って、あ

るときAの単位球面上の位置に×印をつけておくと、その後×印はAの位置からズレていく。この現象を(真の)極移動と呼ぶ。

仮に実際の地球において、あるとき静水圧平衡が成り立っていて、最大主慣性モーメント軸と全

角運動量軸とが一致していたとしよう。その後、マントル対流によって、この最大主慣性モーメン

ト軸とは全く異なる方向に非静水圧最大主慣性モーメントが生じたとしよう。後者は大きさとして

は前者よりはるかに小さいから、両者を合わせた最大主観性モーメント軸は静水圧最大主慣性モー

メント軸にきわめて近いが、ともかく全角運動量軸はこの両者を合わせた最大主観性モーメント軸

に付いて移動する。地球は液体地球として、移動した全角運動量軸に応じた新しい静水圧平衡の形

を取り、従って静水圧最大主慣性モーメント軸は再び全角運動量軸に一致する。すると静水圧と非

静水圧とを合わせた最大主慣性モーメントは非静水圧主慣性モーメント軸にまた少し近付く。この

一連のプロセスは、結局、全角運動量軸及び静水圧最大主慣性モーメント軸が非静水圧最大主慣性

モーメント軸に一致するに到るまで続くことになる。現実の地球においてこれら3つの軸が一致し

ているのは偶然のことではなく必然の結果であり、それは大規模な極移動を伴うものであるという

のが、Goldreich and Toomre (1969)の主張である。彼等の指摘は非常に重要であるが、非静水圧慣性モーメントを生じるマントル対流のプロセスは、液体地球として静水圧平衡の形を取るプロセ

スと比べて、その時定数がずっと長いとする仮定がなされていることに注意する必要がある。

引用した文献

1. Lambeck, K., The earth’s variable rotation, Cambridge University Press, 1980.Jeffreys (1963) と Capto (1965) はこの教科書からの孫引き

2. Goldreich, P., and A. Toomre, Some remarks on polar wandering, J. Geophys. Res.,74,2555-2567, 1969.

3. MacDonald, G.J.F., The figure and long-term mechanical properties of the Earth,In Ad-vances in Earth Sciences (e.d. P.M. Hurley), pp.199-245, MIT Press, Cambridge, Mass.,1966.

4. McKenzie, D.P., The viscosity of the lower mantle, Geophys. J., 14, 297-305, 1966.

地球自転減速の地質学的証拠

1. Williams, G.E., Geological constraints on the Precambrian history on Earth’s rotation andthe Moon’s orbit, Rev. Geophys., 38, 37-59, 2000.

さて、これで理論的には「大規模な(真の)極移動は起こりうる」ということがわかったが、現

実の地球では、どの程度の(真の)極移動があったのだろうか。この議論をするためには、プレー

ト運動とホットスポットの知識が必要である。ただ、これらについては既に教科書も多く出されて

いるので、ここでは単に論文名と図を示すだけにする。

30

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Hotspots of upper mantle origin

1. Wilson, J.T., A possible origin of the Hawaiian Isalands, Can. J. Phys., 41, 863-868, 1963.2. Wilson, J.T., Evidence from ocean islands suggesting movement in the Earth, Philos. Trans.

R. Soc. London, Ser. A., 258, 145-165, 1965.(上記論文から図2枚を引用:p32)

Hotspots of lower mantle origin

1. Morgan, W.J., Convection plumes in the lower mantle, Nature, 230, 42-43, 1971.(上記論文から図1枚を引用:p32)

2. Morgan, W.J., Deep mantle convection plumes and plate motions, Am. Assoc. Pet. Geol.Bull., 56, 203-213, 1972.(上記論文に依拠して図1枚を作成:p33)

Flood basalts, hotspots and their review

1. Richards, M.A., R.A. Duncan and V.E. Courtillot, Flood basalts and hotspot tracks: Plumeheads and tails, Science, 246, 103-107, 1989.

2. Cambell, I.H., R.W. Griffith, and R.I. Hill, Melting in an Archaean mantle plume: Headsits basalts, tails its komatiites, Nature, 339, 697-699, 1989.

3. Duncan, R.A., and M.A. Richards, Hotspots, mantle plumes, flood basalts and true polarwonder, Rev. Geophys. 29, 31-50, 1991.(上記論文から図3枚を引用:p33, p34)

Present-day plate motions in the NUVEL1 model

1. DeMets, C., R.G. Gordon, D.F. Argus, and S. Stein, Current plate motions, Geophys. J.Int., 101, 425-478, 1990.(上記論文から表2枚、図1枚を引用:p35, p36)

2. Gripp, A.E., and R.G. Gordon, Current plate velocities relative to the hotspots Incorporatingthe NUVEL-1 global plate motion model, Geophys. Res. Lett. 17, 1109-1112, 1990.(上記論文から表2枚、図1枚を引用:p36, p37)

3. DeMets, C., R.G. Gordon, D.F. Argus, and S. Stein, Effects of recent revisions to thegeomagnetic reversal timescale on estimates of current plate motions, Geophys. Res. Lett.,21, 2191-2194, 1994.

31

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Wilson (1963)

Wilson (1965)

Morgan (1971)

F

図 1.1: The origin of hotspots.

32

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Duncan and Richards (1991)

Morgan(1972) より作成

図 1.2: The origin of hotspots. Flood basalts and hotspots

33

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Duncan and Richard (1991)

図 1.3: Flood basalts and hotspots.(continued )

34

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DeMets, Gordon, Argus and Stein (1994)

図 1.4: Present-day plate motions in the NUVEL1 model.

35

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DeMets, Gordon, Argus and Stein (1990)

Gripp and Gordon (1990) Gordon and Jurdy (1986)

図 1.5: Present-day plate motions in the NUVEL1 model.(continued )

36

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Gripp and Gordon (1990)

Gripp and Gordon (1990)

図 1.6: Present-day plate motions in the NUVEL1 model.(continued )

37

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ホットスポットとは上昇マントル物質の熱いプルームが地表に作り出す孤立火山のことである。

プルームの上をプレートが移動するのに応じて、活火山はそのプレート上の位置を変え、ハワイ火

山島列―天皇海山列のような死火山の列を作る。世界のホットスポット分布の位置関係は時代と共

にほぼ不変に保たれ、プルームを通じてマントル深部に固定されていると考えられている。このた

めプレート運動を記述するにあたって、ホットスポット分布はマントル深部に依拠した座標系を提

供する。一方、地球の自転軸もプレート運動に対して一種の座標系の役割を果たすと考えられる。

地球の外核は粘性のきわめて低い溶融金属鉄のため、その時々の自転軸に固定されて地球磁場を作

ると考えてよい。即ち、過去の双極子磁極と自転軸(全角運動量軸)とはほぼ同一方向と見なせる。

問題3 p34図 1.3 Fig.3において Tristan Hotspotに着目せよ。Tristan Hotspotの活動は、125Maの洪水玄武岩の噴出により始まった。この洪水玄武岩の名残はアフリカ大陸には Etendeka Basaltとして、南米大陸には Parana Basaltとして残されている。現在のホットスポットは大西洋中央海嶺の東に位置するトリスタン島にある。島の東にはWalves Ridgeと呼ばれるホットスポット軌跡がトリスタン島からアフリカに向かって連続的に続いている。一方、島の西側の

ホットスポット軌跡は島から直接には延びず、Rio Grande Riseと呼ばれるホットスポット軌跡とトリスタン島との間には中央海嶺をはさんで断絶がある。またプレートの中央海嶺から

の拡大は中央海嶺に直交する方向に起こる筈なのに、Walves Ridgeは中央海嶺から斜交して北東に延び、Rio Grande Riseも中央海嶺から斜交して北西に延びている。これらの事実を総合して過去 125Maのアフリカプレートと南米プレートの運動を Tristan Hotspotに依拠して記述せよ。

ヒント:ridge のある場所 P において相対する2つのプレート A,Bの絶対運動速度を VA, VB

とすると、Bプレートの Aプレートに対する相対速度は VA − VBで、このベクトルの方向は

ridge の走向に直交する。また ridge の絶対移動速度は (VA+VB)2 で与えられる。

自転軸に対してホットスポット系が動かない場合、ホットスポット・トラックに沿って伏角の測

定から得られた古緯度は、島に依らず(島の年代に依らず)一定の値となる。逆に、古緯度が時間

と共に系統的な変化を示す場合は、マントルが全体として自転軸に対して運動していることにな

る。ハワイのホットスポット・トラックを例に取ると、現在のホットスポット(ハワイ島)の位置は

(19.0N, 204.0E)、50Maの年代の島の位置は (37.0N, 171.0E)、50Maの磁極の位置は (71.0N,354.0E)、50Maにおけるホットスポットの緯度は 18.0、この古緯度と現在のホットスポットの緯度とのズレ 1 が(真の)極移動を表す (Hargraves and Duncan, 1973 )。Hargraves and Duncan(1973)はこの方法を用いて、8つのホットスポットにおいて(真の)極移動を求めた。彼らはこうして求めた極移動が、互いに規則的なことに着目した。彼らによれば、マントル全体が、(25N,30E)を極として 50Ma の期間に 12.1だけ(上から見て)時計回りに回転したとすると、全体を統一的に説明できる(図 1.7)。

同じ頁に Courtillot and Besse (1987)の3つの図を掲げる。Fig.1はアフリカ大陸で採取された岩石の年代と伏角とから求めた過去2億年の古磁極の軌跡で、「見かけ」の極移動を表す。ここで

「見かけ」という理由は、アフリカプレートが磁極と異なるオイラー極の周りを回転する場合は、

(真の)極移動がなくても、見かけ上、極移動が生じるからである。ただアフリカ大陸にだけ限る

と、時代的に連続した岩石試料を得ることは難しい。そこで、各大陸の古地磁気データをプレー

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ト相対運動の知識を用いてアフリカ大陸のデータに変換して、それら全てから「見かけ」の極移

動を求めたのが Fig.2 である。Fig.1 と似ているがより高解像度の軌跡が得られている。この測定された「見かけ」の極移動には、(真の)極移動とアフリカプレートの回転運動によって生ずる見

かけの極移動の両方が含まれている。後者は、ホットスポット座標系におけるアフリカプレートの

回転運動がわかれば計算できる。 Fig.3には、測定された「見かけ」の極移動が丸印で、アフリカプレートの回転運動によって生ずる見かけの極移動が三角印で表されている。両者の差(四角印)

が、ホットスポット系の自転軸に対する移動(真の極移動)を表していると考えられる。110Maから 150Ma までは殆ど真の極移動がなかったことに注意。

Hargraves and Duncan (1973)

Courtillot and Besse (1987)

Courtillot and Besse (1987)

図 1.7: 真の極移動

39

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問題4 図 1.7 Fig.3において、ホットスポット系に対しては自転軸(北極)は2億年前から現在までどのように移動したと考えればよいか。

 

引用した文献

1. Hargraves, R.B., and R.A. Duncan, Does the mantle roll?, Nature, 245, 361-363, 1973.2. Courtillot, V., and J. Besse, Magnetic field reversals, polar wander, and core-mantle cou-

pling, Science, 237, 1140-1147.

以下に、Duncan and Richard (1991)に従って過去2億年の極移動をまとめる。

現在 ― 40Ma

12の真の極移動:赤道上東経 60を極として(40Maから現在まで)ホットスポット系が時計周に(大西洋側から太平洋側へ)12回転

40Ma

真の極移動のヘアピン・ターン

太平洋プレートの突然の運動方向変化 (43 Ma)インド及びアフリカ/アラビアのユーラシアへの衝突

40Ma ― 110Ma

20の真の極移動上記とほぼ同じ位置を極として(110Maから 40Maまで)ホットスポット系が反時計周りに(太平洋側から大西洋側へ)20回転

110Ma ― 170Ma

極移動無し

地磁気の反転頻度減少、低速プレート運動

プレートの絶対運動を記述する座標系としては、ホットスポット・フレーム以外にも mean-lithosphere frame と呼ばれるものがある。

1. Solomon, S.C., and N.H. Sleep, Some simple physical models for absolute plate motions, J.Geophys. Res., 79, 2557-2567, 1974.

2. Solomon, S.C., N.H. Sleep and D.M. Jurdy, Mechanical models for absolute plate Motionsin the earley Tertiary, J. Geophys. Res., 82, 203-212, 1977.

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プレート pとプレート qとの相対運動は角速度ベクトル ωpqによって定義される。地球中心か

らの位置ベクトル rで表されるプレート上の1点における相対速度は

vpq = ωpq × r (1.23)

回転ベクトルは加算的である。即ち、

ωpq + ωqr = ωpr (1.24)

ここでプレートに働く力 Fを考えよう

➀ プレート境界に働くプレート相互作用力

中央海嶺でプレートが離れ合う力

海溝でプレートが押し合う力

トランスフォーム断層でプレートがズレ合う力  

➁ 沈み込み帯におけるスラブ・プル

冷たいスラブの負の浮力

➂ プレートの底に働くマントル・ドラッグ

アセノスフェアがプレートの底を通してプレートに及ぼす力      

点 rに働く力 Fに伴うトルク T は

T = r× F (1.25)

上記 ➀ の力 Fは、相対するプレート同士で大きさが等しく向きが反対だから、トルクの合力はゼ

ロとなる。➁ の力は、鉛直下向きで rに平行だからトルクとしてはゼロとなる。➂ の力は、ドラッ

グ力がプレート速度に比例するとすると

F = −Dω × r (1.26)

と書ける。ここで比例係数 Dは drag coefficient と呼ばれる。このドラッグ力に伴うトルクは

T = r× F = −Dr × (ω × r) (1.27)

となる。ここでプレートが加速されずに定常運動するためには、このトルクを全プレートにわたっ

て積分したものがゼロとならなければならない。

T =∑

plate p

∫dA [Dr× (ωp × r)] = 0 (1.28)

ここで ωpは固定座標系におけるプレート pの角速度ベクトルである。ここでプレート同士の相対運動を記述する角速度ベクトル ωpmを用いて ωpを表すと、

ωp = ωpm + ωm (1.29)

但し

ωmm = 0 (1.30)

41

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Drag coefficient Dは場所に依らず一定とすると、

∑plate p

∫dA [r× (ωpm × r)] +

∫dA [r× (ωm × r)] = 0 (1.31)

上式は ωmに関する方程式であり、一旦、ωmが得られれば、(1.29) 式により全プレートの絶対運動を知ることができる(図 1.8)。こうして得られた絶対運動の座標系は、mean-lithospherereference frame と呼ばれる。このモデルは、プレート全体のネットの回転は無いとするモデルであり、Solomon, Sleep and Jurdy (1977) によれば、プレートの root-mean-square (rms) 速度

vrms =[

14π

∫ π

0

∫ 2π

0

v2(β, ψ)dψ cosβdβ] 1

2

(1.32)

を最小にするモデルでもある(もっともらしいが確かめてない,深尾)。ここで βは緯度、ψは経

度である。hotspot frame におけるプレート運動(p37 図 1.6 )と、mean-lithosphere referenceframeにおけるプレート運動(図 1.8)とはかなり似ていることに注意。

Solomon, Sleep and Jurdy (1977)

図 1.8: mean-lithosphere reference frame におけるプレート運動

 

問題5 プレート相対運動に同じモデルを用いた場合、hotspot frameにおけるプレート運動と、mean-lithosphere reference frameにおけるプレート運動の違いは、1つの回転ベクトルで表わされることを示せ。仮にこの違いが、測定の誤差や仮定の不確定さによるものでないとすると、こ

の違いは何を意味すると考えられるか。

42

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図 1.9: ホットスポット系におけるプレート運動史

43

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図 1.10: ホットスポット系におけるプレート運動史 continued

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図 1.11: 時代毎の veq(θ)

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プレート運動と自転軸との間の奇妙な関係を指摘したのは Gordon and Jurdy (1986)である。彼らは先ずホットスポット系におけるプレート運動史(新生代)を復元した(図 1.9, 図 43)。つぎに各時代におけるプレート運動の rms 速度の緯度依存性を調べるため、次ぎのような量を定義した。

veq(θ) =

[1

4π sin θ

∫ θ

−θ

∫ 2π

0

v2(β, ψ)dψ cosβdβ

] 12

(1.33)

veq(θ)は、赤道をはさんで緯度が −θと θの範囲の平均プレート速度を意味する。veq(90)は vrms

に等しい。図 1.11 Fig.7は、時代毎に veq(θ)を θの関数として示したものである。図 1.11から以下のことがわかる。

1.新生代を通じて veq(θ)の形は殆ど同じで、常に赤道域のプレート速度は極域のプレート速度より大きかった

2.プレート速度は全体として、48Maを境にして急減した。これは 50Maから 40Maにかけて起きたプレート運動のグローバルチェンジ (Eocene plate reorganization)と軌を一にする

図 1.11 Fig.7 は、自転軸の周りでは赤道域が最もプレート速度が大きいことを示す。 Gordonand Jurdy (1987)は次ぎに、自転軸の代わりにどのような軸を取れば、(その軸に依拠した)赤道域のプレート速度が最も大きくなるかを調べた。図 1.11 Fig.9は、この軸が 64-56Maには自転軸から 50以上もずれていたこと、それが時代と共に自転軸に近付き現在は殆ど自転軸と一致していること、を示す。この軸の移動は、赤道上の東経 60度を極とする時計周り(大西洋側から太平洋側)の回転として近似でき、hotspot系の自転軸に対する移動と方向としては一致する。この一致は、プレートの全体的運動とマントル深部の全体的運動と自転軸との間に何らかの関連があること

を示唆する。こうした関連はありえないことではない。何故なら、沈み込み帯とホットスポットは

共にマントル深部とつながっており、また両者の集中域は共にジオイド異常(次章参照)を伴う場

所として主慣性モーメント軸と関連しているからである。

Gordon and Jurdy (1987) は更に、(1.31) 式に基づいて計算した mean-lithosphere referenceframe と hotspot frame との違いを比較した(図 1.12)。Fig.12 は、ホットスポット系に対する mean-lithosphere reference frame の動きを示したものである(三角印)。現在を基準として、mean-lithosphere frame の極は 65Maには 85.1N, 179.6Eの位置にあったことがわかる。Mean-lithosphere の極はホットスポット系に対して、ごくわずかながら(65Maで約 5)時代と共にずれていくことがわかる。

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Gordon and Jurdy (1986)

図 1.12: mean-lithosphere reference frame と hotspot frameとの違い

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第2章 水平質量異常によって駆動されるマントル流

本章では簡単のためマントルをニュートン粘性流体とみなす。ニュートン粘性流体においては、

せん断応力はせん断歪速度に比例し、その比例係数は粘性率(単位は Pa·s)と呼ばれる。マントルの粘性率は 1021Pa·s程度と見積もられているが、これは例えば玄武岩マグマの粘性率と比べて15桁以上も大きい。このように粘性率の高い流体の運動はきわめてゆっくりしたもので、運動方程式において加速度項(慣性力項)は無視することができる。この場合、流体がどんな対流運動を

するかを、Richards and Hager (1984)に従って議論する。

2次元座標 (x, y)においてy 軸を鉛直下向きに取り、密度 ρと粘性率 ηが一様なマントル流体

が半無限 (y > 0)に広がっているものとする(図 2.1 手書きの図)。点 (x, y)における流体の速度ベクトルの x成分を u(x, y) 、y成分を v(x, y)としよう。今、y = Hから H+ δHの薄層 (δH H)に正弦関数的な質量異常:

m(x) = mH cos(kx) (2.1)

が与えられたとする (mH > 0)。ここで、kは質量異常分布の波数を表し (kH 1)、波長 λとは

k = 2πλ の関係にある。すると薄層の cos(kx) > 0の部分は周囲より重いため沈降し、cos(kx) < 0

の部分は周囲よりも軽いため隆起する。薄層の沈降・上昇に伴い、それぞれを下降流域・上昇流域

とする対流運動が発生する(図 2.1 Fig.3 )。

Richards and Hager (1984)

図 2.1: 質量異常分布による対流運動の模式図

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今、薄層に流入してきた流体には単位深さあたり m(x)δH の質量異常が付与され、流出していく流

体からはそれが除去されて、結局、薄層の質量異常は流れによって運ばれることなく、常に (2.1)式の形に保たれると考えよう。すると、薄層に質量異常が与えられて十分時間がたった後には、定

常的な対流運動が実現するであろう。上昇流域では流れに押されて地表は膨らみ、逆に下降流域

では流れに引き込まれて凹み、地表には時間に依らない地形が生じる(図 2.1 Fig.3)。以下では、(2.1)式の質量異常によってどのような対流が定常的に起こるか、それによって地表にどのように凸凹が生じるかを考えよう。

非圧縮性流体の連続の式は

∂u

∂x+∂v

∂y= 0 (2.2)

と書ける。また、慣性項を無視した高粘性流体の運動方程式は

∂τxx

∂x+∂τxy

∂y= 0

∂τyx

∂x+∂τyy

∂y+ ρg = 0 (2.3)

と書ける。ここで τxx, τxy(= τyx), τyyは応力テンソルを表し、ニュートン粘性流体の場合は、歪速

度テンソルと

τxx = −P + 2η∂u

∂x

τyy = −P + 2η∂v

∂y(2.4)

τyx = η

(∂u

∂y+∂v

∂x

)

なる関係(構成則)にある。但し、P は圧力である。(2.4)式を (2.3)式に代入し (2.2)式を利用すると

−∂P∂x

+ η

(∂2u

∂x2+∂2u

∂y2

)= 0

−∂P∂y

+ η

(∂2v

∂x2+∂2v

∂y2

)+ ρg = 0 (2.5)

が得られる。ここで

P = ρ0gy + p

ρ = ρ0 + ∆ρ (2.6)

と置くと、(2.6)の1番目の式の右辺第1項は静水圧、第2項は流れによって生じた圧力を表す。但し、gは重力加速度である。(2.6)の2番目の式の第1項は流体の密度で、第2項は薄層で付加される密度異常を表す。薄層の外では ∆ρ = 0である。(2.6)式を (2.5)式に代入すると

−∂p∂x

+ η

(∂2u

∂x2+∂2u

∂y2

)= 0

−∂p∂y

+ η

(∂2v

∂x2+∂2v

∂y2

)+ ∆ρg = 0 (2.7)

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が得られる。定常運動を仮定すると、流体の表面における境界条件は

v = 0

τxy = 0 at y = 0 (2.8)

であり、流体の底における境界条件は底が無限に遠くにあるとして

u → 0

v → 0 as y → ∞ (2.9)

となる。問題は、流体運動の駆動源が (2.1)式で与えられるとして、(2.2)の連続の式と (2.7)の運動方程式とを (2.8)(2.9)の境界条件の下で解くことにある。

今、(2.1)式にならって、各速度成分、応力成分を次ぎのように書き表す。

u(x, y) = U(y) sin(kx)

v(x, y) = V (y) cos(kx)

p(x, y) = P (y) cos(kx)

τxx(x,y) = Τxx(y) cos(kx) (2.10)

τyy(x,y) = Τyy(y) cos(kx)

τxy(x,y) = Τxy(y) sin(kx)

これら表現を (2.2)(2.7)式に代入すると以下の式が得られる。

kU (y) + V ′(y) = 0

kP (y) + η[−k2U(y) + U”(y)

]= 0 (2.11)

−P ′(y) + η[−k2V (y) + V ”(y)

]+ ∆ρ(y)g = 0

ここで ∆ρ(y)が y = Hから H + δH までの薄層の間でだけゼロでないことに着目して、(2.11)の3番目の式の両辺を yに関して H から H + δHでの範囲で積分する。

−[P (H + δH) − P (H)] + η

∫ H+δH

H

[−k2V (y) + V ”(y)]dy + g

∫ H+δH

H

∆ρ(y)dy = 0 (2.12)

上式において δH → 0の極限を考え、y = H の面を通して速度 vと応力 τxy とが連続であるとい

う条件を課す。この条件は

V+(H) − V−(H) = 0

V ”+(H) − V ”−(H) = 0 (2.13)

と等価である(2番目の式は τxy の定義式 (2.4),(2.10)及び連続の式 (2.2),(2.11)から導くことができる)。但し、V−は y < H における V (y)を意味し、V+は y > H における V (y)を意味する。(2.13)の境界条件より、δH → 0の極限において (2.12)式は

P+(H) − P−(H) = mHg (2.14)

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と簡単化される。結局、(2.11)式は y < H と y > Hとに分けて書くと、それぞれ

kU−(y) + V ′−(y) = 0

kP−(y) + η[−k2U−(y) + U”−(y)] = 0 (2.15)

−P ′−(y) + η[−k2V−(y) + V ”−(y)] = 0

kU+(y) + V ′+(y) = 0

kP+(y) + η[−k2U+(y) + U”+(y)] = 0 (2.16)

−P ′+(y) + η[−k2V+(y) + V ”+(y)] = 0

となる。y = 0における境界条件 (2.8)は

V−(0) = 0

U ′−(0) − kV−(0) = 0 (2.17)

y → ∞での境界条件 (2.9)は

  U+(y) → 0

V+(y) → 0 as y → ∞ (2.18)

と書くことができる。y = Hにおいては、(2.13)(2.14)式以外にもう1つ、速度 uが連続という境

界条件を課す。

U+(H) − U−(H) = 0 (2.19)

(2.15)(2.16)式において、それぞれ U−, P−, U+, P+を消去すると

V ””−(y) − 2k2V ”−(y) + k4V−(y) = 0

V ””+(y) − 2k2V ”+(y) + k4V+(y) = 0 (2.20)

が得られる。この微分方程式の一般解は

  V−(y) = (A+By) exp(ky) + (C +Dy) exp(−ky)  V+(y) = (E + Fy) exp(−ky) (2.21)

の形を取る。但し、V+に関しては (2.9)の境界条件が考慮されている。ここで境界条件 (2.13),(2.17),(2.19)を用いると、係数 Bを用いて他の係数を

   A

B= −1 + kH

kC

B= −A

B=

1 + kH

kD

B= 1 (2.22)

E

B=

(1 + kH)− (1 − kH) exp(2kH)k

F

B= 1 − exp(2kH)

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のようにして求めることができる。更に境界条件 (2.14)を用いると、係数 Bが

B = −(mHg

)exp(−kH) (2.23)

と得られ、ここに全ての係数が求められたことになる。

問題6 式 (2.22),(2.23)を証明せよ。

問題7 2次元非圧縮性流体に対して流線関数 (stream function)ψは

u = −∂ψ∂y

v =∂ψ

∂x

で定義される。2点A,Bにおける ψの値を ψA, ψBとすると、ψB − ψAは Aと Bとを結ぶ(任意の)線分を横切って流れる単位時間あたり(z方向には単位厚さあたり)の流量を表わ

す。従って ψ = constの点を連ねた線はそれに沿っては流れが平行するという意味で流線と

呼ばれる。式 (2.22)(2.23)で表わされる流れ場において深さ H の水平質量分布の波数を kと

して、κ = kHの値を1つ指定して流線のコンターマップ(流れ図)をコンピューターシミュ

レーションせよ。

得られた係数を用いて地表における normal stress τyy を表現すると

τyy(x, 0) = mHg(1 + kH) exp(−kH) cos(kx) (2.24)

となる。地表の変形を δy(x, 0)として、それによる浮力が上記 normal stress とバランスすると考えると、τyy(x, 0) = ρgδy(x, 0)が成り立つ。即ち、

δy(x, 0) =(mH

ρ

)(1 + kH) exp(−kH) cos(kx) (2.25)

δy > 0は地表の凹、δy < 0は凸を意味する(地表が凸のとき地表荷重を受けて y = 0面には圧縮の normal stress(τyy < 0が働く)。質量異常の存在する深さに比べて、その水平波長がずっと長いとき(kH 1)、(2.25)式は (2.1)式を用いて

ρδy(x, 0) = m(x) (kH 1) (2.26)

と変形されるが、これは地表の質量欠損と深部の質量過剰とが相等しいという所謂アイソスタシー

の関係に他ならない。マントル内に流れがなく質量異常を物質の強度で支えている場合には、(2.25)あるいは (2.26)式のような地表の凸凹は生じない。

上の議論では、質量異常として y = H の面に集中した波数 kの正弦分布を考えたが、より一般

的には、上で得られた式をmH →MH(k, y)dkdyと置き換え、kと yについて積分する形にすれば

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よい。このときmH とMH は次元は同じであるが、物理的意味は異なり、MHは単位波数・単位

深さあたりの質量を表す。これまでの議論でやや人為的な感じがするのは、水平方向の質量異常分

布がどの深さにおいても定常的に保たれるという仮定、即ち、MH(k, y)は時間的に不変に保たれるという仮定である。例えば、ある深さの薄層に突然、(2.1)式のような質量分布が発生したとすると、周囲より重くなった部分は下降を始め、軽くなった部分は上昇を始め、全体として薄層はた

わみ始める筈である。これまでの取り扱いではたわみが生じないように、y = Hから y = H + δH

の層に入ってきた流体には強制的に密度異常を付加し、出ていく流体からは強制的に密度異常を除

去したが、実際の地球では無論そんなことは起きていない。地球の場合、このような近似が許され

るかどうかを少し検討してみよう。

今、(2.1)式のような質量異常分布が時刻 t = 0の瞬間に階段関数的に与えられたする。もしその後もこの質量異常分布が、これまで仮定してきたように、定常的に保たれるならば、τ という特性

的な時間の後には定常的な対流が実現するであろう。もちろん、実際の地球では質量異常分布は流

れに乗って移送され、薄層はゆがむ筈である。しかし、もし対流の流れが遅く、従って時間 τ の間

に起こる薄層のゆがみが十分小さければ、これまでの「質量異常分布は定常的に保たれ薄層はゆが

まない」とする仮定がほぼ成立すると考えてよい。そこで先ず、特性時間 τ を見積もってみよう。

時刻 t = 0の瞬間に (2.1)式のような質量異常分布が与えられたとき、最終的には地表面の起伏は(2.25)式のようになるのだが、その途中の時刻 tにおいて起伏面は、

 δy(x, 0; t) = δy(x, 0)[1 − exp

(− t

τ

)](2.27)

の形を取ると予想される。ここで特性時間 τ の大体の値を次元解析により見積もってみよう。τ の

値には、起伏の水平波数である kのほか、粘性率 η、重力加速度 gと密度 ρが関与すると考えられ

るので、

τ = kαgβργηδ (2.28)

の形を仮定する(本来なら τには薄層の深さHも関与する筈であるが、ここでは簡単のため kH 1の場合を考え、その関与を無視した)。(2.28)式において、基本次元として時間 [T]、長さ [L]、質量 [M]を取り、各パラメタの次元

τ : [T ]

k : [L]−1

g : [L][T ]−2

ρ : [M ][L]−3

η : [M ][M ]−1[T ]−1

を (2.28)式に代入すると、最も簡単な組み合わせとして α = 1, β = −1, γ = −1, δ = 1が得られる。即ち、

τ =2ηkρg

(2.29)

但し、係数の 2 は次元解析からは求められず、高粘性流体の運動方程式を解いて得られるものである。特性時間 τ に密度と重力加速度とは ρgの形で効いてくるが、これは関与する力が浮力であ

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ることから予め予想されたことである。

(2.29)式にマントルの代表的な値として、g =9.8 m/s2, ρ =3500 kg/m3, η = 1021Pa·sを代入し、地表変形の波長として λ = 2π

k = 1000 kmを考えると、τ = 11, 000年が得られる。これはマントル対流の時間スケール1億年と比べれば一瞬とも言える時間であり、マントルの流れに対して地表

面は殆ど瞬間・瞬間に追従していると考えてよい。またマントル対流のスピードは、仮にプレート

運動速度の上限値を採用したとしても 10cm/年ときわめて遅く、時間 τ の間に流体素片が移動す

る距離はたかだか 1km程度でしかない。これは薄層の変形波長(1000km以上)に比べてはるかに小さな移動量で、例え薄層内の質量異常分布が流れに乗って移動したとしても、その間の薄層の

変形は殆ど無視できることを意味する。1億年スケールのゆっくりしたマントル対流においては、

瞬間瞬間の流れ場や地表面の起伏は、駆動源である質量異常分布が定常的に保たれると仮定して計

算してよいのである。地震波トモグラフィーからマントルの質量異常分布を推定し、そこから更に

マントルの流れを推定する場合、このように定常的な質量異常分布・定常的なマントル流を仮定す

ることが殆どである。

図 2.2: 対流運動による重力異常の計算

地震波トモグラフィーから推定したマントルの流れをチェックするのに、地表で観測された重力

異常あるいはジオイドと比較することがしばしばある。上に求めた対流運動が地表にどのような重

力異常をもたらすかを考えよう。図 2.2 Xに関しては x = x′から x′ + dx′まで、zに関しては z′

から z′ + dz′までの y = 0面に凝縮した質量要素 σ(x′)dx′dz′が点 (x, y, 0)に引き起こす重力異常の鉛直成分は、万有引力の法則を用いて

δg(x, y) = G · x′ σ(x′)dx′dz′

R2· H − y

R(2.30)

と書ける。但し、Gは万有引力定数で、R =√

(x′ − x)2 + (H − y)2 + (z′)2 は質量要素の地点(x′, 0, z′)と観測点 (x, y, 0)との間の距離である。(2.30)式を 先ず z′に関して −∞ から +∞まで積分すると x′ の位置にある線質量による重力異常が得られる、次に σ(x′) = mH cos(kx′)と置いて x′に関して −∞から +∞まで積分すると (2.1)式の質量異常による重力異常が求められる。

gm(x, y) = 2πGmH cos(kx) exp[−k(H − y)] (2.31)

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当たり前のことながら、正の質量異常 (cos(kx) > 0) は下向きの重力異常 (gm > 0)をもたらす。一方、(2.31)式において H = 0と置き、更にmH cos(kx) = m(x) = −ρδy(x, 0)として δy(x, 0)に(2.25)式を代入すると、対流による地形が作り出す重力異常:

gt(x, y) = −2πGmH(1 + kH) exp[−k(H − y)] cos(kx) (2.32)

が得られる。正の質量異常 (cos(kx) > 0)による流れは地表に凹み (δy > 0)を作り、それは上向きの重力異常 (gt < 0)をもたらす。両方の効果を併せると

ga(x, y) = gm(x, y) + gt(x, y)

  = −2πGmH(kH) exp[−k(H − y)] cos(kx) (2.33)

となる。(2.33)式が示すように、深さHにある正の質量異常 (cos(kx) > 0)はそれを駆動源とするマントル対流を考慮すると、意外にも上向きの重力異常 (ga < 0)を作り出すのである。

問題8 以下の公式を利用して式 (2.31)を証明せよ。

∫(x2 + c)

−32 dx =

x

c(x2 + c)12∫ ∞

0

cos(ax)(b2 + x2)

dx = π exp−|a|

2b

但し b > 0

これまで y = 0面における重力異常を計算したきた。その意味は地表が凹に変形した場合は理解しやすいが、凸に変形した場合は多少理解しづらい。ちょっと考えると、凸変形の場合は、地球物

質が y = 0面よりも上に存在するためその影響で y = 0面では上向きの引力が働くように思える。しかしここでの議論では、地表変形の影響を y = 0面にへばりついた質量異常として評価しており、測定は y = 0面にへばりついた質量異常の直上で行っていると考えるべきなのである。

地下に質量異常がないときの重力加速度 goを標準重力加速度と呼び、ここでは yに依らず一定

と仮定する(値は約 9.8ms−2)。goは標準重力ポテンシャル Vo(y)の鉛直勾配として表される:

go = −∂Vo

∂y(2.34)

この式を yについて積分し、地表 y = 0でのポテンシャルの値をゼロとすると、

Vo(y) = −goy (2.35)

が得られる。これからわかるように、地下に質量異常がないとき重力の等ポテンシャル面(いわゆ

る水平面)は y =一定 の面となる。以下では、Vo(y) = 0の等ポテンシャル面(y = 0の平面)を地球表面を表す標準のポテンシャル面と見なすことにする。

深さ H に質量異常があり、それによってマントル対流が駆動されて地表に凸凹が生じる場合、

重力異常 gaと関わってポテンシャル異常 Vaが発生する:

ga(x, y) = −∂V(x, y)∂y

(2.36)

55

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上式の左辺に (2.33)式を代入し、yについて積分し、mH = 0のときのポテンシャル異常の値をゼロとすると、

 Va(x, y) = 2πGmHH exp[−k(H − y)] cos(kx) (2.37)

が得られる。全重力ポテンシャルは

V (x, y) = Vo(y) + Va(x, y) (2.38)

となる。このとき V (x, y) = 0を表す等ポテンシャル面は標準ポテンシャル面からどのようにずれるだろう? この問いに答えるために (2.38)式を y = 0の近傍で展開してみよう。

V (x, y) = Vo(0) + y∂Vo

∂y

∣∣∣∣y=0

+ Va(x, 0) + y∂Va

∂y

∣∣∣∣y=0

右辺第1項は恒等的にゼロで、第4項は第2項・第3項に比べて無視できるほど小さいから、結

局、(2.38)式は

V (x, y) = −goy + 2πGmHH exp(−kH) cos(kx) (2.39)

と近似できる。従って、V = 0の等ポテンシャル面は

y = 2πGmHH

goexp(−kH) cos(kx)       

となる。ここで yは、実際の水平面が標準のポテンシャル面から上下にどれだけずれているか示す

量である。ジオイド ∆N は、この yにマイナスをつけて、等ポテンシャル面が凸に変形する場合

を正の異常、凹に変形する場合を負の異常と呼ぶようにしたものである。即ち、

 ∆N(x) = −2πGmHH

goexp(−kH) cos(kx) (2.40)

(2.40)式から、地下の正の質量異常 (cos(kx) > 0)とそれによる対流効果とを併せると、ジオイド異常は負となることわかる。質量異常がごく浅い所にある場合 (H → 0)には、ジオイド異常はゼロとなることに注意。なお、測量によって得られる標高はジオイドを基準とした測量地点の高さを

表わすものであり、y = 0の標準ポテンシャル面(3次元地球の場合は正規楕円体面)からの高さではないことに注意。

深さ H にある質量異常が直接もたらすジオイド異常は

∆No(x) = +2πGmH

k

goexp(−kH) cos(kx) (2.41)

と表される。ここで

  K(k,H) =∆N∆No

= −kH (2.42)

は、ジオイド・カーネルと呼ばれる量で、深さHにある波数 kの質量異常に対するジオイドのレス

ポンスを示す。K = 1は、剛体地球のレスポンスであり、K = kH は均質流体地球のレスポンス

を表す。もし、深さHを境にして粘性率 ηが異なる場合は、当然Kの形は (2.42)式と異なり、場

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合によっては符号すら反転する。図 58には、均質流体地球と非均質地球(粘性率に 30倍のコントラストがある場合)とで、ジオイドのレスポンスが凹凸逆になることが図示されている (Richardsand Hager, 1984; Hager, 1984)。ジオイドの測定法にはいくつかあり、それぞれに得意とするする波長帯域がある(図 2.5, Bowin, 2000)。直接的には、海面の高度を衛星搭載のレーザーで精確に測りその長時間平均を取ることによって決めることができる (Rader Altimeter measurements)。実際の地球のジオイドは ≈ 100m程度の凸凹であるが(図 2.5)、あとで見るように、この凸凹はマントル対流の存在を考えて初めて理解可能なものである。

問題9 図 2.5 plate 1によれば地球最大の正のジオイド異常は西太平洋沈み込み帯に見られる。これがマントル内に沈み込んだ(冷たい)スラブの質量異常によるものだとして、これまでの議論

を元にマントルの粘性分布について推測できることを述べよ。

引用した文献

1. Richards, M.A., and B.H. Hager, Geoid anonalies in a dynamic Earth, J. Geophys. Res.,89, 5987-6002, 1984.

2. Hager, B.H., Subducted slabs and the geoid: constraints on mantle rhelogy and flow, J.Geophys. Res., 89, 6003-6015.

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Richards and Hager (1984)

図 2.3: 一層対流と二層対流での地形のレスポンスの違い

Geoid AnomaliesGeoid Anomalies

Hager (1984)

図 2.4: 均質流体地球と非均質地球のジオイドのレスポンスの違い

58

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図 2.5: 地球のジオイド

59

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第3章 地震波トモグラフィーとマントル物質科学

地震波トモグラフィーから 第 2 章に述べたようなジオダイナミクスの議論を展開するためには、マントル物質科学の知識が必要となる。即ち、地震波トモグラフィーから直接得られるのは、P波速度 Vp(r)からの摂動 δVp(r, θ, φ)、あるいは S波速度 Vs(r) からの摂動 δVs(r, θ, φ)であり(rは地球半径、θは余緯度、φは経度で、Vp(r), Vs(r)はレファレンスとする 1次元地球モデル)、ジオダイナミクス論に必要な密度分布 ρ(r)の摂動 δρ(r, θ, φ)ではない。

これには多少注釈が必要で、地震波トモグラフィーの手法によっては δρ(r, θ, φ)も求められる筈であり、実際そうした試みもあるが、現時点では信頼できる解を得ることが難しい、という意味である。その難しさは、1次元の弦の振動を考えることによって直感的には理解することができる。1次元の弦の振動は、弦の密度を ρ、張力を T、位置 xにおける時刻 tの変位を uとすると、次ぎの運動方程式に従う。

ρ∂2u

∂t2=

∂x

(T∂u

∂x

)(3.1)

ここで ρ = ρo + δρ(x), T = To + δT (x)と置くと、

∂2u

∂t2= c2 ∂2u

∂x2+

1

ρo

∂δT

∂x

∂u

∂x− 1

ρo

δρ

ρo

∂δT

∂x

∂u

∂x(3.2)

但し

c2 =

√T

ρ=

√To + δT

ρo + δρ(3.3)

は弦の波動の伝播速度である。(2.2)式右辺の第2項において、δT (x)の変化は考えている波長の範囲では無視できるくらい緩やかなものだとすると、この項を無視することができる。第3項は、第2項に δρ

ρoを乗じたものであり当然無視することができる。こうした近似の下では、(2.2)

式は通常の波動方程式に還元され、δρ(x)の影響は伝播速度 cを通してのみ現れることになる。δT (x)の変化を無視できない場合でも、δρ(x)の第3項を通しての影響は依然として無視することができ、その影響は伝播速度 cを通してのみ現れる。弦の端における境界条件も、通常は固定端(変位 u = 0)とか自由端(traction = T ∂u

∂x= 0)とかによって記述されるので、境界条件

を通じて密度の摂動が方程式の解に露わに入って来ることはない。こうした事情は、地震波トモグラフィーにおいて地震波速度の摂動を求めることに比べて、密度の摂動を求めることの難しさを物語る。

地震波速度の異常 δVp(r, θ, φ)あるいは δVs(r, θ, φ)を密度の異常 δρ(r, θ, φ)に換算するとき、地震波速度の異常が温度の異常によるものと考えるか、組成の異常によるものと考えるかで結果は大

きく異なる。本講義では、温度の異常 δT (r, θ, φ)の影響のみを考えることにし、先ず、「地震波速度異常→温度異常→密度異常」の換算に重要な貢献をした Karato (1993)の仕事を紹介する。

引用した文献

1. Anderson, O. L., Equation for thermal expansivity in planetary interiors, J. Geophys. Res.,72, 3661-3668, 1967.

60

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2. Anderson, O. L., D. Isaak and H. Oda, High-temperature elastic constant data on mineralsrelevant to geophysics, Rev. Geophys., 30, 57-90, 1992.

3. Chopelas, A., Sound velocities of MgO to very high compression, Earth Planet. Sci. Lett.,114, 185-192, 1992.

4. Chopelas A., and R. Boehler, Thermal expansivity in the lower mantle, Geophys. Res. Lett.,19, 1983-1986, 1992,

5. Duffy, T. S., and T. J. Ahrens, Thermal expansion of mantle and core materials at very highpressures, Geophys. Res. Lett., 20, 1103-1106, 1993.

6. Jackson, I., and S.M. Rigden, Composition and temperature of the Earth’s mantle: Seismo-logical models interpreted through experimental studies of Earth materials, in The Earth’sMantle, Composition, Structure, and Evolution, ed. Jackson, I., pp.566, Cambridge Univ.Press., New York, 1998.

7. Kanamori, H., and D.L. Anderson, Importance of physical dispersion in Surface-wave andfree-oscillation problems, review, Rev. Geophys. Space Phys., 15, 105-112, 1977.

8. Karato, S., Importance of anelasticity in the interpretation of seismic tomography, Geophys.Res. Lett., 20, 1623-1626, 1993.

9. Yuen, D. A., O. Cadek, A. Chopelas and C. Matyska, Geophysical influences of thermal-chemical structures in the lower mantle, Geophys. Res. Lett., 20, 899-902, 1993.

10. 唐戸俊一郎、レオロジーと地球科学、243頁、東大出版会、東京、2000.

Seismic tomography → Temperature distributionδVV δT

δT (r, θ, φ) =

(∂ ln ρ∂ ln V

)P

α

δV

V(r, θ, φ)

where α = −(

∂ ln ρ

∂T

)P

: thermal expansion coefficient

問題は、地震波の速度異常比 δ V (r,θ,φ)V (r) から温度異常 δT (r, θ, φ)への換算式:

δT (r, θ, φ) = −f(r)δV (r, θ, φ)

V (r)(3.4)

において、換算ファクター f(r)を如何に求めるかである。いわゆる Birch の法則(岩波地球科学講座第 2巻, 1978)によれば、マントル鉱物の平均原子量Mは 20から 22の範囲にあり、この範囲の鉱物に関して

Vp = −1.87 + 3.05ρ

なる1次の関係がよい近似で成立する(Vpの単位は km/s, ρの単位は g/cm3)。例えば、Mg2SiO4

の平均原子量は、(2×24.3 +28.3 +4×16)/7 = 20.13gであり、Mg2SiO3の場合は 20.12で、MgO

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の場合は 20.15である。上式より更に一般的には

Vp = a(M) + bρ

が成立する。これらの式は、化学組成は不変(平均原子量は不変)で温度 T だけが変化する場合、

弾性波速度Vが密度 ρを通して変化することを示唆する(必ずしも1次の関係である必要はない)。

この場合、 (∂ lnV

∂T

)P

=(

∂ lnV

∂ ln ρ

)P

(∂ ln ρ

∂T

)P

が成立するので、換算ファクター f(r)は、

f(r) = − 1(∂ ln V

∂T

)P

=1α

(∂ ln ρ

∂ ln V

)P

(3.5)

となる。但し、

α = −(

∂ ln ρ

∂T

)P

(3.6)

は熱膨張係数で、下添字の pは圧力一定での偏微分を意味する。(

∂ ln ρ∂ ln V

)pは、(圧力一定下で温度

変化がもたらす)密度変化と地震波速度変化との比を表す無次元量である。Yuen et al. (1993)は、ペリクレス(酸化マグネシウム)MgOに関する室内実験の結果を用いてを推定した。

MgOの熱膨張係数については Duffy and Ahrens (1993)の測定結果がある。彼らは MgOについて衝撃波圧縮実験を行い、図 3.1 Fig.1のようなHugoniot Curveを得た。衝撃波圧縮実験では、試料の端を試料の弾性波速度より速い速度で叩くことにより試料中に衝撃波を送り込み、衝撃波

通過速度 (shock velocity) U と通過前後の試料の粒子速度 uoと uH を測定すれば、質量と運動量

の保存則から、通過前の試料の圧力 Poと密度 ρoとを用いて、通過直後の圧力 PHと密度 ρH とを

求めることが出来る (岩波地球科学講座第 2巻,1978)。横軸に密度を取り縦軸に圧力を取るグラフにおいて1回の測定から、(ρH , PH)なる1点が決まる。端を叩く速度を変えるとまた別の1点が求まる。こうして得られた各点を連ねてできる曲線が Hugoniot Curve である (図 3.1 Fig.1)。各点における温度は Rankine-Hugoniot の状態方程式と熱力学の知識とを用いて推定することができる (岩波地球科学講座第2巻,1978)が、直接測定も可能である。Duffy and Ahrens (1993)は直接測定された温度 TH を用いて、圧力 PH における熱膨張係数 αを次式により求めた(圧力範囲は

170-200 Gpa、温度範囲は 3100-3700 K)。

α =ln ρo

ρH

TH − To(3.7)

但し、ρoは常温 (To =300 K)、常圧における密度である。図 3.1 Fig.3に、こうして得られた αが

圧力の関数としてプロットされている。常圧における三角印は、常温 (300 K)と高温 (2000 K)における測定値である。同図にはいくつかの理論曲線(実線・点線)、モデル理論値(四角印)が示

されている。その中で最も単純な理論曲線は、δT = constと書かれた曲線である。この式は、熱

膨張係数 αの圧力微分と等温非圧縮率KT の温度微分とをつなぐ熱力学的な関係式:(∂α

∂P

)T

=1

KT

(∂ lnKT

∂T

)P

(3.8)

但し KT = ρ

(∂P

∂ρ

)T

(3.9)

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を用いるものである。

Duffy and Ahrens (1993)

図 3.1: MgO の熱膨張係数

問題 10 式 (3.8)を証明せよ

ここで、Anderson-Gruneisen parameter:

δT =(

∂ lnKT

∂ ln ρ

)p

= − 1α

(∂ lnKT

∂T

)p

(3.10)

が温度圧力に依存しないとする仮定を用いると、

α

αo=

(ρo

ρ

)δT

(3.11)

が得られる (Anderson, 1967)。 Anderson-Gruneisen parameter の Anderson は O.L. Anderson(1967)を意味するが、D.L. Anderson (1987)はこれを、DLA parameter (Dimensionless Loga-rithmic Anharmonic parameters)と呼んでいる。δT の値としては常圧高温におけるMgOの測定値である δT ≈ 5を用い、αo 及び ρoとしては常圧 2000 Kにおける実測値を用いた。この式の右辺の密度変化を図 3.1 Fig.1の状態方程式を用いて圧力変化に置き換えて表示したのが図 3.1 Fig.3の δT = constとした理論曲線である。もっとも、この理論曲線は実測値とあまり良くは合ってい

ない。しかし、Yuen et al. (1993)は、もっとずっと低圧での測定値に基づいて (3.11)式が妥当で

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あるとした Chopelas and Boehler (1992)の論文に従って、(3.11)式の α(ρ)を地球モデル ρ(r)を用いて (3.5)式における α(r)に変換した。

Chopelas (1992)

図 3.2: Yuen et al. (1993) による変換ファクター f(r)

一方、Yuen et al. (1993) は、(3.5)式の(

∂ ln ρ∂ ln V

)Pに関しては、Chopelas (1992)のMgOにつ

いての超高圧におけるスペクトロスコピックな音速測定実験の結果:(∂ ln ρ

∂ lnVs

)T

= 0.88 + 2.4 lnrho

ρo(∂ ln ρ

∂ lnVp

)T

= 0.73 + 2.4 lnρ

ρo(3.12)

を採用した(図 3.2 Fig.4 及びテーブル2段目)。もっとも、この実験で得られているのは(

∂ ln ρ∂ ln V

)T

であって、(3.5) 式において必要な(

∂ ln ρ∂ ln V

)pではない。多くの鉱物 (MgO, forsterite, Al2O3,

garnets, CaO, 等)は、常圧において(∂ ln ρ

∂ lnVs

)p

≈ 0.5 − 0.6

(∂ ln ρ

∂ ln Vp

)p

≈ 0.4 − 0.5 (3.13)

の範囲の値を取る (Anderson et al., 1992)。即ち、常圧においては(

∂ ln ρ∂ ln V

)Tと

(∂ ln ρ∂ ln V

)pとでは

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前者の方が後者より6割ほど大きい。しかし、(3.13)式における ρは一定の圧力下で

ρo

ρ(T )= exp

[∫ T

T0

α(T ′)dT ′]

(3.14)

と表され高圧ほど αが減少する(図 3.1 Fig.3)ので、両者の差は高圧になるほど小さくなる(この論理よくわからない:深尾)。こうしたことを考えて、Yuen et al. (1993)は、

(∂ ln ρ∂ ln V

)pとして

(3.12)式をそのまま用い、右辺の ρを地球モデル ρ(r)を用いて(

∂ ln ρ∂ ln V

)pの r−依存性を求めた。

このようにして得られた (3.5)式の f(r)を r の関数として示したのが、図 3.3 Fig.1 である。但し V (r)としては標準地球モデル PREMの S波速度分布を用いている。下部マントルのトップ(r =5710km)と比べて、ボトム (r =3485km)での f の値は3倍以上も大きい。これは、仮に下部

マントルのトップとボトムにおいて相対的速度異常 δV (r,θ,φ)V (r) が同じであっても、温度異常に換算

したときは下部マントルではトップに比べてボトムの方が3倍以上も大きな温度異常になることを

意味する。Yuen et al. (1993)は、(3.5)式において δ Vs(r,θ,φ)Vs(r) としては、Su and Dziwonski (1992)

のモデルを用いた。図 3.3 Fig.2は、このようにして計算した下部マントルの δT (r, θ, φ)の各深さでの δT の最大値と最小値を rの関数として示したものである。δT には、下部マントルのトップで

約 1000K,ボトムで-2000Kから+3000Kもの温度異常がある。下部マントルの最下部でのきわめて大きな温度異常は、f(r)の強い r−依存性によるものである。図 3.3 Fig.2と Fig.3は、δT (r, θ, φ)の太平洋を南北に横切る鉛直断面図とアフリカを南北に横切る鉛直断面図である。両断面図に、コ

ア・マントル境界から立ちあがる高温の上昇流が見えている(太平洋スーパープルームとアフリ

カンスーパープルーム)。太平洋断面の最高温コンターは 1900K, アフリカ断面の最高コンターは1300Kである。Yuen et al. (1993)は、こうした高温異常はいくらなんでも非現実的であると考え、900Kのコンターの内部は高温によって物質が化学変化を起こしている領域であると考えた。

しかし、このように大きな温度異常は、そもそも (3.5)式のような変換ファクターを用いたからであって、ここに根本的な問題がある可能性がある。(3.5)式は、弾性波速度異常は密度異常を通して、密度異常は熱膨張を通して温度異常に効いてくることを意味している。熱膨張という現象

は、結晶格子原子の振動を規定する原子間ポテンシャルが2次曲線で近似できない所から生じる。

図 3.4 Fig.3.13は、この原子間ポテンシャルの形を示したものである (Poirier, 1991)。T = 0Kにおいて原子間ポテンシャル Eは極小で E(T = 0), そのときの格子原子間の平衡距離は reである。

E(T = 0)の状態から少しだけエネルギーを得て、r = reのまわりで振動をする状態においてはポ

テンシャルは2次曲線で近似でき、調和振動が起こる。しかし更に温度が上昇し原子が熱エネル

ギーを得てエネルギーレベルが E(T )になると、振動は原子間距離が r1と r2の間で起こるように

なる。このとき、(r2 − re) > (re − r1)であり、伸び量のほうが縮み量よりも大きい。しかも縮みに対する復元力は、伸びに対する復元力より大きい(r = r1におけるポテンシャル曲線の勾配の方

が r = r2における勾配よりも大きい)。即ちボンドが縮み状態にある時間よりも、伸び状態にある

時間の方が長い(非調和振動)。即ち、高温ほど平均のボンド長は長くなる。これが熱膨張で、格

子原子の振動の調和振動からのズレによって生じる現象である(非調和効果)。

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図 3.3: Yuen et al. (1993) による f(r) と太平洋・アフリカプルームの温度コンター

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図 3.4: 熱膨張に伴う原子間ポテンシャルの変化

地震波速度の温度変化がこの非調和効果だけで起こるとすると、上に述べたように水平方向に不

自然に大きな温度異常が存在することになるが、それ以外にも現実と合わないことが生じる。それ

は、非調和効果だけを考えると、

R =∂ ln Vs

∂T∂ ln Vp

∂T

(3.15)

で定義される S波速度異常と P波速度異常の比 Rが現実の比を説明できないのである。図 3.5 表3-1に、実験室で得られた色々な鉱物の ∂ ln Vs

∂T の値と ∂ ln Vp

∂T 、及びその比 Rを示す(唐戸, 2000)。鉱物の種類に依らず Rの値は1に近い。一方、S波 ·P波速度同時トモグラフィーから求めた Rの

値はむしろ2に近い。例として、Masters et al. (2000)によるまとめを図 3.5 図 3-3に示す(唐戸,2000)。このまとめによれば、最上部マントルで R ≈ 1.5, 中部マントルで R ≈ 2, 最下部マントルで R ≈ 3となっており、実験室での値よりも有意に大きい。

1. Masters, G., G. Laske, H. Bolton and A. Dziewonski, The relative behavior of shear velocity,bulk sound speed, and compressional velocity in the mantle: Implications for chemical andthermal structures, p.63-87, in Earth’s Deep Interior, Mineral Physics and Tomography,From the Atomic to the Global Scale, Ed. by Karato, S., A. Forte, R. Liebermann, G.Masters and L. Stixrude, pp.289, Geophysical Monograph 117, AGU, Washington, DC,pp.289, 2000.

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図 3.5: S波速度異常と P波速度異常の比 R

図 3.6: 室温の剛性率で規格化した剛性率を、融点で規格化した温度の関数として示したもの

こうした矛盾は、地球の中では非調和効果以外の効果も働いていることを示唆する。図 3.6 Fig.9.4は、室温の剛性率で規格化した剛性率を、融点で規格化した温度の関数として示したものである

(Jackson and Rigden, 1998)。1MHzの超音波で測定した剛性率が温度と共に直線的に減衰するの

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に対して、地震波帯域 (1Hz)における剛性率は、温度が融点の半分以下では1MHzでの剛性率と変らないが、融点の半分を超えると温度と共に急激に減少を始める。1MHz における剛性率の減少は、格子原子の非調和振動の効果として理解できるが、1Hz帯域では(融点の半分を超える温度で)非弾性

(1Q

)の効果が無視できず、その分余計に剛性率が下がるのである。この非弾性効果を

巧妙な方法で (3.5)式の変換ファクターの中に取りこんだのが Karato (1993)である。

非弾性の程度を表す 1Q は地震波帯域で周波数に依らずほぼ一定とみなすことができる(例えば

標準地球モデル PREMは Vp(r), Vs(r), ρ(r)の他に、周波数に依存しない Q(r)を備えている)。 1Q

が周波数に依存しなくてもその値がゼロでない場合は、いわゆる物理分散が起きて Vp, Vsに周波

数依存性が生じる (Kanamori and Anderson, 1977)。実際、PREMの Vp, Vsは、 1Q を通じて次ぎ

のように周波数に依存する(物理分散)。

V (ω) = Vo

[1 +

1Qπ

lnω

ωo

](3.16)

但し、Voは ω = ωoにおける V (ω)の値である。ωoは 1Q = constとみなせる上限の周波数を表

し、ω > ωoでは 1Q はゼロ(減衰なし)とみなす。ω < ωoの範囲では、周波数が低くなるほど低

速度になることに注意。地球の中で広い周波数帯域にわたって 1Q = constが成立するのは、緩和

時間の異なる多くの非弾性緩和プロセスが地球の中に働いているからだと考えられている。緩和時

間 τ の緩和プロセスによる地震波減衰は、ω = 1/τ の周波数にピークを持つ 1Q スペクトルでもっ

て表される。地球の中では、多くの緩和プロセスが同時に且つ同程度の大きさで働いているため、

1/τmaxと 1/τminに対応する周波数の範囲で、 1Q はほぼ一定とみなせると考えるのである。この

とき、(3.16)式における ωoは、1/τminに対応する周波数となる。一般に温度が上がると緩和時間

は短くなる(すぐ緩和するようになる)から、ωoは高周波側にシフトし、速度低下はより高周波

側から始まることになる。即ち、ある特定の周波数 ω(< ωo)で見ていると高温になるほど速度がより低下することになる。この効果(非弾性効果)は地震波帯域で顕著であり、実験室で超音波帯

域で測っている限り(ω > ωo)現れない。

非弾性効果をもう少し定量的に見積もってみよう。以下、τminのことを τ と書く。多くの場合、

緩和時間 τ は温度 T と圧力 P に

τ = τo exp[HQ

RT

](3.17)

の形 (Arrhenius law)で依存する。但し、HQは地震波減衰の活性化エネルギー。(3.16)式の 1ωoに

(3.17)式の τ を代入すると、

V (ω) = Vo

[1 +

1Qπ

ln(ωτo) +

HQ

RT

](3.18)

両辺の対数を取って、T で微分すると

∂ ln V

∂T=

∂ ln Vo

∂T− 1

HQ

RT 2(3.19)

ここで (3.18)式の [ ]の中の第 2項は第 1項と比べて無視できる(Q ≈ 100 1だから)とする近似を用いた。(3.19)式右辺第 1項は非調和効果による弾性波速度の温度依存性を表し、第 2項が非弾性効果による弾性波速度の温度依存性を表す。第 1項には図 3.5 表 3-1のオリビンの値を用い、第 2項では T =1600K, HQ = 500KJ/molとし、Qに様々な値を与えたときの、左辺の値を図

69

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3.7 table 1に示した。マントルにおける P波の Qと S波の Qの比、Qp

Qs, は 2から 2.5であること

に注意。例えば Qs=80, Qp=200 とすると、∂ ln Vp

∂T = −1.01, ∂ ln Vs

∂T = −1.85であり、両者の比 R

は 1.85となる。これは実験室におけるオリビンの Rの値 1.22(図 3.7 表 3-1)よりはかなり大きく、観測の S波速度異常と P波速度異常の比 2に近い。図 3.7 Fig.1は、実際の地球の中における∂ ln V

∂T の分布を示す。(3.19)式右辺の第 1項は (3.5)式に従って見積もり、第 2項の P波と S波のQとしてはそれぞれ地球モデルの Qp(r)と Qs(r)を用いた。マントルの HQの値はよくわかって

いないので、マントル物質の融点分布 Tm(r)(これもよくわかっているわけではないが)に比例するとみなして HQ ≈ 30RTmなる見積もりを用いた。図 3.7 Fig.1において、点線が第 1項、細線が第 2項、太線が両者の足し合わせを表す。∂ ln V

∂T は、深さ 1000km付近までは深さと共に急速に減少すること、それよりも深いところでは深さにあまり依らずほぼ一定とみなせること、S波の方が P波よりも非弾性の効果が大きいこと、1000km以深では非調和効果よりも非弾性効果の方が効くこと、がわかる。上部マントルにおいて非弾性効果が重要なのは Qの値が小さいからであり

(PREMにおいては深さ 80kmから 220kmまでの範囲で Qs = 80)、下部マントルで Q ≈ 300と比較的大きな値であるにも関わらず非弾性効果が重要なのは、下部マントルでは αが小さい非調

和効果が効かなくなるためである。図 3.7 Fig.1の ∂ ln V∂T は更に次ぎのようにして α(r)の知識を用

いて ∂ ln ρ∂V へと変換することができる。

∂ ln ρ

∂ lnV= − α

∂lnV∂T

(3.20)

地震波トモグラフィーから地震波速度異常が得られたとき、その速度異常に上記変換ファクターを

かければ密度異常が得られることになる。図 3.7 Fig.2が示すように、マントルにおける P波の変換ファクターは 0.35-0.5程度、S波の変換ファクターは 0.25-0.35程度で、実験室におけるマントル鉱物の値、0.4-0.5、0.5-0.6 よりも小さいことに注意。

図 3.8に参考のため、物理分散の説明図 (Fig.5.15)、物理分散を考慮した地球モデル PREM(手書き図)、物理分散の概念が確立していなかった 1970年代に大きな問題となっていた base linecorrection を示す図(左上図)を掲げる。

問題 11 図 3.7 Fig.1上図をコピーし、そこに p66 図 3.3 Fig.1の曲線のおよその形を書き込んでみよ。この曲線と図 3.7 Fig.1 上図に totalと書かれた曲線とを比較して、図 3.3 Fig.2(下部マントルの温度擾乱の範囲を示した図)を地震波速度の非弾性効果を考慮したものに修正せよ。太

平洋スーパープルーム (図 3.3 Fig.3)やアフリカスーパープルーム (図 3.3 Fig.3)の温度擾乱の推定は、Yuen et al. (1993)の推定とどれだけ異なったものになるか?

70

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図 3.7: マントルにおける P波と S波の変換ファクター

71

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図 3.8: 物理分散の説明図と物理分散を考慮した地球モデル PREM

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Geotherm and phase transitions in the mantle

図 3.9: 地球内部の推定温度分布と上部マントルの推定温度分布

73

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以上の議論は、地震波トモグラフィーの結果を温度異常分布あるいは密度異常分布に焼きなおす

上で、マントル物質科学の知識が如何に重要かを示すものである。以下にもう一つ、マントル対流を

考える上で、物質科学の知識(特にマントル物質の相転移に関する知識)が如何に重要かを示す例を

あげる。図 3.9 上図に地球内部の推定温度分布 (Porier, 1981)、下図に上部マントルの推定温度分布を示す。下図には、オリビン (Mg(1−x)Fex)2SiO4の α相→ β相→ γ相→輝石 (Mg1−xFex)SiO3

Perovskite相+マグネシウム・鉄酸化物 (Mg(1−x)Fex)Oの相境界を示す(x ≈ 0.1 − 0.2)。α → β

の相転移境界(410-km層)及び β → γの相転移境界(520-km層?)の勾配 dPdT (Clapeyron slope)

がそれぞれ正 (positive slope) なのに対し、γ → Perovskite+ (Mg,Fe)Oの相分解境界(660-km層)の勾配が負であることに注意。

対流に対する相境界の影響は2つある。第1の効果は、Clapeyron slope の効果である。図 3.9に、平均的な地温分布と沈み込むスラブ(マントル下降流)の地温分布とを示した。沈み込むスラ

ブが 410-km層(及び 520-km層?)を通過するとき、Clapeyron slopeが正のため冷たいスラブの中では、周囲より浅い所で重い構造に相転移する。従って、この深さ範囲では余分の負の浮力が働

き、スラブの沈み込み(マントル下降流)を加速する。第2の効果は、潜熱による効果である。沈

み込むスラブが 410-km層(及び 520-km層?)で相転移を起こすとき、Clapeyron slope が正のため潜熱を放出する。放出された熱はスラブを暖め、相転移境界を多少とも元の位置に引き戻そうと

する。即ち、第2の潜熱の効果は、第1の温度水平不均質の効果を相殺する方向に働く。一方、沈

み込むスラブが 660-km層を通過するときは、Clapeyron slope が負のためスラブの中では、周囲より深い所で重い構造に相分解する。相分解が起きていない深さ範囲では余分の正の浮力が働き、

スラブの沈み込み(マントル下降流)を妨げようとする。相分解するとき Clapeyron slope が負のため潜熱を吸収し、スラブ内の温度を更に下げる。即ち、第2の潜熱の効果は、相転移境界を余分

に押し下げて、沈み込みを妨げようとする第1の Clapeyron slope の効果をより強調する方向に働く。

以下、上記の議論を Schbert and Turcotte (1971)に従って定量化してみよう。z軸を上向きに取

り、z = 0を phase-1と phase-2との相境界とする。流体層のトップとボトムをそれぞれ z = dと

z = −dに取り、phase-1の流体は上層(0 < y < d)に、phase-2の流体は下層(−d < y < 0)に存在するとする。対流によって水平方向に温度の不均質が存在するとき、相境界は Clapeyron slopeに従って y = 0の位置からずれる。Clapeyron slopeは

γ =(

dp

dT

)c

=S2 − S1

V2 − V − 1

=Qρ1ρ2

T∆ρ(3.21)

で与えられる。ここで pは圧力、T は絶対温度、V1(= 1ρ1

), S1 及び V2(= 1ρ2

), S2 は、それぞれ

phase-1, phase-2 の比体積、単位質量あたりのエントロピーである。∆ρは phase-1から 2への相転移に伴う密度変化 (= (ρ2 − ρ1) ρ1, ρ2), Qは phase-2の物質を phase-1の物質に変換するのに必要な単位質量あたりのエネルギーである (Q = S1−S2

T ). Phase-1を軽い相、phase-2を重い相とすると (∆ρ > 0), Clapeyron slope が正の場合は、Q > 0, 即ち、2→1への転移で吸熱反応となり、

74

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1→2への転移は発熱反応となる。このとき図 3.9 下図から明らかなように、 dpdT >

(dpdT

)c. ここで

粘性率 η

熱膨張率 α

熱伝導率 k

定圧比熱 cp = T(

∂S∂T

)p

熱拡散率 κ = kρcp

運動粘性率 ν = ηρ

は、phase-1も phase-2も同じ一定の値を持つものとする(但し ρ ≈ ρ1 ≈ ρ2を仮定している)。擾

乱の無い状態において、温度分布は phase-1と 2の領域を通じて一定の温度勾配 −β(βは正)を持ち、圧力分布は phase-1の領域において −ρ1g, phase-2の領域において −ρ2gの勾配を持つものと

する(相境界が存在するためには(図 3.9 下図)、ρ1gβ > γ, ρ2g

β > γ)。こうした温度分布からの擾

乱を θ1, θ2, こうした圧力分布からの擾乱を π1, π2とする。

非圧縮性流体の連続の式は (2.2)式にならって

∂u

∂x+

∂w

∂z= 0 (3.22)

と書ける。但し、uと wはそれぞれ u1, u2と w1, w2を表すものとする。慣性項を無視した高粘性

流体の運動方程式は、(2.7)式にならって(z−軸の取り方が 2 章 の y−軸の取り方と逆であることに注意)、

−1ρ

∂π

∂x+ ν

(∂2u

∂x2+

∂2u

∂z2

)= 0

−1ρ

∂π

∂z+ ν

(∂2w

∂x2+

∂2w

∂z2

)+ gαθ = 0 (3.23)

ここで、πと θはそれぞれ π1, π2と θ1, θ2を表すものとする。また熱輸送の方程式は定常流を仮定

して

−(β − βa)w = κ

(∂2θ

∂x2+

∂2θ

∂z2

)(3.24)

と書くことができる。但し、βaは断熱温度勾配で、Maxwellの熱力学的関係式(∂T

∂P

)s

=αV T

cp(3.25)

に、dP = ρgdz を代入するばわかるように、

βa =gαT

cp(3.26)

である。

75

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教養の復習

E dE = Tds − PdV

H = E + PV dH = Tds + V dP

F = E − TS dF = −SdT − PdV

G = H − TS dG = −SdT + V dP

T =(

∂E

∂S

)V

=(

∂H

∂S

)P

S = −(

∂F

∂T

)V

= −(

∂G

∂T

)P

P = −(

∂E

∂V

)S

= −(

∂F

∂V

)T

V =(

∂H

∂P

)S

=(

∂G

∂P

)T

Maxwell’s relation

−(

∂S

∂P

)T

=(

∂V

∂T

)P(

∂S

∂V

)T

=(

∂P

∂T

)V(

∂T

∂P

)S

=(

∂V

∂S

)P(

∂T

∂V

)S

= −(

∂P

∂S

)V

Chain rule:If f(x, y, z) = 0, then(

∂x

∂y

)z

(∂y

∂z

)z

(∂z

∂x

)y

= −1.

For instance, assuming that f(P, V, T ) = 0,(∂V

∂T

)P

= −(

∂V

∂P

)T

(∂P

∂T

)V

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(3.26)式で表わされる断熱温度勾配は phase-1でも phase-2でも同じであると考え、擾乱のないときの相境界における T の値を用いて計算することにする。(3.23)式の2番目と (3.24)式とからθを消去し、更に (3.23)式の1番目の式を組み合わせて πを消去し、更に (3.22)式を組み合わせて uを消去した上で、(2.10)式にならって

w(x, z) = W (z) cos(lx)

π(x, z) = Π(z) cos(lx) (3.27)

θ(x, z) = Θ(z) cos(lx)

と置くと、

(∂2

∂z2− l2

)3

W (z) = −[(β − βa)

αgl2

κν

]W (z) (3.28)

このW1とW2のそれぞれに関する6階の線形常微分方程式を、上面における境界条件3つと下面

における境界条件3つ及び相境界における境界条件6つを与えて解く。上面 z = dと下面 z = −d

においては free slip、且つ温度擾乱は無いとする:

w = 0∂u

∂z+

∂w

∂x= 0 (3.29)

θ = 0 at z = ±d

ここで連続の式 (3.22)を考慮すると、上記境界条件は

W1 = W2 = 0

W1” = W2” = 0 (3.30)

Θ1 = Θ2 = 0 at z = ±d

と書ける。ここで以下に述べる相境界における条件も考慮して z = 0に関して対称な解、即ちW1(z) = f(d−z); (0≦ z≦ d), W2(z) = f(d+z); (−d≦ z≦ 0), Θ1 = g(d−z); (0≦ z≦ d), Θ2 =g(d + z); (−d≦ z≦ 0)の形の解を求める。 先ず、W1 及び W2に関しては

W1(z) =3∑

n=1

An sinh(

δn1 − z

d

)(0 ≤ z ≤ d)

W2(z) =3∑

n=1

An sinh(

δn1 + z

d

)(−d ≤ z ≤ 0) (3.31)

但し、Anは定数で (n = 1, 2, 3),

δn2 = (ld)2 +

[Ra(ld)2

] 13 exp

[i(2n− 1)π

3

](3.32)

Ra = (β − βa)αgd4

κν(3.33)

ここで Raは通常の意味の Rayleigh 数である。

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問題 12 式 (3.31)(3.32)(3.33)の形のWがWに関する6階の微分方程式 (3.28)の解となっていることを証明せよ

ここで Rayleigh 数の意味を考えよう。高粘性流体の運動方程式 (3.23)式(鉛直成分)において、第3項は対流を助長する thermal buoyant force を表わし、第2項は逆に対流を抑えようとするviscous drag forceを表わす。Rayleigh 数は viscous drag force に対して thermal buoyant forceがどれだけ大きいかを示す指標( thermal buoyancy/viscous drag)で、Rayleigh 数が大きいほど対流は起こりやすくなる。代表的な鉛直流速・温度擾乱をそれぞれ w, θとすると、(3.23)式において、viscous drag force の大きさは νw

d2 の程度であり、thermal buoyant force の大きさは gαθの程

度と評価できる。ここで熱は移流によって輸送されるとすると、(3.24)式より、θdw = κ θ

d2 が成り

立つ。即ち、wの大きさは κd の程度として評価できる。従って

Ra =gαθνwd2

=gαθνκd3

=gαθd3

νκ

これは (3.33)と等価な式である。

さて (3.31)式を (3.24)式に代入すると Θに関する方程式が得られる。上面と下面における境界条件(温度の擾乱ゼロ)を満足し、且つ z = 0に関して対称な解は

θ1(z) =3∑

n=1

AnCn sinh(

δn1 − z

d

) (0 ≤ z ≤ d)

θ2(z) =3∑

n=1

AnCn sinh(

δn1 + z

d

)(−d ≤ z ≤ 0) (3.34)

但し、 Cn =ν

[δn

2 − (ld)2]2

αgd2(ld)2(3.35)

相境界における6つの連続条件のうち、鉛直速度と接線応力及び温度が連続という条件は、

W1 = W2

     W1” = W2” (3.36)

θ1 = θ2 at z = 0

で近似できる。対称解 (3.31)と (3.34)においては、これら3つの境界条件は自動的に満たされる。残り3つの境界条件から A1, A2, A3を決める。

水平速度連続: W ′1 = W ′

2 at z = 0 (3.37)

熱流連続: (−kΘ′1) − (−kΘ′

2) = −ρwQ at z = 0 (3.38)

垂直応力連続: Π2 − Π1 = (ρ2 − ρ1)gδZ at z = 0 (3.39)

(3.39) 式において、垂直応力の viscous term は (3.37) 式より連続であることを考慮した。また(3.39)式において δZは、相境界の z = 0からの変位 δzと δz = δZ cos(lz)なる関係にある。z = 0における phase1の温度擾乱を θ1, 圧力擾乱を π1 とし、phase2の温度擾乱を θ2, 圧力擾乱を π2

とすると、変形した相境界 z = δzにおける phase1の温度擾乱は近似的に θ1 − βδz, 圧力擾乱は

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π1 − gρ1δz, phase2の温度擾乱は θ2 − βδz, 圧力擾乱は π2 − gρ2δzと書ける(何れも z = 0における擾乱無しの状態を基準とする)。擾乱前後で相境界の温度圧力は Clapeyron slope 上にあるから、

γ =dp

dT c=

[π1 − gρ1δz

θ1 − βδz

]z=0

=[π2 − gρ2δz

θ2 − βδz

]z=0

(3.40)

あるいは

δz =[

π1 − γθ1

gρ1 − γβ

]z=0

=[

π2 − γθ2

gρ2 − γβ

]z=0

(3.41)

(3.41)式は、相境界の z = 0からの変位を z = 0における温度擾乱と圧力擾乱によって表現したものである。(3.31)(3.34)式を (3.23)式に代入すると π1, π2 も A1, A2, A3を用いて表わすことが

できる。(3.41)式を (3.39)式に代入すると、(3.37)(3.38)(3.39) 式は、A1, A2, A3に関する連立1

次方程式となる。この方程式が A1 = A2 = A3 = 0という trivialな解以外の解を持つためには、A1, A2, A3の係数行列がゼロとならなければならない。

‖ A ‖= 0 (3.42)

(3.42)式が、相転移を伴う熱対流の安定性を支配する方程式である。但し Aの行列要素は、

A1n = δn

A2n = Sδn

2 − L22

tanh(δn) + 2δn3

= 2δn

δn

2 − L22

L2+ RQ tanh(δn) (3.43)

であり、Lは無次元化された波数である

L = ld (3.44)

また、S, RQはそれぞれ、

S =∆ρρ

αd ρgγ−β

(3.45)

RQ =αgd3Q

cp

νκ(3.46)

で定義される無次元量ある。パラメタ S は、phase boundary displacement parameter と呼ばれ(Schubert and Turcotte, 1975), Clapeyron slopeが正のときは ρg

γ > βであるから S > 0, 負のときは ρg

γ < 0 < βだから S < 0である。Sは、相転移に伴う相対的密度変化(分子)と、熱膨張に

伴う相対的密度変化(分母)との比である。但し、ここで熱膨張に伴う密度変化とは、Clapeyronslopeに沿って相境界が dだけ変位したときに周囲との温度差によって生じる密度差を表わす。一

方、RQを定義した (3.46)式において Qcpは phase-1から phade-2への相転移に伴う潜熱の放出に

よる温度上昇(Q < 0ならば吸熱による温度低下)を表わし、Ra を定義した (3.33)式における(β − βa)dに対応する。このことから、Schubert and Turcotte (1971) は RQを相転移の潜熱が関

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わる Rayleigh 数と呼んだ。このパラメタは、相転移に伴って発生する潜熱が対流を安定させるのにどれだけ有効かを測る指標である。一方、通常の Rayleigh 数 Raは、熱膨張によって生じる密

度差が対流不安定を引き起こすのどれだけ有効かを測る指標である。この Raに、相転移に伴う相

対的密度変化(分子)と熱膨張に伴う相対的密度変化(分母)の比である Sを乗ずると、相転移に

よって生じる密度差が対流不安定を引き起こすのどれだけ有効かを測る指標が得られる。Schubertand Turcotte (1971)は、この

RaS =gd3∆ρ

ρκν

1 − βa

β

ρg

γβ − 1(3.47)

を相転移による密度変化に伴うRayleigh 数として定義した。

Schbert, Yuen and Turcotte (1975)

図 3.10: Racrit と RQ の関数

(3.42)式は、Rayleigh 数 Raを無次元水平波数 Lとパラメタ S 及び RQ の関数として求める式

である。Sと RQを固定したとき、Raは Lによっていろいろな値を取り、ある特定の Lに対して

最小値 Racritとなる。この最小値を critical Rayleigh Number と呼ぶ。温度勾配 βをだんだん増

加させていって遂に Raが Racritを越えたときに対流不安定は発生する。RQ = S = 0のとき(相転移なし)は通常の対流安定性の問題に帰着し、Racritは良く知られた

27π4

26 = 41.094なる値を持つ。図 3.10 Fig.3に上層の低圧鉱物から下層の高圧鉱物への相転移が発熱反応の場合(S > 0且つ RQ > 0)に、いろいろな Sの値に対する Racrit の値を RQの関数として図示した。図からも

わかるように、RQは相転移に伴う潜熱の対流安定効果を表わすから、Sを固定したとき RQの増

加に伴って(放出潜熱→温度上昇の増加に伴って)Racritは増加する。RQが十分大きい場合は、

Racritの値は Sに依存しなくなる。それほどでもない場合は、RQを固定したとき Sが大きくな

る程、Racritの値は小さくなる。これは、Sが大きくなるにつれて(密度増が大きくなるにつれて

あるいは Clapeyron slopeγが正で ρgβ に向かって増加するにつれて)相転移に伴う密度変化と熱膨

張に伴う密度変化との比が大きくなり、対流不安定を引き起こすのに相転移の果す役割がより重要

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になる(熱膨張の果す役割がより減る)ため、critical Rayleigh Number が下がることを反映したものである。図 3.10 Fig.3において、オリビンの α  → β 相転移は斜線ハッチの領域に存在する

と考えられる。斜線ハッチのかなりの部分が、RQ = S = 0の場合(相転移の無い場合)の Racrit

の値 (=41.094)よりも小さくなることに注意。

一方、図 3.10 Fig.4は、上層の低圧鉱物から下層の高圧鉱物への相転移が吸熱反応の場合(S < 0且つ RQ < 0)の場合に、Racrit の値をいろいろな S の値に対して RQ の関数として図示したも

のである。この場合、RQ を固定したとき S の絶対値が大きくなる程(密度増が大きくなるにつ

れてあるいは Clapeyron slope γが負でその大きさが増加するにつれて)、Racrit の値は大きくな

る。これは、S の絶対値が大きくなるにつれて、対流不安定に抵抗しようとする相転移に伴う密

度変化がそれを促進しようとする熱膨張に伴う密度変化に対して相対的にその重要性を増すため、

critical Rayleigh Number が上がることを反映したものである。S = 0の場合は、相転移に伴う密度変化がないため対流不安定に対する抵抗力がなく、下降流の1から2への相転移に伴う吸熱反応

によって温度が低下し対流不安定は促進され、Racritの値は相転移がない場合の値 40.094よりも更に小さくなりうる。Schubert et al. (1975)はポスト・スピネル転移の存在領域を図 3.10 Fig.4の斜線ハッチの部分と見積もった。彼らはこの図に基づいて、ポスト・スピネル転移はマントル対

流に対してあまり大きな抵抗力とはならないのではないかと推測した。この見積もりは古いデータ

に基づくものなので注意が必要である(例えば 0.08 < ∆ρρ < 0.10, -2Mpa/K < γ < −1Mpa/Kと

したが、Akaogi and Ito (1993)によれば ∆ρρ ≈ 0.06, γ ≈ −3Mpa/K)。とは言っても Sの値が例

えば −0.15だったものがせいぜい −0.3になる程度のもので、従って Racritが劇的に大きくなると

いった類のものはない。

問題 13 1.図 3.10 Fig.3において、RQがある程度以上大きくなると Sの値に依らずに RQの増加と

共に Racritが 41.094の値を超えて増加するようになる。この傾向を定性的に説明せよ。2.図 3.10 Fig.4において、−Sの大きさがある程度以下だと、−RQがある程度以上大きい

領域で −RQの増加と共に Racritは急激に減少する。しかしこうした Racritの急激な減

少は −Sが大きい場合には見られない。こうした傾向を定性的に説明せよ。

Christensen and Yuen (1985)は、(3.47)式の RdSの一部を構成する

Rb =gd3∆ρ

ρκν(3.48)

を浮力Rayleigh 数と呼んでいる。また (3.47)式において βa

β 1(断熱温度勾配地温勾配)且つ ρg

γβ 1(相境界勾配≫地温勾配)あるいは ρgγβ −1(相境界勾配≪―地温勾配)とすると

1−βa

βρgγβ − 1

≈ γρgβ

(= Γ) (3.49)

となるが、Christensen and Yuen (1985)はこれを normalized Clapeyron slopeと呼んでいる。この近似(良い近似)の下で

RaS = RbΓ (3.50)

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Christensen and Yuen (1985)によれば、相転移に伴う対流のパターンを支配する最も重要なパラメタは、RbΓと Raの比(phase buoyancy parameter)

P =RbΓRa

(3.51)

である。(3.50) 式から明らかなように、phase buoyancy parameter P は Schubert and Turcotte(1971) の定義したパラメタ S と (3.49) 式の近似の下で等価である。Phase buoyancy parameterは、相転移による密度変化に伴うRayleigh 数(正の Clapeyron slopeのとき正、負のときは負の値を取る)と熱膨張による密度変化に伴うRayleigh 数(通常の Rayleigh 数)との比として理解できる。Christensen and Yuen (1985)は(w2 の項を無視した)定常線形安定性問題(対流不安定が

どのような条件で起こるか)ではなく、非定常非線形対流の時間発展の問題を計算機を駆使して解

いた。

Christensen and Yuen (1985)

図 3.11: phase buoyancy parameter と対流パターンとの関係

図 3.11 Fig.1は、規格化した断熱温度勾配

Di =βa

Td

=gαd

cp(3.52)

をゼロに設定して(T は断熱温度勾配を測る場所の温度)、P の値を 0.3, 0.0, -0.3, -0.4, -0.6と変えたとき(相転移に伴う密度変化は固定して Clapeyron slopeを正から負へと変えていくと考え

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る)の対流のパターンを示したものである。Di = 0としたということは、断熱圧縮による温度上昇、摩擦熱による温度上昇、潜熱発生による温度上昇を無視することを意味する(α = 0, cp = ∞).Rayleigh 数は、4 × 1025に固定されている。P = 0.3, 0.0,−0.3の場合は、対流は層境界を突き抜け1層対流が実現している。一方、P = −0.6の場合は、対流は層境界を突き抜けられず、2層対流となる。興味深いのは、P がこれら2つの領域の遷移領域にある場合で、このときの挙動につい

てはあとで説明する。

Christensen and Yuen (1985)

図 3.12: いろいろな Ra に対する Nusselt 数 Nu と P の関数

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Christensen and Yuen (1985)

図 3.13: 対流の時間発展

1層対流か2相対流かは、phase buoyancy parameter P だけでなく、Rayleigh 数 Ra にも依存

する。図 3.12 Fig.2aに、Raをいろいろ変えて Nusselt 数 Nuを P の関数として示した。Nusselt数は、下壁から上壁に運ばれる実際の熱流量 H と擾乱がなく熱伝導だけで運ばれる熱流量 kβと

の比を表わし、対流がどのくらい活発かを表わす指標である。即ち

Nu =H

kβ(3.53)

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Ra = 104の場合は、P が如何なる値でも2相対流は起きず P ≈ −0.7では対流自体が起こらなくなってしまう。それより大きな Rayleigh 数の場合は、P を負で次第に大きくしていくと対流は1層

対流から2層対流へステップ的に変化する。この対流モードのステップ的な変化が、図 3.12 Fig.2aでは Nu数のステップ的な減少として表現されている。図 3.12 Fig.2bは、層境界における leakの度合いを P の関数として示したものである。ここでは Leakの度合いを示す指標として、層境界の位置(z = 0)における流線関数の最大値と、系全体の流線関数の最大値との比を用いている。系全体の流線関数の最大値(系全体での等高線の本数)は系の流速の最大値の指標であり、相境界に

おける流線関数の最大値(z = 0面を切る等高線の本数)は相境界を横切る鉛直流速の最大値の指標である。1層対流では leakの度合いが(定義からして)ほぼ 100%なのに対し、2層対流では30%以下であり、P が負で大きくなるにつれて更に低下していく。注目すべきは、Rayleigh 数の増加に伴って1層対流から2層対流への変化が P のより小さな負の値で起こるようになることで

ある。遷移の起こる P の値を Pcritとすると、数値実験した範囲では、

Pcrit = −4.4Ra−0.2

なる関係があるようである。

ここで遷移領域近くの対流の挙動を少し詳しく調べてみよう。Ra = 2×106のとき Pcrit = −0.25であるが、それよりはわずかに2層対流側である P = −0.30のときの対流の様子を図 3.13 Fig.3に示す。図は、上壁に入って来る熱流量、流線関数の最大値、相境界(z = 0)における流線関数の最大値を時間の関数として示したものである。初期には2層対流が実現し leakの度合いはたかだか 10%程度である。しかし、対流セルが一巡するくらいの時間が立つと、2層対流系は壊れて瞬間的に上下物質の大量(全体の約 30%)の入れ替えが起こり表面熱流量は急増する。その後も間欠的に大量リークが起こるが、その規模は次第に小さくなってゆき、熱流量の急増は最早見られ

なくなる。時間が十分立ったときに、間欠的 leakingが消滅してしまうのかどうかは不明である。一方、Ra = 105の場合 Pcrit = −0.45であるが、それよりもわずかに1層対流側の P = −0.4ではどんなことが起こるだろう。このときは、大部分の時間、流れは1層対流の領域にあるが間欠的

に短時間2層対流が実現し leakの度合いが著しく減少する。以上からわかるように、P が Pcritに

近い値の場合は、普段は1層対流で間欠的に2層対流(P > Pcritの場合)か、普段は2層対流で

間欠的に1層対流(P > Pcritの場合)という混合形式の対流が起こる。

上記結果をそのまま地球に当てはめることができないのは明らかである。実際の地球では、Diはゼ

ロではなく、また相境界が下面と上面の真ん中にあるわけでもない。これらの違いは既にChristensenand Yuen (1985) でも考慮されているが、その他にも例えば、放射性元素による内部加熱の影響、熱膨張率や粘性率の深さ依存性、マントルが3次元球殻であること、などを考慮する必要がある。

これらを考慮して大規模対流計算を行ったのが Tackley et al. (1993)である。Tackley et al. (1993)の計算では、以下のことが考慮されている。

1.マントルは球殻2.ポストスピネル相分解境界は深さ 670-kmにあり、Clapeyron slopeは-4MPa/K

3.

地表 670 − km CMB

熱膨張率 3.0 × 10−5 2.2 × 10−5 1.2 × 10−5

粘性率 Pa · s 1.7 × 10 22 1.9 × 1022 2.1 × 1023

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4. CMBで温度は 3450K、地表で 1060K(地表の温度が異常に高く設定されているのはプレート内部での熱伝導による冷却効果を計算機の中に取り込むことができないから)。温度差 2390Kのうち 1140Kは断熱圧縮によるもの。

5.内部発熱は chondritic valuesに近い値の 2.75× 10−12W/Kg, 境界で温度一定としているため地球誕生以来の冷却効果によって発生する熱流はない

6.内部加熱に伴うRayleigh数( (3.46)式の潜熱に伴うRaylegh 数と式の形は同じ)は、1.8×107,断熱温度勾配を越える温度勾配に伴うRayleigh 数(通常の Rayleigh 数)は 1.2× 106(実際の

マントルでの値は 107 程度と見積もられているが、こうした高い Rayleigh 数の対流計算は困難なため、上記 3 のように現実よりも高い粘性率を用いて Rayleigh 数を下げている)

30億年分の時間発展を追いかけた計算結果と現実の地球における観測量とを比較してみよう。全表面熱流量は 2 × 1013Wで、実際の熱流量 4 × 1013Wと大差ない結果が得られている。但し、このうちコアから来る分が約 40%を占めており、現実の見積もり(10%程度)よりはかなり大きい。これは地球の冷却効果を無視して境界の温度を一定に保ったことが原因と考えられる。対流の最

大流速は 40mm/yrで、地表における平均流速は 6mm/yrの程度であり、特に後者の値は実際のプレート速度よりも1桁小さい。Rayleigh 数を低く抑えるために粘性率を現実的な値よりも高く設定したのが主な理由と考えられる。もっともプレート部分の粘性はここで採用した値よりも更に大

きい筈であるが、マントル物質の粘性率は深さだけでなく温度にきわめて強く依存する。Tackleyet al. (1993)の計算では、この粘性率の温度依存性が取り入れられていないため、プレートや沈み込むスラブの挙動を表現できていないことに注意しよう。

図 3.14 Fig.1は、各深さで平均より ∆T = 110Kだけ低い部分を等∆T 面として立体的に示した

もので、マントル下降流を表わすと考えることができる。この冷たい部分はネットワーク状に互い

に交差する垂れ幕のようにして下降する。ネットワークの網目の間隔は 3000-8000kmで現実の沈み込み帯のスケールとほぼ一致する。垂れ幕は相境界を突き抜けることができず、網目の結節点に

は冷たい物質のプールを作る。この冷たい物質は重力的に不安定でプールが十分に大きくなると突

然下部マントルへ雪崩れ落ちる。この雪崩れは直径が 1000km程度の円柱状(cold plume)で、相境界から CMBへの通路を作り、相境界にできていたたプールを空にして CMBにより大きなプールを作る。一方、図 3.12 Fig.2は、各深さで平均より ∆T = 110K だけ高い部分を等 ∆T 面とし

て立体的に示したもので、マントル上昇流を表わすと考えることができる。ごく限られた数の円柱

状の上昇流(hot plume)が CMBから湧き上がり、相境界を突き抜けて上部マントルに熱い物質を供給しているのがわかる。しかしより多くの場合、相境界付近に水平に広がる熱い物質は下部マ

ントル深くに根っこを持っていないことに注意。

図 3.14 Figs.1,2に対応する地球断面図をそれぞれ図 3.14 Fig.3の b,aに示す。上部マントルは非常に非均質で、1万キロにも及ぶ長波長の低温異常や高温異常も存在する。下部マントルには、ご

く限られた数の円柱状の下降流(コールドプルーム)とコア・マントル境界上に横たわる厚い低温

物質の層が映し出されている(Fig.3b)。Fig.3aには、下部マントルをコア・マントル境界からわきあがる上昇流が 670-km層を貫いて熱い物質を上部マントルに注入している姿が見える。Figs.3c,dは相転移がない場合の対流で、コア・マントル境界を通しての熱流は全体の 16%で、残りは内部熱源であるとしている。下降流は沈降するにつれてスローダウンし周囲に拡散していく。この様相

は、相転移がある場合に下降流が相境界から雪崩れ落ちてコア・マントル境界まで達するのと大き

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く異なる。

図 3.14: マントル流

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Tackley et al. (1993)

図 3.15: 鉛直質量フラックス

図 3.15 Fig.4aに、鉛直質量フラックスの絶対値の球面平均を深さの関数として示す。深さ 670-kmの相境界が流れをせき止める効果を持っていることがよくわかる。しかし流れの長波長成分は相境

界の影響を殆ど受けず、一方、球面調和関数の次数 40以上の短波長成分は 670-km層でほぼ完全にせき止められてしまう。Fig.4bは、670-km層を通過する鉛直質量フラックスの絶対値の球面平均を時間変化を示したものである。この場合、2次元流で見たような激しい間欠性(図 3.13 Fig.3)は見られない。球殻3次元流の場合、ローカルには激しい間欠性があるものの、グローバルには

どこかで常に 670-km層の通過流があるため、グローバルな意味での間欠流をそれほど顕著ではない。

図 3.16 Fig.5には、温度の球面平均を深さの関数として示す。670-km層を横切って温度が数百度低下しているが、よく見ると 670-kmの深さに小さなキンクが見られる。このキンクは、対流に

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よって運ばれる物質が相境界を横切るとき発生する、あるいは吸収する潜熱の効果を表わしてい

る。図 3.17 Fig.6aは、相転移の有る場合の水平方向密度非均質のパワーを球面調和関数の次数の関数として示したものである。卓越するのは次数 2-7で、特に上部マントルでは次数 6にピークが、下部マントル(最下部厚さ 400-km)では次数 2,3にピークがある。一方、図 3.17 Fig.6cの相転移が無い場合は大きく異なり、そのスペクトルは非常にブロードでピークは次数 8-20の範囲にある。即ち、相転移は水平方向非均質性を著しく長波長化する効果を持つのである。図 3.17 Fig.6b,dは密度の水平方向非均質の全パワーを深さの関数として示したものである。相転移がある場合には、

670-km層付近に密度非均質パワーの極大が出現することに注意。

引用した文献

1. Schubert, G., and D.L. Turcotte, Phase changes and mantle convection, J. Geophys. Res.,76, 1424-1432, 1971.

2. Scubert, G., D.A. Yuen, and D.L. Turcotte, Role of phase transitions in a dynamic mantle,Geophys. J. R. astr. Soc., 42, 705-735, 1975.

3. Christensen, U.R., and D.A. Yuen, Layered convection induced by phase transitions, J.Geophys. Res., 90, 10291-10300, 1985.

4. Tackley, P.J., D.J. Stevenson, G.A. Glatzmaier and G. Schubert, Effects of an endothermicphase transition at 670 km depth in a spherical model of convection in the Earth’s mantle,Nature, 361, 699-704, 1993.  

Tackley et al. (1993)

図 3.16: 温度の球面平均と深さの関係

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Tackley et al. (1993)

図 3.17: 相転移と水平方向密度非均質のパワー

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第4章 マントル対流とグローバル地球現象

地震波トモグラフィーとマントル対流とを結びつける物理的基礎が与えられたのは、本格的な

グローバルマントルトモグラフィーが発表された 1984年 (Dziewonski, 1984) のことで、トモグラフィー論文と同じ雑誌に掲載された (Richards and Hager, 1984; Hager, 1984)。翌年、Hager,Clayton, Richards, Comer and Dziewonski (1985)は、実際にDziewonski(1984)のトモグラフィーの結果からマントルの流れを推定した。Hager らのエッセンスは、何らかの方法で(例えば 第 3章に述べたマントル物質科学の知識を用いて)地震波速度異常分布を密度異常分布に換算し、第 2章に述べた流体力学的取り扱いによって密度異常分布をマントル対流の流れ場に変換する所にあ

る。以下、この記念碑的な2つの論文を紹介する(文献は 第 0 章及び 第 2 章)。

(2.42)式でジオイド・カーネルという量を導入した。これは

K(k, H) =∆N

∆No

で定義される。ここで ∆Noは、深さ Hにある波数 kの質量異常mHcos(kx)が直接もたらすジオイド異常であり (2.41)式で与えられる、∆Nは質量異常によって駆動されるマントル対流の効果ま

でも含めたトータルなジオイド異常であり、一様粘性流体の場合は (2.40)式で与えられる。例えば、マントルが剛体だとすれば K(k, H) = 1であり、一様粘性体だとすれば K(k, H) = −kHとなる。

もし質量異常がいろいろな波数・いろいろな深さに連続的に分布している場合には、(2.41)(2.42)における質量異常mH を波数 kから k + dkまで、深さ yから y + dyまでの質量異常MHdkdyに

置き換え、kと yについて積分する形にすればよい。このときmHとMHは次元は同じであるが、

物理的意味は異なり、MH は単位波数・単位深さあたりの質量を表す。

実際のマントルに適用するには、2次元平面問題を球殻問題へと拡張する必要がある。球殻問題

においては K(k, H)は、H は半径 rに置きかえられ (b ≤ r ≤ a, bは CMB半径、aは地球半径)、kは球面調和関数の次数 lで置きかえられる(次数 lは地球表面における球面調和関数の+と −とを境する大円節線の数を表わす)。図 4.1 Fig.4に K(l, r)を示す。左図はマントルが一様組成の場合、右図は上部マントルと下部マントルとで組成が異なり境界で鉛直流が妨げられる(境界で鉛

直流速がゼロ・境界面にかかる tractionに応じて境界面に起伏発生)場合である。上・中・下図はそれぞれ、下部マントルの粘性率が上部マントルの粘性率の 1陪、10陪、100陪の場合を示す。例えば l = 7の K(l, r)曲線を見てみよう。一様組成で一様粘性の場合、正質量異常が上部・下部マントル境界にあるときに最も大きな負のジオイド異常が生じる。粘性が2桁異なるときには、正質

量異常が上部・下部マントル境界にあるときに最も大きな正のジオイド異常が生じる。即ち、大き

な粘性コントラストがあるかないかでジオイド異常は符号が正負反転するのである。一方、組成が

異なるときには、粘性が一様だと上部マントルに正質量異常があるときに最大の負のジオイド異常

が生じる。粘性が2桁異なると下部マントルに正質量異常があったときに比較的大きな負のジオイ

ド異常が生じる。

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Hager (1984)

図 4.1: ジオイドカーネル

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組成境界における境界条件はつぎのように考えればよい。これまでと同様 (x, y)面における2次元対流を考え、y 軸を鉛直下向きに取る( p48 図 2.1 手書き図)。組成境界の undisturbedboundaryの位置を y = 0とする。y < 0における密度・粘性率を ρ−, η−とし、水平速度・鉛直速度を u−, w−, 応力を σ−

xx, σ−xy, σ−

yy とする。 y > 0におけるそれらを ρ+, η+, u+, w+, σ+xx, σ+

xy, σ+yy

とする。組成境界においては上下の流体がまじわることがないから、

w− = w+ = 0 at z = 0

また水平速度とせん断応力の連続条件は

u− = u+ at z = 0

σ−xy = σ+

xy at z = 0

また disturbed boundary の位置を z = dzとすると

σ−yy = σ+

yy at z = dz

これは

σ−yy

∣∣z=0

− ρ−gdz = σ+yy

∣∣z=0

− ρ+gdz

即ち

σ+yy − σ−

yy = (ρ+ − ρ−)gdz at z = 0

この式によって組成境界の変形を求めることができる。地表面で free-slip境界条件の場合は、ここが大気と固体地球との組成境界であるとして ρ− = 0と置けばよい。

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図 4.2: The long wave length residual geoid obtained by subtractiong the dynamicallyconsistent slab geoid from the observed geoid. The scale on the color bar is inmeters.

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図 4.3: Spatial comparison of (a) the observed geoid, (b) the geoid computed for onlyseismically active parts of subducted slabs, neglecting dynamic effects, and (c) adynamically consistent slab model, all for degrees 4-9. The collor bar giving thescale (in meters) is applicable to all three figures.

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一方、平面問題における波数 kから k +dkまで、深さ yから y+dyまでの質量異常M(k, y)dkdy

は、球殻問題においてはM(l, m, r)Y (l, m)r2dr sin θdθdφに置きかえる。但し Y (l, m)は球面調和関数(−l ≤ m ≤ 1)。上部マントルで最大の質量異常は沈み込むスラブであるが、Hager(1984)がこの論文を発表した当時は地震波トモグラフィーでもってスラブをグローバルに映し出すことは

できなかった。そこで Hager(1984)はスラブの正質量異常を深発地震面の位置とプレートテクトニクスの知識を用いて正質量異常分布M(l, m, r)を見積もった。こうして見積もった質量異常分布と次数 l = 2 − 10の範囲の観測ジオイド(図 4.2 plate 1a)とが最も相関が高いのは次数にしてl = 4 − 9の範囲なので、観測ジオイドからこの次数範囲だけを取り出したのが図 4.3 Plate 2aである。スラブの正質量異常には正のジオイド異常が伴うことがわかる。つぎに剛体地球を仮定して

スラブの質量異常分布から次数 l = 4− 9の範囲のジオイド異常を計算して Plate 2bに示す。得られたジオイド異常は観測と比較的よく合っている。一方、マントルが流れるとしてジオイドを計算

するとなかなかよく合わせることができない。特に一様粘性分布を仮定した場合は、図 4.1 Fig.4が示すように、正質量異常は負のジオイドに対応するため、沈み込むスラブをどのように分布させ

ても観測と合わせることはできない。即ち観測と合わせるためには、上部・下部マントルの境目近

くに2桁近い粘性コントラストを想定する必要がある。観測との良い一致を得るためにはそれだけ

でなく、沈み込むスラブの多くが深発地震面よりも更に深くまで(例えばどのスラブも一律に深さ

700kmまでとか)延長していると考える必要がある。Plate 2c は、スラブの密度異常を少なめに取ってその代わりスラブが一律に 1200km まで延びているとし、且つ粘性率コントラストは 30であるとして計算したジオイド異常分布図である。観測ジオイドとは環太平洋地域でよく合っている

のがみてとれる。マントルが今考えている時間スケールで剛体的に振舞うことは考えられないか

ら、上記結果は上部・下部マントルで粘性率が数十倍は異なることを強く示唆するものである。

さて、観測ジオイド (図 4.2 plate 1a)からスラブに起因する計算ジオイド(図 4.3 plate 2c)を差っ引いた残り(図 4.2 plate 1b)の長波長ジオイド異常は、主として下部マントルの質量異常に起因するものと考えられる。最も目立つパターンは、中央太平洋域とその対極のアフリカ域の正の

ジオイド異常ペアと、環太平洋域の負のジオイド異常である。ラグビーボールに例えるなら、ラ

グビーボールの出っ張りが中央太平洋とアフリカに相当し、真ん中の丸いぐるりが環太平洋に相

当する。なお図 4.2 Plate 1a, 1bは 第 0 章 p9 図 6 a,b と同じものである(但し 第 0 章の図は次数 l = 2 − 6のみを取り出している)。第 0 章の図 6 c は、世界中の地震波初動到達時刻データに基づいて Clayton and Comer (1984, Terra Cognita, 4, 282-283, 孫引き) が撮った下部マントルの断層写真で、深さ 2500kmにおける P波速度異常分布を示す。太平洋域とそのちょうど裏側のアフリカ域における低速度異常と、環太平洋域における高速度異常が目立つ。パターンとし

ては、図 4.2 plate 1b の(スラブ異常の効果を取り除いた)ジオイド異常分布とそっくりなことが注目される。そこで実験室のデータから当時推測されていた P波速度異常と密度異常の換算比(4km/s)/(g/cm3)を用いて、下部マントルの地震波速度異常を密度異常に置き換え、剛体地球を仮定してジオイド異常を計算したのが 第 0 章の図 6 d である。パターンは確かに似ているが計算ジオイド(50mコンター)は観測ジオイド(20mコンター)よりもはるかに振幅が大きく、何よりも符号が正反対になってしまっている。次ぎに、流れるマントルを仮定し上部・下部マントルの粘

性比は 10であるとして(粘性比が 30であるとしても結果は変わらない)、流れるマントルに由来する境界面(地表+ CMB)の変形効果まで考慮して計算したジオイド異常分布を図 6 e に示す。この場合には振幅・符号とも観測とよく合っていることがわかる。ここではマントルが一様組成の

場合を示したが、上部下部マントル境界が組成境界でそこで鉛直流が妨げられるとしても結果は余

り変わらない(粘性比を数十倍に取る限り低次のジオイドカーネルの形はそれほど変わらない)。

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図 6 eと観測ジオイドとの良い一致は、中央太平洋とアフリカを上昇流域とし、環太平洋を下降流域とするマントル対流の存在を強く示唆している。一様組成の場合、上昇流域における地表面の盛

り上がりは、次数 l = 2− 3だけを取り出すと最大 1-km, CMBの盛り上がりは最大 2-km程度であるが、より高次まで考慮すれば起伏は更に大きくなる。ここでの地表面起伏は、地殻―マントルの

密度コントラストに由来するアイソスタシー起伏とは別物で、マントル内の密度異常によって駆動

される対流が地表面をダイナミックに押し上げたり引き下げたりする効果を表わす。Hager et al.(1985)は、上部下部マントル境界が組成境界の場合は起伏の程度は同じであるが符号が正負逆になる(この点は必ずしもそうはならないことが後の研究で明らかになる)ので、アフリカ周辺海域

の低水深異常や南太平洋海膨の存在を説明するには全マントル対流のほうが、2層対流よりももっ

ともらしいとした。

Hager et al. (1985) 以降、マントル対流は大きく見て全マントル対流か2層対流かという議論において、前者であるとする議論が主流となった(例えば、Hager and Clayton, 1989)。

1. Hager, B.H., and R.W. Clayton, Constraints on the structure of mantle convection usingseismic observations, flow models, and the geoid, in Mantle Convection: Plate Tectonics andGlobal Dynamics, edited by W.R. Peltier, pp.657-763, Gordon and Breach, New York, 1989.

また、地震波形記録を用いた S波速度グローバルトモグラフィーで上部下部マントル境界を境にしてパターンに目立った不連続が見られないこと(例えば Su,Woodword and Dziewonski, 1994)、あるいは初動到達時刻データを用いた P波速度グローバルトモグラフィーの沈み込むスラブイメージで上部下部マントル境界を突き抜けて最下部マントルに達するものがあること(例えば van derHilst et al., 1997)などが全マントル対流論を支持する根拠として使われた(この問題に関するレビューとして Fukao et al., 2001)。しかし 1997年以降、こうした議論を再検討する動きが強まりつつある。その代表例としてここでは Forte and Woodward (1997)及び Cadek and Fleitout(1999) の論文を紹介する。

1. Su, W.J., R.L. Woodward and A.M. Dziewonski, Degree 12 model of shear velocity hetero-geneity in the mantle, J. Geophys. Res., 99, 6945-6980, 1994.

2. Van der Hilst, R.D., S. Widiyantoro, and E.R. Engdahl, Evidence for deep mantle circulationfrom global tomography, Nature, 386, 578-584, 1997.

3. Fukao, Y., S. Widiyantoro, and M. Obayashi, Stagnant slabs in the upper and lower mantletransition region, Rev. Geophys., 39, 291-323, 2001.

4. Forte, A.M., and R.L. Woodward, Seismic-geodynamic constraints on three-dimensionalstructure, vertical flow, and heat transfer in the mantle, J. Geophys. Res., 102, 17981-17994, 1997.

5. Cadek, O., and L. Fleitout, A global model with imposed plate velocities and partial layering,J. Geophys. Res., 104, 29055-29075, 1999.

Forte and Woodward (1997)は、地震波形記録を用いた S波速度グローバルトモグラフィーで上部下部マントル境界を境にしてパターンに目立った不連続が見られないことを根拠に2層対流を否

定するのは間違いであることを指摘した。こうしたトモグラフィーでは速度異常分布が半径方向に

滑らかに変化することが予め条件としてプログラムの中に組み込まれており、トモグラフィー結果

のパターンに上部下部マントル境界を横切って不連続的変化が見られないのはある意味当たり前と

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いうわけである。そこで彼らはつぎのようなアプローチを取った。

使用したデータセット

(1) 地震波形記録、地震波走時差データ、地球自由振動 splitting functions

(2) 長波長重力異常分布、CMB扁平率の静水圧平衡からのズレ

未知数

(i) 深さ・緯度・経度の関数としての S波速度異常

インバージョン

先ず (1)のデータに基づいて S波速度異常モデルを求め、それを密度異常分布に換算すると、密度異常によって駆動されるマントル対流モデルが得られる。いったん対流モデルが求めら

れれば、前々節で議論した手法を用いて重力異常分布と CMB扁平率(の静水圧平衡からのズレ)とが計算できて (2)のデータと比較できる。

660-km不連続面の効果

上記 S波速度異常モデルを求めるにあたって、次のようにして求めた 670-km不連続面の凸凹の寄与(凸凹に由来する密度異常)を考慮する。即ち、得られた S波速度異常モデルから深さ 670-kmにおける温度異常分布を求め、この温度異常分だけ(Clapeyron Slope に沿って)spinel-post spinel相分解の起きている深さは上下していると考える。そして、地球モデル PREMの深さ 670-kmにおける地震波速度・密度コントラストは、実際にはこの凸凹した不連続面を境にしたコントラストであるとみなし、モデルから (1)(2)の予測値を計算する際にその影響を取り込むのである。

目的関数

この一連のプロセスをつぎの2つを最小化するインバージョンとしてプログラミングする。

(A) 上記 (1)のデータと得られたS波速度異常モデルから計算した値との差

(B) 上記 (2)のデータと得られた対流モデルから計算した値との差

但し、最小化にあたっては以下の付帯条件をかます。

付帯条件

深さ 670-kmにおいて鉛直流速はゼロ

この付帯条件の強さを wとすると、w = 0が 670-km不連続面で鉛直流に関して拘束なしの場合に相当し、w = ∞が 670-km不連続面を横切る鉛直流なしの場合に相当する。当然、拘束無しの場合の方が目的関数をより最小化できる筈であるが、ここでの目的は、強い拘束をつけた場合に拘束

なしの場合と比べて殆ど遜色のない解が存在するかどうかを明らかにすることである。

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上に述べたように未知数は S波速度異常だけであり、密度異常は S波速度異常から与えられた換算比を用いて計算できるものとする。著者による換算比 d(ln ρ)

d(ln β) を地球半径 rの関数として図 4.4Fig.1(a)に示す。実線が Karato(1993)による換算比、点線は著者による修正版である。一方、粘性分布もわかっているものとしそのプロフィルを図 4.4 Fig.1(b)に示す。モデルMODHは下部マントル粘性率が上部マントル粘性率の 30倍であるとする Hager(1984)のモデル、モデル MODFは上部・下部マントル境界に著しく低粘性な薄層をはさみこんだ Forte et al. (1993)のモデルである。

1. Forte, A.M., A.M. Dziewonski and R.L. Woodward, Aspherical structure of the mantle,tectonic plate motions, nonhydrostatic geoid and topography of the core-mantle boundary,in Dynamics of the Earth’s Deep Interior and Earth Rotation, Geophys. Monogr. Ser., 72,edited by J.L. LeMouel, D.E.Smylie and T.Herring, pp.135-166, AGU, Washington, D.C.,1993.

Forte and Woodward (1997)

図 4.4: 速度異常から密度異常への変換比と粘性分布

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Forte and Woodward (1997)

図 4.5: 地震データだけを使って求めたモデルと鉛直流が 670-km不連続面で相当に妨げられる場合のモデル (model A)との比較

図 4.5 Fig.4は w = 0の場合に近いモデル (SH8M/WM13:地震データ (1)だけを使って求めたモデル、測地データ (2)は考慮されてない、文献紹介省略)と、wの値が大きくて鉛直流が 670-km不連続面で相当に妨げられる場合のモデル (model A)とを比較したものである。図には同一水平面内の鉛直流速分布の rms (root mean square) 値が半径 r の関数として示されている。両者の

最も顕著な違いは、深さ 670-kmで w = 0の場合は流速が極大になるのに対し、model Aの場合は逆に極小になることである。このような 670-kmにおける強い拘束にも関わらず model A はSH8M/WM13と同程度に地震データ (1)をよく説明する。その一例を図 4.6 Table 1に示す。この表は SH8M/WM13と model Aのそれぞれが、Woodward and Masters (1990、文献紹介省略)の測定した SS-S走時差、ScS-S走時差ををどれだけよく説明するかを示したものである。但し、ここで走時差とは (観測走時差) ― (1次元モデルに基づく理論走時差) を意味する。表の数字は

いわゆる variance reduction Rの値を%で表わしたもので、以下のようにして定義される。

 R = 1 − (観測値−新モデル予測値)の二乗和(観測値−初期モデル予測値)の二乗和

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Forte and Woodward (1997)

図 4.6: 対流モデルが地震データをどれだけ説明できるかを示した variance reduction R

表に示された Rの値は、SS-S, ScS-S 等の地震学データを説明する上で、ジオダイナミックモデル (model A)が純地震学的モデル (SH8M/WM13)に遜色ないことを示している。しかもジオダイナミックモデルは重力異常データも合わせるように作られているので、ジオイドとの適合度は純地

震学的モデルよりもはるかによい。図 4.7 Fig.3には、インバージョンの過程で求めた不連続面の起伏を、それとは独立に地震学的手法で求めた不連続面の起伏 (Shearer, 1993、文献紹介省略)とを比較したものが示されている。両者は符号、振幅とも大局的には比較的よく合っているというこ

とができる。図 4.6 Table 1 には model Bというモデルもあるが、これは、670-km不連続面における鉛直流速=ゼロという拘束の重みが次数 lの二乗で大きくなるモデルである( l = 2を除いた全鉛直流速には殆ど違いはないが、l = 2の鉛直流速は model Bのほうがずっと大きい)。Model Bの方が model Aよりジオイドに関してより合っているが、地震学データに対する差はほんのわずかである。いずれにせよ、上部・下部マントル境界で鉛直流が妨げられるという拘束を加えても、

加えない場合と同程度に地震学的データを説明できてしまうのである。

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Forte and Woodward (1997)

図 4.7: 地震学的手法で求めた不連続面の起伏

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Forte and Woodward (1997)が既成のトモグラフィーモデルに頼らず、元々の地震学的データを用いてトモグラフィーモデルと対流モデルとを同時に求めたのに対し、Cadek and Fleitout (1999)は、従来通り既成のトモグラフィーモデルを用いて (彼らが使ったのは Su et al., 1994; Woodhouseand Trampert, 1995; Masters et al., 1996 の3つ、文献紹介省略) 対流モデルを求めた。また、Forte and Woodward (1997) は、670-km 不連続面で鉛直流が抑えられるという効果を「鉛直流速=0」という拘束条件によって表わし、インバージョンの中でこの拘束条件の重みを変えてデー

タを最もよく説明する重みを探したのに対し、Cadek and Fleitout (1999)は2つの解の重み付き重ね合わせによって最もよくデータを説明する解を探した。解1の流れはトモグラフィーモデル

から導かれる密度異常分布によって駆動され、660-kmの深さで流れに拘束なしの全マントル対流モデル。解2の対流も同様にトモグラフィーモデルからの密度異常分布によって駆動されるが、

660-km不連続面で沿直流が完全に堰きとめらるモデル(2層対流モデル)。解2は解1を用いて以下のように求めることができる。第1の解1から 660-km不連続面における鉛直流速分布 vが計

算できるが、ここで副次解として深さ 660-kmにおける鉛直流速分布が −vとなるように 660-km面に集中密度異常分布を与えて(他には密度異常なし)、解1と同じ境界条件で流れ場を計算す

る。解2はこの副次解と解1との重ね合わせとして求められる。Cadek and Fleitout の境界条件でForte and Woodward の境界条件と大きく異なるのは、Forte and Woodwardが地表面で Free Slip(vertical velocity = 0, shear traction = 0) という条件を与えたのに対して、Cadek and Fleitoutはプレートの底(深さ 100-km)における水平速度分布と鉛直速度分布が実際のプレート運動と一致するとした点である。鉛直速度は、収束境界あるいは発散境界の線上でのみ non-zeroで、残りの部分は全てゼロの筈であるが、Cadek and Fleitout はこの線状分布を球面調和関数展開して低次の項だけを( l = 12まで)取り出した。同様に、水平速度分布も球面調和関数展開して低次の項だけを取り出した。

Cadek and Fleitout のアプローチの特徴でありまた問題点でもあるのは、対流表面の境界条件をプレート運動に等しいとしたことである。この境界条件のもとでは、プレート運動はマントル内

の密度不均質によって引き起こされるものではなく、未知の力、言わば神の手によって引き起こさ

れたものとなる。逆に言えば、対流の駆動源には密度異常分布だけでなくプレート運動も含まれる

ことになる。しかし一方で従来の対流モデルの難点であったプレート運動を再現できないという困

難は(当然のことながら)なくなった。

Cadek and Fleitout は最適解を

      最適解 = (1 − λ)解1 + λ解2

によって表わし、データ( l = 2 − 12のジオイド)に最もよくフィットする解(最適解)を与えるλの値を探索した。λ = 0なら全マントル対流が最適解であり、λ = 1ならば完全2層対流モデルが最適解となる。

対流の駆動源がマントル内部の密度異常であるとした場合にプレート運動が説明できないのは、与えた密度異常分布が不適切であったということではなく、もっと本質的な問題である。この点をRicard and Vigny(1989)に従って説明しよう。非静水圧圧力 p(x, y, z)と密度不均質 δρ(x, y, z)によって引き起こされる対流の速度場を v(x, y, z)とする。但し鉛直下向きを z 方向に取る。粘性率と Referenceの密度は一様でそれぞれ ρ, ηとする。Navier Stokesの方程式は

−∇p+ ηV + δρgk = 0 (4.1)

但し kは z 方向の単位ベクトル。非圧縮流体の連続の式は

∇ · V = 0 (4.2)

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(4.2)式より速度Vは一般的に

V = ∇× Tk + ∇× (∇× Sk) (4.3)

と書くことができる(一般に ∇ · ∇ × x = 0 であり Tkと ∇× Skとは互いに直交し大きさも互いに独立)。(4.3)式において右辺第1項は鉛直軸の回りの回転を表わす toroidal成分、第2項は水平2軸の回りの回転を表わす poloidal成分である。ここで

V = ∇(∇ ·V) −∇× (∇×V) (4.4)

 ∇× (∇ψ) = 0 (4.5)

に注意すると (4.1)式の rotationを取ることにより

∇× [−η∇× (∇×V) + δρgk] = 0 (4.6)

が得られる。(4.6)式に (4.3)式を代入すると

∇× −η∇× [∇× (∇× Tk)] − η∇× [∇× ∇ × (∇× Sk)] + δρgk = 0

ここで (4.4)(4.5)を再び用いて

∇× η∇× (kT ) − ηk2S + δρgk = 0 (4.7)

の中の第1項と第3項とは直交し、第2項と第3項とは平行している。従って

   2S =δρg

η(4.8)

T = 0 (4.9)

即ち、内部質量異常分布が作り出す流れ場は poloidal fieldのみであり、toroidal fieldを作り出すことはできない。一方、現実のプレート運動ではその運動エネルギーは poloidal, toroidalの両モードに殆ど等分配されており(例えば Forte and Peltier, 1987), 上に導いた理論的帰結とは明らかに矛盾する。Ricard and Vigny (1989)は、内部質量異常分布が toloidal fieldを作り出すためには粘性率が一様であってはならず水平方向に非均質でなければならないことを示した。なお、Cadek and Fleitout (1999) のモデルが水平に一様な粘性率にも関わらず toloidal fieldを作り出しているのは、対流の駆動源が内部質量分布だけでなく、地表面にも所与の運動速度分布というかたちで存在するためである。

1. Forte, A.M., and W.R. Peltier, Plate tectonics and aspherical Earth structure: The impor-tance of poloidal-toroidal coupling, J. Geophys. Res., 92, 3645-3679, 1987.

2. Ricard, Y., and C. Vigny, Mantle dynamics with induced plate tectonics, J. Geophys. Res.,94, 17543-17559, 1989.

Cadek and Fleitout の考えた対流システムは、重み λ以外に粘性率に関して3つ、換算率に関

して2つ、計6つの free parametersを持つ。ここで換算率とは相対 S波速度異常 dVV を相対密度

異常 dρρ に変換するための係数で、c = ∂ ln ρ

∂ ln V で定義される。

Layer Depth range Viscosity Conversion factor

Asthenosphere 100 − 300 ηast 0Upper mantle 300 − 660 ηUM cUM

Lower mantle 660 − 2890 ηLM cLM

データ(観測ジオイド異常)とモデル予測値との合い具合は下記で定義される variance reduction P

を用いて測ることにする。

P = 1 − 観測ジオイドと予測ジオイドの差のパワー観測ジオイドのパワー

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3つのトモグラフィーモデルに対して、重み λをいろいろ変えてそれぞれ最適モデルを求め、

variance reduction Pを λの関数として示したのが、図 4.8 Fig.1である。Hager (1984)以来の一般的なアプローチは 660-km不連続面で拘束なし (λ = 0)であったが、この場合の variance reductionPはたかだか 45%で観測ジオイドを良く説明できていない。Hager (1984)以来のこれまでの (λ = 0に相当する) 全対流モデルが観測ジオイドを良く説明していたのは、地表面において Free-slip 条件をかました結果であり、地表面においてプレート速度分布を与えた全マントル対流モデルは観測

ジオイドを説明できないのである。後者の場合、完全2層対流モデル (λ = 1, P = 55% )の方が全マントル対流モデル (λ = 0, P = 45% )よりまだ良く観測を説明できている。最も良く観測ジオイドを説明するのは、完全2層対流と全対流とを2対1の割合で混合した不完全2層対流モデル

(全マントル対流モデルと比べて 660-km不連続面において鉛直流速が 1/3に減ずるモデル)である(variance reduction は 70-75%にも達する。次数2の成分だけなら 90%、次数3だけなら 80%、但し他の成分は 20%を越すことは殆どない)。図 4.9 Plate 1にこの場合の計算ジオイドを観測ジオイドと比較した。両者は良く一致している。

Cadek and Fleitout (1999)

図 4.8: variance reduction P と λの関係

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図 4.9: 計算ジオイドと観測ジオイドとの比較

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図 4.10 Fig.2は、variance reduction Pを重み λと粘性比( ηastηUM , ηLM

ηUM)との関数として表現し

たものである。ジオイドをよく説明するためには、 ηastηUM はたかだか 0.5以下、ηLM

ηUM は少なくとも

80以上である必要があり、対流としては完全2層対流 2/3, 全マントル対流 1/3 の不完全2層対流。ここで、Hager (1984)以来 Forte and Woodward (1998)に到るまで地表面で Free slipとする境界条件では、ジオイドと比較して決められるのは粘性比であって粘性率の絶対値ではないことに

注意。これは、第 2 章において一様粘性流体を仮定してジオイドを計算したとき、ジオイドの表現式に粘性率が含まれなかったことからも直感的には理解できる。これは、ジオイドに直接関わる

のは(境界面の凸凹をもたらす)応力であり粘性率と歪速度との積であることに由来する。一方、

Cadek and Fleitout の取り扱いでは地表面で絶対速度分布を与えているため絶対粘性率までもを求めることができる。その結果を図 4.11 Table 1において post glacial reboundデータの解析から求めた ηUM , ηLM の値と比較した。ここで得られている ηLM

ηUM の値は Post glacial reboundデータから求めた ηLM

ηUM の値よりも大き目であるが、絶対値としては似たような値が得られていることに

注意。図 4.12 Fig.4に variance reduction P が(速度変化から密度変化への)換算率 cUM, cLM

にどれだけ敏感かを示した。cUM = 0で P は最大となっており、seismic tomographyから求めた密度分布はジオイド分布に殆ど貢献しないことを物語っている。もっとも cUM = 0.25であっても P はそれほど減少せず、要するに cUM をジオイドとの比較から決めることが無理なのである。

一方、cLMに関しては、cLM = 0.3で P は明瞭な極大値を取る。cLM = 0.3は Karato(1993)の推定値とも良く一致する。

Cadek and Fleitout (1999)

図 4.10: variance reduction P と重み λと粘性比の関係

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Cadek and Fleitout (1999)

図 4.11: 絶対粘性率の比較

Cadek and Fleitout (1999)

図 4.12: variance reduction Pの速度変化から密度変化への換算率に対するセンシティビティー

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Cadek and Fleitout (1999)

図 4.13: 660km不連続面の起伏

プレート運動を説明できないという問題とともに、Hager(1984) 以降の対流モデルにはもう1つ大きな困難があった。それは、内部質量異常が駆動する対流が作り出す地表面の起伏 dynamictopographyの振幅が現実と比べて大きすぎるという問題である。地表の長波長起伏はその殆どが、地殻の厚さや密度変化に由来するか、海洋プレートの熱冷却に由来するものであって、dynamictopography の振幅はたかだか 500-mの程度と見積もられている (Colin and Fleitout, 1990; LeStunff and Ricard, 1995)。しかしこれまでの対流モデルにおける dynamic topographyの rms振幅は何れも 2-kmの程度であり、明らかに大きすぎる。Cadek and Fleitout の取り扱いではどうだろうか。図 4.12 Fig.5には観測 rmsジオイド高(100-m程度)で規格化した dynamic topographyの rms振幅を重み λの関数として示した。λ = 0において dynamic topographyはジオイド高の

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5倍(500-m程度)で λが増加するにつれて V ariance reduction P は減少する。P が最大とな

る λ = 0.6 − 0.7で dynamic topographyは最小となり、その振幅はジオイド高よりも小さくなる。λ = 0において地表面の境界条件を free-slipとすると dynamic topographyがジオイド高の8倍にもなることに注意。Cadek and Fleitout のモデルは dynamic topographyに関して従来のモデルよりも現実をよりよく説明する。660-km不連続面における起伏は、組成境界における起伏を求めるのと同じ手法(前章参照)で計算することができる。図 4.12 Fig.5は、こうして計算した起伏振幅を重み λの関数としてプロットしたものである。但しここで、起伏振幅は地震学的に

求めた起伏振幅 (Flanagan and Shearer, 1998)で規格化してある。驚くべきことに、計算起伏はvariance reduction P が最大となる λ = 0.6 − 0.7でプラトーを形成し、そこで振幅は地震学的に求めた起伏振幅と同程度となる。このときの起伏パターンを図 4.13 plate 3において地震学的に求めたパターンと比較した。両者は比較的良い一致を示す。

1. Colin, P., and L. Fleitout, Topography of the ocean floor: Thermal evolution of the litho-sphere and interaction of deep mantle heterogeneities with the lithosphere, Geophys. Res.Lett., 17, 1961-1964, 1990.

2. Le Stunff, Y., and Y. Ricard, Topography and geoid due to lithospheric mass anomalies,Geophys. J. Int., 122, 982-990, 1995.

3. Flanagan, M.P., and P.M. Shearer, Global mapping of topography on transition zone velocitydiscontinuities by stacking SS precursors, J. Geophys. Res., 103, 2673-2692, 1998.

さて、これまで地震波トモグラフィーから密度分布モデルついで対流モデルを導き、それからジ

オイド、dynamic topography, 660-km不連続面の起伏を計算し、それらを観測と比較した。ここで比較すべきものは地球の現在の姿であった。本章の最後に、対流モデルからの帰結を過去から現

在までの地球の姿(ここでは特に True polar wander の軌跡)と比較してみよう。地震波トモグラフィーから得られる対流モデルは、現在という瞬間の対流パターンを表わすもので時間変化を追い

かけることはできない。しかしマントル内の質量異常が生成も消滅もせずに単に移流によってその

空間分布を変えながら現在にまで到ったと仮定するならば、ある程度過去にまで遡ることが可能で

ある。質量異常の不生成・不消滅の仮定は、当然、時間が短いほど、また密度異常分布が長波長ほ

ど、よい近似となる。Steinberger and O’Conenell(1997)は時間を過去 64Maに限り、また注目する波長を球面調和関数の次数 l = 2に限ることによって対流モデルを過去へと遡らせた。

1. Steinberger, B., and R.J. O’Connell, Changes of the Earth’s rotation axis owing to advectionof mantle density heterogeneities, Nature, 387, 169-173, 1997.

その方法は以下の通り:

(1) S波速度異常分布として Su, Woodward and Dziewonski (1994) の地震波トモグラフィーモデルを採用

(2) S波速度異常を Karato(1993)に従って密度異常に変換

(3) 地表面の境界条件として過去 64Maのプレート運動 (Gordon and Jurdy, 1986)を採用

(4) Forte et al.(1993)による粘性率モデルを採用

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(5) マントルの密度不均質によって駆動される現在の流れ場を (3)を境界条件として計算

(6) 流れ場に従って密度不均質分布を時間∆t分だけ過去に引き戻し、∆tだけ過去のプレート運

動を境界条件として再び流れ場を計算、これを 64Maまで繰り返す

(7) 各時間ステップにおいて次数 l = 2のジオイドの静水圧平衡からのズレを計算

(8) 現在の計算ジオイド (l = 2)と観測ジオイド (l = 2)とが一致するように、各時間ステップにおいて計算ジオイドに両者のズレを加算

(9) l = 2の計算ジオイドを McCullagh′s formulaに従って慣性モーメントテンソルへと変換

しその主軸を計算

第 1 章の復習になるが、自転軸(全角運動量ベクトル軸)は、最大全慣性モーメント軸に追従しようとする。今、最大非静水圧慣性モーメント軸が自転軸から大きくずれて、最大全慣性モーメン

ト軸が自転軸からわずかにずれたとする。すると最大全慣性モーメント軸に自転軸が一致するよう

に rotational bulgingが起こり、結果として自転軸が最大非静水圧慣性モーメント軸側に多少シフトする。すると最大全慣性モーメント軸は再び自転軸からわずかにずれて同じことが繰り返され、

結局、ことは自転軸が最大非静水圧慣性モーメント軸に一致するまで続くことになる。この過程に

要する時間は、どれだけ早く rotational bulgingが起こるかによって決まり、それは結局マントルの粘性率がどれだけかに依存する。今、マントル内に突然質量の再配分が起こり、慣性モーメント

テンソルに突然非対角要素 J13 = 1033kgm2が生じたとする。図 4.14 Fig.2はこのときに、どれだけのスピードで自転軸が移動するかを示したものである。左図は ➀ 1500-kmから CMBまで、 ➁

1000-kmから CMBまで、 ➂ 0-kmから CMBまでの粘性率が ηlmであるとして、3つのケースそ

れぞれについて、自転軸の移動速度を ηlmの関数としてプロットした(但し初期の transientな極運動が消滅したあとの準定常的な運動成分のみ)。右図は、深さ dlm 以深の粘性率が ➀ 1023, ➁ 4×1022, ➂ 1022Pa·sの3つのケースそれぞれについて、自転軸の移動速度の逆数が dlmの値ととも

にどのように変化するかを示したものである。図 4.14 Fig.2左図によれば ηlm = 1022−1023Pa·sの範囲で自転軸の移動速度は 30-10度/Maの程度、右図によれば自転軸が 1度移動するのに 2-10x104

年かかることがわかる。一方、過去 50Maの間に自転軸は 10度(以下)であることが知られており、自転軸は最大全慣性モーメント軸の移動にそれほど遅滞無く追随すると考えてよい。この 50Maに 10度(以下)(1000km程度)の移動というのは、プレートの移動速度(10Maで 1000km程度)と比べればずっと遅く、マントル対流による質量再配分が先ず起きて最大全慣性モーメント軸がシ

フトし、それに自転軸が追随するというシナリオが成立していると考えられる。図 4.15 Fig.1に最大慣性モーメント軸の移動に自転軸が直ちに追随するとして計算した自転軸の軌跡(理論 polarwander 軌跡)を観測 polar wander 軌跡と比較した。両者は比較的良く一致しているということができる。

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図 4.14: マントル内質量異常による自転軸の移動

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Steinberger and O'Connel (1999)

図 4.15: 最大慣性モーメント軸の移動に自転軸が直ちに追随するとして計算した自転軸の軌跡と観測 polar wander 軌跡との比較

以上見てきたように地震波トモグラフィーは、マントル対流モデルを通して、様々な地球物理観

測量(ジオイド分布、dynamic topography, 660-km不連続面の起伏、CMBの非静水圧平衡形、その他ここでは触れなかったが地殻熱流量分布:

Pari, G., and W.R. Peltier, Global surface heat flux anomalies from seismic tomography-based models of mantle flow: Implications for mantle convection, J. Geophys. Res., J.,23743-23780, 1998.

など)と有機的に結び付けられるようになった。また地震波速度変化から密度変化への換算率を大

陸の下と海洋の下とで変えたほうがジオイドをよく説明できることから、大陸の下と海洋の下との

組成の違いが議論されるようになった:

Forte, A.M., A.M. Dziewonski, R.J. O’Connell, Continent-ocean chemical heterogeneity inthe mantle based on seismic tomography, Science, 268, 386-388, 1995.

Forte, A.M., and H.K. Claire Perry, Geodynamic evidence for a chemically depleted conti-nental tectosphere, Science, 290, 1940-1944, 2000.

また、マントル対流の時間変化を追うことによって、質量再配分の結果起こる変動現象(True polarwander, その他ここでは触れなかったが、地球軌道パラメタの時間変化:

Forte, A.M., and J.X.Mitrovica, A resonance in the Earth’s obliquity and precession overthe past 20 Myr driven by mantle convection, Nature, 390, 676-680, 1997.

海水準の時間変化:

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Stunff, Y.L., and Y. Ricard, Partial advection of equidensity surfaces: A soultion for thedynamic topography problem, J. Geophys. Res., 102, 24655-24667, 1999.

など)がマントル対流と結びつけて理解され始めている。

問題 14 地震波トモグラフィーと様々な地球物理観測量( time-dependentな観測量も含めて)とをつなぐ論理を整理してフローチャ-トにしてみよ。

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図 目 次

1 プレートテクトニクスの概念図 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 32 現在のプレート運動と5千万年前のプレート運動の比較 . . . . . . . . . . . . . . . 43 ホットスポットの概念図 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 54 ハワイホットスポットの作り出した火山列 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 65 世界のホットスポット分布 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 76 ジオイド異常分布と下部マントルの地震波速度異常分布 . . . . . . . . . . . . . . . 97 Su et al. (1994) によるトモグラフィー . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 118 密度不均質が引き起こす対流と対流に伴う境界面の変形 . . . . . . . . . . . . . . . 129 スカンジナビア半島の過去1万年の隆起の歴史 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 1410 マントル対流の最も基本的なパターン . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 1511 地震波(P波)トモグラフィーによる断面図 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 1712 地震波(S波)トモグラフィーによる中米の断面図 . . . . . . . . . . . . . . . . . 1813 過去のプレート運動の復元図 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 1914 アフリカ大陸の岩石から求めた過去2億年の古地磁気極の位置 . . . . . . . . . . . 2115 太平洋の海底地形 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 2216 地球環境6億年の歴史 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 24

1.1 Origin of Hotspots . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 321.2 Origin of hotspots/Flood basalts and hotspots . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 331.3 Flood basalts and hotspots(continued) . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 341.4 Present-day plate motions in the NUVEL1 model . . . . . . . . . . . . . . . . . . 351.5 Present-day plate motions in the NUVEL1 model(continued ) . . . . . . . . . . . 361.6 Present-day plate motions in the NUVEL1 model(continued ) . . . . . . . . . . . 371.7 真の極移動 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 391.8 mean-lithosphere reference frame におけるプレート運動 . . . . . . . . . . . . . . 421.9 ホットスポット系におけるプレート運動史 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 431.10 ホットスポット系におけるプレート運動史 continued . . . . . . . . . . . . . . . . 441.11 時代毎の veq(θ) . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 451.12 mean-lithosphere reference frame と hotspot frameとの違い . . . . . . . . . . . . 47

2.1 質量異常分布による対流運動の模式図 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 482.2 対流運動による重力異常の計算 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 542.3 一層対流と二層対流での地形のレスポンスの違い . . . . . . . . . . . . . . . . . . 582.4 均質流体地球と非均質地球のジオイドのレスポンスの違い . . . . . . . . . . . . . 582.5 地球のジオイド . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 59

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3.1 MgO の熱膨張係数 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 633.2 Yuen et al. (1993) による変換ファクター f(r) . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 643.3 Yuen et al. (1993) f(r) . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 663.4 熱膨張に伴う原子間ポテンシャルの変化 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 673.5 S波速度異常と P波速度異常の比 R . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 683.6 剛性率と温度の関係 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 683.7 マントルにおける P波と S波の変換ファクター . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 713.8 物理分散の説明図と物理分散を考慮した地球モデル PREM . . . . . . . . . . . . . 723.9 地球内部の推定温度分布と上部マントルの推定温度分布 . . . . . . . . . . . . . . . 733.10 Racritと RQの関数 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 803.11 phase buoyancy parameter と対流パターンとの関係 . . . . . . . . . . . . . . . . . 823.12 いろいろな Raに対する Nusselt 数 Nuと P の関数 . . . . . . . . . . . . . . . . . 833.13 対流の時間発展 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 843.14 マントル流 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 873.15 鉛直質量フラックス . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 883.16 温度の球面平均と深さの関係 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 893.17 相転移と水平方向密度非均質のパワー . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 90

4.1 ジオイドカーネル . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 924.2 観測ジオイドと長波長ジオイド異常 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 944.3 補正されたジオイド異常 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 954.4 速度異常から密度異常への変換比と粘性分布 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 994.5 地震データだけを使って求めた対流モデルと鉛直流が 670-km不連続面で相当に妨

げられる場合の対流モデル (model A)との比較 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 1004.6 対流モデルが地震データをどれだけ説明できるかを示した variance reduction R . 1014.7 地震学的手法で求めた不連続面の起伏 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 1024.8 variance reduction P と λの関係 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 1054.9 計算ジオイドと観測ジオイドとの比較 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 1064.10 variance reduction P と重み λと粘性比の関係 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 1074.11 絶対粘性率の比較 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 1084.12 variance reduction Pの速度変化から密度変化への換算率に対するセンシティビティー1084.13 660km不連続面の起伏 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 1094.14 マントル内質量異常による自転軸の移動 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 1124.15 理論 polar wander 軌跡と観測 polar wander 軌跡と比較 . . . . . . . . . . . . . . 113

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