セルロースナノファイバー cnf)を用いた複合材料 …...sem、tem...

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1 セルロースナノファイバー(CNF)を用いた複合材料の 形態観察および CNF の構造解析 形態科学研究部 増田 昭博 構造化学研究部 木村 一雄 有機分析化学研究部 竹本 紀之 東レテクノ株式会社 小杉 剛史 CNF を扱う研究開発のうち、ほぼすべての材料分野、研究フェーズで電子顕微鏡を用いた観察は必 要な評価となっている。特にポリマー中に分散する CNF TEM 観察するためには、これまで高分子材料 TEM 試料作製を実施する上で不可欠であった「電子染色」の技法を駆使する必要がある。今回、CNF を用いた複合材料の形態観察事例を紹介すると共に、 CNF 自体の観察事例、構造解析例として 13 C 固体 NMR 法による結晶化度、および酸加水分解 HPLC- 蛍光検出法による構成糖分析の例を示す。 1. はじめに 弊社は民間の分析受託調査会社として、長年幅広い分 野の素材を扱っており、最先端の素材に触れる機会も 多い。特に、電子顕微鏡を用いた観察はほぼすべての 材料分野、研究フェーズで必要な評価となっているこ とが別報の調査でも明らかになっており、近年はセル ロースナノファイバー(以下、CNF と称す)について のお問い合わせをいただく機会が増えている。そこで 今回は、 CNF を用いた複合材料の形態観察事例を紹介 する。また、 CNF 自体の観察事例、構造解析例として 13 C 固体 NMR 法による結晶化度、および酸加水分 HPLC- 蛍光検出法による構成糖分析の例を示す。 2. 形態観察の概要 CNF はパルプを砕いて得られる粉砕物から、ウエット 環境下で微分散化することにより得ることができる。 ゴム・プラスチックなどに CNF で複合化する際に、ド ライな状態で得られる粉砕物はサイズが大きく、フィ ラーとしての特性が得られない問題が生じる。一方サ イズの小さい CNF はウエットな状態で親水性である ため、疎水性の樹脂への分散は困難である。そこで、 CNF 分散性向上のために様々な検討が進められてお り、例えば樹脂粉末を水系に置き CNF と均一分散後、 脱水乾燥、溶融混練して成形加工する方法 1) CNF カチオン化処理して PA11 に分散させる方法 2) などが ある。開発過程において CNF の分散状態を形態的に解 析することは、物性との相関を図る上で非常に重要で ある。形態観察の手法としては、X CT,走査型電 子顕微鏡(SEM),透過型電子顕微鏡(TEM), 3D-SEM3D-TEM 等が用いられている。m オーダーの凝集体 の分散状態解析であれば X CT が有効であるが、解 繊が進行した CNF のナノメートルレベルの微細構造 解析には SEMTEM が適している。また、X CT 3D-SEM などの三次元形態観察結果からは、 CNF サイズなどの定量解析も可能になる。 3. CNF および CNF/ポリマーの観察事例 まず、原料である CNF 水分散体の TEM 写真を図 1 The TRC News, 201904-02 (April 2019)

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セルロースナノファイバー(CNF)を用いた複合材料の

形態観察および CNFの構造解析

形態科学研究部 増田 昭博

構造化学研究部 木村 一雄

有機分析化学研究部 竹本 紀之

東レテクノ株式会社 小杉 剛史

要 旨 CNFを扱う研究開発のうち、ほぼすべての材料分野、研究フェーズで電子顕微鏡を用いた観察は必

要な評価となっている。特にポリマー中に分散する CNF を TEM 観察するためには、これまで高分子材料

の TEM 試料作製を実施する上で不可欠であった「電子染色」の技法を駆使する必要がある。今回、CNF

を用いた複合材料の形態観察事例を紹介すると共に、CNF自体の観察事例、構造解析例として 13C核 固体

NMR法による結晶化度、および酸加水分解HPLC-蛍光検出法による構成糖分析の例を示す。

1. はじめに

弊社は民間の分析受託調査会社として、長年幅広い分

野の素材を扱っており、最先端の素材に触れる機会も

多い。特に、電子顕微鏡を用いた観察はほぼすべての

材料分野、研究フェーズで必要な評価となっているこ

とが別報の調査でも明らかになっており、近年はセル

ロースナノファイバー(以下、CNFと称す)について

のお問い合わせをいただく機会が増えている。そこで

今回は、CNFを用いた複合材料の形態観察事例を紹介

する。また、CNF自体の観察事例、構造解析例として

13C核 固体 NMR法による結晶化度、および酸加水分

解 HPLC-蛍光検出法による構成糖分析の例を示す。

2. 形態観察の概要

CNFはパルプを砕いて得られる粉砕物から、ウエット

環境下で微分散化することにより得ることができる。

ゴム・プラスチックなどに CNFで複合化する際に、ド

ライな状態で得られる粉砕物はサイズが大きく、フィ

ラーとしての特性が得られない問題が生じる。一方サ

イズの小さい CNF はウエットな状態で親水性である

ため、疎水性の樹脂への分散は困難である。そこで、

CNF 分散性向上のために様々な検討が進められてお

り、例えば樹脂粉末を水系に置き CNFと均一分散後、

脱水乾燥、溶融混練して成形加工する方法 1)や CNFを

カチオン化処理して PA11 に分散させる方法 2)などが

ある。開発過程において CNFの分散状態を形態的に解

析することは、物性との相関を図る上で非常に重要で

ある。形態観察の手法としては、X 線 CT,走査型電

子顕微鏡(SEM),透過型電子顕微鏡(TEM),3D-SEM,

3D-TEM 等が用いられている。m オーダーの凝集体

の分散状態解析であればX線 CTが有効であるが、解

繊が進行した CNF のナノメートルレベルの微細構造

解析には SEM,TEM が適している。また、X 線 CT

や 3D-SEMなどの三次元形態観察結果からは、CNFの

サイズなどの定量解析も可能になる。

3. CNFおよび CNF/ポリマーの観察事例

まず、原料である CNF水分散体の TEM写真を図 1お

The TRC News, 201904-02 (April 2019)

The TRC News, 201904-02 (April 2019)

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よび 2に示す。機械処理 CNFは図 1(a)に示すように数

ミクロンから 20 μmを超える凝集体とフィブリルが観

察される。さらに拡大すると、図 1(b)に示すように、

凝集体内部にはCNFが太さ約10~20 nmのバンドルを

形成している様子と、フィブリル内部には大きな束に

なっている様子が観察される。一方、2,2,6,6-テトラメ

チルピペリジン-1-オキシラジカル(TEMPO)CNF は

図 2(a)より、1 本単位で高分散しており、長さは数十

~200 nm程度である。高倍像である図 1(c)と図 2(b)を

比較すると、いずれも太さが 3~5 nmの繊維状構造を

確認でき、1本単位の CNFであることがわかる。

図 1 機械処理CNFの TEM写真

図 2 TEMPO CNFの TEM写真

次にポリマー中に分散したサンプルの例として天然

ゴム/EVA 樹脂/CNF コンポジット TEM 写真を図

3(a)および図 4(a)に示す。これらは電子染色を実施して

おり、EVAが染色されてコントラストが黒化し、天然

ゴムと EVA の相分離構造を観察することができる。

CNFについては、天然ゴム中に存在する凝集体を確認

できるが、EVA中には認められない。したがって、CNF

は最初に混練した天然ゴム内に留まり、後で添加した

EVAには移動していないことがわかる。相分離構造の

サイズについて、機械処理 CNF含有ポリマーアロイが

大きいのは CNF凝集体が大きく、凝集体を含む天然ゴ

ム相の微細化が困難であるためだと考えられる。天然

ゴム中に存在する CNF と比較すると、機械処理 CNF

では CNF水分散体のサイズが大きいため、混練時に解

繊が進行したと推察される。一方、TEMPO CNFは水

分散体の状態では、1 本単位で分散していたが、天然

ゴム中では凝集しており、混練時に CNFの親水性相互

作用により凝集が進行したと思われる。天然ゴム部分

の拡大像を図 3(b)および図 4(b) に示す。

図 3 EVA/天然ゴム(NR)/機械処理CNFの

TEM写真

図 4 EVA/NR/TEMPO CNFの TEM写真

CNF の凝集体形状については明瞭に観察すること

が可能であるが、凝集体内部まで充分に染色されない

ためコントラストが白くなり CNF の絡み合いの様子

を確認できない。そこで、CNF単体間に染色剤が浸入

するような特殊な染色条件を適用することで CNF が

凝集している様子を図 5のように観察できる。ただし、

この像ではCNFがTEM薄膜試料の厚み方向に重なっ

ており、凝集体内部の状態について確認することが困

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図 5 EVA/天然ゴム/機械処理CNFの

特殊染色 TEM写真

難である。さらに明瞭化するためには TEM トモグラ

フィーが有効である。

図 6 には TEM トモグラフィーを用いて得た天然ゴ

ム/機械処理 CNF の拡大 TEM 像と CNF 凝集体部分

の三次元再構成像、図 7に同部分の任意断面のスライ

ス像を示す。スライス像より凝集体内部の最小単位を

把握することができ、CNF 1~5本程度の束が存在して

いることがわかる。ポリプロピレン(PP)/CNF 20wt%

コンポジットについても電子染色を適用することによ

り SEMおよび TEM観察が可能である。観察方向は試

験片の長手方向(MD)/厚み方向(ZD)断面で行い、

図 8(a)に SEM像を、図 8(b)に TEM像を示す。

図 6 天然ゴム/機械処理 CNF凝集体の TEM写真

三次元再構成像

図 7 天然ゴム/機械処理CNF凝集体の

デジタルスライス像

図 8 PP/CNF 20wt%の(a)SEM像、(b)TEM像

SEM では CNF のコントラストが白く観察され、

TEM では CNF の周囲に染色剤が留まることにより、

CNF の輪郭が明瞭になり、数十 nm~μm オーダーの

CNF が存在していることがわかる。また、TEM の高

倍像より PP 中のラメラ構造も確認でき、CNF 存在下

での PP結晶形態を観察することもできる。SEM、TEM

のような二次元の観察では CNF の奥行方向の形状を

把握できないため、CNFそのものの正確な形状を観察

するには三次元観察が有効である。広い領域の観察を

得意とするX線 CT観察結果と定量解析結果を図 9に

示す。

図 9 PP/CNF 20wt%の X線 CT像と画像解析結果

398 μm角の立方体を観察領域としており、コントラ

ストの白い部分が CNF に相当する。CNF の体積比を

算出すると 4.7%となり、CNF 含有量は 20wt%で体積

分率に換算すると約 13vol%でるため、実測値はかなり

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小さい。定量解析結果より、最小値が 2.3 μmであるた

め CNFの大半がX線 CTでは検出できない 2.3 μm以

下のサイズであることが推察される。そこで、より小

さい CNF の三次元観察を実施するために 3D-SEM 観

察を行い、その結果を図 10に示す。

図 10 PP/CNF 20wt%の 3DSEM像

ここでは試験片の表層付近と内部を観察しており、

観察領域は 10 μm角の立方体である。CNF体積比は表

層では 16.1%,内部では 29.9%となり、視野内に粗大

な CNF が入ると体積比が大きくなるものの、CNF を

ほぼ漏れなく観察できたと判断できる。

図 11にCNFの抽出像を示すが表層ではCNFがMD

方向に配向している様子を窺うことができる。図 12

の定量解析結果より、最小値が 75.5 nmであることか

ら、今回の観察倍率、観察領域では 75.5 nm以上の CNF

が観察可能ということになる。このように、ポリマー

中のCNFの三次元観察手法にX線CTと 3D-SEMの 2

種類があるが、観察可能な CNFのサイズが異なるため、

予め SEM あるいは TEM でおよその CNF のサイズ分

布を把握してから三次元観察に進むのが適切である。

図 11 PP/CNF 20wt%の CNF抽出像

図 12 PP/CNF 20wt%の定量解析結果

4. CNFの結晶化度の評価

CNF の結晶化度の評価は、13C 核の固体 NMR 法を用

いることで可能である。定量的な固体 13C NMRスペク

トルを得るには、通常は 13C 核の磁化を直接励起する

DD/MAS法が用いられる。この方法は、マジック角回

転(Magic Angle Spinning)および広帯域双極子デカッ

プリング(Dipolar Decoupling)を併用した測定法で、

化学シフトの異方性および 1H-

13C間の双極子相互作用

を消去することで、シャープなシグナルのスペクトル

を得ることができる。しかしこの手法は感度が悪く、

長い測定時間を要するため、CP/MAS 法を用いるのが

一般的である。

13C核の CP/MAS法は、交差分極(Cross Polarization)

により 1H 核の磁化を 13

C 核に移す手法であり、MAS

およびDDを併用することで、比較的短時間で S/N比

の良いシャープなシグナルの 13C NMR スペクトルを

得ることが可能である。しかしながら、繰り返し時間

やコンタクトタイム等の条件によりスペクトルパター

ンが変化するため、試料間の比較を行う際には、注意

が必要である。

CNFの 13C核 CP/MASスペクトルを図13に示した。

80 ppmから93 ppmにC4の結晶部および非晶部に由来

するシグナルが観測されていることがわかる。波形分

離を行うことで、これらのシグナル強度から、結晶化

度を評価することができる。なお、固体 NMR は、結

晶化度の評価だけでなく、修飾 CNFの構造解析にも有

効な手法である。

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図 13 13

C CP/MASスペクトル

5. CNFの構成糖分析(HPLC-蛍光検出法)

構成糖分析の目的は、試料に含まれる多糖(繊維質等)

の単糖組成を調べることにある。バイオベースマテリ

アル製造においては、原料、中間体(パルプ等)、製品

(CNF等)の製造工程を追跡した組成調査が構成糖分

析により可能となる。

構成糖分析は、初めに試料中の多糖を加水分解した

後、生成した単糖を定量する。加水分解の方法は、酵

素法やトリフルオロ酢酸を用いた方法など様々な条件

が報告されているが、当社では米国の国立再生エネル

ギー研究所(NREL)が提案する、硫酸加水分解法 3)

を採用している。硫酸加水分解法は、セルロース、ヘ

ミセルロース由来の多糖をすべて加水分解できる点で

優れているが、一方で過分解により一部の単糖の回収

率が低下するため、試験バッチ毎の単糖標準物質を用

いた回収率補正が必要となる。単糖の定量は、多様な

試料性状に対応するために、夾雑成分の影響を受けに

くく、糖に対して高感度分析が可能な、高速液体クロ

マトグラフ-ポストカラム蛍光誘導体化法を採用して

いる(詳細情報は東レテクノのウェブサイト参照、

http://www.toraytechno.co.jp/)

一例として、機械的解繊で製造された、5種類の CNF

の構成糖分析結果を図 14に示す。なお、図 14は分析

によって得られた単糖組成に縮合係数(例えばグルコ

ースの場合 0.9)を掛けて、多糖換算した値をプロット

したものである。本分析に供試した CNF①~③はグル

カン以外の多糖量が多いことから、ヘミセルロース由

来の繊維の存在率が多いと推定される。また、CNFの

多糖合計が 100%に満たないのは、酸性糖、アセチル

基等のヘミセルロース側鎖成分、またはリグニン由来

物質、無機物質等が存在することを示している。この

図 14 機械処理CNFの構成糖分析結果

ように CNFの糖組成や繊維質純度を明確にするため

の手法として、構成糖分析は有効である。

6. まとめ

ポリマー中に分散するCNFをTEM観察するためには、

これまで高分子材料の TEM 試料作製を実施する上で

不可欠であった「電子染色」の技法を駆使する必要が

ある。今回は紹介できなかったが、母材となるポリマ

ー種によっては、RuO4以外の染色剤が最適であるケー

スもある。今後、様々な用途展開を目指した CNF複合

材料の研究開発が行われる過程で、TEMの果たす役割

は益々重要になってくると思われる。

最後に、EVA/天然ゴム/CNFを提供いただいた兵

庫県立工業技術センター 上席研究員 長谷朝博様に厚

く御礼申し上げる.

引用文献

1)北川和男,矢野浩之 日本国特許第 5030667号.

2)北川和男,仙波健,伊藤彰浩,上坂貴宏:日本ゴム

協会誌,86,2(2013)

3) Sluiter, A., Hames, B., Ruiz, R., Scarlata, C., Sluiter, J.,

Templeton, D., Crocker, D. : “Determination of structural

carbohydrates and lignin in biomass”. National Renewable

Energy Laboratory(NREL), USA, 2008(Revised August

2012).

増田 昭博(ますだ あきひろ)

形態科学研究部

形態科学第3研究室 主席研究員

趣味:スキー、マラソン

PPM

120 110 100 90 80 70 60

4mm Probe: No.1 dry PO-0420, CP/MAS 14kHz

4mm Probe: No.5 dry PO-0420, CP/MAS 14kHz

C-1 C-4 C-2,3,5 C-6

crystalline amorphous

O

O

HO

OH

OH

O

OH

O

O

OH

HO

OH 12

3

4

5

6

12

3

4

5

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木村 一雄(きむら かずお)

構造化学研究部

構造化学第2研究室 主席研究員

趣味:散歩

竹本 紀之(たけもと のりゆき)

有機分析化学研究部

有機分析化学第2研究室 主任研究員

趣味:読書

小杉 剛史(こすぎ たけし)

東レテクノ株式会社

環境科学研究部 環境分析室

バイオマス分析チームリーダー

趣味:サッカー観戦