トップインタビュー - ntt6 ntt技術ジャーナル 2016.10...

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View from the Top NTT技術ジャーナル 2016.10 4 ◆まずは,NTT東日本の現在の取り組みについて教えて ください. 私たちは,₂₀1₅年度の営業利益1₆1₈億円と二期連続で 過去最高益を更新しました.実は,この数字はコストを 下げることで生み出している利益なのです.本当の意味 での私たちの成長は,収益を上げることです.そのため にはビジネスの場を広げることが大切だと考えました. そこで,私たちは,利益重視の経営のさらなる推進に向 けて,昨年度,事業構造を大胆に転換することを中期経 営方針に掲げました. 変革の大きな柱は「ビジネスユーザ市場の強化」「光 コラボモデルの推進」「経営効率化と生産性向上」の ₃ 本です. 簡単に申し上げますと,これまでは個人のお客さまへ 向けて光サービスを普及させるために販売コストをかけ てきましたが,加入者数が1₀₀₀万契約を超えてその勢い は鈍化しました.すでにこの市場への普及は一巡したと 利益重視の経営に向け,大胆な意識改革を図る 回線事業から,サー ビス事業を中心とし た収益構造への変革 を図る 経営リソースを大胆にシフトし,地域密着体 制でビジネスを展開しているNTT東日本.「光 コラボレーションモデル」の光アクセスサービ ス(コラボ光)契約数が2016年8月に400 万を突破,「新規ビジネスの創出」を掲げて地 方創生へも積極に取り組んでいます.大胆な意 識改革とその取り組みの実際について,井伊基 之NTT東日本代表取締役副社長に伺いました. トップインタビュー 井伊 基之 NTT東日本 代表取締役副社長 ビジネス&オフィス営業推進本部長 ◆PROFILE:1983年 日 本 電 信 電 話 公 社 入 社.2007年 7 月 NTT東日本新潟支店長,2011年 6 月同取締役ネットワーク 事業推進本部設備部長 企画部長(兼務),2015年6月同代表 取締役常務取締役ビジネス&オフィス営業推進本部長を経 て,2016年 6 月より現職.

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Page 1: トップインタビュー - NTT6 NTT技術ジャーナル 2016.10 動」を変えること.行動を変えるためには「意識」を変 えること」を掲げました.意識の変革を図るためには過

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NTT技術ジャーナル 2016.104

利益重視の経営に向け,大胆な意識改革を図る

◆まずは,NTT東日本の現在の取り組みについて教えてください.私たちは,₂₀1₅年度の営業利益1₆1₈億円と二期連続で過去最高益を更新しました.実は,この数字はコストを下げることで生み出している利益なのです.本当の意味での私たちの成長は,収益を上げることです.そのためにはビジネスの場を広げることが大切だと考えました.

そこで,私たちは,利益重視の経営のさらなる推進に向けて,昨年度,事業構造を大胆に転換することを中期経営方針に掲げました.変革の大きな柱は「ビジネスユーザ市場の強化」「光コラボモデルの推進」「経営効率化と生産性向上」の ₃本です.簡単に申し上げますと,これまでは個人のお客さまへ向けて光サービスを普及させるために販売コストをかけてきましたが,加入者数が1₀₀₀万契約を超えてその勢いは鈍化しました.すでにこの市場への普及は一巡したと

利益重視の経営に向け,大胆な意識改革を図る

回線事業から,サービス事業を中心とした収益構造への変革を図る

経営リソースを大胆にシフトし,地域密着体

制でビジネスを展開しているNTT東日本.「光

コラボレーションモデル」の光アクセスサービ

ス(コラボ光)契約数が2016年8月に400

万を突破,「新規ビジネスの創出」を掲げて地

方創生へも積極に取り組んでいます.大胆な意

識改革とその取り組みの実際について,井伊基

之NTT東日本代表取締役副社長に伺いました.

トップインタビュー井伊 基之 NTT東日本 代表取締役副社長 ビジネス&オフィス営業推進本部長

◆PROFILE:1983年日本電信電話公社入社.2007年 7 月NTT東日本新潟支店長,2011年 6 月同取締役ネットワーク事業推進本部設備部長 企画部長(兼務),2015年 6月同代表取締役常務取締役ビジネス&オフィス営業推進本部長を経て,2016年 6月より現職.

Page 2: トップインタビュー - NTT6 NTT技術ジャーナル 2016.10 動」を変えること.行動を変えるためには「意識」を変 えること」を掲げました.意識の変革を図るためには過

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考え,企業をはじめ,自治体や学校,病院といった機関における光サービスやICTの有効活用を促すことに大きく舵を切ったのです.さらに,単に光サービスやICTを紹介 ・導入するだけではなく,ソリューション,つまり,お客さまにとって有益な活用法の提案も始めたのです.◆これまでの経営は順調に運んでいるように思いますが,このような大胆な意識改革に至るにはどのような背景があったのでしょうか.電電公社時代も,光サービスの導入時代も,私たち自身が頑張れば「どうにかなる」という文化でした.しかし,時代は変わり,技術を売るだけでは通用せず,サービスも併せて提案していくことが重要になってきました.すると,お客さまの求めているサービスのすべてを自分たちだけでは賄いきれないことに気付きました.お客さまに満足していただく提案をするには,求められるサービスを提供しているパートナーを探し,一緒にお客さまと向き合うことになるわけですが,正直なところ,私たちはパートナー企業の方々と一緒に仕事をするということがあまり得意ではなかったのです.なぜなら,今まで一緒に仕事をしたことがなかったからです.この体制づくりに努めないと方向転換は難しく,端的にいえば,いかに直営主義から協業主義に変革し,マインドチェンジできるかの具体的な取り組みが重要だと考えています.現在,山村社長をはじめ,役員全員が社員や現場へ向けて「変革」という言葉を使って,まずは,今までのやり方,意識,行動を変えてほしいと伝えています.変えるために重要なのは「意識」の改革です.具体的な行動案を示すことも大事ですが,それだけでは本当の意味の変革は起きません.言いなりになっているだけで,思考も意識も伴わないからです.「こんなふうに変えるんだ」という納得した感覚が伴えば,行動も自然に変わっていくものです.市場環境をみると,アベノミクスの効果はまだ私たちのお客さまの中でも中小企業,中堅企業までは波及しておらず,お客さまがその恩恵にあずかっていないという実感があります.だからこそ,パートナー企業の方々と協業することが必要であり,協業することで互いの価値を高め市場全体を温めていくことができると感じています.そのためにも,企画部門には机の上で管理をするだけではなくて現場へ赴き,一体となって汗をかく,現場が抱えている問題を肌で感じるように促しています.実際に,この ₂つの行動はお客さまとの盤石なつながりを生み出しました.

具体例を申し上げると,セミナーの開催方法を変えたことから生まれた成果は象徴的ですね.これまでは,東京で開催し,見本市のように私たちのサービスや技術をまとめてご覧いただいていました.しかし,こうした大きなセミナーを一度開くのではなく,お客さまの業種,規模など,対象を具体的に絞り込んで,役に立つテーマに基づいたセミナーを各県等域で複数回開くことにしたのです.私たちだけでは多くのお客さまをお招きすることはできませんから,各地のパートナー企業の方々と一緒に開催して,名刺を交換し,直接的なコミュニケーションを図ります.そこで,関係を持ったお客さまが私どものHPにアクセスしてくださるとデジタルマーケティングが可能になり,さらにお客さまのニーズにおこたえすることができ,良い循環を生み出します.年に複数回セミナーを開催するのは大変なことですが,スタッフは楽しんで取り組んでくれています.

リーダとしての心構えを文字にした「仕事の哲学」

◆副社長が「変革」の重要性について実感されたのはいつごろからでしょうか.また,独自に取り組まれてきたことはありますか.₈ 年前,新潟支店長をしていたころでしょうか.日常

の業務を遂行するうえで変革の必要性を実感し,「仕事の哲学」と名付けて部下に伝えてきました.実は私にとっても,この行動自体が大きな変革でした.「仕事の哲学」をつくったのは,私が考えていることをより具体的に,私なりの言葉で伝え,組織全体の志を同じにするためです.「黙って俺の背中を見てついてこい」というのは,古いマネジメントスタイルかもしれないと思っています.「仕事の哲学」には, 1から ₅まであり,そのうちのいくつかを紹介します.第 1に「仕事で一番大事なことは,現状を「改革」すること.その改革の原動力は「行

リーダとしての心構えを文字にした「仕事の哲学」

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動」を変えること.行動を変えるためには「意識」を変えること」を掲げました.意識の変革を図るためには過去をすべて捨てる作業が必要なのです.すごい成功体験,失敗体験も捨てるのです.あのときは失敗したけれど今は成功するかもしれないし,その反対もあります.ただし,成果にかかわらず信念,志を捨ててはいけない,忘れてはいけないと伝えました.その第 ₃として,リーダの使命について,方向性を打ち出すだけではなく,メンバの「意識と行動」を変革し,能力を引き出すことが問われると伝えました.現在,私が担当しているビジネス&オフィス営業推進本部には約1万 1 千人が所属していますから,会社の ₃分の 1 のヒューマンリソースの陣頭指揮を執っていることになります.この動かし方を間違えると,当然,会社にも大きなダメージがあります.重圧はもちろん感じていますが,リーダたるもの,苦しい顔を見せるわけにはいきません.「まだまだいける!大丈夫だ!」と社員を元気づけて活性化を図っています.変革というのはリスクを伴うことです.まだ良い状況は続いているのに,これまでも成功してきたのに,すべて捨てろと言われたら精神的にも抵抗はありますよね.しかし,成功にしがみついていても市場はどんどん変化していくのです.変革のときに,重責を担わせていただいたことは非常にうれしいことですし,自分の使命を全うする時間を与えていただいたのだと思っています.◆具体的にはどのような布陣で臨まれているのでしょうか.私たちを貨物列車に例えてみましょう.先頭を走って

いる社長が一番先にカーブを曲がりました.最後部の車両まで,つまり私たち全体がカーブに差し掛かるまでには時間差がありますね.今その最後部が曲がり切るのを待っているような状況です.先頭を走っている者にはこの時間差への辛抱が必要です.一方で,早く対応しなくてはいけないというのも経営者のミッションではありますから,振り子のように思いきって大きな力で振り切らないと全体を動かす大きなエネルギーは与えられません.大きなカーブを曲がった軌跡は実際に表れています.�例えば,ビジネスユーザ市場に関しては,この 1年間で私たちの心構えが大きく変化したと実感しています.今までは既存のお客さまへ,サービスのアップグレードなどを提案し,契約を維持することに努めていたのですが,昨年から「飛び込み営業」を開始しました.中小企業向けの営業担当である4₀₀人をICTコンシェルジュと名付け,お客さまが何を必要としているか,お困りごとはないですかと伺わせています.ちなみに,彼らは 1年間で約 ₆万社, 1社につき何度も何度も訪問しています.成功も失敗もたくさん経験して,スキルやノウハウを身につけなさいと伝え, 1年間をかけて挑んだ結果,受注できたのは 4%にあたる₂₅₀₀社あまりです.厳しい数字ですよね.でも,この厳しい経験を重ねること自体が「変革」につながっています.現在,新入社員の大半はここを通過しています.また,中堅法人市場,学校や自治体,病院などのお客さまに対しては,要望に応じたソリューションを提案 ・提供するというオーダメイド手法を取ってきましたが,レディメイド,つまり実績のある提案パターンの型紙を用意して,微調整をするという正反対の手法に切り替えました.今までのようにお客さまのニーズに個別に一から対応していては時間も人手もかかってしまい,結果としてお客さまにも負担がかかってしまいますから,病院なら病院,学校なら学校の型紙を持って,それが通用すると思われるお客さまを片っ端から訪ねるのです.これらの経験や実績が今後の私たちの大きな変革の礎になっていると信じています.

ねらいを定め,まねる.そして,あなた流を生み出してほしい

◆社員の皆さんに一言お願いします.まずは,簡単にあきらめないでください.私は新潟支店長時代に初めて釣りを覚えました.これがビジネスと

ねらいを定め,まねる.そして,あなた流を生み出してほしい

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通じるものがあって,釣れないからといって,漁場を変えてしまうと,潮目時にうまくタイミングを合わせることができないし,実際に釣りをしている時間よりも移動時間のほうが長くなってしまいます.自らのねらいがはっきりしていて,それに自信を持っていさえすれば,必ずターゲットやムーブメントと一致するときがやってきます.そして,忘れてはいけないのが大物は浅いところよりも深いところにいるということです.大物を釣るために深い漁場へ行くには,沖へ行く手段を考えなくてはいけない.すると,船が必要になり,船が必要になれば免許が必要になる.というように 1つの物事を突き詰めていくと造詣が深くなるものです.これと同様に,仕事にもしつこく取り組んでください.先ほど申し上げたように,営業担当が何度も,何度も頭を下げても 4%しか成就していません.それでもあきらめずに続けていくことで新しい何かが見えてきます.繰り返し挑むことは,練習を重ねることであるとも言えますね.例えば,あなたは俳優で,営業先がステージだとします.身近な先輩や手法などのロールモデルを探して,まねることから始めて何度も稽古を積み,あなた流の仕事のやり方を生み出してください.◆研究者の皆様にはどのような気持ちで臨んでほしいですか.ずばり,アッと驚くものを生み出してください.もちろん,私たちは営業部隊ですから,研究の成果をお客さ

まに存分に紹介し,提案します.しかし,それがアッと驚くものであったら鬼に金棒です.実際,研究所にお客さまをご案内して,最新の私たちの技術やサービスのデモンストレーションをご覧いただくととても喜んでくださいますし,実際にご覧いただいたことから話が弾み,仕事につながっています.この喜びをさらに大きなものにしていきたいと思っています.現在は,AI(人工知能)に関心が高まっていますね.衆議院の議事録作成など,すでに実社会で高い評価を受けている私たちの技術,サービスは数多く存在し,世界を牽引しているという事実も理解しています.だからこそ期待も高まります.さらなる成果を生み出してほしいと願っています.� (インタビュー:外川智恵/撮影:大野真也)

インタビューを終えて良く通る低く力強い声と,みなぎるエネルギー.豪快に笑われる姿は大学時代にアメリカンフットボールの選手だったとの片鱗を感じさせます.今も,アメフトを続けていらっしゃるのですかと伺うと,「今はもっぱら釣りですよ」と井伊副社長.「私には釣りの先輩がたくさんいます.仕事では上司と部下ですが,釣りでは先輩と後輩.立場が逆転します.状況によって関係が変わるのが実に心地良いのです」と,新潟支店長時代に始められた釣りには殊のほか思い入れがおありのようです.釣った魚は自らさばいて食べるとか.一筋通すことでさまざまなスキルを身に付け,人間関係も広がったということ�です.「私は現場へ赴き,若い人たちとお酒を酌み交わすのが好きなんです.そういうときには,趣味の話を聞きます.上司の愚痴を酒の肴にという世代ではなく実にフランクにいろいろな話を聞かせてくれる.そういう時代なんだと今を感じさせてくれますからね」.人を常に肌で感じ,あますところなくビジネスに反映している井伊副社長の姿勢に学ばせていただいたひと時でした.