ヘックマンモデルによる戸別所得補償の参加率と支払実績の ...1...

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1 岐阜大学食品経済学研究室 ワーキングペーパー2015-2 ヘックマンモデルによる戸別所得補償の参加率と支払実績の計量分析 荒幡克己 要約 戸別所得補償は、しばしば「ばらまき」政策として批判されている。本稿では、その「ば らまき」度合について、その選択制減反との結びつきを勘案しつつ、選択制減反の先例で あるアメリカの理論に依拠して、行政データに基づき評価するとともに、更に計量経済モ デルにより統計的に分析した。得られた結論は、次の三点である。 第一に、アメリカで定式化された選択制減反の参加・不参加を決める「参加誘導価格の 理論」を日本に適用し、規模別、専業・兼業別に参加率の理論値を試算し、実績と比較し たところ、ほぼ理論通りで(相関係数 0.84)、理論の高い適合性が確認できた。それによれば、 大規模専業ほど高い参加率となり、小規模兼業ほど低い参加率となる。 1ha 以上の階層では、 ほぼこの通りであった。 第二に、しかしながら 1ha 以下の小規模層では、理論値よりも高い参加率になる傾向が顕 著であった。一方、現地調査を行ったところ、小規模農家が主体の地域では、本来低参加 率となって然るべきところを、それでは政治的支持の観点から地域格差を生じ問題である ことから、行政及び指導機関は、制度の柔軟な運用や集落としての協調行動も推進して、 参加率が高くなるように積極的に呼びかけていることが明らかとなった。 第三に、こうした背景から、小規模層における参加率の人為的積み増しと、それに伴う 戸別所得補償の受益の小規模層への浸透について、これら二課題を同時に計測するに適し たヘックマンモデルにより計量分析を行ったところ、次の二点が統計的に立証された。 A: 中、大規模層の参加率では、アメリカの参加誘導価格の理論は適用できるが、小規模層 の参加率では、この理論値よりも参加率を高める方向にバイアスがかかっている。 B: 面積当たり受取金においても、通達では、10a の自家用米相当分を控除することとなっ ており、理論的には、経営規模と面積当たり受取金の関係は、対数曲線を描き、規模が大 きいほど単位面積当たり受取金も多いはずであるが、実際には、控除されて少額になるは ずの小規模層も、本来制度的に想定される額よりも多めの面積当たり受取金がある。 即ち、日本の戸別所得補償は、選択制減反の補償として本来有している大規模支援型の 特性が、小規模層において減殺され、小規模層の参加率が高くなり、また、その面積当た り受取金は、制度的に想定される額より多目となっていることが統計的に明らかとなった。

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    岐阜大学食品経済学研究室

    ワーキングペーパー2015-2

    ヘックマンモデルによる戸別所得補償の参加率と支払実績の計量分析

    荒幡克己

    要約

    戸別所得補償は、しばしば「ばらまき」政策として批判されている。本稿では、その「ば

    らまき」度合について、その選択制減反との結びつきを勘案しつつ、選択制減反の先例で

    あるアメリカの理論に依拠して、行政データに基づき評価するとともに、更に計量経済モ

    デルにより統計的に分析した。得られた結論は、次の三点である。

    第一に、アメリカで定式化された選択制減反の参加・不参加を決める「参加誘導価格の

    理論」を日本に適用し、規模別、専業・兼業別に参加率の理論値を試算し、実績と比較し

    たところ、ほぼ理論通りで(相関係数 0.84)、理論の高い適合性が確認できた。それによれば、

    大規模専業ほど高い参加率となり、小規模兼業ほど低い参加率となる。1ha 以上の階層では、

    ほぼこの通りであった。

    第二に、しかしながら 1ha 以下の小規模層では、理論値よりも高い参加率になる傾向が顕

    著であった。一方、現地調査を行ったところ、小規模農家が主体の地域では、本来低参加

    率となって然るべきところを、それでは政治的支持の観点から地域格差を生じ問題である

    ことから、行政及び指導機関は、制度の柔軟な運用や集落としての協調行動も推進して、

    参加率が高くなるように積極的に呼びかけていることが明らかとなった。

    第三に、こうした背景から、小規模層における参加率の人為的積み増しと、それに伴う

    戸別所得補償の受益の小規模層への浸透について、これら二課題を同時に計測するに適し

    たヘックマンモデルにより計量分析を行ったところ、次の二点が統計的に立証された。

    A: 中、大規模層の参加率では、アメリカの参加誘導価格の理論は適用できるが、小規模層

    の参加率では、この理論値よりも参加率を高める方向にバイアスがかかっている。

    B: 面積当たり受取金においても、通達では、10a の自家用米相当分を控除することとなっ

    ており、理論的には、経営規模と面積当たり受取金の関係は、対数曲線を描き、規模が大

    きいほど単位面積当たり受取金も多いはずであるが、実際には、控除されて少額になるは

    ずの小規模層も、本来制度的に想定される額よりも多めの面積当たり受取金がある。

    即ち、日本の戸別所得補償は、選択制減反の補償として本来有している大規模支援型の

    特性が、小規模層において減殺され、小規模層の参加率が高くなり、また、その面積当た

    り受取金は、制度的に想定される額より多目となっていることが統計的に明らかとなった。

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    1. 緒言

    民主党の「戸別所得補償」は、平成 19 年の参議院選挙において、マニフェストとして掲

    げられ、農村部における民主党躍進の原動力になったとされている。そして、平成 21 年の

    衆議院選挙で民主党が政権を奪取して後には、それが実際の政策として実現したことは、

    周知の通りである。しかし、この政策は、いわゆる「ばらまき」政策として批判を浴び1、

    平成 24 年の自民党への政権交代の後には、平成 25 年末の総理のいわゆる「減反廃止」宣

    言の際に、その変動部分の廃止が決定され、平成 30 年に予定されている米生産調整の見直

    し時には、固定部分の廃止を以て、同制度の完全廃止が既に決定されている。

    現在、この補償制度の名称は、「戸別所得補償」ではなく、水田活用直接支払のうちの「米

    への直接支払」と名前を替えているが、以下では、当初の名称に従い、「戸別所得補償」と

    呼ぶこととする。また、制度的には、初年目が予算措置のみの「モデル事業」、二年目から

    は法令に基づく「補償制度」と変化したが、本稿では、経済学的分析であることからこう

    した区別を特に意識せず、「戸別所得補償」として、発足以来の仕組みを同様に捉えること

    とする。

    「戸別所得補償」は、その予算規模、対象となった農家戸数、農地のカバー面積ともに、

    日本農業における直接支払としては、農政上格段のウエイトであり、条件不利地域への支

    払や環境保全支払等を除く、旧来の価格支持政策を代替するものとしては、初めての本格

    的な直接支払である。ガットウルグアイラウンド交渉以降、世界農政の潮流となっている

    「直接支払」の日本への本格的適用として、これを分析することの意義は大きい。この制

    度の着想は、国際感覚に優れた民主党内の識者により、欧米型農政の導入として、斬新な

    政策意図が意識されていた、と聞いている。しかし、その後の運用では、実際には選挙目

    当てに歪曲された。そして、最終的には米生産調整の選択制の参加メリットの付与として

    措置された。そして、この生産調整との結びつきは、1963 年からスタートしたアメリカの

    減反参加者への不足払い制度の模倣であり、いわば時計の針を 50 年前に戻したような古さ

    があった。

    「戸別所得補償」については、一方で、「小規模農家の温存につながっている」、「ばらま

    きだ」との批判がある。しかし、他方で、「大規模経営ほど転作を多めに引き受けている」、

    「大規模農家ほど戸別所得補償削減の打撃が大きい」という見方もある。しかし、ここで

    重要なことは、その定量的な把握である。賛否の議論を漂流させないためには、定量分析

    が不可欠である。

    1 戸別所得補償は、それ自体は、規模の大小、専業・兼業を問わず、等しく助成する仕組みであり、本質的に、いわゆる「ばらまき」的性格がある。また、これが注目された経緯そ

    のものも、当時の政府・与党自民党が、大規模層のみに施策を重点化した「品目横断的経

    営安定対策」を掲げたのに対する対案として、当時の野党民主党が小規模層にも均等に助

    成する仕組みであることを殊更に政治的に強調して提示した。いわば「ばらまき」こそが、

    この制度のセールスポイントであった。

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    本稿の目的は、上記のような助成反対論、助成支持論の双方に、一定の判断基準を与え

    る定量的評価を下すことにある。

    2. 予備的考察-制度の持つ本来的性格と実際の運用-

    「戸別所得補償制度」で、その「ばらまき」性を考える上で、最も重要な論点は、その

    「直接支払」としての側面と、「選択制減反」の参加メリットとしての側面を峻別すること

    である。端的に結論を言うならば、前者の側面からは、面積比例的にフラットな補助金分

    配となる。これを「ばらまき」と言うならば、戸別所得補償は「ばらまき」的性格が強い、

    ということになろう。一方、後者の側面からは、選択制減反の参加メリットは、後に詳し

    く説明するように、大規模・専業層の方が大きい。よって、その受益は、規模間でフラッ

    トではなく、大規模・専業層に恩恵が大きく及ぶこととなる性格がある。即ち、「ばらまき」

    の全く逆に、「担い手重点的」である。

    図 1 戸別所得補償の支援対象の運用段階でのバラマキ的性格への変容

    ところが、日本の選択制減反は、「選択制」とは言え、行政の指導や集落のしがらみに多

    分に影響され、「経済合理性に基づく全くの個人の判断」によるものとは言い難い。現地調

    査に基づき、その制度の運用を見ると、その是非論は別として、明らかに、こうした「担

    い手重点的」な選択制減反の性格を「平等参加的」な方向に誘導する末端現場での指導が

    なされている。その結果、定性的に結論を先取りして言うならば、戸別所得補償の助成は、

    「ばらまき」的な方向に修正されている、という事実が指摘できる。

    こうした全体像の見取り図を示すと、図 1 の通りである。以下では、詳しくこれを見て

    発案

    制度化

    運用1

    運用2

    (「ばらまき」的性格)

    「平等原理」的性格 「大規模・専業」支援的性格

    減反とリンクしない直接補償制度

    先進国農政を模倣 選択制減反参加のメリット措置

    アメリカに遅れること50年

    制度の加入促進を図るため、小規模・低参加率となるはずの県での過度な奨励

    集落全戸減反参加の共同体意識のため、小規模・全面稲作付農家を

    巻き込んだ集団減反達成

    小規模も減反参加、小規模にも補助

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    いこう。

    (1) アメリカの理論にかなり近似する規模別参加率

    1) 主産地と非主産地の参加率の比較

    以下では、まず、選択制減反が持つ「大規模・専業選好性」について、データと理論に

    より確認しよう。初めに、「大規模・専業選好性」を直接表すものではないが、主産地と非

    主産地との参加率の相違について、アメリカと日本の双方のデータを挙げて検証しよう。

    表 1 に示したものは、左は、アメリカ減反最盛期である 1980 年代後半の、トウモロコシの

    産地地域別の減反参加率、右は日本の選択制減反(平成 22 年から、それまでは実質的に強制

    減反)における産地地域別の減反参加率である。

    表1 アメリカ作物生産調整と日本の選択制減反の参加率比較(面積比率)

    アメリカ・トウモロコシ(1987/88年産) 日本・米(平成24年)

    地域 面積シェア 参加率 地域 面積シェア 参加率

    中北部 64.6% 91.4% 東北・北海道 31.4 91.0%

    大平原 21.4 93.3 北陸 12.8 91.1

    南部 9.6 75.2 関東・東山 18.8 47.8

    北東部 3.5 67.4 東海・近畿 13.7 67.2

    南西部 0.6 88.8 中国・四国 11.1 70.3

    北西部 0.3 65.9 九州 11.9 76.6

    合計 100.0 90.2 合計 100.0 75.5

    資料: アメリカについては、Mercier(1989)、日本については、農林水産省経営局のホームページのデータ

    (2014)を用いた。

    注) 1) アメリカ中北部は、いわゆるコーンベルト地帯であり、アイオワ州、イリノイ州、インディアナ州

    を中心とした地域である。

    2) 日本の地域区分では、山梨、長野を東山として関東と同区分とした。一方、静岡は、東海として扱った。

    アメリカのトウモロコシでは、面積が大きい主産地ほど参加率が高いことがわかる。そ

    して、日本でも、ほぼ同様に、東北、北陸の米主産地で 90%を超える高い参加率となって

    いる。アメリカについては、経営規模別のデータはないが、主産地ほど大規模が多い傾向

    がある。日本も同様に、東北、北陸では、稲作大規模経営が広範に成立し、地域平均で見

    ても、西日本よりも東日本米主産地の経営規模は大きい。直接的なデータではないものの、

    「大規模層が、より強く選択制減反参加メリットとしての補償制度を受け取っている」と

    いうことの、一つの傍証となろう。

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    2) 規模別、専業・兼業別参加率を決める理論フレーム

    それでは、理論的に、「大規模・専業層ほど、戸別所得補償を参加メリットとする選択制

    減反の恩恵を大きく受け、参加率が高まる誘因が働く」ことを立証しよう。

    選択制減反の参加率を決める理論は、60 年にわたりこれを実施してきたアメリカでは、

    メリーランド大学、Bruce Gardner(1987)により、次のように定式化されている。

    参加誘導価格= {参加利得/面積×作付率-参加損失/面積×減反率}/単収+市場価格

    この参加誘導価格は、それぞれの経営がその社会経済条件や農地の肥沃度等自然条件を

    勘案して、個々に主観的に決めるものである。参加利得と参加損失が等しければ、参加誘

    導価格は市場価格と同一となり、減反参加のメリットはない。参加利得を形成するものが

    戸別所得補償であり、一方、参加損失とは、例えば休耕田の除草経費等である。

    大規模・専業層と小規模・安定兼業層では、この「参加誘導価格」が相当異なり、参加

    率の相違が理論的にも予想される。この相違をもたらす主因は、埋没費用の差である。小

    規模・安定兼業層では、減反に参加すると、その分の稲作に投下していた労働力は、片手

    間のウィークエンドの労働力であるから、本格的な大豆栽培等に割くことは困難であり、

    単なる休耕となって遊休化する可能性が高い。即ち埋没費用となる。ところが、専業的経

    営では、経営内に他の部門も抱え、また同じ稲作でも販売面での活動を強化する等で減反

    分の労働力は遊休化せず、埋没費用とはならない。

    上記の理論は、別段難しいものではなく、引用した Gardner のものも、大学院の農政学の

    標準的なテキストである。そして、この式は、ミクロな場面で見られるアメリカの生産者

    の行動を、そのまま素直に定式化したものである。

    それでは、実際にマクロで見るとどうなのであろうか。アメリカには規模別参加率のデ

    ータはないが、日本ではデータがある。図 2 は、上記の数式を日本の稲作に当てはめ試算

    した理論値と、戸別所得補償(現在は経営所得安定対策の中の米への直接支払)の実績を比較

    したものである。平成 23 年度の実績を見ると、理論値と実績値の参加率は、それほどズレ

    がない。相関係数にして 0.84 である。規模別に見ると、日本でも、アメリカで定式化され

    た Gardner の理論値にほぼ従う形で、大規模・専業層が制度のメリットをより強く感じて高

    い参加率になったものと見て良い。

    選択制減反が始まった際に、秋田県大潟村の大規模農家が、それまで減反不参加であっ

    たのが、参加に転じたことが大々的に報道された。強制減反を強く拒否していたのに、何

    故、選択制になって、一転して参加したのか、多くの農業関係者は不思議がった。これに

    は、それまで累積していたペナルティを御破算にして参加に呼び込むことが、政治的なパ

    フォーマンスも意識して行われたことも背景にあった。しかし、「強制減反から選択制減反

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    に制度変化すると、相対的には大規模農家の方が参加メリットが高い」というここまでの

    理論的考察からすれば、驚くに当たらない現象である。

    図 2 戸別所得補償制度の参加率の理論値と実績値 (単位: %)

    資料: 理論値は、Gardner(1987)を基に筆者作成。実績値は、農林水産省生産局 web 公開資料を基に、筆者

    が作成。

    注 1) 平成 22 年に発足した戸別所得補償は、初年目は様子見をしていた生産者もいた、と言われているの

    で、参加が定着した 23 年データを取った。比較の意味で、平成 25 年も示した。

    2) 理論値は、規模別米生産費の中から、埋没費用となる労働費とともに、休耕でも経費が生ずる畦畔の草

    刈り、除草剤の使用、耕起費用等を地域の実態に応じて計上した。なお、休耕田にかける費用は地域差が

    大きい。西日本の方ならば、休耕田に除草剤を散布することなどない、と思われるかもしれないが、東北

    の米主産地では極普通に 3000 円/10a 程度の費用をかけて実施されている。一方、西日本では、休耕田の除

    草は年一回の耕起が精一杯というところも多い。ところが、西日本でも、傾斜地水田の長大な畦畔の法面

    を丁寧に除草している例もある。理論値では、これらも勘案して算出した。

    現に、戸別所得補償が始まった平成 22 年冬に、筆者が北陸 Q 県を現地調査に訪れた際に

    は、その主産地 K 平野では、「旧ヤミ米業者が、それまで減反非協力だった大規模生産者を

    説得して回り、戸別所得補償への参加を勧めた」という逸話を聞いた。この県では、米増

    産意欲が旺盛なため、減反を守らせるのは容易ではなく、一部の大規模農家は減反に非協

    力な姿勢で割当を無視して増産し、農協系統の集荷には反旗を翻す形で、こうした業者を

    通じて売り捌いていた。このような経緯からすれば、その業者が、減反参加と戸別所得補

    償への加入を勧めるとは、表面的には全く予想外の行動に見えた。

    しかし、こうした業者は、旧食管制度ではそのような位置づけであったものの、ビジネ

    ス感覚に優れ、現在では活発な米市場取引をリードする存在となっている。利に敏いこれ

    98.4

    76.670.8 69.9

    68.1

    58.3

    91.8

    74.770.3 70.7 68.7

    57.8

    90.285.8

    80.9

    69.3

    62.154

    78.5

    71.464

    50

    42.134.1

    0

    10

    20

    30

    40

    50

    60

    70

    80

    90

    100

    5ha以上 3.0~5.0ha 2.0~3.0ha 1.0~2.0ha 0.5~1.0ha 0.5ha未満

    参加率

    作付規模

    平成23年実績値

    平成25年実績値

    平成23年理論値

    助成1/2理論値

  • 7

    らの業者からすれば、著者が引用したアメリカの理論を学ぶまでもなく、上記のような減

    反参加メリットの規模間の相違を肌で感じ取っていたものと思われ、大規模農家に選択制

    減反参加のメリットを説いて回ったものと考えられる。無論その説得は、こうした大規模

    農家の経営の安定を通して、こうした商系業者自身の取引と経営の安定につながるメリッ

    トがあったからこそ、進んで行ったものである。

    (2) アメリカの理論通りではない小規模層の参加

    ところで、図 2 を更に詳しく見ると、確かに傾向としては、どの年の理論値も実績も右

    下がりのカーブを描き、数値自体の理論と実績の乖離もそれほどではない。しかし、強い

    て言えば、小規模層で実績が理論値よりも高めに出ていることが見て取れる。以下では、

    このことを掘り下げていこう。

    先に地方ブロック別では、大規模・専業経営が多い米主産地が高い参加率になる、とい

    う傾向が見られ、理論との整合性を窺わせるものであることを確認したが、これを県別に

    見ると、そうは行かない。Gardner の理論を基に、理論値を県別に算出して、それを実績と

    比較して回帰したものが表 2 である。

    表2 参加誘導価格に基づく県別参加率理論値の説明力

    平成22年

    参加率

    平成23年

    参加率

    平成24年

    参加率

    県別参加率とその理論値との相関係数 0.3226 0.3576 0.3445

    単回帰における自由度修正済み決定係数 0.0822 0.1066 0.0972

    資料: 農林水産省統計部、「米及び麦類の生産費」、同省経営局、「経営所得安定対策等の加入状況」(ホーム

    ページ公表資料)

    理論値を実績と照らし合わせてみると、その相関がない訳ではないが、規模別では相関

    係数が 0.8 を超えていたのと比較して、0.3 程度であり、相当低い。単回帰を行っても、一

    応係数は 5%水準で有意であるとはいえ、決定係数はわずか 0.1 乃至はそれ未満である。こ

    の相違は、小規模層が理論値よりも高めの参加率であることによるものと考えられる。

    小規模農家でも、予想外に選択制に参加している農家が多いことは、現地調査の結果か

    らも明らかである。例えば、九州北部L県I市では、平成21年度までの「産地確立交付金」と

    比較して、戸別所得補償の参加者が、相当増加した。しかし、水田の実態は全く変わらな

    い。例えば、典型的な新しい参加者は、0.3ha米、0.1ha自家用野菜、0.2ha休耕というような

    農家である。こういう農家は、我慢して米作付を減らしている訳ではなく、自分の労働力

    に合わせて休耕もかなり多く、自然体で「減反配分達成」となっていた。ただし、転作部

    分は、休耕だから何も助成を受け取っていなかった。

  • 8

    ところが、平成22年からは、戸別所得補償に参加すると、水稲作付のうち控除0.1haを除

    き、0.2ha分で所得補償が受けられることとなったので、参加申請したという。この年は、

    結果的には変動部分の助成もあったので、3万円/10aが単価、この農家は6万円を受け取るこ

    とができた。

    九州南部P県も、典型的には40a程度の水田面積で、自給用と若干の縁故米を30a程度作り、

    残りは休耕というような農家が、それまでは転作作物への奨励金とは無関係であったのに

    もかからず、戸別所得補償には参加した。同県では、減反面積は不変で、参加の件数だけ

    が増加している。四国のQ県でも、もともと休耕で減反をこなしてきた30a程度の作付け規

    模の人が、戸別所得補償に相当加入したという。

    「小規模農家が、本来経済計算からして妥当と考えられる参加率よりも、実際には高い

    参加率となっている」ことについて、更に詳しく調べよう。著者は、現地調査の際に、こ

    の背景を窺わせる次の二つの指摘を聞いた。いずれも、類似の複数の指摘があった。

    A: 行政・指導機関による、不参加意向が強い小規模層に焦点を当てた参加促進運動

    第一に、予想される参加率が低位の府県において、過度な参加促進運動が行われたこと

    である。例えば、中国、四国地方の中山間地域は、傾斜地水田が多く、その一方で、これ

    といった収益性の高い転作作物も乏しく、基本的に休耕で減反をこなしている地域である。

    その畦畔の長大な法面の草刈は重労働である。前述の Gardner の理論に従うならば、こうし

    た地域では、本来相当低い参加率が予想された。

    平成 22 年度から始まった戸別所得補償制度の下での選択制減反では、休耕に助成がない

    のはもちろんであるが、加えて減反消化として休耕での対応は、例外的にのみ認められた。

    しかも、その例外的容認とは、五年以内に休耕を解消して適切な作付けを行う「改善計画」

    を提出することとなっていた。いわば、「休耕のまま農地を遊ばせて置くことはしない」と

    いう「誓約書」を書かせることを要件にしていたのである。

    しかし、この地方の P 県の担当者や Y 市の担当者によれば、「初めは、減反消化に休耕対

    応していた小規模の生産者は、この「誓約書」について厳格に考えて、休耕状態は簡単に

    は解消できないので、所得補償受給を断念して、書類提出を控えていた」という。ところ

    が、「国の出先機関から、「あまり厳格に考えないでほしい。とにかく、書類さえ出してく

    れれば良い」という旨で、強力な加入促進の働きかけがあった」という。

    この背景について考えると、県別参加率で、本来予想された通りの低い参加率の県がそ

    の通り低くなり、大きな県間の差ができてしまうと、補助金支出も大きく偏ってしまう。

    こうした事態にならないように、本来低参加率となるべき地域で、実績を上げるための過

    度な参加促進がなされたであろうことは、想像に難くない。国の出先機関の担当者は、新

    しい制度の普及浸透に邁進し、職務に忠実であり、悪意はなかったであろう。しかし、結

    果的には、その過度な参加促進運動によって、休耕による対応ぐらいしかできない、労働

    力の不足した小規模兼業農家が多数参加することとなったものと見られる。

  • 9

    なお、こうした過度な参加促進が、全国一様になされたならばまだよい。しかし、実際

    には、大規模農家が比較的多く、何もしなくとも参加率が高い地域では行われなかったよ

    うであり、その意味でも問題を生じた。参加率が元々高い地域では、例えば北陸 Q 県 M 市

    の関係者からの聞き取りによれば、前述の休耕による減反対応への「誓約書」の審査は、

    通達通り厳格に行われ、農業委員会と合同で現地の水田を訪れて、一筆毎に要件をチェッ

    クし、休耕停止・耕作回復が確約できない水田は除外する等厳しい措置により、適格性を

    審査したという。

    B: 集落ぐるみの一括計算で、減反ゼロの小規模農家にも戸別所得補償を支給

    第二の指摘は、集落の相互扶助精神により小規模層へも手厚く助成されたことである。

    戸別所得補償が適用された、平成 22 年産米からの米生産調整は、アメリカ型の本格的な

    選択制減反を想定したものであり、制度上は、個人責任で、参加メリットを判断し、それ

    ぞれが納得した上で参加する、というものであった。集落の相互扶助の精神と、選択制減

    反の個人責任主義とは、相容れない要素もある。

    実際の運用に関して、著者が各地で聞いたところ、次のような異なる対応が見られた。

    例えば、九州 P 県 K 町は、町内に大豆の集団栽培の優良事例もあり、集落のまとまりが強

    い土地柄であった。このため、個人では減反目標未達成な場合でも、集落内の助け合いて

    目標達成しているところも少なからずあった。ところが、戸別所得補償が始まると、ムー

    ドが一変し、「未達成のヤツに 15,000 円/10a が渡るのはおかしい」という生産者の声が高ま

    り、変更を余儀なくされたという。このように、地域によっては今までの集落単位での減

    反目標達成の思想を破棄して、個人責任に転換したところもある。市町村担当者の中には、

    これを「個人主義の横行」として嘆く人も多いが、むしろこれは、本来の制度の在り方通

    りである。

    しかし、地域によってはそうではなかった。例えば、中部 V 県 G 町の当時の担当者によ

    れば、「戸別所得補償が始まった際に、「制度の趣旨に則り個人責任制として、無理して集

    落全体としての達成をねらうべきではない」と考えて、近隣の市町村担当者が集まった会

    議で発言した。しかし、他の市町村の担当者から、「地域内農家の所得が最大化するように

    努めるのが、市町村農政担当者の責務だ。相互扶助をやめて個人責任として、個人単位で

    未達成の農家が戸別所得補償を受け取れないようにするのではなく、全員が受け取れるよ

    うに、今まで通り、集落内で配分上の配慮や配分後の調整により、個人単位で減反しなく

    とも戸別所得補償を受け取れるようにすべきだ」と諭されたという。

    この「諭した側」の発言に見るような意識は、多くの市町村担当者が共有するものであ

    り、無論、善意から出たものである。しかし、それが、戸別所得補償による選択制減反を、

    アメリカ型の個人責任制の本格的な選択制減反とは著しく異なるものに変質させているこ

    とは否定できない。

    こうした結果、現在、戸別所得補償は、地域により異なる対応となっている。概して言

  • 10

    えば、米主産地等米増産意欲が旺盛な地域では、制度の趣旨通りに、個人の責任で減反に

    参加し、戸別所得補償を参加メリットとして受け取る仕組みが概ね適切に機能していると

    ころが多い。そして、上記の九州の例のように、それまでの集落の相互扶助が拒否されて、

    個人責任で戸別所得補償参加か不参加かを判断するようになったところさえある。

    しかし、米増産意欲がそれほど旺盛ではない地域で、しかも伝統的に集落の相互扶助の

    精神により減反を消化してきた経緯があるところでは、制度の趣旨とは異なる運用となっ

    ている。地域内に自発的休耕が多い農家が存在する中で、集落の相互扶助機能が働けば、

    ほとんど減反しない人も含めて全員が、戸別所得補償を受け取れるようになっている。

    3. 分析フレームと方法

    (1) 分析フレーム

    1) 理論フレーム

    そこで、以下では、更に詳細に、戸別所得補償の規模別支払実態を把握するため、計量

    分析を行う。データは、農林水産省統計部が行っている農業経営統計調査について、その

    個票データを統計法上の許可を得て提供していただき、統計ソフト、EViews 及び STATA を

    用いて分析した。この農業経営統計の個票データでは、水田面積規模、販売金額規模、戸

    別所得補償の受取額等が、農家個別経営単位で得られる。サンプル数は、水田のある農家

    約 1600 戸である。

    分析目的は、選択制減反への「参加率」と戸別所得補償の農家規模別の「受取金の額」

    である。これら二つの分析目的を同時に得られるモデルとして、本稿では「ヘックマンモ

    デル」を用いる。ヘックマンモデルでは、その第一段階推定で、プロビットモデルを用い

    て二値変数が推定され、第二段階では、その二値のうち、正となったサンプルのみを対象

    として、通常の回帰分析と同様に、連続型従属変数による分析を行うことができる。本稿

    の目的に最も合致したモデルである。

    2) 制度の運用とモデルの整合性、仮説の設定

    この制度の細則によれば、飯米農家が自家用であるにも拘らず多額の所得補償を受ける

    のを避けるため、主食用水稲作付けのうち 10a は、一律に非販売と見做して、支払い対象か

    ら控除されることとなっている。これを適用すると、例えば、一律 33%の減反率が課され

    ると、30a の水田を耕作する小規模農家は、20a しか主食用水稲の作付ができず、しかも 10a

    は、自家用として控除されるので、10a 分、7,500 円しか助成を受けられない。これを元の

    水田面積当たりで除すると、7,500 円/30a = 2,500 円/10a となる。超大規模経営ならば、この

    数字が限りなく 5,000 円/10a に近づくこととなる(減反 33%であるから、戸別所得補償は 2/3

    の水田しか受け取れない。水稲作付面積当たりでは 7500 円が上限であるが、水田全面積あ

  • 11

    たりならば 5000 円が上限)。

    分析に当たっての仮説は、次のように設定する。

    第一に、戸別所得補償と選択制減反へ参加するか否かは、前述の参加誘導価格の理論に

    従うと仮定する。もしそうならば、減反実施により遊休化する稲作労働力の帰結がポイン

    トとなる。遊休化した稲作労働力が、片手間のウィークエンドの農業従事だけの安定兼業

    農家はそれが損失となるが、専業的経営では他に仕向け先があり、損失にはならない。こ

    れは、その経営の面積規模よりも兼業か専業か、専業の中でも事業規模が大きいか小さい

    かに左右される。よって、「経営の販売金額」が、参加か不参加を表す指標として有意なは

    ずである。

    第二に、参加を決めた農家の中で、稲作農家は、通達通りに助成を受け取ったならば、「水

    稲作付面積-10a」の助成を受け取るので、減反率が同一とすれば水田面積当たりでは、緩

    やかな上昇カーブとなるはずである。その増加率は、漸減傾向となるはずであり、カーブ

    の形状は、ルート(√)関数や対数関数のようになるはずである。

    この式を各戸の面積に当てはめれば、減反率の相違があるので全ての通達想定算定値が

    同一曲線上に乗る訳ではないが、理論上のこのカーブが推定できるはずである。こうした

    理論的に推定される曲線と、実績値から推定される曲線とのズレを検証すれば、小規模が

    本来通達から想定される額よりも多めに受け取っているかどうかが検証できるはずである。

    (2) モデル

    モデルの第一段階は、次式である。二値的選択(binary)モデルであり、プロピットモデル

    により推定する。

    Participate = 定数項 + β × Farmsales + Dummy1 + Dummy2 + Dummy3 + ----------

    Participate: ある経営の選択制減反への参加(参加;1, 不参加;2 のどちらかの二値選択)

    Farmsales: 当該経営の事業規模(販売金額)(転作作物はもちろん、果樹、畜産等での販売

    金額も全て含む)

    Dummy1, 2, 3, ---: ダミー変数(県別、地方ブロック別等を用いる)

    モデルの第二段階は、次式である。これは、第一段階で参加を選択しているサンプルに

    絞って、その面積当たり受取補助金を従属変数とするモデルで、説明変数は、水田経営面

    積である。

    Log(Subsidy) = 定数項 + γ × Log(Farmsize) + Dummy1 + Dummy2 + Dummy3 +----

    ------+ 逆ミルズ比

  • 12

    Subsidy: 水田面積当たり戸別所得補償受取金

    Farmsize: 当該経営の水田経営面積(畑作、草地等は含まない。米生産調整の対象水田面

    積に限る)

    Dummy1, 2, 3, ---: ダミー変数(県別、地方ブロック別等を用いる)

    逆ミルズ比: 第一段階の結果から推定される、サンプルセレクションバイアスを是正する

    ための比率

    なお、第二段階では、サンプルセレクションバイアスへの対応のため、共分散の是正とし

    て、「White の共分散不均一への対処型の共分散」による推定が不可欠である。

    (3) 推定方法上の注意等

    1) 説明変数、関数形全般

    第一、第二段階ともに、説明変数を一本としていることは、意識的にそうした。他にも

    従属変数を説明する要因として考えられるものはない訳ではないが、敢えて分析目的に忠

    実に、一本のみとする。

    第一段階では、既に述べたように、アメリカ減反を対象として形成された Gardner の「参

    加誘導価格の理論」が、日本における戸別所得補償にもかなりよく当てはまることが明確

    となっている。その理論に従えば、専業であるか兼業であるか、しかもその専業、兼業の

    度合によって、大きく参加誘導価格が異なる。即ち、それは事業規模を規定する販売金額

    を説明変数とするものが最も適している。なお、その販売金額は、減反による稲作労働力

    の遊休化の振り向け先として複合部門が重要であることからして、畜産、果樹等を含む経

    営全体の販売金額とする必要がある。

    ただし、上記の「参加誘導価格の理論」の戸別所得補償への当てはまりは、規模別では

    良いものの、県別ではそれほど良くない。このことも勘案すれば、県別、地方ブロック別

    のダミー変数の活用も、模索してみる必要がある。

    なお、関数形は、線型が最も望ましく、敢えて対数型等を用いる必要性はない。

    第二段階では、分析目的からして、戸別所得補償の面積当たり受取金の規模間の相違を

    推定するのであるから、敢えて別の説明変数を付加しないこととする。ただし、ダミー変

    数は多用する。

    なお、関数形は、既に述べたように、増加関数であるものの、増加度合いは逓減的であ

    るような関数が相応しく、ルート関数か対数関数等がこれに適合するが、ここでは、計量

    モデルで用いられること多い「対数関数」とする。ただし、典型的な対数関数を想定した

    「片対数式」とするか、「両対数式」とするかは、議論の余地がある。両対数は、パラメー

    タによっては、ほとんど片対数と同様の、ここで期待しているような形状になることに加

    え、パラメータの意味が弾力性を表すこととなり、数値の解釈がやり易い利点ある。この

    ため、メインを両対数型とし、補助的に片対数の推定も行う。

  • 13

    また、上記の第一段階、第二段階を経た推定作業は、統計ソフト EViews によれば一括同

    時推定が可能であるが、本稿では、途中経過でプロビットモデルの妥当性を表す指標とし

    ての McFadden の R2、及び逆ミルズ比の第二段階の推定における t 検定値、第二段階の最終

    推定の R2を明示するため、順を追って推定作業を行い、それぞれの途中経過を示すことと

    する。

    2) 説明変数が第一段階、第二段階で重複する問題の回避、逆ミルズ比の扱い

    本稿で行おうとしている Heckman 推定で、しばしば問題となるのは、第一段階と第二段

    階の説明変数の重複性である。

    プロビットモデルやロジットモデルでは、回帰式は一つだけであり、そこに想定される

    説明変数を全て盛り込んで、従属変数がゼロ値となるか否かを説明する。このため、通常

    の回帰分析同様に、説明変数間の多重共線性等に配慮して、類似の変数を盛り込まないよ

    うに注意すればよい。これに対して、ヘックマンモデルでは、サンプルセレクションのバ

    イアスを算出する第一段階と、サンプルとしての採用後の回帰を行う第二段階とがある。

    言うまでもなく、それぞれの段階毎に、その場面に相応しい説明変数が用いられる。しか

    し、全く類似性のない関数を排他的に二つの段階で使い分けるのは、現実問題としては簡

    単ではない。

    ここで、重要なことは、縄田(1997)、縄田(2007)、北村(2009)がいずれも指摘しているよ

    うに、本来ヘックマンモデルは第一、第二の段階で別の説明変数を使うことを想定してい

    る。そこでもし、同じような説明変数を用いてしまうと、多重共線性が起こり、著しく推

    定のパフォーマンスが悪化する、ということである。

    メインの説明変数は、第一段階が各経営の販売総額であり、第二段階が経営面積である。

    これらは、複合、集約部門が加味されれば、別物となるとはいえ、同様の経営形態ならば、

    それ自体の類似性は高い。とはいえ、この類似性に関しては、問題は回避可能である。

    何故ならば、たまたまそれぞれの理論に従い、第一段階では、その線型で変数を用い、

    第二段階では対数を取る。このため、両者の相関はほとんどゼロに近くなる(r = 0.0335)。こ

    のため、メインの説明変数に関しては、全く問題ない。

    問題となるのは、ダミー変数である。後述するように、第一段階の推定では、県別、地

    方ブロック別のダミー変数を用いると、McFadden の R2は、明らかに向上する。最もダミー

    変数が多い全県ダミー型では、McFadden 決定係数は、ダミーのない場合の 0.06 から大幅に

    上昇し、0.299 にまで上がる。

    しかし、この第一段階全県ダミー型によって算出された逆ミルズ比を用いて第二段階の

    推定を行うと、第二段階でダミー変数を全く用いない場合でも、説明変数に挿入した逆ミ

    ルズ比は、t 検定の P 値が 0.2397 と有意ではなくなる。その代わりに、第一段階ダミー無し

    型から算出された逆ミルズ比を用いれば、同じ第二段階モデルで、p 値は 0.0000 と有意に

    なる。第二段階で同様に県別ダミー変数を用いた場合には、事態は一層深刻である。

  • 14

    また、一工夫して、「第一段階全県ダミー型によって産出された逆ミルズ比を用いつつも、

    第二段階で、県別ダミーは、明瞭に第一段階と重複するので、それを控え、やや異なる地

    方ブロック別のダミーを用いる」、という便法を採用しても、説明変数に挿入した逆ミルズ

    比は、P 値が 0.9902 と、全く有意ではない。その代わりに、第一段階ダミー無し型から算

    出された逆ミルズ比を用いれば、同じ第二段階モデルでの p 値は、0.0000 と有意になる。

    なおこの場合、決定係数は、全県ダミー型逆ミルズ比を用いた場合の 0.1357 から、ダミー

    なし逆ミルズ比を用いた場合は 0.1876 へと、パフォーマンスの改善も見られる。

    このため、以下では、第一段階の推定結果自体では、参加率単独に関する推定を詳細に

    行うため、県、地方ブロック等の各種のダミー変数を用いた推定結果を表示するものの、

    第二段階の推定では、第一段階でダミー変数を全く用いなかった場合の逆ミルズ比のみを

    使うこととする。

    4. 推定結果

    (1) 参加率(Heckman 推定の第 1 ステップ)に関する分析結果

    第一段階、即ち参加率を決める式については、全層、及び中大規模層では、説明変数「販

    売総額」は有意であるが、小規模層では全く有意ではない。このことにより、前述の平成

    23, 25 年の参加率が、小規模層において理論値と乖離する傾向が、ミクロ的なデータからも

    検証された。

    このことの意味を例示すると、1ha 以上の階層では、例えば 2ha のサラリーマン農家より

    も、10ha を超える秋田県大潟村の農家が参加メリットが大きい、という理論通りに、実際

    にも高い参加率であったことを意味する。これに対して、小規模層では、自給とわずかな

    縁故米を生産する 0.3~0.4ha 程度の農家でも、0.9ha 程度でかなりの販売のある農家でも、参

    加率はほとんど変わらない、ということである。

    表 3 参加率(Heckman 推定の第 1 ステップ)に関する分析結果

    ダミー変数 全戸 1ha 未満 1ha 以上

    ダミーなし 0.4436*** (0.0614) 0.2780× (0.0001) 0.2765*** (0.0341)

    全地方ダミー 0.3957*** (0.1973) 0.1757× (0.1078) 0.2822*** (0.1786)

    全県ダミー 0.4345*** (0.2996) 1.9264× (0.1320) 0.2790*** (0.2802)

    選抜県ダミー 0.4389*** (0.2955) 1.3966× (0.1147) 0.2870*** (0.2802)

    過剰県ダミー 0.4244*** (0.2507) --------------- ---------------

    過剰県選抜ダミー 0.4431*** (0.2363) --------------- ---------------

    注) 1) 各欄左はパラメータの値、右のカッコ内は、McFadden-R2である。

    2) t 検定の結果、1%水準で有意は***、5%水準で有意は**、10%水準で有意は*、有意でな

  • 15

    いものは×で表した。

    なお、中大規模層のパラメータの計測値、McFadden-R2よりも、全層のそれが大きくなっ

    ている理由は、不参加のほとんどが小規模層で発生していることによるものである。その

    限りでは、全層だけを見れば、一見アメリカ参加誘導価格の理論があたかも適用できるか

    のような様相であるが、小規模層に焦点を当てると、異なる様相が浮き彫りになった、と

    いうことである。

    以上の結果は、アメリカ選択制減反での参加率を決める「参加誘導価格」の理論が、日

    本でも中大規模層では当てはまるものの、小規模ではあてはまらないことを意味する。前

    述のような現場での運用、即ち、小規模への配慮等から共同体としての優遇措置等がなさ

    れ、本来あるべき低い参加率ではなく、高めの参加率、即ち小規模層も巻き込んで戸別所

    得補償の恩恵が行き渡るような方向にバイアスがかかっていることが示唆される。

    (2) 受取金に関する分析結果(Heckman 推定の第 2 ステップ)

    表 4(1) 受取金に関する分析結果(両対数型) (Heckman 推定の第 2 ステップ) ダミー変数

    の種類

    全戸 1ha 未満 1ha 以上

    理論値 実績値 理論値 実績値 理論値 実績値

    ダミーなし 0.1324***

    (0.7465)

    0.1326***

    (0.1417)

    0.3794***

    (0.9211)

    0.2615***

    (0.2499)

    0.0509***

    (0.8514)

    0.0963***

    (0.0460)

    全県ダミー 0.1314***

    (0.7588)

    0.1373***

    (0.2308)

    0.3815***

    (0.9172)

    0.2629***

    (0.2652)

    0.0501***

    (0.8661)

    0.1009***

    (0.1755)

    同上選抜 0.1302***

    (0.7545)

    0.1383***

    (0.2363)

    ---------- ---------- ---------- ----------

    地方ダミー 0.1309***

    (0.7522)

    0.1402***

    (0.1876)

    0.3798***

    (0.9193)

    0.2633***

    (0.2313)

    0.0504***

    (0.8624)

    0.1003***

    (0.1144)

    同上選抜 0.1305***

    (0.7523)

    0.1435***

    (0.1853)

    0.3799***

    (0.9195)

    0.2628***

    (0.2314)

    0.0506***

    (0.8627)

    0.1002***

    (0.1152)

    表 4(2) 受取金に関する分析結果(片対数型) (Heckman 推定の第 2 ステップ) ダミー変数

    の種類

    全戸 1ha 未満 1ha 以上

    理論値 実績値 理論値 実績値 理論値 実績値

    ダミーなし 161.8***

    (0.8036)

    152.3***

    (0.2065)

    396.8***

    (0.9642)

    247.3***

    (0.2871)

    71.4***

    (0.8617)

    112.8***

    (0.0747)

    全県ダミー 160.5***

    (0.8141)

    157.1***

    (0.3025)

    398.1***

    (0.9626)

    248.2***

    (0.2971)

    70.2***

    (0.8754)

    115.4***

    (0.2178)

  • 16

    同上選抜 159.3***

    (0.8103)

    158.4***

    (0.3069)

    ---------- ---------- ---------- ----------

    地方ダミー 159.6***

    (0.8101)

    159.3***

    (0.2575)

    397.2***

    (0.9634)

    248.2***

    (0.2673)

    70.6***

    (0.8720)

    115.0***

    (0.1537)

    同上選抜 159.3***

    (0.8102)

    163.0***

    (0.2544)

    397.2***

    (0.9635)

    247.9***

    (0.2694)

    70.9***

    (0.8723)

    114.9***

    (0.1544)

    注 1) 上段はパラメータの値、下段のカッコ内は自由度修正済み決定係数である。

    2) t 検定の結果、***は、1%水準で有意、**は 5%水準で有意、*は 10%水準で有意を表す。

    推定結果を見ると、受取金額においては、全層では、通達の通りに 0.1ha 分を飯米自家用

    として控除された場合の単価(対数回帰)に関する理論値と、実際の個票の受取り単価を対数

    回帰した実績値は、ほとんど同じ係数となる。

    これに対して、1ha 未満の小規模層では理論値と実績値は明瞭に乖離していた。係数がマ

    イナスではないので、1ha 未満の中でもより小さい 0.3~0.4ha 層が、大き目の階層よりも面

    積当たりで余分に受け取っている訳ではないが、通達通りに計算された値よりも多目であ

    ることが示された。これは、先に見た中部 V 県 G 町の事例のように、多分に集落内で相互

    扶助による配分目標達成が行われ、最小規模層の 10a 控除の影響が緩和されるように末端配

    分での再調整等が実施されていることを意味する。なお、中大規模層では、むしろ逆に理

    論値よりも実績値が大きい傾向すらあった。

    5. 結論

    本稿で得られた結論は、以下の三点である。

    第一に、アメリカで定式化された選択制減反の参加・不参加を決める「参加誘導価格の

    理論」を日本に適用し、規模別、専業・兼業別に参加率の理論値を試算し、実績と比較し

    たところ、ほぼ理論通りで(相関係数 0.84)、理論の高い適合性が確認できた。それによれば、

    大規模専業ほど高い参加率となり、小規模兼業ほど低い参加率となる。1ha 以上の階層では、

    ほぼこの通りであった。

    第二に、しかしながら 1ha 以下の小規模層では、理論値よりも高い参加率になる傾向が顕

    著であった。一方、現地調査を行ったところ、小規模農家が主体の地域では、本来低参加

    率となって然るべきところを、それでは政治的支持の観点から地域格差を生じ問題である

    ことから、行政及び指導機関は、制度の柔軟な運用や集落としての協調行動も推進して、

    参加率が高くなるように積極的に呼びかけていることが明らかとなった。

    第三に、こうした背景から、小規模層における参加率の人為的積み増しと、それに伴う

    戸別所得補償の受益の小規模層への浸透について、これら二課題を同時に計測するに適し

    たヘックマンモデルにより計量分析を行ったところ、次の二点が統計的に立証された。

  • 17

    A: 中、大規模層の参加率では、アメリカの参加誘導価格の理論は適用できるが、小規模層

    の参加率では、この理論値よりも参加率を高める方向にバイアスがかかっていた。

    B: 面積当たり受取金においても、通達では、10a の自家用米相当分を控除することとなっ

    ており、理論的には、経営規模と面積当たり受取金の関係は、対数曲線を描き、規模が大

    きいほど単位面積当たり受取金も多いはずであるが、実際には、控除されて少額になるは

    ずの小規模層も、本来の額よりも多めの面積当たり受取金があった。

    即ち、日本の戸別所得補償は、選択制減反の補償として本来有している大規模支援型の

    支払い特性が、小規模層において減殺され、小規模層の高い参加率と通達から想定される

    額よりも多目の面積当たり受取金が支払われていることが統計的に明らかとなった。

    引用文献

    北村行伸、(2009)、「ミクロ計量経済学入門」、日本評論社、pp.155-158.

    縄田和満、(1997)、「第四章 Probit, Logit, Tobit」、牧厚志、宮内環、浪花貞夫、縄田和満共

    著、「応用計量経済学Ⅱ」、多賀出版、pp.286-288.

    縄田和満、(2007)、「質的データ、制限従属変数、計数データ」、蓑谷千凰彦、縄田「計量経

    済学ハンドブック」、朝倉書店、pp.826-827.