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27 ピアスタッフとソーシャルワーカーの関係性に関する一考察 A Study on the Relationship between Peer Staff and Social Workers 江 間  由紀夫 Yukio EMA Yukio EMA 福祉心理学科(Department of Social Work and Psychology) はじめに 近年、精神保健福祉領域において精神障害の ある当事者による支援活動が注目されている。 セルフヘルプグループ(SHG)やピアカウン セリング、ピアサポートといった当事者活動 は、従前から知られていたが、医療機関や公的 機関、障害福祉サービス事業所等に雇用された 支援者(ピアスタッフ)として活動する人が増 えており、雑誌での特集や学会等での報告も目 立つようになった。 精神障害によって何らかの保健医療福祉サー ビスを利用した経験のある当事者による支援活 動の場が広がっていくことは、支援を受ける障 害者にとって障害の経験を共有できる支援者を 得ることができるだけでなく、社会参加のモデ ルの一つとしても意義あるものと思われる。ま た、いわゆる専門職の側にある人々にとっても 精神障害者の思いや経験を教えてもらうことで 新たな援助の視点や理解を深める機会を得るこ とができ、支援の質を高めるためにも有効な活 動であるといえよう。 しかしその一方で、当事者と支援者といった 2つの立場を抱えることによって生じるピアス タッフ自身の課題や専門職側の論理でピアス タッフの活動を限定してしまう雇用側の課題も 懸念されている。近年では、ピアとしての経験 に加えて援助者に必要な知識や技術を学ぶ研修 を通してピアスタッフが抱える課題に取り組め るようにしたり、専門職の一員として雇用側に 認めさせたりする活動も広がってきている。 本論文では、こうした状況を受けてピアス タッフと活動を共にすることの多いソーシャル ワーカーにどのような関係性が求められてくる のかについて考察し、今後のピアスタッフとの 関係性について検討していきたい。

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ピアスタッフとソーシャルワーカーの関係性に関する一考察

A Study on the Relationship between Peer Staff and Social Workers

江 間  由紀夫*

Yukio EMA

* Yukio EMA 福祉心理学科(Department of Social Work and Psychology)

はじめに

 近年、精神保健福祉領域において精神障害の

ある当事者による支援活動が注目されている。

セルフヘルプグループ(SHG)やピアカウン

セリング、ピアサポートといった当事者活動

は、従前から知られていたが、医療機関や公的

機関、障害福祉サービス事業所等に雇用された

支援者(ピアスタッフ)として活動する人が増

えており、雑誌での特集や学会等での報告も目

立つようになった。

 精神障害によって何らかの保健医療福祉サー

ビスを利用した経験のある当事者による支援活

動の場が広がっていくことは、支援を受ける障

害者にとって障害の経験を共有できる支援者を

得ることができるだけでなく、社会参加のモデ

ルの一つとしても意義あるものと思われる。ま

た、いわゆる専門職の側にある人々にとっても

精神障害者の思いや経験を教えてもらうことで

新たな援助の視点や理解を深める機会を得るこ

とができ、支援の質を高めるためにも有効な活

動であるといえよう。

 しかしその一方で、当事者と支援者といった

2つの立場を抱えることによって生じるピアス

タッフ自身の課題や専門職側の論理でピアス

タッフの活動を限定してしまう雇用側の課題も

懸念されている。近年では、ピアとしての経験

に加えて援助者に必要な知識や技術を学ぶ研修

を通してピアスタッフが抱える課題に取り組め

るようにしたり、専門職の一員として雇用側に

認めさせたりする活動も広がってきている。

 本論文では、こうした状況を受けてピアス

タッフと活動を共にすることの多いソーシャル

ワーカーにどのような関係性が求められてくる

のかについて考察し、今後のピアスタッフとの

関係性について検討していきたい。

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東京成徳大学研究紀要 ―人文学部・応用心理学部― 第 23 号(2016)

で専門職によって行われてきた精神衛生に関す

る事柄に患者経験のある当事者の視点を組み込

むようになったことは大きな転換であったと考

えられる。

 当事者同士の支援を実現する現在のピアによ

る活動につながるものとしては、ニューヨーク

のファウンテンハウス(Fountain House)の

活動が挙げられる。ファウンテンハウスは、

1940年代にロックランド州立病院(Rockland

State Hospital)に入院していた患者たちによ

る自助グループから発展し、1944年にWANA

(We Are Not Aloneの頭文字を用いて名付け

られたグループの名称)として活動を始めた。

1948年には、ファウンテンハウスとして法人化

され、現在まで活動を続けている。ⅰ

 ファウンテンハウスの特徴は、精神障害の当

事者が主体となった活動であり、かつ精神保健

福祉の専門職との関係を対等なものとして両者

が協力して施設やプログラムの運営を行ったこ

とにある。施設の運営に関することは、すべて

当事者と専門職が一緒になって話し合って決め

ることとされ、訓練とされる活動にも対価を払

う過渡的雇用の仕組みを持ったクラブハウスモ

デルを生み出すなど、その活動は世界に知られ

ることとなった。

 また当事者による主体的な支援活動として

は、アルコール依存症者の自助グループである

Alcoholics Anonymous(以下,AA)も重要な

ものといえよう。AAは、1935年にアメリカの

アルコール依存症の当事者によって結成され、

「12ステップ」として知られる回復のプログラ

ムと「12の伝統」というグループの原則を柱と

して世界中で活動が行われている。

 AAの特徴は、徹底した自助グループ主体の

運営であり、あらゆる権威や政治的な活動と距

離を置いていることにある。そのため精神科医

療や福祉の専門家との関係も協力関係として位

方法

 これまでに発表されてきた論文等を基にして

当事者活動からピアサポートを経て職業として

のピアスタッフへと発展してきた過程を振り返

り、専門職の立場にあるソーシャルワーカーが

ピアスタッフとどのような関係性を持つべきか

についての考察を行う。

 なおピアに関しての用語であるが、現在は

様々な表現が使われている状況にある。ここで

は、単に精神障害のある人々については、当事

者とし、当事者同士の支援活動を行っている場

合をピアと表記する。ピアサポートあるいはピ

アサポーターについては、ピアによる支援活動

全般とその実践者を指し、ピアスタッフはピア

サポートを有償で行っている者を示すこととす

る。(ただし、引用文等では原文の表現を重視

する)

結果

1.当事者活動の歴史

1-1.北米を中心とした当事者活動の展開

 ピアスタッフについて論じる前に、精神障害

者の当事者運動について主に北米を中心に概観

しておく。

 精神障害の当事者による活動としては、古く

は1907年にアメリカで自らの精神科病院入院の

経験を出版したクリフォード・ビーアズによっ

て始められた精神衛生運動が知られている。そ

の活動は、当事者活動というよりは、ビーアズ

が中心となって専門家や一般の人々を巻き込ん

で精神障害に対する関心を高め、精神障害の予

防や患者の処遇の向上を実現しようとするもの

であった(ビーアズ, 2003)。

 精神衛生運動は、当事者が当事者を支援する

ピアの活動とは異なるものではあるが、それま

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ピアスタッフとソーシャルワーカーの関係性に関する一考察

定ピアスペシャリストとしてニューヨーク州や

ジョージア州で制度化され、資格を得るための

研修や試験制度が設けられるようになった(相

川, 2011)。メディケイドの対象となるなど、ピ

アサポートが自助グループ的な活動から、専門職

の一つとして活躍の場が広がることとなった。

 一方、チェンバリンに影響を受け、自らも当

事者として世界の精神医療ユーザー運動の中心

的な存在として活躍するニュージーランドの

オーヘイガンは、当事者を精神医療から生還し

たものという意味で「精神医療サバイバー」と

呼び、「精神医療サバイバー運動」として世

界各地の運動を紹介している(オーヘイガン,

1999)。

 1991年には、オーヘイガンが初代会長となっ

て国際的な当事者組織であるWorld Federation

of Psychiatric Users(WFPU:1997年に

World Network of Users and Survivors of

Psychiatry:WNUSPに改称)が結成され、精

神科医療のユーザーやサバイバーの権利擁護や

情報発信を行っている。ⅲ

1-2.わが国の当事者活動の誕生と発展

 わが国における精神障害のある人々による当

事者活動は、1950~60年代に精神科病院内や保

健所等の地域での活動の中から患者自治会やグ

ループ活動として始まり、ソーシャルワーカー

等の専門職の支援を受けながら発展していくも

のと、当事者自身の活動を中心として発展して

いくものとの二つの流れが生まれていった。

 ソーシャルワーカー等専門職の支援を受けな

がら発展したものとしては、やどかりの里を中

心とした活動や、札幌すみれ会、べてるの家な

どが知られている。

 中でもやどかりの里を中心とした活動は、

1975年に全国集会が開催され、1983年には全国

精神障害者社会復帰活動連絡協議会(以下,全

置付けており、自らの活動の目的である断酒を

続けるための資源の一つとして周辺化してい

る。

 AAのこうした姿勢は、ピアサポートのあり

方にも表れている。AAでは、グループを通し

てアルコール依存症に悩む人々を救い、自らの

経験を伝えていくことが重視されているが、こ

れらの行為は全て無償でありアマチュアである

ことを重視しており(Alcoholics Anonymous,12

の伝統の8)AAの理念やプログラム、活動を個

人の利益にするようなことを禁じている。ⅱ

 1970年代のアメリカでは、1950~60年代の公

民権運動の影響もあり、エド・ロバーツらによ

る身体障害者の自立生活運動が広まっていっ

た。精神障害の当事者たちからは「オルタナ

ティブ」と呼ばれる活動が登場し、既存の専門

職による支援ではないもう一つ(オルタナティ

ブ)の支援のあり方が注目された。

 オルタナティブの活動を広めた一人として知

られるチェンバリンは、オルタナティブについ

て、「パートナーシップモデル」「支援モデ

ル」「独立モデル」の三つのモデルがあると

し、専門家と非専門家が共同するパートナー

シップモデルは援助を与える人と受ける人の区

別が明確に定められており、名目だけのサービ

スであると指摘している。これに対して支援モ

デルは、精神障害のある人とない人が対等な関

係として位置付けられ、お互いに手助けをする

相互支援のサービスを行うモデルであり、独立

モデルは精神障害の当事者のみによって独立し

て運営されるモデルであるとし、どちらのモデ

ルも専門家を除外して考えられている。チェン

バリンは、支援モデルと独立モデルが本当のオ

ルタナティブのサービスを提供するものである

とする(チェンバリン, 1996)。

 2000年代には、リカバリー志向の支援が広が

り、ピアサポートが注目されるようになる。認

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東京成徳大学研究紀要 ―人文学部・応用心理学部― 第 23 号(2016)

精社連)の誕生へと展開していった。

 全精社連は、やどかりの里の理事長であった

谷中輝雄を会長に置くなど、当初は専門職の支

援を受けながらの活動であった。谷中は、こう

した流れについて、当事者運動が育っていく過

程での専門家集団の役割を「会の方向性が見え

てくるまでは機関車のように会を引っ張ってい

く役割」であり、方向性が見えてからは「裏方

に徹し台所を支える」として、最終的には徐々

に手を抜いて直接的に専門家が関わらなくても

良いように役割を変更していくことが大切であ

るとする(谷中, 1993)。

 この言葉通り全精社連は、1993年には当事者

のみの団体である全国精神障害者団体連合会へ

と発展した。

 一方、主に精神科病院の入院経験のある当事

者によって結成された活動としては、1973年に

結成された友の会や1974年に結成された全国

「精神病」者集団などがある。これらは、当

事者が自分たちの意思で集い、仲間同士の交流

や救済活動の他、精神科医療や精神保健福祉施

策の問題に対して当事者の立場から強い抗議

活動を展開してきた。それは精神障害の当事

者による人権を守る闘いでもあった(友の会,

1981)。

 以上から、わが国の当事者活動の二つの流れ

は、ソーシャルワーカー等の専門職が地域での

生活を支える方策の一つとして当事者同士の連

帯を生み出そうとしたものと、当事者自身が精

神科病院や精神保健福祉施策による抑圧に対抗

して自らの権利を勝ち取ろうとして連帯してき

たものであったことがわかる。

2.当事者活動から有償のピアサポートへ

 当事者活動では、自助グループとしての役割

も担われており、様々な団体やグループにおい

てピアカウンセリングなどのピアによる相談活

動やグループ活動が実施されていた。その多く

は仲間同士の無償の支援であり、ピアであること

の意義を重視した相互扶助的な活動であった。

 1990年代後半から2000年代初めにかけて専門

職による支援活動の中に障害当事者を導入する

活動が登場している。これは2002年から精神障

害者居宅介護事業として精神障害者へのホーム

ヘルプサービスが始まることを受けて、当事者

によるホームヘルプサービスを実現しようとし

たものである。ピアヘルパーと名付けられたこ

の活動は、2001年に大阪府で最初の養成講座が

行われ、全国に広がった(行實, 2007)。

 ピアヘルパーの活動は、精神障害者の就労支

援の一つとしても捉えられている。精神障害と

いう経験を生かした活躍の場として位置付けら

れ、養成講習を受けることによってピアヘル

パー自身の生活の質が向上したとの研究結果も

見られている(鄭, 2012)。

 2006年には、相談支援体制整備特別支援事業

においてピアサポート強化事業が位置付けられ

た。大阪府では、2008年に退院促進ピアサポー

ター事業が開始され、精神科病院にピアサポー

ターが訪問して体験を伝えることで、入院患者

の退院意欲を高めることや外出時の同行と情

報提供、地域定着の促進などの役割が期待され

た。

 2010年に実施された精神障害者地域移行・地

域定着支援事業では、その実施要項において、

ピアサポートの活用を取り入れており、その後

のアウトリーチ推進事業においてもチームアプ

ローチにピアサポーターが含まれるなど、専

門職との協働が制度内に位置付けられるように

なってきている。

 2012年には、国内各地の専門職とピアスタッ

フで構成された「精神障がい者ピアサポート専

門員(仮称)育成ガイドライン」企画委員会に

よってピアサポート専門員と名付けられた認定

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ピアスタッフとソーシャルワーカーの関係性に関する一考察

の現場では、給与や裁量権および雇用に関して

ピアスタッフと健常者の専門職とは格差がある

との指摘もしている(増川他, 2014)。

 同様の課題は、全国ピアスタッフの集いを通

して得られたアンケート調査からも明らかにさ

れており、採用方法や雇用形態において仕事内

容の提示がなかったり、契約書が作成されてい

なかったりする例が相当数あることがわかって

いる(相川, 2013)。

 こうした問題の背景として、一つには雇用側

や既存の専門職の側がピアスタッフの機能や価

値を十分に認めようとしていないことが考えら

れる。古屋は、ピアスタッフが支援の現場にお

いて最初に直面するのは専門職側のスティグマ

の壁であるとし、精神疾患を持つ人に対しての

支援における当事者の力が正当に評価されない

風土があると指摘する(古屋, 2014)。

 一例を挙げると先述した精神障害者地域移

行・地域定着支援事業の実施要項において、ピ

アサポートを活用するにあたっては、活動内

容、報酬、活動時間等の条件を明確にし、契約

書等を取り交わすこととしている。しかしその

一方でピアサポート従事者に対しては、専門職で

ある地域体制整備コーディネーターが助言・指導

を行うこととしており、専門職の下に位置づけて

いることがうかがえる内容となっている。

3-2.ピアスタッフの専門性のあり方に関する

課題

 障がい者福祉支援人材育成研究会が発行した

「精神障がい者ピアサポート専門員養成のため

のテキストガイド」では、ピアスタッフの現状

について「ピアスタッフとして正規に雇用され

る人も増え始めましたが、全国的にはまだまだ

少なく、多くの人が、その処遇はボランティア

であったり、謝金程度だったり、活動にあたっ

ての考え方や配慮すべき事項が整理されていな

資格とその養成のためのガイドラインが示され

た。ピアサポート専門員は、未だ国家資格とし

ての位置付けはなされていないが、その養成

と認定は、2015年に一般社団法人日本メンタル

ヘルスピアサポート専門員研修機構に引き継が

れ、各地で研修が行われている。ⅳ

3.ピアスタッフとその課題

3-1.ピアスタッフの定義と現状

 ピアスタッフという言葉は、仲間を表すピア

(peer)と職員や従業員を表すスタッフ(staff)

とを合わせたものである。相川は、ピアスタッ

フについて「疾患や障害があり保健福祉サービ

スの受け手(利用者)であり、かつ保健福祉

サービスの送り手(職員)となっている人で、

かつそれを仕事として報酬を得ている人」と定

義している(相川, 2014)。

 相川の定義に倣えば、ピアスタッフは、単に

障害当事者として同じ病気や障害を持つ人の支

援をしているというだけでなく、職員として報

酬を得ていることがポイントとなっている。こ

れは、当事者による支援活動であるピアサポー

トが、セルフヘルプとしての相互支援的な関係

から、職員として雇用され、報酬を伴う関係へ

と転換してきたことを示していると考えられ

る。このことは、ピアサポートの専門性や職員

としての責任性といったピアスタッフの側の問

題と、仕事内容や雇用条件の整備といった雇用

側の問題の両面を明確にしていく必要性を生み

出している。

 精神障害の当事者としてWRAPⅴのファシリ

テーターやピアサポートなど様々な場面で活躍

している増川は、ピアスタッフに関する座談会

において、ピアスタッフであることに対して、

活躍の機会と自尊心を満たしてくれるが、精神

保健福祉という枠組みの中でのみの生活になっ

ていく「罠」があると述べている。加えて実際

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東京成徳大学研究紀要 ―人文学部・応用心理学部― 第 23 号(2016)

ていたことを示している。一方の「精神障害者

同士の互助」は、患者自治会の活動に始まり、

社会における権利の獲得の運動など精神障害者

が互いに支え合おうとする社会運動としての系

譜を示している。桐原は、こうした系譜を示し

た上で、現在のピアサポーターの研修制度や資

格制度には、社会運動と互助の経験が欠けてい

ると指摘し、ピアサポーターによる労働組合の

結社が求められるとする(桐原, 2014)。

 ピアサポーターのあり方を単にピアとしての

専門性を持った支援者というだけではなく、ピ

アの立場から精神保健福祉の状況を変えていく

運動体としての役割が必要であるという桐原の

指摘は重要な意義を持つものといえるだろう。

労働組合とは異なるが日本ピアスタッフ協会

は、全国のピアスタッフの交流や情報共有を主

な活動に挙げているほか、定款14条においてピ

アスタッフの地位向上のために協議し国や関係

機関と交渉するとしており、運動体としての役

割も担っていくことが期待される。ⅵ

 ピアスタッフの専門性に関するもう一つの問

題は、ピアスタッフの内面に生じる二面性の問

題である。ピアサポートの独自性は、病気や障

害の経験を共有できる存在であるということ

と、その経験を基盤とした対等な関係を築ける

という部分にある。しかしピアスタッフは、単

に仲間というだけでなく、ピアサポートという

支援を実施する有償の職員でもあることから、

ピアサポート専門員のようにピアとして人と関

わるための専門性を持ったものであるべきとい

う考えがある。北米ではピアスペシャリストと

いった資格制度があり、わが国のピアサポート

専門員もジョージア州などのピアスペシャリス

ト養成を参考にしている部分が多い。

 資格制度に至らないまでも、ピアスタッフと

して雇用されている場合、その雇用先は利用者

からすれば医療や福祉サービスを提供する側で

い」とされ、養成研修の必要性を訴えている

(障がい者福祉支援人材育成研究会, 2015)。

 このガイドは、国内各地の専門職とピアス

タッフの協力によって作成されているが、一定

の研修を受けることによってピアサポート専門

員として認定し、専門性を持ったピアスタッフ

として活躍する場を広げていくことが目指され

ている。ピアサポート専門員は、精神科医療や

障害福祉サービスの現場でピアとしての専門性

を活かして雇用されることが想定されており、

ガイドにおいては基礎的な面接技術の説明や障

害者総合支援法等関連する法制度の解説にかな

りの紙面が割かれている。

 ピアスタッフの置かれている現状を考える

と、医療や福祉の現場において他の専門職から

認められるためにピアスタッフの側も同様の専

門性を身につけることは、ピアスタッフの地位

向上に役立つように思われる。しかしながらそ

れは同時に既存の専門職と同じ枠内にピアス

タッフが置かれることでもある。ピアスタッフ

が既存の専門職による支援の問題点を指摘し、

当事者にとってより良い支援が行われるように

なっていけば良いのだが、ピアスタッフが既存

の専門職に飲み込まれるような状況へと進んで

しまう可能性もある。

 大嶋は、ピアサポート活動の課題の一つとし

て、当事者を専門職の信念や役割に「社会化」

してしまうことにより独自の視点を減退させる

恐れがあるとする(大嶋, 2013)。ピアスタッ

フの専門職化に関して、この点は十分に留意す

る必要があるところであろう。

 桐原は、ピアサポートの系譜を「統治の技

法」「精神障害者同士の互助」の2つに分けて

興味深い論考を行っている。桐原によれば、

「統治の技法」とは、かつて精神科病院の内部

において一部の患者に特権を与え、看護職員の

代わりに他の入院患者を管理することが行われ

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ピアスタッフとソーシャルワーカーの関係性に関する一考察

された。ある分科会で、精神保健福祉士がピア

サポーターに対してピアであるスーパーバイ

ザーによるスーパービジョンの機会を提供する

体制づくりを行ったという内容の実践報告が

なされた(徳山他, 2015)。続いてピアスタッ

フを中心に精神保健福祉士と精神保健福祉分野

の研究者が協力してピアサポーターを対象とし

たワークショップの企画・実行を行ったという

実践報告がなされた(長岡他, 2015)。ピアサ

ポーターのスーパービジョン体制を専門職が用

意するという前者とピアサポーターのための研

修をピアスタッフと専門職が協働して行うとい

う後者の立場の違いについてフロアを交えた短

い議論が行われた。この時、後者の報告をした

発表者が「ピアサポートは、ピアだけのもので

はない」といった趣旨の発言をした。ピアス

タッフと同じ目的で仕事をしている仲間(ピ

ア)としての発言であったと思われるが、この

時のやりとりが筆者には強く印象に残った。

 これまで取り上げてきたようにピアサポート

やピアスタッフの活動は、当事者主体の支援を

生み出す場として期待されていると同時に既存

の精神保健福祉システムに組み込まれてしまう

のではないかといった危惧もなされている。ピ

アスタッフの側もピアとしての立場と支援者と

しての立場といった二面性を抱えることとな

り、その矛盾をどう克服するかが課題ともなっ

ている。ピアの部分を強調すれば、業務として

行うべきことが困難になる可能性があり、ス

タッフの部分を強調すれば同じ立場であるピア

としての特質を失うことになりかねない。これ

はピアスタッフが「ピア」なのか「スタッフ」

なのかといった二元論に基づく課題であり、ピ

アスタッフのアイデンティティにもかかわる問

題であった。

 ピアヘルパー事業では、当事者が援助者とし

ての資格があるかどうかが問われ、その資格を

あり、ピアスタッフの行為は雇用先が持つ権威

性を帯びてくることも考えられる。

 スタッフとしての立場や行為が本来ピアの

持っている対等性を失わせてしまうことになれ

ば、ピアスタッフの独自性や専門職によるサー

ビスに対する優位性が失われてしまう。そして

ピアスタッフ側の心理的な課題としても、自分

はピアなのか援助者なのかという二面性を抱い

てしまうことが考えられる。

 精神障害の当事者でありながら援助者でもあ

るという二面性について、自らも統合失調症の

治療歴を持ち臨床心理士として活動している

ディーガンは、ピアなのか援助者なのかどちら

かはっきりしないことが問題ではなく、社会の

側がピアであり援助者であるというカテゴリー

を持っていないことが問題であり、当事者の問

題ではないという(ディーガン, 2012)。

 精神障害の当事者であり、ソーシャルワー

カーとしても活躍している加藤は、当事者ソー

シャルワーカーへの聞き取り調査を通して、彼

らが専門教育によって基礎知識や広い視野を得

たもののそれに縛られず、自分の内面のクライ

エント性を見失わずに当事者体験から得た知識

と経験を忘れていなかったことを明らかにして

いる(加藤, 2009)。

 ディーガンや加藤のいうようにピアであり援

助者であることは、相反することではなく、そ

れ自体が一つの個性であり強みであるとしてと

らえるべきことと考えられる。

考察

1.ピアスタッフとソーシャルワーカーの新た

な関係性の構築に向けて

 ソーシャルワーカーのピアスタッフに対する

関わりについて、日本精神保健福祉士学会の

2015年学術集会において興味深いやりとりがな

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東京成徳大学研究紀要 ―人文学部・応用心理学部― 第 23 号(2016)

ない。

 ピアスタッフによる専門職の認定とは、ピア

スタッフがピアではない専門職に対してピアサ

ポートやピアスタッフに対する理解ができてい

るかどうかを問うものである。例えば、リカバ

リー概念やピアサポートの理念や理論、ピアス

タッフを支援に加えることでのメリット、ピア

スタッフの特性や共に仕事をしていく上で知っ

ておくべきことなど、ピアスタッフの視点で定

められた一定の研修を受講することにより資格

を認定する制度を設定する。

 認定を受けた専門職が所属する医療機関や事

業所を公開する仕組みを設ければ、ピアスタッ

フが就職先を探す際にも有効な情報となる。ま

たこれからピアスタッフとして働きたい人のた

めのインターン制度などを実施する際にも役立

つことであろう。

 ピアスタッフのみが研修を受ける現在のシス

テムから、ピアスタッフと共に働く専門職の側

も研修を受けるシステムへと発展することがで

きれば、両者の理解も深まり、ピアスタッフの

雇用に関する問題の解決に繋がることであろ

う。特にソーシャルワーカーは、ピアスタッフ

と共に働く機会の多い職種であり、必要とされ

る専門知識や技術もピアスタッフと共通する部

分が多い。ソーシャルワーカーがピアスタッフ

と対等な立場で協働してピアサポートを広げて

いくためにもピアスタッフから学び、認定され

るシステムが必要であると考える。

2.今後の課題

 現在のところ精神保健福祉システムの中でピア

スタッフが活躍している地域や事業所は、まだま

だ限られている。ピアスタッフに対する養成研修

も始まったばかりであり、その内容についても今

後さらに検討が重ねられていくことと思われる。

ピアスタッフの養成に並行してソーシャルワー

得るための研修が行われた。ピアサポーター専

門員の養成では、障害者総合支援法の相談支援

事業等の障害福祉サービスの中での雇用が検討

されている。

 確かに現在の制度の中でピアスタッフが安定

した収入を得るためには、既存の精神科医療や

障害福祉サービスの枠の中で働くことが効率的

であるかもしれない。しかしこれらは、従来の

精神保健福祉システムの中にピアを組み入れる

取り組みであり、援助側のシステムにピアス

タッフの側が合わせていく体制である。この体

制では、先に引用した増川のいう「ピアサポー

トの罠」や桐原のいう「統治の技法」のように

ピアサポートが精神保健福祉の枠内に限定され

てしまう恐れがある。

 「ピアサポートはピアだけのものではない」

という発言は、この問題に別な角度からの解決

の可能性を示唆している。それは、ピアサポー

トをピアである当事者とピアではない専門職と

の協働作業としてとらえ、ピアを主体としてリ

カバリー概念に則ったピアサポートに専門職の

側が組み込まれていくということである。

 そのための方策として、ソーシャルワーカー

等の専門職がピアサポートに関わる資格がある

かどうかをピアの側から認定する仕組みを検討

してみたい。現在、一般社団法人日本メンタル

ヘルスピアサポート専門員研修機構がピアサ

ポート専門員養成研修を受講したピアではない

専門職に対して、「精神障がい者ピアサポート

専門員サポーター」という認定を行っている。ⅶ

 しかしテキストガイドを読む限りでは、ピア

サポート専門員の研修内容は、既存の障害福祉

サービス及び精神保健福祉システムの中でピア

スタッフとして働くことを前提にしているた

め、専門職、特にソーシャルワーカーにとって

は既知の内容が多い反面、ピアの側から専門職

に求めることについてはほとんど触れられてい

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Page 9: ピアスタッフとソーシャルワーカーの関係性に関す …001-259.pdf 28 2016/03/03 18:31:03 29 ピアスタッフとソーシャルワーカーの関係性に関する一考察

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ピアスタッフとソーシャルワーカーの関係性に関する一考察

祉に代わる試み』,解放出版社ディーガン.E P(2012):「自分で決める回復と変

化の過程としてのリカバリー」,ブラウン.C編著,坂本明子 監訳『リカバリー 希望をもたらすエンパワーメントモデル』,金剛出版,pp13~33

古屋龍太(2014):「ピアスタッフとは何者か? 境界に立ち続ける人々」,『精神医療』no.74,批評社, pp3~7

加藤真規子(2009):『精神障害のある人々の自立生活 当事者ソーシャルワーカーの可能性』,現代書館

増川ねてる他(2014):「座談会 ピアスタッフ・ピアサポーターの現在と未来 罠と揺らぎ」, 『精神医療』no.74,批評社, pp.10~35

長岡千裕,川村有紀,相川章子(2015):「ピアサポートが育まれる「場」づくりからみえたもの(その2)~ワークショップの具体とその意義~」,『精神保健福祉』vol.46 no.3,日本精神保健福祉士協会,pp201~202

オーヘイガン.M著, 中田智恵海監訳(1999):『精神医療ユーザーのめざすもの 欧米のセルフヘルプ活動』,解放出版社

大島巌(2013):「「ピアサポート」というチャレンジ その有効性と課題」,『精神科臨床サービス』vol.13 no.1,星和書店,pp.6~10

精神障がい者ピアサポート専門員養成のためのテキストガイド編集委員会(2015):『精神障がい者ピアサポート専門員養成のためのテキストガイド 第3版 「精神障がい者ピアサポート専門員養成ガイドライン」改定版』,一般社団法人 障がい者福祉支援人材育成研究会

鄭 敏基(2012):「精神障害者ピアヘルパー養成プログラムの満足度と効果 - 修了生によるプログラムに対する振り返りを通して -」,『社会福祉学評論』第11 号,pp.1~14

徳山勝,小島寛,小沼聖治(2015):「フォローアップ講座の取り組みについて~ピアサポーターをサポートする体制づくりのために~」,『精神保健福祉』vol.46 no.3,日本精神保健福祉士協会,p201

友の会 編(1981):『精神障害者解放への歩み 私達の状況を変えるのは私達』,新泉社

谷中輝雄 (1993):「わが国の当事者運動の流れと今後について」,『谷中輝雄論考集Ⅱ かかわり』,やどかり出版, pp199~221

行實志都子(2007):「障害者の自立支援とその援助について~精神障害者の教育的プログラムによる自己変革~」,『文京学院大学人間学部研究紀要』 Vol.9, No.1, pp.265~273

カー等の専門職に対するピアサポートやピアス

タッフに関する教育研修の場を実際にどう実現し

ていくかが今後の研究課題である。脚注

ⅰ ファウンテンハウスの歴史や現状については、公式ホームページを参照した。

 The Origin of Fountain House http://www.fountainhouse.org/about/history

(2015年11月確認)ⅱ AAに関する歴史やプログラムについては、AA

のGeneral Service Officeのホームページを参照した。http://www.aa.org(2015年11月確認)

ⅲ WNUSPの活動や沿革についてはWNUSPの公式ホームページを参照した。http://www.wnusp.net(2015年11月確認)

  なお1993年には、World Federation for Mental Health(WFMH:世界精神保健連盟)の世界会議が日本で開催され、オーヘイガンも来日して講演を行っている。

ⅳ 一般社団法人日本メンタルヘルスピアサポート専門員研修機構 http://pssr.jimdo.com

ⅴ WRAP: アメリカの精神障害当事者でもある研究者のM.E,コープランドによって開発されたプログラム。Wellness Recovery Action Planの略で「ラップ」あるいは「元気回復行動プラン」として知られている。日本ではWRAPの表記で用いられることが多いため本文でも略語を用いた。

http://mentalhealthrecovery.comⅵ 日本ピアスタッフ協会 定款第14条 「ピアス

タッフの地位向上のため、協議し国及び関係機関と交渉等を行う」

http://peersociety.jimdo.com/定款/ⅶ 一般社団法人日本メンタルヘルスピアサポー

ト専門員研修機構のホームページ上にそうした記載が見られる。http://pssr.jimdo.com/ピアサポート専門員認定書/

引用文献相川章子(2013):『精神障害ピアサポーター 

活動の実際と効果的な養成・育成プログラム』,中央法規

相川章子(2014):「ピアスタッフの現在と未来 日本の精神保健福祉の変革を目指して」,『精神医療』no.74,批評社, pp36~45

ビーアズ,W.C(2003):『わが魂にあうまで』,星和書店

チェンバレン.J著,中田智恵海監訳(1996):『精神病者自らの手で 今までの保健・医療・福

001-259.pdf 35 2016/03/03 18:31:03