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ヨーロッパ のランドスケープとして のオオカミの歴史 ー古代から現代までー ランドスケープ研究会 20051110桃木暁子

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Page 1: ヨーロッパのランドスケープとして のオオカミの歴史• Grzimek’s Animal Life Encyclopedia, Vol. 14: Mammals III. • 世界哺乳類和名辞典。平凡社。

ヨーロッパのランドスケープとして

のオオカミの歴史

ー古代から現代までー

ランドスケープ研究会

2005年11月10日桃木暁子

Page 2: ヨーロッパのランドスケープとして のオオカミの歴史• Grzimek’s Animal Life Encyclopedia, Vol. 14: Mammals III. • 世界哺乳類和名辞典。平凡社。

『動物の歴史』(ロベール・ドロール著 桃木

暁子訳、みすず書房、1998)から「オオ

カミ」の章

(Robert Delort “Les Animaux ont une Histoire”, Editions du Seuil, 1984)

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オオカミを取り上げる理由

• 世界のいろいろな場所でいろいろな話がある。• つまり、人間にとって長い間、重要なランドスケープの一つであった。

• したがって、人間のオオカミに対する見方の変遷をたどってみることは、人間の自然観またはランドスケープ観がどういうものであるかを知るうえで、興味深い。

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オオカミといえば...

こわい、人食い、狼男...

学者でさえも、

「どこから見ても不快で、下品な風采、野蛮な

姿、ぞっとするような声、我慢のならない臭

い、邪悪な本性、獰猛な習性、オオカミは生

きている時は憎らしく有害で、死んだあとは

役にたたない」(ビュフォン)(G. de Buffon, Histoire naturelle générale et particulière,

Paris, 1749-1804, 44 vol.)

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キリスト教文学ではたとえば、

• 「オオカミは悪魔を表わす。なぜなら、オオ

カミはたえず人間というものに憎しみをもっ

ていて、信者たちの霊魂を欺くために、彼ら

の思考のまわりを徘徊するからである。」

(13世紀)

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「ジェヴォ-ダンのベ-ト」(La Bête de Gévaudan)

18世紀半ばのフランスを震え上がらせた大事件

• 1764ー1767年、フランス中南部のジェヴォ-ダン地方であった実話。

• 3年間に100人もの人間が「獣bête」に殺された。

• フランス中から軍人、狩狼官(louvetier)などが「獣」退治にやってきた。

• 2頭の巨大なオオカミが犯人として殺されて事件は終わったが、真犯人は今でもわからず。この間に犠牲になったオ

オカミは数百頭。

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この事件以後、オオカミは根絶

すべき対象となっていった

• 恵まれないこの地方に、オオカミ退治のために前代未聞の多大な人的、金銭的資源が展開された。

• その間の話の数々が農民たちや吹聴者によって増幅され、編曲されて、「人食いで悪魔のような

獣」という神話が結晶化された。

• これは、キリスト教と農民の想像の世界の大切な獣である。

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いつからオオカミは敵になったか

• 先史時代には、狩猟者人間とオオカミの群れの間に、殺されたばかりの獲物をめぐって争いがあったろう。

• 人間が家畜の飼育に没頭するときから、競争が激化→印欧語系の羊飼いによってvarka強奪者と呼ばれるようになる(vlk, lupus, wolf等の語源)→悪の根源とされる。

• キリスト教世界では、それは人間達を罰し、良い羊飼いを奪われた迷える雌ヒツジたちを犠牲として殺すために、神が送り込む動物。

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• さらに、「狂犬病にみちた動物」として恐れられる。

• 森が開かれてできた畑、羊小屋、戦場、戦争と飢饉で荒れ果てた国々で、数が増えた人間とオオカミの接触が頻繁に

なり、脅威がいっそう増していく。

• オオカミが人間を食べるのは中世以降。ごくまれに。

• しかし、人間がだんだんオオカミが自分の羊や獲物を攻撃することにがまんできなくなり、19世紀になると、第一

の敵とみるようになる。

オオカミが絶対的に悪者になるのは近代以降。

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中世までは両面的なイメージだった

オオカミのある種の形質は崇拝され、人間の兄弟とい

う側面から描かれることも多かった。

(力強く、勇気があり、英雄的、疲れ知らずの旅人、生殖力が強い、、、)

• たとえば、ローマの創設者に関する伝説(オオカミに育てられた)。

• その他、古代の伝説、神話に多く登場する。

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近代でも

• オオカミが「人間のように考えている」(モーパッサン)

• オオカミは人間よりも「道徳的にすぐれている」

といった見方もなかったわけではない。

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オオカミとはどんな動物かヨーロッパにいるのはタイリクオオカミCanis lupus。

Grzimek’s Animal Life Encyclopedia によれば、• Canis lupusには26*の亜種が知られている。• イヌ科のなかで最大。

• 大型の亜種は大型有蹄類だけで生活する。

• たいていの場合、小規模な社会的集団で生活する。

• かつては北米大陸全土とユーラシアの大部分に生息。

『動物の歴史』によれば、

• 20万年前から存在。• 最近では、北米大陸、旧ソ連、ポーランド、旧ユーゴスラビア、ルーマニアに生息。

• スペイン、イタリアでは保護。

*『世界哺乳類和名辞典』(平凡社)によれば32亜種。

(ニホンオオカミは Canis hodophilax)

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オオカミ退治の歴史(フランク王

国からフランス共和国まで)

• フランク王国メロヴィング朝(486ー751)から記録がある。その後、

• 813年 シャルルマーニュの法令で、各伯爵領に2人の

オオカミ退治専門の男(luparii)を置くことが定められる→大帝に殺したオオカミの毛皮を送らなければならない。そ

れと引き換えに軍役を免除され、穀物で所得を受け取り、

その伯爵領の地元民の家に住む権利を持つ。

これが「狩狼隊制度(louveterie)」の始まり。

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• 1113年 サンティアゴ・デ・コンポステラ(キリスト

教巡礼の中心地)から狩り出しが布告される→ローマキリ

スト教国全体に適用されることになる。

「聖霊降臨際または復活際の前夜を除く毎土曜日には、働

いていない騎士、司祭、農民はオオカミ退治を手伝うもの

とする。」→賞金制になっていく。

• 1359年 シャルル6世は「すべての身分の人々」に

「すべての雄オオカミと雌オオカミを捕らえ、殺し、狩る

こと」を許可。

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• 1520年 フランソワ1世の勅令で狩狼長官の任務が再

定義される

「狩狼長官とは、下士官、猟犬係、衛兵、特別の訓練を受

けた犬の群れをもつ狩狼隊国王補佐官で、フランス中を碁

盤目状に分割して派遣され、1年に3回狩り出しを行う。

彼らは、2里の範囲に住む納税義務者1人1人からオオカ

ミ1頭につき2ドゥニエを受け取る。...」

• 1787年 狩狼隊制度廃止。財政的理由で。

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• 1804年(皇帝ナポレオン1世)、1814年(ルイ18世)。狩狼隊制度再制定。狩狼官の任務

は無償となる→裕福な人々が趣味で狩るようになる。

(賞金制は残る)

• 1971年 狩狼隊制度の近代化。狩狼官は狩猟術

顧問、害獣駆除者に鞍替えさせられる。

*1882年の賞金:妊娠している雌1頭150フラ

ン、雄1頭100フラン。(下級公務員の月給70

フラン)

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オオカミ=悪者という見方が増長してゆく背景

• 中世から19世紀にかけて典型的な意味での家畜動物であったヒツジをめぐる利害 - 現実

• キリスト教が広まるにつれ、良いヒツジ対悪いオオカミの構図が強調されるようになる - 想像の世界

• 人間の人口が増えるにつれ、オオカミと遭遇する機会が増

え、想像の世界が増幅される。

• それに加えて、人間の社会が不安定な時期にオオカミが増えるので、人間はいっそう不安になる。

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オオカミ退治が徹底された結果は

*たとえば、1818ー1829年に狩狼隊が殺したオオカミは18、709頭。

*さらに20世紀初めまでに何万というオオカミが殺

された。

*1914年、最後の人間の犠牲者(フランス)。

*1978年、1981年、オオカミの足跡。

*オオカミがほとんどいなくなっても、長い闘争とその危険の記憶、大きな恐怖はなかなか消えない。

*しかし、数の激減によって危険が減り、人間のもつイメージはある程度好転。古代に戻る。

*そして、エコロジー。

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人間はなぜオオカミ好きか

『人間の歴史の中で、オオカミはいたるところに押しも押されもせぬ地位を持っている。そしてオオカミの歴史の中で、人間はなんという地位を占めてきたのだろうか!』(280ページ)

• かつてはどこでも目にする動物だった

• 社会的行動が人間と似ている

• したがって、人間は昔から親しみをもっていた

• それ以外になにか、特別に人間をひきつける要素があるのか?

オオカミから見れば、迷惑な話。

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著者が言いたいこと

• 人間はこのように、自分の都合でさまざまな動物の運命を左右してきた。(自分の見たいように見てきた)

• このような歴史をみると、結局、「自然保護」「動物保護」というのも人間の自己満足ではないか。

自分の好む「ランドスケープ」を得るために、また人間以外の生物の運命をもてあそんでよいのか、という問いかけ。

いわゆる環境問題を論じるときに重要な論点。

=>地球研でももっとこの種の議論が必要では?

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その他の参考文献

• 服部春彦/谷川稔編著「フランス近代史ーブルボン王朝から第五共和政へー」ミネルヴァ書房、1993

• 狩狼官制度に関するホームページ(La Louveterie, http://perso.wanadoo.fr/louveterie.19/louveterie%20historique.htm)

• 亀井・三上・林・堀米編「世界史年表・地図」吉川弘文館、1995

• Grzimek’s Animal Life Encyclopedia, Vol. 14: Mammals III.• 世界哺乳類和名辞典。平凡社。*狩狼官の写真は上記ホームページより。

*パリ動物園(la Ménagerie dans le Jardin des Plantes)のオオカミの写真は桃木撮影。