パーソナル・ファブリケーション時代における消費...

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芳賀翔太「パーソナル・ファブリケーション時代における消費者行動と製品価値」 131 パーソナル・ファブリケーション時代における消費者行動と製品価値 森岡耕作ゼミナール 第 2 期生 芳賀 翔太 <要旨> 我々は、多くの製品に囲まれその製品を消費して生活している。その製品は主に、 メーカーと呼ばれる企業が生産・製造し、消費者がそれらを消費してきた。しかし近 年、モノづくりの在り方が変化しつつある。それは、コンピュータやインターネット の普及によるモノづくりのデジタル化や 3D プリンターの登場・普及により、消費者が モノづくりをすることができる時代が到来しつつあることである。つまり、個人がメ ーカーのようにモノづくりをしようとする考え方、すなわち、「パーソナル・ファブリ ケーション時代」が到来しつつあるのである。このパーソナル・ファブリケーション 時代において、個人がどんなモノでも製造できることとなった場合、消費者の購買プ ロセスは従来のそれとは大いに変化していくであろう。また、従来のように企業から 製品を購入したい製品と個々人が自ら製造したいと思う製品には何らかの差異がある と考えられる。本論では、「人とモノ」に焦点を合わせ、これら将来の起こりうる消費 者行動メカニズムを現在の現象や理論から導き出し、考察する。 <キーワード> モノづくり/パーソナル・ファブリケーション時代/3D プリンター/経験価値/ プラットフォーム 1 章 はじめに 1 節 パーソナル・ファブリケーション時代の到来 我々は現在、様々な製品に囲まれて生活している。例えば、食品や生活用品、家電製品、衣服 など、多様な製品やモノをあげることができるであろう。そして、これらの製品はメーカー(製 造業)と呼ばれる企業が企画、設計、原材料の調達、生産、デザインを決めることなど一連の過 程を経て、我々消費者のもとへと流通している。こうして、各メーカー(製造業)が製造した製 品は、卸売業を通し、小売業へと流通し、我々消費者が最終的に消費している。また、私たち消 費者は、このようにメーカーが生産・製造した製品を消費者それぞれのニーズに基づき、問題意 識を抱いたり、情報探索をしたりなどのプロセスを経ることで、実際に小売店での購買や通信販

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芳賀翔太「パーソナル・ファブリケーション時代における消費者行動と製品価値」

131

パーソナル・ファブリケーション時代における消費者行動と製品価値

森岡耕作ゼミナール 第 2期生

芳賀 翔太

<要旨>

我々は、多くの製品に囲まれその製品を消費して生活している。その製品は主に、

メーカーと呼ばれる企業が生産・製造し、消費者がそれらを消費してきた。しかし近

年、モノづくりの在り方が変化しつつある。それは、コンピュータやインターネット

の普及によるモノづくりのデジタル化や 3Dプリンターの登場・普及により、消費者が

モノづくりをすることができる時代が到来しつつあることである。つまり、個人がメ

ーカーのようにモノづくりをしようとする考え方、すなわち、「パーソナル・ファブリ

ケーション時代」が到来しつつあるのである。このパーソナル・ファブリケーション

時代において、個人がどんなモノでも製造できることとなった場合、消費者の購買プ

ロセスは従来のそれとは大いに変化していくであろう。また、従来のように企業から

製品を購入したい製品と個々人が自ら製造したいと思う製品には何らかの差異がある

と考えられる。本論では、「人とモノ」に焦点を合わせ、これら将来の起こりうる消費

者行動メカニズムを現在の現象や理論から導き出し、考察する。

<キーワード>

モノづくり/パーソナル・ファブリケーション時代/3D プリンター/経験価値/

プラットフォーム

第 1章 はじめに

第 1節 パーソナル・ファブリケーション時代の到来

我々は現在、様々な製品に囲まれて生活している。例えば、食品や生活用品、家電製品、衣服

など、多様な製品やモノをあげることができるであろう。そして、これらの製品はメーカー(製

造業)と呼ばれる企業が企画、設計、原材料の調達、生産、デザインを決めることなど一連の過

程を経て、我々消費者のもとへと流通している。こうして、各メーカー(製造業)が製造した製

品は、卸売業を通し、小売業へと流通し、我々消費者が最終的に消費している。また、私たち消

費者は、このようにメーカーが生産・製造した製品を消費者それぞれのニーズに基づき、問題意

識を抱いたり、情報探索をしたりなどのプロセスを経ることで、実際に小売店での購買や通信販

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売による購買、インターネットによる購買などを行っている。

しかし現在、この、メーカー(製造業)、流通・卸売業、小売業、消費者という製品流通の流

れや消費者の購買プロセスが大きく変化しつつある。その中でも、製造するというプロセスは著

しく変化しつつある。その要因として大きく 2つがあげられる。

第 1に、モノづくりのデジタル化である。今までは、企業が生産に必要な技術や設備や資金な

どを有している者でなければ、製品を生み出すことはできなかった。というのも、製品ひとつを

生み出すことにも多くの部品や職人の繊細な技術や大量の人材、工場などの多大なコストが生じ

ていたからである。しかし、コンピュータの登場や近年の IT 革命によるインターネットの普及

により、モノづくりがデジタル化されてきている。Anderson(2012)によると、モノはスクリー

ン上でデザインされ、デジタル・ファイルとしてオンライン上でシェアされる。そして、工場や

工業デザインの会社で行われてきたことが、個人のデスクトップや工房でも行われるようになり

つつあると主張している。つまり、コンピュータやインターネットが消費者の間で広く浸透した

ことで、メーカーが今まで行ってきたモノの設計やデザインといった製造のプロセスが個人でも

行うことができるようになってきているということである。そして、消費者個々人が自分自身で

モノを一から生みだすことが可能になってきているということを示唆している。

また、Anderson(2012)は、このようなモノづくりの変化について 3 つの大きな特徴を述べて

いる。第 1 は、デスクトップのデジタル工作機器を使って、モノをデザインし、試作すること、

第 2は、それらのデザインをオンラインのコミュニティで当たり前に共有し、仲間と協力するこ

と、そして第 3 は、デザイン・ファイルが標準化されたことである。つまり、誰でも自分の作成

したモノの設計・デザインを自宅でもきがるに製造できるのである。実際に、Autodesk 123D

Design という無料のソフトでは、自分で自分の好きなデザインや設計を自由自在に行うことが

でき、モノを設計することができる。私自身も実際に使用してみたが、1時間もしないうちに使

い方を習得でき、「雪の結晶」や「雪だるま」などの簡単なオブジェの設計データを作成するこ

とができた。さらに、自分が作成したデザインは他者との共有ができ、自分が作成したデータを

インターネット上に投稿することで、同じようにモノのデータを設計した者同士で共有(シェア)

することができるようになっている。このように、現在、モノづくりは個々人がデジタル技術を

用いて簡単に設計・デザインできるようになってきているのである。

第 2 の要因として、3D プリンターの登場と普及である。3D プリンターとは、立体物を表す

3D CADデータ、例えば、前述したようなAutodesk 123D Designで作成したデータなどをもとに、

樹脂や金属などを加工して、立体物を造形する装置の 1 つである。つまり、個々人が、自ら製造

したいと思ったモノを実際に形にし、生み出すことができる工作機器である。現在、3D プリン

ターの登場と普及により、様々な製品が個人の間で生み出されている。例えば、複雑なデザイン

のインテリアなどの造形物、今まで職人や熟練工の技術を用いないと作りだすことのできなかっ

たフルート楽器などの技術を有する製品、さらには、耳や心臓などの医療分野で使用する臓器ま

でもコンピュータと 3Dプリンターさえあれば作りだすことが可能になってきている。現在では、

前述したような個々人のニーズに合わせた造形物を設計・デザインをコンピュータ・ウェブ上で

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作成できるAutodesk 123D Designや写真から 3Dデータを作成できるAutodesk 123D Catchなどの

無料のソフトも序々に普及しつつある。また、これらの製品の設計・デザインデータはウェブ上

で Facebook や twitter などのソーシャル・ネットワーク・サービスを活用することにより誰もが

シェアする事が可能であると考えられる。したがって、多種多様な消費者が各々の生み出したデ

ータを、ソーシャル・ネットワーク・サービスを活用しシェア・共有することで、個人が作りた

い製品のデータを自由自在にダウンロードすることが可能になるであろう。

そして、3D プリンターさえあれば、いつでも、誰でも、作りたい製品を自ら製造する事がで

きる時代がやってくるであろう。加えて、こうしたモノづくりのデジタル化と 3D プリンターの

登場・普及により、どんな製品でも個人で作ろうという考え方、すなわち、「パーソナル・ファ

ブリケーション」の時代が今までにないスピードで私たちの生活に浸透していくと考えられる。

Anderson(2012)によると、これは、憶測でも願望でもなく、産業革命に匹敵する勢いで増し、

ウェブの勢いに勝るスピードで起きていると主張している。また、3D プリンター関連のニュー

スや政府の関心度なども急激に高まってきている。さらに、従来は、高価格であった 3D プリン

ターも近年では、一般の消費者で購入できる十数万円の価格まで下がってきている。したがって、

パーソナル・ファブリケーション時代は、単なる空想の世界ではなく、我々のすぐ身近に迫って

きていると考えられる。なお、3D プリンターとは、図表 1のようなものである。

図表 1 3D Systems Cube 3Dプリンター

出所)「3D systems Cube3D プリンター製品情報ページ」(http://www.3dsystems.com/)より転載。

このパーソナル・ファブリケーション時代が到来することで、製品の設計・デザイン、製造・

生産から流通などの製品製造プロセス、また、ブランドや小売、そして、購買、消費、使用など

の消費者行動などのマーケティングのあり方や人々のライフスタイルのあり方などにも大きな

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変化や影響をもたらしていくと考えられる。そこで本論では、その中でもとりわけ、消費者行動

やブランドなどのマーケティングについて考えられうる現象や起こりうる行動に視点を置き、パ

ーソナル・ファブリケーション時代のマーケティングについてどのような変化や起こりうる現象

や影響があるのか論じていく。

第 2節 マーケティングの変化

それでは、パーソナル・ファブリケーション時代の到来により、マーケティングはどのように

変化していくのか吟味していく。

そこで、まず、Autodesk 123D Design のようなモノを設計・デザインできる無料のソフトの普

及や 3Dプリンターの普及により個々人が欲しいモノを自由自在に製造するようになったと仮定

する。パーソナル・ファブリケーション時代では、設計・デザインを自由に施しモノを製造する

ことができるため、モノを自由にかつ、誰でもどこでも作成することが可能なのである。つまり、

個々人によって製品のカスタマイズや自身で作成した製品に既存ブランドのロゴを取り付ける

ことなども容易になると考えられる。そこで、パーソナル・ファブリケーション時代の到来によ

り大きな影響を受けるのが「ブランド」であろう。というのも、モノづくりのデジタル化と 3D

プリンターが普及により、消費者が自分自身で作った製品に既存のブランド・ロゴを付すなどの

模倣製品を製造する消費者が現れることが予測されるであろう。そうすることで、世の中にブラ

ンド模倣製品が出回り、ブランドの価値が失われてしまうことが考えられる。しかし、ブランド

の価値とはそんな単純なものなのであろうか。このように、ブランドの視点からもマーケティン

グのあり方は大いに変化の余地があることが考えられるであろう。

また、消費者行動の視点から以下のようなマーケティング現象の変化も考えられるであろう。

現在まで消費者は製品を購買する際、自身が欲しいと思うモノ、選好にもっとも近いモノを購買

選択していたものが、パーソナル・ファブリケーション時代の到来により、高度な設計・デザイ

ンが可能になるため、完全に個人の選好と一致する、個人が欲しいものが製造することが可能に

なると考えられる。つまり、店舗で自分の選好にあった製品を購買するよりも高い満足を得るこ

とができるのである。しかし一方で、店舗で製品を購買するというプロセスよりも自分自身で製

造するというプロセスには、設計やデザインをするための時間的コストや情報を調達するための

コストなどの様々なコストが小売店で製品を購買するよりも生じる可能性があると考えられる。

しかし、現在でもマス・カスタマイゼーションやカスタマリゼーションのように消費者は自ら

の選好にマッチするよう製品に対して多くのコストを払ってカスタマイズしている。多大なコス

トを支払ってまで、製品をカスタマイズしたいと考えるのは、自分自身でモノを生み出すという

工程・プロセスに何らかの価値や満足を見出している可能性があると考えられる。つまり、パー

ソナル・ファブリケーション時代では、自ら製品を生み出す消費者が多く現れるであろう。その

時、製品製造プロセスはメーカーから消費者へと変化していくであろう。そして、従来のような

企業が消費者との関係を良好にするためのマーケティング活動は、大きく変化していくと考えら

れる。この他にも、多くのマーケティングに関わることは変化していくと考えられるであろう。

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第 3節 研究課題

このように多くの現象がパーソナル・ファブリケーション時代の到来により、変化していくこ

とが考えられる。その中でも本論では、パーソナル・ファブリケーション時代でのモノづくりに

関して、製品製造プロセスや消費者行動について、「人とモノ」との視点から論じていく。

現在の消費者購買プロセスは、Kotler and Keller(2008)によると、5段階あると述べられてい

る。第 1 段階は、問題意識である。この段階では、製品広告等による外部刺激により、個々人が

問題やニーズを認識し、製品に対しての興味や関心が生まれる。

第 2段階は、情報探索である。この段階では、第 1段階で興味・関心を抱いた消費者がその製

品について実際に店舗へ行くことやインターネットを使い検索すること、友人や知人・家族との

対話により、製品に関する情報を収集する段階のことである。

そして、第 3段階では、代替品の評価を行う。この段階では、情報探索により、ある程度絞り

込まれた消費者のニーズを満たす製品群を、更に製品スペックやブランドなどの比較項目を絞り

込むことで、優先順位を決定し、自らのニーズに合う製品の順位付けを総合的に行う段階のこと

である。

第 4 段階は、購買決定である。この段階では、第 3 段階で順位付けした製品の中から最終的

に購買決定を行う段階である。消費者は他人の評価等を参考にしながら、実際に小売店やインタ

ーネットにより製品を購買する。

最後に 5 段階は、購買後行動である。この段階では、購買した製品を各々の用途に合わせ、使

用・消費する行動や最終的に使用・消費した製品を処分する行動が第 5段階である。

このような段階を経ているのが、現在の消費者購買プロセスである。しかし、モノづくりのデ

ジタル化や 3D プリンターの普及に伴うパーソナル・ファブリケーション時代の到来により、消

費者は、個々人が欲しいモノを自由自在に生産・製造できるようになる。すると、消費者が、従

来メーカー側が行ってきた、設計・デザイン、製造などの製品製造プロセスを行うようになる可

能性が充分に考えられる。したがって、前述したような、Kotler and Keller(2008)の主張する現

在の消費者購買プロセスは当てはまらないと考えられる。つまり、新しい消費者の購買・消費プ

ロセスが創出されると考えられるであろう。

そこで、本論では近年、注目されつつある 3Dプリンターの普及とパーソナル・ファブリケー

ション時代について焦点を合わせて、以下の議論を展開する。すなわち、本論では、「パーソナ

ル・ファブリケーション時代における消費者の消費・購買プロセスはどのように変わるのか」と

いう研究課題が設定される。

また、パーソナル・ファブリケーション時代には、全ての製品を消費者は自ら生産・製造し、

使用・消費しようと思うのであろうか。例えば、メーカーが製造した製品は、企業が製造したと

いう安心感や信頼感がある。また、職人などの熟練工が生産した製品は、メーカーから購買した

製品とはまた違う価値や満足を消費者は知覚していると考えられる。こうした製品は自分だけで

はない他者が関わることで製品が完成すのでコストや手間がかかっていると考えられる。こうし

たメーカーや職人が生産したというプロセスが製品に付加価値を与え、消費者に価値をもたらし

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ていることも考えられる。その時、パーソナル・ファブリケーション時代が到来しても、従来通

りメーカーが製造した製品を購買したいと思う製品と実際に Autodesk 123D Design などの造形

ソフトや 3Dプリンターを駆使して自ら生産・製造したい製品とが現われると考えられるその場

合、製品のどのような差異によって購買したいと思うのと製造したいと思うのか。

そこで、本論では近年、注目されつつある 3Dプリンターの普及とパーソナル・ファブリケー

ション時代の製品について焦点を合わせて、以下の議論を展開する。つまり、本論では、「パー

ソナル・ファブリケーション時代における製品のどのような特徴によって消費者は製品を製造し

たいと知覚するのか」という研究課題が設定される。

第 4節 本論の構成

本論は「パーソナル・ファブリケーション時代における消費者の消費・購買プロセスはどの

ように変わるのか」という研究課題と「パーソナル・ファブリケーション時代における製品のど

のような特徴によって消費者は製品を製造したいと知覚するのか」という 2 つの研究課題に論理

的解答を与えようとするものである。そのために、続く第 2章においては、起こりうる将来的な

理論を導き出すために現在の現象や事例について議論を行う。そして、将来的な理論を導き出し、

仮説を提唱し考察していく。そして、第 3 章においては、第 2 章の議論を踏まえた上で、将来的

なインプリケーションを導出するとともに、今後の課題について言及する。

第 2章 議論

第 1節 消費者行動プロセスの変化

前述した 1つ目の研究課題から明らかなように、まずは「パーソナル・ファブリケーション時

代における消費者の消費・購買プロセスはどのように変わるのか」について吟味していく。そこ

で、実際に私自身が 1からパーソナル・ファブリケーション時代のモノづくりを経験し、どのよ

うなプロセスを経ていくのか検証していく。

なお、実際に使用した造形ソフトは、コンピュータやウェブを使って簡単に 3D データを作成

できる Autodesk 123D Design という無料ソフトを活用した。また、図表 1の 3D Systems Cube 3D

プリンターを使用し、モノづくりを行った。

現在の消費者購買プロセスは、前述したように、Kotler and Keller(2008)によると、5段階あ

ると述べられている。第 1段階は、問題意識、第 2 段階は、情報探索、第 3段階は、代替品の評

価を行い、第 4 段階は、購買決定、そして最後に 5段階は、購買後行動である。このような段階

を経て、消費者はモノと関わり生活している。しかし、パーソナル・ファブリケーション時代の

モノづくりと消費は従来のそれとは大きく異なると考えられであろう。では、パーソナル・ファ

ブリケーション時代には、どのようなプロセスを経て、消費者はモノと関わっていくのか吟味し

ていく。

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まずは、個々人がどんなモノを作りたいかという問題やニーズを認識し、こんなモノを作りた

いという興味や関心が芽生えることがこの問題意識の段階であると考えられる。実際に、モノづ

くりが素人の自分でもできるという期待感と好奇心から何を作ろうか、どんなモノを作ろうかと

いう興味・関心が高まるプロセスであると考えられるであろう。したがって、第 1 のプロセスは

問題意識であると考えられる。

第 2の段階は、情報探索であると考えられる。第 1段階で見出した問題意識から実際に作ろう

と考えたモノについて設計やデザインを考えるための情報探索を行う段階であると考えられる。

実際に、インターネットや雑誌などの情報メディアから、作りたいモノについて形や色、使い方、

組み合わせなどの情報を得ることを行った。そして、得られた情報から、自分のオリジナリティ

のあるモノを作成したいという期待や楽しみなどの感情が高まるのがこの段階にあると考えら

れるであろう。

第 3の段階は、設計・デザインまたはデータの購買であると考えられる。ここには 2つのパタ

ーンが考えられる。その第 1 のパターンは、情報探索をとおして実際に作るモノのイメージが明

確になった後に作るモノを設計し、デザインすることである。他方、第 2のパターンは、他者が

作った製品のデータをダウンロードすることであると考えられる。これらが、パーソナル・ファ

ブリケーション時代では新たなプロセスとして創出されると考えられる。

ここで、第 1のパターンについて、従来はメーカーが行ってきた設計・デザインを消費者が行

うことができるようになったと考えられる。実際に、このプロセスを経験したときはいきなり、

3D データを作成できる Autodesk 123D Design を使用したわけではなく、まずは、原始的ではあ

るがモノのイメージを紙に書いて、その後、Autodesk 123D Design を使用して設計・デザインを

行った。具体的には、Autodesk 123D Design は初期の学習コスト等があり、複雑な造形やデザイ

ンを自分のイメージ通りにするのには初めて使用してから 2、3 時間はコストがかかる。実際に、

Autodesk 123D Design を用いて設計・デザインしていくことは、自分の思い通りにいかない苛立

ちもあったが、自分でモノづくりができるという楽しさや嬉しさなどの感情も Autodesk 123D

Design を使用すればするほど、感情が高まっていった。そして、実際にモノづくりに携わるこ

とによって、工夫や改善、試行錯誤などの経験も加わっていき、よりよいモノを作りたいという

アイデアや思いつきが創出されていくプロセスを実感できた。そうすると、例えば、個々人が各々

作りだしたデータがネット上を消費者間でダウンロードしたり、価格がついて、データの売買が

行われたりする可能性もあると考えられる。

他方、消費者だけではなく、企業もデータを作成してインターネット上にアップロードし、そ

れを消費者が購買するということも考えられるかもしれない。これは先述の第 2のパターンに関

連している。パーソナル・ファブリケーション時代においての消費者購買プロセスの中で、最も

変化するのはこの部分であると考えられる。この第 3のプロセスでは、消費者個人が一から新し

いモノを生み出すことも可能であると同時に、すでに他者が作りだした既存のデータにアレンジ

を加えて、また新しいモノを生み出すことも可能である。そうすると、アイデアとアイデアが組

み合わさることで、次々に新しいモノが創出されていく可能性が生まれると考えられるであろう。

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実際に Autodesk 123D Design を使用して、作成したデータ 1、2は図表 2、3 である。

図表 2 Autodesk 123D Designで作成したデータ 1

出所)筆者が作成。

図表 3 Autodesk 123D Designで作成したデータ 2

出所)筆者が作成。

続けて、消費者行動の第 4 の段階は、製造である。この段階では、第 3 段階で Autodesk 123D

Designを用いて設計・デザインした 3D CAD データを 3D Systems Cube 3D プリンター専用のデ

ータへとコンピュータ上で変換し、そのデータを USBメモリーへと移し、直接 3D Systems Cube

3D プリンターへとデータを転送することで、実際に印刷することが可能である。複雑な設計や

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デザインであればある程、印刷には時間がかかるが、設計段階での苦労や手間が、モノができあ

がるまでの時間において、期待や不安を多く募らせ、感情を高まらせていった。そして、実際に

印刷が完了し、完成したモノを手に取り目の当たりにした時は、自らモノを生み出したという愛

着や感動、嬉しさなどの感情が高まり、達成感を抱いた。これらの経験を踏まえると、製造の段

階は、個人が試行錯誤して設計・デザインしたモノが実際にモノとして形として創出されていく

プロセスであると考えられる。

第 5の段階は、使用・消費である。この段階では、第 4段階で製造したモノを消費者個々人の

様々な使用方法に基づいて使用・消費する。実際に、一から製造したモノを使用するとなると、

大切に使おうという感情や、もっとよいモノを作ろうという感情が芽生え、同時に、新しいモノ

を作りたいと知覚するようになっていった。そして、この段階において、完成したモノを他者に

自慢したい、評価されたいという感情も生まれた。これらの経験を踏まえると、パーソナル・フ

ァブリケーション時代の使用・消費段階では、従来のモノの使用・消費とは異なる感情が創出さ

れると考えられるであろう。

最後に、消費者行動の第 6 の段階は、共有(シェア)・評価である。この段階では、今までの

プロセスにおいて作りあげたモノを他者と共有(シェア)したい、他者に評価されたい、他者に

自慢したいと感じ、ソーシャル・ネットワーク・サービスなどのプラットフォームを通して、実

際に互いに共有する段階である。現に、Autodesk 123D Design では、世界中で個々人が作りだし

たモノの 3Dデータを公開し、それを誰もがダウンロードできるようになっている。実際に、私

自身もモノづくりを一から経験し、他者や仲間、友人、知人と作りあげた製品データのみならず、

感動や達成感を共有したいと感じ、twitter や Facebook などのソーシャル・ネットワーク・サー

ビスを用いて、自らのモノづくり経験を発信した。このように、パーソナル・ファブリケーショ

ン時代において、消費者行動の最終段階では、各々が生み出したモノを互いが共有(シェア)で

きるようになり、互いがダウンロードできるようになると考えられるであろう。加えて、この最

終段階では、YouTubeやニコニコ動画のように互いに評価しながら、モノづくりを一つのコミュ

ニケーションとして見なすようになる可能性も考えられる。

以上、実際にモノづくりを経験し、導出されたプロセスを図示したものは図表 4のように表す

ことができる。

図表 4 パーソナル・ファブリケーション時代の消費購買プロセス

出所)筆者が作成。

or 製

使

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以上のような 6つのプロセスを概観したとおり、従来のように、直接、店舗で製品を購買した

り、インターネットで商品を注文して、宅配してもらったりしていた消費購買プロセスが、自宅

で欲しい製品のデータをダウンロードし、3D プリンターを用いて自宅で製造、そして、その製

品を消費するという新たな消費者行動プロセスが出現する時代が到来するかもしれない。そうな

れば、消費者がモノづくりと消費を通して、新しいコミュニケーションの手段を生み出していく

かもしれない。このように、パーソナル・ファブリケーション時代の到来により、モノづくりが

個人でできるような時代になることで、製品の消費や購買などのプロセスも大きく変化していく

であろう。そして、従来のような単なるモノの消費ではなく、自分でモノを作り消費するという

ことで、製品に対するロイヤルティやブランドなどの概念も大きく変化していく可能性もあると

考えられるのである。

第 2節 カスタマイゼーションについて

前節の消費者行動の変化に続けて、2つ目の研究課題である「パーソナル・ファブリケーショ

ン時代における製品のどのような特徴によって消費者は製品を製造したいと知覚するのか」につ

いて吟味していく。そこで、まず、モノづくりに消費者が参加する事例として、現在も盛んに行

われているカスタマイゼーションについて概観する。

Pine, Peppers, and Rogers(2010)によると、マス・カスタマイゼーションとは、特定の顧客ニ

ーズに合わせて製品・サービスの提供をコスト・パフォーマンスの高い方法で行うことである。

関連して、Kotler and Keller(2008)によれば、カスタマリゼーションとは、消費者が自分で選択

して製品やサービスのデザインができるようにすることである。このように、カスタマイゼーシ

ョンは企業が個々の顧客のニーズを満たすために顧客と共にモノづくりに携わる企業戦略であ

る。

このように定義されるカスタマイゼーションの事例は、私たちの身の回りにいくつもある。例

えば、スポーツ用品で有名な企業 NIKEは、NIKE IDと呼ばれるスニーカーをカスタマイズでき

るシステムを提供している。これは、消費者が自分の好みの色を様々に組み合わせることができ

るため、世界に 1つだけのオリジナルな NIKEのスニーカーを生み出すことができるシステムで

ある。また、サンドイッチのチェーン・ストアである SUBWEY では、パンの種類やトッピング、

野菜、ドレッシングなどを消費者が自由にカスタマイズすることができ、自分の好みに合わせた

オリジナルのサンドイッチを購買することが可能である。この他にも、カスタマイズできる例は、

服やスニーカー、パソコンなどの製品から住宅や車などの大型のものまで、多岐にわたって存在

している。

このように、私たちの身の回りには多くの製品が存在し、そして、個人の選好、ニーズを満た

すために企業は多くのカスタマイゼーション戦略を行っている。この背景には、消費者が既存の

製品だけでは自らのニーズを満たすことができなくなってきている知覚するようになってきて

いることが考えられる。すなわち、消費者は、よりオリジナリティのあるモノを求めている可能

性があると考えられる。しかし、私たちは普段、全ての製品をカスタマイズしてモノを消費して

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いるわけではない。私たちの身の回りには多くの製品が存在する中にもかかわらず、カスタマイ

ズしたいと知覚する製品はその中の一部であろう。このとき、消費者はどのような製品を自らの

選好に合わせてカスタマイズしたいと考えるのであろうか。

片野(2007)によると、消費者は高関与かつ認知的属性や感情的属性を高く知覚する製品に対

して、よりカスタマイズする傾向にあるという。ここで、井上(2012)によると、高関与な製品

とはとは、消費者にとって高度に個人的な重要性を持ち、自己表現に欠かせないモノであり、逆

に、低関与な製品とは、消費者にとって個人的な重要性を持っていないモノである。他方、認知

的属性と感情的属性について、片野(2007)によると、認知的属性は、客観的に判断することが

できる製品の機能的な属性であり、もう一方の感情的属性は、消費者が製品に対して抱く、個人

の主観や感覚、気分、経験などの感情的な属性であるとそれぞれ定義される。

ここで、認知的属性と感情的属性がそれぞれ高い製品の例として、自動車という製品について

考えてみよう。自動車を購買するときに、自動車の馬力や燃費効率などを考慮して自動車を購買

する消費者は少なからずいると考えられるであろう。このように機能的な側面を考慮する消費者

は、認知的属性を高く知覚する消費者であると考えられる。一方、自動車を購買するときに、デ

ザインやカラーなどを中心にして自動車を購買する消費者もいると考えられるであろう。このよ

うな消費者は、自らのこれまでの経験から、主観や気分などの感情的な側面を考慮しているため、

感情的属性を高く知覚する消費者であると考えられる。以上のように、消費者がカスタマイズし

たいと知覚する製品分類については図表 5 のように表される。

図表 5 消費者から見たカスタマイズ製品の分類

消費者が重視する製品属性

認知的属性 感情的属性

目標に対する

動機の強さ

高関与 パソコン、自動車、バイク 婦人服、アクセサリー

靴、バッグ、スーツ、化粧品

低関与 カジュアルウェア ウォッチ、和菓子

出所)片野(2007)を参考に加筆・修正。

高関与かつ認知的属性の高い背品であるパソコンや自動車、バイクなどの製品は、より高機能

を求める消費者や自己の重視する機能に特化した製品を求める消費者がカスタマイズしたいと

考えられる。例えば、パソコンであれば軽さやディスプレイの鮮明さを求めるためにカスタマイ

ズしたいと考えるかもしれない。また、自動車やバイクは、個人の選好に合わせて、エンジンや

タイヤなどのパーツをカスタマイズしたいと考えるかもしれない。このように、消費者は、高関

与かつ認知的属性の高い製品をカスタマイズしたいと思うであろう。

他方、高関与かつ感情的属性の高い婦人服、アクセサリー、靴、バッグ、スーツ、化粧品など

の製品は、生活の中で深く消費者と関わっている製品であると考えられる。これらの製品は、デ

ザインやカラーによって、自分自身を主張する製品であろう。また、個人によってサイズや体質

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などの身体的特徴が異なるため、その特徴に合わせてカスタマイズしようとするかもしれない。

したがって、消費者は、高関与かつ感情的属性の高い製品をカスタマイズしたいと考えられる。

以上、図表 5にまとめられるとおり、消費者がカスタマイズしたいと知覚する製品として、高

関与かつ認知的属性の高いパソコンや自動車、バイクなどの製品、高関与かつ感情的属性の高い

婦人服やアクセサリー、靴、バッグ、スーツ、化粧品などの製品があげられるであろう。

パーソナル・ファブリケーション時代では、消費者が自らモノづくりを行い、自ら製品を生み

出し、そして、その製品を消費する時代である。この場合、自らモノづくりをしたいと考える製

品はカスタマイズの事例のように個人的な重要性を持ち、個人の主観や、気分、経験などの感情

的属性を高く知覚する製品であると考えあれるであろう。また、技術の進歩により、機能的側面

に関しても、既製品との差異が無くなれば、認知的属性に関しても考慮してモノづくりを行う可

能性があるであろう。したがって、パーソナル・ファブリケーション時代では、消費者は、高関

与かつ認知的属性、感情的属性を高く知覚する製品を、3D プリンターを用いて製造するであろ

う。他方、低関与な製品や認知的属性、感情的属性の低い最寄品や消耗品などの製品に関しては、

わざわざ設計・デザインなどのコストをかけたり、3D プリンターを用いて製造したりせずに従

来通り、企業側が製造したモノを購買するというプロセスを経る可能性は十分考えられる。

第 3節 経験価値について

パーソナル・ファブリケーション時代のモノづくりに関して、Autodesk 123D Design や 3D プ

リンターを使用し一からモノづくりを経験してきた。実際、製品を作りあげていく中で、大きく

重要であると認識したのは、自分の気分や感情、そして、経験などの感情的属性である。この経

験に基づけば、パーソナル・ファブリケーション時代では、個人の感情や経験などがモノづくり

を行う上で重要になっていくと考えられる。片野(2012)によれば、カスタマイゼーション研究

は顧客の経験と価値に注目されてきていると述べている。さらに、消費者が望んでいるのは財や

サービスではなく経験であるとも主張している。つまり、消費者がモノづくりを行ううえで、製

品に対して個人の経験というものを重要視していると考えられるである。そこで、近年、マーケ

ティングや経済などの多くの分野で注目されてきている「経験価値」について着目し、パーソナ

ル・ファブリケーション時代のモノづくりに関して吟味していく。

Schmitt(2004)によると、経験価値とは顧客のライフスタイルと深く結び付き、感覚、感情、

心・精神への刺激によって引き起こされる心理的・感覚的価値のことであるという。そして、彼

は、この経験価値を SENSE(感覚的経験価値)、FEEL(情緒的経験価値)、THINK(認知的経験

価値)、ACT(肉体的経験価値)、RERATE(準拠集団、文化との関連付け)という 5つに分類し

ている。

第 1 の SENSE(感覚的経験価値)は、視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚の五感に訴える価値で

あり、五感が刺激されることにより、顧客は審美的な楽しさやうれしさなどの価値を知覚するこ

とができる。第 2の FEEL(情緒的経験価値)は、怒りや不満、恐怖、喜びなどの感情に訴える

価値であり、顧客は感情が刺激されることにより、財やサービスに対して価値を知覚することが

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できる。第 3 の THINK(認知的経験価値)は、顧客が自由な発想や知的創造を行う際に知覚す

る価値のことである。この種の価値は、好奇心や動機付けとして機能し、顧客は知的好奇心が刺

激されることで価値を知覚することができる。第 4 の ACT(肉体的経験価値)は、顧客のライ

フスタイルや他者との接触などの身体的接触により知覚する価値である。そして第 5の RERATE

(準拠集団、文化との関連付け)は、顧客が他者との関係や他の社会グループとの関係、国家や

文化などグループやコミュニティとの関わりの中で知覚する価値のことである。これらの経験価

値は、消費者が製品の獲得・使用・処分の過程における刺激に対して発生する個人的主観的な事

象であると Schmitt(2004)は主張している。先述したとおり、パーソナル・ファブリケーショ

ンの時代において消費者は、様々な段階においてモノづくりにかかわり、そのプロセスで多くの

経験を刺激として受けることが予想される。したがって、そのような個人でモノづくりをし、消

費・使用していくパーソナル・ファブリケーション時代では、多くの経験価値を消費者は知覚し

ていくと考えられるであろう。

実際に Autodesk 123D Design や 3D プリンターを使用し、一からモノづくりを経験してモノづ

くりの各段階において、これらの経験価値を知覚することができた。その中でもとりわけ、ACT

(肉体的経験価値)や RERATE(準拠集団、文化との関連づけ)は高く知覚したと考えられる。

なぜならば、パーソナル・ファブリケーション時代において、第 1節で述べたような共有(シェ

ア)・評価というプロセスが重要視されてくると考えられるからである。消費者は、自らの選好

に完璧にマッチしたモノを欲するためだけにモノづくりを行うわけではなく、他者とのグループ

やコミュニティの一員として共有(シェア)・評価したい、されたいと知覚すると考えられる。

そして、モノづくりを通して他者とのグループやコミュニティとコミュニケーションを図ってい

くであろう。したがって、消費者は、ACT(肉体的経験価値)や RERATE(準拠集団、文化と

の関連づけ)を高く知覚する製品を、3D プリンターを用いて製造すると考えられるであろう。

第 4節 仮説の提唱

第 2章第 2節の議論から、消費者がカスタマイズしたいと知覚する製品として、高関与かつ認

知的属性の高い製品、高関与かつ感情的属性の高い製品が考えられる。

パーソナル・ファブリケーション時代において、自らモノづくりをしたいと考える製品は、カ

スタマイズの事例のように個人的な重要性を持ち、個人の主観や、気分、経験などの感情的属性

を高く知覚する製品であると考えられる。したがって、パーソナル・ファブリケーション時代で

は、消費者は、高関与かつ認知的属性、感情的属性を高く知覚する製品を、3D プリンターを用

いて製造するであろう。したがって、以下の仮説が導出される。

仮説 1:パーソナル・ファブリケーション時代において、消費者は、高関与かつ認知的属性、感

情的属性を高く知覚する製品を自ら製造する。

また、第 2章 3 節の議論から、消費者はモノづくりを行ううえで、製品に対して個人の経験と

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いうものを重要視していると考えられる。そして、第 1 章で述べたように、消費者は、自らの選

好に完全に適合したモノを欲するためだけにモノづくりを行うわけではなく、他者とのグループ

やコミュニティの一員として共有(シェア)・評価したい、されたいと知覚すると考えられる。

そして、モノづくりを通して他者とのグループやコミュニティとコミュニケーションを図ってい

くと考えあれるであろう。したがって、経験価値の中でも、とりわけ、顧客のライフスタイルや

他者との接触などの身体的接触により知覚する価値である ACT(肉体的経験価値)や顧客のラ

イフスタイルや他者との接触などの身体的接触により知覚する価値である RERATE(準拠集団、

文化との関連付け)が消費者のモノづくりに重要になると考えられる。したがって、以下の仮説

が導出されるであろう。

仮説 2:パーソナル・ファブリケーション時代において、消費者は、ACT(肉体的経験価値)や

RERATE(準拠集団、文化との関連づけ)を高く知覚する製品を自ら製造する。

第 3章 おわりに

第 1節 インプリケーション

本論の第 2章第 1節において議論したパーソナル・ファブリケーション時代の消費者購買プロ

セスおよび、第 4節に提唱した仮説から製造業やその他の企業に対して以下のようなインプリケ

ーションを導出できるであろう。

消費者購買プロセスにおいて共有(シェア)・評価というプロセスや経験価値という概念がパ

ーソナル・ファブリケーション時代には重要になるため、企業側は、消費者と消費者、消費者と

企業をつなぐプラットフォームの形成し、そのプラットフォームへの自ら参加したり、他のステ

ークホルダーの参加を促したりするような戦略を展開していくべきであろう。Kotler, Kartajaya,

and Setiawan(2010)によれば、マーケティングのパラダイムは 3つの段階で進化しており、第

1 期は、取引志向であり消費者に対して製品をどのように販売していくかということに焦点が合

わせられていた。第 2期は、関係志向であり顧客とどのようにして良好な関係を築き、購買帰属

を維持していくかということに焦点が合わせられていた。そして、第 3期では、企業の製品開発

やコミュニケーションにどのように消費者を参加させ、製品やサービスなどの価値を共創してい

くかということに移行していると主張している。それゆえに、消費者と企業が経験価値を共創し

ていくことが重要であると述べている。そして、この経験価値の共創を 3つのプロセスから捉え

ている。第 1に、製品を生み出すためのプラットフォームを用意すること、第 2に、ネットワー

クの個々の消費者が自分の欲求やニーに合わせてプラットフォームをカスタマイズしていくこ

と、そして第 3に、消費者からのフィードバックを受け、プラットフォームの価値を高めていく

ことが重要であるという。

また、第 2章の議論から、パーソナル・ファブリケーション時代では、モノづくりが新しいコ

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ミュニケーションの形になっていくと可能性があると考えられる。そうすると、互いの作品を共

有や評価しあうことのできるプラットフォームを企業側が展開していくことや消費者がプラッ

トフォームを通して、企業や消費者との間でコミュニケーションを図れるような工夫をしていく

ことが今後、必要とされるであろう。そして、このような展開は、新しいビジネスの創出、さら

には、企業と消費者の関係性の新しい在り方が生み出されることにつながるかもしれない。

第 2節 今後の課題

以上までの議論を受けて、本論では次のような研究の展開が期待される。まず本論は、導出し

た仮説について自らの経験以外の妥当性検証を行っていない。今後は経験価値を首尾よく数値化

したうえで、実証分析を行っていくべきであろう。そうすることで、さらに明確な理論を展開で

きると考えられ、研究も拡張することが期待できるであろう。また、本論では、パーソナル・フ

ァブリケーション時代の消費者購買プロセスを 6 つの段階になることを主張したが、3D プリン

ターの高性能化や技術革新などが起きることによりさらに、新しいプロセスが追加される可能性

があるかもしれない。例えば、購買した製品を修理するためのパーツを、3D プリンターを用い

て製造することで、製品を処分するということがなくなり、修理という新たなプロセスが生み出

されるかもしれない。また、消費者は完成品ばかりを製造するのではなく、部品やパーツのみを

3D プリンターで製造するかもしれない。このように、パーソナル・ファブリケーション時代は

無限の可能性や期待が大いにあるため、本論のモデルを拡張することも可能である。かくして、

今後は、より現実的な理論的枠組みを創出していくことが望まれる。

追記:本論を執筆するにあたって、3D プリンターを提供してくださった工学院大学見崎研究室

の皆さまはじめ協力してくださった多くの方々に、心より感謝申し上げます。

参考文献

Anderson. C. (2012), Makers: The New Industrial Revolution, Crown Business, 関美和訳(2012),

『MAKERS──21世紀の産業革命が始まる──』,NHK 出版。

井上崇通(2012),『消費者行動論』,同文舘出版。

片野浩一(2007),『マス・カスタマイゼーション戦略のメカニズム──顧客対応マーケティン

グの実践と成果──』,白桃書房。

───(2012),「マス・カスタマイゼーション戦略から顧客経験の供創へ」,『明星大学経営

学研究紀要』(明星大学),第 7号,45-58頁。

Kotler, P. and K. L. Keller (2006), A Framework for Marketing Management 3 rd. ed., Pearson Prentice

Hall, 月谷真紀訳(2008),『コトラー&ケラーのマーケティング・マネジメント 基本編 第

3 版』,ピアソンエデュケーション。

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───, K. Hermawan, and I. Setiawan (2010), MARKETING 3.0: From Product to Customers to the

Human Spirit, John Wiley & Sons.

Pine. B. J, D. Peppers, and M. Rogers (2010), Do You Want to Keep Your Customers Forever? Harvard

Business Press.

Schmitt, B. H. (1999), Experiential Marketing: How to Get Customers to Sense, Feel, Think, Act and

Relate to Your Company and Brand, Free Press, 嶋村和恵・広瀬盛一訳(2004),『経験価値

マネジメント』,ダイヤモンド社。

参考 URL

3D systems 公式ホームページ(http://www.3dsystems.com/, 2014 年 1月 23 日アクセス)